説明

インクジェット記録装置

【課題】チキソ性インクにより画像形成するインクジェット記録装置において、圧力室にインクを速やかに補給させることが可能インクジェット記録装置の提供。
【解決手段】せん断速度に応じて粘度が変化するチキソ性インクを吐出する複数のノズル9と、ノズルに各々連通する複数の圧力室11と、圧力室に連通しインクを供給する共通圧力室12,13と、インクを貯蔵し共通圧力室に流体的に接続するインクタンクと、共通圧力室とインクタンクとの間のインクを循環させるインク循環手段とを有するインクジェット記録装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット記録に用いられるインクジェット式液体噴射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、インクジェット記録装置は、記録紙への記録から記録紙以外の布、アルミ缶、コンパクトディスクなどの樹脂板への記録に適用され、その用途は拡大している。これら多種多様な記録媒体へインクジェット記録装置で記録するために、従来に比べ高粘度のインクを用いたいという要望が高まっている。高粘度のインクを用いることができれば、インクが記録媒体に付着したときにその粘性のために媒体上での広がりが抑えられ、インクジェット専用ではない記録媒体に記録を行った場合でもインクのにじみが低減される。そのため印字品質が向上し、インクジェット記録の用途をさらに広げることができる。
【0003】
しかし、インクジェット記録で高粘度のインクを吐出させる場合、インク吐出のために高い圧力を必要とすること、吐出したインク量のインクをインクジェットヘッドへ供給するインクリフィルが遅れること、画像となるインク滴以外のインクミストが発生するなどの弊害が生じる。高いインク吐出圧力を得るためには高いヘッド駆動電圧が必要になるため、ヘッド駆動回路が高価になる。インクリフィルの遅れを防ぐためには駆動周波数を低下させなければならず、記録速度が低下する。また、インクミストの発生は、ミストが媒体に付着することによる印字品質の低下や、ミストが装置に付着することによる装置の汚染を招く。
【0004】
特許文献1には、圧電素子を動作させて圧力室内のインクを吐出させるインクジェットヘッドにおいて、せん断速度を与えることにより粘度が低下するチキソ性のインクを用い、振動発生手段によりノズル内のインクに吐出に至らない程度の振動を与えてノズル内のインクの粘度を低下させる構成が記載されている。この構成により、ヘッド構造を変更することなく、小さい消費電力で50mPas以下の高粘度のインクを用いて画像を記録できることが示されている。
【0005】
【特許文献1】特開2006−62223
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
吐出しない程度の振動をノズル内のインクに与えてインクの粘度を低下させる特許文献1記載の構成では、インクジェットヘッドの圧力室に供給するインクの粘度については記載されていない。言い換えれば、インクを貯蔵するインクボトルとインクジェットヘッドとを接続するインクチューブ内のインク、インクジェットヘッドへの異物の侵入を防ぐために通常設けられているインクフィルタ内のインク、圧力室へ流体的に接続している共通インク流路内のインクなどを低粘度化する手段が講じられてない。そのため、インクボトルからノズルへ供給されるインクの流れが阻害されてインクリフィルの遅れが発生し、その結果、インクの吐出体積が減少するまたはインク不吐出が発生する恐れがある。
【0007】
インクボトルからノズルへ供給されるインクの流れが阻害されるという課題は、50mPasを超える粘度のインクを用いた場合、顕著に発生すると考えられる。本発明は、高粘度のインクを用いた場合に顕著に発生すると考えられる上記の課題を解決することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明の実施形態におけるインクジェット記録装置は、せん断速度に応じて粘度が変化するチキソ性インクを吐出する複数のノズルと、ノズルに各々連通し内部にインク加圧手段を有する複数の圧力室と、複数の圧力室に連通しインクを供給する共通圧力室と、チキソ性インクを貯蔵し共通圧力室に流体的に接続するインクタンクと、インクタンクに貯蔵されたインクを共通圧力室を介してインクタンクに戻すインク循環手段とを有している。
【発明の効果】
【0009】
チキソ性インクを用いて画像を記録するインクジェット記録装置において、インクタンクからインクジェットヘッドの共通圧力室までのインク供給経路にあるインクを循環させることによって、インクを低粘度化させる。低粘度化によって、圧力室にインクを速やかに補給させることが可能となり、吐出体積の減少や不吐出による印字不良の発生を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の好適な実施形態について説明する。なお、本発明でいうインクとは、文字や画像を形成する着色用の染料や顔料などの色材を含有する液体、電気回路の配線パターンを形成するための導電性微粒子を含有する液体など、インクジェット記録装置で記録媒体に対して吐出可能な液体のことをいう。また、本発明でいう記録媒体とは、その表面に文字や画像などの情報を記録するための紙やプラスチックフィルムや、電気回路の基板など、インクジェット記録装置で吐出した液体を付着させる部材のことをいう。
【0011】
本発明では、チキソ性を有するインクを用いている。チキソ性とは、単にかき混ぜることによってゲルが流動性のゾルに変わり、これを放置すると再びゲルに戻る性質である。チキソ性インクは、せん断力を加えると粘度が低下し、せん断力を加えるのを止めて放置すると粘度が元に戻る性質を有している。一般にチキソ性インクに加える変形量をせん断力で表す代わりにせん断速度で表している。
【0012】
本実施例で用いるチキソ性インクは、色材もしくは微粒子、溶媒、チキソ性付与剤およびその他の添加剤で構成されている。25℃において、7.5[1/s]のせん断速度を加えた場合に50〜1000mPasとなり、750[1/s]のせん断速度を加えた場合に粘度30mPas以下の粘度範囲になるように調整されたチキソ性インクを用いている。
【0013】
チキソ性インクの組成は、1)主溶媒が水であるもの、2)主溶媒が有機溶媒であるもの、3)主溶媒が重合性モノマーであるものに大別される。主溶媒が水であるものは、水、水系チキソ性付与剤、水溶性有機溶媒を主成分としている。主溶媒が有機溶媒であるものは、有機溶媒、油系チキソ性付与剤を主成分としている。溶媒が重合性モノマーであるものは、重合性モノマー、水系およびまたは油系チキソ性付与剤、重合開始剤を主成分としている。
【0014】
水系チキソ性付与剤としてはキサンタンガム、ウェランガム、サクシノグリカン、グアーガム、ローカストビーンガム及びその誘導体、ヒドロキシエチルセルロース、アルギン酸塩類、メタクリル酸のアルキルエステルを主成分とする分子量10万〜15万の重合体、グリコマンナン、寒天やカラゲニン等の海藻より抽出されるゲル化能を有する増粘多糖類、架橋性アクリル酸重合体、HLB8〜12のノニオン系界面活性剤といったものが挙げられ、単独或いは混合して使用することができる。
【0015】
油系チキソ性付与剤としてはべントナイト、シリカ系微粉末、アルミナ系粉末、ケイ酸アルミ類等の無機類、及びリシノール酸カルシウム、12ヒドロキシステアリン酸類、モノステアリンアルミ、ステアリン酸アルミ、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸マグネシウム、オクチル酸アルミの有機化合物類が挙げられ、単独或いは混合して使用することができる。
【0016】
各チキソ性組成物はそれぞれ目的の性能を達成するために、着色剤、無機微粒子、金属微粒子、金属酸化物微粒子、有機化合物等を単独あるいは混合してインクとなる。
【0017】
これらのインクには他の成分として樹脂、樹脂エマルジョン、pH調整剤、防腐防黴剤、防錆剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、酸素吸収剤、光安定化剤、などが必要に応じて添加される。
【0018】
本実施の形態で用いたチキソ性インクジェット用油性インクの組成及び製法について説明する。チキソ性インクは、始めにベースインクと透明ゲル状物を作製し、次に希釈溶媒に透明ゲル状物を添加してゲル粒子を作製し、ゲル粒子をベースインクに添加して作製する。
【0019】
ベースインクは、沸点200℃以上の非水溶性有機溶媒のIPソルベント2835(イソパラフィン系炭化水素、出光石油化学)とIPIS(イソステアリン酸イソプロピル、高級アルコール工業)、分散剤のEFKA−4300(エフカアディテブ)、顔料Printex45(カーボンブラック、デグサ)の混合液である。ベースインクの作製は次のように行った。非水溶性有機溶媒のIPソルベント2835(600重量部)とIPIS(600重量部)をステンレスタンクに入れ、EFKA−4300(300重量部)、およびPrintex45(500重量部)をその溶媒に添加する。攪拌器を用いて、得られた液体を混合した後、ビーズミルにより顔料を分散させ混合液を作製する。次に、顔料凝集物等を除去するため3μmのプリーツフィルターでろ過して、ベースインクを得る。
【0020】
ゲル粒子の原料となる透明ゲル状物の組成と製法を説明する。透明ゲル状物は、パラフィン系溶媒としてモレスコホワイトP−40(流動パラフィン、松村石油研究所)と、分鎖状脂肪族アルコールとしてリソノール18SP(イソステアリルアルコール、高級アルコール工業)と、オクトープアルミT(オクチル酸アルミニウム、ホープ製薬)とからできている。透明ゲル状物を作製するために、始めにモレスコホワイトP−40(49.5重量部)とリソノール18SP(49.5重量部)を、200mlのビーカーに入れる。さらに、オクトープアルミT(1.0重量)を加えてホットスターラーを用いて150〜200℃で加熱攪拌する。約30分間の攪拌を行なうと、オクトープアルミTが完全に溶解して、溶液は透明となる。さらに150〜200℃で攪拌を続け、溶液が急激に増粘してゲル化したところで、加熱攪拌を停止する。こうして、透明ゲル状物を作製する。
【0021】
上記ベースインク(20重量部)、透明ゲル状物(50重量部)、IPソルベント2835(15重量部)、IPIS(15重量部)の組成でチキソ性インクを作製する。始めに、IPソルベント2835とIPISを混合した希釈溶媒に、透明ゲル状物を加えて攪拌器で混合して、ゲル粒子を形成する。ゲル粒子の平均粒子径が1μm以下になるまで攪拌し、ベースインクを加えて更に攪拌混合し、その後1μmメンブレンフィルターでろ過を行い、チキソ性インクジェット用油性インク組成物を作製する。
【0022】
第1の実施形態の構成について説明する。なお、全ての実施形態で図面中同じ番号を付けた構成は同様な機能を備え、その構成を繰返して説明することは省略する。
【0023】
図1は、本実施形態のインクジェット記録装置のインク供給系を示す図である。インク供給系は、インクタンク2、インク循環ポンプ3、インクフィルタ4、インクジェットヘッド1が、供給側インクチューブ6、排出側インクチューブ7を介して接続されている。このインク供給系は、矢印で示す方向に、インクがインクタンク2から発してインクタンク2に戻るように流体的に接続されたインク循環経路となっている。インクタンク2には、前述のチキソ性インクが貯蔵されている。インク循環ポンプ3は、インクタンク2からインクをインクジェットヘッド1へ送液するもので、周知のチューブポンプやギヤポンプなどである。インクフィルタ4は、インク循環ポンプ3を介して送られたチキソ性インク内の異物を除去している。供給側インクチューブ6は、インクタンク2からインクジェットヘッド1までチキソ性インクを送液する経路となっている。排出側インクチューブ7は、インクジェットヘッド1からインクタンク2にチキソ性インクを戻す経路となっている。インクタンク2には、空気チューブ8が気圧調整ポンプ5を介して接続されている。空気チューブ8と気圧調整ポンプ5からなる気圧調整手段は、インクジェットヘッド1からインクが漏れ出ないように、気圧を調整している。以下、チキソ性インクを単にインクとも呼ぶ。
【0024】
図2はインクジェットヘッド1をインク吐出方向から見た図で、ノズルプレート19を透過したインクジェットヘッド1の内部を示している。図3はインクジェットヘッド1のA−A断面図である。図4はインクジェットヘッド1のB−B断面図である。図5は背面カバー20をインク吐出方向から見た図である。
【0025】
インクジェットヘッド1は、ノズルプレート19、アクチュエータ10、基板17、枠部材16、背面カバー20、フレキシブル配線板18で構成されている。ノズルプレート19には、インクを吐出するための複数のノズル9が形成されている。ノズル9は、圧力室11側の開口部がインク吐出側の開口部より大きくなるように形成されている。アクチュエータ10は、ノズルプレート19と基板17とアクチュエータ10で囲まれた圧力室11の容積を可変させ、ノズル9からインク滴を吐出させる。基板17には複数の供給側基板穴14と複数の排出側基板穴15が形成されている。ノズルプレート19と基板17で、アクチュエータ10と枠部材16とを挟んで封止し、その内部に供給側共通圧力室12と排出側共通圧力室13が形成されている。複数の圧力室11の一端は供給側共通圧力室12へ接続し、他端は排出側共通圧力室13に接続されている。このインクジェットヘッド1は2つの圧力室列の間に供給側共通圧力室12を備え、圧力室列の両外側に排出側共通圧力室13を有している。背面カバー20は、インク供給口23を有するインク供給溝21とインク排出口24を有するインク排出溝22が形成され、基板17の圧力室11を設けた面の反対側に接着されている。インク供給溝21には溝内のインク圧力を検出する供給側圧力センサー26が、インク排出溝22には溝内のインク圧力を検出する排出側圧力センサー27がそれぞれ設けられている。圧力センサー26、27は半導体ストレインゲージである。ストレインゲージに代えて、その他周知の小型センサーを用いることも可能である。フレキシブル配線板18はヘッド駆動回路40からのインクジェットヘッド1を駆動するための駆動信号をアクチュエータ10に供給するために設けられている。
【0026】
インク供給口23には供給側インクチューブ6が、インク排出口24には排出側インクチューブ7が流体的に接続されている。インク供給口23、インク供給溝21、供給側基板穴14、供給側共通圧力室12、圧力室11、排出側共通圧力室13、排出側基板穴15、インク排出溝22、インク排出口24の順にインクは流れ、この経路はインク循環経路の一部を構成している。
【0027】
アクチュエータ10の間に形成された複数の圧力室11の内面には各々電気的に独立な電極25(25a〜25e)が形成され、基板17に形成された配線パターンを介してフレキシブル配線板18に電気的に接続されている。絶縁膜が電極25と基板17の配線パターンの表面に形成され、電極25からインクに電流が流れこむのを防止している。アクチュエータ10は互いに分極方向が反対の圧電部材10aと10bで構成され、分極方向に直交する電界が与えられるとせん断変形を生じて圧力室11の容積を可変する。例えば、図4に示すように、電極25cの電圧を高くして電極25bと電極25dの電圧を低くすると、圧力室11cの容積が増加する。逆に、電極25cの電圧を低くして電極25bと電極25dの電圧を高くすると、圧力室11cの容積が減少する。
【0028】
アクチュエータ10を動作させるために、ヘッド駆動回路40が電極25に加える駆動信号の一例を図6に示す。図6(A)はノズル9a〜9eのすべてからインクを吐出させる場合の駆動信号を示している。図6(B)はノズル9a〜9eのすべてからインクを吐出させない場合の駆動信号を示している。ヘッド駆動回路40は、ノズル9からインクを吐出させる場合はインク吐出信号S1を発生し、ノズル9からインクを吐出させない場合はインク非吐出信号S2を発生する。
【0029】
インクジェット記録装置の可動部を図7に示す。インクジェットヘッド1が固定されたキャリッジ28は矢印Cで示すように左右に移動する。記録媒体31が固定されたテーブル29は矢印Dで示す奥行き方向に移動する。周知のインク吸引手段が設けられたノズルキャップ30は矢印Eで示す上下方向に移動する。インクジェットヘッド1はキャリッジ28の移動により主走査を行いテーブル29の移動により副走査を行って印字する。印字休止中は、キャリッジ28が右端に移動し、ノズルキャップ30が上に移動してノズルプレート19を覆い、インク中の溶剤の蒸発を防いでいる。
【0030】
第1の実施形態の動作を説明する。初期状態では、キャリッジ28は右端に位置しており、ノズルプレート19はノズルキャップ30で封止されている。この状態で、インク循環ポンプ3を起動させ、インク循環経路内のインクを流動させる。インク循環経路内のインクを流動させると、経路内のインクにせん断速度が生じてチキソ性インクは低粘度となる。なお、初期状態では、インク循環経路内のインクは高粘度なので、インク循環ポンプ3の流量を瞬時に大きくすると、インクフィルタ4に大きな圧力が発生して破損する恐れがある。そのため、インク循環ポンプ3の流量を徐々に上昇させ、所定の流量になったらその流量を維持するように制御している。流量を徐々に上昇させることにより、インクフィルタ4に生じる圧力を低減し、装置の信頼性を向上させることができる。これにより、インクタンク2から送液されるインクに750[1/s]のせん断速度を加えるようにしている。
【0031】
インク循環ポンプ3の流量が一定になったら、供給側圧力センサー26と排出側圧力センサー27が検出する圧力に基づき、ノズル9の圧力室11側開口部での静的圧力PSが所定の範囲内になるように気圧調整ポンプ5を制御している。ここで、静的圧力PSとは、音響的な圧力振動が平準化された定常的な圧力のことを意味する。
【0032】
静的圧力PSは、供給側圧力センサー26と排出側圧力センサー27の各々が検出した静的圧力をP1とP2とするとき、PS=(P1+P2)/2で近似できる。
【0033】
静的圧力PSは、大気圧に対して1000Pa程度低い値に維持されている。なお、大気圧より低い静的圧力PSの範囲は0〜2000Pa程度で設定可能である。静的圧力PSが大気圧より高い場合にはノズル9からメニスカスが盛り上がってしまい、インク滴の吐出速度が低下する。また、静的圧力PSが大気圧に対して低すぎる場合には、インクリフィルが阻害され、インク滴の吐出体積が減少したり、インク滴が吐出しないことがある。大気圧より低い範囲を0〜2000Paに保つために、気圧調整ポンプ5は、静的圧力PSが大気圧に対して1000Pa程度低い値になるようにインクタンク2内の空気圧を調整している。
圧力が高い場合はインクタンク2内の空気を排出し、低い場合はインクタンク2内に空気を充填させている。
【0034】
圧力室11の上流側(インク供給溝21)と下流側(インク排出溝22)に各々圧力センサー26、27を設けることにより、ノズル付近の圧力室の静的圧力PSを正確に推定することができる。なお、各圧力センサー26、27をインク供給溝21とインク排出溝22に設ける代わりに、図8に示すように、供給側共通圧力室12と排出側共通圧力室13内に各圧力センサー26、27を設けることも可能である。2つの圧力センサーを利用せずノズル付近の圧力室の静的圧力PSを推定する場合、圧力室11内の粘性圧力損失を推定する必要がある。しかし、チキソ性インクはせん断速度に依存して粘度が変化するため、粘性圧力損失を推定することは難しい。したがって、上流側と下流側に各々圧力センサーを設けることで、静的圧力PSの推定精度を向上させ、静的圧力PSを望ましい範囲に制御可能である。
【0035】
ノズル9内のチキソ性インクを低粘度化するために、インクジェットヘッド1に駆動信号を与えてノズル9内のインクを流動させている。駆動信号はインク吐出信号S1を用いている。インクが低粘度化するとノズル9からインクが吐出するが、ノズルキャップ30によりノズルプレート19が封止されているので、吐出したインクがインクジェットヘッド1の周囲を汚染することはない。所定の時間インク吐出信号S1を与えてノズル9内のインクが低粘度化したら、駆動信号をインク非吐出信号S2に切り替える。インク非吐出信号S2は、ノズル9からインクを吐出させないが、ノズル9内のインクを流動させるので、ノズル9内のインクの低粘度状態が維持される。なお、ノズル9内のインクを低粘度化する他の方法として、ノズルキャップ30に設けられたインク吸引手段によりノズル9内のインクを吸引し、圧力室11内の低粘度化したインクをノズル9内に流入させても良い。その場合、インク吸引を行った後に再びノズル9内のインクが高粘度化するのを防止するため、予めインク吸引を行う前にインク非吐出信号S2を与えておくことが望ましい。
【0036】
記録パターンの形成について説明する。キャリッジ28とテーブル29を記録媒体31に対して相対的に移動させ、印字信号に従ってインクジェットヘッド1はノズル9から記録媒体31にインクを吐出させる。ノズル9からインクを吐出させる場合はこのノズルに対応する圧力室11の電極25に対してインク吐出信号S1を与え、インクを吐出させない場合にはインク非吐出信号S2を与える。印字信号に従い記録媒体31上の所望な位置にインク滴を付着させて記録パターンを形成する。
【0037】
電極25にインク吐出信号S1が与えられると、対応する圧力室11に圧力振動が生じ、その圧力室11に連通するノズル9からインクが吐出する。この時、圧力室11内とノズル9内のインクは低粘度化されているので、高粘度のインクの吐出に必要な高いインク吐出圧力は必要ない。また、インクは低粘度状態で吐出するため、高粘度のインクの吐出に伴うインクミストの発生が抑制される。インクの吐出速度は、7m/sとなるようにインク吐出信号S1の電圧とパルス幅を調整している。インクの吐出速度の範囲は5m/s以上で8m/s未満の範囲にあることが望ましい。吐出速度が5m/sを下回ると、着弾位置精度が低下する可能性が大きくなる。逆に、吐出速度が8m/s以上になると、インクが低粘度でもインクミストが発生しやすくなる。
【0038】
吐出したインクは記録媒体31に着弾する。着弾した後には、せん断速度がインクに加わらないため、インクは記録媒体31上で高粘度化する。高粘度化したインクは流動しにくいため記録媒体31上でのインクのにじみが抑制され、印字品質を向上できる。
【0039】
ノズル9からインクが吐出するとノズル9内のインクのメニスカスが後退し、インクの毛細管現象などの作用により圧力室11からノズル9にインクが引き込まれてインクリフィルが行われる。その時、インク循環経路内のノズル9より下流側のインクの流量が減少してノズル9の圧力室側開口部における圧力が低下する。この低下する圧力はインク循環経路のノズル9より下流側における減少した流量分の粘性損失圧力に相当する。このインクジェット記録装置では、インク循環経路内のインクが低粘度化されるため、この粘性損失圧力が小さく、ノズル9の圧力室側開口部における圧力の低下は軽減される。ノズル9の圧力室側開口部における圧力の低下が大きい場合はインクリフィルが阻害されるが、このインクジェット記録装置ではノズル9の圧力室側開口部における圧力の低下が小さいため、インクリフィルが阻害されない。
【0040】
印字信号がなくインクジェットヘッド1が待機状態にあるとき、電極25にインク非吐出信号S2を与えている。インク非吐出信号S2の印加によって、インクがノズル9から吐出しない程度の圧力振動が対応する圧力室11に生じ、圧力室11に連通するノズル9内のインクが振動する。振動によってノズル9内のインクにせん断速度が生じてインクは低粘度状態に維持される。
【0041】
第2の実施形態の構成について説明する。インクジェットヘッド1の構成が第2の実施形態と第1の実施形態とでは異なっている。第1の実施形態では圧力室11内のインクがインク循環経路に含まれるが、第2の実施形態では圧力室11内のインクがインク循環経路に含まれない。インクを吐出させる圧力室11内のインクをインクの循環により低粘度化させるのではなく、インク吐出信号S1やインク非吐出信号S2などの駆動信号によりインクに振動を与えてインクを流動させ低粘度化させている。
【0042】
図9はインクジェットヘッド1をインク滴50の吐出方向(F方向)とノズル配列方向(G方向)に対して直交する方向から見た図である。図10はインクジェットヘッド1のA−A断面図である。
【0043】
インクジェットヘッド1は、ノズルプレート19、基板17、枠部材16、蓋部材33、ヘッド駆動回路40、フレキシブル配線板18、インク圧力を検出する圧力センサー26で構成されている。ノズルプレート19にはインクを吐出する複数のノズル9が形成されている。基板17には、圧力室11となる複数の溝と隣接する溝どおしを分ける圧電体からなる複数のアクチュエータ10とが形成されている。枠部材16の内面には複数の圧力室11の一端に連通する共通圧力室34が形成されている。蓋部材33にはインク供給口23とインク排出口24が形成され、共通圧力室34のインク圧力を検出する圧力センサー26が取り付けられている。基板17の溝と枠部材16で囲まれる部分が圧力室11となり、基板17、枠部材16、蓋部材33で囲まれる部分が共通圧力室34となる。ヘッド駆動回路40からの駆動信号はフレキシブル配線板18を通してアクチュエータに設けられた電極25に供給され、アクチュエータを動作させる。圧力センサー26は半導体ストレインゲージを用いている。
【0044】
インク供給口23とインク排出口24は各々供給側インクチューブ6と排出側インクチューブ7に流体的に接続されている。インク供給口23、共通圧力室34、インク排出口24はインク循環経路の一部を構成している。
【0045】
第2の実施形態の動作について説明する。なお、第1の実施形態と同一の説明は省略する。
【0046】
第1の実施形態の動作と同様に初期状態からインク循環ポンプ3を起動させる。インク循環ポンプ3の流量が一定になったら、圧力センサー26が検出する静的圧力PSが大気圧に対して1000Pa程度低い値に維持するように気圧調整ポンプ5を制御している。なお、第1実施形態で説明したと同様に、大気圧より低い静的圧力PSの範囲は0〜2000Pa程度で設定可能である。
【0047】
印字動作中、ノズル9からインクが吐出するとノズル9内のインクのメニスカスが後退し、インクの毛細管現象により共通圧力室34から圧力室11を通ってノズル9にインクが引き込まれてインクリフィルが行われる。その時、インク循環経路内の共通圧力室34より下流側のインク流量が減少して共通圧力室34の圧力が低下する。この低下する圧力はインク循環経路の共通圧力室より下流側における減少した流量分の粘性損失圧力に相当する。このインクジェット記録装置では、インク循環経路内でインクにせん断力が加わりインクが低粘度化されるため、この粘性損失圧力が小さく、共通圧力室34における圧力の低下が軽減される。共通圧力室34における圧力の低下が小さいため、インクリフィルが阻害されない。
【0048】
印字信号がなくインクジェットヘッド1が待機状態にあるとき、電極25にインク非吐出信号S2を与えている。インク非吐出信号S2が与えられると、対応する圧力室11にインクがノズル9から吐出しない程度の圧力振動が生じ、その圧力室11内とノズル9内のインクが流動する。そのため、圧力室11内とノズル9内のインクにせん断速度が生じてインクが低粘度状態に維持される。
【0049】
第3の実施形態について説明する。図11に示すように、インクは、インクタンク2、インクフィルタ4、インクジェットヘッド1、インク循環ポンプ3の順に送液され、インクが循環するようになっている。言い換えれば、インク循環ポンプ3がインクジェットヘッド1の下流側に設けられている点が第1の実施形態と異なっている。この構成では、初期状態からインク循環ポンプ3を起動させる時に、予め気圧調整ポンプ5によりインクタンク2内の圧力を十分に高めておく。それにより、インク循環ポンプ3の起動時にインクジェットヘッド1内の圧力が低下してノズル9から外部の空気が吸い込まれ、インクフィルタ4や供給側インクチューブ内のインクが流動しなくなる現象を防止することができる。インク循環によって第1実施例と同様に750[1/s]のせん断速度をインクに加えるようにしている。
【0050】
第4の実施形態について説明する。このインクジェット記録装置は、図12に示すように、供給側インクタンク35、供給側気圧調整ポンプ37、排出側インクタンク36、排出側気圧調整ポンプ38とを備えている。供給側インクタンク35と排出側インクタンク36との間の圧力差により供給側インクタンク35からインクフィルタ4を介してインクジェットヘッド1にインクが供給され、インクジェットヘッド1から排出されたインクは排出側インクタンク36に一旦貯蔵される。排出側インクタンク36に貯蔵されたインクはインク循環ポンプ3によりインク循環チューブ39を介して供給側インクタンク35に戻される。供給側インクタンク35の内部圧力の調整を供給側気圧調整ポンプ37で、排出側インクタンク36の内部圧力の調整を排出側気圧調整ポンプ38で行っている。供給側インクタンク35、インクフィルタ4、インクジェットヘッド1、排出側インクタンク36とインク循環ポンプ3の間でインク循環経路が構成される。インクジェットヘッド1は、第1の実施形態で説明した構成を用いている。第2の実施形態で説明したインクジェットヘッド1をこの第4実施形態に用いることも可能である。
【0051】
供給側インクタンク35と排出側インクタンク36の内部の圧力を、インクジェットヘッド1のノズル9の圧力室側開口部における静的圧力PSが大気圧に対して1000Pa程度低い値になるよう調整している。静的圧力PSを大気圧に対して0〜2000Pa程度低い範囲に設定することが可能である。静的圧力PSが高すぎる場合、供給側インクタンク35と排出側インクタンク36の内部の圧力を低下させ、静的圧力PSが低すぎる場合、供給側インクタンク35と排出側インクタンク36の内部の圧力を上昇させるよう制御する。
【0052】
インクジェットヘッド1に送られるインクの流量は、供給側インクタンク35内部の圧力と排出側インクタンク36の内部の圧力との差により調整される。このインクの流量を増加させる場合、供給側インクタンク35の内部の圧力を増加させ、排出側インクタンク36の内部の圧力を低下させる。インクの流量を低下させる場合、供給側インクタンク35の内部の圧力を低下させ、排出側インクタンク36の内部の圧力を上昇させる。インクの流量を適当な範囲に保つために、供給側インクタンク35とインクフィルタ4との間に流量計60を設けている。この流量計が検知する流量に基づいて供給側インクタンク35と排出側インクタンク36内部の圧力の制御し、送液しているインクに750[1/s]のせん断速度が加わるようにしている。せん断速度が加わったインクは低粘度化し、インクジェットヘッド1のインク吐出にともなうノズル9へのインクリフィルを十分行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】第1実施形態のインク供給系を示す図。
【図2】第1実施形態のインクジェットヘッドをインク吐出方向から見た図。
【図3】第1実施形態のインクジェットヘッドの断面図。
【図4】第1実施形態のインクジェットヘッドの断面図。
【図5】第1実施形態の背面カバー20をインク吐出方向から見た図。
【図6】第1実施形態のヘッド駆動回路が発生する駆動信号の一例を示す図。
【図7】第1実施形態のインクジェット記録装置の可動部を示す図。
【図8】第1実施形態のインクジェットヘッドをインク吐出方向から見た図。
【図9】第2実施形態のインクジェットヘッドを示す図。
【図10】第2実施形態のインクジェットヘッドの断面図。
【図11】第3実施形態のインク供給系を示す図。
【図12】第4の実施形態のインク供給系を示す図。
【符号の説明】
【0054】
1 インクジェットヘッド
2 インクタンク
3 インク循環ポンプ
5 気圧調整ポンプ
6 供給側インクチューブ
7 排出側インクチューブ
8 空気チューブ
9 ノズル
10 アクチュエータ
11 圧力室
12 供給側共通圧力室
13 排出側共通圧力室
14 供給側基板穴
15 排出側基板穴
16 枠部材
17 基板
18 フレキシブル配線板
19 ノズルプレート
20 背面カバー
21 インク供給溝
22 インク排出溝
23 インク供給口
24 インク排出口
25 電極
26 供給側圧力センサー
27 排出側圧力センサー
28 キャリッジ
29 テーブル
30 ノズルキャップ
31 記録媒体
33 蓋部材
34 共通圧力室
35 供給側インクタンク
36 排出側インクタンク
37 供給側気圧調整ポンプ
38 排出側気圧調整ポンプ
39 インク還流チューブ
S1 インク吐出信号
S2 インク非吐出信号

【特許請求の範囲】
【請求項1】
せん断速度に応じて粘度が変化するチキソ性インクを吐出する複数のノズルと、前記ノズルに各々連通し内部にインク加圧手段を有する複数の圧力室と、前記複数の圧力室に連通し前記インクを供給する共通圧力室と、前記インクを貯蔵し前記共通圧力室に流体的に接続するインクタンクと、前記インクタンクに貯蔵された前記インクを前記共通圧力室を介して前記インクタンクに戻すインク循環手段とを有することを特徴としたインクジェット記録装置。
【請求項2】
前記圧力室の一端に連通する第1の共通圧力室と、前記圧力室の他端に連通する第2の共通圧力室とを有し、前記インクタンクから前記第1の共通圧力室に前記インクを流入させ、前記第2の共通圧力室から前記インクタンクに前記インクを流出させることを特徴とした請求項1記載のインクジェット記録装置。
【請求項3】
前記第1の共通圧力室内あるいはその上流側の前記インクの圧力を検出する第1の圧力検出手段と、前記第2の共通圧力室内あるいはその下流側の前記インクの圧力を検出する第2の圧力検出手段と、前記第1及び第2の共通圧力室の圧力を調整する圧力調整手段とを有し、
前記第1及び第2の圧力検出手段が検出する圧力に基づいて前記圧力調整手段を制御することを特徴とした請求項2記載のインクジェット記録装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2008−149594(P2008−149594A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−340746(P2006−340746)
【出願日】平成18年12月19日(2006.12.19)
【出願人】(000003562)東芝テック株式会社 (5,631)
【Fターム(参考)】