イオン注入装置
【課題】平行化レンズを用いずに、ガラス基板に対してのイオン注入を実現するCООに優れたイオン注入装置を提供する。
【解決手段】本発明のイオン注入装置は、リボン状のイオンビーム3をガラス基板7に照射する質量分析型のイオン注入装置1であって、さらに、イオン源2から質量分析マグネット4までのイオンビーム3の輸送経路にイオンビーム発散手段を備えている。イオンビーム発散手段は、イオンビーム3の長辺方向(Y方向)とイオンビームの進行方向(Z方向)からなる平面において、ガラス基板7上に引かれた垂線とガラス基板7に入射するイオンビーム3との成す角度であるイオンビーム3の照射角度が0度よりも大きくデザインルールに基づいて設定される許容発散角度以下となるように、イオンビーム3をその長辺方向に発散させる。
【解決手段】本発明のイオン注入装置は、リボン状のイオンビーム3をガラス基板7に照射する質量分析型のイオン注入装置1であって、さらに、イオン源2から質量分析マグネット4までのイオンビーム3の輸送経路にイオンビーム発散手段を備えている。イオンビーム発散手段は、イオンビーム3の長辺方向(Y方向)とイオンビームの進行方向(Z方向)からなる平面において、ガラス基板7上に引かれた垂線とガラス基板7に入射するイオンビーム3との成す角度であるイオンビーム3の照射角度が0度よりも大きくデザインルールに基づいて設定される許容発散角度以下となるように、イオンビーム3をその長辺方向に発散させる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ガラス基板に対してイオン注入処理を施すイオン注入装置で、特に、イオンビームをその進行方向に沿って平行となるように整形する平行化レンズを有さない質量分析型のイオン注入装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン注入装置は、生産装置であるところの基本的性格から、生産性の高い装置であることが必須である。また、シリコン等のウェーハにイオン注入を行って半導体デバイスを製造する半導体デバイス製造用のイオン注入装置は、デバイスの微細化(集積密度)がムーアの法則に沿って進展するため、微細化のための種々の要素技術を装置に付加していくこと、即ち「微細化への対応」が、「生産性の向上」ということに加えて要求される。
【0003】
一方、ガラス基板にイオン注入を行ってFPDパネルを製造するFPD(フラットパネルディスプレイ)パネル製造用イオン注入装置では、注入プロセスを適用する最終デバイスが人間の視認のための表示パネルであることから、基本的には人間の目の分解能以上の微細化は不要である。その為、このようなイオン注入装置への技術的要求は、生産性を向上させるための装置技術が、専ら、重要となる。
【0004】
FPDパネル製造用イオン注入装置の一例として、特許文献1に記載の装置が挙げられる。このイオン注入装置は、主に、広がり角度を有するイオンビームを発生させるイオン源と、当該イオンビームから所望のイオンのみを抜き出すイオン分析器と、イオン分析器を通過したイオンビームを略平行ビームにする為の4重極子デバイスと、4重極子デバイスをイオンビームの進行方向に移動可能に支持する移動台と、ターゲット基板が配置される処理部とから構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−139996号公報(図1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
FPDパネルの製造プロセスでは、デザインルール上、0.3μm 以上であれば全く問題はない。この理由は、それよりもデバイスの配線寸法を細かくして微細化を促進させても、もはや人間が認識できるものではない為である。
【0007】
一方、微細化が不断に進む半導体デバイスの製造プロセスに用いられるイオン注入装置では、デザインルールが0.2μmとなったプロセス以降、イオンビームの輸送経路に平行化マグネットを設けて、当該マグネットによって平行化されたイオンビームをターゲット(シリコン等のウェーハ)に照射することが一般となった。しかしながら、それまでのデザインルールでは、走査器にて角度走査されたイオンビーム、すなわち、ターゲットへのイオンビームの照射角が平行でないイオンビーム(最大角度幅で約±2.5度)を使うのが通常であり、それで十分であった。
【0008】
したがって、0.3μm以上のデザインルールを使うFPDパネル製造用のイオン注入装置では、本来、平行ビームで基板を処理する必要はないと考えられるが、特許文献1に挙げられるFPD製造用のイオン注入装置には、半導体製造用のイオン注入装置と同じように平行化レンズとして四重極子レンズが設けられていた。
【0009】
半導体製造装置の生産性を示す指標の一つに、CОО(コストオブオーナーシップ)がある。この指標は、主に装置のコストパフォーマンスに関連している。昨今、半導体製造装置の製造にあたっては、CООの低減は必須とされている。その為、一定の生産性を保ちながら余分なコストを削減する取り組みとして、余分な機能を排除することや装置寸法を小さくする等の取り組みがなされている。
【0010】
ガラス基板寸法の大型化に伴って、FPDパネル製造用のイオン注入装置で扱われるイオンビームの寸法も大きくなってきている。平行化レンズは、イオン注入がなされるガラス基板の直前に配置される。特許文献1に記載のように、イオンビームの輸送経路の上流側に位置するイオン源側のイオンビームの寸法に比べて、下流側に位置するガラス基板の直前ではその寸法が非常に大きなものになっている。このように大きな寸法を有するイオンビームを平行に整形させる為に、平行化レンズの寸法も大きなものにしなければならなかった。大型の平行化レンズを配置する分、平行化レンズを備えたイオン注入装置では、装置全体の寸法が大きくなる。そうなると、半導体工場内に大型の装置を設置するだけのスペースを確保しなければならない。また、大型の平行化レンズを製造するのにかかる費用は高いので、その分、イオン注入装置の価格が高騰する。このような理由から、平行化レンズを備えたイオン注入装置では、CООの低減が困難とされてきた。
【0011】
そこで本発明では、平行化レンズを用いずに、ガラス基板に対してのイオン注入を実現するCООに優れたイオン注入装置を提供することを所期課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明に係るイオン注入装置は、リボン状のイオンビームをガラス基板に照射する質量分析型のイオン注入装置であって、イオン源から質量分析マグネットまでの前記イオンビームの輸送経路にイオンビーム発散手段を備えており、前記イオンビーム発散手段は、前記イオンビームの長辺方向と前記イオンビームの進行方向からなる平面において、前記ガラス基板上に引かれた垂線と前記ガラス基板に入射する前記イオンビームとの成す角度である前記イオンビームの照射角度が0度よりも大きくデザインルールに基づいて設定される許容発散角度以下となるように、前記イオンビームをその長辺方向に発散させることを特徴としている。
【0013】
上記したように、平行化レンズを用いる代わりに、イオン源から質量分析マグネットまでの比較的上流側に位置するイオンビームの輸送経路にイオンビーム発散手段を設け、これを用いてガラス基板へ照射されるイオンビームの照射角度が0度よりも大きくデザインルールに基づいて設定される許容発散角度以下となるようにリボン状イオンビームを、その長辺方向に発散させる構成としているので、装置寸法の小型化や装置価格を下げることが可能となり、ひいては、イオン注入装置のCООを低減させることが出来る。
【0014】
また、前記イオンビーム発散手段は、前記イオン源や前記質量分析マグネット、あるいはその両方で構成されていることが望ましい。
【0015】
このようなものをイオンビーム発散手段として用いた場合、従来備えられている部材の一部の構成を改良する程度となるので、新たな部材を製造する場合に比べて、製造コストが安価で済む。
【0016】
前記イオンビームの長辺方向における一部を選択的に通過させるビーム制限手段と、前記ビーム制限手段を通過した前記イオンビームの長辺方向におけるビーム端部を検出するビームプロファイラーとを更に備えていることが望ましい。
【0017】
このようなビーム制限手段とビームプロファイラーとを備えることによって、イオンビームの照射角度が所望するものであるかどうかの確認を行うことが出来る。
【0018】
前記ビーム制限手段は、前記イオンビームの輸送経路において、前記イオンビームの質量分析を行う分析スリットに隣接して設けられていることが望ましい。
【0019】
リボン状のイオンビームは、その短辺方向が分析スリット位置で集束する。その為、分析スリットに隣接してビーム制限手段を配置しておくと、ビーム制限手段の寸法を小さなものにしておくことが出来る。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、平行化レンズを用いる代わりに、イオン源から質量分析マグネットまでの比較的上流側に位置するイオンビームの輸送経路にイオンビーム発散手段を設け、これを用いて、ガラス基板へ照射されるイオンビームの照射角度が0度よりも大きくデザインルールに基づいて設定される許容発散角度以下となるようにリボン状イオンビームを、その長辺方向に発散させる構成としているので、装置寸法の小型化や装置価格を下げることが可能となり、ひいては、イオン注入装置のCООを低減させることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に係るイオン注入装置の一実施形態を示すXZ平面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るイオン注入装置のYZ平面内でのイオンビームの軌道を示す。
【図3】図2に記載のイオン源の一例を示す斜視図である。
【図4】図3に記載のイオン源の平面図である。
【図5】図3に記載のイオン源を構成する引出し電極系の他の実施例である。
【図6】図2に記載の質量分析マグネットの一例で、(a)は質量分析マグネットの断面図であり、(b)はXZ平面における磁極幅の変化を表す。
【図7】図6に記載の質量分析マグネット内部を通過するイオンビームが受けるローレンツ力についての説明図である。
【図8】本発明の他の実施形態に係るイオン注入装置のYZ平面内でのイオンビームの軌道を示す。
【図9】図8に記載のイオン源の一例を示す斜視図で、(a)はY方向に沿った略矩形状のスリットを有する引出し電極系で、(b)はX方向に沿った略矩形状のスリットを有する引出し電極系である。
【図10】図9に記載のイオン源の平面図で、(a)は図9(a)に対応する平面図であり、(b)は図9(b)に対応する平明図である。
【図11】各電極間を通過するイオンビームに発生する偏向作用を表し、(a)はプラズマ電極と抑制電極間で発生する作用で、(b)は抑制電極と接地電極間で発生する作用を表す。
【図12】図9に記載のイオン源を構成する引出し電極系の他の実施例で、(a)は各電極に設けられた電極孔のY方向における中心位置の関係を表す。(b)は図12の(a)に記載のc2よりもY方向逆側に位置する電極孔を通過するイオンビームが偏向される様子を表し、(c)は図12の(a)に記載のc2よりもY方向側に位置する電極孔を通過するイオンビームが偏向される様子を表す。
【図13】図8に記載の質量分析マグネットの一例で、(a)は質量分析マグネットの断面図であり、(b)はXZ平面における磁極幅の変化を表す。
【図14】本発明の更なる実施形態に係るイオン注入装置のYZ平面内でのイオンビームの軌道を示す。
【図15】本発明の別の実施形態に係るイオン注入装置のYZ平面内でのイオンビームの軌道を示す。
【図16】図15に記載の偏向電磁石の一例を表す図面であり、(a)は偏向電磁石の断面図であり、(b)はYZ平面から見た偏向電磁石の様子を表す。
【図17】本発明に係るイオン注入装置の一実施形態を示すXZ平面図で、照射角度を計測する手段を備えた例である。
【図18】図17に記載のビーム制限手段の一例であって、(a)はXY平面での様態を表し、(b)YZ平面での様態を表す。
【図19】図17に記載のビーム制限手段の別の例であって、(a)はXY平面での様態を表し、(b)YZ平面での様態を表す。
【図20】イオンビームのガラス基板への照射角度の計測例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明で取り扱うイオンビームはリボン状のイオンビームである。ここで言うリボン状のイオンビームとは、イオンビームの進行方向に直交する平面でイオンビームを切断した時、その切断面が矩形状を成すイオンビームのことを言う。また、本発明では、リボン状のイオンビームの進行方向を常にZ方向とし、当該Z方向と直交する2方向であって、リボン状のイオンビームの長辺に沿う方向をY方向とし、短辺方向に沿う方向をX方向としている。よって、X、Y、Z方向は、イオン注入装置内のイオンビームの輸送経路の場所に応じて、適宜、変更されるものとする。
【0023】
図1は、本発明で用いられるイオン注入装置1のXY平面図である。イオン源2より射出されたイオンビーム3は、質量分析マグネット4と分析スリット5により質量分析され、所望のイオンのみがガラス基板7へ照射されるように、処理室6内に導かれる。図1中に記載される破線は、イオンビーム3の中心軌道を表す。
【0024】
処理室6内で、ガラス基板7はホルダー8によって支持され、図示されない駆動機構によって、イオンビーム3を横切るように、X方向と略平行な矢印Aで示される方向に往復搬送される。この駆動機構については、従来から用いられているものであれば良い。
【0025】
例えば、処理室6の外部に設けられたモーターによって正逆に回転可能なボールねじを、真空シールを介して、処理室6内に導入しておき、このボールねじに、回転運動を直線運動に変換するボールナットを螺合させ、最終的にこのボールナットとホルダー8とを接続させることで、矢印Aで示される方向へのホルダー8の搬送を可能とする機構や、処理室6の外部に設けられたモーターによって矢印Aで示される方向に沿って移動可能なシャフトを、真空シールを介して、処理室7内に導入しておき、このシャフトの端部にホルダー8を支持させることで、矢印A方向へのホルダー8の搬送を可能とする機構を用いることが考えられる。
【0026】
また、処理室6にはイオンビーム3の長辺方向であるY方向の電流密度分布を計測する為のビームプロファイラー9が設けられおり、ここでの計測結果は、ビーム電流密度分布の調整に用いられる。当該計測結果を用いた電流密度分布の調整の例としては、イオン源2を、複数のフィラメントがY方向に沿って配列されたイオン源としておき、ビームプロファイラー9での計測結果に応じて、各フィラメントに流す電流量を調整するといった構成のものが考えられる。もちろん、複数のフィラメントを備えたイオン源2の他に、イオンビームの輸送経路にマルチポールを備えた磁界レンズやイオンビームの長さ方向に沿って多段に配列された複数枚の電極を有する電界レンズを設けておき、ビームプロファイラー9での計測結果に応じて、ポールの位置や電極に印加する電圧を調整するといった構成のものを用いても良い。ビームプロファイラー9としては、複数個のファラデーカップをY方向に沿って配列した構成のものや単一のファラデーカップをY方向に沿って移動させる構成のものが考えられる。
【0027】
図2には、本発明の一実施形態に係るイオン注入装置のYZ平面内でのイオンビーム3の軌道が示されている。この図2は図1のイオン注入装置1の別平面での様態を描いたものである。ただし、本発明の特徴部分であるイオンビーム3の軌道が理解し易いように、図1に記載のイオン注入装置1の構成を要約して描いている為、図1に記載のイオン注入装置1の構成と正確に一致しているわけではない。後述する図8、図14、図15においても同様の記載方法を用いている。なお、これらの図面に記載されているX、Y、Zのそれぞれの軸は、処理室6に入射するイオンビーム3に対して設定されているものである。前述したように、イオンビーム3が通過する場所によっては、図面に記載されているX、Y、Zの軸とは異なる軸が設定されることになる。
【0028】
図2に示される例では、イオン源2より平行なイオンビーム3を射出させ、質量分析マグネット4で、ガラス基板7へのイオンビーム3の照射角度が0度よりも大きくデザインルールに基づいて設定される許容発散角度以下となるようにその長辺方向にイオンビーム3を発散させている。Y方向におけるイオンビーム3の寸法は、ガラス基板7の寸法よりも大きい。その為、ガラス基板7を支持するホルダー8を図1のX方向に略平行な矢印Aで示される方向に移動させることで、ガラス基板7の全面に対するイオンビーム3の照射を可能としている。なお、後述する図8、図14、図15、図17の例においても、ガラス基板7の全面にイオンビーム3を照射する構成は、ここで説明した構成と同じである。
【0029】
本発明におけるイオンビーム3の照射角度は、YZ平面において、ガラス基板7の面上に引かれた垂線とガラス基板7へ入射するイオンビーム3とが成す角度で定義される。ただし、イオンビーム3が入射する側のガラス基板7の面と、その裏面およびガラス基板7を支持するホルダー8の面とが互いに平行となる関係である場合には、ホルダー8の面上に引かれた垂線をガラス基板7上に引かれた垂線と見ることが出来る。図2や後述する図8及び図14では、ガラス基板7とホルダー8との面が前述したように互いに平行な関係となっている。その為、これらの図では、ホルダー8上に引かれた垂線とイオンビーム3との成す角度(例えば、図2中のα)をイオンビームの照射角度(広がり角度)としている。
【0030】
本発明では、任意のデザインルールの時に許容される最大の照射角度の値を許容発散角度と呼んでいる。この角度は、次のようにしてデザインルールに従って設定されている。まず、人の視覚によって認識出来るかどうかで、デバイス製造時の微細化のレベルが決定される。そして、微細化のレベルに応じてデバイスの回路配線等の寸法に関するデザインルールが決定される。このデザインルールに従って、デバイスを製造することになるが、デザインルールによっては、前述したイオンビームの照射角度の許容される最大値が異なってくる。例えば、デザインルールで回路配線の寸法が0.3μmの場合に、許容出来るレベルの特性のデバイスを製造するには、イオンビームの照射角度が最大で2.5度までの範囲に収まらなければならない。一方で、デザインルールで回路配線の寸法が1μmと大きい場合には、許容出来るレベルの特性のデバイスを製造するには、イオンビームの照射角度が最大で3度程度までの範囲に収まらなければならない。本発明では製造されるデバイスの特性を考慮し、ガラス基板7へのイオンビーム3の照射角度を0度よりも大きく許容発散角度以下になるように設定している。
【0031】
また、イオンビーム3を発散させることは、ガラス基板7の大型化に対して、次の点で有利に働く。ガラス基板7の寸法は、液晶製品の大型化に伴って、年々大型化している。イオン源から平行なイオンビームを射出させ、それをガラス基板へ照射するタイプのイオン注入装置では、イオン注入装置を構成する各部材を大きなものに変更することが必要となる。
【0032】
一方、本発明のような発散ビームを用いた場合、イオンビームを発散させた場所からガラス基板までの距離に応じてイオンビームの寸法が大きくなるので、前述したようなタイプのイオン注入装置に比べて、イオン源等の部材を小さなものにすることが出来る。更に、特許文献1に記載のような平行化レンズを備えたイオン注入装置と比べても、イオンビームを平行化させない分、イオンビームの寸法を更に大きなものにすることが可能となる。
【0033】
イオン源2のより具体的な構成の一つが、図3に示されている。このイオン源2は、アークチャンバー10よりZ方向に平行なイオンビーム3を引出す為のプラズマ電極11、抑制電極12、接地電極13からなる引出し電極系を有しており、各電極にはイオンビーム3を通過させる為の略矩形状のスリットが設けられている。また、本発明のイオン源2において、プラズマ電極11はアークチャンバー10の蓋を兼ねており、両者は電気的に接続されているものとする。
【0034】
図4には、図3に記載の引出し電極系を構成する各電極とそれらに印加される電圧との関係が描かれている。なお、本発明では、正の電荷を有するイオンビームを想定しており、後述する他の実施形態においても同様である。
【0035】
アークチャンバー10から引出されるイオンビーム3のエネルギーは、アークチャンバー10に電気的に接続されたプラズマ電極11と接地電極13との電位差V1でもって決定される。そして、抑制電極12には、イオンビーム3の進行方向逆側からの電子の流入を防止する為に、V2の負電圧が印加されている。
【0036】
図3の引出し電極系を構成する各電極は、イオンビーム3を通過させる為に略矩形状のスリットを有していたが、この構成の代わりに、大電流で小さい発散角度のイオンビームを引出す場合に使用される多孔電極を用いても良い。その場合、例えば、X方向及びY方向における各電極に設けられた各孔の中心位置をぴったり合わせて、3枚の多孔電極をZ方向に配列させておくことが考えられる。図5には、その具体例が示されている。なお、図5では各電極がZ方向において重なっている為、1つの電極しか見えていない。
【0037】
図6には、図2の実施形態で用いられる質量分析マグネット4の例が開示されている。図6(a)は、質量分析マグネット4の断面図で、図6(b)に記載のd−dで示される一点鎖線に沿って、質量分析マグネット4を切断し、その切断面をZ方向から見た時の様子を表している。この質量分析マグネット4では、ウィンドウフレーム型のヨーク16に、イオンビーム3の経路に向けてY方向に沿った方向に突出した一対の磁極が形成されている。これらの磁極では、イオンビーム3の旋回半径の内側(図6(a)に示すY方向上側の磁極のb側)から外側(図6(a)に示すY方向上側の磁極のa側)に向けて、Y方向における磁極間寸法が狭くなるように磁極表面が傾けられている。図6(b)はXZ平面上での質量分析マグネット4の様子を示す。図中のa、bは図6(a)に記載されるY方向上側に位置する磁極の端部a、bに対応している。この図6(b)示されるように、図6(a)に記載の磁極端部a、b間の幅は、イオンビーム3の経路に沿って一定とされている。なお、図6(b)に記載のX、Y、Zの軸は質量分析マグネットへ入射するイオンビーム3に対するものである。この点は、後述する図13についても同様である。
【0038】
そして、一対の磁極には、それぞれ上側コイル14、下側コイル15が巻き回されており、これらのコイルに電流を流すことで、磁極間において、Y方向下側から上側に向けて湾曲した磁界Bを発生させている。なお、上側コイル14、下側コイル15としては、各磁極に沿って、その周囲を覆うようなレーストラックコイルや鞍型コイルを用いれば良い。
【0039】
図7は、図6に記載の質量分析マグネット内部を通過するイオンビームが受けるローレンツ力についての説明図である。
【0040】
Y方向の場所に応じて、イオンビームに作用するローレンツ力が異なる。その為、Y方向に沿って代表点としてe1、e2、e3をとり、各点においてどのようなローレンツ力が発生し、それがイオンビーム3のY方向における発散にどのような影響を及ぼすのかについて、説明する。なお、代表点e1、e2、e3は、それぞれ、磁界の向きが紙面右上方向へ向かう場所、磁界の向きがY方向と平行となる場所、磁界の向きが紙面左上へ向かう場所における任意の点である。
【0041】
ローレンツ力(F)は、磁界を横切るイオンビームと磁界の向きに対して垂直に作用する。その為、e1において、ローレンツ力(F)の向きは紙面右下方向となる。そして、このローレンツ力(F)は、図に示すようにX方向及びY方向に沿うベクトル成分FX、FYに分けることが出来る。
【0042】
FX成分によって、イオンビーム3はX方向へ偏向させられる。この偏向は、質量分析マグネット4でイオンビーム3を質量分析する際に用いられるものである。一方で、イオンビーム3は、FY成分によって、Y方向下側(逆側)に向けて偏向させられる。
【0043】
e2でのローレンツ力(F)は、X方向に沿ったFX成分のみとなる。ここではY方向におけるローレンツ力のベクトル成分が発生しないので、Y方向へのイオンビームの偏向作用は働かない。
【0044】
そして、e3でのローレンツ力(F)の向きは紙面右上方向となる。このローレンツ力(F)をX方向及びY方向に沿うベクトル成分FX、FYに分けると、FY成分がちょうどe1の場所で生じたローレンツ力(F)のFY成分と反対方向に生じることがわかる。このFY成分によって、e3の場所では、イオンビーム3がY方向上側へ向けて偏向させられることになる。
【0045】
上述したように、e1の場所を通過するイオンビーム3はY方向下側へ向けて偏向させられ、e3の場所を通過するイオンビーム3はY方向上側へ向けて偏向させられるので、イオンビーム3は全体としてY方向に沿って発散させられることになる。なお、イオンビームの発散の程度は、磁極対の傾斜角度や質量分析マグネット4の磁界Bの強さを、適宜、調整することで、所望のものに設定することが出来る。例えば、図6に記載の磁極対の傾斜角度を大きくすると、磁極対間に発生する磁界Bはさらに湾曲することになる。その場合、e1、e3の場所を通過するイオンビームに働くローレンツ力のY方向成分が大きくなるので、イオンビーム3のY方向への発散の程度をより大きなものにすることが出来る。
【0046】
また、e1、e3の場所でのFX成分は、e2の場所でのFX成分と比較して小さくなるので、各点におけるX方向へのイオンビームの偏向量に違いがあるように思われるかもしれないが、そうではない。e1、e3の場所での磁束密度は磁極に近い為に、e2に比べて大きな値となる。その為、e1、e3の場所でのローレンツ力の全てがFX成分とならなくても、イオンビーム3を均等にX方向に沿う方向へ偏向させ、質量分析することが可能となる。
【0047】
図8には、本発明の他の実施形態に係るイオン注入装置のYZ平面内でのイオンビームの軌道が示されている。この例では、図2と異なり、イオン源2から発散したイオンビーム3を射出させている。なお、この実施形態の質量分析マグネット4は、イオンビーム3をY方向に発散させる機能を有していない。
【0048】
この実施形態におけるイオン源2の具体例が、図9に示されている。図9(a)に記載のイオン源2の構成と先の実施形態で説明した図3に記載のイオン源2とでは、プラズマ電極11と抑制電極12の対向面の形状が異なっている。この実施形態では、プラズマ電極11と抑制電極12との対向面において、プラズマ電極11側の電極面を凸状にし、抑制電極12側の電極面を凹状としている。
【0049】
また、図9(a)では、引出し電極系の構成として、Y方向に沿った略矩形状のスリットを有する電極を一例として挙げたが、これ以外に、例えば、図9(b)に示すようにX方向に沿った略矩形状のスリットをY方向に沿って複数個配列された電極を用いても良い。
【0050】
図10には、図9に記載の引出し電極系を構成する各電極とそれらに印加される電圧との関係が描かれている。図10(a)と図10(b)は、図9(a)と図9(b)にそれぞれ対応している。印加される電圧の正負や各電極に対して印加される電圧による作用は、先の実施形態における図4で説明したものと同じである為、その説明を省略する。図10(b)には、図9(b)に示したY方向に沿って配列された各スリットより引出されるイオンビーム3が破線で描かれている。この図10(b)に記載されているように、各スリットより引出されたイオンビーム3はY方向に発散して、互いに重なり合う。そして、最終的には、図10(a)で示されるイオンビーム3と同等の外形を有するイオンビーム3としてイオン源2より射出されることになる。
【0051】
図11には、図9、図10に示される各電極間を通過するイオンビーム3が、電極間で発生する電界Eによって、どのように偏向させられるのかが描かれている。ここで説明するイオンビーム3が偏向する原理については、図9(a)(図10(a))、図9(b)(図10(b))に例示したイオン源2で同じである。
【0052】
図11(a)には、プラズマ電極11と抑制電極12との間を通過するイオンビーム3が偏向させられる様子が、図11(b)には、抑制電極12と接地電極13との間を通過するイオンビーム3が偏向させられる様子が、それぞれ描かれている。各図に描かれる破線は等電位線であり、一点鎖線は電界を表している。また、実線は各電極に入射するイオンビーム3を表し、二点鎖線は各電極間で発生する電界によって偏向されたイオンビームを表している。
【0053】
図11(a)において、プラズマ電極11側(図中、左側)は抑制電極12側(図中、右側)よりも電位が高い為、等電位線に直交するようにプラズマ電極11側から抑制電極12側に向けて電界Eが発生する。そして、電極間に入射したイオンビーム3は、電界Eの影響を受けて、二点鎖線で描かれるようにY方向に広げられ、その後、抑制電極12と接地電極13との間に入射する。このイオンビーム3の偏向方向は、電極間に入射するイオンビームの進行方向を表す方向ベクトルと電極間に発生する電界の方向を表す方向ベクトルとの合成ベクトルでもって決定される。
【0054】
図11(b)では、抑制電極12側(図中、左側)は接地電極13側(図中、右側)よりも電位が低い為、等電位線に直交するように接地電極13側から抑制電極12側に向けて電界Eが発生する。そして、電極間に入射したイオンビーム3は、電界の影響を受けてY方向に更に広げられる。このようにして、Y方向におけるイオンビーム3の発散が達成される。
【0055】
また、この例においても、各電極を多孔電極で構成することが考えられる。ただし、この実施形態の場合、先の実施形態において図5に示した構成のものとは異なっている。この点について、以下に説明する。
【0056】
具体的には、図12(a)に示される多孔電極を用いる。図12(a)では、各電極に設けられた孔の中心位置がY方向において異なっていることが理解し易いように、図5のように各電極をZ方向に重ねていない。ここでは、便宜上、各電極をX方向に並べている。実際に引き出し電極系としてこれらの電極を配置する場合には、Y方向において真ん中に位置する行に設けられた電極孔に着目する。そして、各電極において、この行に設けられた電極孔の中心位置が、X方向とY方向とで一致するように、各電極をZ方向に沿って配列させる。
【0057】
図12(a)には、7行4列で構成される多孔電極のY方向における3つの位置(c1、c2、c3)に、X方向沿って補助線(図中の破線を参照)が描かれている。まず、Y方向において、電極の中央に位置するc2位置(4行目)に引かれた補助線に着目すると、各電極(11〜13)に設けられた多孔電極の中心位置が一致していることが理解出来る。よって、このc2位置の電極孔を通過するイオンビームは図5で示した実施形態と同様にZ方向に沿って真っ直ぐに進むことになる。
【0058】
次に、c3位置(7行目)に引かれた補助線に着目すると、Y方向において、各電極(11〜13)に設けられた孔の中心位置が異なっていることがわかる。具体的には、抑制電極12の電極孔が、他の電極に設けられた電極孔に比べて、Y方向側にずれている。このような構成の電極孔を通過するイオンビーム3の軌跡が図12(b)に描かれている。
【0059】
図12(b)では、c3位置にある1つの電極孔に着目している。アークチャンバー10内に発生したプラズマ(図中、ハッチングしている部分)から各電極孔を通じてイオンビーム3が引き出される。引き出されたイオンビーム3はおおよそ電極孔の中心位置のずれ方向に応じて偏向される。抑制電極12に設けられた孔の中心位置は、プラズマ電極11に設けられた孔の中心位置よりもY方向側にずれている。その為、イオンビーム3は各電極間に発生する電界の影響を受けて、Y方向側に偏向されることになる。これとは反対に、抑制電極12と接地電極13に設けられた孔の中心位置を比較すると、接地電極13に設けられた孔の中心位置が抑制電極12に設けられた孔の中心位置よりもY方向逆側にずれているので、ここではイオンビーム3がY方向逆側へ偏向されることになる。このようにして各電極での孔の中心位置を異ならせることで、そこを通過するイオンビームを偏向させることが可能となる。この例では、c2位置よりもY方向逆側(c3側)に位置する5行目、6行目の電極孔に関しても、c3位置にある電極孔と同じ構成にしているので、これらの電極孔を通過するイオンビーム3もY方向の逆側へ向けて偏向されることになる。
【0060】
一方、c1位置(1行目)に引かれた補助線に着目すると、抑制電極12に設けられた孔の中心位置が、他の電極に設けられた孔の中心位置と比べて、Y方向逆側にずれていることがわかる。その為、c1位置を通過するイオンビーム3は、先に説明したc3位置を通過するイオンビーム3とは逆に、図12(c)に描かれているように、最終的にはY方向側に偏向されることになる。なお、c2よりもY方向側に配置された2行目、3行目の電極孔に関しても、c1位置にある電極孔と同じ構成にしているので、これらの電極孔を通過するイオンビーム3もY方向に向けて偏向されることになる。
【0061】
上記のようにして、各電極に設けられた電極孔の中心位置を設定しているので、Y方向に沿ってイオンビーム3が発散することになる。上記実施形態では、1行目〜3行目あるいは5行目〜7行目に配置された各電極における電極孔の中心位置の関係が同じになるように設定しているが、これを異ならせても良い。例えば、抑制電極12に設けられた電極孔の中心位置と他の電極に設けられた電極孔の中心位置のずれ量が、1行目〜3行目にかけて徐々に大きくなるように設定しても良い。また、反対に徐々に小さくなるように設定しても良い。5行目〜7行目に配置された電極孔の関係も、1行目〜3行目に配置された電極孔と同じく、各行における電極孔の中心位置の間隔を広げたり、狭めたりして、行毎に異なる設定を用いても良い。さらに、4行目(c2位置)を中心にして、Y方向において、イオンビーム3の広がりが非対称となるように各電極の電極孔を構成しておいても良い。
【0062】
図13は、図8に示す実施形態で用いられる質量分析マグネット4である。この実施形態での質量分析マグネット4は、イオンビーム3を発散させる機能を有していない。その為、Y方向に設けられた一対の磁極は、XY平面で見た場合、X方向に略平行な形状をしている。この実施形態では、イオン源2より発散されたイオンビーム3が射出されるので、Z方向へ向かうにつれて徐々に大きくなるイオンビーム3の寸法を許容できる程度、質量分析マグネット4の磁極間の寸法を大きくしておく必要がある。その他の点については、別の実施形態として図6で説明した質量分析マグネット4の構成と同じである為、ここではその説明を省略する。
【0063】
図14は、本発明の更なる実施形態に係るイオン注入装置のYZ平面内でのイオンビーム3の軌道が示されている。
【0064】
この実施形態は、イオン源2よりZ方向に対してα1の角度で発散するイオンビーム3を射出し、質量分析マグネット4でこのイオンビーム3を更に発散させて、最終的に、ガラス基板7に対してイオンビーム3がα2の角度をもって照射されるように構成されている。先の実施形態では、イオン源2と質量分析マグネット4のいずれかを用いて、イオンビーム3を発散させていたが、ここではその両方を用いて2段階でイオンビーム3を発散させている。
【0065】
この実施形態において、イオン源2および質量分析マグネット4の具体的な構成としては、これまでの実施形態の中で説明したものを、組み合わせれば良い。例えば、イオン源2としては図9〜12で説明された構成のものを用いる。一方で、質量分析マグネット4としては図6、7で説明した構成のものを用いる。そして、各部材によるイオンビーム3の発散の程度が所望のものとなるように、引出し電極系の電極形状、電極孔の配置、質量分析マグネットでの磁極の傾き等を適切に設定し、最終的にガラス基板7に対してイオンビーム3が0度よりも大きくデザインルールに基づいて設定される許容発散角度以下の照射角度をもって照射されるようにする。
【0066】
また、イオン源2と質量分析マグネット4との間に、両部材とは別に、イオン源2から射出されたイオンビーム3をY方向へ発散させる部材を配置させても良い。図15には、一例として、イオン源2より平行に射出されたイオンビーム3を発散させる偏向電磁石17が記載されている。この実施形態で使用されるイオン源2と質量分析マグネット4は、先の実施形態で述べた図3〜5に記載のイオン源と、図13に記載の質量分析マグネットとを使用すればよい。
【0067】
より具体的には、図16に偏向電磁石17の一例が示されている。図16(a)には、図15に記載のf―fで示される一点鎖線で偏向電磁石17を切断し、その切断面をZ方向から見た時の様子が描かれている。そして、図16(b)には、図16(a)をX方向から見た時の平面図が示されている。
【0068】
偏向電磁石は、図16(a)に描かれているように、イオンビーム3をその短辺方向であるX方向から挟む一対のヨーク18、19を備えている。そして、それぞれのヨークには、Y方向に沿っておおよそイオンビーム3を2等分するように2つのコイルが巻き回されており、各ヨークに巻き回されたそれぞれのコイルは、X方向においてイオンビーム3を挟んで互いに対向している。さらに、各ヨークに設けられたコイルで、Y方向上側に位置するコイルを上側コイル(22、23)とし、Y方向下側に位置するコイルを下側コイル(20、21)とした時、上側コイル間では、X方向に磁界Bを発生させ、下側コイル間ではX方向と逆向きに磁界Bを発生させるように、各コイルに対して電流が供給しておく。
【0069】
このような磁界Bを発生させることによって、上側コイル(22、23)間を通過するイオンビーム3はY方向へ偏向され、下側コイル(20、21)間を通過するイオンビーム3はY方向と逆側へ偏向される。この偏向によって、図16(b)に描かれているようにイオンビーム3全体をY方向へ発散させることが可能となる。
【0070】
ガラス基板7へ照射されるイオンビーム3の照射角度を計測する構成については、図17にその一例が記載されている。図17のイオン注入装置1は、分析スリット5の直後にビーム制限手段24を備えている。ビーム制限手段24では、イオンビーム3のY方向における一部のみを通過させる。そして、ビーム制限手段24を通過したイオンビーム3をビームプロファイラー9で検出する。その後、Z方向におけるビーム制限手段24とビームプロファイラー9との間の距離、Y方向におけるビーム制限手段24の開口中心位置とビームプロファイラー9に照射されるイオンビーム3の端部位置との間の距離に応じて、制御装置25にて、イオンビーム3のガラス基板7への照射角度の算出が行われる。この算出に至るまでの経緯を、図18〜図20を用いて以下に詳述する。
【0071】
質量分析型のイオン注入装置1において、X方向におけるイオンビーム3の寸法は分析スリット5の近傍で最小となる(図17中のイオンビーム3の外形を示す一点鎖線を参照)。ビーム制限手段24はイオンビーム3の一部のみを通過させるように作用する。その為、イオンビーム3の全体を覆うだけの寸法が必要となるが、分析スリット5の後段位置であれば、X方向でのイオンビーム3が集束しているので、ビーム制限手段24のX方向の寸法を小さくしておくことが出来るといったメリットがある。なお、図17では分析スリット5の後段にビーム制限手段24を配置させているが、分析スリット5の前段に配置させておいても良い。
【0072】
図18(a)にはビーム制限手段24の一例が記載されている。この例において、ビーム制限手段24はX方向に沿って独立して移動可能な複数のシャッター26で構成されており、各シャッター26は、Z方向に互い違いに位置ずれしながらY方向に沿って配列されている(図10(b)を参照)。各シャッター26にはボールナットが取り付けられており、これがX方向に沿って延出されたボールねじと螺合する。そして、モーター27によって各ボールねじを正逆に回転させることで、X方向への各シャッター26の移動を可能にしている。
【0073】
図19(a)には、ビーム制限手段24の別の例が記載されている。先の例と違って、この例ではシャッターがY方向に沿って移動するように構成されている。各シャッター28〜30をY方向に沿って移動させる機構は、先の例と同じく、各シャッターに設けられたボールナット、ボールナットと螺合するボールねじ、各ボールねじを回転させるモーター31によって構成されている。なお、この例におけるシャッター28〜30もZ方向に互い違いに位置ずれしながらY方向に沿って並べられている(図19(b)を参照)。なお、Y方向における装置寸法を考慮しないのであれば、シャッター28〜30の3枚のシャッターからなる構成に代えて、シャッター28あるいはシャッター29とシャッター30よりなる2枚のシャッターからなる構成を、ビーム制限手段として用いても良い。
【0074】
図18、図19に例示した複数枚のシャッターを、適宜、X方向あるいはY方向へ移動させることで、Y方向の任意の位置において、イオンビームを部分的に通過させる為のスリットを形成させることが可能となる。このようなスリットをY方向に沿って、順次、形成していくとともに、イオンビーム3のガラス基板7への照射角度の計測が行われる。
【0075】
図20には、ビーム制限手段24を通過したイオンビーム3の一部がビームプロファイラー9に照射されている様子が描かれている。この例では、ビームプロファイラー9はYZ平面内でガラス基板7のイオンビーム3が照射される面と平行に配置されているものとする。ビーム制限手段24を通過したイオンビーム3はY方向において広がりを有している。この広がりはY方向の上下で対称な場合もあるが、非対称な場合もある。Y方向側に広がるイオンビーム3の照射角度をα3、Y方向と逆側に広がるイオンビーム3の照射角度をα4とする。それぞれの照射角度は、Z方向とY方向のパラメーターによって算出することが出来る。具体的には、ビーム制限手段24とビームプロファイラー9とのZ方向における距離(Z2−Z1)と、ビーム制限手段24で形成されるスリットの中心位置とビームプロファイラー9で検出されるイオンビーム3のY方向におけるビーム端部までの距離(Y1、Y2)とによって算出することが可能となる。
【0076】
この例ではイオンビーム3が照射されるガラス基板7の面とビームプロファイラー9とが、互いに平行にY方向に沿って配置されているとしているが、これに限らず、ガラス基板7をY方向に対して傾斜させておいても良い。このような場合であっても、Y方向に対するガラス基板7の傾斜角度の情報を制御装置25へ設定あるいは送信するような手段を設けておくことで、制御装置25にて算出されたY方向に沿って配置されているビームプロファイラー9へのイオンビーム3の照射角度を基にして、ガラス基板7へ照射されるイオンビーム3の照射角度を導き出すことが可能となる。
【0077】
このようにしてガラス基板7へのイオンビーム3の照射角度の算出を行った結果、照射角度が所望範囲内にない場合には、所望の範囲内に収まるようにイオンビーム発散手段であるイオン源2、質量分析マグネット4、偏向電磁石17等の磁場や電場、あるいは電極配置、電極構造、磁極構造等を適切に設定し直すようにしても良いし、イオン注入装置1のオペレーターに対して許容範囲内からずれていることを知らせる何らかの警報を出力させるような仕組みを設けておいても良い。いずれにしろ、このような照射角度を計測する仕組みを設けておくことで、イオン注入処理に先立って、ガラス基板7へのイオンビーム3の照射角度が正しいものであるかどうかを確認することが出来る。
<その他の変形例>
【0078】
上記した実施形態において、イオン源2は、バーナス型、フリーマン型、バケット型、傍熱型のいずれのタイプのイオン源でも構わない。
【0079】
さらに、上記した偏向電磁石17とは別に、イオン源2と質量分析マグネット4との間に、磁場あるいは電場によってイオンビーム3をその長辺方向に走査する走査器を設けておき、これを用いて、イオンビーム3を発散させるようにイオン注入装置を構成しておいても良い。
【0080】
なお、図15の例では、イオン源2や質量分析マグネット4でイオンビーム3を発散させずに、 偏向電磁石17でイオンビーム3をY方向において発散させる構成としているが、本発明はこれに限られない。つまり、これまでの実施形態で既に述べてきたイオン源2や質量分析マグネット4での発散作用と偏向電磁石17での発散作用とを組み合わせるような構成であっても良い。走査器を配置する場合も、同様のことが言える。
【0081】
また、上記した実施形態では、イオンビームとして正の電荷を有するイオンビームを想定していたが、負の電荷を有するイオンビームであっても構わない。この場合、イオンビームを偏向させるマグネットでの磁場の方向やイオン源2の引出し電極系に印加する電圧の極性を逆に設定しておけば良い。
【0082】
その上、上記した実施形態では、ガラス基板7を支持するホルダー8の角度は一定であったが、ホルダーをX軸周りに回動させる機構を設けておいて、イオン源2等によるイオンビーム3の発散作用と組み合わせることで、ガラス基板7に照射されるイオンビーム照射角度(広がり角度)を調節するようにしても良い。
【0083】
その上さらに、図17に示すように制御装置25を備えておき、予め決められたプログラムに基づいて照射角度の算出を行うようにしても良いが、制御装置25を備えることは必須ではない。例えば、Y方向におけるビーム制限手段24で形成されるスリットの中心位置、ビームプロファイラー9で検出されるY方向でのビーム端部位置、ビーム制限手段24とビームプロファーラー9とのZ方向における位置といった各種情報をモニターに表示させておくことで、イオン注入装置のオペレーターが計算して、照射角度が所望するものであるかどうかの確認を行うようにしても良い。
【0084】
その他、前述した以外に、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、各種の改良および変更を行っても良いのはもちろんである。
【符号の説明】
【0085】
1.イオン注入装置
2.イオン源
3.イオンビーム
4.質量分析マグネット
5.分析スリット
6.処理室
7.ガラス基板
8.ホルダー
9.ビームプロファイラー
10.アークチャンバー
11.プラズマ電極
12.抑制電極
13.接地電極
17.偏向電磁石
24.ビーム制限手段
【技術分野】
【0001】
この発明は、ガラス基板に対してイオン注入処理を施すイオン注入装置で、特に、イオンビームをその進行方向に沿って平行となるように整形する平行化レンズを有さない質量分析型のイオン注入装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イオン注入装置は、生産装置であるところの基本的性格から、生産性の高い装置であることが必須である。また、シリコン等のウェーハにイオン注入を行って半導体デバイスを製造する半導体デバイス製造用のイオン注入装置は、デバイスの微細化(集積密度)がムーアの法則に沿って進展するため、微細化のための種々の要素技術を装置に付加していくこと、即ち「微細化への対応」が、「生産性の向上」ということに加えて要求される。
【0003】
一方、ガラス基板にイオン注入を行ってFPDパネルを製造するFPD(フラットパネルディスプレイ)パネル製造用イオン注入装置では、注入プロセスを適用する最終デバイスが人間の視認のための表示パネルであることから、基本的には人間の目の分解能以上の微細化は不要である。その為、このようなイオン注入装置への技術的要求は、生産性を向上させるための装置技術が、専ら、重要となる。
【0004】
FPDパネル製造用イオン注入装置の一例として、特許文献1に記載の装置が挙げられる。このイオン注入装置は、主に、広がり角度を有するイオンビームを発生させるイオン源と、当該イオンビームから所望のイオンのみを抜き出すイオン分析器と、イオン分析器を通過したイオンビームを略平行ビームにする為の4重極子デバイスと、4重極子デバイスをイオンビームの進行方向に移動可能に支持する移動台と、ターゲット基板が配置される処理部とから構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−139996号公報(図1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
FPDパネルの製造プロセスでは、デザインルール上、0.3μm 以上であれば全く問題はない。この理由は、それよりもデバイスの配線寸法を細かくして微細化を促進させても、もはや人間が認識できるものではない為である。
【0007】
一方、微細化が不断に進む半導体デバイスの製造プロセスに用いられるイオン注入装置では、デザインルールが0.2μmとなったプロセス以降、イオンビームの輸送経路に平行化マグネットを設けて、当該マグネットによって平行化されたイオンビームをターゲット(シリコン等のウェーハ)に照射することが一般となった。しかしながら、それまでのデザインルールでは、走査器にて角度走査されたイオンビーム、すなわち、ターゲットへのイオンビームの照射角が平行でないイオンビーム(最大角度幅で約±2.5度)を使うのが通常であり、それで十分であった。
【0008】
したがって、0.3μm以上のデザインルールを使うFPDパネル製造用のイオン注入装置では、本来、平行ビームで基板を処理する必要はないと考えられるが、特許文献1に挙げられるFPD製造用のイオン注入装置には、半導体製造用のイオン注入装置と同じように平行化レンズとして四重極子レンズが設けられていた。
【0009】
半導体製造装置の生産性を示す指標の一つに、CОО(コストオブオーナーシップ)がある。この指標は、主に装置のコストパフォーマンスに関連している。昨今、半導体製造装置の製造にあたっては、CООの低減は必須とされている。その為、一定の生産性を保ちながら余分なコストを削減する取り組みとして、余分な機能を排除することや装置寸法を小さくする等の取り組みがなされている。
【0010】
ガラス基板寸法の大型化に伴って、FPDパネル製造用のイオン注入装置で扱われるイオンビームの寸法も大きくなってきている。平行化レンズは、イオン注入がなされるガラス基板の直前に配置される。特許文献1に記載のように、イオンビームの輸送経路の上流側に位置するイオン源側のイオンビームの寸法に比べて、下流側に位置するガラス基板の直前ではその寸法が非常に大きなものになっている。このように大きな寸法を有するイオンビームを平行に整形させる為に、平行化レンズの寸法も大きなものにしなければならなかった。大型の平行化レンズを配置する分、平行化レンズを備えたイオン注入装置では、装置全体の寸法が大きくなる。そうなると、半導体工場内に大型の装置を設置するだけのスペースを確保しなければならない。また、大型の平行化レンズを製造するのにかかる費用は高いので、その分、イオン注入装置の価格が高騰する。このような理由から、平行化レンズを備えたイオン注入装置では、CООの低減が困難とされてきた。
【0011】
そこで本発明では、平行化レンズを用いずに、ガラス基板に対してのイオン注入を実現するCООに優れたイオン注入装置を提供することを所期課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すなわち、本発明に係るイオン注入装置は、リボン状のイオンビームをガラス基板に照射する質量分析型のイオン注入装置であって、イオン源から質量分析マグネットまでの前記イオンビームの輸送経路にイオンビーム発散手段を備えており、前記イオンビーム発散手段は、前記イオンビームの長辺方向と前記イオンビームの進行方向からなる平面において、前記ガラス基板上に引かれた垂線と前記ガラス基板に入射する前記イオンビームとの成す角度である前記イオンビームの照射角度が0度よりも大きくデザインルールに基づいて設定される許容発散角度以下となるように、前記イオンビームをその長辺方向に発散させることを特徴としている。
【0013】
上記したように、平行化レンズを用いる代わりに、イオン源から質量分析マグネットまでの比較的上流側に位置するイオンビームの輸送経路にイオンビーム発散手段を設け、これを用いてガラス基板へ照射されるイオンビームの照射角度が0度よりも大きくデザインルールに基づいて設定される許容発散角度以下となるようにリボン状イオンビームを、その長辺方向に発散させる構成としているので、装置寸法の小型化や装置価格を下げることが可能となり、ひいては、イオン注入装置のCООを低減させることが出来る。
【0014】
また、前記イオンビーム発散手段は、前記イオン源や前記質量分析マグネット、あるいはその両方で構成されていることが望ましい。
【0015】
このようなものをイオンビーム発散手段として用いた場合、従来備えられている部材の一部の構成を改良する程度となるので、新たな部材を製造する場合に比べて、製造コストが安価で済む。
【0016】
前記イオンビームの長辺方向における一部を選択的に通過させるビーム制限手段と、前記ビーム制限手段を通過した前記イオンビームの長辺方向におけるビーム端部を検出するビームプロファイラーとを更に備えていることが望ましい。
【0017】
このようなビーム制限手段とビームプロファイラーとを備えることによって、イオンビームの照射角度が所望するものであるかどうかの確認を行うことが出来る。
【0018】
前記ビーム制限手段は、前記イオンビームの輸送経路において、前記イオンビームの質量分析を行う分析スリットに隣接して設けられていることが望ましい。
【0019】
リボン状のイオンビームは、その短辺方向が分析スリット位置で集束する。その為、分析スリットに隣接してビーム制限手段を配置しておくと、ビーム制限手段の寸法を小さなものにしておくことが出来る。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、平行化レンズを用いる代わりに、イオン源から質量分析マグネットまでの比較的上流側に位置するイオンビームの輸送経路にイオンビーム発散手段を設け、これを用いて、ガラス基板へ照射されるイオンビームの照射角度が0度よりも大きくデザインルールに基づいて設定される許容発散角度以下となるようにリボン状イオンビームを、その長辺方向に発散させる構成としているので、装置寸法の小型化や装置価格を下げることが可能となり、ひいては、イオン注入装置のCООを低減させることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に係るイオン注入装置の一実施形態を示すXZ平面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るイオン注入装置のYZ平面内でのイオンビームの軌道を示す。
【図3】図2に記載のイオン源の一例を示す斜視図である。
【図4】図3に記載のイオン源の平面図である。
【図5】図3に記載のイオン源を構成する引出し電極系の他の実施例である。
【図6】図2に記載の質量分析マグネットの一例で、(a)は質量分析マグネットの断面図であり、(b)はXZ平面における磁極幅の変化を表す。
【図7】図6に記載の質量分析マグネット内部を通過するイオンビームが受けるローレンツ力についての説明図である。
【図8】本発明の他の実施形態に係るイオン注入装置のYZ平面内でのイオンビームの軌道を示す。
【図9】図8に記載のイオン源の一例を示す斜視図で、(a)はY方向に沿った略矩形状のスリットを有する引出し電極系で、(b)はX方向に沿った略矩形状のスリットを有する引出し電極系である。
【図10】図9に記載のイオン源の平面図で、(a)は図9(a)に対応する平面図であり、(b)は図9(b)に対応する平明図である。
【図11】各電極間を通過するイオンビームに発生する偏向作用を表し、(a)はプラズマ電極と抑制電極間で発生する作用で、(b)は抑制電極と接地電極間で発生する作用を表す。
【図12】図9に記載のイオン源を構成する引出し電極系の他の実施例で、(a)は各電極に設けられた電極孔のY方向における中心位置の関係を表す。(b)は図12の(a)に記載のc2よりもY方向逆側に位置する電極孔を通過するイオンビームが偏向される様子を表し、(c)は図12の(a)に記載のc2よりもY方向側に位置する電極孔を通過するイオンビームが偏向される様子を表す。
【図13】図8に記載の質量分析マグネットの一例で、(a)は質量分析マグネットの断面図であり、(b)はXZ平面における磁極幅の変化を表す。
【図14】本発明の更なる実施形態に係るイオン注入装置のYZ平面内でのイオンビームの軌道を示す。
【図15】本発明の別の実施形態に係るイオン注入装置のYZ平面内でのイオンビームの軌道を示す。
【図16】図15に記載の偏向電磁石の一例を表す図面であり、(a)は偏向電磁石の断面図であり、(b)はYZ平面から見た偏向電磁石の様子を表す。
【図17】本発明に係るイオン注入装置の一実施形態を示すXZ平面図で、照射角度を計測する手段を備えた例である。
【図18】図17に記載のビーム制限手段の一例であって、(a)はXY平面での様態を表し、(b)YZ平面での様態を表す。
【図19】図17に記載のビーム制限手段の別の例であって、(a)はXY平面での様態を表し、(b)YZ平面での様態を表す。
【図20】イオンビームのガラス基板への照射角度の計測例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明で取り扱うイオンビームはリボン状のイオンビームである。ここで言うリボン状のイオンビームとは、イオンビームの進行方向に直交する平面でイオンビームを切断した時、その切断面が矩形状を成すイオンビームのことを言う。また、本発明では、リボン状のイオンビームの進行方向を常にZ方向とし、当該Z方向と直交する2方向であって、リボン状のイオンビームの長辺に沿う方向をY方向とし、短辺方向に沿う方向をX方向としている。よって、X、Y、Z方向は、イオン注入装置内のイオンビームの輸送経路の場所に応じて、適宜、変更されるものとする。
【0023】
図1は、本発明で用いられるイオン注入装置1のXY平面図である。イオン源2より射出されたイオンビーム3は、質量分析マグネット4と分析スリット5により質量分析され、所望のイオンのみがガラス基板7へ照射されるように、処理室6内に導かれる。図1中に記載される破線は、イオンビーム3の中心軌道を表す。
【0024】
処理室6内で、ガラス基板7はホルダー8によって支持され、図示されない駆動機構によって、イオンビーム3を横切るように、X方向と略平行な矢印Aで示される方向に往復搬送される。この駆動機構については、従来から用いられているものであれば良い。
【0025】
例えば、処理室6の外部に設けられたモーターによって正逆に回転可能なボールねじを、真空シールを介して、処理室6内に導入しておき、このボールねじに、回転運動を直線運動に変換するボールナットを螺合させ、最終的にこのボールナットとホルダー8とを接続させることで、矢印Aで示される方向へのホルダー8の搬送を可能とする機構や、処理室6の外部に設けられたモーターによって矢印Aで示される方向に沿って移動可能なシャフトを、真空シールを介して、処理室7内に導入しておき、このシャフトの端部にホルダー8を支持させることで、矢印A方向へのホルダー8の搬送を可能とする機構を用いることが考えられる。
【0026】
また、処理室6にはイオンビーム3の長辺方向であるY方向の電流密度分布を計測する為のビームプロファイラー9が設けられおり、ここでの計測結果は、ビーム電流密度分布の調整に用いられる。当該計測結果を用いた電流密度分布の調整の例としては、イオン源2を、複数のフィラメントがY方向に沿って配列されたイオン源としておき、ビームプロファイラー9での計測結果に応じて、各フィラメントに流す電流量を調整するといった構成のものが考えられる。もちろん、複数のフィラメントを備えたイオン源2の他に、イオンビームの輸送経路にマルチポールを備えた磁界レンズやイオンビームの長さ方向に沿って多段に配列された複数枚の電極を有する電界レンズを設けておき、ビームプロファイラー9での計測結果に応じて、ポールの位置や電極に印加する電圧を調整するといった構成のものを用いても良い。ビームプロファイラー9としては、複数個のファラデーカップをY方向に沿って配列した構成のものや単一のファラデーカップをY方向に沿って移動させる構成のものが考えられる。
【0027】
図2には、本発明の一実施形態に係るイオン注入装置のYZ平面内でのイオンビーム3の軌道が示されている。この図2は図1のイオン注入装置1の別平面での様態を描いたものである。ただし、本発明の特徴部分であるイオンビーム3の軌道が理解し易いように、図1に記載のイオン注入装置1の構成を要約して描いている為、図1に記載のイオン注入装置1の構成と正確に一致しているわけではない。後述する図8、図14、図15においても同様の記載方法を用いている。なお、これらの図面に記載されているX、Y、Zのそれぞれの軸は、処理室6に入射するイオンビーム3に対して設定されているものである。前述したように、イオンビーム3が通過する場所によっては、図面に記載されているX、Y、Zの軸とは異なる軸が設定されることになる。
【0028】
図2に示される例では、イオン源2より平行なイオンビーム3を射出させ、質量分析マグネット4で、ガラス基板7へのイオンビーム3の照射角度が0度よりも大きくデザインルールに基づいて設定される許容発散角度以下となるようにその長辺方向にイオンビーム3を発散させている。Y方向におけるイオンビーム3の寸法は、ガラス基板7の寸法よりも大きい。その為、ガラス基板7を支持するホルダー8を図1のX方向に略平行な矢印Aで示される方向に移動させることで、ガラス基板7の全面に対するイオンビーム3の照射を可能としている。なお、後述する図8、図14、図15、図17の例においても、ガラス基板7の全面にイオンビーム3を照射する構成は、ここで説明した構成と同じである。
【0029】
本発明におけるイオンビーム3の照射角度は、YZ平面において、ガラス基板7の面上に引かれた垂線とガラス基板7へ入射するイオンビーム3とが成す角度で定義される。ただし、イオンビーム3が入射する側のガラス基板7の面と、その裏面およびガラス基板7を支持するホルダー8の面とが互いに平行となる関係である場合には、ホルダー8の面上に引かれた垂線をガラス基板7上に引かれた垂線と見ることが出来る。図2や後述する図8及び図14では、ガラス基板7とホルダー8との面が前述したように互いに平行な関係となっている。その為、これらの図では、ホルダー8上に引かれた垂線とイオンビーム3との成す角度(例えば、図2中のα)をイオンビームの照射角度(広がり角度)としている。
【0030】
本発明では、任意のデザインルールの時に許容される最大の照射角度の値を許容発散角度と呼んでいる。この角度は、次のようにしてデザインルールに従って設定されている。まず、人の視覚によって認識出来るかどうかで、デバイス製造時の微細化のレベルが決定される。そして、微細化のレベルに応じてデバイスの回路配線等の寸法に関するデザインルールが決定される。このデザインルールに従って、デバイスを製造することになるが、デザインルールによっては、前述したイオンビームの照射角度の許容される最大値が異なってくる。例えば、デザインルールで回路配線の寸法が0.3μmの場合に、許容出来るレベルの特性のデバイスを製造するには、イオンビームの照射角度が最大で2.5度までの範囲に収まらなければならない。一方で、デザインルールで回路配線の寸法が1μmと大きい場合には、許容出来るレベルの特性のデバイスを製造するには、イオンビームの照射角度が最大で3度程度までの範囲に収まらなければならない。本発明では製造されるデバイスの特性を考慮し、ガラス基板7へのイオンビーム3の照射角度を0度よりも大きく許容発散角度以下になるように設定している。
【0031】
また、イオンビーム3を発散させることは、ガラス基板7の大型化に対して、次の点で有利に働く。ガラス基板7の寸法は、液晶製品の大型化に伴って、年々大型化している。イオン源から平行なイオンビームを射出させ、それをガラス基板へ照射するタイプのイオン注入装置では、イオン注入装置を構成する各部材を大きなものに変更することが必要となる。
【0032】
一方、本発明のような発散ビームを用いた場合、イオンビームを発散させた場所からガラス基板までの距離に応じてイオンビームの寸法が大きくなるので、前述したようなタイプのイオン注入装置に比べて、イオン源等の部材を小さなものにすることが出来る。更に、特許文献1に記載のような平行化レンズを備えたイオン注入装置と比べても、イオンビームを平行化させない分、イオンビームの寸法を更に大きなものにすることが可能となる。
【0033】
イオン源2のより具体的な構成の一つが、図3に示されている。このイオン源2は、アークチャンバー10よりZ方向に平行なイオンビーム3を引出す為のプラズマ電極11、抑制電極12、接地電極13からなる引出し電極系を有しており、各電極にはイオンビーム3を通過させる為の略矩形状のスリットが設けられている。また、本発明のイオン源2において、プラズマ電極11はアークチャンバー10の蓋を兼ねており、両者は電気的に接続されているものとする。
【0034】
図4には、図3に記載の引出し電極系を構成する各電極とそれらに印加される電圧との関係が描かれている。なお、本発明では、正の電荷を有するイオンビームを想定しており、後述する他の実施形態においても同様である。
【0035】
アークチャンバー10から引出されるイオンビーム3のエネルギーは、アークチャンバー10に電気的に接続されたプラズマ電極11と接地電極13との電位差V1でもって決定される。そして、抑制電極12には、イオンビーム3の進行方向逆側からの電子の流入を防止する為に、V2の負電圧が印加されている。
【0036】
図3の引出し電極系を構成する各電極は、イオンビーム3を通過させる為に略矩形状のスリットを有していたが、この構成の代わりに、大電流で小さい発散角度のイオンビームを引出す場合に使用される多孔電極を用いても良い。その場合、例えば、X方向及びY方向における各電極に設けられた各孔の中心位置をぴったり合わせて、3枚の多孔電極をZ方向に配列させておくことが考えられる。図5には、その具体例が示されている。なお、図5では各電極がZ方向において重なっている為、1つの電極しか見えていない。
【0037】
図6には、図2の実施形態で用いられる質量分析マグネット4の例が開示されている。図6(a)は、質量分析マグネット4の断面図で、図6(b)に記載のd−dで示される一点鎖線に沿って、質量分析マグネット4を切断し、その切断面をZ方向から見た時の様子を表している。この質量分析マグネット4では、ウィンドウフレーム型のヨーク16に、イオンビーム3の経路に向けてY方向に沿った方向に突出した一対の磁極が形成されている。これらの磁極では、イオンビーム3の旋回半径の内側(図6(a)に示すY方向上側の磁極のb側)から外側(図6(a)に示すY方向上側の磁極のa側)に向けて、Y方向における磁極間寸法が狭くなるように磁極表面が傾けられている。図6(b)はXZ平面上での質量分析マグネット4の様子を示す。図中のa、bは図6(a)に記載されるY方向上側に位置する磁極の端部a、bに対応している。この図6(b)示されるように、図6(a)に記載の磁極端部a、b間の幅は、イオンビーム3の経路に沿って一定とされている。なお、図6(b)に記載のX、Y、Zの軸は質量分析マグネットへ入射するイオンビーム3に対するものである。この点は、後述する図13についても同様である。
【0038】
そして、一対の磁極には、それぞれ上側コイル14、下側コイル15が巻き回されており、これらのコイルに電流を流すことで、磁極間において、Y方向下側から上側に向けて湾曲した磁界Bを発生させている。なお、上側コイル14、下側コイル15としては、各磁極に沿って、その周囲を覆うようなレーストラックコイルや鞍型コイルを用いれば良い。
【0039】
図7は、図6に記載の質量分析マグネット内部を通過するイオンビームが受けるローレンツ力についての説明図である。
【0040】
Y方向の場所に応じて、イオンビームに作用するローレンツ力が異なる。その為、Y方向に沿って代表点としてe1、e2、e3をとり、各点においてどのようなローレンツ力が発生し、それがイオンビーム3のY方向における発散にどのような影響を及ぼすのかについて、説明する。なお、代表点e1、e2、e3は、それぞれ、磁界の向きが紙面右上方向へ向かう場所、磁界の向きがY方向と平行となる場所、磁界の向きが紙面左上へ向かう場所における任意の点である。
【0041】
ローレンツ力(F)は、磁界を横切るイオンビームと磁界の向きに対して垂直に作用する。その為、e1において、ローレンツ力(F)の向きは紙面右下方向となる。そして、このローレンツ力(F)は、図に示すようにX方向及びY方向に沿うベクトル成分FX、FYに分けることが出来る。
【0042】
FX成分によって、イオンビーム3はX方向へ偏向させられる。この偏向は、質量分析マグネット4でイオンビーム3を質量分析する際に用いられるものである。一方で、イオンビーム3は、FY成分によって、Y方向下側(逆側)に向けて偏向させられる。
【0043】
e2でのローレンツ力(F)は、X方向に沿ったFX成分のみとなる。ここではY方向におけるローレンツ力のベクトル成分が発生しないので、Y方向へのイオンビームの偏向作用は働かない。
【0044】
そして、e3でのローレンツ力(F)の向きは紙面右上方向となる。このローレンツ力(F)をX方向及びY方向に沿うベクトル成分FX、FYに分けると、FY成分がちょうどe1の場所で生じたローレンツ力(F)のFY成分と反対方向に生じることがわかる。このFY成分によって、e3の場所では、イオンビーム3がY方向上側へ向けて偏向させられることになる。
【0045】
上述したように、e1の場所を通過するイオンビーム3はY方向下側へ向けて偏向させられ、e3の場所を通過するイオンビーム3はY方向上側へ向けて偏向させられるので、イオンビーム3は全体としてY方向に沿って発散させられることになる。なお、イオンビームの発散の程度は、磁極対の傾斜角度や質量分析マグネット4の磁界Bの強さを、適宜、調整することで、所望のものに設定することが出来る。例えば、図6に記載の磁極対の傾斜角度を大きくすると、磁極対間に発生する磁界Bはさらに湾曲することになる。その場合、e1、e3の場所を通過するイオンビームに働くローレンツ力のY方向成分が大きくなるので、イオンビーム3のY方向への発散の程度をより大きなものにすることが出来る。
【0046】
また、e1、e3の場所でのFX成分は、e2の場所でのFX成分と比較して小さくなるので、各点におけるX方向へのイオンビームの偏向量に違いがあるように思われるかもしれないが、そうではない。e1、e3の場所での磁束密度は磁極に近い為に、e2に比べて大きな値となる。その為、e1、e3の場所でのローレンツ力の全てがFX成分とならなくても、イオンビーム3を均等にX方向に沿う方向へ偏向させ、質量分析することが可能となる。
【0047】
図8には、本発明の他の実施形態に係るイオン注入装置のYZ平面内でのイオンビームの軌道が示されている。この例では、図2と異なり、イオン源2から発散したイオンビーム3を射出させている。なお、この実施形態の質量分析マグネット4は、イオンビーム3をY方向に発散させる機能を有していない。
【0048】
この実施形態におけるイオン源2の具体例が、図9に示されている。図9(a)に記載のイオン源2の構成と先の実施形態で説明した図3に記載のイオン源2とでは、プラズマ電極11と抑制電極12の対向面の形状が異なっている。この実施形態では、プラズマ電極11と抑制電極12との対向面において、プラズマ電極11側の電極面を凸状にし、抑制電極12側の電極面を凹状としている。
【0049】
また、図9(a)では、引出し電極系の構成として、Y方向に沿った略矩形状のスリットを有する電極を一例として挙げたが、これ以外に、例えば、図9(b)に示すようにX方向に沿った略矩形状のスリットをY方向に沿って複数個配列された電極を用いても良い。
【0050】
図10には、図9に記載の引出し電極系を構成する各電極とそれらに印加される電圧との関係が描かれている。図10(a)と図10(b)は、図9(a)と図9(b)にそれぞれ対応している。印加される電圧の正負や各電極に対して印加される電圧による作用は、先の実施形態における図4で説明したものと同じである為、その説明を省略する。図10(b)には、図9(b)に示したY方向に沿って配列された各スリットより引出されるイオンビーム3が破線で描かれている。この図10(b)に記載されているように、各スリットより引出されたイオンビーム3はY方向に発散して、互いに重なり合う。そして、最終的には、図10(a)で示されるイオンビーム3と同等の外形を有するイオンビーム3としてイオン源2より射出されることになる。
【0051】
図11には、図9、図10に示される各電極間を通過するイオンビーム3が、電極間で発生する電界Eによって、どのように偏向させられるのかが描かれている。ここで説明するイオンビーム3が偏向する原理については、図9(a)(図10(a))、図9(b)(図10(b))に例示したイオン源2で同じである。
【0052】
図11(a)には、プラズマ電極11と抑制電極12との間を通過するイオンビーム3が偏向させられる様子が、図11(b)には、抑制電極12と接地電極13との間を通過するイオンビーム3が偏向させられる様子が、それぞれ描かれている。各図に描かれる破線は等電位線であり、一点鎖線は電界を表している。また、実線は各電極に入射するイオンビーム3を表し、二点鎖線は各電極間で発生する電界によって偏向されたイオンビームを表している。
【0053】
図11(a)において、プラズマ電極11側(図中、左側)は抑制電極12側(図中、右側)よりも電位が高い為、等電位線に直交するようにプラズマ電極11側から抑制電極12側に向けて電界Eが発生する。そして、電極間に入射したイオンビーム3は、電界Eの影響を受けて、二点鎖線で描かれるようにY方向に広げられ、その後、抑制電極12と接地電極13との間に入射する。このイオンビーム3の偏向方向は、電極間に入射するイオンビームの進行方向を表す方向ベクトルと電極間に発生する電界の方向を表す方向ベクトルとの合成ベクトルでもって決定される。
【0054】
図11(b)では、抑制電極12側(図中、左側)は接地電極13側(図中、右側)よりも電位が低い為、等電位線に直交するように接地電極13側から抑制電極12側に向けて電界Eが発生する。そして、電極間に入射したイオンビーム3は、電界の影響を受けてY方向に更に広げられる。このようにして、Y方向におけるイオンビーム3の発散が達成される。
【0055】
また、この例においても、各電極を多孔電極で構成することが考えられる。ただし、この実施形態の場合、先の実施形態において図5に示した構成のものとは異なっている。この点について、以下に説明する。
【0056】
具体的には、図12(a)に示される多孔電極を用いる。図12(a)では、各電極に設けられた孔の中心位置がY方向において異なっていることが理解し易いように、図5のように各電極をZ方向に重ねていない。ここでは、便宜上、各電極をX方向に並べている。実際に引き出し電極系としてこれらの電極を配置する場合には、Y方向において真ん中に位置する行に設けられた電極孔に着目する。そして、各電極において、この行に設けられた電極孔の中心位置が、X方向とY方向とで一致するように、各電極をZ方向に沿って配列させる。
【0057】
図12(a)には、7行4列で構成される多孔電極のY方向における3つの位置(c1、c2、c3)に、X方向沿って補助線(図中の破線を参照)が描かれている。まず、Y方向において、電極の中央に位置するc2位置(4行目)に引かれた補助線に着目すると、各電極(11〜13)に設けられた多孔電極の中心位置が一致していることが理解出来る。よって、このc2位置の電極孔を通過するイオンビームは図5で示した実施形態と同様にZ方向に沿って真っ直ぐに進むことになる。
【0058】
次に、c3位置(7行目)に引かれた補助線に着目すると、Y方向において、各電極(11〜13)に設けられた孔の中心位置が異なっていることがわかる。具体的には、抑制電極12の電極孔が、他の電極に設けられた電極孔に比べて、Y方向側にずれている。このような構成の電極孔を通過するイオンビーム3の軌跡が図12(b)に描かれている。
【0059】
図12(b)では、c3位置にある1つの電極孔に着目している。アークチャンバー10内に発生したプラズマ(図中、ハッチングしている部分)から各電極孔を通じてイオンビーム3が引き出される。引き出されたイオンビーム3はおおよそ電極孔の中心位置のずれ方向に応じて偏向される。抑制電極12に設けられた孔の中心位置は、プラズマ電極11に設けられた孔の中心位置よりもY方向側にずれている。その為、イオンビーム3は各電極間に発生する電界の影響を受けて、Y方向側に偏向されることになる。これとは反対に、抑制電極12と接地電極13に設けられた孔の中心位置を比較すると、接地電極13に設けられた孔の中心位置が抑制電極12に設けられた孔の中心位置よりもY方向逆側にずれているので、ここではイオンビーム3がY方向逆側へ偏向されることになる。このようにして各電極での孔の中心位置を異ならせることで、そこを通過するイオンビームを偏向させることが可能となる。この例では、c2位置よりもY方向逆側(c3側)に位置する5行目、6行目の電極孔に関しても、c3位置にある電極孔と同じ構成にしているので、これらの電極孔を通過するイオンビーム3もY方向の逆側へ向けて偏向されることになる。
【0060】
一方、c1位置(1行目)に引かれた補助線に着目すると、抑制電極12に設けられた孔の中心位置が、他の電極に設けられた孔の中心位置と比べて、Y方向逆側にずれていることがわかる。その為、c1位置を通過するイオンビーム3は、先に説明したc3位置を通過するイオンビーム3とは逆に、図12(c)に描かれているように、最終的にはY方向側に偏向されることになる。なお、c2よりもY方向側に配置された2行目、3行目の電極孔に関しても、c1位置にある電極孔と同じ構成にしているので、これらの電極孔を通過するイオンビーム3もY方向に向けて偏向されることになる。
【0061】
上記のようにして、各電極に設けられた電極孔の中心位置を設定しているので、Y方向に沿ってイオンビーム3が発散することになる。上記実施形態では、1行目〜3行目あるいは5行目〜7行目に配置された各電極における電極孔の中心位置の関係が同じになるように設定しているが、これを異ならせても良い。例えば、抑制電極12に設けられた電極孔の中心位置と他の電極に設けられた電極孔の中心位置のずれ量が、1行目〜3行目にかけて徐々に大きくなるように設定しても良い。また、反対に徐々に小さくなるように設定しても良い。5行目〜7行目に配置された電極孔の関係も、1行目〜3行目に配置された電極孔と同じく、各行における電極孔の中心位置の間隔を広げたり、狭めたりして、行毎に異なる設定を用いても良い。さらに、4行目(c2位置)を中心にして、Y方向において、イオンビーム3の広がりが非対称となるように各電極の電極孔を構成しておいても良い。
【0062】
図13は、図8に示す実施形態で用いられる質量分析マグネット4である。この実施形態での質量分析マグネット4は、イオンビーム3を発散させる機能を有していない。その為、Y方向に設けられた一対の磁極は、XY平面で見た場合、X方向に略平行な形状をしている。この実施形態では、イオン源2より発散されたイオンビーム3が射出されるので、Z方向へ向かうにつれて徐々に大きくなるイオンビーム3の寸法を許容できる程度、質量分析マグネット4の磁極間の寸法を大きくしておく必要がある。その他の点については、別の実施形態として図6で説明した質量分析マグネット4の構成と同じである為、ここではその説明を省略する。
【0063】
図14は、本発明の更なる実施形態に係るイオン注入装置のYZ平面内でのイオンビーム3の軌道が示されている。
【0064】
この実施形態は、イオン源2よりZ方向に対してα1の角度で発散するイオンビーム3を射出し、質量分析マグネット4でこのイオンビーム3を更に発散させて、最終的に、ガラス基板7に対してイオンビーム3がα2の角度をもって照射されるように構成されている。先の実施形態では、イオン源2と質量分析マグネット4のいずれかを用いて、イオンビーム3を発散させていたが、ここではその両方を用いて2段階でイオンビーム3を発散させている。
【0065】
この実施形態において、イオン源2および質量分析マグネット4の具体的な構成としては、これまでの実施形態の中で説明したものを、組み合わせれば良い。例えば、イオン源2としては図9〜12で説明された構成のものを用いる。一方で、質量分析マグネット4としては図6、7で説明した構成のものを用いる。そして、各部材によるイオンビーム3の発散の程度が所望のものとなるように、引出し電極系の電極形状、電極孔の配置、質量分析マグネットでの磁極の傾き等を適切に設定し、最終的にガラス基板7に対してイオンビーム3が0度よりも大きくデザインルールに基づいて設定される許容発散角度以下の照射角度をもって照射されるようにする。
【0066】
また、イオン源2と質量分析マグネット4との間に、両部材とは別に、イオン源2から射出されたイオンビーム3をY方向へ発散させる部材を配置させても良い。図15には、一例として、イオン源2より平行に射出されたイオンビーム3を発散させる偏向電磁石17が記載されている。この実施形態で使用されるイオン源2と質量分析マグネット4は、先の実施形態で述べた図3〜5に記載のイオン源と、図13に記載の質量分析マグネットとを使用すればよい。
【0067】
より具体的には、図16に偏向電磁石17の一例が示されている。図16(a)には、図15に記載のf―fで示される一点鎖線で偏向電磁石17を切断し、その切断面をZ方向から見た時の様子が描かれている。そして、図16(b)には、図16(a)をX方向から見た時の平面図が示されている。
【0068】
偏向電磁石は、図16(a)に描かれているように、イオンビーム3をその短辺方向であるX方向から挟む一対のヨーク18、19を備えている。そして、それぞれのヨークには、Y方向に沿っておおよそイオンビーム3を2等分するように2つのコイルが巻き回されており、各ヨークに巻き回されたそれぞれのコイルは、X方向においてイオンビーム3を挟んで互いに対向している。さらに、各ヨークに設けられたコイルで、Y方向上側に位置するコイルを上側コイル(22、23)とし、Y方向下側に位置するコイルを下側コイル(20、21)とした時、上側コイル間では、X方向に磁界Bを発生させ、下側コイル間ではX方向と逆向きに磁界Bを発生させるように、各コイルに対して電流が供給しておく。
【0069】
このような磁界Bを発生させることによって、上側コイル(22、23)間を通過するイオンビーム3はY方向へ偏向され、下側コイル(20、21)間を通過するイオンビーム3はY方向と逆側へ偏向される。この偏向によって、図16(b)に描かれているようにイオンビーム3全体をY方向へ発散させることが可能となる。
【0070】
ガラス基板7へ照射されるイオンビーム3の照射角度を計測する構成については、図17にその一例が記載されている。図17のイオン注入装置1は、分析スリット5の直後にビーム制限手段24を備えている。ビーム制限手段24では、イオンビーム3のY方向における一部のみを通過させる。そして、ビーム制限手段24を通過したイオンビーム3をビームプロファイラー9で検出する。その後、Z方向におけるビーム制限手段24とビームプロファイラー9との間の距離、Y方向におけるビーム制限手段24の開口中心位置とビームプロファイラー9に照射されるイオンビーム3の端部位置との間の距離に応じて、制御装置25にて、イオンビーム3のガラス基板7への照射角度の算出が行われる。この算出に至るまでの経緯を、図18〜図20を用いて以下に詳述する。
【0071】
質量分析型のイオン注入装置1において、X方向におけるイオンビーム3の寸法は分析スリット5の近傍で最小となる(図17中のイオンビーム3の外形を示す一点鎖線を参照)。ビーム制限手段24はイオンビーム3の一部のみを通過させるように作用する。その為、イオンビーム3の全体を覆うだけの寸法が必要となるが、分析スリット5の後段位置であれば、X方向でのイオンビーム3が集束しているので、ビーム制限手段24のX方向の寸法を小さくしておくことが出来るといったメリットがある。なお、図17では分析スリット5の後段にビーム制限手段24を配置させているが、分析スリット5の前段に配置させておいても良い。
【0072】
図18(a)にはビーム制限手段24の一例が記載されている。この例において、ビーム制限手段24はX方向に沿って独立して移動可能な複数のシャッター26で構成されており、各シャッター26は、Z方向に互い違いに位置ずれしながらY方向に沿って配列されている(図10(b)を参照)。各シャッター26にはボールナットが取り付けられており、これがX方向に沿って延出されたボールねじと螺合する。そして、モーター27によって各ボールねじを正逆に回転させることで、X方向への各シャッター26の移動を可能にしている。
【0073】
図19(a)には、ビーム制限手段24の別の例が記載されている。先の例と違って、この例ではシャッターがY方向に沿って移動するように構成されている。各シャッター28〜30をY方向に沿って移動させる機構は、先の例と同じく、各シャッターに設けられたボールナット、ボールナットと螺合するボールねじ、各ボールねじを回転させるモーター31によって構成されている。なお、この例におけるシャッター28〜30もZ方向に互い違いに位置ずれしながらY方向に沿って並べられている(図19(b)を参照)。なお、Y方向における装置寸法を考慮しないのであれば、シャッター28〜30の3枚のシャッターからなる構成に代えて、シャッター28あるいはシャッター29とシャッター30よりなる2枚のシャッターからなる構成を、ビーム制限手段として用いても良い。
【0074】
図18、図19に例示した複数枚のシャッターを、適宜、X方向あるいはY方向へ移動させることで、Y方向の任意の位置において、イオンビームを部分的に通過させる為のスリットを形成させることが可能となる。このようなスリットをY方向に沿って、順次、形成していくとともに、イオンビーム3のガラス基板7への照射角度の計測が行われる。
【0075】
図20には、ビーム制限手段24を通過したイオンビーム3の一部がビームプロファイラー9に照射されている様子が描かれている。この例では、ビームプロファイラー9はYZ平面内でガラス基板7のイオンビーム3が照射される面と平行に配置されているものとする。ビーム制限手段24を通過したイオンビーム3はY方向において広がりを有している。この広がりはY方向の上下で対称な場合もあるが、非対称な場合もある。Y方向側に広がるイオンビーム3の照射角度をα3、Y方向と逆側に広がるイオンビーム3の照射角度をα4とする。それぞれの照射角度は、Z方向とY方向のパラメーターによって算出することが出来る。具体的には、ビーム制限手段24とビームプロファイラー9とのZ方向における距離(Z2−Z1)と、ビーム制限手段24で形成されるスリットの中心位置とビームプロファイラー9で検出されるイオンビーム3のY方向におけるビーム端部までの距離(Y1、Y2)とによって算出することが可能となる。
【0076】
この例ではイオンビーム3が照射されるガラス基板7の面とビームプロファイラー9とが、互いに平行にY方向に沿って配置されているとしているが、これに限らず、ガラス基板7をY方向に対して傾斜させておいても良い。このような場合であっても、Y方向に対するガラス基板7の傾斜角度の情報を制御装置25へ設定あるいは送信するような手段を設けておくことで、制御装置25にて算出されたY方向に沿って配置されているビームプロファイラー9へのイオンビーム3の照射角度を基にして、ガラス基板7へ照射されるイオンビーム3の照射角度を導き出すことが可能となる。
【0077】
このようにしてガラス基板7へのイオンビーム3の照射角度の算出を行った結果、照射角度が所望範囲内にない場合には、所望の範囲内に収まるようにイオンビーム発散手段であるイオン源2、質量分析マグネット4、偏向電磁石17等の磁場や電場、あるいは電極配置、電極構造、磁極構造等を適切に設定し直すようにしても良いし、イオン注入装置1のオペレーターに対して許容範囲内からずれていることを知らせる何らかの警報を出力させるような仕組みを設けておいても良い。いずれにしろ、このような照射角度を計測する仕組みを設けておくことで、イオン注入処理に先立って、ガラス基板7へのイオンビーム3の照射角度が正しいものであるかどうかを確認することが出来る。
<その他の変形例>
【0078】
上記した実施形態において、イオン源2は、バーナス型、フリーマン型、バケット型、傍熱型のいずれのタイプのイオン源でも構わない。
【0079】
さらに、上記した偏向電磁石17とは別に、イオン源2と質量分析マグネット4との間に、磁場あるいは電場によってイオンビーム3をその長辺方向に走査する走査器を設けておき、これを用いて、イオンビーム3を発散させるようにイオン注入装置を構成しておいても良い。
【0080】
なお、図15の例では、イオン源2や質量分析マグネット4でイオンビーム3を発散させずに、 偏向電磁石17でイオンビーム3をY方向において発散させる構成としているが、本発明はこれに限られない。つまり、これまでの実施形態で既に述べてきたイオン源2や質量分析マグネット4での発散作用と偏向電磁石17での発散作用とを組み合わせるような構成であっても良い。走査器を配置する場合も、同様のことが言える。
【0081】
また、上記した実施形態では、イオンビームとして正の電荷を有するイオンビームを想定していたが、負の電荷を有するイオンビームであっても構わない。この場合、イオンビームを偏向させるマグネットでの磁場の方向やイオン源2の引出し電極系に印加する電圧の極性を逆に設定しておけば良い。
【0082】
その上、上記した実施形態では、ガラス基板7を支持するホルダー8の角度は一定であったが、ホルダーをX軸周りに回動させる機構を設けておいて、イオン源2等によるイオンビーム3の発散作用と組み合わせることで、ガラス基板7に照射されるイオンビーム照射角度(広がり角度)を調節するようにしても良い。
【0083】
その上さらに、図17に示すように制御装置25を備えておき、予め決められたプログラムに基づいて照射角度の算出を行うようにしても良いが、制御装置25を備えることは必須ではない。例えば、Y方向におけるビーム制限手段24で形成されるスリットの中心位置、ビームプロファイラー9で検出されるY方向でのビーム端部位置、ビーム制限手段24とビームプロファーラー9とのZ方向における位置といった各種情報をモニターに表示させておくことで、イオン注入装置のオペレーターが計算して、照射角度が所望するものであるかどうかの確認を行うようにしても良い。
【0084】
その他、前述した以外に、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、各種の改良および変更を行っても良いのはもちろんである。
【符号の説明】
【0085】
1.イオン注入装置
2.イオン源
3.イオンビーム
4.質量分析マグネット
5.分析スリット
6.処理室
7.ガラス基板
8.ホルダー
9.ビームプロファイラー
10.アークチャンバー
11.プラズマ電極
12.抑制電極
13.接地電極
17.偏向電磁石
24.ビーム制限手段
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リボン状のイオンビームをガラス基板に照射する質量分析型のイオン注入装置であって、イオン源から質量分析マグネットまでの前記イオンビームの輸送経路にイオンビーム発散手段を備えており、前記イオンビーム発散手段は、前記イオンビームの長辺方向と前記イオンビームの進行方向からなる平面において、前記ガラス基板上に引かれた垂線と前記ガラス基板に入射する前記イオンビームとの成す角度である前記イオンビームの照射角度を0度よりも大きくデザインルールに基づいて設定される許容発散角度以下となるように、前記イオンビームをその長辺方向に発散させることを特徴とするイオン注入装置。
【請求項2】
前記イオンビーム発散手段は、前記イオン源であることを特徴とする請求項1記載のイオン注入装置。
【請求項3】
前記イオンビーム発散手段は、前記質量分析マグネットであることを特徴とする請求項1記載のイオン注入装置。
【請求項4】
前記イオンビーム発生手段は、前記イオン源と前記質量分析マグネットの両方によって構成されていることを特徴とする請求項1記載のイオン注入装置。
【請求項5】
前記イオンビームの長辺方向における一部を選択的に通過させるビーム制限手段と、前記ビーム制限手段を通過した前記イオンビームの長辺方向におけるビーム端部を検出するビームプロファイラーとを更に備えていることを特徴とする請求項1、2、3又は4記載のイオン注入装置。
【請求項6】
前記ビーム制限手段は、前記イオンビームの輸送経路において、前記イオンビームの質量分析を行う分析スリットに隣接して設けられていることを特徴とする請求項5記載のイオン注入装置。
【請求項1】
リボン状のイオンビームをガラス基板に照射する質量分析型のイオン注入装置であって、イオン源から質量分析マグネットまでの前記イオンビームの輸送経路にイオンビーム発散手段を備えており、前記イオンビーム発散手段は、前記イオンビームの長辺方向と前記イオンビームの進行方向からなる平面において、前記ガラス基板上に引かれた垂線と前記ガラス基板に入射する前記イオンビームとの成す角度である前記イオンビームの照射角度を0度よりも大きくデザインルールに基づいて設定される許容発散角度以下となるように、前記イオンビームをその長辺方向に発散させることを特徴とするイオン注入装置。
【請求項2】
前記イオンビーム発散手段は、前記イオン源であることを特徴とする請求項1記載のイオン注入装置。
【請求項3】
前記イオンビーム発散手段は、前記質量分析マグネットであることを特徴とする請求項1記載のイオン注入装置。
【請求項4】
前記イオンビーム発生手段は、前記イオン源と前記質量分析マグネットの両方によって構成されていることを特徴とする請求項1記載のイオン注入装置。
【請求項5】
前記イオンビームの長辺方向における一部を選択的に通過させるビーム制限手段と、前記ビーム制限手段を通過した前記イオンビームの長辺方向におけるビーム端部を検出するビームプロファイラーとを更に備えていることを特徴とする請求項1、2、3又は4記載のイオン注入装置。
【請求項6】
前記ビーム制限手段は、前記イオンビームの輸送経路において、前記イオンビームの質量分析を行う分析スリットに隣接して設けられていることを特徴とする請求項5記載のイオン注入装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【公開番号】特開2011−253775(P2011−253775A)
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−128422(P2010−128422)
【出願日】平成22年6月4日(2010.6.4)
【出願人】(302054866)日新イオン機器株式会社 (161)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年12月15日(2011.12.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年6月4日(2010.6.4)
【出願人】(302054866)日新イオン機器株式会社 (161)
【Fターム(参考)】
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