説明

ポリアクリロニトリル系重合体、および炭素繊維

【課題】生産性およびプロセス性を損なうことなく、高い重合安定性と製糸後延伸性を得られる重合体とその製造方法を提供する。
【解決手段】アクリロニトリルとラジカル重合開始剤と重合禁止剤とアクリロニトリルとの共重合成分及び溶媒を含み、ラジカル重合開始剤(A)と重合禁止剤(B)の重量比(B/A)が2≦(B/A)<210を満たしかつ重合禁止剤が溶液総量に対して10ppm〜140ppmである溶液を、加熱処理することによってアクリロニトリル系重合体を重合することを特徴とする重合体の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、重合安定性と製糸後延伸性に優れた重合体、さらには、高い焼成延伸性を得られる重合体とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、環境問題の高まりから複合材料の強化繊維として、益々その用途が各種方面に拡がり、重要性が高まっているとともに、更なる高性能化が強く求められている。従来は引張特性など単一の特性向上要求が中心であり、その要求に応えて炭素繊維の諸特性の向上が図られてきた。しかし、近年は、複数の特性を同時に、かつ高いレベルで満足することが求められている。特に、航空機の構造部材のように、いろいろな方向からの応力受ける部位に適用される炭素繊維においては、引張弾性率と圧縮強度を同時に向上させることが、さらなる軽量化を達成するための重要な課題となっている。
【0003】
最も広く利用されているポリアクリロニトリル系炭素繊維は、ポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を200乃至300℃の酸化性雰囲気下で耐炎化繊維へ転換する耐炎化工程、300乃至3000℃の不活性雰囲気下で炭素化する炭化工程を経て、工業的に製造される。この際、一般的に炭素繊維の引張弾性率は炭化工程における最高温度を高くするほど、得られる炭素繊維の引張弾性率を高くできることが知られている。しかしながら、炭化工程の最高温度を上げることにより、黒鉛結晶の成長に伴い、得られる炭素繊維の圧縮強度は低下する。すなわち、同一のポリアクリロニトリル系前駆体繊維束を用いて炭化温度の調整を行う限り、炭素繊維の引張弾性率と圧縮強度はトレードオフの関係にある。そのため、圧縮強度を必要とする用途においては、炭化温度の制御以外で、引張弾性率を高める技術が必要である。
【0004】
炭素繊維の引張弾性率を向上させるためには、焼成時に繊維を延伸することにより、得られる炭素繊維の配向度を高めることが有効であることが知られている。しかし、単に延伸倍率を高めるだけでは、毛羽の発生や糸切れを誘発し、操業性の低下や、得られる炭素繊維の品位の低下が避けられない。そのため、これまでいくつかの提案がなされている。
【0005】
これまでに提案されてきた炭化における延伸を安定して行うための技術として、用いるポリアクリロニトリル系重合体の分子量を高分子量化する技術が提案されている。ポリアクリロニトリル系重合体を重合するに際し、分子量を向上させるためには重合開始剤の濃度を低減させ、重合開始点を減少させることによる高分子量化技術が開示されている(特許文献1)。また、高分子量に限定されるわけではないが、かかる技術においてポリマに重合禁止剤が含まれていてもかまわないとされている(特許文献2)。ここで、特許文献2における重合禁止剤の意味は次のようなものである。アクリロニトリル等のラジカル重合性のモノマには保存時の安定性確保するために一般的に重合禁止剤が添加されている。そして、アクリロニトリル等をラジカル重合するに際しては、通常、蒸留等によるモノマと重合禁止剤の分離は行わず、重合禁止剤を含んだ系で重合を行うのが一般的である。また、ラジカル重合後のポリマの後重合を防止するために重合後のポリマに重合禁止剤を添加するのが一般的である(例えば、特許文献3)。かかる場合において、重合禁止剤の残存量は定かではないが、重合禁止剤を含んだポリマを炭素繊維に用いても、焼成工程において消失し、炭素繊維の諸物性として影響がないとされている。
【0006】
しかしながら特許文献1や、特許文献2の技術により得たアクリル系繊維束おいては、重合時の条件を厳密に制御しなければ分子量分布が変動する場合があり、それに起因して製糸後延伸工程における後延伸性が変動するという問題が生じる場合があった。
【0007】
かかる問題に対し、分子量分布の変動を抑制する技術として、ラジカルを発生する重合開始剤を間欠的に添加することでラジカル濃度を制御し、分子量分布を制御する技術が提案されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開2007/069511号
【特許文献2】特開2009−256816号公報
【特許文献3】特開平1−168750号公報
【特許文献4】特開平11−172217号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献4の技術はラジカル濃度を制御するために、重合開始剤を数回に分けて投入するため、プロセスが複雑化するばかりでなく、モノマ中の重合禁止剤や、重合系内の酸素濃度など、量が変動するラジカルトラップ元を相殺するよう、重合開始剤量を制御する必要があり、特許文献1や3の技術への適用は、重合初期の極短時間の間に分子量または重合系内の有効ラジカル濃度を測定し、重合開始剤量を制御する必要があり、実質的に不可能である。そのため、量が変動するラジカルトラップ元に対し、重合開始剤の量を制御するという技術は、重合初期の分子量を制御する技術にはなり得ない本発明の目的は、生産性およびプロセス性を損なうことなく、高い重合安定性と製糸後延伸性、さらには、焼成延伸性を得られるポリアクリロニトリル系重合体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、酸素やモノマ中の重合禁止剤等のラジカルトラップ元より過剰なラジカルトラップ能力を付与することでプロセス製を損なうことなく分子量のばらつきを低減できることを見出し、これにより製造したポリアクリロニトリル系重合体が製糸工程においてきわめて安定して後延伸が可能で、続く炭素化工程においても極めて高い焼成延伸性が得られることを見出し、本発明に到達した。上記の目的を達成するための本発明の炭素繊維用ポリアクリロニトリル重合体の製造方法は、アクリロニトリルとラジカル重合開始剤と重合禁止剤とアクリロニトリルとの共重合成分及び溶媒を含み、ラジカル重合開始剤(A)と重合禁止剤(B)の重量比(B/A)が式(1)を満たし、
2≦(B/A)<210 式(1)
かつ重合禁止剤が溶液総量に対して8ppm〜140ppmであり、溶存酸素濃度が1〜10ppmである溶液を、加熱処理するものである。
本発明に用いる重合禁止剤の種類としては、多環芳香族構造、単環芳香族構造を有する1種以上を含有することが好ましく、具体的にはヒドロキノン、メチルヒドロキノン、ヒドロキノンモノメチルエーテル、4-メトキシ-1-ナフトール、p-ハイドロオキシジフェニルアミン、N,N-ジフェニルジアミン、2−ターシャリーブチルハイドロキノン、2,5-ジターシャリーブチルハイドロキノン、t−ブチルカテコール、ニトロナフトールから選ばれる1種以上を含有することがさらに好ましい。また、本発明のポリアクリロニトリル系重合体は、ゲルパーミエーションクロマトグラフ(GPC)法で測定される重量平均分子量(Mw)が50〜70万で、極限粘度が2.0〜3.0であるであることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明のポリアクリロニトリル系重合体の製造方法を適用することで、ラジカルを発生させる重合開始剤が少ない重合系においても安定した分子量の重合体を重合することができ、かかる製造方法により得られたポリアクリロニトリル系重合体は、高分子量のポリアクリロニトリル系重合体であるにも関わらず、製糸後延伸工程において安定した後延伸性を実現することができるので、重合のバッチ間で製糸後延伸工程における後延伸性の差が殆どなく安定して品位の良いポリアクリロニトリル系炭素繊維前駆体繊維を得ることができ、その結果、焼成延伸性に優れ、品位の優れた炭素繊維を安定して製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、重合初期において発生する有効ラジカル数を制御し、生成する重合体の分子量が安定化することで、重合終了時における重合体の分子量分布が安定化したポリアクリロニトリル系重合体を得ることができ、かかる製造方法により得られたポリアクリロニトリル系重合体は、製糸後延伸工程において後延伸性が安定して発現し、かつ、焼成において高い延伸性を示すことを見出し、本発明に到達した。
【0013】
以下本発明のポリアクリロニトリル系重合体の製造方法及び炭素繊維の製造方法について詳しく説明する。
本発明の炭素繊維用ポリアクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリルとラジカル重合開始剤と重合禁止剤とアクリロニトリルとの共重合成分及び溶媒を含み、ラジカル重合開始剤(A)と重合禁止剤(B)の重量比(B/A)が式(1)を満たし
2≦(B/A)<210 式(1)
かつ重合禁止剤が溶液総量に対して8ppm〜140ppmであり、溶存酸素濃度が1〜10ppmである溶液(以降、本発明における重合原液と記す場合もある)を、加熱処理するポリアクリロニトリル系重合体での製造方法ある。
【0014】
かかる特定の重合禁止剤量等の条件の下重合することにより、製糸後延伸工程において安定して延伸できるポリアクリロニトリル系重合体を得ることができるメカニズムは必ずしも定かではないが、以下のように考えている。重合禁止剤量が特定範囲以下の物においてはモノマに含まれる重合禁止剤や重合系内の残存酸素などのラジカルトラップ作用のあるものの量が重合バッチ毎に変動することにより重合初期において重合開始剤の少ない系においては発生したラジカルが相殺され、重合初期の高分子が生成しやすい誘導期間に有効に働くラジカル数がばらつくことにより、重合初期に生成する高分子の分子量が極端に変動し、結果として重合終了時の分子量分布がばらつき製糸後延伸工程において後延伸性が不安定になると考えられる。製糸後延伸工程における後延伸性を変動させる分子量要因としては、重合初期においてラジカルがトラップされた結果有効に働くラジカル数が極端に減少し、重合開始点が少なくなるために高分子量がさらに高分子化し、このさらに高分子化した成分が続く製糸工程において延伸を阻害することで後延伸性を低下させると考えられる。そのため、本発明の重合体は重合禁止剤量を特定の範囲とすることで、モノマに含まれる重合禁止剤や、重合系内の残存酸素等のラジカルトラップ能力に比べ極端に多いラジカルトラップ能力を付与することで、モノマに含まれる重合禁止剤や重合系内の残存酸素量が変動しても重合初期において有効に働くラジカル数が殆ど変動しないため、重合初期において生成する高分子成分の分子量が安定化し、結果として重合終了時の分子量分布が安定化し、重合のバッチが変わっても分子量分布が殆ど同一の物となり、続く製糸工程において重合バッチ間の差が殆どないため、安定した後延伸性を発現すると考えている。
【0015】
ここで、重合初期および誘導期間の定義は以下の通りである。ラジカル重合開始剤は種類によりラジカルが発生する温度が異なるが、重合に供する溶液を加熱し、特定の温度に達したときにすべてがラジカル発生するのではなく、過熱過程の各温度においてある割合でラジカルが発生していくものであり、過熱過程においてはラジカル濃度が上昇していく領域が存在し、これを誘導期間とする。また、誘導期間初めのラジカルが発生し始めたときを重合初期とする。
【0016】
ここで、重合とは、発生したラジカルを起点にモノマがつながっていくことを言い、特定のモノマ量においては起点となるラジカルが少ないほど一つの起点当たりにつながるモノマが多くなるため、高分子量のポリマを得ることができる。そのため、重合初期に高分子量の重合体が生成するのである。
【0017】
本発明に用いられるアクリロニトリルは、単独保存状態での重合が進まないよう重合禁止剤を含む物が好ましく、不活性気体にて保存されることがさらに好ましい。
本発明に用いる重合禁止剤は、多環芳香族構造、単環芳香族構造を有する物が好ましくヒドロキノン、メチルヒドロキノン、ヒドロキノンモノメチルエーテル、4-メトキシ-1-ナフトール、p-ハイドロオキシジフェニルアミン、N,N-ジフェニルジアミン、2,5-ジターシャリーブチルハイドロキノン、ニトロナフトールから選ばれる1種以上を含有することがさらに好ましい。
【0018】
また、本発明においては、アクリロニトリルに含まれる重合禁止剤との和が溶液総重量に対して8ppm〜140ppmであることが必須である。重合禁止剤量が8ppm未満では十分な重合安定性が得られず、また、140ppmより多いと、重合開始剤や重合禁止剤の使用量によるコスト増加や、重合開始剤ではバランスがとれずに得られる重合体中の高分子量成分の重合度が十分に高くならない等の問題があるからである。本発明に用いるアクリロニトリルに含まれる重合禁止剤の量及び種類は特に限定されないが、アクリロニトリル単独での安定性の観点で、アクリロニトリル重量比20ppm〜40ppm含まれていることが好ましい。アクリロニトリルに含まれる重合禁止剤の量は、アクリロニトリルの吸光度により測定する。本発明における重合禁止剤量の調整方法は、アクリロニトリルに含まれる重合禁止剤の量を測定し、溶液総重量に対して8ppm〜140ppmとなるよう、重合禁止剤追加分を精秤し、該重合禁止剤を溶媒にて溶解後、アクリロニトリルと混合することで溶液総重量に対して重合禁止剤が8ppm〜140ppmである溶液を調整する。
【0019】
本発明に用いられるラジカル重合開始剤は特に限定されないが、油溶性アゾ化合物、水溶性アゾ化合物、過酸化物等が好ましく、安全面からの取り扱い性及び工業的に効率よく重合を行うという観点から、ラジカル発生温度が30〜150℃の範囲の物が好ましく用いられる。中でも、分解時に重合を阻害する酸素発生の懸念がないアゾ系化合物が好ましく用いられる。
【0020】
本発明のポリアクリロニトリル系重合体の製造方法は、製糸性の観点および、本発明により得られた重合体を紡糸して得た炭素繊維前駆体繊維束を耐炎化する時空に気中での熱処理を効率よく行う観点等から、共重合成分を本発明における重合原液に含むことが必須である。製糸性の観点から一般に、共重合成分の量が少ないと(極端な例としてポリアクリロニトリル単独では)、可塑性が低下し製糸延伸性が低下するため好ましくない。共重合体の量が多いと耐熱性が低下し、融着が発生しやすくなるため好ましくない。好ましい共重合成分の量としては、0.1乃至0.5mol%である。また、耐炎化時の空気中での熱処理を効率よく行う観点からは、少なくとも0.1mol%以上の耐炎化促進成分を共重合成分として共重合させることが好ましい。耐炎化促進成分としては、カルボキシル基またはアミド基を一つ以上有するものが好ましく例示される。耐炎化促進成分の共重合量を多くするほど耐炎化反応が促進され、短時間で耐炎化処理でき、生産性を高める目的から好ましい態様である。しかし一方で、該耐炎化促進成分の共重合量が多くなるほど、耐熱性が低下したり、発熱速度が大きくなり暴走反応の危険が生じることがあるため、0.5mol%を超えない範囲とすることが好ましい。共重合成分である耐炎化促進成分の具体例としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、シトラコン酸、エタクリル酸、マレイン酸、メサコン酸、アクリルアミドおよびメタクリルアミドなどが好ましく例示される。耐熱性の低下を防止するという目的からは、耐炎化促進効果の高いモノマを少量用いることが好ましく、アミド基よりもカルボキシル基を有する耐炎化促進成分を用いることが好ましい。また、含有されるアミド基とカルボキシル基の数は、1つよりも2つ以上であることがより好ましく、その観点からは、共重合成分である耐炎化促進成分としては、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、シトラコン酸、エタクリル酸、マレイン酸およびメサコン酸が好ましく、イタコン酸、マレイン酸およびメサコン酸がより好ましく、中でも、イタコン酸が最も好ましい。本発明により得られた重合体の、製糸性を向上させる目的から、アクリレートやメタクリレートなど、耐炎化促進成分以外の共重合成分を共重合してもよいが、重合体を紡糸して得た炭素繊維前駆体繊維束の耐炎化工程時の耐熱性の低下を防止するという目的からは、アクリロニトリル以外の共重合成分のトータル量は0.5mol%を超えないことが好ましい。
【0021】
本発明で用いられるポリアクリロニトリル系重合体を製造する重合方法としては、共重合成分を均一に重合する目的から溶液重合を用いることが必須である。溶液重合で用いられる溶液としては、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどのポリアクリロニトリルが可溶な溶媒を用いることが好ましい。中でも、生成したポリアクリロニトリル系重合体の溶解性の観点から、ジメチルスルホキシドがより好ましく用いられる。
【0022】
また、本発明のポリアクリロニトリル系重合体を得るのに供する加熱前の該溶液は溶存酸素濃度が1乃至10ppmであることが必須である。溶液に含まれる酸素量が10ppm以上であると、本発明の重合禁止剤を適用した重合系においても有効ラジカル数を制御しきれず、分子量がばらつくため好ましくない。下限については、溶液に含まれる溶存酸素濃度を1ppm以下にすることは工業的には不可能であることから、左記の値に設定し、かかる値を前提として、奏効する範囲に他の成分を設定している。加熱前の該溶液を実質的に酸素を含まない不活性ガスを絶えず供給し、不活性ガスにてシールされた雰囲気で攪拌することにより該溶液中の酸素を1乃至10ppmとすることができる。用いる不活性ガスとしてはコスト面で窒素が好ましい。本発明のポリアクリロニトリル系重合体は、該溶液を加熱処理することによって得られる。なお、本発明においてポリアクリロニトリル系重合体とは、少なくともアクリロニトリルが重合体骨格の主構成成分となっているものをいい、主構成成分とは、通常、重合体骨格の95乃至100mol%を占めることを言う。
【0023】
本発明の製造方法により得られるポリアクリロニトリル系重合体はゲルパーミエーションクロマトグラフ(GPC)法で測定される重量平均分子量(Mw)が50〜70万で、かつ極限粘度が2.0〜3.0であることが好ましい。重量平均分子量が50万以下では焼成における延伸性が低く好ましくない。重量平均分子量が70万以上では重合体を溶媒に分散状態としたときに粘度が高く、製糸する上で重合体の濃度を下げる必要があり、生産コストが上がるため好ましくない。重量平均分子量Mwはラジカルを発生する重合開始剤、モノマ濃度、連鎖移動剤、重合時間により制御することができる。重合開始剤量を減らすことで重量平均分子量Mwを高めることができるが、重合開始剤を減らすと同一の重合時間としたとき重合率が低下することに留意すべきである。
【0024】
以下本発明の製造方法により得られるポリアクリロニトリル系重合体を用いて得られる炭素繊維用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法について詳しく説明する。
【0025】
かかる炭素繊維用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法に用いられる紡糸原液は、本発明のポリアクリロニトリル系重合体を、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどのポリアクリロニトリルが可溶な溶媒に溶解したものである。溶液重合を用いる場合、重合に用いられる溶媒と紡糸溶媒を同じものにしておくと、得られたポリアクリロニトリル系重合体を分離し紡糸溶媒に再溶解する工程が不要となるため好ましい。本発明に用いるポリアクリロニトリル系重合体は濃度を10乃至20重量%未満の紡糸原液とすることが好ましい。該紡糸原液の濃度が10重量%に満たないと、炭素繊維製造用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の紡糸原液に対する収率が悪く生産性が悪いため好ましくない。また、該紡糸原液の濃度が20重量%を超えると、紡糸原液とした際の粘度が高く、製糸工程において口金からの吐出圧が高くなりプロセス性上好ましくない。また、該濃度は、ポリアクリロニトリル系重合体に対する、溶媒の割合により調整することができる。
【0026】
かかる炭素繊維用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法には、該紡糸原液を湿式紡糸法または乾湿式紡糸法により紡糸口金から吐出させ紡糸する紡糸工程と、該紡糸工程で得られた繊維を水浴中で洗浄する水洗工程と、該水洗工程で得られた繊維を水浴中で延伸する水浴延伸工程と、該水浴延伸工程で得られた繊維を乾燥熱処理する乾燥熱処理工程と、該乾燥熱処理工程で得られた繊維をスチーム延伸するスチーム延伸工程からなる製造方法が好ましく適用される。
【0027】
かかる炭素繊維用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法における紡糸工程では、高強度な炭素繊維を得るため、前述紡糸原液を紡糸する前に目開き1μm以下のフィルターに通し、ポリアクリロニトリル系重合体原料および各工程において混入した不純物を除去することが好ましい。紡糸原液を、湿式紡糸法または乾湿式紡糸法により口金から紡出し、凝固浴に導入して繊維を凝固せしめる。得られる炭素繊維用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の緻密性を高め、また得られる炭素繊維の力学物性を高める目的からは、乾湿式紡糸法を用いることが、好ましい。
【0028】
かかる炭素繊維用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法において、前記凝固浴には、紡糸原液の溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどの溶媒と、いわゆる凝固促進成分を含ませることが好ましい。凝固促進成分としては、前記ポリアクリロニトリル系重合体を溶解せず、かつ紡糸原液に用いる溶媒と相溶性があるものを使用することができる。具体的には、凝固促進成分として水を使用することが好ましい。凝固浴中に紡糸した繊維糸条を導入して凝固せしめる紡糸工程の後、水洗工程、水浴延伸工程、乾燥熱処理工程およびスチーム延伸工程を経て、炭素繊維製造用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維が得られる。
【0029】
かかる炭素繊維用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の製造方法においては、溶媒を水洗工程により除去した後に該水洗工程で得られた繊維を水浴中で延伸する水浴延伸工程を有する。ここで、水浴延伸工程とは、水洗工程後の糸条を水浴中で少なくとも1.3倍延伸する工程のことであり、60乃至80℃の水浴中で予備延伸した後、最高温度60乃至98℃の水浴中で延伸することが好ましい。また、水洗工程における水浴温度が10乃至60℃の複数段からなる水洗浴を用い水洗することが好ましい。また、水浴中延伸における延伸倍率は、1.3〜5倍であることが好ましく、より好ましくは2〜4倍である。
【0030】
水浴延伸工程の後、単繊維同士の接着を防止する目的から、糸条にシリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。かかるシリコーン油剤は、変性されたシリコーンを用いることが好ましく、耐熱性の高いアミノ変性シリコーンを含有するものを用いることができる。
【0031】
前記した水洗工程、水浴延伸工程および必要に応じ油剤付与工程の後、乾燥熱処理およびスチーム延伸を行うことにより、炭素繊維用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維が得られる。
【0032】
本発明において、乾燥熱処理は、繊維軸方向の結晶性を高める目的から、160〜200℃の温度で行うことが好ましい。乾燥熱処理は、糸条を加熱されたローラーに直接接触させても、加熱された雰囲気を走行させ非接触で乾燥させてもよいが、乾燥効率という観点からは、加熱されたローラーに直接接触させることが好ましく、糸条の含有水分量が1重量%となるまで乾燥し、繊維構造を緻密化させることが好ましい。
【0033】
また、本発明において、スチーム延伸は、加圧スチーム中において、少なくとも3倍以上、より好ましくは4倍以上、さらに好ましくは5倍以上延伸するのがよい。前記した水洗工程、水浴延伸工程とスチーム延伸工程を含めたトータルの延伸倍率は、繊維軸方向の結晶性を高める観点から、11〜15倍であることが好ましい。延伸倍率が11倍を下回ると、繊維軸方向の結晶性が低くストランド引張強度が発現しにくく、また、延伸倍率が15倍を超えると延伸切れが顕著となり、得られる炭素繊維用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維および炭素繊維の品位が低下する傾向を示す。
【0034】
また、本発明において、炭素繊維用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の1糸条当たりのフィラメント数は、好ましくは1,000〜3,000,000本であり、より好ましくは6,000〜3,000,000本であり、さらに好ましくは12,000〜2,500,000本である。該フィラメント数は、生産性の向上の目的からは、1,000本以上で多い方が好ましいが、3,000,000本を超えると炭素繊維用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維糸条内部まで均一に耐炎化処理できないことがある。
次に、本発明の炭素繊維の製造方法について説明する。本発明の炭素繊維の製造方法は、前記のようにして得られたポリアクリロニトリル系前駆体繊維を、耐炎化、予備炭化した後、特定の炭化張力下で炭化して得られる。
まず、耐炎化工程から説明する。耐炎化は、暴走反応を生じない範囲でできるだけ高い温度で行うことが好ましく、具体的には200乃至300℃の空気中において行うことが好ましい。
【0035】
耐炎化する際の延伸比は、0.80乃至1.20であることが好ましく、0.90乃至1.20であることがより好ましく、0.85乃至1.10であることが更に好ましい。延伸比が0.80を下回ると、得られる耐炎化繊維の配向度が不十分となり、また、得られる炭素繊維のストランド引張弾性率が低下することがある。また、延伸比が1.20を超えると、毛羽発生、糸切れ発生により、プロセス性が低下することがある。
【0036】
耐炎化の処理時間は、10乃至100分の範囲で適宜選択することができるが、続く予備炭化のプロセス性、および、得られる炭素繊維の力学物性向上の目的から、得られる耐炎化繊維の比重が1.3乃至1.38の範囲となるように設定することが好ましい。
【0037】
次に、本発明の予備炭化工程および炭化工程について説明する。
【0038】
本発明の炭素繊維の製造方法では、前記した耐炎化繊維を、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化した後、1000〜2000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化することで得られる。必要に応じて2000〜3000℃の温度の不活性雰囲気中において行う黒鉛化工程を含んでも良い。
【0039】
本発明において、予備炭化工程、炭化工程および黒鉛化工程は不活性雰囲気中で行なわれるが、用いられる不活性ガスとしては、例えば、窒素、アルゴンおよびキセノンなどが好ましく例示され、経済的な観点からは窒素が好ましく用いられる。
【0040】
本発明において、予備炭化の温度は、300乃至800℃であることが好ましく、予備炭化における昇温速度は、500℃/分以下に設定されることが好ましい。
【0041】
予備炭化を行う際の延伸比は、1.00乃至1.30であることが好ましく、1.10乃至1.30であることがより好ましく、1.10乃至1.20であることが更に好ましい。延伸比が1.00を下回ると、得られる予備炭化繊維の配向度が不十分となり、炭素繊維のストランド引張弾性率が低下することがある。また、延伸比が1.30を超えると、毛羽発生や糸切れ発生により、プロセス性が低下することがある。
本発明において、炭化工程における温度は1000〜2000℃であることが好ましく、より好ましくは1300〜1700℃であり、さらに好ましくは1400〜1650℃である。その最高温度が高いほど、引張弾性率は高まるものの、黒鉛化が進行し、炭素構造の二次元性が高まり、その結果、伝導電子量が増加、ひいては圧縮強度の低下が生じることがあるので、両者のバランスを勘案して、炭化工程における温度を設定する。
本発明の炭素繊維は前記前駆体繊維を耐炎化、予備炭化した後、特定の範囲の張力条件下で炭化することにより得られる。本発明の炭素繊維の炭化工程における張力は2.2乃至17.5mN/dTexであることが好ましく、3.5乃至16.5であることが好ましく、3.2乃至15.5であることが更に好ましい。張力が2.2mN/dTexを下回ると、得られる炭素繊維の配向度や緻密性が不十分となり、ストランド引張弾性率が低下することがある。また、張力が17.5mN/dTexを超えると、毛羽発生や糸切れ発生により、プロセス性が低下することがある。
【0042】
ここで、炭化工程における張力とは炭化炉出側のロールで測定した張力(mN)を炭素繊維製造用ポリアクリロニトリル系前駆体繊維の絶乾時の繊度(dTex)で割った値で示すものとする。炭化工程における張力はロールを具備した固定軸に糸条を走行させ、固定軸間の糸条にウェイトを具備した滑車状のロールを掛けることにより付与し、ウェイトを調整することにより制御することができる。
【0043】
得られた炭素繊維は、その表面改質のため、電解処理することができる。電解処理に用いられる電解液には、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、炭酸アンモニウムおよび重炭酸アンモニウムのようなアルカリまたはそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量は、適用する炭素繊維の炭化度に応じて適宜選択することができる。かかる電解処理により、得られる複合材料において炭素繊維とマトリックスとの接着性が適正化でき、接着が強すぎることによる複合材料のブリトルな破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの、樹脂との接着性に劣り、非繊維方向における強度特性が発現しないというような問題が解消され、得られる複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
【0044】
かかる電解処理の後、得られた炭素繊維に集束性を付与するため、サイジング処理をすることもできる。サイジング剤には、複合材料に使用されるマトリックス樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。付与したサイジング剤の乾燥は特に限定されないが、糸条を加熱されたローラーに直接接触させると、炭素繊維は伸度が低いため品位が悪化することがあるので、非接触型の熱風炉を用いることが好ましい。
【0045】
本発明の製造方法により得られる炭素繊維は、圧縮強度および引張弾性率が高い。そのため、本発明の炭素繊維は、プリプレグとしてオートクレーブ成形、織物などのプリフォームとしてレジントランスファーモールディングで成形、フィラメントワインディングで成形するなど種々の成形法により、航空機部材、圧力容器部材、自動車部材、釣り竿およびゴルフシャフトなどのスポーツ部材として、好適に用いることができる。
【0046】
本明細書に記載の各種物性値の測定方法は、次の通りである。
【0047】
<アクリロニトリル含有重合禁止剤量測定>
重合に供するアクリロニトリル20mlを栓付三角フラスコに精秤し、濃硝酸10mlを加え、1分間振り混ぜ、2分間静置して検体溶液を得る。該検体溶液を10ml石英セルに入れ吸光度計にて波長400nmの吸光度を測定し、検量線上の数値を読み取ることで、重合禁止剤量を求める。
アクリロニトリルに含有されている重合禁止剤量は、重合禁止剤量が異なる重合禁止剤量が既知のアクリロニトリル4種以上を用いて重合禁止剤量−吸光度の検量線を作成する。
重合禁止剤量が既知のアクリロニトリルとして、重合禁止剤重量比が40ppm、100ppm、150ppm、200ppmのものを用い吸光度測定を行う。本発明では吸光度測定装置として(株)島津製作所製自記分光光度計UV−240を用いた。
【0048】
<重量平均分子量(Mw)>
重合体の濃度が0.1重量%となるように、ジメチルホルムアミド(0.01N−臭化リチウム添加)に溶解し、検体溶液を得る。得られた検体溶液について、GPC装置を用いて、次の条件(i)(ii)で測定したGPC曲線から分子量の分布曲線を求め、Mwを算出する。測定はそれぞれの条件で3回行い、算術平均値をその重合体のMwとする。なお、条件(i)(ii)でデータが異なるときには条件(ii)のデータを採用するものとする。
条件(i)
・カラム:極性有機溶媒系GPC用カラム
・流速:0.8ml/min
・温度:40℃
・試料濾過:メンブレンフィルター(0.45μmカット)
・注入量:20μl
・検出器:示差屈折率検出器
条件(ii)
・カラム:極性有機溶媒系GPC用カラム
・流速:0.5ml/min
・温度:70℃
・試料濾過:メンブレンフィルター(0.45μmカット)
・注入量:200μl
・検出器:示差屈折率検出器
Mwは、分子量が異なる分子量既知の単分散ポリスチレンを少なくとも6種以上用いて、溶出時間−分子量の検量線を作成し、その検量線上において、該当する溶出時間に対応するポリスチレン換算の分子量を読みとることにより求める。使用するGPC装置およびカラムは上記条件を満たすものであれば特に限定されないが、後述する実施例および比較例においては、GPC装置として(株)島津製作所製CLASS−LC2010を、カラムとして東ソー(株)製TSK−GEL―α―M(×2)を、ジメチルホルムアミド及び臭化リチウムとして和光純薬工業(株)製を、メンブレンフィルターとしてミリポアコーポレーション製0.45μ−FHLP FILTERを、示差屈折率検出器として(株)島津製作所製RID−10AVを、検量線作成用の単分散ポリスチレンとして、分子量184000、427000、791000、1300000、1810000及び4240000のものをそれぞれ用いた。なお、同一の組成において5回の重合を行い各々の重合体についてMwを算出し、その算術平均値を重量平均分子量Mwとした。また、標準偏差を算出し、標準偏差/算術平均×100をばらつき(CV)とした
<炭素繊維用前駆体繊維の品位等級の基準>
検査項目は3000本の繊維束を1m/分の速度で走行させながら、スタート後15m以上走行させた後、毛羽・毛玉の個数を300mの範囲について目視にて数え、以下の三段階で評価する。評価基準は下記の通りである。なお、測定は、任意の1糸条を選択して行うものとする。
【0049】
等級1:繊維300m中、1個以内
等級2:繊維300m中、2から15個以内
等級3:繊維300m中、16個以上
<極限粘度>
120℃の温度で2時間熱処理し乾燥したポリアクリロニトリル系重合体150mgを、60℃の温度において、50mlのチオシアン酸ナトリウム0.1mol/リットル添加ジメチルホルムアミドに溶解する。得られた溶液について、25℃の温度においてオストワルド粘度計を用いて標線間の落下時間を1/100秒の精度で測定する。測定した落下時間をt(秒)とする。同様に、ポリアクリロニトリル系重合体を溶解していないチオシアン酸ナトリウム0.1mol/リットル添加ジメチルホルムアミドについても測定し、その落下時間をt(秒)とする。次式を用いて、極限粘度[η]を算出した。
[η]={(1+1.32×ηsp)(1/2)−1}/0.198
ηsp=(t/t)−1
上記測定を3回行い、その算術平均を、そのポリアクリロニトリル系重合体の極限粘度とする。なお、各実施および例比較例において同一組成で5回重合し、各々の重合体について極限粘度を測定し、その算術平均を極限粘度[η]とする。
なお、後述の実施例および比較例においては、上記チオシアン酸ナトリウム、および、ジメチルホルムアミドとして、いずれも和光純薬社製特級を用いた。
【0050】
<溶存酸素濃度>
溶存酸素分析計としてハックウルトラ(株)製モデル410を用い、重合に供する溶液でセンサー部が満たされるよう、重合槽の底部にセンサーを設置し、重合に供するアクリロニトリルとアクリロニトリルとの共重合成分及び溶媒、重合禁止剤を重合槽へ投入時リアルタイムで重合に供する溶液の溶存酸素濃度測定を行い、不活性ガスによる置換を行う際もリアルタイムで測定する。
【0051】
<炭素繊維のストランド引張弾性率および強度>
炭素繊維のストランド引張弾性率および強度はJIS R7601(1986)「樹脂含浸ストランド試験法」に従って求める。なお、試験片は、次の樹脂組成物を炭素繊維に含浸し、130℃で35分熱処理の硬化条件により作製する。
樹脂組成:3、4−エポキシシクロヘキシルメチル−3、4−エポキシ−シクロヘキサン−カルボキシレート(100重量部)/3フッ化ホウ素モノエチルアミン(3重量部)/アセトン(4重量部)
また、ストランドの測定本数は6本とし、各測定結果の算術平均値を、その炭素繊維のストランド引張弾性率および強度とする。
なお、後述の実施例および比較例においては、上記3、4−エポキシシクロヘキシルメチル−3、4−エポキシ−シクロヘキサン−カルボキシレートとしては、ユニオンカーバイド(株)製、“BAKELITE(登録商標)”ERL−4221を用いた。
【実施例】
【0052】
以下に記載する実施例1〜11および比較例1〜6は、次の包括的実施例に記載の実施方法において、表1に記載の各条件を用いて行ったものである。
包括的実施例:
アクリロニトリル99.6molと共重合成分としてイタコン酸0.4mol%からなるモノマ20wt%をジメチルスルホキシド80wt%を溶媒とし、表1記載の重合禁止剤を表1記載の量添加し、2,2'-アゾビスイソブチロニトリルを表1記載の重合開始剤/重合禁止剤となるよう仕込んだ後、該溶液の攪拌を行いながら窒素にて重合槽内を置換して、該溶液の溶存酸素濃度が表1記載の濃度に達した時点で加熱して溶液重合法によりポリアクリロニトリル系重合体を製造した。ここで、アクリロニトリルとしては重合禁止剤として4メトキシ−1ナフトールを40ppm含むものを用いた。
【0053】
製造されたポリアクリロニトリル系重合体にアンモニアガスをpH8.5になるまで吹き込み、イタコン酸を中和しつつ、アンモニウム基をポリアクリロニトリル系共重合体に導入し、紡糸原液を得た。なお、同一の組成において、5回重合を行い、得られた各々の紡糸原液について、重量平均分子量、極限粘度を測定した。測定結果を表1に示す。
得られた紡糸原液を、40℃で、直径0.12mm、孔数3,000の紡糸口金を用い、一旦空気中に吐出し、約4mmの空間を通過させた後、3℃にコントロールした35%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により凝固糸条とした。
【0054】
この凝固糸条を、常法により水洗した後、水浴延伸工程を独立した2槽の温水槽を用い、3.5倍の延伸を行い、さらにアミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与した後、160℃の加熱ローラーを用いて、乾燥緻密化処理を行い、次いで、加圧スチーム中で3.7倍延伸することにより、製糸全延伸倍率を13倍とし、単繊維繊度0.7dtex、単繊維本数3,000本のポリアクリロニトリル系前駆体繊維を得た。次に、得られたアクリル系繊維を4本合糸し、単繊維本数12,000本とし、温度240乃至260℃の空気中において、延伸比1.0で延伸しながらで耐炎化処理し、比重1.35の耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束を、温度300乃至800℃の窒素雰囲気中において、延伸比1.15で延伸しながら予備炭化処理を行い次いで、最高温度1,500℃の窒素雰囲気中において、張力を2.2mN/dTexから0.1mN/dTexずつ上げていき、糸切れが生じない最高の張力、すなわち、表3に示す炭化延伸限界張力を見出し、この炭化延伸限界張力において、炭化処理を行い炭素繊維束を得た。得られた炭素繊維束について、ストランド引張強度(GPa)、ストランド引張弾性率(GPa)を測定した。各測定結果を表1に合わせて示す。
[比較例1]表1記載の条件にて重合製糸した。重合禁止剤の量が、本発明の下限に満たないため、得られた重合体は重量平均分子量ばらつきが大きく、前駆体繊維品位等級が悪いことがわかった。得られたポリアクリロニトリル系前駆体繊維を、耐炎化、予備炭化し、炭素繊維束を製造した。炭化延伸限界張力が低く、得られた炭素繊維はストランド引張弾性率が低いことがわかった。
[比較例2]表1記載の条件にて重合製糸した。重合禁止剤の量が、本発明の上限より多いため、得られた重合体は重量平均分子量が低いことがわかった。得られたポリアクリロニトリル系前駆体繊維を、耐炎化、予備炭化し、炭素繊維束を製造した。炭化延伸限界張力が低く、得られた炭素繊維はストランド引張弾性率が低いことがわかった。
[比較例3]表1記載の条件にて重合製糸した。重合開始剤/重合禁止剤の比が、本発明の下限に満たないため、得られた重合体は重量平均分子量が低いことがわかった。得られたポリアクリロニトリル系前駆体繊維を、耐炎化、予備炭化し、炭素繊維束を製造した。炭化延伸限界張力が低く、得られた炭素繊維はストランド引張弾性率が低いことがわかった。
[比較例4]表1記載の条件にて重合製糸した。重合開始剤/重合禁止剤の比が、本発明の上限より大きいため、得られた重合体は重量平均分子量及び極限粘度が低いことがわかった。得られたポリアクリロニトリル系前駆体繊維を、耐炎化、予備炭化し、炭素繊維束を製造した。炭化延伸限界張力が低く、得られた炭素繊維はストランド引張弾性率が低いことがわかった。
[比較例5]表1記載の条件にて重合製糸した。溶存酸素濃度が、本発明の上限より多いため、得られた重合体は重量平均分子量ばらつきが大きく、前駆体繊維品位等級が悪いことがわかった。得られたポリアクリロニトリル系前駆体繊維を、耐炎化、予備炭化し、炭素繊維束を製造した。炭化延伸限界張力が低く、得られた炭素繊維はストランド引張弾性率が低いことがわかった。
[比較例6]表1記載の条件にて重合製糸した。重合禁止剤の代わりに蒸留水を用いたため、得られた重合体は重量平均分子量ばらつきが大きく、前駆体繊維品位等級が悪いことがわかった。得られたポリアクリロニトリル系前駆体繊維を、耐炎化、予備炭化し、炭素繊維束を製造した。炭化延伸限界張力が低く、得られた炭素繊維はストランド引張弾性率が低いことがわかった。
【0055】
【表1】

【0056】
アクリロニトリルとラジカル重合開始剤と重合禁止剤とアクリロニトリルとの共重合成分及び溶媒を含み、ラジカル重合開始剤と重合禁止剤の重量比を特定の範囲とし、かつ重合禁止剤が溶液総量に対して特定の量とした溶液を、加熱処理することによってアクリロニトリル系重合体を重合することで得られる重合体は分子量が安定した物となり、かつ製糸後延伸工程において安定した後延伸が可能であることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明によれば、生産性とプロセス性を損なうことなく、ラジカルを発生させる重合開始剤が少ない重合系においても安定した分子量の重合体を重合することができ、かつ、高分子量のポリアクリロニトリル系重合体でも製糸後延伸工程において安定した後延伸性を実現することができ、重合のバッチが変わっても製糸後延伸工程における後延伸性の差が殆どない重合体を製造できる。その結果、品位の優れた炭素繊維を安定して製造することができる。
【0058】
本発明により得られる炭素繊維は、高い圧縮強度及び引張弾性率を有する。従って、本発明の炭素繊維は、プリプレグを用いたオートクレーブ成型法、織物などのプリフォームを用いたレジントランスファーモールディング成型法、フィラメントワインディング成型法などの種々の成型法に適用可能であり、これらの成型法を用いた、航空機部材、圧力容器部材、自動車部材、釣り竿およびゴルフシャフトなどのスポーツ部材の形成に好適に用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロニトリルとラジカル重合開始剤と重合禁止剤とアクリロニトリルとの共重合成分及び溶媒を含み、ラジカル重合開始剤(A)と重合禁止剤(B)の重量比(B/A)が式(1)を満たし、
2≦(B/A)<210 式(1)
かつ重合禁止剤が溶液総量に対して8ppm〜140ppmであり、溶存酸素濃度が1〜10ppmである溶液を、加熱処理するポリアクリロニトリル系重合体の製造方法。
【請求項2】
重合禁止剤が多環芳香族構造、および/または単環芳香族構造を有する重合禁止剤の1種以上を含有する請求項1記載のポリアクリロニトリル系重合体の製造方法。
【請求項3】
重合禁止剤がヒドロキノン、メチルヒドロキノン、ヒドロキノンモノメチルエーテル、4-メトキシ-1-ナフトール、p-ハイドロオキシジフェニルアミン、N,N-ジフェニルジアミン、2−ターシャリーブチルハイドロキノン、2,5-ジターシャリーブチルハイドロキノン、t−ブチルカテコール、ニトロナフトールから選ばれる1種以上を含有する請求項2記載のポリアクリロニトリル系重合体の製造方法。
【請求項4】
ゲルパーミエーションクロマトグラフ(GPC)法で測定される重量平均分子量(Mw)が50〜70万、かつ極限粘度が2.0〜3.0である請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法で得られたポリアクリロニトリル系重合体。
【請求項5】
請求項4記載のポリアクリロニトリル系重合体を製糸、耐炎化、予備炭化した後、炭化張力を2.2mN/dTex乃至17.5mN/dTexで炭化せしめることを特徴とする炭素繊維の製造方法。

【公開番号】特開2011−213773(P2011−213773A)
【公開日】平成23年10月27日(2011.10.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−80704(P2010−80704)
【出願日】平成22年3月31日(2010.3.31)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】