説明

ペロブスカイト型の複合酸化物をチャンネル層とする電界効果トランジスタ及びその製造方法と、これを利用したメモリ素子

【課題】電気二重層法を用いてチャンネルに高濃度の電荷注入を行うことで抵抗を変化させる電界効果トランジスタと、該電界効果トランジスタをスイッチング素子として利用したメモリ素子を提供する。
【解決手段】ペロブスカイト構造を有し且つ化学式がA1-xxNiO3(但し、Aは希土類元素から選択された1種類の元素であり、BとしてA以外の少なくとも1種類の希土類元素であって、xは0≦x≦1を満たす実数である)で表される複合酸化物からなる単結晶膜をチャンネル層に用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規の薄膜電界効果トランジスタ構造を備えたスイッチング素子として機能する電界効果トランジスタに関し、さらに詳細には、チャンネル層としてペロブスカイト型の結晶構造を有する希土類元素の複合酸化物の単結晶薄膜を備えた電界効果トランジスタ素子と、該電界効果トランジスタ素子をスイッチング素子として利用したメモリ素子に関する。
【背景技術】
【0002】
固体誘電体層をゲート絶縁体として利用し、シリコン半導体等のチャンネル層(ボロン等のドーパントを用いて初めからキャリアドープされている)の導電率を制御する構造の電界効果トランジスタ(FET)は、多数製造されている。このFETの一例である薄膜トランジスタ(TFT)は、電子回路中でスイッチング素子として広く使用されている。このような構造の従来のFETを用いた電子回路において、性能向上のためにFETのチャンネル長を短くする等の微細化を行って集積度を高くすると、それに伴ってチャンネルあたりのドーパントの数が減少する。例えば、20nm×20nm×5nmのチャンネルの場合、平均して11個のドーパント(つまりキャリア)しか含まれないことになる。キャリアの数がこれほど少なくなると、素子ごとの特性のばらつきが深刻になり、信頼性を揺るがす大きな問題となってしまう。
【0003】
最近、このような従来の半導体のFETの問題を解決するための手段として、強相関電子材料のモット金属‐絶縁体転移を用いたFETの開発が試みられている。このFETは、電界効果により強相関電子材料にモット金属‐絶縁体転移という電子相転移を引き起こし、この相転移現象に伴う上記強相関電子材料の導電率の変化を利用するという原理に基づいて動作する。非特許文献1に示すように、強相関電子材料のモット金属‐絶縁体転移にともなう導電率の変化は、従来の半導体の電界効果による導電率の変化とは異なる物理現象によるものである。強相関電子材料の一例であるペロブスカイト型の複合酸化物の場合、20nm×20nm×5nmのチャンネル内に伝導に関与できるキャリアが約3万個も存在するので、モット金属‐絶縁体転移を利用したFETにおいては、上述の従来の半導体のFETで生じている微細化に伴う問題は発生しない。
【0004】
上記のような強相関電子材料を利用したスイッチング素子として、特許文献1には、La1-xSrxMnO3-y(0≦x<0.5、y≧0)等で形成された強相関電子材料からなる半導体層を使用して、該半導体層のキャリアの伝導度を外部からの印加電界に応じて変調することを動作原理とする電流スイッチング機能、光スイッチング機能等を実現できることが開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、電荷注入により金属絶縁体転移を生じる物質として、AE1-xRExTO3(AEはアルカリ土類金属元素から選ばれる少なくとも1種、REはYを含む希土類金属元素から選ばれる少なくとも1種、Tは遷移金属元素から選ばれる少なくとも1種、xは0≦x<1)で実質的に表されるペロブスカイト酸化物をチャンネル層として用いて、ペロブスカイト酸化物等からなる誘電体層とを積層した積層膜を具備し、誘電体層の分極に伴う界面電荷によって、チャンネル層の導電率を変化させるスイッチング素子が開示されている。
【0006】
しかし、非特許文献1に示すように、強相関電子材料及びペロブスカイト酸化物のチャンネル層にモット金属-絶縁体転移を引き起こし、導電率を変化させるためには、1014/cm2以上の高濃度の電荷量をチャンネル層に注入する必要がある。しかし、この電荷量はシリコン(Si)等の半導体をチャンネル層とし、SiO2等をゲート絶縁層とする一般的なFETにおいてチャンネル層に注入できる電荷量より1桁大きな量である。そのため、一般的なゲート絶縁層を用いたFETではモット金属-絶縁体転移を引き起こすのに十分な電荷量をチャンネル層に注入することはできなかった。
【0007】
また、FETの導電チャンネルに高濃度で電荷注入を行う方法として、高誘電率の絶縁材料、すなわち、high−k材料をゲート絶縁層に用いる方法がある。しかし、その様な方法においても、high−k材料と、強相関電子材料及びペロブスカイト酸化物の結晶構造の違いや格子定数の相違等に起因してゲート絶縁層/チャンネル層の界面に電荷のトラップ準位が形成される等、材料の性質に起因する問題が存在する。そのため、チャンネル層に電荷を効率良く注入できず、導電チャンネルの導電率を有効に変化させることが難しいという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平9−92903号公報
【特許文献2】特開平9−129839号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】C. H. Ahn et al., Nature, Vol. 424, No. 28, p.1051
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明はこのような課題に対処するためになされたものであり、電気二重層法を用いて強相関電子材料のチャンネルに高濃度の電荷注入を行うことで抵抗を変化させるFETと、該FETをスイッチング素子として利用したメモリ素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記本発明の目的を達成するために、本発明にかかる電界効果トランジスタは、ペロブスカイト構造を有し且つ化学式がA1-xxNiO3(但し、Aは希土類元素から選択された1種類の元素であり、BとしてA以外の少なくとも1種類の希土類元素であって、xは0≦x≦1を満たす実数である)で表される複合酸化物からなる単結晶膜をチャンネル層に用いること、を特徴とする。
【0012】
上記複合酸化物は金属絶縁体転移を起こすモット絶縁体であって、希土類元素Aの組成比xを制御することによって、金属−絶縁体間の相転移温度が室温程度になるように調整することができる。また、上記複合酸化物の金属絶縁体転移温度は、電荷注入によっても変化する。
【0013】
また、本発明にかかる電界効果トランジスタは、酸化物の単結晶からなる基板と、液状の電解質を含有するゲート絶縁層とを備え、上記チャンネル層が、該基板上に直接に形成され、上記ゲート絶縁層が前記チャンネル層の露出した表面に接触すること、を特徴とする。
【0014】
上記複合酸化物はチャンネル層に用いる材料として好適な特性を有しているが、電気二重層法を用いて該チャンネル層に電荷注入を行うことが好ましい。すなわち、本発明にかかる電界効果トランジスタは、液状の電解質を含有するように構成されたゲート絶縁層を用いて構成されることが好ましい。
【0015】
また、本発明にかかる電界効果トランジスタは、上記チャンネル層を形成する単結晶膜の化学式における元素A及びBが、それぞれネオジウム及びサマリウムであること、を特徴とする。
【0016】
また、本発明にかかる電界効果トランジスタは、酸化物の単結晶からなる前記基板が、NdGaO3単結晶で形成されていること、を特徴とする。
【0017】
また、本発明にかかるメモリ素子は、上記の本発明にかかる電界効果トランジスタを少なくとも1つを配置することによって構成されること、を特徴とする。
【0018】
本発明にかかる電界効果トランジスタの製造方法は、ソース領域及びドレイン領域、前記ソース領域と前記ドレイン領域の間に設けられたチャンネル層、電気絶縁層を介して前記チャンネル層に隣接して設けられたゲート領域が、酸化物単結晶の基板の同一表面上に配置されるプレーナ構造の電界効果トランジスタを製造する方法であって、ペロブスカイト構造を有し、化学式がA1-xxNiO3(但し、Aは希土類元素から選択された1種類の元素であり、BとしてA以外の少なくとも1種類の希土類元素であって、xは0≦x≦1を満たす実数である)で表される複合酸化物からなる単結晶膜を前記チャンネル層として、前記基板の同一平面上に直接的に形成する工程と、フォトリソグラフィー法を用いて、ゲート領域及びチャンネル層間にゲート絶縁体領域の一部を構成する前記電気絶縁層を形成する工程と、液状の電解質が上記チャンネル層に接触するように、液状の電解質を含有するイオン液体層で満たしたゲート絶縁体領域を上記チャンネル層上に形成する工程と、からなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明にかかるFETによれば、上記複合酸化物からなるチャンネル層への電荷注入によって、該チャンネル層の電気抵抗率が著しく変化するので、メモリ機能を備えた高性能のFETを提供することが可能である。
【0020】
また、本発明にかかるFETは、電気二重層法を用いてチャンネル層に電荷注入を行う構成にすることによって、更に高感度のスイッチング素子として利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明の一実施形態に係るFETの平面構造を模式的に示す平面図である。
【図2】図2(a)は図1のIIa−II'a線断面図であり、(b)図1のIIb−II'b線断面図である。
【図3】第1実施例のFET素子のゲート−ソース(G−S)間に電圧VGを印加した際におけるソース−ドレイン(S−D)間の電流IDを二端子法によって測定した結果を示すグラフである。
【図4】第1実施例のFET素子のS−D間電圧VDを1Vに固定したときの、S−D間電流IDのG−S間電圧VGを測定した結果である。
【図5】図1のIIb−II'b線断面図に対応する、第2実施例のFET素子の構造の概略断面図である。
【図6】第2実施例のFET素子のG−S間電圧VGを変化させたときの、ρ−T特性を四端子法により測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
上述したように、本発明のFETを構成するチャンネル層は、化学式がA1-xxNiO3で表されるペロブスカイト構造の複合酸化物の単結晶層である。ここで、元素A及びBは、希土類元素、すなわちイットリウム(Y)及びランタノイド元素からなる元素群からそれぞれ選択される。尚、元素Bは1種類の希土類元素に限定されず、希土類元素Aと異なる2種以上の希土類元素のそれぞれの組成比が合計でx(0≦x≦1)となるように複数の希土類元素を含む元素群であっても良い。上記希土類元素A及びBの組成比をそれぞれ制御することによって、上記金属絶縁体転移温度を4.2K〜400Kの範囲内に調整することが可能である。
【0023】
尚、上記チャンネル層は、パルスレーザー堆積法、CVD法、スパッタリンク法等の従来公知の手段を用いて、酸化物の単結晶基板の直上に上記組成の複合酸化物の単結晶層を堆積することによって形成される。
【0024】
本発明のFETに用いる単結晶基板として、例えば、アルミニウム酸化物Al23単結晶基板、ストロンチウムチタン酸化物SrTiO3単結晶基板、マグネシウムMgO単結晶基板を挙げることができる。このような単結晶基板のうち、チャンネル層として直上に形成される複合酸化物の単結晶層の格子定数に近いものが、本発明のFETに用いる基板として特に好ましい。尚、単結晶のシリコンは、格子定数に関して上記複合酸化物に対して著しく異なるため、本発明のFETへの利用は不適当である。
【0025】
上述したように、本発明のFETのゲート絶縁層は、液状の電解質を用いて構成することができ、このような電解質として、アルカリ金属塩およびアルカリ土類金属塩等のように電池の電極反応物質をカチオンとして有する電解質塩が溶解された液状物等を挙げることができる。或いは、N,N−ジエチル−N−メチル−N−(2−メトキシエチル)アンモニウム ビス(トリフルオロメチルスルホニル)イミド(DEME−TFSI)等の疎水性イオン液体をゲート絶縁層の構成部材として用いることができる。また、N,N−ジエチル−N−メチル−N−(2−メトキシエチル)アンモニウム・テトラフルオロホウ酸塩(DEME−BF4)等の液状の非水電解質をゲート絶縁層として利用することができる。電気二重層法を用いる場合、このような液状物、或いは該液状物を含浸させたゲル状物質又はポリマー物質の少なくともいずれかが上記チャンネル層に直接的に接触するように、ゲート絶縁層が構成される。
【0026】
以下、図面を参照して、本発明のFETの一実施形態として、図1の平面図及び図2(a)、(b)に示されるFET素子の製造方法を下記の通り説明する。なお、以下に示す実施形態は本発明の実施形態の一例であって、本発明はこの実施形態に限定されるものではない。
【0027】
(1)複合酸化物の単結晶薄膜の形成工程:
パルスレーザー堆積法を用いて、基板温度600℃〜800℃、酸素圧225mTorrの製膜条件で、(110)面に配向したNdGaO3の単結晶基板1の表面上に、ペロブスカイト型の酸化物であるNd1-xSmxNiO3(0≦x≦1)の単結晶薄膜を約10nmの膜厚になるまで成長させた。
【0028】
尚、x=0のNd1-xSmxNiO3単結晶薄膜は、NdNiO3及びNiOが100:30の重量比で混合されたターゲットを用いて形成された。x=1のNd1-xSmxNiO3単結晶薄膜は、SmNiO3及びNiO3が100:30の重量比で混合されたターゲットを用いて形成された。
【0029】
また、Nd1-xSmxNiO3(0<x<1)の組成の薄膜は、混晶の酸化物単結晶薄膜として形成することができる。このような組成の混晶の単結晶薄膜は、NdNiO3、SmNiO3及びNiOが所定の重量比で混合された上記2種類のターゲットを交互に交換し、各ターゲットに照射するパルスレーザーのパルス数を制御して、薄膜に含有されるサマリウムの濃度を調整することによって、形成することができる。
【0030】
(2)導電チャンネルの形成工程:
上述の方法で製膜したNd1-xSmxNiO3単結晶薄膜をフォトリソグラフィー法及びアルゴンイオンエッチングを用いてパターニングを行い、縦幅100μm×横幅20μm程度の導電チャンネル2を形成した。このとき、導電チャンネル2以外の薄膜は除去され絶縁性の基板1の表面が露出した状態になるので、この露出した基板1の表面の上に次の工程で電極及び配線等を形成した。
【0031】
(3)ソース、ドレイン、ゲート電極及び金属配線の形成工程:
上述の方法で形成した導電チャンネル2及び絶縁性基板1の表面の上に、フォトリソグラフィー法及び真空蒸着法を用いて、ソース3及びドレイン4、ゲート電極51,52及び金属配線を形成した。
(i) まず、上記のようにして形成された導電チャンネル2及び絶縁性基板1の表面上に、フォトリソグラフィー法を用いて、配線とソース3、ドレイン4、ゲート電極51,52の基となるパターンを形成した。
(ii) 上記の導電チャンネル2及び絶縁性基板1の表面上に厚さ10nmのPt層を蒸着法により形成し、該白金層と上記チャンネル層2との接合と配線及び電極を形成した。
(iii) 次いで、上記Pt層上に厚さ190nmのAu層を蒸着法により形成することによって、Au/Ptソース3及びAu/Ptドレイン4を形成した。また、該ソース3及びドレイン4の表面がイオン液体に接触しないように、ソース3及びドレイン4の表面上をエポキシ樹脂等の合成樹脂製の絶縁性物質からなる保護層31及び41でそれぞれ被覆した。尚、導電チャンネル2を形成するNd1-xSmxNiO3単結晶薄膜のキャリア21はp−typeであり、仕事関数は4.8ev〜5.3ev程度の範囲内であるので、これより仕事関数が深い金属であれば上記Pt層を代替することが可能である。
【0032】
(4)セパレータ層の形成:
上述の方法で形成した導電チャンネル2及び金属配線の上にフォトリソグラフィー法を用いて、図2(a)の断面模式図に示されるように、ゲート電極51,52及び導電チャンネル層2間の絶縁性を確保するためのゲート絶縁体の一部を構成する構造のセパレータ層61,62を形成した。該セパレータ層61,62は、図2(b)の断面模式図に示されるように、電気二重層法に用いる電解質及び/或いはイオン液体が不必要な場所でソース電極或いはドレイン電極等の金属配線等に接触して漏れ電流が増大するのを防ぐためのものであり、素子の品質向上のために不可欠のものである。
【0033】
(5)ゲート絶縁体及びゲート電極の形成:
ゲート絶縁体は、液状の電解質が上記導電チャンネル2及びゲート電極51,52に接触するように該液状の電解質を含有するイオン液体層7からなるゲート絶縁層を形成することによって構成される。すなわち、セパレータ層61,62の外側にゲート電極51,52を形成し、イオン液体層7が上記導電チャンネル2及びゲート電極51,52の表面に直接接触できるように液状の電解質を含有するイオン液体層7を充填した。
【0034】
図1及び図2(a)、(b)に示される構造のFET素子は、いわゆる「プレーナ構造」であって、イオン液体層を備え、導電チャンネル2と、ゲート電極51及び52のうちの少なくとも一つのゲート電極との間に電圧を印加することが可能な構造を有する。この構造は、従来のFET素子が有するいわゆる対極構造と異なり、FET素子の必須構成部分であるソース、ゲート、ドレイン及びチャンネルの4つの部分が同一基板の同一水平面上に形成される構造である。
【0035】
また、図2(a)及び図2(b)のイオン液体層7は、チャンネル層2の表面に電気二重層を形成するため、固相誘電体をゲート絶縁層とする従来のFETに比べて電気容量が格段に高い。すなわち、従来のゲート絶縁体層に比べて多くの電荷量をチャンネル層2に注入することが可能である。しかも、上記したように液状の電解質を含浸させたゲル状物質又はポリマー物質を用いてイオン液体層7を構成することによって、該イオン液体層7をチャンネル層2等の所定の箇所への直接的な接触性を確保しつつ薄膜化することが可能である。このように、本発明によれば、FET素子を動作させるのに好適な−4V以上+4V以下の電圧範囲における高い絶縁性と大きな静電容量を備えたゲート絶縁層の形成が実現可能である。
【実施例】
【0036】
本発明の効果を確認するために、上記(1)乃至(5)にて説明したFETの製造方法により製造された本発明のFET素子の実施例1及び2について、それらの電気的特性を下記のように調査した。
【0037】
(実施例1)
実施例1のFET素子は、図1の平面図及び図2(a)、(b)に示される構造を備える。
Nd1-xSmxNiO3単結晶薄膜のサマリウム(Sm)濃度xが0.7以上である場合、その金属絶縁体転移温度(TMI)は室温以上になる。このような単結晶薄膜で形成されたチャンネル層2は室温において絶縁体相になり、ゲート電極51のみに正の電圧を印加したときの状態は、図2(a)の断面模式図に示されるようになる。
【0038】
実施例1のFET素子において、Sm濃度xが0.7以上のNd1-xSmxNiO3単結晶薄膜として、チャンネル層2はSm濃度xが0.8になるように調整された。尚、本実施例において、ゲート絶縁層を構成する図2(a)、(b)のイオン液体層7には疎水性イオン液体であるDEME−TFSIが用いられている。イオン液体層7の一部は、DEMEのカチオン71及びTFSIのアニオン72に分解され、カチオン71はチャンネル層2の表面及びその近傍に高い密度で集中する。一方、アニオン72はゲート電極51の表面及びその近傍に高い密度で集中する。
【0039】
実施例1のFET素子のゲート−ソース(G−S)間に−2Vから+2Vの電圧を加え、そのときのソース−ドレイン(S−D)間の電流の変化を二端子法で測定した。その測定結果を図3に示す。横軸はS−D間の電圧(VD)であり、縦軸はS−D間の電流(ID)である。
【0040】
図3のVG=0V(LSR)の曲線は、実施例1のFET素子のG−S間に電圧を加える前のS−D間電流IDのS−D間電圧VDの依存性を示す。この曲線によると、G−S間の電圧(G-S Voltage)が0Vの状態において、S−D間はいわゆる低抵抗状態(Low Resistance State:“LRS”)であって、S−D間電圧VDが1VのときのS−D間電流IDは5×10-5(A)である。G−S間に2Vの電圧を印加することによってチャンネル層2に電荷注入を行うと、図3のVG=2Vの曲線に示されるようにS−D間の抵抗が変化して、S−D間電圧VDが1VのときS−D間電流IDが1×10-9(A)である高抵抗状態(High Resistance State,:“HRS”)に変化する。
【0041】
その後、G−S間電圧VGを0Vに戻して十分な時間放置した後、S−D間電流IDを測定した結果が、図3のVG=0V(HRS)の曲線に示されている。この曲線が示すように、VG=0Vに戻してもS−D間抵抗は、G−S間に電圧を加える前の状態、すなわち、VG=0V(LSR)の曲線の状態に戻っておらず、むしろVG=2Vの曲線に示されるHRSに近い状態を維持している。このような特性は不揮発性メモリとしての利用可能である。この状態において、実施例1のFET素子のG−S間にVG=−2Vを印加すると、図3のVG=−2Vの曲線に示されるように、実施例1のFET素子のS−D間抵抗はいわゆるLRSの状態に戻ることが確認できる。
【0042】
図3と同様の特性は、図4によっても確認できる。図4は、S−D間電圧VDを1Vに固定したときの、S−D間電流IDのG−S間電圧VGの測定結果である。図4のVG+曲線から分かるように、G−S間電圧VGを−1Vから+2Vに上げるに従って、S−D間抵抗がLRS状態からHRS状態へ変化している。一方、VG-曲線によれば、G−S間電圧VGを+2Vから−2Vに下げるに従って、S−D間抵抗がHRS状態からLRS状態へ変化していることが分かる。
【0043】
このように、G−S間に電圧を印加することによって生じる、実施例1のFET素子のS−D間抵抗のLSR状態からHRS状態への変化は、可逆的である。
【0044】
(実施例2)
実施例2のFET素子は、上記(1)乃至(5)にて説明した本発明のFETの一実施形態の製造方法によって製造されるが、図5に示されるようにゲート電極5がイオン液体層7の上側に設けられる点で、実施例1のFET素子と異なる構造を備えている。
【0045】
Nd1-xSmxNiO3単結晶薄膜のサマリウム(Sm)濃度xが0.7以下である場合、相転移温度TMIは、実施例1と異なり室温以下になる。このような単結晶薄膜で形成されたチャンネル層2は、実施例1と異なり室温において金属体相になり、ゲート電極5に正の電圧を印加したときの状態は、図5の断面模式図に示されるようになる。尚、図5の構造もFET素子も、いわゆる「プレーナ構造」である。尚、図5では1つのゲート電極5のみが導電チャンネル2と対向して形成されているかのように描かれているが、実際のところ、ゲート電極51及び52は図2(a)のように導電チャンネル2と同じ面内にも形成されている。
【0046】
実施例2のFET素子において、Sm濃度xが0.7以下のNd1-xSmxNiO3単結晶薄膜として、チャンネル層2はSm濃度xが0.0になるように調整された。尚、本実施例において、ゲート絶縁層を構成する図5のイオン液体層7にはDEME−BF4が用いられている。イオン液体層7の一部は、DEMEのカチオン71及びBF4のアニオン73に分解され、アニオン73はチャンネル層2の表面及び表面近傍に高い密度で集中する一方、カチオン71はゲート電極5の表面及びその近傍に高い密度で集中した状態となる。このように、本実施例2の素子のゲート−ソース(G−S)間にVG=−2Vを印加することによってチャンネル層2にホール22の注入を行うと、図6に記載された符号1及び2に示されるように、相転移温度TMIが10K程度低下する。
【0047】
図5に示すように、電圧測定端子の正極(V+)及び負極(V−)をチャンネル層2上に形成し、電流印加端子の正極(I+)をAu/Ptソース3に、負極(I+)をAu/Ptドレイン4にそれぞれ形成した。そして、実施例2のFET素子のゲート−ソース(G−S)間に0Vから+2Vの電圧を加え、そのときのFET素子の抵抗率の温度依存性、いわゆる「ρ−T特性」を四端子法により測定した。その測定結果を図6に示す。
【0048】
図6のVG=0V、VG=−2V及びVG=0Vの抵抗曲線はそれぞれ、実施例2のFET素子にVG=−2Vを印加する前の抵抗曲線VG=0V(実線で表された曲線)と、VG=−2Vを印加したときの抵抗曲線VG=−2V、VG=−2Vを印加した後の抵抗曲線VG=0V(点線で表された曲線)である。これらの抵抗曲線はいずれも、FET素子の抵抗率がFET素子の温度を昇温或いは降温することによってヒステリシスを持つことを示している。すなわち、少なくとも120K近傍から160K近傍の温度範囲において、200Kから60KまでFET素子を降温した時のFET素子の抵抗率は、60Kから200Kまで降温した時の抵抗率に比べて低い。
【0049】
また、200Kから60KまでFET素子を降温する過程において、FET素子の抵抗率の変化率が最も大きくなる温度、すなわち、モット金属‐絶縁体転移に基づく相転移温度(TMI)は、実施例2のFET素子にVG=−2Vを印加したとき、約120Kである。一方、VG=0VのときのTMI)は、約130Kである。このように、本実施例2の素子のゲート−ソース(G−S)間にVG=−2Vを印加することによってチャンネル層2にホール22の注入を行うと、図6に記載された符号1及び2に示されるように、相転移温度TMIが10K程度低下している。
【0050】
しかし、チャンネル層2へのホール22の注入によって相転移温度TMIが変化する現象は、G−S間電圧VGを0Vに戻すと、相転移温度TMIも元の状態に戻る可逆現象である。この可逆現象は、実施例2のFET素子にVG=−2Vを印加する前の抵抗曲線VG=0V(実線で表された曲線)と、VG=−2Vを印加した後の抵抗曲線VG=0V(点線で表された曲線)がほぼ重なり合うことから、確認することができる。
【0051】
本実施例の素子の温度Tを60Kから200Kまで昇温する過程において、温度T=120Kのとき、G−S間電圧VGを0Vと−2Vで変化させることで、図5中の1と2の状態を切り替えることが出来る。このとき素子の抵抗は10倍程度変化するため、実施例2の素子はG−S間電圧VGによって抵抗が変化するFET素子として使用することが可能である。
【符号の説明】
【0052】
1 単結晶基板
2 導電チャンネル
3 ソース
4 ドレイン
5 ゲート電極
7 イオン液体層
21 導電チャンネル2のキャリア
22 導電チャンネル2に注入されたホール
31 保護層
41 保護層
51,52 ゲート電極
61,62 セパレータ層
71 カチオン(DEME)
72 アニオン(TFSI)
73 アニオン(BF4

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ペロブスカイト構造を有し、化学式がA1-xxNiO3(但し、Aは希土類元素から選択された1種類の元素であり、BとしてA以外の少なくとも1種類の希土類元素であって、xは0≦x≦1を満たす実数である)で表される複合酸化物からなる単結晶膜をチャンネル層に用いる、
ことを特徴とする電界効果トランジスタ。
【請求項2】
酸化物の単結晶からなる基板と、液状の電解質を含有するゲート絶縁層とを備え、
前記チャンネル層は、該基板上に直接に形成され、
上記ゲート絶縁層は、前記チャンネル層の露出した表面に接触する、
ことを特徴とする請求項1に記載の電界効果トランジスタ。
【請求項3】
前記元素Aがネオジウムであり、前記元素Bがサマリウムである、
ことを特徴とする請求項1に記載の電界効果トランジスタ。
【請求項4】
前記基板がNdGaO3単結晶からなる、
ことを特徴とする請求項2に記載の電界効果トランジスタ。
【請求項5】
請求項1乃至4に記載の電界効果トランジスタのうち、少なくとも1つを配置することによって構成される、
ことを特徴とするメモリ素子。
【請求項6】
ソース領域及びドレイン領域、前記ソース領域と前記ドレイン領域の間に設けられたチャンネル層、電気絶縁層を介して前記チャンネル層に隣接して設けられたゲート領域が、酸化物単結晶の基板の同一表面上に配置されるプレーナ構造の電界効果トランジスタを製造する方法であって、
ペロブスカイト構造を有し、化学式がA1-xxNiO3(但し、Aは希土類元素から選択された1種類の元素であり、BとしてA以外の少なくとも1種類の希土類元素であって、xは0≦x≦1を満たす実数である)で表される複合酸化物からなる単結晶膜を前記チャンネル層として、前記基板の同一平面上に直接的に形成する工程と、
フォトリソグラフィー法を用いて、ゲート領域及びチャンネル層間にゲート絶縁体領域の一部を構成する前記電気絶縁層を形成する工程と、
液状の電解質が上記チャンネル層に接触するように、液状の電解質を含有するイオン液体層で満たしたゲート絶縁体領域を上記チャンネル層上に形成する工程と、
を含むことを特徴とする、電界効果トランジスタの製造方法。

【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−243632(P2011−243632A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−112133(P2010−112133)
【出願日】平成22年5月14日(2010.5.14)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度独立行政法人科学技術振興機構委託研究「機能性酸化物を用いたナノ界面相転移デバイス開発」産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】