説明

内燃機関の制御装置

【課題】目標トルクに応じて内燃機関を制御する場合に、車両の総合性能の低下を抑制する。
【解決手段】エンジンシステム10において、エンジン200を制御するECU100は、トルクデマンド制御を実行しており、目標トルクTrrefに応じてスロットル開度指示値thr及び点火時期指示値pgを決定している。この際、エンジン200の実トルクの推定値である推定トルクTrmesが目標トルクTrrefよりも大きい場合には、基本的に点火時期PGの遅角量DLが設定され、当該遅角量DLに従って点火時期PGが遅角されるように点火時期指示値pgが決定される。一方、ECU100は、点火時期制御処理を実行する。当該処理において、遅角量DLがゼロでなく、且つスロットルバルブ210がWOT状態にある場合には、点火時期の遅角量DLは強制的にゼロに補正され、点火時期の遅角制御が実質的に禁止される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関を目標トルクに応じて制御する所謂トルクデマンド制御を実行可能な、内燃機関の制御装置の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の装置として、過渡運転時に点火時期を補正するものが提案されている(例えば、特許文献1参照)。特許文献1に開示された内燃機関のトルク制御装置(以下、「従来の技術」と称する)によれば、エンジン負荷に応じて設定される目標トルクと、エンジン回転速度及び空気充填量等に基づいて算出される推定トルクを当該推定トルクが目標トルク側に近付くように補正してなる補正推定トルクとの偏差に応じて点火時期を補正することによって、目標トルクに対する実際のトルクの過不足分を精度良く補正することが可能であるとされている。
【0003】
尚、騒音を防止する観点からは、加速時に点火遅角を実行するものにおいて所定以上の負荷上昇速度の場合に遅角を禁止する装置が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0004】
また、振動を防止する観点からは、加速時の機関回転変動量に基づいて点火遅角制御を実行する装置が提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【0005】
【特許文献1】特開2002−221068号公報
【特許文献2】特開昭63−208672号公報
【特許文献3】特開2003−65196号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の技術では、目標トルクに対する追従性を向上せしめることにより、ドライバビリティ等を含む快適性の向上が図られるが、一方で、点火時期を遅角することの背反として燃費の悪化が避け難い。特に、急加速時等、動力性能が顕著に要求される状況では、点火時期を遅角することによる動力性能の低下は、必ずしもドライバビリティの向上に結び付かない。それどころか、加速性能の低下が運転者に不満を与え、かえって快適性の低下を招きかねない。従って、補正推定トルクが目標トルクよりも大きい場合に点火時期が遅角されてしまうことにより、場合によっては快適性や燃費等の経済性を含む車両の総合性能は著しく低下する可能性がある。即ち、従来の技術には、目標トルクに応じて内燃機関を制御する際に車両の総合性能が低下しかねないという技術的な問題点がある。
【0007】
本発明は上述した問題点に鑑みてなされたものであり、目標トルクに応じて内燃機関を制御する場合に、車両の総合性能の低下を抑制することが可能な内燃機関の制御装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した課題を解決するため、本発明に係る内燃機関の制御装置は、内燃機関を備えた車両において該内燃機関を制御する内燃機関の制御装置であって、前記内燃機関から出力されるべき目標トルクを特定する目標トルク特定手段と、前記目標トルクが出力されるように前記内燃機関におけるスロットル開度を制御するスロットル制御手段と、前記内燃機関から出力される実トルクを特定する実トルク特定手段と、前記実トルクが前記目標トルクよりも大きい場合に、前記実トルクが前記目標トルクに近付くように前記内燃機関における点火時期を遅角させるものとして規定される遅角制御を実行する遅角制御手段と、前記内燃機関における所定種類の運転条件に応じて前記遅角制御の実行を制限する遅角制限手段とを具備することを特徴とする。
【0009】
本発明における「内燃機関」とは、例えば複数の気筒を有し、当該各々の燃焼室において、例えばガソリン或いはアルコール等の各種燃料を含む混合気が燃焼した際に発生する爆発力を、例えばピストン、コネクティングロッド及びクランク軸等を適宜介して動力として取り出すことが可能に構成された機関を包括する概念であり、例えば2サイクル或いは4サイクルレシプロエンジン等を指す。
【0010】
本発明に係る内燃機関の制御装置によれば、その動作時には、例えばECU(Electronic Control Unit:電子制御ユニット)等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等として構成される目標トルク特定手段の作用により、例えば運転者が要求するトルク等として、内燃機関から出力されるべきトルクを表す目標トルクが特定される。
【0011】
ここで、本発明における「特定」とは、例えば、何らかの検出手段を介して直接的に又は間接的に物理的数値又は物理的数値に対応する電気信号等として検出すること、予め然るべき記憶手段等に記憶されたマップ等から該当する数値を選択又は推定すること、それら検出された物理的数値若しくは電気信号又は選択若しくは推定された数値等から、予め設定されたアルゴリズムや計算式等に従って導出すること、或いはこのように検出、選択、推定又は導出された値等を単に電気信号等として取得すること等を包括する広い概念である。
【0012】
このような概念の範囲内において、目標トルク特定手段は、例えば、運転者が行うアクセルペダルの操作に係る操作量(以下、適宜「アクセル開度」と称する)等に基づいて運転者の要求する加速度を算出し、更に例えば当該加速度に基づいた数値演算或いは論理演算を行った結果として目標トルクを特定する。
【0013】
目標トルクが特定されると、例えばECU等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等として構成されるスロットル制御手段が、例えば予め設定され然るべき記憶手段に記憶されてなるマップ等から該当する数値を選択すること等によって、或いはその都度然るべきアルゴリズムや算出式に従った論理演算や数値演算を行うことによって、当該目標トルクが出力されるようにスロットル開度(即ち、スロットルバルブの開閉状態)を制御する。
【0014】
一方、このような目標トルクとは別に、内燃機関から出力されるトルクを表す実トルクは、例えばECU等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等として構成される実トルク特定手段により特定される。この際、例えばAFM(Air Flow Meter)等の各種検出手段により推定される吸入空気量(即ち、負荷)又は係る吸入空気量から算出される実負荷率(即ち、最大負荷に対する負荷の割合)及び固定又は可変な値として設定される、基準となる点火時期(以下、適宜「ベース点火時期」と称する)等に基づいて、予め設定され然るべき記憶手段に記憶されてなるマップ等から該当する数値が選択されること等によって、或いはその都度然るべきアルゴリズムや算出式に従った論理演算や数値演算が行われること等によって実トルクが特定される。
【0015】
ここで、目標トルクと実トルクとは相互に一致するのが理想的であるが、スロットル開度の変化に対して吸入空気量の応答性は悪いから、スロットル開度のみにより実トルクを目標トルクに正確に追従させることには困難が伴い得る。
【0016】
このため、本発明に係る内燃機関の制御装置では、例えばECU等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等として構成される遅角制御手段により、実トルクを目標トルクへ近付けるべく点火時期を遅角する遅角制御が実行される。点火時期を遅角することによって実トルクは少なくとも減少するから、この遅角制御は無論、実トルクが目標トルクよりも大きい場合に実行される。
【0017】
尚、例えば点火時期が遅角領域(即ち、TDCよりも遅角側)でのみ設定される或いは遅角領域で顕著に設定される場合等には、実トルクは目標トルクに対し不足しないように制御され、過剰なトルクを点火時期の遅角により減少させる手法が採用されてもよい。この場合、必然的に実トルクは目標トルクに対して過剰となり易くなり、遅角制御の実行機会は増加し得る。点火時期の応答速度は、吸入空気量の応答速度と較べれば明らかに速いから、総体的にみれば、この場合には、スロットル開度によって大略的に、且つ点火時期によって精細に実トルクが制御されることになる。
【0018】
このように、目標トルク特定手段、スロットル制御手段、実トルク特定手段及び遅角制御手段によって、目標トルクに基づいたスロットル開度及び点火時期の制御、言い換えれば所謂トルクデマンド方式の制御が実行され、実トルクを目標トルクへ追従させることにより、ドライバビリティを含む快適性が担保される。
【0019】
一方、例えば、急加速時や急発進時等、動力性能が顕著に要求され易い状況では、実トルクを目標トルクに追従させることよりも動力性能が優先され易いから、点火時期を遅角することによって実トルクを低下させると、動力性能が低下して結果的に快適性が低下しかねない。また、点火時期を遅角することによって燃費は相応に悪化するから、このような場合には、燃費等の快適性を含む車両の総合性能が低下し易い。そこで、本発明に係る内燃機関の制御装置では、以下の如くにして、トルクデマンド制御における車両の総合性能の低下が抑制される。
【0020】
即ち、本発明に係る内燃機関の制御装置によれば、その動作時には、例えばECU等の各種処理ユニット、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等として構成される遅角制限手段により、内燃機関における所定種類の運転条件に応じて遅角制御の実行が制限される。
【0021】
ここで、本発明において「実行を制限する」とは、実行を禁止することの他に、点火時期の遅角量を直接的に又は間接的に、且つ二値的に、段階的に或いは連続的に減量補正することにより、点火時期の遅角の度合いを夫々二値的に、段階的に或いは連続的に低下せしめることを含み、点火時期を、何らこのような制限がなされない場合と較べて幾らかなりベース点火時期に近付けることを包括する概念である。尚、「遅角制御の実行を禁止する」とは、点火時期の遅角量を、点火時期がゼロに、或いは実質的にゼロとみなし得る程度の小さい値となるように減量補正することにより実現されてもよい。
【0022】
ここで、本発明に係る「所定種類の運転条件」とは、ドライバビリティを含む快適性及び燃費等の経済性及び加速性能等の動力性等を包括してなる車両の総合性能と相関する条件を包括してなる概念であり、例えば、車両の加速の度合い、遅角制御の実行に伴う内燃機関の損失の度合い、或いは目標トルクの変化の度合い等を含み得る趣旨である。この際、この種の運転条件をどのように遅角制御の実行の制限に反映させるかについての判断基準は、例えば、予め実験的に、経験的に、理論的に或いはシミュレーション等に基づいて、例えば上述した快適性、経済性及び動力性の各々相互間の優先順位やバランス、或いは当該各々に対する遅角制御の影響の度合い等を考慮しつつ車両の総合性能を可及的に最適化し得るように決定されていてもよい。
【0023】
このような遅角制限手段によれば、例えば、加速時等において点火時期を遅角することが禁止され快適性及び経済性の両立が図られる、或いは、点火時期を遅角することによる損失を実践上許容し得る範囲に収束させることにより経済性の顕著な悪化を抑制しつつ実トルクを目標トルクへ追従させ快適性を担保する等といった各種利益がもたらされ得る。即ち、本発明に係る内燃機関の制御装置によれば、トルクデマンド方式の制御が実行される際の車両の総合性能の低下を抑制することが可能となるのである。
【0024】
本発明に係る内燃機関の制御装置の一の態様では、前記内燃機関が過渡状態にあるか否かの判別を行う過渡判別手段を更に具備し、前記遅角制限手段は、前記内燃機関が前記過渡状態にある旨の前記判別がなされた場合に前記遅角制御の実行を制限する。
【0025】
この態様によれば、例えばECU等の各種処理、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等として構成される過渡判別手段により、内燃機関が、例えば、急加速状態や急発進状態等の過渡状態にあるか否かの判別がなされる。遅角制限手段は、この判別手段によって内燃機関が過渡状態にある旨の判別がなされた場合に、遅角制御の実行を制限する。
【0026】
ここで、本発明に係る「過渡状態」とは、車両の前後加速度(以下、適宜「前後G」と称する)が相対的に大きい状態、内燃機関の機関回転数の変動が相対的に大きい状態、或いは目標トルク又は実トルクの変動が相対的に大きい状態等を含み、内燃機関の動作状態を規定する各種指標値が相対的にみて大きく変化している状態を包括する概念である。この種の過渡状態では、点火時期を遅角しても実トルクを目標トルクへ追従させることに実践上の困難が伴い易く、遅角制御の実行に起因する燃費の悪化が相対的に顕在化し易い。
【0027】
従って、このような過渡期間について遅角制御の実行が制限された場合には、快適性の低下を顕在化させることなく燃費を相対的に向上させることが可能となって、車両の総合性能の低下を抑制することが可能となる。尚、この際、遅角制御を如何なる態様の下に制限するかについては特に限定されず、上述したように遅角制御の実行そのものを禁止してもよいし、遅角量を一定又は不定の量だけ減量せしめてもよい。また、「過渡期間にある旨の判別がなされた場合に」とは、過渡期間にある旨の判別がなされた場合の全てでなくてもよく、過渡期間にある旨の判別がなされた場合の少なくとも一部であってよい。
【0028】
尚、判別手段に係る過渡状態の判別の態様は、内燃機関の動作状態が、遅角制御の実行が禁止されることにより車両の総合性能の低下が抑制され得るような状態である旨を判別可能な限りにおいて何ら限定されず、その判別基準は、例えば、予め実験的に、経験的に、理論的に或いはシミュレーション等に基づいて実践上十分な精度を担保し得るものとして定められていてもよい。
【0029】
尚、この態様では、前記過渡状態は、前記スロットル開度が最大であり且つ前記車両が加速している状態として規定されるWOT加速状態を含む。
【0030】
この場合、過渡状態として、WOT(Wide Open Throttle:全開開度)加速状態が含まれる。WOT加速状態ではスロットル開度が最大の状態で車両が加速しているため、動力性能が顕著に要求される。また、この場合、運転者は最大加速度を要求している場合が多い。このように動力性能が顕著に要求された状態で点火時期を遅角せしめた場合には、既に述べたように動力性能の低下がかえって快適性の低下を招き、且つ燃費の悪化は回避されないため、車両の総合性能が著しく低下する可能性がある。従って、WOT加速状態にある場合に遅角制御の実行が制限されることにより、車両の総合性能の低下が極めて効果的に抑制される。
【0031】
尚、過渡状態判別手段を備えた態様では、前記遅角制限手段は、前記遅角制御の実行を禁止することにより前記遅角制御の実行を制限してもよい。
【0032】
過渡状態では、遅角制御の効果が現れ難く、且つ燃費の悪化は拡大する傾向がある。従って、このような場合には、遅角制御の実行を禁止することによって、より効果的に車両の総合性能の低下を抑制することが可能となる。尚、「遅角制御の実行を禁止する」とは、実践上遅角制御が実行されないことと等価な効果が得られる限りにおいてその態様は限定されない趣旨であり、例えば遅角制御手段或いは他の手段によって決定され得る点火時期の遅角量がゼロ或いは実質的にゼロとみなし得る程度の小さい値に減量補正されてもよいし、このような遅角量に関係なく、遅角制御の実行が制御上禁止されてもよい。
【0033】
本発明に係る内燃機関の制御装置の他の態様では、前記運転条件を規定する指標値として、前記遅角制御が実行されることによる前記内燃機関の損失を特定する損失特定手段を更に具備し、前記遅角制限手段は、前記損失に応じて前記点火時期の遅角量を減量補正することにより前記遅角制御の実行を制限する。
【0034】
この態様によれば、例えばECU等の各種処理、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等として構成される損失特定手段により、遅角制御に起因する内燃機関における損失が、例えば損失エネルギの値等として特定される。この際、例えば、当該損失を規定する指標値(例えば、損失エネルギの値)と、遅角制御に係る遅角量又は当該遅角量に対応するトルク(即ち、目標トルクと実トルクとの偏差)等とを対応付けてなるマップ等から該当する数値が選択されること、或いは、予め実験的に、経験的に、理論的に或いはシミュレーション等に基づいて当該損失を実践上十分な精度を担保しつつ導出し得るように設定されてなるアルゴリズムや算出式に基づいた論理演算や数値演算がなされること等によって損失が特定される。この特定された損失が、所定種類の運転条件の少なくとも一部として、即ち遅角制御の実行の制限に係る判断指標として供される。尚、「損失を特定する」とは、上述した特定の概念に鑑みれば、当該損失そのもののみならず、当該損失と一対一又は多対一に対応する指標値を取得することを含む趣旨である。
【0035】
特定された損失に応じて遅角制御の実行を制限する際、遅角制御手段は、遅角制御に係る点火時期の遅角量を、例えば損失が所定値以下となるように、又は損失が所定の割合減少するように、或いは損失が所定量減少するように減量補正すること等により遅角制御の実行を制限する。従って、この態様によれば、遅角量が、燃費と相関を有する内燃機関の損失に応じて二値的に、段階的に或いは連続的に減量され、車両の総合性能が効率的且つ効果的に担保される。
【0036】
尚、この態様では、前記遅角制限手段は、前記損失が所定の上限値よりも大きい場合に前記遅角制御の実行を制限してもよい。
【0037】
内燃機関における損失は、燃費に直結する要素であるから、損失に対し、例えば予め実験的に、経験的に、理論的に或いはシミュレーション等に基づいて、例えば実践上無視し得ない燃費の悪化を生じさせ得る値として、或いはそのような値に、燃費の悪化を防止する観点から一定又は不定のマージンを付与してなる値として、上限値を設定することが可能である。この際、損失が係る上限値よりも大きい場合に遅角制御の実行を制限(この場合、遅角量の減量補正)すれば、例えば実トルクを目標トルクに追従させることによって快適性を担保しつつ、実践上無視し得ない燃費の悪化については確実に防止することが可能となり、極めて有益である。
【0038】
上述したように損失に上限値が設定される態様では更に、前記遅角制限手段は、前記損失が前記上限値以下となるように前記遅角制御の実行を制限してもよい。
【0039】
遅角制御の実行を制限した結果、損失が未だ上限値を超えている場合には、上限値の設定態様によっては燃費の悪化が顕在化しかねない。このように、遅角制御の実行を制限するに際して損失が上限値以下となるように遅角量が減量補正された場合には、燃費の悪化を確実に防止しつつ、実トルクを目標トルクに追従させることによる快適性の向上効果をある程度担保することが可能となり実践上有益である。尚、「上限値以下」の好適な一態様としては、上限値或いは上限値とみなし得る程度に上限値に近い値が採用されてもよい。
【0040】
本発明に係る内燃機関の制御装置の他の態様では、前記運転条件を規定する指標値として、前記目標トルクの変化の度合いを特定するトルク変化特定手段を更に具備し、前記遅角制限手段は、前記変化の度合いに応じて前記遅角制御の実行を制限する。
【0041】
この態様によれば、例えばECU等の各種処理、各種コントローラ或いはマイコン装置等各種コンピュータシステム等として構成されるトルク変化特定手段により、目標トルクの変化の度合いが、好適には当該度合いを表す何らかの指標値として、例えば、目標トルクの時間変化量等として特定される。この特定された変化の度合いが、所定種類の運転条件の少なくとも一部として、即ち遅角制御の実行の制限に係る判断指標として供される。
【0042】
目標トルクの変化の度合いは、車両の総合性能を規定する要素のうち何が優先して求められているかを判断する指標となり得る。従って、当該変化の度合いに応じて遅角制御の実行を制限することにより、車両の総合性能を担保することが可能となる。
【0043】
尚、この態様では、前記トルク変化特定手段は、前記変化の度合いを、単位時間当たりの前記目標トルクの変化量に対応する目標トルク勾配値として特定する。
【0044】
この目標トルク勾配値は、目標トルクの時間変化を表す直線の傾きの値であり、目標トルクの変化の度合いを規定する指標値として好適である。
【0045】
目標トルク勾配値が特定される態様では、前記遅角制限手段は、前記目標トルク勾配値が、負の範囲で設定される第1の閾値以上である場合に、前記遅角制御の実行を制限してもよい。
【0046】
目標トルク勾配値が負の範囲にある場合、目標トルク勾配値の概念に鑑みれば、例えば運転者の制動操作、路面状態、内燃機関のフリクション、AT(Automatic Transmission)からの変速要求、或いはFC(Fuel Cut)の実行等に伴って目標トルクは減少していることになる。この際特に、相対的に大きな目標トルクの減少が生じている場合には、ATの変速要求、或いはその他車両において生じた何らかの要請によるものである可能性が高い。
【0047】
このような場合には、実トルクを目標トルクに追従させないとドライバビリティが顕著に悪化しかねず、車両の総合性能が低下しかねない。そこで、負の範囲で第1の閾値を設定し、目標トルク勾配値が当該第1の閾値以上である場合に遅角制御の実行が制限されることによって、ドライバビリティの悪化を回避し、車両の総合性能を担保することが可能となる。尚、第1の閾値は、好適には、上述したように相対的に大きな目標トルクの減少が生じている旨を規定し得るように相応に小さい(絶対値としては大きい)値に設定される。
【0048】
尚、本発明において「より大きい」とは、基準値の設定態様如何によって「以上」と相互に置換し得る概念であり、同様に「未満」とは、基準値の設定如何によって「より小さい」と相互に置換し得る概念である。
【0049】
また、第1の閾値が設定される場合には更に、前記遅角制限手段は、前記目標トルク勾配値が、前記負の範囲で設定されると共に前記第1の閾値よりも大きい第2の閾値以上であり、且つ正の範囲で設定される第3の閾値以下である場合に、前記遅角制御の実行を禁止することにより前記遅角制御の実行を制限してもよい。
【0050】
この場合、第2の閾値以上第3の閾値以下の範囲は、目標トルク勾配値の絶対値が相対的に小さい、言い換えれば目標トルクの変化の度合いが小さい範囲となる。このような範囲では、実トルクを目標トルクに追従させずともドライバビリティの悪化は顕在化し難い。従って、このような場合について、点火時期を遅角することによる燃費の悪化が回避されることにより、車両の総合性能の低下が抑制される。尚、第2の閾値は第1の閾値よりも大きい(負の範囲であることに鑑みれば、絶対値としては小さい)値である限りにおいて、特に限定されないが、享受され得る利益の性質に鑑みれば、相対的に小さな目標トルクの減少が生じている旨を規定し得るように相応に大きい(絶対値としては小さい)値に設定される。
【0051】
第2の範囲が設定される場合には更に、前記遅角制限手段は、前記目標トルク勾配値が前記第1の閾値以上且つ前記第2の閾値未満の第1の範囲にある場合、及び前記第3の閾値よりも大きい第2の範囲にある場合に、前記点火時期の遅角量を減量補正することにより前記遅角制御の実行を制限してもよい。
【0052】
第1の範囲及び第2の範囲は、定性的に言えば相応に目標トルクの変化が生じている領域である。このような領域では、燃費の悪化を抑制しつつ快適性を追及する必要がある。点火時期の遅角量が減量補正される場合には、点火時期の遅角制御が、典型的な意味合いとして制限される(即ち、禁止はされない)ため、このような燃費の悪化抑制と快適性向上との両立が図られ、車両の総合性能の低下が効果的に抑制される。
【0053】
尚、このように快適性と経済性との両立を図る際に好適な一態様として、上述した遅角制御の実行に起因する損失に基づいて、例えば損失が所定の上限値以下となるように、或いは損失が所定範囲に収束するように遅角量が減量補正されてもよい。
【0054】
また、この場合には更に、前記遅角制限手段は、前記目標トルク勾配値が前記第1の範囲にあり、且つ前記車両が減速状態にない場合に、前記遅角制御の実行を制限してもよい。
【0055】
目標トルク勾配値が第1の範囲にあっても、車両が減速状態にある場合には、遅角制御の実行が制限されることによってドライバビリティの悪化が顕在化しかねない。このように、車両が減速状態にない場合に遅角制御の実行が制限される場合、好適には車両が減速状態にある場合について遅角制御の実行が許可され得るため、更に車両の総合性能が精細に制御され、車両の総合性能の低下が一層効果的に抑制される。
【0056】
尚、減速状態にあるか否かの判別は、例えば、ブレーキペダルの操作状態(操作量や操作速度)等に基づいてなされてもよく、この場合、判別基準となる閾値は、例えば、予め実験的に、経験的に、理論的に或いはシミュレーション等に基づいて車両の総合性能の低下を効果的に抑制し得るように決定されていてもよい。
【0057】
本発明のこのような作用及び他の利得は次に説明する実施形態から明らかにされる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0058】
<発明の実施形態>
以下、図面を参照して、本発明の好適な各種実施形態について説明する。
<第1実施形態>
<実施形態の構成>
始めに、図1を参照して、本発明の第1実施形態に係るエンジンシステム10の構成について説明する。ここに、図1は、エンジンシステム10の模式図である。
【0059】
図1において、エンジンシステム10は、図示せぬ車両に搭載され、ECU100、エンジン200、ブレーキペダル300、ブレーキペダルセンサ310、アクセルペダル400及びアクセルポジションセンサ410を備える。
【0060】
ECU100は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory)等を備え、エンジン200の動作全体を制御する電子制御ユニットであり、本発明に係る「内燃機関の制御装置」の一例である。
【0061】
エンジン200は、車両の動力源として機能するガソリンエンジンであり、本発明に係る「内燃機関」の一例である。エンジン200は、シリンダ201内にその一部たる点火プラグの一部が露出してなる点火装置202の点火動作により混合気を爆発させると共に、爆発力に応じて生じるピストン203の往復運動を、コネクションロッド204を介してクランクシャフト205の回転運動に変換することが可能に構成されている。また、クランクシャフト205近傍には、クランクシャフト205の回転位置を検出するクランクポジションセンサ206が設置されている。クランクポジションセンサ206は、ECU100と電気的に接続されており、ECU100は、クランクポジションセンサ206によって検出されたクランクシャフト205の回転位置に基づいて、点火装置202の点火時期等を制御することが可能に構成されている。また、ECU100は、クランクシャフト205の回転位置に基づいてエンジン200の機関回転数Neを算出することが可能に構成されている。以下に、エンジン200の要部構成を、その動作の一部と共に説明する。
【0062】
シリンダ201内における燃料の燃焼に際し、外部から吸入された空気は吸気管207を通過し、吸気ポート213において、インジェクタ214から噴射された燃料と混合されて前述の混合気となる。燃料は、燃料タンク215に貯留されており、低圧ポンプ217の作用によりデリバリパイプ216を介してインジェクタ214に圧送供給されている。インジェクタ214は、ECU100と電気的に接続されており、この供給される燃料を、ECU100の制御に従って吸気ポート213に噴射することが可能に構成されている。
【0063】
シリンダ201内部と吸気管207とは、吸気バルブ218の開閉によって連通状態が制御されている。シリンダ201内部で燃焼した混合気は排気となり吸気バルブ218の開閉に連動して開閉する排気バルブ219の開弁時に排気ポート220を介して排気管221に導かれる。
【0064】
吸気管207上には、クリーナ208が配設されており、外部から吸入される空気が浄化される構成となっている。クリーナ208の下流側(シリンダ側)には、エアフローメータ209が配設されている。エアフローメータ209は、ホットワイヤー式と称される形態を有しており、吸入された空気の質量流量(即ち、吸入空気量)を直接検出することが可能に構成されている。尚、エアフローメータ209は、ECU100と電気的に接続されており、検出された吸入空気の質量流量は、ECU100によって絶えず或いは一定又は不定の周期で把握される構成となっている。
【0065】
吸気管207におけるエアフローメータ209の下流側には、シリンダ201内部へ吸入される吸入空気に係る吸入空気量を調節可能なスロットルバルブ210が配設されている。このスロットルバルブ210には、スロットルポジションセンサ212が電気的に接続されており、その開度たるスロットル開度を検出することが可能に構成されている。尚、スロットルポジションセンサ212は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたスロットル開度は絶えず、或いは一定又は不定の周期でECU100に把握される構成となっている。
【0066】
一方、ECU100は、後述するアクセルポジションセンサ410によって検出されるアクセル開度に基づいてスロットルバルブモータ211の駆動状態を制御する。スロットルバルブ210は、係るスロットルバルブモータ211の駆動力によって駆動される構成となっている。尚、スロットルバルブ210は、ECU100により制御されたスロットルバルブモータ211の駆動力により駆動される電子制御式のスロットルバルブであり、スロットル開度は、ECU100によって、運転者の意思(即ち、アクセル開度)とは無関係に制御され得る。
【0067】
排気管221には、三元触媒223が設置されている。三元触媒223は、エンジン200から排出されるCO(一酸化炭素)、HC(炭化水素)、及びNOx(窒素酸化物)を夫々浄化することが可能な触媒である。排気管221における三元触媒223の上流側には、空燃比センサ222が配設されている。空燃比センサ222は、排気ポート220を介して排出される排気ガスから、エンジン200の空燃比を検出することが可能に構成されている。空燃比センサ222は、ECU100と電気的に接続されており、検出された空燃比は、絶えずECU100によって把握される構成となっている。
【0068】
また、シリンダ201を収容するシリンダブロックに設置されたウォータージャケットには、エンジン200を冷却するための冷却水の温度を検出するための温度センサ224が配設されている。温度センサ224は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたエンジン冷却水温は、ECU100によって絶えず或いは一定又は不定の周期で把握される構成となっている。
【0069】
ブレーキペダル300は、運転者により操作されるペダルであり、車両は、このブレーキペダルが操作された場合に制動される構成となっている。このブレーキペダル300の操作量たるブレーキ操作量は、ブレーキペダル300の近傍に配されたブレーキペダルセンサ310により検出される構成となっている。また、ブレーキペダルセンサ310は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたブレーキ操作量は、ECU100により絶えず、或いは一定又は不定の周期で把握される構成となっている。
【0070】
尚、ECU100には、車両の個々の車輪に制動力を付与する図示せぬ制動装置の制御系、例えばブレーキアクチュエータ等が電気的に接続されており、ブレーキペダルセンサ310によって検出されたブレーキ操作量に応じて制動力が制御される構成となっている。
【0071】
アクセルペダル400は、運転者により操作されるペダルである。アクセルペダル400は、運転者が加速を求める際に顕著に操作されるペダルであり、その操作量たるアクセル開度は、上述したようにスロットルバルブ210の開度が制御される際に使用される。また、アクセルペダル400の近傍には、アクセルポジションセンサ410が設置されており、アクセル開度がリアルタイムに検出される構成となっている。アクセルポジションセンサ410は、ECU100と電気的に接続されており、検出されたアクセル開度はECU100によって絶えず或いは一定又は不定の周期で把握される構成となっている。
【0072】
<実施形態の動作>
以下に、上記構成を有する本実施形態に係るエンジンシステム10の動作について説明する。
【0073】
<トルクデマンド制御>
エンジンシステム10では、エンジン200の動作状態が目標トルクに応じてECU100により制御され、所謂トルクデマンド制御が実行される。ここで、図2を参照し、トルクデマンド制御の詳細について説明する。ここに、図2は、トルクデマンド制御のロジックを概念的に表してなるブロック図である。
【0074】
図2において、ECU100には、スロットル開度マップ101、トルクマップ102及び遅角量マップ104の三種類のマップが格納されている。
【0075】
スロットル開度マップ101は、エンジン200のスロットル開度指示値thrが目標トルクTrrefに対応付けられて設定されたマップである。ECU100は、目標トルクTrrefを取得し、スロットル開度マップ101を参照して、取得された目標トルクTrrefに対応する値を選択することにより、スロットル開度指示値thrを決定する。ECU100は、この決定されたスロットル開度指示値thrに基づいて上述したようにスロットルバルブモータ211を制御し、スロットルバルブ210の開閉状態(即ち、スロットル開度)を制御する。
【0076】
尚、この際、ECU100は、アクセルポジションセンサ410を介して取得されるアクセル開度から運転者が要求する前後加速度を算出し、係る前後加速度に基づいて目標トルクTrrefを算出する。目標トルクTrrefは、運転者が要求する要求トルクであり、エンジン200から出力されるべきトルクを表す。取得された目標トルクTrrefの値は、スロットル開度指示値thrの決定に供されると共に、後述する加減算器103に出力される。
【0077】
トルクマップ102は、エンジン200により出力されている実トルクの推定値を表す推定トルク(即ち、本発明に係る「実トルク」の一例)Trmesが格納されたマップである。
【0078】
ECU100は、エアフローメータ209により検出される吸入空気量と機関最大吸入空気量とに基づいて実負荷率KLを算出すると共に、予めROMに格納されてなるベース点火時期pgbseを取得する。トルクマップ102には、この実負荷率KLとベース点火時期pgbseとに対応付けられる形で推定トルクTrmesの値が格納されており、ECU100は、該当する数値を選択することにより、推定トルクTrmesの値を取得する。取得された推定トルクTrmesの値は、加減算器103に出力される。また、ベース点火時期pgbseの値は、推定トルクTrmesの取得に供されると共に、後述する加減算器105に出力される。
【0079】
加減算器103では、目標トルクTrrefの値から推定トルクTrmesの値が減算される。この結果、加減算器103からは、「Trref−Trmes」に相当するトルク偏差の値が遅角量マップ104に出力される。遅角量マップ104は、点火装置202の点火時期をベース点火時期に対しどれだけ遅角させるかを表す遅角量DLが、係るトルク偏差の値に対応付けられて格納されている。点火時期を遅角することによりエンジン200の実トルクは低下するから、遅角量マップ104には、当該偏差の値が負である場合(即ち、推定トルクTrmesが目標トルクTrrefよりも大きい場合)についてのみ有意な遅角量が設定されている。その他の場合については遅角量はゼロに設定される。
【0080】
ECU100は、遅角量マップ104から該当する遅角量DLを選択して加減算器105に出力する。加減算器105には、既に述べたようにベース点火時期pgbseの値が出力されており、加減算器105は、「pgbse−DL」に相当する減算処理を行って、最終的に点火時期指示値pgを算出する。ECU100は、この決定された点火時期指示値pgに基づいて点火装置202を制御し、エンジン200の点火時期を制御する。
【0081】
このように、エンジンシステム10では、推定トルクTrmesが目標トルクTrrefよりも大きい場合について点火時期の遅角量DLが設定され、点火時期が遅角される。即ち、本発明に係る「遅角制御」の一例たる点火時期の遅角制御が実行される。この結果、推定トルクTrmesを目標トルクTrrefに追従させることが可能となり、ドライバビリティを含む快適性の向上が図られる。
【0082】
ここで、図3を参照し、このようなトルクデマンド制御の実行過程を視覚的に説明する。ここに、図3は、エンジン200の動作状態の推移を表すチャートである。
【0083】
図3において、横軸は時刻であり、縦軸の系列には、上段から順にトルク、スロットル開度THR、実負荷率KL及び点火時期PGが表されている。尚、スロットル開度THRは、上述したスロットル開度指示値thrに基づいた制御を経た実際のスロットルバルブ210の開度を表し、点火時期PGは、上述した点火時期指示値pgに基づいた点火時期制御を経た点火装置202の実際の点火時期を表す。
【0084】
図3において、時刻T0において目標トルクTrref(トルクのグラフにおける実線)がTr1からTr0へと変化したとする。この際、この目標トルクTrrefの変化に伴ったスロットル開度指示値thrの変更を経てスロットル開度THRが従前のTHR1からTHR0へと変化する。
【0085】
ところが、スロットル開度THRの変化速度に較べて吸入空気量の変化速度は鈍重であり、実負荷率KLは時刻T0において、従前のKL1からスロットル開度THR0に対応するKL0に瞬時には変化せず、相応の時間遅延を経た時刻T1において、KL0に到達する。従って、エンジン200の実トルクを表す推定トルクTrmes(トルクのグラフにおける破線)も、時刻T0におけるTr1から瞬時には変化せず、時刻T1において初めて目標トルクTrrefに追従することになる。即ち、時刻T0から時刻T0にかけて、推定トルクTrmesは目標トルクTrrefよりも大きくなる。
【0086】
このため、点火時期PGは、時刻T0から時刻T1にかけて、上述した点火時期の遅角制御により遅角されることになる。即ち、点火時期PGは、ベース点火時期PGBSE(即ち、ベース点火時期指示値pgbseに対応する点火時期)から時刻T0においてPGDLまで遅角され、時刻T1にかけて徐々に遅角量が減少せしめられ、時刻T1においてベース点火時期PGBSEに復帰する。このような点火時期PGの制御に伴い、トルクのグラフに破線で示す如き推定トルクTrmesの追従遅れは解消され、エンジン200の実トルクは目標トルクTrrefに追従することになって、ドライバビリティを含む快適性が担保される。
【0087】
ここで、図4を参照し、このような点火時期の遅角制御が、WOT加速時に適用される場合について説明する。ここに、図4は、WOT加速時のエンジン200の動作状態の推移を表すチャートである。尚、同図において、図3と重複する箇所には同一の符号を付してその説明を適宜省略することとする。尚、「WOT加速時」とは、スロットルバルブ210が全開の状態で車両が加速している期間を指す。
【0088】
図4において、図4(a)には、推定トルクTrmesが目標トルクTrrefに追従している場合が示される。即ち、時刻T2において目標トルクTrrefが上昇を開始し、それに伴いスロットル開度THRが全開に対応するTHRmax(即ち、WOT)に設定される。この際、推定トルクTrmesが目標トルクTrrefに追従しているため、点火時期PGは遅角されることなくベース点火時期PGBSEで一定に推移する。尚、この際、WOT加速に伴うノッキングの発生を抑制する観点からは、ベース点火時期PGBSEが若干遅角されてもよい。
【0089】
一方、図4(b)には、推定トルクTrmesが目標トルクTrrefに追従せずに、目標トルクTrrefよりも大きくなる場合が示される。この場合、時刻T2において目標トルクTrrefが上昇を開始し、それに伴いスロットル開度THRがTHRmaxに設定されても、推定トルクTrmesが目標トルクTrrefよりも大きくなっているため、上述したトルク偏差が負となって遅角量DLが設定され、点火時期PGはベース点火時期PGBSEから遅角される。
【0090】
ここで、このようなWOT加速時には、エンジン200の実トルクは、どちらかと言えば吸入空気量の追従遅れに起因して目標トルクTrrefに対し小さくなるのが一般的であり、図4(b)のように、推定トルクTrmesが目標トルクTrrefに対し大きくなることは少ない。従って、この場合、吸入空気量を検出するエアフローメータ209の検出精度やバラツキ等に起因して、推定トルクTrmesが正確に実トルクを推定できていない可能性がある。推定トルクTrmesの精度が担保されない状態で点火時期が遅角されると、本来不要であるにもかかわらず点火時期の遅角制御が実行される可能性があり、加速性能の低下が運転者に不満を与え、快適性が低下しかねない。或いは、推定トルクTrmesが正確に実トルクを推定し得ている場合、即ち、何らかの理由で実際に実トルクが目標トルクTrrefを上回っている場合、運転者が例えばアクセルペダル400をべた踏みする等してWOT状態における相対的に急激な加速を求めている状況に鑑みれば、実トルクは大きい程運転者の要求を満たすことになり、点火時期を遅角することによる利益はほとんど生じない。それどころか、トルクを抑制することによる動力性能の低下がかえって運転者に不満を与えかねない。即ち、いずれにしろ、WOT加速時には、ドライバビリティを含む快適性への寄与に対し、点火時期の遅角制御による燃費の悪化の方が明らかに顕在化し易く、点火時期を遅角する必要性が極端に低下し易い。
【0091】
そこで、本実施形態において、ECU100は、図2において説明したトルクデマンド制御のロジックとは別に点火時期制御処理を実行することによって、車両の総合性能を勘案しつつ点火時期の遅角を伴うトルクデマンド制御を可能としている。ここで、図5を参照し、点火時期制御処理の詳細について説明する。ここに、図5は、点火時期制御処理のフローチャートである。
【0092】
図5において、ECU100は、図2において説明したトルクデマンド制御のロジックにより決定された、スロットル開度指示値thr及び点火時期指示値pgを取得する(ステップA10)。
【0093】
次に、ECU100は、係るトルクデマンド制御のロジックにおいて点火時期の遅角量DLが0より大きい値として設定されたか否か、即ち、遅角量マップ104に基づいてゼロではない遅角量DLが設定されたか否かを判別する(ステップA11)。遅角量DLがゼロである場合、即ち、点火時期の遅角がなされることなく点火時期指示値pgが決定された場合(ステップA11:NO)、ECU100は、処理をステップA14に移行して、ステップA10に係る処理で取得された点火時期指示値pgに基づいて点火時期を制御する。ステップA14に係る点火時期制御を経ると、処理はステップA10に戻され、ステップA10以降の処理が繰り返される。
【0094】
一方、遅角量DLがゼロでない場合(ステップA11:YES)、ECU100は、スロットル開度指示値thrに基づいてスロットルバルブ210がWOT状態であるか否かを判別する(ステップA12)。スロットルバルブ210がWOT状態にない場合(ステップA12:NO)、ECU100は、処理を上述したステップA14に移行する。即ち、この場合、トルクデマンド制御のロジックにより決定された点火時期指示値pgに基づいて点火時期が遅角制御される。
【0095】
ここで、ステップA12に係る判別処理の結果、スロットルバルブ210がWOT状態である旨の判別がなされた場合(ステップA12:YES)、ECU100は、トルクデマンド制御のロジックにより決定された遅角量DLを強制的にゼロに補正し(ステップA13)、処理をステップA14に移行する。即ち、ステップA13に係る処理を経た場合には、点火時期の遅角制御が実質的に禁止され、点火時期指示値pgはベース点火時期指示値pgbseに従って制御される。
【0096】
以上説明したように、本実施形態に係る点火時期制御処理によれば、スロットルバルブ210がWOT状態にある場合には、点火時期の遅角制御が禁止される。従って、運転者が要求する最大加速が何ら阻害されることなく実現され、ドライバビリティの低下が抑制される。更に、点火時期の遅角による燃費の悪化が生じないため、経済性が顕著に向上する。即ち、車両の総合性能の低下が抑制されるのである。
【0097】
尚、図5においては、スロットル開度指示値thrに基づいてスロットルバルブ210がWOT状態にあるか否かが判別されているが、無論スロットルポジションセンサ212により検出されるスロットル開度THRに基づいて当該判別がなされてもよい。
【0098】
また、本実施形態では、スロットルバルブ210がWOT状態である場合には点火時期の遅角が禁止される。即ち、図5のフローチャートによれば、スロットルバルブ210がWOT状態のまま車両が定速走行している場合についても点火時期の遅角制御は禁止され、必ずしも車両が加速しているか否かは判断要素に含まれない。然るに、スロットルバルブ210がWOT状態にある場合、加速中か否かによらずエンジン200は高負荷であり、高出力が要求されているから、点火時期の遅角による快適性の低下は、加速中と同様に生じ得るものと考えられる。従って、車両が加速中であるか否かによらずスロットルバルブ210がWOT状態にある場合に点火時期の遅角制御を禁止することにより、より効果的に車両の総合性能の低下を抑制することができる。但し、快適性の低下が顕著に生じ得るのはWOT加速時であり、図5のフローチャートに更に、車両が加速中であるか否かの判別処理を加えても、同様に本実施形態に係る利益が享受される。
<第2実施形態>
第1実施形態では、スロットルバルブがWOT状態にある場合に点火時期の遅角制御が実質的に禁止され、車両の総合性能の低下が抑制されたが、車両の総合性能の低下は、他の方法によっても抑制することが可能である。ここで、図6乃至図8を参照し、そのような本発明の第2実施形態について説明する。ここに、図6は、本発明の第2実施形態に係る点火時期制御処理のフローチャートである。尚、同図において、図5と重複する箇所には同一の符号を付してその説明を適宜省略することとする。
【0099】
図6において、ステップA10に係る処理によりスロットル開度指示値thr及び点火時期指示値pgを取得すると、ECU100は、エンジン200において点火時期を遅角することによって発生する損失エネルギ(即ち、本発明に係る「損失」の一例)の値である損失エネルギ値Elossを取得する(ステップB10)。
【0100】
ここで、図7を参照し、損失エネルギ値Elossの詳細について説明する。ここに、図7は、損失エネルギ値Elossの特性を表してなる模式図である。
【0101】
図7において、損失エネルギ値Elossは、横軸に負側のトルク偏差(即ち、目標トルクTrrefよりも推定トルクTrmesの方が大きい場合のトルク偏差)の絶対値ΔTrを採った場合に、図示特性線PRF_Elossとして表される。即ち、エンジン200の損失エネルギは、トルク偏差が大きい程大きくなる。
【0102】
損失エネルギ値Elossの値は、エンジン200の燃費と相関があり、大きい程燃費は悪化する。従って、本実施形態においては、燃費の悪化を許容し得る範囲の上限を規定する上限値Elossthが設定される。上限値Elossthは、負のトルク偏差の絶対値ΔTrthに対応している。ECU100は、図7に示すような損失エネルギElossの特性を、例えば予めマップ等の形態で保有している。尚、負のトルク偏差は、既に述べたように、ECU100がトルクマップ104を参照することによって、点火時期の遅角量DLと一対一の関係を有し得る。
【0103】
図6に戻り、ECU100は、ステップB10に係る処理において、加減算器103から出力されるトルク偏差の値に対応する損失エネルギ値Elossをマップから取得する。次に、ECU100は、目標トルク勾配値Lがゼロよりも大きいか否かを判別する(ステップB11)。ここで、図8を参照し、目標トルク勾配値の詳細について説明する。ここに、図8は、目標トルクTrrefの変化態様を概念的に表してなる模式図である。
【0104】
図8において、縦軸には目標トルクTrrefの偏差(即ち、変化量)が表されており、横軸には時間が表されている。即ち、図8に示される座標平面では、目標トルクTrrefの偏差の時間特性が、直線として表される。この直線の傾きの値が、目標トルク勾配値Lであり、目標トルクの変化の度合いを規定する指標値となる。ここで、目標トルク勾配値Lがゼロより大きい場合とは、目標トルクTrrefの偏差の時間特性を表す直線が、図示第2又は第3領域を通過する場合を指す。尚、目標トルク勾配値Lを規定する時間(即ち、目標トルク勾配値Lの算出周期)は、エンジン200の動作制御に支障をきたさない限りにおいて特に限定されない。
【0105】
図6に戻り、目標トルク勾配値Lがゼロより大きい場合(ステップB11:YES)、ECU100は更に、目標トルク勾配値Lが閾値Lth1よりも大きいか否かを判別する(ステップB13)。閾値Lth1は、図8において、境界線LTH1(即ち、例えば時間Ts1の間にΔTrref1(ΔTrref1>0)なる目標トルクの変化が生じている旨を規定する直線)の傾きに相当する値であり、本発明に係る「第3の閾値」の一例である。
【0106】
目標トルク勾配値Lが閾値Lth1よりも大きい場合(ステップB13:YES)、即ち、目標トルク勾配値Lに相当する傾きを有する直線が図8における第2領域(即ち、本発明に係る「第2の範囲」の一例)に存在する場合、ECU100は、ステップB10に係る処理において取得された損失エネルギ値Elossが前述した上限値Elossthよりも大きいか否かを判別する(ステップB14)。尚、ECU100は、上述したように損失エネルギ値Elossとトルク偏差とを対応付けてなるマップを保有しているから、ステップB14に係る判別処理自体は、ステップB10に係る処理において実行されていてもよく、その場合、ステップB14に係る処理では当該判別の結果のみが参照されてもよい。
【0107】
損失エネルギ値Elossが上限値Elossthよりも大きい場合(ステップB14:YES)、ECU100は、損失エネルギ値Elossが上限値Elossthとなるように点火時期の遅角量DLを減量補正する(ステップB15)。既に述べたように、損失エネルギ値Elossは、トルク偏差に対応付けられており、当該トルク偏差の値は、遅角量マップ104により、遅角量DLと対応付けられている。従って、ECU100は、損失エネルギ値Elossが上限値Elossthとなるトルク偏差の値ΔTrthに対応する遅角量DLを遅角量マップ104から取得し、トルクデマンド制御のロジックにより設定された遅角量DLを減量補正する(即ち、本発明において「損失が上限値以下となるように」なされる遅角量の減量補正の一例)。遅角量DLが減量補正されると、ECU100は、処理をステップA14に移行し、点火時期制御を実行する。
【0108】
一方、損失エネルギ値Elossが上限値Elossth以下である場合(ステップB14:NO)、遅角量DLの補正は行われず、トルクデマンド制御のロジックにより決定された遅角量DLがそのまま適用され、処理はステップA14に移行する。即ち、目標トルク勾配値Lが第2領域にある場合には、点火時期の遅角制御に起因する損失エネルギ値Elossが上限値Elossthを超える場合に限って遅角量DLが減量補正され、快適性と経済性との両立が図られることによって車両の総合性能低下が抑制される。
【0109】
一方、目標トルク勾配値Lが上限値Lth1以下である場合(ステップB13:NO)、即ち、目標トルク勾配値Lに相当する傾きを有する直線が図8における第3領域に存在する場合、ECU100は、損失エネルギElossの値にかかわらず無条件に遅角量DLをゼロに補正し、点火時期の遅角制御の実行を禁止する(ステップA13)。ステップA13に係る処理を経ると処理はステップA14に移行され、この場合、点火時期はベース点火時期PGBSEに制御される。即ち、この場合、目標トルク勾配値が相対的にみて小さいために、推定トルクTrmesが目標トルクTrrefから乖離しても実践上快適性の低下は生じないものとして燃費の悪化抑制が優先され、スロットル開度の制御のみによる目標トルクTrrefへの追従が図られる。
【0110】
ステップB11に係る処理において、目標トルク勾配値Lがゼロ以下である旨の判別がなされた場合(ステップB11:NO)、ECU100は、目標トルク勾配値Lが負の値である閾値Lth2未満であるか否かを判別する(ステップB12)。ここで、閾値Lth2は、図8において、境界線LTH2(即ち、例えば時間Ts0の間にΔTrref2(ΔTrref2<0)なる目標トルクの変化が生じている旨を規定する直線)の傾きに相当する値であり、本発明に係る「第1の閾値」の一例である。尚、閾値Lth2は負の値であるから、目標トルク勾配値Lの絶対値が閾値Lth2の絶対値より大きい場合に、ステップB12に係る判別処理が「YES」となる。
【0111】
目標トルク勾配値Lが閾値Lth2未満である場合(ステップB12:YES)、即ち、目標トルク勾配値Lに相当する傾きを有する直線が図8における第5領域に存在する場合、言い換えれば、相対的にみて大きな目標トルクTrrefの減少が生じている場合、ECU100は、点火時期の遅角量DLを補正することなく無条件に処理をステップA14に移行する。即ち、この場合、車両に備わるATからの変速要求等により相対的に大きい目標トルクTrrefの減少が発生しているものとして、ドライバビリティが優先され、エンジン200の実トルクが目標トルクTrrefに正確に追従せしめられる。
【0112】
目標トルク勾配値Lが閾値Lth2以上である場合(ステップB12:NO)、即ち、目標トルク勾配値Lに相当する傾きを有する直線が図8における第1領域又は第4領域に存在するか、或いは目標トルクTrrefの変化が生じていない(即ち、目標トルク勾配値Lがゼロである)場合、ECU100は更に、目標トルク勾配値Lが閾値Lth3未満であるか否かを判別する(ステップB16)。ここで、閾値Lth3は、図8において境界線LTH3の傾きに相当する値であり、本発明に係る「第2の閾値」の一例である。
【0113】
目標トルク勾配値Lが閾値Lth3以上である場合(ステップB16:NO)、即ち、目標トルク勾配値Lに相当する傾きを有する直線が図8における第4領域に存在するか、或いは目標トルク勾配値Lがゼロである場合、ECU100は、ステップB13に係る処理が「NO」である場合と同様に、損失エネルギElossの値にかかわらず無条件に遅角量DLをゼロに補正し、点火時期の遅角制御の実行を禁止する。即ち、先に述べた第3領域と併せ、目標トルク勾配値Lが相対的に小さい範囲では、エンジン200における点火時期の遅角制御が禁止される。
【0114】
一方、目標トルク勾配値Lが閾値Lth3未満である場合(ステップB16:YES)、即ち、目標トルク勾配値Lに相当する傾きを有する直線が図8における第1領域(即ち、本発明に係る「第1の範囲」の一例)に存在する場合、ECU100は更に車両が減速中であるか否かを判別する(ステップB17)。車両が減速中である場合には(ステップB17:YES)、ECU100は、処理をステップA14に移行し、ステップB12に係る処理が「YES」である場合と同様に、点火時期の遅角量DLを何ら補正することなく点火時期制御を実行する。
【0115】
車両が減速中でない場合(ステップB17:NO)、ECU100は、ステップB14に係る処理と同様に、損失エネルギ値Elossが上限値Elossthよりも大きいか否かを判別する(ステップB18)。損失エネルギ値Elossが上限値Elossth以下である場合(ステップB18:NO)、遅角量DLの補正は行われず、トルクデマンド制御のロジックにより決定された遅角量DLがそのまま適用され、処理はステップA14に移行する。
【0116】
一方で、損失エネルギ値Elossが上限値Elossthよりも大きい場合(ステップB18:YES)、ECU100は、ステップB15に係る処理と同様に、損失エネルギ値Elossが上限値Elossthとなるように点火時期の遅角量DLを減量補正する(ステップB19)。ステップB19に係る処理を経ると、ECU100は処理をステップA14に移行して、点火時期制御を実行する。即ち、目標トルク勾配値Lが第1の範囲にある場合には、車両が減速中でなく、且つ点火時期の遅角制御に起因する損失エネルギ値Elossが上限値Elossthを超える場合に限って遅角量DLが減量補正され、快適性と経済性との両立が図られることによって車両の総合性能低下が抑制される。このような多様な判断分岐を経てステップA14に係る処理が実行されると、処理はステップA10に戻され、一連の処理が繰り返される。
【0117】
以上説明したように、本発明の第2実施形態によれば、目標トルク勾配値L及び損失エネルギ値Elossといった、車両の総合性能を担保する上で、或いは燃費及びドライバビリティ相互間の優先順位を判断する上で有効な指標値(即ち、夫々が本発明に係る「所定種類の運転条件」の一例)に基づいて点火時期の遅角量DLが適宜に補正され、例えば目標トルクTrrefの時間変化量が相対的に小さい領域では点火時期の遅角が禁止され、目標トルクTrrefの時間変化量が負であり且つ相対的に大きい領域では無条件に点火時期が遅角される。或いは、それらに属さない、相応に目標トルクTrrefの変化が生じている場合には、損失エネルギ値Elossが上限値Elossthを超えない範囲で点火時期PGが遅角される。従って、車両において刻々と変化する運転条件に応じて、車両の総合性能を低下させない範囲で、点火時期の遅角制御を効率的に実行することができる。即ち、トルクデマンド制御を実行する際に、車両の総合性能の低下を抑制することが可能となるのである。
【0118】
尚、第2実施形態に係る点火時期制御処理は、第1実施形態に係る点火時期制御処理と相反するものではなく、相互に協調して実行可能である。図8において、スロットルバルブ210がWOT状態となる領域は、例えば図示鎖線で囲まれたWOT領域として表すことができる。当該WOT領域は第2実施形態に係る第2領域の一部であり、即ち、損失エネルギ値Elossが上限値Elossth以下となるように点火時期の遅角量DLが減量補正され得る領域であるが、このようなWOT領域については、第1実施形態で説明したように、点火時期の遅角制御を実質的に禁止して、燃費の向上を優先してもよい。このような場合には、車両の総合性能が更に精細に制御され得るため、当該総合性能の低下をより効果的に抑制することが可能となる。
【0119】
本発明は、上述した実施形態に限られるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う内燃機関の制御装置もまた本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【図面の簡単な説明】
【0120】
【図1】本発明の第1実施形態に係るエンジンシステムの模式図である。
【図2】図1のエンジンシステムにおいて実行されるトルクデマンド制御のロジックを概念的に表してなるブロック図である。
【図3】図2のトルクデマンド制御におけるエンジンの動作状態の推移を表すチャートである。
【図4】図3において、特にWOT加速時のエンジンの動作状態の推移を表すチャートである。
【図5】ECUが実行する点火時期制御処理のフローチャートである。
【図6】本発明に第2実施形態に係る点火時期制御処理のフローチャートである。
【図7】図6の点火時期制御処理において参照される損失エネルギ値の特性を表す模式図である。
【図8】目標トルクの変化態様を概念的に表してなる模式図である。
【符号の説明】
【0121】
10…エンジンシステム、100…ECU、200…エンジン、202…点火装置、209…エアフローメータ、210…スロットルバルブ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関を備えた車両において該内燃機関を制御する内燃機関の制御装置であって、
前記内燃機関から出力されるべき目標トルクを特定する目標トルク特定手段と、
前記目標トルクが出力されるように前記内燃機関におけるスロットル開度を制御するスロットル制御手段と、
前記内燃機関から出力される実トルクを特定する実トルク特定手段と、
前記実トルクが前記目標トルクよりも大きい場合に、前記実トルクが前記目標トルクに近付くように前記内燃機関における点火時期を遅角させるものとして規定される遅角制御を実行する遅角制御手段と、
前記内燃機関における所定種類の運転条件に応じて前記遅角制御の実行を制限する遅角制限手段と
を具備することを特徴とする内燃機関の制御装置。
【請求項2】
前記内燃機関が過渡状態にあるか否かの判別を行う過渡判別手段を更に具備し、
前記遅角制限手段は、前記内燃機関が前記過渡状態にある旨の前記判別がなされた場合に前記遅角制御の実行を制限する
ことを特徴とする請求項1に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項3】
前記過渡状態は、前記スロットル開度が最大であり且つ前記車両が加速している状態として規定されるWOT加速状態を含む
ことを特徴とする請求項2に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項4】
前記遅角制限手段は、前記遅角制御の実行を禁止することにより前記遅角制御の実行を制限する
ことを特徴とする請求項2又は3に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項5】
前記運転条件を規定する指標値として、前記遅角制御が実行されることによる前記内燃機関の損失を特定する損失特定手段を更に具備し、
前記遅角制限手段は、前記損失に応じて前記点火時期の遅角量を減量補正することにより前記遅角制御の実行を制限する
ことを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項6】
前記遅角制限手段は、前記損失が所定の上限値よりも大きい場合に前記遅角制御の実行を制限する
ことを特徴とする請求項5に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項7】
前記遅角制限手段は、前記損失が前記上限値以下となるように前記遅角制御の実行を制限する
ことを特徴とする請求項6に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項8】
前記運転条件を規定する指標値として、前記目標トルクの変化の度合いを特定するトルク変化特定手段を更に具備し、
前記遅角制限手段は、前記変化の度合いに応じて前記遅角制御の実行を制限する
ことを特徴とする請求項1から7のいずれか一項に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項9】
前記トルク変化特定手段は、前記変化の度合いを、単位時間当たりの前記目標トルクの変化量に対応する目標トルク勾配値として特定する
ことを特徴とする請求項8に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項10】
前記遅角制限手段は、前記目標トルク勾配値が、負の範囲で設定される第1の閾値以上である場合に、前記遅角制御の実行を制限する
ことを特徴とする請求項9に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項11】
前記遅角制限手段は、前記目標トルク勾配値が、前記負の範囲で設定されると共に前記第1の閾値よりも大きい第2の閾値以上であり、且つ正の範囲で設定される第3の閾値以下である場合に、前記遅角制御の実行を禁止することにより前記遅角制御の実行を制限する
ことを特徴とする請求項10に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項12】
前記遅角制限手段は、前記目標トルク勾配値が前記第1の閾値以上且つ前記第2の閾値未満の第1の範囲にある場合、及び前記第3の閾値よりも大きい第2の範囲にある場合に、前記点火時期の遅角量を減量補正することにより前記遅角制御の実行を制限する
ことを特徴とする請求項11に記載の内燃機関の制御装置。
【請求項13】
前記遅角制限手段は、前記目標トルク勾配値が前記第1の範囲にあり、且つ前記車両が減速状態にない場合に、前記遅角制御の実行を制限する
ことを特徴とする請求項12に記載の内燃機関の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−151054(P2008−151054A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−341048(P2006−341048)
【出願日】平成18年12月19日(2006.12.19)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】