説明

多孔質Co基合金焼結被覆材およびその製造方法

【課題】 基材上に、所定の組成および条件でCo基合金焼結被覆層を形成することにより、特に人工股関節を始めとするインプラント用材料に使用した場合、生体組織との十分な密着強度をもち、しかも、焼結被覆層の内部での破壊、若しくは焼結被覆層と基材との間で破壊を有効に防止できる多孔質Co基合金焼結被覆材を提供する。
【解決手段】CoCrMoからなる基材と、該基材の表面に形成され、Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有するとともに、Ti,Zr,Nb及びTaの中から選択される一種または二種以上を合計で0.05〜5質量%含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもち、気孔率が5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、基材に、高強度と高延性をもつ焼結被覆層を形成した多孔質Co基合金焼結被覆材に関するものであって、特に、かかる多孔質Co基合金焼結被覆材は、人工関節を始めとするインプラント用材料として用いる場合に適する。
【背景技術】
【0002】
Co基合金、例えばCo−29質量%Cr−6質量%Mo合金で代表されるCoCrMo合金は、強度および耐食性に優れるため、人工股関節を始めとするインプラント用材料に使用されている。
【0003】
CoCrMo合金をインプラント用材料として人体に埋入する場合、生体との結合力を高めるため、例えば球形のCoCrMo粉末でCoCrMo合金基材の表面をコーティングした後に焼結して、図1に示すように、表面凹凸を形成した焼結被覆層103で基材102の表面を被覆することにより形成されるインプラント用材料101と生体組織(図示せず)との接触面積を上昇させるような表面処理を施すことが一般に行われている。
【0004】
しかしながら、球形のCoCrMo粉末を用いた焼結被覆層は、球形の粉末同士が単に拡散接合して形成されたものであるため、粉末同士間の接触面積が小さく、その結果として、焼結被覆層自体の強度は低い。つまり、焼結被覆層による基材表面の被覆により、焼結被覆層と生体組織との密着強度は向上するが、焼結被覆層自体の強度が低いため、インプラント埋入後に、焼結被覆層の内部での破壊、若しくは焼結被覆層と基材との間で破壊が生じやすいという問題があった。
【0005】
また、本発明者らのうちの一人は、生体適合性Co基合金として特許文献1において提案した。特許文献1に記載のCo基合金は、鋳造で製造したバルク材を用い、その組織を、熱処理を施してε単相組織に調整することにより、延性能が極めて高くなることを利用し、耐磨耗性、疲労強度を飛躍的に改善したものであるが、このCo基合金は、鋳造材からなるため、表面凹凸が少なく、生体組織に対する密着強度の点で十分ではないという問題を有する。
【特許文献1】特開2004−269994号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この発明の目的は、基材上に、所定の組成および条件でCo基合金焼結被覆層を形成することにより、特に人工股関節を始めとするインプラント用材料に使用した場合における、生体組織との密着強度が高く、しかも、焼結被覆層の内部での破壊、若しくは焼結被覆層と基材との間で破壊を有効に防止できる多孔質Co基合金焼結被覆材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、この発明の要旨は以下のとおりである。
(I) CoCrMo合金からなる基材と、該基材の表面に形成され、Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有するとともに、Ti,Zr,NbおよびTaの中から選択される一種または二種以上を合計で0.05〜5質量%含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもち、気孔率が5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層とを有することを特徴とする多孔質Co基合金焼結被覆材(第1発明)。
【0008】
(II)CoCrMo合金からなる基材と、該基材の表面に形成され、Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有するとともに、C:0.01〜1質量%含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもち、気孔率が5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層とを有することを特徴とする多孔質Co基合金焼結被覆材(第2発明)。
【0009】
(III)CoCrMo合金からなる基材と、該基材の表面に形成され、Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有するとともに、N:0.01〜2質量%含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもち、気孔率が5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層とを有することを特徴とする多孔質Co基合金焼結被覆材(第3発明)。
【0010】
(IV) Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもつ合金粉末に、Ti,Zr,NbおよびTaの中から選択される一種または二種以上の結合強化粉末を添加し、これらの粉末を混合して混合粉末を調合する工程と、この調合した混合粉末を、CoCrMo合金からなる基材の表面上に付着させて混合粉末被覆層を形成する工程と、前記混合粉末被覆層を、真空雰囲気下、負荷応力を10〜80MPaとし、800〜1000℃の温度範囲で焼結する低温焼結工程と、前記焼結された混合粉末被覆層を、さらに、温度:1050〜1250℃および10−3Pa以下の真空雰囲気にて焼結して、基材の表面に、気孔率が5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層を形成する高温焼結工程とを有することを特徴とする多孔質Co基合金焼結被覆材の製造方法(第4発明)。
【0011】
(V)Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもつ合金粉末に、炭素粉末を添加し、これらの粉末を混合して混合粉末を調合する工程と、この調合した混合粉末を、CoCrMo合金からなる基材の表面上に付着させて混合粉末被覆層を形成する工程と、前記混合粉末被覆層を、真空雰囲気下、負荷応力を10〜80MPaとし、800〜1000℃の温度範囲で焼結する低温焼結工程と、前記焼結された混合粉末被覆層を、さらに、温度:1050〜1250℃および10−3Pa以下の真空雰囲気にて焼結して、基材の表面に、気孔率が5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層を形成する高温焼結工程とを有することを特徴とする多孔質Co基合金焼結被覆材の製造方法(第5発明)。
【0012】
(VI)Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもつ合金粉末を、CoCrMo合金からなる基材の表面上に付着させて合金粉末被覆層を形成する工程と、前記合金粉末被覆層を、窒素雰囲気下、負荷応力を10〜80MPaとし、800〜1000℃の温度範囲で窒化すると同時に焼結する低温焼結工程と、前記焼結された合金粉末被覆層を、さらに、温度:1050〜1250℃および10−3Pa以下の真空雰囲気にて焼結して、基材の表面に、気孔率が5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層を形成する高温焼結工程とを有することを特徴とする多孔質Co基合金焼結被覆材の製造方法(第6発明)。
【発明の効果】
【0013】
この発明によれば、基材上に、所定の組成および条件でCo基合金焼結被覆層を形成することにより、特に人工股関節を始めとするインプラント用材料に使用した場合、生体組織との十分な密着強度をもち、しかも、焼結被覆層の内部での破壊、若しくは焼結被覆層と基材との間で破壊を有効に防止できる多孔質Co基合金焼結被覆材の提供が可能になった。
【0014】
また、基材上に形成される従来のCoCrMo焼結被覆層は、強度向上のためには、高温でかつ長時間の熱処理を行うことにより、金属元素の拡散を促進させて粉末接触部を拡大させる必要があったが、本発明では、長時間で拡散処理を行なうことなく、Co基合金焼結被覆層の高強度化および高延性化の両立を実現した。これにより、人工股関節固定部における多孔質Co基合金焼結被覆層の強度を改善することが可能となり、結果として、人工股関節の使用寿命の一層の長期化が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
次に、この発明に従う実施形態について、図面を参照しながら以下で説明する。
図2は、この発明に従う多孔質Co基合金焼結被覆材の表面を平らに研磨したときのSEM(走査型電子顕微鏡)写真である。
【0016】
図2に示す多孔質Co基合金焼結被覆層は、CoCrMo合金からなる基材表面に形成され、結合強化粉末としてTiを適用したものであって、気孔率が約28%、すなわち、5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層である。図2中、大径円状のものがCoCrMo合金で、矢印で示した円状表面の薄膜状のものがTiであり、その他が気孔である。
【0017】
前記所定の組成は、第1発明が、Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有するとともに、Ti,Zr,NbおよびTaの中から選択される一種または二種以上を合計で0.05〜5質量%含有し、残部が実質的にCoからなる組成であり、第2発明が、Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有するとともに、C:0.01〜1質量%含有し、残部が実質的にCoからなる組成であり、そして、第3発明が、Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有するとともに、N:0.01〜2質量%含有し、残部が実質的にCoからなる組成である。
【0018】
第1〜第3発明は、いずれも多孔質Co基合金焼結被覆層中に、Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有するCo基合金、具体的にはCo−Cr−Mo−X合金(X:Ti,Zr,NbおよびTaの中から選択される一種または二種以上、CまたはN成分)である。
【0019】
焼結被覆層の材質をCo基合金に限定する理由は、基材であるCoCrMo合金の汎用品との相性がよいためである。
【0020】
Cr含有量を20〜34質量%に限定する理由は、20質量%未満だと、耐食性が劣化するという問題があるからであり、34質量%超えだと、脆性的になる という問題があるからである。
【0021】
Mo含有量を1〜10質量%に限定する理由は、1質量%未満だと、耐食性が劣化するという問題があるからであり、10質量%超えだと、脆性的になるという問題があるからである。
【0022】
また、第1発明では、上記X成分が、Ti,Zr,NbおよびTaの中から選択される一種または二種以上であり、粉末結合部分にCoCrMoとTi,Zr,Nbおよび/またはTaとが反応してこれらの合金層が形成されることにより、強度および延性を向上させる点で、Ti,Zr,NbおよびTaの中から選択される一種または二種以上を、合計で0.05〜5質量%含有させる。0.05質量%未満だと、本発明の効果を奏しないという問題があるからであり、5質量%超えだと、脆性的になるという問題があるからである。
【0023】
さらに、第2発明では、上記X成分がC成分であり、ネック部に炭化物が形成されることにより、強度及び延性を向上させる点で、Cを0.01〜1質量%含有させる。C含有量が0.01質量%未満だと、本発明の効果を奏しないという問題があるからであり、1質量%超えだと、脆性的になるという問題があるからである。
【0024】
さらにまた、第3発明では、上記X成分がN成分であり、CoCrMo合金中にNが固溶されることにより固溶強化され、強度および延性を向上させる点で、Nを0.01〜2質量%含有させる。N含有量が0.01質量%未満だと、本発明の効果を奏しないという問題があるからであり、2質量%超えだと、脆性的になるという問題があるからである。
【0025】
加えて、第1〜第3発明とも、気孔率を5〜40%の範囲に限定した理由は、5%未満だと、焼結体特有の表面凹凸を十分に形成することができなくなるからであり、また、40%超えだと、十分な強度が得られず、焼結被覆層の内部での破壊、若しくは焼結被覆層と基材との間で破壊が生じやすくなるからである。
【0026】
そして、第1〜第3発明の多孔質Co基合金焼結被覆材はいずれも、Co基合金焼結被覆層が上記組成を有することにより、従来の多孔質CoCrMo合金焼結被覆層に比べて、強度および延性の双方を格段に向上させることができ、その結果、例えば、人工股関節を始めとするインプラント用材料に使用した場合、生体組織との十分な密着強度をもち、しかも、焼結被覆層の内部での破壊、若しくは焼結被覆層と基材との間で破壊を有効に防止することができる。
【0027】
従来の多孔質CoCrMo合金焼結被覆材は、Co,Cr,Moの合金粉末を、基材の表面上に付着させた後、真空雰囲気にて付着させたCoCrMo合金粉末を焼結する方法によって作製される。しかし、この方法では、粉末結合部の大きさは、Co,CrおよびMoの拡散による原子の移動に律速されるため、結合部の成長には高温(例えば1200℃以上)かつ長時間(例えば10h以上)の熱処理が必要になる。
【0028】
これに対し、本発明では、CoCrMoに加えて、第1発明ではTi,Zr,NbおよびTaの中から選択される一種または二種以上を合計で0.05〜5質量%含有させ、第2発明ではC:0.01〜1質量%含有させ、第3発明ではN:0.01〜2質量%含有させることにより、第1発明では粉末結合部分にCoCrMoとTi,Zr,Nbおよび/またはTaとが反応してこれらの合金層が形成され、第2発明ではネック部に炭化物が形成され、第3発明では固溶強化され、結果として、いずれも発明においても、従来に比べて、比較的低温(具体的には1000℃以下)かつ短時間(例えば10h未満)で低温焼結を行った後に高温焼結処理(具体的には、1050〜1250℃で2時間程度)により完結することができるので、簡便かつ安価に、高強度および高延性を有する多孔質Co基合金焼結被覆層を形成することができる。
【0029】
次に、この発明に従う多孔質Co基合金焼結被覆材の製造方法を以下で説明する。
【0030】
(試験例1−第4発明)
第1発明の多孔質Co基合金焼結被覆材を製造するための代表的な方法は、人工関節用合金として、例えばASTM規格のF75合金組成で炭素を含有させない合金組成、すなわち、Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもつ合金粉末に、Ti,Zr,NbおよびTaの中から選択される一種または二種以上の結合強化粉末を、所定の割合、好適には0.05〜5質量%の割合で添加し、これらの粉末を混合して混合粉末を調合する(調合工程)。
【0031】
合金粉末の粒径は、50〜500μmであることが好ましい。本発明では、合金粉末の粒径を50〜500μmとすることにより、本発明において必須の構成要件とする気孔率5〜40%を達成することが可能となる。すなわち、合金粉末の粒径が50μm未満だと、気孔率が5%未満となる傾向があり、前記粒径が500μmよりも大きいと、気孔率が40%を超える傾向があり、いずれも生体組織との密着強度が十分に保てなくなるからである。
また、結合強化粉末は、45〜500μmであることが好ましい。
【0032】
次いで、この調合した混合粉末を、CoCrMo合金からなる基材の表面上に付着させて混合粉末被覆層を形成する(被覆層形成工程)。
【0033】
また、基材の表面上に混合粉末被覆層を付着させる方法としては、例えば、基材上に単純に混合粉末を直接接触させて付着させる方法や、これらの混合粉末をエタノールのような溶媒に分散させ、この溶媒中に基材を浸漬することにより付着させる方法が挙げられるが、本発明では、かかる方法だけには限定されず、種々の付着方法を採用することができる。
【0034】
被覆層形成工程の後、前記混合粉末被覆層を、下記に示す2段階の焼結工程、すなわち、低温焼結工程と高温焼結工程を行なうことにある。
【0035】
低温焼結工程は、具体的には、真空雰囲気下、負荷応力を10〜80MPaとし、800〜1000℃の温度範囲で焼結する。
【0036】
前記温度を800〜1000℃に限定した理由は、800℃未満だと、粉末同士が結合しないという問題があるからであり、1000℃超えだと、優位性がなく不経済であるという問題があるからである。
【0037】
また、前記真空雰囲気に限定した理由は、この低温焼結工程は、混合粉末被覆層が基材に形成されるための前処理としての機能があればよく、そのためには真空の領域で処理することが必要であるからである。なお、前記真空雰囲気における真空度については、本発明では特に限定する必要はない。
【0038】
さらに、前記焼結での負荷応力を10〜80MPaに限定した理由は、10MPa未満だと、粉末同士が接合しないという問題があるからであり、80MPa超えだと、気孔率が小さくなるという問題があるからである。
【0039】
また、高温焼結工程は、温度:1050〜1250℃および10−3Pa以下の真空雰囲気にて焼結して、基材の表面に、気孔率が5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層を形成する。
【0040】
前記温度を1050〜1250℃に限定した理由は、1050℃未満だと、脆性的になるという問題があるからであり、1250℃超えだと、優位性がなく不経済であるという問題があるからである。
【0041】
また、前記真空雰囲気圧を10-3Pa以下に限定した理由は、10-3Pa超えだと、コーティング層が酸化するという問題があるからである。
【0042】
なお、前記焼結での負荷応力は、50MPaとすることが好ましい。50MPa超えだと、気孔率が5%よりも小さくなる傾向があるからである。
【0043】
このようにして製造された第1発明の多孔質Co基合金焼結被覆材は、焼結時に、Ti,Zr,NbおよびTaの中から選択される一種または二種以上の結合強化粉末が、CoCrMoの合金粉末と反応することによって、粉末結合部分に合金層が形成される結果、基材表面に、高強度および高延性を有する多孔質Co基合金焼結被覆層を形成することができる。
【0044】
(試験例2−第5発明)
第2発明の多孔質Co基合金焼結被覆材を製造するための代表的な方法は、人工関節用合金として、例えばASTM規格のF75合金組成で炭素を含有させない合金組成、すなわち、Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもつ合金粉末に、炭素粉末を、所定の割合、好適には0.01〜1質量%の割合で添加し、これらの粉末を混合して混合粉末を調合する(調合工程)。
【0045】
合金粉末の粒径は、50〜500μmであることが好ましく、また、炭素粉末は、100nm〜100μmであることが好ましい。合金粉末の粒径を50〜500μmとしたことの理由は、試験例1−第4発明のところで記載したのと同様である。
【0046】
その後は、試験例1と同様の条件で、被覆層形成工程、低温焼結工程および高温焼結工程を行なうことにより、第2発明の多孔質Co基合金焼結被覆材を得る。
【0047】
このようにして製造された多孔質Co基合金焼結被覆材は、焼結時に、炭素粉末が、CoCrMoの合金粉末と反応することによって、ネック部に炭化物が形成される結果、基材表面に、高強度および高延性を有する多孔質Co基合金焼結被覆層を形成することができる。
【0048】
(試験例3−第6発明)
第2発明の多孔質Co基合金焼結被覆材を製造するための代表的な方法は、人工関節用合金として、例えばASTM規格のF75合金組成で炭素を含有させない合金組成、すなわち、Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもつ合金粉末を、CoCrMo合金からなる基材の表面上に付着させて合金粉末被覆層を形成する(被覆層形成工程)。
【0049】
次いで、合金粉末被覆層を、窒素雰囲気下、負荷応力を10〜80MPaとし、800〜1000℃の温度範囲で窒化すると同時に焼結する(低温焼結工程)。
【0050】
前記温度を800〜1000℃に限定した理由は、800℃未満だと、粉末同士が接合しないという問題があるからであり、1000℃超えだと、優位性がなく不経済であるという問題があるからである。
【0051】
また、前記窒素雰囲気に限定した理由は、窒素を合金中に十分固溶させるために必須な要件である。
【0052】
さらに、前記焼結での負荷応力を10〜80MPaに限定した理由は、10MPa未満だと、粉末同士が接合しないという問題があるからであり、80MPa超えだと、気孔率が小さくなるという問題があるからである。
【0053】
その後は、試験例1と同様の条件で高温焼結工程を行なうことにより、第3発明の多孔質Co基合金焼結被覆材を得る。
【0054】
このようにして製造された第3発明の多孔質Co基合金焼結被覆材は、焼結時に、窒素がCoCrMo合金中に固溶することによって、CoCrMo合金焼結層が固溶強化される結果、基材表面に、高強度および高延性を有する多孔質Co基合金焼結被覆層を形成することができる。
【0055】
上述したところは、この発明の実施形態の例を示したにすぎず、請求の範囲において種々の変更を加えることができる。
【実施例】
【0056】
(実施例1)
人工関節用合金として、ASTM規格のF75合金組成で炭素を含有させない合金組成、すなわち、平均粒径が316μmのCo−29質量%Cr−6質量%Mo合金粉末に、平均粒径が65μmのTiを1質量%添加し、これらの粉末を混合して混合粉末を調合し、この調合した混合粉末を、特許文献1に示す鋳造法により製造したCo−29質量%Cr−6質量%Mo−0.02質量%Cからなる基材の表面上に、単純に混合粉末を直接接触させて付着させて混合粉末被覆層を形成し、その後、前記混合粉末被覆層を、真空雰囲気下、負荷応力を40MPaとし、950℃の温度で2時間低温焼結を行ない、次いで、温度:1270℃および10−3Paの以下の真空雰囲気にて、無負荷で2時間の高温焼結を行ない、基材上に、気孔率が28%である多孔質Co基合金焼結被覆層を形成した多孔質Co基合金焼結被覆材(実施例1)を作製し、引張強度および破断伸びを測定した。
【0057】
また、参考のため、基材上に、Tiを含有しない、従来の多孔質Co−Cr−Mo合金焼結被覆層を形成した、気孔率が29%である多孔質Co基合金焼結被覆材(従来例)についても同様に作製し、引張強度および破断伸びを測定した。図3は、従来の多孔質Co基合金焼結被覆材(従来例)の表面を平らに研磨したときのSEM写真を示したものである。
【0058】
このように作製した各多孔質Co基合金焼結被覆材について、引張強度と破断伸びを測定した。なお、引張強度の測定は、インストロン型引張り試験機により行い、破断伸びの測定は、ひずみゲージにより行った。
【0059】
その結果、従来例の多孔質Co基合金焼結被覆材は、引張強度が116MPaおよび破断伸びが0.8%であるのに対し、実施例1の多孔質Co基合金焼結被覆材は、引張強度が178MPa(従来例対比53%増)および破断伸びが3.7%(従来例対比4.6倍)と、高引張強度および高破断伸びを有していた。なお、生体組織に対する密着強度は、表面形状に負うところが大であり、従来技術とこの発明との間には表面形状においては大差がないことから、両者間に生体組織に対する密着強度の差異は認められなかった。
【0060】
また、Tiの代わりに、Zr,NbまたはTaを0.05〜5質量%含有させた場合や、Ti,Zr,Nb及びTaの中から選択される二種以上を合計で0.05〜5質量%含有させた場合についても、説明は省略したが、引張強度及び破断伸びを測定し、実施例1の多孔質Co基合金焼結被覆材と同様な高引張強度及び高破断伸びを有することについても併せて確認した。
【0061】
(実施例2)
人工関節用合金として、ASTM規格のF75合金組成で炭素を含有させない合金組成、すなわち、平均粒径が316μmのCo−29質量%Cr−6質量%Mo合金粉末に、平均粒径が20nmのCを0.5質量%添加し、これらの粉末を混合して混合粉末を調合し、この調合した混合粉末を、特許文献1に示す鋳造法により製造したCo−29質量%Cr−6質量%Mo−0.02質量%Cからなる基材の表面上に、単純に混合粉末を直接接触させて付着させて混合粉末被覆層を形成し、その後、前記混合粉末被覆層を、真空雰囲気下、負荷応力を40MPaとし、950℃の温度で2時間低温焼結を行ない、次いで、温度:1200℃および10−3Paの真空雰囲気にて、無負荷で2時間の高温焼結を行ない、基材上に、気孔率が27%である多孔質Co基合金焼結被覆層を形成した多孔質Co基合金焼結被覆材(実施例2)を作製し、引張強度および破断伸びを測定した。
【0062】
また、参考のため、基材上に、Cを含有しない、従来の多孔質Co−Cr−Mo合金焼結被覆層を形成した、気孔率が29%である多孔質Co基合金焼結被覆材(従来例)についても同様に作製し、引張強度、破断伸びおよび生体組織に対する密着強度を測定した。
【0063】
その結果、従来例の多孔質Co基合金焼結被覆材は、引張強度が116MPaおよび破断伸びが0.8%であるのに対し、実施例2の多孔質Co基合金焼結被覆材は、引張強度が148MPa(従来例対比28%増)および破断伸びが3.8%(従来例対比4.75倍)と、高引張強度および高破断伸びを有していた。
【0064】
(実施例3)
人工関節用合金として、ASTM規格のF75合金組成で炭素を含有させない合金組成、すなわち、平均粒径が316μmのCo−29質量%Cr−6質量%Mo合金粉末を、特許文献1に示す鋳造法により製造したCo−29質量%Cr−6質量%Mo−0.02質量%Cからなる基材の表面上に、単純に混合粉末を直接接触させて付着させて合金粉末被覆層を形成し、その後、前記合金粉末被覆層を、温度:950℃の窒素雰囲気にて、40MPaの負荷応力で2時間の低温焼結を行ない、次いで、温度:1200℃および10−3Paの真空雰囲気にて、 0MPaの負荷応力で2時間の高温焼結を行ない、基材上に、気孔率が27%である多孔質Co基合金焼結被覆層を形成した多孔質Co基合金焼結被覆材(実施例3)を作製し、引張強度および破断伸びを測定した。
【0065】
また、参考のため、基材上に、Nを含有しない、従来の多孔質Co−Cr−Mo合金焼結被覆層を形成した、気孔率が29%である多孔質Co基合金焼結被覆材(従来例)についても同様に作製し、引張強度および破断伸びを測定した。
【0066】
その結果、従来例の多孔質Co基合金焼結被覆材は、引張強度が116MPaおよび破断伸びが0.8%であるのに対し、実施例3の多孔質Co基合金焼結被覆材は、引張強度が158MPa(従来例対比36%増)および破断伸びが4.0%(従来例対比5倍)と、高引張強度および高破断伸びを有していた。
【産業上の利用可能性】
【0067】
この発明によれば、基材上に、所定の組成および条件でCo基合金焼結被覆層を形成することにより、特に人工股関節を始めとするインプラント用材料に使用した場合、生体組織との十分な密着強度をもち、しかも、焼結被覆層の内部での破壊、若しくは焼結被覆層と基材との間で破壊を有効に防止できる多孔質Co基合金焼結被覆材の提供が可能になった。
【0068】
また、基材上に形成される従来のCoCrMo焼結被覆層は、強度向上のためには、高温でかつ長時間の熱処理を行いことにより、金属元素の拡散を促進させて粉末接触部を拡大させる必要があったが、本発明では、長時間で拡散処理を行なうことなく、Co基合金焼結被覆層の高強度化および高延性化の両立を実現した。これにより、人工股関節固定部における多孔質Co基合金焼結被覆層の強度を改善することが可能となり、結果として、人工股関節の使用寿命の一層の長期化が可能になる。この発明の多孔質Co基合金焼結被覆材は、生体毒性の少ない、すなわちより安全で使用寿命の長い、人工股関節、人工膝関節などの医療用デバイスに応用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】従来の多孔質Co基合金焼結被覆材の概略断面図である。
【図2】この発明(第1発明)に従う多孔質Co基合金焼結被覆材の断面の表面SEM写真である。
【図3】従来の多孔質Co基合金焼結被覆材の断面の表面SEM写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
CoCrMo合金からなる基材と、
該基材の表面に形成され、Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有するとともに、Ti,Zr,NbおよびTaの中から選択される一種または二種以上を合計で0.05〜5質量%含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもち、気孔率が5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層と
を有することを特徴とする多孔質Co基合金焼結被覆材。
【請求項2】
CoCrMo合金からなる基材と、
該基材の表面に形成され、Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有するとともに、C:0.01〜1質量%含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもち、気孔率が5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層と
を有することを特徴とする多孔質Co基合金焼結被覆材。
【請求項3】
CoCrMo合金からなる基材と、
該基材の表面に形成され、Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有するとともに、N:0.01〜2質量%含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもち、気孔率が5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層と
を有することを特徴とする多孔質Co基合金焼結被覆材。
【請求項4】
Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもつ合金粉末に、Ti,Zr,NbおよびTaの中から選択される一種または二種以上の結合強化粉末を添加し、これらの粉末を混合して混合粉末を調合する工程と、
この調合した混合粉末を、CoCrMo合金からなる基材の表面上に付着させて混合粉末被覆層を形成する工程と、
前記混合粉末被覆層を、真空雰囲気下、負荷応力を10〜80MPaとし、800〜1000℃の温度範囲で焼結する低温焼結工程と、
前記焼結された混合粉末被覆層を、さらに、温度:1050〜1250℃および10−3Pa以下の真空雰囲気にて焼結して、基材の表面に、気孔率が5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層を形成する高温焼結工程と
を有することを特徴とする多孔質Co基合金焼結被覆材の製造方法。
【請求項5】
Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもつ合金粉末に、炭素粉末を添加し、これらの粉末を混合して混合粉末を調合する工程と、
この調合した混合粉末を、CoCrMo合金からなる基材の表面上に付着させて混合粉末被覆層を形成する工程と、
前記混合粉末被覆層を、真空雰囲気下、負荷応力を10〜80MPaとし、800〜1000℃の温度範囲で焼結する低温焼結工程と、
前記焼結された混合粉末被覆層を、さらに、温度:1050〜1250℃および10−3Pa以下の真空雰囲気にて焼結して、基材の表面に、気孔率が5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層を形成する高温焼結工程と
を有することを特徴とする多孔質Co基合金焼結被覆材の製造方法。
【請求項6】
Cr:20〜34質量%およびMo:1〜10質量%を含有し、残部が実質的にCoからなる組成をもつ合金粉末を、CoCrMo合金からなる基材の表面上に付着させて合金粉末被覆層を形成する工程と、
前記合金粉末被覆層を、窒素雰囲気下、負荷応力を10〜80MPaとし、800〜1000℃の温度範囲で窒化すると同時に焼結する低温焼結工程と、
前記焼結された合金粉末被覆層を、さらに、温度:1050〜1250℃および10−3Pa以下の真空雰囲気にて焼結して、基材の表面に、気孔率が5〜40%の範囲である多孔質Co基合金焼結被覆層を形成する高温焼結工程と
を有することを特徴とする多孔質Co基合金焼結被覆材の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−1942(P2008−1942A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−172031(P2006−172031)
【出願日】平成18年6月22日(2006.6.22)
【出願人】(504165591)国立大学法人岩手大学 (222)
【Fターム(参考)】