説明

トルクベース制御装置

【課題】トルクベース制御装置に関し、エンジン始動時における吹け上がりを抑制しつつ始動性を向上させる。
【解決手段】運転者の発進意思の大きさを検出する発進意思検出手段31,33を設ける。
また、発進意思検出手段31,33で検出された発進意思が小さいほど、エンジン回転速度の上限値としての上限回転速度を小さく設定する第一設定手段4aを設ける。
また、エンジン10の実回転速度と上限回転速度との差に応じて、実回転速度の変化率の上限勾配を演算する上限勾配演算手段4dを設けるとともに、上限勾配演算手段4dで演算された上限勾配と実回転速度の実変化率との差に相当する勾配差を演算する勾配差演算手段4fを設ける。
さらに、勾配差演算手段4fで演算された勾配差をトルクに換算した値を用いて演算された目標トルクに基づき、エンジン10の実回転速度を制御する上限値制御を実施する上限値制御手段5を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、目標トルクに基づきエンジンを制御するトルクベース制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、車両の走行状態に応じて自動的にエンジンを停止,再始動させるアイドルストップシステムが知られている。典型的なアイドルストップシステムでは、例えば信号待ちでエンジンがアイドリング状態になると、エンジンを自動的に停止させる制御(アイドルストップ制御,自動停止制御)が実施されて燃料供給が遮断される。また、アクセル操作等により運転者(ドライバ)の発進意思が検出されると、エンジンを自動的に再始動させる制御(自動再始動制御)が実施される。近年では、これらの制御が車両の種類やエンジンの燃焼方式を問わず、さまざまな車載エンジンに対して適用されている。
【0003】
ところで、一般的なエンジンではアイドリング時のエンジン回転速度(エンジン回転数)が所定のアイドル回転速度になるように制御される。このようなエンジン回転速度の制御(アイドル制御)は、通常のエンジン始動後のアイドリング時だけでなく、自動再始動制御の後のアイドリング時にも適用される。
【0004】
例えば、特許文献1には、スクーター型の二輪車両に搭載されたエンジンにアイドルストップシステムを適用したものが記載されている。ここでは、再始動後のアイドリング時のエンジン回転速度が所定値(アイドル判定回転数)になるように、燃料噴射量や点火時期等が制御されている。また、特許文献2に記載の技術では、エンジンの再始動時の目標エンジン回転速度としてアイドル回転速度(例えば800[rpm]以下)が設定され、アイドル回転速度を得るための燃料噴射制御が実施されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−152965号公報
【特許文献2】特開2000−274273号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、エンジンを始動させた直後のサージタンク内には、ほぼ大気圧に近い空気が満たされており、エンジン始動直後において一時的に、筒内吸気量が増大することが避けられない。そのため、たとえアイドル回転速度を適切に設定していたとしても、実際のエンジン回転速度が瞬間的にアイドル回転速度を大きく超える場合がある。このようなエンジン回転速度の吹け上がりによって排気の絶対的な量が増大し、冷態における排気性能や燃費が低下するおそれがある。
【0007】
一方、この吹け上がりを抑制するために、エンジンの始動直後の燃料噴射量や吸入空気量を予め小さく設定しておくことも考えられる。しかしこの場合、燃料噴射量や吸入空気量を減少させるほどエンジンで発生するトルクが小さくなり、エンジンの始動性が低下してしまう。つまり、エンジンが安定したアイドリング状態となるまでにかかる時間が延長され、迅速に車両を発進させることが困難となる。
【0008】
また、エンジンで発生するトルクの大きさは、車両の始動状態だけでなく運転者による操作状態によって変動する。そのため、吹け上がりを抑制するための燃料噴射量や吸入空気量を減少させた場合には、車両の発進に要する最低限のトルクを確保することができない状態が生じうる。つまり、始動時の吹け上がりを抑制する制御は、エンジンの始動性や発進性を向上させる制御を妨げるように働く場合があり、要求される実回転数及びトルクを保証することができなくなるおそれがある。
【0009】
なお、このような始動性の低下は、車両がアイドルストップ状態から復帰した直後の発進性を損なう要因となる。例えば、アクセルペダルの踏み込み操作がアイドルストップ状態からの復帰条件の一つとして設定されているようなアイドルストップシステムでは、運転者が車両を発進させたい時点でアクセルペダルが踏み込まれるため、その後のエンジンの再始動にかかる時間が長くなるほど、車両の発進や加速が遅れることになり、ドライブフィーリングが大きく損なわれるおそれがある。
【0010】
このように、従来のエンジンの制御では、始動直後に生じうるエンジン回転の吹け上がりを適切に抑制しつつエンジンの始動性を向上させることが難しいという課題がある。特に、アイドリングストップ状態からの自動再始動制御による再始動時には、トルクショックの抑制だけでなく、エンジンの迅速な再始動が望まれるため、エンジン出力の適切な設定,制御が困難であるという課題がある。
【0011】
本件の目的の一つは、上記のような課題に鑑み創案されたもので、トルクベース制御装置に関し、エンジン始動時の吹け上がりを抑制しつつ始動性を向上させることである。
なお、この目的に限らず、後述する発明を実施するための形態に示す各構成により導かれる作用効果であって、従来の技術によっては得られない作用効果を奏することも本件の他の目的として位置づけることができる。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(1)ここで開示するトルクベース制御装置は、車両に搭載されたエンジンへの各種出力要求をトルクに換算し、一元化された目標トルクに基づき吸入空気量,燃料噴射量及び点火時期の少なくとも何れか一つを制御する制御装置である。この制御装置は、前記車両の運転者の発進意思の大きさを検出する発進意思検出手段と、始動時におけるエンジン回転速度の上限値としての上限回転速度を設定する第一設定手段と、前記エンジンの実回転速度と前記上限回転速度との差に応じて、前記実回転速度の変化率の上限勾配を演算する上限勾配演算手段とを備える。また、前記上限勾配演算手段で演算された前記上限勾配と前記実回転速度の実変化率との差に相当する勾配差を演算する勾配差演算手段と、前記勾配差演算手段で演算された前記勾配差をトルクに換算した値を用いて演算された前記目標トルクに基づき、前記エンジンの実回転速度を制御する上限値制御を実施する上限値制御手段とを備える。さらに、前記第一設定手段が、前記発進意思検出手段で検出された前記発進意思が小さいほど、前記上限回転速度を小さく設定する。
【0013】
(2)また、前記第一設定手段が、前記発進意思検出手段で検出された前記発進意思に基づき、前記上限回転速度の最小値を設定することが好ましい。
(3)また、前記発進意思検出手段が、前記運転者によるブレーキ操作に基づき前記発進意思の大きさを検出することが好ましい。
【0014】
(4)また、前記発進意思検出手段が、前記運転者によるアクセル操作に基づき前記発進意思の大きさを検出することが好ましい。
(5)また、前記第一設定手段が、前記エンジンの冷却水温に基づき前記上限回転速度を設定することが好ましい。
【0015】
(6)また、前記上限値制御手段が、前記エンジンの実回転速度と前記上限回転速度との差が小さいほど前記実回転速度の変化率の目標値を減少させることが好ましい。なお、ここでいう差とは、前記実回転速度から前記上限回転速度を減じた値を意味する。
(7)また、前記エンジンの始動時の冷却水温に基づきエンジン回転速度のオフセット量を設定するオフセット量設定手段を備え、前記上限値制御手段が、前記上限値制御の開始条件として、前記エンジンの実回転速度が前記上限回転速度の値から前記オフセット量を減じた回転速度以上になったことを判定することが好ましい。
【0016】
(8)また、前記エンジンの吸気通路を流れる空気の流量を検出する流量検出手段を備え、前記上限値制御手段が、前記上限値制御の終了条件として、シリンダー内に吸入された筒内吸入空気量の推定値と前記流量検出手段で検出された前記流量に基づいて算出される吸気量とが一致したことを判定することが好ましい。
(9)また、前記車両に搭載された自動変速機のセレクトレバーの操作位置が走行レンジであるか否かを検出する変速レンジ検出手段を備え、前記第一設定手段が、前記操作位置が走行レンジではないときよりも、エンジン回転速度の上限値としての上限回転速度を小さく設定することが好ましい。
【0017】
(10)また、前記エンジンのアイドル運転時の目標アイドル回転速度を設定する第二設定手段を備え、前記第一設定手段が、前記第二設定手段で設定された前記目標アイドル回転速度以上の範囲で前記上限回転速度を設定することが好ましい。
この場合、前記操作位置が走行レンジであるときの前記上限回転速度は、前記操作位置が走行レンジではないときの前記上限回転速度よりも前記目標アイドル回転速度に近づけられることになる。
【0018】
(11)また、前記エンジンの実回転速度の変化勾配が0以下になったときに、前記エンジンの実回転速度を前記目標アイドル回転速度に収束させるアイドルフィードバック制御を実施するアイドル制御手段を備えることが好ましい。なお、前記上限値制御を前記アイドル制御と重複して実施させてもよいし、前記アイドル制御の開始時に前記上限値制御を終了させてもよい。
【発明の効果】
【0019】
開示のトルクベース制御装置によれば、運転者の発進意思に基づいて上限回転速度の最小値を設定することで、車両の発進に要求されるエンジンの実回転数を確保するためのトルクを維持したうえで上限値制御を実施することができる。つまり、上限値制御で制限される上限回転速度の最小値を保証することができ、発進意思に応じた加速性を満足しながらエンジン回転速度の急上昇(吹け上がり)を抑制することができ、不要な走り出し感を減少させることができる。
また、エンジン回転速度の変化勾配について、実変化率と目標値との間の勾配差をトルクに換算して目標トルクを演算することで、エンジン回転速度を目標値の勾配に沿って精度よく変化させることができ、回転速度の急変や吹け上がりを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】一実施形態に係るトルクベース制御装置のブロック構成及びこの制御装置が適用されたエンジンの構成を例示する図である。
【図2】本制御装置の要求トルク演算部での演算内容を例示するブロック構成図である。
【図3】本制御装置のトルク上限値演算部での演算内容を例示するブロック構成図である。
【図4】図3の回転速度上限値設定部での上限回転速度の設定手法を例示するブロック構成図である。
【図5】本制御装置のトルク上限値演算部での演算に係るグラフの例であり、(a)は上限回転速度とセレクトレバーの操作位置及びアクセル操作量との関係、(b)は上限回転速度とセレクトレバーの操作位置及び冷却水温と上限回転速度との関係、(c)は上限回転速度とブレーキ液圧との関係をそれぞれ示す。また、(d)は冷却水温とオフセット量との関係、(e)は回転速度差と上限勾配との関係を示す。
【図6】本制御装置での上限値制御の終了条件の一つを説明するためのグラフであり、(a)はアクセル操作がない場合、(b)はアクセル操作がなされた場合に対応するものである。
【図7】本制御装置の目標トルク演算部での演算内容を例示するブロック構成図である。
【図8】本制御装置の作用を説明するための図であり、(a)はアイドルストップ状態からの再始動時に上限値制御が実施されたときの実回転速度の変動を例示するグラフ、(b),(c)はそれぞれエンジントルク,点火時期の変動を例示するグラフである。
【図9】本制御装置の作用を説明するための図であり、(a)はブレーキ操作量の変動を例示するグラフ、(b)は実回転速度の変動を例示するグラフである。
【図10】本制御装置の作用を説明するための図であり、(a)はブレーキ操作量の変動を例示するグラフ、(b)はアクセル操作量の変動を例示するグラフ、(c)は実回転速度の変動を例示するグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
図面を参照してトルクベース制御装置について説明する。なお、以下に示す実施形態はあくまでも例示に過ぎず、以下の実施形態で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本実施形態の各構成は、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができるとともに、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせることが可能である。
【0022】
[1.装置構成]
[1−1.動力伝達系]
本実施形態のトルクベース制御装置は、図1に示す車載のエンジン10に適用される。エンジン10の出力は、オートマチックトランスミッションユニット26(自動変速機,以下ATユニットと呼ぶ)を介して車両の駆動輪27に伝達される。ATユニット26には、トルクコンバーター26aと変速機構26bとが内蔵されている。
【0023】
トルクコンバーター26aは、流体を介してエンジン10の回転を変速機構26b側に伝達しつつ、トルクを増大させる動力伝達装置である。典型的なトルクコンバーター26aは、駆動羽根車(ポンプインペラー),受動羽根車(タービンライナー)及び案内板(ステーター)からなる三種類の羽根車と作動流体とをケーシングの内部に封入した構造を持つ。駆動羽根車の回転軸(トルクコンバーター26aの入力軸)はエンジン10の出力軸に接続され、受動羽根車の回転軸(トルクコンバーター26aの出力軸)は変速機構26b側に接続される。また、案内板は、向かい合わせに配置された駆動羽根車と受動羽根車との間に配置され、ケーシングに対して固定される。
【0024】
トルクコンバーター26aの作動流体は、駆動羽根車から与えられたトルクを受動羽根車及び案内板に伝達しながらケーシング内を循環する。一般に、案内板に作用するトルクの大きさは、駆動羽根車と受動羽根車との回転速度差が大きいほど増大し、受動羽根車に伝達されるトルクの大きさは、駆動羽根車のトルクと案内板に作用するトルクとの和となる。したがって、トルクコンバーター26aの出力軸の回転速度が入力軸の回転速度よりも小さいときには、変速機構26bに伝達されるトルクがエンジン10のトルクよりも増幅される。
【0025】
変速機構26bは、トルクコンバーター26aから入力される回転速度を減速して駆動輪27に伝達するための動力伝達装置である。変速機構26bの具体的な構造は任意であり、例えば図示しない遊星歯車機構やCVT機構、クラッチ・ブレーキ機構等を内蔵させることが考えられる。
遊星歯車機構とは、外輪歯車(アウターギヤ)の内側に太陽歯車(サンギヤ)及び複数の遊星歯車(プラネタリギヤ)を内装し、遊星歯車の中心軸同士を遊星キャリアで接続した構造を持つ変速機構である。この遊星歯車機構を備えた変速機構26bの場合には、外輪歯車,太陽歯車及び遊星キャリアの三つの回転要素の回転動作に制限を加えることによって、複数種類の変速比が実現される。
【0026】
また、CVT機構とは、回転速度を連続的に変更可能な変速機構である。二つのプーリーの円錐面に懸架されたベルトを介して動力を伝達するベルト式CVT機構を備えた変速機構26bの場合には、プーリーの円錐面に対するベルトの懸架位置を移動させることで無段階の変速比が実現される。
クラッチ・ブレーキ機構とは、対向する摩擦係合要素間に生じる摩擦力の大きさを制御し、あるいは摩擦係合要素の移動を拘束することによって動力伝達を断接する機構である。例えば、遊星歯車機構による変速時や車両の停車時等には、クラッチ・ブレーキ機構が切断・固定状態に制御され、駆動輪27側への駆動力の伝達が遮断される。
【0027】
変速機構26bにおける変速比は、車室内に設けられたセレクトレバーの操作位置(シフトポジション)に応じて変更される。本実施形態では、セレクトレバーの操作位置として「P(パーキング)レンジ」,「R(リバース)レンジ」,「N(ニュートラル)レンジ」,「D(ドライブ)レンジ」の四種類の操作位置が設定されている。上記のレンジのうちPレンジ及びNレンジはともに、車両の停止時に選択されるレンジであり、非走行レンジとも呼ばれる。一方、Dレンジは走行レンジとも呼ばれる。また、Rレンジは、車両の後方に向かって走行させる際に選択されるレンジであり、広義の走行レンジに含まれる。
【0028】
[1−2.シリンダー構造]
続いて、エンジン10のシリンダー構造を説明する。図1では、多気筒のエンジン10に設けられた複数のシリンダーのうち、一つのシリンダーを示す。シリンダー内を往復摺動するピストン16は、コネクティングロッドを介してクランクシャフト17に接続される。クランクシャフト17は、前述のトルクコンバーター26aの駆動羽根車に接続される出力軸である。
【0029】
シリンダーの頂部には、点火プラグ13がその先端を燃焼室側に突出させた状態で設けられる。また、燃焼室のシリンダーヘッド側の頂面には、吸気ポート11及び排気ポート12が設けられる。
燃焼室の頂面には、吸気ポート11に通ずる開口部を開閉する吸気弁14と、排気ポート12に通ずる開口部を開閉する排気弁15とが設けられる。吸気弁14の開閉駆動により吸気ポート11と燃焼室とが連通又は閉鎖され、排気弁15の開閉駆動により排気ポート12と燃焼室とが連通又は遮断される。
【0030】
吸気弁14及び排気弁15の上端部はそれぞれ、図示しない可変動弁機構内のロッカアームの一端に接続される。ロッカアームはロッカシャフトに軸支された揺動部材であり、それぞれのロッカアームの揺動により吸気弁14及び排気弁15が上下方向に往復駆動される。なお、可変動弁機構は、吸気弁14及び排気弁15のそれぞれについて、最大バルブリフト量及びバルブタイミングを個別に、又は、連動させつつ変更する機構である。
【0031】
シリンダーの周囲には、その内部をエンジン冷却水が流通するウォータージャケット19が設けられる。エンジン冷却水はエンジン10を冷却するための冷媒であり、ウォータージャケット19とラジエータとの間を環状に接続する冷却水循環路内を流通している。
【0032】
[1−3.吸気系]
吸気ポート11内には、燃料を噴射するインジェクター18が設けられる。インジェクター18から噴射される燃料量は、後述するエンジン制御装置1によって電子制御される。また、インジェクター18よりも吸気流の上流側には、インテークマニホールド20(以下、インマニと呼ぶ)が設けられる。このインマニ20には、吸気ポート11側へと流れる空気を一時的に溜めるためのサージタンク21が設けられる。サージタンク21よりも下流側のインマニ20は、複数のシリンダーの吸気ポート11に向かって分岐するように形成され、サージタンク21はその分岐点に位置する。サージタンク21は、各々のシリンダーで発生しうる吸気脈動や吸気干渉を緩和するように機能する。
【0033】
インマニ20の上流側には、スロットルボディ22が接続される。スロットルボディ22の内部には電子制御式のスロットルバルブ23が内蔵され、インマニ20側へと流れる空気量がスロットルバルブ23の開度(スロットル開度)に応じて調節される。このスロットル開度は、エンジン制御装置1によって電子制御される。
スロットルボディ22のさらに上流側には、吸気通路24が接続される。また、吸気通路24のさらに上流側にはエアフィルタ25が介装される。これにより、エアフィルタ25で濾過された新気が吸気通路24及びインマニ20を介してエンジン10のシリンダーに供給される。
【0034】
[1−4.検出系]
車両の任意の位置には、アクセルペダルの踏み込み量(アクセル操作量APS)を検出するアクセルストロークセンサー31と、ブレーキ操作量に対応するブレーキ液圧BRKを検出するブレーキ液圧センサー33とが設けられる。アクセル操作量APSは、運転者の加速要求や発進意思に対応するパラメーターであり、言い換えるとエンジン10の負荷(エンジン10に対する出力要求)に相関するパラメーターである。また、通常の車両走行時のブレーキ液圧BRKは、運転者の停止要求に対応するパラメーターであるとともに、車両をクリープ発進させる際の発進要求にも対応するパラメーターである。これらの各センサー31,33で検出されたアクセル操作量APS,ブレーキ液圧BRKの情報は、エンジン制御装置1に伝達される。
【0035】
ATユニット26のセレクトレバーには、シフトポジションセンサー32(変速レンジ検出手段)が付設されている。シフトポジションセンサー32は、セレクトレバーの操作位置を検出してこれに対応するレンジ信号RNGを出力するセンサーである。ここでは、セレクトレバーがPレンジ,Rレンジ,Nレンジ,Dレンジのどの位置に操作されているかが検出され、各々の操作位置に対応するレンジ信号RNGがエンジン制御装置1に伝達される。
【0036】
吸気通路24内には、吸気流量QINを検出するエアフローセンサー34が設けられる。吸気流量QINは、スロットルバルブ23を通過する実際の空気の流量に対応するパラメーターである。スロットルバルブ23からシリンダーへの吸気流には、いわゆる吸気遅れ(流通抵抗や吸気慣性によって生じる遅れ)が生じるため、ある時刻にシリンダーに導入される空気の流量は、その時点でスロットルバルブ23を通過する空気の流量とは必ずしも一致しない。一方、本実施形態のエンジン制御装置1では、このような吸気遅れを考慮した吸気量の制御が実施される。エアフローセンサー34で検出された吸気流量QINの情報は、エンジン制御装置1に伝達される。
【0037】
ウォータージャケット19又は冷却水循環路上の任意の位置には、エンジン冷却水の温度(冷却水温WTS)を検出する冷却水温センサー35が設けられる。なお、エンジン10の無負荷損失(エンジン10自体に内在する機械的な損失等)は、例えば冷態始動時のようにエンジン10自体の温度が低温であるほど増大する。また、このエンジン10自体の温度は、ウォータージャケット19内の冷却水温WTSに反映される。そこで本実施形態では、冷却水温WTSをエンジン10の無負荷損失を推定するための指標として用いることとする。冷却水温センサー35で検出された冷却水温WTSの情報は、エンジン制御装置1に伝達される。
【0038】
クランクシャフト17には、その回転角θCRを検出するエンジン回転速度センサー36が設けられる。回転角θCRの単位時間あたりの変化量(角速度ω)はエンジン10の実回転速度Ne(単位時間あたりの実回転数)に比例する。したがって、エンジン回転速度センサー36は、エンジン10の実回転速度Neを取得する機能を持つ。ここで取得された実回転速度Neの情報は、エンジン制御装置1に伝達される。なお、エンジン回転速度センサー36で検出された回転角θCRに基づき、エンジン制御装置1の内部で実回転速度Neを演算する構成としてもよい。
【0039】
[1−5.制御系]
この車両には電子制御装置として、エンジン制御装置1(Engine Electronic Control Unit,トルクベース制御装置)のほか、変速機ECU7,エアコンECU8,電装品ECU9等が設けられる。これらの電子制御装置は、例えばマイクロプロセッサやROM,RAM等を集積したLSIデバイスや組み込み電子デバイスとして構成され、車両に設けられた車載ネットワーク網の通信ラインを介して互いに通信可能に接続される。
【0040】
変速機ECU7は、ATユニット26の変速動作を制御するものであり、エアコンECU8は、図示しないエアコン装置(空調装置)の動作を制御するものである。また、電装品ECU9は、車載投光装置や各種照明装置,パワーステアリング装置,パワーウィンドウ装置,ドア施錠装置といったボディ系の各種電装品の動作を制御するものである。これらの各種装置は、エンジン10に対する負荷として働く。
【0041】
以下、これらのエンジン制御装置1以外の電子制御装置のことを外部制御システムとも呼び、外部制御システムによって制御される装置のことを外部負荷装置とも呼ぶ。外部負荷装置の作動状態等は、エンジン10の運転状態に関わらず変化しうる。そこで、上記の各外部制御システムは、外部負荷装置がエンジン10に要求するトルクの大きさを随時演算し、これをエンジン制御装置1に伝達する。また、外部制御システムがエンジン10に要求するトルクのことを外部要求トルクと呼ぶ。なお、外部要求トルクの値は、変速機ECU7,エアコンECU8,電装品ECU9といった個々の外部制御システムで演算された後にエンジン制御装置1に伝達されることとしてもよいし、あるいは個々の外部制御システムで収集された情報に基づいてエンジン制御装置1で演算されることとしてもよい。
【0042】
エンジン制御装置1は、エンジン10に関する点火系,燃料系,吸排気系及び動弁系といった広汎なシステムを制御する電子制御装置であり、エンジン10の各シリンダーに対して供給される空気量,燃料噴射量及び点火タイミングを制御するものである。ここでは、エンジン10に要求されるトルクの大きさを基準としたトルクベース制御が実施される。エンジン制御装置1の具体的な制御対象としては、インジェクター18から噴射される燃料量や噴射時期,点火プラグ13での点火時期,スロットルバルブ23の開度などが挙げられる。
【0043】
本トルクベース制御では、エンジン10に要求されるトルクとして、三種類の要求トルクを想定している。第一の要求トルクは運転者の加速要求に対応するものであり、第二の要求トルクは外部負荷装置からの要求に対応するものである。これらの要求トルクはともに、エンジン10に作用する負荷に基づいて算出されるトルクといえる。一方、第三の要求トルクは、エンジン10の実回転速度Neをアイドル回転速度に維持するアイドルフィードバック制御(アイドル制御)のためのものであり、エンジン10に負荷が作用していない無負荷状態であっても考慮される要求トルクである。エンジン制御装置1は、上記の三種類の要求トルクをエンジン10の運転条件に応じて自動的に切り換えながら、エンジン10が出力すべきトルクの目標値である目標トルクを演算し、その目標トルクが得られるように、燃料量や噴射時期,吸気量,点火時期等を制御する。
【0044】
また、エンジン制御装置1では、車両の走行状態に応じて自動的にエンジン10を停止,再始動させる自動停止制御(アイドルストップ制御)及び再始動制御が実施される。ここでいう自動停止制御とは、エンジン10の運転中に所定の自動停止条件が成立したときに、イグニッションキースイッチの操作位置をオン位置に維持したままの状態で、エンジン10を自動的に停止させる制御である。また、再始動制御とは、自動停止制御によるエンジン10の停止中に所定の再始動条件が成立したときに、エンジン10を自動的に再始動させる制御である。
【0045】
以下、エンジン制御装置1で実施される制御のうち、再始動制御時に実施されるトルクベース制御での目標トルクの算出について詳述する。なお、本実施形態では、図示平均有効圧Pi(エンジン10の指圧線図に基づいて算出される仕事を行程容積で割った圧力値)を用いてトルクの大きさを表現する。つまり、本実施形態では、エンジン10で生じる力のモーメントのことだけでなく、エンジン10のピストン16に作用する平均有効圧(例えば、図示平均有効圧Piや正味平均有効圧Pe)で表現されたトルク相当量(トルクに対応する圧力)のことも便宜的に「トルク」と呼ぶ。
【0046】
[2.制御構成]
図1に示すように、エンジン制御装置1の入力側には前述の各種センサーや車内通信網,他の電子制御装置が接続される。また、エンジン制御装置1の出力側には、トルクベース制御の制御対象である点火プラグ13,インジェクター18,スロットルバルブ23等が接続される。
【0047】
このエンジン制御装置1には、アイドルストップ制御部2,要求トルク演算部3,トルク上限値演算部4及び目標トルク演算部5が設けられる。これらのアイドルストップ制御部2,要求トルク演算部3,トルク上限値演算部4及び目標トルク演算部5の各機能は、電子回路(ハードウェア)によって実現してもよく、ソフトウェアとしてプログラミングされたものとしてもよいし、あるいはこれらの機能のうちの一部をハードウェアとして設け、他部をソフトウェアとしたものであってもよい。
【0048】
[2−1.アイドルストップ制御部]
アイドルストップ制御部2は、自動停止制御及び再始動制御に係る条件を判定してこれらの制御を実施するものである。自動停止条件が成立するのは、例えば以下の条件1〜5が全て成立したときである。なお、一般的な自動停止制御では、少なくとも車速やアクセル操作量APSに関する所定のアイドル運転条件が成立する状態で、所定のアイドルストップ条件が成立した場合に、自動停止制御が開始される。
【0049】
本実施形態の自動停止制御も同様であり、以下の条件1〜5のうち、条件1,3,5はそれぞれアイドル運転条件(エンジンがアイドリング状態であると判断するための条件)の一つである。
条件1:操作位置がPレンジかNレンジかDレンジである
条件2:冷却水温WTSが所定温度以上である(エンジン10が暖機済み)
条件3:アクセル操作量APSが0である(アクセルペダル踏み込みなし)
条件4:ブレーキ液圧BRKが所定値以上である(ブレーキペダル踏み込みあり)
条件5:車両が停止している(車速が0である)
【0050】
また、再始動条件は、例えば以下の条件6〜10の何れかが成立することとする。
条件6:操作位置がRレンジである
条件7:アクセル操作量APSが0でない(アクセルペダル踏み込みあり)
条件8:ブレーキ液圧BRKが所定値未満である(ブレーキペダル踏み込みあり)
条件9:車両が停止していない(車速が0でない)
条件10:外部負荷装置からの始動要求が発生した
【0051】
上記の条件10の具体例としては、自動停止中におけるバッテリー充電量,バッテリー電圧等の低下により、電装品が要求する電力を確保できなくなったとき(発電が必要になったとき)や、エアコン装置のコンプレッサーを駆動すべくエンジン10を始動させる必要が生じたとき等が挙げられる。つまり、外部負荷の要求に依っては、条件6〜9が不成立である場合であっても、エンジン10の再始動制御が実施される。したがって、エンジン10の再始動時におけるレンジ位置は必ずしも条件6に規定されたRレンジであるとは限らず、NレンジやDレンジで再始動する場合がある。また、アクセル操作量APSの大きさやブレーキ液圧BRKの大きさに関しても、エンジン10の再始動時にはあらゆる値を取りうる。
【0052】
自動停止条件が成立すると,アイドルストップ制御部2は自動停止制御を実施し、例えばインジェクター18を制御して燃料供給を停止させることによってエンジン10を停止させる。一方、自動停止制御によるエンジン10の自動停止中に再始動条件が成立すると、アイドルストップ制御部2は再始動制御を実施し、例えば図示しないセルモーターを駆動するとともに燃料供給を開始させて、エンジン10を再始動させる。
【0053】
[2−2.要求トルク演算部]
要求トルク演算部3は、変速機ECU7,エアコンECU8,電装品ECU9といった外部制御システムから要求されるトルクと運転者から要求されるトルクとを集約して、アイドル要求トルクPi_NeFBと、アクセル要求トルクPi_APSと、制御操作に対する応答性が異なる二種類の要求トルク(点火制御用要求トルクPi_EXT_SA,吸気制御用要求トルクPi_EXT)とを演算し、これらをエンジン10への要求トルクとして設定するものである。
【0054】
アイドル要求トルクPi_NeFBは、主にエンジン10の運転状態をアイドル運転状態に維持するのに要求されるトルクである。また、アクセル要求トルクPi_APSは、主に車両の通常運転時に運転者から要求されているトルクである。ここでは、アクセル要求トルクPi_APSに基づいて、点火制御用要求トルクPi_EXT_SAと吸気制御用要求トルクPi_EXTとが演算される。
【0055】
点火制御用要求トルクPi_EXT_SAは、点火プラグ13の点火制御(点火時期の制御)で用いられるトルクである。点火制御は、実際に制御を実施してからエンジン10でトルクが発生するまでのタイムラグが短く、応答性の高い制御である。ただし、点火制御によって調整可能なトルクの幅は比較的小さい。
一方、吸気制御用要求トルクPi_EXTは、スロットルバルブ23の吸気制御(吸入空気量の制御)で用いられるトルクである。吸気制御は、実際に制御を実施してからエンジン10でトルクが発生するまでのタイムラグが長く、点火制御と比較して応答性にやや劣る制御である。ただし、吸気制御によって調整可能なトルクの幅は、点火制御によるものよりも大きい。
【0056】
要求トルク演算部3での演算プロセスを図2に例示する。要求トルク演算部3には、目標アイドル回転速度設定部3a,アイドル要求トルク演算部3b,アクセル要求トルク演算部3c及び外部要求トルク演算部3dが設けられる。
【0057】
目標アイドル回転速度設定部3a(第二設定手段)は、エンジン10がアイドル運転状態のときの目標となる回転速度を目標アイドル回転速度NeOBJ(いわゆる目標アイドル回転数)として設定するものである。アイドル運転状態とは、アイドル運転条件が成立する運転状態のことであり、車速やアクセル操作量APS等に応じて判定される。アイドル運転条件には、例えば上記の条件1,条件3,条件5が含まれる。
【0058】
目標アイドル回転速度設定部3aは、冷却水温WTSやセレクトレバーの操作位置に応じて、目標アイドル回転速度NeOBJを設定する。ここでは、例えば操作位置がDレンジ,Rレンジのときの目標アイドル回転速度NeOBJが、操作位置がPレンジ,Nレンジのときの目標アイドル回転速度NeOBJよりも小さく設定される。また、冷却水温WTSが高いほど、目標アイドル回転速度NeOBJが小さく設定される。なお、外部負荷装置の作動状態に応じて目標アイドル回転速度NeOBJの大きさを変更する構成としてもよい。ここで演算された目標アイドル回転速度NeOBJの情報は、アイドル要求トルク演算部3b及びトルク上限値演算部4に伝達される。
【0059】
アイドル要求トルク演算部3bは、設定された目標アイドル回転速度NeOBJに対応するトルク(実回転速度Neを目標アイドル回転速度NeOBJに維持するために要するトルク)をアイドル要求トルクPi_NeFBとして演算するものである。ここで演算されたアイドル要求トルクPi_NeFBは、目標トルク演算部5に伝達される。
【0060】
アクセル要求トルク演算部3cは、運転者の運転操作によってエンジン10に要求されているトルクをアクセル要求トルクPi_APSとして演算するものである。ここでは、実回転速度Neとアクセル操作量APSとに基づいてアクセル要求トルクPi_APSが演算される。なお、外部負荷装置の作動状態に応じてアクセル要求トルクPi_APSの大きさを変更する構成としてもよい。ここで演算されたアクセル要求トルクPi_APSの情報は、外部要求トルク演算部3d及び目標トルク演算部5に伝達される。
【0061】
外部要求トルク演算部3dは、アクセル要求トルク演算部3cで演算されたアクセル要求トルクPi_APSをベースとし、外部制御システムから伝達される外部負荷装置からのトルク要求を加味した二種類の要求トルクを演算するものである。第一の要求トルクは点火制御用要求トルクPi_EXT_SAであり、第二の要求トルクは吸気制御用要求トルクPi_EXTである。これらの点火制御用要求トルクPi_EXT_SA及び吸気制御用要求トルクPi_EXTは、互いに独立して外部要求トルク演算部3d内で演算される。ここで演算された各要求トルクは、ともに目標トルク演算部5に伝達される。
【0062】
[2−3.トルク上限値演算部]
トルク上限値演算部4は、エンジン10の始動時の上限トルクPiLIM_Hを演算するものである。ここでいうエンジン10の始動時とは、手動による始動時や再始動制御による再始動時を意味し、エンジン10の完爆後に実回転速度Neが目標アイドル回転速度NeOBJに収束するまでの期間が含まれる。
【0063】
一般に、エンジン10の実回転速度Neは、エンジン10の完爆後に急激に上昇したのち、目標アイドル回転速度NeOBJに収束するように制御される。この完爆後の実回転速度Neの上昇のことを「吹け上がり」と呼ぶ。トルク上限値演算部4は、エンジン10の始動性を妨げない範囲内で吹け上がりをできるだけ小さくする(過度に実回転速度Neが上昇しないようにする)ためのトルクの最大値として、上限トルクPiLIM_Hを演算する。また、エンジントルクを上限トルクPiLIM_Hで制限する制御のことを、上限値制御と呼ぶ。
【0064】
上限値制御は、エンジントルクの上昇を抑制するように機能する制御であるため、例えば上限トルクPiLIM_Hの値を固定値として設定してしまうと、エンジン10の運転条件によっては始動性が低下するおそれが生じる。これに対して本実施形態のトルク上限値制御では、エンジン10の始動時における運転者の発進意思やセレクトレバーの操作位置に応じて上限トルクPiLIM_Hの値を随時設定することで、始動性を確保しつつ吹け上がりを防止している。
【0065】
トルク上限値演算部4での演算プロセスを図3に例示する。トルク上限値演算部4には、回転速度上限値設定部4a,オフセット量設定部4b,回転速度差演算部4c,上限勾配演算部4d,実変化率演算部4e,勾配差演算部4f,トルク補正量演算部4g,実トルク演算部4h,上限トルク演算部4k,条件判定部4mが設けられる。
【0066】
回転速度上限値設定部4a(第一設定手段)は、実回転速度Neの上限値である上限回転速度NeLIM_H(単位時間あたりの上限回転数)を設定するものである。ここでは、車両の運転状態に関係する様々なパラメーターに基づき、複数個の上限回転速度NeLIM_Hが演算されるとともに、それらの中から適切な上限回転速度NeLIM_Hが運転状態に応じて選択される。ここで選択された最終的な上限回転速度NeLIM_Hは、回転速度差演算部4cに伝達される。
【0067】
図4に上限回転速度NeLIM_Hの設定手法を模式的に示す。回転速度上限値設定部4aは、アクセル操作量APS,ブレーキ液圧BRK,冷却水温WTSのそれぞれについての上限回転速度NeLIM_Hを設定し、これらの上限回転速度NeLIM_Hと目標アイドル回転速度NeOBJとに基づいて、最終的な上限回転速度NeLIM_Hを設定する。図4中に示すように、回転速度上限値設定部4aには、第一上限値設定部41,第二上限値設定部42,第三上限値設定部43が設けられるとともに、二つの最大値選択部44,45と最小値選択部46が設けられる。以下、上記の各設定部41〜43で設定された上限値のことを第一上限値〜第三上限値と呼び、二つの最大値選択部で選択された上限値のことを第四上限値,第五上限値と呼ぶ。
【0068】
第一上限値設定部41は、ブレーキ液圧BRKに基づいて第一上限値を設定するものである。ここには、図5(c)に示すように、ブレーキ液圧BRKが大きいほど上限回転速度NeLIM_H(第一上限値)が低下するような特性がマップ,数式等で予め設定されている。第一上限値設定部41はこれらのマップ,数式等を用いて第一上限値を設定し、ブレーキ操作時の発進意思(ブレーキペダルの踏み込み操作が弱められたときの発進意思)を上限値制御に反映させる。
【0069】
なお、図5(c)中に示す二点鎖線は、温態時の目標アイドル回転速度NeOBJを示すラインである。第一上限値は、温態時の目標アイドル回転速度NeOBJ以上の範囲で設定される。ただし、冷態始動時の目標アイドル回転速度NeOBJは温態時よりも高く設定されるため、図中の二点鎖線はグラフ上で上方に移動する。したがって、冷態始動時であってブレーキ液圧BRKが比較的大きい場合には、第一上限値が目標アイドル回転速度NeOBJを下回る場合がありうる。
【0070】
一方、第一上限値設定部41で設定された第一上限値は、目標アイドル回転速度NeOBJとともに最大値選択部44に入力され、これらのうちの大きい何れか一方が第四上限値として選択される。これにより、第四上限値は、目標アイドル回転速度NeOBJ以上の範囲でブレーキ液圧BRKが小さいほど増大することになる。第四上限値が目標アイドル回転速度NeOBJを下回ることはなく、すなわち、どんなに実回転速度Neが強く制限されたとしても、少なくとも目標アイドル回転速度NeOBJは確保される。
【0071】
第二上限値設定部42は、アクセル操作量APSに基づいて第二上限値を設定するものである。ここには、図5(a)に示すように、アクセル操作量APSが大きいほど上限回転速度NeLIM_H(第一上限値)が上昇するような特性がマップ,数式等で予め設定されている。第二上限値設定部42はこれらのマップ,数式等を用いて第一上限値を設定し、アクセル操作時の発進意思を上限値制御に反映させる。なお、図5(a)中に示す二点鎖線は、温態時の目標アイドル回転速度NeOBJを示すラインである。第二上限値は第一上限値と同様に、温態時の目標アイドル回転速度NeOBJ以上の範囲で設定される。
また、セレクトレバーの操作位置がDレンジであるときには、Dレンジ以外(Pレンジ,Rレンジ,Nレンジ)であるときよりも第二上限値が小さく設定される。ここで設定された第二上限値は、最大値選択部45へと入力される。
【0072】
第三上限値設定部43は、冷却水温WTSに基づいて第三上限値を設定するものである。ここには、図5(b)に示すように、冷却水温WTSが高いほど上限回転速度NeLIM_H(第三上限値)が低下するような特性がマップ,数式等で予め設定されている。第三上限値設定部43はこれらのマップ,数式等を用いて第一上限値を設定し、エンジン10の暖機の度合いを上限値制御に反映させる。なお、図5(b)中に示す二点鎖線は、目標アイドル回転速度NeOBJを示すラインであり、第三上限値は目標アイドル回転速度NeOBJ以上の範囲で設定される。冷却水温WTSが高いほど目標アイドル回転速度NeOBJが一般に低く設定されるほか、エンジンのフリクションが減少してエンジンの始動性がやや向上するため、その分やや強めに上限値制御をかけることで吹け上がりを効果的に抑制している。
また、第三上限値は、第二上限値と同様に、セレクトレバーの操作位置がDレンジであるときには、Dレンジ以外(Pレンジ,Rレンジ,Nレンジ)であるときよりも小さく設定される。ここで設定された第三上限値は、最大値選択部45へと入力される。
【0073】
前述の通り、一方の最大値選択部44は、第一上限値と目標アイドル回転速度NeOBJとのうちの何れか大きい一方を第四上限値として選択するものであり、他方の最大値選択部45は、第二上限値と第三上限値とのうちの大きい一方を第五上限値として選択するものである。
第四上限値は、ブレーキ操作量が大きいほど(ブレーキペダルの踏み込み操作が強いほど)上限値制御を強めるように働くパラメーターであるとともに、少なくとも目標アイドル回転速度NeOBJは維持するように働くパラメーターである。
【0074】
また、第五上限値は、アクセル操作が小さいほど(アクセルペダルの踏み込み操作が弱いほど)、あるいは冷却水温WTSが高いほど、上限値制御を強めるように働くパラメーターである。第三上限値は目標アイドル回転速度NeOBJ以上の範囲で設定されるため、第五上限値も目標アイドル回転速度NeOBJ以上の値となる。したがって、第四上限値及び第五上限値はともに目標アイドル回転速度NeOBJ以上の範囲で設定されることになる。これらの第四上限値及び第五上限値は、最小値選択部46へと入力される。
【0075】
最小値選択部46は、第四上限値と第五上限値とのうちの小さい一方を最終的な上限回転速度NeLIM_Hとして選択するものである。ここでは、ブレーキ操作に由来する制御量とアクセル操作に由来する操作量とのうち、強く制限をかけることになる一方が選択される。例えば、ブレーキ操作が無い場合には走行意思があるものとしてブレーキ液圧BRKに対応する第一上限値が大きく設定される(弱い制限となる)ため、アクセル操作量APSに対応する第二上限値や冷却水温WTSに対応する第三上限値によって制限が加えられることになる。一方、ブレーキ操作がある場合には走行意思が低いものとして第一上限値が小さく設定される(強い制限となる)ため、第二上限値や第三上限値よりも低い上限回転速度NeLIM_Hを選択することができ、すなわちより強い制限を加えることができる。
【0076】
オフセット量設定部4b(オフセット量設定手段)は、冷却水温WTSに基づいて実回転速度Neのオフセット量ΔNeOFSを設定するものである。オフセット量ΔNeOFSとは、上限トルクPiLIM_Hを用いてエンジントルクに制限を加える上限値制御を開始するための条件に関する量であり、上限値制御を実施するための実回転速度Neの変動幅に対応する。すなわち、上限値制御では、(NeLIM_H−ΔNeOFS)≦Neという範囲内で(かつ、Ne<NeLIM_Hであり続けることができるように)、実回転速度Neが制御される。したがって、エンジン10の始動直後であって実回転速度Neが(NeLIM_H−ΔNeOFS)に満たないときには上限値制御が実施されず、実回転速度Neが(NeLIM_H−ΔNeOFS)以上となった時点から上限値制御が開始される。
【0077】
ここでは、例えば図5(d)に示すように、冷却水温WTSが低いほどオフセット量ΔNeOFSが大きくなるようにその値が設定される。オフセット量ΔNeOFSが大きいほど、エンジンの始動後に上限値制御が開始されやすくなり(エンジン10の始動時刻から上限値制御が開始されるまでの時間が短くなり)、実回転速度Neが比較的低い段階でトルク制限が加えられることになる。ただし、冷却水温WTSが極端に低い極低温下での始動時には、始動性を高めることを優先して、オフセット量ΔNeOFSをやや小さくしてもよい。ここで設定されたオフセット量ΔNeOFSの情報は、条件判定部4mに伝達される。
【0078】
回転速度差演算部4cは、回転速度上限値設定部4aで設定された上限回転速度NeLIM_Hとエンジン10の実回転速度Neとの回転速度差ΔNeを演算するものである。この回転速度差ΔNeは、実回転速度Neから上限回転速度NeLIM_Hを減じた値である。ここで演算された回転速度差ΔNeは、上限勾配演算部4dに伝達される。
【0079】
上限勾配演算部4d(上限勾配演算手段)は、回転速度差ΔNeに基づいて、実回転速度Neの変化率の上限勾配dNe_H(上限加速度)を演算するものである。この上限勾配演算部4dには、例えば図5(e)に示すように、回転速度差ΔNeと上限勾配dNe_Hとの対応関係が数式やマップ等で予め設定されており、この対応関係を用いて上限勾配dNe_Hを演算する。ここで演算された上限勾配dNe_Hの値は、勾配差演算部4fに伝達される。
【0080】
上限勾配dNe_Hは、実回転速度Neがその時点から所定の単位時間が経過するまでの間に変化してもよい最大の変化量に相当し、すなわち将来の変化勾配の最大値に相当する。図5(e)に示す例では、回転速度差ΔNeが負のときに上限勾配dNe_Hが正の値をとり、回転速度差ΔNeが正のときに上限勾配dNe_Hが負の値をとる。つまり、実回転速度Neが上限回転速度NeLIM_Hよりも小さいときには、上限回転速度NeLIM_Hに近づくほど実回転速度Neがそれ以上増大しないようにその変化勾配が0に近づくことになる。また、実回転速度Neが上限回転速度NeLIM_Hを超えた場合には、実回転速度Neが減少するようにその変化勾配が負(減少勾配)となる。このように、上限勾配dNe_Hは、回転速度差ΔNeの絶対値が大きいほど急勾配に、回転速度差ΔNeの絶対値が小さいほど水平に近づくようなグラフ特性を持つ。
【0081】
実変化率演算部4eは、エンジン10の実回転速度Neの変化率を実変化率dNe(実加速度)として演算するものである。実変化率dNeとは、その時点までの実回転速度Neの実際の変化勾配に相当する。言い換えると、実変化率dNeが過去から現在までの変化勾配に相当するのに対し、上限勾配dNe_Hは現在から将来にかけての変化勾配の最大値に相当し、つまり制御目標としての変化勾配の最大値に相当する。
【0082】
ここでは、その行程で検出された実回転速度Ne(n)とk行程前の時点で検出された実回転速度Ne(n-k)とに基づき、例えば以下の式1に従って実変化率dNeが演算される。ここで演算された実変化率dNeの値は、勾配差演算部4f及び条件判定部4mに伝達される。本実施形態ではk=2であり、すなわち二行程前の時点から現在までの期間での実回転速度Neの変化勾配が演算される。
【数1】

【0083】
勾配差演算部4f(勾配差演算手段)は、上限勾配演算部4dで演算された上限勾配dNe_Hと、実変化率演算部4eで演算された実変化率dNeとの差を勾配差ΔdNe(加速度差)として演算するものである。勾配差ΔdNeは、例えば以下の式2で与えられる。ここで演算された勾配差ΔdNeの情報は、トルク補正量演算部4gに伝達される。
【数2】

【0084】
トルク補正量演算部4gは、将来の実回転速度Neの変化勾配が上限勾配dNe_Hを超えないようにするのに要するトルク補正値PidNe_Hを演算するものである。このトルク補正値PidNe_Hは、勾配差演算部4fで演算された勾配差ΔdNeをトルク値に換算したものである。ここでは、エンジン10のクランク軸周りの慣性モーメントIe,シリンダー容積VENG及び勾配差ΔdNeに基づき、以下の式3に従ってトルク補正値PidNe_Hが演算される。ここで演算されたトルク補正値PidNe_Hは、上限トルク演算部4kに伝達される。
【数3】

【0085】
実トルク演算部4hは、エアフローセンサー34で検出された吸気流量QINに基づき、シリンダーに導入された実際の吸気量で生じうるトルクを実トルクPiACTとして演算するものである。実トルクPiACTは、吸気流量QINに対応する量の空気が所定の空燃比で燃焼したときに生じるトルクの推定値である。本実施形態では、実変化率演算部4eでの変化勾配の演算に係る期間に合わせて、二行程前の実トルクPiACTが演算される。ここで演算された実トルクPiACTは、上限トルク演算部4kに伝達される。
【0086】
上限トルク演算部4kは、実トルク演算部4hで演算された二行程前の実トルクPiACTと、トルク補正量演算部4gで演算されたトルク補正値PidNe_Hとに基づき、上限トルクPiLIM_Hを演算するものである。上限トルクPiLIM_Hは、エンジン10に要求されるトルクの最大値を制限するためのパラメーターである。ここでは、二行程前の実トルクPiACTからトルク補正値PidNe_Hが減算されたものが上限トルクPiLIM_Hとして演算される。
【0087】
なお、上限値制御で制限されるトルクの最大値を全開時トルクPiMAXとして予め設定しておき、上限トルクPiLIM_Hの取り得る範囲を全開時トルクPiMAX以下の範囲に制限してもよい。例えば、ここで演算された上限トルクPiLIM_Hと所定の全開時トルクPiMAXとのうちの小さい一方を選択して、これを最終的な上限トルクPiLIM_Hとしてもよい。ここで演算された上限トルクPiLIM_Hは、条件判定部4mに伝達される。
【0088】
条件判定部4mは、上限値トルク演算部4kで演算された上限トルクPiLIM_Hを用いてエンジントルクを制限する上限値制御の開始条件及び終了条件を判定するものである。上限値制御の開始条件は、以下の条件11〜13が全て成立することである。例えば、アイドルストップ状態からの再始動時や手動操作(イグニッションキー操作)によるエンジン10の始動時に、これらの条件が判定され、全ての条件が成立した場合に上限トルクPiLIM_Hの情報が条件判定部4mから目標トルク演算部5へと伝達される。
条件11:実回転速度Neが、所定の始動完了判定回転速度NeSよりも大きい
(Ne>NeS
条件12:実回転速度Neが、上限回転速度NeLIM_Hからオフセット量ΔNeOFS
減じた値を超えている(Ne>NeLIM_H-ΔNeOFS
条件13:制限対象トルクPiBS_LIMがトルク補正値PidNe_Hを超えている
(PiBS_LIM>PidNe_H
なお、条件13の制限対象トルクPiBS_LIMは、要求トルク演算部3で演算されたアクセル要求トルクPi_APSや点火制御用要求トルクPi_EXT_SA、その行程での実トルクPiACT等のうち、最も大きいトルクに対応するトルクである。
【0089】
また、上限値制御の終了条件は、以下の条件14〜17の何れかが成立することである。例えば、制限制御の実施中にこれらの条件の何れかが成立すると、条件判定部4mから目標トルク演算部5への上限トルクPiLIM_Hの情報伝達が遮断され、制限制御が終了する。
条件14:アイドルフィードバック制御が実施される
条件15:エンジン始動後の経過時間が所定の制限時間を超える
条件16:吸気流量QINのフィルタ値と筒内吸入吸気量の推定値とがほぼ一致する
条件17:実回転速度Neの実変化率dNeが0以下である
【0090】
上記の条件16は、実際にシリンダー内に導入された筒内吸入空気量の推定値と、エアフローセンサー34で検出された吸気流量QINのフィルタ値(エアフローセンサー34とシリンダーとの間の吸気遅れを模擬したフィルタ値)とがほぼ一致したことを以て、上限値制御を終了するという条件である。
一般に、エンジン10の始動直後には、インマニ内の圧力がほぼ大気圧に近い状態となっているため、エアフローセンサー34で検出される吸気流量QINよりも多量の空気が一時的にシリンダー内に流入する。つまり、始動直後の実際の筒内吸入空気量は、エアフローセンサー34で検出された吸気流量QINに対応する吸気量よりも大きく、エンジン回転の吹け上がりが生じやすい状態となっている。一方、時間経過とともにインマニ内の圧力が徐々に低下してくると、筒内吸入空気量と吸気流量QINに対応する吸気量とが一致するようになり、運転状態が安定する。
【0091】
図6(a),(b)に、エンジン10の始動時における筒内吸入空気量の変化とエアフローセンサー34での検出値に基づく吸気量の変化を例示する。図中の破線はエアフローセンサー34での検出値(生値)に対応する空気量であり、細実線はその生値に対して吸気遅れ分のフィルタ処理を施した吸気量(フィルタ値)であり、太実線は筒内吸入空気量の推定値である。
【0092】
筒内吸入空気量の初期値は、インマニ圧が大気圧でありスロットルバルブ23が全開時の吸入空気量に相当し、例えばサージタンク21や吸気通路24の容積等から予め設定しておくことができる。また、筒内吸入空気量の変動はエアフローセンサー34での検出値に対する一次遅れで近似することができる。したがって、例えば図6(a)に示すように、実際の筒内吸入空気量の推定値とセンサー検出値に準拠する吸気量とを随時演算し、両者の差が所定値未満になるまで(ほぼ一致するまで)の期間を上限値制御の実施期間とすることで、吹け上がりが効果的に抑制される。
【0093】
また、このような実施期間を設定は、上限値制御中にアクセル操作がなされた場合であっても適用可能である。すなわち、図6(b)に示すように、アクセル操作量の増大に伴ってエアフローセンサー34での検出値(破線)が増大すると、吸気量推定値(細実線)はその変動に遅れて追従するように変化する。一方、筒内吸入空気量(太実線)も検出値(破線)に対する一次遅れで近似され、筒内吸入空気量と吸気量推定値との値は徐々に接近する。
【0094】
なお、図6(a),(b)を比較すると、アクセル操作時には非操作時と比べて、筒内吸入空気量と吸気量推定値とがほぼ一致するまでにかかる時間が短縮されていることがわかる。これは、アクセル操作によってエンジン回転速度が上昇し、吸気回数が増加するためである。しかし、セレクトレバーの操作位置が非走行レンジの場合には、上記の条件16が成立した時点で上限値制御を終了したとしても、十分にエンジン回転の吹け上がりが防止される。また、セレクトレバーの操作位置が走行レンジの場合であっても吹け上がり抑制効果を得ることが可能であるが、必要に応じて上記の条件16の成立時よりも上限値制御の実施期間を延長してもよい。
【0095】
[2−4.目標トルク演算部]
目標トルク演算部5(上限値制御手段,アイドル制御手段)は、要求トルク演算部3で演算された各種要求トルクと、トルク上限値演算部4で演算された上限トルクPiLIM_Hとに基づき、二種類の制御目標としての目標トルクを演算するものである。ここでは、点火制御用目標トルクPi_TGTと、吸気制御用目標トルクPi_ETV_STDとが演算される。スロットルバルブ23のスロットル開度や燃料噴射量は、ここで演算された吸気制御用目標トルクPi_ETV_STDに基づいて制御される。また、点火プラグ13での点火時期は、ここで演算された点火制御用目標トルクPi_TGTに基づいて制御される。
【0096】
目標トルク演算部5での演算プロセスを図7に例示する。目標トルク演算部5には、吸気用選択部5a,吸気用上限値制限部5b,吸気遅れ補正部5c,点火用第一上限値制限部5d,点火用第二上限値制限部5e及び点火用選択部5fが設けられる。
【0097】
吸気用選択部5aは、吸気制御用要求トルクPi_EXT,アクセル要求トルクPi_APS及びアイドル要求トルクPi_NeFBの何れか一つを吸気制御用のトルクの目標値として選択するものである。ここでは、例えば外部制御システムからのトルク要求の有無やエンジン10のアイドル運転の要否等といった情報に基づいてトルク値が選択される。ここでアイドル要求トルクPi_NeFBが選択される条件には、前述の条件1,3,5が含まれる。また、本実施形態では、エンジン10の始動直後に実回転速度Neが上昇し、その実変化率dNeが0になったときに、アイドル要求トルクPi_NeFBが選択されることとする。つまり、実変化率dNeがエンジン10の始動後で初めて0以下になった時点から、アイドルフィードバック制御が実施される。ここで選択されたトルク値は、吸気用上限値制限部5bに伝達される。
【0098】
吸気用上限値制限部5bは、吸気用選択部5aで選択されたトルク値とトルク上限値演算部4で演算された上限トルクPiLIM_Hとのうち、何れか小さい一方を選択するものである。ここで選択された一方のトルクは、吸気遅れ補正部5cに伝達される。吸気用選択部5aで選択されたトルク値よりも上限トルクPiLIM_Hの方が小さければ、その上限トルクPiLIM_Hが優先的に選択されるため、トルクが制限されることになる。一方、吸気用選択部5aで選択されたトルク値よりも上限トルクPiLIM_Hの方が大きければ、選択されたトルクがそのまま吸気遅れ補正部5cに伝達される。
【0099】
なお、上記の条件14に記載の通り、エンジン10がアイドリングの状態では上限値制御が実施されない。したがって、吸気用選択部5aで選択されたトルクがアイドル要求トルクPi_NeFBである場合には、上限トルクPiLIM_Hとの比較演算を省略し、入力されたアイドル要求トルクPi_NeFBをそのまま吸気遅れ補正部5cに伝達してもよい。
【0100】
吸気遅れ補正部5cは、スロットルバルブ23を基準とする吸気遅れに応じた補正演算を行うものである。ここでは、エンジン10やスロットルバルブ23の吸気特性に基づき、吸気遅れを考慮したトルク値として、吸気制御用目標トルクPi_ETV_STDが演算される。具体的な吸気遅れの演算手法は、ここで演算される吸気制御用目標トルクPi_ETV_STDを用いたスロットルバルブ23の制御態様に応じて種々考えられる。例えば、吸気用選択部5aで選択されたトルク値に対し、運転条件や選択した要求トルクの種類に応じて実際の吸気遅れを模擬した一次遅れ処理,二次遅れ処理を施すことによって、実現したいトルク変動の軌跡を生成してもよい。
【0101】
点火用第一上限値制限部5dは、アクセル要求トルクPi_APSと上限トルクPiLIM_Hとのうち、何れか小さい一方を選択するものである。同様に、点火用第二上限値制限部5eは、点火制御用要求トルクPi_EXT_SAと上限トルクPiLIM_Hとのうち、何れか小さい一方を選択するものである。これらの選択されたトルクは、点火用選択部5fに伝達される。
【0102】
点火用選択部5fは、これらの選択された二種類のトルク及びアイドル要求トルクPi_NeFBの中から、何れか一つを点火制御用目標トルクPi_TGTとして選択するものである。ここでは、吸気用選択部5aでの選択と同様に、例えば外部制御システムからのトルク要求の有無やエンジン10のアイドル運転の要否等といった情報に基づいてトルク値が選択される。本実施形態の点火用選択部5fでは、吸気用選択部5aと同様に、エンジン10の始動直後に実変化率dNeが0になったときに、アイドル要求トルクPi_NeFBが選択されるようになっている。
【0103】
このようにして、エンジン制御装置1では、エンジン10に対する各種出力要求がトルクに換算され、吸気制御用目標トルクPi_ETV_STDと点火制御用目標トルクPi_TGTとに一元化される。また、これらの吸気制御用目標トルクPi_ETV_STDと点火制御用目標トルクPi_TGTとに基づき、エンジン制御装置1ではスロットルバルブ23のスロットル開度や燃料噴射量、点火プラグ13での点火時期が制御される。
【0104】
[3.作用]
[3−1.再始動〜アイドリング]
図8(a)は、アイドルストップ状態からの再始動時に上限値制御が実施されたときのエンジン10の実回転速度Neの変動を示し、図8(b),(c)はそれぞれエンジントルク,点火時期の変動を示す。時刻t0のときには、車両が信号待ちの状態でアイドルストップ制御が実施されており、セレクトレバーの操作位置がDレンジであり、アクセルペダルの踏み込み量が0であり、ブレーキペダルがフルストロークで踏み込まれているものとする。
【0105】
時刻t0に外部負荷装置からの始動要求が発生し、上記の条件10が成立すると、図8(a)に示すようにエンジン10の再始動制御が実施され、クランキングが開始される。その後、エンジン10が初爆,完爆を経て時刻t1に始動すると、実回転速度Neが上昇する。一方、トルク上限値演算部4のオフセット量設定部4bでは、冷却水温WTSに基づいてオフセット量ΔNeOFSが設定される。
【0106】
条件判定部4mでは、上記の条件11〜13が成立するか否かが判定される。条件11は、実回転速度Neが始動完了判定回転速度NeSを超えない限り成立しないため、実回転速度Neが始動完了判定回転速度NeSに満たない不安定な回転状態では、上限値制御は開始されない。また、条件12は、上限回転速度NeLIM_Hからオフセット量ΔNeOFSを減じた値を基準として、実回転速度Neがこの基準を超えない限り成立しない。オフセット量ΔNeOFSは冷却水温WTSに応じて変更されるため、下限値制御の開始条件は冷却水温WTSにも左右されることになる。図5(d)に示すように、冷却水温WTSが上昇するに連れてオフセット量ΔNeOFSが小さく設定された場合には、冷却水温WTSが高いほど、下限値制御の開始条件を満たす実回転速度Neが上昇する。
【0107】
条件13は、その時点でエンジン10に要求されるトルクが、実回転速度Neの将来の変化勾配の最大値に相当する上限勾配dNe_Hをトルクに換算した値(すなわち、トルク補正値PidNe_H)よりも大きくなければ成立しない。言い換えれば、上限勾配演算部4dで演算される上限勾配dNe_Hを超えるような回転速度変動を与えるトルクが要求されると、条件13が成立する。
【0108】
時刻t2に条件11〜13が全て成立すると、上限値制御が実施される。回転速度上限値設定部4aでは、アクセル操作量APS,ブレーキ液圧BRK,冷却水温WTSのそれぞれについて、エンジン回転速度のとりうる最大値(第一上限値,第二上限値,第三上限値)が設定され、図8(a)中に一点鎖線で示すように、上限回転速度NeLIM_Hが設定される。
【0109】
上限値制御で設定される上限回転速度NeLIM_Hは、例えば図5(a),(b)に示すように、セレクトレバーの操作位置に応じた大きさに設定され、Dレンジが選択されている状態では他のレンジのときよりも上限回転速度NeLIM_Hがより小さく設定される。つまり、Dレンジでのエンジン始動時には、図8(a)中の一点鎖線がより下方に設定されることになり、実回転速度Neの抑制作用が強められる。
【0110】
上限値制御では、上限回転速度NeLIM_Hと実回転速度Neとの回転速度差ΔNeに応じた上限勾配dNe_Hが演算され、すなわち上限勾配dNe_Hを超えるような回転速度変動を抑制するようにエンジン10の目標トルクが減少方向に補正される。勾配差演算部4fでは、上限勾配dNe_Hと実変化率dNeとの勾配差ΔdNeが演算され、トルク補正量演算部4gではトルク補正値PidNe_Hが演算される。さらに、上限トルク演算部4kでは上限トルクPiLIM_Hが演算される。
なお、上限回転速度NeLIM_Hは、目標アイドル回転速度NeOBJ以上の大きさに設定される。したがって、目標アイドル回転速度NeOBJと上限回転速度NeLIM_Hとの幅が、実回転速度Neに許容される回転速度の変動幅となる。
【0111】
トルク上限値演算部4で演算された上限トルクPiLIM_Hは目標トルク演算部5に伝達され、吸気制御用目標トルクPi_ETV_STDと点火制御用目標トルクPi_TGTとのそれぞれの上限値として反映される。これにより、例えば図8(c)に示すように、点火プラグ13での点火時期が時刻t2以降で大きくリタードし、エンジントルクが減少するように制御される。また、図8(b)中に実線で示すように、エンジントルクは時刻t2以降で大きく削減される。このような制御により、例えば図8(a)中に破線で示すように、始動直後にエンジン回転速度が急増するようなことがなくなり、エンジン回転の吹け上がりが確実に抑えられる。
時刻t2の直後には、実回転速度Neがさらに上限回転速度NeLIM_Hに接近し、回転速度差ΔNeが減少する。これにより、上限勾配演算部4dで演算される上限勾配dNe_Hが小さくなり、実回転速度Neに許容される回転速度変動の幅が減少する。つまり、実回転速度Neが上限回転速度NeLIM_Hに近づくほど、回転速度変動を抑制しようとする働きが強化される。
【0112】
一方、回転速度変動が抑制されるに連れてエンジン回転速度の実変化率dNeが小さくなり、上限勾配dNe_Hに対する実変化率dNeの勾配差ΔdNeも減少する。時刻t3に上限勾配dNe_Hと実変化率dNeとが一致すると、勾配差ΔdNeが0となり、トルク補正量演算部4gで演算されるトルク補正値PidNe_Hも0となる。したがって、時刻t3以降はトルクが実質的には制限されていない状態となる。このときエンジン10の目標トルクは、図8(b)に示すように、上限トルクPiLIM_H以下となる。しかし、上限値制御はその終了条件が成立するまでは継続されるため、例えば、時刻t3以降に再びエンジン10の実回転速度Neが上昇した場合には、その回転速度変動が抑制される。
【0113】
時刻t4に実変化率dNeが0になると、目標トルク演算部5の吸気用選択部5a及び点火用選択部5fでアイドル要求トルクPi_NeFBが選択され、アイドルフィードバック制御が開始される。これにより、エンジン10の実回転速度Neが目標アイドル回転速度NeOBJに向かって滑らかに収束するように、トルクが制御される。すなわち、アイドル要求トルクPi_NeFBに基づいて、吸気制御用目標トルクPi_ETV_STDと点火制御用目標トルクPi_TGTとが演算され、スロットル開度や燃料噴射量,点火時期等が制御される。
【0114】
[3−2.再始動〜クリープ発進]
図9は、アイドルストップ状態で運転者のブレーキ操作が緩められることによってエンジン10が再始動したときの上限値制御の制御作用を例示するものであり、図9(a)はブレーキ操作量(ブレーキ液圧BRK)の変動を示し、図9(b)は実回転速度Neの変動を示す。
【0115】
時刻tAにブレーキ操作が緩められてブレーキ液圧BRKが所定値未満になると、上記の条件8が成立し、再始動制御が実施されてクランキングが開始される。また、時刻t5にエンジン10が始動したのち、時刻t6に条件11〜13が全て成立すると、上限値制御が実施される。回転速度上限値設定部4aでは、図5(c)に示すように、ブレーキ液圧BRKが低下するに連れて、これに対応する第一上限値が上昇するように設定される。
【0116】
これにより、図9(b)中に一点鎖線で示すように、ブレーキペダルの踏み込み操作が緩められるほど、上限回転速度NeLIM_Hが高く設定される。つまり、運転者による発進意思が大きいほど上限回転速度NeLIM_Hが大きく設定され、逆に発進意思が小さいほど上限回転速度NeLIM_Hが小さく設定される。上限回転速度NeLIM_Hの経時変化の勾配が変化する時刻tBは、ブレーキ操作量の経時変化の勾配が変化する時刻tBに一致する。なお、時刻tCにブレーキ操作量が0になると、上限回転速度NeLIM_Hの上昇率も0となる。
【0117】
このように、ブレーキ操作が緩められるほど上限回転速度NeLIM_Hが高く設定されるため、実回転速度Neが上昇しやすくなる。ただし、実回転速度Neの変動はあくまでも上限回転速度NeLIM_H以下の範囲内に制限される。したがって、クリープ走行に要求されるトルクが確保されるとともに、エンジン10始動性が損なわれることがなく、かつ吹け上がりが抑制される。なお、エンジン始動後の経過時間が所定の制限時間となる時刻t7を超えると上限値制御は終了し、通常のトルク制御がこれに継続される。
【0118】
[3−3.再始動〜アクセル発進]
図10は、アイドルストップ状態からエンジン10が再始動した直後に、アクセルペダルが踏み込まれたときの上限値制御の制御作用を例示するものであり、図10(a)はブレーキ操作量(ブレーキ液圧BRK)の変動,図10(b)はアクセル操作量APSの変動,図10(c)は実回転速度Neの変動をそれぞれ示す。
【0119】
時刻tDにブレーキ操作が緩められてブレーキ液圧BRKが所定値未満になると、上記の条件8が成立し、再始動制御が実施されてクランキングが開始される。また、時刻t8にエンジン10が始動したのち、時刻t9に条件11〜13が全て成立すると、上限値制御が実施される。
【0120】
回転速度上限値設定部4aでは、ブレーキ液圧BRKが低下するほど高い第一上限値が設定される。また、時刻tEにブレーキ操作量が0となり、アクセルペダルが踏み込まれ始めると、回転速度上限値設定部4aでは、図5(a)に示すように、アクセル操作量APSが上昇するに連れてこれに対応する第三上限値も上昇するように設定される。
【0121】
これにより、図10(c)中に一点鎖線で示すように、ブレーキペダルの踏み込み操作が緩められるほど、またアクセルペダルの踏み込み操作が強められるほど、上限回転速度NeLIM_Hが高く設定される。上限回転速度NeLIM_Hの経時変化の勾配が変化する時刻tE,tF,tGはそれぞれ、ブレーキ操作量やアクセル操作量の経時変化の勾配が変化する時刻tE,tF,tGに一致する。なお、時刻tGにアクセル踏み込み操作量が最大になると、上限回転速度NeLIM_Hの上昇率も0となる。
【0122】
このように、上限回転速度NeLIM_Hが高く設定されることで実回転速度Neが上限回転速度NeLIM_H以下の範囲内で上昇しやすくなる。つまり、運転者の発進意思に応じて実回転速度Neが増大しやすくなり、アクセル要求トルクPi_APSが確保されやすくなる。なお、エンジン始動後の経過時間が所定の制限時間となる時刻t10を超えると上限値制御は終了する。
【0123】
[4.効果]
このように、本実施形態のエンジン制御装置1によれば、以下のような効果が得られる。
(1)上記のエンジン制御装置1では、エンジン10の実回転速度Neが上限回転速度NeLIM_Hを超えないように制御した上で、発進意思が小さいほど上限回転速度NeLIM_Hが小さく設定される。例えば、図5(a)や図5(c)に示すように、アクセル操作量APSが小さいほど、あるいはブレーキ液圧BRKが高いほど、それぞれに対応する第一上限値や第三上限値が小さく設定され、これらの値が最終的に選択される上限回転速度NeLIM_Hに反映される。これにより、エンジン10の始動直後に生じうる実回転速度Neの急上昇(吹け上がり)を抑制することができ、不要な走り出し感を減少させることができる。逆に、発進意思が大きいほど上限回転速度NeLIM_Hが大きく設定されるため、その発進意思に応じた十分な加速を得ることができる。
【0124】
また、図8(a)に示すように、上限値制御では、アイドルフィードバック制御の目標アイドル回転速度NeOBJを減少させるのではなく、目標アイドル回転速度NeOBJを大きく超えるような実回転速度Neの吹け上がりを抑制している。これにより、エンジン10の始動性を確保しながら、回転速度変動やトルク変動を減少させることができる。
【0125】
(2)また、アクセル操作量APSやブレーキ液圧BRKといった運転者の発進意思に対応するパラメーターに基づく上限回転速度NeLIM_Hの設定に関して、上記のエンジン制御装置1では、最終的な上限回転速度NeLIM_Hの値が最小値選択部46で選択された最小値に設定される。例えば、図4に示すように、最終的に選択される上限回転速度NeLIM_Hは、第四上限値と第五上限値とのうち、制限の強い一方となる。したがって、ブレーキペダルの踏み戻し操作とアクセルペダルの踏み込み操作とが同時に実施されたような場合には、より強い制限をかけることのできる上限値を用いて上限値制御を実施することができ、発進意思に応じた加速性を満足しながらエンジン回転の急上昇(吹け上がり)を抑制することができ、不要な走り出し感を減少させることができる。
【0126】
(3)また、実回転速度Neの変化勾配について、制御目標である上限勾配dNe_Hと実変化率dNeとの勾配差ΔdNeをトルクに換算してトルク補正値PidNe_Hを演算することで、実回転速度Neを上限勾配dNe_Hに沿って精度よく変化させることができ、回転速度の急変や吹け上がりを抑制することができる。
(4)上限回転速度NeLIM_Hが目標アイドル回転速度設定部3aで設定される目標アイドル回転速度NeOBJ以上の大きさに設定されるため、実回転速度Neが過度に抑制されることがなく、始動直後に実回転速度Neを目標アイドル回転速度NeOBJの近傍まで立ち上げることができる。このように、エンジン10の始動直後の回転安定性を確保しながら、吹け上がりを抑制することができる。
【0127】
(5)上記のエンジン制御装置1では、エンジン10の始動後の実回転速度Neの実変化率dNeが初めて0以下になった時点から、アイドルフィードバック制御が実施される。これにより、例えば始動後の経過時間に従ってアイドルフィードバック制御を実施するような従来の制御と比較して、実回転速度Neを滑らかかつ迅速に目標アイドル回転速度NeOBJまで収束させることができる。また、エンジン10のアイドル回転が安定化するまでにかかる時間を短縮することができる。
【0128】
(6)さらに、上記のエンジン制御装置1では、運転者による発進意思の一つとして、ブレーキ操作を参照しており、ブレーキ操作量が小さくなるほど発進意思が大きいものと判断して、上限回転速度NeLIM_Hを大きく設定している。このような制御により、エンジン10の始動直後の吹け上がりを抑制しつつ、要求されるクリープトルクを確保することができる。特に、アイドルストップ制御からの再始動時における車両の始動安定性及び発進安定性をともに向上させることができる。
【0129】
(7)同様に、上記のエンジン制御装置1では、運転者による発進意思の一つとして、アクセル操作を参照しており、アクセル操作量が大きくなるほど発進意思が大きいものと判断して、上限回転速度NeLIM_Hを大きく設定している。このような制御により、エンジンの始動直後の吹け上がりを抑制しつつ、加速性を向上させることができる。特に、アイドルストップ制御からの再始動時における車両の始動安定性及び機動性をともに向上させることができる。
【0130】
(8)上記のエンジン制御装置1では、図5(b)に示すように、冷却水温WTSが高いほど上限回転速度NeLIM_Hが小さく設定される。つまり、十分に暖機された状態ではエンジン10の駆動に係るフリクションが減少して吹け上がりが発生しやすくなるため、上限値制御の抑制作用を強化している。これにより、エンジン10の始動直後の吹け上がりをより適切に抑制することができ、不要な走り出し感やトルクショックを減少させることができる。また、フリクションを考慮して上限値制御による制限の大きさを設定することで、クリープ走行時のクリープトルクの大きさを適正化することができる。
【0131】
(9)上記のエンジン制御装置1では、図5(e)に示すように、エンジン10の実回転速度Neが上限回転速度NeLIM_Hに接近するほど上限勾配dNe_Hが0に近づくように、将来の変化勾配が設定される。このような設定により、実回転速度Neの増大速度や増加量が急激であったとしても、回転速度の上昇に大きな制限を加えて上限回転速度NeLIM_H以下の範囲にコントロールすることができる。また、実回転速度Neの増大速度や増加量が緩慢であれば、比較的小さな制限を加えることで安定的に回転速度を上昇させることができる。したがって、実回転速度Neの吹け上がりを抑制しつつ、適切な実回転速度Neでエンジン10を始動させることができる。
【0132】
(10)上記のエンジン制御装置1では、トルク補正量演算部4gでトルク補正値PidNe_Hを演算している。このトルク補正値PidNe_Hとは、将来の実回転速度Neの変化勾配が上限勾配dNe_H以下にするのに減らさなければならないトルクであって、勾配差ΔdNeをトルクに換算したものである。このようなトルク換算値を用いてトルクベース制御を実施することで、実回転速度Neを目標値の勾配(上限勾配dNe_H)に沿って精度よく変化させることができる。
【0133】
(11)上記のエンジン制御装置1では、トルク上限値演算部4のオフセット量設定部4bにおいて、冷却水温WTSに基づいてオフセット量ΔNeOFSが設定されている。このオフセット量ΔNeOFSは、例えば条件12に規定された通り、上限値制御の開始条件を判定するためのパラメーターであり、冷却水温WTSが低いほどオフセット量ΔNeOFSが大きくなるようにその値が設定される。これにより、冷却水温WTSが低いときの上限値制御を早期に開始させることができ、実回転速度Neの吹け上がりを効果的に抑制することができる。一方、図5(d)に示すように、冷却水温WTSが極端に低い極低温下での始動時には、オフセット量ΔNeOFSがやや小さく設定されるため、上限値制御の開始を遅らせることができ、始動性を優先した制御とすることができる。
【0134】
(12)トルクコンバーター26aを内蔵するATユニット26を搭載した車両では、エンジン10のアイドルストップ制御時に変速レンジをDレンジの状態で保持するものがある。このような車両では、アイドルストップ状態からの再始動制御時に、Dレンジのままエンジン10が再始動するため、実回転速度Neの吹け上がりに伴ってトルクショックが発生する場合がある。
【0135】
一方、上記のエンジン制御装置1を搭載した車両では、図5(a),(b)に示すように、セレクトレバーの操作位置がDレンジのときに設定される上限回転速度NeLIM_Hが、Dレンジ以外のときに設定される上限回転速度NeLIM_Hよりも小さく設定される。つまり、エンジントルクがATユニット26に入力されうる状況での始動時には、実回転速度Neの吹け上がりがより小さいレベルで治まるように、トルクの抑制作用がより強化される。これにより、エンジン回転の吹け上がりが効果的に抑制されることになり、エンジン10の出力軸からATユニット26へと入力される始動時のトルク変動が弱められる。したがって、車両の不要な走り出し感を減少させることができる。
【0136】
(13)一般的なエンジンの始動時にはスロットルバルブが全開ではないものの、吸気通路内の圧力がほぼ大気圧と同一であることから、実際にシリンダーに導入される筒内吸入空気量の初期値は、スロットルバルブが全開の時に流量検出手段で検出される流量に相当する。つまり、エンジン始動直後の筒内吸入空気量は、流量検出手段で検出される流量よりも大きい値となり、時間が経過するに連れて流量検出手段で検出される流量に漸近するように変動する。
【0137】
このような筒内吸入空気量の変動特性に鑑み、上記のエンジン制御装置1では、上限値制御の終了条件の一つとして、吸気流量QINのフィルタ値と筒内吸入吸気量の推定値とがほぼ一致することを判定している。例えば、図6(a),(b)に示すように、筒内吸入空気量の推定値(太実線)とエアフローセンサー34での検出値のフィルタ値(細実線)とが一致するまでの間、上限値制御が実施される。これにより、吸気通路内の圧力が定常的に負圧となって安定するまでの間のエンジン回転の吹け上がりを効果的に抑制することができる。
【0138】
[5.変形例]
上記のエンジン制御装置10で実施される上限値制御の変形例は、多種多様に考えられる。例えば、上述の実施形態では、回転速度上限値設定部4aでの上限回転速度NeLIM_Hの設定に際し、アクセル操作量APS,ブレーキ液圧BRK,冷却水温WTSのそれぞれについての上限回転速度NeLIM_Hを設定した上で、その中からただ一つを最終的な上限回転速度NeLIM_Hとして選択する構成を例示したが、最終的な上限回転速度NeLIM_Hの設定手法はこれに限定されない。アクセル操作量APS,ブレーキ液圧BRK,冷却水温WTSのそれぞれについての個々の上限回転速度NeLIM_Hの平均値を最終的な上限回転速度NeLIM_Hとしてもよいし、あるいは個々の上限回転速度NeLIM_Hの関数を定義して最終的な上限回転速度NeLIM_Hを演算してもよい。
【0139】
また、上述の実施形態では、エンジン10に要求されるトルクの大きさを基準としたトルクベース制御を実施するエンジン制御装置1に対して上限値制御を組み込んだものを例示したが、トルクベース制御が必須の要素ではない。少なくとも、運転者の発進意思に応じて実回転速度Neの上限値を制御する構成を備えたものであれば、エンジンの始動直後に生じうるエンジン回転速度の急上昇(吹け上がり)を抑制しながら、発進意思に応じた加速を得ることができる。
【0140】
また、上述の実施形態に記載されたアイドルストップ条件やアイドル運転条件,再始動条件,上限値制御の開始条件及び終了条件は、実施の形態に応じて適宜変更してもよい。
なお、上述の実施形態では、おもにアイドルストップ状態からの再始動時の制御作用を説明したが、上記の上限値制御の適用対象はこれに限定されず、例えば手動操作によるエンジン10の始動時にも実施可能である。
【符号の説明】
【0141】
1 エンジン制御装置(トルクベース制御装置)
2 アイドルストップ制御部
3 要求トルク演算部(第二設定手段)
4 トルク上限値演算部
4a 回転速度上限値設定部(第一設定手段)
4b オフセット量設定部(オフセット量設定手段)
4d 上限勾配演算部(上限勾配演算手段)
4f 勾配差演算部(勾配差演算手段)
5 目標トルク演算部(上限値制御手段,アイドル制御手段)
10 エンジン
26 ATユニット(自動変速機)
31 アクセルストロークセンサー(発進意思検出手段)
32 シフトポジションセンサー(変速レンジ検出手段)
33 ブレーキ液圧センサー(発進意思検出手段)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に搭載されたエンジンへの各種出力要求をトルクに換算し、一元化された目標トルクに基づき吸入空気量,燃料噴射量及び点火時期の少なくとも何れか一つを制御するトルクベース制御装置であって、
前記車両の運転者の発進意思の大きさを検出する発進意思検出手段と、
始動時におけるエンジン回転速度の上限値としての上限回転速度を設定する第一設定手段と、
前記エンジンの実回転速度と前記上限回転速度との差に応じて、前記実回転速度の変化率の上限勾配を演算する上限勾配演算手段と、
前記上限勾配演算手段で演算された前記上限勾配と前記実回転速度の実変化率との差に相当する勾配差を演算する勾配差演算手段と、
前記勾配差演算手段で演算された前記勾配差をトルクに換算した値を用いて演算された前記目標トルクに基づき、前記エンジンの実回転速度を制御する上限値制御を実施する上限値制御手段とを備え、
前記第一設定手段が、前記発進意思検出手段で検出された前記発進意思が小さいほど、前記上限回転速度を小さく設定する
ことを特徴とする、トルクベース制御装置。
【請求項2】
前記第一設定手段が、前記発進意思検出手段で検出された前記発進意思に基づき、前記上限回転速度の最小値を設定する
ことを特徴とする、請求項1記載のトルクベース制御装置。
【請求項3】
前記発進意思検出手段が、前記運転者によるブレーキ操作に基づき前記発進意思の大きさを検出する
ことを特徴とする、請求項1又は2記載のトルクベース制御装置。
【請求項4】
前記発進意思検出手段が、前記運転者によるアクセル操作に基づき前記発進意思の大きさを検出する
ことを特徴とする、請求項1〜3の何れか1項に記載のトルクベース制御装置。
【請求項5】
前記第一設定手段が、前記エンジンの冷却水温に基づき前記上限回転速度を設定する
ことを特徴とする、請求項1〜4の何れか1項に記載のトルクベース制御装置。
【請求項6】
前記上限値制御手段が、前記エンジンの実回転速度と前記上限回転速度との差が小さいほど前記実回転速度の変化率の目標値を減少させる
ことを特徴とする、請求項1〜5の何れか1項に記載のトルクベース制御装置。
【請求項7】
前記エンジンの始動時の冷却水温に基づきエンジン回転速度のオフセット量を設定するオフセット量設定手段を備え、
前記上限値制御手段が、前記上限値制御の開始条件として、前記エンジンの実回転速度が前記上限回転速度の値から前記オフセット量を減じた回転速度以上になったことを判定する
ことを特徴とする、請求項1〜6の何れか1項に記載のトルクベース制御装置。
【請求項8】
前記エンジンの吸気通路を流れる空気の流量を検出する流量検出手段を備え、
前記上限値制御手段が、前記上限値制御の終了条件として、シリンダー内に吸入された筒内吸入空気量の推定値と前記流量検出手段で検出された前記流量に基づいて算出される吸気量とが一致したことを判定する
ことを特徴とする、請求項1〜7の何れか1項に記載のトルクベース制御装置。
【請求項9】
前記車両に搭載された自動変速機のセレクトレバーの操作位置が走行レンジであるか否かを検出する変速レンジ検出手段を備え、
前記第一設定手段が、前記操作位置が走行レンジではないときよりも、エンジン回転速度の上限値としての上限回転速度を小さく設定する
ことを特徴とする、請求項1〜8の何れか1項に記載のトルクベース制御装置。
【請求項10】
前記エンジンのアイドル運転時の目標アイドル回転速度を設定する第二設定手段を備え、
前記第一設定手段が、前記第二設定手段で設定された前記目標アイドル回転速度以上の範囲で前記上限回転速度を設定する
ことを特徴とする、請求項1〜9の何れか1項に記載のトルクベース制御装置。
【請求項11】
前記エンジンの実回転速度の変化勾配が0以下になったときに、前記エンジンの実回転速度を前記目標アイドル回転速度に収束させるアイドルフィードバック制御を実施するアイドル制御手段を備えた
ことを特徴とする、請求項10記載のトルクベース制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2013−83234(P2013−83234A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−225229(P2011−225229)
【出願日】平成23年10月12日(2011.10.12)
【出願人】(000006286)三菱自動車工業株式会社 (2,892)
【Fターム(参考)】