説明

シールリング付転がり軸受装置

【課題】転がり軸受ユニット1aの中心軸を上下方向に向けて配置した場合にも、グリース中の基油のうちで増ちょう剤から分離した基油が、組み合わせシールリング9bを通じて外部空間に漏洩する事を防止できる構造を実現する。
【解決手段】組み合わせシールリング9bを構成するシール材13aの一部に、転動体を設置した内部空間側に向けて突出した油溜用シールリップ25を設け、この油溜用シールリップ25の外径側に貯溜空間29を形成する。又、この油溜用シールリップ25の軸方向への突出量を、転がり軸受ユニット1aの中心軸を上下方向に向けて配置する事で、増ちょう剤から分離した基油を貯溜空間29内に移動させた場合にも、この基油がこの貯溜空間29から溢れ出る事を防止できる大きさに規制する。これにより、基油が貯溜空間29から漏れ出たり、溢れ出る事を有効に防止できて、前記課題を解決できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の車輪や工作機械の主軸等、各種機械装置の回転部材を回転自在に支持する、シールリング付転がり軸受装置の改良に関する。特に、本発明は、転動体を設置した内部空間内に封入したグリースのうち、増ちょう剤から分離した基油が、シールリングを通じて外部に漏洩する事を防止するものである。
【0002】
各種機械装置の回転支持部には、玉軸受、ころ軸受、円すいころ軸受等の転がり軸受により構成する転がり軸受装置が組み込まれている。そして、この様な転がり軸受装置は、その開口端部にシールリングを設けて、内部に封入したグリースが外部に漏洩する事を防止すると共に、外部に存在する水、粉塵等の各種異物が内部に入り込む事を防止する。図11は、この様なシールリングを組み付けたシールリング付転がり軸受装置の1例として、自動車の車輪を懸架装置に対し回転自在に支持する為の自動車用の転がり軸受ユニットのうち、所謂第1世代と呼ばれる転がり軸受ユニット(複列転がり軸受ユニット)1を示している。
【0003】
前記転がり軸受ユニット1は、特許請求の範囲に記載した外輪相当部材に相当する1個の外輪2と、同じく内輪相当部材に相当する1対の内輪3a、3bと、それぞれが同じく転動体に相当する複数個の玉4、4とを備える。前記外輪2の内周面には、アンギュラ型で複列の外輪軌道5、5を、前記各内輪3a、3bの外周面には、それぞれがアンギュラ型の内輪軌道6、6を、それぞれ形成している。前記各玉4、4は、それぞれ保持器7、7により転動自在に保持された状態で、前記各外輪軌道5、5と前記各内輪軌道6、6との間に組み込まれている。車両への組み付け状態で、前記外輪2は、図示しない懸架装置を構成するナックルに、円周方向並びに軸方向変位を阻止した状態で内嵌固定する。一方、前記1対の内輪3a、3bは、車輪を支持する為の取付フランジを有する図示しないハブに外嵌固定する。
【0004】
又、前記各玉4、4を設置した内部空間8の両端開口部は、それぞれ組み合わせシールリング9、9により塞いでいる。これら各組み合わせシールリング9、9は、シールリング10とスリンガ11とから成る。このうちのシールリング10は、鋼板等の金属板にプレス加工を施す事により、断面略L字形で全体を円環状に形成した芯金12に、ゴムの如きエラストマー等のシール材13を添着して成る。このうちの芯金12は、前記外輪2の軸方向端部内周面に締り嵌めにより内嵌固定される固定円筒部14と、この固定円筒部14の軸方向端縁から、前記内輪3a、3bの外周面に向け、直径方向内方に折れ曲がった固定円輪部15とを有する。又、前記シール材13は、それぞれの基端部を前記芯金12に全周に亙って添着支持された3本のシールリップ16〜18を有する。
【0005】
又、前記スリンガ11は、鋼板、ステンレス鋼板等の金属板にプレス加工を施す事により、断面略L字形で全体を円環状に形成して成り、前記内輪3a、3bの軸方向端部外周面に締り嵌めにより外嵌固定される回転円筒部19と、この回転円筒部19の軸方向端縁から、前記外輪2の内周面に向け、直径方向に折れ曲がった回転円輪部20とを備える。そして、前記各シールリップ16〜18のうちで、サイドリップと呼ばれる、最も外径側に、軸方向に突出する状態で設けられた、外側シールリップ16の先端縁を、前記回転円輪部20の軸方向側面に全周に亙り摺接させている。これに対して、ラジアルリップと呼ばれる、残り2本の、中間、内側シールリップ17、18の先端縁を、前記回転円筒部19の外周面に全周に亙り摺接させている。
【0006】
又、前記各玉4、4を設置した前記内部空間8内にグリース21を封入(充填)して、これら各玉4、4の転動面と前記各外輪軌道5、5及び前記各内輪軌道6、6との転がり接触部の潤滑を図っている。前述した様な組み合わせシールリング9、9は、この様に前記内部空間8内に封入したグリース21が外部に漏洩する事を防止すると共に、外部に存在する雨水、塵等の各種異物が前記内部空間8内に侵入する事を防止する。
【0007】
ところで、上述した様な転がり軸受ユニット1の内部空間8内に封入されるグリース21として、ちょう度番号が2号程度である、粘度の低いウレア系グリースを使用する場合が増えている。この理由は、前記転がり軸受ユニット1の単体(単品)での輸送時や、車体に組み付けた状態での輸送時等に、外輪2と内輪3a、3bとが相対回転せずに振動して各軌道面(外輪軌道5、内輪軌道6)が摩耗する事により、これら各軌道面にフォールスブリネリング(転動面と軌道面との接触部分に生じるブリネル圧痕に似た凹み)が生じる事を防止する為である。即ち、ちょう度番号が2号程度のウレア系グリースは、増ちょう剤(ウレア系化合物)から基油が分離(離油)し易い為、この分離した液状の基油が、軌道面及び転動面に油膜を形成して、フォールスブリネリングの発生を効果的に防止できる為である。
【0008】
又、ちょう度番号が2号程度のウレア系グリースは、通常、全量の80〜90質量%の基油を含んでいる。この為、輸送時の振動や保管時の温度変化(温度上昇)等によって、上述した様なフォールスブリネリングの発生防止に必要となる量以上の基油が、増ちょう剤から分離する可能性がある。しかも、上述した様な転がり軸受ユニット1を、輸送したり、保管等する場合、多くの場合で、その中心軸Oが上下方向に向いた状態(図11の左右側面が上下方向に向いた状態)となる。この為、増ちょう剤から分離した液状の基油は、下方に向けて流れ、1対の組み合わせシールリング9、9のうちで、下方に位置する組み合わせシールリング9の背面側(内部空間8側)に集まる。
【0009】
但し、従来構造の組み合わせシールリング9の場合には、この様な液状の基油が外部に漏れ出す事を意図して設計されていない為、前記組み合わせシールリング9を通じて、基油が外部空間に漏れ出す可能性がある。即ち、この組み合わせシールリング9の場合には、前記各シールリップ16〜18の先端縁と相手面とが一定の締め代を持ってそれぞれ当接している為、基油が外部空間に漏れ出る事を防止する一定の効果を得られるが、振動等により接触状態が変化する為、重力の作用により下方へと流下しようとする基油を完全に堰き止める事は不可能である。従って、従来構造の組み合わせシールリング9の場合には、増ちょう剤から分離した基油が、少なからず外部空間に漏れ出る可能性がある。そして、この場合には、周辺環境を汚染するだけでなく、内部空間8に残存するグリース中の基油の含有量が不足し、転がり接触部に潤滑不良が生じる可能性がある。特に、前記図11に示した様な第1世代の転がり軸受ユニット並びに第2世代の転がり軸受ユニットの場合には、1対の内輪同士が、ハブに外嵌固定する(サブアッセンブリする)以前の状態で僅かに相対変位する事が可能である。この為、この状態でのシールリップの締め代は不安定であり、基油の漏れが発生し易くなる。
【0010】
尚、本発明に関連する先行技術文献として、例えば特許文献1に記載された発明がある。この特許文献1には、シールリングを構成するシール材の一部に、転動体を設置した内部空間側に向けて突出した円環状の突起を設けた構造が記載されている。但し、前記特許文献1に記載された発明の場合には、この様な突起を、エンコーダ付きの組み合わせシールリングを積層した場合にも、エンコーダの被検出面が金属製の芯金との接触により損傷する事を防止する為に設けたものであり、前記突起を、増ちょう剤から分離した基油の漏れ防止に利用する事に就いては全く意図していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2001−141069号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、シールリング付転がり軸受装置の中心軸を上下方向に向けて配置した場合にも、転動体を設置した空間内に封入したグリース中の基油のうちで増ちょう剤から分離した基油が、シールリングを通じて外部空間に漏洩する事を防止できる構造を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明のシールリング付転がり軸受装置は、外輪相当部材と、内輪相当部材と、複数個の転動体と、シール材と芯金とから成るシールリングと、グリースとを備える。
特に本発明のシールリング付転がり軸受装置の場合には、前記シール材に、軸方向に関して前記各転動体を設置した空間側(シールリング付転がり軸受装置の幅方向中央側)に向けて突出した油溜用シールリップを設けている。
又、この油溜用シールリップの一部を、回転部材(外輪相当部材と内輪相当部材とのうちで使用時に回転する部材)の表面に、全周に亙り近接対向若しくは摺接させている。
そして、前記油溜用シールリップの周面のうちで静止部材(外輪相当部材と内輪相当部材とのうちで使用時に回転しない部材)の周面に対向する周面と、この静止部材の周面と、前記シールリングのうちでこれら両周面同士の間部分に存在する部分の前記空間側の側面とにより、略円環状の貯溜空間を画成している。
更に、前記油溜用シールリップの軸方向への突出量を、前記シールリング付転がり軸受装置の中心軸を上下方向に向けて配置する事で、前記グリース中の基油のうちで増ちょう剤から分離(離油)した基油を前記貯溜空間内に移動(流下)させた場合にも、この基油がこの貯溜空間から溢れ出る事を防止できる大きさに規制している。
【発明の効果】
【0014】
上述の様に構成する本発明のシールリング付転がり軸受装置によれば、シールリング付転がり軸受装置の中心軸を上下方向に向けて配置した場合にも、転動体を設置した空間内に封入したグリース中の基油のうちで増ちょう剤から分離した基油が、シールリングを通じて外部空間に漏洩する事を防止できる。
即ち、本発明の場合には、各転動体を設置した空間側に向けて突出する状態で形成した油溜用シールリップの周面のうち、静止部材の周面に対向する周面と、この静止部材の周面と、シールリングのうちでこれら両周面同士の間部分に存在する部分の前記空間側の側面とにより、増ちょう剤から分離した液状の基油を貯溜する為の貯溜空間を画成している。この様にして形成される貯溜空間には、例えばシールリップの先端縁と相手面との当接部の様な、振動等により接触状態が変化する部分は存在しない為、前記貯溜空間から基油が漏れ出す事を有効に防止できる。
そして更に、本発明の場合には、前記シールリング付転がり軸受装置の中心軸を上下方向に向けて配置した場合に、前記貯溜空間の深さ寸法に相当する前記油溜用シールリップの軸方向への突出量を、この貯溜空間内に移動した液状の基油がこの貯溜空間から溢れ出る事を防止できる大きさに規制している。
この為、本発明によれば、シールリング付転がり軸受装置の中心軸を上下方向に向けて配置した場合にも、増ちょう剤から分離した基油が、前記貯溜空間から漏れ出たり、溢れ出る事を有効に防止できて、この基油をこの貯溜空間内に有効に留める事ができる。
しかも、本発明の場合には、前記油溜用シールリップの一部を、前記回転部材の表面に全周に亙り近接対向若しくは摺接させている。この為、輸送時の振動等によって、微量の基油が前記貯溜空間から溢れ出した場合にも、この基油が、前記油溜用シールリップと前記回転部材との間部分を通過しにくくできる。
この結果、本発明のシールリング付転がり軸受装置によれば、増ちょう剤から分離した基油が、シールリングを通じて外部空間に漏洩する事を有効に防止できる。これにより、周辺環境の汚染防止を図れると共に、グリース中の基油の含有量が不足する事で、転がり接触部の潤滑不良が生じる事も有効に防止できる。更に、長期間に亙り、フォールスブリネリングの発生を防止する事もできる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施の形態の第1例を示す、半部断面図。
【図2】同じく図1のA部拡大図。
【図3】本発明の実施の形態の第2例を示す図2と同様の図。
【図4】同じく第3例を示す図2と同様の図。
【図5】同じく第4例を示す図2と同様の図。
【図6】同じく第5例を示す図2と同様の図。
【図7】同じく第6例を示す図2と同様の図。
【図8】同じく第7例を示す図2と同様の図。
【図9】同じく第8例を示す図2と同様の図。
【図10】同じく第9例を示す図2と同様の図。
【図11】従来構造のシールリング付転がり軸受装置の半部断面図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[実施の形態の第1例]
図1〜2は、本発明の実施の形態の第1例を示している。本例の転がり軸受ユニット1aは、前述した従来構造の場合と同様、自動車の車輪を懸架装置に対して回転自在に支持する為の所謂第1世代の転がり軸受ユニットであり、特許請求の範囲に記載した外輪相当部材に相当する1個の外輪2aと、同じく内輪相当部材に相当する1対の内輪3c、3dと、それぞれが同じく転動体に相当する複数個の玉4、4とを備える。
【0017】
前記外輪2aの内周面には、アンギュラ型で複列の外輪軌道5、5が形成されている。一方、前記各内輪3c、3dの外周面には、それぞれがアンギュラ型の内輪軌道6、6がそれぞれ形成されている。前記各玉4、4は、それぞれ保持器7、7により転動自在に保持された状態で、前記各外輪軌道5、5と前記各内輪軌道6、6との間に組み込まれている。車両への組み付け状態で、前記外輪2aは、図示しない懸架装置を構成するナックルに、円周方向並びに軸方向変位を阻止した状態で内嵌固定する。一方、前記1対の内輪3c、3dは、車輪を支持する為の取付フランジを有する図示しないハブの軸方向中間部に外嵌固定する。従って、本例の場合には、前記外輪2aが使用時にも回転しない静止部材に、前記各内輪3c、3dが使用時に回転する回転部材に、それぞれ相当する。尚、図示の例では、転動体として玉4、4を使用しているが、重量が嵩む自動車用の転がり軸受ユニットの場合には、転動体として、テーパころを使用する場合もある。
【0018】
又、前記外輪2aの内周面と前記1対の内輪3c、3dの外周面との間部分で、前記各玉4、4を設置した内部空間8内には、グリース21を封入(充填)している。これにより、これら各玉4、4の転動面と前記各外輪軌道5、5及び前記各内輪軌道6、6との転がり接触部の潤滑を図っている。本例の場合には、前記グリース21として、ちょう度番号が2号程度(基油含有量が80〜90%)であるウレア系グリースを使用している。前記グリース21は、従来から知られているグリースと同様に、基油、増ちょう剤及び添加剤から成る。この様なグリース21中に含有する基油としては、例えば鉱油或いは合成油(エステル系合成油、エーテル系合成油、炭化水素系合成油等)を、同じく増ちょう剤としては、例えばジウレア化合物、ポリウレア化合物等のウレア化合物を、同じく添加剤としては、例えばカルボン酸系防錆剤や硫黄−燐化合物、有機モリブデン化合物等を、それぞれ使用できる。
【0019】
又、前記内部空間8の両端開口部は、それぞれ組み合わせシールリング9a、9bにより塞いでいる。これら各組み合わせシールリング9a、9bは、前記内部空間8内に封入した前記グリース21が外部に漏洩する事を防止すると共に、外部に存在する雨水、塵等の各種異物が前記内部空間8内に侵入する事を防止する。特に本例の場合には、前記グリース21に含有される基油のうちで、輸送時の振動や周辺環境の温度上昇等の理由により、増ちょう剤から分離した基油が、外部空間に漏洩する事を有効に防止する。前記各組み合わせシールリング9a、9bのうち、前記内部空間8の軸方向一端側(図1の左側)の開口部を塞いだ組み合わせシールリング9aと、同じく軸方向他端側(図1の右側)の開口部を塞いだ組み合わせシールリング9bとは、この軸方向他端側の組み合わせシールリング9bにのみ、エンコーダ22が設けられている点を除き、基本的な構成は同じである。この為、以下の説明は、軸方向他端側の組み合わせシールリング9bに就いてのみ行う。但し、前記各組み合わせシールリング9a、9bの何れも、特許請求の範囲に記載したシールリングに相当する。
【0020】
前記組み合わせシールリング9bは、シールリング10aと、スリンガ11と、前記エンコーダ22とから成る。このうちのシールリング10aは、鋼板等の金属板にプレス加工を施す事により、断面略L字形で全体を円環状に形成した芯金12に、ゴムの如きエラストマー等のシール材13aを添着して成る。この芯金12は、前記外輪2aの軸方向端部内周面に締り嵌めにより内嵌固定された固定円筒部14と、この固定円筒部14の軸方向端縁から、前記内輪3dの外周面に向け、直径方向内方に折れ曲がった固定円輪部15とを有する。本例の場合には、前記固定円筒部14を、前記外輪2aの軸方向端部内周面に形成した大径段部23に内嵌固定している。
【0021】
前記スリンガ11は、鋼板、ステンレス鋼板等の金属板にプレス加工を施す事により、断面略L字形で全体を円環状に形成して成り、前記内輪3dの軸方向端部外周面に締り嵌めにより外嵌固定された回転円筒部19と、この回転円筒部19の軸方向端縁から、前記外輪2aの内周面に向け、直径方向に折れ曲がった回転円輪部20とを備える。本例の場合には、前記回転円筒部19を、前記内輪3dの軸方向端部外周面に形成した小径段部24に外嵌固定している。
【0022】
前記エンコーダ22は、円周方向に亙って、S極とN極とを交互に配置したゴム磁石製(永久磁石製)である。即ち、前記エンコーダ22は、ゴム中にフェライト粉末を混入したゴム磁石を円輪状に形成したもので、軸方向に亙って着磁している。着磁方向は、円周方向に亙って交互に且つ等間隔で変化させている。従って、前記エンコーダ22の軸方向側面には、S極とN極とが、円周方向に亙って交互に且つ等間隔で配置されている。この様なエンコーダ22は、前記回転円輪部20の軸方向側面(内部空間8とは反対側の側面)に支持されている。そして、懸架装置等、非回転部分に支持した、図示しない回転速度検出用センサの検出部を、前記エンコーダ22の軸方向側面(被検出面)に対向させている。
【0023】
特に本例の場合には、前記シール材13aに、外側、中間、内側シールリップ16〜18を設けるだけでなく、1本の油溜用シールリップ25を別途設けている。この油溜用シールリップ25は、前記芯金12を構成する固定円輪部15の内周寄り部分から、軸方向に関して前記内部空間8側(転がり軸受ユニット1aの幅方向中央側)に向けて突出する状態で形成されており、その全体形状を略円筒状(円環状)としている。又、前記油溜用シールリップ25の先端縁は、前記内輪3dのうちの小径段部24と肩部26との間に形成された円輪状の段差面27に、全周に亙り近接対向している。これにより、前記油溜用シールリップ25の先端縁と前記段差面27との間にラビリンスシール28を形成している。又、この油溜用シールリップ25の先端縁の外径寸法は、前記肩部26の外径寸法よりも小さくしている。尚、前記シール材13aに設けられた各シールリップ16〜18に関しては、前述した従来構造の場合と同様に、それぞれの先端縁を、前記回転円輪部20の軸方向側面及び前記回転円筒部19の外周面に全周に亙り摺接させている。
【0024】
又、本例の場合には、上述の様な油溜用シールリップ25を形成する事で、前記グリース21中の基油のうちで増ちょう剤から分離した基油を貯溜する為の、貯溜空間29を画成している。具体的には、前記油溜用シールリップ25の外周面と、この油溜用シールリップ25の外周面に対向する前記外輪2aの軸方向端部内周面(大径段部23のうちで固定円筒部14が内嵌された部分よりも内部空間8寄りの部分)と、前記芯金12を構成する固定円輪部15のうちで前記両周面同士の間に存在する部分の前記内部空間8側の側面とにより、略円環状の前記貯溜空間29を画成している。この様にして形成される貯溜空間29には、例えばシールリップの先端縁と相手面との当接部の様な、輸送時に於ける振動等により接触状態が変化する部分は存在しない。
【0025】
更に、本例の場合には、前記油溜用シールリップ25の軸方向への突出量{基端縁から軸方向に最も突出した部分(本例では先端縁)までの距離、図2中の寸法L}を、次の様に規制している。即ち、前記転がり軸受ユニット1aの中心軸O(図1参照)を上下方向に向けて配置し(組み合わせシールリング9b或いは9aを下側に向け)、前記グリース21中の基油のうちで増ちょう剤から分離した基油を前記貯溜空間29に移動(流下)させた場合にも、この基油がこの貯溜空間29から溢れ出る事を防止できる大きさに規制している。増ちょう剤から分離する基油の量は、実験的に求める事もできるし、JIS K 2220 11に規定される離油度(100℃、24時間)に関する試験方法を利用して求める事もできる。又、前記グリース21のちょう度(或いは基油の含有量)を考慮して決定する事もできる。
【0026】
例えば、ちょう度が2号(混和ちょう度265〜295)程度のグリースは、全量の80〜90質量%の基油を含んでおり、離油を生じ易い(基油が増ちょう剤から分離し易い)のに対し、ちょう度が3号(混和ちょう度220〜250)のグリースは、2号程度のグリースと比べて、基油の含有量がおよそ5質量%少なく、離油を生じにくい(基油が増ちょう剤から分離しにくい)。更に、ちょう度が4号(混和ちょう度175〜205)のグリースは、2号程度のグリースと比べて、基油の含有量が10質量%少なく、離油はほぼ生じない。そこで、2号程度のグリースが、3号乃至4号のグリース状態になるまで離油が進むと仮定すれば、前記貯溜空間29により貯溜すべき基油の量を求められると同時に、最低限必要となる前記油溜用シールリップ25の軸方向への突出量を求められる。例えば、基油の含有量が85質量%である2号のグリースが、同じく含有量が80質量%の3号のグリース状態まで離油が進むと仮定した場合、離油する基油の量(増ちょう剤に対する割合)は、85/15−80/20=25/15となり、封入したグリースの全量のうちの25質量%が離油すると計算できる。この為、この25質量%の基油(例えばグリース封入量が10gであれば2.5g)を、前記貯溜空間29に溜められる(溢れ出さない)様に、前記油溜用シールリップ25の軸方向への突出量を設定する。
【0027】
以上の様な構成を有する本例の場合には、前記転がり軸受ユニット1aを、輸送したり、保管等する際に、その中心軸Oを上下方向に向けて配置した場合にも、前記グリース21中の基油のうちで増ちょう剤から分離した基油が、前記組み合わせシールリング9b(9a)を通じて外部空間に漏洩する事を防止できる。
【0028】
即ち、本例の場合には、前記油溜用シールリップ25の外周面と、前記外輪2aの軸方向端部内周面(大径段部23のうちで固定円筒部14が内嵌された部分よりも内部空間8寄りの部分)と、前記芯金12を構成する固定円輪部15のうちでこれら両周面同士の間に存在する部分の前記内部空間8側の側面とにより、略円環状の前記貯溜空間29を画成している。そして、この様にして形成されるこの貯溜空間29は、例えばシールリップの先端縁と相手面との当接部の様な振動等により接触状態が変化する(隙間が形成されて基油が漏れ出し易い)部分が存在せず、前記貯溜空間29から基油が漏れ出す事を有効に防止できる。
【0029】
そして更に、本例の場合には、前記転がり軸受ユニット1aの中心軸Oを上下方向に向けて配置した場合に、前記貯溜空間29の深さ寸法に相当する前記油溜用シールリップ25の軸方向への突出量(寸法L)を、この貯溜空間29内に移動(流下)した液状の基油がこの貯溜空間29から溢れ出る事を防止できる大きさに規制している。言い換えれば、前記突出量を、増ちょう剤から分離した基油が、前記油溜用シールリップ25の先端縁から溢れ出す事を防止できる高さに規制している。この為、本例の場合には、前記貯溜空間29から基油が溢れ出す事を有効に防止できる。尚、増ちょう剤から分離する基油の量は、前述した様に、実験的にも計算等によっても求められる。
【0030】
従って、本例の場合には、前記転がり軸受ユニット1aを、輸送したり、保管等する際に、その中心軸Oを上下方向に向けて配置した場合にも、増ちょう剤から分離した基油が、前記貯溜空間29から漏れ出たり、溢れ出る事を有効に防止できて、この基油をこの貯溜空間29内に留める(溜めておく)事ができる。
【0031】
しかも、本例の場合には、前記油溜用シールリップ25の先端縁の外径寸法を、前記肩部26の外径寸法よりも小さくしている為、基油を、前記内部空間8側から前記内側シールリップ18側へと移動しにくくできて、この基油を前記貯溜空間29へと効率良く移動させる事ができる。更に、前記油溜用シールリップ25の先端縁を、前記内輪3d(3c)の段差面27に全周に亙り近接対向させている為、輸送時の振動等によって、仮に微量の基油が前記貯溜空間29から漏れ出したり、前記内部空間8から前記内側シールリップ18側へと移動しようとした場合にも、この基油が前記油溜用シールリップ25の先端縁と前記段差面27との間部分を通過しにくくできる。
【0032】
この結果、本例の転がり軸受ユニット1aによれば、増ちょう剤から分離した基油が、前記各組み合わせシールリング9a、9bを通じて外部空間に漏洩する事を有効に防止できる。これにより、周辺環境の汚染防止を図れると共に、前記グリース21中に含有される基油が不足する事で、転がり接触部に潤滑不良が生じる事も有効に防止できる。更に、長期間に亙り、フォールスブリネリングの発生を防止する事もできる。
【0033】
更に、本例の転がり軸受ユニット1aは、所謂第1世代の転がり軸受ユニットである為、一般的には、その中心軸Oを上下方向に配置した状態で、ハブやナックルに組み付けられる(サブアッセンブリされる)。そして、この様な組み付け作業の後は、前記各シールリップ16〜18の締め代が安定すると共に、前記各内輪3c、3d同士の突き合せ面が密着する(尚、所謂第2世代の転がり軸受ユニットの場合にも同様の組立工程を行うが、所謂第3世代の転がり軸受ユニットの場合には、ハブに対する組み付け作業はなく、そのまま車体に組み付けられる)。この為、本例の場合には、増ちょう剤から分離した基油を、前記各組み合わせシールリング9a、9bを通じて内部空間8から漏洩させず、この内部空間8内に留めたまま、車体に対する組み付け作業を行える。そして、この様に車体に組み付けた後は、前記中心軸Oが水平方向に配置される為、分離した基油は、前記グリース21側に戻り、回転による攪拌作用により、再び混和される(グリース21内の増ちょう剤に取り込まれる)。従って、本例の転がり軸受ユニット1aによれば、車体に組み付けた後の状態で、各転がり接触部に良好に潤滑できる。更に、前記油溜用シールリップ25の先端縁を、前記段差面27に全周に亙り近接対向させている(ラビリンスシール28を形成している)為、車体に組み付けた使用状態で、外部に存在する水、粉塵等の各種異物が、前記内部空間8に入り込む事を防止する面からも有利になる。
その他の構成及び作用・効果に就いては、前述した従来構造の場合と同様である。
【0034】
[実施の形態の第2例]
図3は、本発明の実施の形態の第2例を示している。本例の場合には、外輪2bの軸方向端部内周面の形状を、前述した実施の形態の第1例の場合とは異ならせている。即ち、本例の場合には、前記外輪2bの軸方向端部内周面に、傾斜面部30と円筒面部31とをそれぞれ形成している。このうちの傾斜面部30は、外輪軌道5に近づくに従って内径寸法が大きくなる。これに対し、前記円筒面部31は、軸方向に亙り内径寸法が一定である。そして、本例の場合には、このうちの円筒面部31に、シールリング10aを構成する芯金12の固定円筒部14を締り嵌めにより内嵌固定している。又、前記外輪軌道5と前記傾斜面部30とを、断面円弧形の凸曲面である角部32により滑らかに連続させると共に、前記円筒面部31と前記外輪2bの軸方向端面33との間部分も、断面円弧形の面取り部34により滑らかに連続させている。
【0035】
又、前記円筒面部31の内径寸法は、保持器7(図1参照)を構成する各ポケットに各玉4を組み込み保持した(サブアッセンブリ)状態で、前記円筒面部31の内側に、これら各玉4を内径側に押し込みつつ(保持器7のポケット隙間の範囲で玉4を内径側に寄せて)、通過させられる大きさに規制している。又、前記角部32の内径寸法は、前記外輪軌道5と内輪軌道6との間に各玉4を組み込んだ状態での、これら各玉4の外接円の直径よりも若干小さくしている。本例の場合には、前記円筒面部31と前記面取り部34とに同時に研磨加工を施しているが、前記傾斜面部30も含めて同時に研磨加工を施しても良い。
【0036】
以上の様な構成を有する本例の場合には、転がり軸受ユニット1aの中心軸O(図1参照)を上下方向から水平方向へと配置した場合に、油溜用シールリップ25の外周面と、前記傾斜面部30と、前記芯金12を構成する固定円輪部15のうちでこれら両周面同士の間に存在する部分の内部空間8(図1参照)側の側面とにより画成された貯溜空間29a内の基油を、前記傾斜面部30を利用して前記外輪軌道5に効率良く誘導できる。
【0037】
又、前記保持器7を構成する各ポケットに前記各玉4を組み込んで成る中間組立体を、前記外輪軌道5の内側に組み込む際に、これら各玉4の転動面が損傷する事を有効に防止できる。更に、前記外輪2bに前記中間組立体(保持器7及び各玉4)を組み込んだ状態で、これら中間組立体が、軸方向に抜け出る事も有効に防止できる。
【0038】
更に、前記第1例の場合の様に、外輪2aの軸方向端部内周面に大径段部23(図1、2参照)を形成する場合に比べて、組み合わせシールリング9bの外径を小さくできる(小型化できる)為、シールトルクの低下を図れる。又、車両の旋回時に、ハブに対しモーメント荷重が加わる等して、前記各内輪3d(3c)の中心軸と前記外輪2bの中心軸とが互いに傾斜した場合にも、各シールリップ16〜18の締め代の変化を小さく抑えられるので、シール性能の向上も図れる。
その他の構成及び作用・効果に就いては、前記第1例の場合と同様である。
【0039】
[実施の形態の第3例]
図4は、本発明の実施の形態の第3例を示している。本例の場合には、外輪2cの軸方向端部内周面に、前述した実施の形態の第2例の構造で設けていた傾斜面部30に代えて、円筒面部31よりも内径寸法が大きく、軸方向に亙り内径寸法が変化しない、大径円筒面部35を形成している。又、内輪3eの肩部26aの外径側部分(段差面27の外周寄り部分)に、軸方向に関して組み合わせシールリング9b側(内部空間8側とは反対側で、図4の右側)に向けて突出した、断面略三角形状の環状突部36を形成している。そして、この環状突部36と油溜用シールリップ25とを径方向に関して重畳させている。本例の場合には、この環状突部36の内径側に前記油溜用シールリップ25の先端部を配置している。
【0040】
以上の様な構成を有する本例の場合、前記外輪2cの軸方向端部内周面に、何れの内径寸法も軸方向に亙り一定である前記大径円筒面部35と前記円筒面部31とを設けている為、前記第2例の場合に比べて、寸法管理が行い易くなる。又、前記内輪3eに前記環状突部36を形成している為、転がり軸受ユニット1aの中心軸O(図1参照)を上下方向へと配置して、増ちょう剤から分離した基油を貯溜空間29b内に移動させる際に、この基油が、前記肩部26aの外周面部分から段差面27へと回り込みにくくできる。従って、本例によれば、この基油を前記貯溜空間29bへと効率良く誘導できる。
その他の構成及び作用・効果に就いては、前記第1例及び第2例の場合と同様である。
【0041】
[実施の形態の第4例]
図5は、本発明の実施の形態の第4例を示している。本例の場合には、内輪3fの肩部26bの外径側部分には、前述した実施の形態の第3例の構造の場合の様な、環状突部36(図4参照)は形成せずに、段差面27aの径方向中間部に軸方向に凹入した環状凹部37を全周に亙り形成している。そして、この環状凹部37内に、油溜用シールリップ25の中間部乃至先端縁を、全周に亙り挿入している。特に、本例の場合には、この油溜用シールリップ25の先端縁と前記環状凹部37の軸方向側面との間に微小隙間(軸方向隙間)を形成すると共に、この油溜用シールリップ25の両周面と前記環状凹部37の両周面との間にそれぞれ微小隙間(径方向隙間)を形成する事で、当該部分に、断面コ字形のラビリンスシール28aを形成している。この様な構成を有する本例の場合には、このラビリンスシール28aの全長を長くできる分だけ、増ちょう剤から分離した基油が、前記油溜用シールリップ25と前記内輪3fとの間部分を通過しにくくなる。又、車体に組み付けた使用状態で、外部に存在する水、粉塵等の各種異物が内部空間8(図1参照)に入り込む事を防止する面からもより有利になる。
その他の構成及び作用・効果に就いては、前記第1例及び第3例の場合と同様である。
【0042】
[実施の形態の第5例]
図6は、本発明の実施の形態の第5例を示している。本例の場合には、ラジアルリップである内側シールリップ18aの形状を工夫する事で、この内側シールリップ18aに、油溜用シールリップとしての機能を併せ持たせている。別な言い方をすれば、油溜用シールリップとラジアルリップとの両方の機能を併せ持つシールリップ18aを設けている。この為に本例の場合には、前記内側シールリップ18aを、断面略く字形で、全体形状を円環状に構成している。より具体的には、この内側シールリップ18aを、互いに傾斜方向が異なる外径側傾斜部38と内径側傾斜部39との径方向端縁同士を、屈曲部40により互いに連結する事により構成している。このうちの外径側傾斜部38は、その基端縁(外径側端縁)を前記芯金12の固定円輪部15の内周寄り部分に全周に亙り添着しており、径方向内方に向かう程内部空間8(図1参照)側に近づく方向に傾斜している。一方、前記内径側傾斜部39は、その先端縁(内径側端縁)をスリンガ11を構成する回転円筒部19の外周面に全周に亙り摺接させており、径方向内方に向かう程前記内部空間8から離れる方向に傾斜している。そして、前記外径側傾斜部38の内径側端縁と前記内径側傾斜部39の外径側端縁とを前記屈曲部40で互いに連結して、この屈曲部40を内輪3dに形成された段差面27に全周に亙り摺接させている。
【0043】
この様な構成を有する本例の場合には、前記外径側傾斜部38と前記屈曲部40とが、油溜用シールリップとして機能する。従って、この外径側傾斜部38の基端縁から前記屈曲部40までの軸方向距離(図6中のL1)が、特許請求の範囲に記載した、油溜用シールリップの軸方向への突出量に相当する。又、本例の場合には、前記外径側傾斜部38及び前記屈曲部40の外周面と、外輪2cの軸方向端部内周面のうちの大径円筒面部35と、前記固定円輪部15のうちでこれら両周面同士の間に存在する部分の前記内部空間8側の側面とにより、略円環状の貯溜空間29cを画成している。
【0044】
以上の様な構成を有する本例の場合、前記内側シールリップ18aの先端縁を前記回転円筒部19の外周面に全周に亙り当接(摺接)させている為、油溜用シールリップとして機能する前記外径側傾斜部38及び前記屈曲部40が、径方向内方に向けて弾性変形しにくくなる。この為、前記貯溜空間29c内に貯溜された液状の基油が、この貯溜空間29cから漏れ出しにくくできる。
その他の構成及び作用・効果に就いては、前記第1例及び第3例の場合と同様である。
【0045】
[実施の形態の第6例]
図7は、本発明の実施の形態の第6例を示している。本例の場合には、上述した実施の形態の第5例の場合と同様に、内側シールリップ18bに、油溜用シールリップとしての機能を併せ持たせている。特に本例の場合には、この内側シールリップ18bの全体形状を部分円すい筒状として、軸方向に関して内部空間8(図1参照)側に向けて突出させると共に、先端縁部内周面を内輪3eの肩部26の外周面に全周に亙り当接(摺接)させている。この為に本例の場合には、この内輪3eの軸方向端部外周面に形成した小径段部24aの外径寸法を、前述した実施の形態の各例の場合よりも大きくしている。
【0046】
そして、前記内側シールリップ18bの外周面と、この内側シールリップ18bの外周面に対向する外輪2aの軸方向端部内周面と、芯金12を構成する固定円輪部15のうちでこれら両周面同士の間に存在する部分の前記内部空間8側の側面とにより、略円環状の貯溜空間29dを画成している。この様な構成を有する本例の場合には、この貯溜空間29d内に液状の基油を溜めた場合にも、前記内側シールリップ18bが径方向内方に弾性変形する事を有効に防止できる為、前記貯溜空間29dから基油が漏れ出す事を有効に防止できる。又、前記内側シールリップ18bの外周面を利用して、前記貯溜空間29d内に溜まった基油を、内輪軌道6に効率良く誘導できる。又、この貯溜空間29dの容積の拡大を図る事もできる(貯溜量の増大を図れる)。
その他の構成及び作用・効果に就いては、前記第1例及び第5例の場合と同様である。
【0047】
[実施の形態の第7例]
図8は、本発明の実施の形態の第7例を示している。本例の場合には、前述した実施の形態の第6例の構造を更に工夫している。即ち、本例の場合には、内輪3fの軸方向端部外周面に小径段部24(24a)自体を形成せずに、内輪軌道6から軸方向に外れた部分の外径寸法を一定としている。そして、当該部分にスリンガ11の回転円筒部19を外嵌固定している。更に、油溜用シールリップとしての機能を併せ持った内側シールリップ18cの先端縁部内周面を、前記内輪3fの軸方向端部外周面に直接全周に亙り当接(摺接)させている。この様な構成を有する本例の場合には、前記内輪3fの加工工数を低減する事ができて、加工コストの低減を図れる。又、貯溜空間29eの容積を、前記内輪3fから肩部を省略した分だけ、拡大する事ができる(貯溜量を増大できる)。尚、前記内側シールリップ18cは、組み合わせシールリング9bの組み付け時に反転し易い(捲れ易い)形状を有しているが、図示の様に、前記内側シールリップ18cと前記スリンガ11の回転円筒部19の軸方向端縁(内部空間8側の端縁)とを近接させる事で、組み付け時に於ける前記内側シールリップ18の反転を防止できる。
その他の構成及び作用・効果に就いては、前記第1例及び第6例の場合と同様である。
【0048】
[実施の形態の第8例]
図9は、本発明の実施の形態の第8例を示している。本例の場合には、増ちょう剤から分離した基油の貯溜量を増やすべく、芯金12a及び外輪2dの形状を工夫している。即ち、本例の場合には、この芯金12aを構成する固定円筒部14aの軸方向寸法を、前述した実施の形態の各例の場合よりも短くしている。又、同じく固定円輪部15aを、断面略クランク形に折り曲げて、外径側に設けられた外径側円輪部41を、内径側に設けられた内径側円輪部42よりも、軸方向に関して内部空間8(図1参照)とは反対側にオフセットさせている。この為に、前記外径側円輪部41と前記内径側円輪部42との間部分に、径方向内方に向かうに従って軸方向に関して前記内部空間8側に向かう方向に傾斜した傾斜部43を設けている。又、本例の場合には、前記外輪2dの軸方向端部内周面のうちで、前記固定円筒部14aを内嵌した部分から軸方向に外れた部分に、径方向外方に凹入した環状凹溝44を全周に亙り形成している。この環状凹溝44の内側面のうちで、軸方向に関して前記内部空間8側に位置する内側面は、内輪3dの段差面27(油溜用シールリップ25の先端縁)とほぼ同一平面上に位置させている。
【0049】
この様な構成を有する本例の場合には、前記油溜用シールリップ25の外周面と、前記環状凹溝44の底面(内周面)と、前記固定円輪部15aのうちでこれら両周面同士の間部分に存在する部分(外径側円輪部41及び傾斜部43と内径側円輪部42のうちの外径側半部)の前記内部空間8側の側面とにより、略円環状の貯溜空間29fを画成している。従って、本例の場合には、この貯溜空間29fに関して、前記環状凹溝44を形成した事による容積の増大と、前記外径側円輪部41を軸方向にオフセットした事による容積の増大を図れる。この結果、増ちょう剤から分離した基油の貯溜量を増大させる事ができる。
その他の構成及び作用・効果に就いては、前記第1例の場合と同様である。
【0050】
[実施の形態の第9例]
図10は、本発明の実施の形態の第9例を示している。本例の場合には、外輪2eの軸方向端部内周面に全周に亙り形成した環状凹溝44aを、外輪軌道5に連続する状態まで延長して、この環状凹溝44aの軸方向寸法(幅寸法)を、前述した実施の形態の第8例の場合よりも大きくしている。この様な構成を有する本例の場合には、転がり軸受ユニット1aの中心軸O(図1参照)を上下方向から水平方向へと傾けた場合に、貯溜空間29g内に貯溜された液状の基油を、前記外輪軌道5に向けて効率良く送り込める。
その他の構成及び作用・効果に就いては、前記第1例及び第8例の場合と同様である。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明を実施する場合に、油溜用シールリップの形状は、図示したものに限定されず、液状の基油を貯溜すると言う機能を発揮できる限りに於いて各種構造を採用できる。又、グリースに関しても、ウレア系グリースに限定されず、基油が増ちょう剤から分離する可能性のある各種グリースを採用できる。更に、本発明は、所謂第1世代の転がり軸受ユニットに限らず、第2世代の転がり軸受ユニット、更には、ハブをハブ本体と内輪とから構成し、このハブ本体の軸方向中間部外周面に直接内輪軌道を形成した、所謂第3世代の転がり軸受ユニットにも適用できる。尚、第3世代の転がり軸受ユニットの場合には、ハブ(ハブ本体及び内輪)が、特許請求の範囲に記載した内輪相当部材に相当する。又、本発明のシールリング付転がり軸受装置は、複列であるか単列であるかは問わないし、内輪回転型であるか外輪回転型であるかも問わない。更に、本発明は、転動体として玉を使用した構造に限らず、ころ(ニードルも含む)を用いた構造にも適用できる。又、本発明は、シールリングとして、スリンガを省略した構造、更には、スリンガ及びエンコーダを省略した構造にも適用できる。
【符号の説明】
【0052】
1、1a 転がり軸受ユニット
2、2a〜2e 外輪
3a〜3f 内輪
4 玉
5 外輪軌道
6 内輪軌道
7 保持器
8 内部空間
9、9a、9b 組み合わせシールリング
10、10a シールリング
11 スリンガ
12、12a 芯金
13、13a シール材
14、14a 固定円筒部
15、15a 固定円輪部
16 外側シールリップ
17 中間シールリップ
18、18a〜18c 内側シールリップ
19 回転円筒部
20 回転円輪部
21 グリース
22 エンコーダ
23 大径段部
24、24a 小径段部
25 油溜用シールリップ
26、26a、26b 肩部
27、27a 段差面
28、28a ラビリンスシール
29、29a〜29g 貯溜空間
30 傾斜面部
31 円筒面部
32 角部
33 端面
34 面取り部
35 大径円筒面部
36 環状突部
37 環状凹部
38 外径側傾斜部
39 内径側傾斜部
40 屈曲部
41 外径側円輪部
42 内径側円輪部
43 傾斜部
44、44a 環状凹溝

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周面に外輪軌道を有する外輪相当部材と、外周面に内輪軌道を有する内輪相当部材と、これら外輪軌道と内輪軌道との間に転動自在に設けられた複数個の転動体と、弾性材製のシール材とこのシール材を支持する芯金とを備え、前記外輪相当部材と前記内輪相当部材とのうちで使用時に回転しない静止部材の周面に支持固定されると共に、前記シール材を構成するシールリップの先端縁を前記外輪相当部材と前記内輪相当部材とのうちで使用時に回転する回転部材又はこの回転部材に固定した部材の表面に摺接させる事により、前記各転動体を設置した空間の端部開口を塞ぐシールリングと、この空間内に封入されたグリースとを備えた、シールリング付転がり軸受装置に於いて、
前記シール材に、軸方向に関して前記空間側に向けて突出した油溜用シールリップが形成されており、この油溜用シールリップの一部は、前記回転部材の表面に全周に亙り近接対向若しくは摺接しており、この油溜用シールリップの周面のうちで前記静止部材の周面に対向する周面と、この静止部材の周面と、前記シールリングのうちでこれら両周面同士の間部分に存在する部分の前記空間側の側面とにより、略円環状の貯溜空間を画成しており、前記油溜用シールリップの軸方向への突出量が、前記シールリング付転がり軸受装置の中心軸を上下方向に向けて配置する事で、前記グリース中の基油のうちで増ちょう剤から分離した基油を前記貯溜空間内に移動させた場合にも、この基油がこの貯溜空間から溢れ出る事を防止できる大きさに規制されている事を特徴とするシールリング付転がり軸受装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate


【公開番号】特開2013−57340(P2013−57340A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−194956(P2011−194956)
【出願日】平成23年9月7日(2011.9.7)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】