説明

化学蒸着用の有機ルテニウム化合物及び該有機ルテニウム化合物を用いた化学蒸着方法

【課題】本発明は、化学蒸着用の有機ルテニウム化合物として良好な成膜特性を備え、蒸気圧も高いものであって、さらに反応ガスに水素を用いた場合にも容易に成膜可能な有機ルテニウム化合物の提供を目的とする。
【解決手段】本発明は、異性体1〜3の異性体をとりうるジカルボニル−ビス(5−メチル−2,4−ヘキサンジケトナト)ルテニウム(II)において、異性体2の含有率が30質量%以上である有機ルテニウム化合物に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CVD法、ALD法によりルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜を製造するための原料として使用される有機ルテニウム化合物に関する。詳しくは、常温で液体であり、蒸気圧の高い有機ルテニウム化合物に関する。
【背景技術】
【0002】
DRAM、FERAM等の半導体デバイスの薄膜電極材料としてルテニウム又はルテニウム化合物が使用されている。これらの薄膜の製造法としては、CVD法(化学気相蒸着法)、ALD法(原子層蒸着法)といった化学蒸着法が適用されている。このような化学蒸着法で使用される原料化合物として、従来から多くの有機ルテニウム化合物が知られている。
【0003】
かかる化学蒸着用の有機ルテニウム化合物として、本発明者等は、化1のように、2つのβ−ジケトン及び1つのジエン類(ノルボナジエン、シクロオクタジエン等)が配位した化合物を開示している(特許文献1)。化1の化合物によれば、薄膜を形成した際、均一で緻密性の高い膜が得られやすい。
【化1】

【0004】
一般に、化学蒸着用の有機ルテニウム化合物に求められる特性としては、効率的に薄膜形成すべく蒸気圧の高いことが求められている。また、取り扱い性を考慮すると、常温において液体状態であることが好ましい。このような観点から、本発明者等は、特許文献1において、化1の化合物中のβ−ジケトンの置換基(R、R)に関し、炭素数が所定の範囲である分子量の低い化合物を開示している。かかる化合物は、比較的蒸気圧が高く、常温において液体状態を維持しやすいものとなり、上記特性を満たすものとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2003−306472号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、反応ガスに水素を用いて化学蒸着する場合、化1の化合物によるとルテニウム薄膜が形成しにくく、成膜するためには反応温度を比較的高くする必要があった。窒化チタン等の酸化されやすい材料からなる基板に成膜する場合、基板の劣化を防止すべく、水素を用いた化学蒸着が容易に行えることが求められている。
【0007】
そこで本発明では、化学蒸着用の有機ルテニウム化合物として良好な成膜特性を備え、蒸気圧も高いものであって、さらに反応ガスに水素を用いた場合にも容易に成膜可能な有機ルテニウム化合物の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決すべく、本発明者等は、化2の化合物に着目した。化2の化合物は、反応ガスに水素を用いた場合にも容易に成膜可能なものとなる。
【化2】

【0009】
しかしながら、化2の化合物は、種々の合成条件により実際に化合物を合成すると、場合により、常温で液体状態とはならない場合があった。このため、本発明者等は、化2の化合物が常温で液体状態となる場合の条件について検討を行った。そして、化2の化合物が3種の異性体をとりうることに着目したところ、化合物中における異性体の含有率が特定範囲内である場合、常温で液体状態になる傾向があることを見出し、本発明に想到した。
【0010】
以下、本発明について詳細に説明する。まず、化2の化合物は、ルテニウム金属に配位するβ−ジケトンの配置が異なる下記3種の異性体1〜3をとりうる(化3参照)。これら3種の異性体は、ジケトナート配位子(β−ジケトン)が有するイソプロピル基及びメチル基の配置が異なる幾何異性体である。
【化3】

【0011】
そして、本発明の有機ルテニウム化合物は、上記3種の異性体のうち、異性体2の含有率が30質量%以上のものに関する。かかる有機ルテニウム化合物は、常温において液体状態を維持しやすいものとなる。化合物中に含まれる異性体が、異性体2のみ(異性体2の含有率が100質量%)であってもよく、異性体1及び/又は異性体3を含んでいてもよい。
【0012】
また、異性体の含有率は、異性体2が30質量%以上、異性体3が30質量%以下であり、残部が異性体1であることが好ましく、異性体2が40質量%以上、異性体3が20質量%以下であり、残部が異性体1であることが、さらに好ましい。有機ルテニウム化合物が、常温において確実に液体状態である傾向となるからである。また、異性体1は20〜40%、異性体2は50〜60%、異性体3は10〜20%であることが好ましい。このような異性体含有率の範囲内である化合物は、以下で説明するような工業的製法において、比較的容易に製造可能なためである。異性体含有率は、異性体1が28〜31%、異性体2が52〜56%、異性体3が17〜20%であることが、さらに好ましい。工業的に比較的製造容易であることに加えて、製造した化合物を用いて薄膜を形成した場合、反応ガスが水素の場合にも、比抵抗の低いルテニウム薄膜を形成し易い。
【0013】
以上説明のように、本発明の有機ルテニウム化合物は、蒸気圧を高いものとしつつ、常温において安定して液体状態を維持できる。このため、薄膜を形成した際、均一で緻密性の高い膜が得られやすく、反応ガスを水素とした場合の化学蒸着も比較的容易である。よって、ルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜の化学蒸着法に用いる原料化合物として好適となる。
【0014】
ここで、有機ルテニウム化合物中における各異性体の含有率は、H−NMRスペクトルを測定し、各異性体に由来するピークの面積比を算出することで決定できる。このようにH−NMRスペクトルのピーク面積比により異性体の含有率(質量比)を決定できるのは、各異性体の分子量がいずれも同一であり、さらにメチン部位に帰属される水素原子の数も同一(2個)であることによる。
【0015】
具体的には、まず、H−NMRスペクトルを測定し、β−ジケトンのメチン基(=C−)に由来する化学シフト値(δ)5.42〜5.38ppmにおけるピークを観察する。このスペクトルにおいて、δ5.42ppm付近に出現するピークは、異性体3に由来する。また、δ5.40ppm付近及びδ5.38ppm付近のピークは異性体2に由来し、δ5.39ppm付近のピークは異性体1に由来する。尚、このような各出現ピークと、各異性体との対応関係については、以下で詳述するように、本発明者らが、有機ルテニウム化合物から単離した各異性体に関し、X線結晶構造解析及びH−NMRスペクトル測定を行って明らかにしたものである。
【0016】
そして、上記で出現した各ピークの面積比を算出することにより、本発明における異性体の含有率を決定できる。具体的には、ピーク面積比(δ5.39ppm:δ5.40ppm+5.38ppm:δ5.42ppm)が、異性体の含有率(異性体1:異性体2:異性体3)となる。尚、本発明において、H−NMRスペクトルは、重クロロホルム溶媒中、テトラメチルシランを基準物質として測定する。
【0017】
以上説明した本発明の有機ルテニウム化合物を、工業的に製造する方法としては、例えば以下の方法が挙げられる。すなわち、数1のような反応に従い、ドデカカルボニルトリルテニウムを出発原料として、5−メチル−2,4−ヘキサンジオンを反応させることで、本発明に係る有機ルテニウム化合物であるジカルボニル−ビス(5−メチル−2,4−ヘキサンジケトナト)ルテニウム(II)を製造する。この反応は、有機溶媒中140〜160℃で10〜100時間還流させて行うことが好ましい。有機溶媒としては、沸点の高い溶媒が有用であり、特に乾燥デカンが好ましい。また、得られた生成物は蒸留することが好ましい。
【数1】

【0018】
また、上記製造方法その他の方法により得られたジカルボニル−ビス(5−メチル−2,4−ヘキサンジケトナト)ルテニウム(II)より異性体1〜3を単離した後、好適な含有率の範囲内となるように各異性体を混合し、有機ルテニウム化合物とすることも好ましい。常温において液体状態の維持しやすい有機ルテニウム化合物を製造できるからである。この場合、異性体の混合は、各異性体の重量比を調整することにより、好適な含有率の範囲内となるように行った。また、各異性体を単離する精製方法としては、カラムクロマトグラフィーによる方法が利用でき、充填材としてはシリカゲルが好ましい。
【0019】
ここで、上記の精製方法について詳述する。従来、3種の異性体のうち、異性体1は比較的単離しやすい傾向があったものの、残る異性体2と異性体3とは分離しにくい傾向があった。このため、今回、本発明者らは、異性体を全て単離すべく鋭意検討を行った。その結果、カラムクロマトグラフィーによる精製の際、シリカゲル等の充填材の量を増やすとともに、展開溶媒の組成を調整することによって、クロマトグラフィーによる分離能を向上させると、異性体1、2、3を全て単離できることが分かった。具体的手法としては、従来、精製対象である化合物の液量に対する充填材量(体積比)を、1:10〜1:20としていたところ、充填材の比率を増加させて1:20〜1:50とした。併せて、使用するカラムの口径も大きなものとした。また、展開溶媒については、例えば、ヘキサンと酢酸エチルとの混合液を用いる場合、従来、ヘキサン対酢酸エチルの体積比を2:1〜3:1の割合で用いていたところを、極性の低いヘキサンの量を増加させて20:1とした。以上精製方法の変更により、大幅に分離能を上げることができ、従来分離困難であった異性体2と異性体3との分離に成功した。
【発明の効果】
【0020】
以上で説明したように、本発明に係る有機ルテニウム化合物は、蒸気圧が比較的高く、常温において液体状態である。また、化学蒸着法により薄膜形成する際、良好な成膜特性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】第一実施形態の有機ルテニウム化合物のH−NMRスペクトル。
【図2】第一実施形態の有機ルテニウム化合物のH−NMRスペクトル拡大図。
【図3】異性体AのX線結晶構造解析結果の図(第一実施形態)。
【図4】異性体1〜3の混合で得られた化合物の性状を表す三角図(第一実施形態)。
【図5】第一実施形態の有機ルテニウム化合物の熱質量分析(TG)の結果図。
【図6】第二〜第五実施形態の有機ルテニウム化合物のH−NMRスペクトルの拡大図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
[第一実施形態]
まず、工業的な合成方法により有機ルテニウム化合物を製造し、製造した化合物について、H−NMR測定を行い、含有する異性体の種類を確認した。その後、各異性体の単離や、X線結晶構造解析等により、H−NMR測定で観察されたピークが、異性体1〜3のいずれに由来するかを特定した。また、単離した異性体を特定の含有率となるよう混合し、化合物が液体状態となるか等を観察した。さらに、物性測定及び成膜試験も行い、ルテニウム薄膜製造の好適性も確認した。
【0023】
有機ルテニウム化合物の製造
以下の方法により、ジカルボニル−ビス(5−メチル−2,4−ヘキサンジケトナト)ルテニウム(II)を製造した。窒素ガスで置換した三口フラスコ内に、出発原料であるドデカカルボニルトリルテニウム40.8g(田中貴金属工業株式会社製、63.8mmol)と、有機溶媒である乾燥デカン2000ml(シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社製)と、5−メチル−2,4−ヘキサンジオン51.6g(田中貴金属工業株式会社製、402mmol)を投入した。これを常圧下にて液温145℃で36時間加熱撹拌して反応させた。その後、室温まで冷却し、未反応のドデカカルボニルトリルテニウムの橙色粉末をろ別し、生成物を得た。生成物は、溶媒をエバポレーターで除去し、得られた橙色液体を減圧しながら2回蒸留(155℃、320Pa)した。得られた化合物は、常温において黄色の液体(56.5g、137mmol、収率72%)であった。
【0024】
H−NMR測定
上記で製造した有機ルテニウム化合物について、H−NMRスペクトルの測定を行った。H−NMRの測定は、有機ルテニウム化合物を99.8%の重クロロホルム溶液に溶解して、日本電子(株)社製の核磁気共鳴装置(JNM−ECS400、共鳴周波数400MHz)を用いて測定した。測定条件は、試料濃度1%、積算回数32回、測定温度25℃とした。図1及び図2に、測定したスペクトルの結果と化学シフト値(δ)5.35〜5.45ppmにおける拡大図を示す。
【0025】
図1、2より、H−NMRスペクトルでは、δ5.35〜5.45ppm付近において、非等価な4つのプロトンの存在を示す4本のピークが確認できた。一方、本発明の有機ルテニウム化合物がとりうる異性体1〜3は、化4に示される(1)〜(4)のように、4種類の相互に非等価なプロトンを有している。以上より、H−NMRスペクトルより非等価な4つのプロトンが含まれることが示唆されたことから、製造した化合物には異性体1〜3が含まれることが分かった。尚、H−NMRスペクトルの各ピークについて、ピーク面積を算出したところ、δ5.42ppmが0.61、δ5.40ppmが0.96、δ5.39ppmが1.05、δ5.38ppmが1.00であった。
【化4】

【0026】
ここで、異性体1〜3を全て含む化合物の状態では、H−NMRスペクトルの各ピークが異性体1〜3のいずれに由来するか不明であった。このため本発明者等は、便宜上、H−NMRスペクトルにおいて化学シフト値(δ)5.42ppm付近にピークを有するものを「異性体A」、δ5.40ppm付近及びδ5.38ppm付近にピークを有するものを「異性体B」、δ5.39ppm付近にピークを有するものを「異性体C」と、仮定した。このように4本のピーク中、δ5.40ppm付近及びδ5.38ppm付近にある2本のピークを、異性体Bに由来するものと仮定した理由は、以下による。
【0027】
本発明者等が異性体含有率の異なる複数の化合物についてH−NMRスペクトルを観察したところ、いずれの化合物のスペクトルにおいても、δ5.40ppm付近及びδ5.38ppm付近にある2本のピークは、ピークの高さや線幅などの形状並びにピーク面積比がほぼ同じであった。このため、これら2本のピークは、メチン部位のプロトンがそれぞれ異なる二つのジケトン配位子を有し、それぞれのプロトンが同じ強度で観測されることの予想される異性体2に由来すると考えて、異性体Bのピークと仮定したものである。
【0028】
そして、第1実施形態に係る合成方法により得られた有機ルテニウム化合物に含まれる異性体A〜Cが、異性体の構造で特定される異性体1〜3のいずれに対応するかについて、以下の実験等に基づき決定した。
【0029】
異性体の単離
まず、上記合成方法で得られた有機ルテニウム化合物に含まれる各異性体を単離するため、カラムクロマトグラフィーによる精製を行った。口径100mmのカラム管に、シリカゲル Wako gel C300(和光純薬工業株式会社製)を2000g充填し、カラムクロマトグラフィーを行った。上記方法で得られた有機ルテニウム化合物50gをカラムに投入した後、溶離液としてヘキサンと酢酸エチルとの混合溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=20:1(体積比))を用いて、10ml/minの流量で展開させた。
【0030】
そして、カラム管より溶出してくる溶離液を100mlづつ50本のフラクションに分けて回収した(合計5L)。回収した各フラクションについて、ガスクロマトグラフ及びH−NMRスペクトル測定を行って、異性体1〜3を単一の異性体として含むフラクションを選定した。そして、選定した各フラクションについて、ロータリーエバポレーターで溶離液を除去し、3種類の異性体をそれぞれ単離した。
【0031】
以上により単離した異性体A〜Cについて、常温における性状を観察した。その結果、異性体A及びCは淡黄色の固体であり、異性体Bは淡黄色の液体であった。また、各異性体の融点は、異性体Aが110℃、異性体Cが71℃であり、異性体Bについて正確な融点は決定できなかったものの、少なくとも−20℃以下であることが分かった。
【0032】
異性体Bの決定
上記精製により異性体Bは、H−NMRスペクトルのδ5.40ppm付近及びδ5.38ppm付近に面積比の等しい2つのピークを有するものとして単離された。このことから、上記で仮定したとおりに、これら2つのピークが、単一の異性体に由来するものであることが判明した。そして、これら2つのピークの面積比が等しいことから、該当する異性体は分子内に相互に非等価な2つのプロトンを同一数含んでいると考えられるため、異性体2と決定できた。異性体2は、化4のように、2つの非等価なプロトンを同数(1つ)ずつ有するからである。以上説明したように、異性体Bは異性体2に該当することが判明した。
【0033】
X線結晶構造解析(異性体Aの決定)
次に、異性体Aの構造を特定すべく、Rigaku Micro Max−007(リガク製)によりX線結晶構造解析を行った。X線の線源には、グラファイトで単色化したモリブデンのKα線(波長0.7107Å)を使用した。測定には、異性体Aの結晶を窒素ガスにて‐130℃に冷却して用いた。測定データの解析は構造解析ソフトウエア(teXsan)を用いた。結果を図3に示す。
【0034】
図3より、異性体Aは、配位子(5−メチル−2,4−ヘキサンジオン)に含まれるイソプロピル基が互いに離れあった分子構造(イソプロピル基に関してトランス様の構造)を持つ、異性体3であることが明らかとなった。よって、X線結晶構造解析より、異性体Aが異性体3であると確定できた。
【0035】
以上によって、異性体Aは異性体3、異性体Bは異性体2であることが判明したため、残る異性体Cは異性体1であることが分かった。そこで次に、上記関係に従い、合成方法により得られた有機ルテニウム化合物に、異性体1〜3はどのような割合(含有率)で含まれているかを測定した。また、この異性体含有率と、H−NMRスペクトルのピーク面積比から算出される異性体混合比との関係を検討した。
【0036】
異性体含有率(H−NMRピーク面積)の測定
合成方法により得られた化合物(異性体1〜3全てを含む)について、H−NMRスペクトルのピーク面積を測定することにより、異性体1〜3の各含有率を決定した。その結果、H−NMRスペクトルにおけるピーク面積比は、異性体1:2:3=0.29:0.54:0.17であった。上述のとおり、各異性体は分子量が同一で、メチン部位の水素原子数も同一であるため、ピーク面積比を異性体含有率とみなすことができる。よって、ピーク面積比の測定結果より、各異性体の含有率は、異性体1が29%、異性体2が54%、異性体3が17%であることが分かった。
【0037】
次に、カラムクロマトグラフィーによって単離した各異性体を、特定の含有率となるよう混合し、異性体含有率の相違により、有機ルテニウム化合物の性状がどのように変化するかを観察した。
【0038】
異性体含有率の相違による化合物性状の変化の観察
下記表1に示す異性体含有率となるように、単離した異性体1〜3の質量比を調整して20℃にて混合し、有機ルテニウム化合物(No.1〜66)を製造した。表1に、混合した有機ルテニウム化合物の性状(固液等の状態)を示す。また、図4は、表1の結果を異性体1、2、3の含有率を軸として作成した三角図である。尚、図4における記号(○、□、■)は、化合物の性状(○は液体、□は固体−液体の混合、■は固体)を示しており、記号内の数字は、表1における化合物の番号と対応している。
【表1】

【0039】
以上より、異性体2の含有率が30質量%以上(No.1−36)では、各異性体を混合した化合物が液体となりやすいことが分かった。また、異性体2が30質量%以上、かつ、異性体3が30質量%以下である(No.1−14,16−19,22−25,29−32)と、さらに液体となりやすかった。異性体2が40質量%以上、異性体3が20質量%以下である(No.1−9,11−13,16−18,22−24)と、全く固体を含まず、安定して液体状態となった。
【0040】
次に、上記第一実施形態において得られた有機ルテニウム化合物について、物性評価及びルテニウム薄膜の成膜試験を行い、薄膜製造に好適かどうかを確認した。
【0041】
物性評価
合成方法により得られた有機ルテニウム化合物について、蒸気圧の測定及び熱質量分析(TG)を行った。蒸気圧の測定は、ピラニ真空計(岡野製作所APG−202N32)を用いて行った。また、熱質量分析は、(株)リガク製 Thermo plus TG8120により、試料重量10mg、昇温速度5℃/min、200mL/minの窒素気流下で測定した。熱質量分析の結果を図4に示す。
【0042】
上記の結果、本実施形態の有機ルテニウム化合物は、130℃における蒸気圧が260Paと、比較的蒸気圧の高いものであった。また、図4の熱質量分析の測定結果より、外挿法で算出された蒸発温度は159℃であり、比較的低温で蒸発することが確認できた。
【0043】
成膜試験
次に、合成方法により得られた有機ルテニウム化合物を用いて、CVD法によりルテニウム薄膜を作成した。成膜条件は表2のとおりとした。尚、反応ガスを酸素とした場合(実施例1)及び水素とした場合(実施例2)の両条件で成膜試験を行った。また、精製により各異性体を単離した後に混合して化合物とした、表1におけるNo.5(実施例3)及びNo.10(実施例4)についても成膜を行った(反応ガスは水素)。以上に対し、化5に示すように、化2の化合物における2つのカルボニル基に代えて、ノルボナジエンの配位した従来の有機ルテニウム化合物を用いた成膜試験も行った(比較例1、反応ガスは水素)。成膜時のキャリアガスは、アルゴンとした。成膜結果を表3に示す。尚、表3の結果に示す比抵抗は、低いほど半導体用途等に好適なルテニウム薄膜となる。
【化5】

【0044】
【表2】

【0045】
【表3】

【0046】
表3の実施例1、2より、合成方法により得られた有機ルテニウム化合物では、反応ガスとして酸素(実施例1)を用いた場合のみならず、水素(実施例2)を用いた場合にも、比較的低温で比抵抗の低いルテニウム薄膜を成膜できた。また、実施例3、4の結果より、単離した異性体を混合した化合物も、水素を反応ガスとした場合に、比較的低温で比抵抗の低いルテニウム薄膜を成膜できた。実施例1、2については、形成した膜の膜厚測定に用いた走査型電子顕微鏡(FE−SEM)で表面粗さを測定したところ、表面粗さ2〜3nmの均一な膜であることも確認できた。
【0047】
一方、化5の有機ルテニウム化合物(比較例1)は、成膜温度を500℃に高めることで、反応ガスを水素とした場合にも、一応の成膜が可能であったが、成膜したルテニウム薄膜は比抵抗の比較的大きいものであった。
【0048】
[第二〜第五実施形態]
原料のドデカカルボニルトリルテニウムを反応させる温度及び時間を変更し(第二〜第四実施形態)、又は反応時の溶媒を変更(第5実施形態)した以外は、第一実施形態の合成と同様の方法により、有機ルテニウム化合物を製造した。製造した化合物について、第一実施形態と同様に、異性体含有率の測定及びH−NMR測定を行った。
【0049】
第二実施形態:反応時の液温を140℃として有機ルテニウム化合物を製造した。製造した化合物は、常温において黄色の液体(収率70%)であった。
【0050】
第三実施形態:反応時間を67時間として有機ルテニウム化合物を製造した。製造した化合物は、常温において黄色の液体(収率59%)であった。
【0051】
第四実施形態:反応時の液温を80℃として有機ルテニウム化合物を製造した。製造した化合物は、常温において黄色の液体(収率14%)であった。
【0052】
第五実施形態:有機溶媒として乾燥ヘキサンを用いて有機ルテニウム化合物を製造した。反応容器には、ステンレス製高圧反応容器(オーエムラボテック株式会社製:M50−C)を用いて、ドデカカルボニルトリルテニウム170mg(0.266mmol)と、乾燥ヘキサン17ml(シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社製)と、5−メチル−2,4−ヘキサンジオン215mg(1.68mmol)とを、160℃で24時間反応させた。反応開始時の圧力は約9気圧(9.11×10Pa)であった。また、生成物の蒸留は、130℃、110Paで行った。製造した化合物は、常温において黄色の液体(収率53%)であった。
【0053】
H−NMRスペクトル測定(異性体含有率)
第二〜第五実施形態についてH−NMR測定の結果を図6に示す。結果より、いずれの化合物もδ5.38〜5.42ppmの範囲に、4本のピークを有し、異性体1〜3を全て含むことが分かった。次に、観察された4本のピークについて、各ピークの面積と、ピーク面積より算出した異性体含有率(異性体1:異性体2:異性体3)を、下記表4に示す。
【0054】
【表4】

【0055】
成膜試験
第二〜第五実施形態の化合物を用いて、CVD法によりルテニウム薄膜を作成した。成膜は第一実施形態と同じ条件(キャリアガス:アルゴン、流量50sccm/反応ガス:水素、流量500sccm/成膜:温度350℃、圧力30torr(4.00×10Pa))とした。成膜結果を表5に示す。表5には、第一実施形態において合成方法で得られた有機ルテニウム化合物(実施例2)の成膜結果を、比較のため併記した。
【0056】
【表5】

【0057】
表5より、反応温度140〜160℃、反応時間10〜100時間の範囲内の条件で反応させて得られた第一〜第三実施形態の化合物によれば、反応ガスを水素とした場合にも、比抵抗が低く、膜厚の厚いルテニウム薄膜を形成できた。一方、反応時の液温が低い第四実施形態(80℃)や、反応時の圧力が高い第五実施形態(9気圧(9.11×10Pa)、乾燥ヘキサン)では、ではルテニウム薄膜の比抵抗が高くなる傾向があった。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明に係る有機ルテニウム化合物は、常温で液体であるため、従来の有機ルテニウム化合物で適用される気化装置をそのまま使用して薄膜の製造が可能である。また、化合物そのものが液体であることから、気化後の反応ガスを安定して供給することが可能であり、さらに反応器以外での固体成分の析出が起こらないため蒸着装置の保守の観点からも好ましい化合物である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3種の異性体をとりうる下記式
【化1】

で示される化学蒸着用の有機ルテニウム化合物において、
3種の異性体は下記式
【化2】

で示される異性体1、2、3であり、
異性体2の含有率が30質量%以上である有機ルテニウム化合物。
【請求項2】
異性体2の含有率が30質量%以上であり、異性体3の含有率が30質量%以下であり、残部が異性体1である請求項1に記載の有機ルテニウム化合物。
【請求項3】
異性体2の含有率が40質量%以上であり、異性体3の含有率が20質量%以下であり、残部が異性体1である請求項1に記載の有機ルテニウム化合物。
【請求項4】
原料化合物となる有機ルテニウム化合物を気化して反応ガスとし、前記反応ガスを基板表面に導入しつつ加熱するルテニウム薄膜又はルテニウム化合物薄膜の化学蒸着法において、
前記有機ルテニウム化合物として請求項1〜3のいずれかに記載の有機ルテニウム化合物を用いる化学蒸着法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−6858(P2012−6858A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−143391(P2010−143391)
【出願日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【特許番号】特許第4746141号(P4746141)
【特許公報発行日】平成23年8月10日(2011.8.10)
【出願人】(509352945)田中貴金属工業株式会社 (99)
【Fターム(参考)】