説明

スパッタリングターゲット

【課題】 抵抗温度係数が−25〜+25ppm/℃の範囲内という抵抗温度特性、155℃で1000時間の高温保持における経時的抵抗変化率が0.1%以下という高温安定性、および、酸性人工汗液(JIS L0848)を用いた電食試験における溶解開始電圧が3V以上となる耐塩水性を、同時に備える薄膜抵抗器を提供する。
【解決手段】 スパッタリング法により抵抗薄膜を成膜するに際して、20質量%以上、60質量%以下のTaと、8質量%を超え、15質量%以下のAlを含み、残部はCrおよびNiからなり、Niに対するCrの質量比Cr/Niが0.5〜1.2であるスパッタリングターゲットを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子部品の薄膜抵抗器に用いられる抵抗薄膜形成用のスパッタリングターゲットおよび抵抗薄膜材料に関する。
【背景技術】
【0002】
チップ抵抗器、精密抵抗器、ネットワーク抵抗器もしくは高圧抵抗器などの抵抗器、測温抵抗体もしくは感温抵抗器などの温度センサ、ハイブリットIC、または、これらの複合モジュール製品のような電子部品には、抵抗薄膜を使用した薄膜抵抗器が用いられている。
【0003】
薄膜抵抗器には、多くの場合、抵抗薄膜材料として、Ta合金、TaN化合物およびNi−Cr合金が用いられており、これらの中でもNi−Cr合金が最も一般的に用いられている。
【0004】
薄膜抵抗器には、抵抗温度係数の絶対値が0に近いという優れた抵抗温度特性、高温保持における経時的抵抗変化率が小さいという優れた高温安定性、人の汗や海水などに対する良好な耐食性(耐塩水性)が要求される。このため、薄膜抵抗器を構成する抵抗薄膜においては、これらの特性を実現する必要がある。
【0005】
一般に、Ni−Cr合金では、Niに対するCrの質量比Cr/Niを調整することにより、抵抗温度特性の向上、または、高温安定性の向上を図ることができるが、これらの特性を同時に満足することは困難である。
【0006】
このため、特許第2542504号公報および特開平6−20803号公報に記載されているように、Ni−Cr−Al−Si合金のような4元素合金を用いることにより、これらの特性を改善することが検討されてきた。しかし、Ni−Cr−Al−Si合金は、耐塩水性について、Ta合金およびTaN化合物に劣るという問題がある。
【0007】
一方、従来のTa合金またはTaN化合物を用いた薄膜抵抗器は、耐塩水性が良好であるものの、ある特定の膜厚以外では抵抗温度係数が安定せず、幅広い抵抗値の薄膜抵抗器を製造することが困難である。
【0008】
したがって、前述の抵抗温度特性の向上、高温安定性の向上、および耐塩水性の向上を、同時に満足することが求められている。
【特許文献1】特許第2542504号公報
【特許文献2】特開平6−20803号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、従来の問題に鑑みてなされたものであり、抵抗温度係数が−25〜+25ppm/℃の範囲内という抵抗温度特性、155℃で1000時間の高温保持における経時的抵抗変化率が0.1%以下という高温安定性、および、酸性人工汗液(JIS L0848)を用いた電食試験における溶解開始電圧が3V以上となる耐塩水性を、同時に備える薄膜抵抗器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るスパッタリングターゲットは、20質量%以上、60質量%以下のTaと、8質量%を超え、15質量%以下のAlを含み、残部はCrおよびNiからなり、Niに対するCrの質量比Cr/Niが0.5〜1.2である。
【発明の効果】
【0011】
本発明のスパッタリングターゲットを用いて、スパッタリング法で薄膜を形成し、かつ、所定の熱処理が施された抵抗薄膜を用いた薄膜抵抗器は、従来のNi−Cr−Al−Si合金で達成していた抵抗温度特性および高温安定性の向上が得られ、かつ、耐塩水性について、格段に改善される。その結果、電子部品を、高温中や、人の汗や海水と接触する厳しい環境下で使用することを可能にするという顕著な効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明者は、鋭意研究を重ねた結果、従来から抵抗薄膜材料として使用されているNi−Cr合金に対して、耐食性が良好で表面酸化皮膜に濃化しやすいAlおよびTaを組み合わせて添加した合金をスパッタリングターゲットとして用いて、抵抗薄膜を絶縁基板上に形成した薄膜抵抗器において、抵抗温度特性、高温安定性および耐塩水性が良好であるとの知見を得て、本発明を完成させた。
【0013】
本発明のスパッタリングターゲットは、20質量%以上、60質量%以下のTaと、8質量%を超え、15質量%以下のAlを含み、残部はCrおよびNiからなり、Niに対するCrの質量比Cr/Niが0.5〜1.2である。
【0014】
Taは、主として耐塩水性に効果がある。抵抗薄膜において、Taの含有量が20質量%未満では、耐塩水性への効果が不十分であり、60質量%を超えると、抵抗温度係数が負に大きくなり、抵抗温度係数の絶対値を0付近とするための熱処理温度が高くなると共に、熱処理温度の温度幅も狭くなってしまう。したがって、スパッタリングターゲットにおいて、Taの含有量を20質量%以上、60質量%以下とする。
【0015】
Alは、Taと同様に、耐塩水性を向上させる効果があるほか、抵抗薄膜の高温安定性の改善に寄与する。抵抗薄膜において、Alの含有量が5質量%未満であるか、または、10質量%を超えると、抵抗薄膜の抵抗温度係数が負に大きくなる。また、高温安定性の改善の効果も失われる。したがって、耐塩水性および高温安定性の向上の効果が得られ、かつ、抵抗温度係数が負に大きくならないようにするためには、抵抗薄膜中のAlの含有量を5質量%〜10質量%の範囲内とすることが好ましい。
【0016】
ところで、スパッタリング法によって成膜されたTa−Ni−Cr−Al合金からなる抵抗薄膜の組成は、成膜条件によっては、スパッタリングターゲットの組成とは同一とはならず、スパッタリングターゲットよりもAlの含有量が減少してしまう場合がある。このため、スパッタリングターゲットにおけるAlの含有量については、8質量%を超え、15質量%以下とすることが好ましい。
【0017】
CrおよびNiは、主として、抵抗温度特性および高温安定性の改善に効果がある。ただし、Niに対するCrの質量比Cr/Niが、0.5未満であると、抵抗温度特性の改善効果が小さくなり、抵抗温度係数が大きくなるとともに、高温安定性が不十分となる。一方、Niに対するCrの質量比Cr/Niが1.2を超えると、抵抗温度特性の改善効果が小さくなり、抵抗温度係数が大きくなるとともに、高温安定性が不十分となる。また、いずれの場合も、製造上の再現性が悪化する。
【0018】
本発明のスパッタリングターゲットは、前記組成を有するように配合した原料、たとえば、電気ニッケル、電解クロム、アルミニウムショット、タンタル板を、真空溶解炉でArガス中、1500℃の条件で、溶解し、冷却することによりインゴットを作製し、得られたインゴットに対して均質化処理を施し、該インゴットを適切な形状に加工することにより得られる。
【0019】
また、本発明のインゴットは、脆性なCr2Ta相を含み割れやすいことから、得られたインゴットをスタンプミルなどで粉砕し、ホットプレス法により、Arガス中、1150℃の条件で焼結することによりスパッタリングターゲットとすることも有効である。
【0020】
本発明のスパッタリングターゲットを用いて、スパッタリング法により、絶縁材料基板上に成膜すると、Ta−Ni−Cr−Al合金からなる抵抗薄膜が得られる。しかしながら、真空中で成膜したままの抵抗薄膜は、耐塩水性が十分でなく、また、抵抗温度係数が負に大きく、さらに高温安定性についても不十分である。
【0021】
このため、本発明のスパッタリングターゲットを用いて成膜した抵抗薄膜に対して、組成に応じて、大気中において所定の熱処理を行うことが必要である。所定の熱処理を行うことにより、耐塩水性が従来のNi−Cr−Al−Si合金よりも良好であり、抵抗温度係数が−25〜+25ppm/℃の範囲内であり、さらに、温度155℃で1000時間保持した場合の抵抗変化率が、0.10%以下である抵抗薄膜を得ることが可能となる。
【0022】
具体的には、400℃〜650℃、および、1〜5時間の範囲内で、組成に応じて選択された熱処理条件により、薄膜に対する熱処理を大気中で行う。
【0023】
熱処理温度が400℃未満では、耐食性、耐熱性が十分には発現せず、抵抗温度係数も負に大きいままであり、一方、熱処理温度が650℃を超えると、抵抗温度係数が正に大きくなる。熱処理時間が1時間未満では、耐食性および耐熱性が十分には発現せず、抵抗温度係数も負に大きいままであり、一方、5時間を超えて熱処理をしても、各特性に及ぼす効果は小さく、生産性が悪くなる。
【0024】
この熱処理により、抵抗薄膜の表面に緻密で安定な酸化皮膜が形成され、塩素に対する高い耐食性を付与することができる。また、同時に抵抗温度係数が調整され、安定的に−25〜+25ppm/℃以内とすることが可能となるとともに、良好な高温安定性が得られる。なお、前記酸化皮膜は、Cr、TaおよびAlが主成分である。
【0025】
なお、熱処理を行う雰囲気は、大気に代えて酸素を微量(5〜30%)含んだ不活性ガスにしてもよい。また、この大気中での熱処理の前に、真空中で熱処理をして抵抗温度係数の調整を行ってもよい。
【0026】
本発明に係る薄膜抵抗器は、図1に示すように、絶縁材料基板(1)と、該絶縁材料基板(1)上に形成された抵抗薄膜(2)と、該絶縁材料基板(1)上で該抵抗薄膜(2)の両側に形成された電極(3)とからなる。なお、絶縁材料基板(1)としては、アルミナ基板のほかに、SiO2を用いることができる。また、電極(3)としては、Au電極のほかに、Cr、Ni、Cuなどを用いることができる。
【実施例】
【0027】
[実施例1]
表1に示した組成となるように配合した原料(電気ニッケル、電解クロム、アルミニウムショット、タンタル板)を真空溶解炉でArガス中、1500℃の条件で溶解し、約2kgのインゴットを作製した。得られたインゴットに均質化処理を施した後、ワイヤーカットで厚さ5mm、直径150mmの丸板を切り出し、上下面を研削してスパッタリングターゲットとした。
【0028】
成膜工程は、カソードスパッタリング法によって以下のように行った。真空室にアルミナ基板を装入し、1×10-4Paに排気した後、純度99.9995%のアルゴンガスを導入して、0.3Paの圧力に保ち、スパッタパワー0.3kWで、膜厚が500Åとなるように、前記アルミナ基板上に抵抗薄膜を成膜した。得られた抵抗薄膜の組成を表1に示す。
【0029】
得られた抵抗薄膜の両端に、膜厚5000ÅのAu電極を、前述と同様にカソードスパッタリング法により成膜し、その後、大気中、450℃で、3時間の熱処理を行うことにより、アルミナ基板、熱処理を受けた抵抗薄膜、およびAu電極からなる薄膜抵抗器を得た。
【0030】
得られた薄膜抵抗器における抵抗薄膜の組成を、ICP発光分析法により測定したところ、Ta、CrおよびNiの含有量については、スパッタリングターゲットと同様であったが、Alの含有量については、表1に示すように変動がみられた。
【0031】
また、得られた薄膜抵抗器について、以下のように、抵抗温度特性、高温安定性および耐塩水性の評価を行った。
【0032】
抵抗温度特性については、得られた薄膜抵抗器を恒温漕に入れ、25℃と125℃における抵抗値を測定することにより、抵抗温度係数を算出した。
【0033】
高温安定性については、得られた薄膜抵抗器を155℃の恒温漕内に1000時間保持した前後で測定した抵抗値から算出した抵抗変化率(155℃、1000時間)を測定した。
【0034】
耐塩水性については、得られた薄膜抵抗器について、以下のような電食試験(ウォータードロップ試験)を行い、溶解開始電圧を測定した。
【0035】
まず、抵抗薄膜(2)の初期抵抗値をデジタルマルチメータにより四端子法で測定した。次に、図2に示すように、マイクロシリンジで、抵抗薄膜(2)の中央に酸性人工汗液(JIS L0848)を30μL滴下し、液滴(4)の直径およびAu電極(3)間の長さから、液滴(4)の両端に負荷される電圧(Vd)が1VとなるようにAu電極(3)間の電圧(Vp)を調整した。Au電極(3)間の電圧(Vp)を一定として、3分間電圧を負荷した後、水洗および乾燥を行い、四端子法により抵抗値を測定し、電圧負荷前後の抵抗変化率を測定した。
【0036】
このような測定を、液滴(4)の両端に負荷される電圧(Vd)が1Vから0.2V刻みで上昇するように、Au電極(3)間の電圧(Vp)を調整して繰り返すことにより、抵抗変化率が0.2%を超えた時の液滴(4)の両端に負荷される電圧(Vd)を得て、抵抗薄膜(2)の溶解開始電圧とした。
【0037】
したがって、得られる溶解開始電圧は、酸性人工汗液(JIS L0848)を滴下し両端のAu電極間に一定の電圧で3分間電圧を負荷し水洗および乾燥を行って測定される抵抗変化率が0.2%を超えるという条件を満足する際に測定される液滴の両端の電圧のうち最小値である。
【0038】
抵抗温度係数、抵抗変化率(155℃、1000時間)、および溶解開始電圧の測定結果を、表1に示す。
【0039】
[実施例2および比較例1〜8]
表1に示した組成となるように、構成元素および配合割合を変えたスパッタリングターゲットを用いたこと以外は、実施例1と同様にして、それぞれの薄膜抵抗器を得た。
【0040】
得られた薄膜抵抗器について、実施例1と同様に、測定および評価を行った。抵抗温度係数、抵抗変化率(155℃、1000時間)、および溶解開始電圧の測定結果を、表1に示した。
【0041】
【表1】

【0042】
実施例1および2は、抵抗薄膜におけるAlの含有量が5質量%〜10質量%の範囲内にあり、いずれも抵抗温度係数が−25〜+25ppm/℃の範囲内であり、良好な抵抗温度特性を示した。また、抵抗変化率(155℃、1000時間)が0.10%以下であり、高温安定性が格段に改善されていた。さらに、電食試験における溶解開始電圧も3V以上であり、耐塩水性にも優れていた。
【0043】
実施例1および2に対し、TaとCrの合金からなる比較例1は、耐塩水性は良好であるものの、抵抗温度係数と抵抗変化率(155℃、1000時間)が劣っており、Ni−Cr−Al−Si合金からなる比較例2は、抵抗温度係数は良好であるものの、抵抗変化率(155℃、1000時間)と耐塩水性が劣っていた。
【0044】
比較例3は、Taの含有量が60質量%を超え、抵抗温度特性が不足していた。また、比較例4は、Taの含有量が20質量%未満であり、高温安定性と耐塩水性が不足していた。
【0045】
比較例5は、スパッタリングターゲットにおけるAlの含有量が8質量%以下であったため、抵抗薄膜におけるAlの含有量が4.7質量%となり、耐塩水性が不足していた。一方、比較例6は、スパッタリングターゲットにおけるAlの含有量が15質量%を超えていたため、抵抗薄膜におけるAlの含有量が10質量%を超えてしまい、抵抗温度特性と高温安定性が不足していた。
【0046】
比較例7は、Niに対するCrの質量比Cr/Niが0.5未満であり、比較例8は、Niに対するCrの質量比Cr/Niが1.2を超え、抵抗温度特性と高温安定性が不足していた。
【0047】
以上の結果から、本発明のスパッタリングターゲットにより、抵抗温度特性の向上、高温安定性の向上、および耐塩水性の向上を、同時に満足する抵抗薄膜を得ることができて、精密な精度が要求される電子部品が得られ、さらには、高温中や、人の汗や海水と接触する厳しい環境下で使用する電子機器の信頼性が向上するという顕著な効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明が適用される薄膜抵抗器の概略図である。
【図2】電食試験(ウォータードロップ試験)の概要を示す図である。
【符号の説明】
【0049】
1 アルミナ基板
2 抵抗薄膜
3 Au電極
4 液滴
5 低電圧電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
20質量%以上、60質量%以下のTaと、8質量%を超え、15質量%以下のAlを含み、残部はCrおよびNiからなり、Niに対するCrの質量比Cr/Niが0.5〜1.2であるスパッタリングターゲット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2008−7810(P2008−7810A)
【公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−178903(P2006−178903)
【出願日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【出願人】(000183303)住友金属鉱山株式会社 (2,015)
【Fターム(参考)】