説明

ディーゼルエンジン

【課題】従来より、吸入空気のスワール流が発生している燃焼室内に、多噴口構造の燃料噴射ノズルから燃料を直接噴射して複数の燃料噴霧を形成するディーゼルエンジンでは、タイミングリタードによってNOx生成量は低減できるが、不完全燃焼が著しく、安定した燃費の向上と黒煙発生量の低減が難しく、特に、スワール流が大きいと、燃料噴霧が重なって燃料濃度が局部的に上昇して、更に不完全燃焼が著しくなる、という問題があった。
【解決手段】隣設する噴口34a・35aからの燃料噴霧45・46の重なりを減少する重複回避構成を備え、該重複回避構成として、前記燃焼室15内に空気を吸入する吸気弁3c・3cの閉弁動作の開始点である時期29a・50a・51aを吸気下死点B前に設定するバルブタイミング機構17を設けた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃焼室内に吸入する空気を横に回転させて渦を巻くようにした旋回流(以下、「スワール流」とする。)を発生させ、この燃焼室内に多噴口構造の燃料噴射ノズルから、燃料を直接噴射する直噴式のディーゼルエンジンに関し、特に、燃費の悪化と黒煙量の増加を招くことなく、NOxを低減可能な燃焼技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、燃焼室内に燃料を直接噴射して自己着火する直噴式のディーゼルエンジンにおいて、NOx生成量を低減する技術としては、タイミングリタードが知られている。該タイミングリタードとは、着火時期を遅らせることによって燃焼最高温度を低下させ、窒素と酸素との反応を抑制してNOx生成量を低減する技術であるが、その際、燃焼最高温度に達する初期燃焼の後に供給される燃料の割合が多いため、燃焼が不完全となって燃費が悪く黒煙発生量も多い。そこで、燃料噴射時の燃料噴霧を燃焼室の周辺部と中央部に導く案内部を、燃焼室内に交互に配設することにより、燃焼室内に燃料噴霧を均一に分散させて燃焼効率を高める技術が公知となっている(例えば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平8−296442号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、前記技術によると、燃焼効率の向上は期待できるものの、タイミングリタードで初期燃焼の後に供給される燃料に起因した不完全燃焼を抑制できるまでには至らず、前記技術によっても、安定した燃費の向上と黒煙発生量の低減は難しい、という問題があった。
特に、噴口面積を拡大して燃費の悪化を防止するために多数の噴口を設ける多噴口構造の場合、噴口間距離が短くなり、各噴口からの噴射燃料によって形成される燃料噴霧の間隔も狭くなる。そのため、スワール流が強い箇所では、燃焼室内を直進しようとする力(以下、「貫徹力」とする。)の小さい燃料噴霧は、スワール流の旋回方向に湾曲されて隣設するもの同士で容易に重複し、この噴霧重複部では燃料濃度が局部的に上昇して不完全燃焼が著しくなり、安定した燃費の向上と黒煙発生量の低減が更に難しくなる、という問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の解決しようとする課題は以上の如くであり、次にこの課題を解決するための手段を説明する。
すなわち、請求項1においては、吸入空気のスワール流が発生している燃焼室内に、多噴口構造の燃料噴射ノズルから燃料を直接噴射して複数の燃料噴霧を形成するディーゼルエンジンにおいて、隣設する噴口からの燃料噴霧の重なりを減少する重複回避構成を備え、該重複回避構成として、前記燃焼室内に空気を吸入する吸気弁の閉弁動作の開始時期を吸気下死点前に設定するバルブタイミング機構を設けたものである。
請求項2においては、前記閉弁動作において、前記吸気弁の着座速度を減速して着座の衝撃を緩和する緩衝区間を設け、該緩衝区間の開始時期を吸気下死点前に設定するものである。
請求項3においては、前記重複回避構成として、前記バルブタイミング機構に加えて異径多噴口構造を設け、該異径多噴口構造は、上下複数段の噴口列から成り、該噴口列のうちで燃料の噴射方向の俯角が小さい上段側ほど、噴口径を大きく設定して貫徹力を増加させるものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、以上のように構成したので、以下に示す効果を奏する。
すなわち、請求項1により、前記バルブタイミング機構では、閉弁動作を開始した後は、吸気弁により吸気流路が徐々に閉塞されていくため、ピストンが吸気下死点に至るまでの間、吸気流が制限を受けた状態で吸気行程が継続される。これにより、吸入空気を断熱膨張させてシリンダ内の吸気温度を低くすることができ、燃焼最高温度を低下させてNOx生成量を低減することができる。この際、タイミングリタードを行う場合とは違って、初期燃焼の後に供給される燃料の割合が多くなることはない。更に、前記バルブタイミング機構では、吸気弁の開弁動作開始から閉弁動作開始までの時間(以下、「開弁時間」とする)を短縮して、スワール流が発生しやすい高リフト部での吸気量を制限すると共に、吸入空気を膨張させることにより、吸気に伴うスワール流を小さくすることができ、多噴口構造の場合でも、複数の燃料噴霧がスワール流に湾曲されて生じる重複を減少することができる。これにより、噴霧重複域を小さくして燃料濃度の局部的な上昇を軽減することができ、不完全燃焼を抑制して安定した燃費の向上と黒煙発生量の低減を図ることができる。
請求項2により、吸気下死点で燃焼室内に大きな圧力変動が生じる前に、吸気弁の着座速度を減速することができ、圧力変動下であっても吸気弁が着座面に激しく衝突しないようにして、吸気弁または着座面の損傷を防止することができる。
請求項3により、前記ディーゼルエンジンにおいて、吸気条件の変動等により、たとえ大きいスワール流が発生しても、高速な旋回外側を通過する燃料噴霧ほど貫徹力を増加させることができ、各燃料噴霧の貫徹力をスワール流から受ける湾曲力に応じて適正化することができる。これにより、燃料噴霧の先部が燃焼室の壁面に接触して多量のカーボンが堆積するのを最小限に抑えつつ、噴霧重複域を小さくして燃料濃度の局部的な上昇を軽減することができ、燃焼室内の空気利用率を向上させて、大きいスワール流が発生した場合にも安定した燃費の向上と黒煙発生量の低減を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】本発明に係わるディーゼルエンジンの全体構成を示す正面断面図である。
【図2】吸気弁のクランク軸の角度と閉弁動作との関係を示す説明図である。
【図3】吸気下死点の前後で閉弁動作の開始と終了を行う場合の、吸気弁のクランク軸の角度と閉弁動作との関係を示す説明図である。
【図4】緩衝区間を設けた場合の、吸気弁のクランク軸の角度と閉弁動作との関係を示す説明図である。
【図5】燃料噴射ノズルの先部の側面一部断面図である。
【図6】燃料の噴霧状況を示す燃焼室近傍の側面一部断面図である。
【図7】燃料噴射ノズルの先部の底面図である。
【図8】大きいスワール流発生時における燃料の噴霧状況を示す、燃焼室近傍の底面図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお、図1の矢印Uで示す方向をディーゼルエンジン1の上方とし、矢印Rで示す方向をディーゼルエンジン1の右方として、以下に述べる各部材の位置や方向等を説明するものである。
【0009】
まず、本発明に係わるディーゼルエンジン1の全体構成について、図1により説明する。なお、ディーゼルエンジン1では各気筒の構造は略同一であるため、そのうちの1気筒についてのみ説明する。
該ディーゼルエンジン1は、シリンダブロック2・シリンダヘッド3から成るシリンダ31等のエンジン主体部1A、ピストン6・コネクティングロッド7・クランク軸8・バルブタイミング機構17等の主要運動部1B、及び燃料噴射ノズル4・燃料噴射ポンプ5等の吸排気弁駆動部1C等から構成される。
【0010】
このうちのエンジン主体部1Aにおいては、前記シリンダ31のシリンダブロック2を上下方向に貫通する貫通孔2aが形成され、該貫通孔2aに、貫通孔2aと略同一の外径を有する硬質のシリンダライナ9が嵌入され、該シリンダライナ9の内部に前記ピストン6が摺接されており、該ピストン6の上下方向への往復運動によっても、前記シリンダ31内壁が直接摩耗しないようにしている。
【0011】
そして、前記シリンダブロック2の上端部のトップデッキ2bには、前記シリンダライナ9の中心軸を中心とした円上に、等間隔で4個のヘッドボルト穴2cが設けられると共に、トップデッキ2b上のシリンダヘッド3にも、前記シリンダライナ9の中心軸を中心とした円上に、等間隔で4個の貫通孔3aが設けられ、該貫通孔3aは前記ヘッドボルト穴2cと同軸上に配置されている。
【0012】
これにより、ヘッドボルト10の下ネジ部10bをヘッドボルト穴2cに螺挿した後、ヘッドボルト10の上ネジ部10aを、前記貫通孔3aを通してシリンダヘッド3の上端面から突出させ、該上ネジ部10aにナット11を螺嵌するようにして、シリンダヘッド3がシリンダブロック2のトップデッキ2bに締結固定される。
【0013】
同様に、前記シリンダブロック2でトップデッキ2bと反対側には、キャップボルト穴2dが設けられると共に、シリンダブロック2の下端面はメタルキャップ12によって覆われ、該メタルキャップ12には、前記キャップボルト穴2dと同軸上に貫通孔12aが配置されており、キャップボルト13とナット14によって、メタルキャップ12がシリンダブロック2の下面に締結固定される。そして、このメタルキャップ12とシリンダブロック2の下面との間に、前記クランク軸8が回動自在に軸支されている。
【0014】
また、前記主要運動部1Bにおいては、前述したようにシリンダライナ9の内部に、ピストン6が上下摺動可能に設けられ、該ピストン6の上端面とシリンダヘッド3の下端面に囲まれた空間には、燃料噴霧を形成する燃焼室15が設けられている。
【0015】
このピストン6の上下方向途中部には、前記シリンダライナ9の中心軸と垂直に交差し、かつ、クランク軸8の中心軸と平行なピストンピン16が設けられ、該ピストンピン16には、前記コネクティングロッド7の上端が揺動可能に挿嵌されている。一方、該コネクティングロッド7の下端は、前記クランク軸8のクランクピン8aに回動可能に挿嵌されており、クランク軸8がコネクティングロッド7を介してピストン6と連動可能に連結されている。
【0016】
これにより、該ピストン6の上下方向への往復運動が、コネクティングロッド7を介してクランク軸8に伝達され、該クランク軸8の中心軸を中心として回転する回転運動に変換される。
【0017】
更に、シリンダブロック2の左側方には、バルブタイミング機構17が配置されている。該バルブタイミング機構17のカム軸19は、ギア等を介して、前記クランク軸8に連動連結されており、クランク軸8による回転運動が、回転動力としてカム軸19に伝達され、バルブタイミング機構17が駆動されるようにしている。
【0018】
また、前記吸排気弁駆動部1Cにおいては、前記燃焼室15内に空気を送り込むための左右一対の吸気流路3b・3bと、該吸気流路3b・3bを開閉可能とする左右一対の吸気弁3c・3cとが前記シリンダヘッド3に設けられ、同様に、排気ガスを排出するための図示せぬ左右一対の排気通路と、該排気通路を開閉可能とする左右一対の排気弁も、シリンダヘッド3に設けられており、本実施例のディーゼルエンジン1では、1気筒につき2つの吸気弁3c・3cと2つの排気弁がそれぞれ備えられている。そして、いずれの弁の開閉も、後で詳述するようにして、前記バルブタイミング機構17によって行われる。
【0019】
更に、シリンダヘッド3には、前記燃料噴射ノズル4が、その先端部を燃焼室15内に突出するようにして設けられており、後で詳述するように形成した複数の噴口から、燃料が燃焼室15内に噴射される。
【0020】
この燃料噴射ノズル4は、図示せぬ燃料管を介して、前記シリンダブロック2の左側方に配置された燃料噴射ポンプ5に接続されており、該燃料噴射ポンプ5に、前記クランク軸8の回転運動がギヤ等から前記カム軸19を経由して伝達されると、燃料が前記燃料管を介して燃料噴射ノズル4に圧送して供給され、ディーゼルエンジン1の運転状況に応じた燃料噴射が行われる。
【0021】
次に、前記バルブタイミング機構17と、それによる前記吸気弁3c・3cの閉弁時期制御について、図1乃至図4により説明する。
図1に示すように、バルブタイミング機構17においては、シリンダブロック2の左側方で前記クランク軸8の中心軸に平行に前記カム軸19が配置され、該カム軸19には、所定のカムプロフィールを有するカム20が外嵌され、該カム20の円周上部にはカムフォロアー21が当接されている。
【0022】
該カムフォロアー21は、スイングアーム23の左右略中央下側に設けられ、該スイングアーム23の左端は揺動軸22に軸支されており、該揺動軸22を中心にして、前記スイングアーム23が、カム20のカムプロフィールに従って上下揺動するようにしている。
【0023】
更に、前記スイングアーム23の右端は、プッシュロッド24の下端に連結される。該プッシュロッド24は、前記シリンダヘッド3の左部を上下方向に貫通して上下摺動可能に設けられると共に、シリンダヘッド3から突き出たプッシュロッド24の上端には、シリンダヘッド3の上方に設けた弁腕25の左端が連結されている。
【0024】
該弁腕25の左右略中央は、前記カム軸19に平行に配置された弁腕軸26を中心にして、上下揺動可能に軸支されると共に、弁腕25の右端は、前記左右一対の吸気弁3c・3cの上端部間を接続する吸気用連結部材18に、取付軸27を介して連結されている。
【0025】
そして、該吸気用連結部材18は、シリンダヘッド3の上面と吸気弁3c・3cの上端傘部との間に介装したバネ48の弾性力によって、常に上方に付勢されており、プッシュロッド24が、弁腕軸26を中心にして押し下げられて、カムフォロアー21が、スイングアーム23を介してカム20に押圧されるようにしている。これにより、カムフォロアー21のカム20への追従性を向上させ、吸気弁3c・3cの開閉時期の設定精度を高めるようにしている。
【0026】
なお、前記排気弁の開閉時期についても、同様にして、このバルブタイミング機構17に設けた図示せぬカムのカムプロフィールに従って設定されている。
【0027】
また、このような構成から成るバルブタイミング機構17において、回転動力が入力されるカム軸19は、前述の如くクランク軸8に連動連結されており、該クランク軸8の位相を基準として開閉時期制御が行われる。
【0028】
図2に示すように、吸気上死点T前の時期28で吸気弁3c・3cの開弁動作が開始された後に、通常は、吸気下死点B後の時期30aで閉弁動作が開始され、時期30bで閉弁動作が終了するように制御される。なお、吸気弁3c・3cの開弁動作開始の時期28を吸気上死点T前としたのは、吸気弁3c・3cの開弁時間と排気弁の開弁時間との重複時間を拡大することにより掃気量を増加させ、ディーゼルエンジン1のエンジン特性を向上させるためであり、吸気弁3c・3cの開弁動作開始の時期28は、必ずしも吸気上死点T前に限定されるものではない。
【0029】
これに対し、本実施例では、吸気弁3c・3cの開弁動作開始の前記時期28を、前記掃気量を損なうことなく設定し、閉弁動作開始と閉弁動作終了の前記時期30a・30bのみを、クランク軸8の角度で位相角49だけ早め、それぞれ、吸気下死点B前の時期29a・29bとなるように、前記カム20のカムプロフィールが形成されている。この場合、閉弁動作が終了して閉弁した後も吸気行程が継続され、前記吸気流路3bからシリンダ31内に吸気された吸入空気が、気密状態のまま断熱膨張される。
【0030】
図3に示すように、吸気弁3c・3cの閉弁動作開始の時期は、前述の時期29aと同様に、吸気下死点B前の時期50aとなるのに対し、閉弁動作終了の時期は、吸気下死点B後の時期50bになるように、前記カム20のカムプロフィールを形成することができる。この場合、ピストン6が吸気下死点Bに至るまでの間、閉弁動作は終了しないものの、閉弁動作自体は既に開始されているため、吸気弁3c・3cの吸気流路3b・3bが徐々に閉塞されていく。これにより、吸気流が制限を受けた状態で吸気行程が継続され、前記吸気流路3bからシリンダ31内に吸気された吸入空気が、気密に近い状態で断熱膨張される。
【0031】
図4に示すように、吸気弁3c・3cの閉弁動作の開始と終了の時期を、前述の時期50a・50bと同様に、吸気下死点B前後の時期51a・51bにすると共に、閉弁動作の途中に、吸気弁3c・3cの着座速度を減速する緩衝区間52を設け、該緩衝区間52の開始時期を、吸気下死点B前の時期51cとなるように、前記カム20のカムプロフィールを形成することができる。この場合、吸気下死点Bに至るまでの間、吸気弁3c・3cは図示せぬ着座面に徐々に接近していく。これにより、吸気下死点Bで燃焼室15内に大きな圧力変動が生じても、それにより、吸気弁3c・3cが着座面に誤って激しく衝突するのを回避することができる。
【0032】
更に、以上の図2乃至図4に示す本発明に関わるバルブタイミング機構17では、いずれも、従来のタイミングリタードとは異なり、着火時期は通常のままであるため、初期燃焼の後に供給される燃料の割合が多くなることはない。更に、このバルブタイミング機構17では、開弁時間を短縮して、スワール流が発生しやすい高リフト部での吸気量を制限すると共に、吸入空気を膨張させることにより、吸気に伴うスワール流を小さくすることができ、多噴口構造であっても、後述するような燃料噴霧の重複を回避することができる。
【0033】
次に、以上のような開閉時期制御を行う燃料噴射ノズル4の構造と動作について、図1、図5、図6により説明する。
該燃料噴射ノズル4は、そのノズル軸心36が、前記シリンダ31のシリンダ中心線37と同軸上に配置されるように、シリンダヘッド3に嵌着されている。更に、この燃料噴射ノズル4のノズルボディ32の下部には半球状の噴射部33が形成され、該噴射部33は、前記シリンダヘッド3の下面3dから燃焼室15内に臨むように配置されている。
【0034】
前記噴射部33の内部には、球面状のサック孔39が形成され、該サック孔39の球心40は前記ノズル軸心36上に位置している。そして、該サック孔39には、上下摺動可能な弁体41の円錐状の下端部41aが突出され、該下端部41aは、ノズルボディ32内の弁座32aに着座可能に形成されている。更に、該ノズルボディ32の内周側面と弁体41の外周側面との間には、燃料供給路42が形成されている。
【0035】
このような構成において、燃料噴射開始時には、高圧の燃料が、前記燃料噴射ポンプ5から前記燃料供給路42に供給された後、弁体41の下端部41aと弁座32aとの間の隙間42aを通ってサック孔39内に流入し、噴射部33に形成された後述の多噴口より、燃焼室15を構成するキャビティ38内に噴射されるようにしている。
【0036】
燃料噴射終了時には、図示せぬ制御装置からの制御信号に基づいて電磁弁等が作動し、油圧ピストン等のアクチュエータによって前記弁体41が下降して前記隙間42aを遮断する。これにより、サック孔39内への燃料の供給を停止して、多噴口からキャビティ38内への燃料の噴射を停止するようにしている。
【0037】
次に、前記噴射部33における多噴口の構造と、該多噴口からの燃料噴霧に及ぼすスワール流の影響について、図5乃至図8により説明する。
図5乃至図7に示すように、該噴射部33には、上下に二段の噴口列34・35が形成されている。このうちの上段噴口列34では、複数の上段噴口34aが、ノズル軸心36を中心とした同一円周上に、周方向に等間隔をあけて配置され、更に、各上段噴口34aは、俯角D1の上段噴口中心線43が前記半球側面33aの球心40を略通過するように形成されており、半球側面33aに対して略直角に開口されている。
【0038】
同様に、前記下段噴口列35でも、複数の下段噴口35aが、ノズル軸心36を中心とした同一円周上に、周方向に等間隔をあけて配置され、更に、各下段噴口35aは、俯角D2の下段噴口中心線44が前記半球側面33aの球心40を略通過するように形成されており、半球側面33aに対して略直角に開口されている。
【0039】
これにより、燃料を、上段噴口34a・下段噴口35aのいずれからも、噴射部33の半球側面33aに対して略直角に噴射させることができ、燃料噴射時の不規則な渦流等の発生を防止し、燃焼室15内における燃料分布のばらつきを軽減するようにしている。
【0040】
そして、上段噴口34aの噴口長さをL1、噴口径をd1とし、下段噴口35aの噴口長さをL2、噴口径をd2とした場合、本実施例では、噴口長さは同一(L1=L2)であるが、上段噴口34aの噴口径d1は下段噴口35aの噴口径d2よりも大きく(d1>d2)設定されている。
【0041】
一方、前記燃焼室15は、前記シリンダヘッド3の下面3dと、シリンダ31の内側面と、ピストン6の頂部6aを凹状に加工したキャビティ38との間に形成される。そして、該キャビティ38の平面視略中央には、略平坦な円状の底面部38bが形成され、該底面部38bの周囲は、上方に開いた円錐台状の斜面部38aによって覆われると共に、底面部38bは、斜面部38aよりも、前記噴射部33に近設して設けられている。
【0042】
以上のような構成において、上段噴口34aから噴射される燃料は、斜面部38aに向かって、上段噴口中心線43上を噴霧角θ1で噴霧長さS1まで拡散し、上段燃料噴霧45を形成する。更に、下段噴口35aから噴射される燃料は、底面部38bに向かって、下段噴口中心線44上を噴霧角θ2で噴霧長さS2まで拡散し、下段燃料噴霧46を形成する。
【0043】
そして、このような燃料噴霧45・46では、噴口径dが小さいほど、各噴口34a・35aからの噴出流量・速度が減少し、噴霧到達距離が短くなる。すなわち、前述した貫徹力が小さいことになる。従って、下段噴口35aからの下段燃料噴霧46の貫徹力の方が、上段燃料噴霧45の貫徹力よりも小さくなり、下段燃料噴霧46の噴霧長さS2を、上段燃料噴霧45の噴霧長さS1よりも短くして、下段燃料噴霧46を構成する燃料が、底面部38bにできるだけ接触しないようにすることができる。
【0044】
なお、この際、上段噴口34aの貫徹力は大きいが、噴射部33から斜面部38aまで遠いことから、上段燃料噴霧45を構成する燃料も、斜面部38aにできるだけ接触しないようにすることができる。
【0045】
また、図5、図8に示すように、このような噴口径が異なる上段噴口34aと下段噴口35aから成る異径多噴口構造において、吸気条件の変動等によって大きいスワール流Wが発生している場合について説明する。該スワール流Wにおいて、旋回外側のスワール流W1は、旋回内側のスワール流W2よりも高速であって、燃料噴霧45・46を旋回方向に押して湾曲させる力(以下、「湾曲力」とする。)は大きい。
【0046】
ここで、上段噴口34aの俯角D1は下段噴口35aの俯角D2よりも小さいため、上段燃料噴霧45は、旋回外側の高速のスワール流W1を貫くようにして通過するが、前述の如く上段燃料噴霧45の貫徹力が大きいことから、スワール流W1から受ける湾曲力の影響は小さく、スワール流W1に押されることによる上段燃料噴霧45同士の重なりは小さい。
【0047】
これに対し、下段燃料噴霧46は、旋回内側の低速のスワール流W2を貫くようにして通過するため、スワール流W2から受ける湾曲力の影響が小さく、たとえ貫徹力が小さくても、スワール流W2に押されて下段燃料噴霧46同士が重なることはない。なお、このように大きいスワール流Wが発生する場合は、燃料噴霧45・46は、屈曲されるために前記斜面部38a・底面部38bとは接触しにくい状態となっている。また、吸気流路3b・3bやキャビティ38の形状を、スワール流Wが減少するように形成することで、更に燃料噴霧45・46の重なりを減少させることができる。
【0048】
なお、前記上段噴口34aの噴口径d1を下段噴口35aの噴口径d2と同一に(d1=d2)設定して、上段燃料噴霧45Aの貫徹力を小さくした場合は、該上段燃料噴霧45Aがスワール流W1から受ける湾曲力の影響が大きいため、押されて上段燃料噴霧45A同士が重なり、広い噴霧重複域47が生じ、該噴霧重複域47において燃料濃度の局部的な上昇が起こる。
【0049】
すなわち、吸入空気のスワール流Wが発生している燃焼室15内に、多噴口構造の燃料噴射ノズル4から燃料を直接噴射して複数の燃料噴霧45・46を形成するディーゼルエンジン1において、隣設する噴口34a・35aからの燃料噴霧45・46の重なりを減少する重複回避構成を備え、該重複回避構成として、前記燃焼室15内に空気を吸入する吸気弁3c・3cの閉弁動作の開始点である時期29a・50a・51aを吸気下死点B前に設定するバルブタイミング機構17を設けたので、該バルブタイミング機構17では、閉弁動作を開始した後は、吸気弁3c・3cにより吸気流路3bが徐々に閉塞されていくため、ピストン6が吸気下死点Bに至るまでの間、吸気流が制限を受けた状態で吸気行程が継続される。これにより、吸入空気を断熱膨張させてシリンダ31内の吸気温度を低くすることができ、燃焼最高温度を低下させてNOx生成量を低減することができる。この際、タイミングリタードを行う場合とは違って、初期燃焼の後に供給される燃料の割合が多くなることはない。更に、前記バルブタイミング機構17では、開弁時間を短縮して、スワール流が発生しやすい高リフト部での吸気量を制限すると共に、吸入空気を膨張させることにより、吸気に伴うスワール流Wを小さくすることができ、多噴口構造の場合でも、複数の燃料噴霧45・46がスワール流Wに湾曲されて生じる重複を減少することができる。これにより、噴霧重複域47を小さくして燃料濃度の局部的な上昇を軽減することができ、不完全燃焼を抑制して安定した燃費の向上と黒煙発生量の低減を図ることができる。
【0050】
更に、前記閉弁動作において、前記吸気弁3c・3cの着座速度を減速して着座の衝撃を緩和する緩衝区間52を設け、該緩衝区間52の開始点である時期51cを吸気下死点B前に設定するので、吸気下死点Bで燃焼室15内に大きな圧力変動が生じる前に、吸気弁3c・3cの着座速度を減速することができ、圧力変動下であっても吸気弁3c・3cが着座面に激しく衝突しないようにして、吸気弁3c・3cまたは着座面の損傷を防止することができる。
【0051】
加えて、前記重複回避構成として、前記バルブタイミング機構17に加えて異径多噴口構造を設け、該異径多噴口構造は、上下複数段、本実施例では上下2段の噴口列34・35から成り、該噴口列34・35のうちで、燃料の噴射方向の俯角Dが小さい上段側ほど、本実施例では上段噴口列34の噴口径d1を大きく設定して貫徹力を増加させるので、前記ディーゼルエンジン1において、吸気条件の変動等により、たとえ大きいスワール流Wが発生しても、高速な旋回外側のスワール流W1を通過する上段燃料噴霧45の方の貫徹力を増加させることができ、各燃料噴霧45・46の貫徹力をスワール流Wから受ける湾曲力に応じて適正化することができる。これにより、燃料噴霧45・46の先部が燃焼室15の壁面である斜面部38a・底面部38bに接触して多量のカーボンが堆積するのを最小限に抑えつつ、噴霧重複域47を小さくして燃料濃度の局部的な上昇を軽減することができ、燃焼室15内の空気利用率を向上させて、大きいスワール流Wが発生した場合にも安定した燃費の向上と黒煙発生量の低減を図ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、吸入空気のスワール流が発生している燃焼室内に、多噴口構造の燃料噴射ノズルから燃料を直接噴射して複数の燃料噴霧を形成する、全てのディーゼルエンジンに適用することができる。
【符号の説明】
【0053】
1 ディーゼルエンジン
3c 吸気弁3c
4 燃料噴射ノズル
15 燃焼室
17 バルブタイミング機構
29a・50a・51a 時期(閉弁動作の開始点)
34・35 噴口列
34a・35a 噴口
45・46 燃料噴霧
51c 時期(緩衝区間の開始点)
52 緩衝区間
B 吸気下死点
D 俯角
d1 噴口径
W スワール流

【特許請求の範囲】
【請求項1】
吸入空気のスワール流が発生している燃焼室内に、多噴口構造の燃料噴射ノズルから燃料を直接噴射して複数の燃料噴霧を形成するディーゼルエンジンにおいて、隣設する噴口からの燃料噴霧の重なりを減少する重複回避構成を備え、該重複回避構成として、前記燃焼室内に空気を吸入する吸気弁の閉弁動作の開始点を吸気下死点前に設定するバルブタイミング機構を設けたことを特徴とするディーゼルエンジン。
【請求項2】
前記閉弁動作において、前記吸気弁の着座速度を減速して着座の衝撃を緩和する緩衝区間を設け、該緩衝区間の開始点を吸気下死点前に設定することを特徴とする請求項1に記載のディーゼルエンジン。
【請求項3】
前記重複回避構成として、前記バルブタイミング機構に加えて異径多噴口構造を設け、該異径多噴口構造は、上下複数段の噴口列から成り、該噴口列のうちで燃料の噴射方向の俯角が小さい上段側ほど、噴口径を大きく設定して貫徹力を増加させることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のディーゼルエンジン。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2011−169281(P2011−169281A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−35321(P2010−35321)
【出願日】平成22年2月19日(2010.2.19)
【出願人】(000006781)ヤンマー株式会社 (3,810)
【Fターム(参考)】