説明

ブラシレスモータ制御装置及びブラシレスモータシステム

【課題】ブラシレスモータが停止したにも拘わらず、あたかもブラシレスモータが駆動しているように誤った認識をして、所望の制御が得られなくなることを防止できるブラシレスモータ制御装置及びブラシレスモータシステムを提供することにある。
【解決手段】ブラシレスモータ制御手段302は、上位制御装置12からの制御指令に応じて、ブラシレスモータ4に印加する電圧指令を演算する。軸誤差演算手段306は、ブラシレスモータ制御手段302が出力する電圧指令と、座標変換手段303により求められた電流値と、ブラシレスモータの制御上の回転速度を用いて、回転座標軸であるd−q軸とdc−qc軸との軸誤差を推定演算する。異常検出手段308は、軸誤差演算手段306により求められた軸誤差に基づいて、ブラシレスモータを異常と判定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブラシレスモータ制御装置及びブラシレスモータシステムに係り、特に、ブラシレスモータの回転子位置を検出するセンサを有しないセンサレス制御に好適なブラシレスモータ制御装置及びブラシレスモータシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の燃費の向上や環境問題に対して、ガソリンエンジンと電動モータで駆動するハイブリッド車や自動車の停車時にエンジンをストップさせるアイドルストップ車が有効であることが知られている。前述のような自動車では、自動変速機の油圧制御装置や変速機構などに油圧を供給するため、エンジンの駆動力によって駆動される機械式オイルポンプとバッテリなどの外部からの電力によって駆動される電動オイルポンプを備えている。例えば、信号待ちなどの停車時にエンジンを停止すると、これに伴い、機械式オイルポンプも停止するので、前述のようなエンジンの駆動力とは独立した電動オイルポンプを駆動して、自動変速機などに対して必要な油圧を供給するように構成されている。
【0003】
近年では、電動オイルポンプに小型、高温耐久性の観点からブラシレスモータによって駆動する方式が注目されている。ブラシレスモータを駆動させるためには回転子の位置を検出するセンサが必要である。このセンサとして、エンコーダやホール素子を設けると、特に車載用の用途においてはブラシレスモータを高温のエンジンルーム内に搭載する場合にセンサの耐熱性が問題となる。そこで、回転子の位置を検出するセンサを設けることなく回転子の位置を推定する位置センサレス制御技術が数多く提案されている。
【0004】
例えば、モータの電気定数であるq軸インダクタンスと、モータ電流の大きさ及びモータ印加電圧の周波数といった観測可能量から推定した誘起電圧の位相が、制御回転座標上の仮想の回転子位置と観測不可能な実際の回転子位置との軸ずれ角(以下、「軸誤差」と称する)を表すことに基づいて、仮想の回転子位置の回転速度を加速させたり、減速させたりするように、モータ印加電圧の周波数を制御して、ブラシレスモータのセンサレス制御を行うものが知られている(例えば、特許文献1参照)。このとき、ブラシレスモータが脱調しないで駆動されている場合は、制御上の回転速度と実際の回転速度はほぼ一致している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−251889号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年では、上記の位置センサレス技術を適用させたブラシレスモータ制御装置の用途も多くなっており、これまであまり使用されてこなかった低回転領域あるいは高回転領域での駆動が求められている。さらに、用途の多様化に伴い、ブラシレスモータに加わる負荷の変動も様々であり、負荷変動が多く、過負荷な状況化でもセンサレス制御を実現させる必要がある。このように、ブラシレスモータのセンサレス制御はこれまでの制御可能な範囲を超えても安定に駆動させることが求められている。
【0007】
特許文献1において、軸誤差からモータ印加電圧の周波数を演算する周波数演算部の応答性は予め設定された制御応答周波数によって決定される。よって、モータに対する負荷の急変に追従させようとして制御応答周波数を高くしても、それ以上に負荷の変化が早い場合には十分な応答性を確保できない。一方では、ブラシレスモータ制御装置に採用するマイコンで設定可能な制御周期の限界や制御系の安定性などの理由により、十分な応答性を確保できる制御応答周波数を設定できない場合もある。そのため、制御応答周波数が低く設定されると軸誤差が大きくなると共に、モータの出カトルクが小さくなり、やがてモータに対する負荷に負けて停止するが、モータ印加電圧の周波数が演算結果によって零にならない場合もある。その結果、モータが停止したにも拘わらず、ブラシレスモータ制御装置の内部の演算が行われるので、擬似的に回転していると認識し、所望の制御が得られなくなる恐れがある。
【0008】
本発明の目的は、ブラシレスモータが停止したにも拘わらず、あたかもブラシレスモータが駆動しているように誤った認識をして、所望の制御が得られなくなることを防止できるブラシレスモータ制御装置及びブラシレスモータシステムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)上記目的を達成するために、本発明は、ブラシレスモータの回転子位置を検出するセンサを有しないブラシレスモータを回転駆動するブラシレスモータ制御装置であって、上位制御装置からの制御指令に応じて、前記ブラシレスモータに印加する電圧指令を演算するブラシレスモータ制御部と、該ブラシレスモータ制御部からの電圧指令に基づいて、直流電力を3相交流電力に変換して前記ブラシレスモータに供給する電力変換部と、前記ブラシレスモータに流れる電流に基づいて、回転座標軸であるdc−qc軸上の成分の電流値に変換する座標変換部と、前記ブラシレスモータ制御部が出力する電圧指令と、前記座標変換部により求められた電流値と、前記ブラシレスモータの制御上の回転速度を用いて、回転座標軸であるd−q軸とdc−qc軸との軸誤差を推定演算する軸誤差演算部と、該軸誤差演算部により求められた軸誤差に基づいて、前記ブラシレスモータを異常と判定する異常検出部とを備えるようにしたものである。
【0010】
かかる構成により、ブラシレスモータが停止したにも拘わらず、あたかもブラシレスモータが駆動しているように誤った認識をして、所望の制御が得られなくなることを防止できるものとなる。
【0011】
(2)上記(1)において、好ましくは、前記異常検出部は、前記軸誤差が、前記軸誤差に対して予め設定した基準値を所定回数以上超えた場合、異常と判定するようにしたものである。
【0012】
(3)上記(2)において、好ましくは、前記異常検出部は、異常と判定した場合、前記上位制御装置に警告信号を出力するようにしたものである。
【0013】
(4)上記(2)において、好ましくは、前記異常検出部は、異常と判定した場合、前記ブラシレスモータを再起動させるものである。
【0014】
(5)上記(4)において、好ましくは、前記異常検出部は、前記ブラシレスモータの再起動回数が所定回数以上の場合、前記ブラシレスモータを停止させるようにしたものである。
【0015】
(6)上記(1)において、好ましくは、前記異常検出部は、前記軸誤差が電気角で60度以上のときあるいは−60度以下のときに異常と判定するようにしたものである。
【0016】
(7)上記(1)において、好ましくは、前記異常検出部は、所定時間内に、前記軸誤差が、前記軸誤差に対して予め設定した基準値を所定回数以上超えた場合、異常と判定するようにしたものである。
【0017】
(8)上記(7)において、好ましくは、前記異常検出部は、前記軸誤差が前記基準値を1回超えたときに前記所定時間の計測を開始するようにしたものである。
【0018】
(9)上記(2)において、好ましくは、前記異常検出部は、前記ブラシレモータの回転速度が前記回転速度に対して予め設定した第2の基準値を超えた場合に異常と判定するようにしたものである。
【0019】
(10)また、上記目的を達成するために、本発明は、ブラシレスモータの回転子位置を検出するセンサを有しないブラシレスモータと、前記ブラシレスモータを回転駆動するブラシレスモータ制御装置を有するブラシレスモータシステムであって、前記ブラシレスモータ制御装置は、上位制御装置からの制御指令に応じて、前記ブラシレスモータに印加する電圧指令を演算するブラシレスモータ制御部と、該ブラシレスモータ制御部からの電圧指令に基づいて、直流電力を3相交流電力に変換して前記ブラシレスモータに供給する電力変換部と、前記ブラシレスモータに流れる電流に基づいて、回転座標軸であるdc−qc軸上の成分の電流値に変換する座標変換部と、前記ブラシレスモータ制御部が出力する電圧指令と、前記座標変換部により求められた電流値と、前記ブラシレスモータの制御上の回転速度を用いて、回転座標軸であるd−q軸とdc−qc軸との軸誤差を推定演算する軸誤差演算部と、該軸誤差演算部により求められた軸誤差に基づいて、前記ブラシレスモータを異常と判定する異常検出部とを備えるようにしたものである。
【0020】
かかる構成により、ブラシレスモータが停止したにも拘わらず、あたかもブラシレスモータが駆動しているように誤った認識をして、所望の制御が得られなくなることを防止できるものとなる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、ブラシレスモータが停止したにも拘わらず、あたかもブラシレスモータが駆動しているように誤った認識をして、所望の制御が得られなくなることを防止できるものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の一実施形態によるブラシレスモータ制御装置を適用した電動オイルポンプシステムの全体構成を示すブロック図である。
【図2】本発明の一実施形態によるブラシレスモータ制御装置を適用したブラシレスモータシステムの構成を示すブロック図である。
【図3】ブラシレスモータの回転子の位置を推定する位置センサレス制御を実現するブラシレスモータ制御装置において生じる軸誤差の説明図である。
【図4】本発明の一実施形態によるブラシレスモータ制御装置に用いる異常検出手段の動作を示すフローチャートである。
【図5】本発明の一実施形態によるブラシレスモータ制御装置に用いる異常検出手段の動作を示すタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、図1〜図5を用いて、本発明の一実施形態によるブラシレスモータ制御装置の構成及び動作について説明する。
【0024】
最初に、図1を用いて、本実施形態によるブラシレスモータ制御装置を適用した電動オイルポンプシステムの全体構成について説明する。
【0025】
図1は、本発明の一実施形態によるブラシレスモータ制御装置を適用した電動オイルポンプシステムの全体構成を示すブロック図である。
【0026】
電動オイルポンプ装置1は、ブラシレスモータ制御装置3と、電動オイルポンプ6とを備えている。電動オイルポンプ6は、ブラシレスモータ4と、電動式オイルポンプ5とを備えている。ブラシレスモータ制御装置3は、ブラシレスモータ4の回転を制御して、その出力軸からの駆動力により、電動式オイルポンプ5を駆動する。電動オイルポンプ装置1は、自動変速機構11の下部のオイルパン7に貯まっているオイルを、電動式オイルポンプ5により汲み上げ、油路L1により切換弁機構9に汲み上げたオイルを供給する。
【0027】
電動オイルポンプ装置1は、上位制御装置12からの制御指令に基づいて、電動オイルポンプ6の作動を制御する。ブラシレスモータ制御装置3は、上位制御装置12からの制御指令に基づいて、電動オイルポンプ6の駆動を制御する。
【0028】
電動オイルポンプ装置1は、エンジンが停止したときあるいは機械式オイルポンプ8によって必要な作動油圧が確保できない場合に適宜作動させて、自動変速機構11の中のクラッチやブレーキなどの締結機構へ油圧を供給するときなどに用いる。
【0029】
上位制御装置12には、自動変速機の入力回転数を検出する回転センサからの信号や自動車の運転手が自動変速機を操作するためのシフトレバーのシフトレンジを検出するシフトセンサからの信号などが入力され、それらの信号に基づいて、電動オイルポンプ6を作動させる制御指令をブラシレスモータ制御装置3に送信する。同時に、上位制御装置12は、自動変速機構11や油圧回路10内に取り付けられた油温センサからの油温情報もブラシレスモータ制御装置3に送信する。また、上位制御装置12は、ブラシレスモータ制御装置3からの回転数情報や故障情報を受信する機能を有している。
【0030】
電源2は、バッテリなどの蓄電装置であり、ブラシレスモータ制御装置3に接続して直流電力を供給する。ブラシレスモータ4としては、3相同期モータを用いている。従って、ブラシレスモータ制御装置3は、図2を用いて後述するように、電源2から供給される直流電力を3相交流電力に変換し、それをブラシレスモータ4に供給する。
【0031】
また、電動式オイルポンプ5と並列に機械式オイルポンプ8が備えられている。機械式オイルポンプ8は、エンジンなどの駆動力を利用して、高い圧力のオイルを供給することができる。機械式オイルポンプ8は、オイルパン7に貯まっているオイルを汲み上げ、油路L2を介して、汲み上げたオイルを切換弁機構9に供給する。
【0032】
切換弁機構9は、自動変速機構11の中のクラッチやブレーキなどの締結機構への作動油の給排の切換や圧カコントロールを行い、油圧回路10や自動変速機構11などの潤滑及び冷却のためのオイルを供給する。切換弁機構9に流入した所定圧以上の油圧は、油路L3により、油圧回路10を介して自動変速機構11に供給される。なお、油圧回路10は、自動変速機構11の油圧回路と共用してもよいものである。
【0033】
自動変速機構11には、オイルの油温を検出する油温センサや、自動変速機11の入力軸や出力軸などの回転数を検出する回転センサが設けられている。油温センサによって検出されたオイルの油温や回転数センサによって検出された回転数は、上位制御装置12に送信される。
【0034】
次に、電動オイルポンプシステムの動作について説明する。例えば、自動車の走行時、すなわち、エンジン駆動中は、機械式オイルポンプ8により、自動変速機構11の下部のオイルパン7に貯まっているオイルは切換弁機構9に供給され、油圧回路10及び自動変速機構11にオイルパン7のオイルが矢印FP1の方向へ流れ、クラッチやブレーキなどの締結機構への油圧の供給や自動変速機構11の適宜の箇所に潤滑や冷却のためのオイルを供給する。
【0035】
一方、例えば、信号待ちなどにアイドリングストップしてエンジンが停止すると、エンジン回転数が低下すると共に機械式オイルポンプ8も回転数が低下して油路L2、L3の油圧が低下するので、油圧を発生させることが困難となる。そこで、エンジン停止中でも各締結機構への作動油圧を確保できるように、バッテリのような蓄電装置からの電力によって電動オイルポンプ6を駆動させる。
【0036】
そこで、アイドリングストップと同時に、上位制御装置12は、油圧回路10や自動変速機構11などに供給される油圧を制御するため、電動オイルポンプ6を起動させる制御指令をブラシレスモータ制御装置3に出力する。これにより、電動オイルポンプ6が回転して、オイルを矢印FP2の方向に流し、油圧を徐々に上昇させる。エンジンが停止するため、機械式オイルポンプ8の油圧が低下し、切換弁機構9により阻止されていた電動オイルポンプ6の油圧がある閾値を超えると、オイルは、電動オイルポンプ6、切換弁機構9、油圧回路10、自動変速機構11、油路L4、オイルパン7の経路を通って循環する。
【0037】
次に、図2を用いて、本実施形態によるブラシレスモータ制御装置を適用したブラシレスモータシステムの構成について説明する。
【0038】
図2は、本発明の一実施形態によるブラシレスモータ制御装置を適用したブラシレスモータシステムの構成を示すブロック図である。なお、図2において、図1と同一符号は同一部分を示している。
【0039】
ブラシレスモータシステムは、上位制御装置12と、ブラシレスモータ制御装置3と、電源2と、ブラシレスモータ4とから構成される。また、ブラシレスモータ制御装置3は、制御器31と、電力変換手段32と、電流検出器33とから構成される。
【0040】
ここで、ブラシレスモータ4の磁束軸を基準とし、この磁束軸をd軸(磁束軸相当)とし、このd軸に直交する軸をq軸(トルク軸相当)とし、制御上の仮想の磁束軸をdc軸、前記dc軸に直交する軸をqc軸と定義する。また、回転座標軸であるd−q軸とdc−qc軸との軸ずれ角、すなわち、特許文献1のように観測可能量から推定した誘起電圧の位相が制御上の仮想の回転子位置θc*と観測不可能な実際の回転子位置θcの軸ずれ角を、「軸誤差」と称する。後述するようなセンサレス制御の場合、ブラシレスモータ4の磁束軸を基準としたd−q軸と、ブラシレスモータ制御装置内のdc−qc軸とが定常的に一致しており、ブラシレスモータの発生トルクの線形化などが実現できる。
【0041】
上位制御装置12は、ブラシレスモータ4を回転駆動させる制御指令(例えば、所望の油圧指令値)及び自動変速機構11の作動油温を、ブラシレスモータ制御装置3の制御器31に出力する。制御器31は、上位制御装置12からの制御指令に応じて、電力変換手段32に電圧指令Vu*、Vv*、Vw*を出力する。電力変換手段32は、制御器31からの電圧指令Vu*、Vv*、Vw*に基づいて、電源2からの直流電力を3相交流電力に変換して、ブラシレスモータ4の3相コイルに供給して、ブラシレスモータ4を駆動させる。電流検出器33は、電力変換手段32から制御対象であるブラシレスモータ4(あるいは電動オイルポンプ6)に電源2から供給される直流電流を検出する。
【0042】
制御器31は、制御指令発生手段300と、電流制御手段301と、ブラシレスモータ制御手段302と、逆座標変換手段303と、電流再現手段304と、座標変換手段305と、軸誤差演算手段306と、速度・位相演算手段307と、異常検出手段308とから構成される。
【0043】
制御指令発生手段300は、上位制御装置12からの制御指令に基づいて、ブラシレスモータ4のd軸成分(磁束軸成分)の電流指令Id*と、ブラシレスモータ4のq軸成分(トルク軸成分)の電流指令Iq*を演算する。
【0044】
電流制御手段301は、制御指令発生手段300により求められたd軸上の電流指令Id*及びq軸上の電流指令Iq*と、後述する座標変換手段305により求められたdc軸上の電流検出値Idc及びqc軸上の電流検出値Iqcとに基づいて、第2の電流指令Id**及び第2の電流指令Iq**を演算する。
【0045】
ブラシレスモータ制御手段302は、電流制御手段301により求められた第2のd軸電流指令値Id**及び第2のq軸電流指令値Iq**と、後述する速度・位相演算手段307により求められたモータの回転速度ω1*に基づいて、dc−qc軸上の電圧指令Vdc*、Vqc*を演算する。
【0046】
逆座標変換手段303は、ブラシレスモータ制御手段302により求められたdc−qc軸上の電圧指令Vdc*、Vqc*と、後述の速度・位相演算手段307により求められたブラシレスモータ制御装置内部の交流位相θcを用いて、三相交流軸上の値に変換し、U相、V相、W相の各相電圧Vu*、Vv*、Vw*として電力変換手段32に出力する。
【0047】
一方、電流再現手段304は、電流検出器33により検出された、電力変換手段32に供給される直流電流検値IDCに基づいて、三相交流軸上の電流値である三相交流電流Iuc、Ivc、Iwcを再現する。
【0048】
座標変換手段305は、電流再現手段304により再現された三相交流軸上の電流値Iuc、Ivc、Iwcを、後述の速度・位相演算手段307により求められたブラシレスモータ制御装置内部の交流位相θcを用いて、回転座標軸であるdc−qc軸上の成分の電流値Iqc、Idcに変換する。変換された電流値Iqc、Idcは、上述の電流制御手段301に供給される。
【0049】
軸誤差演算手段306は、ブラシレスモータ制御手段302により求められた電圧指令Vdc*、Vqc*と、後述の速度・位相演算手段307により求められたブラシレスモータ制御装置内部の交流位相θcと、座標変換手段305により求められた回転座標軸であるdc−qc軸上の成分の電流検出値Iqc、Idcとを用いて、ブラシレスモータのd−q軸と制御軸dc−qc軸との軸誤差Δθcを推定演算する。すなわち、軸誤差演算手段306は、ブラシレスモータ4の磁束軸を基準とし、磁束軸をd軸とし、d軸に直交する軸をq軸とし、制御上の仮想の磁束軸をdc軸とし、dc軸に直交する軸をqc軸としたとき、回転座標軸であるd−q軸とdc−qc軸との軸誤差Δθcを推定演算する。
【0050】
速度・位相演算手段307は、軸誤差演算手段306に求められた軸誤差△θcに基づいて、モータの回転速度ω1*及びブラシレスモータ制御装置内部の交流位相θcを推定演算する。求められたモータの回転速度ω1*は、ブラシレスモータ制御手段302及び軸誤差演算手段306に供給される。また、求められたブラシレスモータ制御装置内部の交流位相θcは、逆座標変換手段303に供給される。
【0051】
異常検出手段308は、軸誤差演算手段306により求められた軸誤差△θcに基づいて、異常を判定する。また、異常検出手段308は、軸誤差△θcと速度・位相演算手段307により求められたモータの回転速度ω1*の両方を用いて、異常を判定することができる。
【0052】
次に、図2に示したブラシレスモータシステムの動作原理について、より詳細に説明する。
【0053】
上位制御装置12は、自動変速機構11のクラッチやブレーキなどを作動させる所定のライン圧を決定するために自動変速機の入力回転数を検出する回転センサからの信号や自動車の運転手が自動変速機を操作するためのシフトレバーのシフトレンジを検出するシフトセンサからの信号などに基づいて、ブラシレスモータ4に回転駆動させる制御指令(例えば、所望の油圧指令値)を演算し、ブラシレスモータ制御装置3に出力する。また、上位制御装置12は、自動変速機構11に設けられたオイルの油温を検出する油温センサから出力された作動油温もブラシレスモータ制御装置3に出力する。
【0054】
なお、上位制御装置12から送信される制御指令値は、電動オイルポンプ6から発生する油圧が予め求められる場合には、ブラシレスモータ4の回転数を制御指令としてもよいものである。
【0055】
制御指令発生手段300は、上位制御装置12から送信された所望の油圧指令値と自動変速機構11の作動油温に基づいて、ブラシレスモータ4のq軸上の電流指令値Iq*を演算して出力する。q軸上の電流指令値Iq*は、ブラシレスモータ4のトルク軸成分である。なお、ブラシレスモータ4のq軸電流指令値Iq*は、予め油圧指令値と油温を入力として、q軸上の電流指令値Iq*を選択するマップデータを記憶させておき、このマップデータを参照することで求めるようにしてもよいものである。
【0056】
同様に、制御指令発生手段300は、上位制御装置12から送信された所望の油圧指令値と自動変速機構11の作動油温に基づいて、ブラシレスモータ4のd軸上の電流指令値Id*を演算して出力する。d軸上の電流指令値Id*はブラシレスモータ4の磁束軸成分である。d軸上の電流指令値Id*は、ブラシレスモータ4の発生トルクに寄与しないため、通常ゼロに設定される。ブラシレスモータ4の制御方式、例えば、弱め界磁制御や効率最大化制御などを行なう場合には、ゼロ以外の指令を与えることがある。なお、d軸上の電流指令値Id*もq軸電流指令値Iq*と同様にマップデータを参照することで求めるようにしてもよいものである。ここでは、q軸電流指令値Iq*に相当するトルク(制御指令トルクとも称する)を発生するようにさせるため、d軸電流指令値Id*をゼロに設定する。
【0057】
電流制御手段301は、座標変換手段305が出力するdc軸上の電流検出値Idcと、制御指令発生手段300から出力されるd軸上の電流指令値Id*とを比較し、両者が一致するように電流を制御するための、第2のd軸電流指令値Id**を出力する。同様に、電流制御手段301は、座標変換手段305が出力するqc軸上の電流検出値Iqcと、制御指令発生手段300から出力されるq軸上の電流指令値Iq*とを比較し、両者が一致するように電流を制御するための、第2のq軸電流指令値Iq**を出力する。電流制御手段301としては、例えば、一般に電流制御に用いるPI制御(比例・積分)、PID(比例・積分・微分)制御を用いることができる。
【0058】
ブラシレスモータ制御手段302は、電流制御手段301により求められた第2のd軸電流指令値Id**及び第2のq軸電流指令値Iq**と、速度・位相演算手段307により求められたモータの回転速度ω1*に基づいて、ブラシレスモータへの印加電圧指令Vdc*及びVqc*を、以下の式(1)、式(2)により演算する。
【0059】
Vdc*=R1*・Idc−ω1*・Lq*・Iqc …(1)

Vqc*=R1*・Iqc+ω1*・Ld*・Idc+Ke・ω1 …(2)

ここで、R1*はブラシレスモータの巻線の抵抗であり、Ldはd軸インダクタンスであり、Lqはq軸インダクタンスであり、Keはブラシレスモータの誘起電圧定数である。式(1)、式(2)は、ベクトル制御で用いられている演算式と同じである。
【0060】
逆座標変換手段303は、ブラシレスモータ制御手段302により式(1)、式(2)を用いて求められたdc−qc軸上の電圧指令Vdc*、Vqc*を、速度・位相演算手段307により求められたブラシレスモータ制御装置内部の交流位相θcを用いて、三相交流軸上の値に座標変換し、U相、V相、W相の各相の電圧指令値Vu*、Vv*、Vw*として電力変換手段32に出力する。
【0061】
電力変換手段32は、内部に三相インバータ回路を構成するスイッチング素子(例えば、Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)を備えている。三相インバータ回路は、各相毎に上アームのスイッチング素子と下アームのスイッチング素子を備えている。電力変換手段32は、3相交流の電圧指令値Vu*、Vv*、Vw*をパルス信号に変換し、この信号に基づいて複数のスイッチング素子の内の所定のスイッチング素子を駆動させることで。ブラシレスモータ4に3相交流の電圧指令Vu*、Vv*、Vw*に相当する電圧を印加する。そして、ブラシレスモータ4の各相への通電を順次切り替えることで、各相に電流を供給して、ブラシレスモータ4を駆動させることができる。
【0062】
電流再現手段304は、電流検出手段33により検出された、電源2から電力変換手段32に供給する直流電流IDCから、ブラシレスモータ4に流れるU相、V相、W相の各電流Iuc、Ivc、Iwcを再現する。再現された各相の電流検出値Iuc、Ivc、1wcは、座標変換手段305に出力する。
【0063】
座標変換手段305は、電流再現手段304により求められた三相交流軸上の電流検出値Iuc、Ivc、Iwcを、速度・位相演算手段307により求められたブラシレスモータ制御装置内部の交流位相θcを用いて、逆座標変換を行い、dc軸上の電流検出値Idc及びqc軸上の電流検出値Iqcを出力する。
【0064】
軸誤差演算手段306は、電圧指令値Vdc*、Vqc*、電流検出値Idc、Iqc、回転速度ω1*、及びブラシレスモータ定数に基づいて、ブラシレスモータのd−q軸と制御軸dc−qc軸との軸誤差△θcを演算する。具体的には、式(3)に従って、軸誤差△θcを演算する。
【0065】
△θc=tan−1((Vdc*−R1*・Idc+ω1*・Lq・Iqc)/(Vqc*−R1*・Iqc+ω1*・Lq・Idc)) …(3)

式(3)は、前述した特許文献1に示された軸誤差演算方法である。
【0066】
速度・位相演算手段307は、軸誤差演算手段306により求められた軸誤差△θcをゼロにするように、回転速度ω1*を出力する。具体的には、式(4)に従って、回転速度ω1*を演算する。
【0067】
ω1*=−Δθc(KPPLL+(KIPLL/s)) …(4)

ここで、KPPLLは比例したゲイン、KIPLLは積分ゲイン、sはラプラス演算子である。制御ゲインKPPLL、KIPLLは、制御応答周波数ωcPLLによって決定される。
【0068】
また、速度・位相演算手段307は、式(4)により算出された回転速度ω1*を積分し、ブラシレスモータ制御装置内部の交流位相θcを出力する。結果として、軸誤差△θcによってブラシレスモータ制御装置内部の交流位相θcが補正される。
【0069】
異常検出手段308は、軸誤差演算手段306が求めた軸誤差△θcに基づいて、異常を判定するものであり、その詳細動作については、図3〜図5を用いて後述する。
【0070】
次に、図3を用いて、ブラシレスモータの回転子の位置を推定する位置センサレス制御を実現するブラシレスモータ制御装置において生じる軸誤差について説明する。
【0071】
図3は、ブラシレスモータの回転子の位置を推定する位置センサレス制御を実現するブラシレスモータ制御装置において生じる軸誤差の説明図である。
【0072】
図3において、図3(A)はブラシレスモータの発生トルク及び負荷トルクを示し、図3(B)はブラシレスモータの回転速度及び制御上の回転速度ω1*を示し、図3(C)は軸誤差△θcを示している。図3の横軸は時間tを示している。
【0073】
図3により、急激な負荷変動が発生したときにブラシレスモータの誘起電圧が発生していないにも拘わらず、ブラシレスモータ制御装置内の制御演算が行われて、あたかもブラシレスモータが駆動しているように誤った認識をする一例について説明する。
【0074】
図3はブラシレスモータ4に対する負荷トルクが制御指令トルクよりも大きい場合のブラシレスモータの発生トルク及び負荷トルク、ブラシレスモータの回転速度及び制御上の回転速度ω1*、軸誤差△θcを示す。
【0075】
時刻t=t0において、急激な負荷変動が発生したとする。すなわち、図3(A)に示すように、負荷トルクがステップ的に増加し、その結果、ブラシレスモータ4に対する負荷トルクが制御指令トルクよりも大きくなったものとする。この場合、図3(C)に示すように、負荷変動の発生と同時に軸誤差△θcが増加する。
【0076】
なお、負荷トルクがステップ的に増加する事例としては、例えば、アイドリングルストップによりエンジンを停止した後、車両の発進のためにエンジンが再始動されると、機械式オイルポンプ8がエンジンよって駆動され、油路L2の油圧が徐々に増加する。油路L2の油圧が所定圧になると、切換弁機構9は油路L1から油路L2に切り換える。この油路切換の際、切換弁機構9により油路L1が閉じられると、このとき電動オイルポンプ6はまだ駆動されているため、油路L1の圧力が急に高くなり、負荷トルクが急激に増加する。また、別の例としては、電動オイルポンプ6の内部にオイルが充填してない状態で、電動オイルポンプ6が駆動を開始すると、この時点では電動オイルポンプ6は空転しており、負荷が小さいものである。その後、電動オイルポンプ6の内部にオイルが充填されると、この瞬間、電動オイルポンプ6の負荷が急激に増加する。このように、負荷トルクが急激に増加する場合は、電動オイルポンプシステムでは頻繁に発生するものである。
【0077】
通常の負荷変動(小さな負荷変動)の範囲であれば、軸誤差△θcの増加に基づいて、制御上の回転速度ω1*を修正して一定時間内(制御応答周波数ωcPLLによって決まる応答時間)に軸誤差△θcがゼロに収束する。
【0078】
しかしながら、図3(A)に示すような急激な負荷変動が発生した場合には、図3(C)に示すように、軸誤差△θcが急増加する。その結果、式(4)に従って演算される制御上の回転速度ω1*は、図3(B)に示すように、急減速する。このときには指令値通りの電流がd−q軸に流れず、トルク発生に関係する電流成分が減少する。よって、図3(A)に示すように、ブラシレスモータ4の出力トルクが減少し、さらに回転速度ω1*の減速を助長するようになり、ブラシレスモータ4が過負荷に耐え切れず、時刻t=t1において停止する。すなわち、ブラシレスモータ4の回転速度がゼロとなる。このとき、時刻t=t1では図のように軸誤差△θcは通常よりも大きな値を示している。しかしながら、ブラシレスモータ4が実際に停止しても、式(3)は成立するので、軸誤差△θcの演算は±90度の範囲で必ず行われる。なお、軸誤差△θcの演算は±180度の範囲まで拡張して演算してもよい。
【0079】
前述したように軸誤差△θcの演算が行なわれると、制御上の回転速度ω1*も演算される。このとき、実際のブラシレスモータの回転速度と制御上の回転速度ω1*は一致しないので、ブラシレスモータ制御装置内で擬似的に回転していると誤った認識をする。このときに制御指令トルクに変化があった場合、ブラシレスモータ4は停止しているため、制御指令トルクに追従できないが、ブラシレスモータ制御装置内では停止していないと判断して制御指令トルクに基づいて演算が行なわれ、結果的に所望の制御が得られなくなる。
【0080】
ここで、時刻t=t1での通常よりも大きな値を示している軸誤差△θcは所望の制御が得られなくなる前に観測されるため、本実施形態の異常検出手段308は、この軸誤差△θcを利用して、ブラシレスモータ制御装置内で擬似的に回転していると誤った認識しているか否かを判定する。
【0081】
一方、時刻t=t1以降での制御上の回転速度ω1*の値は負荷の変動状態にもよるが、ブラシレスモータ4の上限回転数付近の比較的高い回転数あるいは上限回転数を超えた回転数であったり、ブラシレスモータ4が駆動可能な回転数の範囲であったりもする。そのため、制御上の回転速度ω1*の値だけで、擬似的に回転していると誤った認識しているか否かの判断ができない。
【0082】
次に、図4及び図5を用いて、本実施形態によるブラシレスモータ制御装置に用いる異常検出手段308の動作について説明する。
【0083】
図4は、本発明の一実施形態によるブラシレスモータ制御装置に用いる異常検出手段の動作を示すフローチャートである。図5は、本発明の一実施形態によるブラシレスモータ制御装置に用いる異常検出手段の動作を示すタイミングチャートである。
【0084】
異常検出手段308は、所定周期で軸誤差△θcを監視している。そして、負荷変動が発生し、図3の時刻t=t1で軸誤差△θcが増加したとすると、これを検出し、ブラシレスモータ制御装置が擬似的に回転していると誤った認識していると判断する。具体的には、異常検出手段308は、軸誤差△θcと、この軸誤差△θcに対して予め設定した基準値とを比較し、軸誤差△θcが基準値以上のときに、軸誤差△θcが大きくなったと判定する。なお、所定周期内での軸誤差△θcの変化分を監視して、後述する軸誤差△θcを軸誤差△θcの変化分に置き換えてもよいものである。
【0085】
この基準値は、例えば次のように設定する。ブラシレスモータの場合、軸誤差△θcが±90度の範囲であれば、安定である。その範囲を超えるとブラシレスモータ自体が不安定となり、脱調する。また、弱め界磁制御を行なう場合でもブラシレスモータの出力トルクが約半分となる±60度の範囲で制御される。よって、基準値の設定としては±60度を超えた値に設定する。基準値の具体的な数値は実機試験やシミュレーション解析によって決めれるものである。
【0086】
次に、軸誤差△θcが、軸誤差△θcに対して予め設定した基準値を超えた回数を記憶する。そして、この記憶した回数が、予め設定した所定回数を超えた時、異常と判定する。この設定した所定回数は、実機試験やシミュレーション解析によって決めるものである。
【0087】
ここで、図4及び図5を用いて、異常検出手段308の具体的な動作について説明する。図5において、図5(A)は軸誤差△θcが軸誤差限界値を超えた回数を示し、図5(B)は警告信号を示し、図5(C)は軸誤差Δθcを示している。図5(D)は異常信号を示し、図5(E)は再起動回数を示している。なお、図5の横軸は時間tを示している。
【0088】
異常検出手段308は、予め設定した周期でソフトウェアタイマーをスタートさせる。具体的には軸誤差△θcの演算が制御周期ごとに行われるため、その演算が何回行われたかをカウントすることによって時間を計測することができる。一例としては、予め設定する周期は50ms程度の周期である。制御周期が1msとすると、50回実行されれば、50msとなる。なお、ソフトウェアタイマーは制御演算周期と独立したソフトウェアタイマーを用意して時間の計測を行なってもよいものである。
【0089】
図4のステップS1において、異常検出手段308は、所定時間周期以上経過した否かを判定する。所定時間周期が経過してない場合にはステップS2に進み、所定時間周期が経過すると、ステップS10に進む。
【0090】
ステップS1で所定時間周期が経過してないと判定されると、ステップS2において、異常検出手段308は、軸誤差△θcと、予め設定された軸誤差限界値(軸誤差△θcに対して予め設定した基準値)とを比較する。軸誤差△θcが、軸誤差限界値を超えるとステップS3に進み、超えない場合にはステップS10に進む。
【0091】
軸誤差△θcが軸誤差限界値より小さい状態では、上位制御装置12からの制御指令に基づいて、正常に電動オイルポンプ6が制御されているのと等価であり、ステップS10において、通常の制御を実行する。通常の制御の時には、電動オイルポンプ6の回転数として、制御上の回転速度ω1*が上位制御装置12へ送信される。このような状態のとき、制御上の回転速度ω1*と実際のブラシレスモータ4の回転速度が一致し、軸誤差△θcはベクトル制御演算などが正しく修正され、ゼロ付近の値になる。よって、上位制御装置12からの制御指令に基づいて得られる制御指令トルクでブラシレスモータ4が駆動されているので正常と判断できる。
【0092】
一方、軸誤差△θcが軸誤差限界値以上となると、図3(A)にて説明したように、ブラシレスモータ4の出力トルクが上位制御装置12からの制御指令に基づいて、得られる制御指令トルクよりも小さくなる。このような状態のときには、ベクトル制御演算などが正しく修正されていない。すなわち、軸誤差△θcがゼロ付近の値ではなく、±90度の範囲で比較的大きな値になる。
【0093】
そこで、軸誤差△θcが軸誤差限界値以上の場合には、ステップS3において、異常検出手段308は、軸誤差△θcが軸誤差限界値以上の値で発生した回数(軸誤差△θcが軸誤差△θcに対して予め設定した基準値を超えた回数)を記憶する。そして、記憶された発生回数が、予め設定された軸誤差異常上限回数(予め設定した前記軸誤差が前記基準値を超えた所定回数)を超えたか否かを判定する。発生回数が、軸誤差異常上限回数を超えてない場合には、次の演算結果によっては軸誤差△θcがゼロ付近の値になることもあるので軸誤差△θcが軸誤差限界値以上の値で発生した回数のみを記憶したまま、ステップS10に進む。
【0094】
発生回数が軸誤差異常上限回数を超えると、ブラシレスモータ4の出力トルクが上位制御装置12からの制御指令に基づいて得られる制御指令トルクよりも小さくなる。すなわち、ブラシレスモータ4に対する負荷に負けているので、電動オイルポンプ6から供給する圧力が低下し、自動変速機構11のクラッチやブレーキなどを作動させる油圧が発生できない。
【0095】
そこで、ステップS4において、異常検出手段308は、上位制御装置12へ電動オイルポンプ6から供給する圧力が低下していることを示す警告情報を送信する。このときにも、電動オイルポンプ6の回転数は上位制御装置12に送信される。図5に示す例では、時刻t2において、図5(A)に示すように、発生回数が軸誤差異常上限回数を超えた回数が所定回数(図5(A)の例では、5回)を超えると、図5(B)に示すように、警告信号を出力する。
【0096】
次に、ステップS5において、異常検出手段308は、再起動処理動作を実施した回数(リトライ回数)と、予め設定された再起動処理動作上限回数を比較する。
【0097】
再起動処理動作を実施した回数が上限回数以下の場合には、電動オイルポンプ6が自動変速機構11のクラッチやブレーキなどを作動させる油圧を確保することができないため、ステップS8において、異常検出手段308は、直ちに再起動処理動作に入る。すなわち、図5(E)に示すように、時刻t2において、再起動処理を実行する。
【0098】
再起動処理動作は、ブラシレス制御装置内の演算処理を止めた後に、演算処理結果を含め、すべて初期化する。その後、ブラシレスモータ4の所定の2相に通電して出力トルクがゼロとなる位置に回転子を移動して固定させてから、ブラシレスモータ4への通電モードを回転子とは無関係に変化させ、ブラシレスモータ4の回転速度を徐々に高める同期運転を行ない、センサレス制御が可能になった時点で制御を切り替える動作までを行なう。再起動処理は、例えば、特開昭61−1290号公報に記載されている方法を実行する。
【0099】
なお、油圧の供給経路中に十分な量のオイルが残存していると、圧力が十分に高い状態を維持している可能性がある。このような状態のときに、電動オイルポンプ6を再起動させても負荷に負けて脱調する場合がある。この状態を回避するために実験などによって予め設定した時間待ってから電動オイルポンプ6を再起動させる。一例としては、50ms〜100ms程度の時間である。なお、電動オイルポンプ6の吐出ロ付近に圧力センサを設けて、オイルの圧力が低下したことを確認してから再起動させてもよいものである。
【0100】
再起動処理動作が完了後は、ステップS10において、上位制御装置12からの制御指令に基づいて、センサレス制御、すなわち、通常の制御に戻る。
【0101】
一方、ステップS5の判定において、起動処理動作を実施した回数が上限回数を超えたと判定されると、異常検出手段308は、電動オイルポンプ6が自動変速機構11のクラッチやブレーキなどを作動させる油圧を発生することができないと判断して、上位制御装置12に異常情報を送信すると共に、ブラシレスモータ制御装置3内の制御指令であるq軸電流Iq*をゼロにする。図5に示す例では、図5(E)に示す再起動回数が、時刻t3において上限回数を超えたものとして、図5(D)に示すように、異常信号が出力される。また、このとき、図5(B)に示すように、警告信号はオフとなる。
【0102】
さらに、ステップS7において、異常検出手段308は、電力変換手段32内にある3相インバ一タ回路の出力を止めて、電動オイルポンプ6の駆動を停止させる。
【0103】
ステップS1で所定時間周期が経過したと判定されると、ステップS9において、異常検出手段308は、ステップS3で記憶された発生回数をゼロにクリアする。
【0104】
そして、ステップS10において、通常時の制御を実行する。
【0105】
すなわち、図5(C)に示すように、例えば、時刻t0よりも前において、軸誤差が軸誤差限界値以上となった後に、次の演算結果によっては軸誤差△θcがゼロ付近の値になることもある。この場合には、ステップS8による再起動処理は不要である。このような場合も考えて、軸誤差△θcが軸誤差限界値を超えた回数が1回の状態では、ステップS8の再起動処理は行わない。ブラシレスモータ4の停止時には、時刻t0以降の図5(C)に示すように、軸誤差△θcは繰り返し軸誤差限界値を超えるため、所定回数(例えば、5回)を容易に超える。このようにすることで、軸誤差△θcが軸誤差限界値以上となった後に、次の演算結果によっては軸誤差△θcがゼロ付近の値となる場合に、不要な再起動処理を実行することを防止できる。そのために、ステップ9では、所定周期内の発生回数が所定回数以下の場合には、その発生回数をゼロにクリアしている。
【0106】
以上説明したように、本実施形態では、予め設定した周期内で、ブラシレスモータ制御装置3の制御演算処理と共に、軸誤差△θcが軸誤差限界値以上となった回数が所定回数を超えると、上位制御装置12に警告情報を送信する。そして、再起動処理動作が再起動処理動作上限回数以上行われた場合には、電動オイルポンプ6が故障したと判断して上位制御装置に故障情報を送信すると共に電動オイルポンプ6を停止させることにより、上位制御装置12にあたかもブラシレスモータ4が駆動しているように誤った情報を送信することを防止することができる。
【0107】
なお、以上の説明では、所定周期は軸誤差の大小とは関係なく、繰り返されている。それに対して、軸誤差△θcが予め設定した基準値を超えたときに、所定周期の計測を開始することもできる。これにより、異常と判定するまでの時間を短くすることができる。すなわち、異常検出の遅れを防止できる。
【0108】
また、以上の説明では、異常検出手段308は、軸誤差Δθcのみによって、ブラシレスモータ4の異常を検出しているが、図2に示すように、異常検出手段308は、軸誤差Δθcと、制御上の回転速度ω1*とを入力信号とし、両者を用いてブラシレスモータ4が停止したにも拘わらず、あたかもブラシレスモータ4が駆動しているように誤った認識をして、所望の制御が得られなくなることを防止することもできる。例えば、ブラシレスモータ4の回転子がロックした場合、図3(C)に示すように、軸誤差△θcが増加する。このとき、制御上の回転速度ω1*、すなわち、モータ印加電圧の周波数はゼロとなるが、特定の相への通電を避けるためにモータ印加電圧の周波数を所定値に固定させて通電相を順次切り替える。このようなブラシレスモータ4の回転子がロック状態にあることを検出することと区別する場合には、異常検出手段308は、軸誤差△θcと、軸誤差△θcに対して予め設定した第1の基準値とを比較するとともに、制御上の回転速度ω1*と、回転速度ω1*に対して予め設定した第2の基準値とを比較し、第2の基準値より回転速度ω1*が高く、かつ、軸誤差△θcも第1の基準値以上に大きい場合に、ステップS3以降の処理を実行するようにすることもできる。回転速度ω1*に対して予め設定した第2の基準値の具体的な数値は実機試験やシミュレーション解析によって決めるものである。一例としては、1Hz〜10Hz程度の周波数である。
【0109】
また、以上の説明では、軸誤差△θcが基準値を超えた回数が所定回数(例えば、5回)を超えた場合に、再起動処理を実行しているが、所定回数を1回とすることもできる。これにより、軸誤差△θcが基準値を超えた場合には直ちに再起動処理を実行して、速やかに制御を通常制御に戻すことができる。一方では、所定回数を2回以上とすることで、軸誤差が軸誤差限界値以上となった後に、次の演算結果によっては軸誤差△θcがゼロ付近の値となる場合に、不要な再起動処理を実行することを防止できる。
【0110】
なお、本発明は、上記の実施形態に限定されなりものであり、ブラシレスモータを駆動源とする電動オイルポンプ6は上記の自動変速機を搭載した車両以外に、無段自動変速機の制御装置を搭載したハイブリッド車両に対しても適用することができる。また、本発明は電動オイルポンプシステムに限定されないのであって、ブラシレスモータを駆動源する例えば、アクチュエータを駆動させるシステムや液体ポンプシステムにも適用することができる。
【0111】
以上説明したように、本実施形態によれば、ブラシレスモータに対する負荷の急激な変動などによってブラシレスモータの誘起電圧が発生していないにも拘わらず、ブラシレスモータ制御装置内の制御演算が行われて、あたかもブラシレスモータが駆動しているように誤った認識をして、所望の制御が得られなくなることを防止することで信頼性の高い電動オイルポンプを駆動させることができる。
【符号の説明】
【0112】
2…電源
4…ブラシレスモータ
12…上位制御装置
31…制御器
32…電力変換手段
33…電流検出器
300…制御指令発生手段
301…電流制御手段
302…ブラシレスモータ制御手段
303…逆座標変換手段
304…電流再現手段
305…座標変換手段
306…軸誤差演算手段
307…速度・位相演算手段
308…異常検出手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ブラシレスモータの回転子位置を検出するセンサを有しないブラシレスモータを回転駆動するブラシレスモータ制御装置であって、
上位制御装置からの制御指令に応じて、前記ブラシレスモータに印加する電圧指令を演算するブラシレスモータ制御部と、
該ブラシレスモータ制御部からの電圧指令に基づいて、直流電力を3相交流電力に変換して前記ブラシレスモータに供給する電力変換部と、
前記ブラシレスモータに流れる電流に基づいて、回転座標軸であるdc−qc軸上の成分の電流値に変換する座標変換部と、
前記ブラシレスモータ制御部が出力する電圧指令と、前記座標変換部により求められた電流値と、前記ブラシレスモータの制御上の回転速度を用いて、回転座標軸であるd−q軸とdc−qc軸との軸誤差を推定演算する軸誤差演算部と、
該軸誤差演算部により求められた軸誤差に基づいて、前記ブラシレスモータを異常と判定する異常検出部とを備えることを特徴とするブラシレスモータ制御装置。
【請求項2】
請求項1記載のブラシレスモータ制御装置において、
前記異常検出部は、前記軸誤差が、前記軸誤差に対して予め設定した基準値を所定回数以上超えた場合、異常と判定することを特徴とするブラシレスモータ制御装置。
【請求項3】
請求項2記載のブラシレスモータ制御装置において、
前記異常検出部は、異常と判定した場合、前記上位制御装置に警告信号を出力することを特徴とするブラシレスモータ制御装置。
【請求項4】
請求項2記載のブラシレスモータ制御装置において、
前記異常検出部は、異常と判定した場合、前記ブラシレスモータを再起動させることを特徴とするブラシレスモータ制御装置。
【請求項5】
請求項4記載のブラシレスモータ制御装置において、
前記異常検出部は、前記ブラシレスモータの再起動回数が所定回数以上の場合、前記ブラシレスモータを停止させることを特徴とするブラシレスモータ制御装置。
【請求項6】
請求項1記載のブラシレスモータ制御装置において、
前記異常検出部は、前記軸誤差が電気角で60度以上のときあるいは−60度以下のときに異常と判定することを特徴とするブラシレスモータ制御装置。
【請求項7】
請求項1記載のブラシレスモータ制御装置において、
前記異常検出部は、所定時間内に、前記軸誤差が、前記軸誤差に対して予め設定した基準値を所定回数以上超えた場合、異常と判定することを特徴とするブラシレスモータ制御装置。
【請求項8】
請求項7記載のブラシレスモータ制御装置において、
前記異常検出部は、前記軸誤差が前記基準値を1回超えたときに前記所定時間の計測を開始することを特徴とするブラシレスモータ制御装置。
【請求項9】
請求項2記載のブラシレスモータ制御装置において、
前記異常検出部は、前記ブラシレモータの回転速度が前記回転速度に対して予め設定した第2の基準値を超えた場合に異常と判定することを特徴するブラシレスモータ制御装置。
【請求項10】
ブラシレスモータの回転子位置を検出するセンサを有しないブラシレスモータと、
前記ブラシレスモータを回転駆動するブラシレスモータ制御装置を有するブラシレスモータシステムであって、
前記ブラシレスモータ制御装置は、
上位制御装置からの制御指令に応じて、前記ブラシレスモータに印加する電圧指令を演算するブラシレスモータ制御部と、
該ブラシレスモータ制御部からの電圧指令に基づいて、直流電力を3相交流電力に変換して前記ブラシレスモータに供給する電力変換部と、
前記ブラシレスモータに流れる電流に基づいて、回転座標軸であるdc−qc軸上の成分の電流値に変換する座標変換部と、
前記ブラシレスモータ制御部が出力する電圧指令と、前記座標変換部により求められた電流値と、前記ブラシレスモータの制御上の回転速度を用いて、回転座標軸であるd−q軸とdc−qc軸との軸誤差を推定演算する軸誤差演算部と、
該軸誤差演算部により求められた軸誤差に基づいて、前記ブラシレスモータを異常と判定する異常検出部とを備えることを特徴とするブラシレスモータシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−60781(P2012−60781A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−201743(P2010−201743)
【出願日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【出願人】(000232999)株式会社日立カーエンジニアリング (141)
【Fターム(参考)】