説明

ハイブリッド車両用駆動装置

【課題】二輪駆動型のハイブリッド車両用駆動装置で、これら両駆動輪に付与する駆動トルクを変える事が可能な構造を実現する。
【解決手段】エンジンを組み込んだ主動力源1及び前記電動モータ2と、右側ドライブシャフト3及び左側ドライブシャフト4との間に、動力分配装置6とデファレンシャルギヤ5とを設ける。このデファレンシャルギヤ5は、1対の出力部により前記両ドライブシャフト3、4を回転駆動する。又、前記動力分配装置6は、前記デファレンシャルギヤ5の入力部となる出力部と1対の入力部とを有し、これら両入力部を前記主動力源1と前記電動モータ2とに、それぞれ接続する。そして、ハイブリッドモード用、トルクベクトルモード用両クラッチ7、8の断接状態及び前記電動モータ2の運転状態を調節する事により、前記両ドライブシャフト3、4に伝達する駆動トルクを調節する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、内燃機関と電動モータとを組み合わせたハイブリッド車両用駆動装置の改良に関する。具体的には、ハイブリッド車両用駆動装置に組み込まれる電動モータを有効利用して、左右の駆動輪に伝えられる駆動トルクを互いに異なる値に調節できる構造を実現するものである。
【背景技術】
【0002】
近年に於ける省エネルギ化の流れに伴って、内燃機関(エンジン)と電動モータとを組み合わせたハイブリッド自動車の普及が進んでいる。又、幅方向に傾斜している路面(傾斜路面)の走行時や、強い横風を受けての走行時にも運転者にストレスを与えずに安定した走行状態を実現する為に、車体に加わるヨーモーメント等を測定し、その測定結果に基づいて、左右の駆動輪の駆動トルクを異ならせる事も、一部で行われている。即ち、傾斜路面の走行時には路面の低い側の駆動輪のトルクを、横風走行時には風下側の駆動輪のトルクを、それぞれ反対側の駆動輪のトルクに比べて大きくすれば、ステアリングホイールによる調節を難しくする事なく、運転者の意図した走行状態を実現できる。
【0003】
ハイブリッド自動車に関しても、例えば特許文献1には、内燃機関と、第1〜3電動機と、一方向クラッチと、断接式のクラッチとを組み合わせる事で、左右の駆動輪の駆動トルクを異ならせる事が可能な構造が記載されている。この様な特許文献1に記載された構造によれば、燃費性能の良好なハイブリッド自動車で、ヨーモーメント作用時に於ける走行安定性確保を図れる。但し、複数個の電動モータを必要とし、小型・軽量化の面からも、より一層の省燃費化を図る面からも不利である。又、特許文献2には、車輪駆動用電動モータとエアコン駆動用電動モータとを遊星歯車機構を介して組み合わせて成る、電気自動車用駆動装置に関する発明が記載されている。この様な電気自動車用駆動装置の場合、前記エアコン駆動用電動モータへの運転状態を調節する事により、左右の駆動輪の駆動トルクを互いに異ならせる事ができる。但し、前記特許文献2に記載された発明は、ハイブリッド自動車を対象としたものではなく、2個の電動モータが必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−157349号公報
【特許文献2】特開2010−178403号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、それぞれ1個ずつのエンジンと電動モータとを組み合わせて1対の駆動輪に駆動トルクを付与する、二輪駆動型のハイブリッド車両用駆動装置で、これら両駆動輪に付与する駆動トルクを互いに異ならせる事が可能な構造を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のハイブリッド車両用駆動装置は、主動力源と、電動モータと、右側ドライブシャフトと、左側ドライブシャフトと、デファレンシャルギヤと、動力分配装置とを備える。
このうちの主動力源は、内燃機関を組み込んだもので、例えば請求項2に記載した発明の様に、この内燃機関と変速機とを動力の伝達方向に関して互いに直列に組み合わせる事により構成し、この変速機の出力軸により、前記動力分配装置の一方の入力部を回転駆動する。
又、前記電動モータとして好ましくは、請求項3に記載した発明の様に、通電に基づいて回転軸を所定のトルクで駆動し、外力によりこの回転軸を回転駆動される事により発電するモータジェネレータを使用する。
又、前記右側ドライブシャフトは右車輪を、前記左側ドライブシャフトは左車輪を、それぞれ回転駆動する。
又、前記デファレンシャルギヤは、1対の出力部を有し、これら両出力部のうちの一方の出力部により前記右側ドライブシャフトを、同じく他方の出力部により前記左側ドライブシャフトを、それぞれ回転駆動する。
更に、前記動力分配装置は、出力部と1対の入力部とを有し、これら両入力部のうちの一方の入力部を前記主動力源に、同じく他方の入力部を前記電動モータに、それぞれ接続している。
そして、前記動力分配装置と前記電動モータとの接続状態と、この電動モータの作動状態との少なくとも一方の変更に基づき、前記右側ドライブシャフトに伝達する駆動トルクと前記左側ドライブシャフトに伝達する駆動トルクとを、互いに同じ状態と互いに異なる状態とに調節可能としている。
【0007】
上述の様な本発明のハイブリッド車両用駆動装置を実施する場合に、具体的には、例えば請求項4に記載した発明の様に、前記デファレンシャルギヤを、デフ側遊星歯車ユニットと1対の歯車伝達ユニットとを備えたものとする。
このうちのデフ側遊星歯車ユニットは、デフ側太陽歯車と、このデフ側太陽歯車の周囲にこのデフ側太陽歯車と同心に配置されたリング歯車と、それぞれがこれらデフ側太陽歯車とリング歯車とに噛合した複数個のデフ側遊星歯車を回転自在に支持したキャリアとを備えたものとする。そして、このうちのキャリアを、前記主動力源及び前記電動モータの駆動力を受け入れる為の入力部とすると共に、前記デフ側太陽歯車及び前記リング歯車を1対の出力部とする。
又、前記両歯車伝達ユニットのうちの一方の歯車伝達ユニットは、前記デフ側遊星歯車ユニットに設けた1対の出力部のうちの一方の出力部の駆動力を前記右側ドライブシャフトに伝達するものとする。
又、前記両歯車伝達ユニットのうちの他方の歯車伝達ユニットは、前記デフ側遊星歯車ユニットに設けた1対の出力部のうちの他方の出力部の駆動力を前記左側ドライブシャフトに伝達するものとする。
そして、前記両歯車伝達ユニットの変速比を、車両が直進状態で、且つ、前記各デフ側遊星歯車の回転が前記キャリアの回転のみに基づいてのみ行われる場合に、前記両ドライブシャフトの回転速度及びトルクが同じとなる様に規制する。
【0008】
上述の様な請求項4に記載した発明を実施する場合に、より具体的には、請求項5に記載した発明の様に、前記動力分配装置を、前記デフ側遊星歯車ユニットと共通のキャリアを利用して、このデフ側遊星歯車ユニットと同心に設置された分配側遊星歯車ユニットと、択一的に接続される1対のクラッチとを備えたものとする。
そして、このうちの分配側遊星歯車ユニットを、前記デフ側太陽歯車と同心に、且つ、このデフ側太陽歯車に対する相対回転を可能に配置された分配側太陽歯車と、それぞれが前記各デフ側遊星歯車と同心に、且つ、これら各デフ側遊星歯車と同期して回転する状態で前記キャリアに支持されて、前記分配側太陽歯車と噛合した複数個の分配側遊星歯車とを備えたものとする。
更に、前記両クラッチのうちの一方のクラッチを、前記電動モータの出力軸と前記キャリアとの間に、同じく他方のクラッチをこの出力軸と前記分配側太陽歯車との間に、それぞれ設ける。
【0009】
前述の様な本発明のハイブリッド車両用駆動装置を実施する場合に、具体的には、例えば請求項6に記載した発明の様に、前記デファレンシャルギヤを、デフ側遊星歯車ユニットと1対の歯車伝達ユニットとを備えたものとする。
このうちのデフ側遊星歯車ユニットは、デフ側太陽歯車と、このデフ側太陽歯車の周囲にこのデフ側太陽歯車と同心に配置されたリング歯車と、それぞれがこれらデフ側太陽歯車とリング歯車とに噛合した、それぞれが互いに噛合した1対の遊星歯車素子から成るダブルピニオン型である複数個のデフ側遊星歯車を回転自在に支持したキャリアとを備えたものとする。そして、このうちのリング歯車を、前記主動力源及び前記電動モータの駆動力を受け入れる為の入力部とすると共に、前記デフ側太陽歯車及び前記キャリアを1対の出力部とする。
又、前記両歯車伝達ユニットのうちの一方の歯車伝達ユニットを、前記デフ側遊星歯車ユニットに設けた1対の出力部のうちの一方の出力部の駆動力を、前記右側ドライブシャフトに伝達するものとする。
又、前記両歯車伝達ユニットのうちの他方の歯車伝達ユニットを、前記デフ側遊星歯車ユニットに設けた1対の出力部のうちの他方の出力部の駆動力を、前記左側ドライブシャフトに伝達するものとする。
そして、前記両歯車伝達ユニットの変速比は互いに同じとする。
【0010】
上述の様な請求項6に記載した発明を実施する場合に、より具体的には、請求項7に記載した発明の様に、前記動力分配装置を、前記デフ側遊星歯車ユニットと共通のキャリアを利用して、このデフ側遊星歯車ユニットと同心に設置された分配側遊星歯車ユニットと、択一的又は同時に接続される1対のクラッチとを備えたものとする。
又、前記分配側遊星歯車ユニットを、前記デフ側太陽歯車と同心に、且つ、このデフ側太陽歯車に対する相対回転を可能に配置された分配側太陽歯車と、それぞれが前記各デフ側遊星歯車を構成する前記各遊星歯車素子のうちの内径側の遊星歯車素子と同心に、且つ、これら各内径側の遊星歯車素子と同期して回転する状態で前記キャリアに支持されて、前記分配側太陽歯車と噛合した複数個の分配側遊星歯車とを備えたものとする。
そして、前記両クラッチのうちの一方のクラッチを前記電動モータの出力軸と前記リング歯車との間に、同じく他方のクラッチをこの出力軸と前記分配側太陽歯車との間に、それぞれ設ける。
【発明の効果】
【0011】
上述の様に構成する本発明のハイブリッド車両用駆動装置によれば、それぞれ1個ずつのエンジンと電動モータとを組み合わせて1対の駆動輪に駆動トルクを付与する、二輪駆動型のハイブリッド車両用駆動装置で、これら両駆動輪に付与する駆動トルクを互いに異ならせる事が可能な構造を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施の形態の第1例を示す模式図。
【図2】同じくエンジンと電動モータとにより1対の駆動輪に同じ大きさのトルクを伝達する、ハイブリッド走行時の状態を説明する為の模式図。
【図3】同じく両駆動輪に伝達するトルクを異ならせる、2通りの状態を説明する為の模式図。
【図4】本発明の実施の形態の第2例を示す模式図。
【図5】同じく、図2と同様の模式図。
【図6】同じく、図3と同様の模式図。
【図7】同じく、1対の駆動輪の差動を制限した状態を説明する為の模式図。
【図8】本発明の実施の形態の第4例を示す模式図。
【図9】同じく、図2と同様の模式図。
【図10】同じく、図3と同様の模式図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[実施の形態の第1例]
図1〜3は、請求項1〜5に対応する、本発明の実施の形態の第1例を示している。本例のハイブリッド車両用駆動装置は、FF車の前2輪を回転駆動する事を考慮して構成したもので、それぞれが自動車を走行させる為の駆動源である、主動力源1及び電動モータ2と、右側ドライブシャフト3及び左側ドライブシャフト4との間に、デファレンシャルギヤ5及び動力分配装置6と、ハイブリッドモード用、トルクベクトルモード用両クラッチ7、8とを設けて成る。そして、これら両クラッチ7、8の断接状態と前記電動モータ2の運転状態とを切り換える事により、前記両ドライブシャフト3、4に付与する駆動トルクを調節可能としている。これら両ドライブシャフト3、4のうち、右側ドライブシャフト3は右前輪を、左側ドライブシャフト4は左前輪を、それぞれ回転駆動する。
【0014】
前記主動力源1は、内燃機関と変速機とを動力の伝達方向に関して互いに直列に組み合わせる事により構成しており、この変速機の出力軸9の先端部に駆動歯車10を固定している。そして、この駆動歯車10により、前記動力分配装置6を構成するキャリア11を回転駆動する様にしている。この為に、このキャリア11の周囲に従動歯車12を、このキャリア11の回転中心と同心に固定し、この従動歯車12と前記駆動歯車10とを噛合させている。
【0015】
又、前記電動モータ2は、通電に基づいて回転軸13を所定のトルクで回転駆動し、外力によりこの回転軸13を回転駆動される事により発電するモータジェネレータであり、特許請求の範囲に記載した一方のクラッチであるハイブリッドモード用クラッチ7を介して、前記キャリア11に接続している。即ち、このキャリア11に一端を結合固定したハイブリッドモード用連結腕14の他端と前記回転軸13の中間部との間に、前記ハイブリッドモード用クラッチ7を設けている。このハイブリッド用クラッチ7は、好ましくは、例えば電磁クラッチの様に、短時間の間に断接できるものを使用する。尚、断接に要する時間が短くて済むものであれば、機械式、油圧式のものも使用可能である。
【0016】
前記動力分配装置6は、1対の入力部である前記従動歯車12及び前記ハイブリッドモード用連結腕14と、それぞれが出力部である複数本(例えば3〜4本)の遊星軸15、15とを備える。又、前記動力分配装置6は、これら各遊星軸15、15の一端部(図1〜3の右端部)に支持してこれら各遊星軸15、15と共に回転する分配側遊星歯車16、16と、分配側太陽歯車17とを備える。この分配側太陽歯車17は、前記キャリア11と同心に配置された状態で、前記各分配側遊星歯車16、16と噛合している。又、前記分配側太陽歯車17は、太陽軸18と、トルクベクトルモード用連結腕19と、前記トルクベクトルモード用クラッチ8とを介して、前記電動モータ2の回転軸13の先端部に接続している。このトルクベクトルモード用クラッチ8は、前記ハイブリッドモード用クラッチ7と択一的に接続される(一方のクラッチのみが接続される)もので、このハイブリッドモード用クラッチ7と同様に、高速で断接可能なものを使用している。
【0017】
又、前記デファレンシャルギヤ5は、特許請求の範囲に記載した1対の出力部である、リング歯車20及びデフ側太陽歯車21と、それぞれがこれらリング歯車20及びデフ側太陽歯車21と噛合した、複数個のデフ側遊星歯車22、22とを備える。これら各デフ側遊星歯車22、22は、それぞれ前記各遊星軸15、15の他端部(図1〜3の左端部)に、これら各遊星軸15、15と共に回転する様に支持している。即ち、前記動力分配装置6を構成する分配側遊星歯車ユニット23と、前記デファレンシャルギヤ5を構成するデフ側遊星歯車ユニット24とは、前記キャリア11と前記各遊星軸15、15とを共有している。そして、これら各遊星軸15、15を、前記デファレンシャルギヤ5の入力部としている。前記キャリア11が、一般的なデファレンシャルギヤを構成するデフケースとしての役目を、前記各遊星軸15、15の他端部にそれぞれ設けた前記各デフ側遊星歯車22、22が、同じくデフピニオンギヤの役目を、それぞれ果たす。又、前記リング歯車20及び前記デフ側太陽歯車21が、一般的なデファレンシャルギヤを構成する、1対のデフサイドギヤとしての役目を果たす。
【0018】
そして、前記リング歯車20と前記右側ドライブシャフト3との間に右側歯車伝達ユニット25を、前記デフ側太陽歯車21と前記左側ドライブシャフト4との間に左側歯車伝達ユニット26を、それぞれ設けている。従って、前記キャリア11の回転に基づく、前記各デフ側遊星歯車22、22の公転運動に伴って、前記右側、左側両ドライブシャフト3、4が同方向に回転駆動される。尚、前記両歯車伝達ユニット25、26の変速比を適切に規制する事により、車両が直進走行している場合で、且つ、前記各デフ側遊星歯車22、22の回転が前記キャリア11の回転のみに基づいてのみ行われる場合(前記トルクベクトルモード用クラッチ8の接続が断たれている場合)に、前記両ドライブシャフト3、4の回転速度及び駆動トルクが、互いに同じとなる様にしている。
【0019】
上述の様に構成する本例のハイブリッド車両用駆動装置は、次の様に作用して、前記右側ドライブシャフト3に伝達する駆動トルクと前記左側ドライブシャフト4に伝達する駆動トルクとを、互いに同じ状態と互いに異なる状態とに調節する。先ず、これら両ドライブシャフト3、4に原則として同じトルクを伝達する、通常走行時には、図2に示す様に、前記ハイブリッドモード用クラッチ7を接続し、前記トルクベクトルモード用クラッチ8の接続を断つ。この状態で、前記主動力源1と前記電動モータ2とにより、前記動力分配装置6のキャリア11を回転駆動する、ハイブリッドモードとなる。
【0020】
前述した通りこのキャリア11は、前記デファレンシャルギヤ5の入力部である、デフケースとしての機能を有する。そして、前記キャリア11の回転は、前記各デフ側遊星歯車22、22を介して、前記リング歯車20及び前記デフ側太陽歯車21に伝達され、更にこれら両歯車20、21の回転が、前記両ドライブシャフト3、4に伝達されて、これら両ドライブシャフト3、4が同方向に回転する。車両が直進状態の場合には、これら両ドライブシャフト3、4の回転速度は同じになる。この状態では、前記各デフ側遊星歯車22、22と前記両歯車20、21とが相対変位する事はない。これに対して、進路変更の為、左右の車輪の回転速度を異ならせる場合には、前記各デフ側遊星歯車22、22が前記両歯車20、21に対し相対変位して、前記両車輪同士の間に回転速度差が生じる事を許容する。この際に於けるデファレンシャルギヤ5の作用は、一般的なデファレンシャルギヤと同様である。
【0021】
次に、幅方向に対し傾斜した路面を走行したり、或いは強い横風を受けて走行する場合に実現する、トルクベクトルモードに就いて説明する。この様な場合には、例えば路面の低い側、或いは風下側の駆動輪に加えるトルクを、路面の高い側、或いは風上側の駆動輪に加えるトルクに比べて大きくすれば、車両の走行安定性を確保できる。又、傾斜路面を走行しているか否かは、車体に取り付けた傾斜センサや横Gセンサにより判定できるし、横風を受けて走行しているか否かは、同じく横Gセンサ或いはヨーレートセンサにより判定できる。そこで、何れかのセンサにより、車両の走行安定性が損なわれる要因が働いていると判定された場合には、当該センサからの信号に基づいて図示しない制御器が、図3の(A)(B)に示す様に、前記ハイブリッドモード用クラッチ7の接続を断ち、前記トルクベクトルモード用クラッチ8を接続する。
【0022】
この状態で前記キャリア11には、前記主動力源1からの回転駆動力のみが入力される。前記電動モータ2の回転駆動力は、前記各分配側遊星歯車16、16及び前記各遊星軸15、15を介して、前記各デフ側遊星歯車22、22に入力される。前記電動モータ2からこれら各デフ側遊星歯車22、22に伝達するトルクの大きさ及び方向は、この電動モータ2への通電を制御する事により、自由に調節できる。そして、前記各デフ側遊星歯車22、22に伝達するトルクの大きさ及び方向を適切に調節すれば、前記両ドライブシャフト3、4に伝達されるトルクの大きさ(比率)を任意に調節できる。
【0023】
例えば、幅方向に関して左側が低い路面を走行したり、或いは右側からの強い横風を受けて走行する状態での走行安定性を確保する場合には、図2〜3に白抜き矢印の大きさで表した駆動トルクを、図3の(A)に示す様に、左前輪で大きく、右前輪で小さくする。この為に前記各デフ側遊星歯車22、22を、前記デフ側太陽歯車21に関しては、前記主動力源1による駆動力に付加する方向に、前記リング歯車20に関しては、この主動力源1による駆動力を減ずる方向に、それぞれ回転させるべく、前記電動モータ2への通電状態を規制する。この状態でこの電動モータ2の駆動トルクは、左前輪に関しては加えられ、右前輪に関しては減じられる事になる。従って、左右両前輪に加えられる駆動トルクの合計量を同じとしたまま、これら両前輪の駆動トルクの比を変えられる。この比は、前記センサの検出値に応じて前記制御器が前記電動モータ2への通電状態を変える事により、任意に調節できる。この結果、上述の様な状態に拘らず、車両の走行安定性を確保できる。一方、幅方向に関して右側が低い路面を走行したり、或いは左側からの強い横風を受けて走行する状態での走行安定性を確保する場合には、前記電動モータ2への通電状態を、上述の場合とは逆にする。この結果、図3の(B)に示した様に駆動トルクを、右前輪で大きく、左前輪で小さくして、走行安定性を確保できる。
【0024】
[実施の形態の第2例]
図4〜7は、請求項1〜3、6、7に対応する、本発明の実施の形態の第2例を示している。本例の場合には、上述した実施の形態の第1例により実現可能な、ハイブリッドモード及びトルクベクトルモードに加えて、車両の走行状態に拘らず、右側ドライブシャフト3と左側ドライブシャフト4との間で、駆動トルク及び回転速度を一致させた状態のままとする、差動制限(デフロック)モードを実現可能としている。この為に本例の場合には、デファレンシャルギヤ5aを構成するデフ側遊星歯車ユニット24aを、ダブルピニオン型としている。動力分配装置6aの構成に関しては、ハイブリッドモード用クラッチ7を接続した状態での、前記デファレンシャルギヤ5aへの出力部が変わった(キャリア11→リング歯車20a)以外は、前記第1例の場合と同様である。
【0025】
即ち、本例の場合には、前記デフ側遊星歯車ユニット24aを構成する各デフ側遊星歯車22a、22aを、それぞれ1対ずつの遊星歯車素子27a、27bを組み合わせた、ダブルピニオン型としている。これら両遊星歯車素子27a、27bは、互いに噛合すると共に、外径側の遊星歯車素子27a、27aがリング歯車20aと、内径側の遊星歯車素子27b、27bがデフ側太陽歯車21と、それぞれ噛合している。本例の場合には、上述した実施の形態の第1例の場合とは異なり、前記リング歯車20aが、前記デファレンシャルギヤ5aの入力部(一般的なデファレンシャルギヤでデフケースとして機能する部分)となっている。又、前記各内径側の遊星歯車素子27b、27bと、分配側遊星歯車ユニット23を構成する各分配側遊星歯車16、16とを、それぞれ遊星軸15a、15aを介して、同期した回転を可能に組み合わせている。又、これら各遊星軸15a、15aの公転運動と、前記外径側の各遊星歯車素子27a、27aを支持した外径側遊星軸28、28の公転運動とを、右側歯車伝達ユニット25aを介して、前記右側ドライブシャフト3に取り出す様にしている。更に、前記デフ側太陽歯車21の回転を、左側歯車伝達ユニット26aを介して、前記左側ドライブシャフト4に取り出す様にしている。
【0026】
上述の様に構成する本例の構造の場合、通常走行時には、図5に示す様に、ハイブリッドモード用クラッチ7を接続し、トルクベクトルモード用クラッチ8の接続を断つ事で、ハイブリッドモードを実現する。又、傾斜路走行時や横風走行時等には、図6の(A)(B)に示す様に、前記ハイブリッドモード用クラッチ7の接続を断つと共に、前記トルクベクトルモード用クラッチ8を接続する事で、トルクベクトルモードを実現する。これらハイブリッドモード及びトルクベクトルモードの状態での作用は、前記デファレンシャルギヤ5aに関して、前記各デフ側遊星歯車22a、22aをダブルピニオン型とし、入力部(前記動力分配装置6aの出力部)を前記リング歯車20aとした点の相違はあるが、基本的には、前述した実施の形態の第1例の場合と同様である。
【0027】
更に、本例の構造の場合には、図7に示す様に、前記両クラッチ7、8を同時に接続する事により、車両の走行状態に拘らず、前記右側、左側両ドライブシャフト3、4同士の間で、駆動トルク及び回転速度を一致させた状態のままとする、差動制限モードを実現できる。即ち、本例の場合には、前記デファレンシャルギヤ5aの構造を工夫する事により、前記右側、左側両歯車伝達ユニット25a、26aの変速比を一致させている。具体的には、本例の場合、前記デファレンシャルギヤ5aを構成する、前記リング歯車20aの歯数Zrと前記デフ側太陽歯車21の歯数Zsとの比Zr/Zsを、2としている。但し、この比Zr/Zsは、必ずしも正確に2にしなくても、2に近い値(例えば1.98〜2.02の範囲内)であれば実用上の問題は生じない。又、前記両クラッチ7、8を同時に接続した状態では、前記デファレンシャルギヤ5aの構成各部材の相対変位が阻止されて、前記右側歯車伝達ユニット25aの入力部である前記各遊星歯車素子27a、27bの公転角速度と、前記左側歯車伝達ユニット26aの入力部である前記デフ側太陽歯車21の回転角速度とが一致する。この結果、前記右側、左側両ドライブシャフト3、4の駆動トルク及び回転速度が一致したままとなる、差動制限モードが実現される。尚、この様な差動制限モードは、雪道や泥濘地等の滑り易い路面を走行する際に有効である。
【0028】
[実施の形態の第3例]
図8〜10は、請求項1〜4に対応する、本発明の実施の形態の第3例を示している。本例は、前述の図1〜3に示した実施の形態の第1例の構造を簡略化したものである。即ち、本例の場合には、この第1例の構造から、分配側遊星歯車ユニット23(図1〜3参照)を省略し、その代わりに、電動モータ2の回転軸13のトルクを、トルクベクトルモード用クラッチ8を介して、デフ側太陽歯車21に直接入力する様にしている。
【0029】
この様な本例の構造の場合、図9に示す様に、ハイブリッドモード用クラッチ7を接続してトルクベクトルモード用クラッチ8の接続を断ったハイブリッドモード状態では、前述の図2に示した、前記第1例に於けるハイブリッドモード状態と同様に作用する。
これに対して、図10の(A)(B)に示す様に、前記ハイブリッドモード用クラッチ7の接続を断って前記トルクベクトルモード用クラッチ8を接続したトルクベクトルモード状態では、前記電動モータ2の通電状態を変更する事により、右側、左側両ドライブシャフト3、4に伝達する駆動トルクの比を変える事ができる。
【0030】
例えば、図10の(A)に示す様に、前記左側ドライブシャフト4に伝達する駆動トルクを、前記右側ドライブシャフト3に伝達する駆動トルクよりも大きくする場合には、前記電動モータ2を、前記左側ドライブシャフト4に駆動トルクを付加する方向に(駆動モータとして)機能させる。これに対して、図10の(B)に示す様に、前記左側ドライブシャフト4に伝達する駆動トルクを、前記右側ドライブシャフト3に伝達する駆動トルクよりも小さくする場合には、前記電動モータ2を、主動力源1から前記左側ドライブシャフト4に伝達される駆動トルクを減ずる方向に(モータジェネレータとして)機能させる。尚、図10の(B)に示す状態を、前記電動モータ2により、右側ドライブシャフト3に駆動トルクを付加する事で実現しても良いし、図10の(A)に示す状態を、右側ドライブシャフト3の駆動トルクを減ずる事で実現しても良い。
【0031】
以上の説明から明らかな通り、本例の場合には、前述した実施の形態の第1例に比べて、構造を簡略化できる代わりに、右側、左側両ドライブシャフト3、4に伝達する駆動トルクの比を変える事に伴って、これら両ドライブシャフト3、4に加えられる駆動トルクの合計値が変化する。この点で不利益はあるが、駆動トルクの変更が余り問題にならない条件で使用される車両であったり、或いは、前記主動力源1からキャリア11に付加する駆動トルクを迅速に調節できるのであれば、十分に実用にできる。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、電動モータ2としてモータジェネレータを使用する事が、制動時のエネルギにより発電して二次電池に貯める、所謂回生ブレーキを実現する面から好ましい。そして、回生ブレーキの効率を高くする為には、制動時に荷重移動により大きな制動トルクが加わる前輪に関して(FF車用駆動装置として)実施する事が好ましい。但し、二輪車用駆動装置であれば、FR車用やRR車用、更にはMR車用としても実施できる。4WD車用としては、前輪と後輪とを全く別々の駆動源で駆動する構造であれば実施可能ではあるが、余り現実的ではない。
【符号の説明】
【0033】
1 駆動源
2 電動モータ
3 右側ドライブシャフト
4 左側ドライブシャフト
5、5a デファレンシャルギヤ
6、6a 動力分配装置
7 ハイブリッドモード用クラッチ
8 トルクベクトルモード用クラッチ
9 出力軸
10 駆動歯車
11 キャリア
12 従動歯車
13 回転軸
14 ハイブリッドモード用連結腕
15、15a 遊星軸
16 分配側遊星歯車
17 分配側太陽歯車
18 太陽軸
19 トルクベクトルモード用連結腕
20、20a リング歯車
21 デフ側太陽歯車
22、22a デフ側遊星歯車
23 分配側遊星歯車ユニット
24、24a デフ側遊星歯車ユニット
25、25a 右側歯車伝達ユニット
26、26a 左側歯車伝達ユニット
27a、27b 遊星歯車素子
28 外径側遊星軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関を組み込んだ主動力源と、電動モータと、右車輪を回転駆動する為の右側ドライブシャフトと、左車輪を回転駆動する為の左側ドライブシャフトと、1対の出力部を有し、これら両出力部のうちの一方の出力部により前記右側ドライブシャフトを、同じく他方の出力部により前記左側ドライブシャフトを、それぞれ回転駆動するデファレンシャルギヤと、出力部と1対の入力部とを有し、これら両入力部のうちの一方の入力部を前記主動力源に、同じく他方の入力部を前記電動モータに、それぞれ接続した動力分配装置とを備え、これら動力分配装置と電動モータとの接続状態と、この電動モータの作動状態との少なくとも一方の変更に基づき、前記右側ドライブシャフトに伝達する駆動トルクと前記左側ドライブシャフトに伝達する駆動トルクとを、互いに同じ状態と互いに異なる状態とに調節可能としたハイブリッド車両用駆動装置。
【請求項2】
前記主動力源が、内燃機関と変速機とを動力の伝達方向に関して互いに直列に組み合わせて成るもので、この変速機の出力軸により、前記動力分配装置の一方の入力部を回転駆動する、請求項1に記載したハイブリッド車両用駆動装置。
【請求項3】
前記電動モータが、通電に基づいて回転軸を所定のトルクで駆動し、外力によりこの回転軸を回転駆動される事により発電するモータジェネレータである、請求項1〜2のうちの何れか1項に記載したハイブリッド車両用駆動装置。
【請求項4】
前記デファレンシャルギヤはデフ側遊星歯車ユニットと1対の歯車伝達ユニットとを備えたものであって、
このうちのデフ側遊星歯車ユニットは、デフ側太陽歯車と、このデフ側太陽歯車の周囲にこのデフ側太陽歯車と同心に配置されたリング歯車と、それぞれがこれらデフ側太陽歯車とリング歯車とに噛合した複数個のデフ側遊星歯車を回転自在に支持したキャリアとを備えたものであって、このうちのキャリアを、前記主動力源及び前記電動モータの駆動力を受け入れる為の入力部とすると共に、前記デフ側太陽歯車及び前記リング歯車を1対の出力部としており、
前記両歯車伝達ユニットのうちの一方の歯車伝達ユニットは、前記デフ側遊星歯車ユニットに設けた1対の出力部のうちの一方の出力部の駆動力を前記右側ドライブシャフトに伝達するものであり、
前記両歯車伝達ユニットのうちの他方の歯車伝達ユニットは、前記デフ遊星歯車ユニットに設けた1対の出力部のうちの他方の出力部の駆動力を前記左側ドライブシャフトに伝達するものであり、
前記両歯車伝達ユニットの変速比は、車両が直進状態で、且つ、前記各デフ側遊星歯車の回転が前記キャリアの回転のみに基づいてのみ行われる場合に、前記両ドライブシャフトの回転速度及びトルクが同じとなる様に規制されている、請求項1〜3のうちの何れか1項に記載したハイブリッド車両用駆動装置。
【請求項5】
前記動力分配装置は、前記デフ側遊星歯車ユニットと共通のキャリアを利用して、このデフ側遊星歯車ユニットと同心に設置された分配側遊星歯車ユニットと、択一的に接続される1対のクラッチとを備えたものであって、
このうちの分配側遊星歯車ユニットは、前記デフ側太陽歯車と同心に、且つ、このデフ側太陽歯車に対する相対回転を可能に配置された分配側太陽歯車と、それぞれが前記各デフ側遊星歯車と同心に、且つ、これら各デフ側遊星歯車と同期して回転する状態で前記キャリアに支持されて、前記分配側太陽歯車と噛合した複数個の分配側遊星歯車とを備えたものであり、
前記両クラッチのうちの一方のクラッチは、前記電動モータの出力軸と前記キャリアとの間に、同じく他方のクラッチはこの出力軸と前記分配側太陽歯車との間に、それぞれ設けられている、請求項4に記載したハイブリッド車両用駆動装置。
【請求項6】
前記デファレンシャルギヤはデフ側遊星歯車ユニットと1対の歯車伝達ユニットとを備えたものであって、
このうちのデフ側遊星歯車ユニットは、デフ側太陽歯車と、このデフ側太陽歯車の周囲にこのデフ側太陽歯車と同心に配置されたリング歯車と、それぞれがこれらデフ側太陽歯車とリング歯車とに噛合した、それぞれが互いに噛合した1対の遊星歯車素子から成るダブルピニオン型である複数個のデフ側遊星歯車を回転自在に支持したキャリアとを備えたものであって、このうちのリング歯車を、前記主動力源及び前記電動モータの駆動力を受け入れる為の入力部とすると共に、前記デフ側太陽歯車及び前記キャリアを1対の出力部としており、
前記両歯車伝達ユニットのうちの一方の歯車伝達ユニットは、前記デフ側遊星歯車ユニットに設けた1対の出力部のうちの一方の出力部の駆動力を前記右側ドライブシャフトに伝達するものであり、
前記両歯車伝達ユニットのうちの他方の歯車伝達ユニットは、前記デフ側遊星歯車ユニットに設けた1対の出力部のうちの他方の出力部の駆動力を前記左側ドライブシャフトに伝達するものであり、
前記両歯車伝達ユニットの変速比は互いに同じとしている、請求項1〜3のうちの何れか1項に記載したハイブリッド車両用駆動装置。
【請求項7】
前記動力分配装置は、前記デフ側遊星歯車ユニットと共通のキャリアを利用して、このデフ側遊星歯車ユニットと同心に設置された分配側遊星歯車ユニットと、択一的又は同時に接続される1対のクラッチとを備えたものであって、
このうちの分配側遊星歯車ユニットは、前記デフ側太陽歯車と同心に、且つ、このデフ側太陽歯車に対する相対回転を可能に配置された分配側太陽歯車と、それぞれが前記各デフ側遊星歯車を構成する前記各遊星歯車素子のうちの内径側の遊星歯車素子と同心に、且つ、これら各内径側の遊星歯車素子と同期して回転する状態で前記キャリアに支持されて、前記分配側太陽歯車と噛合した複数個の分配側遊星歯車とを備えたものであり、
前記両クラッチのうちの一方のクラッチは、前記電動モータの出力軸と前記リング歯車との間に、同じく他方のクラッチはこの出力軸と前記分配側太陽歯車との間に、それぞれ設けられている、請求項6に記載したハイブリッド車両用駆動装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−236579(P2012−236579A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−108533(P2011−108533)
【出願日】平成23年5月13日(2011.5.13)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】