説明

キャリア位相相対測位装置及び方法

【課題】
整数バイアス解の再決定時のみならず、電源投入直後における最初の整数バイアス解の決定時においても、移動体の姿勢情報を用いて整数バイアス候補解の検定を行うことができるキャリア位相相対測位装置及びその方法を提供することを目的とする。
【解決手段】
衛星から送信される測位用信号を受信するために、移動体上に固定された複数のアンテナ1と、加速度及び角速度を計測する慣性センサ3を備えたキャリア位相相対測位装置において、少なくとも最初の整数バイアス解の決定前に、慣性センサ3の観測量を用いて移動体の姿勢情報を算出する基準姿勢演算部6を設け、整数バイアス検定部7により、基準姿勢演算部6で算出した姿勢情報を用いて、整数バイアス推定部4で推定した整数バイアス候補解の検定を行うことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は移動体に固定した複数のGPSアンテナと慣性センサを用いたGPS/INS統合化装置において、姿勢情報を用いて整数バイアス候補解の検定を行う手法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
キャリア位相相対測位装置の一つとして、複数のGPSアンテナと慣性センサを用いて移動体の姿勢を検出する姿勢検出装置がある。この姿勢検出装置は、複数のGPSアンテナや慣性センサユニットが移動体にリジットに固定され、アンテナ対と複数の衛星間で生成されるキャリア位相差の観測量から基準アンテナに対する他のアンテナの位置ベクトル、即ち、基線ベクトルを算出し、これらの基線ベクトルから移動体の姿勢を決定する。
【0003】
このようなキャリア位相差による相対測位においては、基線ベクトルの算出に先立って整数バイアス(Integer Ambiguity)を決定しなければならない。整数バイアスは、高速にかつ正しく決定することが主要な技術課題であり、この整数バイアスの決定手法として、例えば、特許文献1、非特許文献1、及び非特許文献2に記載のものがある。
【0004】
ところで、整数バイアスの決定は整数バイアスの候補解セットの決定と整数バイアス候補解セットの検定の二つに大別できる。整数バイアスの候補解セットの決定とは、整数バイアスのフロート解を算出後、p個の整数バイアスの整数バイアス候補解セット(N、N、・・・、N)pを決定するための処理である。また、整数バイアス候補解セットの検定とはp個の整数バイアスの整数バイアス候補解セット(N、N、・・・、N)pの中から1個の真の整数バイアス解セットに絞り込むための処理である。
【0005】
この整数バイアス候補解セットの検定には、一般に種々の先験情報が用いられ、通常、整数バイアス候補解セットの検定には、特許文献1記載の「キャリア位相相対測位装置」のように、既知情報である基線長や、複数の基線ベクトルで形成される内積、または外積などを含む幾何学的配置(geometry)の先験情報が用いられる。そして、この特許文献1によれば、約90〜95%の整数バイアス正解率が得られると報告されている。
【特許文献1】特開2002−40124号公報
【非特許文献1】R.R. Hatch, "Ambiguity Resolution in the Fast Lane," Proceedings of the Second International Technical Meeting of the Institute of Navigation, Colorado Springs, CO, 1989.
【非特許文献2】P.J.G. Teunissen, "A New Method for carrier Phase Ambiguity Estimation ," proc. IEEE "Position Location and Navigation Symposium PLANS 94", Las Vegas,11-15 April, 1994, pp 562-573.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前述のすべての幾何学的配置の先験情報を用いた整数バイアス候補解セットの検定を行うためには、移動体上に少なくとも3個以上のアンテナをリジットに固定し、複数の基線ベクトルを得ることが必要である。すなわち、2個のアンテナを用いて、1基線で整数バイアス候補解セットの検定を行う場合には、基線長検定以外の前述の幾何学的配置の先験情報が適用できないため、前述の特許文献1では、整数バイアス正解率が低下する。特に、衛星数が少ない場合やマルチパス環境下の場合は実用に耐えられない程度に整数バイアスの正解率が低下するといった問題点があった。
また、特に、装置の小型化を狙ったキャリア位相相対測位装置においては、1基線長を用いて整数バイアス正解率を100%に近づけることが極めて重要であり、このための検定技法の改良が望まれている。
【0007】
また、特許文献1には、整数バイアス候補解の検定に移動体の姿勢情報を用いる旨の記載がなされているが、この姿勢情報を用いた検定技法は、明細書〔0040〕に記載されているように、INSから求めた姿勢情報を使用して整数バイアス候補解の検定を行う処理である。そのため、この技法では、最初に整数バイアス解の決定がなされるまでは、INSから姿勢情報を得ることができず、姿勢情報を整数バイアス候補解の検定に使用することができないという問題点を有していた。
【0008】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、本発明の第1の目的は、整数バイアス解の再決定時のみならず、電源投入直後における最初の整数バイアス解の決定時においても、移動体の姿勢情報を用いて整数バイアス候補解の検定を行うことにある。また本発明の第2の目的は、整数バイアス候補解の検定が困難なケースである1基線でかつ、必要最低限の衛星数であっても高い整数バイアスの正解率を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために、本発明は移動体に定義された移動体座標系の既知の位置に、衛星からの信号を受信する複数のアンテナと、加速度及び角速度を計測する慣性センサとを固定したキャリア位相相対測位装置における発明であり、少なくとも最初の整数バイアス解の決定前に、前記慣性センサの観測量を用いて移動体の姿勢情報を算出するとともに、前記アンテナで受信した測位用信号から整数バイアス候補解を推定し、前記推定した整数バイアス候補解を用いて算出した姿勢情報と、前記慣性センサの観測量を用いて求めた姿勢情報とを比較することにより整数バイアス候補解の妥当性を評価することを特徴とする。この構成により、最初の整数バイアス解の決定のみならず、再決定においても、高い整数バイアス解の正解率を得ることが可能になる。
【0010】
また、本発明は、前記慣性センサの加速度センサの観測量から移動体のロール或いは/及びピッチを算出することを特徴とする。これにより、簡単な演算処理によって移動体のロール及びピッチを算出することができる。
【0011】
また、本発明は、移動体座標系における移動体の進行方向速度を算出或いは外部から取得し、該移動体の進行方向速度と前記慣性センサの観測量とを用いて移動体のロールを算出することを特徴とする。これにより、加速度の観測量のみから算定する技法に比べてより高精度にロールが算定できる。
【0012】
また、本発明は、前記複数のアンテナが形成する基線の1つを移動体の進行方向(例えば船首方向)に形成し、該移動体の進行方向(船首方向)に対する速度のみが移動体座標系における速度成分であるとして、前記アンテナで受信した信号を用いて算出した航法座標系における移動体の速度から、移動体座標系における移動体の進行方向速度を算出することを特徴とする。これにより、移動体の進行方向速度を近似的に求めることが可能になり、前記慣性センサの観測量を用いて姿勢情報を算出する際に、この移動体の速度情報を使用することが可能になる。
【0013】
また、本発明は、前記アンテナで受信した信号を用いて算出した航法座標系における移動体の速度から方位を検出することを特徴とする。これにより、航法座標系における移動体の速度から移動体の方位も算出することができる。そのため、FULL姿勢角(ロール、ピッチ、方位)を用いた整数バイアス候補解の検定を行うことが可能になり、整数バイアス候補解の検定確率を向上させることができる。
【0014】
また、本発明は、一度整数バイアス解を決定した後に、決定した整数バイアス解を用いて慣性センサ誤差を校正するようにしておき、整数バイアス解の検定時に、前記慣性センサ誤差の補正前後で、前記整数バイアス候補解の検定のための閾値を変更することを特徴とする。これにより、算出された移動体の姿勢情報の正確性に応じて、検定のための閾値の変更が可能になり、より正確な整数バイアス候補解の検定を行うことができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、整数バイアス解の再決定時のみならず電源投入直後の最初の整数バイアス解の決定時においても、移動体の姿勢情報を用いて整数バイアス候補解の検定を行うことができる。そのため、装置の立ち上がり時間を短縮できるとともに、整数バイアス候補解の検定手法を従来に比べて増やすことができ、より高い整数バイアス解の正解率を得ることも可能になる。
【0016】
また、本発明を採用することにより、1基線方式であっても正確に整数バイアス候補解の検定を行うことができるため、従来に比べ、装置の小型化、安価化を実現することができるという効果も得られる。
【0017】
(実施の形態1)
以下、本発明の実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置について図面を参照しながら説明する。
【0018】
図1は、本発明で使用する航法座標系と移動体座標系について説明する説明図である。なお、本発明の説明中、右肩添え字nは航法座標系を示し、右肩添え字bは、移動体座標系(Body座標系)を示す。また、ここではGeodetic座標系を航法座標系として定義している。
【0019】
図1(a)は、航法座標系と移動体座標系について示す図である。図1に示すように、基準となる航法座標系は、北、東方向をそれぞれX軸、Y軸とする右手系の直交座標系である。また、移動体座標系は、移動体の進行方向、右手方向をそれぞれ、X軸、Y軸とする右手系の直交座標系であり、移動体が船舶の場合には、船首方向をX軸、右舷方向をY軸として設定する。なお、両座標系の原点は互いの相対関係が既知であれば、必ずしも一致させる必要はないが、ここでは理解を助けるために一致させている。
【0020】
図1(b)は、図1(a)の移動体座標系上にマウントされた慣性センサ及びGPSアンテナ位置を示す図である。図1(b)において、基準アンテナは移動体座標系の原点に設置される。また、スレーブアンテナは基線ベクトルの1つが少なくともX軸上に形成され、且つ他の基線ベクトルが異なった方向となるように設置される。
【0021】
ここで、図1(b)におけるX軸は船や車両などの移動体における進行方向であり、例えば移動体が船舶である場合には、船首方向をX軸として設定し、そのX軸上に少なくとも基準アンテナとスレーブアンテナが設置される。これは、移動体の姿勢情報として、通常移動体の進行方向を基準とした姿勢が検出されるためである。なお、設定した移動体座標系からのズレ量が既知であれば現実的には、どのような位置にアンテナを設置しても良い。また、図1(b)の例では2個のスレーブアンテナの例を示しているが、スレーブアンテナは1個以上であればよい。
【0022】
慣性センサ(以下、IMUと称する。)は、移動体座標系の直交する3軸にそれぞれマウントされた加速度センサと角速度センサから構成され、図1(b)に示すように、3軸の各々の軸に対して、各センサの感度軸(sensitive axis)が一致するように、加速度センサ及び角速度センサがそれぞれ1個づつマウントされている。これにより、移動体の前後方向、左右方向、及び上下方向の加速度及び角速度は、慣性センサから得られる観測量をそのまま使用することができる。もっとも、IMUで定義される直交3軸は移動体座標系からの回転量が既知であれば必ずしも一致させる必要はなく、慣性センサの観測量に対して軸回転のための演算処理を行うことにより、移動体の前後方向、左右方向、及び上下方向の加速度及び角速度を得ることができる。
【0023】
図2は、本発明の実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置の構成の一例を示す図であり、移動体上にリジットに固定された3個のGPSアンテナを用いたMA−GPS/INSシステムの構成例を示している。
【0024】
図2において、本発明の実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置は、GPSアンテナ1と、GPS受信機2と、IMU3と、演算処理部10とからなり、演算処理部10は、整数バイアス推定部4と、GPS姿勢演算部5と、基準姿勢演算部6と、整数バイアス検定部7と、INS航法演算部8と、INS航法誤差推定部9とから構成されている。
【0025】
GPSアンテナ1及びIMU3は、図1で説明したように、移動体上にリジットに固定されたアンテナ及び慣性センサである。なお、移動体上に固定されたアンテナは少なくとも2つ以上であればよい。また、慣性センサについても、測定の対象となる情報或いは要求される精度に応じて必要最小限のセンサが設けられていればよく、必ずしも3軸方向それぞれに加速度センサ及び角速度センサを設ける必要はない。
【0026】
GPS受信機2は、複数の衛星からの信号をアンテナ1経由で受信して位相差観測量を生成し、基準アンテナ位置及び衛星位置の情報(Ephemeris)と共に整数バイアス推定部に出力する。ここで、位相差観測量は1重位相差、または2重位相差でも良い。
【0027】
整数バイアス推定部4は、測位用信号から整数バイアス候補解を推定するものであり、具体的には以下のような処理を行う。
【0028】
整数バイアス推定部4は、先ず、公知の位相差観測方程式に基づいて整数バイアスのフロート解を求める。例えば、1重位相差観測モデル(single difference observation model )における航法座標系におけるキャリア位相差観測量ΔΦijは、次式で表わせる。ここで、右下添え字で示したi、jはそれぞれ、i番目のスレーブアンテナ、j番目の衛星を示す。
【数1】

【0029】
〔数1〕の観測方程式に基づいて、未知数である整数バイアスΔNijと基線ベクトルvを公知の方法で求めることができる。しかし、ここで求まるΔNijはフロート解であるから、整数バイアス推定部4は、例えば、公知のLAMBDA技法等を用いて整数バイアスのフロート解からp個の整数候補解セット(N,N,・・・,Nを求める。
【0030】
GPS姿勢演算部5は、整数バイアス推定部4で得た整数バイアスの候補解セットを既知量として〔数1〕に代入し、再び、最小2乗法またはKalman filter等の公知の技法で基線ベクトルを算定する。以下、この推定された基線ベクトルを被検定基線ベクトルと呼ぶ。このとき、基線ベクトルiに対してp個の候補解セットがあるから基線ベクトルiに対してp個の被検定基線ベクトルが生成されることになる。
【0031】
一旦、被検定基線ベクトルが決まると2基線ベクトルの場合はTRIAD技法で、また、2以上の基線ベクトルの場合はQUEST技法等の公知の技法(M.D. Shuster and S.D. Oh, "Three-axis attitude determination from vector observation," J. Guidance and control, vol. 4, No. 1, 1981, pp 70-77)で姿勢情報を求めることができる。なお、ここで姿勢情報とはロールθ、ピッチθ、方位θのうちの、少なくとも1つ以上の情報をいう。また、1基線ベクトルの場合は、移動体座標系のX軸を移動体の進行方向に設定することにより、ロールθは決定できないけれども、次式でピッチθ、方位θを求めることができる。
【数2】

【0032】
このように、GPS姿勢演算部5で推定された被検定基線ベクトル及び移動体の姿勢情報は整数バイアス検定部7に出力され、整数バイアス候補解セットの検定に用いられる。また、移動体の姿勢情報はINS航法誤差推定部9にも出力される。
【0033】
一方、基準姿勢演算部6は、IMU3からの加速度及び角速度の観測量を受信し、直接或いは此等の観測量に含まれる高周波雑音成分を除去するためのLPF処理を行った後、ロールθ、ピッチθ、及び方位θ(yaw)を算定する。この詳細を以下に説明する。
【0034】
地球に対する航法座標系の回転角速度及び慣性座標系に対する地球の回転角速度に関連する加速度は、重力加速度に比べ小さいため無視すると、移動体座標系における加速度センサ出力(specific force)Aは次式で近似できる。ここで、gは重力加速度であるから既知である。また、移動体座標系における速度成分は、移動体座標系のX軸を移動体の進行方向に設定することにより、v(x,0,0)と設定できる。
【数3】

【0035】
そして、3-2-1軸の回転順序(the3-2-1sequence)で定義された航法座標系から移動体座標系への回転マトリックス(rotation matrix)は次式で表わせる。
【数4】

【0036】
ここで、θ,θ,θはそれぞれ、ロールθ、ピッチθ、yawθ(方位)である。
よって、〔数3〕、〔数4〕から、
【数5】

となる。
【0037】
〔数5〕式右辺の角速度は観測量であるから既知である。また、移動体が急発進や急停止のような高ダイナミックスな運動を行わない場合には運動加速度は無視することができる。
そのため、移動体の運動加速度を無視した場合、最終的に加速度センサの観測量は〔数6〕のように表わすことができる。
【数6】

また、運動加速度が無視できないような場合にも、低周波数帯域で誤差の小さいGPS速度観測量を用いて算出した移動体座標系の移動体速度(例えば、後述する[数7])を微分することによって移動体の運動加速度を求めることが可能である。
【0038】
一方、移動体座標系における移動体の速度成分は移動体速度を計測する外部支援情報を得ない限り未知である。そのため、本発明では基準姿勢演算部6において、移動体座標系における移動体の進行方向速度をGPSから算定された航法座標系におけるGPS速度から〔数6〕を用いて算出している。なお、この〔数7〕は移動体座標系における速度ベクトルがx成分のみであることと、航法座標系と移動体座標系における速度ベクトルの大きさが変化しない事実に基づいて導かれる。
【数7】

【0039】
また、移動体座標系における移動体の進行方向速度は、GPSから算定された航法座標系における速度から算出するほか、例えばドップラソナー等の自船の進行方向速度を計測する他の計測器等から得ることも可能である。
【0040】
以上より、移動体のロールθは、次式〔数8〕を用いてIMU3から得られる観測量と移動体の進行方向に対する速度情報から算出することができる。
【数8】

【0041】
同様に、移動体のピッチθは、次式〔数9〕のように、IMU3から得られる観測量より算出することができる。
【数9】

なお、ピッチθについては、[数9]のように慣性センサの加速度センサ出力のみから求めることができるため、ピッチθのみを求める場合には、慣性センサは加速度センサのみで構成するようにしても良い。
【0042】
また、移動体のロールθ、及びピッチθを求める別の方法として、移動体座標系における移動体の速度及び運動加速度を無視することによって、IMU3の加速度センサの観測量のみを用いて移動体のロールθ或いは/及びピッチθを算出することもできる。この場合、ロールθ或いは/及びピッチθの算出精度が若干劣ったものになることが考えられるが、キャリア位相相対測位装置に要求される精度や、演算処理負荷等の諸条件に応じた設計が可能になるという利点がある。
【0043】
また、方位による判定のための基準となる方位θは、GPS受信機で測位用信号を用いて算出した航法座標系における移動体の速度を用いて次式で求めることができる。
【0044】
なお、この方式では、移動体が完全に停止している場合には、移動体の方位θを算出できないが、測位用信号を用いて算出される速度の精度は通常、数cm/secであるから、移動体が少しでも動いていれば方位θを検出することが可能である。
【数10】

【0045】
整数バイアス検定部7は、前述のように基準姿勢演算部6で算出した姿勢情報を用いて整数バイアス候補解の検定を行う処理部であり、例えば次のような処理を行う。
【0046】
整数バイアス検定部7は、位相差観測量やGPS姿勢演算部5で推定された被検定基線ベクトル等を用いて、公知の基線長検定や統計的検定方法で整数バイアス推定部4で推定された整数バイアス候補解セットの検定を行う。また 、2以上の基線ベクトルが存在する場合は、整数バイアス検定部7は、内積検定、外積検定等の公知の検定も行うことができる。これらの検定に加え、本発明にかかる整数バイアス検定部7ではGPS姿勢演算部5で計算された姿勢と基準姿勢演算部6で計算された姿勢の差を検定することで整数バイアス候補解セットの正誤を判定する。ここで、姿勢による検定のための閾値は、例えば、基準姿勢演算部6で計算された姿勢情報の推定誤差を考慮して、予め予想される姿勢誤差に基づいて設定すればよい。
【0047】
INS航法演算部8は、整数バイアス解の決定後に得られる位置、速度、姿勢情報等を支援情報として用いことにより、公知の方法により位置、速度、Full姿勢情報(ロールθ、ピッチθ、方位θ)を算出し、出力する。
【0048】
INS航法誤差推定部9は、GPS姿勢演算部5から得られた位置、速度、姿勢情報と、INS航法演算部8で得られた位置、速度、姿勢情報の差に基づいて、Kalmanフィルタを用いてIMUセンサ誤差や航法誤差を推定する。そして、推定された此等の誤差は負帰還(negative feedback)によって補正される。
【0049】
従って、一旦、整数バイアス解が決定された後は、慣性センサの誤差が補正されるため、基準姿勢演算部6は、整数バイアス解が決定される前に比べ、より正確な移動体の姿勢情報を得ることが可能になる。そのため、整数バイアス検定部7の整数バイアス候補解の検定時に用いる整数バイアスの検定のための閾値は慣性センサの誤差補正前後で、異なるレベルに設定するようにしてもよい。
【0050】
次に、本発明の実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置の動作の一例について図3のフローチャートを用いて説明する。
【0051】
図3は、本発明の実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置の整数バイアス候補解の検定を行う整数バイアス検定部の処理手順の一例を示すものである。なお、キャリア位相相対測位装置は、少なくとも2個以上のGPSアンテナが移動体上にリジットに固定されているものとし、前述のLAMBDA技法等を用いて求めれた整数候補解セットには真値が含まれているものと仮定する。
【0052】
図3において、ステップS1からS8は、被検定基線ベクトル毎に行う整数バイアス候補解セットの検定処理であり、ステップS9以降の処理ステップは被検定基線ベクトルが複数の場合に適用される処理ステップである。
【0053】
図3に示すように、先ず、ステップS1は整数バイアス推定部4で推定された整数バイアス候補解セットを受け、検定の計画(順序)を決定する処理ステップである。基線が複数ある場合、各々の基線に対して整数バイアス候補解セットが存在する。そのため、ステップS1では、検定すべき基線の整数バイアス候補解セットを選定する。
【0054】
ステップS2はGPS姿勢演算部5で算定された被検定基線ベクトルを整数バイアス検定部7が受け、被検定基線ベクトルの基線長または、統計的検定に基づいて整数バイアス候補解の妥当性を検定し、判定する処理ステップである。もちろん、このステップS2の処理をスキップして次のステップS3を行うようにしてもよい。
【0055】
ステップS3はGPS姿勢演算部5で整数バイアス候補解セットから推定した基線ベクトルより算定した姿勢情報と、基準姿勢演算部6で求めた姿勢情報とを比較し、整数バイアス候補解の妥当性を評価する処理である。詳細は図4を用いて後述する。
【0056】
前記ステップS3において、GPS姿勢演算部5で求めた姿勢情報と基準姿勢演算部6で求めた姿勢情報との差が予め定めた閾値の範囲内である場合にはその整数バイアス候補解セットを正しいものとして検定を通過させ、ステップS5に行く。拒絶された場合は整数バイアス候補解セットを放棄する(ステップS4)。
【0057】
以上のステップS1〜ステップS4までの処理は全ての被検定基線ベクトルに対する全ての整数バイアス候補解セットについて繰り返し行われる。繰り返しの判定はステップS5で行われる。
【0058】
ステップS6は検定されるべき被検定ベクトルの数を判定し、以降の検定処理を決めるための処理である。単一の被検定ベクトルの場合はステップS7に移るが、複数の被検定基線ベクトルの場合は2通りの実施例が考えられる。一つは、各々の被検定基線ベクトルに対して生き残った整数バイアス候補解セットが1個(0個を含む)のみの場合にステップS7に移り、生き残った整数バイアス候補解セットが複数の場合のみステップS9以降の検定を行う方法である。また、第2の実施例は、例えば、生き残った整数バイアス候補解セットがたとえ1個(但し、0個の場合は含まない)であっても、全てステップS9以降の処理を行う方法である。当然、後者の方がより正確な検定を行うことが期待できる。
【0059】
ステップS7では各々の被検定基線ベクトルに対する整数バイアス候補解セットの残留した数が判定される。すなわち、残留の整数バイアス候補解セットが1個の場合には、これを正しい整数バイアスとみなして検定を完了し、それ以外の場合は、ステップS2、S3の検定で用いた判定のための閾値レベルを適切な値に再調整して(ステップS8)、再度、ステップS2以降の処理を行う。なお、この閾値レベルは残留の整数バイアス候補解セットの数が0個の場合には閾値を緩めに設定し、複数の場合には閾値を厳しめ設定すれば良い。
【0060】
ステップS9では、m個(m≧2)の基線ベクトルから2個の基線ベクトルを用いて検定するための基線ベクトル対セットを決定し、最初に検定すべき基線ベクトル対を選定する。また、ステップS9において、検定される基線ベクトル対の各々の基線ベクトルが複数の整数バイアス候補解を持つ場合は、各々の整数バイアス候補解に対する被検定基線ベクトルが存在するから、1個の基線ベクトル対に対して、最初に検定すべき被検定基線ベクトル対を選定する。
【0061】
ステップS10において、ステップS9で決められた被検定基線ベクトル対に基づいて、従来技法の内積検定、外積検定、或いはその両方の検定が行われる。もちろん、このステップS10の処理をスキップして次のステップS11を行うようにしてもよい。
【0062】
ステップS11は、本発明に係わるところのGPS姿勢演算部5によって対の被検定基線ベクトルから算定した姿勢情報と、基準姿勢演算部6で求めた姿勢情報とを比較し、整数バイアス候補解の妥当性を評価する処理である。詳細は図5を用いて後述する。
【0063】
ステップS11において、GPS姿勢演算部5で求めた姿勢情報と基準姿勢演算部6で求めた姿勢情報との差が予め定めた閾値の範囲内である場合には、その整数バイアス候補解セットを正しいものとして検定を通過させ、ステップS11に行く。拒絶された場合は整数バイアス候補解セットを放棄しステップS12に行く。
【0064】
以上のステップS9〜ステップS12までの処理はある基線ベクトル対に属する全ての被検定基線ベクトル対に対して繰り返し行い、完了すると次に検定すべき基線ベクトル対に対して同様の処理が繰り返し行われる。繰り返しの判定はステップS13で行われる。
【0065】
ステップS14の判定処理は、ステップS7の判定処理と同様に、残留の整数バイアス候補解セットが1個の場合には、これを正しい整数バイアスとみなして検定を完了する。基線ベクトルに対する残留の整数バイアス候補解セットの数が0個、または複数の場合はステップS10、S11の検定で用いた判定のための閾値レベルを適切な値に再調整して(ステップS15)、再度、ステップS10以降の処理を行う。なお、この閾値レベルは残留の整数バイアス候補解セットの数が0個の場合には閾値を緩めに設定し、複数の場合には閾値を厳しめ設定すれば良い。
【0066】
次に、図3で示したステップS3の処理について詳細に説明する。
図4は、図3のステップS3で説明した姿勢角検定の詳細を説明するためのフローチャートである。
【0067】
ステップS21は整数バイアス推定部4で推定された整数バイアス候補解に基づいてGPS姿勢演算部5で被検定基線ベクトルを算定し、この被検定基線ベクトルから姿勢(ピッチ、方位)を算定する処理ステップである。
【0068】
ステップS22は、基準姿勢演算部6が〔数9〕を用いて検定するための基準となるピッチθを算定する処理である。ステップS23において、ステップS22で算定された検定するための基準であるピッチθと、基準姿勢演算部6で被検定基線ベクトルから算定されたピッチθとを比較することにより整数バイアス候補解の妥当性が判定される。具体的には被検定基線ベクトルに基づいて〔数2〕で計算されたピッチθと慣性センサの観測量に基づいて〔数9〕で計算されたピッチθとの差が判定の閾値の範囲内であるか否かにより、整数バイアス候補解の検定が行われる。ここで、判定の結果が否定された場合は前述の図3のステップS4に行く。
【0069】
次に、ステップS24の判定処理は、GPS速度から正しい方位θを得ることができるか否かを判定するための処理ステップである。この判定はGPSから得られた航法座標系における速度が予め決定された閾値より大きいか否かの判断を行うことにより行われる。この時、下記の〔数11〕の関係を満たす場合には、ステップS25で〔数10〕に基づいて、検定のための基準となる方位θを計算し、そうでない場合は、前述の図3のステップS5に行く。なお、予め決定された閾値の値はGPS速度誤差を考慮して移動体が動いていると見なせる速度値に設定すればよい。また、比較の前にGPSの速度は雑音を除去するための信号処理を行った後に閾値と比較するようにしても良い。また、移動体が動いているか否かの判定は、GPS速度x成分や、GPS速度のy成分を用いて判定するようにしても良い。
【数11】

【0070】
ステップS25で検定のための基準となる方位θが得られた場合、ステップS26で方位による検定が行われる。この方位検定は、前述のピッチθを用いた検定と同様に、被検定基線ベクトルを用いて〔数2〕で計算された方位θと前述のステップS25で得た基準方位θとの差が判定の閾値の範囲内であるか否かにより、検定通過の可否を判断する。判定の結果、合格の場合は前述の図3のステップ3を完了し、否の場合は前述の図3のステップ4に行く。
【0071】
次に、図3で示したステップS11の処理について詳細に説明する。
【0072】
図5は、図3のステップS11で説明した姿勢角検定の詳細を説明するためのフローチャートである。
【0073】
ステップS31は前記図3のステップS9で選定した検定すべき被検定基線ベクトル対を用いて公知の方法によりFull姿勢(ロールθ、ピッチθ、方位θ)を算定する処理ステップである。
【0074】
ステップS32、ステップS33は、それぞれ、前述の図4のステップS22、ステップS23と同じである。ステップS34は、基準姿勢演算部6において〔数8〕を用いて検定の基準となるロールθを算定する処理ステップである。
【0075】
ステップS35は、ステップS34で求めたロールθとGPS演算処理部6で推定されたロールθを比較し、その差が閾値の範囲内であるか否かにより、検定通過の可否を判断する。
【0076】
ステップS36、ステップS37、ステップS38の処理は、それぞれ、図4を用いて説明したステップS24、ステップS25、ステップS26の処理と同じである。
【0077】
以上のように、本発明の実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置によれば、慣性センサから求めた姿勢により整数バイアス候補解の検定を行うために、特許文献1の例と異なり、整数バイアス解の再決定時のみならず、電源投入直後における最初の整数バイアス解の決定時においても姿勢情報を用いた整数バイアス候補解の検定を行うことができる。従って、整数バイアス候補解の基線長や統計的検定、ベクトル対の外積や内積などの従来の検定手法に加えて、常時、姿勢角による検定が行えることにより高い整数バイアス解の正解率を得ることが可能になる。また、本発明によれば、1基線方式であっても正確、且つ、高速に整数バイアス候補解の検定を行うことができ、装置の立ち上がり時間の短縮、装置の小型化、安価化を実現することができる。
【0078】
なお、本発明の実施形態では、GPSアンテナを例に挙げて説明したが、アンテナが受信する電波はGPS衛星から送信される測位用信号に限らず、GLONASS衛星、GALILEO衛星、或いは、準天頂衛星等の測位用衛星から送信される測位用信号すべて、或いはその何れかを受信できるものであればよい。
【図面の簡単な説明】
【0079】
【図1】本発明で使用する航法座標系と移動体座標系について説明するための説明図
【図2】本発明の実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置の構成の一例を示す
【図3】本発明の実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置の動作を説明するためのフローチャート
【図4】1基線方式による姿勢角検定処理を説明するためのフローチャート
【図5】2基線方式による姿勢角検定処理を説明するためのフローチャート
【符号の説明】
【0080】
1 GPSアンテナ
2 GPS受信機
3 IMU
4 整数バイアス推定部
5 GPS姿勢演算部
6 基準姿勢演算部
7 整数バイアス検定部
8 INS航法演算部
9 INS航法誤差推定部
10 演算処理部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
移動体の既知の位置に固定され、衛星からの信号を受信する複数のアンテナと、
移動体の既知の位置に固定され、少なくとも移動体の加速度を計測する慣性センサと、
少なくとも最初の整数バイアス解の決定前に、前記慣性センサの観測量を用いて移動体の姿勢情報を算出する基準姿勢演算部と、
前記アンテナで受信した測位用信号から整数バイアス候補解を推定する整数バイアス推定部と、
前記推定した整数バイアス候補解を用いて算出した姿勢情報と、前記基準姿勢演算部で求めた姿勢情報とを比較することにより整数バイアス候補解の妥当性を評価し、整数バイアス解を決定する整数バイアス検定部とを備えることを特徴とするキャリア位相相対測位装置。
【請求項2】
請求項1に記載のキャリア位相相対測位装置において、
前記基準姿勢演算部は、前記慣性センサの加速度センサの観測量から移動体のロール或いは/及びピッチを算出することを特徴とするキャリア位相相対測位装置。
【請求項3】
請求項1に記載のキャリア位相相対測位装置において、
前記基準姿勢演算部は、移動体座標系における移動体の進行方向速度を算出或いは外部から取得し、該移動体の進行方向速度と前記慣性センサの観測量とを用いて移動体のロールを算出することを特徴とするキャリア位相相対測位装置。
【請求項4】
請求項3に記載のキャリア位相相対測位装置において、
前記複数のアンテナが形成する基線の1つが移動体の進行方向に形成され、
前記基準姿勢演算部は、移動体の進行方向に対する速度のみが移動体座標系における速度成分であるとして、前記アンテナで受信した信号を用いて算出した航法座標系における移動体の速度から、移動体座標系における移動体の進行方向速度を算出することを特徴とするキャリア位相相対測位装置。
【請求項5】
請求項1から4の何れかに記載のキャリア位相相対測位装置において、
前記基準姿勢演算部は、前記アンテナで受信した信号を用いて算出した航法座標系における移動体の速度から方位を検出する方位検出部をさらに備えることを特徴とするキャリア位相相対測位装置。
【請求項6】
請求項1から5の何れかに記載のキャリア位相相対測位装置において、
前記整数バイアス解の決定後、前記慣性センサ誤差を推定する慣性センサ誤差推定部をさらに備え、
前記整数バイアス検定部は、前記慣性センサ誤差の補正前後で、前記整数バイアス候補解の検定のための閾値を変更することを特徴とするキャリア位相相対測位装置。
【請求項7】
移動体の既知の位置に固定され、衛星からの信号を受信する複数のアンテナと、移動体の既知の位置に固定され、少なくとも移動体の加速度を計測する慣性センサとから得られる情報に基づいてキャリア位相を用いた測位を行う測位方法において、
少なくとも最初の整数バイアス解の決定前に、前記慣性センサの観測量を用いて移動体の姿勢情報を算出する基準姿勢演算工程と、
前記アンテナで受信した測位用信号から整数バイアス候補解を推定する整数バイアス推定工程と、
前記推定した整数バイアス候補解を用いて算出した姿勢情報と、前記基準姿勢演算工程で求めた姿勢情報とを比較することにより整数バイアス候補解の妥当性を評価し、整数バイアス解を決定する整数バイアス検定工程とを含むことを特徴とする測位方法。
【請求項8】
請求項7に記載の測位方法において、
前記基準姿勢演算工程は、前記慣性センサの加速度センサの観測量から移動体のロール或いは/及びピッチを算出することを特徴とする測位方法。
【請求項9】
請求項7に記載の測位方法において、
前記基準姿勢演算工程は、移動体座標系における移動体の進行方向速度を算出或いは外部から取得し、該移動体の進行方向速度と前記慣性センサの観測量とを用いて移動体のロールを算出することを特徴とする測位方法。
【請求項10】
請求項9に記載の測位方法において、
前記複数のアンテナが形成する基線の1つを予め移動体の進行方向に形成しておき、
前記基準姿勢演算工程が、移動体の進行方向に対する速度のみが移動体座標系における速度成分であるとして、前記アンテナで受信した信号を用いて算出した航法座標系における移動体の速度から、移動体座標系における移動体の進行方向速度を算出することを特徴とする測位方法。
【請求項11】
請求項7から10の何れかに記載の測位方法において、
前記基準姿勢演算工程は、さらに、前記アンテナで受信した信号を用いて算出した航法座標系における移動体の速度から方位を検出することを特徴とする測位方法。
【請求項12】
請求項7から11の何れかに記載の測位方法において、
前記整数バイアス解の決定後、前記慣性センサ誤差を推定する慣性センサ誤差推定工程をさらに含み、
前記整数バイアス検定工程は、前記慣性センサ誤差の補正前後で、前記整数バイアス候補解の検定のための閾値を変更することを特徴とする測位方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−71868(P2007−71868A)
【公開日】平成19年3月22日(2007.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−214207(P2006−214207)
【出願日】平成18年8月7日(2006.8.7)
【出願人】(000166247)古野電気株式会社 (441)
【Fターム(参考)】