説明

ワーク切断方法及びワイヤソー

【課題】ワイヤ駆動方向切換時の張力付与部材の急激な変位を抑制する。
【解決手段】第1リール9AからワイヤWを繰り出しながら当該ワイヤWの張力を繰出し側張力に上げる一方、このワイヤWの張力をこの張力よりも低い巻取り側張力に下げて第2リール9Bに巻取る前進駆動切断工程と、第2リール9Bからワイヤを繰り出しながら当該ワイヤWの張力を繰出し側張力まで上げる一方、このワイヤWの張力を巻取り側張力まで下げて第1リール9Aに巻取る後退駆動切断工程とを繰返し行う。その際、ワイヤ繰出し側では、第1リールをその周速度がガイドローラ24等の周速度よりも低くなる第1の回転速度で駆動し、巻取り側では、第2リールをその周速度が第1の回転速度で駆動される第1リールの周速度よりも低くなる第2の回転速度で駆動する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワイヤソーを用いて半導体インゴット等を切断するためのワーク切断方法及びワイヤソーに関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば半導体インゴット等のワークから多数枚の薄片(例えばウェハ)を一度に切り出す手段として、ワイヤソーが知られている。このワイヤソーでは、ワイヤ繰出し巻取り装置のリールから繰り出された切断用のワイヤが複数のガイドローラの周囲に巻回されてから別のワイヤ繰出し巻取り装置のリールに巻き取られる。ワイヤは、各ワイヤ繰出し巻取り装置の駆動状態の切り換えにより、前進方向(一方側のワイヤ繰出し巻取り装置から他方側のワイヤ繰出し巻取り装置に向かう方向)と後退方向(他方側のワイヤ繰出し巻取り装置から一方側のワイヤ繰出し巻取り装置に向かう方向)とに交互に移動方向が切り換えられる。そして、繰出し側及び巻取り側の両リールと各ガイドローラとが同じ周速度で回転駆動されることによって切断用ワイヤがその長手方向に高速駆動された状態で、特定のガイドローラ同士の間に複数本並んだワイヤに対してこれと略直交する方向に前記半導体インゴット等からなるワークが切断送りされることにより、このワークから多数枚の薄片が同時に切り出される。
【0003】
ワイヤソーでは、安定した加工精度を確保するためにワイヤ張力を適正な値に調節する必要がある。そこで、下記特許文献1には、各ワイヤ繰出し巻取り装置からガイドローラに至るまでの領域に、それぞれワイヤ張力を調節するための張力調節装置を備えたものが開示されている。各張力調節装置は、前記ワイヤの張力を検出するロードセルと、所定範囲内で揺動可能に支持され、前記ワイヤに押付けられてその張力を変化させるテンションアームとを備え、前記ロードセルにより検出されるワイヤ張力を一定に保つように前記ワイヤへの前記テンションアームの押付け力を調節する。また、このワイヤソーは、各リールの回転速度を調整するための速度調整装置を備えている。この速度調整装置は、各テンションアームの位置を検出する位置検出器を備えており、前記ワイヤ張力を保ちつつテンションアームをその移動範囲内の中間位置に配置すべく、前記位置検出器により検出されるテンションアームの位置に基づいて各リールの駆動速度を微調整する。このように各テンションアームを中間位置に保つことによりその移動しろを確保し、常に適切な張力調整を可能としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平9−94755号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記ワイヤソーでは、ワークの安定した切断を行うために前記ワイヤに一定以上の張力を与える必要があるが、その一方、当該張力が高いほどリールの強度的な負担が大きくなるという事情がある。すなわち、リールが巻取るワイヤの張力が高いほど、当該ワイヤがリールの外周面に食い込みやすくなり、当該リールの寿命を縮めるおそれが高くなる。
【0006】
このような不都合を解消する手段として、前記の張力調節装置を用い、巻取り時のワイヤ張力を繰出し時のワイヤ張力よりも低くすることが考えられる。しかし、ワイヤを往復走行させる往復駆動方式のワイヤソーを運転する場合には、上記ワイヤ張力差に起因して、ワイヤ駆動方向の切換時にテンションアームに不要な揺動(変位)が生じる。
【0007】
すなわち、ワイヤ繰出し側では、リールから繰り出されるワイヤの張力が巻取り時の張力よりも高い張力に調節されることによりワイヤに伸びが生じる。これにより繰出し側のリールからガイドローラに至る区間のワイヤ長が長くなってワイヤの検出張力が下がる結果、テンションアームがワイヤを引っ張る方向に中間位置からやや大きく揺動することとなる。他方、ワイヤ巻取り側では、ワイヤの張力が下がることにより、繰出し時の張力付与及びワークの押圧により伸びたワイヤが収縮し、これによりガイドローラから巻取り側のリールに至る区間のワイヤ長が短くなってワイヤの検出張力が上がる結果、テンションアームがワイヤに引っ張られる方向に中間位置からやや大きく変位することとなる。そして、ワイヤの前進・後退切換え時の度に、このようなテンションアームの揺動が生じる。
【0008】
このようなテンションアームの揺動は一時的なものであり、その後、速度調節装置によりリールの回転速度が調節されることによってテンションアームは中間位置に戻されるが、ワイヤの前進・後退切換え時の度にこのようなテンションアームの揺動が生じる場合には、ワイヤの走行安定性が損なわれるおそれがあるため抑制できる方が望ましい。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑み、往復駆動方式のワイヤソーに関して、ワイヤ巻取り側のワイヤ張力がワイヤ繰出し側のワイヤ張力よりも低くなるようにワイヤ張力を調節しながら、ワイヤの駆動方向切換え時に生じるテンションアーム等の張力付与部材の不要な変位を抑制できるようにするための技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明は、第1リールから繰り出された切断用のワイヤが複数のガイドローラの周囲に巻回されて第2リールに巻き取られるワイヤソーを用い、前記ガイドローラ同士の間に並ぶ複数本のワイヤを当該ガイドローラの回転駆動により所定速度で軸方向に駆動しながらこれらのワイヤに対してワークを相対移動させることにより切断送りして当該ワークを切断する方法において、前記第1リールから前記ワイヤを繰出し、かつ、このワイヤを前記第2リールにより巻取るとともに、前記第1リールから繰出されるワイヤの張力を第1張力検出手段により検出しながら当該検出張力が所定の繰出し側張力に近づくように第1張力付与部材を前記ワイヤに押付けて当該ワイヤの張力を調節し、かつ、前記第2リールに巻取られるワイヤの張力を第2張力検出手段により検出しながら当該検出張力が前記繰出し側張力よりも低い巻取り側張力に近づくように第2張力付与部材をワイヤに押付けて当該ワイヤの張力を調節しながら、前記ワークの切断を進める前進駆動切断工程と、前記第2リールにより巻き取られた前記ワイヤを逆に当該第2リールから繰出し、かつ、このワイヤを前記第1リールにより巻取るとともに、前記第2リールから繰出されるワイヤの張力を第2張力検出手段により検出しながら当該検出張力が前記繰出し側張力に近づくように第2張力付与部材を前記ワイヤに押付けて当該ワイヤの張力を調節し、かつ、前記第1リールに巻取られるワイヤの張力を第1張力検出手段により検出しながら当該検出張力が前記巻取り側張力に近づくように第1張力付与部材をワイヤに押付けて当該ワイヤの張力を調節しながら、前記ワークの切断を進める後退駆動切断工程とを繰返し行い、前記前進駆動切断工程では、前記第1リールをその周速度が前記ガイドローラの周速度よりも低くなる第1の回転速度で駆動しながら当該第1リールからワイヤを繰出し、かつ、第2リールをその周速度が前記第1の回転速度で駆動される第1リールの周速度よりも低くなる第2の回転速度で駆動しながら前記ワイヤを当該第2リールにより巻取り、前記後退駆動切断工程では、逆に前記第2リールを前記第1の回転速度で駆動しながら当該第2リールからワイヤを繰出し、かつ、第1リールを前記第2の回転速度で駆動しながら前記ワイヤを当該第1リールにより巻取るようにしたものである。
【0011】
この方法によれば、ワイヤの前進・後退を繰り返しながら、ワイヤ繰出し側では、リールから繰出されるワイヤを所定の繰出し側張力に調節する一方、ワイヤ巻取り側では、リールに巻取られるワイヤをこの繰出し側張力よりも低い所定の巻取り側張力に調節するので、安定した切断に要するワイヤ張力を確保しながら巻取り側のワイヤ張力のみを低減して当該巻取り側のリールの強度的負担を軽減することができる。しかも、ワイヤ繰出し側では、リールをその周速度がガイドローラの周速度よりも低くなる第1の回転速度で駆動しながら当該リールからワイヤを繰出し、ワイヤ巻取り側では、リールをその周速度が前記第1の回転速度で駆動されるリールの周速度よりも低くなる第2の回転速度で駆動しながらワイヤを当該リールにより巻取るので、上記のようにワイヤ繰出し側とワイヤ巻取り側とでワイヤ張力に差を持たるようにしながらも、ワイヤ前進・後退切換え時に生じる張力付与部材の不要な変位を抑制することができる。すなわち、例えば切断工程が前進駆動切断工程から後退駆動切断工程に移行すると、ワイヤ繰出し側では、第2リールからワイヤを繰出しつつこのワイヤの張力(巻取り側張力)を繰出し側張力まで上げるためにワイヤに伸びが生じることとなる。しかし、上記方法のように、第2リールをその周速度がガイドローラの周速度よりも低くなる第1の回転速度で駆動しながら当該第2リールからワイヤを繰出すようにすることで、このワイヤの伸びに起因する第2リールからガイドローラに至る区間のワイヤ長の変化が抑制され、これによって第2張力付与部材の急激な変位が抑制される。他方、ワイヤ巻取り側では、ワイヤの張力を巻取り側張力まで下げるため、第2張力付与部材による張力付与及びワークの押圧により伸びたワイヤに顕著な収縮が生じる。しかし、上記方法のように、第1リールをその周速度が第1の回転速度で駆動される第2リールの周速度よりも低くなる第2の回転速度で駆動しながらワイヤを当該第1リールにより巻取るようにすることで、ガイドローラから第1リールに至る区間のワイヤの収縮に起因するワイヤ長の変化が抑制され、これによって第1張力付与部材の急激な変位が抑制される。
【0012】
なお、各リールの最適な回転速度(第1、第2の回転速度)は、ワイヤの劣化やリールの駆動機構の作動状態等の種々の要因によって経時的に変化する。従って、上記の方法においては、前記第1張力付与部材の位置を第1位置検出手段により検出するとともに、前記第2張力付与部材の位置を第2位置検出手段により検出し、各張力付与部材の位置をそれぞれ予め定められた基準位置に近づけるように各リールの回転速度を調節しながらワークの切断を進めるようにし、かつ、特定の切断工程において前記第1張力付与部材がほぼ基準位置に位置するときの前記第1リールの回転速度を第1速度検出手段により検出するとともに、前記第2張力付与部材がほぼ基準位置に位置するときの前記第2リールの回転速度を第2速度検出手段により検出し、当該特定の切断工程後に行われる切断工程における各リールの回転速度が当該検出速度に近づくように前記第1、第2の回転速度を当該検出速度に基づいて補正するのが好適である。
【0013】
このように、第1、第2のリールを駆動する際の回転速度(第1、第2の回転速度)を、各張力付与部材がほぼ基準位置に位置するときの実際の回転速度に基づいて補正する方法によれば、ワイヤの劣化やリールの作動状態等に起因する回転速度の誤差を排除することが可能となり、各リールを駆動する際の回転速度の信頼性が向上する。そのため、ワイヤの前進・後退切換え時の各張力付与部材の変位をより確実に抑制することが可能となる。
【0014】
また、本発明は、切断用のワイヤを用いてワークを同時に複数個所で切断するためのワイヤソーであって、回転中心軸が互いに平行になるように配設され、その周囲に前記ワイヤが巻回される複数のガイドローラと、当該ガイドローラを駆動するガイドローラ駆動手段と、前記ガイドローラへの前記ワイヤの繰出し及び巻取りをそれぞれ行う第1、第2のリールと、これらリールをそれぞれ駆動する第1、第2のリール駆動手段と、前記ガイドローラのうちの特定のガイドローラの間に張られた複数本のワイヤとワークとを相対移動させることにより当該ワイヤに対して当該ワークを切断送りして当該ワークを切断する切断送り手段と、前記第1のリールから前記ワイヤを繰出し、かつ、このワイヤを前記第2のリールにより巻取りながら、前記ワークの切断を進める前進駆動切断工程と、前記第2のリールから前記ワイヤを繰出し、かつ、このワイヤを前記第1のリールにより巻取りながら、前記ワークの切断を進める後退駆動切断工程とを繰返し行うとともに、前記ガイドローラに巻回されたワイヤがワーク切断に適した所定速度で駆動されるように前記ガイドローラ駆動手段及び第1、第2のリール駆動手段を制御するワイヤ駆動制御手段と、前記第1のリールと前記各ガイドローラとの間の区間でワイヤ張力を検出する第1張力検出手段、当該区間で前記ワイヤに押付けられる第1張力付与部材、及びこの第1張力付与部材の位置を変化させる第1位置操作手段を含み、前記第1張力付与部材の位置を変化させることにより当該ワイヤの張力を変化させる第1張力操作手段と、前記第2のリールと前記各ガイドローラとの間の区間でワイヤ張力を検出する第2張力検出手段、当該区間で前記ワイヤに押付けられる第2張力付与部材、及びこの第2張力付与部材の位置を変化させる第2位置操作手段を含み、前記第2張力付与部材の位置を変化させることにより当該ワイヤの張力を変化させる第2張力操作手段と、前記第1、第2の張力検出手段の検出張力に基づき、前記第1、第2のリールのうち一方側のリールから繰出されるワイヤの張力を所定の繰出し側張力に調節するとともに、他方側のリールにより巻取られるワイヤの張力を前記繰出し側張力よりも低い所定の巻取り側張力に調節すべく前記各張力操作手段を作動させる張力制御手段とを備え、前記ワイヤ駆動制御手段は、前記前進駆動切断工程では、前記第1リールをその周速度が前記ガイドローラの周速度よりも低くなる第1の回転速度で駆動することにより当該第1リールからワイヤの繰出しを行わせ、かつ、第2リールをその周速度が前記第1の回転速度で駆動される第1リールの周速度よりも低くなる第2の回転速度で駆動することにより当該第2リールにより前記ワイヤの巻取りを行わせ、前記後退駆動切断工程では、逆に前記第2リールを前記第1の回転速度で駆動することにより当該第2リールからワイヤの繰出しを行わせ、かつ、第1リールを前記第2の回転速度で駆動することにより当該第1リールにより前記ワイヤを巻取らせるものである。
【0015】
このワイヤソーにおいても、前記張力制御手段が、ワイヤ繰出し側では、リールから繰出されるワイヤを繰出し側張力に調節する一方、ワイヤ巻取り側では、リールに巻取られるワイヤを繰出し側張力よりも低い巻取り側張力に調節するので、安定した切断に要するワイヤ張力を確保しながら巻取り側のワイヤ張力のみを低減して当該巻取り側のワイヤ繰出し巻取り装置の強度的負担を軽減することができる。また、ワイヤ駆動制御手段が、ワイヤ繰出し側では、リールをその周速度がガイドローラの周速度よりも低くなる第1の回転速度で駆動することにより当該リールからワイヤの繰出しを行わせ、他方、ワイヤ巻取り側では、リールをその周速度が前記第1の回転速度で駆動されるリールの周速度よりも低くなる第2の回転速度で駆動することにより当該リールにより前記ワイヤの巻取りを行わせので、上記のようにワイヤ繰出し側とワイヤ巻取り側とでワイヤ張力に差を持たせながらも、ワイヤ前進・後退切換え時に生じる張力付与部材の不要な変位を抑制することが可能となる。
【0016】
このワイヤソーにおいては、前記第1、第2の張力付与部材の位置をそれぞれ検出する第1、第2の位置検出手段と、前記第1、第2のリールの回転速度をそれぞれ検出する第1、第2の速度検出手段とを備え、前記ワイヤ駆動制御手段は、前記第1の位置検出手段により検出される第1張力付与部材の位置、及び第2の位置検出手段により検出される第2張力付与部材の位置がそれぞれ前記基準位置に近づくように各リールの回転速度を制御し、かつ、特定の切断工程において前記第1の速度検出手段により検出される速度であって前記第1張力付与部材がほぼ基準位置に位置するときの検出速度と前記第2の速度検出手段により検出される速度であって前記第2張力付与部材がほぼ基準位置に位置するときの検出速度とに基づいて当該特定の切断工程後に行われる切断工程における各リールの回転速度が当該検出速度に近づくように当該リールの前記第1、第2の回転速度を補正するものであるのが好適である。
【0017】
この構成によれば、ワイヤ駆動制御装置により各リールを駆動する際の前記第1、第2の駆動速度の信頼性が向上し、これによりワイヤの前進・後退切換え時の各張力付与部材の不要な変位をより確実に抑制することが可能となる。
【発明の効果】
【0018】
以上説明したように、本発明によれば、ワイヤの前進・後退を繰り返しながら、安定した切断に要するワイヤ張力を確保しながら巻取り側のワイヤ張力のみを低減して当該巻取り側のリールの強度的負担を軽減することができる。また、このようにワイヤ繰出し側とワイヤ巻取り側とでワイヤ張力に差を持たせながらも、ワイヤ前進・後退切換え時に生じる張力付与部材の不要な変位を抑制することが可能であり、これによりワイヤの走行安定性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の実施の形態にかかるワイヤソーの全体構成図である。
【図2】前記ワイヤソーに設けられた張力操作装置の正面図である。
【図3】前記張力操作装置の平面図である。
【図4】前記ワイヤソーに装備されるコントローラの機能構成を示すブロック図である。
【図5】前記ワイヤソーにおけるガイドローラの回転速度(周速度)及びリールの回転速度(周速度)の時間変化を示すグラフである。
【図6】前記ワイヤソーに装備されるコントローラの機能構成を示すブロック図(変形例)である。
【図7】リールの目標速度を補正(更新)する処理手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の好ましい実施の形態について図面を参照しながら説明する。
【0021】
図1は、本発明に係るワイヤソーの全体構成を示している。この図に示すワイヤソーは、一対のワイヤ繰出し巻取り装置10A,10B(適宜、第1ワイヤ繰出し巻取り装置10A、第2ワイヤ繰出し巻取り装置10Bという)と、その間に配された4つのガイドローラ24A,24B,26A,26Bとを備えている。これらのガイドローラのうち、ガイドローラ24A,24Bは互いに同じ高さ位置に配され、ガイドローラ26A,26Bはそれぞれガイドローラ24A,24Bの下方の位置に配されている。
【0022】
第1ワイヤ繰出し巻取り装置10Aとガイドローラ24A,24B,26A,26Bとの間には、当該ワイヤ繰出し巻取り装置10Aに近い側から順に、固定プーリ12A,14A,16A、第1張力操作装置18A(第1張力操作手段に相当する)、及び固定プーリ22Aが設けられ、第1張力操作装置18Aはテンションアーム19Aを含んでいる。同様に、第2ワイヤ繰出し巻取り装置10Bとガイドローラ24A,24B,26A,26Bとの間には、当該ワイヤ繰出し巻取り装置10Bに近い側から順に、固定プーリ12B,14B,16B、第2張力操作装置18B(第2張力操作手段に相当する)、及び固定プーリ22Bが設けられ、前記第2張力操作装置18Bはテンションアーム19Bを含んでいる。
【0023】
各ワイヤ繰出し巻取り装置10A,10Bは、切断用のワイヤWが巻かれるリール9A,9B(第1リール、第2リールに相当する)と、これを回転駆動するリール駆動モータ11A,11B(第1のリール駆動手段、第2のリール駆動手段に相当する)とを備えている。そして、第1ワイヤ繰出し巻取り装置10Aのリール9Aから繰り出されたワイヤWは、固定プーリ12A,14A,16A、第1張力操作装置18Aのテンションアーム19A、及び固定プーリ22Aの順に掛けられ、さらにガイドローラ24A,24B,26B,26Aの外側に多数回巻回された後、固定プーリ22B、第2張力操作装置18Bのテンションアーム19B、固定プーリ16B,14B,12Bの順に掛けられ、第2ワイヤ繰出し巻取り装置10Bのリール9Bに巻き取られるとともに、両張力操作装置18A,18BによってワイヤWに適当な張力が与えられるようになっている。また、各ガイドローラ24A,24B,26B,26Aの回転軸に、これら回転軸を回転駆動するためのローラ駆動モータ25(ガイドローラ駆動手段に相当する)が連結されている(図1ではガイドローラ26Aのもののみ図示)。
【0024】
そして、各リール駆動モータ11A,11Bによるリール9A,9Bの回転駆動方向及びローラ駆動モータ25によるガイドローラ26Aの回転駆動方向が正逆に切換えられることにより、ワイヤWがリール9Aから繰り出されてリール9Bに巻き取られる状態(ワイヤWの前進駆動の状態)と、ワイヤWがリール9Bから繰り出されてリール9Aに巻き取られる状態(ワイヤWの後退駆動の状態)とに切換えられるようになっている。
【0025】
すなわち、この実施の形態に係るワイヤソーでは、前記4つのガイドローラのうちのガイドローラ24A,24Bの間にワイヤWが多数本並んだ状態で張られ、かつ、その長手方向(軸方向)に往復駆動される。ただし、本発明では前記ガイドローラの具体的な個数を問わず、2個以上の範囲で自由に設定可能である。
【0026】
前記ガイドローラ24A,24B間に張られたワイヤWの上方には、円柱状のワーク(例えば半導体インゴット)28を移動させるワーク送り装置30(切断送り手段に相当する)が設けられている。このワーク送り装置30は、ワーク保持部32と、ワーク送りモータ34とを備えている。ワーク保持部32は、前記ワーク28をその結晶軸に基づいて目的の結晶方位が得られる向きに保持するものであり、ワーク送りモータ34は、図略のボールネジとの組み合わせにより、前記ワーク保持部32とワーク28とを一体に昇降させる(すなわち切断送りする)ものである。
【0027】
前記ガイドローラ24A,24B間に張られたワイヤWの上方において、ワーク28の左右両側の位置には、スラリー供給装置36A,36Bが設けられている。これらのスラリー供給装置36A,36Bは、高速駆動される各ワイヤWに対し、砥粒が混合された加工液(スラリー)を同時供給し、これをワイヤW表面に付着させるものである。
【0028】
従って、このワイヤソーでは、ガイドローラ24A,24B間に張られた多数本のワイヤWがその長手方向に同時高速駆動され、かつこれらのワイヤWにスラリー供給装置36A,36Bから加工液が供給されながら、これらのワイヤWに対してワーク28が下方に切断送りされることにより、このワーク28から多数枚のウェハが同時に切り出される。
【0029】
次に、前記張力操作装置18A,18Bの構成を図2及び図3に基づいて説明する。なお、両張力操作装置18A,18Bの構成は同等であるので、ここでは第1張力操作装置18Aを例にとって説明する。
【0030】
第1張力操作装置18Aは、上記の通りテンションアーム19A(第1張力付与部材に相当する)を備えている。このテンションアーム19Aは、プーリ20(可動プーリ20という)とこれを支持するレバー21とを含み、前記可動プーリ20にワイヤWが掛け渡されている。可動プーリ20は、固定プーリ16A,22Aの間に配されており、テンションアーム19Aの揺動に伴う当該可動プーリ20の上下動によってワイヤ長が変化する(具体的には、可動プーリ20が下降するとワイヤ長が増え、可動プーリ21Aが上昇するとワイヤ長が減る)ように各プーリ16A,20,22Aが配されている。
【0031】
なお、固定プーリ22Aの支持部材38には、張力検出器40(第1張力検出手段に相当する)が取付けられている。この張力検出器40は、前記支持部材38に加えられる荷重、ひいては前記ワイヤWの張力を検出する。この張力検出器40には、ロードセルや、差動トランスとばねとを組み合わせたもの等が利用可能である。
【0032】
前記可動プーリ20は、ワイヤWの軸方向と直交する回転軸42を中心として回転可能となるようにレバー21の先端に取付けられている。このレバー21の基端には回動中心軸46が固定され、この回動中心軸46は、固定側板48に固定された揺動シリンダ50(第1位置操作手段に相当する)に連結されている。この揺動シリンダ50は、前記回動中心軸46回りにレバー21及び可動プーリ20(つまり、テンションアーム19A)を回動させて当該可動プーリ20を前記ワイヤWに押付けることにより、当該ワイヤWに張力を与えるとともに、その押付け力の増減によって前記張力を変化させる。
【0033】
前記回動中心軸46にはエンコーダ52(第1の位置検出手段に相当する)が連結されている。このエンコーダ52は、前記テンションアーム19Aの回動角度位置を検出する。
【0034】
このワイヤソーには、図4に示すようなコントローラ60が備えられている。このコントローラ60は、ワイヤ駆動制御手段および張力制御手段としての機能を有するものであって、張力調節手段62、速度調節手段64、及び目標速度設定手段66を備えている。
【0035】
張力調節手段62は、ワイヤ繰出し側及びワイヤ巻取り側のそれぞれにおける張力検出器40で検出されたワイヤ張力を予め設定された張力Tに保つように、揺動シリンダ50を駆動する空気圧サーボ回路54に電気信号を出力して当該揺動シリンダ50の駆動力ひいてはワイヤ張力を調節する。具体的に、例えば第1ワイヤ繰出し巻取り装置10A側の検出張力が前記張力Tよりも高い場合には、揺動シリンダ50の駆動力を低下させ、この揺動シリンダ50に連結されたテンションアーム19Aを上側に移動させて(図2では時計回り方向に回動させて)前記可動プーリ20が前記ワイヤWに押付けられる力を下げる。逆に、前記検出張力が張力Tよりも低い場合には、前記揺動シリンダ50の駆動力を高くして前記テンションアーム19Aを下側に移動させて(図2の反時計回り方向に回動させて)前記可動プーリ20が前記ワイヤWに押付けられる力を上げる。
【0036】
なお、このワイヤソーでは、張力調節手段62は、ワイヤ繰出し側ではワイヤ張力をワーク28の切断に必要な張力である繰出し側張力T1(25N)に保つ一方、巻取り側ではこの繰出し側張力T1よりも低い張力であってリール9A,9Bの巻取りに適した所定の巻取り側張力T2(5N)に保つように前記揺動シリンダ50の駆動力を調節する。これにより、このワイヤソーでは、ガイドローラ24A,24B間においてワーク28の良好な切断に必要なワイヤ張力が確保される一方で、巻取り側のリール9A,9Bに対しては当該リール9A、9BでのワイヤWの食い込みが緩和される。
【0037】
前記速度調節手段64は、ワイヤWを前進駆動しながらワーク28の切断を進める工程(前進駆動切断工程)と、ワイヤWを後退駆動しながらワーク28の切断を進める工程(後退駆動切断工程)とを繰返し実行するように、前記リール駆動モータ11A,11Bによるリール駆動の向きを調節するとともに、目標速度設定手段66により入力されるリール9A,9Bの目標速度Vに基づいて各切断工程におけるリール駆動モータ11A,11Bの駆動速度、換言すればワイヤ繰出し速度およびワイヤ巻取り速度を調節する。
【0038】
なお、この速度調節手段64は、エンコーダ52で検出されたテンションアーム19A,19Bの回転角度位置を予め設定された基準位置(ここでは、図2の実線に示すようにテンションアーム19A,19Bが水平となる位置)に近づけるように、リール駆動モータ11A,11Bにそれぞれ制御信号を出力して両リール9A,9Bの回転速度を微調節する機能も有している。例えば、リール9AからワイヤWが繰り出されてリール9Bに巻取られるワイヤWの前進駆動の状態で、繰出し側のテンションアーム19Aが基準位置よりも下側の位置にあることが検出された場合には、テンションアーム19Aを上側(時計回り)に移動させるべく、ワイヤ繰出し側のリール9Aの回転速度を減少させ、逆に、テンションアーム19Aが基準位置よりも上側の位置にあることが検出された場合には、テンションアーム19Aを下側(反時計回り)に移動させるべく、ワイヤ繰出し側のリール9Aの回転速度を増加させる。一方、ワイヤ巻取り側のテンションアーム19Bが基準位置よりも下側の位置にあることが検出された場合には、テンションアーム19Bを上側(反時計回り)に移動させるべく、ワイヤ巻取り側のリール9Bの回転速度を増加させ、逆にテンションアーム19Bが基準位置よりも上側の位置にあることが検出された場合には、テンションアーム19Bを下側(時計回り)に移動させるべく、ワイヤ巻取り側のリール9Bの回転速度を減少させる。
【0039】
目標速度設定手段66は、上述のようにリール9A,9Bの目標速度V(つまり回転速度V)を設定して速度調節手段64に入力するものであり、前記速度調節手段64は、この目標速度Vに基づきリール駆動モータ11A,11Bの駆動速度を調節する。
【0040】
この目標速度設定手段66は、リール9A,9Bがワイヤ繰出し側かワイヤ巻取り側かによってそれらの目標速度Vを変化させる。具体的には、ワイヤWを前進駆動(リール9AからワイヤWが繰り出されてリール9Bに巻取られる状態)する際には、ワイヤ繰出し側となるリール9Aの目標速度Vを第1の目標速度V1に設定する一方で、ワイヤ巻取り側のリール9Bの目標速度Vを第1の目標速度V1よりも遅い第2の目標速度V2に設定する。逆に、ワイヤWを後退駆動(リール9BからワイヤWが繰り出されてリール9Aに巻取られる状態)するときには、ワイヤ繰出し側のリール9Bの目標速度Vを第1の目標速度V1に設定する一方、ワイヤ巻取り側のリール9Aの目標速度を第2の目標速度V2に設定する。
【0041】
これらの目標速度V1、V2は、ワーク28の切断に必要なワイヤWの駆動速度(走行速度)、つまり、ガイドローラ24A等の回転速度を基準に設定されている。この点を、図5を用いて説明する。図5は、ワイヤソーのガイドローラ24A等の回転速度V(周速度)と第1ワイヤ繰出し巻取り装置10A側のリール9Aの回転速度V(周速度)との関係を示している。この図に示すように、目標速度設定手段66は、ワイヤWの前進駆動時には、ワイヤ繰出し側となるリール9Aの目標速度Vをその周速度がガイドローラ24等の周速度よりも一定速度だけ低くなる第1の目標速度V1に設定する。また、ワイヤWの後退駆動時には、ワイヤ巻取り側となるリール9Aの目標速度Vをその周速度が前記第1の目標速度V1で駆動されるリール9Aの周速度よりも低くなる第2の目標速度V2に設定する。なお、ここでは、一方側のリール9Aの目標速度(回転速度)について説明したが、ワイヤWの駆動方向が逆になる以外、他方側のリール9Bについても同様である。
【0042】
次に、このワイヤソーの作用効果について説明する。
【0043】
< 前進駆動切断工程 >
第1ワイヤ繰出し巻取り装置10Aのリール9Aが繰出し方向に回転駆動され、第2ワイヤ繰出し巻取り装置10Bのリール9Bが巻取り方向に駆動されることにより、ワイヤWが前記リール9Aから繰出されて前記リール9Bに巻取られる。そして、所定のワイヤWの駆動速度のもと、このワイヤW(ワイヤ群)に対してワーク28が切断送りされることにより、当該ワーク28の切断が進められる。
【0044】
このとき、張力検出器40で検出されたワイヤ張力に基づき張力調節手段62により各揺動シリンダ50の駆動力が調節されることにより、ワイヤ繰出し巻取り装置10A側のワイヤWの張力が繰出し側張力T1(=25N)、ワイヤ繰出し巻取り装置10BのワイヤWの張力が巻取り側張力T2(=5N)にそれぞれ調節される。
【0045】
他方、リール9Aからのワイヤ繰出し開始後、張力操作装置18A,18Bに設けられたエンコーダ52の検出信号(すなわちテンションアーム19A,19Bの位置検出信号)が速度調節手段64に取り込まれる。速度調節手段64は、前記テンションアーム19A、19Bの検出位置と予め設定された基準位置とを比較し、前者が後者よりも高い場合には、テンションアーム19A、19Bが下側に移動するようにリール9A、9Bの回転速度を微調節する。逆に、前者が後者よりも低い場合には、テンションアーム19A、19Bが上側に移動するように当該リール9A、9Bの回転速度を微調整する。これにより、定常状態ではテンションアーム19A、19Bがほぼ基準位置に保持されて、テンションアーム19A、19Bの移動しろが適切に確保される。
【0046】
以上の制御により、第1ワイヤ繰出し装置10A側のワイヤ張力は所定の繰出し側張力T1に保たれ、これにより、ガイドローラ24A,24B間においてワーク28の良好な切断に必要なワイヤ張力が確保される。その一方、ワイヤ巻取り装置10B側のワイヤ張力は繰出し側張力T1よりも低い所定の巻取り側張力T2に抑えられるため、当該ワイヤ巻取り装置10Bのリール9BでのワイヤWの食い込みが緩和され、当該リール9Bの強度的負担が軽減される。
【0047】
そして、この前進駆動切断工程が予め設定されたワイヤ長に至った時点でワイヤWの駆動が徐々に減速される。そして、その速度が0になった時点で今度はワイヤWの駆動の向きが切換えられ、後退駆動切断工程に移行する。
【0048】
< 後退駆動切断工程 >
この工程では、第2ワイヤ繰出し巻取り装置10Bのリール9Bが繰出し方向に回転駆動され、第1ワイヤ繰出し巻取り装置10Aのリール9Aが巻取り方向に駆動されることにより、ワイヤWが前記リール9Bから繰出されて前記リール9Aに巻取られる。
【0049】
この工程では、張力調節手段62により、第2ワイヤ繰出し巻取り装置10B側のワイヤ張力が所定の繰出し側張力T1(=25N)に、第1ワイヤ繰出し巻取り装置10A側のワイヤ張力が所定の巻取り側張力T2(=5N)に調節される。これにより、前進駆動切断工程と同様、ガイドローラ24A,24B間でワーク28の良好な切断に必要なワイヤ張力が確保される一方、ワイヤ巻取り装置10A側のワイヤ張力は繰出し側張力T1よりも低い所定の巻取り側張力T2に抑えられるため、当該ワイヤ巻取り装置10Aのリール9AでのワイヤWの食い込みが緩和され、当該リール9Aの強度的負担が軽減される。
【0050】
なお、このように前進駆動切断工程から後退駆動切断工程へ切断工程が移行され、リール9Bに巻回されているワイヤWが当該リール9Bから繰出されつつその張力が巻取り側張力T2(=5N)から繰出し側張力T1(=25N)まで上げられると、ワイヤWが伸びてリール9Bからガイドローラ24A等に至る区間のワイヤ長が長くなってワイヤ張力が下がる結果、テンションアーム19Bが基準位置から急激に変位することが考えられる。具体的にはテンションアーム19BがワイヤWを引っ張る方向(下側)にやや大きく変位することが考えられる。しかし、このワイヤソーでは、上記の通りワイヤ繰出し側となるリール9Bは、その周速度がガイドローラ24A等の周速度よりも低くなる第1の回転速度V1で駆動されるため、ワイヤWの上記伸びを伴いながらもリール9Bからガイドローラ24A等に至る区間のワイヤ長の変化が効果的に抑制される。そのため、前進駆動切断工程から後退駆動切断工程への移行に伴う上記のようなテンションアーム19Bの急激な変位が抑制される。
【0051】
逆に、ワイヤ巻取り側(第1ワイヤ繰出し巻取り装置10A側)では、ワイヤWの張力が巻取り側張力T2(=5N)まで下げられることにより、第2張力操作装置18Bによる張力付与及びワーク28の押圧により伸びたワイヤが収縮し、これによりガイドローラ24A等からリール9Aに至る区間のワイヤ長が短くなってワイヤ張力が上がる結果、テンションアーム19Aが基準位置から急激に変位することが考えられる。具体的には、テンションアーム19AがワイヤWに引っ張られる方向(上側)にやや大きく振れることが考えられる。しかし、このワイヤソーでは、上記の通り、ワイヤ巻取り側となるリール9Aは、その周速度が第1の回転速度V1で駆動されるリール9Bの周速度よりも低い第2の回転速度V2で駆動されるため、ワイヤWの上記収縮を伴いながらもガイドローラ24A等からリール9Aに至る区間のワイヤ長の変化が効果的に抑制される。特に、ガイドローラ24A等からリール9Aに向かうワイヤWは、上記の通り、第2張力操作装置18Bによる張力付与による伸びに加えワーク28の押圧による伸びを含むため、リール9Aを繰出し側と同じ回転速度(第1の回転速度V1)で駆動する場合には、上記区間のワイヤ長の変化を抑え切れない場合が生じ得るが、上記のようにリール9Aが繰出し側のリール9Bの回転速度V1よりも低い第2の回転速度V2で駆動される結果、当該区間のワイヤ長の変化がより確実に抑えられる。そのため、前進駆動切断工程から後退駆動切断工程への移行に伴う、上記のようなテンションアーム19Aの急激な変位が効果的に抑制される。
【0052】
こうして後退駆動切断工程が予め設定されたワイヤ長に至った時点でワイヤWの駆動が徐々に減速され、その速度が0になると、その時点で今度はワイヤWの駆動の向きが切換えられて前進駆動切断工程に移行する。そして、この後退駆動切断工程から前進切断工程への移行時には、上記同様に、速度調節手段64によるリール駆動モータ11A,11Bの制御に基づき各リール9A,9Bの駆動速度が調節されることにより、後退駆動切断工程から前進駆動切断工程への移行に伴う、テンションアーム19A,19Bの急激な変位が抑制され、これによりワイヤWの走行安定性が保たれることとなる。
【0053】
以上のように、このワイヤソーによれば、ワイヤWの前進・後退を繰り返す往復駆動方式のワイヤソーにおいて、張力操作装置18A,18Bにより、安定した切断に要するワイヤ張力を確保しながら巻取り側のワイヤ張力のみを低減して当該巻取り側のリール(前進駆動時はリール9B、後退駆動時はリール9A)の強度的負担を軽減することができる。しかも、ワイヤ繰出し側のリールをその周速度がガイドローラ24A等の周速度よりも低くなる第1の回転速度V1で駆動しながら当該第リールからワイヤWを繰出す一方で、ワイヤ巻取り側のリールをその周速度が第1の回転速度V1で駆動されるリールの周速度よりも低くなる第2の回転速度V2で駆動しながらワイヤWを当該リールにより巻取ることにより、上記のような張力切換に起因したワイヤ前進・後退切換え時のテンションアーム19A、19Bの急激な変位を抑制するようにしているので、ワイヤWの走行安定性を良好に確保することができる。
【0054】
なお、上述した実施形態は、リール9A,9Bの目標速度Vとして固定値を用いてリール9A,9Bの駆動速度を調節することを前提としたものであるが、ワイヤWの前進・後退時のテンションアーム19A、19Bの変位をより確実に抑制するために、各リール9A,9Bの上記目標速度V(回転速度V)を実際のリール9A,9Bの駆動状態に基づいて補正(更新)するようにしてもよい。
【0055】
図6は、その場合のコントローラ60の機能構成を示している。同図に示すように、目標速度設定手段66には、張力操作装置18A,18Bに設けられたエンコーダ52の検出信号(テンションアーム19A,19Bの位置検出信号)が入力されるともに、リール駆動モータ11A,11Bに内蔵されるエンコーダ13(第1、第2の速度検出手段に相当する)の検出信号(リール駆動モータ11A,11Bの回転速度検出信号)が入力される。
【0056】
この構成において、前記目標速度設定手段66は、図7のフローチャートに従って目標速度Vを設定する。なお、以下の説明では、第1ワイヤ繰出し巻取り装置10Aのリール9Aの目標速度Vの補正(更新)について説明する。
【0057】
まず、目標速度設定手段66は、ワイヤWの駆動方向に応じて、予め記憶されている目標速度V(V1又はV2)を設定し、当該目標速度Vを速度調節手段64に入力する(ステップS1)。
【0058】
ワイヤWの駆動が開始されると(ステップS3でYES)、目標速度設定手段66は、張力操作装置18Aのエンコーダ52から入力される検出信号に基づきテンションアーム19Aがほぼ基準位置にあるか、つまり当該基準位置を含む一定範囲内(例えばプラスマイナス1°以内)にあるかを判断する(ステップS5)。ここでYESと判断した場合には、目標速度設定手段66は、リール駆動モータ11Aのエンコーダ13から入力される検出信号に基づきリール駆動モータ11Aの回転速度を検出する(ステップS7)。これにより現在の切断工程が終了するまでリール駆動モータ11Aの回転速度をサンプリングする。
【0059】
次に、目標速度設定手段66は、当該切断工程が終了したか否かを判断し(ステップS9)、ここでYESと判断した場合には、さらにワイヤWが前進駆動か否かを判断する(ステップS11)。つまり、ステップS7でサンプリングした回転速度がワイヤWの前進駆動時のものか否かを判断する。ここでYESと判断した場合には、目標速度設定手段66は、ステップS7でサンプリングしたリール駆動モータ11Aの検出速度に基づきワイヤ繰出し時のリール9Aの目標速度V1を補正する(ステップS13)。具体的には、リール駆動モータ11Aの検出速度の平均値を求め、この平均値をワイヤ繰出し時のリール9Aの回転速度に換算した上でその換算値を目標速度V1として更新する。これにより次のワイヤWの前進駆動時(前進駆動切断工程)には、この更新後の目標速度V1が目標速度設定手段66により速度調節手段64に入力される。
【0060】
また、ステップS11でNOと判断した場合、つまり、ワイヤWが後退駆動であると判断した場合には、目標速度設定手段66は、同様に、ステップS7でサンプリングしたリール駆動モータ11Aの検出速度に基づきワイヤ繰出し時のリール9Aの目標速度V2を補正する(ステップS14)。これにより次のワイヤWの後退駆動時(後退駆動切断工程)には、この更新後の目標速度V2が目標速度設定手段66により速度調節手段64に入力される。
【0061】
目標速度設定手段66は、次に、ワーク28の切断が終了したか否かを判断し(ステップS15)、ここでNOと判断した場合にはステップS1にリターンし、他方、YESと判断した場合には本フローチャートによる処理を終了する。
【0062】
なお、ここでは、目標速度設定手段66による第1ワイヤ繰出し巻取り装置10Aのリール9Aの目標速度Vの補正(更新)について説明したが、第2ワイヤ繰出し巻取り装置10Bのリール9Bの目標速度Vの補正(更新)も同様にして行われる。
【0063】
このように、ワイヤWの前進・後退の一サイクル毎に、テンションアーム19A,19Bが基準位置に位置するときの実際のリール9A,9B(リール駆動モータ11A,11B)の回転速度に基づいてリール9A,9Bの目標速度V(回転速度V)を補正する構成によれば、各リール9A,9Bを駆動する際の回転速度の信頼性が向上し、これによりワイヤの前進・後退切換え時のテンションアーム19A,19Bの変位をより確実に抑制することが可能となる。
【0064】
なお、この例では、ワイヤWの前進・後退の一サイクル毎にリール9A,9Bの目標速度Vを補正するが、リール9A,9Bの目標速度Vを補正する時期は、ワイヤWの前進・後退の複数サイクル毎に実施してもよいし、ワーク28の切断送り量や累積作業時間等の他の条件に基づいて実施するようにしてもよい。
【0065】
ところで、上述したワイヤソーは、本発明に係るワイヤソーの好ましい実施形態の例示であって、ワイヤソーの具体的な構成は、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。例えば、各張力操作装置18A,18Bの具体的構造についても適宜変更が可能であり、具体的には、テンションアーム19A、19Bを揺動させる手段として前記揺動シリンダ50に代えてサーボモータ等を用いてもよい。
【符号の説明】
【0066】
W ワイヤ
9A リール(第1のリール)
9B リール(第2のリール)
11A リール駆動モータ(第1のリール駆動手段)
11B リール駆動モータ(第2のリール駆動手段)
13 エンコーダ(第1、第2速度検出手段)
18A 第1張力操作装置(第1張力操作手段)
18B 第2張力操作装置(第2張力操作手段)
19A テンションアーム(第1張力付与部材)
19B テンションアーム(第2張力付与部材)
25 ローラ駆動モータ(ガイドローラ駆動手段)
30 ワーク送り装置(切断送り手段)
40 張力検出器(第1、第2の張力検出手段)
50 揺動シリンダ(第1、第2の位置操作手段)
52 エンコーダ(第1、第2の位置検出手段)
54 空気圧サーボ回路(第1、第2の位置操作手段)
60 コントローラ(ワイヤ駆動制御手段及び張力制御手段)
62 張力調節手段
64 速度調節手段
66 目標速度設定手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1リールから繰り出された切断用のワイヤが複数のガイドローラの周囲に巻回されて第2リールに巻き取られるワイヤソーを用い、前記ガイドローラ同士の間に並ぶ複数本のワイヤを当該ガイドローラの回転駆動により所定速度で軸方向に駆動しながらこれらのワイヤに対してワークを相対移動させることにより切断送りして当該ワークを切断する方法において、
前記第1リールから前記ワイヤを繰出し、かつ、このワイヤを前記第2リールにより巻取るとともに、前記第1リールから繰出されるワイヤの張力を第1張力検出手段により検出しながら当該検出張力が所定の繰出し側張力に近づくように第1張力付与部材を前記ワイヤに押付けて当該ワイヤの張力を調節し、かつ、前記第2リールに巻取られるワイヤの張力を第2張力検出手段により検出しながら当該検出張力が前記繰出し側張力よりも低い巻取り側張力に近づくように第2張力付与部材をワイヤに押付けて当該ワイヤの張力を調節しながら、前記ワークの切断を進める前進駆動切断工程と、
前記第2リールにより巻き取られた前記ワイヤを逆に当該第2リールから繰出し、かつ、このワイヤを前記第1リールにより巻取るとともに、前記第2リールから繰出されるワイヤの張力を第2張力検出手段により検出しながら当該検出張力が前記繰出し側張力に近づくように第2張力付与部材を前記ワイヤに押付けて当該ワイヤの張力を調節し、かつ、前記第1リールに巻取られるワイヤの張力を第1張力検出手段により検出しながら当該検出張力が前記巻取り側張力に近づくように第1張力付与部材をワイヤに押付けて当該ワイヤの張力を調節しながら、前記ワークの切断を進める後退駆動切断工程とを繰返し行い、
前記前進駆動切断工程では、前記第1リールをその周速度が前記ガイドローラの周速度よりも低くなる第1の回転速度で駆動しながら当該第1リールからワイヤを繰出し、かつ、第2リールをその周速度が前記第1の回転速度で駆動される第1リールの周速度よりも低くなる第2の回転速度で駆動しながら前記ワイヤを当該第2リールにより巻取り、
前記後退駆動切断工程では、逆に前記第2リールを前記第1の回転速度で駆動しながら当該第2リールからワイヤを繰出し、かつ、第1リールを前記第2の回転速度で駆動しながら前記ワイヤを当該第1リールにより巻取ることを特徴とするワーク切断方法。
【請求項2】
請求項1に記載のワーク切断方法において、
前記第1張力付与部材の位置を第1位置検出手段により検出するとともに、前記第2張力付与部材の位置を第2位置検出手段により検出し、各張力付与部材の位置をそれぞれ予め定められた基準位置に近づけるように各リールの回転速度を調節しながらワークの切断を進めるようにし、かつ、特定の切断工程において前記第1張力付与部材がほぼ基準位置に位置するときの前記第1リールの回転速度を第1速度検出手段により検出するとともに、前記第2張力付与部材がほぼ基準位置に位置するときの前記第2リールの回転速度を第2速度検出手段により検出し、当該特定の切断工程後に行われる切断工程における各リールの回転速度が当該検出速度に近づくように前記第1、第2の回転速度を当該検出速度に基づいて補正することを特徴とするワーク切断方法。
【請求項3】
切断用のワイヤを用いてワークを同時に複数個所で切断するためのワイヤソーであって、
回転中心軸が互いに平行になるように配設され、その周囲に前記ワイヤが巻回される複数のガイドローラと、
当該ガイドローラを駆動するガイドローラ駆動手段と、
前記ガイドローラへの前記ワイヤの繰出し及び巻取りをそれぞれ行う第1、第2のリールと、
これらリールをそれぞれ駆動する第1、第2のリール駆動手段と、
前記ガイドローラのうちの特定のガイドローラの間に張られた複数本のワイヤとワークとを相対移動させることにより当該ワイヤに対して当該ワークを切断送りして当該ワークを切断する切断送り手段と、
前記第1のリールから前記ワイヤを繰出し、かつ、このワイヤを前記第2のリールにより巻取りながら、前記ワークの切断を進める前進駆動切断工程と、前記第2のリールから前記ワイヤを繰出し、かつ、このワイヤを前記第1のリールにより巻取りながら、前記ワークの切断を進める後退駆動切断工程とを繰返し行うとともに、前記ガイドローラに巻回されたワイヤがワーク切断に適した所定速度で駆動されるように前記ガイドローラ駆動手段及び第1、第2のリール駆動手段を制御するワイヤ駆動制御手段と、
前記第1のリールと前記各ガイドローラとの間の区間でワイヤ張力を検出する第1張力検出手段、当該区間で前記ワイヤに押付けられる第1張力付与部材、及びこの第1張力付与部材の位置を変化させる第1位置操作手段を含み、前記第1張力付与部材の位置を変化させることにより当該ワイヤの張力を変化させる第1張力操作手段と、
前記第2のリールと前記各ガイドローラとの間の区間でワイヤ張力を検出する第2張力検出手段、当該区間で前記ワイヤに押付けられる第2張力付与部材、及びこの第2張力付与部材の位置を変化させる第2位置操作手段を含み、前記第2張力付与部材の位置を変化させることにより当該ワイヤの張力を変化させる第2張力操作手段と、
前記第1、第2の張力検出手段の検出張力に基づき、前記第1、第2のリールのうち一方側のリールから繰出されるワイヤの張力を所定の繰出し側張力に調節するとともに、他方側のリールにより巻取られるワイヤの張力を前記繰出し側張力よりも低い所定の巻取り側張力に調節すべく前記各張力操作手段を作動させる張力制御手段とを備え、
前記ワイヤ駆動制御手段は、前記前進駆動切断工程では、前記第1リールをその周速度が前記ガイドローラの周速度よりも低くなる第1の回転速度で駆動することにより当該第1リールからワイヤの繰出しを行わせ、かつ、第2リールをその周速度が前記第1の回転速度で駆動される第1リールの周速度よりも低くなる第2の回転速度で駆動することにより当該第2リールにより前記ワイヤの巻取りを行わせ、前記後退駆動切断工程では、逆に前記第2リールを前記第1の回転速度で駆動することにより当該第2リールからワイヤの繰出しを行わせ、かつ、第1リールを前記第2の回転速度で駆動することにより当該第1リールにより前記ワイヤを巻取らせることを特徴とするワイヤソー。
【請求項4】
請求項3に記載のワイヤソーにおいて、
前記第1、第2の張力付与部材の位置をそれぞれ検出する第1、第2の位置検出手段と、
前記第1、第2のリールの回転速度をそれぞれ検出する第1、第2の速度検出手段とを備え、
前記ワイヤ駆動制御手段は、前記第1の位置検出手段により検出される第1張力付与部材の位置、及び第2の位置検出手段により検出される第2張力付与部材の位置がそれぞれ前記基準位置に近づくように各リールの回転速度を制御し、かつ、特定の切断工程において前記第1の速度検出手段により検出される速度であって前記第1張力付与部材がほぼ基準位置に位置するときの検出速度と前記第2の速度検出手段により検出される速度であって前記第2張力付与部材がほぼ基準位置に位置するときの検出速度とに基づいて当該特定の切断工程後に行われる切断工程における各リールの回転速度が当該検出速度に近づくように当該リールの前記第1、第2の回転速度を補正することを特徴とするワイヤソー。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−733(P2012−733A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−139240(P2010−139240)
【出願日】平成22年6月18日(2010.6.18)
【出願人】(391003668)トーヨーエイテック株式会社 (145)
【Fターム(参考)】