説明

カムシャフト

【課題】より少ない工程数でカムシャフトを製作し、生産性を向上させる。
【解決手段】石灰又はほう砂等の粉末状潤滑剤を表面に施した状態で冷間鍛造によりシャフト26を形成する。軸心部を打ち抜き加工により形成した偏心カム22、24をシャフト26に対して圧入する。軸心部に金属ブッシュ28aを備える合成樹脂製のギヤ28をシャフト26に圧入する。偏心カム22、24及びギヤ28は、シャフト26の微小段差部27a、27bにより位置決めされる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機間のバルブを開閉させるための偏心カムを備えるカムシャフトに関する。
【背景技術】
【0002】
一般的なエンジンにおいては、気化した燃料混合空気を導入及び排出するためのバルブが設けられており、該バルブはクランクシャフトの回転と同期して開閉する必要がある。このため、クランクシャフトと連動するカムシャフトが設けられ、偏心カムによってバルブを開閉させている。
【0003】
カムとカムシャフトとを結合することによって一体化した組み立て式カムシャフトにおいては、カムがシャフトに対して滑りを生じると、クランクシャフトとバルブの開閉動作の同期がとれなくなるため、カムの嵌合孔内に廻り止め機構を設ける技術が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、中空状のシャフトにカムを嵌合させ、塑性加工によって軸部を膨出させてカムを固定する技術が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
【特許文献1】特開平7−293666号公報
【特許文献2】特開平11−107712号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、上記の特許文献1及び特許文献2において提案されている技術では、廻り止め機構を形成するための加工が必要であることからその分の工程を要する。また、廻り止め機構を備えることからシャフトや偏心カムの形状が複雑になっている。
【0007】
本発明はこのような課題を考慮してなされたものであり、工程数を低減し、より生産性の高いカムシャフトを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るカムシャフトは、表面に粉末状潤滑剤を施した状態で冷間鍛造により形成されたシャフトと、前記シャフトに設けられる偏心カムと、を有し、前記偏心カムは前記シャフトに圧入されていることを特徴とする。
【0009】
このように、偏心カムをシャフトに対して圧入することにより、偏心カムはシャフトに対して固定され、別途偏心カムを固定する工程が不要である。また、圧入により偏心カムが固定されることから廻り止め機構が不要であり、廻り止め機構を形成するための工程が不要である。従って、工程数を低減し、生産性を向上させることができる。シャフト自体も冷間鍛造により形成されることから、生産性を向上させることができる。
【0010】
この場合、前記粉末状潤滑剤は、石灰又はほう砂であるとよい。
【0011】
また、前記シャフトには、剪断加工により形成された面取り部が設けられていると、コンロッド等の他の部材との干渉を避けることができる。また、剪断加工することにより、冷間鍛造により形成されたシャフトの寸法精度を維持することができる。
【0012】
さらに、前記シャフトが圧入される前記偏心カムの軸心孔は打ち抜き加工により形成されていてもよい。打ち抜き加工によれば、偏心カムの軸心孔を簡便に形成することができる。
【0013】
軸心部にギヤを有し、前記ギヤが前記シャフトに圧入されていてもよい。この場合、前記ギヤは、軸心部に金属ブッシュを備える合成樹脂製であり、前記金属ブッシュが前記シャフトに圧入されているようにしてもよい。
【0014】
前記シャフトは、径の異なる段差部を有し、前記偏心カムは、前記段差部によって位置決めされていると、偏心カムを容易かつ正確に位置決めすることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るカムシャフトによれば、偏心カムをシャフトに対して圧入することにより、偏心カムはシャフトに対して固定され、別途偏心カムを固定する工程が不要である。また、圧入により偏心カムが固定されることから廻り止め機構が不要であり、廻り止め機構を形成するための工程が不要である。従って、工程数を低減し、生産性を向上させることができる。シャフト自体も冷間鍛造により形成されることから、生産性を向上させることができる。
【0016】
さらに、シャフトを冷間鍛造により形成する際には、粉末状潤滑剤を用いることにより、圧入された偏心カムがシャフトの周方向に対して十分なスリップトルクを有することが試験によって確認されており、カムシャフトを回転させるクランクシャフト等に対して同期を維持することができる。
【0017】
さらにまた、廻り止め機構が不要であることから、シャフト及び偏心カムを簡便な形状とすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明に係るカムシャフトについて実施の形態を挙げ、添付の図1〜図10を参照しながら説明する。
【0019】
図1に示すように、本実施の形態に係るカムシャフト10は、単気筒のエンジン12に用いられるものであって、クランクシャフト14の回転に同期してプッシュロッド16を押し上げることによりロッカーアーム18を操作してバルブ20を開閉させることができる。なお、実際上、バルブ20は給気用と排気用の2つが設けられており、それぞれ個別のロッカーアーム18及びプッシュロッド16が設けられている。2つのプッシュロッド16をそれぞれ個別に押し上げるために、カムシャフト10には、位相の異なる2つの偏心カム22及び偏心カム24が設けられている。
【0020】
図2に示すように、カムシャフト10は、冷間鍛造により成形されたシャフト26と、該シャフト26に圧入された偏心カム22及び偏心カム24と、前記クランクシャフト14の駆動ギヤ14a(図1参照)に噛合してシャフト26を回転させる合成樹脂製(例えば、ナイロン等)のギヤ28とを有する。ギヤ28の軸心部には金属ブッシュ28a(例えば、S35C等の炭素鋼)が設けられており、該金属ブッシュ28aにシャフト26が圧入されている。
【0021】
ギヤ28は合成樹脂をインジェクション成型することにより形成され、その際、金属ブッシュ28aを予めインサートしておくとよい。ギヤ28には金属ブッシュ28aが設けられることにより、シャフト26を確実に圧入・締結することができる。ギヤ28に合成樹脂を用いることにより、インジェクション成型等の生産効率の高い生産方法を用いることができ、しかも金属のギヤに比べて軽量にすることができる。
【0022】
なお、ギヤ28は、エンジン12の仕様等に応じて金属を用いたプレス加工品、機械加工品又は焼結成型品等であってもよい。
【0023】
図3に示すように、シャフト26において、ギヤ28が設けられる側の端部である第1径部26aは最も小径に設定されている。第1径部26aから見て他端部26e側(以下、矢印A側という)に隣接する第2径部26bは第1径部26aよりやや大きい径に設定されており、ギヤ28は、圧入時に第2径部26bとの微小段差部27aによって位置決めされる。また、第2径部26bからみて矢印A側に隣接する第3径部26cは第2径部26bよりもやや大きい径に設定されており、偏心カム22は、圧入時に第3径部26cとの微小段差部27bによって位置決めされる。
【0024】
さらに、第3径部26cからみて矢印A側に隣接する第4径部26dは第3径部26cよりもやや大きい径に設定されている。第4径部26dには軸に平行な2つの面取り部30が設けられており、該面取り部30によって、シャフト26がコンロッド32(図1参照)の端部と干渉することが防止され、カムシャフト10とコンロッド32とを近い位置に配置可能である。
【0025】
また、第4径部26dと他端部26eとの間には、カムシャフト10をエンジン12に組み立てる際の位置決め用のかさ部(つば部ともいう)26fが設けられており、偏心カム24は、圧入時にかさ部26fによって位置決めされる。なお、図3においては、理解を容易にするため、第1径部26a〜第4径部26dの径に差があることを明確に図示しているが、これらの径の差を微小に設定して目視上では略同一径と認識されるものであってもよい。
【0026】
次に、シャフト26に面取り部30を形成するためのカット治具100について図4を参照しながら説明する。
【0027】
カット治具100は、シャフト26の第1径部26a〜第4径部26dまでが挿入される孔102aを有するワークホルダ102と、面取り部30を形成するためのカッタ104と、ワークホルダ102がスライド挿入されるホルダガイド106と、シャフト26の他端部26eを保持してワークホルダ102をホルダガイド106へ押し込む可動型108と、面取り部30が形成された後にワークホルダ102をホルダガイド106から押し出すガススプリング110a(又はばね等の強制復帰を可能にする機構)を備えるバックプレート110とを有し、可動型108、ワークホルダ102、ホルダガイド106及びバックプレート110の順に並んで構成される。
【0028】
ワークホルダ102の孔102aのうちシャフト26の第4径部26dが挿入される部分はカッタ104が挿入される孔102bと連通している。孔102bは、カッタ104がセットされるように略長方形となっており、孔102aと直角に連通している。
【0029】
カッタ104はシャフト26から面取り部30の部分を削ぎ落とすための平行な2つの刃104aと、ホルダガイド106の方向(以下、矢印B方向という)に向かうに従って軸心方向に接近するように傾斜する傾斜面104bとを有する。また、ホルダガイド106は、傾斜面104bが当接するガイド面106bを有し、該ガイド面106bは、矢印B方向に向かうに従って軸心方向に接近するように傾斜している。
【0030】
次に、シャフト26及びカムシャフト10を製造する工程について図5〜図10を参照しながら説明する。
【0031】
先ず、図5のステップS1において、丸棒状(円柱状)の炭素鋼である素材にシュウ酸を用いてエッチングを行い、又はリン酸塩被膜に石灰を塗布することにより素材の表面をポーラス状にする。この場合、シュウ酸を用いる処理の方がリン酸塩被膜を用いる処理よりも素材の表面をポーラス状にしやすく好適である。
【0032】
この素材としての炭素鋼は、例えば、S35Cを用いることができる。また、液体窒化を行う場合にはより低炭素の炭素鋼を用いることもできる。
【0033】
次に、ステップS2において、ダイス200(図6参照)を用いて素材が所定の外径となるように引き抜き加工を行う。この際、ダイス200よりも手前側において素材に対して潤滑剤202を塗布(又は噴出等)して潤滑を行う。素材は、前記ステップS1において表面がポーラス状に形成されていることから潤滑剤202が封じ込められて表面の潤滑性が向上し、素材をスムーズに引き出すことができる。また、ダイス200の焼き付きを防止し、高寿命化を図ることができる。
【0034】
潤滑剤202としては、石灰又はほう砂等の粉末状潤滑剤を水等に溶かしたもの又はペースト状にしたものを用いる。後述するように、粉末状潤滑剤を用いることにより偏心カム22及び24がシャフト26の周方向に滑りにくくなりエンジン12に組み込んだ場合にクランクシャフト14の回転と同期が保たれる。
【0035】
このステップS2の処理においては、素材に潤滑剤202を封じ込めることを主目的として、引き抜きによるリダクションは小さく設定されていてもよい。
【0036】
ステップS3において、素材をシャーリング等の切断加工することによって所定の長さに切り出し、シャフト26を形成するためのワーク204を取り出す。
【0037】
次に、ステップS4において、ワーク204に対してダイス206及びパンチ208を用いて、冷間鍛造により絞り加工を行う(図7参照)。ダイス206は、上方に開口する第1孔部210a及び該第1孔部210aよりやや小径の第2孔部210bからなる孔210を有する。第1孔部210aは、ワーク204に対して前記他端部26e及び前記かさ部26fとなる部分を絞り、第2孔部210bは、ワーク204に対して前記第1径部26a〜第4径部26dとなる部分を絞る。
【0038】
ワーク204はパンチ208により上部から軸方向に押圧されて孔210に挿入され、第1孔部210a及び第2孔部210bによって絞られて所定の径に形成される。
【0039】
絞り加工が行われた後、パンチ208を上方へ引き戻すとともに、孔210の下方に設けられたノックアウトピン212を上昇させてワーク204を取り出す。
【0040】
なお、このステップS4及びこれ以降のステップS5及びS6において、ワーク204は第1径部26aとなる側を下向きとしてダイス206、214、230に挿入され、他端部26eとなる側が上向きとなるように設定されるものとする。
【0041】
次に、ステップS5において、前記ダイス206の第1孔部210aよりもやや小径の孔214a(図8参照)が設けられたダイス214と、孔214aと略同径で有底の穴216aが設けられたパンチ216とを用い、冷間鍛造によりワーク204に対してかさ形成加工を行う。
【0042】
具体的には、図8に示すように、ワーク204を孔214aに挿入した後に、パンチ216の穴216aをワーク204の上部に合わせ、パンチ216を軸方向に向けて押圧し、ワーク204の上面が穴216aの底部に当接するまで下降させる。これにより、ワーク204の上部は穴216aによって絞り込まれるとともに、一部が塑性流動によって外径方向に向けて膨出し、パンチ216の下面とダイス214の上面との間に環状の膨出部218が形成される。該膨出部218はかさ部26fの基礎となる。
【0043】
また、穴216aの底部には中心点を通る1本の筋状の突起217が設けられており、この突起がワーク204の上面に押圧されることにより、ワーク204にセンター溝220が形成され、ワーク204の廻り止めとして作用する。
【0044】
ワーク204の下面はノックアウトピン222の上面に接するように設定されており、該ノックアウトピン222の上面における中心部には山形の突起224が設けられている。該突起224がワーク204の下面に予め設けられた中心穴に挿入されることにより、ワーク204の振止めとして作用する。ノックアウトピン222はボルスタ226によって支持されているため、ワーク204の下面を確実に押圧することができ、ワーク204の振れを防止するとともに確実に膨出部218を形成させることができる。
【0045】
また、パンチ216の突起217によってワーク204の上面に形成される溝により、ワーク204の振れ精度を検査することができ、また検査結果に応じて振れの矯正処理を行うことができる。
【0046】
かさ形成加工が行われた後、パンチ216を上方へ引き戻すとともに、ノックアウトピン222を上昇させてワーク204を取り出す(図9参照)。
【0047】
次に、ステップS6において、ダイス230とパンチ232とを用いて、ワーク204に対して、冷間鍛造により仕上げ加工を行う。
【0048】
ダイス230に設けられた孔234は、下方から上方に向かって順に第1径部234a、第2径部234b、第3径部234c及び第4径部234dとを有し、各部がワーク204を絞って、それぞれ第1径部26a、第2径部26b、第3径部26c及び第4径部26dを形成する。これにより、シャフト26の基本形状が形成される。
【0049】
また、図10に示すように、ダイス230における第1径部234aと第2径部234bとの間の段差部は、拡大してみると下方に向けて縮径するテーパ状に形成されており、ワーク204がスムーズに絞られる。第2径部234b〜第4径部234dまでの各段差部も同様にテーパ状に形成されている。
【0050】
パンチ232には、有底の穴232aが設けられており、該穴232aの底部によりワーク204の上面を押圧しながらワーク204をダイス230の孔230aに挿入して絞り、仕上げ加工を行う。このとき、パンチ232の下面とダイス230の上面によって前記膨出部218が挟まれ、軸方向に押圧されることにより外方に向けて塑性流動し、扁平な形状となってかさ部26fを形成する。
【0051】
このステップS6の仕上げ加工を行った後、パンチ232を上方へ引き戻すとともに、孔230aの下方に設けられたノックアウトピン235を上昇させてワーク204から形成されたシャフト26を取り出す。
【0052】
このようにして、シャフト26は冷間鍛造の工程によって形成されるが、元となるワーク204には、ステップS2において潤滑剤202が塗布されていることから冷間鍛造がスムーズに行われ、割れや傷が発生しにくい。また、潤滑剤202の作用により、ダイス200、206、214、230及びパンチ208、216、232の焼き付きを防止することができる。さらに、冷間鍛造を用いる場合には加熱のための工程と加熱設備が不要である。
【0053】
さらにまた、潤滑剤202は、ワーク204の表面に形成されたポーラスによって封じ込められていることから、ステップS2以降のステップS3〜S6においても有効に潤滑作用を奏するが、必要に応じ、各工程においてワーク204及び金型に加工油(ヘッダーオイル等)をかけることにより補助的な潤滑及び冷却を行ってもよい。
【0054】
次に、ステップS7において、カット治具100を用いて、シャフト26の第4径部26dに2面の面取り部30を形成する。
【0055】
具体的には、先ず、シャフト26の第1径部26a〜第4径部26dを孔102aに挿入する。
【0056】
次に、カッタ104をワークホルダ102の孔102bにセットする。このとき、2つの刃104aは第4径部26dの部分でシャフト26と平行な向きで当接する。
【0057】
次いで、可動型108によってシャフト26の他端部26eを保持しながら、ワークホルダ102及びカッタ104をホルダガイド106の孔に押圧・挿入する。可動型108の駆動力は、ガススプリング110aよりも十分に大きい力であり、ワークホルダ102及びカッタ104は矢印B方向に進行する。
【0058】
このとき、ワークホルダ102が矢印B方向に進むに従ってカッタ104の傾斜面104bはガイド面106aによってガイドされ、孔102bに沿って矢印Bに対して直角な方向に変位する。ワークホルダ102及びカッタ104が矢印B方向に十分変位することにより、刃104aが第4径部26dの両側面を削ぎ落とし、面取り部30が形成される。
【0059】
この後、可動型108を引き戻すことによりワークホルダ102はガススプリング110aによって押し戻されるので、カッタ104を取り外した後にシャフト26を孔102aから引き抜けばよい。
【0060】
このように、カット治具100によれば、シャフト26及びカッタ104をワークホルダ102にセットした状態で、該ワークホルダ102を矢印B方向へ移動させるという簡便な操作によって面取り部30を形成することができる。
【0061】
また、面取り部30は、カッタ104の刃104aによって削ぎ落とされることから、シャフト26が膨出等の塑性変形を起こさない。従って、ステップS7までの工程で形成されたシャフト26の寸法精度を維持することができる。
【0062】
削ぎ落とされた部分は金型内に設けられた所定の経路に沿って落下し、自然に排出される。
【0063】
次に、ステップS8において、偏心カム22及び偏心カム24を順にシャフト26に圧入する。偏心カム22及び24は冷間加工によって別途製作され、シャフト26に嵌合する軸心孔は打ち抜き加工によって形成されている。
【0064】
偏心カム22は、第4径部26dの部分まで圧入されてかさ部26fによって位置決めされる。偏心カム24は、第2径部26bの部分まで圧入されて第3径部26cとの段差によって位置決めされる。
【0065】
次に、ステップS9において、ギヤ28をシャフト26に圧入する。ギヤ28の金属ブッシュ28aは、第1径部26aに圧入されて第2径部26bとの段差によって位置決めされる。なお、ステップS8及びS9において、偏心カム22、24及びギヤ28はシャフト26の軸に対して相対的な位相が適正な角度となるように設定して圧入することはもちろんである。この場合、シャフト26の面取り部30を位相の基準面として利用してもよい。
【0066】
ところで、シャフト26にはステップS2において塗布される潤滑剤202の潤滑作用によって偏心カム22、24及びギヤ28が滑ってしまうと、カムシャフト10とクランクシャフト14との同期が保たれなくなり不都合である。このような観点から本願発明者はシャフト26に対して種々の潤滑剤を塗布し、その結果得られるカムシャフト10の偏心カム22、24及びギヤ28がどの程度のトルクで周方向にスリップを生じるか試験を行った。
【0067】
この試験の結果によれば、例えば、潤滑剤として一般的なりん酸被膜に金属石鹸を塗布するボンデ処理を用いる場合には、周方向に対する十分なスリップトルクが得られずに偏心カム22、24及びギヤ28に滑りを生じた。一方、石灰又はほう砂等の粉末状潤滑剤を水等に溶かした潤滑剤202を用いた場合には、周方向に対する十分なスリップトルクが得られ、カムシャフト10をエンジン12(図1参照)に組み込んで使用する際に必要とされるスリップトルクの基準値を満足することが確認された。
【0068】
これは、粉末状潤滑剤は、当初素材の表面に物理的に付着しているのみであって、冷間鍛造成形時に素材の表面から脱落するためであり、その後の圧入による締め付け力が大きくなり滑りにくくなっている。一方、ステアリン酸系(つまりボンデライト処理後)の金属石鹸等の化学結合された潤滑剤の場合、冷間鍛造時において脱落せずに残存するため、圧入箇所が滑りやすくなっている。
【0069】
また、リン酸被膜は、後の金属石鹸と結合しやすくするための表面処理であることから、当初のエッチングの処理はシュウ酸を用いることが好適である。
【0070】
さらに、潤滑剤202の摩擦係数はボンデ処理と同等の0.03〜0.07程度とすると、冷間鍛造の工程においてワーク204に対する十分な潤滑作用を奏し、好適であった。
【0071】
上述したように、カムシャフト10における偏心カム22、24及びギヤ28はステップS8及びS9の圧入の工程により組み立てられ、別途偏心カムを固定する必要がなく生産性が高い。また、シャフト26、偏心カム22、24及びギヤ28には廻り止め機構(キー、ねじ、塑性加工による固定、ろう付け等)が不要であって、これらの廻り止め機構を形成するための工程も不要である。廻り止め機構がないことにより、シャフト26及び偏心カム22、24は簡便な形状である。
【0072】
さらに、シャフト26は、基本的には冷間鍛造によって形成され、切削等の機械加工が不要であって生産性が高い。この際、シャフト26を形成する素材には潤滑剤202が塗布されていることから、冷間鍛造の処理がスムーズに行われる。
【0073】
さらにまた、潤滑剤202には粉末状潤滑剤を水等に溶かしたものを用いており、圧入された偏心カム22、24及びギヤ28に対して十分なスリップトルクが得られる。従って、カムシャフト10はクランクシャフト14に対して同期を維持する。
【0074】
また、シャフト26を形成する工程は1台の加工機械によって連続的に実行されるようにしてもよい。例えば、ステップS3において素材から所定長さのワーク204が切り出された後、ステップS4〜ステップS7までの工程を1台の加工機械(カット治具100を含む)によって、ワーク204を順送りしながら加工するようにしてもよい。
【0075】
なお、上記のカムシャフト10は、単気筒のエンジン12に用いられるものとして説明したが、直列2気筒以上のエンジンに用いる場合には、偏心カムを気筒数に合わせて増やせばよい。
【0076】
本発明に係るカムシャフトは、上述の実施の形態に限らず、本発明の要旨を逸脱することなく、種々の構成を採り得ることはもちろんである。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本実施の形態に係るカムシャフトが用いられるエンジンの要部を示す模式図である。
【図2】本実施の形態に係るカムシャフトの斜視図である。
【図3】シャフトの側面図である。
【図4】シャフトに面取り部を形成するためのカット治具の分解斜視図である。
【図5】カムシャフトを製作する工程を示すフローチャートである。
【図6】素材に潤滑材を塗布しながら引き抜き加工を行う様子を示す図である。
【図7】素材から切り出したワークに絞り加工を行う様子を示す図である。
【図8】ワークにかさ形成加工を行う様子を示す図である。
【図9】ワークに仕上げ加工を行う様子を示す図である。
【図10】ダイスの段差部における側面拡大断面図である。
【符号の説明】
【0078】
10…カムシャフト 12…エンジン
14…クランクシャフト 14a…駆動ギヤ
22、24…偏心カム 26…シャフト
26f…かさ部 28…ギヤ
28a…金属ブッシュ 30…面取り部
32…コンロッド 100…カット治具
200、206、214、230…ダイス
202…潤滑剤 204…ワーク
208、216、232…パンチ


【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に粉末状潤滑剤を施した状態で冷間鍛造により形成されたシャフトと、
前記シャフトに設けられる偏心カムと、
を有し、
前記偏心カムは前記シャフトに圧入されていることを特徴とするカムシャフト。
【請求項2】
請求項1記載のカムシャフトにおいて、
前記粉末状潤滑剤は、石灰又はほう砂であることを特徴とするカムシャフト。
【請求項3】
請求項1記載のカムシャフトにおいて、
前記シャフトには、剪断加工によって形成された面取り部が設けられていることを特徴とするカムシャフト。
【請求項4】
請求項1記載のカムシャフトにおいて、
前記シャフトが圧入される前記偏心カムの軸心孔は打ち抜き加工により形成されていることを特徴とするカムシャフト。
【請求項5】
請求項1記載のカムシャフトにおいて、
軸心部にギヤを有し、
前記ギヤが前記シャフトに圧入されていることを特徴とするカムシャフト。
【請求項6】
請求項5記載のカムシャフトにおいて、
前記ギヤは、軸心部に金属ブッシュを備える合成樹脂製であり、前記金属ブッシュが前記シャフトに圧入されていることを特徴とするカムシャフト。
【請求項7】
請求項1記載のカムシャフトにおいて、
前記シャフトは、径の異なる段差部を有し、
前記偏心カムは、前記段差部によって位置決めされていることを特徴とするカムシャフト。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2006−169960(P2006−169960A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2003−414415(P2003−414415)
【出願日】平成15年12月12日(2003.12.12)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】