説明

レーザ溶接方法及びレーザ溶接装置

【課題】長焦点のレーザビームを用いてリモート溶接する場合であっても、大気中の窒素が電離することに起因して発生するブローホール不良の問題を解消する。
【解決手段】レーザ発振器3から導かれたレーザビーム7を走査手段5により被溶接部上に照射する。この際、レーザビーム7を第1分岐ビーム8と第2分岐ビーム9とに分岐させるとともに、第1分岐ビーム8及び第2分岐ビーム9を同一の照射位置に集めて照射する。溶接に必要な溶け込み量を確保しつつ、溶融池13上方の大気中を通過するレーザビームのエネルギ密度を低減させて、窒素電離を抑える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はレーザ溶接方法及びレーザ溶接装置に関し、より詳しくはレーザ発振器から導かれたレーザビームをスキャンミラーにより被溶接部上を走査させるリモート溶接によるレーザ溶接方法及びこのリモート溶接に用いるレーザ溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ溶接技術の一つとして、レーザ発振器から導かれたレーザビームをスキャンミラーにより所定方向に反射させ、そのスキャンミラーの反射面の向きを溶接中に連続的に変化させることにより、被溶接部の溶接線に沿ってレーザビームを走査させるリモート溶接が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
このようなリモート溶接によれば、複数箇所(複数の溶接線)を連続してレーザ溶接する際に、ロボットの作動でレーザトーチを移動させる場合と比較して、一つの溶接線の溶接が終了してから次の溶接線の溶接を開始するまでの無駄時間、すなわち一つの溶接線の終点から次の溶接線の始点までの溶接打点間をレーザビームが移動する時間を短くすることができるので、特に大型部品をレーザ溶接する際の生産性を向上させることが可能となる。
【特許文献1】特開2003−145285号公報(第1図、第2図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上述したリモート溶接を利用したレーザ溶接は、一般に、溶接打点間の移動時間を短くできるというリモート溶接の長所を有効利用すべく、大型部品の溶接に適用される。大型部品をリモート溶接する場合、レーザビームを例えば1m程度の広範囲領域で走査させる必要があることから、そのレーザビームの焦点距離を0.5〜2m程度に長くする必要がある。
【0005】
ところが、このように長焦点のレーザビームを用いるリモート溶接では、大気中の窒素が電離し、電離した窒素イオンが溶融池中に溶け込んで、溶融池の凝固後にブローホール不良が発生するという問題のあることが本発明者により判明した。この問題が発生するメカニズムは必ずしも明らかではないが、以下のように考えることができる。
【0006】
すなわち、レーザビームの焦点距離が長くなると、それに応じて焦点裕度(集光径が焦点半径の21/2 倍以内になるレーリー長の範囲内付近)が大きくなるため、高密度エネルギをもつレーザビームの領域が細くかつ長くなる。そのため、図4に示されるように、長焦点のレーザビーム80が被溶接部に照射される際は、被溶接部上方の大気中において、高エネルギ密度をもつレーザビーム80が細くかつ長く延びることになる。一方、レーザビーム80の照射により被溶接部が溶融して溶融池81が形成されると、それにより溶融池81上方の大気中にプラズマ82が発生する。このように大気中に発生したプラズマ82中をレーザビーム80が通過すると、レーザビーム80のエネルギがプラズマ82に吸収されてプラズマ82の温度が上昇する。このとき、長焦点のレーザビーム80を被溶接部に照射していると、上述のとおり被溶接部上方の大気中において高エネルギ密度をもつレーザビーム80が細くかつ長く延びるところ、溶融池81上方に形成されたプラズマ82中を高エネルギ密度のレーザビーム80が長く通過することになるため、短焦点のレーザビームの場合と比較して、プラズマ82中に吸収されるエネルギ量が多くなってプラズマ温度がより高くなると考えられる。そうすると、高温になったプラズマ82の熱により大気中の窒素が電離し、電離した窒素イオンが溶融池81中に溶け込んで、溶融池81の凝固後にブローホール不良が発生する。
【0007】
ここで、プラズマ熱により大気中の窒素が電離することを防ぐには、被溶接部の溶融により発生したプラズマをガス等で溶融池上方から吹き飛ばすことが有効と考えられる。しかしながら、リモート溶接において、溶接打点間の移動時間を短くできるという長所を有効利用するには、溶接打点間で、プラズマ吹き飛ばし用のガス供給装置をレーザビームと同程度に高速移動させることが必要となるが、その実現は極めて困難である。勿論、溶接線毎にプラズマ吹き飛ばし用のガス供給装置を準備して予め待機させておけば、プラズマを吹き飛ばしながらリモート溶接することが可能であるが、これでは装置の大型化やコストアップ等を招く。
【0008】
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、長焦点のレーザビームを用いてリモート溶接する場合であっても、大気中の窒素が電離することに起因して発生するブローホール不良の問題を解消することを解決すべき技術課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決する本発明のレーザ溶接方法は、レーザ発振器から導かれたレーザビームを走査手段により被溶接部上に照射するリモート溶接によるレーザ溶接方法において、前記レーザ発振器から導かれた前記レーザビームを複数の分岐ビームに分岐させるとともに、各該分岐ビームを同一の照射位置に集めて照射することを特徴とするものである。
【0010】
本発明のレーザ溶接方法では、走査手段によりレーザビームを被溶接部上に照射するリモート溶接において、レーザ発振器から導かれたレーザビームを複数の分岐ビームに分岐させるとともに、各分岐ビームを被溶接部上の同一の照射位置に集めてほぼ同時に照射する。このように分岐された各分岐ビームを同一の照射位置に照射すれば、この照射位置における被溶接部において各分岐ビームからのエネルギにより適切な溶け込み量を確保して適切に溶融させることができる。そして、被溶接部が溶融して溶融池が形成されれば、溶融池上方の大気中にプラズマが発生し、各分岐ビームがこのプラズマ中を通過することになる。このため、プラズマは各分岐ビームからエネルギを吸収して昇温する。このとき、本発明方法では、複数に分岐された各分岐ビームのエネルギ密度は分岐された数に応じて低減しているので、プラズマの昇温を抑えることができる。このため、プラズマは窒素の電離が生じるような高温状態とはならないため、窒素イオンの溶融池への侵入を抑えることが可能となる。
【0011】
よって、本発明のレーザ溶接方法によれば、プラズマの熱による大気中の窒素の電離を抑えることができ、電離した窒素イオンが溶融池中に侵入することに起因するブローホール不良を抑えることが可能となる。
【0012】
好適な態様において、前記照射位置に各前記分岐ビームが照射された前記被溶接部において溶接に必要な溶け込み量が得られるように各該分岐ビームのエネルギ密度の総計を所定値以上に確保しつつ、各該分岐ビームそれぞれのエネルギ密度を5.3×105 W/cm2 以下に設定する。
【0013】
この態様によれば、被溶接部を確実に溶融させつつ、前記プラズマの昇温を確実に抑えて大気中の窒素の電離を確実に抑えることができる。したがって、溶け込み不足による接合不良や窒素の電離によるブローホール不良の問題を確実に解消することが可能となる。
【0014】
好適な態様において、前記照射位置に照射される各前記分岐ビームの焦点距離を50〜200cmに設定する。このように焦点距離の長い分岐ビームにより被溶接部を溶融させても、溶融池上方を通過する各分岐ビームがもつエネルギ密度が低いことから、各分岐ビームが溶融池上方のプラズマを通過することによるプラズマ温度の上昇を抑えることができ、プラズマ熱による窒素の電離を効果的に抑えることが可能となる。従って、大型部品の溶接に本発明を適用する場合であっても、前記ブローホール不良の問題を解消することができる。
【0015】
上記課題を解決する本発明のレーザ溶接装置は、レーザ発振器から導かれたレーザビームを走査手段により被溶接部上に照射するリモート溶接に用いるレーザ溶接装置において、前記走査手段は、前記レーザ発振器から導かれた前記レーザビームを複数の分岐ビームに分岐させるとともに、各該分岐ビームを同一の照射位置に集めて照射する分岐・収集機能を有していることを特徴とするものである。
【0016】
このレーザ溶接装置では、走査手段が有している分岐・収集機能により、レーザ発振器から発振された所定のエネルギ密度をもつレーザビームを複数の分岐ビームに分岐させるとともに、各分岐ビームを同一の照射位置に集めて照射することができる。このため、プラズマの熱による大気中の窒素の電離を抑えることができ、電離した窒素イオンが溶融池中に侵入することに起因するブローホール不良を抑えることが可能となる。
【0017】
また、レーザ発振器から導かれたレーザビームを被溶接部上を走査させる走査手段(スキャンミラー)が分岐・収集機能を有していることから、スキャンミラーとは別個の分岐・収集手段を設ける場合と比較して、装置の構成要素が増大することによる不都合、例えば装置の大型化、制御の複雑化やコストアップ等を避けることができる。
【0018】
好適な態様において、前記走査手段は、前記レーザ発振器から導かれた前記レーザビームの一部を前記照射位置に部分反射させて第1分岐ビームにするとともに該レーザビームの残部を透過させて第2分岐ビームにする部分反射ミラー面と、該部分反射ミラー面を透過した該第2分岐ビームを該照射位置に全反射させる全反射ミラー面とを備え、前記部分反射ミラー面で反射した前記第1分岐ビームと前記全反射ミラーで反射した前記第2分岐ビームとが同一の前記照射位置を照射しつつ、該部分反射ミラー面が該第1分岐ビームを走査可能であり、かつ、該全反射ミラー面が該第2分岐ビームを走査可能であるように、該部分反射ミラー面及び該全反射ミラー面は、前記レーザビームの光軸上で互いに直交する第1軸及び第2軸のうちの少なくとも一方の軸回りの回動が可能となるように配設されている。
【0019】
このレーザ溶接装置では、レーザ発振器から導かれたレーザビームが部分反射ミラー面に到達すると、該レーザビームの一部がこの部分反射ミラー面で部分反射する。そして、この部分反射ミラー面で部分反射したレーザビームの一部は第1分岐ビームとして前記照射位置を照射する。一方、部分反射ミラー面で反射せずに該部分反射ミラー面を透過した前記レーザビームの残部は第2分岐ビームとして全反射ミラー面に到達する。そして、この全反射ミラー面で全反射した第2分岐ビームが前記第1分岐ビームと同一の前記照射位置を照射する。その上、これら部分反射ミラー面及び全反射ミラー面は、レーザ発振器から導かれたレーザビームの光軸上で互いに直交する2軸のうちの少なくとも一方の軸回りの回動が可能となるように配設されているので、この軸回り回動を適切に制御することにより、第1分岐ビーム及び第2分岐ビームを同一の照射位置に照射させつつ走査させることができる。
【発明の効果】
【0020】
したがって、本発明のレーザ溶接方法及びレーザ溶接装置によれば、長焦点のレーザビームを用いてリモート溶接する場合であっても、大気中の窒素が電離することに起因して発生するブローホール不良の問題を解消することが可能となる。
【0021】
また、プラズマ熱による窒素電離を抑えるべく、ガス供給装置からガスを供給してプラズマを吹き飛ばす必要がないので、溶接線毎にガス供給装置を準備することによる装置の大型化等を避けることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明のレーザ溶接方法は、レーザ発振器から導かれたレーザビームを走査手段により被溶接部上に照射するリモート溶接によるものである。
【0023】
本発明を適用可能な被溶接部材の種類としては特に限定されず、例えば、Zn等よりなるめっき層が母材表面に被覆されためっき鋼板や、めっき層が被覆されていない裸鋼板等の鋼板品の他、アルミニウム合金板、銅合金板やステンレス鋼板等に本発明を適用することができるが、好適には各種の鋼板品とすることができる。
【0024】
また、本発明における溶接態様は特に限定されず、例えば、複数の被溶接部材の被溶接部同士を重ね合わせた重ね合わせ部を溶接する重ね合わせ溶接であってもよいし、複数の被溶接部材の端面同士を突き合わせた突き合わせ部を溶接する突き合わせ溶接であってもよいが、好適には重ね合わせ溶接を採用することができる。
【0025】
本発明で用いることのできるレーザの種類も特に限定されず、CO2 レーザやYAGレーザ等を利用することができる。ただし、大型部品の溶接に本発明を適用する場合は、レーザビーム(各分岐ビーム)を走査させる範囲の拡大に応じて、そのレーザビーム(各分岐ビーム)の焦点距離を長く設定する必要があることから、高出力を維持しつつ焦点距離を長くすることのできるレーザ、例えばCO2 レーザを利用することが好ましい。特にCO2 レーザはその波長によりプラズマに吸収され易いところ、CO2 レーザを用いるとブローホールの問題が発生し易くなるため、この点からもCO2 レーザを用いたリモート溶接に本発明を好適に適用することができる。
【0026】
被溶接部上にレーザビーム(各分岐ビーム)を照射する際の焦点距離は、レーザ溶接しようとする溶接長さ等に応じて適宜設定可能であり、例えば50〜200cm程度とすることができる。
【0027】
そして、本発明のレーザ溶接方法では、レーザ発振器から導かれたレーザビームを複数の分岐ビームに分岐させるとともに、各分岐ビームを同一の照射位置に集めて照射する。このとき、レーザ発振器から導かれたレーザビームを分岐させる分岐数は2本以上であれば特に限定されず、2本でも、3本以上でもよい。
【0028】
また、各分岐ビームがもつエネルギ密度の値は、本発明方法の効果を達成すべく、各分岐ビームからエネルギを吸収して温度が上昇したプラズマの熱により、大気中の窒素が電離することを効果的に抑えることができるように設定する。具体的には、各分岐ビームそれぞれのエネルギ密度を5.3×105 W/cm2 以下に設定することが好ましい。また、照射位置に各分岐ビームが照射された被溶接部において溶接に必要な溶け込み量が得られるように、各分岐ビームのエネルギ密度の総計を設定する。なお、各分岐ビームそれぞれのエネルギ密度やその総計は、レーザ発振器から発振レーザビームのエネルギ密度や分岐数に応じて設定することができる。また、各分岐ビームは、同一のエネルギ密度を有していてもよいし、互いに異なるエネルギ密度を有していてもよい。
【0029】
レーザ発振器から導かれたレーザビームを分岐させたり、各分岐ビームを同一の照射位置に集めて照射する方法は特に限定されず、各種の光学系要素を利用することができる。
【0030】
例えば、レーザ発振器から導かれたレーザビームの一部を照射位置に部分反射させて第1分岐ビームにするとともに該レーザビームの残部を透過させて第2分岐ビームにする部分反射ミラー面と、この部分反射ミラー面を透過した該第2分岐ビームを該照射位置に全反射させる全反射ミラー面とを備えたものを利用することができる。
【0031】
なお、同時に発振できるように制御された複数の発振器からのレーザをそれぞれ同一の照射位置に照射するようにしても、前記プラズマの昇温を抑えることができるが、この場合は複数の発振器が必要となり、装置及びその制御の複雑化やコスト高を招く。
【0032】
このような本発明のレーザ溶接方法は、以下に示す本発明のレーザ溶接装置を用いて好適に実施することができる。
【0033】
すなわち、本発明のレーザ溶接装置は、レーザ発振器から導かれたレーザビームを走査手段により被溶接部上に照射するリモート溶接に用いるものである。
【0034】
前記走査手段は、レーザ発振器から導かれたレーザビームを被溶接部上を走査させる、所謂スキャンミラーとしての機能を有している他、レーザ発振器から導かれたレーザビームを複数の分岐ビームに分岐させるとともに、各該分岐ビームを同一の照射位置に集めて照射する分岐・収集機能を有している。
【0035】
このスキャンミラーとしての機能と分岐・収集機能とを併せ持つ走査手段の具体的態様としては特に限定されず、各種の光学系要素を利用して両機能を実現することができる。好適には、部分反射ミラー面と全反射ミラー面とを備えた光学系要素を利用することができる。
【0036】
すなわち、前記走査手段は、前記レーザ発振器から導かれた前記レーザビームの一部を前記照射位置に部分反射させて第1分岐ビームにするとともに該レーザビームの残部を透過させて第2分岐ビームにする部分反射ミラー面と、該部分反射ミラー面を透過した該第2分岐ビームを該照射位置に全反射させる全反射ミラー面とを備え、前記部分反射ミラー面で反射した前記第1分岐ビームと前記全反射ミラーで反射した前記第2分岐ビームとが同一の前記照射位置を照射しつつ、該部分反射ミラー面が該第1分岐ビームを走査可能であり、かつ、該全反射ミラー面が該第2分岐ビームを走査可能であるように、該部分反射ミラー面及び該全反射ミラー面は、前記レーザビームの光軸上で互いに直交する第1軸及び第2軸のうちの少なくとも一方の軸回りの回動が可能となるように配設されていることが好ましい。
【0037】
かかるスキャン機能及び分岐・収集機能を併せ持つ、部分反射ミラー面及び全反射ミラー面を備えた走査手段によれば、部分反射ミラー面及び全反射ミラー面を、例えば、一方の軸(第1軸)回りの回転において所定の回転角度差を保ちつつ、他方の軸(第2軸)回りに同期回転させたり、あるいは一方の軸(第1軸)回りの回転において所定の回転角度差を保ちつつ、該一方の軸(第1軸)回りに同期回転させたりすることで、部分反射ミラー面で反射した第1分岐ビームと、全反射ミラー面で反射した第2分岐ビームとを、溶接線上の同一の照射位置に照射させつつ該溶接線上を走査させることができる。
【0038】
かかる部分反射ミラー面及び全反射ミラー面を備えた走査手段においては、部分反射ミラー面における前記レーザビームの反射率や透過率を調整することで、レーザ発振器から導かれたレーザビームのエネルギ密度を所定の割合で第1分岐ビーム及び第2分岐ビームに分配することができる。
【0039】
かかる走査手段は複数部品により構成してもよいし、単一部品により構成してもよい。
【0040】
複数部品により走査手段を構成する場合、例えば、前記部分反射ミラー面を有する部分反射ミラーと、この部分反射ミラーの背後の後方側に配設された、前記全反射ミラー面を有する全反射ミラーとの2部品とすることができる。この場合、部分反射ミラー及び全反射ミラーがそれぞれ、前記レーザビームの光軸上で互いに直交する第1軸及び第2軸のうちの少なくとも一方の軸回りの回動が可能となるように配設される。そして、部分反射ミラー及び全反射ミラーを、例えば、一方の軸(第1軸)回りの回転において所定の回転角度差を保ちつつ、他方の軸(第2軸)まわりに同期回転させたり、あるいは一方の軸(第1軸)回りの回転において所定の回転角度差を保ちつつ、該一方の軸(第1軸)回りに同期回転させたりすることで、部分反射ミラーで反射した第1分岐ビームと、全反射ミラーで反射した第2分岐ビームとを、溶接線上の同一の照射位置に照射させつつ該溶接線上を走査させることができる。
【0041】
また、単一部品により走査手段を構成する場合は、例えば、前記レーザビームが入射する入射面たる前方面が前記部分反射ミラー面により構成されるとともに、この前方面の背後にある後方面が前記全反射ミラー面により構成された、断面略台形状等の異形断面ミラーとすることができる。なお、この異形断面ミラーの断面形状において、非平行に延びる一組の対辺の部分に、部分反射ミラー面及び全反射ミラー面がそれぞれ位置する。この場合、この異形断面ミラーにおいては、部分反射ミラー面と全反射ミラー面とが傾斜角度差もって配置されているので、この傾斜角度差を所定の大きさにすることで、部分反射ミラー面で反射した第1分岐ビームと、全反射ミラー面で反射した第2分岐ビームとを、溶接線上の同一の照射位置に照射させることができる。そして、この異形断面ミラーを、前記レーザビームの光軸上で互いに直交する第1軸及び第2軸のうちの少なくとも一方の軸回りに回転させることで、部分反射ミラー面で反射した第1分岐ビームと、全反射ミラー面で反射した第2分岐ビームとを、溶接線上の同一の照射位置に照射させつつ該溶接線上を走査させることができる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例により、本発明を更に詳しく説明するが本発明はこれらに限定されるものではない。
【0043】
(実施例1)
図1に示される本実施例は、被溶接部材としての鋼材1、2同士を重ね合わせ、重ね合わされた被溶接部の所定の溶接線に沿ってレーザビームを走査させて溶接線上にレーザビームを照射するリモート溶接を利用した重ね合わせレーザ溶接により、被溶接部を溶融して重ね合わせ面同士を一体的に接合して鋼材1、2を重ね合わせ溶接するものである。
【0044】
本実施例に係るレーザ溶接装置は、レーザ発振器3と、伝送手段4と、走査手段5と、制御手段6とを備えている。
【0045】
レーザ発振器3は、以下の出力条件等で、レーザビームを発振するものである。
【0046】
レーザ :CO2 レーザ
レーザ出力:0〜5kW
伝送手段4は、光学系要素(各種のレンズやミラー)よりなり、レーザ発振器3から出射されたレーザビームを、所定の焦点距離をもつレーザビーム7に変換しつつ伝送して、走査手段5に導入するものである。
【0047】
走査手段5は、レーザ発振器3から伝送手段4を介して導かれたレーザビーム7を前記溶接線に沿って走査させるスキャンミラーとしての機能と、このレーザビーム7を第1分岐ビーム8と第2分岐ビーム9とに分岐させるとともに、第1分岐ビーム8及び第2分岐ビーム9を前記溶接線上の同一の照射位置に集めてほぼ同時に照射する分岐・収集機能を有している。
【0048】
すなわち、走査手段5は、レーザ発振器3から導かれたレーザビーム7の一部を前記照射位置に部分反射させて第1分岐ビーム8にするとともに該レーザビーム7の残部を透過させて第2分岐ビーム9にする部分反射ミラー10と、この部分反射ミラー10を透過した該第2分岐ビーム9を前記照射位置に全反射させる全反射ミラー11とを備えている。そして、この部分反射ミラー10は、前記レーザビーム7の光軸12上に、同光軸12上で互いに直交する第1軸10a及び第2軸10bの両軸回りの回動が可能となるように配設されている。また、全反射ミラー11は、前記レーザビーム7の光軸12で部分反射ミラーの背後の後方側に、同光軸12上で互いに直交する第1軸11a及び第2軸11bの両軸回りの回動が可能となるように配設されている。
【0049】
かかる部分反射ミラー10及び全反射ミラー11によれば、部分反射ミラー10で反射した前記第1分岐ビーム8と全反射ミラー11で反射した第2分岐ビーム9とが同一の前記照射位置を照射しつつ、部分反射ミラー10が第1分岐ビーム8を走査可能であり、かつ、全反射ミラー11が第2分岐ビーム9を走査可能である。
【0050】
制御手段6は、部分反射ミラー10について第1軸10a及び第2軸10bの両軸回りの回動を制御するとともに、全反射ミラー11について第1軸11a及び第2軸11bの両軸回りの回動を制御する。
【0051】
すなわち、制御手段6は、部分反射ミラー10及び全反射ミラー11について、例えば、それぞれ第1軸10a及び11a回りの回転において所定の回転角度差を保ちつつ、第2軸10b及び11b回りに同期回転させたり、あるいは第1軸10a及び11a回りの回転において所定の回転角度差を保ちつつ、該第1軸10a及び11a回りに同期回転させたりする。このような制御により、部分反射ミラー10で反射した第1分岐ビーム8と、全反射ミラー11で反射した第2分岐ビーム9とを、溶接線上の同一の照射位置に照射させつつ該溶接線上を走査させることができる。
【0052】
なお、本実施例では、部分反射ミラー10におけるレーザビーム7の反射率や透過率を調整することで、レーザ発振器3から導かれたレーザビーム7のエネルギ密度を1:1の割合で第1分岐ビーム8及び第2分岐ビーム9に分配するようにしている。具体的には、部分反射ミラー10の表面及び全反射ミラー11の表面には、誘電体多層膜(図示せず)が設けられている。
【0053】
また、本実施例では、第1分岐ビーム8及び第2分岐ビーム9がもつエネルギ密度の値は、各分岐ビームからエネルギを吸収して温度が上昇したプラズマの熱により、大気中の窒素が電離することを効果的に抑えることができるように、それぞれ3.9×105 W/cm2 となるように設定した。なお、この第1分岐ビーム8及び第2分岐ビーム9のエネルギ密度の総計は、前記照射位置に第1分岐ビーム8及び第2分岐ビーム9が照射された被溶接部において溶接に必要な溶け込み量を得るのに十分な値とされている。
【0054】
以下、上記構成のレーザ溶接装置を用いた本実施例のレーザ溶接方法について説明する。
【0055】
まず、鋼板1、2を重ね合わせて水平に保持した。
【0056】
そして、制御手段6により、部分反射ミラー10及び全反射ミラー11について、それぞれ第1軸10a及び11a回りの回転において所定の回転角度差を保つように、それぞれ第1軸10a及び11a回りの所定角度回転させた。これにより、部分反射ミラー10で反射した第1分岐ビーム8と、全反射ミラー11で反射した第2分岐ビーム9とが、溶接線上の同一の照射位置をほぼ同時に照射するように調整した。
【0057】
そして、制御手段6により、部分反射ミラー10及び全反射ミラー11について、第1軸10a及び11a回りの上記回転角度差を保ちつつ、第2軸10b及び11b回りに同期回転するように制御しつつ、レーザ発振器3からレーザビームを出射した。これにより、部分反射ミラー10で反射した第1分岐ビーム8と、全反射ミラー11で反射した第2分岐ビーム9とを、溶接線上の同一の照射位置に照射させつつ該溶接線上を走査させた。なお、本実施例では、この溶接線は図1の紙面において奥行き方向(表裏方向)に延びている。
【0058】
このようにレーザ発振器3から導かれたレーザビーム7を分岐させた第1分岐ビーム8及び第2分岐ビーム9を同一の照射位置に照射すれば、この照射位置における被溶接部において第1分岐ビーム8及び第2分岐ビーム9からのエネルギにより適切な溶け込み量を確保して適切に溶融させることができる。そして、被溶接部が溶融して溶融池13が形成されれば、溶融池13上方の大気中にプラズマ14が発生し、第1分岐ビーム8及び第2分岐ビーム9がこのプラズマ14中を通過することになる。このため、プラズマ14は第1分岐ビーム8及び第2分岐ビーム9からエネルギを吸収して昇温する。このとき、本実施例では、レーザビーム7を分岐させることにより、第1分岐ビーム8及び第2分岐ビーム9のエネルギ密度が、プラズマ14の熱による窒素電離を効果的に抑えることができるように、低減されている。したがって、プラズマ14の熱により大気中の窒素の電離を確実に抑えることができ、電離した窒素イオンが溶融池13中に侵入することに起因するブローホール不良を確実に解消することが可能となる。
【0059】
よって、鋼材1及び2の重ね合わせ部の被溶接部において、良好な接合状態を得ることができる。
【0060】
(実施例2)
図2に示される本実施例は、スキャンミラーとしての機能と分岐・収集機能とを併せ持つ走査手段5の構成を変更したもので、その他の構成は前記実施例1と同様である。
【0061】
すなわち、この実施例の走査手段5は、前記レーザビーム7が入射する入射面たる前方面が部分反射ミラー面15により構成されるとともに、この前方面の背後にある後方面が全反射ミラー面16により構成された、断面略台形状等の異形断面ミラー17とされている。なお、この異形断面ミラー17の断面形状において、非平行に延びる一組の対辺の部分に、部分反射ミラー面15及び全反射ミラー面16がそれぞれ位置する。
【0062】
この異形断面ミラー17においては、部分反射ミラー面15と全反射ミラー面16とが所定の傾斜角度差もって配置されているので、この傾斜角度差を所定の大きさにすることで、部分反射ミラー面15で反射した第1分岐ビーム8と、全反射ミラー面16で反射した第2分岐ビーム9とを、溶接線上の同一の照射位置に照射させることができる。そして、この異形断面ミラー17を、前記レーザビーム7の光軸12上で互いに直交する第1軸17a及び第2軸17bのうちのどちらか一方の軸回りに回転させることで、部分反射ミラー面15で反射した第1分岐ビーム8と、全反射ミラー面16で反射した第2分岐ビーム9とを、溶接線上の同一の照射位置に照射させつつ該溶接線上を走査させることができる。
【0063】
その他の作用効果は、実記実施例1と同様である。
【0064】
(エネルギ密度とブロホール数との関係)
被溶接部に照射されるレーザビームのエネルギ密度と、その被溶接部に発生するブローホールとの関係を調べた。
【0065】
厚さ0.7mmの亜鉛めっき鋼板を重ね合わせ(板隙:0.1mm)、この重ね合わせ部としての被溶接部に、単位長さ当たりの入熱量:60J/mm、集光径:φ0.7mmの条件で、エネルギ密度を種々変更しながらレーザビームを照射して、レーザ溶接した。この被溶接部の単位長さ当たりに発生するブローホール数を調べた。その結果を表1及び図3に示す。
【0066】
これらより、被溶接部に照射されるレーザビームのエネルギ密度が5.3W/cm2 以下であればであれば、ブローホール不良を解消できることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明の実施例1に係り、レーザ溶接装置の構成を模式的に説明する構成図である。
【図2】本発明の実施例2に係り、レーザ溶接装置の構成を模式的に説明する構成図である。
【図3】被溶接部に照射されるレーザビームのエネルギ密度と、その被溶接部に発生するブローホールとの関係を示す線図である。
【図4】従来例に係り、レーザビームの照射により被溶接部が溶融して形成された溶融池の上方にプラズマが発生し、このプラズマ熱による窒素電離を起因としてブローホール不良が発生する様子を模式的に示す説明図である。
【符号の説明】
【0068】
1、2…鋼板(被溶接部材) 3…レーザ発振器
4…伝送手段 5…走査手段
6…制御手段 7…レーザビーム
8…第1分岐ビーム 9…第2分岐ビーム
10…部分反射ミラー 11…全反射ミラー
12…光軸 13…溶融池
14…プラズマ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザ発振器から導かれたレーザビームを走査手段により被溶接部上に照射するリモート溶接によるレーザ溶接方法において、
前記レーザ発振器から導かれた前記レーザビームを複数の分岐ビームに分岐させるとともに、各該分岐ビームを同一の照射位置に集めて照射することを特徴とするレーザ溶接方法。
【請求項2】
前記照射位置に各前記分岐ビームが照射された前記被溶接部において溶接に必要な溶け込み量が得られるように各該分岐ビームのエネルギ密度の総計を所定値以上に確保しつつ、各該分岐ビームそれぞれのエネルギ密度を5.3×105 W/cm2 以下に設定することを特徴とする請求項1記載のレーザ溶接方法。
【請求項3】
前記照射位置に照射される各前記分岐ビームの焦点距離を50〜200cmに設定することを特徴とする請求項1又は2記載のレーザ溶接方法。
【請求項4】
レーザ発振器から導かれたレーザビームを走査手段により被溶接部上に照射するリモート溶接に用いるレーザ溶接装置において、
前記走査手段は、前記レーザ発振器から導かれた前記レーザビームを複数の分岐ビームに分岐させるとともに、各該分岐ビームを同一の照射位置に集めて照射する分岐・収集機能を有していることを特徴とするレーザ溶接装置。
【請求項5】
前記走査手段は、前記レーザ発振器から導かれた前記レーザビームの一部を前記照射位置に部分反射させて第1分岐ビームにするとともに該レーザビームの残部を透過させて第2分岐ビームにする部分反射ミラー面と、該部分反射ミラー面を透過した該第2分岐ビームを該照射位置に全反射させる全反射ミラー面とを備え、
前記部分反射ミラー面で反射した前記第1分岐ビームと前記全反射ミラーで反射した前記第2分岐ビームとが同一の前記照射位置を照射しつつ、該部分反射ミラー面が該第1分岐ビームを走査可能であり、かつ、該全反射ミラー面が該第2分岐ビームを走査可能であるように、該部分反射ミラー面及び該全反射ミラー面は、前記レーザビームの光軸上で互いに直交する第1軸及び第2軸のうちの少なくとも一方の軸回りの回動が可能となるように配設されていることを特徴とする請求項4記載のレーザ溶接装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−326640(P2006−326640A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−153779(P2005−153779)
【出願日】平成17年5月26日(2005.5.26)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】