説明

カーボン蒸着装置

【課題】非導電性試料の表面に、むらの無い良質な導電性のカーボン膜を短時間で形成する。
【解決手段】開閉弁9aを開き、ロータリーポンプ10で試料室2aの大気を排気する。試料室2aの真空度が1Pa程度になったら、流量調整弁8aを開いて試料室2aにアルゴンガスを導入し、試料室2aの真空度が2Pa程度になるようにアルゴンガスの流量を調整する。電極棒7aと7b及び電極5aと5bを通じてカーボン棒に50A程度の電流を流す。通電によりカーボン棒が赤熱し、カーボンが蒸発することにより蒸着が行なわれる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カーボン(炭素)を通電加熱して蒸発させ、試料表面にカーボンの導電性薄膜を形成させるためのカーボン蒸着装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば走査電子顕微鏡(SEM)や電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)等の荷電粒子線装置を用いて試料の観察や分析を行なうとき、試料にAu(金の原子記号)、Pt(白金の元素記号)、Pd(パラジウムの元素記号)等の金属やこれらの合金若しくはカーボンを試料にコーティングすることがある。
【0003】
Au、Pt,Pd等の金属やこれらの合金をコーティングする目的のひとつは、非導電性試料表面に導電性薄膜を形成することにより、荷電粒子の照射によって生じるチャージアップ(帯電)や熱損傷を防止することである。もうひとつの目的は、特にSEM等で2次電子像を観察する場合、電子線の照射により試料表面から発生する2次電子の発生効率を向上させて良質な2次電子像を得ることである。
【0004】
一方、EPMAを用いて非導電性試料の元素分析を行なう場合、試料にコーティングする導電性薄膜は分析になるべく影響を与えない物質であることが優先される。そのため、Au、Pt,Pd等の金属やこれらの合金はなるべく避けて、試料に照射される電子線との相互作用が小さい物質をコーティングする必要がある。非導電性試料を分析する目的で、カーボンの導電性薄膜をコーティングする真空蒸着装置が広く普及している。
【0005】
特許文献1の実開平5−756号公報には、真空蒸着に用いるカーボン棒を簡単、迅速且つ確実にカーボンホルダに取り付けることのできる一体型カーボンホルダの技術が開示されている。また、特許文献2の実公平7−30674号公報には、カーボンに短時間の間、大電流を通電し、冷却時間を置いた後に再度大電流を通電してカーボンを蒸発させることを繰り返して、いわばスパッタ的に蒸着を行なうことにより、低い真空度で良質のカーボン膜を得る技術が開示されている。
【0006】
【特許文献1】実開平5−756号公報
【特許文献2】実公平7−30674号公報
【特許文献3】特開昭52−62138号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
良質なカーボン膜を得るためには、Au、Pt,Pd等の金属やこれらの合金をコーティングする場合とは異なる問題がある。
【0008】
例えば、カーボンはAu、Pt,Pd等の金属と比較して酸化しやすいため、通電加熱時は高真空を必要とする。カーボン蒸着装置の真空チャンバ内を高真空にするため、油拡散ポンプやターボ分子ポンプを備える必要がある。従って、必然的に装置が高価になる、高真空を得るまでに通常30分程度の時間がかかる、真空系の構造や操作が複雑になる、設置面積や重量が大きくなる、高真空度測定のための高価な真空計が必要となる等の問題がある。
【0009】
また、高真空中でカーボンを加熱蒸発させると、平均自由行程が長いため、凹凸のある試料の場合はシャドウ効果により蒸着物質のコーティングのむらが生じるという問題がある。シャドウ効果の問題を解決するには、Au、Pt,Pd等の金属であれば、特許文献3の特開昭52−62138号公報に開示されているように、真空度を低下させて、蒸着原子(粒子)の回り込みを起こし、むらの無い蒸着を行なう方法が可能である。しかし、前述したように、カーボンは酸化しやすいため、真空度の低い雰囲気で蒸着を行なうと、良質な導電性のカーボン膜の形成は困難である。高真空中でカーボン蒸着を行なうときのシャドウ効果の問題を解決するため、試料台を傾斜及び回転させて、試料の向きを満遍なく変えてむらをなくす方法が行なわれている。しかし、試料台を傾斜及び回転させる装置は高価であり、操作に手間がかかるという問題もある。
【0010】
また、カーボンを高温度に加熱するため、熱に弱い試料にコーティングするとき、試料の変形や熱ダメージを生じる場合がある。更に、高温のカーボンから強い光が発生するため、サングラス等の防御治具を必要とする。
【0011】
更に、特許文献1の実開平5−756号公報に記述されているように、カーボン棒の通電加熱により蒸発させる部分は細く削っておかなければならない。そのための道具が必要であり、使用するカーボン棒の準備に手間と時間が掛かるという問題がある。
【0012】
本発明は上記した問題を解決するためになされたものであって、その目的は、簡単な操作で、むらの無い良質な導電性のカーボン膜を短時間で形成することが可能なカーボン蒸着装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の問題を解決するために、
請求項1に記載の発明は、気密容器と、該気密容器内に通電加熱可能に配置されるカーボン部材と、該気密容器内に試料表面が該カーボン部材と相対するように試料を保持する試料台と、前記気密容器内に不活性ガスを満たすためのガス供給手段とを備え、前記気密容器内に不活性ガスを満たした状態で前記カーボン部材を通電加熱し、前記試料台に保持された試料の表面にカーボンを蒸着することを特徴とする。
【0014】
また請求項2に記載の発明は、前記気密容器内を排気する排気ポンプを更に備え、前記カーボン部材を通電加熱するときの前記気密容器内圧力が0.5Pa〜5Paに設定されることを特徴とする。
【0015】
また請求項3に記載の発明は、前記排気ポンプがロータリーポンプであることを特徴とする。
【0016】
また請求項4に記載の発明は、前記不活性ガスがアルゴンガスであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、真空蒸着装置のチャンバを高真空にする必要が無いため、短時間で蒸着できる、装置が小形軽量にできる、価格及び維持費が安価にできる、操作が容易になるという効果がある。また、真空チャンバ内に不活性ガスが存在するため、カーボン粒子の回り込みがあり、むらの無いカーボンの蒸着膜を形成することができる。また、通電加熱によるカーボンの温度上昇が従来の高真空下の方法に比べて小さいため、熱に弱い試料の変形や熱ダメージを著しく低下させることができる。既製品のカーボン棒に特別な加工を施さずに簡単に取り付ければよいので、準備に掛かる手間と時間を大幅に少なくできる。低真空、短時間で作成したにもかかわらず、従来の高真空下で作製したカーボン膜と同等の良質なカーボン膜が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下図面を参照しながら、本発明の実施の形態について説明する。但し、この例示によって本発明の技術範囲が制限されるものでは無い。
【0019】
図1は、本発明を実施するカーボン蒸着装置の概略構成例を説明するための図である。図1において、1はカーボン蒸着装置の基本体で、図示しない電源や操作パネル等が配置されている。2は気密容器で、通常硬質ガラス等の耐真空性がある透明な材料が用いられる。気密容器2に囲われた空間を試料室2aとする。気密容器2と基本体1との間にはOリング11が配置され、試料室2aの気密を保持することができる。リーク弁(図示せず)を開いて、試料室2aを大気圧にしたときは、気密容器2を基本体1から取り外すことができる。なお、試料室2aの真空度をモニターするための真空計(図示せず)が備えられている。
【0020】
Sはカーボン蒸着を行なう試料、4は試料Sを置くための試料台、3はカーボン棒である。5aと5bはカーボン棒3に通電するための電極、7aと7bは電極棒である。である。カーボン棒3は押さえ板6aと6bによりその両端をそれぞれ電極5aと5bに固定される。図1では抑え板が試料Sの側にあるように示されているが、この位置に限定する必要は無い。少なくともカーボン棒の両端がそれぞれの電極に接するように取り付けられていればよい。
【0021】
また、カーボン棒3と試料Sとの間の距離が変えられるようになっていることが好ましい。例えば、電極5a、5bを螺子止めにより電極棒7a、7bへ取り付けるようにして、螺子止め位置を変えることにより、カーボン棒3と試料Sとの間の距離を可変とすることができる。
【0022】
また、カーボン棒3と試料Sとの間にシャッター機構を設けることが望ましい。シャッター機構があれば、試料を試料台に載せたまま、焼き出し等の予備操作を行なうことが可能となる。
【0023】
8はアルゴンガスボンベ(図示せず)から試料室2aにアルゴンガス(Ar)を供給する供給管、8aはアルゴンガスの流量調整弁、9は試料室2a内の空気とアルゴンガスを排気する排気管、9aは排気管の開閉弁、10はロータリーポンプ(RP)である。
【0024】
次に、図1のように構成されたカーボン蒸着装置を用いてカーボン蒸着を行なう手順を説明する。
ステップ1:開閉弁9aと流量調整弁8aが閉じた状態で、試料室2aに大気を導入し、気密容器2を取り外す。
ステップ2:カーボン蒸着を行なう試料Sを試料台4に載せる。
【0025】
ステップ3:カーボン棒3の両端をそれぞれ電極5aと5bに取り付け、押さえ板6aと6bで固定する。カーボン棒3は直径が0.5mmから1mm程度の太さのものを用いるのが望ましい。従来のカーボン蒸着装置用に市販されているカーボン棒をそのまま使用することができる。なお、シャープペンシルの芯を使用することも可能であるが、この場合は蒸着に使用する前に、芯の中に含まれているバインダーを焼きだす操作モードを備えていることが好ましい。
【0026】
ステップ3:気密容器2を取り付けて、開閉弁9aを開き、ロータリーポンプ10で試料室2aの大気を排気する。試料室2aの真空度が1Pa程度になったら、流量調整弁8aを開いてアルゴンガスを導入し、ロータリーポンプ10で排気しつつ試料室2aの真空度が2Pa程度に維持されるようにアルゴンガスの流量を調整する。アルゴンガスの必要な流量は蒸着を行なう試料の表面状態等に応じて多少異なるが、試料室2aのアルゴンガスが少なすぎると回り込みの効果が十分ではなく、反対に多すぎるとカーボンの蒸発が妨げられる。従って、カーボンを通電加熱しているときは、試料室2aの真空度が概ね0.5Paから5Paの間に設定されていることが望ましい。
【0027】
ステップ4:電極棒7aと7b及び電極5aと5bを通じて、カーボン棒に50A程度の電流を流す。通電によりカーボン棒が赤熱し、カーボンが蒸発する。
【0028】
ステップ5:カーボン棒が細くなったら通電を終了する。試料室2aの大気を排気し始めてからカーボン蒸着が終了するまでに要する時間は概ね5分程度である。
【0029】
ステップ6:開閉弁9aと流量調整弁8aを閉じて試料室2aに大気を導入し、気密容器2を取り外し、試料Sを取り出す。
以上が、本発明のカーボン蒸着装置を用いてカーボン蒸着を行なう手順の説明である。なお、上記例では、不活性ガスとしてアルゴンガスを用いたが、その他の不活性ガスでも同様の効果を奏する。また、上記ステップ3で、ロータリーポンプ10で排気しつつ試料室2aをカーボン蒸着に必要な真空度に維持するようにしたが、カーボンを通電加熱する間に必要な真空度が維持できれば、必ずしもロータリーポンプ10で排気し続ける必要は無い。
図2は、本発明のカーボン蒸着装置で作製したカーボン膜の膜質と膜厚を評価するために撮影したカーボン膜断面の透過電子顕微鏡写真である。本発明のカーボン蒸着装置によりシリコン基板上にカーボン膜を蒸着し、カーボン膜の厚さを正確に確認するため、カーボン膜上にCrをコーティングした。この試料の断面の薄膜を作製するため、イオンスライサ(日本電子(株)商品名、イオンを照射して透過電子顕微鏡観察用の薄膜試料を作製する装置)を用いた。
図2の透過電子顕微鏡写真から、カーボン膜の膜厚は約13nmで、良好なアモルファス構造となっていることが確認できる。
以上述べたように、本発明のカーボン蒸着装置を用いれば、従来の高真空雰囲気で時間をかけて形成されたカーボン膜と同等の極めて良質なカーボン膜を短時間に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明を実施するカーボン蒸着装置の概略構成例を説明するための図。
【図2】本発明のカーボン蒸着装置で作製したカーボン膜の膜質と膜厚を確認するために撮影した透過電子顕微鏡写真。
【符号の説明】
【0031】
S…試料
1…基本体
2…気密容器
2a…試料室
3…カーボン棒
4…試料台
5a、5b…電極
6a、6b…押さえ板
7a、7b…電極棒
8…供給管
8a…流量調整弁
9…排気管
9a…開閉弁
10…ロータリーポンプ(RP)
11…Oリング

【特許請求の範囲】
【請求項1】
気密容器と、該気密容器内に通電加熱可能に配置されるカーボン部材と、該気密容器内に試料表面が該カーボン部材を見通すように試料を保持する試料台と、前記気密容器内に不活性ガスを満たすためのガス供給手段とを備え、前記気密容器内に不活性ガスを満たした状態で前記カーボン部材を通電加熱し、前記試料台に保持された試料の表面にカーボンを蒸着することを特徴とするカーボン蒸着装置。
【請求項2】
前記気密容器内を排気する排気ポンプを更に備え、前記カーボン部材を通電加熱するときの前記気密容器内圧力が0.5Pa〜5Paに設定されることを特徴とする請求項1記載のカーボン蒸着装置。
【請求項3】
前記排気ポンプがロータリーポンプであることを特徴とする請求項2記載のカーボン蒸着装置。
【請求項4】
前記不活性ガスがアルゴンガスであることを特徴とする請求項1記載のカーボン蒸着装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−59525(P2010−59525A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−229173(P2008−229173)
【出願日】平成20年9月8日(2008.9.8)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】