説明

塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板およびその製造方法

【課題】スケール層を有する熱延鋼板に電着焼付塗装を施した場合であっても、スケールと地鉄との密着性を損なうことが無く、且つ、良好な化成処理皮膜を形成することが可能な、塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】スケール層中のマグネタイトの体積分率を60%以上、かつ、前記マグネタイトの平均結晶粒径を3μm以下とし、スケール/地鉄界面の粗さを平均粗さRaで1.5μm以下とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電着塗装後の耐食性と疲労特性に優れた、スケール層を有する熱延鋼板およびその製造方法に関するものであり、特に、自動車やトラックのフレームやメンバー、シャシーなどの素材として好適な、塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
通常、熱延鋼板はコイルとして巻き取った後の状態において、表面に鉄酸化物を主体とする10μm前後のスケール層を有する。このような熱延鋼板を自動車やトラック等の部材に用いる場合、防食を目的として、スケール層付きままの鋼板の表面に電着焼付塗装が施される場合があるが、この際、所望の塗装後耐食性が得られないということが従来から問題となっていた。
【0003】
一方、自動車やトラックのフレームやシャシー等に用いられる鋼板には、塗装後の耐食性に加えて、疲労特性が併せて求められる。一般に、疲労特性は鋼板表面の粗さの影響を強く受けることが良く知られており、例えば、特許文献1に記載されたような、仕上げ圧延前のデスケーリングを十分に行うことによって表面を平滑化し、疲労特性を向上させる方法が知られている。しかしながら、この方法によって鋼板を製造した場合、疲労特性は良好となるものの、スケール付きまま材の塗装後耐食性が劣位となる場合があり、疲労特性と塗装後耐食性の両立が求められていた。
【0004】
一般的に、スケール層付きの鋼板に塗装処理を行った場合、その塗装後の耐食性は、「(1)スケールと地鉄との密着性」と、「(2)電着塗装の前処理として行う化成処理性」に大きく左右されると考えられる。スケールの密着性を改善する技術としては、例えば、スケール層の構造をマグネタイト(Fe)主体にする方法(例えば、特許文献2〜4を参照)、薄スケール化する方法(例えば、特許文献3〜7を参照)、スケール層中のMnFeの比率を低下させる方法(例えば、特許文献8を参照)が開示されている。
【0005】
しかしながら、上記した従来の技術においては、スケールと地鉄の密着性は改善するものの、電着塗装の前処理である化成処理をスケール付き鋼板に行った場合、良好な化成処理皮膜が形成されないため、その後に設けられる電着塗装皮膜との密着性が低下し、塗装後の耐食性が劣化するという問題があった。また、薄スケール化を図るために、高圧水デスケーリング装置(例えば、特許文献1、9を参照)等により、仕上げ圧延前のデスケーリングを行うと、化成処理性が十分に得られず、その結果、電着塗装皮膜の密着性が低下し、塗装耐食性が劣化するという問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平09−137249号公報
【特許文献2】特開平09−271806号公報
【特許文献3】特開2000−87185号公報
【特許文献4】特開2002−143905号公報
【特許文献5】特開平07−252593号公報
【特許文献6】特開平09−272918号公報
【特許文献7】特開平11−277105号公報
【特許文献8】特開2004−346416号公報
【特許文献9】特開2000−015323号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記問題に鑑みてなされたものであり、スケール層を有する熱延鋼板に電着焼付塗装を施した場合であっても、スケールと地鉄との密着性を損なうことが無く、且つ、良好な化成処理皮膜を形成することが可能な、塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、先ず、鋼板の電着塗装前処理として行う化成処理性に及ぼすスケール構造の影響について詳細に調査した。その結果、化成処理によって鋼板表面に形成された皮膜は、スケール中のマグネタイト(Fe)分率が高いほど、また、マグネタイトの粒径が微細であるほど、良好な形態を示すことを見出した。そして、良好な形態の化成処理皮膜が形成された熱延鋼板は、電着塗装後の耐食性が良好となることを発見した(図1に示すグラフを参照)。
【0009】
次いで、本発明者等は、スケール層内のマグネタイト粒を微細化する条件について鋭意検討を行った。その結果、図2のグラフに示すように、従来から通常行われているような、デスケーリングを完全に施した状態で仕上げ熱延を実施した場合には、マグネタイト結晶粒は微細化しないことを知見した。その一方、所定範囲内の厚さのスケールが存在する状態で仕上げ圧延を開始し、さらに、所定の温度範囲内でスケールに適正量の歪を付加した場合には、鋼板の冷却後に形成されるマグネタイトの結晶が微細化することを見出した。なお、マグネタイトの結晶が微細化する原因は定かではないが、主にウスタイトからなるスケール中(高温の仕上げ圧延時に形成されるスケールはウスタイトが主相)に、歪付加によって導入される微細な欠陥が、冷却中に形成されるマグネタイトの変態核として働いている可能性があるものと考えられる。
【0010】
一方で、本発明者等が鋭意実験を繰り返したところ、仕上げ圧延開始時のスケール厚さが大き過ぎると、マグネタイト分率が低下して塗装耐食性が低下傾向になるとともに、スケール/地鉄界面粗さが増加し、その結果、疲労特性が低下することが明らかとなった。
さらに、本発明者等は、マグネタイト分率に及ぼす製造条件の影響について調査した。その結果、仕上げ圧延開始時のスケール厚さの他に、仕上げ圧延温度、巻取り温度、および650〜300℃間の冷却速度が影響因子であることを見出した。
【0011】
上記各実験の結果、本発明者等は、熱延条件を適正化してスケールの構造と結晶粒径、並びに、スケール/地鉄界面の厚さを最適化することにより、スケール層付きの鋼板においても良好な電着塗装後の塗装耐食性を確保でき、さらに良好な疲労特性も具備することを明らかにし、本発明を完成させた。
即ち、本発明の要旨は以下のとおりである。
【0012】
[1] スケール層中のマグネタイトの体積分率が60%以上、かつ、前記マグネタイトの平均結晶粒径が3μm以下であり、スケール/地鉄界面の粗さが平均粗さRaで1.5μm以下であることを特徴とする塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板。
[2] 質量%で、C:0.2%以下、Si:2.0%以下、Mn:3.0%以下、P:0.1%以下、S:0.02%以下、Al:2.0%以下、Cr:3.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする上記[1]に記載の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板。
[3] 曲げ疲労限度比が0.45以上であることを特徴とする上記[1]又は[2]に記載の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板。
[4] 上記[1]〜[3]の何れか1項に記載の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板を製造する方法であって、仕上げ圧延開始時の平均スケール厚が3〜30μmとなるようにデスケーリングを行った後、鋼板表面温度:800〜980℃の範囲内での累積圧下率が30%以上であり、さらに仕上げ圧延終了温度:800℃以上となる仕上げ圧延を行い、その後、300〜650℃で巻き取ることを特徴とする塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板の製造方法。
[5] 上記[1]〜[3]の何れか1項に記載の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板を製造する方法であって、仕上げ圧延開始時の平均スケール厚が3〜30μmとなるようにデスケーリングを行った後、鋼板表面温度:800〜980℃の範囲内での累積圧下率が30%以上であり、さらに仕上げ圧延終了温度:800℃以上となる仕上げ圧延を行い、その後、300〜650℃間を平均冷却速度5℃/分以下で冷却することを特徴とする塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板によれば、上記構成により、スケール層を有する熱延鋼板に電着焼付塗装を施した場合であっても、スケールと地鉄との密着性を損なうことが無く、且つ、良好な化成処理皮膜を形成することが可能となり、優れた塗装耐食性と疲労耐久性が得られる。これにより、従来の鋼板において腐食による減肉量を見込んだ部品板厚が設定されていたのに対し、本発明の熱延鋼板は、優れた塗装耐食性が得られることから、部品の板厚を薄くすることが可能となり、自動車あるいはトラック等の軽量化が可能となる。また、鋼板の板厚が薄い場合、鋼材料には高い疲労強度が求められるが、本発明の熱延鋼板は優れた疲労特性を具備することから、部材の軽量化に極めて好適である。
また、本発明の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板の製造方法によれば、上記手順並びに条件を採用することにより、優れた塗装耐食性並びに疲労特性を備える熱延鋼板を製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明に係る塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板およびその製造方法を模式的に説明する図であり、電着塗装焼付け後の耐食性に及ぼすスケール層中のマグネタイトの体積分率とマグネタイト粒径との関係を示すグラフである。
【図2】本発明に係る塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板およびその製造方法を模式的に説明する図であり、仕上げ圧延直前のスケール厚さと最終熱延板におけるスケール層中に存在するマグネタイトの粒径との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板およびその製造方法の一実施形態について、図面を適宜参照しながら詳細に説明する。なお、本実施形態は、本発明の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板およびその製造方法の趣旨をより良く理解させるために詳細に説明するものであるから、特に指定の無い限り本発明を限定するものではない。
【0016】
[熱延鋼板]
本実施形態の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板は、スケール層中のマグネタイトの体積分率が60%以上、かつ、前記マグネタイトの平均結晶粒径が3μm以下であり、スケール/地鉄界面の粗さが平均粗さRaで1.5μm以下として概略構成されている。
【0017】
『スケール層中のマグネタイトの体積分率』
本発明の熱延鋼板において、スケール層中のマグネタイトの体積分率は、塗装後の耐食性を確保する上で極めて重要な因子である。スケール層中のマグネタイト分率が60%未満だと、良好な化成処理皮膜が形成されにくくなり、その結果、化成皮膜上に行う電着塗装との密着性が低下して耐食性が劣化する。このため、本発明においては、スケール層中のマグネタイトの体積分率を60%未満に規定した。また、本発明においては、耐食性をさらに向上させる観点から、スケール層中のマグネタイトの体積分率を85%以上とすることがより好適である。
【0018】
『マグネタイトの平均結晶粒径』
本発明の熱延鋼板において、マグネタイトの平均結晶粒径は、塗装後耐食性を確保する上で極めて重要な因子である。マグネタイトの結晶粒径が3μmを超えると、良好な下地化成皮膜が形成されにくくなり、電着塗装後の耐食性が劣化するので、その適正範囲を3μm以下とした。また、本発明におけるマグネタイトの平均結晶粒径は、2μm以下がより好適な範囲である。
【0019】
なお、本発明において説明するマグネタイトとは、Feの化学式からなるスピネル型の結晶構造を有する酸化物である。また、結晶構造において、Feの原子位置にMn、Al、Ti等の原子が一部置換した場合でも塗装耐食性に及ぼす効果は変わらないが、他原子による置換率が30%を超えるとスケールの割れを引き起こす場合があることから、Fe位置の他原子による置換率はこれを上限とする。
【0020】
『スケール/地鉄界面の粗さ』
スケール/地鉄間の界面粗さは、疲労特性を判断する指標の一つであり、本発明において重要な因子である。スケール/地鉄間の界面の平均粗さRaが1.5μmを超えると、疲労特性が顕著に低下するため、その適正範囲を1.5μmとした。また、本発明におけるスケール/地鉄間の界面の平均粗さRaは、1.3μm以下がより好適な範囲である。
【0021】
『鋼成分』
本発明の熱延鋼板においては、スケール層中のマグネタイトの体積分率、マグネタイトの平均結晶粒径、並びに、スケール/地鉄間の界面の平均粗さを上記範囲とするにあたり、鋼成分を、以下のように制御することがより好ましい。即ち、本発明の熱延鋼板は、質量%で、C:0.2%以下、Si:2.0%以下、Mn:3.0%以下、P:0.1%以下、S:0.02%以下、Al:2.0%以下、Cr:3.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成とすることがより好ましい。
以下、鋼成分を構成する各成分について説明する。
【0022】
「C:炭素」0.2%以下
本発明においては、C量が0.2%を超えると、パーライト組織の割合やセメンタイトの体積分率が増加し、スケール/地鉄界面粗さを平滑にしても、良好な疲労特性が得られないため、Cの適正範囲を0.2%以下に限定した。また、C量の下限は特に限定しないが、0.0003%未満であると製造コストが増大するため、0.0003%が実質的な下限である。
【0023】
「Si:ケイ素」2.0%以下
本発明においては、Si量が2.0%を超えると、デスケーリング性が低下し、その結果、仕上げ圧延前のスケール厚さが大きくなり、熱延後のスケール/地鉄界面の粗さが大きくなることから疲労特性が低下するため、その適正範囲を2.0%以下とした。また、Siはマグネタイト分率への影響を通じて、塗装耐食性にも影響するため、この塗装耐食性の観点から、0.5%以下とすることがより好ましい。また、Si量の下限は特に限定しないが、0.001%未満であると製造コストが増大するため、0.001%が実質的な下限である。
【0024】
「Mn:マンガン」3.0%以下
Mnは、鋼の強度確保のために用いられる元素であるが、3.0%を超えて含有すると、スケールの密着性が低下するとともにマグネタイトの体積分率が低下し、その結果、塗装後耐食性も低下することから、その適正範囲は3.0%以下とする。また、Mn量の下限は特に限定しないが、0.001%未満であると製造コストが増大するため、0.001%が実質的な下限である。
【0025】
「P:リン」0.1%以下
Pは、鋼の強度確保のために用いられる。しかしながら、0.1%を超えてPを含有すると塗装耐食性が低下するので、その適正範囲を0.1%以下とする。また、P量の下限は特に限定しないが、0.001%未満であると製造コストが増大するため、0.001%が実質的な下限である。
【0026】
「S:硫黄」0.02%以下
Sは、母材の疲労特性に影響する元素である。しかしながら、0.02%を超えてSを含有すると、スケール/地鉄界面粗さを平滑にしても良好な疲労特性が得られないため、その適正範囲を0.02%以下とする。また、S量の下限は特に限定しないが、0.0003%未満であると製造コストが増大するため、0.0003%が実質的な下限である。
【0027】
「Al:アルミニウム」2.0%以下
Alは、脱酸および鋼板の組織制御のために用いられる。しかしながら、2.0%を超えてAlを含有すると、マグネタイト結晶粒が粗大になって塗装耐食性が低下するので、その適正範囲を2.0%以下とする。また、Al量の下限は特に限定しないが、0.001%未満であると製造コストが増大するため、0.001%が実質的な下限である。
【0028】
「Cr:クロム」3.0%以下
Crは、鋼板の組織制御のために用いられる。しかしながら、3.0%を超えてCrを含有すると、マグネタイト分率が低下するとともにスケールの密着性が低下し、その結果、塗装後耐食性も低下するため、Cr量の適正範囲を3.0%以下とする。また、Cr量の下限は特に限定しないが、0.001%未満であると製造コストが増大するため、0.001%が実質的な下限である。
【0029】
なお、本実施形態における鋼成分は、その他の元素については特に限定はなく、強度調整のために各種元素を適宜含有しても良い。
【0030】
『曲げ疲労限度比』
本発明の熱延鋼板においては、スケール層中のマグネタイトの体積分率、マグネタイトの平均結晶粒径、スケール/地鉄間の界面の平均粗さ、並びに、鋼成分を上記範囲に規定したうえで、さらに、曲げ疲労限度比を0.45以上とすることがより好ましい。
ここで、本発明において説明する曲げ疲労限度比とは、疲労限をTSで除した値であり、熱延鋼板の有する疲労特性を示す値である。この曲げ疲労限度比が0.45以上であれば、実用上、疲労破壊が起きないことから、疲労限度比の範囲を0.45以上に限定した。
【0031】
[熱延鋼板の製造方法]
次に、上記構成を備えた本発明の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板を製造する方法について説明する。
本発明の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板の製造方法は、仕上げ圧延開始時の平均スケール厚が3〜30μmとなるようにデスケーリングを行った後、鋼板表面温度:800〜980℃の範囲内での累積圧下率が30%以上であり、さらに仕上げ圧延終了温度:800℃以上となる仕上げ圧延を行い、その後、300〜650℃で巻き取る方法である。
また、本発明においては、上記構成を備えた熱延鋼板を製造するにあたり、仕上げ圧延までを上記同様の手順及び条件で行った後、300〜650℃間を平均冷却速度5℃/分以下で冷却する方法とすることができる。
以下、本発明の熱延鋼板の製造方法で規定する各手順並びに条件について説明する。
【0032】
まず、上記成分からなるスラブを加熱し、その後、粗圧延、仕上げ圧延を順次行う。この際、スラブ加熱条件、並びに、粗圧延の条件は特に限定されるものではなく、従来から用いられている各条件を採用することができる。
【0033】
また、本発明において、仕上げ圧延開始時の平均スケール厚は、熱延後の塗装耐食性と疲労特性に影響する重要な因子である。ここで、従来の製造方法では、通常、仕上げ圧延前にデスケーリングを完全に行うことが一般的である。しかしながら、デスケーリングを完全に行い、仕上げ圧延開始時の平均スケール厚さが3μm未満になると、熱延後において微細なマグネタイト結晶が得られないために良好な化成処理皮膜が得られず、その結果、電着塗装後の耐食性が劣化する。一方、仕上げ圧延開始時の平均スケール厚さが30μmを超えると、仕上げ圧延後のスケール/地鉄界面の凹凸が大きくなって疲労特性が劣化するとともに、マグネタイト分率の低下およびスケールと地鉄の密着性低下を通して、塗装耐食性の劣化も引き起こす。このため、本発明の製造方法においては、仕上げ圧延開始時の平均スケール厚の適正範囲を3〜30μmに限定した。
【0034】
なお、仕上げ圧延前に行うデスケーリングの方法は特に限定するものではない。但し、デスケーリングの処理の程度は、鋼成分やデスケーリング時の鋼板温度に応じて変化するので、これら鋼成分や鋼板温度に応じて吐出水の水圧・水量や噴射角度を変化させることにより、デスケーリング後のスケール厚さを調整する。
【0035】
また、仕上げ圧延において、圧延時の表面温度と歪付加量は、冷却後のマグネタイトの結晶粒径に影響を及ぼす重要な因子である。鋼板表面温度が800℃未満の条件で仕上げ圧延を行うと、スケールは破砕されてスケール内に空隙が形成され、この結果、マグネタイトの体積分率が低下する。一方、鋼板表面温度が980℃を超える条件で仕上げ圧延を行うと、冷却後にマグネタイトが細粒化しない。このため、本発明の製造方法においては、鋼板表面温度の適正範囲を800〜980℃に限定した。
【0036】
また、仕上げ圧延において、上記適正温度範囲内での累積圧下率が30%未満であると、マグネタイトの細粒化効果が得られない。このため、上記適正温度範囲内での累積圧下率の適正範囲を30%以上に制限した。また、本発明において、上記適正温度範囲内での累積圧下率は、60%以上がより好ましい範囲である。
なお、本発明で説明する累積圧下率とは、上記温度範囲内で行った圧延に関して、初期板厚をt0、圧延後の板厚をtfとした場合に、次式{(t0−tf)/t0×100}によって求められる量である。
【0037】
また、仕上げ圧延終了温度が800℃未満であると、マグネタイト分率が減少し、この結果、塗装耐食性が低下する。このため、本発明においては、仕上げ圧延終了温度の適正範囲を800℃以上に制限した。
なお、仕上げ圧延においては、通常は複数回のロール圧延を行うので、上記温度範囲内での累積圧下率30%以上の圧延を含む条件であれば、それ以外の条件の圧延処理を行っても構わない。
【0038】
次に、本発明の製造方法において、仕上げ圧延を完了した鋼帯を巻き取る際の温度は、スケール層中のマグネタイトの体積分率とマグネタイト粒径に影響する重要な因子である。鋼帯の巻き取り温度が300℃未満の場合、マグネタイトへの変態が十分に起こらないために良好な塗装耐食性が得られない。一方、鋼帯の巻き取り温度が650℃を超えると、マグネタイトの粒径が粗大化する。このため、本発明の製造方法においては、鋼帯の巻き取り温度の適正範囲を300〜650℃の範囲内に制限した。また、本発明では、マグネタイト分率を最大化する観点から、巻き取り温度の上限を590℃以下とすることがより好ましい。
【0039】
また、本発明において、仕上げ圧延を行った後、300〜650℃の間で鋼板を冷却する方法を採用した場合、この300〜650℃間の冷却速度は、スケール層中のマグネタイトの体積分率とマグネタイト粒径に影響する重要な因子となる。この温度範囲内の平均冷却速度が5℃/分を超えると、マグネタイトへの変態が十分に起こらず、また、マグネタイト粒径も十分に微細化しない。このため、本発明においては、仕上げ圧延を行った後に300〜650℃の間で鋼板を冷却する際の、平均冷却速度の適正範囲内を5℃/分以下に制限した。
【0040】
なお、マグネタイトの体積分率は、熱延鋼板表面をX線回折法で測定するか、あるいは、鋼板断面をEBSD法(電子線後方散乱電子回折法)によって測定してもよい。また、マグネタイトの平均結晶粒径は、鋼板断面において、EBSD法によって100個以上の結晶粒を測定し、その公称粒径として求めることができる。
【0041】
以上説明したような本発明に係る塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板によれば、上記構成により、スケール層を有する熱延鋼板に電着焼付塗装を施した場合であっても、スケールと地鉄との密着性を損なうことが無く、且つ、良好な化成処理皮膜を形成することが可能となり、優れた塗装耐食性と疲労耐久性が得られる。これにより、従来の鋼板において腐食による減肉量を見込んだ部品板厚が設定されていたのに対し、本発明の熱延鋼板は、優れた塗装耐食性が得られることから、部品の板厚を薄くすることが可能となり、自動車あるいはトラック等の軽量化が可能となる。また、鋼板の板厚が薄い場合、鋼材料には高い疲労強度が求められるが、本発明の熱延鋼板は優れた疲労特性を具備することから、部材の軽量化に極めて好適である。
また、本発明の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板の製造方法によれば、上記手順並びに条件を採用することにより、優れた塗装耐食性並びに疲労特性を備える熱延鋼板を製造することが可能となる。
【実施例】
【0042】
以下、本発明に係る塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板の実施例を挙げ、本発明をより具体的に説明するが、本発明は、もとより下記実施例に限定されるものではなく、前、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0043】
本実施例においては、まず、下記表1に示す化学成分を有するA〜Pの鋼を鋳造した後、このスラブを1050〜1250℃の範囲内で再加熱し、粗圧延を行った。
次いで、デスケーリング装置を用いて、スケールの残存厚さを変化させた上で、下記表2に示す条件で仕上げ圧延を行なった。その後、所定の温度で巻き取り処理を行うか、あるいは、連続冷却で650℃〜300℃間の冷却速度を変化させる処理を行った。
【0044】
そして、上記手順で得られた本発明例及び比較例の熱延鋼板について、以下に説明するような評価試験を行った。
まず、スケール層中のマグネタイトの体積分率については、X線回折法により定量し、スケール層中に存在するマグネタイトの結晶粒径はEBSD法にてマグネタイト相の分離を行ったうえで、その粒径を測定した。
また、スケール/地鉄界面の粗さは、酸洗によってスケールを除去した後、その表面について、JIS 0601Bに記載の方法で測定し、算術平均粗さRaによって評価した。
また、鋼板の引張特性は、各々の鋼板からJIS5号試験片を採取し、引張方向が圧延方向垂直方向(C方向)になるような条件で行った。
また、鋼板の疲労特性は、JIS Z2275に記載の方法に従い、応力比=−1の条件下で平面曲げ疲労試験を行い、1000万回疲労限で評価した後、次式{疲労限/TS(引張強度)}から疲労限度比を算出した。
【0045】
また、塗装耐食性については、まず、スケール層付き鋼板を脱脂し、次いで、前処理としてリン酸亜鉛処理(化成処理)を行った後、カチオン電着塗装を25μmの厚さで行った。そして、電着塗装表面に線状の疵を付与した後、JIS Z2371に記載の方法に従って200hの塩水噴霧試験(SST試験)を行い、この試験後に、テープ剥離試験を行った際の塗膜剥離幅を測定した。そして、塗膜剥離幅が2mm以下のものを「○(耐食性OK)」、2mmを超えるものを「×(耐食性NG)」として二段階評価した。
【0046】
下記表1に鋼成分の一覧を示すとともに、下記表2に、作製した熱延鋼板に存在するスケール層の解析結果、スケール/地鉄界面粗さ、引張強さ(TS)、疲労特性、塗装耐食性の評価結果の一覧を示す。なお、下記表2中において、各見出しは以下の項目を示す。
scale :仕上げ圧延開始時のスケール厚さ(mm)
Red :800〜980℃間の累積圧下率(%)
FT :最終仕上げ圧延温度(℃)
CT :巻き取り温度(℃)
CR :300〜650℃間の平均冷却速度(℃/分)
mag :スケール層中のマグネタイトの体積分率(%)
dmag :マグネタイトの平均粒径(μm)
Ra :スケール/地鉄界面の算術平均粗さ(μm)
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
表2に示すように、本発明で規定する各条件で作製され、また、本発明で規定する範囲のスケール層中のマグネタイトの体積分率、マグネタイトの平均結晶粒径、並びに、スケール/地鉄間の界面の平均粗さに制御された本発明例の熱延鋼板は、何れも、疲労限度比が0.46以上であり、また、塗装耐食性の評価が「○」であった。これにより、本発明の熱延鋼板が、塗装耐食性と疲労特性に優れていることが明らかとなった。
【0050】
これに対して、表2に示す比較例の熱延鋼板は、スケール層中のマグネタイトの体積分率、マグネタイトの平均結晶粒径、並びに、スケール/地鉄間の界面の平均粗さの何れかが本発明の規定範囲を満たしていないことから、塗装耐食性か疲労特性の少なくとも何れかが劣る結果となった。
【0051】
試験番号A−3、D−2、I−2は、デスケーリングを十分に行い、初期スケール厚が小さい状態で仕上げ圧延を開始したものであり、マグネタイト結晶粒が大きく、塗装耐食性がNGの評価となった例である。
また、試験番号A−2、H−2は、仕上げ圧延前のスケール厚が本発明の規定範囲に比べて過大であったため、スケール/地鉄界面粗さが大きくなって疲労特性が低下するとともに、マグネタイト分率が少ないために塗装耐食性もNGの評価となった例である。
また、試験番号A−4、F−2、J−2は、仕上げ圧延前のスケール厚は適正だったものの、圧延中にスケールに歪が付与されなかったため、マグネタイト結晶粒が微細化せず、塗装耐食性がNGとなった例である。
【0052】
また、試験番号A−6は、最終仕上げ圧延温度が低かったため、スケールの破壊が起こり、マグネタイト分率も小さくなり、塗装耐食性がNGとなった例である。
また、試験番号A−5は、巻き取り温度が適正範囲以下であったことから、ウスタイトからマグネタイトへの変態が十分に起こらなかったため、耐食性がNGとなった例である。
また、試験番号F−3は、巻き取り温度が適正範囲以上であったため、マグネタイト結晶粒が粗大化して、塗装耐食性がNGとなった例である。
また、試験番号K−1、L−1、M−1、N−1、O−1、P−1は、鋼成分が適正でなかったため、これに伴ってマグネタイト分率やマグネタイト粒径が適正範囲外となり、塗装耐食性がNGとなった例である。
【0053】
以上説明した実施例の結果より、本発明の熱延鋼板およびその製造方法が、スケール層を有する熱延鋼板に電着焼付塗装を施した場合であっても、スケールと地鉄との密着性を損なうことが無く、且つ、良好な化成処理皮膜を形成することが可能であり、塗装耐食性と疲労特性に優れていることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明によれば、例えば、自動車やトラックのフレームやメンバー、シャシー等の素材として好適な、塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板を提供することが可能となる。このように、自動車やトラックのフレームやメンバー、シャシー等の部材に本発明を適用することにより、塗装後の耐食性や疲労強度の向上、さらに、軽量化等のメリットを十分に享受することができ、産業上の効果は極めて高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
スケール層中のマグネタイトの体積分率が60%以上、かつ、前記マグネタイトの平均結晶粒径が3μm以下であり、スケール/地鉄界面の粗さが平均粗さRaで1.5μm以下であることを特徴とする塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板。
【請求項2】
質量%で、
C :0.2%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:3.0%以下、
P :0.1%以下、
S :0.02%以下、
Al:2.0%以下、
Cr:3.0%以下
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする請求項1に記載の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板。
【請求項3】
曲げ疲労限度比が0.45以上であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板。
【請求項4】
請求項1〜請求項3の何れか1項に記載の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板を製造する方法であって、
仕上げ圧延開始時の平均スケール厚が3〜30μmとなるようにデスケーリングを行った後、
鋼板表面温度:800〜980℃の範囲内での累積圧下率が30%以上であり、さらに仕上げ圧延終了温度:800℃以上となる仕上げ圧延を行い、
その後、300〜650℃で巻き取ることを特徴とする塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜請求項3の何れか1項に記載の塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板を製造する方法であって、
仕上げ圧延開始時の平均スケール厚が3〜30μmとなるようにデスケーリングを行った後、
鋼板表面温度:800〜980℃の範囲内での累積圧下率が30%以上であり、さらに仕上げ圧延終了温度:800℃以上となる仕上げ圧延を行い、
その後、300〜650℃間を平均冷却速度5℃/分以下で冷却することを特徴とする塗装耐食性と疲労特性に優れた熱延鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−20309(P2012−20309A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−159634(P2010−159634)
【出願日】平成22年7月14日(2010.7.14)
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】