説明

低摩擦摺動部材

【課題】モリブデンを含む潤滑油中において低摩擦係数を示す低摩擦摺動部材を提供する。
【解決手段】潤滑油を用いた湿式条件で使用され、基材と該基材の表面に形成され相手材と摺接する非晶質硬質炭素膜とを備える低摩擦摺動部材であって、前記潤滑油は、モリブデン(Mo)を100ppm以上含み、硫黄(S)およびリン(P)のうちの少なくとも一種ならびに亜鉛(Zn)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、ナトリウム(Na)、バリウム(Ba)および銅(Cu)のうちの少なくとも一種を合計で500ppmを超えて含み、前記非晶質硬質炭素膜は、炭素(C)を主成分とし、該非晶質炭素膜全体を100原子%としたときに、水素(H)を5原子%以上25原子%以下含み、硼素(B)を4原子%以上25原子%以下含むことを特徴とする低摩擦摺動部材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潤滑油を用いた湿式条件下で使用される低摩擦摺動部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
資源保護および環境問題などの観点から、エンジンを構成するピストン、動弁系部品などの摺動部材では、摩擦によるエネルギー損失をできるだけ低減することが要求される。このため、従来から、摺動部材の摩擦係数の低減、耐摩耗性の向上などを図るべく、その摺動面に種々の表面処理が施されてきた。なかでも、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜と呼ばれる非晶質硬質炭素膜は、摺動面の摺動性を高める皮膜として広く利用されている。
【0003】
たとえば、特許文献1には、珪素(Si)を含有するDLC(DLC−Si)膜を有する低摩擦摺動部材が記載されている。DLC−Si膜は、エンジン油のように添加剤を含有する潤滑油を用いた湿式条件下では十分な低摩擦が発現され難い。ところが、エンジン油中に水が存在することで、DLC−Si膜の表面にシラノール層(Si−OH層)を介して吸着水層が形成される。この吸着水層により、摩擦係数が低減される。
【0004】
また、Siに替えて金属元素を添加したDLC膜を備える摺動部材も開発されている。たとえば、引用文献2、3および4には、チタン(Ti)、クロム(Cr)、マンガン(Mn)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、亜鉛(Zn)、ガリウム(Ga)、ニオブ(Nb)、モリブデン(Mo)またはタングステン(W)を添加したDLC膜を備える摺動部材が開示されている。このようなDLC膜を備える摺動部材は、添加剤を含む潤滑油中で摺動することで、DLC膜の表面に添加剤皮膜を形成して低摩擦係数を得ている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−336456号公報
【特許文献2】特開2001−316686号公報
【特許文献3】特開2004−115826号公報
【特許文献4】特開2005−256868号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、金属元素を添加したDLC膜を備える摺動部材は、添加剤を含む潤滑油中で摺動される。潤滑油としては、たとえば、モリブデンジチオカーバメートなどの添加剤を添加した潤滑油、つまりモリブデン(Mo)を含む潤滑油が使用されることが多い。Moを含む潤滑油を使用すると、層状化合物であるMo化合物層が摺動部材の表面に形成されて、摩擦が低減されることが知られている。ところが、摺動部材の表面に形成されたMo化合物層の剪断力が摩擦係数に影響を及ぼし、摺動特性の向上をかえって阻害してしまうことがあることがわかった。また、モリブデンジチオカーバメートなどのMo系添加剤は、摺動部材の表面を酸化させて、耐摩耗性および耐焼付き性を低下させることがあるため、摺動部材の表面状態によっては、摺動特性が良好に発揮されないこともある。
【0007】
本発明は、モリブデンを含む潤滑油中であっても、さらなる摩擦係数の低減が可能となる低摩擦摺動部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、モリブデンを含む潤滑油を使用し、活性な(酸化しやすい)元素を含む各種DLC膜を備える摺動部材の摩擦係数について鋭意研究を行った。珪素のような半導体または金属元素を含むDLC膜を備える摺動部材は、DLC膜がいずれの元素を含む場合であっても、Moを含むエンジン油を用いることで、Moを含まないエンジン油を使用する場合に比べ、摩擦係数は低減する。しかし、さらなる摩擦係数の低減にはDLC膜に含まれる添加元素の種類が重要であり、添加元素の種類によってMoを含む潤滑油中での摩擦低減のメカニズムが異なることがわかった。そして本発明者は、この成果を発展させることで、以降に述べる種々の発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明の低摩擦摺動部材は、潤滑油を用いた湿式条件で使用され、基材と該基材の表面に形成され相手材と摺接する非晶質硬質炭素膜とを備える低摩擦摺動部材であって、
前記潤滑油は、モリブデン(Mo)を100ppm以上含み、硫黄(S)およびリン(P)のうちの少なくとも一種ならびに亜鉛(Zn)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、ナトリウム(Na)、バリウム(Ba)および銅(Cu)のうちの少なくとも一種を合計で500ppmを超えて含み、
前記非晶質硬質炭素膜は、炭素(C)を主成分とし、該非晶質炭素膜全体を100原子%としたときに、水素(H)を5原子%以上25原子%以下含み、硼素(B)を4原子%以上25原子%以下含むことを特徴とする。
【0010】
あるいは、上記非晶質炭素膜の替わりに、炭素(C)を主成分とし、該非晶質炭素膜全体を100原子%としたときに、水素(H)を5原子%以上25原子%以下含み、マグネシウム(Mg)を7原子%以上15原子%以下含むことを特徴とする非晶質炭素膜を備える低摩擦摺動部材であってもよい。
【0011】
あるいは、上記非晶質炭素膜の替わりに、炭素(C)を主成分とし、該非晶質炭素膜全体を100原子%としたときに、水素(H)を5原子%以上25原子%以下含み、チタン(Ti)を4原子%以上25原子%以下含むことを特徴とする非晶質炭素膜を備える低摩擦摺動部材であってもよい。
【0012】
あるいは、上記非晶質炭素膜の替わりに、炭素(C)を主成分とし、該非晶質炭素膜全体を100原子%としたときに、水素(H)を5原子%以上25原子%以下含み、マンガン(Mn)5原子%以上20原子%以下含むことを特徴とする非晶質炭素膜を備える低摩擦摺動部材であってもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の低摩擦摺動部材は、Moとともに、SおよびPのうちの少なくとも一種ならびにZn、Ca、Mg、Na、BaおよびCuのうちの少なくとも一種を含有する潤滑油を用いた湿式条件において、大幅に摩擦が低減される。このような摩擦の低減は、所定量のB、Mg、TiまたはMnを含む非晶質炭素膜の表面に、S等を含む添加剤が解離してなるイオンのうち、主として負イオンが、選択的に吸着あるいは反応して形成される境界膜によるものであると推測される。また、B、MgまたはMnを含む非晶質炭素膜の表面からMoがほとんど検出されないことから、Mo化合物層に起因する摩擦係数の増大が低減されたと考えられる。一方、Tiを含む非晶質炭素膜の表面からはさらにMoも検出され、表面に吸着した負イオンとMo化合物との相乗効果により摩擦が低減されると考えられる。
【0014】
また、本発明の低摩擦摺動部材は、DLC膜のH含有量を5〜25原子%とすることで、低摩擦特性のみならず耐摩耗性にも優れるため、長期にわたって低摩擦が維持される。
【0015】
本発明の低摩擦摺動部材は、酸素含有量を好ましくは6原子%未満さらに好ましくは3原子%未満とすることで、摩擦低減効果が良好に発現する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】ブロック・オン・リング型摩擦試験機の概略図である。
【図2】種々の低摩擦摺動部材について、モリブデンを含む潤滑剤(Mo系エンジン油)を使用した摩擦試験における摩擦係数の測定結果を示すグラフである。
【図3】硼素を含むDLC膜を備える摺動部材のMo系エンジン油中での摩擦特性を示すグラフであって、硼素含有量に対する摩擦係数の変化を示す。
【図4】チタンを含むDLC膜を備える摺動部材のMo系エンジン油中での摩擦特性を示すグラフであって、チタン含有量に対する摩擦係数の変化を示す。
【図5】種々の低摩擦摺動部材について、Mo系エンジン油またはMoを含まないエンジン油を使用した摩擦試験における摩擦係数の測定結果を示すグラフである。
【図6】ステンレス鋼材からなる基材に対し、Mo系エンジン油中で摩擦試験を行った後の摺動部の表面に吸着した吸着物を分析した結果を示す。
【図7】硼素を含むDLC膜を備える本発明の低摩擦摺動部材に対し、Mo系エンジン油中で摩擦試験を行った後の摺動部の表面に吸着した吸着物を分析した結果を示す。
【図8】硼素を含むDLC膜を備える本発明の低摩擦摺動部材の断面を透過電子顕微鏡(TEM)で観察した結果を示す。
【図9】チタンを含むDLC膜を備える本発明の低摩擦摺動部材の断面をTEMで観察した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、本発明の低摩擦摺動部材を実施するための最良の形態を説明する。なお、特に断らない限り、本明細書に記載された数値範囲「x〜y」は、下限xおよび上限yをその範囲に含む。そして、これらの上限値および下限値、ならびに実施例中に列記した数値も含めてそれらを任意に組み合わせることで数値範囲を構成し得る。
【0018】
本発明の低摩擦摺動部材は、モリブデンを含まない潤滑油を用いた湿式条件で使用され、基材と該基材の表面に形成され相手材と摺接する非晶質硬質炭素膜(DLC膜)とを備える。以下に、基材、非晶質炭素膜および潤滑油について説明する。
【0019】
<基材>
基材の材質は、摺動部材として使用できれば特に限定されるものではない。金属、セラミックス、樹脂から選ばれる材料を用いればよい。たとえば、炭素鋼、合金鋼、鋳鉄、アルミニウム合金、チタン合金などの金属製基材、超硬合金、アルミナ、窒化珪素などのセラミックス製基材、ポリイミド、ポリアミドなどの樹脂製基材、等が挙げられる。
【0020】
基材の表面粗さは、少なくともDLC膜が成膜される表面において、JISに規定の算術平均粗さ(Ra)で0.1μm以下さらには0.04μm以下、0.01μm以下とすることが好ましい。また、基材とDLC膜との密着性の観点から、基材は、その表面に中間層を有してもよい。
【0021】
なお、非晶質硬質炭素膜が摺接する相手材は、炭素鋼、合金鋼、鋳鉄、アルミニウム合金、チタン合金などの金属、超硬合金、アルミナ、窒化珪素などのセラミックス、ポリイミド、ポリアミドなどの樹脂、等が好適である。また、相手材の表面にも、以下に詳説するDLC膜と同様の皮膜を形成すると、より摩擦係数が低減され好適である。
【0022】
<非晶質炭素膜>
DLC膜は、炭素(C)を主成分とし、水素(H)を含み、硼素(B)、マグネシウム(Mg)、チタン(Ti)またはマンガン(Mn)を含む。なお、これらの元素を含むDLC膜は、炭素と反応して炭化物を形成している可能性もあるが、その構造は全体として非晶質であるのが好ましい。特に、本発明の低摩擦摺動部材は、炭化物を実質的に含まないDLC膜を備えるとよい。炭化物により、DLC膜の表面への均一な境界膜の形成が妨げられる。そのため、炭化物を含むDLC膜を備える摺動部材は、低摩擦が安定的に得られ難い。なお、「炭化物を実質的に含まない」とは、たとえば、DLC膜のX線回折から、炭化物の存在を示すピークが得られないことである。あるいは、高分解能の透過電子顕微鏡(TEM)を用いて150万倍以上の高倍率でDLC膜を観察したときに、炭化物が検出されないことである。ただし、Tiを含むDLC膜は、TiCを含むとよい。TiCは、非晶質のマトリックスに分散された微粒子として存在するのがよい。
【0023】
B含有量は、DLC膜全体を100原子%としたときに、4〜25原子%である。B含有量が4原子%未満では、後に詳説するMoを含む潤滑油において低摩擦を発現することができない。また、B含有量が25原子%を超えるDLC膜の成膜が困難であるため、B含有量は20原子%以下さらには18原子%以下が実用的である。好適なB含有量は、4.3〜18原子%さらには6〜16原子%である。
【0024】
Mg含有量は、DLC膜全体を100原子%としたときに、7〜15原子%である。Mg含有量が7原子%未満では、後に詳説するMoを含む潤滑油において低摩擦を発現することができない。また、Mg含有量が15原子%を超えると、Moを含む潤滑油において低摩擦を発現することができないばかりか、DLC膜の硬さが低下して耐摩耗性が低下する。好適なMg含有量は、9〜12原子%さらには10〜11原子%である。
【0025】
Ti含有量は、DLC膜全体を100原子%としたときに、4〜25原子%である。Ti含有量が4原子%未満では、後に詳説するMoを含む潤滑油において低摩擦を発現することができない。また、Ti含有量が25原子%を超えると、Moを含む潤滑油において低摩擦を発現することができない。好適なTi含有量は、5〜12原子%さらには6〜12.5原子%である。
【0026】
Mn含有量は、DLC膜全体を100原子%としたときに、5〜20原子%である。Mn含有量が4原子%未満では、後に詳説するMoを含む潤滑油において低摩擦を発現することができない。また、Mn含有量が20原子%を超えると、Moを含む潤滑油において低摩擦を発現することができない。好適なMn含有量は、12〜15原子%さらには13〜14原子%である。
【0027】
なお、B、Mg、TiまたはMnを含むDLC膜は、耐摩耗性、耐食性、耐熱性などの特性を付与することを目的として、他の半導体および金属元素を含んでもよい。具体的には、B、Mg、Al、Mn、Mo、Si、Ti、Cr、W、V、Ni等である。ただし、これらの添加元素は、B、Mg、TiまたはMnの摩擦低減効果に悪影響を与えない程度の添加量、具体的には8原子%未満さらには4原子%未満に規制する必要がある。
【0028】
H含有量は、DLC膜全体を100原子%としたときに、5〜25原子%である。H含有量が少ない程DLC膜は硬くなるが、H含有量が5原子%未満の場合には、DLC膜と基材との密着力およびDLC膜の靱性が低下する。そのため、H含有量を8原子%以上さらには10原子%以上とすると好適である。H含有量が25原子%を超えると、DLC膜の硬さが軟質となり、耐摩耗性が低下する。そのため、H含有量を23原子%以下さらには21原子%以下とすると好適である。
【0029】
また、DLC膜は酸素(O)を含んでもよいが、O含有量は、DLC膜全体を100原子%としたときに、6原子%未満さらには3原子%未満に規制されるのが望ましい。たとえば、特許文献3では、金属元素とともに酸素を比較的多く含有するDLC膜の表面には、潤滑剤に含まれる添加剤が吸着しやすいことが記載されている。しかし、酸素を多く添加するとDLC膜のネットワーク構造が崩れるおそれがあり、その結果、DLC膜の硬さが低くなり耐摩耗性を低下させる。本発明の低摩擦摺動部材では、既に述べたように、添加剤由来の負イオンが選択的にDLC膜の表面に吸着あるいは反応して形成される境界膜により低摩擦が発現する。この低摩擦の発現メカニズムは、従来とは異なるため、本発明の低摩擦摺動部材では、DLC膜が酸素を含有しないほうがよい。
【0030】
DLC膜の表面粗さは、JIS B 0031(1994)に規定の算術平均粗さ(Ra)で0.05μm以下さらには0.02μm以下、0.01μm以下が好ましい。Raが0.05μmを超えると潤滑油による潤滑割合の増加は期待できず、摩擦係数を低減することが困難となる。一方、Raが小さすぎると、潤滑油にS、P等を含む添加剤が含まれていてもDLC膜の表面に吸着しにくくなる。そのため、Raは0.001μm以上さらには0.005μm以上が好ましい。
【0031】
DLC膜の硬さは、特に限定されるものではないが、耐摩耗性等を考慮した場合には、12GPa以上が好ましく、13GPa以上、14GPa以上さらには15GPa以上であるとよい。しかし、DLC膜が硬すぎても膜の割れおよび剥離の原因となるため、DLC膜の硬さの上限を規定するのであれば、35GPa以下が好ましく、32GPa以下さらには30GPa以下であるとよい。DLC膜の弾性率は、特に限定されるものではないが、耐摩耗性等を考慮した場合には、100GPa以上さらには115GPa以上、130GPa以上であるとよい。しかし、DLC膜の弾性率が高すぎても膜の割れおよび剥離の原因となるため、DLC膜の弾性率の上限を規定するのであれば、300GPa以下が好ましく、280GPa以下さらには250GPa以下であるとよい。本明細書では、非晶質硬質炭素膜の硬さおよび弾性率の値として、ナノインデンター試験機(株式会社ハイジトロン製トライボスコープ)による測定値を採用する。また、耐久性の観点から、DLC膜は厚い方が望ましいが、0.5〜7μmさらには1〜3μmとするとよい。
【0032】
<潤滑油>
本発明の低摩擦摺動部材は、潤滑油を用いた湿式条件で使用される。潤滑油は、Moを含み、SおよびPのうちの少なくとも一種ならびにZn、Ca、Mg、Na、BaおよびCuのうちの少なくとも一種を含有する。これらの元素は、ベース油に添加される添加剤に含まれる。主な添加剤としては、Mo系添加剤であるモリブデンジチオカーバメート(Mo−DTC)、モリブデンジチオホスフェート、モリブデンジアルキルジチオフォスフェートなど、アルカリ土類金属系添加剤であるCa−スルホネート、Mg−スルホネート、Ba−スルホネート、Na−スルホネートなど、極圧添加剤であるりん酸エステル、亜りん酸エステル、亜鉛ジアルキルジチオフォスフェート(Zn−DTP)など、が挙げられる。また、無灰分散剤であるコハク酸イミド、コハク酸エステルなど、上記の元素を含まない添加剤を含んでもよい。すなわち、本発明の低摩擦摺動部材の表面には、負イオンとして、S、PO、PO、SO、SO、PO、PSO、CNO等が吸着あるいは反応して境界膜を形成する。潤滑油は、DLC膜が形成された本発明の低摩擦摺動部材の摺動の際に、少なくともその摺動面に供給されればよい。
【0033】
Moは、潤滑油全体を100質量%としたときに、100ppm(0.01質量%)以上含まれる。SおよびPのうちの少なくとも一種ならびにZn、Ca、Mg、Na、BaおよびCuのうちの少なくとも一種は、潤滑油全体を100質量%としたときに、合計で500ppm(0.05質量%)を超えて含まれる。なお、これらの元素は化合物の形態でベース油に添加されるが、本明細書に記載の含有量は、潤滑油全体を100質量%としたときに、それぞれの元素に換算した量とする。ベース油は、通常用いられる植物油、鉱油または合成油であればよい。
【0034】
具体的には、潤滑油として、ATF(オートマチック・トランスミッションオイル)、CVTF(無段変速機オイル)、ギヤ油などの駆動系油、ガソリン、軽油などの燃料油、エンジン油などが挙げられる。
【0035】
<低摩擦摺動部材の製造方法>
先に説明したDLC膜は、スパッタリング法、特に、アンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法により成膜されるのが望ましい。UBMS法は、ターゲットに印加する磁場のバランスを意図的に崩して被処理体(基材)へのイオン入射を強めた方法である。ターゲット蒸発面近傍から、基材の近傍に伸びる磁力線にトラップされた電子により、原料ガスのイオン化が促進されるとともに反応が進みやすくなる。加えて、基材に対して多くのイオンが入射するため、緻密なDLC膜を効率よく成膜することができる。
【0036】
本発明の低摩擦摺動部材をUBMS法により製造する際には、炭素源としてC含有ターゲット、添加元素源としてB含有ターゲット、Mg含有ターゲット、Ti含有ターゲット、およびMn含有ターゲットを用いる。さらに、処理ガスとして、スパッタガスとしての希ガスおよび水素源としてのH含有ガスを、反応容器中に導入する。C含有ターゲットとしては、グラファイトターゲット(望ましくは純度が99.9%以上)が望ましい。B含有ターゲット、Mg含有ターゲット、Ti含有ターゲット、およびMn含有ターゲットとしては、それぞれの元素の単体ターゲット(望ましくは純度が99.9%以上)あるいは炭化物ターゲットが望ましい。スパッタガスとしては、希ガスから選ばれる一種以上を用いればよく、たとえば、アルゴン(Ar)ガス、ヘリウム(He)ガス、窒素(N)ガスなどである。H含有ガスとしては、メタン(CH)、アセチレン(C)、ベンゼン(C)などの炭化水素系ガスのうちの一種以上を用いるとよいが、主にDLC膜の酸化を防止することを目的として、炭化水素系ガスとともに、水素(H)ガスを導入してもよい。これらのガスの流量は、希ガスを200〜500sccm、炭化水素ガスを10〜25sccmとするとよい。希ガスおよび炭化水素ガスに加え、Hガスを1sccm以上、さらには10〜25sccm導入することにより、膜中の酸素含有量の低減および不純物の混入を防止することができる。なお、単位:sccmは、大気圧(1013hPa)、室温での流量である。
【0037】
また、DLC膜への酸素の混入を低減させるために、成膜前にチャンバー内を10−5Pa以下まで真空排気するのが望ましい。さらに、成膜前の前処理工程として、チャンバー内に水素ガスを導入することにより、成膜前のチャンバー内に残存する酸素および水分量を大幅に減少させることが可能となる。そして、上述のように、成膜時に水素ガスを導入することで、DLC膜の酸素含有量はさらに低下する。その一方、これらの処理を行うことで、膜中の水素含有量が増加する。水素含有量が増加するとDLC膜の硬さが低下する傾向にあることから、DLC膜の物性に応じてHガスの導入量を制御する必要がある。
【0038】
成膜されるDLC膜の構造は、イオンの入射エネルギーを決める基材のバイアス電圧に影響を受ける。さらに、DLC膜に金属元素を添加する場合には、バイアス電圧の影響により炭化物が形成されやすくなる。本発明の低摩擦摺動部材では、全体として非晶質である均一なDLC膜により低摩擦特性が安定する。そのため、基材に印加するバイアス電圧は、100〜500Vの負のバイアス電圧とすることが望ましい。処理ガス圧は、0.5〜1.5Paとするのが望ましい。また、ターゲットに印可する電力は1kW〜3kW、基板近傍の磁場の強度は6〜10mTとするのが有効である。ただし、Tiを含むDLC膜に関しては、炭化物(TiC)を形成するものの、炭化物が分散するマトリックスは非晶質である。
【0039】
なお、Mg含有ターゲット、Ti含有ターゲットおよびMn含有ターゲットは、スパッタリングされやすいが、B含有ターゲットはスパッタリングされにくい。DLC膜中のB、Mg、TiまたはMnの含有量を制御するときには、出力および磁場の強度の最適化が必要である。
【0040】
以上説明したUBMS法の他、アークイオンプレーティング(AIP)法によってDLC膜を成膜してもよい。なお、AIP法は、真空中に大電流(40〜80A)が流れるアーク放電を生じさせて、各ターゲットからCおよびB等を蒸発させた後、反応容器内に導入された処理ガスと反応させて、DLC膜を基材の表面に成膜する方法である。
【0041】
以上、本発明の低摩擦摺動部材の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0042】
以下に、本発明の低摩擦摺動部材の実施例を挙げて、本発明を具体的に説明する。
【0043】
上記実施形態に基づいて、基材の表面に種々の非晶質炭素膜を形成し、摺動部材を作製した。そして、それぞれの摺動部材について異なる二種類の潤滑油を用いた摺動試験を行い、各部材の摩擦特性を評価した。以下、摺動試験および摩擦特性の評価について説明する。
【0044】
<基材>
基材として鋼材(マルテンサイト系ステンレス鋼:SUS440C)を準備した。基材は、6.3mm×15.7mm×10.1mmであり、表面硬さ:HRC60、表面粗さ:Ra0.005μmであった。
【0045】
<非晶質炭素膜の成膜>
基材の表面に、アンバランスドマグネトロンスパッタリング装置(株式会社神戸製鋼所製UBMS504)を用い、添加元素の種類および添加量の異なる非晶質炭素膜を成膜した。装置内には、基材を配設するとともに、グラファイトターゲットおよび添加元素の単体からなるターゲット(たとえば、添加元素がBであれば純硼素ターゲット、添加元素がMgであれば純マグネシウムターゲット)を装置に付属のマグネトロンに一つずつ載置した。このとき、各ターゲットの表面と基材の成膜面とが向かい合うようにした。基材の表面からターゲットの表面までの距離は100〜800mmであった。なお、マグネトロンは、各ターゲットの裏側に位置し、外側磁極(強磁場)と内側磁極(弱磁場)とからなる。それらのバランスを意図的に崩す(非平衡磁場)ことで、外側磁極からの磁力線の一部が基板まで伸び、プラズマの一部が磁力線に沿って基板近傍まで拡散し易くなる。
【0046】
《中間層の形成》装置内を排気し、純クロムターゲットをArガスでスパッタし、基材の表面に柱状晶のCr膜を形成した。さらに、CHガスを導入し、Crガスの表面にCr−C系膜を形成した。こうして、合計の厚さが厚さ0.8μm程度の中間層を形成した。
【0047】
《DLC膜の形成》装置内を1×10−5Paまで排気し、その後、200sccmのArガス、10sccmのCHガスおよび1sccmのHガスを導入した。このときの装置内のガス圧は、0.7Paであった。次に、電源装置により、グラファイトターゲットに2.5kW、添加元素を含むターゲットに添加量に応じて1.0kW〜2.5kWをそれぞれ印加することにより、ターゲットをプラズマ放電させた。成膜条件は、基材に対するバイアス電圧:−100V、成膜温度(基材の表面温度):200℃、成膜時間:120分、とした。こうして、中間層の表面に膜厚1.5μmのDLC膜を成膜した。
【0048】
上記の手順で、添加元素として所定量のBを含むDLC−B膜、Mgを含むDLC−Mg膜、Tiを含むDLC−Ti膜およびMnを含むDLC−Mn膜、を形成して#05〜#09、#15〜#17および#21の摺動部材を得た。また、添加元素の含有量の異なるDLC−B膜、DLC−Mg膜、DLC−Ti膜およびDLC−Mn膜、さらに、アルミニウム(Al)、バナジウム(V)、ニッケル(Ni)またはモリブデン(Mo)を添加元素としたDLC−Al膜、DLC−V膜、DLC−Ni膜およびDLC−Mo膜、添加元素を含まないDLC膜、を形成して、比較例の摺動部材を得た。なお、珪素(Si)を添加元素としたDLC−Si膜は、直流プラズマCVD法により形成した。
【0049】
<皮膜の組成と機械的特性の測定>
上記手順で得られた摺動部材(試料#00〜#27)について、各種DLC膜の組成、表面の硬さ、弾性率および表面粗さを測定した。
【0050】
それぞれのDLC膜の硬さおよび弾性率は、ナノインデンター試験機(株式会社東陽テクニカ製MTS)による測定値から算出した。表面粗さは、非接触の表面形状測定機(Zygo社製NewView5000)により測定した。
【0051】
それぞれのDLC膜中の添加元素および酸素の含有量は、電子プローブ微小部分析法(EPMA)、X線光電子分光法(XPS)、オージェ電子分光法(AES)、ラザフォード後方散乱法(RBS)により定量した。また、膜中のH含有量は、弾性反跳粒子検出法(ERDA)により定量した。ERDAは、2MeVのヘリウムイオンビームを膜表面に照射して、被膜からはじき出される水素を半導体検出器により検出し、被膜中の水素濃度を測定する方法である。測定結果を表1に示す。
【0052】
【表1】

【0053】
なお、表1において*で示す箇所に値は明記されていないが、いずれのDLC膜にも酸素はほとんど含まれておらず、酸素含有量は3原子%未満であった。具体的には、添加元素の含有量が15原子%以下のときの酸素含有量は0.8原子%以下であり、添加元素の含有量が16原子%を超えても酸素含有量は2%以下であった。なお、表1において「<0.1」とは、分析感度以下の酸素しか含まない、つまり酸素量が0.1原子%未満であることを示す。
【0054】
添加元素を含まないDLC膜(#00)は、水素を20原子%含むが、非常に硬い膜であった。添加元素を含む#01〜#27の試料では、各DLC膜の硬さは、#00のものよりも軟質であった。そして、添加元素の添加量が多い程DLC膜の硬さは低下する傾向にあった。弾性率に関しても、同様であった。ただし、Tiを含むDLC膜に関しては、Ti含有量が30原子%を超えると、膜の硬さは、添加元素の含有量が少ないDLC膜と同程度となった。
【0055】
硼素を含有するDLC膜に関しては、他の添加元素に比べ、少量の添加でもDLC膜の硬さおよび弾性率に影響しやすいことがわかった。DLC−B膜の耐摩耗性の観点からは、B含有量を13原子%以下とすることで、15GPa以上の硬さが維持された。
【0056】
<摩擦係数の測定>
ブロック・オン・リング型摩擦試験機(FALEX社製LFW−1型試験機)を用いて摩擦試験を行い、表1に示した#00〜#27の各試料の摩擦特性を評価した。図1にブロック・オン・リング型摩擦試験機の構成を示す。図1に示すように、ブロック・オン・リング型摩擦試験機は、ブロック試験片1と、相手材となるリング試験片2と、から構成される。ブロック試験片1は、表1に示す各試料のいずれかであり、基材1sおよび皮膜1fからなる。リング試験片2はSAE4620浸炭鋼であり、外径φ35mm幅8.8mmのリング状(外周面の十点平均粗さRz1.3μm)を呈する。リング試験片2は、その外周面21がブロック試験片1の皮膜1fの表面に当接する状態で設置される。
【0057】
摩擦試験は、リング試験片2にブロック試験片1を荷重130N(最大ヘルツ面圧:210MPa)で押圧した状態で、リング試験片2を図1の矢印方向に回転させて行った。回転数は160rpm(0.3m/秒)とした。リング試験片2は、その半分程度が油槽3に満たされた潤滑油L(80℃)に入っている。リング試験片2が回転すると、ブロック試験片1との摺動部には、潤滑油が供給される。このように、ブロック試験片1とリング試験片2とを30分間摺動させた。摩擦係数は、試験終了直前に測定した。
【0058】
潤滑油には、(1)Mo系添加剤を含むエンジン油、(2)Mo系添加剤を一切含まないエンジン油、を用いた。いずれの潤滑油も、粘度グレード5W−30であった。なお、(1)のエンジン油は、添加剤としてMo−DTC、Ca−スルホネート、Zn−DTPおよびコハク酸イミドを含み、油中金属成分の分析結果および潤滑油メーカーの配合データから、エンジン油を100質量%としたとき、元素に換算して、Moを100ppm以上、S、P、ZnおよびCaを合計で500ppmを超えて含むことを確認した。また、(2)のエンジン油は、添加剤としてCa−スルホネート、Zn−DTPおよびコハク酸イミドを含み、油中金属成分の分析結果および潤滑油メーカーの配合データから、エンジン油を100質量%としたとき、元素に換算して、S、P、ZnおよびCaを合計で500ppmを超えて含むことを確認した。これ以後、(1)の潤滑油を「Mo系エンジン油」、(2)の潤滑油を「Moを含まないエンジン油」あるいは単に「エンジン油」と略記する。
【0059】
図2〜図5に、試料#00〜#27および基材(SUS440C)のMo系エンジン油中またはMoを含まないエンジン油中での摩擦試験の結果(摩擦係数)を示す。Mo系エンジン油中では、皮膜をもたない場合(SUS440C)には、摩擦係数が0.03を超えて高かった。SUS440Cに添加元素を含むDLC膜を成膜することで、添加元素の種類によっては摩擦係数が低下した。具体的には、B、Mg、TiまたはMnを含むDLC膜を備える試料であれば、含有量を調整することで皮膜をもたないSUS440Cよりも摩擦係数を低減させることができたが、Al、V、NiまたはMoを含むDLC膜を備える試料ではかえって摩擦係数が増大した。これらの試料は、試験後の表面観察により被膜の摩滅が確認されたことから、Mo系エンジン油に含まれるMo−DTCにより被膜が酸化されて摩耗されやすかったと考えられる。
【0060】
DLC−B膜を備える試料#02〜#08では、#05〜#08なかでも#06〜#08の摩擦係数は顕著に小さい値であった。また、DLC−Ti膜を備える試料#14〜#18では、#15〜#17なかでも#15および#16の摩擦係数は顕著に小さい値であった。Mgを10.5原子%含むDLC−Mg膜を備える試料#09は、Mgを20原子%含むDLC−Mg膜を備える試料#10よりも非常に小さい摩擦係数を示した。また、Mnを13.7原子%含むDLC−Mn膜を備える試料#21は、Mnを28.1原子%含むDLC−Mn膜を備える試料#22よりも非常に小さい摩擦係数を示した。つまり、B、Mg、TiまたはMnを含むDLC膜は、Mo系添加剤に酸化されにくく、かつ低摩擦を示すことがわかった。
【0061】
図5は、Mo系エンジン油中で非常に小さい摩擦係数を示した試料#06、#09、#15および#21のMoを含まないエンジン油中での摩擦試験の結果(摩擦係数)を、Mo系エンジン油中での結果とともに示すグラフである。図5には、比較のために、SUS440C、試料#00および#01の摩擦試験の結果(摩擦係数)も、ともに示す。いずれの試料も、Mo系エンジン油中で摺動させることで、摩擦係数が低減された。なお、Bを含むDLC膜を備える#06とMnを含むDLC膜を備える#21の試料は、Moの有無に関わらず、低い摩擦係数を示した。
【0062】
<摩擦試験後の非晶質炭素膜の表面分析>
境界摩擦の低減要因を調べるため、試料#06および基材(SUS440C)について、Mo系エンジン油中での摩擦試験後の表面の吸着物を分析した。吸着物の分析は、二次イオン質量分析(TOF−SIMS)により行った。図6および図7に、吸着物の分析結果をそれぞれ示す。各図において、点線で囲まれた領域が、リング試験片と摺接した摺動部に相当する。なお、図6および図7において分析した各成分の後に括弧書きで示す数値は、測定した表面全体を100としたときの各成分の質量割合を示す。しかし、各成分が多く存在するのは明るく見える箇所であるため、括弧内の数値と摺動面のみにおける成分の質量割合とは異なる。
【0063】
図6は、摩擦試験後の基材の表面分析結果を示しており、MoおよびSが検出され、Caも検出された。これは、基材であるステンレス鋼の表面に無機被膜としてMoS(層状化合物)が形成されたことを示している。MoS被膜が形成されたことにより、焼付きが防止されて摩擦が低減されるが、摩擦係数は0.03程度しか示さなかった。これは、MoS被膜の剪断力が影響して、MoS被膜の表面への吸着物(Ca、Zn等)により形成される境界膜による摩擦低減効果が良好に発現しなかったためと考えられる。また、図示しないが、摩擦係数が0.03であったDLC−Si膜表面を摩擦試験後に分析すると、Ca、Zn等が検出された。
【0064】
一方、図7は、低摩擦係数を示したDLC−B膜表面の摩擦試験後の分析結果である。図7では、SおよびPO(さらに詳細にはPO、SOおよびPSO)が検出されたが、Mo、CaおよびZnはほとんど検出されなかった。#09および#21等のDLC−Mg膜またはDLC−Mn膜を備える試料においても、同様の結果が得られた。つまり、これらの膜表面には、Mo系エンジン油中で摺動させても、MoS被膜は形成されなかった。すなわち、これらの膜表面には、MoS被膜のかわりに、負イオンのみが選択的に吸着あるいは反応して形成された境界膜により低摩擦が発現した。
【0065】
しかし、低摩擦係数を示したDLC−Ti膜を備える摺動部材(たとえば#15)では、TOF−SIMSにより負イオンとともにMoも検出されたことから、MoS被膜が形成されても低摩擦係数を示すことがわかった。つまり、Tiを含むDLC膜とB、MgまたはMnを含むDLC膜とで、摩擦低減メカニズムが異なることが予測される。
【0066】
<透過電子顕微鏡観察>
上記の摩擦低減メカニズムの違いに関し、その要因を確かめるために、試料#06が備えるDLC−B膜の構造および試料#15が備えるDLC−Ti膜の構造を、TEMを用いて調べた。なお、TEMには、日本電子株式会社製JEM−2010Fを用いた。結果を図8および図9に示す。
【0067】
図8の左上図は、試料#06の断面構造を示す。ここで、DLC−B膜の表面に形成された保護膜は、断面観察用TEM試料の作製のために形成されたAl膜およびW膜である。また、図8の右下図は、B−DLC膜の部分をさらに高倍率で観察した結果とともに、電子回折パターンを示す。いずれの観察結果からも、炭化物の存在は認められなかった。
【0068】
一方、図9の左図は、試料#15の断面構造を示す。ここで、DLC−Ti膜の表面に形成された保護膜は、断面観察用TEM試料の作製のために形成されたAl膜およびW膜である。また、図9の右図は、DLC−Ti膜の部分の電子回折パターンを示す。電子回折パターンから、炭化物の存在が認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
潤滑油を用いた湿式条件で使用され、基材と該基材の表面に形成され相手材と摺接する非晶質硬質炭素膜とを備える低摩擦摺動部材であって、
前記潤滑油は、モリブデン(Mo)を100ppm以上含み、硫黄(S)およびリン(P)のうちの少なくとも一種ならびに亜鉛(Zn)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、ナトリウム(Na)、バリウム(Ba)および銅(Cu)のうちの少なくとも一種を合計で500ppmを超えて含み、
前記非晶質硬質炭素膜は、炭素(C)を主成分とし、該非晶質炭素膜全体を100原子%としたときに、水素(H)を5原子%以上25原子%以下含み、硼素(B)を4原子%以上25原子%以下含むことを特徴とする低摩擦摺動部材。
【請求項2】
潤滑油を用いた湿式条件で使用され、基材と該基材の表面に形成され相手材と摺接する非晶質硬質炭素膜とを備える低摩擦摺動部材であって、
前記潤滑油は、モリブデン(Mo)を100ppm以上含み、硫黄(S)およびリン(P)のうちの少なくとも一種ならびに亜鉛(Zn)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、ナトリウム(Na)、バリウム(Ba)および銅(Cu)のうちの少なくとも一種を合計で500ppmを超えて含み、
前記非晶質硬質炭素膜は、炭素(C)を主成分とし、該非晶質炭素膜全体を100原子%としたときに、水素(H)を5原子%以上25原子%以下含み、マグネシウム(Mg)を7原子%以上15原子%以下含むことを特徴とする低摩擦摺動部材。
【請求項3】
潤滑油を用いた湿式条件で使用され、基材と該基材の表面に形成され相手材と摺接する非晶質硬質炭素膜とを備える低摩擦摺動部材であって、
前記潤滑油は、モリブデン(Mo)を100ppm以上含み、硫黄(S)およびリン(P)のうちの少なくとも一種ならびに亜鉛(Zn)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、ナトリウム(Na)、バリウム(Ba)および銅(Cu)のうちの少なくとも一種を合計で500ppmを超えて含み、
前記非晶質硬質炭素膜は、炭素(C)を主成分とし、該非晶質炭素膜全体を100原子%としたときに、水素(H)を5原子%以上25原子%以下含み、チタン(Ti)を4原子%以上25原子%以下含むことを特徴とする低摩擦摺動部材。
【請求項4】
潤滑油を用いた湿式条件で使用され、基材と該基材の表面に形成され相手材と摺接する非晶質硬質炭素膜とを備える低摩擦摺動部材であって、
前記潤滑油は、モリブデン(Mo)を100ppm以上含み、硫黄(S)およびリン(P)のうちの少なくとも一種ならびに亜鉛(Zn)、カルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、ナトリウム(Na)、バリウム(Ba)および銅(Cu)のうちの少なくとも一種を合計で500ppmを超えて含み、
前記非晶質硬質炭素膜は、炭素(C)を主成分とし、該非晶質炭素膜全体を100原子%としたときに、水素(H)を5原子%以上25原子%以下含み、マンガン(Mn)を5原子%以上20原子%以下含むことを特徴とする低摩擦摺動部材。
【請求項5】
前記非晶質炭素膜の酸素(O)含有量は、6原子%未満である請求項1〜4のいずれかに記載の低摩擦摺動部材。
【請求項6】
前記非晶質炭素膜の酸素(O)含有量は、3原子%未満である請求項5に記載の低摩擦摺動部材。
【請求項7】
前記非晶質炭素膜は、炭化物を実質的に含まない請求項1、2または4に記載の低摩擦摺動部材。
【請求項8】
前記非晶質炭素膜は、チタン炭化物を含む請求項3記載の低摩擦摺動部材。
【請求項9】
前記非晶質炭素膜の硬さは、12GPa以上である請求項1〜8のいずれかに記載の低摩擦摺動部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−32429(P2011−32429A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−182287(P2009−182287)
【出願日】平成21年8月5日(2009.8.5)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】