説明

冷間伸線された低炭素鋼フィラメントおよび該フィラメントの製造方法

エラストマーの補強または熱可塑性製品に適した鋼フィラメントは、0.20重量%までに及ぶ炭素含有率を有する。鋼フィラメントは、エラストマー製品または熱可塑性製品との接着を促進するコーティングを備えている。鋼フィラメントは、0.60mm未満の最終径および1200MPaを超える最終抗張力まで伸線される。中間熱処理が回避されるため、鋼フィラメントのカーボンフットプリントは実質的に低減される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エラストマー製品または熱可塑性製品の補強に適した鋼フィラメントおよび鋼コードに関する。
【0002】
本発明はまた、このような鋼フィラメントおよび鋼コードを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0003】
タイヤ、インパクトビーム、ホース、自在管などのエラストマー製品の補強に適した鋼フィラメントおよび鋼コードは、従来技術で周知である。
【0004】
鋼フィラメントおよび鋼コードは、鋼ワイヤロッドから作製される。この鋼ワイヤロッドは通例、以下のような鋼組成を有する。0.60重量%を超える炭素含有率、0.40〜0.70重量%に及ぶマンガン含有率、0.15〜0.30重量%に及ぶケイ素含有率、0.03重量%の最大硫黄および最大リン含有率。他のマイクロ合金元素が添加され得る。例はクロムである。鋼ワイヤロッドは通常、5.5mmまたは6.5mmの直径dを有する。
【0005】
ワイヤロッドは、まず、表面上に存在する酸化物を除去するために、機械的脱スケーリングによって、および/またはHSOもしくはHCl溶液での化学的酸洗によって浄化する。次にワイヤロッドを水ですすいで乾燥させる。次いで、乾燥したワイヤロッドに最初の一連の乾式伸線操作(dry drawing operations)を受けさせて、直径を第1中間径まで縮小させる。
【0006】
たとえば約3.0〜3.5mmのこの第1中間径dにて、乾式伸線された(dry drawn)鋼ワイヤにパテンティング(patenting)と呼ばれる第1中間熱処理を受けさせる。パテンティングは、最初の約1000℃の温度までのオーステナイト化と、続いての約600〜650℃の温度でのオーステナイトからパーライトへの変態相を意味する。次いで鋼ワイヤは、さらなる機械的変形のための準備が整う。
【0007】
その後、鋼ワイヤは、第2の直径縮小ステップにおいて、第1中間径dから第2中間径dまでさらに乾式伸線される。第2直径dは通例、1.0mm〜2.5mmに及ぶ。
【0008】
この第2中間径dでは、鋼ワイヤに第2のパテンティング処理、すなわち約1000℃の温度での再度のオーステナイト化およびその後の600〜650℃の温度での焼入れを受けさせて、パーライトに変態させる。
【0009】
第1および第2の乾式伸線ステップでの総縮小があまり大きくない場合、ワイヤロッドから直径dまでの直接伸線操作を実施することができる。
【0010】
この第2パテンティング処理の後、鋼ワイヤに通常、真鍮コーティングが施される。銅が鋼ワイヤ上にめっきされ、亜鉛が銅の上にめっきされる。熱拡散処理を加えて真鍮コーティングを形成させる。
【0011】
次に真鍮コートされた鋼ワイヤに、湿式伸線機による最後の一連の断面積縮小を受けさせる。最終製品は、0.60重量%を超える炭素含有率、2000MPaを超える抗張力を備え、エラストマー製品の補強に適した、高抗張力鋼フィラメントである。
【0012】
その広範な使用にも関わらず、上述の工程は、大量のエネルギーを消費するという欠点を有する。さらに詳細には、ダブルパテンティング工程ステップおよびその関連するオーステナイト化炉は、大量のエネルギーを必要とする。単なる例として、1個のオーステナイト化炉は、製造された鋼コード1トン当り374キロワットの電力を発生する。実際に、炉および関連する焼入れ工程は、エラストマー製品の補強に適した鋼フィラメントおよび鋼コードの製造中におけるCO発生のかなりの部分に相当する。しかしパテンティング工程は必要であり、したがって中止することはできない。このパテンティング工程は、鋼ワイヤの金属構造をさらなる伸線が可能となる状態に回復させる。このパテンティング工程がなければ、鋼ワイヤはさらなる伸線の間に頻繁に破断して、脆くなりすぎる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、従来技術の欠点を回避することである。
【0014】
本発明の目的はまた、より少ないエネルギーを要する製造工程による鋼フィラメントを提供することである。
【0015】
本発明の別の目的は、オーステナイト化炉および他の中間熱処理の使用を回避することである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の第1の態様によれば、エラストマー製品の補強に適した鋼フィラメントが提供される。鋼フィラメントはプレーン(plain)炭素組成を有する。
【0017】
プレーン炭素組成は、できる限りケイ素およびマンガンを除いて、すべての元素が0.50重量%未満、たとえば0.20重量%未満、たとえば0.10重量%未満の含有率を有する鋼組成である。
【0018】
ケイ素は、最大1.0重量%、たとえば最大0.50重量%、たとえば0.30重量%または0.15重量%の量で存在する。
【0019】
マンガンは、最大2.0重量%、たとえば1.0重量%、たとえば0.50重量%または0.30重量%の量で存在する。
【0020】
本発明において、炭素含有率は0.20重量%にまで、たとえば0.10重量%にまで及び、たとえば0.06重量%にまで及ぶ。最小炭素含有率は、約0.02重量%であり得る。
【0021】
プレーン炭素組成は、主にフェライトまたはパーライトマトリクスを有し、主に単相である。フェライトまたはパーライトマトリクスには、マルテンサイト相、ベイナイト相またはセメンタイト相はない。
【0022】
鋼フィラメントは、エラストマー製品との接着を促進するコーティング、たとえば亜鉛または真鍮を備えている。鋼フィラメントは、0.60mm未満の最終径まで伸線され(drawn)、1200MPaを超える最終抗張力を有する。
【0023】
この低炭素鋼フィラメントの伸線(drawing)は、低い炭素含有率のために、中間パテンティング工程およびアニーリングなどのその他の熱処理なしに行うことができる。
【0024】
鋼フィラメントは、たとえば直径5.5mmのワイヤロッドから0.60mm未満のフィラメント径まで直接伸線され、98%を超える断面積の縮小が生じる。0.45mm以下の最終径では、99%を超える断面積の縮小が実現されている。
【0025】
たとえば真鍮のコーティングは、5.5mm〜0.60mmの中間ワイヤ径で行うことができる。次に真鍮コートされた鋼ワイヤは、再び中間熱処理を用いずに、最終フィラメント径までさらに伸線される。真鍮コーティングは2つの機能を有する。第1に、最終製品において、真鍮は真鍮中の銅とゴムとの間の硫黄架橋を生成することによって、ゴムとの接着を促進する。第2に、真鍮は低炭素鋼よりも柔らかい材料であり、真鍮は最終伸線段階の間に潤滑剤として機能して、鋼フィラメントに上述のような断面積の高度の縮小を受けさせる。この高い変形性のために、高いレベルの最終抗張力が得られる。
【0026】
従来技術文書のJP−A−05/105951は、低炭素鋼ワイヤを開示している。しかしこの低炭素鋼ワイヤは、1つ以上の中間熱処理を受ける。
【0027】
従来技術文書のUS−A−5,833,771は、タイヤ補強用の、炭素含有率の低い鋼ワイヤを開示している。しかし鋼ワイヤは、元素の中でもたとえば6〜10%のニッケルおよび16%〜20%のクロムを含むステンレス鋼組成を有する。これはプレーン炭素組成ではない。
【0028】
従来技術文書のWO−A−84/02354は、高強度の低炭素鋼ロッドおよび鋼ワイヤを開示している。しかしこの鋼ワイヤは、マルテンサイト、ベイナイトおよび/またはオーステナイトなどの第2相が分散したフェライトマトリクスを有する、2相鋼組成を有する。この2相鋼は、プレーン炭素鋼とは異なる。
【0029】
本発明の第2の態様によれば、本発明の第1の態様による1つ以上の低炭素鋼フィラメントを有する鋼コードが提供される。
【0030】
好ましくは鋼コードは、本発明の第1の態様による低炭素鋼フィラメントのみからなる。
【0031】
好適な鋼コード構造物の例は、タイヤのブレーカまたはベルト層の補強に好適である総鋼コード構造物:2×1、3×1、4×1、5×1、1+4、1+5、1+6、2+2、3+2、2+3である。
【0032】
本発明の第3の態様によれば、エラストマー製品の補強に適した鋼フィラメントを製造する方法が提供される。方法は、
a.0.08重量%までの炭素含有率を有する鋼ワイヤロッドを提供するステップと;
b.この鋼ワイヤロッドを0.60mm未満の最終径および最高1200MPaを超える抗張力まで直接伸線して、それによりパテンティングなどのいずれの中間熱処理も回避するステップと;
c.この鋼フィラメントにエラストマー製品との接着を促進するコーティングを施すステップと;
を含む。
【0033】
コーティングは、本明細書の上で説明したように、最終フィラメント径で、または好ましくは中間径で提供することができる。
【0034】
これらの工程ステップa〜cの後に、各種のこのような低炭素フィラメントを相互にまたは他のフィラメントとともにねじって鋼コードを形成する工程ステップが続くことがある。
【0035】
中間熱処理を回避することによって、従来技術の状況と比較して、CO発生を最大3%を超えるまで低減することができた。
【0036】
本発明の第4の態様によれば、本発明の第1の態様による低炭素鋼フィラメントまたは本発明の第2の態様による低炭素鋼コードが、エラストマー製品または熱可塑性製品に使用される。
【0037】
好適なエラストマー製品は、タイヤ、コンベヤベルト、タイミングベルト、ホース、自在管などである。好適な熱可塑性製品は、インパクトビームおよび自在ホースである。
【0038】
本発明の鋼フィラメント(第1の態様)および本発明の鋼コード(第2の態様)は、タイヤのブレーカまたはベルト層の補強に特に好適である。本発明による低炭素フィラメントおよび低炭素鋼コードは、2000MPaを超える抗張力はないが、タイヤのブレーカまたはベルト層に必要な硬度を与える。
【発明を実施するための形態】
【0039】
本発明による鋼コードは以下のように作製できる。
【0040】
開始生成物は、炭素含有率が0.04重量%〜0.08重量%に及ぶプレーン炭素組成によるワイヤロッドである。ワイヤロッドの完全組成は次の通りである:炭素含有率0.06重量%、ケイ素含有率0.166重量%、クロム含有率0.042重量%、銅含有率0.173重量%、マンガン含有率0.382重量%、モリブデン含有率0.013重量%、窒素含有率0.006重量%、ニッケル含有率0.077重量%、リン含有率0.007重量%、硫黄含有率0.013重量%。
【0041】
一般に、言及したように、ケイ素含有率は1.0重量%より低く、マンガン含有率は2.0%より低い。さらに、Cr、Cu、NiおよびMoの量は、0.20%に制限されている。リンおよび硫黄の量は、0.030重量%に制限されている。Nの量は、0.015%に制限されている。
【0042】
ワイヤロッドは、5.5mmのワイヤロッド径から2.0mmの中間径まで乾式伸線される。
【0043】
この2.0mmの中間径にて、最初に銅をたとえばCu−ピロリン酸浴中で鋼ワイヤに電気めっきして、次に亜鉛をたとえばZnSO浴中で鋼ワイヤに電気めっきし、その後、ワイヤに真鍮コーティングを施すために熱拡散処理を加える。
【0044】
熱拡散は、450℃〜600℃の温度までの加熱を含む。しかしこの処理は、わずか2〜3秒しか続かない。この温度は、オーステナイト化温度ほど高くない。さらに熱拡散は、鋼ワイヤの金属構造の変化を実現しない。
【0045】
この中間径では、パテンティングは行われない。同様に、この中間径では、アニーリングなどの他の加熱処理は行われない。
【0046】
真鍮の代替として、亜鉛で鋼ワイヤを電気めっきすることができる。
【0047】
真鍮コーティングに戻ると、次に2.0mmの真鍮コートされた鋼ワイヤを最終径0.45mmで1400MPaの最終フィラメントまで湿式伸線する。
【0048】
最後に、いくつかのこのような低炭素0.45フィラメントをねじって1+5×0.45鋼コードとする。この低炭素鋼コードは、1270ニュートンの破壊荷重を有する。
【0049】
本発明のコードの他の例は:
3+2×0.45
1+4×0.45
である。
【0050】
鋼ワイヤを亜鉛で電気めっきした場合、ねじられた鋼コードにシランプライマーを以下の方法で塗布することができる。
任意の浄化操作の後、鋼コードは、該目的のために当分野で公知の有機感応性シラン、有機官能性チタン酸塩および有機官能性ジルコン酸塩から選択されるプライマーによってコーティングされ得る。好ましくは、限定されるわけではないが、有機官能性シランプライマーは、以下の式:
Y−(CH−SiX
の化合物から選択され、
式中:
Yは、−NH、CH=CH−、CH=C(CH)COO−、2,3−エポキシプロポキシ、HS−および、Cl−から選択される有機官能基を表し、
Xは、−OR、−OC(=O)R’、−Clから選択されるケイ素官能基を表し、RおよびR’は独立して、C−Cアルキル、好ましくは−CH、および−Cから選択され;ならびに
nは、0と10の間の、好ましくは0から10までの、最も好ましくは0から3までの整数である。
【0051】
上述の有機官能性シランは、市販製品である。
【0052】
本発明による工程を適用することによって、鋼コード1トン当り70kgのCO削減が実現された。結果として、本発明の鋼コードのカーボンフットプリントは、従来の鋼コードと比較して低減されている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エラストマー製品の補強に適した鋼フィラメントであって、
前記鋼フィラメントが0.20重量%までに及ぶ炭素含有率を有したプレーン炭素組成を有し、
前記鋼フィラメントが、エラストマー製品との接着または熱可塑性製品との接着を促進するコーティングを施され、
前記鋼フィラメントが0.60mm未満の最終径まで冷間伸線され、
前記鋼フィラメントが1200MPaを超える最終抗張力を有する、
鋼フィラメント。
【請求項2】
前記鋼フィラメントが0.02重量%の最小炭素含有率を有する請求項1に記載の鋼フィラメント。
【請求項3】
前記鋼フィラメントが98%を超える断面積の縮小を受けている請求項1又は2に記載の鋼フィラメント。
【請求項4】
エラストマー製品の補強に適した鋼コードであって、請求項1〜3のいずれかに記載の1つ以上の鋼フィラメントを含む、鋼コード。
【請求項5】
前記鋼コードが、2×1、3×1、4×1、5×1、1+4、1+5、1+6、2+2、3+2、2+3からなる群に属する構造を有する請求項4に記載の鋼コード。
【請求項6】
エラストマー製品の補強に適した鋼フィラメントを製造する方法であって、
a.0.20重量%までの炭素含有率を有したプレーン炭素組成を有する鋼ワイヤロッドを提供するステップと;
b.前記鋼ワイヤロッドを中間径の鋼ワイヤまで直接伸線してパテンティングなどのいずれの中間熱処理も回避するステップと;
c.前記鋼フィラメントにエラストマー製品との接着を促進するコーティングを施すステップと;
d.前記コーティングされた鋼ワイヤを、0.60mm未満の最終径及び1200MPaを超える抗張力を有する鋼フィラメントまでさらに伸線するステップと;
を含む方法。
【請求項7】
エラストマー製品の補強に適した鋼コードを製造する方法であって、
a.請求項6に記載の鋼フィラメントを製造するステップと;
b.このような1つ以上の鋼フィラメントをねじって鋼コードとするステップと;
を含む方法。
【請求項8】
エラストマー製品における、請求項1〜3に記載の鋼フィラメント又は請求項4もしくは5に記載の鋼コードの使用。
【請求項9】
請求項1〜3に記載の1つ以上のフィラメントを含むエラストマー製品又は熱可塑性製品。
【請求項10】
前記エラストマー製品がタイヤである請求項9に記載のエラストマー製品。
【請求項11】
前記エラストマー製品がインパクトビームである請求項9に記載の熱可塑性製品。

【公表番号】特表2011−517330(P2011−517330A)
【公表日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−549096(P2010−549096)
【出願日】平成21年2月25日(2009.2.25)
【国際出願番号】PCT/EP2009/052216
【国際公開番号】WO2009/109495
【国際公開日】平成21年9月11日(2009.9.11)
【出願人】(592014377)ナムローゼ・フェンノートシャップ・ベーカート・ソシエテ・アノニム (81)
【氏名又は名称原語表記】N V BEKAERT SOCIETE ANONYME
【Fターム(参考)】