説明

スラストころ軸受

【課題】 スラストころ軸受において、貧潤滑環境下であっても軌道盤の摩耗が少なくなるようにすることである。
【解決手段】 スラストころ軸受200の保持器14において、ころ止め部19における保持器14のラジアル方向の長さをL1、ころ15の軸方向の全長のうち、ストレート部22の長さ(ころ15の全長から、両端の曲面部21の長さL3を除いた部分の長さ)をL2としたとき、それらの長さの比率(L2/L1)が0.01以上で、0.6以下になるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に斜板式コンプレッサに使用されるスラストころ軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両(例えば、自動車)に搭載されるエアコンディショナーに使用されるコンプレッサとして、可変容量型の斜板式コンプレッサが公知である(例えば、特許文献1を参照)。
【0003】
可変容量型の斜板式コンプレッサ(図1参照)の場合、斜板は、回転軸の軸線に対して所定の角度で斜めに取り付けられている。斜板式コンプレッサの斜板を支持するスラストころ軸受には、微量の潤滑油を混入させた冷媒によって潤滑が行われているが、その潤滑条件が通常の軸受装置よりも過酷であり、ころや斜板が損傷し易くなる。特に、軌道盤が摩耗し易くなる。
【0004】
特に、地球環境の保護の観点から、冷媒として代替フロン(例えば、ハイドロフルオロカーボン)や二酸化炭素が使用されている。これらの冷媒に潤滑油が付着すると、斜板式コンプレッサの圧縮機能に悪影響が及ぶ(特許文献2を参照)。このため、近時の斜板式コンプレッサは、潤滑油が少ない貧潤滑環境下(例えば、潤滑油の粘度が3センチストークス以下の環境下)であっても正常に作動することを要求されており、上記した不具合が発生し易くなっている。また、貧潤滑油環境下で作動させることにより、作動中の音響値も増大する。
【特許文献1】特開平5−26154号公報
【特許文献2】特開2004−316930号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記した事情に鑑み、スラストころ軸受において、貧潤滑環境下であっても軌道盤の摩耗が少なくなるようにすることを課題としている。
【課題を解決するための手段及び発明の効果】
【0006】
上記課題を達成するための本発明は、
軌道盤同士の間に介装される保持器に設けられた多数個のポケットのそれぞれに、ころが転動自在に収容されて成るスラストころ軸受であって、
前記ころは、前記保持器のポケットに形成されたころ止め部に抜止め状態で保持され、その軸方向の両端部の外周面が曲面形状に形成される曲面部と、前記外周面における前記曲面部を除く部分に形成されるストレート部とを有し、
前記ころ止め部における前記保持器のラジアル方向の長さをL1、前記ころの外周面におけるストレート部の軸方向の長さをL2としたとき、L2をL1で除した値が0.01以上で0.6以下であることを特徴としている。
【0007】
そして、前記ころの外周面におけるストレート部の軸方向の長さL2は、ころの軸直角方向の長さの倍率を1000倍、同じく軸方向の長さの倍率を10倍として測定したときの長さである。
【0008】
本出願人は、ころ止め部における保持器のラジアル方向の長さL1を一定とし、ころのストレート部の軸方向の長さL2を変えて貧潤滑環境下(例えば、潤滑油の粘度が3センチストークスの環境)で実験を行い、軌道盤の摩耗深さと、ころの真円度を測定した。その結果、ころのストレート部の長さL2を、保持器のころ止め部の長さL1で除した値(長さの比率)が0.01以上で0.6以下のときに、一定の許容値内に入ることが判明した。即ち、長さの比率を上記した範囲内とすることにより、スラストころ軸受を損傷させたり、音響値を増大させたりすることが防止される。
【0009】
この結果、例えば近時の斜板式コンプレッサのように、ころに供給される潤滑剤の粘度が3センチストークスの潤滑条件下であっても、スラストころ軸受を損傷させることはおそれを小さくできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の実施例について説明する。図1は本発明の実施例の斜板式コンプレッサ100の断面図、図2は図1のX−X線断面図、図3はスラストころ軸受200の要部の拡大断面図、図4の(a)はストレート部22の長さL2が短いときのころ15を示す図であり、同じく(b)はストレート部22の長さL2が長いときのころ15を示す図である。
【実施例1】
【0011】
最初に、可変容量型の斜板式圧縮機100の全体構成について、簡単に説明する。図1に示されるように、アキシャル方向Qに沿って直列に連結された2つのシリンダ1,2によって形成される空間部Vにピストン3が挿入されている。ピストン3は、空間部V内をアキシャル方向Qに沿って移動可能である。各シリンダ1,2の開口側の端部は、キャップ4とサイドカバー5とによって閉塞されている。各シリンダ1,2の軸心部分には、回転軸6が配置されている。回転軸6は、各シリンダ1,2に取り付けられたラジアルころ軸受(図示せず)により、回転自在に支持されている。
【0012】
回転軸6には、その軸線6aと所定の角度θで斜めになるように斜板ガイド7が取り付けられていて、この斜板ガイド7にスラストころ軸受200が取り付けられている。即ち、斜板ガイド7の最初の段付き部7aには、スラストころ軸受200の軌道盤8が一体となるように装着されているとともに、2段目の段付き部7aにはラジアルころ軸受9が装着されている。そして、このラジアルころ軸受9を介して斜板11が、斜板ガイド7と同心となるように取り付けられている。斜板ガイド7は、回転軸6に対して揺動自在である。斜板11は、回転軸6の回転に伴い、その軸線6aに対して「みそすり運動(歳差運動)」をする。
【0013】
斜板11には、受け部12が設けられている。この受け部12には、ビストン3と斜板11とを連結するピストン連結棒13の先端球面部13aに対応する摺接面が形成されている。ピストン連結棒13の先端球面部13aは、受け部12の摺接面に揺動自在に装着されている。
【0014】
次に、本実施例のスラストころ軸受200について説明する。図2に示されるように、本実施例のスラストころ軸受200は、対向配置される一対の軌道盤(本実施例の場合、軌道盤8と斜板11)と、それらの間に介装される保持器14と、保持器14の周方向に等角度をおいて転動自在に保持される多数本のころ15とを備えている。ころ15は、保持器14に設けられたポケット16に転動自在に収容されている。保持器14は薄い金属円板の内周縁部と外周縁部とを同一方向に屈曲させて形成される環状周縁部17,18と、金属円板における環状周縁部17,18との間の部分を複数回屈曲させて形成されるころ止め部19とを備えている。保持器14のポケット16に収容されたころ15は、ころ止め部19により、ポケット16から抜け出ることが抑止されている。
【0015】
本出願人は、潤滑剤としての潤滑油の粘度が3センチストークス以下の貧潤滑条件下でスラストころ軸受200の実験を行い、図3に示されるように、軌道盤8における保持器14のころ止め部19と対応する位置8aが摩耗することを確認した。その理由を説明する。スラストころ軸受200では、保持器14をころ15のガイド部材としているため、保持器14のころ止め部19ところ15の外周面とが接触し易い。そして、ころ15において軸方向の両端部は、軸方向の中央部よりもすべり運動が大きくなる。この結果、ころ15の外周面で、軸方向の両端部近傍(ころ止め部19に対応する部分)において、特に潤滑油の欠乏(油膜切れ)が生じ易い。この状態でスラストころ軸受200を使用すると、軌道盤8におけるころ止め部19に対応する部分が摩耗してしまう。そして、これに伴う騒音も発生し易くなる(音響値が増大する)。
【0016】
この不具合を回避するため、ころ15の外周面を曲面にする加工が施される(クラウニング)。これにより、ころ15の軸方向の両端部近傍でころ15の外周面と軌道盤8との間に隙間が形成され、軌道盤8の摩耗が回避される。
【0017】
更に、本出願人は、ころ止め部19における保持器14のラジアル方向の長さL1と、ころ15における軸方向の両端部のみを曲面形状(曲面部21)とする加工(以下、曲面加工と記載する)を施したときに、ころ15の外周面の残りの部分であるストレート部22の軸方向の長さL2とを変化させて実験を行い、それぞれの場合における軌道盤8の摩耗深さと、ころ15の真円度を測定した。実験では、外径が3mmで、全長が6mmのころ15を使用し、貧潤滑環境下(ころ15に供給される潤滑油の粘度が3センチストークス以下)で、ころ15のストレート部22の長さL2を変化させたときの軌道盤8の摩耗深さと、ころ15の曲面部21の真円度を測定した。なお、ころ止め部19において、保持器14のラジアル方向の長さL1は一定である。また、ころ15の曲面部21の長さL3は、左右とも同一である(図4参照)。表1に示されるように、本出願人は全部で8回の実験を行った。
【0018】
【表1】

【0019】
例えば、実験1では、ころ15のストレート部22の長さL2と保持器14のころ止め部19の長さL1との比率(L2/L1)を0%としている。このときのころ15は、図4の(a)に示されるように、ストレート部22の長さL2が極めて短い場合である。また、実験8において、比率(L2/L1)が103%というのは、ころ15のストレート部22の長さL2を保持器14のころ止め部19の長さL1よりも少し長くした場合である。
【0020】
図5の(a),(b)に、長さの比率(L2/L1)が60%における各軌道盤8の摩耗深さの測定結果を示す。この測定結果は、ころ15の縦倍率(ころ15の直径方向の長さの倍率)を1000倍、同じく横倍率(ころ15の軸方向の長さの倍率)を10倍としたときの測定値である。これより、各軌道盤8の摩耗深さは1μmと2μmであり、軌道盤8の総摩耗深さが3μm(1μm+2μm)であることがわかる。
【0021】
そして、8回の実験結果を図6のグラフに示す。図6のグラフより、長さの比率(L2/L1)を小さくする(ストレート部22の長さL2を短くする)ことにより、ころ15と軌道盤8との接触面積が小さくなるため摩耗深さは小さくなることがわかる。しかし、曲面部21の加工量が多くなるため、真円度は低下している。ここで、摩耗深さの許容値を10μm以下とし、真円度の許容値を2μm以下とすると、長さの比率(L2/L1)が1%(実験2の場合)以上で、60%(実験6の場合)以下の場合に、測定値が許容値内に入っていることがわかる。上記した結果、ころ15の両端部を曲面加工する場合、保持器14のころ止め部19の長さL1と、ころ15のストレート部22の長さL2との比率(L2/L1)が1%以上で60%以下であれば、貧潤滑環境下であっても総摩耗深さと真円度が許容値内に入ることが判明した。
【0022】
これにより、例えば近時の斜板式コンプレッサ100のように、貧潤滑環境下で使用されるスラストころ軸受200であっても、その軌道盤8を損傷させるおそれを小さくできるとともに、作動中の音響値も低減させることができる。
【0023】
本明細書では、斜板式コンプレッサ100に使用されるスラストころ軸受200について説明した。このスラストころ軸受200は、斜板式コンプレッサ100の他に、車両(自動車)のオートマチックトランスミッションにも使用される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の実施例の斜板式コンプレッサ100の断面図である。
【図2】図1のX−X線断面図である。
【図3】スラストころ軸受200の要部の拡大断面図である。
【図4】(a)はストレート部22の長さL2が短いときのころ15を示す図であり、(b)はストレート部22の長さL2が長いときのころ15を示す図である。
【図5】(a),(b)は、各軌道盤8の摩耗深さを示すグラフである。
【図6】実験結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0025】
100 斜板式コンプレッサ
200 スラストころ軸受
8 軌道盤
11 斜板(軌道盤)
14 保持器
15 ころ
16 ポケット
19 ころ止め部
21 曲面部
22 ストレート部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軌道盤同士の間に介装される保持器に設けられた多数個のポケットのそれぞれに、ころが転動自在に収容されて成るスラストころ軸受であって、
前記ころは、前記保持器のポケットに形成されたころ止め部に抜止め状態で保持され、その軸方向の両端部の外周面が曲面形状に形成される曲面部と、前記外周面における前記曲面部を除く部分に形成されるストレート部とを有し、
前記ころ止め部における前記保持器のラジアル方向の長さをL1、前記ころの外周面におけるストレート部の軸方向の長さをL2としたとき、L2をL1で除した値が0.01以上で0.6以下であることを特徴とするスラストころ軸受。
【請求項2】
前記ころの外周面におけるストレート部の軸方向の長さL2は、ころの軸直角方向の長さの倍率を1000倍、同じく軸方向の長さの倍率を10倍として測定したときの長さであることを特徴とする請求項1に記載のスラストころ軸受。
【請求項3】
前記ころに供給される潤滑剤の粘度が3センチストークスの潤滑条件下で使用されることを特徴とする請求項1又は2に記載のスラストころ軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−191982(P2009−191982A)
【公開日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−34187(P2008−34187)
【出願日】平成20年2月15日(2008.2.15)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】