説明

反射防止膜及び赤外線用光学素子

【課題】カルコゲナイドガラスに対して密着性が良好であり、かつ耐候性が良好な赤外線用の反射防止膜を提供する。
【解決手段】硫黄やセレン,テルルを主成分としたいわゆるカルコゲナイドガラスからなる基材12の表面に反射防止膜13を設ける。反射防止膜13は、基材12側から順に、第1薄膜16と第2薄膜17を備える。第1薄膜16は、酸化ビスマス(Bi)からなる。第2薄膜17は、フッ化イットリウム(YF)からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線用硝材の表面に設けられる反射防止膜に関するものであり、さらに詳しくは、カルコゲナイドからなる硝材の表面に設けられる反射防止膜に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、赤外線を利用して撮影を行う赤外線カメラが普及している。周知のように、赤外線カメラは暗所での撮影や薄い布等の遮蔽物を通した撮影に適している。このため、赤外線カメラは、例えば店舗等の各種施設に設置され、防犯や防災のための監視カメラとして用いられる。また、ダムの水量計測や交通量の計測等にも用いられる。さらに、近年では、自動車に設置され、赤外線カメラで撮影した映像を車内に設置されたモニタに表示することによって夜間の視野を拡大し、安全走行が支援するシステムも知られている。
【0003】
また、赤外線は水蒸気等の大気中の成分による吸収が大きいため、赤外線カメラで利用する波長帯は、こうした吸収のない大気の窓と称される波長帯に限られる。こうした波長帯の中でも、例えば波長0.7〜2.5μmの近赤外線を用いる近赤外線カメラや、3.0〜1000μmの遠赤外線を用いる遠赤外線カメラが実用化されている。
【0004】
こうした赤外線カメラは、撮影に利用する波長が長いことから、レンズ等の光学要素に屈折率の大きい硝材が用いられる。例えば、ゲルマニウム(Ge)やセレン化亜鉛(ZnSe)等が赤外線用の硝材として知られている。しかし、これらの赤外線用硝材は高価であるとともに、結晶であるため、加工方法が研磨に限られ、マイクロレンズアレイ等の複雑な構造に表面を加工することが難しい。
【0005】
このため、近年では、赤外線用の硝材として、硫黄(S)やセレン(Se),テルル(Te)を主成分とする硝材(以下、カルコゲナイドガラスと言う)が知られている(特許文献1)。カルコゲナイドガラスは、ゲルマニウム結晶やセレン化亜鉛等に比べて安価であるとともに、モールド成型によって、要求される光学要素の形状に容易に加工することができる。
【0006】
また、こうした赤外線用硝材は、その屈折率の大きさから、表面反射が多く、透過率は60〜70%程度に留まり、単にレンズ等の形状に表面形状を加工しただけでは十分な撮影光量が得られにくいことが知られている。このため、こうした赤外線用硝材からなる光学要素の表面には、表面反射による光量損失を抑えるために、反射防止膜が設けられる。
【0007】
赤外線用の反射防止膜としては、硝材としてゲルマニウムやセレン化亜鉛を用いる場合、ZnS,CaF,YF,Y,Ge,Si等を積層して形成する例が知られている。また、反射防止膜の密着性を高めるために、TiOやAlを下地として基板表面に設ける例が知られている(特許文献2)。特に、硝材としてカルコゲナイドガラスを用いる場合には、Al,Ge,ZnS,MgFの4層で構成することにより耐久性を向上させた反射防止膜(特許文献3)や、Ge,ZnS,CeF3等の積層体の上にCeOを設けて耐候性を向上した反射防止膜(特許文献4)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−161374号公報
【特許文献2】特開平6−313802号公報
【特許文献3】特開平8−15501号公報
【特許文献4】特開2006−72031号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述のように、赤外線カメラは、周囲環境が比較的安定した室内に設置されるばかりでなく、気温や湿度等の変動が大きな室外や自動車等の過酷な環境にも設置される。このため、赤外線用硝材の表面に設けられる反射防止膜には、こうした過酷な環境下で使用しても変色や剥離,クラック等が生じない十分な耐候性が求められる。また、赤外線カメラを構成する光学要素に、ゲルマニウム等の高価な結晶基板素材を用いると高価である。このため、カルコゲナイドガラス等の安価な材料からなる光学要素で赤外線カメラを構成することが望まれている。
【0010】
しかしながら、基材としてカルコゲナイドガラスを用いる場合に、その表面に設ける反射防止膜として、従来のゲルマニウム結晶基板上に設ける反射防止膜を単に流用すると、必ずしも密着性が良いとは言えず、前述のような過酷な環境下では剥離してしまうことがある。
【0011】
また、ゲルマニウム結晶基板上に設ける反射防止膜には、Ge等の高価な材料からなる薄膜をその層構成に含むことがある。このため、このようなゲルマニウム結晶基板用の反射防止膜をカルコゲナイドガラスを用いる場合に流用すると、安価なカルコゲナイドガラスを用いたにもかかわらずコスト高になってしまう原因となる。また、反射防止膜を構成する層構造の層数が多いほど高コストになりやすいため、できるだけ安価な材料だけを用い、かつ、少ない層数で反射防止膜を構成することが望まれる。
【0012】
さらに、ゲルマニウム結晶基板用の反射防止膜には、MgF等の耐候性が必ずしも良いとは言えない材料を層構成に含み、十分な耐候性が得られないことがある。したがって、こうしたゲルマニウム結晶基板用の反射防止膜をカルコゲナイドガラス用の反射防止膜として用いる場合、当然ながら十分な耐候性が得られない。このため、前述のようにMgF等の耐候性の低い材料からなる層を含む場合に、反射防止膜の最外層に耐候性が良好な層を設ける例も知られている。しかし、こうして最外層にだけ耐候性が高い材料を設け、内側の層に耐候性の不十分な材料が使用されている場合、気温や湿度の変動によって反射防止膜にわずかでもクラックや剥離等が生じると、耐候性が不十分な層が露呈され、そこを起点に立ちどころにクラックや剥離が拡大してしまうため、製品寿命が短くなりやすいという欠点がある。こうしたことから、反射防止膜は、耐候性が不十分な材料を用いず、耐候性が良好な材料だけで構成されることが望まれている。
【0013】
本発明は上述の問題点に鑑みてなされたものであり、基材としてカルコゲナイドガラスを用いる場合に、密着性及び耐候性が良好で安価な赤外線用反射防止膜を提供することを目的とする。また、カルコゲナイドガラスにこの反射防止膜を設けることにより、所定波長帯の赤外線の透過率を向上させた安価な赤外線用光学素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の反射防止膜は、カルコゲナイドからなる基材の表面に設けられ、前記基材側から順に、Biからなる第1薄膜と、YFからなる第2薄膜とを備えることを特徴とする。
【0015】
前記第1薄膜は、イオンビームアシスト蒸着法によって成膜されることが好ましい。
【0016】
また、前記第2薄膜は、イオンビームアシスト蒸着法によって成膜されたアシスト層と、イオンビームによるアシストを行わずに成膜された非アシスト層とを交互に複数積層して形成されることが好ましい。
【0017】
前記基材から最も遠い前記第2薄膜の最上層が、前記アシスト層であることが好ましい。
【0018】
前記第1薄膜に接する層が、前記アシスト層であることが好ましい。
【0019】
前記第2薄膜上に、耐候性を向上させる材料からなる耐候性薄膜を備えることが好ましい。
【0020】
前記耐候性薄膜は、Si,SiO,SiOのうちいずれかの材料からなることが好ましい。
【0021】
前記耐候性薄膜の膜厚は50nm以上200nm以下であることが好ましい。
【0022】
本発明の赤外線用光学素子は、上述の反射防止膜を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、基材としてカルコゲナイドガラスを用いる場合に、密着性及び耐候性が良好で安価な赤外線用反射防止膜を提供することができる。また、カルコゲナイドガラスにこの反射防止膜を設けることにより、所定波長帯の赤外線の透過率を向上させた安価な赤外線用光学素子を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】反射防止膜の構成を示す説明図である。
【図2】第1薄膜及び第2薄膜の構成を示す説明図である。
【図3】蒸着装置の構成例を示す説明図である。
【図4】反射防止膜を設けたカルコゲナイドガラスの特性を示すグラフである。
【図5】耐候性薄膜を含む反射防止膜の例を示す説明図である。
【図6】基材の表裏に反射防止膜を設ける例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
図1に示すように、レンズ11は、波長3.0〜1000μmの遠赤外線による撮影に用いられるレンズであり、基材12と、その表面に設けられた反射防止膜13とからなる。
【0026】
基材12は、硫黄やセレン,テルルを主成分とするカルコゲナイドガラスであり、前述の波長帯(3.0〜1000μm)における屈折率が約2.6の高屈折率材料であり、硫黄やセレン,テルル(いわゆるカルコゲン)を主成分とするカルコゲナイドガラスである。カルコゲナイドガラスは、ゲルマニウム結晶基板等の他の赤外線硝材と比較して安価であるとともに、レンズ等の素子形状への加工性に優れる。以下、基材12は、カルコゲナイドガラスをモールド成型し、予めレンズ11の形状に形成されているとともに、その表面は光学面として機能するように滑らかに仕上げられているものとする。
【0027】
反射防止膜13は、基材12側から順に、第1薄膜16と第2薄膜17の2種類の薄膜を含む。
【0028】
第1薄膜16は、基材12への密着性が良好な酸化ビスマス(Bi)からなる。また、Biは水に不溶であり、レンズ11の使用環境等によって反射防止膜13の表面に結露が生じた場合であっても溶出してしまうことがなく、反射防止膜13の材料として十分な耐候性を有する。
【0029】
また、第2薄膜17は、フッ化イットリウム(YF)からなる。YFは、Biへの密着性が良好であり、また、水に対して不要である。したがって、前述の第1薄膜16と同様に、レンズ11の使用環境等によって反射防止膜13の表面に結露が生じた場合であっても溶出してしまうことはなく、反射防止膜13の材料として十分な耐候性を有する。
【0030】
図2に示すように、第1薄膜16は、Biからなる1層の薄膜から構成される。また、第1薄膜16は、後述するイオンビームアシスト法によって成膜された1層の薄膜で構成される。このため、第1薄膜16は、イオンビームによるアシストを行わずに、基材12表面にBiを成膜した薄膜と比較して、基材12の表面に、より強固に密着して成膜されるとともに、その表面(第2薄膜17との界面)は、より平坦に形成される。
【0031】
一方、第2薄膜17は前述のように材料としては全てYFからなるが、第2薄膜17は、YFの成膜方法が異なるアシスト層21と非アシスト層22の2種類の層で構成される。また、アシスト層21と非アシスト層22は交互に積層される。
【0032】
アシスト層21は、YFをイオンビームアシスト法によって成膜した層であり、その厚さは、第2薄膜17全体の物理膜厚に対して1/10に成膜される。また、アシスト層21は、イオンビームアシスト法によって成膜されるため、成膜するもととなる下地の層に対して密着性が良く、また、表面の平坦性も良好である。
【0033】
また、非アシスト層22は、アシスト層21と同様にYFを第2薄膜17全体の物理膜厚に対して1/10の厚さに成膜した薄膜である。しかし、この非アシスト層22は、イオンビームによるアシストを行わずに成膜された点が前述のアシスト層21とは異なる。このため、非アシスト層22は、アシスト層21と比べると下地の層への密着性や表面の平坦性は劣るが、アシスト層22に比べて内部応力は小さい。
【0034】
第2薄膜17は、こうして形成されるアシスト層21と非アシスト層22を10層程度交互に積層して形成されることで、第1薄膜16や第2薄膜17の内部応力を緩和するバッファとなる。これにより、クラックを生じたり、基材12から剥離したりせずに反射防止膜13を成膜することができる。また、第2薄膜17が上述のような多層構造となっていることで、気温や湿度等、レンズ11の周囲環境が変動した場合にも、反射防止膜13のクラックの発生や、基材12からの反射防止膜13の剥離が抑制される。
【0035】
上述のように構成される反射防止膜13は、図3に示すように、イオンビームアシスト法による蒸着と、イオンビームによるアシストを行わない蒸着法とを切り替え可能な蒸着装置31によって基材12表面に成膜される。蒸着装置31は、真空槽32と、この真空槽32内に設けられた基材ホルダ36、材料ホルダ37、イオン源38等から構成される。
【0036】
基材ホルダ36は、基材12等、表面に薄膜が成膜される基材を保持する保持部材である。基材ホルダ36は、図示しない移動機構によって材料ホルダ37やイオン源38に対する位置や角度を自在に変更可能になっている。また、基材ホルダ36には、保持した基材を加熱するヒータ(図示しない)が設けられており、反射防止膜13の成膜時には基材12の温度が所定温度に加熱される。
【0037】
材料ホルダ37は、複数種類の蒸着材料を各々保持する保持部材である。ここでは、材料ホルダ37には、第1薄膜16の材料であるBiと、第2薄膜17の材料であるYFとがそれぞれ保持される。これらの材料は、電子銃(図示しない)から照射される電子ビームによって加熱,溶融されることにより材料ホルダ37から飛散する。こうして材料ホルダ37から飛散した蒸着材料粒子41は、基材ホルダ36に保持された基材12の表面に堆積され、薄膜が成膜される。なお、材料ホルダ37から飛散させる蒸着材料は、基材12上に成膜する薄膜に応じて適宜選択される。
【0038】
イオン源38は、イオンビーム42を基材ホルダ36に保持された基材12に向けて照射する。イオンビーム42は、アルゴン等の不活性ガスをイオン化し、所定の速度に加速したものであり、蒸着材料粒子41に衝突してエネルギーを供給し、蒸着材料粒子41の堆積をアシストする。こうしてイオンビーム42によってアシストしながら蒸着材料粒子41を堆積させると、基材12や薄膜等の下地の表面に蒸着材料粒子41とのミキシング層が形成され、イオンビーム42によってアシストせずに成膜した場合と比較して、より密着力が強い薄膜が成膜される。また、イオンビーム42によってアシストしながら成膜すると、イオンビーム42でアシストしない場合と比較して、表面がより平坦な薄膜が成膜される。このように、イオンビーム42を照射しながら成膜する方法がイオンビームアシスト蒸着法である。
【0039】
なお、蒸着装置31では、イオン源38からイオンビーム42を照射するか否かは、材料ホルダ37からの蒸着材料粒子41の飛散とは別個に、独立して制御可能となっている。したがって、蒸着装置31では、イオンビームアシスト蒸着法による成膜と、イオンビーム42の照射を行わない成膜とを、成膜する薄膜に求められる性質に応じて任意に切り替えながら成膜が行われる。
【0040】
前述のように、カルコゲナイドガラスからなる基材12の表面に、赤外線用の反射防止膜13を設けるときには、まず、基材12を基材ホルダ36にセットし、真空槽32を所定圧力に達するまで真空引きする。その後、イオン源38からイオンビーム42を照射しながら、蒸着材料粒子41としてBiを飛散させることにより、基材12の表面に第1薄膜16を成膜する。このとき、基材12は、基材ホルダ36に設けられたヒータによって100度程度の温度に加熱される。
【0041】
その後、蒸着材料粒子41として飛散させる材料をBiからYFに切り替え、既に成膜した第1薄膜16上にYFを成膜する。このとき、YFを所定の膜厚に成膜する毎に、イオンビーム42のオンオフを切り替える。例えば、まずイオンビーム42を照射しながらYFを成膜し、アシスト層21を形成する。次いで、イオンビーム42の照射を止めてYFを成膜することにより、アシスト層21上に非アシスト層22を形成する。その後、再びイオンビーム42を照射しながらYFを成膜することにより、非アシスト層22上にアシスト層21を形成する。こうしてアシスト層21と非アシスト層22を交互に、合計で10層程度形成することにより第2薄膜17を成膜する。こうして、第2薄膜17を成膜するときも、前述の第1薄膜16の成膜時と同様に、基材12は基材ホルダ36に設けられたヒータによって100度程度の温度に加熱される。
【0042】
なお、こうして反射防止膜13を成膜するときに、基材12を100度程度に加熱する例を説明したが、反射防止膜13を成膜するときの基材12の温度は、基材12の材料の具体的な組成によって任意に定められる。但し、基材12の材料であるカルコゲナイドガラスは、赤外線用硝材として一般的なゲルマニウム結晶基板や可視光用のガラス材料と比べて、比較的低温で軟化,溶融する。例えば、典型的なカルコゲナイドガラスの軟化点,溶融点は350度程度である。一方、基材12への密着力が強い反射防止膜13を成膜するためには、基材12をできるだけ高温で反射防止膜13を成膜する方が好ましい。こうしたことから、基材12が軟化,溶融しない範囲内で、基材12をできるだけ高温(例えば上述の例で説明したように100度程度)に加熱しながら反射防止膜13を成膜することが好ましい。基材12として、軟化点,溶融点が350度程度の典型的なカルコゲナイドガラスを用いる場合には、反射防止膜13を成膜するときに、基材12を50度以上200度以下の温度に加熱することが好ましく、70度以上150度以下の温度に加熱することがより好ましく、90度以上120度以下の温度に加熱することが特に好ましい。
【0043】
上述のよう構成された反射防止膜13は、基材12への密着性が良く、耐候性(特に耐水性)に優れる。例えば、水に溶けやすいとは言えないまでも可溶性の物質(例えばMgF)を含む反射防止膜を設けた赤外線用光学素子の場合、これを煮沸すると、可溶性物質からなる層が溶解し、反射防止膜は容易に剥離してしまう。これに対して、反射防止膜13はBiとYFという水に不溶な物質だけから構成されるため、反射防止膜13を設けた赤外線用光学素子(例えばレンズ11)を煮沸しても反射防止膜13は溶解や剥離を起こさない。
【0044】
また、基材12がカルコゲナイドガラスからなることから、反射防止膜13は100度程度の低温で成膜されるが、基材12側から、Biからなる第1薄膜16、YFからなる第2薄膜17の順に積層した構成になっていることで、反射防止膜13の密着性は良好になる。さらに、反射防止膜13は、基材12に接する第1薄膜16がイオンビームアシスト蒸着法によって成膜されるので、基材12への反射防止膜13の密着性は特に良好になる。
【0045】
さらに、反射防止膜13は、BiとYFというクラックが生じにくい材料の組み合わせからなるとともに、YFからなる第2薄膜17がアシスト層21と非アシスト層22を交互に積層した構造になっていることで、反射防止膜13の内部応力が均衡するため、反射防止膜13にはクラックが生じ難い。したがって、反射防止膜13は安定した生産が可能である。同時に、反射防止膜13を設けた赤外線用光学素子が、気温や湿度等の周囲環境が大きく変動する過酷な環境で用いられる場合であっても、こうした周囲環境の変動によって反射防止膜13にクラックが生じることは殆どなく、長期間安定した光学機能を果たすことができる。
【0046】
また、BiやYFは安価である。例えば、Biはゲルマニウムの概ね1/10程度の価格である。したがって、反射防止膜13は、ゲルマニウムからなる層を含む従来の赤外線用反射防止膜と比較して、安価に製造することができる。
【0047】
上述の実施形態で説明した反射防止膜13を設けたカルコゲナイドガラスの透過率及び反射率の一例を示す。ここで基材12として用いたカルコゲナイドガラスはGeSbSeであり、波長10μmの遠赤外線に対する屈折率は2.59669である。同時に、反射防止膜13は、第1薄膜16(Bi)の物理膜厚を1380nmとした。この第1薄膜16の波長10μmの遠赤外線に対する屈折率は2.2である。また、第2薄膜17(YF)の物理膜厚を1940nmとし、アシスト層21と非アシスト層22を合計で10層交互に積層して形成した。この第2薄膜17の波長10μmの遠赤外線に対する屈折率は1.52である。
【0048】
図4に示すように、反射防止膜13を設けた基材12は、遠赤外線撮影に用いられる波長3.0〜1000μmの範囲のうち少なくとも8〜12μmの範囲内で、透過率は概ね99%以上(反射率は概ね1%以下)である。したがって、反射防止膜13は、前述のように密着性及び耐候性(特に耐水性)に優れると同時に、反射防止膜13を設けない場合のカルコゲナイドガラス(GeSbSe)の透過率が、波長8〜12μmの範囲で概ね60%〜70%程度であることを考慮すれば、反射防止膜13が第1薄膜16と第2薄膜17というわずか2つの薄膜で構成されているにも関わらず、良好な反射防止効果を示すことが分かる。
【0049】
なお、上述の実施形態では、反射防止膜13をBiからなる第1薄膜16とYFからなる第2薄膜17とから構成する例を説明したが、必ずしもこの2つの薄膜だけで反射防止膜13を構成形成する必要はない。反射防止膜13は、基材12側からBiからなる第1薄膜16とYFからなる第2薄膜17とを含む構成であれば良く、第2薄膜17上にさらに他の材料からなる薄膜を成膜しても良い。
【0050】
例えば、図5に示すように、反射防止膜51は、基材12側から第1薄膜16、第2薄膜17、耐候性薄膜52の3種類の薄膜からなる。したがって、反射防止膜51は、第1薄膜16と第2薄膜17は上述の実施形態で説明したものと同じであるが、第2薄膜17上にさらに耐候性薄膜52を設けた点が、前述の反射防止膜13と異なる。耐候性薄膜52は、例えば、SiO,SiO2,Si等からなる十分に薄く設けられた薄膜であり、反射防止膜の耐候性をさらに向上させる。
【0051】
こうした材料からなる耐候性薄膜52は、撮影に用いる赤外線の帯域に含まれる特定の波長を吸収することがあるが、耐候性薄膜52が十分に薄く設けられている場合には、これによる吸収をほとんど無視することができる。例えば、Biからなる第1薄膜16を1321nm、YFからなる第2薄膜17を1699nmとし、耐候性薄膜52をSiOで形成する場合、耐候性薄膜52を100nmとすれば、上述の反射防止膜51は、前述の反射防止膜13とほぼ同様の良好な反射防止効果(図4参照)を得つつ、さらに耐候性が向上した反射防止膜となる。
【0052】
こうして反射防止膜のさらなる耐候性向上のために設ける耐候性薄膜52は、耐候性が向上し、かつ、撮影に用いる赤外線の吸収を無視することができる厚さであれば任意の厚さに設けて良いが、耐候性薄膜52は薄すぎると耐候性がそれほど向上せず、逆に厚すぎると吸収が顕著になり撮影に支障をきたすことがある。このため、耐候性薄膜52の膜厚は、50nm以上200nm以下であることが好ましく、80nm以上150nm以下であることがより好ましく、90nm以上120nm以下であることが特に好ましい。
【0053】
また、赤外線用光学素子の表面は、耐候性を向上させるために、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)でコーティングされることがある。反射防止膜13,51を設けた場合には、反射防止膜13,15に十分な耐候性があるのでDLCによるコーティングは必須ではないが、反射防止膜13,51の上にさらにDLCをコーティングしても良い。
【0054】
また、上述の実施形態では、反射防止膜13をBiからなる第1薄膜16とYFからなる第2薄膜17とで構成する例を説明したが、反射防止膜13は、基材12に接する薄膜がBiからなり、さらにその上にYFからなる薄膜が設けられていれば良い。したがって、例えば、第1薄膜16と第2薄膜17を成膜した後、第2薄膜17の上にさらにBiからなる薄膜やYFからなる薄膜を成膜して、その光学特性を調節しても良い。例えば、基材12側から順に、Bi,YF,Bi,YF・・・の積層構造で反射防止膜13を構成しても良い。
【0055】
なお、上述の実施形態では、基材12の一方の表面に反射防止膜13を設ける例を説明したがこれに限らない。例えば、図6に示すように、基材12の表裏両面に反射防止膜13を設けても良い。こうして基材12の表裏両面に反射防止膜13を設ける場合、基材12の形状等によっては、表裏にそれぞれ設けた反射防止膜13のうち、先に成膜した反射防止膜13にクラックが生じることがある。こうした場合には、例えば表裏各々の反射防止膜13で、第2薄膜17のアシスト層21と非アシスト層22の積層数を変えて、2つの反射防止膜13による応力を表裏で総合的に均衡させることが好ましい。
【0056】
なお、上述の実施形態では、遠赤外線撮影に用いられる波長帯の中でも8〜12μmの波長帯について透過率が99%以上となる反射防止膜13の例を示したが、これに限らず、第1薄膜17や第2薄膜18の厚さ等を調節することで、3.0〜1000μmのうちほぼ任意の部分的な波長帯で上述と同様の良好な性質の反射防止膜13を作製することができる。したがって、遠赤外線撮影は、3.0〜1000μmのうち、撮像素子の特性や大気による吸収等を考慮して選択された部分的な波長帯の遠赤外線を用いて行われるが、これらの波長帯に各々対応した反射防止膜13を上述の実施形態と同様にして作製することができる。また、上述の実施形態では、遠赤外線撮影で用いるレンズ11、及び反射防止膜13を例に説明したが、これに限らない。例えば、上述の実施形態で説明した反射防止膜13は、第1薄膜16や第2薄膜17の膜厚を調節することによって、近赤外線や中赤外線に対して好適な反射防止膜とすることができる。但し、硝材12の具体的な特性にもよるが、上述の実施形態で説明した反射防止膜13は、遠赤外線の波長帯で特に好適な光学特性が得られやすい。
【0057】
なお、上述の実施形態では、反射防止膜13を構成する2つの薄膜のうち、第2薄膜17をアシスト層21と非アシスト層22の積層構造で形成する例を説明したがこれに限らない。例えば、第2薄膜16と同様にして、第1薄膜16をアシスト層と非アシスト層の積層構造にしても良い。このように、第1薄膜16をアシスト層と非アシスト層の積層構造にすると、反射防止膜13の内部応力を均衡させやすくなる。但し、こうして第1薄膜16をアシスト層と非アシスト層の積層構造とする場合には、少なくとも基材12に直接接する層を基材12への密着性のためにアシスト層とする必要がある。
【0058】
なお、上述の実施形態では、反射防止膜13を構成する2つの薄膜のうち、第2薄膜17をアシスト層21と非アシスト層22の積層構造で形成する例を説明したが、第2薄膜17を構成する複数の層21,22うち、少なくとも第1薄膜16に接する層はアシスト層21とすることが好ましい。こうして、第1薄膜16に接する層をアシスト層21とすると、第1薄膜16への密着性が良い第2薄膜17を容易に成膜することができる。また、第2薄膜17を構成する複数の層21,22のうち、最外層(基材12及び第1薄膜16から最も遠い層)は、アシスト層21にすることが好ましい。こうして第2薄膜17の最外層をアシスト層21にすることで、平坦性が良好な反射防止膜13を容易に得ることができる。また、前述のように、第2薄膜17の上に、さらに耐候性薄膜52を設ける場合には、耐候性薄膜52と第2薄膜17との密着性も向上する。
【0059】
なお、上述の実施形態では、第2薄膜17を合計で10層程度のアシスト層21及び非アシスト層22で構成する例を説明したが、第2薄膜17は、アシスト層21と非アシスト層22が交互に積層されていれば良く、アシスト層21及び非アシスト層22の層数や各層の膜厚は、各々任意に定めることができる。
【0060】
例えば、アシスト層21及び非アシスト層22の層数は合計で10層でなくても良く、任意である。但し、第2薄膜17の全体としての膜厚は、反射防止膜31の光学特性で定まるので、アシスト層21及び非アシスト層22の層数が多いほど、各層の膜厚は薄くなり、安定した製造が難しくなる。一方、各々1層ずつで構成する場合のように、アシスト層21及び非アシスト層22の層数が少なすぎると、反射防止膜13の内部応力の均衡させ難くなる。したがって、第2薄膜17は、上述の実施形態で説明したように、合計で10層程度のアシスト層21及び非アシスト層22で構成することが好ましい。
【0061】
また、アシスト層21及び非アシスト層22の各々層数が一致していなくても良い。例えば、第1薄膜16に接する層と最外層をアシスト層21とする場合には、非アシスト層22に比べてアシスト層21の層数が1層多くなる。
【0062】
さらに、アシスト層21及び非アシスト層22の膜厚は、反射防止膜13の内部応力を均衡させるように任意に定めることができる。例えば、基材12の形状等によっては、一方の層に比べて他方の層を薄く(または厚く)しても良い。また、例えば、第1薄膜16からとおくなるにつれて、各層の厚さを薄く(厚く)するなど、アシスト層21,非アシスト層22でも積層する位置によって膜厚を変えても良い。
【0063】
なお、上述の実施形態では、反射防止膜31を成膜する蒸着装置31を一例として説明したが、イオンビームアシスト蒸着法による成膜を行える蒸着装置であれば上述の実施形態で説明した蒸着装置31の構成に限らない。例えば、材料ホルダ37には複数の蒸着材料が予め保持される例を説明したが、材料ホルダ37は1種類の蒸着材料を保持するものとし、適宜蒸着材料を入れ替えるようにしても良い。また、蒸着装置31では、基材ホルダ36に1つの基材12を保持する例を説明したが、複数の基材12を保持し、これらに同時に反射防止膜13を成膜するようにしても良い。さらに、蒸着装置31では、反射防止膜31の成膜中に基材ホルダ36が移動しない例を説明したが、基材ホルダ36の形状等によっては、基材ホルダ36を回転させたり、移動させたりしながら反射防止膜13の成膜を行うようにしても良い。また、イオンビーム42のオンオフは必ずしも切り替えられなくても良く、イオンビームアシスト蒸着法による成膜を行う蒸着装置と、イオンビームを照射しない蒸着装置を共に用いるようにしても、反射防止膜31を成膜することができる。
【0064】
なお、上述の実施形態では、基材12の一例としてGeSbSeからなるカルコゲナイドガラスを挙げたが、これに限らない。反射防止膜13を成膜する基材12の組成は、いわゆるカルコゲナイドガラスであれば任意の組成のものを用いて良い。
【0065】
なお、上述の実施形態では、赤外線用光学素子の例としてレンズ11を説明したが、カルコゲナイドガラスを基材とし、赤外線に用いる光学素子であればレンズ以外の任意の光学素子に本発明の反射防止膜を好適に用いることができる。したがって、上述の実施形態で説明した基材12は、反射防止膜13を成膜できる形状であれば、その形状やサイズは任意である。
【符号の説明】
【0066】
11 レンズ
12 基材
13,51 反射防止膜
16 第1薄膜
17 第2薄膜
21 アシスト層
22 非アシスト層
31 蒸着装置
41 蒸着材料粒子
42 イオンビーム
52 耐候性薄膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルコゲナイドからなる基材の表面に設けられ、前記基材側から順に、Biからなる第1薄膜と、YFからなる第2薄膜とを備えることを特徴とする反射防止膜。
【請求項2】
前記第1薄膜は、イオンビームアシスト蒸着法によって成膜されることを特徴とする請求項1記載の反射防止膜。
【請求項3】
前記第2薄膜は、イオンビームアシスト蒸着法によって成膜されたアシスト層と、イオンビームによるアシストを行わずに成膜された非アシスト層とを交互に複数積層して形成されることを特徴とする請求項1または2記載の反射防止膜。
【請求項4】
前記基材から最も遠い前記第2薄膜の最上層が、前記アシスト層であることを特徴とする請求項3記載の反射防止膜。
【請求項5】
前記第1薄膜に接する層が、前記アシスト層であることを特徴とする請求項3または4記載の反射防止膜。
【請求項6】
前記第2薄膜上に、耐候性を向上させる材料からなる耐候性薄膜を備えることを特徴とする請求項1ないし5いずれかに記載の反射防止膜。
【請求項7】
前記耐候性薄膜は、Si,SiO,SiOのうちいずれかの材料からなることを特徴とする請求項6記載の反射防止膜。
【請求項8】
前記耐候性薄膜の膜厚は50nm以上200nm以下であることを特徴とする請求項6または7記載の反射防止膜。
【請求項9】
請求項1ないし8いずれかに記載の反射防止膜を備えることを特徴とする赤外線用光学素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−221048(P2011−221048A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−86297(P2010−86297)
【出願日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】