説明

ヨーレート推定装置及びそれを用いた車両姿勢制御装置

【課題】ヨーレートセンサに頼らずにヨーレートを推定し、ヨーレートセンサが故障したときでも、車両姿勢制御を継続可能にする。
【解決手段】電動モータ20に流れる電流を検出し、検出された値に基づき、軸力Fを推定する。予め設定され記憶された軸力及び横加速度の関係に、前記推定された軸力を適用して、横加速度Gを推定し、このに推定された横加速度Gを用いて、車両のヨーレートを推定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヨーレート推定装置及びそれを用いた車両姿勢制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、車両状態に応じてステアリングハンドルの操舵角と操舵輪の転舵角との間のステアリングレシオを可変にするために、可変ステアリングレシオ(VGR;Variable Gear Ratio)制御装置が用いられている。こうした可変ステアリングレシオ制御装置では、例えばハンドル角に対して切れ角を相対的に大きくして操舵応答性をクイックにするクイック制御を実施することで、車両の旋回性を向上することができる。また逆に、切れ角をハンドル角に対して相対的に小さくして操舵応答性をスローにするスロー制御を実施することで、特に高速走行時における車両の安定性を向上することができる。
【0003】
前記の可変ステアリングレシオ制御などの車両姿勢制御は、車載ヨーレートセンサによって検出されるヨーレートに基づいて行われる。たとえば、ステアリングホイールの操作舵角に対応する目標ヨーレートγ*を求めて、ヨーレートセンサによって検出されるヨーレートを目標ヨーレートγ*に近づけるように、舵取り機構の動作を制御する。このことにより、車両のオーバーステア状態やアンダーステア状態が防がれ、コーナリング中の車両の姿勢が安定に保たれる。このようなヨーレートに基づく制御を「ヨーレートフィードバック制御」という。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11-237404号公報
【特許文献2】特開2002-53024号公報
【特許文献3】特開2009-214853号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、前述のヨーレートフィードバック制御では、ヨーレートセンサが故障したとき制御ができなくなる。このため、ヨーレートセンサに頼らずに、ヨーレートを推定する手段が求められている。
そこで、本発明の目的は、ヨーレートセンサに頼らずに、ヨーレートを推定することのできるヨーレート推定装置及びそれを用いた車両姿勢制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記の目的を達成するための本発明のヨーレート推定装置は、電動モータと、前記電動モータに流れる電流を検出するモータ電流検出手段と、前記モータ電流検出手段により検出された値に基づき、軸力を推定する軸力推定手段と、予め設定され記憶された前記軸力及び横加速度の関係に、前記軸力推定手段によって推定された軸力を適用して、横加速度を推定する横加速度推定手段と、前記横加速度推定手段により推定された横加速度を用いて、車両のヨーレートを推定するヨーレート推定手段とを備えるものである。
【0007】
この構成によれば、ヨーレートセンサに頼らずに、モータ電流から軸力を求め、軸力から横加速度を求め、この求めた横加速度に基づいてヨーレートを推定するので、ヨーレートセンサが故障した場合にも、推定したヨーレートを出力することができる。
前記車両のヨーレートの推定は、横加速度を時間積分することにより行うことができる。
【0008】
本発明を電動パワーステアリング装置に適用するならば、前記電動モータは、操舵補助力を発生するための操舵補助モータである。
前記軸力及び横加速度の関係は、同一車両、またはそれと同種の車両を旋回走行させて得られたデータに基づいて決定され、記憶されているものであってもよい。
また、本発明の車両姿勢制御装置は、前記ヨーレート推定装置で推定されたヨーレートを用いて車両の姿勢を制御する装置である。前記ヨーレート推定装置で推定されたヨーレートは、ヨーレートセンサに頼らずに求めることができるので、ヨーレートセンサが故障した場合でも、車両姿勢制御制御を継続させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の一実施形態に係る電動パワーステアリング装置の概略構成を示す模式図である。
【図2】VGR制御部22の電気的構成と制御機能とを説明するためのブロック図である。
【図3】本電動パワーステアリング装置が搭載される車両、またはそれと同種の車両について求められた、横加速度Gと軸力Fとの関係を表すグラフである。
【図4】車両走行中のVGR制御部22の制御処理を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を、ラック同軸電動パワーステアリング装置(RD−EPS)を例にとって、添付図面を参照しながら詳細に説明する。しかし、 RD−EPS以外に、ステアリングコラムに電動モータを装着したコラム同軸電動パワーステアリング装置(C−EPS)にも本発明を適用することができる。
図1は、本発明の一実施形態に係る電動パワーステアリング装置の概略構成を示す模式図である。
【0011】
電動パワーステアリング装置は、操舵ハンドル(ステアリングホイール)2と、操舵ハンドル2に連結されるステアリングシャフト3とを有している。ステアリングシャフト3は、第1シャフト11と、第1シャフト11と同軸上に配置された第2シャフト12とを含んでいる。第1のシャフト11の一端に操舵ハンドル2が同行回転可能に連結されている。第1のシャフト11の他端と第2のシャフト12の一端とは、電動モータ25を内蔵している可変ギア装置6を介して連結されている。
【0012】
可変ギア装置6は電動モータ25の回転によって可変ギア装置6が自転する。この可変ギア装置6の自転に応じて、操舵ハンドル2の操舵角に対する転舵輪の転舵角の比としての伝達比を変更することができる。この伝達比可変機能を、VGR(Variable Gear Ratio)機能という。
第2のシャフト12の他端は、自在継手7、中間軸8、自在継手9及び舵取り機構10を介して、転舵輪4L,4Rと連結されている。
【0013】
電動パワーステアリング装置は、さらにトルクセンサ13と、車速センサ14と、EPS制御部21とを有している。トルクセンサ13は、ステアリングシャフト3の途中部に設置され、第1シャフト11の中間部を、トーションバーを介して互いに回転可能に連結する。トルクセンサ13は、その上端と下端の相対回転角に基づいて、操舵ハンドル2の回転に基づく操舵トルクThを検出する。車速センサ14は、転舵輪のロータの回転速度を読み取るセンサであり、車速Vを検出する。
【0014】
また、ステアリングシャフト3のシャフト11には、ホール素子などで構成され、ハンドルの舵角を検出する舵角センサ5が設けられている。また可変ギア装置6に連結された電動モータ25の回転を駆動制御するVGR制御部22が備えられている。これらのステアリングシャフト3、可変ギア装置6、電動モータ25、VGR制御部22が、「車両姿勢制御装置」として機能する。
【0015】
舵取り機構10は、自在継手9に連結されるピニオン軸15と、ピニオン軸15の先端のピニオン15aに噛み合うラック16aを有し車両の左右方向に延びる転舵軸としてのラック軸16と、ラック軸16の一対の端部のそれぞれにタイロッド軸17L,17Rを介して連結されるナックルアーム18L,18Rとを有している。
前記構成の電動パワーステアリング装置において、操舵ハンドル2の回転は、ステアリングシャフト3等を介して舵取り機構10に伝達される。舵取り機構10では、ピニオン15aの回転がラック軸16の軸方向の運動に変換され、各タイロッド軸17L,17Rを介して対応するナックルアーム18L,18Rがそれぞれ回動する。これにより、各ナックルアーム18L,18Rに連結された対応する転舵輪4L,4Rがそれぞれ操向する。
【0016】
ラック軸16の一部には、ボールネジが形成され、ラックハウジング内で前記ボールネジに螺合したボールナットが設けられている。ボールナットは、ラックハウジング内で、ラック軸16の長手方向に動かないように固定されている。このボールナットに対して、動力伝達機構(ベルト、歯車など)を介して回転軸が連結された操舵補助モータ20が設けられている。操舵補助モータ20はブラシ付き電動モータ、ブラシレス電動モータのいずれであってもよい。以下の実施形態ではブラシ付き電動モータを前提として説明を進める。
【0017】
EPS制御部21の駆動出力側は操舵補助モータ20に接続され、EPS制御部21の入力側は前記各センサ13,14に接続されている。EPS制御部21は、トルクセンサ13が検出する操舵トルク及び車速センサ14が検出する車速に基づいて目標電流値を設定し、操舵補助モータ20のモータ電流が目標電流値に一致するように操舵補助モータ20を制御することによって、操舵状況及び車速に応じた適切な操舵補助を実現するものである。
【0018】
前記VGR制御部22は、舵角センサ5からの舵角信号と車速センサ14からの車速信号とを入力して、これらの信号に応じて目標舵角δ*を設定する。この目標舵角δ*に応じて、可変ギア装置6に連結された電動モータ25を駆動することによって、前述の伝達比可変制御を行う。すなわち、車速が低いときはハンドル舵角に対する目標舵角δ*の比率を1よりも大きい比率に設定することにより、操舵応答性をクイックにして、車両の旋回性を向上することができる。また逆に、車速が高いときは、ハンドル舵角に対する目標舵角δ*の比率を1よりも小さい比率に設定することにより、操舵応答性をスローにして車両の走行安定性を向上することができる。なお、VGR制御部22には、後述するように、軸力Fを算出するためのモータ電流Imが入力されている。
【0019】
図2は、VGR制御部22の電気的構成と制御機能とを説明するためのブロック図である。VGR制御部22は、舵角センサ5からの舵角信号と車速センサ14からの車速信号とを入力して、これらの信号に応じて目標舵角δ*を設定する舵角制御部23と、目標舵角δ*に対して補正を行うヨーレートフィードバック制御部24とを含んでいる。
ヨーレートフィードバック制御部24は、ハンドル舵角や車速等に応じて設定される目標ヨーレートγ*と、ヨーレートによって検出される実ヨーレートとを比較して、その差が大きな場合には、舵角制御部23の目標舵角δ*を補正する。
【0020】
本発明の実施の形態では、実ヨーレートを、ヨーレートセンサに頼らずにモータ電流Imと軸力Fとの関係式を用いて求める。すなわち、モータ電流Imから軸力Fを求め、軸力Fから横加速度Gを求め、この求めた横加速度Gを時間積分してヨーレートγを推定する。そしてこの推定したヨーレート(推定ヨーレートという)γと目標ヨーレートγ*とを比較して、[目標ヨーレートγ*>推定ヨーレートγ]の場合、車両の旋回不足と判断して、舵角制御部23の目標舵角δ*を増加させる方向に補正する。[目標ヨーレートγ*<推定ヨーレートγ]の場合、車両の旋回過多と判断して、舵角制御部23の目標舵角δ*を減少させる方向に補正する。
【0021】
以下、目標ヨーレートγ*の算出方法、推定ヨーレートγの算出方法をそれぞれ説明する。
(1)目標ヨーレートγ*の算出方法
舵角制御部23は、以下のように定義された諸元を用いて、目標ヨーレートγ*を算出する。m:車両重量、V:車両の速度、β:車両の横滑り角、Lf:車両重心点と前車軸との距離、Lr:車両重心点と後車軸との距離、Kf:前輪のコーナーリングパワー(横滑り角0度付近の横力と横滑り角との比)、Kr:後輪のコーナーリングパワー、δ:前輪の実舵角、I:車両のヨーイング慣性モーメント、とする。次の連立微分方程式式(1)(2)が成り立つ。
【0022】
【数1】

【0023】
【数2】

【0024】
この2つの式(1)(2)を連立させて解くことにより、目標ヨーレートγ*を算出することができる(安部正人「自動車の運動と制御」山海堂)。
(2)推定ヨーレートγの算出方法
ヨーレートフィードバック制御部24は、以下のように定義された諸元を用いて推定ヨーレートγを算出する。Im:操舵補助モータ20のモータ電流[A]、Kt:トルク定数、F:軸力(ラック軸16の長手軸方向にかかる力)[N]、Th:操舵トルク[Nm]、a:ラック&ピニオン部のかみ合い効率(1からラック&ピニオン部における力の損失率を引いた値)、Sr:比ストローク(ピニオン1回転あたりのラットストローク[m/rev])、L:ボールネジリード(操舵補助モータ20が装着されているボールナット1回転あたりのラットストローク[m/rev])、b:ボールネジ&ナット部のかみ合い効率(1からボールネジ&ナット部における力の損失率を引いた値)、である。Kt,a,Sr,L,bは、この電動パワーステアリング装置の定数である。
【0025】
モータ電流Imと軸力Fの関係式(3)は次のように表される。
【0026】
【数3】

【0027】
この式(3)の意味は次のとおりである。右辺の2πTha/Srは、手入力のトルクThに相当する軸力を表している。実際の軸力Fから手入力のトルクThに相当する軸力である2πTha/Srを引くことにより、操舵補助モータ20の操舵補助トルクに基づく軸力を求めることができる。これにL/2πbを乗算することにより、操舵補助モータ20の操舵補助トルクそのものを求めることができる。
【0028】
ヨーレートフィードバック制御部24は、EPS制御部21から通知されるモータ電流Imと、トルクセンサ13から入力される操舵トルクThとをこの(3)式に適用すれば、軸力Fを算出することができる。
次に、ヨーレートフィードバック制御部24は、車速Vと、式(3)で求めた軸力Fとを図3のグラフに適用して、横加速度Gを推定する。
【0029】
図3は、本電動パワーステアリング装置が搭載される車両、またはそれと同種の車両について求められた、横加速度Gと軸力Fとの関係を表すグラフである。このグラフは、車両で得られた横加速度G及び軸力Fのデータを一次近似して、車両のF/Gゲイン、すなわち横加速度Gに対する軸力Fの比を求めたものである。
次に、ヨーレートフィードバック制御部24は、推定された横加速度Gを時間積分(∫Gdt)して、ヨーレートを推定する。時間積分は横加速度Gが0でないとみなせる所定の閾値を超えている期間にわたって実施する。
【0030】
このようにしてヨーレートが推定できたら、図2に示すように、前記目標ヨーレートγ*と推定ヨーレートの差を演算し、この差に所定の比例ゲインPをかけて「現在の偏差」の大きさに比例した補正すべき舵角δ′を求める。この補正すべき舵角δ′を、舵角制御部23で設定された目標舵角δ*に加算して、補正後の目標舵角δ*1を出力する。なお、前記差の微分値に微分ゲインをかけたものを、補正すべき舵角δ′に加算しても良い。
【0031】
以上のように、ヨーレートセンサに頼らずに、モータ電流Imと軸力Fとの関係式を用いてモータ電流Imから軸力Fを求め、軸力Fから横加速度Gを求め、この求めた横加速度Gを時間積分してヨーレートγを推定するので、ヨーレートセンサが故障した場合にも、推定したヨーレートで常に適正な目標舵角δ*1を出力することができる。したがって、VGR制御を継続させることができる。
【0032】
図4は車両走行中のVGR制御部22の制御処理を説明するためのフローチャートである。まずヨーレートセンサの故障判定を行う(ステップS1)。ヨーレートセンサの状態が正常であればステップS3に進み、ヨーレートセンサで検出したヨー値を使用してVGR制御を行う。ヨーレートセンサの状態が異常であればステップS2に進み、前述したようにモータ電流Im、車速V等から推定したヨー値を使用する。そして、目標舵角δ*の補正量δ′を決定する(ステップS4)。なお、ヨーレートセンサの故障検出方法は、特許文献1などから公知である。
【0033】
以上で、本発明の実施の形態を説明したが、本発明の実施は、前記の形態に限定されるものではない。例えば、ヨーレートセンサを省略して、本ヨーレートフィードバック制御部24の制御により推定したヨーレートを、ヨーレートセンサで検出する実Ёレートに代えて常時活用することも可能である。これにより、ヨーレートセンサの費用を節約することができる。その他、本発明の範囲内で種々の変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0034】
2…操舵部材、6…可変ギア装置、10…舵取り機構、13…トルクセンサ、14…車速センサ、20…操舵補助電動モータ、21…EPS制御部、22…VGR制御部、24…ヨーレートフィードバック制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電動モータと、
前記電動モータに流れる電流を検出するモータ電流検出手段と、
前記モータ電流検出手段により検出された値に基づき、軸力を推定する軸力推定手段と、
予め設定され記憶された前記軸力及び横加速度の関係に、前記軸力推定手段によって推定された軸力を適用して、横加速度を推定する横加速度推定手段と、
前記横加速度推定手段により推定された横加速度を用いて、車両のヨーレートを推定するヨーレート推定手段とを備える、ヨーレート推定装置。
【請求項2】
前記ヨーレート推定手段は、推定された横加速度を時間積分することにより車両のヨーレートを推定するものである請求項1記載のヨーレート推定装置。
【請求項3】
前記電動モータは、操舵補助力を発生するための操舵補助モータである請求項1又は請求項2記載のヨーレート推定装置。
【請求項4】
前記軸力及び横加速度の関係は、同一車両、またはそれと同種の車両を旋回走行させて得られたデータに基づいて決定され、記憶されている請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載のヨーレート推定装置。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のヨーレート推定装置で推定されたヨーレートを用いて車両の姿勢を制御する車両姿勢制御装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−171545(P2012−171545A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−37280(P2011−37280)
【出願日】平成23年2月23日(2011.2.23)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】