説明

ハースロール

【課題】合金元素として多量のMnを含有する高張力鋼板を製造するための焼鈍炉などで長期間使用されても、ロール面に形成されるジルコニア皮膜が破壊され難く、長期間の使用に耐え得るハースロールを提供する。
【解決手段】ロール基材の胴周表面に、溶射により複数層の皮膜を形成したハースロールであって、ロール基材の胴周表面に、下層側から順に、MCrAlX合金(但し、MはCo、Ni、Feの中から選ばれる1種以上、XはY、Hf、Si、Taの中から選ばれる1種以上)からなる第1層皮膜と、安定化剤としてCeOを15〜30mass%含有する安定化ジルコニアからなる若しくは該安定化ジルコニアを主体とするセラミックスからなる第2層皮膜と、安定化剤としてCeOを30〜40mass%含有する安定化ジルコニアからなる若しくは該安定化ジルコニアを主体とするセラミックスからなる最表層皮膜を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロール胴周面に複数層の溶射皮膜が形成されたハースロールに関する。
【背景技術】
【0002】
連続焼鈍ライン(CAL)や連続溶融亜鉛めっきライン(CGL)の焼鈍炉内は、温度が600〜1300℃で酸化性又は還元性の雰囲気であり、被熱処理材である鋼板は、ハースロール(炉内搬送ロール)で長時間連続的に搬送されながら焼鈍される。このため焼鈍炉内に設けられるハースロールは、ロール周面に磨耗が生じやすく、また、温度の上昇および降下過程で熱応力を受ける。
また、高温の焼鈍過程でFeやFe酸化物がハースロール周面に凝着して堆積し、凸状の異物(いわゆるピックアップ)が生成する場合がある。ハースロール周面に磨耗やピックアップに伴う凹凸が発生すると、鋼板がハースロールで搬送されている間に鋼板表面に疵が付いて品質低下の原因になるため、これを防止する必要がある。
【0003】
特許文献1には、Yが4〜25mass%で残部が実質的にジルコニア(ZrO)からなるセラミックス皮膜を連続焼鈍炉のハースロールに溶射により形成することで、ハースロールの高温耐磨耗性を向上させ、且つ酸化物がロールの表面(ロール周面)に凝着して堆積することを防止できると記載されている。
また、特許文献2では、CaO、Y、MgO、CeO、HfO及び希土類元素酸化物よりなる群から選ばれた少なくとも1種の酸化物を2〜20mass%含有するジルコニアを最表層に溶射で形成することにより、ジルコニアの相構造を立方晶ないし正方晶の相に安定化することで、昇降温時の温度変化に起因した相転移を防ぐことが可能であり、且つFe及びFe酸化物の付着を抑制できるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭61−124534号公報
【特許文献2】特開平9−287614号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1,2では、ピックアップ源としてFe及びFe酸化物の付着を問題としているが、至近の高張力鋼板の生産量拡大につれて新たな問題が生じている。通常、高張力鋼板では鋼板の強度を高めるため、Mn等の合金元素を多量に添加するが、これらの合金元素はFeに較べて酸化され易いため、Fe還元雰囲気でも鋼板表面に濃化し、酸化物を形成する。なかでも合金元素として多量のMnを含有する高張力鋼板を生産する場合、鋼板表面に濃化したMnがハースロール表面に付着してロール内部に拡散するため、Mn拡散領域ではジルコニアの立方晶及び正方晶安定化元素(Y、Ca、Mg、Ce、Hf等)の濃度が低下し、立方晶から正方晶、正方晶から単斜晶への変態が促進される。この結晶変態に伴う体積変化(正方晶→単斜晶で約4%の体積増加)によって、ハースロール表面に形成されたジルコニア皮膜には高い圧縮応力が負荷され、その結果、皮膜が破壊されるという問題が生じる。
【0006】
これを防止するためには、安定化剤(CaO、Y、MgO、CeO、HfO等)の添加量を多くすることでジルコニアの相変態を抑制することが有効であるが、安定化剤の添加量が増えると今度は耐熱衝撃性が劣化するという問題が生じる。これはセラミックスの主成分であるジルコニアの20℃−1000℃における平均線膨張係数が11.8×10−6(1/℃)程度とセラミックスの中で金属に近いのに対し、安定化剤である酸化物の線膨張係数がこれより小さいため(例えば、Yの場合は8.9×10−6(1/℃))、安定化剤の添加量の増加に伴いジルコニア皮膜に作用する熱応力が大きくなることが一要因である。さらに、通常、安定化剤の添加量が少ない場合のジルコニアは準安定正方晶の構成比率が高く、この状態で大きな応力が作用すると応力誘起変態(正方晶→単斜晶)が生じ、体積膨張によって亀裂の進展を抑制するため大きな破壊靱性を持つことが知られており、このメカニズムによって耐熱衝撃性も大きく向上するが、安定化剤の添加量が多くなると、この効果は得られない。
【0007】
すなわち、特許文献1,2に記載のハースロールを用いて、合金元素として多量のMnを含有する高張力鋼板を長期間にわたり生産した場合、安定化剤の添加量が少ない場合には、Mn拡散に起因したジルコニアの相変態によって皮膜が剥離してしまう。一方、安定化剤の添加量が多い場合には、耐熱衝撃性が劣化してしまうため、長期間の連続使用中に負荷される熱サイクルによって皮膜が剥離してしまうという問題が生じ、安定的に使用することが困難であった。
【0008】
したがって本発明の目的は、以上のような従来技術の課題を解決し、合金元素として多量のMnを含有する高張力鋼板を製造するための焼鈍炉などで長期間使用されても、ロール面に形成されるジルコニア皮膜が破壊され難く、長期間の使用に耐え得るハースロールを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するための本発明の要旨は以下のとおりである。
[1]ロール基材の胴周表面に、溶射により複数層の皮膜を形成したハースロールであって、ロール基材の胴周表面に、下層側から順に、MCrAlX合金(但し、MはCo、Ni、Feの中から選ばれる1種以上、XはY、Hf、Si、Taの中から選ばれる1種以上)からなる第1層皮膜と、安定化剤としてCeOを15〜30mass%含有する安定化ジルコニアからなる若しくは該安定化ジルコニアを主体とするセラミックスからなる第2層皮膜と、安定化剤としてCeOを30〜40mass%含有する安定化ジルコニアからなる若しくは該安定化ジルコニアを主体とするセラミックスからなる最表層皮膜を有する(但し、第2層皮膜と最表層皮膜が同一組成であるため実質的に単一の皮膜からなる場合を含む。)ことを特徴とするハースロール。
【0010】
[2]上記[1]のハースロールにおいて、第2層皮膜中の安定化ジルコニアのCeO含有量が20〜26mass%であることを特徴とするハースロール。
[3]上記[1]又は[2]のハースロールにおいて、最表層皮膜中の安定化ジルコニアのCeO含有量が30〜35mass%であることを特徴とするハースロール。
【発明の効果】
【0011】
本発明のハースロールは、合金元素として多量のMnを含有する高張力鋼板を製造するための焼鈍炉などで長期間使用されても、ロール面に形成されるジルコニア皮膜が破壊され難く、長期間の耐久性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】基材表面に形成した安定化ジルコニア皮膜について、安定化ジルコニア中のCeO含有量と皮膜の単斜晶比率との関係を示すグラフ
【図2】基材表面に形成した安定化ジルコニア皮膜について、安定化ジルコニア中のCeO含有量と皮膜の耐熱衝撃性との関係を示すグラフ
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、CeOを安定化剤とする安定化ジルコニア(ZrO)の溶射皮膜において、CeO含有量がMn拡散に起因したジルコニア相変態挙動と耐熱衝撃特性に与える影響について、以下に示す試験によって詳細な調査を行った。
まず、安定化ジルコニア中のCeO含有量がMn拡散に起因したジルコニア相変態挙動に与える影響を調べるため、以下のような試験を行った。
50mm×50mm×厚さ10mmのSUS304からなる板を基材とし、その表面に第1層として、CoCrAlYからなる厚さ100μmの合金層をプラズマ溶射により形成し、その上に、CeO含有量を13mass%、16mass%、20mass%、26mass%、32mass%、37mass%、48mass%、58mass%と変更したCeO安定化ジルコニア粉末をプラズマ溶射することにより、厚さ150μmの安定化ジルコニア皮膜を形成し、これらをサンプルとした。
【0014】
安定化ジルコニア皮膜のMn酸化物との反応による変態の生じ易さを調べるため、各サンプルの上にMnO粉末を載せて、窒素雰囲気中で温度950℃にて100時間保持する熱処理を7回行った。試験前および試験(熱処理)後の皮膜の相構造をX線回折で調べ、正方晶系ジルコニアの単斜晶への進行度合いを示す単斜晶比率Xm(%)を下記(1)式で算出した。試験後に単斜晶が生じている量(単斜晶比率)が多いほど耐Mn反応性に劣り、早期に変態が生じ、皮膜に亀裂や剥離が生じやすくなる。
【0015】
【数1】

【0016】
その結果を、安定化ジルコニア中のCeO含有量との関係で図1に示す。同図によれば、CeO含有量が多いほど単斜晶比率が小さくなり、変態が生じにくくなっていることが判る。CeO含有量を30mass%以上とすることで単斜晶比率は0になり変態が全く生じなくなる。したがって、Mn拡散起因の皮膜剥離を防止するためには、30mass%以上のCeO含有量が必要であることが判る。
【0017】
次に、CeO含有量が耐熱衝撃特性に与える影響を調べるため、以下のような試験を行った。
50mm×50mm×厚さ10mmのSUS304からなる板を基材とし、その表面に第1層として、CoCrAlYからなる厚さ100μmの合金層をプラズマ溶射により形成し、その上に、CeO含有量を13mass%、16mass%、20mass%、26mass%、32mass%、37mass%、48mass%、58mass%と変更したCeO安定化ジルコニア粉末をプラズマ溶射することにより、厚さ150μmの安定化ジルコニア皮膜を形成し、これらをサンプルとした。
各サンプルを大気中で1000℃まで加熱した後、水中に入れて急冷する処理を繰り返し、皮膜に剥離が生じるまでの繰返し数を調べ、この回数を「剥離までの熱サイクル数」とした。剥離が発生するまでの熱サイクル数が多いほど耐熱衝撃性が優れている。
【0018】
その結果をCeO含有量との関係で図2に示す。同図によれば、CeO含有量26mass%で最も優れた耐熱衝撃性が得られ、これよりもCeO含有量が多くなると含有量の増大に伴い耐熱衝撃性は低下する。実機操業において剥離が発生しない目安の熱サイクル数は15回以上であり、これを満足するCeO含有量の範囲は15〜32mass%の範囲であり、したがって、CeO含有量が15〜30mass%であれば、その条件を満足することが判る。
【0019】
以上の2つの試験結果からして、ロール表面にCeO安定化ジルコニアの溶射皮膜を形成するハースロールにおいて、従来技術であるCeO含有量2〜20mass%の単一の安定化ジルコニア皮膜を形成した場合には、Mn拡散起因の変態による剥離抑制と熱衝撃による剥離抑制の両立が困難である。これに対して本発明では、上記試験結果から、ハースロール表面にCeO安定化ジルコニア皮膜を形成するにあたり、CeO安定化ジルコニア皮膜をCeO含有量が異なる2層構造(最表層とその下層)とすることで、Mn拡散起因の変態による剥離抑制と熱衝撃による剥離抑制を両立させるという着想を得た。すなわち、最表層においては、Mn拡散によるジルコニア相変態を抑制できる十分なCeO含有量を有した組成とし、その下層においてはCeO含有量を低減し、実機熱サイクルが負荷された場合においても剥離が生じないようにするものである。
【0020】
上記の着想に基づく皮膜構成とこれによる皮膜剥離抑制効果を調べるために、表1及び表2に示すような皮膜構成のサンプルを作成し、Mn拡散に起因した相変態挙動(単斜晶比率)と耐熱衝撃特性(剥離までの熱サイクル数)を図1及び図2と同様の方法で試験・評価した。その結果を表1及び表2に示す。
表1及び表2において、No.1〜No.6は従来例を含むものであり、基材である50mm×50mm×厚さ10mmのSUS304の表面に、第1層皮膜として、CoCrAlYからなる厚さ100μmの合金層をプラズマ溶射により形成した後、その上に最表層皮膜として、CeO含有量を13mass%、20mass%、26mass%、37mass%、48mass%、58mass%と変更したCeO安定化ジルコニア粉末をプラズマ溶射することにより、厚さ150μmの安定化ジルコニア皮膜を形成したものである。
【0021】
一方、No.7〜No.22は、基材である50mm×50mm×厚さ10mmのSUS304の表面に、第1層皮膜として、CoCrAlYからなる厚さ100μmの合金層をプラズマ溶射により形成した後、その上に第2層皮膜として、CeO含有量を5mass%〜40mass%の範囲で変更したCeO安定化ジルコニア粉末をプラズマ溶射することにより、厚さ75μmの安定化ジルコニア皮膜を形成し、さらにその上に最表層皮膜として、CeO含有量を13mass%〜40mass%の範囲で変更したCeO安定化ジルコニア粉末をプラズマ溶射することにより、厚さ75μmの安定化ジルコニア皮膜を形成したものである。
【0022】
また、No.23〜No.25は、基材である50mm×50mm×厚さ10mmのSUS304の表面に、第1層皮膜として、CoCrAlYからなる厚さ100μmの合金層をプラズマ溶射により形成した後、その上に第2層皮膜として、CeO含有量を20mass%としたCeO安定化ジルコニア粉末をプラズマ溶射することにより安定化ジルコニア皮膜を形成し、さらにその上に最表層皮膜として、CeO含有量を30mass%としたCeO安定化ジルコニア粉末をプラズマ溶射することにより、安定化ジルコニア皮膜を形成したものである。このとき最表層皮膜と第2層皮膜の合計膜厚を150μmの一定とし、最表層皮膜と第2層皮膜の膜厚を50〜100μmの範囲で変更した。
【0023】
また、No.26〜No.31は、基材である50mm×50mm×厚さ10mmのSUS304の表面に、第1層皮膜として、MCrAlX合金からなる厚さ100μmの合金層をプラズマ溶射により形成した後、その上に第2層皮膜として、CeO含有量を20mass%としたCeO安定化ジルコニア粉末をプラズマ溶射することにより安定化ジルコニア皮膜を形成し、さらにその上に最表層皮膜として、CeO含有量を30mass%としたCeO安定化ジルコニア粉末をプラズマ溶射することにより、安定化ジルコニア皮膜を形成したものである。このときMCrAlX合金のMおよびXの組成を変更した。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
表1及び表2によれば、最表層皮膜としてCeO含有量が30mass%〜40mass%のCeO安定化ジルコニア皮膜を形成し、且つ第2層皮膜としてCeO含有量が15mass%〜30mass%のCeO安定化ジルコニア皮膜を形成することで、単斜晶比率を0とすることができ、且つ剥離までの熱サイクル数も実機適用可能な目安の15回以上を確保することができ、相変態起因の剥離と熱応力起因の剥離の両方を抑制可能であることが判る。
ここで、最表層皮膜のCeO含有量の上限を40mass%とするのは、CeO含有量が多すぎると最表層皮膜の線膨張係数が小さくなりすぎて、第2層皮膜を形成した場合においても、十分な熱衝撃性の確保が困難になるためである。
【0027】
また、第1層皮膜として用いられるMCrAlX合金では、基本構成元素であるM(鉄族元素であるCo、Ni、Feの中から選ばれる1種以上)と、保護性に優れた酸化膜形成元素であるCr、Alと、酸化膜の維持機能を付与する添加元素X(XはY、Hf、Si、Taの中から選ばれる1種以上)の混合比率を適正に選択することによって、基材となる耐熱合金とセラミックスの中間の線膨張係数を得ることができるとともに、高い耐酸化性を得ることが可能となる。一般的には、Crが15〜30mass%、Alが5〜16mass%、Xが0.1〜5.0mass%程度で、残部がM(基本構成元素)及び不可避不純物から構成される。基本構成元素としては、溶射によって安定的に皮膜形成を可能とするために高融点の鉄族の金属が用いられる。また、Xについては、酸化膜の維持機能が確認されている元素であるY、Hf、Si、Taの中から選ばれる1種以上のものを添加すればよい。一般的には、入手が容易でコストが安いYが多く用いられる。
【0028】
このため本発明のハースロールは、ロール基材の胴周表面に溶射により形成される複数層の皮膜として、下層側から順に、MCrAlX合金(但し、MはCo、Ni、Feの中から選ばれる1種以上、XはY、Hf、Si、Taの中から選ばれる1種以上)からなる第1層皮膜と、安定化剤としてCeOを15〜30mass%含有する安定化ジルコニアからなる若しくは該安定化ジルコニアを主体とするセラミックスからなる第2層皮膜と、安定化剤としてCeOを30〜40mass%含有する安定化ジルコニアからなる若しくは該安定化ジルコニアを主体とするセラミックスからなる最表層皮膜を有するものとする。但し、この本発明の皮膜構造は、第2層皮膜中の安定化ジルコニアのCeO含有量と最表層皮膜中の安定化ジルコニアのCeO含有量がともに30mass%であって、且つ両皮膜が同一組成であるため実質的に単一の皮膜からなる場合を含む。
【0029】
以下、各皮膜の詳細と好ましい条件について説明する。
第1層皮膜は、MCrAlX合金(及び不可避不純物)からなる溶射皮膜であり、Mは基本構成元素であり、Co、Ni、Feの中から選ばれる1種以上である。
Al、Crは保護性に優れた酸化膜を形成する元素であり、酸化膜の維持機能を付与するX(Y、Hf、Si、Taの中から選ばれる1種以上)と併用して添加することで耐酸化性を大きく向上させることが可能となる。また、このとき各元素の混合比率を調整することで、基材である耐熱合金とセラミックス(第2層皮膜)の中間の値の線膨張係数とすることにより、耐熱衝撃性を改善する役割を持っている。通常、第1層皮膜は、プラズマ溶射や爆発溶射によって膜厚50〜150μmに形成される。
【0030】
第2層皮膜は、安定化剤としてCeOを15〜30mass%含有する安定化ジルコニア(及び不可避不純物)からなる、若しくはこの安定化ジルコニアを主体とするセラミックス(及び不可避不純物)からなる溶射皮膜である。ここで、CeO含有量を上記の範囲とすることで、最表層にCeO含有量が高い層が形成された場合においても、十分な耐熱衝撃性を確保することが可能となる。第2層皮膜の膜厚は50〜100μm程度が好ましく、また、より好ましい範囲は75〜100μmである。また、第2層皮膜におけるCeO含有量は、耐熱衝撃性の観点から20〜26mass%とするのが好ましい。
【0031】
第3層皮膜(最表層皮膜)は、安定化剤としてCeOを30〜40mass%含有する安定化ジルコニアからなる若しくはこの安定化ジルコニアを主体とするセラミックスからなる溶射皮膜である。最表層皮膜のCeO含有量を上記の範囲とすることでMn拡散によるZrOの相変態を抑制することが可能となり、変態起因の剥離を防止することができる。また、最表層皮膜の膜厚は50〜75μmとすることが好ましい。耐熱衝撃性は最表層の膜厚が小さいほど向上するが、施工時の管理が困難になることに加え、Mnの拡散深さが30〜40μm程度まで達するため、それ以上の膜厚となる50μm以上とすれば、Mn拡散に伴なう皮膜剥離は十分に防止できることになる。また、CeO含有量が多くなると皮膜の硬度が低下することから、CeO含有量は30〜35mass%とするのが好ましい。
【0032】
なお、さきに述べたように、本発明の皮膜構造は、第2層皮膜中の安定化ジルコニアのCeO含有量と最表層皮膜中の安定化ジルコニアのCeO含有量がともに30mass%であって、且つ両皮膜が同一組成であるため実質的に単一の皮膜からなる場合を含むものである。すなわち、この場合には、第2層皮膜と最表層皮膜に代えて、上述したような第2層皮膜と最表層皮膜の合計膜厚に相当する単一の皮膜(安定化剤としてCeOを30mass%含有する安定化ジルコニアからなる若しくは該安定化ジルコニアを主体とするセラミックスからなる皮膜)が形成される。
【実施例】
【0033】
直径φ900mm、肉厚28mmのロール基材(中空ロール)に対して溶射により皮膜を形成することで、以下のような比較例1,2と本発明例のハースロールを製作し、実際の連続焼鈍ラインで使用するテストを実施した。
・比較例1:ロール基材の胴周面に、下層側から順に、CoCrAlY合金からなる厚さ100μmの第1層皮膜と、ZrO−15mass%CeOからなる厚さ150μmの最表層皮膜を有するハースロール
・比較例2:ロール基材の胴周面に、下層側から順に、CoCrAlY合金からなる厚さ100μmの第1層皮膜と、ZrO−40mass%CeOからなる厚さ150μmの最表層皮膜を有するハースロール
・本発明例:ロール基材の胴周面に、下層側から順に、CoCrAlY合金からなる厚さ100μmの第1層皮膜と、ZrO−20mass%CeOからなる厚さ75μmの第2層皮膜と、ZrO−35mass%CeOからなる厚さ75μmの最表層皮膜を有するハースロール
【0034】
上記ハースロールを、1万トン/月程度の高Mn系高張力鋼板(Mn含有量:0.5〜2.5mass%)が生産される連続焼鈍ラインに設置した。ハースロールを適用した位置での操業条件は炉温800〜850℃、炉内雰囲気3%H−N、露点−40℃である。ハースロール設置後、3ヶ月間の連続操業を行い、その後に炉開放を行い、ロール表面の点検を行った。いずれのハースロールもピックアップの発生は観察されなかったが、剥離状態に差が生じた。表3はその時の観察結果をまとめたものであるが、比較例1,2ではいすれも皮膜の剥離が観察されたが、本発明例では皮膜の剥離は観察されず、本発明の有効性が確認された。
【0035】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ロール基材の胴周表面に、溶射により複数層の皮膜を形成したハースロールであって、ロール基材の胴周表面に、下層側から順に、MCrAlX合金(但し、MはCo、Ni、Feの中から選ばれる1種以上、XはY、Hf、Si、Taの中から選ばれる1種以上)からなる第1層皮膜と、安定化剤としてCeOを15〜30mass%含有する安定化ジルコニアからなる若しくは該安定化ジルコニアを主体とするセラミックスからなる第2層皮膜と、安定化剤としてCeOを30〜40mass%含有する安定化ジルコニアからなる若しくは該安定化ジルコニアを主体とするセラミックスからなる最表層皮膜を有する(但し、第2層皮膜と最表層皮膜が同一組成であるため実質的に単一の皮膜からなる場合を含む。)ことを特徴とするハースロール。
【請求項2】
第2層皮膜中の安定化ジルコニアのCeO含有量が20〜26mass%であることを特徴とする請求項1に記載のハースロール。
【請求項3】
最表層皮膜中の安定化ジルコニアのCeO含有量が30〜35mass%であることを特徴とする請求項1又は2に記載のハースロール。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−184480(P2012−184480A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−49512(P2011−49512)
【出願日】平成23年3月7日(2011.3.7)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【出願人】(000109875)トーカロ株式会社 (127)
【Fターム(参考)】