説明

シリンダボア壁の過冷却防止部材及び内燃機関

【解決課題】シリンダボア壁の壁温の均一性を高くすると共に、シリンダボア壁周りの溝状冷却水流路内に容易に挿入できるシリンダボア壁の過冷却防止部材及び内燃機関を提供すること。
【解決手段】内燃機関のシリンダブロックのシリンダボア壁周りに形成される溝状冷却水流路内に設置されるものであって、70℃以上の冷却水と接触することで膨潤して、該シリンダボア壁の溝状冷却水流路側の壁面に接する接触面を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関のシリンダブロックのシリンダボア壁周りに形成される溝状冷却水流路内に容易に設置できる過冷却防止部材及びそれを備える内燃機関に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関では、ボア内のピストンの上死点で燃料の爆発が起こり、その爆発によりピストンが押し下げられるという構造上、シリンダボア壁の上側は温度が高くなり、下側は温度が低くなる。そのため、シリンダボア壁の上側と下側では、熱変形量に違いが生じ、上側は大きく膨張し、一方、下側の膨張が小さくなる。
【0003】
その結果、ピストンのシリンダボア壁との摩擦抵抗が大きくなり、これが、燃費を下げる要因となっているので、シリンダボア壁の上側と下側とで熱変形量の違いを少なくすることが求められている。
【0004】
そこで、従来より、シリンダボア壁の壁温を均一にするために、溝状冷却水流路内にスペーサーを設置し、溝状冷却水流路内の冷却水の水流を調節して、冷却水によるシリンダボア壁の上側の冷却効率と及び下側の冷却効率を制御することが試みられてきた。例えば、特許文献1には、内燃機関のシリンダブロックに形成された溝状冷却用熱媒体流路内に配置されることで該溝状冷却用熱媒体流路内を複数の流路に区画する流路区画部材であって、前記溝状冷却用熱媒体流路の深さに満たない高さに形成され、前記溝状冷却用熱媒体流路内をボア側流路と反ボア側流路とに分割する壁部となる流路分割部材と、前記流路分割部材から前記溝状冷却用熱媒体流路の開口部方向に向けて形成され、かつ先端縁部が前記溝状冷却用熱媒体流路の一方の内面を越えた形に可撓性材料で形成されていることにより、前記溝状冷却用熱媒体流路内への挿入完了後は自身の撓み復元力により前記先端縁部が前記内面に対して前記溝状冷却用熱媒体流路の深さ方向の中間位置にて接触することで前記ボア側流路と前記反ボア側流路とを分離する可撓性リップ部材と、を備えたことを特徴とする内燃機関冷却用熱媒体流路区画部材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−31939号公報(特許請求の範囲)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところが、引用文献1の内燃機関冷却用熱媒体流路区画部材によれば、ある程度のシリンダボア壁の壁温の均一化が図れるので、シリンダボア壁の上側と下側との熱変形量の違いを少なくすることができるものの、近年、更に、シリンダボア壁の上側と下側とで熱変形量の違いを少なくすることが求められている。また、シリンダボア壁周りに形成される溝状冷却水流路は、流路幅が狭いため、流路内への装着に不都合をきたすことがある。
【0007】
従って、本発明の課題は、シリンダボア壁の壁温の均一性を高くすると共に、シリンダボア壁周りの溝状冷却水流路内に容易に挿入できるシリンダボア壁の過冷却防止部材及び内燃機関を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記従来技術における課題を解決すべく、鋭意研究を重ねた結果、70℃以上の水と接触することで膨潤するシリンダボア壁の過冷却防止部材を、溝状冷却水流路内に設置し、冷却水が通水されることで、過冷却防止部材が熱膨潤してシリンダボア壁に接触するため、冷却水がシリンダボア壁に直接接触するのを防止して、シリンダボア壁の壁温の均一化が図れること、過冷却防止部材を溝状冷却水流路幅(挿入口の幅)より小の厚みとすることができ、溝状冷却水流路内に装着し易くなることなどを見出し、本発明を完成させた。
【0009】
すなわち、本発明は、内燃機関のシリンダブロックのシリンダボア壁周りに形成される溝状冷却水流路内に設置されるものであって、70℃以上の冷却水と接触することで膨潤して、該シリンダボア壁の溝状冷却水流路側の壁面に接する接触面を有することを特徴とするシリンダボア壁の過冷却防止部材を提供するものである。
【0010】
また、本発明は、前記シリンダボア壁の過冷却防止部材を備えることを特徴とする内燃機関を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、内燃機関のシリンダボア壁の壁温の均一性を高くすることができる。そのため、シリンダボア壁の上側と下側とで熱変形量の違いを少なくすることができる。また、本発明によれば、過冷却防止部材を溝状冷却水流路幅より小の厚みとすることができ、溝状冷却水流路内に装着し易くなる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】第1の実施の形態例の過冷却防止部材の斜視図。
【図2】過冷却防止部材を溝状冷却水流路内に装着した際(膨潤前)の簡略平面図。
【図3】図2において過冷却防止部材が冷却水と接触することにより膨張した際の簡略平面図。
【図4】図2の符号Yで示された二点鎖線部分の拡大断面図。
【図5】図1の中で示すシリンダブロックの簡略斜視図。
【図6】(A)が図2のX-X線で切断した過冷却防止部材の断面図、(B)が図3のX-X線で切断した過冷却防止部材の断面図。
【図7】第2の実施の形態例の過冷却防止部材の正面図。
【図8】図7の過冷却防止部材の背面図。
【図9】過冷却防止部材の設置位置を示す図である。
【図10】シリンダボア壁の周方向を示す図である。
【図11】実施例及び比較例におけるシリンダボア壁の溝状冷却水流路側の壁面の温度分布を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
次に、本発明の第1の実施の形態におけるシリンダボア壁の過冷却防止部材(以下、単に、「過冷却防止部材」とも言う。)を備える構造体及びこれを備えた内燃機関を図1〜図6を参照して説明する。図2及び図3に示すように、過冷却防止部材10が設置される車両搭載用内燃機関のオープンデッキ型のシリンダブロック11には、ピストンが上下するためのボア12、及び冷却水を流すための溝状冷却水流路14が形成されている。そして、該ボア12と該溝状冷却水流路14とを区切る壁が、シリンダボア壁13である。また、該シリンダブロック11には、該溝状冷却水流路11へ冷却水を供給するための冷却水供給口15及び冷却水を該溝状冷却水流路11から排出するための冷却水排出口16が形成されている。
【0014】
過冷却防止部材10は、溝状冷却水流路14内に設置されるものであって、70℃以上の冷却水と接触することで膨潤して、シリンダボア壁13の溝状冷却水流路側の壁面17に接する接触面1a〜1cを有する。すなわち、過冷却防止部材10は、溝状冷却水流路14内に設置されても、冷却水が通水されていない状態において、接触面1a〜1cは、シリンダボア壁13の溝状冷却水流路側の壁面17に接していなくてもよく、加熱された冷却水と接触することで膨潤し、接触面1a〜1cが、シリンダボア壁13の溝状冷却水流路側の壁面17に接することになる。これにより、過冷却防止部材を溝状冷却水流路幅より小の厚みとすることができ、溝状冷却水流路内に装着し易くなる。また、加熱膨張後の過冷却防止部材10は、冷却水が該溝状冷却水流路14側のシリンダボア壁13の壁面に直接接触することを防ぐことができる。
【0015】
過冷却防止部材10は、本例では3つのパーツ11a〜11cに分かれており、これが樹脂成形支持体2により固定(支持)されている。過冷却防止部材10のそれぞれのパーツは、いずれもシリンダボア壁13の溝状冷却水流路14側の壁面形状に沿った凹状の板状体である。
【0016】
過冷却防止部材10は、例えば特開2004−143262号公報に記載の感熱膨張材が使用できる。感熱膨張材としては、ベースフォーム材にベースフォーム材より融点が低い熱可塑性物質を含浸させ圧縮した複合体であって、常温では少なくともその表層部に存在する熱可塑性物質の硬化物により圧縮状態が保持され、かつ加熱により熱可塑性物質の硬化物が軟化して圧縮状態が開放されるものが挙げられる。
【0017】
ベースフォーム材としては、ゴム、エラストマー、熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂など各種高分子材料が挙げられる。これら高分子材料としては、例えば天然ゴム、CR(クロロプレンゴム)、SBR(スチレンブタジエンゴム)、NBR(ニトリル・ブタジエンゴム)、EPDM(エチレン・プロピレン・ジエン三元共重合体)、シリコーンゴム、フッ素ゴム、アクリルゴムなどの各種合成ゴム、軟質ウレタン等の各種エラストマー、硬質ウレタン、フェノール樹脂、メラミン樹脂などの各種熱硬化性樹脂が挙げられる。合成ゴムを用いる場合は、架橋してベースフォーム材とする。特に、熱硬化性樹脂や架橋ゴムからなるベースフォーム材は、常温と加熱時との剛性の変化が少ないため好ましい。また、軟質ウレタンを主成分とするベースフォーム材は安価であり、クッション材として広く使用されており容易に入手できることから特に好ましい。また、熱可塑性樹脂からなるベースフォーム材であっても、その軟化温度が内部に含浸させる熱可塑性物質の軟化温度よりも高ければ、ベースフォーム材として使用できる。
【0018】
熱可塑性物質は、ガラス転移点または融点または軟化温度の何れが120℃未満であるものを使用することが好ましい。上記に挙げたベースフォーム材の中には、形状回復のために120℃以上に加熱した場合に劣化して弾性復元力が失われ、形状復元性が発現しないものもある。また、形状回復のために形状記憶性フォーム材を全体にわたり120℃以上に加熱するにはかなりの時間を要するため、加熱能力の高い加熱装置を用いる必要が出てくる。なお、融点およびガラス転位点は、示差走査熱量分析(DSC)によって測定すること可能である。また、軟化温度はJIS K 7120に規定されている空気加熱法によって測定が可能である。
【0019】
熱可塑性物質としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリ酢酸ビニル、ポリアクリル酸エステル、スチレン-ブタジエン共重合体、塩素化ポリエチレン、ポリフッ化ビニリデン、エチレン-酢酸ビニル共重合体、エチレン-酢酸ビニル-塩化ビニル-アクリル酸エステル共重合体、エチレン-酢酸ビニル-アクリル酸エステル共重合体、エチレン-酢酸ビニル-塩化ビニル共重合体、ナイロン、アクリロニトリル-ブタジエン共重合体、ポリアクリロニトリル、ポリ塩化ビニル、ポリクロロプレン、ポリブタジエン、熱可塑性ポリイミド、ポリアセタール、ポリフェニレンサルファイド、ポリカーボネート、熱可塑性ポリウレタンなどの熱可塑性樹脂、低融点ガラスフリット、でんぷん、はんだ、ワックスなどの各種熱可塑性化合物が挙げられる。
【0020】
熱可塑性物質をベースフォーム材に含浸させるには、あらゆる手法を用いることが可能であり、いずれの手法を用いても形状記憶性の感熱膨張材が得られる。しかしながら、溶媒中に溶解あるいは分散した熱可塑性物質をベースフォーム材に浸して、溶媒を乾燥させる方法が最も容易に実施することが可能であり、ベースフォーム材の熱劣化が起こりにくいため好ましい。その場合、例えば、溶媒中に熱可塑性物質が分散あるいは溶解しているエマルジョン中にベースフォーム材を浸し、溶媒を乾燥させることによってベースフォーム材に熱可塑性物質を含浸させることができる。溶媒としては、水、有機溶剤などあらゆる溶媒を使用することができるが、乾燥時の毒性が低いことから、溶媒としては水を使用することが好ましい。また、水に熱可塑性樹脂が分散しているエマルジョンは、市販され、比較的入手が容易であることから、本発明による感熱膨張材の熱可塑性物質の原料としては好ましい。更に、エマルジョンの熱可塑性物質の濃度を適宜変更することにより、ベースフォーム材への熱可塑性物質の含浸量をコントロールすることができる。
【0021】
感熱膨張材としては、特に、熱可塑性物質含有のEPDMゴムが好ましい。ベースフォーム材としてのEPDMゴムは、架橋が容易であり、かつ価格と耐熱性のバランスが良好である点で好ましい。熱可塑性物質含有EPDMゴムは、概ね70℃以上で膨張し、その膨張率は、3〜5倍である。
【0022】
過冷却防止部材10の厚みは、過冷却防止部材の材質、溝状冷却水流路の幅や大きさ、冷却水の温度や流量等により適宜選択されるが、水による熱膨張前で、好ましくは1〜6mm、特に好ましくは2〜4mmである。なお、膨張後は、シリンダボア壁面との隙間が埋まるように、過冷却防止部材10の厚みと溝状冷却水流路の幅が決定される。
【0023】
過冷却防止部材構造体は、過冷却防止部材10と過冷却防止部材10を固定する樹脂成形支持体2よりなる。樹脂成形支持体2は、図1に示すように、ひとつの大きな凹状の板状部材21aと、板状部材21aより小さなふたつの凹状の板状部材21b、21cが連結された平面視が波状の本体部2であって、溝状冷却水流路14の流路高さより小の高さのものである。凹状の板状部材21aには、大きな過冷却防止部材10aが固定され、凹状の板状部材21b、21cには、過冷却防止部材10aより小さな過冷却防止部材10b、10cが取り付けられている。すなわち、本例の過冷却防止部材10は、真ん中のシリンダボア壁13の周方向の大部分に熱膨潤後、当接し、両側のシリンダボア壁13の周方向の約半分に熱膨潤後、当接するものである。
【0024】
樹脂成形支持体2の本体部21に、過冷却防止部材10を固定する方法としては、特に制限されないが、接着剤を用いる方法が例示される。
【0025】
凹状の板状部材である過冷却防止部材10a〜10cの厚さは、樹脂成形支持体2に取り付け後、樹脂成形支持体2を含めた全体厚さが、溝状冷却水流路14の流路幅より僅かに小さくすることが、溝状冷却水流路14への装着が容易になるとともに、70℃以上の温度になった冷却水と接触した後、膨張してシリンダボア壁13の溝状冷却水流路側の壁面に確実に接触することになる点で好ましい。
【0026】
樹脂成形支持体2の本体部21は、図1の左右方向の両端において、高さ方向に延びる本体部21の厚さより大の厚みの縦リブ22を有し、図1の左右方向の中央において、高さ方向であって、且つ過冷却防止部材10を回避して延びる本体部21の厚さより大の厚みの縦リブ24を有する。すなわち、左右方向の真ん中の縦リブ24は上下方向に連続しておらず、上方部と下方部にそれぞれ分離して配置されている。縦リブ22、24はボアの周方向の中心に位置するもので、溝状冷却水流路14内に装着後、シリンダボア径方向の動きを規制することができる。また、縦リブ22、24におけるシリンダボア壁側の突出部は、シリンダボア壁13側の流路幅を狭めて、ゴム材である過冷却防止部材10の水の流れによる変形を防止することができる。
【0027】
樹脂成形支持体2は、本体部21のシリンダボア間において上部に延びる突出部3を更に有する。突出部3は、樹脂成形支持体2を装着及び脱着する際の摘み部として機能するとともに、2つのシリンダボア壁間(くびれ部)の冷却を促進する機能を奏する。突出部3を含めた樹脂成形支持体2は、全体が溝状冷却水流路14内に入り込む。また、突出部3の厚みは、本体部21の厚みより小であれば、形状などは特に制限されないが、図1及び図4に示すように、略V字断面形状であるものが、ラジオペンチ等でつまみ易くなる。また、突出部3は、略V字断面形状とすることで、シリンダボア間の略V字形状の隙間に入り込むことができ、冷却水の流れに抵抗でき、設置安定性が高まる(図4参照)。
【0028】
また、突出部3は、図4に示すように、右翼部31と左翼部32を有する略V字断面形状であるため、突出部3のシリンダボア壁側の冷却水流れを速めることができる。すなわち、冷却水(図中、矢印方向)は、右翼部31の先端で、右翼部31を境としてシリンダボア壁側の流れaとシリンダボア壁とは反対側の流れbに分かれる。右翼部31のシリンダボア側を流れる冷却水aは、右翼部31とシリンダボア壁13間の隙間が狭いため、流速が大となり、シリンダボア壁13の冷却を促進する。そして、シリンダボア間を超えた水の流れは、そのままシリンダボア壁13に沿って流れる(符号a)。これにより、左翼部32側のシリンダボア壁13の冷却効果を低下させることがない。本例の樹脂成形支持体2は、本体部21の過冷却防止部材10a〜10cを過冷却防止領域に配置し、突起部3を冷却促進領域に配置する。樹脂成形支持体2において、過冷却防止部材10a〜10cの配置位置や突起部3の配置位置は、本体部21の高さや過冷却防止部材10a〜10cの取り付け高さを適宜設定することで行う。
【0029】
本例の内燃機関は、過冷却防止部材10を備える。すなわち、本例の内燃機関は、過冷却防止部材10a〜10cを固定した樹脂成形支持体2を、内燃機関のシリンダブロック11のシリンダボア壁13周りに形成される溝状冷却水流路14内に設置したものである。そして、冷却水が通水されていない状態では、過冷却防止部材10a〜10cは、シリンダボア壁面17に接触しておらず(図6(A))、冷却水が通水された後、冷却水温度が上昇した状態において、熱膨張して、シリンダボア壁面17に接触する(図6(B))。なお、冷却水が通水されていない状態において、過冷却防止部材10a〜10cの一部はシリンダボア壁面17に接触していてもよい。溝状冷却水流路14の溝幅は狭いものであるため、過冷却防止部材10a〜10cを装着した後、加温された冷却水と接触する前(膨張前)であっても不可避的に過冷却防止部材10a〜10cの接触面1a〜1cとシリンダボア壁面17とが接触することがあるからである。
【0030】
本例の内燃機関は、該シリンダブロック、該過冷却防止部材及び該固定部材の他に、ピストン、シリンダヘッド、ヘッドガスケット等を有する。
【0031】
本例の内燃機関では、本発明の過冷却防止部材により、該シリンダボア壁の周方向の全部に配置されていてもよいが、本発明の過冷却防止部材を設置するときの作業性、熱膨張率による変形、設置部の冷却水流の下流側における水の淀みによる保温効果等を考慮して、図9に例示するように、該シリンダボア壁の周方向の一部に、本発明の過冷却防止部材に覆われていない部分があってもよい。なお、図9では、黒く塗りつぶした部分が、過冷却防止部材10の設置位置(膨張後)を示す。また、該シリンダボア壁の周方向23とは、図10に示すように、該シリンダボア壁13の外周を囲む方向であり、該シリンダボア壁13を横から見たときの該シリンダボア壁13の左右方向である。なお、図9中、左端の過冷却防止部材10のように、ひとつのボア壁17の周方向の一部に配置するような場合、図1の示すような突起部3の設置を省略することができる。図10中、(A)は該シリンダボア壁13のみを示す平面図であり、(B)は該シリンダボア壁13のみを示す正面図である。
【0032】
本例の内燃機関において、該シリンダボア壁の上下方向において、本発明の過冷却防止部材の接触面の設置位置は、溝状冷却水流路14の下方2/3に相当する領域である。シリンダボア壁においては、上死点では温度が高く、下死点では温度が低いため、温度の低い溝状冷却水流路14の下方2/3に相当する領域を保温すれば、シリンダボア壁の壁温を概ね均一にできる。
【0033】
従来の内燃機関では、該シリンダボア壁の下側部分は、燃料が爆発する上側部分に比べ、温度が低いため、冷却水により冷却され易い。そのため、該シリンダボア壁の上側部分と下側部分とでは、温度差が大きくなっていた。
【0034】
それに対して、過冷却防止部材10が設置されている内燃機関では、過冷却防止部材10が冷却水と接触して熱膨張し、シリンダボア壁に当接するため、冷却水がシリンダボア壁13に直接接触することが防がれるので、シリンダボア壁13の下側部分の温度が、上側部分に比べ、低くなり過ぎるのを防ぐことができる。更に、過冷却防止部材10を取り付けた樹脂成形支持体2が設置されている内燃機関では、シリンダボア壁13の上側部分(冷却領域)に突起部3が位置するように、下側部分(過冷却防止領域)に過冷却防止部材10が位置するように設置すれば、冷却領域を好適に冷却し、過冷却防止領域を好適に過冷却を防止できる。そのため、シリンダボア壁13の上側部分と下側部分との温度差を少なくすることができる。これらのことにより、本発明のシリンダボア壁の過冷却防止部材は、シリンダボア壁の壁温を均一にしてボアの熱変形による歪みを少なくすることができる。
【0035】
次に、第2の実施の形態例の過冷却防止部材1dを備える過冷却防止部材構造体を図7及び図8を参照して説明する。図7及び図8において、図1〜図6と同一構成要素には同一符号を付して、その説明を省略し、異なる点について主に説明する。すなわち、過冷却防止部材10dを備える構造体において、過冷却防止部材10を備える構造体と異なる点は、過冷却防止部材のパーツの数と、樹脂成形支持体の形状と、樹脂成形支持体と過冷却防止部材の固定方法である。すなわち、過冷却防止部材10dを備える構造体は、1パーツの過冷却防止部材10dと、窓枠状の樹脂成形支持体2bと、金属製の枠体40と、3つの帯状の留め金31a、31b、32とからなる。
【0036】
過冷却防止部材10dは、凹状の板状体であり、過冷却防止部材10b、10cと同様の形状を有する。過冷却防止部材10dは、左右の留め板41及び上下の爪状留め板42を有する凹状の金属製の枠体40に、緩みなしで嵌め込まれている。これにより、過冷却防止部材10dと金属製の枠体40は一体化している。また、金属製の枠体40の裏面は、図8中、左右方向の中央において帯状の留め金32が固定されており、フック状の上端及び下端が金属製の枠体40の上下端から外側にそれぞれ延びている。また、金属製の枠体40の裏面は、図8中、左右方向の端寄りにおいてそれぞれ帯状の留め金31a、31bが固定されており、フック状の上端及び下端が金属製の枠体40の上下端から外側に延びている。また、窓枠状の樹脂成形支持体2bは、過冷却防止部材10dよりやや大きい中央がくり抜かれた貫通穴50cを有し、上部には3つの帯状の留め金31a、31b、32の上部先端が係合するスリット50aが形成され、下部には3つの帯状の留め金31a、31b、32の下部先端が係合するスリット50bが形成されている。そして、3つの帯状の留め金31a、31b、32の上部先端のフックを上部のスリット50aに係止させ、3つの帯状の留め金31a、31b、32の下部先端のフックを下部のスリット50bに係止さることで、窓枠状の樹脂成形支持体2bに、過冷却防止部材10dを固定させている。これにより、シリンダボアの径方向及び冷却水の流れ方向の動きを規制でき、設置安定性が高まる。このような過冷却防止部材10dの接触面(表面)1dは、加熱された冷却水による熱膨張前において、金属製の枠体40の表面から僅かに内側に位置している(凹んでいる状態)ものの、内燃機関のシリンダブロック11のシリンダボア壁13周りに形成される溝状冷却水流路14内に設置し、熱のついた冷却水に接触することで、過冷却防止部材10dが熱膨張することで、接触面1dは金属製の枠体40からはみ出し、シリンダボア壁11の溝状冷却水流路14側の壁面17に接するようになる。
【0037】
第2の実施の形態例の過冷却防止部材構造体によれば、過冷却防止部材10dを、溝状冷却水流路14に挿入する際、帯状の留め金31a、31bの両端のフック部の背面が、溝状冷却水流路14のシリンダボア壁13とは反対側の壁面18に接触するため摩擦抵抗を受けることがあるが、容易に挿入できる。また、過冷却防止部材10dが設置されている内燃機関では、過冷却防止部材10dが加熱された冷却水と接触して熱膨張し、シリンダボア壁に当接するため、冷却水がシリンダボア壁に直接接触することが防がれるので、シリンダボア壁の下側部分(過冷却防止領域)の温度が、上側部分に比べ、低くなり過ぎるのを防ぐことができる。
【0038】
過冷却防止部材10dは、図7及び図8の形態に限定されず、樹脂成形支持体2bは、第1の実施の形態例の樹脂形成体支持体2のような、3つのシリンダボア壁をカバーするような形状のものであってもよい。この場合、第1の実施の形態例の樹脂形成体支持体2のような、ボア間に突起部3を有していてもよい。また、本発明の過冷却防止部材は、金属製の支持体に支持されたものであってもよい。このようなものとしては、例えば、図7及び図8の形態において、樹脂形成体支持体2の使用を省略したものである。
【0039】
実施例
次に、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、これは単に例示であって、本発明を制限するものではない。
【実施例1】
【0040】
(壁面との密着性等の確認試験)
図1〜図6に示す形状であって、下記仕様の過冷却防止部材を作成した。この過冷却防止部材を、図2に示す形状であって、下記仕様の試験用3気筒内燃機関の観察窓付きシリンダブロックのシリンダボア壁周りに形成される溝状冷却水流路内に設置し、冷却水を流した。冷却水を流した後、過冷却防止部材が冷却水の流れで動くか否か、過冷却防止部材の接触面が溝状冷却水流路側の壁面に密着しているか否かを、連続して、観察窓から観察した。その結果、過冷却防止部材は、溝状冷却水流路内に設置した後に冷却水に触れることで温度が上昇し膨張して、シリンダボア壁に十分密着した。また、過冷却防止部材は冷却水の流れの中で動くことはなかった。
【0041】
(過冷却防止部材)
・感熱膨張材;熱可塑性物質を含浸させたエチレン-プロピレン-ジエン共重合ゴムであり、70℃の水と接触することで、体積が3倍膨張することを予め確認したもの。
・過冷却防止部材を含む樹脂成形支持体の最大厚み;6.4mm
・樹脂成形支持体の高さ;50mm
【0042】
(試験用内燃機関)
・溝状冷却水流路の流路幅;8.4mm
・溝状冷却水流路の流路高さ(上下方向の高さ);90mm
・過冷却防止部材の設置位置;下端が溝状冷却水流路の下方から5mmの位置
・供給冷却水温度;20〜40℃
【0043】
(数値流体力学的解析結果)
壁面との密着性等の確認試験後、冷却水の流れが安定した状態を解析条件として、公知の数値流体力学的(Computational Fluid Dynamics)解析を行った。その結果を図11に示す。図11中、中央の温度分布は3気筒の中、真ん中のシリンダボア壁面のもの、左側及び右側の温度分布はこれに隣接するシリンダボア壁面のものである。また、図11中、実施例1の符号Aで示す囲み部分は過冷却防止部材が密着している部分である。
【0044】
比較例1
過冷却防止部材の使用を省略した以外は、実施例1と同様の方法により、数値流体力学的解析を行った。その結果を図11に示す。
【0045】
比較例2
過冷却防止部材に代えて、特開2008−31939号公報に記載の可撓性リップ部材(スペーサー部材)10gを使用した以外は、実施例1と同様の方法により、数値流体力学的解析を行った。比較例2は、実施例1の過冷却防止部材を設置した部分において、冷却水量を制限したものである。その結果を図11に示す。
【0046】
図11の結果から明らかなように、過冷却防止部材が接触する壁面において、実施例1は比較例1及び2に比べて、6〜8℃上昇し、当該壁面の過冷却を防止していることが判る。また、実施例1では、シリンダボア壁の溝状冷却水流路側の壁面の温度は、上下方向において、5℃の差であり、概ね均一であることが判る。また、膨張前の過冷却防止部材は、厚みが溝状冷却水流路の流路幅より小であるため、該流路内に容易に挿入できた。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明によれば、内燃機関のシリンダボア壁の上側と下側との変形量の違いを少なくすることができるので、ピストンの摩擦を低くすることができるため、省燃費の内燃機関を提供できる。
【符号の説明】
【0048】
1、1a〜1d 接触面
2 樹脂成形支持体
3 突出部
10、11a〜11d 過冷却防止部材
11 シリンダブロック
12 ボア
13 シリンダボア壁
14 溝状冷却水流路
15 冷却水供給口
16 冷却水排出口
17 シリンダボア壁の溝状冷却水流路側の壁面
18 溝状冷却水流路のシリンダボア壁とは反対側の壁面
21、21a〜21c (樹脂成形支持体の)本体部
22、24 縦リブ
23 該シリンダボア壁の周方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関のシリンダブロックのシリンダボア壁周りに形成される溝状冷却水流路内に設置されるものであって、70℃以上の冷却水と接触することで膨潤して、該シリンダボア壁の溝状冷却水流路側の壁面に接する接触面を有することを特徴とするシリンダボア壁の過冷却防止部材。
【請求項2】
材質が、感熱膨張材であることを特徴とする請求項1記載のシリンダボア壁の過冷却防止部材。
【請求項3】
前記感熱膨張材が、熱可塑性物質を含むエチレン-プロピレン-ジエン共重合ゴムであることを特徴とする請求項2記載のシリンダボア壁の過冷却防止部材。
【請求項4】
シリンダボア壁の溝状冷却水流路側の壁面形状に沿った凹状の板状体であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のシリンダボア壁の過冷却防止部材。
【請求項5】
樹脂成形された支持体に支持されたものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のシリンダボア壁の過冷却防止部材。
【請求項6】
金属製の支持体に支持されたものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のシリンダボア壁の過冷却防止部材。
【請求項7】
前記樹脂成形された支持体は、
少なくとも隣接する2つのシリンダボア壁に対応する、該溝状冷却水流路の高さより小の高さの凹状の板状体形状であって、且つ該過冷却防止部材が取り付けられる本体部と、
該本体部のボア間に位置し、該本体部の上面から上方に延びる突出部
と、からなることを特徴とする請求項5に記載のシリンダボア壁の過冷却防止部材。
【請求項8】
前記突出部は、略V字断面形状であって、該突出部の厚みは、該本体部の厚みより小であることを特徴とする請求項7記載のシリンダボア壁の過冷却防止部材。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか1項に記載のシリンダボア壁の過冷却防止部材を備えたことを特徴とする内燃機関。
【請求項10】
前記シリンダボア壁の過冷却防止部材の上下方向の設置範囲が、該溝状冷却水流路の下方2/3に相当する領域であることを特徴とする請求項9記載の内燃機関。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−7478(P2012−7478A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−141284(P2010−141284)
【出願日】平成22年6月22日(2010.6.22)
【出願人】(000110804)ニチアス株式会社 (432)
【Fターム(参考)】