説明

カム機構及びミシンの針受け機構

【課題】主動節と従動節の接触部位への給油を省きながらも接触部位の焼き付き等を抑制する。
【解決手段】カム機構3は、重量%で炭素を0.6%〜1.3%、クロムを16%〜18%含有し、焼入処理及び焼もどし処理が施された第1の鋼材33a,34aの表面に窒化鉄層33b,34bが形成された第1のカム部材33,34と、第2の鋼材31a,32aの表面に窒化クロム層31b,32bが形成され、第1のカム部材33,34に線接触する第2のカム部材31,32と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カム機構及びカム機構を備えたミシンの針受け機構に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、飾りミシンには、針受け機構が備えられている。この針受け機構は、縫い針を一方と他方から挟み込む針受けを有しており、これらの針受けは針板の下面に縫い針の布送り方向前後に対向するように配置されている。そして、縫製の駆動源となるミシンモータの駆動に連動させて互いに逆方向に揺動させ、針板の下に下降してきた縫い針を両側から挟み込んで縫い針を受けるようになっている(例えば、特許文献1参照。)。
針受けを揺動させる機構としては、カム機構が採用されており、ミシンモータの出力軸に二つの主動節を軸支し、各糸受けに主動節からの駆動が伝達される従動節を設ける。そして、ミシンモータを駆動させることにより主動節が回転し、その主動節の外周の回転軌跡に追随して従動節が動くため、結果的に従動節が揺動する。なお、二つの針受けは互いに逆方向に揺動させる必要があるため、各針受けで主動節と従動節が係わり合う姿勢が異なるように配置される。
ここで、主動節と従動節の接触部位は摩擦により大きな熱が発生するので、焼き付きや摩耗が発生しやすい。そのため、この接触部位には給油がなされ、円滑な駆動伝達を図るとともに摩擦熱による温度上昇を防止している。
また、発熱や焼き付きのおそれのある摺動部については、セラミックコーティングした鋼材と硬質陽極酸化被膜を形成した軽金属とにより摺動・被摺動の両部品を形成しての対策が従前より見られている(例えば、特許文献2参照。)。
【特許文献1】特開平8−117471号公報
【特許文献2】特開2004−41304号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、主動節と従動節の接触部位が、例えば、偏心カムとカム把持腕との摺動部のように、線接触である場合には、回転する主動節では接触部位が常に変化するものの、従動節側の接触部位はほとんど一定の箇所で接触を継続することとなる。このような線接触による摺動部位においては、軸と軸受等からなる面接触部位に比べて非常に狭い範囲に摩擦が集中され、従前の焼き付き・発熱対策では補いきれず、摩擦により部品間に隙間ができたり、焼き付き・発熱を起こしてしまう等の問題が生じていた。一方で、焼き付きや発熱の対策として給油を行うなどすると、当該部品の回転による遠心力で油が飛散して被縫製物に付着し、被縫製物の品質が低下するという問題があった。また、針受け機構の周辺には下糸が通されているため、下糸に油が付着すると油が付着した下糸で縫製を行ってしまい、被縫製物の品質が低下するという問題があった。
【0004】
そこで、本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、線接触している主動節と従動節の接触部位への給油を省きながらも接触部位の焼き付き等を抑制することができるカム機構及びミシンの針受け機構を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題を解決するため、請求項1に記載の発明は、カム機構であって、高クロム高炭素鋼に焼き入れ処理及び焼き戻し処理を施した第1の鋼材の表面に窒化鉄層を形成した第1のカム部材と、第2の鋼材の表面に窒化クロム層を形成し、前記第1のカム部材と線接触する第2のカム部材と、を備えることを特徴とする。
ここで、高クロムとは、重量%でクロムを16%〜18%程度含有しているものであり、高炭素とは、重量%で炭素を0.6%〜1.3%程度含有しているものとする。
【0006】
請求項1に記載の発明によれば、第1のカム部材の表面は窒化鉄層であるため、フレッチング摩耗に対して高い耐性を発揮する。また、第2のカム部材の表面は窒化クロム層であるため、耐熱性に優れ、高い靭性を有することから微小振動によるチッピングや割れ、摩耗を抑制する。これにより、第1のカム部材と第2のカム部材の接触部位への給油をしなくても接触部位の焼き付きや摩耗等を抑制することができる。
また、第1のカム部材の窒化鉄層は、クロムを多く含有することで、高い硬度が得られるとともに、窒化鉄層を比較的厚く形成することで、第2のカム部材との接触による摩耗があっても窒化鉄層が剥離して母材となる鋼材が露出しにくくなり、カム機構の耐用年数を長くすることができる。
【0007】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のカム機構において、前記第1のカム部材を従動節とし、前記第2のカム部材を主動節としたことを特徴とする。
【0008】
請求項2に記載の発明によれば、カム機構においては、従動節は常に主動節に接触しており、主動節は一回転に一回だけ従動節に接触する。そこで、窒化鉄層が比較的厚く形成される第1のカム部材を従動節とし、第2のカム部材を従動節とすることにより、カム機構の耐用年数を長くすることができる。
【0009】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載のカム機構において、前記窒化鉄層を、イオン拡散法により形成したことを特徴とする。
【0010】
請求項3に記載の発明によれば、イオン拡散法を用いることにより、窒素イオンを広範囲に拡散させることができ、短時間で窒化鉄層を形成することができる。
【0011】
請求項4に記載の発明は、請求項1〜3のいずれか一項に記載のカム機構において、前記窒化クロム層を、イオンプレーティング法により形成したことを特徴とする。
【0012】
請求項4に記載の発明によれば、窒化クロム層をイオンプレーティング法により形成することにより、第1のカム部材における母材となる鋼材と窒化クロム層との密着強度を高めることができる。
【0013】
請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のいずれか一項に記載のカム機構において、前記第2の鋼材は、ハイス鋼又はダイス鋼であることを特徴とする。
【0014】
請求項5に記載の発明によれば、第2の鋼材としてハイス鋼又はダイス鋼を用いることにより、第2のカム部材の耐久性、耐摩耗性を向上させることができる。
【0015】
請求項6に記載の発明は、請求項1〜5のいずれか一項に記載のカム機構において、前記第1のカム部材と前記第2のカム部材の接触部位にグリースを塗布したことを特徴とする。
【0016】
請求項6に記載の発明によれば、第1のカム部材と第2のカム部材の接触部位にグリースを塗布することにより、第1のカム部材と第2のカム部材の接触部位の摩擦係数を小さくすることができるとともに接触部位の温度上昇を抑制することができるので、焼き付きや摩耗をさらに抑制することができる。しかも、グリースを用いているため、従来の油のように飛散したり滴下することがなく、周囲の被縫製物や下糸を汚すことがない。
【0017】
請求項7に記載の発明は、請求項1〜6のいずれか一項に記載のカム機構を用いたミシンの針受け機構において、前記第2のカム部材は、ミシンの駆動源から駆動力が伝達される駆動軸に設けられ、当該駆動軸の軸線に対して偏心した位置に設けられた二つの偏心体を有し、前記第1のカム部材は、各偏心体に対応して設けられ、各偏心体を対向する二点で回転自在に把持するとともに、縫い針に接触して前記縫い針のぶれを防ぐ針受けが固定され、各偏心体の駆動に伴って互いに逆方向に揺動する二つの把持腕を有することを特徴とする。
【0018】
請求項7に記載の発明によれば、第1のカム部材と第2のカム部材を備えるカム機構をミシンの針受け機構に用いることにより、針受け機構に給油をする必要がなくなるので、従来のように油が飛散して被縫製物に付着したり、針受け機構の周辺の下糸に油が付着したりすることがなく、被縫製物の品質の低下を抑制することができる。
【発明の効果】
【0019】
請求項1に記載の発明によれば、第1のカム部材と第2のカム部材の接触部位への給油をしなくても接触部位の焼き付きや摩耗等を抑制することができる。
また、第2のカム部材との接触による摩耗があっても窒化鉄層が剥離して母材となる鋼材が露出しにくくなり、カム機構の耐用年数を長くすることができる。
【0020】
請求項2に記載の発明によれば、カム機構の耐用年数を長くすることができる。
【0021】
請求項3に記載の発明によれば、イオン拡散法を用いることにより、窒素イオンを広範囲に拡散させることができ、短時間で窒化鉄層を形成することができる。
【0022】
請求項4に記載の発明によれば、第1のカム部材における母材となる鋼材と窒化クロム層との密着強度を高めることができる。
【0023】
請求項5に記載の発明によれば、第2のカム部材の耐久性、耐摩耗性を向上させることができる。
【0024】
請求項6に記載の発明によれば、第1のカム部材と第2のカム部材の接触部位の摩擦係数を小さくすることができるとともに接触部位の温度上昇を抑制することができるので、焼き付きや摩耗をさらに抑制することができる。しかも、グリースを用いているため、従来の油のように飛散したり滴下することがなく、周囲の被縫製物や下糸を汚すことがない。
【0025】
請求項7に記載の発明によれば、針受け機構に給油をする必要がなくなるので、従来のように油が飛散して被縫製物に付着したり、針受け機構の周辺の下糸に油が付着したりすることがなく、被縫製物の品質の低下を抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、図面を参照して、本発明に係るカム機構及びカム機構を備えたミシンの針受け機構の最良の形態について詳細に説明する。
<ミシンの針受け機構の構成>
最初に、ミシンの針受け機構の構成について説明する。
図1に示すように、ミシンの針受け機構1(以下、針受け機構1という)は、駆動軸としての下軸2に設けられたカム機構3と、カム機構3に設けられ、縫い針に接触して縫い針のぶれを防ぐ二つの針受け4,5と、を備えている。
カム機構3は、ミシンの駆動源から駆動力が伝達される下軸2に軸支され、この下軸2の軸線に対して偏心した位置に設けられた第2のカム部材及び偏心体としての偏心軸31,偏心カム32と、これらの偏心軸31,偏心カム32に対応して設けられ、偏心軸31,偏心カム32を対向する二点で回転自在に把持する第1のカム部材及び把持腕としての軸把持腕33,カム把持腕34と、を備えている。
【0027】
偏心軸31は、図2に示すように、円柱状に形成され、その中心軸線が下軸2の中心軸線に対して偏心した位置となるように設けられている。
偏心軸31は、母材31aが第2の鋼材としてのハイス鋼又はダイス鋼から形成されており、この表面に窒化クロム層31bが形成されている。
母材31aを形成するハイス鋼又はダイス鋼は、例えば、重量%で炭素を0.8%〜1.6%、タングステンを0.2%〜6.7%、バナジウムを0.2%〜2.2%、モリブデンを0.8%〜5.5%、クロムを3%〜13%含有しているものを用いるが、重量%で炭素を1.4%〜1.6%、バナジウムを0.2%〜2.2%、モリブデンを0.8%〜5.5%、クロムを3%〜13%含有しているものを用いてもよい。また、母材31aは、ビッカース硬さで少なくとも600Hvとなっている。
窒化クロム層31bは、公知のイオンプレーティング法により形成されており、その厚さは0.5〜10μmに形成され、ビッカース硬さで1200〜1800Hvとなっている。
なお、偏心軸31に作用する摩擦力が比較的小さな場合には、偏心軸31を浸炭焼き入れ鋼から形成してもよい。
【0028】
偏心カム32は、図3に示すように、円筒状に形成され、下軸2に固定される固定部321と、固定部321と一体に形成され、固定部321よりも径の小さな円筒状のカム部322と、を備えている。固定部321とカム部322は、中心軸線が一致するように形成されており、下軸2が挿通できるように形成されている。
偏心カム32は、母材32aが第2の鋼材としてのハイス鋼又はダイス鋼から形成されており、カム部322の表面に窒化クロム層32bが形成されている。
母材32aを形成するハイス鋼又はダイス鋼は、例えば、重量%で炭素を0.8%〜1.6%、タングステンを0.2%〜6.7%、バナジウムを0.2%〜2.2%、モリブデンを0.8%〜5.5%、クロムを3%〜13%含有しているものを用いるが、重量%で炭素を1.4%〜1.6%、バナジウムを0.2%〜2.2%、モリブデンを0.8%〜5.5%、クロムを3%〜13%含有しているものを用いてもよい。また、母材32aは、ビッカース硬さで少なくとも600Hvとなっている。
窒化クロム層32bは、公知のイオンプレーティング法により形成されており、その厚さは0.5〜10μmに形成され、ビッカース硬さで1200〜1800Hvとなっている。
【0029】
軸把持腕33は、図2に示すように、先端が二又に形成され、この二又で偏心軸31の外周面を対向する二点で回転自在に把持するものである。すなわち、偏心軸31と軸把持腕33が二箇所で線接触するように軸把持腕33は偏心軸31を把持している。
軸把持腕33は、母材33aが第1の鋼材として、焼き入れ処理及び焼き戻し処理が施された高クロム高炭素鋼から形成されており、軸把持腕33のうち、二又に形成された偏心軸31を把持する把持面331に窒化鉄層33bが形成されている。
なお、ここで、高クロムとは、重量%でクロムを16%〜18%程度含有しているものであり、高炭素とは、重量%で炭素を0.6%〜1.3%程度含有しているものとする。
窒化鉄層33bは、公知のイオン拡散法により形成されており、その厚さは0.05〜0.25mmに形成されている。
なお、母材33aはビッカース硬さで少なくとも400Hv、窒化鉄層33bはビッカース硬さで900〜1200Hvとなっている。
【0030】
カム把持腕34は、図3に示すように、先端が二又に形成され、この二又で偏心カム32の外周面を対向する二点で回転自在に把持するものである。すなわち、偏心カム32とカム把持腕34が二箇所で線接触するようにカム把持腕34は偏心カム32を把持している。
カム把持腕34は、母材34aが第1の鋼材として、重量%で炭素を0.6%〜1.3%、クロムを16%〜18%含有し、焼き入れ処理及び焼き戻し処理が施された鋼材から形成されており、カム把持腕34のうち、二又に形成された偏心カム32のカム部322を把持する把持面341に窒化鉄層34bが形成されている。
窒化鉄層34bは、公知のイオン拡散法により形成されており、その厚さは0.05〜0.25mmに形成されている。
なお、母材34aはビッカース硬さで少なくとも400Hv、窒化鉄層34bはビッカース硬さで900〜1200Hvとなっている。
なお、軸把持腕33とカム把持腕34は、下軸2を回転させたときに互いに逆方向に揺動するように構成されており、これを実現するために偏心軸31及び偏心カム32の偏心方向、軸把持腕33とカム把持腕34の姿勢が決定されている。
【0031】
また、図2(a)に示すように、軸把持腕33により偏心軸31を把持した際に、軸把持腕33と偏心軸31に囲まれた領域にはグリースを含ませたフェルト37が設けられている。フェルト37は、若干押さえ付けられた状態で軸把持腕33と偏心軸31に接触しており、偏心軸31の回転に伴い、偏心軸31がフェルト37に対して摺動することで偏心軸31の外周面、すなわち、窒化クロム層31bの表面にグリースが塗布され、偏心軸31と軸把持腕33の接触部位にもグリースが塗布されるようになっている。
また、図3(a)に示すように、カム把持腕34により偏心カム32のカム部322を把持した際に、カム把持腕34とカム部322に囲まれた領域にはグリースを含ませたフェルト38が設けられている。フェルト38は、若干押さえ付けられた状態でカム把持腕34とカム部322に接触しており、偏心カム32の回転に伴い、カム部322がフェルト38に対して摺動することでカム部322の外周面、すなわち、窒化クロム層32bの表面にグリースが塗布され、偏心カム32とカム把持腕34の接触部位にもグリースが塗布されるようになっている。
【0032】
図1に示すように、軸把持腕33の後端には、針受け4を軸把持腕33に固定するための針受け軸40が保護筒41を介してネジ42により軸把持腕33に固定されている。針受け軸40は、針受け腕43に一体に形成されており、この針受け腕43に針受け4がネジ44により取り付けられている。
カム把持腕34の後端には、針受け5をカム把持腕34に固定するための針受け軸50が保護筒51を介してネジ52によりカム把持腕34に固定されている。保護筒51を貫通した針受け軸50の先端には、針受け軸50がカム把持腕34から抜けることを防止する抜け止め53がネジ54により取り付けられている。針受け軸50は、針受け腕55に一体に形成されており、この針受け腕55に針受け5がネジ56により取り付けられている。
また、これらの機構は、針受け4と針受け5が把持面331に略沿った方向に対向するように配置されている。
【0033】
<針受け機構の動作>
次に、針受け機構の動作について説明する。
下軸2を回転駆動させると、下軸2に設けられた偏心軸31及び偏心カム32が回転する。偏心軸31は下軸2の回転軸線に対して偏心しながら回転するため、偏心軸31に線接触している軸把持腕33も偏心軸31の偏心に追随して揺動する。軸把持腕33の把持面331に略直交する方向に揺動する。軸把持腕33が揺動することにより、軸把持腕33に固定された針受け4は把持面331に略沿った方向に揺動する。
また、偏心カム32は下軸2の回転軸線に対して偏心しながら回転するため、偏心カム32に線接触しているカム把持腕34も偏心カム32の偏心に追随して揺動する。カム把持腕34の把持面341に略直交する方向に揺動する。カム把持腕34が揺動することにより、カム把持腕34に固定された針受け5は把持面341に略沿った方向に揺動する。
すなわち、偏心軸31及び偏心カム32が主動節となり、軸把持腕33及びカム把持腕34が従動節となる。
ここで、針受け4と針受け5は、互いが把持面331に略沿った方向に対向するように配置され、互いに逆方向に揺動するように構成されているため、下軸2を回転駆動させることにより、針受け4と針受け5で下降してきた縫い針を挟んだり開放したりすることができるようになっている。
【0034】
<実施例>
図4は、上記構造を有するカム把持腕34に互いに材質の異なる4種類の偏心カムを把持させて、同じ実験条件で偏心カムを回転させた場合の偏心カムの摩耗量を測定した結果を示したものである。図4のグラフは、横軸に材質の異なる偏心カムの種類、縦軸に各偏心カムに対応する摩耗量をとって表している。各偏心カムにおける実験結果は以下の通りであった。
(1)高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)に浸炭焼き入れ処理及び焼き戻し処理を施した偏心カムを用いた場合、偏心カムの摩耗量は0.235mmであった。
(2)ダイス鋼(SKD)に焼き入れ処理を施し、表面に窒化クロム(CrN)層を形成した偏心カムを用いた場合、偏心カムの摩耗量は0.015mmであった。
(3)高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)に焼き入れ処理を施し、表面に窒化チタン(TiN)層を形成した偏心カムを用いた場合、偏心カムの摩耗量は0.175mmであった。
(4)高炭素クロム軸受鋼(SUJ2)に焼き入れ処理を施し、表面に窒化タングステン(WC/C)層を形成した偏心カムを用いた場合、偏心カムの摩耗量は0.270mmであった。
以上の実験結果より、(2)ダイス鋼(SKD)に焼き入れ処理を施し、表面に窒化クロム(CrN)層を形成した偏心カムが格段に耐摩耗性に優れていることがわかる。
【0035】
<実施形態の作用効果>
以上のように、実施形態におけるカム機構3及びカム機構3を備えたミシンの針受け装置1によれば、軸把持腕33及びカム把持腕34の表面は窒化鉄層33b,34bであるため、フレッチング摩耗に対して高い耐性を発揮する。また、偏心軸31及び偏心カム32の表面は窒化クロム層31b,32bであるため、耐熱性に優れ、高い靭性を有することから微小振動によるチッピングや割れ、摩耗を抑制する。これにより、偏心軸31と軸把持腕33の接触部位及び偏心カム32とカム把持腕34の接触部位への給油をしなくても接触部位の焼き付きや摩耗等を抑制することができる。
また、窒化鉄層33b,34bは、重量%でクロムを16%〜18%含有していることから高い硬度を得ることができ、また、窒化鉄層33b,34bが0.1mm程度と比較的厚く形成されることで、偏心軸31及び偏心カム32との接触による摩耗があっても窒化鉄層33b,34bが剥離して母材33a,34aが露出しにくくなり、カム機構3の耐用年数を長くすることができる。
【0036】
また、カム機構3においては、従動節である軸把持腕33及びカム把持腕34は常に主動節である偏心軸31及び偏心カム32に接触しており、偏心軸31及び偏心カム32は一回転に一回だけ軸把持腕33及びカム把持腕34に接触する。そこで、軸把持腕33及びカム把持腕34に窒化鉄層33b,34bを比較的厚く形成することにより、カム機構3の耐用年数を長くすることができる。
また、軸把持腕33に窒化鉄層33b、カム把持腕34に窒化鉄層34bを形成する際にイオン拡散法を用いることにより、窒素イオンを広範囲に拡散させることができ、短時間で窒化鉄層33b,34bを形成することができる。
また、偏心軸31に窒化クロム層31b、偏心カム32に窒化クロム層32bをイオンプレーティング法により形成することにより、母材31aと窒化クロム層31bの密着強度、母材32aと窒化クロム層32bの密着強度を高めることができる。
また、偏心軸31及び偏心カム32の母材31a,32aとしてハイス鋼又はダイス鋼を用いることにより、偏心軸31及び偏心カム32の耐久性、耐摩耗性を向上させることができる。
【0037】
また、偏心軸31と軸把持腕33の接触部位にフェルト37を介してグリースを塗布し、偏心カム32とカム把持腕34の接触部位にフェルト38を介してグリースを塗布することにより、偏心軸31と軸把持腕33の接触部位、偏心カム32とカム把持腕34の接触部位の摩擦係数を小さくすることができるとともに接触部位の温度上昇を抑制することができるので、焼き付きや摩耗をさらに抑制することができる。しかも、グリースを用いているため、従来の油のように飛散したり滴下することがなく、周囲の被縫製物や下糸を汚すことがない。
また、カム機構3をミシンの針受け機構1に用いることにより、針受け機構1に給油をする必要がなくなるので、従来のように油が飛散して被縫製物に付着したり、針受け機構1の周辺の下糸に油が付着したりすることがなく、被縫製物の品質の低下を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】カム機構及びカム機構を備えた針受け機構を示す分解斜視図である。
【図2】偏心軸及び軸把持腕を示す図であり、(a)は偏心軸が軸把持腕に把持された状態を示す図、(b)は偏心軸を示す図、(c)は軸把持腕を示す図である。
【図3】偏心カム及びカム把持腕を示す図であり、(a)は偏心カムがカム把持腕に把持された状態を示す図、(b)は偏心カムを示す図、(c)はカム把持腕を示す図である。
【図4】実施例を示すグラフである。
【符号の説明】
【0039】
1 針受け機構
2 下軸(駆動軸)
3 カム機構
31 偏心軸(第2のカム部材、偏心体)
31a 母材(第2の鋼材)
31b 窒化クロム層
32 偏心カム(第2のカム部材、偏心体)
32a 母材(第2の鋼材)
32b 窒化クロム層
33 軸把持腕(第1のカム部材、把持腕)
33a 母材(第1の鋼材)
33b 窒化鉄層
34 カム把持腕(第1のカム部材、把持腕)
34a 母材(第1の鋼材)
34b 窒化鉄層
4 針受け
5 針受け

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高クロム高炭素鋼に焼き入れ処理及び焼き戻し処理を施した第1の鋼材の表面に窒化鉄層を形成した第1のカム部材と、
第2の鋼材の表面に窒化クロム層を形成し、前記第1のカム部材と線接触する第2のカム部材と、
を備えることを特徴とするカム機構。
【請求項2】
前記第1のカム部材を従動節とし、前記第2のカム部材を主動節としたことを特徴とする請求項1に記載のカム機構。
【請求項3】
前記窒化鉄層を、イオン拡散法により形成したことを特徴とする請求項1又は2に記載のカム機構。
【請求項4】
前記窒化クロム層を、イオンプレーティング法により形成したことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載のカム機構。
【請求項5】
前記第2の鋼材は、ハイス鋼又はダイス鋼であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載のカム機構。
【請求項6】
前記第1のカム部材と前記第2のカム部材の接触部位にグリースを塗布したことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のカム機構。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載のカム機構を用いたミシンの針受け機構において、
前記第2のカム部材は、ミシンの駆動源から駆動力が伝達される駆動軸に設けられ、当該駆動軸の軸線に対して偏心した位置に設けられた二つの偏心体を有し、
前記第1のカム部材は、各偏心体に対応して設けられ、各偏心体を対向する二点で回転自在に把持するとともに、縫い針に接触して前記縫い針のぶれを防ぐ針受けが固定され、各偏心体の駆動に伴って互いに逆方向に揺動する二つの把持腕を有することを特徴とするミシンの針受け機構。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−307990(P2006−307990A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−131871(P2005−131871)
【出願日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【出願人】(000003399)JUKI株式会社 (1,557)
【Fターム(参考)】