説明

光触媒酸化チタン薄膜及びその製造方法

【課題】光触媒活性に優れた光触媒酸化チタン薄膜及びその製造方法を提供する。
【解決手段】ナノ結晶構造よりなることを特徴とする光触媒酸化チタン薄膜。ナノ結晶はC軸配向していることが好ましい。この光触媒酸化チタン薄膜は、良好な光触媒活性を示す。この光触媒酸化チタン薄膜は、ガスフロースパッタリングにより成膜されることが好ましい。この場合、高速かつ安価に、良好な光触媒活性を示す光触媒酸化チタン薄膜を製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光触媒酸化チタン薄膜及びその製造方法に係り、特に、光触媒機能に優れる光触媒酸化チタン薄膜及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化チタンは優れた光触媒材料であり、その有機物分解機能や超親水性などの機能により、脱臭、水浄化、防汚、セルフクリーニング(自己浄化)、抗菌、抗ウィルス、抗カビ、殺菌など様々な分野への適用が試みられている。
【0003】
酸化チタンを光触媒材料に適用する場合、単独で使用されることは稀であり、通常は何らかの基材表面に薄膜状に固定化されて使用される。この際、スパッタリングは、あらゆる基材表面に密着力良く酸化チタン薄膜を形成することが可能であり、また、低温プロセスが可能であるため、耐熱性の低い基材上へも薄膜形成可能で、基材の選択肢が広いといった特長を有し、酸化チタン薄膜の形成方法として優れている。
【0004】
しかしながら、通常のスパッタリング(DCマグネトロンスパッタリング)で、Tiターゲットを用い、酸素を導入しながら形成した酸化チタン薄膜は、薄膜に対して後焼成などの後処理を施さない成膜直後の状態(アズデポジッション)において、十分な光触媒活性が得られない。また、このような通常のスパッタリングを行う場合、いわゆる酸化物モードでの成膜となり、成膜速度が10nm/min程度と極めて低速な成膜となってしまう。通常のスパッタリングにおいても、このような低速でゆっくりと薄膜を成長させることにより、基材無加熱の低温プロセスにおいてもアナターゼ結晶の光触媒酸化チタン薄膜を形成することが可能であるが、このような低速の成膜速度では工業的に使用に耐えるものではない。
【0005】
この通常のスパッタリングにおいても、スパッタリング時のプラズマの発光をモニターし、発光強度が設定値となるように、導入する酸素流量を高速かつ精細にフィードバック制御する方法(プラズマ発光強度制御法)により成膜速度の改善が可能である。例えば、酸化チタンを成膜する場合には、プラズマ中のTiに由来する波長500nmの光をモニターする。この波長500nmの光の発光強度は、酸素を導入せず、Arのみでスパッタリングするいわゆる金属モードでの発光強度に対して、酸素を導入した場合には、この発光強度が低下するが、この発光強度が設定値(例えば金属モードの発光強度の30%)となるように、導入する酸素流量をフィードバック制御する。酸素流量の制御方法としてはピエゾバルブを用いたものや高速マスフローコントローラを用いたものなどがある。これにより、通常のスパッタリングでは制御不可能な遷移領域(金属モードと酸化物モードの中間の領域)にて酸化チタンの成膜が可能となり、成膜速度を大幅に向上させることができる。このときの成膜速度は、採用する装置や条件によって変化するが、50〜200nm/min程度の範囲まで高速化が可能である。
【0006】
しかしながら、通常のスパッタリングで、このようなプラズマ発光強度制御法を採用して高速成膜することにより形成された酸化チタン薄膜も、アズデポジッションにおいては、十分な光触媒活性が得られない。
【0007】
ところで、このような通常のスパッタリングに対して、ガスフロースパッタリングが知られており、本出願人は先に、ガスフロースパッタリングを、固体高分子型燃料電池用電極の触媒層や、色素増感型太陽電池用半導体電極層の形成に応用する技術を提案している(特許文献1〜3)。
【0008】
ガスフロースパッタリングは、比較的高い圧力下でスパッタリングを行い、スパッタ粒子をAr等のガスの強制流により成膜対象基材まで輸送して堆積させる方法である。このガスフロースパッタリングは、高真空排気が不要であることから、従来の通常のスパッタリングのような大掛かりな排気装置を用いることなく、メカニカルなポンプ排気で成膜することが可能であり、従って、安価な設備で実施できる。しかも、ガスフロースパッタリングは、通常のスパッタリングの10〜1000倍の高速成膜が可能である。更に、ターゲット背面に磁石を必要としないために、ターゲット背面に磁石を必要とする通常のスパッタリングではターゲットの利用効率が20〜30%程度であるのに対して、ガスフロースパッタリングではターゲットの利用効率が90%以上と非常に高い。従って、ガスフロースパッタリングによれば、設備費の低減、成膜時間の短縮、ターゲット利用効率の向上により、成膜コストを大幅に低減することが可能となる。
【特許文献1】特願2004−319592号
【特許文献2】特願2004−319548号
【特許文献3】特願2004−319598号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述の如く、従来採用されているスパッタリングで製造された酸化チタン薄膜は、アズデポジッションである程度の光触媒活性を示すが、より高い光触媒活性を示す酸化チタン薄膜が求められている。
【0010】
本発明は、光触媒活性に優れた光触媒酸化チタン薄膜及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、
ナノ結晶構造よりなる酸化チタン薄膜、特に配向したナノ結晶構造よりなる酸化チタン薄膜が、高い光触媒活性を示すこと;
これらの酸化チタン薄膜を焼成することにより、さらに光触媒活性が向上すること;
これらの酸化チタン薄膜は、例えば、ガスフロースパッタリングによって製造することができること;
を見出した。
【0012】
即ち、上記の従来のスパッタリングによって酸化チタン薄膜を成膜する場合、アズデポジッションで光触媒活性の高い酸化チタン薄膜を成膜することが困難であるため、成膜後に焼成して光触媒活性を向上させることがある。このアズデポジッションの酸化チタン薄膜についてX線回折分析を行うと、ピークが検出されず、アモルファス状態にあると認められる。また、焼成後の酸化チタン薄膜についてX線回折分析を行うと、ピークが検出され、結晶化していることが認められる。
【0013】
しかしながら、従来のスパッタリングによっても、成膜条件等によっては、アズデポジッションで光触媒活性が比較的良好な酸化チタン薄膜が成膜されることがある。ところが、このような酸化チタン薄膜についても、X線回折のピークが検出されないため、この酸化チタン薄膜も光触媒活性の低い酸化チタン薄膜と同様に、アモルファス状態であると認められる。このように、X線回折分析によるとアモルファス状態でありながら、光触媒活性の比較的良好な酸化チタン薄膜と光触媒活性の低い酸化チタン薄膜が存在しており、その理由は明らかではなかった。
【0014】
そこで、本発明者らは、この光触媒活性が比較的良好な酸化チタン薄膜について、X線回折分析と共に電子線回折分析を行ったところ、X線回折分析ではピークが検出されないが、電子線回折分析では明確な回折スポットが観察され、かつ、この回折スポットに偏りが見られることが明らかになった。即ち、光触媒活性が比較的良好な酸化チタン薄膜は、非常に小さい結晶(ナノ結晶)を有しており、かつこの結晶が配向していることが明らかになった。
【0015】
また、光触媒活性が良好ではないアズデポジッションの酸化チタン薄膜についても電子線回折分析を行ったところ、明確な回折スポットは現れず、スポットの偏りも観察されなかった。
【0016】
さらに、本発明者らは、ガスフロースパッタリングによって酸化チタン薄膜を成膜したところ、この酸化チタン薄膜は良好な光触媒活性を示した。この酸化チタン薄膜についてX線回折分析及び電子線回折分析を行ったところ、X線回折のピークは検出されなかったが、電子線回折分析では明確な回折スポットが観察され、かつ、この回折スポットに偏りが見られた。即ち、ガスフロースパッタリングによって成膜した酸化チタン薄膜も、非常に小さい結晶(ナノ結晶)を有しており、かつ結晶が配向していた。さらに、この酸化チタン薄膜を焼成したところ、光触媒活性がより良好なものとなり、また、回折スポットの偏りがより明確なものとなった。
【0017】
本発明者らは、上記知見に基づき、本発明を完成させたものである。即ち、本発明は以下を要旨とする。
【0018】
本発明(請求項1)の光触媒酸化チタン薄膜は、ナノ結晶構造よりなることを特徴とするものである。
【0019】
請求項2の光触媒酸化チタン薄膜は、ナノ結晶構造よりなる酸化チタン薄膜を焼成してなることを特徴とする。
【0020】
請求項3の光触媒酸化チタン薄膜は、請求項2において、焼成条件が200〜500℃で0.2〜2時間であることを特徴とする。
【0021】
請求項4の光触媒酸化チタン薄膜は、請求項1ないし3のいずれか1項において、前記ナノ結晶は配向していることを特徴とする。
【0022】
請求項5の光触媒酸化チタン薄膜は、請求項1ないし4のいずれか1項において、前記ナノ結晶構造よりなる酸化チタン薄膜がガスフロースパッタリングにより成膜されてなることを特徴とする。
【0023】
本発明(請求項6)の光触媒酸化チタン薄膜の製造方法は、ガスフロースパッタリングにより、ナノ結晶構造よりなる酸化チタン薄膜を成膜することを特徴とする。
【0024】
請求項7の光触媒酸化チタン薄膜の製造方法は、ガスフロースパッタリングにより、ナノ結晶構造よりなる酸化チタン薄膜を成膜した後、該酸化チタン薄膜を焼成することを特徴とする。
【0025】
請求項8の光触媒酸化チタン薄膜の製造方法は、請求項7において、焼成条件が200〜500℃で0.2〜2時間であることを特徴とする。
【0026】
請求項9の光触媒酸化チタン薄膜の製造方法は、請求項6ないし8のいずれか1項において、前記ナノ結晶は配向していることを特徴とする。
【0027】
請求項10の光触媒酸化チタン薄膜の製造方法は、請求項6ないし9のいずれか1項において、ターゲットとして金属チタンを用い、酸素ガスを導入する反応性スパッタリングで前記酸化チタン薄膜を成膜することを特徴とする。
【0028】
請求項11の光触媒酸化チタン薄膜の製造方法は、請求項6ないし9のいずれか1項において、ターゲットとして導電性TiO(ただし、y=1.6〜1.99)を用い、酸素ガスを導入する反応性スパッタリングで前記酸化チタン薄膜を成膜することを特徴とする。
【0029】
請求項12の光触媒酸化チタン薄膜の製造方法は、請求項6ないし11のいずれか1項において、ガスフロースパッタリングにおける成膜圧力が5〜200Paであることを特徴とする。
【0030】
請求項13の光触媒酸化チタン薄膜の製造方法は、請求項6ないし12のいずれか1項において、アルゴンガスと酸素ガスとを別々に導入するガスフロースパッタリングにより前記酸化チタン薄膜を成膜することを特徴とする。
【発明の効果】
【0031】
本発明(請求項1)の光触媒酸化チタン薄膜は、ナノ結晶構造よりなるため、良好な光触媒活性を示す。
【0032】
本発明(請求項2)の光触媒酸化チタン薄膜は、ナノ結晶構造よりなる酸化チタン薄膜を、さらに焼成してなるため、より良好な光触媒活性を示す。
【0033】
上記のナノ結晶は配向していることが好ましく、特にC軸に優先配向していることが好ましい。
【0034】
本発明(請求項6)の光触媒酸化チタン薄膜の製造方法によると、ガスフロースパッタリングによってナノ結晶構造よりなる酸化チタン薄膜を成膜するため、高速かつ安価に、良好な光触媒活性を示す光触媒酸化チタン薄膜を製造することができる。
【0035】
本発明(請求項7)の光触媒酸化チタン薄膜の製造方法によると、ガスフロースパッタリングによってナノ結晶構造よりなる酸化チタン薄膜を成膜した後、該酸化チタン薄膜を焼成するため、より良好な光触媒活性を示す光触媒酸化チタン薄膜を、高速かつ安価に製造することができる。
【0036】
以下に、ガスフロースパッタリングによって成膜すると、高速かつ安価に、良好な光触媒活性を示すナノ結晶構造よりなる酸化チタン薄膜を製造することができる理由を説明する。
【0037】
まず、ガスフロースパッタリングによると高速成膜が可能な理由は以下の通りである。
【0038】
通常のスパッタリング法ではTiターゲットを用いて酸化チタンを成膜する際に酸素をある程度導入した時点でターゲット表面が酸化されてしまい急激に金属モードから酸化物モードに変化してしまう。これにより成膜される薄膜は透明な酸化チタン薄膜となるが、成膜速度も急激に低下してしまう。一方で、ガスフロースパッタリングでは圧力が2桁程度高く、ターゲット表面をアルゴンガスの強制流が流れ、ターゲット表面に酸素ガスが拡散してくるのを防ぎ、ターゲット表面を酸化させることなく常にフレッシュなメタル状態に維持しつつスパッタリングし、スパッタ粒子をアルゴンの強制流にて基板上まで輸送し、基板上で酸素ガスにより酸化させることが可能である。これにより十分な酸素を導入しても通常のスパッタリングのように酸化物モードになって成膜速度が低下することはなく、酸化チタン薄膜の高速成膜が可能となる。高速成膜のレベルとしてはプラズマ発光強度制御法を用いた場合と比較して、酸化チタン薄膜の密度が同一でないことや、成膜圧力などの条件により成膜速度は変化するために単純に比較することはできないが、同一電力密度を印加した場合には同等以上の成膜速度が得られる。例えば10W/cmの電力印加にて、プラズマ発光強度制御法では約100nm/min、ガスフロースパッタリングでは約140nm/minの成膜速度が可能である。
【0039】
次に、ガスフロースパッタリングによると安価に成膜することが可能な理由は以下の通りである。
【0040】
ガスフロースパッタリングは、比較的高い圧力下でスパッタリングを行い、スパッタ粒子をAr等のガスの強制流により成膜対象基材まで輸送して堆積させる方法である。このガスフロースパッタリングは、高真空排気が不要であることから、従来の通常のスパッタリングのような大掛かりな排気装置を用いることなく、メカニカルなポンプ排気で成膜することが可能であり、従って、安価な設備で実施できる。しかも、ターゲット背面に磁石を必要としないために、ターゲット背面に磁石を必要とする通常のスパッタリングではターゲットの利用効率が20〜30%程度であるのに対して、ガスフロースパッタリングではターゲットの利用効率が90%以上と非常に高い。このターゲット利用効率の向上により、成膜コストを大幅に低減することが可能となる。
【0041】
なお、ガスフロースパッタリングによるとナノ結晶構造よりなる光触媒酸化チタン薄膜を製造することができる理由は現在明らかではないが、十分に酸素が存在する雰囲気での高速成膜というガスフロースパッタリングの特徴により、酸素欠陥が極めて少ない化学量論比に近い酸化チタンが形成されていること;従来のスパッタ法より2桁高い成膜圧力で成膜することにより、高エネルギー粒子による薄膜へのダメージが極めて少ないこと;薄膜中の欠陥がOHなどでトラップされている可能性;などが考えられる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0042】
以下に本発明の光触媒酸化チタン薄膜及びその製造方法の実施の形態を詳細に説明する。
【0043】
本発明の光触媒酸化チタン薄膜は、ナノ結晶構造よりなることを特徴とするものである。
【0044】
このナノ結晶構造の粒子サイズは、X線回折分析ではピークが検出されず、電子線回折分析では明確な回折スポットが検出される程度のものである。この粒子サイズは、1〜50nm程度であることが好ましい。これより大きいサイズを得るには、基板加熱や酸化チタンと格子定数の近い特別な基板を用意する必要がある。
【0045】
このナノ結晶構造は、配向していることが好ましく、特に、(004)面に優先配向していることが好ましい。
【0046】
このナノ結晶構造よりなる光触媒チタン薄膜は、良好な光触媒活性を示すことから、必ずしも焼成する必要はないが、これを焼成してもよい。このように焼成することによってナノ結晶は粒成長し、光触媒活性がより向上する。
【0047】
この場合、焼成条件は200〜500℃で0.2〜2時間であることが好ましい。この範囲より焼成温度が高過ぎると結晶相にルチル相が出現し活性が低下し、低過ぎると焼成を行ったことによるアナターゼの結晶化による光触媒活性の向上効果を十分に得ることができない。
【0048】
次に、第1図を参照して、本発明の光触媒酸化チタン薄膜の製造方法を説明する。
【0049】
第1図(a)は、本発明の実施に好適なガスフロースパッタリング装置の概略的な構成を示す模式図であり、第1図(b)は、第1図(a)のターゲット及びバックプレート構成を示す斜視図である。
【0050】
ガスフロースパッタリング装置では、スパッタガス導入口11からチャンバー20内にアルゴン等の希ガス等を導入し、DC電源等の電源12に接続されたアノード13及びカソードとなるターゲット15間での放電で発生したプラズマによりターゲット15をスパッタリングし、はじき飛ばされたスパッタ粒子をアルゴン等の希ガス等の強制流にて基板16まで輸送し堆積させる。なお、図示例において、基板16は、ホルダー17に支持されており、基板16の近傍には、反応性ガスの導入口18が配置されており、反応性スパッタリングリングを行うことが可能である。14は水冷バッキングプレートである。
【0051】
ガスフロースパッタリングによる酸化チタン薄膜の成膜は、金属Tiをターゲットとし、酸素ガスを導入しながら行う反応性スパッタリングであっても良く、また、導電性のTiO(ただし、y=1.6〜1.99)を用い、酸素ガスを導入しながら行う反応性スパッタリングであっても良い。
【0052】
用いるターゲットの形状には特に制限はなく、円筒形のターゲットや矩形板状のターゲットなど任意の形状のターゲットを用いることができるが、加工費が安いことから、矩形板状のターゲットを用い、これらを第1図のように向かい合わせた方式とすることが好ましい。また、ガスフロースパッタリングは、第1図に示す如く、酸素ガスとアルゴンガスとを別々に導入して行うことが高速成膜及び安定放電の点で好ましく、また、この方式では、基材を搬送しながら連続的に成膜したり、シート状基材を一方のロールから送り出して他方のロールに巻き取るようにしたRoll To Roll成膜においても、ターゲット長さを長くすることで容易に対応することができる。
【0053】
基板としては、ガスフロースパッタリングによる成膜後に膜を焼成する場合には、耐熱性基材が用いられ、例えば、ガラス板、金属板、金属箔、又はセラミックス板等を用いることができる。ここで、金属板、金属箔の金属としては、Al,Cu,Au,Fe,Ni等、或いはこれらを含む合金(例えばSUS)等が挙げられる。また、セラミックスとしてはジルコニア、アルミナ、イットリア、炭化珪素、窒化珪素等が挙げられる。また、成膜後に膜を焼成しない場合には、基材として、上述の耐熱性基材の他、高分子フィルム、プラスチックレンズ等のプラスチック基材、自動車用などの曲がりガラス、紙、織布、不織布などの耐熱性の低い基材も用いることができる。
【0054】
なお、成膜に用いる基材には、必要に応じて珪素(Si)の酸化物、窒化物、酸窒化物等の下地層を形成しても良い。
【0055】
ガスフロースパッタリング時の成膜圧力は、高過ぎると成膜速度が低下し、またアークが起きやすく不安定になり、低過ぎると放電電圧が高くなり、放電維持が困難であることから、5〜200Pa、特に10〜120Paであることが好ましい。
【0056】
その他のガスフロースパッタリング条件、例えば酸素ガス流量やアルゴンガス流量、投入電力、ターゲット基材間距離等は装置型式により異なるため、一概に数値を挙げることはできないが、第1図のような型式の装置であれば、通常
電力密度:1〜25W/cm
アルゴンガス流量:0.5〜30SLM
酸素ガス流量:5〜120sccm
ターゲット基材間距離:5〜15cm
といった条件を採用することができる。
【0057】
ここで、高い成膜速度と放電安定性、形成される酸化チタン薄膜の光触媒活性に応じて、これらの条件を設定する。
【0058】
本発明によれば成膜速度90nm/min以上、例えば90〜120nm/minの高速成膜が可能である。なお、ここで成膜速度とは1分間に成長する膜の厚みの値である。
【0059】
このようにして製造された光触媒酸化チタン薄膜は、アズデポジッションでナノ結晶構造よりなる。また、アズデポジッションの状態で、後述の実施例の項に挙げたアセトアルデヒドの分解活性評価試験において、120分のUV照射で60ppmのアセトアルデヒドを完全分解する触媒活性を示す。
【0060】
また、前述の如く、ガスフロースパッタリング成膜によれば、酸素欠陥が極めて少ない、化学量論比に近い酸化チタンが形成可能であることから、本発明によれば、TiOでxが2又は2に近い酸化チタン薄膜を成膜することができる。
【0061】
本発明によれば、ガスフロースパッタリングによる成膜で、アズデポジッションの状態で良好な光触媒活性を示す酸化チタン薄膜を成膜することができることから、成膜された薄膜の焼成は必ずしも必要とされないが、これを焼成することにより、より一層光触媒活性を高めることができる。
【0062】
この場合、基材としては前述の耐熱性の基材を用い、焼成条件は200〜500℃で0.2〜2時間であることが好ましい。この範囲より焼成温度が高過ぎると結晶相にルチル相が出現し活性が低下し、低過ぎると焼成を行ったことによるアナターゼの結晶化による光触媒活性の向上効果を十分に得ることができない。
【0063】
このようにして焼成を行うことにより、ナノ結晶構造よりなるアズデポジッションの薄膜は粒成長し、この結果、酸化チタン薄膜の光触媒活性は後述の実施例の項に挙げたアセトアルデヒドの分解活性評価試験において、アセトアルデヒドの濃度がゼロになるまでの平均濃度低下速度が3ppm/min以上、或いは20分以下のUV照射にてアセトアルデヒド濃度が実質的にゼロになるような触媒活性を示す。
【0064】
このような本発明の光触媒酸化チタン薄膜は、その優れた光触媒活性に基く有機物分解や超親水性などの機能により、脱臭、水浄化、防汚、セルフクリーニング(自己浄化)、抗菌、抗ウィルス、抗カビ、殺菌など様々な分野への適用が可能である。
【実施例】
【0065】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り以下の実施例に限定されるものではない。
【0066】
なお、以下の実施例及び比較例では、成膜された酸化チタン薄膜の光触媒活性を、アセトアルデヒドの分解活性を調べることにより評価したが、これは、次の理由による。即ち、光触媒の機能として親水性の評価も広く行われているが、アセトアルデヒドを分解できない程度の光触媒活性の低い試料であっても、紫外線(UV)照射により接触角5度以下の超親水を示す場合があるため、より高い光触媒活性が必要なアセトアルデヒドの分解活性を以下の方法で調べることにより、光触媒活性を評価した。
【0067】
[アセトアルデヒドの分解活性評価法]
密閉された容積400ccの石英ガラス容器中に、5cm角のアルカリフリーガラス基板上に垂直投影面積で25cmの面積に成膜された酸化チタン薄膜を設置し、石英ガラス容器に濃度約60ppmとなるようにアセトアルデヒドを充填した。この石英ガラス容器を1時間ほど暗所に設置し、アセトアルデヒド濃度の変化を計測して内容物の漏れが無いことを確認した。その後、UVを照射し、照射時間に対するアセトアルデヒド濃度の変化を計測した。なお、UV照射には中心波長352nmのブラックライト蛍光ランプ(東芝ライテック(株)製「FL20S・BLB−A」)を用い、0.4mW/cmの光強度でサンプルに照射した。アセトアルデヒド濃度は、容器内の気相をマイクロシリンジで1ml抜き取り、ガスクロマトグラフィー(島津製作所製「GC−14B」)を用いて計測した。
説明の便宜上まず、比較例を挙げる。
【0068】
比較例1
通常のDCマグネトロンパルススパッタ装置を用い、真空チャンバーに、基板としてアルカリフリーガラスをセットし、荒引きポンプ(ロータリーポンプ+メカニカルブースターポンプ)で1×10−1Paまで排気した後、ターボ分子ポンプで5×10−4Paまで排気し、次いで以下の条件で酸化物モードでの酸化チタン薄膜の成膜を行った。
【0069】
・ターゲット:400mm×130mmのTi
・カソード形状:プレーナ型マグネトロン、基板と平行に対面して設置
・基板位置:ターゲットと基板との距離100mm
成膜圧力:3Pa
酸素ガス流量:100sccm
Arガス流量:250sccm
投入電力:5kW
投入電力密度:9.6W/cm
成膜速度:10nm/min
膜厚:500nm
【0070】
形成された酸化チタン薄膜のアズデポジッションでのX線回折パターンを第2図(a)に、TEM観察結果を第3図(a)に、電子線回折結果を第3図(b)に、アセトアルデヒドの分解活性評価結果を第5図(a)に示した。
【0071】
また、このようにして成膜した酸化チタン薄膜を大気中300℃で1時間焼成した後に、X線回折分析及びアセトアルデヒドの分解活性評価を行い、X線回折パターンを第2図(b)に、アセトアルデヒドの分解活性評価結果を第5図(b)に示した。
【0072】
その結果、アズデポジッションの状態でX線回折のピークが検出される程度に結晶が粒成長していることが確認された。また、X線回折でランダムな結晶ピークパターン(ランダムオリエンテーション)が検出され、また電子線回折でも回折スポットに偏りが見られず、結晶に配向性はなかった。また、300℃で1時間焼成することにより、アセトアルデヒドの分解活性が向上することが確認された。
【0073】
比較例2
比較例1において、プラズマ発光強度制御法を採用し、波長500nmの光をモニターし、発光強度5Vとなるように酸素ガス流量を制御し、成膜速度90nm/minの高速成膜を行ったこと以外は同様にして酸化チタン薄膜を成膜した。
【0074】
形成された酸化チタン薄膜のアズデポジッションでのX線回折パターンを第2図(a)に、TEM観察結果を第4図(a)に、電子線回折結果を第4図(b)に、アセトアルデヒドの分解活性評価結果を第5図(a)に示した。
【0075】
また、このようにして成膜した酸化チタン薄膜を大気中300℃で1時間焼成した後に、X線回折分析及びアセトアルデヒドの分解活性評価を行い、X線回折パターンを第2図(b)に、アセトアルデヒドの分解活性評価結果を第5図(b)に示した。
【0076】
その結果、アズデポジッションの薄膜は、電子線回折の回折スポットが明確に現れておらず、アモルファス状態であることが確認された。このアズデポジッションの薄膜はアセトアルデヒドの分解活性がほとんど無く、また、焼成しても低活性であった。
【0077】
実施例1
第1図に示すガスフロースパッタ装置を用い、チャンバー内に、基板としてアルカリフリーガラスをセットし、荒引きポンプ(ロータリーポンプ+メカニカルブースターポンプ)で1×10−1Paまで排気した後、以下の条件で酸化チタン薄膜を成膜した。
【0078】
・ターゲット:80mm×160mmのTiターゲット
・カソード形状:平行平板対向型(上記ターゲットを2枚使用、距離30mm)
・基板位置:カソード端部と基材間距離105mm
成膜圧力:45Pa
酸素ガス(反応性ガス)流量:50sccm
Arガス(強制流)流量:3SLM
投入電力:3kW
投入電力密度:11.7W/cm
成膜速度:140nm/min
膜厚:500nm
【0079】
形成された酸化チタン薄膜のアズデポジッションでのX線回折パターンを第2図(a)に、TEM観察結果を第6図(a)に、電子線回折結果を第6図(b)に、アセトアルデヒドの分解活性評価結果を第5図(a)に示した。
【0080】
また、このようにして成膜した酸化チタン薄膜を大気中300℃で1時間焼成した後に、同様の測定を行い、X線回折パターンを第2図(b)に、TEM観察結果を第7図(a)に、電子線回折結果を第7図(b)に、アセトアルデヒドの分解活性評価結果を第5図(b)に示した。
【0081】
その結果、アズデポジッションの薄膜は、X線回折ではピークが検出されず、電子線回折では明確な回折スポットが見られたことから、ナノ結晶構造よりなることが確認された。また、この電子線回折の回折スポットに偏りが見られ、C軸配向していることがわかった。また、焼成後の薄膜は、X線回折の結果、(004)面にC軸優先配向した結晶であることが確認された。
【0082】
また、アセトアルデヒドの分解活性評価の結果、アズデポジッションでも良好な光触媒活性を示し、焼成後にあっては極めて高い触媒活性を示すことが確認された。
【0083】
なお、上記実施例1において、成膜時の基板の温度上昇を熱電対で計測したところ、基板温度は100℃以下であることが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】(a)図は、本発明の実施に好適なガスフロースパッタリング装置の概略的な構成を示す模式図であり、(b)図は、(a)図のターゲット及びバックプレート構成を示す斜視図である。
【図2】比較例1〜2及び実施例1の薄膜のX線回折結果を示す図であって、(a)図はアズデポジッションでのもの、(b)図は焼成後のものをそれぞれ示す。
【図3】(a)図は比較例1のアズデポジッションの薄膜のTEM観察による格子像であり、(b)図は該薄膜の電子線回折結果である。
【図4】(a)図は比較例2のアズデポジッションの薄膜のTEM観察による格子像であり、(b)図は該薄膜の電子線回折結果である。
【図5】比較例1〜2及び実施例1の薄膜の分解活性評価結果を示す図であって、(a)図はアズデポジッションでのもの、(b)図は焼成後のものをそれぞれ示す。
【図6】(a)図は実施例1のアズデポジッションの薄膜のTEM観察による格子像であり、(b)図は該薄膜の電子線回折結果である。
【図7】(a)図は実施例1の焼成後の薄膜のTEM観察による格子像であり、(b)図は該薄膜の電子線回折結果である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノ結晶構造よりなることを特徴とする光触媒酸化チタン薄膜。
【請求項2】
ナノ結晶構造よりなる酸化チタン薄膜を焼成してなることを特徴とする光触媒酸化チタン薄膜。
【請求項3】
請求項2において、焼成条件が200〜500℃で0.2〜2時間であることを特徴とする光触媒酸化チタン薄膜。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、前記ナノ結晶は配向していることを特徴とする光触媒酸化チタン薄膜。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項において、前記ナノ結晶構造よりなる酸化チタン薄膜がガスフロースパッタリングにより成膜されてなることを特徴とする光触媒酸化チタン薄膜。
【請求項6】
ガスフロースパッタリングにより、ナノ結晶構造よりなる酸化チタン薄膜を成膜することを特徴とする光触媒酸化チタン薄膜の製造方法。
【請求項7】
ガスフロースパッタリングにより、ナノ結晶構造よりなる酸化チタン薄膜を成膜した後、該酸化チタン薄膜を焼成することを特徴とする光触媒酸化チタン薄膜の製造方法。
【請求項8】
請求項7において、焼成条件が200〜500℃で0.2〜2時間であることを特徴とする光触媒酸化チタン薄膜の製造方法。
【請求項9】
請求項6ないし8のいずれか1項において、前記ナノ結晶は配向していることを特徴とする光触媒酸化チタン薄膜の製造方法。
【請求項10】
請求項6ないし9のいずれか1項において、ターゲットとして金属チタンを用い、酸素ガスを導入する反応性スパッタリングで前記酸化チタン薄膜を成膜することを特徴とする光触媒酸化チタン薄膜の製造方法。
【請求項11】
請求項6ないし9のいずれか1項において、ターゲットとして導電性TiO(ただし、y=1.6〜1.99)を用い、酸素ガスを導入する反応性スパッタリングで前記酸化チタン薄膜を成膜することを特徴とする光触媒酸化チタン薄膜の製造方法。
【請求項12】
請求項6ないし11のいずれか1項において、ガスフロースパッタリングにおける成膜圧力が5〜200Paであることを特徴とする光触媒酸化チタン薄膜の製造方法。
【請求項13】
請求項6ないし12のいずれか1項において、アルゴンガスと酸素ガスとを別々に導入するガスフロースパッタリングにより前記酸化チタン薄膜を成膜することを特徴とする光触媒酸化チタン薄膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−66497(P2009−66497A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−236264(P2007−236264)
【出願日】平成19年9月12日(2007.9.12)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】