説明

フッ化ビニリデン系樹脂組成物およびその製造方法

【課題】熱安定性、特に低温溶融領域(175〜210℃)での耐着色性に優れたフッ化ビニリデン系樹脂組成物を与える。
【解決手段】安定末端基を55%以上有するフッ化ビニリデン重合体100重量部と、マグネシウムおよび亜鉛の水酸化物および酸化物から選ばれる少なくとも一種の化合物の0.01〜0.1重量部とからなるフッ化ビニリデン系樹脂組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は熱安定性、特に低温溶融領域(175〜210℃)およびその後のエージングにおける加熱に対する耐着色性、更には低溶出性、に優れたフッ化ビニリデン系樹脂組成物およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ化ビニリデン重合体を含むフッ素系樹脂(含フッ素重合体)の熱安定性には、その重合方法や重合開始剤、連鎖移動剤などの種類に依存して、不安定末端基が生成して、これが原因で溶融加工により製造した成形品に気泡や空隙が生じたり着色することはよく知られている。例えば特許文献1〜3においては、例えばテトラフルオロエチレン(TFE)とヘキサフルオロプロピレン(HFP)との共重合体(FEP)やTFEとパーフルオロアルキルビニルエーテル(PAVE)との共重合体(PFA)、TFEとエチレンとの共重合体(ETFE)などの溶融加工可能な含フッ素重合体の乳化重合による製造によく用いられる過硫酸塩(過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウムなど)を重合開始剤とする場合、カルボン酸末端基が生じ、このカルボン酸末端基は、含フッ素重合体の溶融混練時に、ビニル末端基(−CF=CF)や酸フルオライド末端基(−COF)に変化すること;更にこれら末端基は熱的に不安定であり、揮発性物質を生じて最終製品に気泡や空隙を生ずる原因となること;を開示している。更に、これら特許文献は、上記したような不安定末端基を、水と熱との処理により安定な−CFH基に変化させること(特許文献1);水の存在下に酸素雰囲気で処理することにより安定な−CFH基に変化させること(特許文献2)あるいは湿気を含む雰囲気中でアルカリ金属またはアルカリ土類金属を作用させて安定化すること(特許文献3)を開示する。
【0003】
更に、上記したような含フッ素重合体に比べて、より結晶性であるフッ化ビニリデン重合体に関しても、ジイソプロピルパーオキシジカーボネートを重合開始剤とする懸濁重合により得られたフッ化ビニリデン重合体に、Ca、Ba、Zn、Mgの水酸化物、炭酸塩またはSn、Alの水酸化物から得られた一種の化合物を混合することにより熱安定性を改善することも知られている(特許文献4)。更に、ホスファイト化合物およびフェノール化合物を着色防止剤として添加することも知られている(特許文献6)。しかしながら、このようにして得られたフッ化ビニリデン重合体の熱安定性は必ずしも充分なものとは云い難い。
【0004】
フッ化ビニリデン重合体は、結晶性ポリマーであり、機械的強度の良好なポリマーとして種々の成形物に使用される。この際、成形物が使用目的に対し良好な寸法安定性を保持するように、使用前に十分な熱処理(以下「エージング」と呼ぶ)を行い、成形時の歪みの除去と新たな結晶化を進行せしめることが、通常行われる。通常の成形物でのエージングは、成形物の形状によるが、50〜170℃で1〜24時間程度の条件で行われる。これに加えて、室温から所定温度までの昇温速度および所定温度から室温までの降温速度を5〜20℃/時間程度でコントロールしてエージングを行う場合もある。しかしこのエージング操作の後に、成形体がしばしば黄色〜褐色に着色し、成形体としての商品価値を低下させるという問題があった。このため着色しにくいフッ化ビニリデン重合体樹脂が求められている。
【0005】
上記特許文献4の方法により得られたフッ化ビニリデン重合体は、220〜270℃という高温域で溶融成形を行った後にエージングを行ったときには、かなり良好な耐着色性を示すが、より低温の領域(175〜210℃)で溶融成形後にエージングを行ったときには、着色するという難点がある。高温域での溶融成形はエネルギー効率の点で好ましくない。特に射出成形の場合は、高温域で成形すると冷却取出しまでに要する時間が長くなり、生産効率の点で好ましくない。
【0006】
他方、重合開始剤の影響として、特許文献5は、100〜150℃でジ−t−ブチルパーオキサイドを用いる重合により得られたフッ化ビニリデン重合体が熱安定性に優れることを開示している。また、非特許文献1は、t−ブチルパーオキシビバレート(tBuO−OCO−tBu;ここでtBuはターシャリーブチル基)あるいはジ−t−ブチルパーオキサイド(tBuO−OtBu)を用いるフッ化ビニリデン重合体の重合において、tBu末端基とtBuO末端基が生成する重合機構を開示している。しかしながら、実際にその重合系の製品 ポリマーの特性に関しては開示していない。
【特許文献1】US308503公報
【特許文献2】特開2000−198813号公報
【特許文献3】WO99/46307公報
【特許文献4】特公昭44−19153号公報
【特許文献5】US3193539公報
【特許文献6】特開平9−208784号公報
【非特許文献1】J. Guiot 他、Macromolecules 2002, 35, 8694-8707
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の主要な目的は、一層改善された熱安定性、特に低温溶融領域(175〜210℃)での耐着色性を有し、更には低溶出性にも優れたフッ化ビニリデン系樹脂組成物およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のフッ化ビニリデン系樹脂組成物は、上述の目的の達成のために開発されたものであり、より詳しくは安定末端基を55%以上有するフッ化ビニリデン重合体100重量部と、マグネシウムおよび亜鉛の水酸化物および酸化物から選ばれる少なくとも一種の化合物の0.01〜0.1重量部とからなることを特徴とする。
【0009】
本発明者らが上述の目的で研究して、本発明に到達した経緯について、若干付言する。
【0010】
上記特許文献4で得られたフッ化ビニリデン重合体が、高温溶融領域での成形では示さない着色性を、低温溶融領域での成形で示す理由は必ずしも明らかではないが、本発明者らは、現在、次のように考えている。すなわち、フッ化ビニリデン重合体の着色は、主として主鎖からの脱フッ酸による共役二重結合の生成により起されると考えられる。そして、何らかの原因(高次構造の違い等)により高温領域で溶融成形された成形物ではエージング中に連鎖的な脱フッ酸反応が進行しないのに対して、低温領域で溶融成形された成形物ではエージング中に連鎖的な脱フッ酸が起きるのではないかと考えている。また、主鎖における脱フッ酸反応を当初惹き起す触媒がフッ化ビニリデン重合体の重合により生成した不安定末端基の熱劣化により生じたフッ酸等の低分子化合物ではないかと考えられる。更に、従来は、カルボン酸末端基に比べて、安定末端基と考えられていたイソプロピルカーボネート基、またはノルマルプロピルカーボネート基も不安定末端基と考えて、より高度の末端基制御を行う必要性を認めて、上記特許文献5あるいは非特許文献1で開示されたt−ブチルパーオキシピバレートあるいはジ−t−ブチルパーオキサイドのような重合開始剤を用いることにより、安定末端基の割合を増加させ、更に残る不安定末端基の分解による脱フッ酸反応で生成したフッ酸を効果的に捕捉する物質を配合すれば、フッ化ビニリデン重合体の着色の原因となる脱フッ酸反応を可及的に抑制することが可能であるとの着想に立ち、各種化合物の有用性をスクリーニングしたところ、MgおよびZnの水酸化物および酸化物(以下、便宜的に、しばしば「着色防止剤」と称する)が極めて有効であることを知見した。すなわち、本発明のフッ化ビニリデン系樹脂組成物においては、増大した安定末端基による脱フッ酸反応の開始抑制と、なお発生するフッ酸の効果的な捕捉による脱フッ酸反応の連鎖の抑制と、が相乗的に機能して耐着色性が向上していると解される。
【0011】
また、耐溶出性の改良は安定末端基の増加と、脱フッ酸により発生するフッ酸の着色防止剤による難溶性塩であるMgFあるいはZnFとしての固定ならびに重合開始剤や連鎖移動剤の使用に由来して発生する有機酸の着色防止剤による難溶性の塩としての固定の結果として得られているものと理解される。
【0012】
また、上述の連鎖的な脱フッ酸反応には、何らかのラジカル生成過程が含まれていると考えており、ラジカル捕捉作用のあるフェノール系安定剤を更に添加することで、反応過程で生成するラジカルを安定な形で捕捉することにより、連鎖的な脱フッ酸反応を阻害するものと考えている。フェノール系安定剤の作用機序が、上述の安定末端基による生成フッ酸量の低減および着色防止剤によるフッ酸の捕捉とは異なるために相乗的に機能して耐着色性が向上していると解される。
【0013】
本発明のフッ化ビニリデン系樹脂組成物およびその製造方法は、上述の知見に基づくものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の好ましい実施の形態を逐次説明する。
【0015】
本発明でいうフッ化ビニリデン重合体には、フッ化ビニリデンの単独重合体、およびフッ化ビニリデンを主成分、好ましくは50重量%以上、更に好ましくは65重量%以上、とするフッ化ビニリデンと共重合可能なモノマーとの共重合体が含まれる。フッ化ビニリデンと共重合可能なモノマーとして、フッ化ビニル、トリフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン、クロロトリフルオロエチレン、ヘキサフルオロプロピレン、パーフルオロアルキルビニルエーテル、などが挙げられるが、必ずしもそれらに限定されるものではない。また、フッ素を含まない単量体として、エチレン、マレイン酸モノメチル、アリルグリシジルエーテル、等も使用可能であるが、必ずしもそれらに限定されるものではない。
【0016】
本発明で使用するフッ化ビニリデン重合体は、上述したようなフッ化ビニリデン単独またはこれと共重合可能なモノマー(以下、これらを総称して「フッ化ビニリデン系モノマー」と称する)を、適当な重合開始剤ならびに必要に応じて加えられる分子量調節のための連鎖移動剤およびフッ化ビニリデン系モノマーと重合開始剤の相溶性改善のための溶剤等の存在下で、乳化重合または懸濁重合、好ましくは懸濁重合することにより得られるものであるが、この際、主として使用する重合開始剤と連鎖移動剤に依存して、安定末端基と不安定末端基が生成する。
【0017】
本発明者らの研究によれば、溶融成形時の発泡あるいは気泡の残留・着色はもとより、エージングにおける着色の防止の観点でも安定な末端基と判断できる基には、フッ化ビニリデンの本来的な重合により生成する、メチル基(CH−)、ジフロロモノヒドロメチル基(CHF−)に加えて、アルキル基(例えば開始剤としてt−ブチルパーオキシピバレートあるいはジ−t−ブチルパーオキサイドを用いたときに生成するターシャリーブチル基(t−Bu−))およびポリマー鎖炭素との間でエーテル結合を形成するアルコキシ基(例えば開始剤としてジ−t−ブチルパーオキサイドを用いたときに生成するターシャリーブチルオキシ基(t−BuO−))が含まれる。
【0018】
他方、溶融成形時の発泡、気泡の残留もしくは着色あるいはエージングにおける着色のいずれかの点で不安定末端基に分類される基には、特許文献1〜3等に開示されるようなカルボン酸末端基およびこれから派生するフルオロビニル基(CF=CF−)、酸フルオライド基(FCO−)に加えて、およそ上記安定末端基として列挙した以外のほとんどの基、例えばアルキルカーボネート基(例えば開始剤としてジイソ(またはジノルマル)プロピルパーオキシジカーボネートを用いたときに生成するイソプロピルパーオキシカーボネート基(i−Pr−O−CO−O−)またはノルマルプロピルパーオキシカーボネート基(n−Pr−O−CO−O−))、更には、連鎖移動剤として酢酸エチルを用いた場合に生成する酢酸エチル基(CHCOOCH(CH)−)あるいは連鎖移動剤として炭酸ジエチルを用いた場合に生成する炭酸ジエチル基(C−O−CO−O−CH(CH)−)、その他の連鎖移動剤由来基などが挙げられる。
【0019】
本明細書において用いるフッ化ビニリデン重合体は、H−NMRおよび19F−NMRで同定したその全末端基(=安定末端基+不安定末端基)中において上記分類に従う安定末端基が55(モル)%以上のものである。安定末端基が55%未満のフッ化ビニリデン重合体を用いたのでは、MgおよびZnの水酸化物および酸化物から選ばれた化合物(すなわち「着色防止剤」)を配合した場合でも効果的な耐着色性の向上は得られない(後記比較例6および7)。安定末端基が58%以上、特に60%以上のフッ化ビニリデン重合体を用いることが好ましい。
【0020】
上記したような安定末端基を55%以上有するフッ化ビニリデン重合体は、好ましくは、懸濁重合により、以下のようにして製造される。すなわちフッ化ビニリデン系モノマー100重量部(初期に一括添加されるほか、その一部、例えば35〜80重量部のみを初期に添加し、残りを重合の継続とともに低下する系内圧力を臨界圧力以上に維持するように後添することも好ましい)と、比較的少量の重合開始剤とを、水性媒体200〜500重量部(分散安定剤等の各種助剤を含み得るが、水のみの重量と解して差し支えない)、より好ましくは250〜350重量部中に分散させて、重合温度まで昇温しつつ懸濁重合を開始させる。
【0021】
重合開始剤としては、10時間半減期温度T10が30℃(ほぼフッ化ビニリデンの臨界温度)〜140℃のものが好ましく用いられ、その好ましい例としては安定末端基を高い割合で与えることが知られている、t−ブチルパーオキシピバレート(T10=54.6℃)およびジ−t−ブチルパーオキサイド(T10=123.7℃)が挙げられる。従来、耐熱性の良好なフッ化ビニリデン重合体を与えるものとして知られるジ−i−プロピルパーオキシジカーボネート(T10=40.5℃)、ジ−n−プロピルパーオキシカーボネート(T10=40.3℃)では安定末端基55%以上の実現が困難であり、好ましくない。
【0022】
重合開始剤の使用量は、できるだけ少ないことが熱安定性の良いフッ化ビニリデン重合体を得るという本発明の目的に即しているが、余りに少ないと重合時間が極端に長くなるので、適量使用することが望ましい。
【0023】
また、重合開始剤の10時間半減期温度の高低により、分解速度が異なるので、10時間半減期温度が比較的低い重合開始剤を用いるときには少ない使用量とし、10時間半減期温度が比較的高い重合開始剤を用いるときには多い使用量とする必要がある。
【0024】
具体的には、10時間半減期温度が90℃以下の重合開始剤では、フッ化ビニリデン系モノマーに対し、0.001〜0.12重量%の範囲が好ましく、より好ましくは0.001〜0.09重量%、更に好ましくは0.001〜0.06重量%の範囲が用いられる。10時間半減期温度が90℃を超える重合開始剤では、フッ化ビニリデン系モノマーに対し、0.01〜3重量%の範囲が好ましく、より好ましくは0.01〜1重量%の範囲、更に好ましくは0.01〜0.6重量%の範囲が用いられる。
【0025】
これらの範囲を越えて重合開始剤を使用すると、重合反応で有効に使い切ることが困難になり、結果的に得られる重合体の耐着色性や溶出性が悪化しがちとなるので、重合後にメタノール、エタノール等の有機溶媒で重合体を洗浄し、未反応の重合開始剤を取り除く工程を加えることが望ましい。
【0026】
また、本発明においては、比較的少量の懸濁剤を用いて分散系を形成することも好ましく、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース等のセルロース系化合物、部分鹸化ポリ酢酸ビニル、アクリル酸系重合体等の懸濁剤が、好ましくは当初添加フッ化ビニリデン系モノマーに対して、0.01〜0.1重量%、より好ましくは0.01〜0.07重量%の割合で用いられる。熱安定性の観点でセルロース系の懸濁剤が好ましい。
【0027】
本発明の重合においては、得られる重合体の分子量を調節する目的で、公知の連鎖移動剤が使用でき、例えば、酢酸エチル、酢酸プロピル、アセトン、炭酸ジエチル、等が使用可能である。安定末端を与えるものではないが、使用量を調整することによって、熱安定性を損なわないという観点で、酢酸エチルおよび炭酸ジエチルの使用が好ましい。フッ化ビニリデン重合体は、成形用途に適した分子量とするため、インヘレント粘度(樹脂4gを1リットルのN,N−ジメチルホルムアミドに溶解させた溶液の30℃における対数粘度)が0.6dl/g以上、特に0.7〜1.3dl/gの範囲とすることが好ましい。
【0028】
重合温度T(℃)は、重合開始剤の10時間半減期温度T10(℃)に対し、T10≦T≦T10+25の条件を満足する温度に設定することが好ましい。
【0029】
重合温度TがT10より低い場合は、重合開始剤からのラジカル生成速度が遅いので、重合体の合理的な生産性(例えば、重合時間30時間以内で重合体収率80%以上)を確保するために重合開始剤の使用量を多くせざるを得ない。その結果、重合に寄与しなかった重合開始剤およびその残渣が重合体中に残ることになり、耐着色性および低溶出性を悪化させる。一方、重合温度TがT10+25(℃)より高い場合は、重合途中で重合速度の急激な低下を招き、途中で重合を停止せざるを得ず、結果的に形成されるフッ化ビニリデン重合体の耐着色性および低溶出性も悪くなる。これは、ラジカル生成速度が速くなりすぎ、フッ化ビニリデンの重合に寄与する以外に、ラジカル同士の不均化反応や水素引き抜き反応などの副反応が多くなるためと考えられる。
【0030】
重合終了時点は、未反応モノマー量の減少と、重合時間の長時間化とのバランス(すなわち製品ポリマーの生産性)を考慮して、適宜選択される。重合完了後は、重合体スラリーを脱水、水洗、乾燥して、重合体粉末を得る。
【0031】
本発明に従い上述のようにして得られた安定末端基を55%以上有するフッ化ビニリデン重合体と、MgおよびZnの水酸化物および酸化物から選ばれる少なくとも一種の化合物(着色防止剤)とを混合する。
【0032】
本発明で着色防止剤として用いるMgおよびZnの水酸化物および酸化物の少なくとも一種は、上記フッ化ビニリデン重合体との組合せにおいて、特許文献4で開示される代表例としてのCaCO(後記比較例2)を含むCa、Ba、Zn、Mgの水酸化物、炭酸塩またはSn、Alの水酸化物の一般(但し重複するZnおよびMgの水酸化物を除く)には見られない低温溶融領域での耐着色性を示す(後記実施例1〜8)。また特許文献3に代表的に用いられるアルカリ金属化合物と対比しても同様である。
【0033】
上記着色防止剤は、フッ化ビニリデン重合体100重量部に対し0.01〜0.1重量部の割合で添加される。0.01重量部未満では、添加効果が乏しく、0.1重量部を超えて添加すると、着色防止剤のアルカリとしての作用が強くなり、却って脱フッ酸を助長して着色するので好ましくない。添加量は、より好ましくは0.02〜0.8重量部の範囲である。
【0034】
上記フッ化ビニリデン重合体と、着色防止剤とを混合することにより、本発明の組成物が得られる。両者の混合は、乾燥状態での粉体混合によるほか、重合で得られたスラリー状、ラテックス状あるいは脱水後の湿潤状態のフッ化ビニリデン重合体に着色防止剤を添加して混合物を得た後、乾燥することも可能である。
【0035】
この際、着色防止剤は、粉体状、溶液状あるいは分散液として添加することが可能であり、フッ化ビニリデン重合体への混合を助けるために、メタノールや酢酸エチル等の有機溶媒、界面活性剤や分散補助剤を添加することもできる。
【0036】
フッ化ビニリデンと着色防止剤との混合に際しては、液状の場合には通常の攪拌槽を使用でき、湿潤状態および粉体の場合には攪拌装置を有した混合槽、ヘンシェルブレンダー等通常粉体をブレンドするために使用されるブレンダーを使用することができる。いずれの場合も、混合後、たとえば押出機等により、200〜270℃で溶融混練後、ペレットなどの形状に粒状化して、組成を安定化させておくことが好ましい。押出機を使用する場合、一軸押出機、同方向二軸押出機、異方向二軸押出機等を使用することができる。ペレット化に際しても、さまざまな方法を用いることができ、コールドカット、ミストカット、ホットカット、アンダーウォーターカット等を採用することができる。
【0037】
本発明のフッ化ビニリデン重合体組成物に、更にフェノール化合物(フェノール系安定剤)を0.01〜0.1重量部の割合で添加することも、着色防止効果を一層向上する上で好ましい(後記実施例6)。フェノール系安定剤は、そのラジカル安定化作用により、連鎖的な脱フッ酸による共役二重結合の生成を抑制すると解される。フェノール系安定剤の添加量は、0.01重量部未満では効果が乏しく、0.1重量部を超えて添加すると、却って着色させるので好ましくない。
【0038】
フェノール系安定剤としては特許文献6に開示されるものと同様なものが使用可能である。すなわち、1〜3個のアルキル基とヒドロキシル基を置換したベンゼン環を分子中に1〜4個有して、フェノール性OH基を有する化合物が好ましく、具体的にはテトラキス−〔メチレン−3−(3’,5’−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕メタン、4,4’−イソプロピリデンジフェノール、ステアリル(3,5−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート、チオジエチレングリコールビス〔(3,5−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート〕、1,6−ヘキサメチレンビス〔(3.5−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオ酸アミド〕、2,2’−メチレンビス(4−エチル−6−tert−ブチルフェノール、4,4’−ブチリデンビス(6−tert−ブチル−クレゾール)、2.2’−エチリデンビス(4,6−ジ−tert−ブチルフェノール)、1,1,3−トリス(2−メチル−4−ヒドロキシ−5−tert−ブチルフェニル)ブタン、ビス〔2−tert−ブチル−4−メチル−6−(2−ヒドロキシ−3−tert−ブチル−5−メチルベンジル)フェニル〕テレフタレート、1,3,5−トリス(3,5−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)イソシアヌレート、1,3,5−トリス(3,5−ジ−tert−ブチル−4−ヒドロキシベンジル)−2,4,6−トリメチルベンゼン、2−tert−ブチル−4−メチル−5−メチルベンジル)フェノール、2,6−ジフェニル−4−オクタデシロキシフェノールなどを例示できる。
【0039】
これらフェノール系安定剤は一般に、フッ化ビニリデン重合体と着色防止剤を混合する際に同時に混合されるが、遂次に混合してもよい。
【0040】
上記のようにして得られた本発明のフッ化ビニリデン系樹脂組成物は、その優れた耐熱安定性および低溶出特性を利用して、各種成形体形成用原料樹脂として好ましく使用される。
【0041】
以下、実施例、比較例により、本発明を更に具体的に説明する。以下の記載を含め、本明細書に記載の重合体中の安定末端基の割合および組成物の特性は以下に記載の評価方法による結果に基づく。
【0042】
(重合体中の安定末端基の割合)
溶媒としてアセトン−dを用いポリマー濃度10重量%程度に調整したものを加熱溶解した後、フィルターにて不溶分を除去してサンプルを調製した。このサンプルを使用し、H−NMRにより下記の条件で末端組成を求めた。
測定機:Bruker社製「AVANCE 400」
共鳴周波数:400.13MHz
積算回数:5000回
【0043】
同定にはテトラメチルシランをリファレンスシグナルとしたケミカルシフトをppmで表し、非特許文献1を参考に用いた。安定末端の割合の算出には、測定により得られた各末端構造由来のピークの積分値を対応するプロトンの数で除した値を用いた。例えば1.06ppmの(CHC−CHCF−に帰属されるピークは、ターシャリーブチル基の9つのプロトンに対応しているので積分値を9で除したものを用いた。この方法に基づき得られた(CHC−CHCF−、CHF−、CHCFCFCH−などの極性を持たない末端の値の和を、観測された全末端構造の値の和で除した後100を乗じたものを安定末端の割合とした。
【0044】
上記方法により測定した、例えば実施例1、8および比較例6、7において得られた重合体中の安定末端基および不安定末端基の内訳は下記の通りである。
【表1】

【0045】
(着色性−色調)
試料ペレットを、テフロン(登録商標)製坩堝容器に14g入れ、ギアオーブン中で190℃、2時間放置して溶融物とした。坩堝を室温まで空冷後に塊状物を取り出し、固化物底部の中心を色差計(日本電色工業(株)製「カラーメーターZE2000」)の開口部に当てて色調を測定した。固化物底部のb値(L*a*b*表色系におけるb値であり、+の値が大なる程黄色度が高く、−の値が大なる程、青色度が高い)の、標準白色板(XYZ表色系特性値として、X=92.29、Y=94.28、Z=110.66)のb値との差Δb値を測定した。
【0046】
上記固化物については、更に2つの同種固化物を用意し、170℃で2時間または170℃で6時間エージングしたものについて、上記と同様にしてΔb値を求めた。これらΔb値の3測定値に基づき、−の絶対値の大なるものから順に、「非常に優れる」、「優れる」、「やや劣る」、「劣る」の4段階の総合色調判定を行った。
【0047】
(導電率)
試料ペレット50gを純水50gに入れ、85℃で7日間浸漬した後、水の導電率(単位:μS/cm)をイオン導電率計((株)堀場製作所製「DS−51」)で測定した。
【0048】
(TOC(全有機炭素))
上記導電率測定と同一の条件での試料ペレットの浸漬後の水について、TOC濃度を全有機炭素計((株)島津製作所製「TOC−5000」)により測定し、測定値をペレット全表面積で割って、ペレット単位表面積当りのTOC値(単位:μg/m)として求めた。
【実施例】
【0049】
(実施例1)
内容量20リットルのオートクレーブに、イオン交換水10,894g、メチルセルロース4.19g、ジエチルカーボネート108.9g、t−ブチルパーオキシピバレート4.19g、フッ化ビニリデン4,190gを仕込み、55℃まで2時間昇温後、55℃を維持した。この間の最高到達圧力は6.97MPaであった。さらに、0.5時間後から、重合圧力が6.59〜6.61MPaを維持するようにフッ化ビニリデン5.447gを徐々に添加した。その後も、約7時間、55℃で重合を続け、圧力が2.5MPaに下るまで、昇温開始から合計27.8時間の懸濁重合を行った。重合完了後、重合体スラリーを脱水、水洗し、更に80℃で20時間乾燥して重合体粉末を得た。重合率は95%で、得られた重合体のインヘレント粘度は0.97dl/gであった。
【0050】
得られた重合体100重量部に対し、0.05重量部のMg(OH)を添加し、同方向2軸押出機(東芝機械(株)製 TEM−26)により、温度条件(C1/C2/C3/C4/C5/C6/DH=200/210/210/210/190/190/190)で押出し(ダイス部での樹脂温度=217℃)、ペレット状の組成物を得た。
【0051】
(実施例2)
実施例1の重合で得られたスラリーを脱水して得られた含水率25%(ウェットポリマーベース)のウェットポリマー1333g(乾燥ポリマー重量1000g)をスクリューフィーダーに供給し、粉末状のMg(OH) 0.5gを水100gに分散させたスラリー状の液体をスクリューフィーダーのスクリュー部に少量ずつ滴下した。スクリューフィーダー出口から出たウェットポリマーは随時スクリューフィーダーのフィード部に戻しながら、Mg(OH)含有スラリーを少量ずつ全量滴下した。滴下終了後、ウェットポリマーを全量回収し、80℃で20時間乾燥させてパウダーとした後、実施例1と同様にペレット化した。
【0052】
(実施例3〜7)
重合体100重量部に対し、0.05重量部のMg(OH)の代りに、0.02重量部のMgO(実施例3)、0.03重量部のZn(OH)(実施例4)、0.03重量部のZnO(実施例5)、0.05重量部のMg(OH)およびフェノール系安定剤(n−オクタデシル−3−(3’,5’−t−ブチル−4−ヒドロキシフェニル)プロピオネート;チバスペシャリティーケミカルズ社製「Irganox 1076」)0.05重量部(実施例6)または0.05重量部のMg(OH)および0.03重量部のZnO(実施例7)を、それぞれ添加する以外は、実施例1と同様にして5種のペレット状の組成物を得た。
【0053】
(実施例8)
内容積2リットルのオートクレーブにイオン交換水1,024g、メチルセルロース1.0g、酢酸エチル4g、ジ−tert−ブチルパーオキサイド16g、フッ化ビニリデン400gを仕込み、85℃まで2時間で昇温後、85℃を維持した。最高到達圧は10.31MPaであった。さらに0.5時間後から、重合圧が6.99〜7.01MPaを維持するようにフッ化ビニリデン400gを徐々に添加した。その後も約7時間85℃で重合を続け、圧力が2.5MPaに下るまで、昇温開始から合計22.0時間の懸濁重合を行った。脱水後、メタノールで洗浄し、更に水洗した後、80℃で20時間真空乾燥して重合体粉末を得た。重合率は97%で、得られた重合体のインヘレント粘度は1.22dl/gであった。
【0054】
かくして得られた重合体100重量部に、0.05重量部のMg(OH)を添加し、実施例1と同様にしてペレット化して組成物を得た。
【0055】
(比較例1)
Mg(OH)を加えずに、実施例1で得られた重合体のみを実施例1と同様にしてペレット化して組成物を得た。
【0056】
(比較例2〜5)
重合体100重量部に対し、0.05重量部のMg(OH)の代りに、0.05重量部のCaCO(比較例2)、0.05重量部のホスファイト系安定剤(ジステアリルペンタエリスリトールジホスファイト;アデカ(株)製「PEP−8W」)(比較例3)、0.05重量部の実施例6と同じフェノール系安定剤および0.05重量部の比較例3と同じホスファイト系安定剤(比較例4)または0.05重量部の実施例6と同じフェノール系安定剤(比較例5)を、それぞれ添加する以外は、実施例1と同様にして4種のペレット状組成物を得た。
【0057】
(比較例6)
内容積2リットルのオートクレーブに、イオン交換水1,024g、メチルセルロース0.20g、酢酸エチル11.2g、ジイソプロピルパーオキシジカーボネート2.0g、フッ化ビニリデン400gを仕込み、26℃まで1時間で昇温後、1.2MPaに圧力が低下するまで26℃を維持した。重合時間は25.5時間であった。脱水、水洗し、更に80℃で20時間乾燥して重合体粉末を得た。重合率は90%で、得られた重合体のインヘレント粘度は0.99dl/gであった。
【0058】
かくして得られた重合体100重量部に、0.05重量部のMg(OH)を添加し、実施例1と同様にしてペレット化して組成物を得た。
【0059】
(比較例7)
内容積2リットルのオートクレーブに、イオン交換水1,024g、メチルセルロース0.33g、酢酸エチル7.8g、ジノルマルプロピルパーオキシジカーボネートの50%メタノール希釈溶液4.8g、フッ化ビニリデン400gを仕込み、26℃まで1時間で昇温した。重合開始から5.5時間後、5時間かけて40℃まで昇温した後、圧力が2.5MPa低下するまで26℃を維持した。重合時間は13時間であった。重合率は89%で、得られた重合体のインヘレント粘度は1.02dl/gであった。
【0060】
かくして得られた重合体100重量部に、0.05重量部のMg(OH)を添加し、実施例1と同様にしてペレット化して組成物を得た。
【0061】
上記実施例および比較例の概要、ならびに上記方法による得られた重合体中の安定末端基の割合および組成物の評価結果をまとめて、次表2および3に示す。
【表2】

【0062】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0063】
上記したように本発明によれば、主として重合開始剤を含む重合助剤の選択により、安定末端基の増大したフッ化ビニリデン重合体を得、これにMgおよびZnの水酸化物および酸化物から得られた着色防止剤を添加することにより、脱フッ酸反応の連鎖により着色の起りがちな低温溶融領域(175〜210℃)での耐熱性および耐溶出性に優れたフッ化ビニリデン系樹脂組成物が得られる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
安定末端基を55%以上有するフッ化ビニリデン重合体100重量部と、マグネシウムおよび亜鉛の水酸化物および酸化物から選ばれる少なくとも一種の化合物の0.01〜0.1重量部とからなるフッ化ビニリデン系樹脂組成物。
【請求項2】
更にフェノール系安定剤0.01〜0.1重量部を含む請求項1に記載のフッ化ビニリデン系樹脂組成物。
【請求項3】
前記フッ化ビニリデン重合体が、t−ブチルパーオキシピバレートまたはジ−t−ブチルパーオキサイドを開始剤とする重合により得られたものである請求項1または2に記載のフッ化ビニリデン系樹脂組成物。
【請求項4】
安定末端基を55%以上有するフッ化ビニリデン重合体100重量部と、マグネシウムおよび亜鉛の水酸化物および酸化物から選ばれる少なくとも一種の化合物の0.01〜0.1重量部を混合するフッ化ビニリデン系樹脂組成物の製造方法。
【請求項5】
更に0.01〜0.1重量部のフェノール系安定剤を混合する請求項5に記載の製造方法。
【請求項6】
混合が、溶融混練および粒状化により行われる請求項4または5に記載の製造方法。
【請求項7】
乾燥状態で少なくとも前記フッ化ビニリデン重合体と化合物とを混合した後、溶融混練を行う請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
湿潤状態で少なくとも前記フッ化ビニリデン重合体と化合物を混合し、乾燥した後、溶融混練を行う請求項6に記載の製造方法。
【請求項9】
前記フッ化ビニリデン重合体が、t−ブチルパーオキシピバレートまたはジ−t−ブチルパーオキサイドを開始剤とする重合により得られたものである請求項4〜8のいずれかに記載の製造方法。

【公開番号】特開2008−19377(P2008−19377A)
【公開日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−193970(P2006−193970)
【出願日】平成18年7月14日(2006.7.14)
【出願人】(000001100)株式会社クレハ (477)
【Fターム(参考)】