説明

個片の表面に合金被膜を蒸着形成するための真空蒸着方法

【課題】 種々の金属組成の合金被膜を希土類系永久磁石などの個片の表面に簡易に蒸着形成するための方法を提供すること。
【解決手段】 本発明の真空蒸着方法は、金属Aと金属Bの2種類の金属を少なくとも含む合金被膜(但し金属Bは金属Aよりも高蒸気圧である)を被処理物である個片の表面に蒸着形成するための真空蒸着方法であって、真空処理室の内部の被膜原料溶融蒸発部において、坩堝内の金属Aの固体と坩堝の直上方に所定の送り速度で案内される金属Aと金属Bを含む合金ワイヤーに対して電子線を照射し、金属Aの固体と合金ワイヤーを同時に溶融蒸発させることで、合金ワイヤーの送り速度に応じた金属組成の合金被膜を被膜原料溶融蒸発部の上方に位置する個片の表面に蒸着形成することを特徴とするものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Alを主成分とする合金被膜などを希土類系永久磁石などの個片の表面に蒸着形成する際に有用な真空蒸着方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、希土類系永久磁石に耐塩水性を付与する方法として、その表面にAlを主成分とする合金被膜を蒸着形成する方法が知られており、特許文献1には、Alを主成分とする合金被膜を希土類系永久磁石の表面に蒸着形成する方法として、Mgを含むワイヤー状Al蒸着材料を加熱した溶融蒸発部に連続供給しながら蒸発させることによる方法が記載されている。
【特許文献1】特開2005−191276号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、磁石の表面に蒸着形成される合金被膜の金属組成は合金ワイヤーの金属組成に近似したものになることから、種々の金属組成の合金被膜を蒸着形成したい場合には、その金属組成に対応した複数の合金ワイヤーを用意しなければならないという問題がある。
そこで本発明は、種々の金属組成の合金被膜を希土類系永久磁石などの個片の表面に簡易に蒸着形成するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、上記の点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、真空処理室の内部の坩堝に低蒸気圧金属の固体を収容するとともに、坩堝の直上方に低蒸気圧金属と高蒸気圧金属を含む合金ワイヤーを所定の送り速度で案内し、低蒸気圧金属の固体と合金ワイヤーに対して電子線を照射して両者を同時に溶融蒸発させた場合、合金ワイヤーの送り速度を調節することにより個片の表面に蒸着形成される合金被膜の金属組成を容易に調整できることを見出した。なお、特開2001−59158号公報には、坩堝内の低蒸気圧金属材に電子線を照射してこれを溶融蒸発させるとともに、坩堝内に高蒸気圧金属を主成分とする合金ワイヤーを供給することで、均一組成からなる合金被膜を帯状薄膜の表面に蒸着形成できることが記載されている。しかしながら、この特許文献に記載の方法は個片の表面に合金被膜を蒸着形成するためのものではない。また、この特許文献には個片の表面に蒸着形成される合金被膜の金属組成を合金ワイヤーの送り速度を調節することで調整できることについては記載も示唆もない。
【0005】
上記の知見に基づいてなされた本発明の真空蒸着方法は、請求項1記載の通り、金属Aと金属Bの2種類の金属を少なくとも含む合金被膜(但し金属Bは金属Aよりも高蒸気圧である)を被処理物である個片の表面に蒸着形成するための真空蒸着方法であって、真空処理室の内部の被膜原料溶融蒸発部において、坩堝内の金属Aの固体と坩堝の直上方に所定の送り速度で案内される金属Aと金属Bを含む合金ワイヤーに対して電子線を照射し、金属Aの固体と合金ワイヤーを同時に溶融蒸発させることで、合金ワイヤーの送り速度に応じた金属組成の合金被膜を被膜原料溶融蒸発部の上方に位置する個片の表面に蒸着形成することを特徴とする。
また、請求項2記載の真空蒸着方法は、請求項1記載の真空蒸着方法において、個片の温度を150℃以下に制御して行うことを特徴とする。
また、請求項3記載の真空蒸着方法は、請求項1または2記載の真空蒸着方法において、電子線を発生させる電子銃の駆動電力を50kW以下に制御して行うことを特徴とする。
また、請求項4記載の真空蒸着方法は、請求項1乃至3のいずれかに記載の真空蒸着方法において、合金ワイヤーの送り速度を0.1g/分〜10g/分の範囲において制御することを特徴とする。
また、請求項5記載の真空蒸着方法は、請求項1乃至4のいずれかに記載の真空蒸着方法において、合金ワイヤーの金属組成が金属Aを90mass%〜99mass%含むものであることを特徴とする。
また、請求項6記載の真空蒸着方法は、請求項1乃至5のいずれかに記載の真空蒸着方法において、合金ワイヤーが水素を含有してなることを特徴とする。
また、請求項7記載の真空蒸着方法は、請求項6記載の真空蒸着方法において、水素の含有量が0.5ppm〜20ppmであることを特徴とする。
また、請求項8記載の真空蒸着方法は、請求項1乃至7のいずれかに記載の真空蒸着方法において、水平方向の軸線を中心に公転自在なメッシュ構造の筒型バレルに個片を収容し、筒型バレルを公転させながら、その公転軸線上または近傍に配置した被膜原料溶融蒸発部おいて金属Aの固体と合金ワイヤーを同時に溶融蒸発させ、被膜原料溶融蒸発部の上方に位置する筒型バレルに収容された個片の表面に合金被膜を蒸着形成することを特徴とする。
また、請求項9記載の真空蒸着方法は、請求項1乃至8のいずれかに記載の真空蒸着方法において、合金被膜の金属組成が金属Aを85mass%以上含むものであることを特徴とする。
また、請求項10記載の真空蒸着方法は、請求項1乃至9のいずれかに記載の真空蒸着方法において、金属AがAlで、金属BがMg,Mn,Znから選ばれる少なくとも1種類であることを特徴とする。
また、請求項11記載の真空蒸着方法は、請求項1乃至10のいずれかに記載の真空蒸着方法において、個片が希土類系永久磁石であることを特徴とする。
また、請求項12記載の真空蒸着方法は、請求項1乃至11のいずれかに記載の真空蒸着方法において、蒸着処理中に合金ワイヤーの送り速度を変化させることで、個片の表面に蒸着形成される合金被膜に対してその厚み方向に組成勾配を持たせることを特徴とする。
また、請求項13記載の真空蒸着方法は、請求項12記載の真空蒸着方法において、合金ワイヤーの送り速度を蒸着処理の開始時よりも終了時の方が遅くなるように変化させることで、個片の表面に蒸着形成される合金被膜の金属組成を個片との界面側よりも外面側の方が金属Aの比率が高くなるようにすることを特徴とする。
また、本発明の希土類系永久磁石は、請求項14記載の通り、請求項1記載の真空蒸着方法で所定の金属組成の合金被膜が表面に蒸着形成されてなることを特徴とする。
また、請求項15記載の希土類系永久磁石は、請求項14記載の希土類系永久磁石において、合金被膜がその厚み方向に組成勾配を有することを特徴とする。
また、本発明の真空蒸着装置は、請求項16記載の通り、金属Aと金属Bの2種類の金属を少なくとも含む合金被膜(但し金属Bは金属Aよりも高蒸気圧である)を被処理物である個片の表面に蒸着形成するための真空蒸着装置であって、真空処理室の内部の被膜原料溶融蒸発部が、坩堝内の金属Aの固体と坩堝の直上方に所定の送り速度で案内される金属Aと金属Bを含む合金ワイヤーに対して電子線を照射し、金属Aの固体と合金ワイヤーを同時に溶融蒸発させるように構成されてなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、種々の金属組成の合金被膜を希土類系永久磁石などの個片の表面に簡易に蒸着形成するための方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の真空蒸着方法は、金属Aと金属Bの2種類の金属を少なくとも含む合金被膜(但し金属Bは金属Aよりも高蒸気圧である)を被処理物である個片の表面に蒸着形成するための真空蒸着方法であって、真空処理室の内部の被膜原料溶融蒸発部において、坩堝内の金属Aの固体と坩堝の直上方に所定の送り速度で案内される金属Aと金属Bを含む合金ワイヤーに対して電子線を照射し、金属Aの固体と合金ワイヤーを同時に溶融蒸発させることで、合金ワイヤーの送り速度に応じた金属組成の合金被膜を被膜原料溶融蒸発部の上方に位置する個片の表面に蒸着形成することを特徴とするものである。
【0008】
図1は、本発明の真空蒸着方法を実施するために好適な真空蒸着装置の一例の真空処理室の内部の模式的正面図である。図略の真空排気系に連なる真空処理室1の内部には、水平方向の軸線を中心に公転自在なメッシュ構造の筒型バレル2が軸線の周方向の外方に環状に12個設置されており、その公転軸線上に坩堝3を中心に構成された被膜原料溶融蒸発部が配置されている。坩堝3には金属Aの固体X(インゴットやペレットのような形状のものが例示されるがこれらに限定されるものではない)が収容され、坩堝3の直上方には金属Aと金属Aよりも高蒸気圧である金属Bを含む合金ワイヤーYがボビン4から繰り出しギア5により所定の送り速度で矢示したように案内される。水平方向の軸線を中心に筒型バレル2を矢示したように公転させながら、被膜原料溶融蒸発部において金属Aの固体Xと合金ワイヤーYに図略の電子銃から発せられた電子線Eを照射することによりこれらを同時に溶融蒸発させると、ワイヤーYに含まれる金属Bは金属Aよりも優先的に蒸発する一方、ワイヤーYに含まれる金属Aは溶融して坩堝3内に滴下し(一部は金属Aも蒸発する)、坩堝3内の金属Aの固体Xの溶融物とともに蒸発することで一定の組成からなる金属Aと金属Bの蒸気が生成し、生成した蒸気によって被膜原料溶融蒸発部の上方に位置する筒型バレル2に収容された個片11の表面に合金被膜が蒸着形成される。この際、合金ワイヤーYの送り速度を早くすれば、生成した蒸気に占める金属Bの比率を高くすることができる一方、送り速度を遅くすれば、生成した蒸気に占める金属Aの比率を高くすることができる(金属Bの比率を低くすることができる)。従って、合金ワイヤーYの送り速度を調節することにより個片11の表面に蒸着形成される合金被膜の金属組成を容易に調整できる。また、蒸着処理中に合金ワイヤーの送り速度を変化させれば、個片の表面に蒸着形成される合金被膜に対してその厚み方向に組成勾配を持たせることができる。例えば、合金ワイヤーの送り速度を蒸着処理の開始時から終了時にかけて徐々に遅くしていけば、個片の表面に蒸着形成される合金被膜の金属組成を個片との界面側から外面側にかけて金属Aの比率が徐々に高く(金属Bの比率が徐々に低く)なるようにすることができる。これまで、個片の表面に形成する合金被膜を複数の金属組成から構成されるようにしたい場合(例えば個片との界面側で要請される金属組成と外面側で要請される金属組成が異なる場合など)、個々の金属組成を有する合金被膜を積層形成する方法が採用されてきたが、複数の合金被膜を積層形成する方法には、工程数が多くなるといった問題や、合金被膜と合金被膜の界面における密着性が劣るといった問題がある。しかしながら、この方法によれば、合金被膜に対してその厚み方向に組成勾配を持たせることができるので、複数の合金被膜を積層形成する方法が有する問題を引き起こすことなく、個片の表面に形成する合金被膜を複数の金属組成から構成されるようにすることができる。
【0009】
筒型バレル2に収容された個片11は好適にはその温度が150℃以下に制御される。その理由は、個片11の温度が150℃を超えるとその表面に蒸着形成された合金被膜が個片同士の衝突などによって損傷を受けて削れやすくなり、削れた被膜が粒状化して他の被膜に被着することで被膜に突起物が生成しやすくなるからである。電子線Eを発生させる電子銃の駆動電力が50kWを越えると真空処理室1の内部の温度が高くなりすぎて筒型バレル2に収容された個片11の温度が150℃を超えてその表面に蒸着形成される合金被膜に突起物が生成しやすくなる。従って、電子銃は好適にはその駆動電力が50kW以下に制御される。なお、電子銃の駆動電力の下限値は効率的に個片11の表面に合金被膜を蒸着形成するためには10kWとすることが望ましい。また、合金ワイヤーYの送り速度は好適には0.1g/分〜10g/分の範囲において制御される。このような送り速度を採用することにより合金ワイヤーYの送り速度に応じた金属組成の合金被膜を個片11の表面に効率的に蒸着形成することができる。
【0010】
本発明の蒸着被膜形成方法において使用する金属Aと金属Bを含む合金ワイヤーはその金属組成が金属Aを90mass%〜99mass%含むものであることが望ましい。合金ワイヤーの金属組成をこのようなものとすることで合金ワイヤーの送り速度に応じた金属組成の合金被膜を個片の表面に効率的に蒸着形成することができる。また、合金ワイヤーは水素を含有してなることが望ましい。合金ワイヤーを溶融蒸発させた際、真空処理室の内部に水素を供給することができるので、別途の手段で真空処理室の外部から水素を供給しなくても、真空処理室の内部を還元性雰囲気にして、溶融させた段階や蒸発させた段階の蒸着材料の酸化を防止することができるからである。合金ワイヤーの水素含有量は0.5ppm〜20ppmであることが望ましく、1ppm〜10ppmであることがより望ましい。0.5ppm未満であると真空処理室の内部に水素を十分に供給することができない恐れがある一方、20ppmを超えると合金ワイヤーの溶融物が坩堝に滴下した際にスプラッシュを引き起こす恐れがあるからである。
【0011】
本発明の蒸着被膜形成方法は、金属組成が金属Aを85mass%以上含む合金被膜を個片の表面に蒸着形成する際に好適である(金属Aの上限値は99.5mass%程度であり金属Bの下限値は0.5mass%程度である)。なお、金属AとしてはAlが例示され、Alよりも高蒸気圧である金属BとしてはMg,Mn,Znが例示されるが、低蒸気圧金属である金属Aと高蒸気圧金属である金属Bの組み合わせはこれらに限定されるものではない。また、被処理物である個片としては希土類系永久磁石(焼結磁石であってもよいしボンド磁石であってもよい)が例示されるが、個片は希土類系永久磁石に限定されるものではない。
【実施例】
【0012】
以下、本発明を実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定して解釈されるものではない。なお、以下の実施例は、例えば、米国特許4770723号公報や米国特許4792368号公報に記載されているようにして、公知の鋳造インゴットを粉砕し、微粉砕後に成形、焼結、熱処理、表面加工を行うことによって得られた14Nd−79Fe−6B−1Co組成(at%)の23mm×10mm×6mm寸法の焼結磁石(以下、磁石体試験片と称する)を用いて行った。また、真空蒸着装置は、図1に示した機構を備えるものを使用した。
【0013】
実施例1〜実施例4:
磁石体試験片に対し、ショットブラスト加工を行い、前工程の表面加工で生じた試験片の表面の酸化層を除去した。酸化層が除去された磁石体試験片を1つの筒型バレルに対して複数個ずつ収容し、真空処理室の内部が2×10−3Paになるまで真空排気した後、Arガスを真空処理室の内部の圧力が1.0Paになるように供給した。その後、筒型バレルを1.5rpmで公転させながらバイアス電圧−0.3kVの条件下、15分間グロー放電を行って磁石体試験片の表面を清浄化した。続いて、真空処理室の内部が5×10−4Paになるまで真空排気した後、電子銃の駆動電力を16kW(10kV,1.6A)に設定し、坩堝に収容した99.99%高純度Alペレット(住化アルケム社製)を溶融蒸発させた後、表1に記載の金属組成を有する合金ワイヤーを使用し、表1に記載の送り速度で合金ワイヤーを坩堝の直上方に100分間案内することにより合金ワイヤーもAlペレットと共に同時に溶融蒸発させることで磁石体試験片の表面に合金被膜を蒸着形成した。なお、処理中に磁石体試験片の温度がどの程度まで上昇するかを調べるために、各指示温度を示す複数のサーモクレヨン(日油技研工業株式会社製)を削ったものを包んだアルミニウム箔を巻き付けた磁石体試験片を筒型バレルに収容し、処理後にどの温度に対応するサーモクレヨンが溶融したかを確認した。
【0014】
比較例1:
表1に記載の金属組成を有する合金ワイヤーを表1に記載の送り速度で坩堝内に案内し、坩堝内で合金ワイヤーのみを溶融蒸発させること以外は実施例と同様にして磁石体試験片の表面に合金被膜を蒸着形成した。
【0015】
参考例1:
表1に記載の金属組成を有する合金ワイヤーと同一の金属組成を有する合金ペレットを坩堝に収容して溶融蒸発させ、合金ワイヤーを坩堝の直上方に案内することをしないこと以外は実施例と同様にして磁石体試験片の表面に合金被膜を蒸着形成した。
【0016】
実施例1〜実施例4、比較例1、参考例1において磁石体試験片の表面に蒸着形成された合金被膜の金属組成、膜厚、水素含有量を表1に示す。なお、合金ワイヤーの金属組成は、原子発光分析装置(ICP−AES:島津製作所社製ICPS−7500)により測定した。合金被膜の金属組成は、磁石体試験片と共に筒型バレルに収容したガラス板の表面に蒸着形成された合金被膜の金属組成を上記の原子発光分析装置により測定することで求めた。合金被膜の膜厚は蛍光X線膜厚計(SFT−7000:セイコー電子社製)により測定した。合金ワイヤーと合金被膜の水素含有量は水素分析装置(EMGA−11:堀場製作所社製)により測定した。
【0017】
【表1】

【0018】
表1から明らかなように、実施例1〜実施例4によれば、合金ワイヤーの送り速度を調節することで合金被膜の金属組成を容易に調整できること、合金ワイヤーの送り速度と合金被膜のMg含有量との間には比例関係が存在することがわかった。なお、実施例1〜実施例4において磁石体試験片の表面に蒸着形成された合金被膜の膜内組成分布を電子線マイクロアナライザ(EPMA−1610:島津製作所社製)により測定したところ、いずれの合金被膜も均一な膜内組成分布を有していることが確認できた。また、目視観察において、いずれの合金被膜の表面にも目立った損傷や突起物は確認できなかった。処理中の磁石体試験片の温度は最高で70℃程度であった。
【0019】
実施例5:
上記の実施例1〜実施例4では、100分間の蒸着処理の開始時から終了時まで合金ワイヤーの送り速度を一定にして磁石体試験片の表面に合金被膜を蒸着形成したが、実施例5では、蒸着処理の開始時から終了時にかけて合金ワイヤーの送り速度を連続的に徐々に遅くして(4.0g/分×10分→3.5g/分×10分→3.0g/分×10分→2.5g/分×10分→2.0g/分×10分→1.5g/分×10分→1.0g/分×10分→0.5g/分×10分→0g/分×20分)磁石体試験片の表面に合金被膜を蒸着形成した(合金ワイヤーの送り速度を変化させること以外の実験条件は実施例1〜実施例4の実験条件と同じ)。磁石体試験片の表面に蒸着形成された合金被膜(膜厚11.9μm、水素含有量0.8ppm)の膜内組成分布を電子線マイクロアナライザ(EPMA−1610:島津製作所社製)により測定した結果を図2に示す。
図2から明らかなように、磁石体試験片の表面に蒸着形成された合金被膜のMgの比率は、蒸着開始直後は約9mass%であったが、時間の経過とともに連続的に徐々に低くなり、蒸着終了時は約5mass%であった(合金ワイヤーの送り速度を最終的に0g/分×20分、即ち、合金ワイヤーを坩堝の直方上に案内しないにもかかわらずMgの比率が蒸着終了時に0mass%にならないのは、合金ワイヤーを案内していた段階で坩堝内に溶け落ちた合金ワイヤー中のMgが坩堝内から蒸発を続けているためであり、合金ワイヤーを案内せずにさらに蒸着処理を続けるとMgの比率は0mass%になる)。
以上の結果から、この方法によれば、磁石体試験片の表面に蒸着形成されたAlを主成分としてMgを含む合金被膜の金属組成を、磁石体試験片との界面側よりも外面側の方がAlの比率が高く(Mgの比率が低く)なるようにすることができるので、Alを主成分としてMgを含む合金被膜に対し、合金被膜が本来的に有する被膜硬度や平滑性に優れるとともに膜欠陥が少ないといった特性に加え、Alが有する高い接着信頼性を外面側において付与できることがわかった。
【0020】
実施例6:
実施例5とは反対に、蒸着処理の開始時から終了時にかけて合金ワイヤーの送り速度を連続的に徐々に速くして磁石体試験片の表面に合金被膜を蒸着形成したところ、合金組成が磁石体試験片との界面側から外面側にかけてAlの比率が連続的に徐々に低くなった合金被膜を磁石体試験片の表面に蒸着形成することができた。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明は、種々の金属組成の合金被膜を希土類系永久磁石などの個片の表面に簡易に蒸着形成するための方法を提供できる点において産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明の真空蒸着方法を実施するために好適な真空蒸着装置の一例の真空処理室の内部の模式的正面図である。
【図2】実施例5の磁石体試験片の表面に蒸着形成された合金被膜の膜内組成分布を電子線マイクロアナライザにより測定した結果である。
【符号の説明】
【0023】
1 真空蒸着装置の真空処理室
2 筒型バレル
3 坩堝
4 ボビン
5 繰り出しギア
11 個片(被処理物)
E 電子線
X 金属Aの固体
Y 合金ワイヤー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属Aと金属Bの2種類の金属を少なくとも含む合金被膜(但し金属Bは金属Aよりも高蒸気圧である)を被処理物である個片の表面に蒸着形成するための真空蒸着方法であって、真空処理室の内部の被膜原料溶融蒸発部において、坩堝内の金属Aの固体と坩堝の直上方に所定の送り速度で案内される金属Aと金属Bを含む合金ワイヤーに対して電子線を照射し、金属Aの固体と合金ワイヤーを同時に溶融蒸発させることで、合金ワイヤーの送り速度に応じた金属組成の合金被膜を被膜原料溶融蒸発部の上方に位置する個片の表面に蒸着形成することを特徴とする真空蒸着方法。
【請求項2】
個片の温度を150℃以下に制御して行うことを特徴とする請求項1記載の真空蒸着方法。
【請求項3】
電子線を発生させる電子銃の駆動電力を50kW以下に制御して行うことを特徴とする請求項1または2記載の真空蒸着方法。
【請求項4】
合金ワイヤーの送り速度を0.1g/分〜10g/分の範囲において制御することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の真空蒸着方法。
【請求項5】
合金ワイヤーの金属組成が金属Aを90mass%〜99mass%含むものであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の真空蒸着方法。
【請求項6】
合金ワイヤーが水素を含有してなることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の真空蒸着方法。
【請求項7】
水素の含有量が0.5ppm〜20ppmであることを特徴とする請求項6記載の真空蒸着方法。
【請求項8】
水平方向の軸線を中心に公転自在なメッシュ構造の筒型バレルに個片を収容し、筒型バレルを公転させながら、その公転軸線上または近傍に配置した被膜原料溶融蒸発部おいて金属Aの固体と合金ワイヤーを同時に溶融蒸発させ、被膜原料溶融蒸発部の上方に位置する筒型バレルに収容された個片の表面に合金被膜を蒸着形成することを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の真空蒸着方法。
【請求項9】
合金被膜の金属組成が金属Aを85mass%以上含むものであることを特徴とする請求項1乃至8のいずれかに記載の真空蒸着方法。
【請求項10】
金属AがAlで、金属BがMg,Mn,Znから選ばれる少なくとも1種類であることを特徴とする請求項1乃至9のいずれかに記載の真空蒸着方法。
【請求項11】
個片が希土類系永久磁石であることを特徴とする請求項1乃至10のいずれかに記載の真空蒸着方法。
【請求項12】
蒸着処理中に合金ワイヤーの送り速度を変化させることで、個片の表面に蒸着形成される合金被膜に対してその厚み方向に組成勾配を持たせることを特徴とする請求項1乃至11のいずれかに記載の真空蒸着方法。
【請求項13】
合金ワイヤーの送り速度を蒸着処理の開始時よりも終了時の方が遅くなるように変化させることで、個片の表面に蒸着形成される合金被膜の金属組成を個片との界面側よりも外面側の方が金属Aの比率が高くなるようにすることを特徴とする請求項12記載の真空蒸着方法。
【請求項14】
請求項1記載の真空蒸着方法で所定の金属組成の合金被膜が表面に蒸着形成されてなることを特徴とする希土類系永久磁石。
【請求項15】
合金被膜がその厚み方向に組成勾配を有することを特徴とする請求項14記載の希土類系永久磁石。
【請求項16】
金属Aと金属Bの2種類の金属を少なくとも含む合金被膜(但し金属Bは金属Aよりも高蒸気圧である)を被処理物である個片の表面に蒸着形成するための真空蒸着装置であって、真空処理室の内部の被膜原料溶融蒸発部が、坩堝内の金属Aの固体と坩堝の直上方に所定の送り速度で案内される金属Aと金属Bを含む合金ワイヤーに対して電子線を照射し、金属Aの固体と合金ワイヤーを同時に溶融蒸発させるように構成されてなることを特徴とする真空蒸着装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−154310(P2007−154310A)
【公開日】平成19年6月21日(2007.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−301908(P2006−301908)
【出願日】平成18年11月7日(2006.11.7)
【出願人】(000183417)株式会社NEOMAX (121)
【Fターム(参考)】