説明

モリブデン及びコバルトの回収方法

【課題】 モリブデンとコバルトとの両方を良好な回収率で纏めて回収することができるモリブデン及びコバルトの回収方法と、該方法により回収したモリブデン及びコバルトを原料とした複合酸化物等の製造方法とを提供する。
【解決手段】 モリブデン及びコバルトの回収方法は、モリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物を、アンモニア及び有機塩基の少なくとも一方が水に溶解してなる抽出用水溶液と混合することにより、該複合酸化物からモリブデン及びコバルトを水相に抽出させる。複合酸化物の製造方法は、前記モリブデン及びコバルトを含有する水相を乾燥した後、焼成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物からモリブデン及びコバルトを回収する方法と、該方法により回収したモリブデン及びコバルトを原料として複合酸化物または複合酸化物触媒を製造する方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、モリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物は、例えば各種気相接触酸化反応における触媒として幅広く利用されているが、一般に、触媒は一定期間使用すると性能が低下し廃触媒として廃棄されるため、この廃触媒中のモリブデン及びコバルトを回収し、再利用することが求められている。そこで、モリブデンとコバルトの両方を回収する方法として、モリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物を、苛性ソーダや炭酸ソーダといったアルカリの水溶液中でアルカリ浸出させてモリブデンを含む浸出液を得るとともに、不溶解残渣を硫酸水溶液中で酸浸出させてコバルトを含む浸出液を得ることにより、モリブデンとコバルトをそれぞれ回収する方法(特許文献1)が提案されている。また、モリブデンを回収する方法として、モリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物を水酸化アルカリ水溶液と混合してモリブデン含有水溶液を得ることにより、モリブデンを回収する方法(特許文献2)も提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平5−156375号公報
【特許文献2】国際公開2007/032228号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述した従来のモリブデン及びコバルトの回収方法は、まずモリブデンを回収した後、残渣からコバルトを回収するものである。このような回収方法は、回収したモリブデンとコバルトをそれぞれ別々に再利用する場合には有利であるが、反面、回収に複数の工程を要するため、簡便性に欠けコスト的にも不利になる。他方、モリブデンとコバルトとを共に触媒構成元素として含有する触媒も多く存在し、かかる触媒の原料として再利用する際には、むしろモリブデンとコバルトとの両方を纏めて回収できる方法の方が好ましいことがあり、かかる方法が要望されていた。
【0005】
そこで、本発明の目的は、モリブデンとコバルトとの両方を良好な回収率で纏めて回収することができるモリブデン及びコバルトの回収方法と、該方法により回収したモリブデン及びコバルトを原料とした複合酸化物の製造方法並びに複合酸化物触媒の製造方法とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、前記課題を解決するべく鋭意検討を行った。その結果、上述した従来のモリブデン及びコバルトの回収方法で用いられていた苛性ソーダや炭酸ソーダの如き塩基によるアルカリ水溶液では、コバルトを充分な回収率で水溶液に抽出させることはできなかったところ、アルカリ水溶液としてアンモニア及び有機塩基の少なくとも一方が水に溶解してなる水溶液を用いることにより、モリブデンとコバルトの両方を良好な回収率で水相に抽出できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の構成からなる。
(1)モリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物を、アンモニア及び有機塩基の少なくとも一方が水に溶解してなる抽出用水溶液と混合することにより、該複合酸化物からモリブデン及びコバルトを水相に抽出させることを特徴とするモリブデン及びコバルトの回収方法。
(2)前記複合酸化物がモリブデン及びコバルトとともにセシウムをも含み、セシウムも前記水相に抽出させる前記(1)に記載の回収方法。
(3)前記抽出用水溶液のpHが8以上である前記(1)または(2)に記載の回収方法。
(4)前記複合酸化物を前記抽出用水溶液と混合する際の混合温度が0〜100℃である前記(1)〜(3)のいずれかに記載の回収方法。
(5)前記有機塩基が、アミン類及び4級アンモニウム化合物の少なくとも一方である前記(1)〜(4)のいずれかに記載の回収方法。
【0008】
(6)前記(1)〜(4)のいずれかに記載の回収方法において得られるモリブデン及びコバルトを含有する水相を乾燥した後、焼成することを特徴とするモリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物の製造方法。
(7)モリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物触媒であり、かつ、不飽和アルデヒド及び不飽和カルボン酸製造用触媒、不飽和カルボン酸製造用触媒、不飽和ニトリル製造用触媒、及び水素化処理触媒からなる群より選ばれる少なくとも1種の複合酸化物触媒を製造する方法であって、前記(1)〜(4)のいずれかに記載の回収方法において得られる水相に含まれるモリブデン及びコバルトを触媒原料とし、該触媒原料を含む水溶液又は水性スラリーを乾燥した後、焼成することを特徴とする複合酸化物触媒の製造方法。
(8)不飽和アルデヒド及び不飽和カルボン酸製造用触媒を製造する前記(7)に記載の複合酸化物触媒の製造方法。
(9)前記焼成後、還元性物質の存在下に熱処理を行う前記(7)または(8)に記載の複合酸化物触媒の製造方法。
(10)前記熱処理は200〜600℃で行う前記(9)に記載の複合酸化物触媒の製造方法。
(11)前記熱処理による質量減少率が0.05〜6質量%である前記(9)または(10)に記載の複合酸化物触媒の製造方法。
(12)前記還元性物質が、水素、アンモニア、一酸化炭素、炭素数1〜6の炭化水素、炭素数1〜6のアルコール、炭素数1〜6のアルデヒド、及び炭素数1〜6のアミンからなる群より選ばれる物質である前記(9)〜(11)のいずれかに記載の複合酸化物触媒の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、モリブデンとコバルトとの両方を良好な回収率で纏めて回収することができる。これにより、モリブデン及びコバルトを含有する所定の複合酸化物や複合酸化物触媒を、簡便に回収した原料を再利用して安価に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を詳細に説明する。
(モリブデン及びコバルトの回収方法)
本発明のモリブデン及びコバルトの回収方法は、モリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物からモリブデン及びコバルトを回収するものである。
【0011】
本発明の回収方法の適用対象となる前記複合酸化物は、モリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物であれば特に制限はなく、例えば、モリブデン及びコバルトのみからなる複合酸化物であってもよいし、モリブデン及びコバルトとともにこれら以外の他の金属元素の1種または2種以上を構成元素とする複合酸化物であってもよい。他の金属元素としては、例えば、ビスマス、鉄、ニッケル、マンガン、亜鉛、カルシウム、マグネシウム、スズ、鉛、リン、ホウ素、ヒ素、テルル、タングステン、アンチモン、ケイ素、アルミニウム、チタン、ジルコニウム、セリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、タリウム、バナジウム、銅、銀、ランタン等が挙げられる。
【0012】
前記複合酸化物の好ましい組成は、下記一般式(1)に示す通りである。
MoaBibFecCodAeBfCgOx (1)
(式(1)中、Mo、Bi、Fe及びCoはそれぞれモリブデン、ビスマス、鉄及びコバルトを表し、Aはニッケル、マンガン、亜鉛、カルシウム、マグネシウム、スズ及び鉛からなる群より選ばれる元素を表し、Bはリン、ホウ素、ヒ素、テルル、タングステン、アンチモン、ケイ素、アルミニウム、チタン、ジルコニウム及びセリウムからなる群より選ばれる元素を表し、Cはカリウム、ルビジウム、セシウム及びタリウムからなる群より選ばれる元素を表し、Oは酸素を表し、a=12としたとき、0<b≦10、0<c≦10、1≦d≦10、0≦e≦10、0≦f≦10、0<g≦2であり、xは各元素の酸化状態により定まる値である。)
一般式(1)に示す組成を有する複合酸化物の中でも特に、下記に示すいずれかの組成(酸素原子を除く)を有するものがより好ましい。
Mo12Bi0.1-5Fe0.5-5Co5-10Cs0.01-1
Mo12Bi0.1-5Fe0.5-5Co5-10Sb0.1-5K0.01-1
【0013】
前記複合酸化物は、未使用のものであってもよく、触媒等として使用されたものであってもよい。また、触媒等として製造されたものの所望の性能を有していない複合酸化物(例えば、製造工程で粉化してしまったものや、熱負荷等により劣化してしまったものなどを含む)であってもよい。前記複合酸化物として用いることのできる触媒の種類は、特に制限されるものではなく、例えば、不飽和アルデヒド及び不飽和カルボン酸製造用触媒、不飽和カルボン酸製造用触媒、不飽和ニトリル製造用触媒のほか、重油等の脱硫用触媒、脱窒素用触媒、改質(水素化分解)触媒、水素添加触媒等の如き水素化処理触媒などが挙げられる。
【0014】
本発明のモリブデン及びコバルトの回収方法においては、上述した複合酸化物を、アンモニア及び有機塩基の少なくとも一方(塩基成分)が水に溶解してなる抽出用水溶液と混合する。前記複合酸化物を抽出用水溶液と混合することにより、該複合酸化物からモリブデン及びコバルトが抽出用水溶液の水相に高い回収率(抽出率)で抽出される。
【0015】
前記塩基成分がアンモニアである場合、アンモニアの代わりに、分解してアンモニアを発生する化合物(以下「アンモニア発生物質」と称することもある)を水に溶解させることもできる。アンモニア発生物質としては、例えば、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、尿素等が挙げられる。アンモニア発生物質は1種のみを用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0016】
前記塩基成分が有機塩基である場合、有機塩基としては、例えば、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミンの如き飽和脂肪族アミン、アリルアミン、ジアリルアミン、トリアリルアミンの如き不飽和脂肪族アミン、アニリンの如き芳香族アミン等のアミン類;テトラメチルアンモニウム、テトラエチルアンモニウム、n−プロピルトリメチルアンモニウム、テトラ−n−プロピルアンモニウム、テトラ−n−ブチルアンモニウム、4,4’−トリメチレンビス(ジメチルピペリジウム)、ベンジルトリメチルアンモニウム、ジベンジルジメチルアンモニウム、1,1’−ブチレンビス(4−アザ−1−アゾニアビシクロ[2,2,2]オクタン)、トリメチルアダマンチルアンモニウムのような各種4級アンモニウムの水酸化物やハロゲン化物の如き4級アンモニウム化合物;ピリジン、ピリミジンなど:等が挙げられる。これらの中でも、アミン類及び4級アンモニウム化合物の少なくとも一方であることが好ましい。有機塩基は1種のみを用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0017】
前記抽出用水溶液に溶解させる塩基成分のモル数は、該抽出用水溶液と混合する複合酸化物に含まれるモリブデン及びコバルトの合計モル数より多くなるようにすればよい。具体的には、モリブデン及びコバルトの合計モル数に対する塩基成分のモル数の比率が1以上であればよく、2以上であるのが好ましい。
なお、前記抽出用水溶液としては、コストの点では、アンモニア水溶液が好ましく用いられる。
【0018】
前記抽出用水溶液のpHは、8以上であることが好ましい。抽出用水溶液のpHが8未満であると、モリブデン及びコバルトの回収率が不充分となるおそれがある。
【0019】
前記複合酸化物を前記抽出用水溶液と混合する際の混合温度は、0〜100℃であることが好ましく、より好ましくは10〜80℃であるのがよい。混合時間は、混合温度等に応じて適宜設定すればよいが、通常1分〜100時間、好ましくは1〜24時間である。
【0020】
前記複合酸化物を前記抽出用水溶液と混合するに際し、両者の混合順序や混合方法については、特に制限はなく、例えば、抽出用水溶液と複合酸化物の一方に他方を加えてもよいし、予め複合酸化物を水に分散させた分散液と抽出用水溶液の一方に他方を加えてもよいし、予め複合酸化物を水に分散させた分散液にアンモニア(もしくはアンモニア発生物質)及び有機塩基の少なくとも一方を溶解させてもよい。なお、混合にする際には、複合酸化物は粉砕しておくことが望ましい。
【0021】
本発明のモリブデン及びコバルトの回収方法においては、前記複合酸化物と前記抽出用水溶液との混合によって、抽出されたモリブデン及びコバルトを含む水相(以下「モリブデン及びコバルト含有水溶液」と称することもある)と、複合酸化物由来の固体状の残渣とが得られる。この回収したモリブデン及びコバルト含有水溶液と残渣とは、通常、スラリーとして得られるので、例えば、デカンテーションや、自然ろ過、減圧ろ過、加圧ろ過、遠心ろ過等のろ過操作を行うことにより、モリブデン及びコバルト含有水溶液のみを取得することができる。なお、塩基成分としてアンモニアを用いた場合には、該アンモニアを別途回収し、再利用することができる。
【0022】
本発明のモリブデン及びコバルトの回収方法においては、このモリブデン及びコバルト含有水溶液を回収物としてもよいし、該モリブデン及びコバルト含有水溶液にさらに乾燥、熱処理等を施して固形物としたものを回収物としてもよい。
【0023】
本発明の回収方法は、とりわけモリブデン及びコバルトを高い回収率で回収するものであるが、前記複合酸化物がモリブデン及びコバルトとともにセシウムをも含んでいる場合、セシウムも前記水相に効率よく抽出させることができ、良好な回収率で回収することができる。
【0024】
(モリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物の製造方法)
本発明のモリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物の製造方法においては、上述した本発明の回収方法において得られるモリブデン及びコバルト含有水溶液を、乾燥した後、焼成する。これにより、少なくともモリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物が得られる。
【0025】
本発明の複合酸化物の製造方法においては、本発明の回収方法において得られたモリブデン及びコバルト含有水溶液を、単独で乾燥、焼成に付してもよいし、乾燥前(水溶液の状態)や焼成前(乾燥状態)など適当な時機に、モリブデン及びコバルト以外の他の金属元素を導入するための原料化合物を添加してもよい。モリブデン及びコバルト以外の他の金属元素を導入するための原料化合物を添加した場合には、得られる複合酸化物を所望の組成比に調整することができる。また、本発明の複合酸化物の製造方法において得ようとする複合酸化物の組成は、本発明の回収方法の適用対象とした複合酸化物の組成と同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0026】
モリブデン及びコバルト以外の他の金属元素を導入するための原料化合物としては、(モリブデン及びコバルトの回収方法)の項で適用対象となる複合酸化物の構成元素として述べた他の金属元素の各種化合物、例えば、酸化物、硝酸塩、硫酸塩、炭酸塩、水酸化物、オキソ酸やそのアンモニウム塩、ハロゲン化物等を用いればよい。
なお、モリブデン及びコバルト以外の他の金属元素を導入する際に、モリブデン又はコバルトを導入するための原料化合物をも添加して、得られる複合酸化物の組成比を調整することもできる。モリブデンを導入するための原料化合物としては、例えば、三酸化モリブデン、モリブデン酸、パラモリブデン酸アンモニウム等のモリブデン化合物が、コバルトを導入するための原料化合物としては、例えば、硝酸コバルト、硫酸コバルト等のコバルト化合物が使用できる。
【0027】
本発明の複合酸化物の製造方法において、乾燥条件や焼成条件については、特に制限はなく、公知の複合酸化物もしくは複合酸化物触媒の製造方法に準じて、適宜設定すればよい。
【0028】
(複合酸化物触媒の製造方法)
本発明の複合酸化物触媒の製造方法においては、上述した本発明の回収方法において得られる水相(モリブデン及びコバルト含有水溶液)に含まれるモリブデン及びコバルトを触媒原料とし、該触媒原料を含む水溶液又は水性スラリーを乾燥した後、焼成する。これにより、少なくともモリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物触媒が得られる。
【0029】
本発明の複合酸化物触媒の製造方法においては、本発明の回収方法において得られたモリブデン及びコバルト含有水溶液に他の触媒原料化合物を添加して水性スラリー又は水溶液を調製するようにしてもよいし、前記モリブデン及びコバルト含有水溶液を一旦乾燥し、得られた乾燥物と他の触媒原料化合物と水とを混合して水性スラリー又は水溶液を調製するようにしてもよい。
【0030】
本発明の複合酸化物触媒の製造方法において用いられる他の触媒原料化合物は、(モリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物の製造方法)の項で述べた原料化合物と同様のものを用いればよい。それらの使用量は、所望する触媒組成に応じて適宜設定すればよい。また、上述した複合酸化物の製造方法と同様、所望する触媒組成に調整するために、原料化合物としてモリブデン化合物やコバルト化合物を用いてもよい。
【0031】
本発明の複合酸化物触媒の製造方法において、水性スラリー又は水溶液を調製する際の条件や、該水性スラリー又は水溶液の乾燥条件や焼成条件については、特に制限はなく、所望する触媒の種類(用途)に応じ、当該触媒を製造する方法として公知の条件を適宜採用すればよい。例えば、得ようとする複合酸化物触媒が不飽和アルデヒド及び不飽和カルボン酸製造用触媒である場合には、特開2007―117866号、特開2007―326787号、特開2008―6359号、特開2008―231044号等に開示された手法や条件等を適宜採用すればよい。また、得ようとする複合酸化物触媒が不飽和ニトリル製造用触媒である場合には、特公昭48―43096号、特公昭59―16817号等に開示された手法や条件等を適宜採用すればよい。また、得ようとする複合酸化物触媒が水素化処理触媒である場合には、特開昭59―69149号、特許第3599265号、特許第1342772号、特許第2986838号、特開2007―152324号等に開示された手法や条件等を適宜採用すればよい。
【0032】
本発明の複合酸化物触媒の製造方法においては、前記焼成後、還元性物質の存在下に熱処理を行うこと(以下、この還元性物質の存在下での熱処理を、単に「還元処理」と称することもある)が好ましい。かかる還元処理により、触媒活性を効果的に向上させることができる。なお、この効果は、不飽和アルデヒド及び不飽和カルボン酸製造用触媒を製造する際に特に顕著となる。
【0033】
前記還元性物質としては、例えば、水素、アンモニア、一酸化炭素、炭化水素、アルコール、アルデヒド、アミン等が好ましく挙げられる。ここで、炭化水素、アルコール、アルデヒド及びアミンは、それぞれ、その炭素数が1〜6であるのがよい。炭素数が1〜6の炭化水素の例としては、メタン、エタン、プロパン、n−ブタン、イソブタンの如き飽和脂肪族炭化水素、エチレン、プロピレン、α−ブチレン、β−ブチレン、イソブチレンの如き不飽和脂肪族炭化水素、ベンゼン等が挙げられる。炭素数が1〜6のアルコールの例としては、メチルアルコール、エチルアルコール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n−ブチルアルコール、イソブチルアルコール、セカンダリーブチルアルコール、ターシャリーブチルアルコールの如き飽和脂肪族アルコール、アリルアルコール、クロチルアルコール、メタリルアルコールの如き不飽和脂肪族アルコール、フェノール等が挙げられる。炭素数が1〜6のアルデヒドの例としては、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、n−ブチルアルデヒド、イソブチルアルデヒドの如き飽和脂肪族アルデヒド、アクロレイン、クロトンアルデヒド、メタクロレインの如き不飽和脂肪族アルデヒド等が挙げられる。炭素数が1〜6のアミンの例としては、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミンの如き飽和脂肪族アミン、アリルアミン、ジアリルアミンの如き不飽和脂肪族アミン、アニリン等が挙げられる。還元性物質は、1種のみを用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0034】
前記還元処理は、通常、前記還元性物質を含むガスの雰囲気下に触媒を熱処理することにより行われる。このガス中の還元性物質の濃度は、通常0.1〜50容量%、好ましくは3〜30容量%であり、このような濃度になるように、還元性物質を、窒素、二酸化炭素、水、ヘリウム、アルゴン等で希釈すればよい。なお、分子状酸素は、還元処理の効果を損なわない範囲で存在させてもよいが、通常は存在させない方が好ましい。
【0035】
前記還元処理の温度(すなわち、還元処理の際の熱処理温度)は、200〜600℃とすることが好ましく、より好ましくは300〜500℃である。前記還元処理の時間(すなわち、還元処理の際の熱処理時間)は、通常5分〜20時間、好ましくは30分〜10時間である。
前記還元処理は、焼成後の焼成体(複合酸化物触媒)を管型や箱型等の容器に入れ、その中に還元性物質を含むガスを流通させながら行うのが好ましく、その際、容器から排出されたガスは必要により循環再使用してもよい。例えば、触媒を気相接触酸化用の反応管に充填し、ここに還元性物質を含むガスを流通させて還元処理を行った後、引き続き気相接触酸化を行うことも可能である。
【0036】
前記還元処理を施すと、通常、焼成後の焼成体(複合酸化物触媒)の質量は減少するが、これは、触媒が格子酸素を失うためと考えられる。そして、この還元処理(熱処理)による質量減少率は、0.05〜6質量%であるのが好ましく、より好ましくは0.1〜5質量%である。還元が進み過ぎて質量減少率があまり高くなると、触媒活性が却って低下することがある。この場合は、再度、分子状酸素含有ガスの雰囲気下での焼成を行って、質量減少率を下げればよい。なお、質量減少率は、次式により求められる。
質量減少率(%)=(還元処理前の触媒の質量−還元処理後の触媒の質量)/還元処理前の触媒の質量×100
なお、前記還元処理の際、用いる還元性物質の種類や熱処理条件等によっては、還元性物質自身や還元性物質由来の分解生成物等が還元処理後の触媒に残存することがある。このような場合は、別途、触媒中の該残存物質量を測定し、これを該残存物込みの触媒質量から差し引いて、還元処理後の質量を算出すればよい。該残存物は、典型的には炭素であるので、例えば、全炭素(TC:total carbon)測定等により、その質量を求めればよい。
【0037】
前記還元処理を施した後には、必要に応じて、分子状酸素含有ガスの雰囲気下に再度焼成を施してもよい(この再度行なう分子状酸素含有ガスの雰囲気下での焼成を「再酸化」と称することもある)。
【0038】
分子状酸素含有ガスの雰囲気下に再酸化する際のガス中の分子状酸素濃度は、通常1〜30容量%、好ましくは10〜25容量%である。分子状酸素源としては、通常、空気や純酸素が使用され、これが必要に応じて窒素、二酸化炭素、水、ヘリウム、アルゴン等で希釈されて、分子状酸素含有ガスとして使用される。再酸化温度は、通常200〜600℃、好ましくは350〜550℃である。また、再酸化時間は、5分〜20時間、好ましくは30分〜10時間である。
【0039】
本発明の複合酸化物触媒の製造方法においては、必要に応じて、成形処理が施される。成形方法は、常法に従い行えばよく、例えば、打錠成形や押出成形等によって、リング状、ペレット、球状、顆粒状など所望の形状に成形すればよい。なお、成形処理は、乾燥前、焼成前、還元処理前あるいは還元処理後のどの段階で行ってもよい。また、成形処理の際には、触媒の機械的強度を向上させるために、対象とする反応に対して実質的に不活性な無機ファイバー等を添加することもできる。
【0040】
本発明の複合酸化物触媒の製造方法は、不飽和アルデヒド及び不飽和カルボン酸製造用触媒、不飽和カルボン酸製造用触媒、不飽和ニトリル製造用触媒、及び水素化処理触媒からなる群より選ばれる少なくとも1種の複合酸化物触媒を製造する方法である。中でも、本発明の複合酸化物触媒の製造方法は、不飽和アルデヒド及び不飽和カルボン酸製造用触媒を製造するものであるのが適している。
【0041】
前記不飽和アルデヒド及び不飽和カルボン酸製造用触媒としては、例えば、プロピレンを分子状酸素により気相接触酸化してアクロレイン及びアクリル酸を製造するための触媒や、イソブチレンやターシャリーブチルアルコールを分子状酸素により気相接触酸化してメタクロレイン及びメタクリル酸を製造するための触媒等が挙げられる。前記不飽和カルボン酸製造用触媒としては、例えば、アクロレインを分子状酸素で酸化してアクリル酸を製造するための触媒や、メタクロレインを分子状酸素で酸化してメタクリル酸を製造するための触媒等が挙げられる。前記不飽和ニトリル製造用触媒としては、例えば、プロピレンを分子状酸素によりアンモ酸化してアクリロニトリルを製造するための触媒や、イソブチレンやターシャリーブチルアルコールを分子状酸素によりアンモ酸化してメタクリロニトリルを製造するための触媒等が挙げられる。前記水素化処理触媒としては、例えば、石油留分中に含まれる硫黄化合物および/又は窒素化合物を、水素と反応させ、製品中の硫黄化合物および/又は窒素化合物を除去又は低濃度化する触媒および/又は重質油の軽質化のための水素化分解触媒等が挙げられる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに制限されるものではない。
以下の各例において触媒の活性評価は、下記の方法で行った。
【0043】
<触媒活性試験>
内径18mmのガラス製反応管に触媒を1g充填し、この反応管内にイソブチレン/酸素/窒素/スチーム=1/2.2/6.2/2.0(モル比)の混合ガスを87.5mL/分(STP基準)の流量で供給し、反応温度350℃にて1時間酸化反応を行い、出口ガス(反応後のガス)をガスクロマログラフィーにより分析し、下記式に基づき、イソブチレンの転化率と、メタクロレイン及びメタクリル酸の合計選択率とを算出した。
【0044】
・イソブチレンの転化率(%)
=〔(供給したイソブチレンのモル数)−(未反応のイソブチレンのモル数)〕÷(供給したイソブチレンのモル数)×100
・メタクロレイン及びメタクリル酸の合計選択率(%)
=(メタクロレイン及びメタクリル酸のモル数)÷〔(供給したイソブチレンのモル数)−(未反応のイソブチレンのモル数)〕
【0045】
(製造例1−モリブデン及びコバルトを含む複合酸化物触媒の調製)
モリブデン酸アンモニウム[(NH46Mo724・4H2O]441.4質量部を温水500質量部に溶解させ、これをA液とした。一方、硝酸鉄(III)[Fe(NO33・9H2O]202.0質量部、硝酸コバルト[Co(NO32・6H2O]436.6質量部及び硝酸セシウム[CsNO3]19.5質量部を温水200質量部に溶解させ、次いで、硝酸ビスマス[Bi(NO33・5H2O]97.0質量部を溶解させて、これをB液とした。
【0046】
次に、A液を攪拌し、この中にB液を添加してスラリーを得、次いで、このスラリーを気流乾燥機により250℃で乾燥し、触媒前駆体を得た。得られた触媒前駆体100質量部に対して18質量部のシリカアルミナファイバー((株)ITM製「RFC400−SL」)と2.54質量部の三酸化アンチモン[Sb23]とを添加して、外径6.3mm、内径2.5mm、長さ6mmのリング状に成形した後、この成形体を空気気流下に545℃で6時間焼成して、モリブデン及びコバルトを含む複合酸化物触媒(a)を得た。
この触媒(a)は、モリブデン12原子に対し、ビスマス0.96原子、アンチモン0.48原子、鉄2.4原子、コバルト7.2原子、セシウム0.48原子、珪素4.4原子、アルミニウム4.8原子を含むものである。
【0047】
(実施例1)
(モリブデン及びコバルトの回収)
複合酸化物触媒(a)2000g(このうち、モリブデンは34.6質量%、鉄は4.0質量%、コバルトは12.8質量%、セシウムは1.9質量%含有されている)を粉砕した後、水4000g及び25質量%のアンモニア水5440gの中に加えて混合した。この混合物の液温を40℃に保ち15時間攪拌した後、減圧濾過して濾液を得、得られた濾液を空気中420℃で2時間熱処理し、回収物として1064gの固形物を得た。
得られた固形物の一部を蛍光X線分析装置(リガク社製「ZSX Primus II」)にて元素分析したところ、モリブデン49.30質量%、鉄0.01質量%、コバルト18.40質量%、セシウム3.15質量%を含んでいた。したがって、複合酸化物触媒(a)からの各元素の回収率は、モリブデン75.7%、鉄0.1%、コバルト76.7%、セシウム87.4%であった。
なお、各元素の回収率(%)は、得られた固形物中の当該元素の質量(g)をx、複合酸化物触媒(a)中の当該元素の質量(g)をyとしたときに、式:(x/y)×100、によって算出される。
【0048】
(回収したモリブデン及びコバルトの評価)
上記で得られた回収物(固形物)を用いてモリブデン及びコバルトを含む複合酸化物触媒を調製し、その触媒活性を評価した。
すなわち、上記で得られた回収物(固形物)50.0質量部を、モリブデン酸アンモニウム[(NH46Mo724・4H2O]14.5質量部を水100.0質量部に溶解させた水溶液中に投入し、これをC液とした。一方、硝酸鉄(III)[Fe(NO33・9H2O]27.4質量部、硝酸コバルト[Co(NO32・6H2O]13.8質量部及び硝酸セシウム[CsNO3]0.3質量部を温水25.0質量部に溶解させ、次いで、硝酸ビスマス[Bi(NO33・5H2O]13.2質量部を溶解させ、これをD液とした。
【0049】
次に、C液を攪拌し、この中にD液を添加してスラリーを得、次いで、このスラリーをステンレス製容器に移して箱型乾燥機にて250℃で乾燥し、触媒前駆体を得た。得られた触媒前駆体を約40MPaで打錠した後、砕き、目開き2mm〜710μmの篩で篩別し、2mm〜710μmの顆粒状とした。この顆粒状触媒前駆体を空気気流下に525℃で6時間焼成して、焼成物を得た。次いで、この焼成物10.00gをガラス製反応管に充填し、この反応管内に水素/スチーム/窒素=5/10/85(モル比)の混合ガスを200mL/分(STP基準)の流量で供給しながら、375℃で8時間還元処理を施した。この還元処理による質量減少率は0.7%であった。その後、空気流通下に350℃で1時間加熱することにより再酸化して、回収したモリブデン及びコバルトを用いた複合酸化物触媒(1)を得た。
【0050】
得られた触媒(1)は、モリブデン12原子に対し、ビスマス0.96原子、鉄2.4原子、コバルト7.2原子、セシウム0.48原子を含むものである。
この触媒(1)の触媒活性について、上記触媒活性試験に準じて評価したところ、イソブチレンの転化率は45.5%であり、メタクロレイン及びメタクリル酸の合計選択率は87.7%であった。
【0051】
(参考例1)
回収したモリブデン及びコバルトを用いたことによる触媒活性への影響の有無を確認するため、上記触媒(1)と同じ触媒組成となるように新品原料を用いて触媒を調製し、その触媒活性を調べた。
すなわち、製造例1と同じA液を攪拌し、この中に製造例1と同じB液を添加してスラリーを得、次いで、このスラリーをステンレス製容器に移して箱型乾燥機にて250℃で乾燥し、触媒前駆体を得た。得られた触媒前駆体を約40MPaで打錠した後、砕き、目開き2mm〜710μmの篩で篩別し、2mm〜710μmの顆粒状とした。この顆粒状触媒前駆体を空気気流下に525℃で6時間焼成して、新品原料を用いて調製したモリブデン及びコバルトを含む複合酸化物触媒(R1)を得た。
【0052】
得られた触媒(R1)は、モリブデン12原子に対し、ビスマス0.96原子、鉄2.4原子、コバルト7.2原子、セシウム0.48原子を含むものである。
この触媒(R1)の触媒活性について、上記触媒活性試験に準じて評価したところ、イソブチレンの転化率は44.4%であり、メタクロレイン及びメタクリル酸の合計選択率は86.5%であった。
【0053】
(比較例1)
複合酸化物触媒(a)を使用し、特許文献2(国際公開2007/032228号パンフレット)の実施例1と同様の条件で、以下のように回収実験を行った。すなわち、複合酸化物触媒(a)300質量部を純水1200質量部に分散させ、これに45質量%の水酸化ナトリウム水溶液400質量部を加えて、60℃で3時間攪拌した後に、不溶物を濾別して、触媒成分含有水溶液を得た。得られた触媒成分含有水溶液に36質量%の塩酸を加えてpHを1.0に調整した後、攪拌しながら30℃で3時間攪拌保持した。このようにして生じた沈殿を濾過し、2質量%の硝酸アンモニウム水溶液で洗浄して、53.2質量部の触媒成分含有沈殿物を得た。
得られた沈殿物の一部を実施例1と同様に元素分析したところ、モリブデン60.1質量%、コバルト0.7質量%、セシウム6.3質量%を含んでいた。したがって、複合酸化物触媒(a)からの各元素の回収率は、モリブデン30.8%、コバルト1.0%、セシウム57.8%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物を、アンモニア及び有機塩基の少なくとも一方が水に溶解してなる抽出用水溶液と混合することにより、該複合酸化物からモリブデン及びコバルトを水相に抽出させることを特徴とするモリブデン及びコバルトの回収方法。
【請求項2】
前記複合酸化物がモリブデン及びコバルトとともにセシウムをも含み、セシウムも前記水相に抽出させる請求項1に記載の回収方法。
【請求項3】
前記抽出用水溶液のpHが8以上である請求項1または2に記載の回収方法。
【請求項4】
前記複合酸化物を前記抽出用水溶液と混合する際の混合温度が0〜100℃である請求項1〜3のいずれかに記載の回収方法。
【請求項5】
前記有機塩基が、アミン類及び4級アンモニウム化合物の少なくとも一方である請求項1〜4のいずれかに記載の回収方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載の回収方法において得られるモリブデン及びコバルトを含有する水相を乾燥した後、焼成することを特徴とするモリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物の製造方法。
【請求項7】
モリブデン及びコバルトを含有する複合酸化物触媒であり、かつ、不飽和アルデヒド及び不飽和カルボン酸製造用触媒、不飽和カルボン酸製造用触媒、不飽和ニトリル製造用触媒、及び水素化処理触媒からなる群より選ばれる少なくとも1種の複合酸化物触媒を製造する方法であって、請求項1〜4のいずれかに記載の回収方法において得られる水相に含まれるモリブデン及びコバルトを触媒原料とし、該触媒原料を含む水溶液又は水性スラリーを乾燥した後、焼成することを特徴とする複合酸化物触媒の製造方法。
【請求項8】
不飽和アルデヒド及び不飽和カルボン酸製造用触媒を製造する請求項7に記載の複合酸化物触媒の製造方法。
【請求項9】
前記焼成後、還元性物質の存在下に熱処理を行う請求項7または8に記載の複合酸化物触媒の製造方法。
【請求項10】
前記熱処理は200〜600℃で行う請求項9に記載の複合酸化物触媒の製造方法。
【請求項11】
前記熱処理による質量減少率が0.05〜6質量%である請求項9または10に記載の複合酸化物触媒の製造方法。
【請求項12】
前記還元性物質が、水素、アンモニア、一酸化炭素、炭素数1〜6の炭化水素、炭素数1〜6のアルコール、炭素数1〜6のアルデヒド、及び炭素数1〜6のアミンからなる群より選ばれる物質である請求項9〜11のいずれかに記載の複合酸化物触媒の製造方法。

【公開番号】特開2011−31169(P2011−31169A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−179452(P2009−179452)
【出願日】平成21年7月31日(2009.7.31)
【出願人】(000002093)住友化学株式会社 (8,981)
【Fターム(参考)】