説明

ターボ回転機械用の自動調整シール

【課題】ターボ回転機械の稼動状態に応じて所望のタイミングで動作し、シール間隙を適切に調整しうる自動調整シールを提供する。
【解決手段】自動調整シール1は、ロータ2に沿うように、ダミー環4の溝6に嵌着された可動シール部材20を備える。可動シール部材20は、皿ばね30によって半径方向外方に付勢されており、ターボ回転機械の起動・停止時において、可動シール部材20とロータ2との間隙は広がっている。一方、ターボ回転機械の定格運転時には、可動シール部材20の高圧側端面と溝6との間を介して溝6の内部に流入した流体によって、可動シール部材20が皿ばね30の付勢力に抗してロータ2側に押圧されるようになっている。可動シール部材20の低圧側端面および該低圧側端面に対向する溝6の壁面のうち少なくとも一方に両者の摺動を円滑化する処理が施されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、蒸気タービン、ガスタービン、コンプレッサ等のターボ回転機械に用いられる自動調整シールに関する。ここで、自動調整シールとは、ターボ回転機械の稼動状態に応じてシール間隙が自動的に調整されるシールをいう。
【背景技術】
【0002】
蒸気タービン、ガスタービン、コンプレッサ等のターボ回転機械では、運転効率の向上の観点から、回転部材(ロータや動翼)と静止部材(車室や静翼)との間隙を介した作動流体の漏洩を防止するシールが様々な箇所に設けられている。
例えば、高中圧室一体型の蒸気タービンの高圧部と中圧部の間などに設けられるダミー環シール、ロータが車室を貫通する部位に設けられるグランドシール、動翼先端と車室の間に設けられる動翼チップシール、静翼先端とロータの間に設けられる静翼チップシール等が挙げられる。
【0003】
この種のシールは、従来、複数条のフィンを有するラビリンスブロックと、ラビリンスブロックを背面から弾性的に支持する板ばねとで構成されるラビリンスシールを用いるのが一般的であった。この場合、静止部材に形成された溝にラビリンスブロックを嵌着した状態で、該ラビリンスブロックを板ばねで背面から押さえつけることで、フィンと回転部材との間隙が一定に維持されるようになっている。これにより、フィンと回転部材との微小な隙間の通過時に、流体は急激に膨張して圧力が低下するので、流体の漏れが抑制される。
【0004】
ところが、上記構成のラビリンスシールでは、フィンと回転部材との隙間が小さすぎると、ターボ回転機械の運転状態によっては(特に、起動・停止時)、回転部材と静止部材の熱伸び差の影響で、フィンが回転部材と接触してしまい、フィンの摩耗や軸振動が発生することがあった。一方、フィンと回転部材の隙間を大きくすると、流体の漏れを十分に防止することができず、ターボ回転機械の運転効率が低下してしまうという問題があった。
【0005】
そこで、従来のラビリンスシールに代わるものとして、特許文献1には、ターボ回転機械の稼動状態に応じてシール間隙が自動的に調整される自動調整シールが記載されている。
このシールは、回転部材(ロータ)の水平分割面寄りに配置された固定シールリングと、中央寄りに配置された可動シールリングとで構成されている。このうち可動シールリングは、弾性体(波板ばね、皿ばね、金属ベローズ等)により半径方向外方に付勢されており、ターボ回転機械の起動・停止時におけるシール間隙が十分に確保されるようになっている。一方、ターボ回転機械の定格運転時では、可動シールリングは、ターボ回転機械内の流体の圧力によって、弾性体の付勢力に抗して半径方向内方に押されるので、シール間隙を最小限にすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−97352号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、特許文献1に記載の自動調整シールは、可動シールリングとこれが固定される静止部材との摺動部の摩擦力(f)を考慮に入れて、可動シールリングの背面の流体圧力(P)が、弾性体による付勢力(F)よりも十分に大きくなるように設計される。
すなわち、ターボ回転機械の定格運転時において次の不等式(1)が成立するように、可動シールリングの形状(有効面積)や弾性体の材質及び形状等が決定される。
背面圧力(P)×シールリング有効面積(A)>付勢力(F)+摩擦力(f)・・・(1)
【0008】
しかしながら、現実には、このような手法で設計した自動調整シールは必ずしもうまく作動せず、ターボ回転機械の定格運転時におけるシール間隙が過大となり、流体の漏れを十分に防止できなかったり、逆にターボ回転機械の非定常運転時のクリティカルポイントを通過するまでに、可動シールリングが作動してしまい回転部材と接触したりすることが起こり得る。特に、近年開発が盛んに行われているACCアブレイダブルシールについて後者の事態が起きてしまうと、可動シールリング表面に設けられたアブレイダブル材が想定以上に損傷し、それ以降、所望のシール間隙を形成することができなくなってしまう。なお、ここでいうACCアブレイダブルシールとは、仮に可動シールリングが何らかの要因で回転部材に接触しても、回転部材の曲がり変形の原因となる発熱が抑制されるよう、容易に切削されるアブレイダブル材を可動シールリング表面に設けた自動調整シールをいう。
また、ダミー環シールとして自動調整シールを複数並べて配置した場合、可動シールリングが動作するタイミングがばらついてしまうことがある。
【0009】
そこで、本発明者らは自動調整シールの動作に影響を与える因子について検討した結果、可動シールリングと静止部材との摺動部の摩擦力(f)は、自動調整シールの個体差によるばらつきが大きく、自動調整シールの動作に大きく影響するとの知見を得た。
【0010】
本発明は、上述の事情に鑑みてなされたものであり、ターボ回転機械の稼動状態に応じて所望のタイミングで動作し、シール間隙を適切に調整しうる自動調整シールを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係るターボ回転機械用の自動調整シールは、回転部材が静止部材に対峙しながら回転し、該回転部材と流体とのエネルギーの受け渡しを行うターボ回転機械用の自動調整シールであって、前記回転部材に沿うように、前記静止部材に設けられた溝に嵌着された可動シール部材と、前記回転部材との間隙が広がるように前記可動シール部材を付勢する付勢手段とを備え、少なくとも前記ターボ回転機械の定格運転時において、前記可動シール部材の高圧側端面と前記溝との間を介して前記溝の内部に流入した前記流体によって、前記可動シール部材が前記付勢手段の付勢力に抗して前記回転部材側に押圧されるように構成されるとともに、前記可動シール部材の低圧側端面および該低圧側端面に対向する前記溝の壁面のうち少なくとも一方に、前記可動シール部材の前記低圧側端面と前記溝の前記壁面との摺動を円滑化する処理が施されたことを特徴とする。
【0012】
本明細書において、「摺動を円滑化する処理」とは、摺動部における摩擦係数を低減する任意の処理を指す。なお、摺動部における摩擦係数は、可動シール部材及び静止部材の材質等によって異なるが、特段の処理を行わない場合、通常0.5よりも大きい。よって、「摺動を円滑化する処理」は、摺動部の摩擦係数を0.5以下とする処理ということもでき、例えば摺動部の摩擦係数を0.1〜0.5とする処理を意味する。
【0013】
上記自動調整シールでは、可動シール部材の低圧側端面および該低圧側端面に対向する静止部材の溝の壁面(すなわち可動シール部材と静止部材との摺動部)のうち少なくとも一方に、両者の摺動を円滑化する処理が施されている。このため、上記不等式(1)における右辺第2項の「摩擦力(f)」が小さくなり、主として、左辺の「背面圧力(P)×シールリング有効面積(A)」および右辺第1項の「付勢力(F)」の大小関係で自動調整シールの動作タイミングが決定される。これにより、自動調整シールの個体差によるばらつきが生じやすい摺動部の摩擦力が、自動調整シールの動作にあまり影響しなくなるので、ターボ回転機械の稼動状態に応じて所望のタイミングで自動調整シールを動作させることができる。
また、可動シール部材と静止部材との摺動部に摺動を円滑化する処理を施すことで、摺動部の摩擦力のばらつき自体も低減されるので、ターボ回転機械の稼動状態に応じて所望のタイミングで自動調整シールを動作させることができる。
【0014】
上記ターボ回転機械用の自動調整シールにおいて、前記摺動を円滑化する処理として、前記可動シール部材の低圧側端面および該低圧側端面に対向する前記溝の壁面のうち少なくとも一方に潤滑皮膜を形成してもよい。
【0015】
この場合、前記潤滑皮膜は、例えば塗布、溶射又はめっきにより形成することができる。
【0016】
また、前記潤滑皮膜は、二硫化モリブデン、グラファイト、二硫化タングステン、フッ化黒鉛、窒化ホウ素、銅、ニッケル、鉛、錫、銀、四フッ化エチレン、ポリイミド及び高密度ポリエチレンの少なくとも一つからなる固体潤滑剤を含んでいてもよい。
【0017】
固体潤滑材を含む潤滑皮膜を用いる場合、前記可動シール部材の低圧側端面および該低圧側端面に対向する前記溝の壁面のうち少なくとも一方に、前記固体潤滑剤を定着させるためのディンプルを形成することが好ましい。
これにより、可動シール部材と静止部材の溝壁面との摺動の円滑化効果が失われることを防止し、自動調整シールの正常な動作を長期に亘って維持することができる。
【0018】
上記ターボ回転機械用の自動調整シールにおいて、前記摺動を円滑化する処理として、前記可動シール部材の前記低圧側端面に対向する前記溝の壁面の角部を面取り加工してもよい。
【0019】
あるいは、上記ターボ回転機械用の自動調整シールにおいて、前記摺動を円滑化する処理として、前記可動シール部材の低圧側端面および該低圧側端面に対向する前記溝の壁面の少なくとも一方の表面粗度Raを6.3μm以下としてもよい。
【0020】
上記ターボ回転機械用の自動調整シールにおいて、前記可動シール部材の前記回転部材に対向する表面上に、アブレイダブル材の皮膜が形成されていることが好ましい。
このように可動シール部材の表面にアブレイダブル材を設けた自動調整シール(いわゆるACCアブレイダブルシール)は、仮にターボ回転機械の運転中に可動シール部材が何らかの要因で回転部材に接触することがあっても、アブレイダブル材が容易に切削されるので発熱を抑制することができ、発熱に起因する回転部材の曲がり変形を防止できるため、実用化が強く望まれている。ところが、ACCアブレイダブルシールの場合、可動シール部材が所望のタイミングよりも早く動作してしまい、ターボ回転機械が定格運転に達する前(特に、非定常運転時のクリティカルポイントを通過するまで)にシール間隙が狭まり、回転部材と接触してしまうと、アブレイダブル材が想定以上に損傷し、それ以降、所望のシール間隙を形成することができなくなってしまう。
この点、上記自動調整シールは、ターボ回転機械の稼動状態に応じて所望のタイミングで動作可能であるから、ACCアブレイダブルシールに適用すれば、アブレイダブル材の想定以上の損傷を防止できる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、可動シール部材と静止部材との摺動部に、両者の摺動を円滑化する処理を施したので、主として、付勢手段による付勢力と、該付勢力に抗して可動シール部材を回転部材側に押す流体の圧力との関係によって、自動調整シールの動作タイミングが決定される。したがって、自動調整シールの個体差によるばらつきが生じやすい摺動部の摩擦力が、自動調整シールの動作にあまり影響しなくなるので、ターボ回転機械の稼動状態に応じて所望のタイミングで自動調整シールを動作させることができる。
また、可動シール部材と静止部材との摺動部に摺動を円滑化する処理を施すことで、摺動部の摩擦力のばらつき自体も低減されるので、ターボ回転機械の稼動状態に応じて所望のタイミングで自動調整シールを動作させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】自動調整シールの全体構成例を示す正面図である。
【図2】可動シール部材の構成例を示す断面図である。
【図3】ターボ回転機械の稼動状態に応じて可動シール部材が移動する様子を模式的に示す図であり、(a)は起動・停止時における可動シール部材の状態を、(b)は定格運転時における可動シール部材の状態を示している。
【図4】第1実施形態の自動調整シールにおける可動シール部材の構成例を示す断面図である。
【図5】第2実施形態の自動調整シールにおける可動シール部材の構成例を示す断面図である。
【図6】第3実施形態の自動調整シールにおける可動シール部材の構成例を示す断面図である。
【図7】可動シール部材の他の構成例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、添付図面に従って本発明の実施形態について説明する。ただし、この実施形態に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対的配置等は、特定的な記載がない限り本発明の範囲をこれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例にすぎない。
【0024】
[第1実施形態]
図1はターボ回転機械用の自動調整シールの全体構成例を示す正面図である。同図に示すように、自動調整シール1は、ターボ回転機械のロータ2に沿って環状に設けられた固定シール部材10及び可動シール部材20により構成される。
【0025】
自動調整シール1は、ターボ回転機械の車室(不図示)に取り付けられたダミー環4(図2参照)に形成された溝に嵌着され、ロータ2とダミー環4との間隙をシールするようになっている。なお、以降、ターボ回転機械の「静止部材」としてのダミー環4と、「回転部材」としてのロータ2との間に設けられたダミー環シールに自動調整シール1を適用する例について説明するが、本発明に係る自動調整シールはグランドシール、動静翼チップシール等を含む種々のターボ回転機械用シールとして使用可能である。
【0026】
固定シール部材10は、一対の上側部材10A及び下側部材10Bがロータ2の左右両側にそれぞれ配置されており、対をなす上側部材10A及び下側部材10Bは合せ面12で合わさっている。固定シール部材10の内周側にはシールフィンが設けられており、該シールフィンと、ロータ2の周方向に沿って形成された凹凸溝とでラビリンス効果を発現し、固定シール部材10とロータ2の間を介した流体(ターボ回転機械が蒸気タービンの場合は蒸気)の漏れを抑制している。
固定シール部材10は、背面から板ばね等で弾性的に支持されており、ロータ2と接触したときに半径方向外方に逃げうるようになっているが、基本的には不動であり、ターボ回転機械の稼動状態に応じて移動するものではない。
【0027】
一方、可動シール部材20は、以下で説明するように、ターボ回転機械の起動・停止時にはロータ2とのシール間隙が大きく、ターボ回転機械の定格運転時には、合せ面14で固定シール部材10に当接するように図中の矢印方向に移動し、シール間隙が狭まるようになっている。
【0028】
図2は、可動シール部材20の構成例を示す断面図である。同図に示すように、可動シール部材20は、車室(ケーシング)に取り付けられたダミー環4に形成された溝6に嵌着されている。
可動シール部材20の内周側にはシールフィン22が設けられており、ロータ2の周方向に沿って形成された凹凸溝8とシールフィン22とでラビリンス効果を発現し、可動シール部材20とロータ2との間を介した流体の漏れを抑制している。
また、ダミー環4の溝6の内部には、可動シール部材20の上部押え板24を半径方向外方に付勢する皿ばね30と、皿ばね30を下方から支持する支持板32とが設けられている。これにより、可動シール部材20は、シールフィン22とロータ2との間隙が広がるように、皿ばね30によって付勢される。なお、皿ばね30に代えて、板ばね、金属ベローズ等の任意の付勢手段を用いてもよい。
【0029】
図3はターボ回転機械の稼動状態に応じて可動シール部材20が移動する様子を模式的に示す図であり、図3(a)がターボ回転機械の起動・停止時における可動シール部材20の状態を、図3(b)がターボ回転機械の定格運転時における可動シール部材20の状態を示している。
【0030】
図3(a)に示すように、ターボ回転機械の起動・停止時において、可動シール部材20は、皿ばね30による付勢力Fによって半径方向外方に押し上げられ、シールフィン22とロータ2との間隙は広がっている。
一方、ターボ回転機械の定格運転時では、図3(b)に示すように、可動シール部材20の両側における流体の圧力に差が生じ、可動シール部材20はスラスト力(圧力差に起因する力)Fを受けて低圧側(同図に示す例では可動シール部材20の右側)に移動し、可動シール部材20の低圧側端面26がダミー環4の溝壁面(低圧側端面26に対向する溝6の壁面9)と接触する。このとき、高圧側の流体は、可動シール部材20の高圧側端面28とダミー環4の溝6との間を通過し、溝6の内部空間7に流入するので、溝6の内部空間7の圧力が上昇する(なお、図示は省略するが、高圧側の流体を溝6の内部空間7に導くためのバイパス溝が、図1における固定シール部材20の周方向に沿って数箇所設けられている)。その結果、可動シール部材20は、溝6の内部空間7に流入した高圧の流体によって半径方向内方に押圧される。
【0031】
このとき、可動シール部材20が実際に半径方向内方に移動するには、次の不等式を満足する必要がある。
背面圧力(P)×シールリング有効面積(A)>付勢力(F)+摩擦力(f)・・・(1)
ここで、摩擦力(f)は、可動シール部材20の低圧側端面26と溝6の壁面9との摺動部29における摩擦係数μに、スラスト力Fを乗じたものである。
【0032】
本発明者らは、鋭意検討の結果、摺動部29の摩擦力(f)がばらつきやすい傾向にあり、摺動部29における摩擦力(f)が自動調整シール1の動作に大きく影響することを認識するに至った。
【0033】
そこで、本実施形態では、可動シール部材20の低圧側端面26および該低圧側端面26に対向する溝6の壁面9のうち少なくとも一方に潤滑皮膜を設け、摺動部29の摺動を円滑化する処理を施している。
【0034】
図4は、摺動部29に潤滑皮膜を設けた可動シール部材20の構成例を示す断面図である。同図に示す例では、可動シール部材20の低圧側端面26および該低圧側端面26に対向する溝6の壁面9の両方に潤滑皮膜40を設けているが、いずれか一方のみに潤滑皮膜40を設けてもよい。なお、潤滑皮膜40の膜厚は、摺動部29における摺動を十分に円滑化する観点から2〜7μmであることが好ましい。
【0035】
潤滑皮膜40の形成手法は、潤滑皮膜40の構成材料に応じて適切なものを選択することが好ましく、塗布、溶射又はめっきであってもよい。例えば、減摩性を有する粉末状固体又は鱗状固体の固体潤滑剤を分散させたグリースやペーストを塗布することで、潤滑皮膜40を形成してもよい。
【0036】
潤滑皮膜40に用いる固体潤滑剤は、二硫化モリブデン、グラファイト、二硫化タングステン、フッ化黒鉛、窒化ホウ素、銅、ニッケル、鉛、錫、銀、四フッ化エチレン、ポリイミド及び高密度ポリエチレンの少なくとも一つからなることが好ましい。なかでも、潤滑性及び耐熱性に優れる二硫化モリブデンは、潤滑皮膜40の材料として好適に用いることができる。
【0037】
潤滑皮膜40が固体潤滑剤を含む場合、可動シール部材20の低圧側端面26および該低圧側端面26に対向する溝6の壁面9のいずれか一方にディンプル42を設け、固体潤滑剤を定着させることが好ましい。なお図4には、低圧側端面26に対向する溝6の壁面9にディンプル42を設けた例を示した。
これにより、可動シール部材20と溝6の壁面との摺動の円滑化効果が失われることを防止し、自動調整シール1の正常な動作を長期に亘って維持することができる。
ディンプル42は、例えばショットピーニングによって10μm程度の深さの凹部として形成してもよい。
【0038】
[第2実施形態]
次に、第2実施形態の自動調整シールについて説明する。
本実施形態の自動調整シールは、可動シール部材20の低圧側端面26および該低圧側端面26に対向する溝6の壁面9の摺動部29における摺動を円滑化する処理の具体的態様を除けば、第1実施形態の自動調整シールと共通する。したがって、ここでは、摺動部29における摺動の円滑化処理についてのみ説明する。
【0039】
図5は、本実施形態の自動調整シールにおける可動シール部材20の低圧側端面26の周辺の構成例を示す断面図である。同図に示すように、摺動部29の摺動を円滑化する処理として、可動シール部材20の低圧側端面26に対向する溝6の壁面9の角部44に面取り加工(好ましくは1mm以上の面取り加工)が施されている。角部44に面取り加工を施すことで、角部44が可動シール部材20の低圧側端面26に引っかかることを防止し、摺動部29の摺動を円滑にすることができる。
なお、角部44の面取り加工後の形状は特に限定されないが、図5に示すように、角部44をR形状(湾曲形状)とすることで、角部44が可動シール部材20の低圧側端面26に引っかかることを確実に防止することができる。
【0040】
[第3実施形態]
続いて、第3実施形態の自動調整シールについて説明する。
本実施形態の自動調整シールは、可動シール部材20の低圧側端面26および該低圧側端面26に対向する溝6の壁面9の摺動部29における摺動を円滑化する処理の具体的態様を除けば、第1実施形態の自動調整シールと共通する。したがって、ここでは、摺動部29における摺動の円滑化処理についてのみ説明する。
【0041】
図6は、本実施形態の自動調整シールにおける可動シール部材20の低圧側端面26の周辺の構成例を示す断面図である。本実施形態では、可動シール部材20の低圧側端面26および該低圧側端面26に対向する溝6の壁面9の少なくとも一方の表面粗度Raを6.3μm以下にしている。これにより、摺動部29の摩擦係数μを小さくし、摺動部29における摺動を円滑にすることができる。
【0042】
以上説明したように、第1実施形態〜第3実施形態では、可動シール部材20の低圧側端面26および該低圧側端面26に対向する溝6の壁面9のうち少なくとも一方に、両者の摺動を円滑化する何らかの処理が施されている。このため、上述の不等式(1)における右辺第2項の「摩擦力(f)」が小さくなり、主として、左辺の「背面圧力(P)×シールリング有効面積(A)」および右辺第1項の「付勢力(F)」の大小関係で自動調整シール1の動作タイミングが決定される。これにより、自動調整シール1の個体差によるばらつきが生じやすい摺動部29の摩擦力が、自動調整シール1の動作にあまり影響しなくなるので、ターボ回転機械の稼動状態に応じて所望のタイミングで自動調整シール1を動作させることができる。
また、可動シール部材20の低圧側端面26および該低圧側端面26に対向する溝6の壁面9のうち少なくとも一方に、両者の摺動を円滑化する処理を施すことで、摺動部29の摩擦力のばらつき自体も低減されるので、ターボ回転機械の稼動状態に応じて所望のタイミングで自動調整シール1を動作させることができる。
【0043】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、本発明はこれに限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、各種の改良や変形を行ってもよいのはいうまでもない。
【0044】
例えば、上述の実施形態では、単一の処理によって摺動部29の摺動を円滑化する例について説明したが、第1実施形態〜第3実施形態における摺動部29の摺動の円滑化処理を適宜組み合わせて採用してもよい。
【0045】
また、上述の実施形態では、固定シール部材10及び可動シール部材20を備え、固定シール部材10及び可動シール部材20の内周側にシールフィンが設けられ、該シールフィンと、ロータ2の周方向に沿って形成された凹凸溝とで流体の漏れを抑制する構成の自動調整シール1について説明したが、本発明に係る自動調整シールはこの例に限定されない。例えば、固定シール部材10及び可動シール部材20に凹凸溝を設け、回転部材(ロータ2)にシールフィンを設けてもよい。
図7は、可動シール部材20に凹凸溝を設け、ロータ2にシールフィンを設けた例を示す断面図である。同図に示すように、可動シール部材20のロータ2と対向する内周面に凹凸溝50が周方向に沿って形成されており、ロータ2にシールフィン52が周方向に沿って形成されている。
【0046】
また図7に示すように、可動シール部材20のロータ2に対向する表面上に、アブレイダブル材からなる皮膜54が溶射によって形成されていることが好ましい。
これにより、仮にターボ回転機械の運転中に可動シール部材20が何らかの要因でロータ2に接触することがあっても、皮膜54が容易に切削されるので発熱を抑制することができ、発熱に起因する回転部材の曲がり変形を防止できる。一方、上述の構成を有する自動調整シール1は、ターボ回転機械の稼動状態に応じて所望のタイミングで動作可能であり、ターボ回転機械が定格運転に達する前ターボ回転機械が定格運転に達する前(特に、非定常運転時のクリティカルポイントを通過するまで)にシール間隙が狭まるようなことはないから、アブレイダブル材からなる皮膜54のロータ2との接触による想定以上の損傷を防止できる。
【符号の説明】
【0047】
1 自動調整シール
2 ロータ
4 ダミー環
6 溝
7 内部空間
8 凹凸溝
9 壁面
10 固定シール部材
12 合せ面
14 合せ面
20 可動シール部材
22 シールフィン
24 上部押え板
26 低圧側端面
28 高圧側端面
29 摺動部
30 皿ばね
32 支持板
40 潤滑皮膜
42 ディンプル
44 角部
50 凹凸溝
52 シールフィン
54 皮膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転部材が静止部材に対峙しながら回転し、該回転部材と流体とのエネルギーの受け渡しを行うターボ回転機械用の自動調整シールであって、
前記回転部材に沿うように、前記静止部材に設けられた溝に嵌着された可動シール部材と、
前記回転部材との間隙が広がるように前記可動シール部材を付勢する付勢手段とを備え、
少なくとも前記ターボ回転機械の定格運転時において、前記可動シール部材の高圧側端面と前記溝との間を介して前記溝の内部に流入した前記流体によって、前記可動シール部材が前記付勢手段の付勢力に抗して前記回転部材側に押圧されるように構成されるとともに、
前記可動シール部材の低圧側端面および該低圧側端面に対向する前記溝の壁面のうち少なくとも一方に、前記可動シール部材の前記低圧側端面と前記溝の前記壁面との摺動を円滑化する処理が施されたことを特徴とするターボ回転機械用の自動調整シール。
【請求項2】
前記摺動を円滑化する処理として、前記可動シール部材の低圧側端面および該低圧側端面に対向する前記溝の壁面のうち少なくとも一方に潤滑皮膜を形成したことを特徴とする請求項1に記載のターボ回転機械用の自動調整シール。
【請求項3】
前記潤滑皮膜は、塗布、溶射又はめっきにより形成することを特徴とする請求項2に記載のターボ回転機械用の自動調整シール。
【請求項4】
前記潤滑皮膜は、二硫化モリブデン、グラファイト、二硫化タングステン、フッ化黒鉛、窒化ホウ素、銅、ニッケル、鉛、錫、銀、四フッ化エチレン、ポリイミド及び高密度ポリエチレンの少なくとも一つからなる固体潤滑剤を含むことを特徴とする請求項2に記載のターボ回転機械用の自動調整シール。
【請求項5】
前記可動シール部材の低圧側端面および該低圧側端面に対向する前記溝の壁面のうち少なくとも一方に、前記固体潤滑剤を定着させるためのディンプルを形成したことを特徴とする請求項4に記載のターボ回転機械用の自動調整シール。
【請求項6】
前記摺動を円滑化する処理として、前記可動シール部材の前記低圧側端面に対向する前記溝の壁面の角部を面取り加工したことを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載のターボ回転機械用の自動調整シール。
【請求項7】
前記摺動を円滑化する処理として、前記可動シール部材の低圧側端面および該低圧側端面に対向する前記溝の壁面の少なくとも一方の表面粗度Raを6.3μm以下としたことを特徴とする請求項1乃至6のいずれか一項に記載のターボ回転機械用の自動調整シール。
【請求項8】
前記可動シール部材の前記回転部材に対向する表面上に、アブレイダブル材の皮膜が形成されていることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか一項に記載のターボ回転機械用の自動調整シール。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−67878(P2012−67878A)
【公開日】平成24年4月5日(2012.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−214414(P2010−214414)
【出願日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【出願人】(000006208)三菱重工業株式会社 (10,378)
【Fターム(参考)】