説明

ブレーキ制御装置

【課題】液圧回路とホイールシリンダとをつなぐ接続系に弾性部材要素が含まれていても、液圧制御における良好な応答性を確保可能なブレーキ制御技術を提供する。
【解決手段】ある態様のブレーキ制御装置においては、ホイールシリンダ圧のフィードバック制御に際して接続通路内の液圧剛性の変化が考慮される。ブレーキECUは、設定対象となる制御ゲインがそれぞれ異なるように構成された複数の制御マップを保持し、リニア制御弁を通過する作動液の流量に応じて対応する制御マップを参照し、フィードバック制御の制御ゲインを設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の車輪に付与される制動力を制御するブレーキ制御に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、ブレーキペダルの操作力に応じた液圧を液圧回路内に発生させ、その液圧を配管を通じて各車輪のホイールシリンダに供給することにより車両に制動力を付与するブレーキ制御装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。液圧源とホイールシリンダとの間には、作動液としてのブレーキフルードの給排時に開閉される電磁駆動の制御弁が設けられている。
【0003】
このブレーキ制御装置は、ブレーキペダルの操作等に応じた要求制動力が得られるよう目標ホイールシリンダ圧を演算し、検出されたホイールシリンダ圧がその目標ホイールシリンダ圧に近づくよう制御弁への通電量を調整するフィードバック制御を行っている。要求制動力の変化に応じて、そのフィードバック制御の制御ゲインが調整されている。
【特許文献1】特開2007−313979号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、このようなブレーキ制御装置においては、制御弁が組み込まれたアクチュエータブロックと、ホイールシリンダを含むキャリパとが配管を介して接続されている。車体における引き回しを容易にするために、その配管の一部はゴム等の弾性部材からなるフレキシブルホースにて形成される。
【0005】
しかしながら、このようなフレキシブルホースはブレーキフルードの液圧変化に応じて伸縮し、配管の容積を変化させるため、上述したフィードバック制御の応答性に影響を与えることがある。また、フレキシブルホースに限らず、ホイールシリンダ内で摺動するピストンに設けられたシール部材等の弾性部材要素もあり、それらの弾性変形によっても液圧制御の応答性が低下する可能性があった。
【0006】
そこで、本発明は、液圧回路とホイールシリンダとをつなぐ接続系に弾性部材要素が含まれていても、液圧制御における良好な応答性を確保可能なブレーキ制御技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明のある態様のブレーキ制御装置は、液圧源から各車輪のホイールシリンダに作動液を供給し、その液圧によって各車輪に制動力を付与するブレーキ制御装置において、液圧源と各ホイールシリンダとを連通させる液圧通路が形成された液圧回路と、液圧回路に配置され、通電制御により開閉されてホイールシリンダへの作動液の給排量を調整する制御弁と、部分的に弾性部材要素を含み、制御弁が開閉される液圧通路とホイールシリンダとをつなぐ接続通路と、要求される制動力に応じた液圧制動力を発生させるようにホイールシリンダ圧の目標値である目標ホイールシリンダ圧を設定し、ホイールシリンダ圧が目標ホイールシリンダ圧に近づくよう制御弁への通電制御を実行する制御部と、を備える。制御部は、弾性部材要素の弾性変形の要因となる作動液の流速に応じて通電制御の制御ゲインを設定する。
【0008】
ここでいう「要求される制動力」には、運転者によるブレーキ操作部材の操作に基づく要求制動力、回生制動力を考慮したうえでの液圧要求制動力、そのほか車両の走行制御に伴うスリップ制御等の各種アプリケーションの実行に伴う要求制動力が含まれうる。また、「ホイールシリンダ圧の制御」については、ホイールシリンダ圧そのものを直接制御するものでもよいし、その上流圧などホイールシリンダ圧と実質的に等価とみなせる液圧を制御することにより、結果的にホイールシリンダ圧を制御するものでもよい。制御弁は、液圧源からホイールシリンダへの作動液の供給を許容または遮断してその供給量を制御するものでもよいし、ホイールシリンダからの作動液の排出を許容または遮断してその排出量を制御するものでもよい。または、その双方を制御するものでもよい。「作動液の流速」は、ホイールシリンダに導入される作動液の流量(流速)そのもの、またはホイールシリンダから導出される作動液の流量(流速)そのものを評価してもよいし、これと等価とみなせる作動液の流量(流速)として評価してもよい。例えば、制御弁を通過する作動液の流量として評価してもよいし、ホイールシリンダにつながる接続通路に導入される作動液の流量または接続通路から導出される作動液の流量として評価してもよい。「制御ゲイン」は、制御弁の通電制御についてなされるフィードバック制御の制御ゲインであってもよいし、フィードフォワード制御の制御ゲインであってもよい。または双方の制御ゲインであってもよい。
【0009】
この態様によると、ホイールシリンダ圧の通電制御に際して接続通路内の液圧剛性の変化が考慮される。発明者らは、ホイールシリンダへ給排される作動液の流速が接続通路の弾性部材要素の変形、ひいてはその液圧剛性の変化に影響することを解明しており、これを通電制御の制御ゲインを設定する際の一つのパラメータとしている。その結果、液圧回路とホイールシリンダとをつなぐ接続系に弾性部材要素が含まれ、通電制御時にその弾性部材要素が変形したとしても、液圧制御における良好な応答性を確保することができる。
【0010】
制御部は、制御ゲインの設定基準がそれぞれ異なるように構成された複数の制御マップを保持し、作動液の流速に対応して設けられた制御マップを参照し、制御ゲインを設定してもよい。
【0011】
すなわち、この制御ゲインについては、作動液の流速を変数とする演算式に基づいて逐次設定することも可能であるが、この態様のように複数の制御マップを予め用意して適宜選択することにより、制御部の処理負荷が低減できる。作動液の流速について複数の範囲を設定し、それぞれの範囲についていずれかの制御マップを対応づけるようにしてもよい。
【0012】
また、作動液の流速を推定するための所定の物理量と、複数の制御マップとが予め対応づけられていてもよい。そして、制御部が、車両状態から物理量を取得し、取得された物理量を用いて制御マップを参照することにより、制御ゲインを設定してもよい。
【0013】
ここでいう「物理量」は、例えば制御弁の前後差圧であってもよいし、その前後差圧を実現する制御電流値であってもよく、ホイールシリンダへ供給される作動液の流量、またはホイールシリンダ圧から排出される作動液の流量を算出または推定できるものであればよい。この態様によれば、制御部が液圧制御に通常用いる物理量の検出値を利用して作動液の流速を推定することもでき、その場合、作動液の流量そのものを検出するセンサ等の検出手段を別途設ける必要がなくなる。
【0014】
本発明の別の態様もまた、ブレーキ制御装置である。この装置は、液圧源から各車輪のホイールシリンダに作動液を供給し、その液圧によって各車輪に制動力を付与するブレーキ制御装置において、液圧源と各ホイールシリンダとを連通させる液圧通路が形成された液圧回路と、液圧回路に配置され、通電制御により開閉されてホイールシリンダへの作動液の給排量を調整する制御弁と、部分的に弾性部材要素を含み、制御弁が開閉される液圧通路とホイールシリンダとをつなぐ接続通路と、要求される制動力に応じた液圧制動力を発生させるようにホイールシリンダ圧の目標値である目標ホイールシリンダ圧を設定し、ホイールシリンダ圧が目標ホイールシリンダ圧に近づくよう制御弁への通電制御を実行する制御部と、を備える。弾性部材要素として、ホイールシリンダ圧の圧力制御域において作動液の流速に応じた弾性部材要素の弾性変形量が予め設定した基準範囲内に収まるよう、特性が選定された弾性部材が用いられる。
【0015】
この態様によると、液圧制御時における弾性部材要素の弾性変形量そのものを抑制することができる。このため、液圧回路とホイールシリンダとをつなぐ接続系に弾性部材要素が含まれていても、液圧制御における良好な応答性を確保することができる。
【0016】
具体的には、弾性部材要素として、接続通路を構成する配管を構成する弾性部材を含んでもよい。そして、弾性部材の耐久性および可撓性と、ホイールシリンダ圧の目標ホイールシリンダ圧への収束性とが予め定める設計基準を満たすように、弾性部材の特性が選定されているとよい。
【0017】
すなわち、弾性部材については硬い材質を選択するほどその変形を抑制することができる反面、可撓性が低下するため車両に搭載した際の接続通路の配置が規制され、また脆性破壊しやすくなる。一方、弾性部材が軟らかくなるほど液圧に対する変形量が大きくなり、液圧制御における良好な応答性を確保し難くなる。この態様では、これらのメリットとデメリットを考慮した設計基準に基づき、弾性部材要素そのものの特性を設計する。これにより、当該ブレーキ制御装置が搭載される車両の設置スペースや、その制御性を考慮した最適な設計を実現することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明のブレーキ制御装置によれば、液圧回路とホイールシリンダとをつなぐ接続系に弾性部材要素が含まれていても、液圧制御における良好な応答性を確保できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、図面を参照しつつ、本発明を実施するための最良の形態について説明する。図1は、実施形態に係るブレーキ制御装置20を示す系統図である。
ブレーキ制御装置20は、車両用の電子制御式ブレーキシステム(ECB)を構成しており、車両に設けられた4つの車輪に付与される制動力を制御する。本実施の形態に係るブレーキ制御装置20は、例えば、走行駆動源として電動モータと内燃機関とを備えるハイブリッド車両に搭載される。このようなハイブリッド車両においては、車両の運動エネルギを電気エネルギに回生することによって車両を制動する回生制動と、ブレーキ制御装置20による液圧制動とのそれぞれを車両の制動に用いることができる。実施の形態における車両は、これらの回生制動と液圧制動とを併用して所望の制動力を発生させるブレーキ回生協調制御を実行することができる。
【0020】
ブレーキ制御装置20は、各車輪に対応して設けられたディスクブレーキユニット21FR,21FL、21RRおよび21RLと、マスタシリンダユニット10と、動力液圧源30と、液圧アクチュエータ40と、それらをつなぐ液圧回路とを含む。
【0021】
ディスクブレーキユニット21FR,21FL、21RRおよび21RLは、車両の右前輪、左前輪、右後輪、および左後輪のそれぞれに制動力を付与する。マニュアル液圧源としてのマスタシリンダユニット10は、ブレーキ操作部材としてのブレーキペダル24の運転者による操作量に応じて加圧されたブレーキフルードをディスクブレーキユニット21FR〜21RLに対して送出する。動力液圧源30は、動力の供給により加圧された作動流体としてのブレーキフルードを、運転者によるブレーキペダル24の操作から独立してディスクブレーキユニット21FR〜21RLに対して送出することが可能である。液圧アクチュエータ40は、動力液圧源30またはマスタシリンダユニット10から供給されたブレーキフルードの液圧を適宜調整してディスクブレーキユニット21FR〜21RLに送出する。これにより、液圧制動による各車輪に対する制動力が調整される。
【0022】
ディスクブレーキユニット21FR〜21RL、マスタシリンダユニット10、動力液圧源30、および液圧アクチュエータ40のそれぞれについて以下で更に詳しく説明する。各ディスクブレーキユニット21FR〜21RLは、それぞれブレーキディスク22とキャリパに内蔵されたホイールシリンダ23FR〜23RLを含む。そして、各ホイールシリンダ23FR〜23RLは、それぞれ異なる流体通路を介して液圧アクチュエータ40に接続されている。なお以下では適宜、ホイールシリンダ23FR〜23RLを総称して「ホイールシリンダ23」という。
【0023】
ディスクブレーキユニット21FR〜21RLにおいては、ホイールシリンダ23に液圧アクチュエータ40からブレーキフルードが供給されると、車輪と共に回転するブレーキディスク22に摩擦部材としてのブレーキパッドが押し付けられる。これにより、各車輪に制動力が付与される。なお、実施の形態においてはディスクブレーキユニット21FR〜21RLを用いているが、例えばドラムブレーキ等のホイールシリンダ23を含む他の制動力付与機構を用いてもよい。
【0024】
マスタシリンダユニット10は、実施の形態では液圧ブースタ付きマスタシリンダであり、液圧ブースタ31、マスタシリンダ32、レギュレータ33、およびリザーバ34を含む。液圧ブースタ31は、ブレーキペダル24に連結されており、ブレーキペダル24に加えられたペダル踏力を増幅してマスタシリンダ32に伝達する。動力液圧源30からレギュレータ33を介して液圧ブースタ31にブレーキフルードが供給されることにより、ペダル踏力は増幅される。そして、マスタシリンダ32は、ペダル踏力に対して所定の倍力比を有するマスタシリンダ圧を発生する。
【0025】
マスタシリンダ32とレギュレータ33との上部には、ブレーキフルードを貯留するリザーバ34が配置されている。マスタシリンダ32は、ブレーキペダル24の踏み込みが解除されているときにリザーバ34と連通する。一方、レギュレータ33は、リザーバ34と動力液圧源30のアキュムレータ35との双方と連通し、リザーバ34を低圧源とすると共に、アキュムレータ35を高圧源とし、マスタシリンダ圧とほぼ等しい液圧を発生する。レギュレータ33における液圧を以下では適宜、「レギュレータ圧」という。
【0026】
動力液圧源30は、アキュムレータ35およびポンプ36を含む。アキュムレータ35は、ポンプ36により昇圧されたブレーキフルードの圧力エネルギを窒素等の封入ガスの圧力エネルギ、例えば14〜22MPa程度に変換して蓄えるものである。ポンプ36は、駆動源としてモータ36aを有し、その吸込口がリザーバ34に接続される一方、その吐出口がアキュムレータ35に接続される。また、アキュムレータ35は、マスタシリンダユニット10に設けられたリリーフバルブ35aにも接続されている。アキュムレータ35におけるブレーキフルードの圧力が異常に高まって例えば25MPa程度になると、リリーフバルブ35aが開弁し、高圧のブレーキフルードはリザーバ34へと戻される。
【0027】
上述のように、ブレーキ制御装置20は、ホイールシリンダ23に対するブレーキフルードの供給源として、マスタシリンダ32、レギュレータ33およびアキュムレータ35を有している。そして、マスタシリンダ32にはマスタ配管37が、レギュレータ33にはレギュレータ配管38が、アキュムレータ35にはアキュムレータ配管39が接続されている。これらのマスタ配管37、レギュレータ配管38およびアキュムレータ配管39は、それぞれ液圧アクチュエータ40に接続される。
【0028】
液圧アクチュエータ40は、複数の液圧通路が形成されるアクチュエータブロックと、複数の電磁制御弁を含む。アクチュエータブロックに形成された液圧通路には、個別流路41、42,43および44と、主流路45とが含まれる。個別流路41〜44は、それぞれ主流路45から分岐されて、対応するディスクブレーキユニット21FR、21FL,21RR,21RLのホイールシリンダ23FR、23FL,23RR,23RLに接続されている。これにより、各ホイールシリンダ23は主流路45と連通可能となる。
【0029】
また、個別流路41,42,43および44の中途には、ABS保持弁51,52,53および54が設けられている。各ABS保持弁51〜54は、ON/OFF制御されるソレノイドおよびスプリングをそれぞれ有しており、いずれもソレノイドが非通電状態にある場合に開とされる常開型電磁制御弁である。開状態とされた各ABS保持弁51〜54は、ブレーキフルードを双方向に流通させることができる。つまり、主流路45からホイールシリンダ23へとブレーキフルードを流すことができるとともに、逆にホイールシリンダ23から主流路45へもブレーキフルードを流すことができる。ソレノイドに通電されて各ABS保持弁51〜54が閉弁されると、個別流路41〜44におけるブレーキフルードの流通は遮断される。
【0030】
更に、ホイールシリンダ23は、個別流路41〜44にそれぞれ接続された減圧用流路46,47,48および49を介してリザーバ流路55に接続されている。減圧用流路46,47,48および49の中途には、ABS減圧弁56,57,58および59が設けられている。各ABS減圧弁56〜59は、ON/OFF制御されるソレノイドおよびスプリングをそれぞれ有しており、いずれもソレノイドが非通電状態にある場合に閉とされる常閉型電磁制御弁である。各ABS減圧弁56〜59が閉状態であるときには、減圧用流路46〜49におけるブレーキフルードの流通は遮断される。ソレノイドに通電されて各ABS減圧弁56〜59が開弁されると、減圧用流路46〜49におけるブレーキフルードの流通が許容され、ブレーキフルードがホイールシリンダ23から減圧用流路46〜49およびリザーバ流路55を介してリザーバ34へと還流する。なお、リザーバ流路55は、リザーバ配管77を介してマスタシリンダユニット10のリザーバ34に接続されている。
【0031】
主流路45は、中途に分離弁60を有する。この分離弁60により、主流路45は、個別流路41および42と接続される第1流路45aと、個別流路43および44と接続される第2流路45bとに区分けされている。第1流路45aは、個別流路41および42を介して前輪側のホイールシリンダ23FRおよび23FLに接続され、第2流路45bは、個別流路43および44を介して後輪側のホイールシリンダ23RRおよび23RLに接続される。
【0032】
分離弁60は、ON/OFF制御されるソレノイドおよびスプリングを有しており、ソレノイドが非通電状態にある場合に閉とされる常閉型電磁制御弁である。分離弁60が閉状態であるときには、主流路45におけるブレーキフルードの流通は遮断される。ソレノイドに通電されて分離弁60が開弁されると、第1流路45aと第2流路45bとの間でブレーキフルードを双方向に流通させることができる。
【0033】
また、液圧アクチュエータ40においては、主流路45に連通するマスタ流路61およびレギュレータ流路62が形成されている。より詳細には、マスタ流路61は、主流路45の第1流路45aに接続されており、レギュレータ流路62は、主流路45の第2流路45bに接続されている。また、マスタ流路61は、マスタシリンダ32と連通するマスタ配管37に接続される。レギュレータ流路62は、レギュレータ33と連通するレギュレータ配管38に接続される。
【0034】
マスタ流路61は、中途にマスタカット弁64を有する。マスタカット弁64は、ON/OFF制御されるソレノイドおよびスプリングを有しており、ソレノイドが非通電状態にある場合に開とされる常開型電磁制御弁である。開状態とされたマスタカット弁64は、マスタシリンダ32と主流路45の第1流路45aとの間でブレーキフルードを双方向に流通させることができる。ソレノイドに通電されてマスタカット弁64が閉弁されると、マスタ流路61におけるブレーキフルードの流通は遮断される。
【0035】
また、マスタ流路61には、マスタカット弁64よりも上流側において、シミュレータカット弁68を介してストロークシミュレータ69が接続されている。すなわち、シミュレータカット弁68は、マスタシリンダ32とストロークシミュレータ69とを接続する流路に設けられている。シミュレータカット弁68は、ON/OFF制御されるソレノイドおよびスプリングを有しており、ソレノイドが非通電状態にある場合に閉とされる常閉型電磁制御弁である。シミュレータカット弁68が閉状態であるときには、マスタ流路61とストロークシミュレータ69との間のブレーキフルードの流通は遮断される。ソレノイドに通電されてシミュレータカット弁68が開弁されると、マスタシリンダ32とストロークシミュレータ69との間でブレーキフルードを双方向に流通させることができる。
【0036】
ストロークシミュレータ69は、複数のピストンやスプリングを含むものであり、シミュレータカット弁68の開放時に運転者によるブレーキペダル24の踏力に応じた反力を創出する。ストロークシミュレータ69としては、運転者によるブレーキ操作のフィーリングを向上させるために、多段のバネ特性を有するものが採用されると好ましい。
【0037】
レギュレータ流路62は、中途にレギュレータカット弁65を有する。レギュレータカット弁65も、ON/OFF制御されるソレノイドおよびスプリングを有しており、ソレノイドが非通電状態にある場合に開とされる常開型電磁制御弁である。開状態とされたレギュレータカット弁65は、レギュレータ33と主流路45の第2流路45bとの間でブレーキフルードを双方向に流通させることができる。ソレノイドに通電されてレギュレータカット弁65が閉弁されると、レギュレータ流路62におけるブレーキフルードの流通は遮断される。
【0038】
実施の形態においては上述のように、マスタシリンダユニット10のマスタシリンダ32は、次の各要素を含んで構成される第1の系統により前輪側のホイールシリンダ23FRおよび23FLに連通される。第1の系統は、マスタ配管37、マスタ流路61、マスタカット弁64、主流路45の第1流路45a、個別流路41および42、ABS保持弁51および52を含んで構成される。また、マスタシリンダユニット10の液圧ブースタ31およびレギュレータ33は、次の各要素を含んで構成される第2の系統により後輪側のホイールシリンダ23RRおよび23RLに連通される。第2の系統は、レギュレータ配管38、レギュレータ流路62、レギュレータカット弁65、主流路45の第2流路45b、個別流路43および44、ABS保持弁53および54を含んで構成される。
【0039】
よって、運転者によるブレーキ操作量に応じて加圧されたマスタシリンダユニット10における液圧は、第1の系統を介して前輪側のホイールシリンダ23FRおよび23FLに伝達される。また、後輪側のホイールシリンダ23RRおよび23RLへは、第2の系統を介してマスタシリンダユニット10における液圧が伝達される。これにより、運転者のブレーキ操作量に応じた制動力を各ホイールシリンダ23に発生させることができる。
【0040】
液圧アクチュエータ40には、マスタ流路61およびレギュレータ流路62に加えて、アキュムレータ流路63も形成されている。アキュムレータ流路63の一端は、主流路45の第2流路45bに接続され、他端は、アキュムレータ35と連通するアキュムレータ配管39に接続される。
【0041】
アキュムレータ流路63は、中途に増圧リニア制御弁66を有する。また、アキュムレータ流路63および主流路45の第2流路45bは、減圧リニア制御弁67を介してリザーバ流路55に接続されている。増圧リニア制御弁66と減圧リニア制御弁67とは、それぞれリニアソレノイドおよびスプリングを有しており、いずれもソレノイドが非通電状態にある場合に閉とされる常閉型電磁制御弁である。増圧リニア制御弁66および減圧リニア制御弁67は、それぞれのソレノイドに供給される電流に比例して弁の開度が調整される。以下の説明においては適宜、増圧リニア制御弁66および減圧リニア制御弁67を総称して単に「リニア制御弁」ということがある。
【0042】
増圧リニア制御弁66は、各車輪に対応して複数設けられた各ホイールシリンダ23に対して共通の増圧用制御弁として設けられている。また、減圧リニア制御弁67も同様に、各ホイールシリンダ23に対して共通の減圧用制御弁として設けられている。つまり、増圧リニア制御弁66および減圧リニア制御弁67は、動力液圧源30から送出される作動流体を各ホイールシリンダ23へ給排制御する1対の共通の調圧用制御弁として設けられている。このように増圧リニア制御弁66等を各ホイールシリンダ23に対して共通化すれば、ホイールシリンダ23ごとにリニア制御弁を設けるのと比べて、コストの観点からは好ましい。
【0043】
なお、ここで、増圧リニア制御弁66の出入口間の差圧は、アキュムレータ35におけるブレーキフルードの圧力と主流路45におけるブレーキフルードの圧力との差圧に対応し、減圧リニア制御弁67の出入口間の差圧は、主流路45におけるブレーキフルードの圧力とリザーバ34におけるブレーキフルードの圧力との差圧に対応する。また、増圧リニア制御弁66および減圧リニア制御弁67のリニアソレノイドへの供給電力に応じた電磁駆動力をF1とし、スプリングの付勢力をF2とし、増圧リニア制御弁66および減圧リニア制御弁67の出入口間の差圧に応じた差圧作用力をF3とすると、F1+F3=F2という関係が成立する。従って、増圧リニア制御弁66および減圧リニア制御弁67のリニアソレノイドへの供給電力を連続的に制御することにより、増圧リニア制御弁66および減圧リニア制御弁67の出入口間の差圧を制御することができる。
【0044】
ブレーキ制御装置20において、動力液圧源30および液圧アクチュエータ40は、実施の形態における制御部としてのブレーキECU70により制御される。ブレーキECU70は、CPUを含むマイクロプロセッサとして構成されており、CPUの他に各種プログラムを記憶するROM、データを一時的に記憶するRAM、入出力ポートおよび通信ポート等を備える。そして、ブレーキECU70は、上位のハイブリッドECU(図示せず)などと通信可能であり、ハイブリッドECUからの制御信号や、各種センサからの信号に基づいて動力液圧源30のポンプ36や、液圧アクチュエータ40を構成する電磁制御弁51〜54,56〜59,60,64〜68を制御して、ブレーキ回生協調制御を実行可能である。
【0045】
また、ブレーキECU70には、レギュレータ圧センサ71、アキュムレータ圧センサ72、および制御圧センサ73が接続される。レギュレータ圧センサ71は、レギュレータカット弁65の上流側でレギュレータ流路62内のブレーキフルードの圧力、すなわちレギュレータ圧を検知し、検知した値を示す信号をブレーキECU70に与える。アキュムレータ圧センサ72は、増圧リニア制御弁66の上流側でアキュムレータ流路63内のブレーキフルードの圧力、すなわちアキュムレータ圧を検知し、検知した値を示す信号をブレーキECU70に与える。制御圧センサ73は、主流路45の第1流路45a内のブレーキフルードの圧力を検知し、検知した値を示す信号をブレーキECU70に与える。各圧力センサ71〜73の検出値は、所定時間おきにブレーキECU70に順次与えられ、ブレーキECU70の所定の記憶領域に所定量ずつ格納保持される。なお、実施の形態においては、各圧力センサ71〜73は自己診断機能を有しており、センサ内部での異常の有無をセンサごとに検出し、ブレーキECU70に異常の有無を示す信号を送信することができる。
【0046】
分離弁60が開状態とされて主流路45の第1流路45aと第2流路45bとが互いに連通している場合、制御圧センサ73の出力値は、増圧リニア制御弁66の低圧側の液圧を示すと共に減圧リニア制御弁67の高圧側の液圧を示すので、この出力値を増圧リニア制御弁66および減圧リニア制御弁67の制御に利用することができる。また、増圧リニア制御弁66および減圧リニア制御弁67が閉鎖されていると共に、マスタカット弁64が開状態とされている場合、制御圧センサ73の出力値は、マスタシリンダ圧を示す。更に、分離弁60が開放されて主流路45の第1流路45aと第2流路45bとが互いに連通しており、各ABS保持弁51〜54が開放される一方、各ABS減圧弁56〜59が閉鎖されている場合、制御圧センサの73の出力値は、各ホイールシリンダ23に作用する作動流体圧、すなわちホイールシリンダ圧を示す。
【0047】
さらに、ブレーキECU70に接続されるセンサには、ブレーキペダル24に設けられたストロークセンサ25も含まれる。ストロークセンサ25は、ブレーキペダル24の操作量としてのペダルストロークを検知し、検知した値を示す信号をブレーキECU70に与える。ストロークセンサ25の出力値も、所定時間おきにブレーキECU70に順次与えられ、ブレーキECU70の所定の記憶領域に所定量ずつ格納保持される。なお、ストロークセンサ25以外のブレーキ操作状態検出手段をストロークセンサ25に加えて、あるいは、ストロークセンサ25に代えて設け、ブレーキECU70に接続してもよい。ブレーキ操作状態検出手段としては、例えば、ブレーキペダル24の操作力を検出するペダル踏力センサや、ブレーキペダル24が踏み込まれたことを検出するブレーキスイッチなどがある。
【0048】
上述のように構成されたブレーキ制御装置20は、ブレーキ回生協調制御を実行することができる。ブレーキ制御装置20は制動要求を受けて制動を開始する。制動要求は、車両に制動力を付与すべきときに生起される。制動要求は例えば、運転者がブレーキペダル24を操作した場合や、走行中に他の車両との距離を自動制御している際に当該他の車両との距離が所定の距離よりも狭まった場合などに生起される。
【0049】
制動要求を受けて、ブレーキECU70は、要求総制動力から回生による制動力を減じることにより、ブレーキ制御装置20により発生させるべき制動力である要求液圧制動力を算出する。ここで、回生による制動力は、ハイブリッドECUからブレーキ制御装置20に供給される。そして、ブレーキECU70は、算出した要求液圧制動力に基づいて各ホイールシリンダ23FR〜23RLの目標液圧(「目標ホイールシリンダ圧」ともいう)を算出する。ブレーキECU70は、ホイールシリンダ圧が目標ホイールシリンダ圧となるように、フィードバック制御則により増圧リニア制御弁66や減圧リニア制御弁67に対する供給電流の値を決定する。
【0050】
その結果、ブレーキ制御装置20においては、動力液圧源30から増圧リニア制御弁66を介してブレーキフルードが各ホイールシリンダ23に供給されて車輪に制動力が付与される。また、各ホイールシリンダ23からブレーキフルードが減圧リニア制御弁67を介して必要に応じて排出され、車輪に付与される制動力が調整される。なお、このとき、ブレーキECU70は、レギュレータカット弁65を閉状態とし、レギュレータ33から送出されるブレーキフルードが主流路45へ供給されないようにする。更にブレーキECU70は、マスタカット弁64を閉状態とするとともにシミュレータカット弁68を開状態とする。これは、運転者によるブレーキペダル24の操作に伴ってマスタシリンダ32から送出されるブレーキフルードがストロークシミュレータ69へと供給されるようにするためである。
【0051】
また、ブレーキ制御装置20は、各車輪の路面に対する滑りを抑制するための、いわゆるABS(Anti-lock Brake System)制御、VSC(Vehicle Stability Control)制御、及びTRC(Traction Control)制御を実行することができる。ABS制御は、急ブレーキ時や滑りやすい路面でブレーキをかけたときに起こるタイヤのロックを抑制するための制御である。VSC制御は、車両の旋回時における車輪の横滑りを抑制するための制御である。TRC制御は、車両の発進時や加速時に駆動輪の空転を抑制するための制御である。これらのABS制御等が行われる場合にはブレーキ回生協調制御は実行されず、要求制動力はブレーキ制御装置20が発生させる液圧制動力でまかなわれる。なお、これらの車輪の滑りを抑制するための制御を総称して、以下では適宜「ABS制御等」と称する。
【0052】
ブレーキECU70が、ABS制御等を実行するために必要な演算等を行う。ブレーキECU70は、車両減速度やスリップ率等に基づいて公知の手法により算出された所定のデューティ比でABS保持弁51〜54、ABS減圧弁56〜59を開閉する。ABS保持弁51〜54を開状態とすることにより、ABS保持弁51〜54の上流に設けられた共通の制御弁である増圧リニア制御弁66及び減圧リニア制御弁67により調圧されたブレーキフルードが各ホイールシリンダ23に供給される。また、ABS減圧弁56〜59を開状態とすることにより、各ホイールシリンダ23のブレーキフルードがリザーバ34へと排出される。これにより、各ホイールシリンダ23にブレーキフルードが給排され、車輪の滑りが抑制されるように各車輪に付与される制動力が制御される。
【0053】
次に、実施の形態におけるブレーキ制御方法について詳細に説明する。なお、以下においては説明の便宜上、増圧リニア制御弁66からの作動液の供給対象となるホイールシリンダ23や主流路45等の容積、言い換えれば増圧リニア制御弁66から送出された作動流体が流入可能である容積を「消費油量」という。また、開状態とされたABS保持弁51〜54の数を、ABS保持弁51〜54の「開弁数」という。
【0054】
ABS制御等の車輪の滑りを抑制するための制御の実行中には、ABS保持弁51〜54の開閉状態に応じて消費油量が変動する。例えば、ABS保持弁51〜54の開弁数が増加すれば消費油量は増大し、逆に、ABS保持弁51〜54の開弁数が減少すれば消費油量は減少する。このようなABS保持弁51〜54の開閉に伴う消費油量の変動に起因してABS保持弁51〜54の一次側の液圧も変動する場合があるため、ABS制御等を実行する際には、ABS保持弁51〜54の一次側の液圧を安定に保持できるのが望ましい。なお、ここでいう「一次側の液圧」とは、ABS保持弁51〜54の上流かつ増圧リニア制御弁66の下流の液圧、言い換えれば、主流路45における液圧である。以下の説明では、この一次側の液圧を「保持弁上流圧」ともいう。本実施の形態では、このようなABS制御等における一次側の液圧変動を考慮し、消費油量特性に基づくホイールシリンダ圧のフィードバック制御を行っている。具体的には、ブレーキECU70は、ABS保持弁51〜54の開閉により消費油量が増大するときにはフィードバック制御の制御ゲインを増大し、消費油量が減少するときには制御ゲインを減少させる。その結果、ABS保持弁51〜54の開閉による消費油量の増減に伴って、増圧リニア制御弁66に供給される制御電流が増減される。
【0055】
さらに、本実施の形態では、フィードバック制御における消費油量の変化による液圧制御の応答性低下を抑制するために、ブレーキECU70が、弾性部材要素の変形等の影響が考慮された適切な消費油量特性を参照する。図2は、ブレーキ制御装置における液圧アクチュエータとホイールシリンダとの接続系を概念的に表す模式図である。
【0056】
本実施の形態において、液圧アクチュエータ40と各車輪に設置されたキャリパ80とは図示のような接続系を介して接続されている。すなわち、液圧アクチュエータ40の各個別流路41〜44と各ホイールシリンダ23とは、鋼管82およびフレキシブルホース84を含む配管を介して接続されている。フレキシブルホース84はゴム等の弾性部材からなる。このように配管の一部に可撓性を持たせることで、車体における配管の引き回しを容易にしている。一方、周知のようにキャリパ80には一対のブレーキパッド86が配置され、そのブレーキパッド86によりブレーキディスク22を挟圧することにより、車輪に制動力が付与される。配管を通って供給されたブレーキフルードがホイールシリンダ23に満たされることでホイールシリンダ圧を生成し、そのホイールシリンダ圧による押圧力がピストン88を介してブレーキパッド86に伝達される。ピストン88の外周面にはシール部材90が配置され、ホイールシリンダ23内に導入されたブレーキフルードが外部に漏洩することを防止している。シール部材90はOリング等の弾性部材からなる。
【0057】
このように、液圧アクチュエータ40とホイールシリンダ23とを接続する接続通路には、フレキシブルホース84やシール部材90等の可撓性を有する弾性部材要素が存在する。この弾性部材要素はブレーキフルードの液圧に応じて変形し、接続通路の体積を変化させるため、上述したフィードバック制御の応答性に影響を与える可能性がある。すなわち、ブレーキペダル24の踏み込み操作やABS保持弁51〜54の開弁数に基づく制御ゲインの調整のみでは、液圧制御の応答性が十分に得られないことがある。特に液圧制御の初期においてホイールシリンダ圧の立ち上がりの遅れや、振動的な状態を発生することがある。発明者らは、接続系へのブレーキフルードの導入体積が同じであっても、ブレーキフルードの導入速度(流量)により液圧剛性が変化し、液圧上昇の状態が異なることを発見した。そして、上述した液圧制御の応答性や安定性についても、接続系に導入されるブレーキフルードの流量(流速)が影響しているとの考えに到った。
【0058】
図3は、接続系へのブレーキフルードの導入体積とホイールシリンダ圧との関係を表す実験結果を示す図である。同図の横軸は導入体積を表し、縦軸はホイールシリンダ圧(「W/C圧」と表記)を表している。図中の実線は、接続系を介してホイールシリンダに導入されるブレーキフルードの流量(流速)が中程度の場合の変化を表し、一点鎖線は流量がそれよりも大きい場合の変化を表し、破線は流量がそれよりも小さい場合の変化を表している。
【0059】
同図によれば、同じ接続系に同じ体積のブレーキフルードを導入しても、そのブレーキフルードの流量(流速)によってホイールシリンダ圧の上昇の様子が変わることが分かる。図中点線にて囲んだ圧力の立ち上がりの体積が異なっている。流速が大きいほど圧力の立ち上がりが早く、流速が小さいほど圧力の立ち上がりが遅くなっている。このことは、ブレーキフルードの消費油量特性が接続系に導入されるブレーキフルードの流量によって変化することを意味する。
【0060】
本実施の形態では、このようなブレーキフルードの流速による消費油量特性の変化が、厳密には弾性部材要素の圧縮速度と導入流量(速度)との差に起因しているとして、参照する消費油量モデルの最適化を行う。そして、その消費油量モデルに基づいてフィードバック制御の制御ゲインを決定する。つまり、目標とする液圧応答(導入したい流量)に応じて消費油量特性を変更する。ブレーキECU70は、この消費油量モデルを用いて制御ゲインを逐次演算してもよいし、ブレーキフルードの流量に応じて消費油量モデルと制御ゲインとを対応づけた複数の制御マップを保持し、いずれかの制御マップを用いて制御ゲインを決定してもよい。
【0061】
具体的には、ブレーキ系の弾性変形の式、リニア制御弁を通過するブレーキフルードの流量の関係式、弾性部材の運動方程式等を用いて消費油量モデルを設定する。
すなわち、ブレーキ系の弾性変形について、接続系の総体積をVとし、接続系に送り出されたブレーキフルードの体積をΔVとすると、ホイールシリンダ圧の圧力上昇ΔPは下記式(1)にて表される。
【0062】
ΔP=E・(ΔV/V) ・・・(1)
ここで、総体積Vは、鋼管82およびフレキシブルホース84を含む配管内の体積と、ホイールシリンダ23においてブレーキフルードが導入されているピストン88の背面側の体積とを合わせた体積である。また、体積ΔVは、リニア制御弁から保持弁を介して接続系に送り出されたブレーキフルードの体積である。Eは体積弾性係数である。
【0063】
一方、リニア制御弁を通過するブレーキフルードの流量Qは、そのリニア制御弁の前後差圧(上流と下流の圧力差)pの関数であり、下記式(2)にて表される。
【0064】
Q=f(p) ・・・(2)
この関数f(p)には、公知のいわゆるオリフィスの式やチョークの式が適用されるが、その詳細については説明を省略する。
【0065】
このとき、リニア制御弁が送出したブレーキフルードの体積ΔVは、下記式(3)にて表される。
【0066】
ΔV=∫Qdt ・・・(3)
ここで、上記式(2)のリニア制御弁の前後差圧pは、増圧リニア制御弁66の前後差圧として、アキュムレータ圧センサ72により検出されたアキュムレータ圧Pacと、制御圧センサ73により検出された主流路45の圧力(保持弁上流圧)Prとの差圧(Pac−Pr)として算出される。この前後差圧pを上記式(2)に代入し、算出された流量Qを上記式(3)に代入してサンプリング時間にて積分すると、そのサンプリング時間に接続系に送り出されたブレーキフルードの体積ΔVが算出される。この体積ΔVは上記式(1)に反映させることができる。
【0067】
一方、ピストン88の運動方程式として、下記式(4)が成立する。
【0068】
【数1】

【0069】
ここで、Fは、ピストン88に作用するホイールシリンダ圧による押圧力である。mはピストン88の質量であり、cはブレーキフルードの粘性係数であり、kはフレキシブルホース84およびシール部材90を含む接続系に配置された弾性部材の弾性係数である。なお、弾性部材が単純なばねではないため、弾性定数kは非線形な特性を有するが、その詳細については説明を省略する。
【0070】
上記式(4)において、押圧力Fは、ホイールシリンダ圧Pwcとピストン88の受圧面積Aとの積(Pwc・A)から算出可能である。したがって、同式よりピストン88の変位量xが求まると、ピストン88の受圧面積Aとその変位量xとの積(A・x)によりキャリパ80の体積変化Vwが算出される。この体積変化Vwを上記式(1)の総体積Vに反映させることができる。
【0071】
以上のようにして上記式(1)に体積ΔVおよび総体積Vが反映されることにより、ホイールシリンダ圧の圧力上昇ΔP、つまり保持弁上流圧の目標圧力勾配が設定可能となる。この目標圧力勾配を実現する液圧を目標液圧として設定し、制御ゲインを設定することができる。本実施の形態においては、制御ゲインと圧力上昇ΔPとの関係が、リニア制御弁を通過するブレーキフルードの流量(流速)Qを基準に予め対応づけられた複数の制御マップが用意されている。
【0072】
すなわち、本実施の形態では、上記式(1)の体積弾性係数Eがブレーキフルードの流量Qに応じて変化する、つまり体積弾性係数Eが変数であることを考慮し、この流量Qをパラメータとした複数の制御マップが設定されている。ブレーキECU70は、この流量Qの変化に応じて制御マップを切り替え、接続系へのブレーキフルードの導入体積ΔVに応じて制御ゲインを設定する。流量Qは上記式(2)から算出され、導入体積ΔVは上記式(3)から算出される。
【0073】
図3にも示されるように、リニア制御弁を介して導入されるブレーキフルードの導入体積が同じであっても、その導入速度が大きいほど液圧の立ち上がりが早くなり、ホイールシリンダ圧が上昇しやすくなる。このため、本実施例では、同じ目標ホイールシリンダ圧を達成する場合であっても、ブレーキフルードの導入速度が高いほど、制御ゲインが相対的に小さくなる制御マップが選択される。
【0074】
図4は、ブレーキ制御処理を示すフローチャートである。ブレーキECU70は、同図に示される処理を制動時に所定の周期、例えば数msecごとに実行する。
ブレーキECU70は、制動要求があったと判定すると(S10のY)、制御対象となる保持弁上流圧の目標液圧Pを算出する(S12)。すなわち、ブレーキペダル24の操作量に基づいて算出される要求制動力から回生制動力を減算して得られる要求液圧制動力に基づき、各ホイールシリンダ圧の目標値を算出し、その目標値に応じて保持弁上流圧の目標液圧Pを設定する。
【0075】
続いて、ブレーキECU70は、この目標液圧Pから増圧リニア制御弁66を通過させるべきブレーキフルードの目標流量Qを演算する(S14)。この目標流量Qは、アキュムレータ圧センサ72により検出されたアキュムレータ圧Pacと、制御圧センサ73により検出された保持弁上流圧の実際の値(実液圧)Prとを取得し、これらの差圧を上記式(2)に代入することにより算出できる。そして、上述した複数の制御マップのなかから、目標流量Qに対応するものを選択し(S16)、制御ゲインを設定する(S18)。
【0076】
ブレーキECU70は、このように設定された制御ゲインを用いてリニア制御弁の制御を実行する(S20)。すなわち、目標液圧Pと実液圧Prとの偏差にこの制御ゲインを積算することによりフィードバック電流を設定し、制御電流に含めて増圧リニア制御弁66へ供給する。なお、S10において制動判定がされなかった場合には(S10のN)、S12以降をスキップして本処理を一旦終了する。
【0077】
以上に説明したように、実施の形態においては、リニア制御弁を通過するブレーキフルードの流量(流速)がフレキシブルホース84等の弾性部材要素の変形に大きく影響することを解明し、その流量をフィードバック制御の制御ゲインを設定する際の一つのパラメータにするようにした。その結果、ブレーキフルードの流量(流速)の変化に応じて接続系の液圧剛性が変化しても、液圧制御における良好な応答性を確保することができる。
【0078】
本発明は上述の実施の形態に限定されるものではなく、当業者の知識に基づいて各種の設計変更等の変形を実施の形態に対して加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれうる。
【0079】
上記実施の形態では、弾性部材要素の特性はともかく、フィードバック制御の制御ゲインをブレーキフルードの導入流量に応じて切り替えることにより、液圧制御における良好な応答性を確保できるようにした。変形例においては、実験や解析を通じて弾性部材要素そのものの特性を適切に設計することにより、弾性部材要素の存在にかかわらず液圧制御の応答性を確保するようにしてもよい。
【0080】
具体的には、例えば図4のフローチャートに示す処理過程を演算する解析を行ってもよい。すなわち、フレキシブルホース84およびシール部材90を含む弾性部材要素の大きさ、硬さ、可撓性(弾性定数)、形状等の各種特性をパラメータとして液圧制御を模擬し、そのとき選択される制御ゲインが所定範囲に収束するように各種特性を変更していく。弾性部材要素の形状等は、車両におけるブレーキ制御装置20の設置スペース等から許容される範囲のものを設定する。例えば、フレキシブルホース84については、車体における配管の引き回しが可能となり、また、ステアリングを切ってもそれに応じた変形が可能となるように設定する。また、各弾性部材要素が車両制御中に破損しないように設定する。そして、このようにして制御ゲインが収束したときの各種特性、またはそれに近い特性を有するような弾性部材を選択して各弾性部材要素を設計するようにしてもよい。これにより、当該ブレーキ制御装置20が搭載される車両の設置スペースや、その制御性を考慮した最適な設計を実現することができる。
【0081】
上記実施の形態では、弾性部材要素として接続通路に配設されたフレキシブルホース84およびシール部材90を考慮した例を示したが、接続通路に他の弾性部材要素があればそれも反映するのが好ましい。また、接続系以外の液圧通路においてホイールシリンダ圧の液圧剛性に影響を与える弾性部材要素があれば、これも考慮するのが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0082】
【図1】実施形態に係るブレーキ制御装置を示す系統図である。
【図2】ブレーキ制御装置における液圧アクチュエータとホイールシリンダとの接続系を概念的に表す模式図である。
【図3】接続系へのブレーキフルードの導入体積とホイールシリンダ圧との関係を表す実験結果を示す図である。
【図4】ブレーキ制御処理を示すフローチャートである。
【符号の説明】
【0083】
10 マスタシリンダユニット、 20 ブレーキ制御装置、 22 ブレーキディスク、 23 ホイールシリンダ、 24 ブレーキペダル、 30 動力液圧源、 40 液圧アクチュエータ、 45 主流路、 51〜54 ABS保持弁、 56〜59 ABS減圧弁、 66 増圧リニア制御弁、 67 減圧リニア制御弁、 70 ブレーキECU、 72 アキュムレータ圧センサ、 73 制御圧センサ、 80 キャリパ、 82 鋼管、 84 フレキシブルホース、 86 ブレーキパッド、 88 ピストン、 90 シール部材。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
液圧源から各車輪のホイールシリンダに作動液を供給し、その液圧によって各車輪に制動力を付与するブレーキ制御装置において、
前記液圧源と各ホイールシリンダとを連通させる液圧通路が形成された液圧回路と、
前記液圧回路に配置され、通電制御により開閉されて前記ホイールシリンダへの作動液の給排量を調整する制御弁と、
部分的に弾性部材要素を含み、前記制御弁が開閉される液圧通路と前記ホイールシリンダとをつなぐ接続通路と、
要求される制動力に応じた液圧制動力を発生させるようにホイールシリンダ圧の目標値である目標ホイールシリンダ圧を設定し、前記ホイールシリンダ圧が前記目標ホイールシリンダ圧に近づくよう前記制御弁への通電制御を実行する制御部と、を備え、
前記制御部は、前記弾性部材要素の弾性変形の要因となる作動液の流速に応じて、前記通電制御の制御ゲインを設定することを特徴とするブレーキ制御装置。
【請求項2】
前記制御部は、前記制御ゲインの設定基準がそれぞれ異なるように設定された複数の制御マップを保持し、前記作動液の流速に対応して設けられた制御マップを参照し、前記制御ゲインを設定することを特徴とする請求項1に記載のブレーキ制御装置。
【請求項3】
前記作動液の流速を推定するための所定の物理量と、前記複数の制御マップとが予め対応づけられ、
前記制御部は、車両状態から前記物理量を取得し、取得された物理量を用いて前記制御マップを参照することにより、前記制御ゲインを設定することを特徴とする請求項2に記載のブレーキ制御装置。
【請求項4】
液圧源から各車輪のホイールシリンダに作動液を供給し、その液圧によって各車輪に制動力を付与するブレーキ制御装置において、
前記液圧源と各ホイールシリンダとを連通させる液圧通路が形成された液圧回路と、
前記液圧回路に配置され、通電制御により開閉されて前記ホイールシリンダへの作動液の給排量を調整する制御弁と、
部分的に弾性部材要素を含み、前記制御弁が開閉される液圧通路と前記ホイールシリンダとをつなぐ接続通路と、
要求される制動力に応じた液圧制動力を発生させるようにホイールシリンダ圧の目標値である目標ホイールシリンダ圧を設定し、前記ホイールシリンダ圧が前記目標ホイールシリンダ圧に近づくよう前記制御弁への通電制御を実行する制御部と、を備え、
前記弾性部材要素として、前記ホイールシリンダ圧の圧力制御域において作動液の流速に応じた前記弾性部材要素の弾性変形量が予め設定した基準範囲内に収まるよう、特性が選定された弾性部材が用いられることを特徴とするブレーキ制御装置。
【請求項5】
前記弾性部材要素として、前記接続通路を構成する配管を構成する弾性部材を含み、
前記弾性部材の耐久性および可撓性と、前記ホイールシリンダ圧の目標ホイールシリンダ圧への収束性とが予め定める設計基準を満たすように、前記弾性部材の特性が選定されていることを特徴とする請求項4に記載のブレーキ制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2010−6182(P2010−6182A)
【公開日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−166297(P2008−166297)
【出願日】平成20年6月25日(2008.6.25)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】