説明

イオン源およびイオン注入装置

【課題】 プラズマ生成容器内のY方向におけるプラズマ密度分布の制御が容易であり、しかもプラズマ生成容器内に発生させる磁界によってイオンビームの軌道が曲げられるのを防止することができるイオン源を提供する。
【解決手段】 このイオン源10は、Y方向に長いリボン状イオンビーム2をZ方向に引き出すものであり、プラズマ生成容器12と、プラズマ生成容器12のZ方向端付近に設けられていてY方向に伸びたイオン引出し口26を有するプラズマ電極24と、プラズマ生成容器12内へ電子を放出してプラズマ22を生成するためのものであってY方向に沿って複数段に配置された複数の陰極40と、プラズマ生成容器12内に、しかも複数の陰極40を含む領域に、Z方向に沿う磁界56を発生させる磁気コイル50とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、1点で実質的に直交する3方向をX方向、Y方向およびZ方向とすると、Y方向の寸法がX方向の寸法よりも大きいリボン状(これはシート状または帯状と呼ばれることもある。以下同様)のイオンビームをZ方向に引き出すイオン源およびそれを備えるイオン注入装置に関する。
【背景技術】
【0002】
上記のような、Y方向の寸法WY がX方向の寸法WX よりも大きいリボン状のイオンビーム2の一例を図1に示す。
【0003】
特許文献1には、プラズマ生成容器内において、イオン引出しスリットの長手方向を挟んでフィラメントと反射電極とを対向させ、かつ両者を結ぶ軸に沿う方向に(即ちイオン引出しスリットの長手方向に沿う方向に)磁界を印加する、いわゆるバーナス型のイオン源が記載されている。
【0004】
このイオン源のイオン引出しスリットの長手方向をY方向とすることによって、上記のようなY方向の寸法の大きいリボン状のイオンビームをZ方向に引き出すことは一応可能である。その場合、プラズマ生成容器内に印加する磁界の方向は、イオン引出しスリットの長手方向に沿う方向であるから、Y方向に沿う方向となる。
【0005】
【特許文献1】特開2002−334662号公報(段落0002−0012、図12)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のようなイオン源において、それから引き出すイオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布を制御する(例えば均一性を高める)ためには、プラズマ生成容器内のY方向におけるプラズマ密度分布を制御することが有効である。しかし、従来のイオン源では、磁界がY方向に沿って印加されていて、プラズマ密度を部分的(局所的)に制御しようとしても、その部分的な制御の影響が磁界に沿う方向の全域に、即ちY方向の全域に簡単に広がってしまうので、Y方向におけるプラズマ密度分布を制御することは困難である。かと言って、上記磁界の印加を止めると、当該磁界による電子の閉じ込め作用を奏さなくなるので、プラズマ生成効率が低下してしまう。
【0007】
また、上記Y方向に沿う磁界は、プラズマ生成容器からイオンビームを引き出す部分(即ちイオン引出しスリット付近)にまで及んでいるので、イオンビーム引き出しの際にイオンビームは上記磁界によってX方向にローレンツ力を受けて、イオンビームの軌道がX方向に曲がるという課題もある。この軌道の曲がりを補正するためには、イオンビームを曲げ戻す機構が必要になり、構成や制御が複雑になる。
【0008】
そこでこの発明は、プラズマ生成容器内のY方向におけるプラズマ密度分布の制御が容易であり、しかもプラズマ生成容器内に発生させる磁界によってイオンビームの軌道が曲げられるのを防止することができるイオン源を提供することを一つの目的としている。
【0009】
またこの発明は、注入室内におけるリボン状イオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布を所定の分布に近づけることができるイオン注入装置を提供することを他の目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明に係るイオン源は、1点で実質的に直交する3方向をX方向、Y方向およびZ方向とすると、Y方向の寸法がX方向の寸法よりも大きいリボン状のイオンビームをZ方向に引き出すイオン源において、内部に原料ガスが導入されて内部でプラズマを生成するためのプラズマ生成容器と、前記プラズマ生成容器の前記Z方向端付近に設けられていて、前記Y方向に伸びたイオン引出し口を有するプラズマ電極と、前記プラズマ生成容器内であって前記プラズマ電極とは反対側に設けられていて、プラズマ生成容器内へ電子を放出してプラズマ生成容器内で放電を生じさせて前記原料ガスを電離させて前記プラズマを生成するためのものであって、前記Y方向に沿って複数段に配置された複数の陰極と、前記プラズマ生成容器の外側に設けられていて、前記プラズマ生成容器内に、しかも前記複数の陰極を含む領域に、前記Z方向に沿う磁界を発生させる磁気コイルとを備えていることを特徴としている。
【0011】
このイオン源においては、Y方向に沿って複数段に配置された複数の陰極から放出された電子は、Z方向に沿う磁界によって捕捉されてY方向への移動が制限されるので、Y方向への電子の移動は少なくなる。従って、上記磁界によって捕捉された電子がY方向の他の部分のプラズマ生成に与える影響は小さくなる。しかも、Y方向に沿って複数段に配置された複数の陰極を備えていて、各段の陰極から放出する電子量を調整することができるので、当該電子による各段のプラズマ生成作用を部分的に調整することができる。従って、プラズマ生成容器内のY方向におけるプラズマ密度分布の制御が容易である。
【0012】
しかも、プラズマ生成容器内に発生させる磁界は、イオンビームの引出し方向であるZ方向に沿うものであるので、プラズマ生成容器から引き出すイオンには、上記磁界によるローレンツ力は殆ど働かない。従って、イオン源から引き出されるイオンビームの軌道が上記磁界によって曲げられるのを防止することができる。
【0013】
前記プラズマ電極は、前記各陰極よりも負電位にされて前記プラズマ生成容器内の電子を反射させる反射電極を兼ねていても良い。
【0014】
前記プラズマ生成容器内であって前記複数の陰極の背後に、各陰極よりも負電位にされてプラズマ生成容器内の電子を反射させる背後反射電極を更に備えていても良い。
【0015】
前記磁気コイルは、一つのコイルでも良いし、前記Z方向を軸にして前記プラズマ生成容器を囲むようにそれぞれ巻かれていて、かつZ方向に沿って互いに離間して設けられていて、互いに同じ向きの磁界を発生させる複数のコイルから成るものでも良い。
【0016】
前記磁気コイルを構成する複数のコイルの内、最も前記プラズマ電極側に配置されたコイルが発生する磁界を、他のコイルが発生する磁界に比べて強くしておいても良い。
【0017】
この発明に係るイオン注入装置は、前記イオン源と、前記イオン源の各陰極をそれぞれ加熱して電子を放出させるための複数の陰極電源と、前記イオン源から発生させた前記イオンビームをターゲットに入射させるための注入室内における前記イオンビームの前記Y方向におけるビーム電流密度分布を測定するビーム測定器と、前記ビーム測定器からの測定情報に基づいて前記各陰極電源を制御して、前記各陰極から放出する電子量を制御して、前記ビーム測定器で測定するビーム電流密度分布を所定の分布に近づける制御機能を有している制御装置とを備えていることを特徴としている。
【0018】
前記制御装置は、前記ビーム測定器で測定したビーム電流密度が相対的に大きい領域に対応する前記陰極から放出する電子量を少なくすることと、同ビーム電流密度が相対的に小さい領域に対応する前記陰極から放出する電子量を多くすることの少なくとも一方を行って、前記ビーム測定器で測定する前記ビーム電流密度分布を均一に近づける制御機能を有していても良い。
【発明の効果】
【0019】
請求項1に記載の発明によれば、Y方向に沿って複数段に配置された複数の陰極から放出された電子は、Z方向に沿う磁界によって捕捉されてY方向への移動が制限されるので、Y方向への電子の移動は少なくなる。従って、上記磁界によって捕捉された電子がY方向の他の部分のプラズマ生成に与える影響は小さくなる。しかも、Y方向に沿って複数段に配置された複数の陰極を備えていて、各段の陰極から放出する電子量を調整することができるので、当該電子による各段のプラズマ生成作用を部分的に調整することができる。従って、プラズマ生成容器内のY方向におけるプラズマ密度分布の制御が容易である。
【0020】
その結果、当該イオン源から引き出すリボン状イオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布を調整することが容易になる。例えば、上記イオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を良くすることや、所定のビーム電流密度分布を実現することが容易になる。
【0021】
しかも、プラズマ生成容器内に発生させる磁界は、イオンビームの引出し方向であるZ方向に沿うものであるので、プラズマ生成容器から引き出すイオンには、上記磁界によるローレンツ力は殆ど働かない。従って、イオン源から引き出されるイオンビームの軌道が上記磁界によって曲げられるのを防止することができる。その結果、イオンビームの軌道の曲がりを補正するための余分な機構を設ける必要がなくなる。
【0022】
請求項2に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。
【0023】
即ち、プラズマ電極が反射電極を兼ねていて、当該プラズマ電極によってプラズマ生成容器内の電子を陰極側へ反射させることができるので、電子による原料ガスの電離効率を高めて、プラズマの生成効率を高めることができる。ひいては、より大電流のイオンビームの引き出しが可能になる。
【0024】
しかも、反射電極を兼ねているプラズマ電極は、電子を反射させる働きと共に、プラズマ中の電子とは反対極性のイオン(即ち正イオン。以下同様)に対しては、それを引き寄せてイオン引出し口を通して引き出す働きをもするので、しかも上記のように磁界はZ方向に沿うものであって電子やイオンのZ方向の移動を妨げないので、イオンビームを効率良く引き出すことが可能になる。
【0025】
請求項3に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、上記のような背後反射電極を更に備えていて、陰極側においてもこの背後反射電極によって電子を効率良く反射させることができるので、プラズマ生成容器内における電子を、反射電極を兼ねているプラズマ電極と背後反射電極との間で繰り返して、しかも効率良く反射させることができる。その結果、電子による原料ガスの電離効率をより高めて、プラズマ生成効率をより高めることができる。ひいては、より大電流のイオンビームの引き出しが可能になる。
【0026】
請求項4に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。
【0027】
即ち、磁気コイルが上記のような複数のコイルから成るので、プラズマ生成容器内での磁界の発散を小さくして、プラズマ生成容器内に、Z方向により平行に近い磁界を発生させることができる。従って、当該磁界による上述した作用効果をより効果的に発揮させることができる。
【0028】
また、磁気コイルとして、Z方向に長い一つのコイルをプラズマ生成容器を囲むように設けている場合は、当該コイルによってプラズマ生成容器へのアクセスが制限されるけれども、この発明では複数のコイルをZ方向に離間して設けているので、当該コイル間の隙間を通してプラズマ生成容器に比較的容易にアクセスすることができる。従って例えば、プラズマ生成容器への電流導入端子等の取り付け、配線の引き回し、プラズマ生成容器のメンテナンス等が容易になる。
【0029】
請求項5に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、最もプラズマ電極側に配置されたコイルが発生する磁界を上記のようにすることによって、プラズマ電極のイオン引出し口付近の磁界を他に比べて強くすることができ、それによってプラズマ密度も高まるので、イオン引出し口付近のプラズマ密度を他に比べて高くすることができる。その結果、より効率良く大電流のイオンビームを引き出すことが可能になる。
【0030】
請求項6に記載の発明によれば、イオン源についての上記効果に加えて次の更なる効果を奏する。
【0031】
即ち、ビーム測定器からの測定情報に基づいて各陰極電源を制御して、各陰極から放出する電子量を制御して、ビーム測定器で測定するビーム電流密度分布を所定の分布に近づける制御機能を有している制御装置を備えているので、注入室内におけるリボン状イオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布を所定の分布に近づけることができる。
【0032】
請求項7に記載の発明によれば次の更なる効果を奏する。即ち、制御装置が上記のような制御機能を有しているので、注入室内におけるリボン状イオンビームのY方向におけるビーム電流密度分布を均一に近づけて、当該ビーム電流密度分布の均一性を良くすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
(1)イオン源について
図2は、この発明に係るイオン源の一実施形態を電源と共に示す縦断面図である。図3は、図2に示すイオン源のプラズマ生成容器周りの概略を示す横断面図であり、説明に用いない構成要素の図示は省略している。
【0034】
1点で実質的に直交する3方向をX方向、Y方向およびZ方向とすると、このイオン源10は、例えば図1に示したような、Y方向の寸法WY がX方向の寸法WX よりも大きいリボン状のイオンビーム2をZ方向に引き出すイオン源である。
【0035】
リボン状と言っても、厚さが紙や布のように薄いという意味ではない。例えば、イオンビーム2のX方向の寸法WX は5cm〜10cm程度、Y方向の寸法WY は35cm〜50cm程度である。但しこれに限られるものではない。
【0036】
イオン源10は、内部でプラズマ22を生成するためのプラズマ生成容器12を備えている。プラズマ生成容器12および後述するプラズマ電極24等は、この実施形態では、真空容器36(これはイオン源チャンバーとも呼ばれる)内に収納されている。
【0037】
プラズマ生成容器12は、Z方向(即ちイオンビーム引出し方向)端が開いた直方体状をしている。このプラズマ生成容器12のZ方向とは反対側の壁面を成す後面板14は、この実施形態では、真空容器36の後面板を兼ねているが、両者を別のものとしても良い。
【0038】
プラズマ生成容器12、後面板14および真空容器36は、この実施形態では、互いに電気的に接続されていて同電位にある。当該電位部は、一つの基準電位部を形成しているので、それをイエロー電位部38と呼ぶことにする。
【0039】
プラズマ生成容器12内には、例えばガス導入口16から、プラズマ22生成の原料となる所望の原料ガス(蒸気の場合を含む)18が導入される。
【0040】
プラズマ生成容器12は、後述する陰極40に対する陽極を兼ねていても良いし、この実施形態のように、内部に陽極20を有していても良い。陽極20は、例えば、四角筒状をしており、プラズマ生成容器12とは電気的に絶縁されている。
【0041】
陽極20とイエロー電位部38(つまり各陰極40)との間には、各陰極40から放出させた熱電子を加速して、プラズマ生成容器12内に導入された原料ガス18を電離させると共に、プラズマ生成容器12内でアーク放電を生じさせて、プラズマ22を生成する直流のアーク電源66が、陽極20を正極側にして接続されている。プラズマ生成容器12が陽極を兼ねる場合は、このアーク電源66の正極側はプラズマ生成容器12に接続される。
【0042】
アーク電源66は、この実施形態のように複数の陰極40に共通にする代わりに、各陰極40に対して個別に、即ち各陰極40と陽極20(またはプラズマ生成容器12)との間に個別に設けても良い。個別に設けると、後述するように、各アーク電源66の出力電圧VA を制御することによって、プラズマ生成容器12内のプラズマ密度分布を制御することもできる。
【0043】
プラズマ生成容器12のZ方向側には、即ちプラズマ生成容器12のZ方向端付近には、Y方向に伸びたイオン引出し口26を有しているプラズマ電極24が設けられている。プラズマ電極24は、基本的には、プラズマ生成容器12内で生成されたプラズマ22からイオン引出し口26を通してイオンをZ方向に引き出す働きをする。イオン引出し口26は、この実施形態のようにY方向に長いスリットでも良いし、Y方向に配列された複数の孔でも良い。
【0044】
プラズマ電極24は、この実施形態では、絶縁物28によってプラズマ生成容器12とは電気的に絶縁されており、直流の第1反射電源68から、イエロー電位部38を基準にして負電圧が印加される。後述するように、各陰極40の一端はイエロー電位部38に接続されているので、第1反射電源68によって、プラズマ電極24は各陰極40よりも負電位にされる。従ってこの実施形態では、プラズマ電極24は、プラズマ生成容器12内の電子(主として陰極40からの熱電子)を反射させる(追い返す)反射電極を兼ねている。
【0045】
プラズマ電極24のZ方向側付近には、プラズマ電極24と協働して、プラズマ生成容器12内のプラズマ22から電界の作用でイオンビーム2を引き出す引出し電極系30が設けられている。引出し電極系30は、この実施形態では、引出し電極31、抑制電極32および接地電極33を有している。各電極31〜33は、プラズマ電極24のイオン引出し口26に対応したイオン引出し口をそれぞれ有している。
【0046】
引出し電極31には、イオンビーム2の引き出しのために、直流の第1引出し電源72から、イエロー電位部38を基準にして負電圧が印加される。この第1引出し電源72の出力電圧によって、イオンビーム2の引出し量を制御することができる。接地電極33には、直流の第2引出し電源74から、イエロー電位部38を基準にして負電圧が印加される。接地電極33は大地電位にはないが、通常はこのように呼ばれている。この第2引出し電源74の出力電圧によって、イオン源10から引き出すイオンビーム2のエネルギーが定まる。抑制電極32には、下流側からの逆流電子抑制のために、直流の抑制電源76から、接地電極33の電位を基準にして負電圧が印加される。
【0047】
イエロー電位部38には、直流の加速電源78から、大地電位を基準にして正電圧(加速電圧)が印加される。大地電位にあるターゲット82(図10参照)に入射する際のイオンビーム2のエネルギーは、この加速電源78の出力電圧によって定まる。
【0048】
但し、上記引出し電極系30の構成やそれ用の電源の構成は一例であり、上記例に限られるものではない。
【0049】
プラズマ生成容器12内であってプラズマ電極24とは反対側に、プラズマ電極24に対向させて、プラズマ生成容器12内へ電子(熱電子)を放出してプラズマ生成容器12内で放電を生じさせて原料ガス18を電離させてプラズマ22を生成するための複数の陰極40が、Y方向に沿って複数段に配置されている。陰極40の数は、図2に示す例では簡略化して三つで図示しているが、これに限られるものではない(例えば後述する図4〜図6に示すように7個程度にしても良い)。各陰極40は、この実施形態では、直熱型の陰極、即ちフィラメントである。
【0050】
各陰極40は、この実施形態では、棒状(線状とも言える)のものであって、横から(X方向から)見た形状がコ字状をしていて、その中央辺部分がY方向に沿って伸びる向きでY方向に沿って複数段に配置されている。
【0051】
各陰極40には、それを加熱して電子を放出させるための陰極電源60が、電流導入端子42を介してそれぞれ接続されている。各陰極電源60は、図示例のように直流電源でも良いし、交流電源でも良い。各陰極電源60は、例えば、後述する制御装置90(図10参照)による制御によって、各陰極40に流す電流IF を個別に制御(増減)することができる。それによって、各陰極40から放出する電子量を制御することができる。
【0052】
各陰極40の一端は、前述したようにこの実施形態では、イエロー電位部38に接続されている。各陰極電源60の出力電圧は通常は低い(例えば5V前後)ので、各陰極40は、ほぼイエロー電位部38の電位になる。
【0053】
プラズマ生成容器12の外側には、プラズマ生成容器12内に、しかも複数の陰極40を含む領域に、Z方向に沿う磁界56を発生させる磁気コイル50が設けられている。磁気コイル50は、より具体的にはこの実施形態では、上記真空容器36の外周部に設けられて(巻かれて)いる。
【0054】
磁気コイル50の近傍にある構成要素は、例えば真空容器36、プラズマ生成容器12、後面板14、陽極20、プラズマ電極24、引出し電極系30および後述する背後反射電極58等は、磁界56を乱さないために、非磁性材から成る。
【0055】
磁気コイル50は、一つの筒状のコイルでも良いけれども、この実施形態では、複数の(この実施形態では二つの)コイル52から成る。各コイル52は、Z方向を軸にしてプラズマ生成容器12を囲むように巻かれた筒状(環状とも言える)のコイルである。各コイル52は、Z方向に沿って互いに離間して設けられている。より具体的には、一方のコイル52はプラズマ生成容器12の前端(Z方向端)付近を囲んでおり、他方のコイル52はプラズマ生成容器12の後端付近を囲んでいる。各コイル52は、互いに同じ向きの磁界を発生させる。この複数のコイル52が協働して、上記磁界56を発生させる。
【0056】
各コイル52を互いに直列接続して一つのコイル電源から励磁電流を流すようにしても良いけれども、この実施形態では、複数の直流のコイル電源54によって各コイル52を個別に励磁するようにしている。それによって、各コイル52が発生する磁界の強さを簡単に変えることができる。
【0057】
プラズマ生成容器12内であって複数の陰極40の背後に、この実施形態のように、背後反射電極58を設けておいても良い。背後反射電極58は、複数の陰極40の背後をカバーする大きさをしている。より具体的には、プラズマ生成容器12内の後面の概ね全体をカバーする大きさをしている。
【0058】
背後反射電極58は、プラズマ生成容器12および後面板14から電気的に絶縁されている。各陰極40および陽極20からも電気的に絶縁されている。背後反射電極58は、この実施形態のように、直流の第2反射電源70から、イエロー電位部38を基準にして負電圧を印加しても良いし、電気的にどこにも接続せずに浮遊電位にしても良い。浮遊電位にしても、背後反射電極58は、主に陰極40から放出され、アーク電源66の出力電圧相当のエネルギーの高い電子が入射して負電位に帯電するからである。上記のようにして、背後反射電極58を、各陰極40よりも負電位にすることができる。従って、背後反射電極58は、プラズマ生成容器12内の電子(主として陰極40からの熱電子)を反射させる(追い返す)働きをする。
【0059】
このイオン源10においては、Y方向に沿って複数段に配置された複数の陰極40から放出された電子は、Z方向に沿う磁界56によって捕捉されてY方向への移動が制限されるので、Y方向への電子の移動は少なくなる。これは、電子は、磁界56に巻き付く旋回運動(ラーモア運動)をするので、磁界56に沿う方向(即ちZ方向)に移動することはできても、磁界56を横切る方向(即ちY方向)への移動は困難だからである。電子軌道のシミュレーションによっても、電子は、主として各陰極40のY座標付近にそれぞれ集まって、陰極40の段数に等しい数の集団を作ることが確かめられている。従って、上記Z方向に沿う磁界56によって捕捉された電子がY方向の他の部分のプラズマ生成に与える影響は小さくなる。換言すれば、各陰極40がプラズマ密度に及ぼす影響は、各陰極40のY座標付近にそれぞれ限定される。
【0060】
しかも、Y方向に沿って複数段に配置された複数の陰極40を備えていて、各段の陰極40から放出する電子量を調整することができるので、当該電子による各段のプラズマ生成作用を部分的に調整することができる。例えばある陰極40から放出する電子量を多くすると、当該電子がガス分子と衝突する確率が高くなって当該陰極のY座標付近のプラズマ密度が大きくなる。逆にその陰極40から放出する電子量を少なくすると、当該電子がガス分子と衝突する確率が低くなって当該陰極40のY座標付近のプラズマ密度は小さくなる。
【0061】
上記のように、このイオン源10によれば、Z方向に沿う磁界56によって、各陰極40がプラズマ密度に及ぼす影響を各陰極40のY座標付近にそれぞれ限定することができると共に、各陰極40から放出する電子量を調整して各段のプラズマ密度を調整することができる。従って、プラズマ生成容器12内のY方向におけるプラズマ密度分布の制御が容易である。
【0062】
その結果、このイオン源10から引き出すリボン状イオンビーム2のY方向におけるビーム電流密度分布を調整することが容易になる。例えば、上記イオンビーム2のY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を良くすることや、所定のビーム電流密度分布を実現することが容易になる。
【0063】
しかも、プラズマ生成容器12内に発生させる磁界56は、イオンビーム2の引出し方向であるZ方向に沿うものであるので、プラズマ生成容器12から引き出すイオンには、上記磁界56によるローレンツ力は殆ど働かない。従って、イオン源10から引き出されるイオンビーム2の軌道が上記磁界によって曲げられるのを防止することができる。その結果、イオンビームの軌道の曲がりを補正するための余分な機構を設ける必要がなくなる。
【0064】
また、この実施形態のイオン源10では、上記のようにプラズマ電極24が反射電極を兼ねていて、当該プラズマ電極24によってプラズマ生成容器12内の電子を陰極40側へ反射させることができるので、電子と原料ガス18との衝突確率を高めて電子による原料ガス18の電離効率を高めることができる。背後反射電極58を設けていなくても、電子は、各陰極40と反射電極を兼ねるプラズマ電極24の間を往復運動する。それによって、電子と原料ガス18との衝突確率を高めて、プラズマ22の生成効率を高めることができる。ひいては、より大電流のイオンビーム2の引き出しが可能になる。
【0065】
しかも、反射電極を兼ねているプラズマ電極24は、電子を反射させる働きと共に、プラズマ22中の電子とは反対極性のイオン(正イオン)に対しては、それを引き寄せてイオン引出し口26を通して引き出す働きをもするので、しかも上記のように磁界56はZ方向に沿うものであって電子やイオンのZ方向の移動を妨げないので、イオンビーム2を効率良く引き出すことが可能になる。即ち、プラズマ22中のイオンは、まず、プラズマ電極24の電界によってイオン引出し口26を通して引き出され、そしてそのまま引出し電極系30による電界によってイオンビーム2として引き出される。
【0066】
なお、絶縁物28および第1反射電源68を設けずに、プラズマ電極24をプラズマ生成容器12のZ方向端に取り付けて、プラズマ電極24の電位をプラズマ生成容器12と同電位にしても良い。プラズマ電極24がプラズマ生成容器12のZ方向端の壁面を形成していても良い。この場合は、図2の回路構成のままでは、プラズマ電極24と各陰極40とはほぼ同電位になるので、プラズマ電極24による上述した電子の反射作用は奏さなくなる。
【0067】
プラズマ電極24を上記のようにする場合、例えば、第1反射電源68の代わりに図2中に破線で示すように直流のバイアス電源71を設けて、このバイアス電源71から、イエロー電位部38を基準にして各陰極40に正電圧を印加するようにしても良い。そのようにすると、プラズマ電極24は各陰極40よりも負電位になるので、プラズマ電極24はやはり、プラズマ生成容器12内の電子を陰極40側へ反射させる反射電極を兼ねるようになる。
【0068】
更にこの実施形態のイオン源10では、背後反射電極58を備えていて、陰極40側においてもこの背後反射電極58によって電子を効率良く反射させることができるので、プラズマ生成容器12内における電子を、反射電極を兼ねているプラズマ電極24と背後反射電極58との間で繰り返して、しかも効率良く反射させることができる。その結果、電子と原料ガス18との衝突確率をより高めて電子による原料ガス18の電離効率をより高めることができるので、プラズマ生成効率をより高めることができる。ひいては、より大電流のイオンビーム2の引き出しが可能になる。
【0069】
更にこの実施形態のイオン源10では、上記のように、磁気コイル50が複数のコイル52から成るので、プラズマ生成容器12内での磁界56の発散を小さくして、プラズマ生成容器12内に、Z方向により平行に近い磁界56を発生させることができる。従って、当該磁界56による上述した作用効果をより効果的に発揮させることができる。
【0070】
また、磁気コイル50として、Z方向に長い、例えば図2に示す二つのコイル52とその間の長さに相当するような長さの一つのコイルをプラズマ生成容器12を囲むように設けている場合は、当該コイルによってプラズマ生成容器12へのアクセスが制限されるけれども、このイオン源10では複数のコイル52をZ方向に離間して設けているので、当該コイル52間の隙間を通してプラズマ生成容器12に比較的容易にアクセスすることができる。従って例えば、プラズマ生成容器12への電流導入端子等の取り付け、配線の引き回し、プラズマ生成容器12のメンテナンス等が容易になる。
【0071】
なお、この実施形態では、磁気コイル50を構成するコイル52は2個であるが、必要に応じてそれ以上にしても良い。その場合は、例えば、コイル電源54もそれに応じて設ければ良い。
【0072】
上記複数のコイル52の内、最もプラズマ電極24側に配置されたコイル52(この実施形態では、2個のコイル52の内のプラズマ電極24側のコイル52)が発生する磁界を、他のコイル52が発生する磁界に比べて強くしても良い。そのようにするには、例えば、最もプラズマ電極24側に配置されたコイル52にコイル電源54から流す励磁電流を大きくすれば良い。あるいは、最もプラズマ電極24側に配置されたコイル52の巻数を多くしても良い。両者を併用しても良い。
【0073】
上記のようにすることによって、プラズマ電極24のイオン引出し口26付近の磁界56を、他に比べて強くすることができる。図3はその概略例を示す。プラズマ電極24付近で磁力線57が集中して、イオン引出し口26付近の磁界56が強くなっている。これに伴って、プラズマ生成容器12内の電子密度もイオン引出し口26付近で高くなる。これは電子軌道のシミュレーションによっても確かめられている。電子密度が高いと、電子と原料ガス18との衝突確率が高くなってプラズマ密度も高まるので、イオン引出し口26付近のプラズマ22の密度を他に比べて高くすることができる。図3中のプラズマ22は、それを模式的に示したものである。その結果、より効率良く大電流のイオンビーム2を引き出すことが可能になる。
【0074】
上記陰極40がフィラメントの場合の配置の例を図4〜図6にそれぞれ示す。
【0075】
図4に示す例は、前述した図2の例と同じ配置であり(但しフィラメント40の数は、より実際に近い数で図示している。図5、図6も同様)、縦長の複数のフィラメント40をY方向に1列に並べたものである。各フィラメント40の間には隙間がある。この例は、後述する仕切り板80を設ける場合にも対応することができる。
【0076】
図5に示す例は、縦長の複数のフィラメント40を2列にして、各フィラメント40をY方向において少しずつオーバーラップさせて配置したものである。この例の場合は、複数のフィラメント40がY方向に切れ目なく並んでいるのと似た状態になるので、切れ目の存在によってプラズマ密度の低い領域が生じるのを防止することができる。
【0077】
図6に示す例は、Y方向に対して所定角度で斜めに傾けた縦長の複数のフィラメント40を、Y方向において少しずつオーバーラップさせて配置したものである。この例の場合も、複数のフィラメント40がY方向に切れ目なく並んでいるのと似た状態になるので、切れ目の存在によってプラズマ密度の低い領域が生じるのを防止することができる。
【0078】
実験によれば、イオンビーム2のY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を良くし、かつビーム電流を大きくする上では、図4の例よりも図5の例の方が、更に図5の例よりも図6の例の方が、より効果があることが確かめられた。これは、図6の例では、プラズマ電極24のイオン引出し口26に対向して、複数のフィラメント40がY方向に切れ目なく1列に並んでいることと実質的に同じになって、イオン引出し口26付近のプラズマ密度が高くなり、かつそのY方向における均一性も良くなるからであると考えられる。
【0079】
図7に示す例のように、プラズマ生成容器12内に、隣り合う二つの陰極40間を仕切る仕切り板80を設けても良い。この仕切り板80の配置の正面図を、図4に対応する図8に示す。
【0080】
各仕切り板80は、高温に曝されるため、モリブデン、カーボン等の耐熱材料で構成するのが好ましい。各仕切り板80のZ方向の長さは、必ずしも図7に示すようなものに限られるものではなく、必要とするプラズマ密度の制御性等の関係で適宜定めれば良い。
【0081】
上記仕切り板80を設けると、各陰極40から放出された電子が、仕切り板80によって仕切られた他の区画に侵入するのを抑制することができるので、また各区画内で生成されたプラズマが他の区画へ拡散することを抑制することができるので、各陰極40による各区画ごとのプラズマ密度の制御性を大きく高めることができる。プラズマ密度の制御にこのような構成を併用しても良い。それによって、プラズマ生成容器12内のY方向におけるプラズマ密度分布の制御が一層容易になる。
【0082】
また、例えば図7に示す例のように、仕切り板80によって仕切られた各区画にガス導入口16をそれぞれ設けて、各区画に独立して原料ガス18を導入するようにしても良い。その場合は、各ガス導入口16から導入する原料ガス18の流量をそれぞれ調節する複数の流量調節器(図示省略)を設けておく。
【0083】
プラズマ生成容器12内で生成するプラズマ密度は、プラズマ生成容器12内の原料ガス18の密度にも比例するので、上記のようにして各区画内に導入する原料ガス18の流量を調節することによって、各区画内のプラズマ密度を調整することができる。その結果、プラズマ生成容器12内のY方向におけるプラズマ密度分布を制御することができる。プラズマ密度分布の制御にこのような制御を併用しても良い。
【0084】
各陰極40は、上記実施形態のような直熱型の陰極(フィラメント)の代わりに、傍熱型の陰極にしても良い。その場合の一例を、一つの陰極40周りを代表して図9に示す。
【0085】
図9に示す例では、陰極40は、プラズマ生成容器12の後面板14に設けられた穴15の部分に設けられている。背後反射電極58を設けている場合は、それにも穴を設けておけば良い。陰極40の背後には、陰極40を加熱して陰極40から電子(熱電子)をプラズマ生成容器12内へ放出させるフィラメント44が設けられている。フィラメント44には、それを加熱するフィラメント電源62が接続されている。フィラメント電源62は、図示例のように直流電源でも良いし、交流電源でも良い。
【0086】
フィラメント44と陰極40との間には、フィラメント44から放出された熱電子を陰極40に向けて加速して、当該熱電子の衝撃を利用して陰極40を加熱する直流のボンバード電源64が、陰極40を正極側にして接続されている。このボンバード電源64とフィラメント電源62とで陰極電源60を構成している。
【0087】
各電源62、64の出力の少なくとも一方を増減させることによって、陰極40から放出する電子量を制御することができる。例えば、ボンバード電源64の出力電圧VD を、後述する制御装置90によって制御(増減)するようにしても良い。
【0088】
なお、プラズマ生成容器12に対して陰極40およびフィラメント44を配置するより具体的な構造は、図9では簡略化して示しているが、例えば特許第3758667号公報等に記載されているような公知の構造を採用すれば良い。
【0089】
また、陰極40およびフィラメント44をプラズマ生成容器12内に位置させても良い。例えば、背後反射電極58を設ける場合は、図2に示す陰極40と同様に、背後反射電極58よりも内側に陰極40を位置させても良い。
【0090】
(2)イオン注入装置について
図10は、図2に示すイオン源10を備えるイオン注入装置の一実施形態を示す概略図である。
【0091】
このイオン注入装置は、上記イオン源10から引き出されたリボン状のイオンビーム2をターゲット82に入射させてイオン注入を行う装置であり、上記イオン源10、複数の上記陰極電源60(但し図10では一つのみを図示している)に加えて、次のようなビーム測定器88、制御装置90等を備えている。
【0092】
イオン源10からターゲット82周りまでのイオンビーム2の輸送経路は、図示しない真空容器内にあって真空雰囲気に保たれる。また、イオンビーム2は、輸送途中で、例えば質量分析マグネット等によって、X方向に曲げられても良い。その場合も含めて、図10では、イオンビーム2の進行方向を常にZ方向としている。
【0093】
ターゲット82は、例えば、半導体基板、ガラス基板等である。
【0094】
ビーム測定器88は、イオンビーム2をターゲット82に入射させるための注入室(図示省略)内におけるイオンビーム2のY方向におけるビーム電流密度分布を測定するものである。ビーム測定器88は、より具体的には、ターゲット82の近傍に設けられていて、ターゲット82に相当する位置におけるイオンビーム2のY方向におけるビーム電流密度分布を測定するものである。
【0095】
ビーム測定器88が図示例のようにターゲット82の前方に設けられている場合は、ターゲット82へのイオン注入時には、ビーム測定器88をイオン注入の邪魔にならない位置に移動させれば良い。ビーム測定器88がターゲット82の後方に設けられている場合は、測定時にはターゲット82等を測定の邪魔にならない位置に移動させれば良い。
【0096】
ビーム測定器88は、例えば、イオンビーム2のビーム電流密度を測定する多数の測定器(例えばファラデーカップ)をY方向に並設して成る多点ビーム測定器であるが、一つの測定器を移動機構によってY方向に移動させる構造のものでも良い。
【0097】
このイオン注入装置は、ターゲット82を保持するホルダ84をターゲット82と共にイオンビーム2の主面2aと交差する方向に、例えば矢印Fに示すようにX方向に移動(例えば往復駆動)させるターゲット駆動装置86を備えている。
【0098】
イオンビーム2のY方向の寸法WY をターゲット82のY方向の寸法よりも大きくしておくことと、ターゲット駆動装置86によるターゲット82の上記移動とを併用することによって、ターゲット82の全面にイオン注入を行うことができる。
【0099】
制御装置90は、ビーム測定器88からの測定情報DAに基づいて各陰極電源60(詳しくは図2、図9参照)を制御して、上記各陰極40から放出する電子量を制御して、ビーム測定器88で測定するビーム電流密度分布を所定の分布に近づける制御機能を有している。それによって、注入室内におけるリボン状イオンビーム2のY方向におけるビーム電流密度分布を所定の分布に近づけることができる。
【0100】
制御装置90が有している制御機能のより具体例を挙げると、制御装置90は、ビーム測定器88で測定したビーム電流密度が相対的に大きい領域に対応する陰極40から放出する電子量を少なくすることと、同ビーム電流密度が相対的に小さい領域に対応する陰極40から放出する電子量を多くすることの少なくとも一方を行って、ビーム測定器88で測定するビーム電流密度分布を均一に近づける制御機能を有している。従って、この場合は、注入室内におけるリボン状イオンビーム2のY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を良くすることができる。
【0101】
イオンビーム2のY方向におけるビーム電流密度分布の均一性を良くする制御内容のより具体例を、図12を参照して説明する。また、均一化制御の前後におけるビーム電流密度分布の概略例を図11に示し、以下においてはこの図11も参照する。なお、下記の設定値SET、許容範囲εA 、εB は、例えば、制御装置90に予め設定しておけば良い。
【0102】
まず、ビーム測定器88によって、イオンビーム2のY方向の全体のビーム電流密度分布を測定する(ステップ100)。これによって、例えば、図11中のビーム電流密度分布Aが得られる。
【0103】
次に、上記ビーム電流密度分布Aを有しているイオンビーム2全体のビーム電流が所定の許容範囲内か否かを判断する(ステップ101)。なお、イオンビーム2全体のビーム電流をイオンビーム2のY方向の長さで割ればビーム電流密度分布Aの平均値AVEが得られるので、イオンビーム2全体のビーム電流を判断することと上記平均値AVEを判断することとは、実質的に同じであり、ステップ101、102において上記平均値AVEを判断対象にしても良い。
【0104】
イオンビーム2全体のビーム電流が許容範囲内にない場合は、ステップ102に進んで、ビーム電流が許容範囲よりも大きい場合は全ての陰極40から放出する電子量を一律に少なくし、小さい場合は全ての陰極40から放出する電子量を一律に多くする。「一律に」というのは、複数の陰極40について互いに実質的に同じ量だけ電子量を増加または減少させることである。
【0105】
上記放出電子量の増減によって、プラズマ生成容器12内のプラズマ密度が増減し、ひいてはイオンビーム2のビーム電流が増減する。その後はステップ100に戻って、イオンビーム2全体のビーム電流が許容範囲内に入るまで、ステップ100〜102の制御が繰り返される。
【0106】
上記制御によって、イオンビーム2全体のビーム電流が許容範囲内に入るように制御される。平均値AVEでいえば、これが許容範囲εA 内に入るように制御される。これによって、例えば、図11中のビーム電流密度分布Bが得られる。この状態では、未だ個別調整は行っていないので、ビーム電流密度分布Bは元のビーム電流密度分布Aに似た形状をしており、ビーム電流密度分布Aをほぼ平行移動させたようなものである。
【0107】
ステップ101において、イオンビーム2全体のビーム電流が許容範囲内にあると判断された場合は、ステップ103に進む。ステップ103では、ビーム測定器88による測定領域を、Y方向において、各陰極40に対応する範囲毎にグループ分けして、各グループ内でのビーム電流密度の平均値を算出する。例えば、陰極40がY方向に3段に配置されている場合は、図11に示すようにグループ1〜3に分け、平均値AVE1 〜AVE3 を算出する。このグループ分けは、換言すれば、各段の陰極40がY方向におけるプラズマ密度ひいてはビーム電流密度に影響を与える範囲毎にグループ分けすることである。このようにグループ分けすることに意味があるのは、前述したように、イオン源10がY方向におけるビーム電流密度を部分的に制御することができるからである。
【0108】
そして、ステップ104に進んで、全てのグループの平均値が所定の許容範囲εB 内にあるか否かを判断する。通常は、図11にも示すように、εA >εB としておく。全てのグループの平均値が許容範囲εB 内にあれば、制御は終了する。図11の例では、グループ1、2の平均値AVE1 、AVE2 は許容範囲εB 内にあるが、グループ3の平均値AVE3 は許容範囲εB よりも低い。
【0109】
平均値が許容範囲εB 内にないグループがあれば、ステップ105に進む。ここでは各陰極電源60をそれぞれ制御して、各陰極40から放出する電子量をそれぞれ制御する。即ち、許容範囲εB よりもそのグループの平均値が高ければ当該グループに対応する陰極40からの放出電子量を下げ、平均値が低ければ(例えば図11中の平均値AVE3 参照)放出電子量を上げる制御が行われる。この放出電子量の増減によって、前述したように、各陰極40に対応する領域でのプラズマ密度が増減し、ひいては当該領域に対応するグループのビーム電流密度が増減する。
【0110】
その後は、ステップ100に戻って、上記制御が繰り返される。これによって、イオンビーム2全体のビーム電流が許容範囲内に入り、かつ各グループのビーム電流密度の平均値も許容範囲内に入るように制御される。その結果、例えば、図11中のビーム電流密度分布Cが得られる。即ち、イオンビーム2のY方向におけるビーム電流密度分布を均一に近づけて、当該ビーム電流密度分布の均一性を良くすることができる。
【0111】
なお、上記ステップ102における全体のビーム電流調整には、前述したアーク電源66の出力電圧VA を制御することによってプラズマ生成容器12内のプラズマ密度を増減する制御を併用しても良い。
【0112】
また、アーク電源66を各陰極40に対して個別に設けておいて、上記ステップ105において、各陰極電源60を制御する代わりに、またはそれと併用して、各アーク電源66の出力電圧VA を制御することによって、各グループのビーム電流密度を増減する制御を行っても良い。
【0113】
また、図7を参照して説明したように、仕切り板80によって仕切られた区画に対して独立して原料ガス18を導入することができるようにしている場合は、原料ガス18の流量調節による各区画のプラズマ密度制御を、プラズマ密度分布の粗調整として併用しても良い。
【図面の簡単な説明】
【0114】
【図1】リボン状のイオンビームの一例を示す概略斜視図である。
【図2】この発明に係るイオン源の一実施形態を電源と共に示す縦断面図である。
【図3】図2に示すイオン源のプラズマ生成容器周りの概略を示す横断面図であり、説明に用いない構成要素の図示は省略している。
【図4】複数のフィラメントの配置の一例を示す正面図である。
【図5】複数のフィラメントの配置の他の例を示す正面図である。
【図6】複数のフィラメントの配置の更に他の例を示す正面図である。
【図7】プラズマ生成容器内に仕切り板を設けた例を示す図であり、説明に用いない構成要素の図示は省略している。
【図8】図7と同様の仕切り板の配置の例を示す正面図である。
【図9】傍熱型の陰極の一例を示す概略図である。
【図10】この発明に係るイオン注入装置の一実施形態を示す概略図である。
【図11】均一化制御の前後におけるビーム電流密度分布の一例を示す概略図である。
【図12】ビーム電流密度分布を均一化する場合の制御内容の一例を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0115】
2 イオンビーム
10 イオン源
12 プラズマ生成容器
16 ガス導入口
18 原料ガス
20 陽極
22 プラズマ
24 プラズマ電極
26 イオン引出し口
30 引出し電極系
40 陰極
50 磁気コイル
52 コイル
56 磁界
58 背後反射電極
60 陰極電源
82 ターゲット
86 ターゲット駆動装置
88 ビーム測定器
90 制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
1点で実質的に直交する3方向をX方向、Y方向およびZ方向とすると、Y方向の寸法がX方向の寸法よりも大きいリボン状のイオンビームをZ方向に引き出すイオン源において、
内部に原料ガスが導入されて内部でプラズマを生成するためのプラズマ生成容器と、
前記プラズマ生成容器の前記Z方向端付近に設けられていて、前記Y方向に伸びたイオン引出し口を有するプラズマ電極と、
前記プラズマ生成容器内であって前記プラズマ電極とは反対側に設けられていて、プラズマ生成容器内へ電子を放出してプラズマ生成容器内で放電を生じさせて前記原料ガスを電離させて前記プラズマを生成するためのものであって、前記Y方向に沿って複数段に配置された複数の陰極と、
前記プラズマ生成容器の外側に設けられていて、前記プラズマ生成容器内に、しかも前記複数の陰極を含む領域に、前記Z方向に沿う磁界を発生させる磁気コイルとを備えていることを特徴とするイオン源。
【請求項2】
前記プラズマ電極は、前記各陰極よりも負電位にされて前記プラズマ生成容器内の電子を反射させる反射電極を兼ねている請求項1記載のイオン源。
【請求項3】
前記プラズマ生成容器内であって前記複数の陰極の背後に、各陰極よりも負電位にされてプラズマ生成容器内の電子を反射させる背後反射電極を更に備えている請求項2記載のイオン源。
【請求項4】
前記磁気コイルは、前記Z方向を軸にして前記プラズマ生成容器を囲むようにそれぞれ巻かれていて、かつZ方向に沿って互いに離間して設けられていて、互いに同じ向きの磁界を発生させる複数のコイルから成る請求項1、2または3記載のイオン源。
【請求項5】
前記複数のコイルの内、最も前記プラズマ電極側に配置されたコイルが発生する磁界を、他のコイルが発生する磁界に比べて強くしている請求項4記載のイオン源。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかに記載のイオン源と、
前記イオン源の各陰極をそれぞれ加熱して電子を放出させるための複数の陰極電源と、
前記イオン源から発生させた前記イオンビームをターゲットに入射させるための注入室内における前記イオンビームの前記Y方向におけるビーム電流密度分布を測定するビーム測定器と、
前記ビーム測定器からの測定情報に基づいて前記各陰極電源を制御して、前記各陰極から放出する電子量を制御して、前記ビーム測定器で測定するビーム電流密度分布を所定の分布に近づける制御機能を有している制御装置とを備えていることを特徴とするイオン注入装置。
【請求項7】
前記制御装置は、前記ビーム測定器で測定したビーム電流密度が相対的に大きい領域に対応する前記陰極から放出する電子量を少なくすることと、同ビーム電流密度が相対的に小さい領域に対応する前記陰極から放出する電子量を多くすることの少なくとも一方を行って、前記ビーム測定器で測定する前記ビーム電流密度分布を均一に近づける制御機能を有している請求項6記載のイオン注入装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−205845(P2009−205845A)
【公開日】平成21年9月10日(2009.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−44581(P2008−44581)
【出願日】平成20年2月26日(2008.2.26)
【出願人】(302054866)日新イオン機器株式会社 (161)
【Fターム(参考)】