説明

原子発振器およびその制御方法

【課題】光情報の検出精度の劣化を抑えながら、ガスセルの温度制御を量子レベルで制御する原子発振器およびその制御方法を提供する。
【解決手段】本実施形態の原子発振器の光学系の要部である物理部50は、ガス状の金属原子を封入したガスセル10およびそれを保持するガスセル保持部材21からなるセルユニット20、ガスセル10を所定の温度に加熱するヒータ15、ガスセル10中の金属原子を励起するコヒーレント光の光源である光源30、ガスセル10を透過した励起光を検出するフォトセンサ40、フォトセンサ40により検出された励起光の強度に基づいてヒータ15を制御する温度制御手段、を有する。ガスセル10は、円筒部11と、該円筒部11の両端の開口部をそれぞれ封鎖して励起光の光路の入射面および出射面を形成する窓部12と、を有し、ヒータ15が、窓部12の前記光路と異なる領域に設けられている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子発振器およびその制御方法に関し、さらに詳しくは、ガスセルの温度制御を量子レベルで制御する原子発振器およびその制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ルビジウム、セシウムなどのアルカリ金属を用いた原子発振器は、原子のエネルギ遷移を利用する際に、ガスセル内に、緩衝ガスとともにアルカリ金属原子を蒸気状態に保っている。そのため、原子を気密封止したガスセルを所定の高温に保って動作させている。原子発振器の動作原理は、光とマイクロ波を利用した二重共鳴法と、2種類の干渉光により量子干渉効果(以下CPT:Coherent Population Trappingと記す)を利用する方法とに大別されるが、両者共にガスセルに入射した光源からの光が、原子ガスにどれだけ吸収されたかを、ガスセルを挟んで光源の反対側に設けられた光検出手段で検出することにより原子共鳴を検知し、制御系にて水晶発振器などの基準信号をこの原子共鳴に同期させて出力を得ている。
このとき、ガスセル中の原子密度が変化すると、原子ガスへの光の吸収度合いが変化して原子共鳴の検知に誤差を生じたり、検知できなくなるといった問題がある。そのため、実用化されている原子発振器は、ガスセル内の原子の蒸気を一定の温度(例えば80℃)に保つための温度制御機構および温度制御系を備えている(例えば特許文献1を参照)。
【0003】
特許文献1に記載の原子発振器(物理学的パッケージ)は、ガス状の金属原子を封入したガスセル(蒸気セル)と、ガスセルを所定の温度に加熱する加熱手段(加熱器)と、ガスセル中の金属原子を励起する励起光の光源と、ガスセルを透過した励起光を検出する光検出手段と、を備えている。ここで、所定の温度とは、ガスセル内に、金属原子が所望の原子密度にてガス化される温度(温度範囲)を指す。
ガスセルは、内部に原子ガスが封入された筒状(チューブ状)の密閉容器であって、パッケージ(磁気遮蔽)内に装填された断熱材、および断熱材の内側に設けられたマイクロ波空洞のさらに内側に、誘電体からなるガスセル保持部材に周辺を覆われた状態で保持されている。また、筒状のガスセルは、筒部と、該筒部の両端の開口部をそれぞれ封鎖して励起光の光路の入射面および出射面を形成する窓部とからなり、入射面となる窓部側に配置された光源から入射された光が、筒部を通って金属原子を励起し、その励起光が出射面となる窓部側に配置された光検出手段に向けて出射されるように配置されている。したがって、励起光の入射面および出射面を形成する各窓部は光透過性を有する材料により構成される。なお、特許文献1に記載の原子発振器の光源にはレーザダイオード光源が用いられ、この光源はマイクロ波信号に影響することのないパッケージの外側に配置され、光ファイバを介してガスセルの入射面側の窓部に光を入射するようになっている。
また、ガスセルを加熱する加熱手段は、ガスセルの筒部を覆うガスセル保持部材およびマイクロ波空洞の外側に設けられて温度制御手段に接続され、マイクロ波空洞および誘電体を介して主に筒部を加熱するようになっている。
【0004】
【特許文献1】特表平11−512876号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の原子発振器では、ガスセルを保持するガスセル保持部材の外側に加熱手段が設けられ、この加熱手段によりガスセル保持部材を介して主に筒部を加熱する構造となっている。このため、加熱されたガスセルにおいては、筒部に比べて窓部の温度が低くなり、ガスセル内でガス化された金属原子または分子が窓部で固化されやすくなっている。光源から光検出手段までの光の光路となっている窓部に金属原子の固体が付着した場合には、光の透過が阻害されて光情報の精度の低下をもたらし、原子発振器の性能の劣化を招く虞があるという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態または適用例として実現することが可能である。
【0007】
〔適用例1〕本適用例にかかる原子発振器は、ガス状の金属原子を封入したガスセルと、前記ガスセルを保持するガスセル保持部材と、前記ガスセルを前記金属原子がガス化される温度に加熱する加熱手段と、前記ガスセル中の前記金属原子を励起する励起光を照射する光源と、前記ガスセルを透過した前記励起光を検出する光検出手段と、前記光検出手段により検出された前記励起光の強度に基づいて前記加熱手段を制御する温度制御手段と、を備え、前記ガスセルは、筒部と、該筒部の両端の開口部をそれぞれ封鎖して前記励起光の光路の入射面および出射面を形成する窓部と、を有し、前記加熱手段が、前記窓部の前記光路と異なる領域に設けられていることを特徴とする。
【0008】
この構成によれば、加熱手段が窓部に設けられていることにより、加熱手段により加熱されたガスセルにおいては、窓部の温度が筒部の温度よりも高く保持されるので、ガス化された金属原子または分子が窓部の光路に固化されて付着するのを抑えることができる。これにより、窓部の光路への固体の付着により励起光の透過が阻害されることによる光情報の精度の低下が抑えられるので、原子発振器の発振特性の劣化を防止することができる。
【0009】
〔適用例2〕本適用例にかかる原子発振器は、ガス状の金属原子を封入したガスセルと、前記ガスセルを保持するガスセル保持部材と、前記ガスセルを前記金属原子がガス化される温度に加熱する加熱手段と、前記ガスセル中の前記金属原子を励起する励起光を照射する光源と、前記ガスセルを透過した前記励起光を検出する光検出手段と、前記光検出手段により検出された前記励起光の強度に基づいて前記加熱手段を制御する温度制御手段と、を備え、前記ガスセルは、筒部と、該筒部の両端の開口部をそれぞれ封鎖して前記励起光の光路の入射面および出射面を形成する窓部と、を有し、前記加熱手段として、前記ガスセル保持部材に設けられた第1の加熱手段と、前記窓部の前記光路と異なる領域に設けられ前記第1の加熱手段の温度より高い温度に制御される第2の加熱手段と、を備えることを特徴とする。
【0010】
この構成によれば、第1の加熱手段によって筒部の温度を制御しながら、第2の加熱手段によって窓部の温度を筒部の温度よりも高めに制御することが可能になる。これにより、窓部への固化された金属原子または分子の付着が抑えられるとともに、ガスセル内の温度をより均一に安定させて制御することができる。したがって、ガスセルの光路の光透過性を保持しながらガスセル内の原子密度をより一定に保持することができるので、安定した光情報の取得が可能となり、優れた発振特性を有する原子発振器を提供することができる。
【0011】
〔適用例3〕本適用例にかかる原子発振器の制御方法は、ガス状の金属原子を封入したガスセルと、前記ガスセルを保持するガスセル保持部材と、前記ガスセルを前記金属原子がガス化される温度に加熱する加熱手段と、前記ガスセル中の前記金属原子を励起する励起光を照射する光源と、前記ガスセルを透過した前記励起光を検出する光検出手段と、前記光検出手段により検出された前記励起光の強度に基づいて前記加熱手段を制御する温度制御手段と、を備え、前記ガスセルは、筒部と、該筒部の両端の開口部をそれぞれ封鎖して前記励起光の光路の入射面および出射面を形成する窓部と、を有し、前記加熱手段が、前記窓部の前記光路と異なる領域に設けられている原子発振器の制御方法において、前記光源からの入射光の波長に応じた光吸収が最大になった励起周波数における光の強度を記憶する光強度記憶ステップと、前記光強度記憶ステップにより記憶された光の強度になるように前記加熱手段の温度を制御する温度制御ステップと、を含み、前記温度制御ステップは、前記光強度記憶ステップにより記憶された光の強度と、現時点での前記光源からの入射光の波長に応じた光吸収により得られた光の強度とを比較し、前記現時点での光の強度が、前記光強度記憶ステップにより記憶された光の強度と一致するように前記加熱手段を制御することを特徴とする。
【0012】
上記適用例の原子発振器の制御方法によれば、光検出手段により検出された励起光の強度に基づいて加熱手段を温度制御することにより、加熱手段によるガスセルの温度制御を正確に行うことができるので、温度検出手段を省略することができるとともに、装置の小型化およびコストダウンを実現することができる。
しかも、上記適用例の原子発振器は、加熱手段が、窓部の光路と異なる領域に設けられている。これにより、加熱されたガスセルにおいて、窓部の温度が筒部の温度よりも高く保持されるので、ガス化された金属原子または分子が窓部の光路に固化されて付着するのを抑えることができる。これにより、窓部の光路への固体の付着により励起光の透過が阻害されることによる光情報の精度の低下が抑えられるので、原子発振器の発振特性の劣化を防止することができる。
【0013】
〔適用例4〕本適用例にかかる原子発振器の制御方法は、ガス状の金属原子を封入したガスセルと、前記ガスセルを保持するガスセル保持部材と、前記ガスセルを前記金属原子がガス化される温度に加熱する加熱手段と、前記ガスセル中の前記金属原子を励起する励起光を照射する光源と、前記ガスセルを透過した前記励起光を検出する光検出手段と、前記光検出手段により検出された前記励起光の強度に基づいて前記加熱手段を制御する温度制御手段と、を備え、前記ガスセルは、筒部と、該筒部の両端の開口部をそれぞれ封鎖して前記励起光の光路の入射面および出射面を形成する窓部と、を有し、前記加熱手段として、前記ガスセル保持部材に設けられた第1の加熱手段と、前記窓部の前記光路と異なる領域に設けられ前記第1の加熱手段の温度より高い温度に制御される第2の加熱手段と、を備えた原子発振器の制御方法であって、前記光源からの入射光の波長に応じた光吸収が最大になった励起周波数における光の強度を記憶する光強度記憶ステップと、少なくとも前記光強度記憶ステップにより記憶された光の強度になるように前記第1の加熱手段の温度を制御する温度制御ステップと、を含み、前記温度制御ステップでは、前記光強度記憶ステップにより記憶された光の強度と、現時点での前記光源からの入射光の波長に応じた光吸収により得られた光の強度とを比較し、前記現時点での光の強度が、前記光強度記憶ステップにより記憶された光の強度と一致するように前記第1の加熱手段を制御して、且つ、前記第2の加熱手段の温度を前記第1の加熱手段の温度よりも高い温度に制御することを特徴とする。
【0014】
上記適用例の原子発振器の制御方法によれば、光検出手段により検出された励起光の強度に基づいて加熱手段を温度制御することにより、加熱手段によるガスセルの温度制御を正確に行うことができるので、温度検出手段を省略することができるとともに装置の小型化およびコストダウンを実現することができる。
また、上記した制御方法の原子発振器において、上記適用例によれば、第1の加熱手段によって筒部の温度を制御しながら、第2の加熱手段によって窓部の温度を筒部の温度よりも高めに制御することが可能になる。これにより、窓部への固化された金属原子または分子の付着が抑えられるとともに、ガスセル内の温度をより均一に安定させて制御することができる。したがって、ガスセルの光路の光透過性を保持しながらガスセル内の原子密度をより一定に保持することができるので、安定した光情報の取得が可能となり、優れた発振特性を有する原子発振器を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、原子発振器の一実施形態について、図面を参照して説明する。
【0016】
図1(a)は、本実施形態にかかる原子発振器の物理部を模式的に説明する側面図、(b)は、物理部の主要部であるセルユニットを(a)の光の入射面側(光源30側)からみた正面図である。また、図2(b)は、ガスセルを説明する正面図、(a)は(b)のA−A線断面図である。なお、図1(b)および図2(b)において施されたハッチングは、ヒータ15を識別しやすくするためのものであり断面を示すものではない。
【0017】
本実施形態では、原子発振器において物理的な機能を司る主要部を物理部50と呼ぶ。図1において、物理部50は、ガスセル10およびガスセル10を保持するガスセル保持部材21からなるセルユニット20と、ガスセル10内の気化された金属原子を励起する光を照射する励起光の光源30と、ガスセル10を通過した励起光を検出する光検出手段としてのフォトセンサ40と、を有している。
【0018】
(ガスセル)
図2において、ガスセル10は、筒部としての円筒部11と、その円筒部11の両端の開口部を封鎖する窓部12とにより、密閉されたキャビティTが形成されている。また、円筒部11内部の一部分には、金属原子ガスの固体である金属が収容される凹状の溜り部13が設けられている。なお、金属原子ガスとしては、例えば、ルビジウムやセシウムなどのアルカリ金属を気化させたものが用いられる。
なお、キャビティT内に金属原子ガスが封入されたガスセル10において、金属原子ガスを励起する光の光路Lの入射面および出射面を形成する各窓部12は、例えばガラスなどの光透過性を有する材料からなる。一方、円筒部11は光透過性を必要としないので、金属や樹脂などにより形成されていてもよく、また、窓部12と同じガラスなどの光透過性材料により形成されていてもよい。
【0019】
二つの窓部12の光路Lと異なる領域には、ガスセル10の加熱手段としての複数のヒータ15が設けられている。本実施形態では、各窓部12の光路Lから略均等な距離を設けて該光路Lを囲むように四つのヒータ15が配設されている。各ヒータ15は、図示しない配線によって後述する温度制御部の駆動回路に接続されている。
また、窓部12の光路Lおよび複数のヒータ15が設けられた領域と異なる領域には温度センサ19が設けられ、配線により温度制御部の駆動回路に接続されている。なお、温度センサ19は、円筒部11あるいはガスセル保持部材21(図1を参照)に設けてもよい。
【0020】
(物理部)
図1に示すように、物理部50は、上記のガスセル10の光路Lの延長線上の両側に、光源30と、フォトセンサ40とがそれぞれ配置されて構成されている。
ガスセル10は、ガスセル保持部材21により保持されている。本実施形態のガスセル保持部材21は、ガスセル10の円筒部11の外形形状と略同じ円筒形状の凹部が半分ずつ形成された二つのガスセル保持部材21からなり、この二つのガスセル保持部材21で円筒部11をはさみ込んで固定することによりガスセル10を保持している。このとき、ガスセル保持部材21は、各窓部12とは接触しないように所定の隙間を設けてガスセル10を保持している。これにより、ヒータ15によって加熱された窓部12の熱がガスセル保持部材21に直接伝播することがなくなるので、窓部12から円筒部11への熱の伝播が効率よく行われる。また、ガスセル10を加熱する加熱手段としてのヒータ15が窓部12に設けられているので、光路Lを含む窓部12の温度が、円筒部11よりも常に高く保持されるようになっている。
なお、加熱されたガスセル10において、窓部12よりも低い温度を呈する円筒部11のうち溜り部13の温度が周囲よりも低い温度となっていることが好ましい。このようにすれば、ガスセル10内のガス化された金属原子の固化は溜り部13に集中して起こるようになり、円筒部11の不特定な部位に金属原子の固化が発生する場合に比して、ガスセルの温度分布が安定して保持される。
【0021】
ガスセル保持部材21の材料としては、動作温度に加熱されたガスセル10の温度に十分耐えうる耐熱性を有する金属、あるいは合成樹脂などを用いることができる。
例えば、ガスセル保持部材21の材料としてアルミニウムや銅などの金属を用いた場合には、堅牢なガスセル保持部材21を比較的容易に加工して形成することができる。また、金属は熱伝導性が比較的高いので、ガスセル10から伝わる熱によりガスセル保持部材21の温度が一旦安定すれば、ガスセル保持部材21によるガスセル10の安定した保温構造が実現できる。
一方、ガスセル保持部材21の材料として熱伝導率の低い合成樹脂を用いた場合には、ガスセル保持部材21を介したガスセル10の放熱が抑えられ、ヒータ15によるガスセル10の加熱効率を高くすることができる。このようなガスセル保持部材21の材料として、具体的には、ポリスチレン、ポリエチレン、アクリル樹脂などが挙げられる。
【0022】
なお、光源30には半導体レーザ光源などが用いられる。
また、ガスセル10を通過した励起光の光検出手段としてのフォトセンサ40は、例えば太陽電池あるいはフォトダイオードなどからなる。
また、より高精度の温度維持を行って原子発振器の性能に寄与させるためには、ガスセル10およびそれを保持するガスセル保持部材21からなるセルユニット20と、光源30と、フォトセンサ40とを、保温可能な容器内に収納して温度制御すると効果的である。
【0023】
(原子発振器)
次に、本実施形態にかかる原子発振器の構成、および制御方法について説明する。
図3は、上記物理部50を備えた二重共鳴法による原子発振器100の要部構成図である。
図3において、原子発振器100は、光源30を点灯する光源励振部35と、ガスセル10中のガス化された金属原子を励起する光源30と、金属原子を封入したガスセル10を備えたセルユニット20と、ガスセル10中の金属原子の共振周波数により励振するマイクロ波共振器70と、マイクロ波共振器70にマイクロ波を放射する放射用アンテナ24と、ガスセル10を透過した光(励起光)の強度を検出するフォトセンサ40と、Amp55に現れる低周波振幅変調信号の位相を弁別する位相弁別器61と、マイクロ波の位相を低周波により変調する低周波位相変調信号発生器60と、電圧制御水晶発振器63の発振信号をマイクロ波に逓倍する周波数逓倍合成変調部62と、位相弁別器61の電圧に基づいて所定の周波数を発振する電圧制御水晶発振器63と、ガスセル10を加熱するヒータ(加熱手段)15と、フォトセンサ40により検出された励起光の強度に基づいてヒータ15を制御する温度制御部65と、を備えて構成されている。なお、周波数逓倍合成変調部62の出力は放射用アンテナ24に接続されている。
【0024】
原子発振器100の動作については公知であるので、ここでは詳細な説明は省略するが、本実施形態の原子発振器100の主たる構成要素であるマイクロ波共振器70の動作について概略を説明する。
原子発振器100の動作プロセスにおいて、定常状態にあるエネルギ準位より高いエネルギ準位にある電子を、基底準位まで落とすためのマイクロ波の存在が、セルユニット20を原子発振器として動作させるに当って非常に重要であり、そのマイクロ波の強度を十分高めるためにマイクロ波共振器70が用いられる。そして、マイクロ波共振器70内に取り付けた放射用アンテナ24から6.83468・・GHzを送出し、この周波数に同調をとるようにマイクロ波共振器70は設計されている。
【0025】
このような二重共鳴法は、単一の光源(光源30)より片方の基底準位の原子を励起させ、他方の基底準位の原子をマイクロ波による誘導放出で励起対象の基底準位に至らしめる共振法で、マイクロ波の周波数を共振周波数付近に掃引しながら光検出手段(フォトセンサ40)で吸収の程度を監視し、吸収が最大となったときの波長に水晶発振器(電圧制御水晶発振器63)などを同期させる方式である。例えばこの方法でも、ある程度温度が一致した状態から最大吸収の絶対値が一致するような温度制御を施せば、原子数や原子状態が再現したことになり、つまりは同一温度に至ったと判断できる。
【0026】
光源30からの入射光の波長に応じた光吸収が最大になった励起周波数における光の強度を温度制御部65内の図示しないメモリ(光強度記憶手段)に記憶する。そして、温度制御部65が、金属原子を封入したガスセル10を備えたセルユニット20の温度補正を行う場合、メモリに記憶された光の強度と、現時点での光源30からの入射光の波長に応じた光吸収により得られた光の強度とを比較し、現時点での光の強度がメモリに記憶された光の強度と一致するようにヒータ15を制御するものである。
【0027】
上記実施形態の原子発振器100によれば、ヒータ15が窓部12の光路Lと異なる領域に設けられているので、加熱されたガスセル10において、窓部12の温度が円筒部11の温度よりも高く保持される。これにより、ガスセル10内のガス化された金属原子が窓部12の光路Lに固化されて付着するのを抑えることができるので、窓部12の光路Lの励起光の透過性が保持され、安定した発振特性を有する原子発振器100を提供することができる。
【0028】
上記実施形態で説明した原子発振器100は、以下の変形例として実施することも可能である。
【0029】
(変形例1)
上記実施形態では、ガスセル10の加熱を、窓部12の光路Lと異なる領域に設けられた複数のヒータ15のみで行う構成とした。これに限らず、円筒部11を加熱する加熱手段を別途併設することにより、さらに安定したガスセルの加熱を実現でき、より高精度な発振特性を有する原子発振器の提供に寄与できる。
図4は、ガスセル10を保持するガスセル保持部材に加熱手段を併設したセルユニットを説明するものであり、(b)は、本変形例のセルユニットを光の入射面側からみた正面図であり、(a)は(b)のB−B線断面図である。
なお、本変形例のセルユニットの構成のうち、上記実施形態と同じ構成については同一符号を付して説明を省略する。
【0030】
図4において、セルユニット120は、ガスセル10が、熱伝導性が高く加工が容易な、例えば銅やアルミニウムなどの金属からなるガスセル保持部材121により保持されて構成されている。上記実施形態と同様に、ガスセル保持部材121は、各窓部12に接触しないように所定の隙間を設けてガスセル10を保持している。また、ガスセル保持部材121の円筒部11を保持する円筒形状の凹部において、溜り部13に対応する位置には、溜り部13との間に所定の隙間を形成する凹部が設けられている。
【0031】
ガスセル保持部材121には、該ガスセル保持部材121に保持されているガスセル10を円筒部11から加熱するための第1の加熱手段としてのヒータ125が挿設されている。なお、本変形例では、上記実施形態と同様にガスセル10の窓部12の光路Lと異なる領域に設けられた複数のヒータ15を第2の加熱手段として定義する。
また、ガスセル保持部材121には、該ガスセル保持部材121の温度を検出するための温度センサ129が備えられている。
【0032】
本変形例のセルユニット120は、上記実施形態で説明した原子発振器100の光学系の要部構成(図3を参照)におけるセルユニット20に代わるものである。ここで、セルユニット120のガスセル10は、第1の加熱手段としてのヒータ125によりガスセル保持部材121を介して主に円筒部11が所定の温度に加熱される。この所定の温度とは、ガスセル10のキャビティT内に原子が所望の状態で気化される温度を指す。そして、ガスセル10の窓部12に設けられた第2の加熱手段であるヒータ15は、第1の加熱手段としてのヒータ125よりも高い温度にて制御される。これにより、ガスセル10において、キャビティT内に原子が安定して気化された状態を保持できるとともに、窓部12が常に円筒部11よりも高い温度に保持されるので、固形の原子が窓部12に付着するのを防止することができる。
【0033】
(変形例2)
上記実施形態および変形例1では、ガスセル10の窓部12に設ける加熱手段(第2の加熱手段)として、励起光の光路Lと異なる領域に、該光路Lから略均等な距離を空けて取り囲むように四つのヒータ15が配設された例を説明した。ヒータ15の形状や数はこれに限らず、光路Lを避けて配置され、且つ、ガスセル10を所望の温度に保持できれよい。
例えば、図5に示すような形状の加熱手段を用いることができる。図5は、上記実施形態および変形例1の複数のヒータ15とは異なる形状および数量の加熱手段を用いたガスセル110を説明するものであり、図2(b)と同じ方向からみた正面図である。なお、上記実施形態および変形例1と同じ構成については同一符号を付して説明を省略する。
【0034】
図5に示すガスセル110において、窓部12には、平面ドーナツ形状のヒータ135が設けられている。ヒータ135は、その平面ドーナツ形状の中央の開口部分がガスセル110の光路Lよりも大きく形成されていて、該開口部分により光路Lが遮蔽されないように位置を合わせて設けられている。同様に、窓部12の円筒部11を挟んだ反対側(紙面の奥側)に設けられた窓部(図示されず)にも平面ドーナツ形状のヒータが設けられ、各ヒータ135は図示しない配線によって上記した温度制御部(図3を参照)の駆動回路に接続されている。
【0035】
この構成によれば、窓部12へのヒータ135の接触面積を大きくすることができるので、ガスセル110を所定の温度にするための加熱時間が短縮され、また、温度をより安定させて保持することが可能になる。
また、ヒータ135は各窓部12に一つずつ設ければよいので、部品点数が軽減され、ガスセル110を製造する際のヒータ135貼り付け工程の効率化が図れる。
【0036】
以上、発明者によってなされた本発明の実施の形態について具体的に説明したが、本発明は上記した実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の変更を加えることが可能である。
【0037】
例えば、上記実施形態では、光源30からの単一の励起光とマイクロ波共振器70からのマイクロ波とによる二重共鳴法を用いた原子発振器100、およびその制御方法について説明した。これに限らず、本発明は、レーザ光などのコヒーレント光を照射する光源を用いて、そのコヒーレント光源から照射されるコヒーレント光の原子干渉を利用した所謂CPTによる原子発振器にも適用が可能であり、上記実施形態と同様な効果を奏する。なお、コヒーレント光とは、レーザ光などのように位相や振幅に一定性があり、互いに干渉しやすい光をいう。
【0038】
また、上記実施形態および変形例では、開口部の形状が円形である円筒形の筒部である円筒部11を有するガスセル10,110について説明した。これに限らず、筒部は開口部の形状が楕円形の円筒形であってよく、また、原子発振器に求める精度によっては多角柱状の筒部であってもよい。また、筒部の長手方向断面が、その中央を頂部として両端側に向けて幅が狭くなる所謂断面コンベックス状であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】(a)は、原子発振器の物理部を模式的に説明する側面図、(b)は、物理部の主要部であるセルユニットを光の入射面側からみた正面図。
【図2】(b)は、ガスセルを説明する正面図、(a)は、(b)のA−A線断面図。
【図3】二重共鳴法による原子発振器の要部構成図。
【図4】(b)は、セルユニットの変形例を説明する正面図、(a)は(b)のB−B線断面図。
【図5】ガスセルの変形例を説明する正面図。
【符号の説明】
【0040】
10,110…ガスセル、11…筒部としての円筒部、12…窓部、13…溜り部、15,135…加熱手段としてのヒータ、19,129…温度センサ、20,120…セルユニット、21,121…ガスセル保持部材、24…放射用アンテナ、30…光源、35…ランプ励振部、40…光検出手段としてのフォトセンサ、50…物理部、60…低周波位相変調信号発生器、61…位相弁別器、62…周波数逓倍合成変調部、63…電圧制御水晶発振器、65…温度制御部、70…マイクロ波共振器、100…原子発振器、L…光路、T…キャビティ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガス状の金属原子を封入したガスセルと、
前記ガスセルを保持するガスセル保持部材と、
前記ガスセルを前記金属原子がガス化される温度に加熱する加熱手段と、
前記ガスセル中の前記金属原子を励起する励起光を照射する光源と、
前記ガスセルを透過した前記励起光を検出する光検出手段と、
前記光検出手段により検出された前記励起光の強度に基づいて前記加熱手段を制御する温度制御手段と、を備え、
前記ガスセルは、筒部と、該筒部の両端の開口部をそれぞれ封鎖して前記励起光の光路の入射面および出射面を形成する窓部と、を有し、
前記加熱手段が、前記窓部の前記光路と異なる領域に設けられていることを特徴とする原子発振器。
【請求項2】
ガス状の金属原子を封入したガスセルと、
前記ガスセルを保持するガスセル保持部材と、
前記ガスセルを前記金属原子がガス化される温度に加熱する加熱手段と、
前記ガスセル中の前記金属原子を励起する励起光を照射する光源と、
前記ガスセルを透過した前記励起光を検出する光検出手段と、
前記光検出手段により検出された前記励起光の強度に基づいて前記加熱手段を制御する温度制御手段と、を備え、
前記ガスセルは、筒部と、該筒部の両端の開口部をそれぞれ封鎖して前記励起光の光路の入射面および出射面を形成する窓部と、を有し、
前記加熱手段として、前記ガスセル保持部材に設けられた第1の加熱手段と、前記窓部の前記光路と異なる領域に設けられ前記第1の加熱手段の温度より高い温度に制御される第2の加熱手段と、を備えることを特徴とする原子発振器。
【請求項3】
ガス状の金属原子を封入したガスセルと、前記ガスセルを保持するガスセル保持部材と、前記ガスセルを前記金属原子がガス化される温度に加熱する加熱手段と、前記ガスセル中の前記金属原子を励起する励起光を照射する光源と、前記ガスセルを透過した前記励起光を検出する光検出手段と、前記光検出手段により検出された前記励起光の強度に基づいて前記加熱手段を制御する温度制御手段と、を備え、前記ガスセルは、筒部と、該筒部の両端の開口部をそれぞれ封鎖して前記励起光の光路の入射面および出射面を形成する窓部と、を有し、前記加熱手段が、前記窓部の前記光路と異なる領域に設けられている原子発振器の制御方法において、
前記光源からの入射光の波長に応じた光吸収が最大になった励起周波数における光の強度を記憶する光強度記憶ステップと、
前記光強度記憶ステップにより記憶された光の強度になるように前記加熱手段の温度を制御する温度制御ステップと、を含み、
前記温度制御ステップは、前記光強度記憶ステップにより記憶された光の強度と、現時点での前記光源からの入射光の波長に応じた光吸収により得られた光の強度とを比較し、前記現時点での光の強度が、前記光強度記憶ステップにより記憶された光の強度と一致するように前記加熱手段を制御することを特徴とする原子発振器の制御方法。
【請求項4】
ガス状の金属原子を封入したガスセルと、前記ガスセルを保持するガスセル保持部材と、前記ガスセルを前記金属原子がガス化される温度に加熱する加熱手段と、前記ガスセル中の前記金属原子を励起する励起光を照射する光源と、前記ガスセルを透過した前記励起光を検出する光検出手段と、前記光検出手段により検出された前記励起光の強度に基づいて前記加熱手段を制御する温度制御手段と、を備え、前記ガスセルは、筒部と、該筒部の両端の開口部をそれぞれ封鎖して前記励起光の光路の入射面および出射面を形成する窓部と、を有し、前記加熱手段として、前記ガスセル保持部材に設けられた第1の加熱手段と、前記窓部の前記光路と異なる領域に設けられ前記第1の加熱手段の温度より高い温度に制御される第2の加熱手段と、を備えた原子発振器の制御方法において、
前記光源からの入射光の波長に応じた光吸収が最大になった励起周波数における光の強度を記憶する光強度記憶ステップと、
少なくとも前記光強度記憶ステップにより記憶された光の強度になるように前記第1の加熱手段の温度を制御する温度制御ステップと、を含み、
前記温度制御ステップでは、前記光強度記憶ステップにより記憶された光の強度と、現時点での前記光源からの入射光の波長に応じた光吸収により得られた光の強度とを比較し、前記現時点での光の強度が、前記光強度記憶ステップにより記憶された光の強度と一致するように前記第1の加熱手段を制御して、且つ、前記第2の加熱手段の温度を前記第1の加熱手段の温度よりも高い温度に制御することを特徴とする原子発振器の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−302706(P2009−302706A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−152555(P2008−152555)
【出願日】平成20年6月11日(2008.6.11)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】