説明

多針刺繍ミシン

【課題】加工布に対する通常の刺繍縫製動作に加えて、被加工物の表面に対する打刻彫刻動作を行うことを可能とし、不適切な動作を行ってしまう不具合を効果的に防止する。
【解決手段】針棒ケース7に設けられた針棒8のうち特定(6番)の針棒8に、縫針9に代えて打刻彫刻用の打刻針を装着可能とする。移送機構18のキャリッジ19に、打刻用被加工物Wを保持する打刻用保持体を取付可能とする。キャリッジ19に、枠種類検出センサを設ける。制御回路は、枠種類検出センサ40により打刻用保持体の装着が検出されていることを条件に、打刻彫刻用模様データに基づいて、打刻彫刻動作を実行させる制御を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数本の針棒を択一的に選択して駆動する針棒選択駆動機構と、被加工物を保持する保持体が着脱可能に装着され該保持体を所定の二方向に自在に移送させる移送機構とを備える多針刺繍ミシンに関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、例えば多色の刺繍糸による刺繍縫製動作を連続的に実行できる多針刺繍ミシンが供されている。この種の多針刺繍ミシンは、アーム部の先端に、例えば6本の針棒を備えた針棒ケースを備え、それら針棒のうち所定のものを針棒駆動機構に選択的に連結して上下駆動するように構成されている。ミシンの制御装置は、一針毎の針落ち位置(加工布の移動量)や色替え等を指示する模様データに基づいて、加工布を保持した刺繍枠を移送機構によりX,Yの二方向に移動させつつ、前記針棒駆動機構及びその他の駆動機構を制御して、多色の刺繍縫製動作を実行させる(例えば特許文献1参照)。
【0003】
尚、特許文献1においては、ニードルパンチという手法を用いて、布地を装飾するために、一部の針棒に、縫製用の縫針に代えてニードルパンチ針を装着し、ニードルパンチ情報に基づいて加工布にニードルパンチを施すことが記載されている。
【0004】
ところで、近年、例えばプラスチックや金属製の板、木材や繊維材料からなるボード等の表面に対し、打刻針を用いて、所望の写真やイラスト、文字などを打刻彫刻し、アクセサリーや調度品を製作する装置が提供されている。そして、このような打刻彫刻を自動で行う装置として、ドットインパクトプリンタを応用し、複数本の打刻針を設けたプリンタヘッドをX方向に移動させながら、被加工物をY方向に移動させることより、被加工物の表面に所定の打刻彫刻を施すようにした打刻機が考えられている(例えば特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11−172566号公報
【特許文献2】特開2007−8133号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、本発明者は、上記した多針刺繍ミシンにおいて、複数本の針棒のうちの一部に、縫製用の縫針に代えて打刻針を装着することによって、多針刺繍ミシンを、打刻彫刻を行う装置として兼用できるのではないかと考えた。この場合、打刻針は、被加工物の表面に突き当てられるものであるため、加工布を貫通する縫針に比べて、その分、長さ寸法が短く構成されることになる。そして、加工布を保持する刺繍枠に代えて、被加工物を固定的に保持する保持体を移送機構のキャリッジに取付けるようにし、打刻彫刻用のデータに基づいて被加工物を移動させながら、打刻針が装着された針棒を上下動することにより、被加工物の表面に前記データに応じた所定の打刻彫刻を施すことができると考えられる。
【0007】
しかし、多針刺繍ミシンにおける複数本の針棒のうちの一部に、単純に縫針に代えて打刻針を装着しただけの構成では、次のような不適切な動作を行ってしまう不具合が予測される。即ち、打刻用保持体が移送機構のキャリッジに取付けられた状態で、例えば、ユーザが誤って、縫製用の縫針による刺繍縫製動作を開始させてしまう(縫針が装着された針棒を上下駆動してしまう)と、縫針は打刻針に比べて十分下方まで降下すると共に、打刻用保持体に保持される被加工物は比較的硬質な材料であるため、縫針が被加工物に突き当たって縫針や被加工物の損傷等を招いてしまう虞がある。
【0008】
逆に、加工布を保持した刺繍枠が移送機構のキャリッジに取付けられた状態で、打刻針が装着された針棒を上下駆動させてしまうと、加工布が打刻針により傷付いたりする虞がある。さらには、もし、刺繍縫製用の模様データに基づいて、打刻針が装着された針棒を駆動する等の打刻彫刻の動作を行ってしまうことがあると、糸払い動作や糸切断動作などの不要な(不適切な)動作を行ってしまったり、打刻彫刻には適さない速度(必要以上の高速)で針棒を上下駆動してしまったりする虞がある。
【0009】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、その目的は、加工布に対する通常の刺繍縫製動作に加えて、被加工物の表面に対する打刻彫刻動作を行うことを可能としたものにあって、不適切な動作を行ってしまう不具合を効果的に防止することができる多針刺繍ミシンを提供するにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために、本発明の請求項1の多針刺繍ミシンは、複数本の針棒と、前記複数本の針棒を択一的に選択して駆動する針棒選択駆動機構と、被加工物を保持する保持体が着脱可能に装着され該保持体を所定の二方向に関して自在に移送させる移送機構と、模様データに基づいて前記針棒選択駆動機構及び前記移送機構を制御して前記被加工物に対する刺繍縫製動作を実行させる制御手段とを備える多針刺繍ミシンにおいて、前記複数本の針棒のうち特定の針棒には、打刻用被加工物の表面をドット単位で突き当てて打刻彫刻するための打刻針が装着可能とされ、前記移送機構には、前記打刻用被加工物を保持する打刻用保持体が装着可能とされると共に、当該打刻用保持体が装着されていることを検出する検出手段が設けられ、前記検出手段により、前記打刻用保持体の装着が検出されたときに、前記制御手段は、内蔵している又は外部から与えられる打刻彫刻用模様データに基づいて、前記特定の針棒を選択して前記打刻針による前記打刻用被加工物に対する打刻彫刻動作を実行させるように、前記針棒選択駆動機構及び前記移送機構を制御するところに特徴を有する。
【0011】
上記構成においては、刺繍縫製を行う場合には、ユーザは、複数本の針棒全部(或いは特定の針棒を除く針棒)に、縫製用の縫針を装着すると共に、被加工物としての加工布を保持する保持体(刺繍枠)を移送機構に装着する。この状態で、制御手段は、刺繍縫製用の模様データに基づいて、移送機構を制御して保持体を所定の二方向に自在に移送させながら、針棒選択駆動機構を制御して縫製用の縫針が装着された針棒を選択的に駆動することによって、刺繍縫製動作を実行させる。
【0012】
これに対し、打刻彫刻を行う場合には、ユーザが複数本の針棒のうち特定の針棒に打刻針を装着すると共に、打刻用被加工物を保持する打刻用保持体を移送機構に装着する。この状態で、制御手段は、打刻彫刻用模様データに基づいて、移送機構を制御して打刻用保持体を所定の二方向に自在に移送させながら、針棒選択駆動機構を制御して打刻針が装着された針棒を選択的に駆動することによって、打刻彫刻動作を実行させる。従って、加工布に対する通常の刺繍縫製動作に加えて、打刻用被加工物の表面に対する打刻彫刻動作を行うことが可能となり、打刻彫刻を行う装置として兼用することができる。
【0013】
このとき、検出手段により、移送機構に打刻用保持体が装着されていることが検出されたときには、制御手段は、打刻彫刻用模様データに基づいて、打刻彫刻動作を実行させるように針棒選択駆動機構及び移送機構を制御する。従って、移送機構に打刻用保持体が装着されている状態では、縫製用の縫針が装着された針棒を上下駆動してしまう不具合や、刺繍縫製用の模様データに基づいて打刻彫刻の動作を行ってしまうといった不具合を未然に防止することができる。逆に、加工布を保持する保持体(刺繍枠)が移送機構に装着されているときには、打刻針が装着された特定の針棒を上下駆動したり、打刻彫刻用模様データに基づいて刺繍縫製動作を実行したりすることも防止できる。
【0014】
請求項2の多針刺繍ミシンは、請求項1の発明において、前記打刻針は、長さ寸法又は太さ寸法或いは先端形状が互いに相違する複数種類が用意されているところに特徴を有する。
【0015】
請求項3の多針刺繍ミシンは、請求項1又は2の発明において、前記打刻用保持体は、前記打刻用被加工物をその裏面側を受けながら特定の固定位置に保持する保持部と、その保持部の外側に設けられ前記移送機構のキャリッジに着脱可能に取付けられる連結部とを有しているところに特徴を有する。
【0016】
請求項4の多針刺繍ミシンは、請求項1から3のいずれかの発明において、前記打刻彫刻用模様データは、前記模様データから、前記移送機構を駆動するための移送データのみを抽出することにより作成されるところに特徴を有する。
【0017】
請求項5の多針刺繍ミシンは、請求項1から4のいずれかの発明において、前記制御手段は、前記検出手段により前記打刻用保持体の装着が検出されたときに、刺繍縫製における固有の動作を行わないように制御するところに特徴を有する。
【発明の効果】
【0018】
請求項1の多針刺繍ミシンによれば、加工布に対する通常の刺繍縫製動作に加えて、被加工物の表面に対する打刻彫刻動作を行うことを可能としたものにあって、制御手段は、移送機構に設けられた検出手段により打刻用保持体の装着が検出されたときに、打刻彫刻動作を実行させるように針棒選択駆動機構及び移送機構を制御する構成であるので、装着されている保持体の種類に対応しない不適切な動作を行ってしまう不具合を未然に防止することができるという優れた効果を奏する。
【0019】
請求項2の多針刺繍ミシンによれば、請求項1に記載の発明の効果に加え、打刻針は、長さ寸法又は太さ寸法或いは先端形状が互いに相違する複数種類が用意されているので、被加工物の高さ(厚み)や材質、所望する打刻彫刻のデザインなどに応じて、適切な打刻針を用いて打刻彫刻を行うことができる。尚、この場合、複数種類の打刻針は、複数本の特定の針棒に予め装着されていても良いし、特定の針棒に対してユーザによって付替えられるようにしても良い。
【0020】
請求項3の多針刺繍ミシンによれば、請求項1又は2に記載の発明の効果に加え、打刻用保持体は、打刻用被加工物をその裏面側を受けながら特定の固定位置に保持する保持部と、その保持部の外側に設けられ移送機構のキャリッジに着脱可能に取付けられる連結部とを有しているので、打刻用保持体の特定の固定位置に保持されている打刻用被加工物を移送機構によって自在に移動させながら、打刻用被加工物の所定位置に所望の打刻彫刻を精度良く施すことができ、良好な打刻彫刻動作を行うことができる。
【0021】
請求項4の多針刺繍ミシンによれば、請求項1から3のいずれかに記載の発明の効果に加え、刺繍模様と同じ模様の打刻彫刻を行いたい場合には、そのための打刻彫刻用模様データを、模様データから、移送機構を駆動するための移送データのみを抽出することにより簡単に作成することができる。つまり、打刻彫刻用模様データを初めから新規に作成することなく、刺繍縫製用の模様データを打刻彫刻用模様データに転用することができ、打刻彫刻用模様データの作成の処理を簡単に済ませることができる。
【0022】
請求項5の多針刺繍ミシンによれば、請求項1から4のいずれかに記載の発明の効果に加え、制御手段は、検出手段により打刻用保持体の装着が検出されたときに、刺繍縫製における固有の動作を行わないように制御するので、打刻用保持体が装着されている打刻彫刻動作の実行時に、不要(不適切)な動作を行うことを未然に防止することができ、打刻彫刻動作を効率良く良好に行うことができる。
【0023】
尚、ここでいう、「刺繍縫製における固有の動作」には、例えば上下の糸の切断動作、糸払い動作、糸切れ検出の動作等が含まれる。尚、これらの動作についての説明は後述する。また、打刻彫刻動作時の針棒の駆動速度(主軸回転速度)は、刺繍縫製動作時における最高速度に比べて低速に抑えることが好ましく、打刻彫刻動作時における最高速度を超える速度で針棒を駆動することも、刺繍縫製固有の動作となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の第1の実施形態を示すもので、ミシン本体の外観構成を示す斜視図
【図2】針棒ケース部分の正面図
【図3】打刻針が装着された針棒の正面図(a)及び縦断右側面図(b)
【図4】刺繍枠が装着された状態の枠ホルダの平面図
【図5】打刻用保持体の平面図(a)及び縦断正面図(b)
【図6】多針刺繍ミシンの電気的構成を概略的に示すブロック図
【図7】打刻彫刻用模様データの作成の処理手順を示すフローチャート
【図8】制御装置が実行する針棒制御の処理手順を示すフローチャート
【図9】第2の実施形態を示す図2相当図
【図10】第3の実施形態を示す図2相当図
【図11】第4の実施形態を示す図2相当図
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
以下、本発明を具体化した第1の実施形態について、図1から図8を参照しながら説明する。図1は、本実施形態に係る多針刺繍ミシンの本体1の外観構成を示している。尚、以下の説明では、図1,図2,図4に示すように、ミシン本体1の左右方向をX方向とし、前後方向をY方向としている。
【0026】
図1に示すように、ミシン本体1は、図示しない載置台上に載置される支持台2、この支持台2の後端部から上方に延びる脚柱部3、この脚柱部3の上端部から前方に延びるアーム部4等を備えて構成される。前記支持台2は、左右部位に前方に延びる脚部2a,2aを有した、上面から見て前方が開放するほぼU字状に構成されている。また、この支持台2には、後部中央部から前方に延びるシリンダベッド5が一体的に設けられている。このシリンダベッド5の先端上部には、針穴6aを有する針板6が設けられ、図示はしないが、その内部には、糸捕捉釜や、糸切り機構(及びピッカー)等が設けられている。
【0027】
尚、図示は省略しているが、前記アーム部4の後側上部には、例えば6個の糸駒がセット可能な糸立て装置が設けられている。また、アーム部4の右側には、操作パネル(図示せず)が設けられている。図6にのみ図示するように、この操作パネルには、ユーザ(オペレータ)が各種の指示や選択、入力の操作を行うための複数の操作スイッチ45や、ユーザに対して必要なメッセージ等の表示を行う液晶ディスプレイ(LCD)46が設けられている。
【0028】
図2にも示すように、前記アーム部4の先端部には、針棒ケース7が左右方向(X方向)に移動可能に設けられている。図2に示すように、この針棒ケース7は、前後方向に薄型の矩形箱状をなしている。そして、その内部には、左右方向に並んで、複数本の針棒8、本実施形態の場合は6本の針棒8が上下動可能に支持されている。これら各針棒8は、図示しないコイルばねのばね力により、常時上方(図2に示す上死点(針上位置))に向けて付勢されている。
【0029】
これら各針棒8は、その下端部が、針棒ケース7の下方に突出位置しており、その下端部には、刺繍用の縫針9が、着脱(交換)可能に取付けられている。尚、6本の針棒8を区別する場合には、右から順に、1番,2番‥と針棒番号が付される。このとき、図3にも示すように、本実施形態では、6本の針棒8のうち、左端に位置する特定の針棒8(針棒番号6番)には、縫針9に代えて打刻針10が装着されている。この打刻針10については後述する。
【0030】
また、各針棒8の下部には、当該針棒8の上下動に同期して上下動する刺繍用押え足11が設けられている。この場合、針棒番号6番の針棒8に、縫針9に代えて打刻針10が装着された状態では、刺繍用押え足11は取外されるようになっている。また、詳しく図示はしないが、針棒ケース7の上部側には、6本の針棒8に対応して6個の天秤が設けられている。これら各天秤は、その先端部が、針棒ケース7の前面に上下に延びて形成された6個のスリット孔12を夫々通して前面側に突出しており、針棒8の上下動に同期して上下動(揺動)するように構成されている。また、図示はしないが、後述する針棒上下駆動機構により上下動される位置にある針棒8の後方にはワイパーが設けられている。
【0031】
図1に示すように、この針棒ケース7には、その上端から斜め後方に延びて上部カバー13が一体的に設けられている。この上部カバー13には、図示しない6個の糸調子器(取付用の穴のみを示す)が設けられていると共に、上端部に位置して6個の糸切れセンサ14が設けられている。これにて、糸立て装置にセットされた糸駒から、刺繍用の上糸が引出され、糸切れセンサ14、糸調子器、天秤等の所定の経路を順に通され、最後に縫針9の目孔(図示せず)に通されることにより、刺繍縫製が可能となる。このとき、6本(或いは5本)の縫針9に、夫々異なる色の上糸を供給することにより、複数色の上糸による刺繍縫製動作を、自動で切替えながら連続的に行うことができる。
【0032】
詳しく図示はしないが、前記脚柱部3には、ミシンモータ15(図6にのみ図示)が設けられている。前記アーム部4には、周知のように、前記ミシンモータ15により駆動される主軸や、この主軸の回転により前記針棒8等を上下動させる針棒上下駆動機構、針棒ケース7をX方向に移動させて針棒を選択する針棒選択機構などが設けられている。尚、前記主軸の回転により、前記糸捕捉釜も前記針棒8の上下動と同期して駆動される。
【0033】
前記針棒上下駆動機構は、針棒8に設けられた針棒抱き16(図3参照)に選択的に係合する上下動部材を備えている。前記針棒選択機構は、針棒選択用モータ17(図6にのみ図示)を駆動源として針棒ケース7をX方向に移動させ、いずれかの針棒8(前記針穴6aの真上位置の針棒8)を、上下動部材に係合させるように構成されている。これにて、針棒選択駆動機構が構成され、選択された1本の針棒8(及びその針棒8に対応した天秤)のみが、針棒上下駆動機構により上下駆動されるようになっている。
【0034】
そして、図1に示すように、前記支持台2上(脚柱部3の前方)には、前記シリンダベッド5のやや上部に位置して、移送機構18(図6参照)のキャリッジ19が設けられる。このキャリッジ19には、被加工物、即ち刺繍縫製を施すべき加工布、或いは打刻彫刻を施すべき打刻用被加工物W(図5参照)を保持する保持体が着脱可能に連結される。本実施形態では、保持体として、加工布を保持する複数種類の刺繍枠20(図4に1種類のみ図示)、及び、打刻用被加工物Wを保持する打刻用保持体21(図5参照)を付属品として備えている。
【0035】
図1,図4に示すように、前記キャリッジ19は、Y方向キャリッジ22、このY方向キャリッジ22に設けられるX方向キャリッジ23、このX方向キャリッジ23に取付けられる枠ホルダ24(図4のみ図示)を備えている。詳しく図示はしないが、前記移送機構18は、前記支持台2内に設けられY方向キャリッジ22をY方向(前後方向)に自在に移動させるY方向駆動機構と、このY方向キャリッジ22内に設けられ前記X方向キャリッジ23及び枠ホルダ24をX方向(左右方向)に移動させるX方向駆動機構とを含んでいる。被加工物を保持した保持体は前記枠ホルダ24により保持され、移送機構18により所定の二方向であるX方向及びY方向に自在に移送される。
【0036】
前記Y方向キャリッジ22は、横長な(細幅の)箱状をなし、前記支持台2の左右の脚部2a,2a間に掛け渡されるようにして左右方向(X方向)に延びている。このとき、図1に示すように、支持台2の左右の脚部2a,2aの上面には、夫々前後方向(Y方向)に延びるガイド溝25が設けられている。図示はしないが、前記Y方向駆動機構は、これらガイド溝25を上下に貫通し、該ガイド溝25に沿ってY方向(前後方向)に移動可能に設けられた2個の移動体を備えている。前記Y方向キャリッジ22の左右両端部が、夫々移動体の上端部に連結されている。
【0037】
前記Y方向駆動機構は、ステッピングモータからなるY方向駆動モータ26(図6参照)や、タイミングプーリやタイミングベルト等からなる直線移動機構を備えて構成されている。前記Y方向駆動モータ26を駆動源として前記直線移動機構により前記移動体を自在に移動させることによって、Y方向キャリッジ22をY方向(前後方向)に自在に移動させる。
【0038】
図1、図4に示すように、前記X方向キャリッジ23は、一部がY方向キャリッジ22の前面側下部から前方に突出する横長な板状をなし、該Y方向キャリッジ22にX方向(左右方向)にスライド移動可能に支持されている。Y方向キャリッジ22内に設けられるX方向駆動機構は、ステッピングモータからなるX方向駆動モータ27(図6参照)や、タイミングプーリやタイミングベルト等からなる直線移動機構を備えて構成され、X方向キャリッジ23をX方向(左右方向)に自在に移動させる。
【0039】
ここで、前記X方向キャリッジ23に取付けられる枠ホルダ24、及び、この枠ホルダ24に着脱可能に装着される保持体(刺繍枠20及び打刻用保持体21)について述べる。まず、図4を参照して刺繍枠20について述べる。この刺繍枠20は、丸みを帯びた矩形枠状をなす内枠28と、この内枠28の外周に着脱可能に嵌合される外枠29と、内枠28の左右両端部に取付けられた一対の連結部30,30とを備えている。図示はしないが、被加工物たる加工布は、内枠28と外枠29との間に挟まれ、内枠28の内側でピンと張った状態に保持される。
【0040】
前記左右一対の連結部30,30は、平面的に見て180度の回転対称的な構造を備えており、これら連結部30には、枠ホルダ24への装着のための係合溝30a及び係合穴30bが形成されている。図示は省略しているが、前記刺繍枠20は、大きさ或いは形状(刺繍領域)の相違する複数種類が用意されており、加工布の大きさや刺繍の大きさに応じて選択的に使用される。また、それら刺繍枠20の種類に応じて、左右の幅寸法L1(連結部30の外縁から連結部30の外縁までの間の寸法)が相違するように設定されており、それによって、後述する検出手段により刺繍枠20の種類(及び打刻用保持体21かどうか)の検出が可能である。図4では、この幅寸法が一番大きな刺繍枠20を例示している。
【0041】
次に、前記打刻用保持体21について述べる。図5に示すように、打刻用保持体21は、丸みを帯びた矩形板状をなす保持部31と、この保持部31の左右両端部に取付けられた一対の連結部32,32とを備えている。前記保持部31の板面には、矩形状をなす有底状の保持凹部31aが設けられている。打刻用被加工物Wは、予め前記保持凹部31aに対応した矩形板状とされて供される。打刻用被加工物Wは、例えばアクリル等の樹脂製の板材、アルミや真鍮等の金属製の板材、木材や合板、繊維材料を固形化したボード等であり、ユーザの所望する材料が適宜使用される。この打刻用被加工物Wが、前記保持凹部31aにほぼ密着した状態に嵌め込まれることにより、裏面側が受けられた状態で、前記打刻用保持体21の特定の固定位置に保持される。
【0042】
また、前記左右一対の連結部32,32は、やはり、平面的に見て180度の回転対称的な構造を備えており、これら連結部32には、枠ホルダ24への装着のための係合溝32a及び係合穴32bが形成されている。上記したように、この打刻用保持体21の左右の幅寸法L2(連結部32の外縁から連結部32の外縁までの間の寸法)は、前記いずれの種類の刺繍枠20の幅寸法L1とも相違するように設定されている。尚、この打刻用保持体21についても、打刻用被加工物Wの大きさや形状等に応じて複数種類を用意しておくようにしても良い。
【0043】
そして、上記した刺繍枠20や打刻用保持体21が装着(連結)される枠ホルダ24は、以下のように構成されている。即ち、図4に示すように、この枠ホルダ24は、前記X方向キャリッジ23の上面部に固定的に取付けられるホルダ本体33と、このホルダ本体33に位置変更可能に取付けられる可動腕部34とを備えている。可動腕部34は、装着すべき刺繍枠20(打刻用保持体21を含む)の種類つまり幅寸法L1(L2)に応じて、ユーザにより左右方向に位置変更されるものである。
【0044】
そのうちホルダ本体33は、X方向(左右方向)に長く延びる板状をなす主部33aの右端部に、ほぼ直角に折曲って前方に延びる右腕部33bを有している。この右腕部33bの上面には、先端に位置して係合ピン35が設けられていると共に、その後側に、連結部30,32の挟持用の板ばね36が取付けられている。前記係合ピン35は、前記刺繍枠20の連結部30の係合溝30a、或いは、前記打刻用保持体21の連結部32の係合溝32aに係合する。
【0045】
前記可動腕部34は、前記右腕部33bとほぼ左右対称的な形状をなし、その基端部(後端部)が、前記ホルダ本体33の主部33aの左側部分の上面に重なるように取付けられる。この可動腕部34の上面には、先端に位置して係合ピン37が設けられていると共に、その後側に、連結部30,32の挟持用の板ばね38が取付けられている。前記係合ピン37は、前記刺繍枠20の連結部30の係合孔30b、或いは、前記打刻用保持体21の連結部32の係合孔32bに係合する。
【0046】
この可動腕部34は、基端部(後端部)に左右方向に長い案内溝34aを有し、前記ホルダ本体33の主部33aの上面に設けられた案内ピン39が、その案内溝34a内に係合することにより、前記ホルダ本体33の主部33aに対し、左右方向にスライド移動可能に設けられている。また、図示はしないが、前記ホルダ本体33の主部33aには、可動腕部34を複数の所定位置で選択的に固定するための位置決め固定機構が設けられている。ユーザがこの位置決め固定機構を操作することにより、可動腕部34の左右方向位置が変更可能である。
【0047】
これにて、ユーザは、装着すべき刺繍枠20(打刻用保持体21)の種類(幅寸法)に応じて可動腕部34を適切な位置に固定した状態で、刺繍枠20或いは打刻用保持体21を枠ホルダ24に装着する。図4に例示するように、刺繍枠20を装着するにあたっては、刺繍枠20の左右の連結部30を、夫々、可動腕部34の板ばね38部分、及び、右腕部33bの板ばね36部分に挟み込まれるように前方から差込む。次いで、可動腕部34の係合ピン37に連結部30の係合孔30bを係合させると共に、右腕部33bの係合ピン35に連結部30の係合溝30aを係合させる。これにより、刺繍枠20は、枠ホルダ24に保持され、移送機構18によってX,Y方向に移動されるのである。打刻用保持体21の場合も、同様にして枠ホルダ24に装着することができる。
【0048】
このとき、前記X方向キャリッジ23には、図4、図6に示すように、可動腕部34の位置を検出することに基づいて、装着されている刺繍枠20(打刻用保持体21)の種類を検出するための枠種類検出センサ40が設けられている。図示はしないが、この枠種類検出センサ40は、例えば回転型ポテンショメータからなり、可動腕部34に設けられた例えば傾斜面からなる被検出部に当接する検出子を有し、可動腕部34の左右方向位置によってその検出子の回動位置(角度)が変動することに応じて、抵抗値(出力電圧値)が変動する。
【0049】
図6に示すように、この枠種類検出センサ40の出力信号は後述する制御回路41に入力され、この制御回路41にて刺繍枠20(打刻用保持体21)の種類を検出(判断)する。従って、これら枠種類検出センサ40及び制御回路41などから、打刻用保持体21が装着されているかどうかを検出する検出手段が構成される。
【0050】
さて、本実施形態では、ミシン本体1は、加工布に対する6色の刺繍糸を用いた通常の刺繍縫製動作の実行が可能であると共に、打刻用保持体21を移送機構18によってX、Y方向に移動させながら、打刻用被加工物Wの表面に対し、打刻針10をドット単位で突き当て、所望の写真やイラスト、文字などを打刻彫刻する打刻彫刻動作の実行が可能である。上記したように、打刻彫刻動作を実行するにあたっては、図2に示すように、6本の針棒8のうち左端の針棒8(針棒番号6番)に、縫針9に代えて打刻彫刻用の打刻針10が装着される。
【0051】
図3にも示すように、この打刻針10は、基端(上端部)部に針棒8に取付け可能な取付部を有し、先端(下端)が打刻彫刻に適した尖った形状をなしている。この打刻針10は、針棒8の最下位置(下死点)において、打刻用保持体21に保持された被加工物Wの表面に突き当てられるものである(加工布を貫通するものではない)から、縫針9よりも短く構成されている。
【0052】
尚、図示はしないが、打刻針10は、長さ寸法や太さ寸法、先端形状が互いに相違する複数種類が用意されており、そこからユーザが選択した1本の打刻針10が針棒番号6番の針棒8に装着される。また、図2に示すように、打刻針10が装着された針棒8については、押え足11が取外される。針棒番号6番の針棒8に打刻針10が装着されている場合には、刺繍縫製動作は、残りの5本(針棒番号1番から5番)の針棒8を使用して(5色の刺繍糸で)行われることは勿論である。
【0053】
図6は、本実施形態に係る多針刺繍ミシンの電気的構成を、全体を制御する制御手段としての制御回路41を中心にして概略的に示している。この制御回路41は、コンピュータ(CPU)を主体として構成され、ROM42、RAM43、外部メモリ44が接続されている。前記ROM42には、刺繍縫製制御プログラム、打刻彫刻制御プログラム、打刻彫刻用模様データ作成プログラム、各種制御用データ等が記憶されている。前記外部メモリ44には、多数種類の刺繍縫製用の模様データや、打刻彫刻用模様データ等が記憶されている。
【0054】
この制御回路41は、前記操作パネルの各種操作スイッチ45の操作信号が入力されると共に、液晶ディスプレイ46の表示を制御する。このとき、ユーザは、液晶ディスプレイ46の表示を見ながら、各種操作スイッチ45を操作することによって、縫製のモード(刺繍縫製モード、打刻彫刻モード、打刻彫刻用模様データ作成モード等)を選択したり、所望する刺繍模様や打刻彫刻模様を選択指定したりする。
【0055】
また、制御回路41には、糸切れセンサ14の検出信号、前記移送機構18の枠種類検出センサ40の検出信号、その他各種検出センサ47の検出信号が入力される。そして、制御回路41は、駆動回路48を介して前記ミシンモータ15を駆動制御すると共に、駆動回路49を介して前記針棒選択用モータ17を駆動制御する。
【0056】
そして、制御回路41は、駆動回路50を介して前記移送機構18のY方向駆動モータ26を駆動制御すると共に、駆動回路51を介して前記X方向駆動モータ27を駆動制御し、枠ホルダ24(刺繍枠20又は打刻用保持体21)を自在に移動させる。更に、制御回路41は、駆動回路52,53,54を夫々介して、ピッカー(図示せず)の駆動源となるピッカーモータ55、糸切り機構の駆動源となる糸切りモータ56、ワイパー(図示せず)の駆動源となるワイパーモータ57を制御し、以て糸切り動作を実行させる。
【0057】
ここで、前述のピッカー及びワイパーを簡単に説明する。尚、糸切り機構については十分に周知の機構であるので説明は省略する。まず、ピッカーとは、刺繍縫製開始時や糸切り時に糸捕捉釜に当接するように動作する部材であって、上糸(の糸量)を一時的に確保することで、縫製開始時に、加工布の上面から上糸の糸端が出る(残る)ことを防止したり、縫針の目穴から上糸が抜けるのを防止するものである。また、ワイパーとは、糸切り機構により切断された上糸の糸端を、加工布の上面に引き上げるように動作する部材である。そして、このワイパーの動作を糸払い動作という。
【0058】
制御回路41は、刺繍縫製制御プログラムの実行(刺繍縫製モード)により、例えば外部メモリ44に記憶されている刺繍縫製用の模様データの中から、ユーザが選択した模様データに基づいて、ミシンモータ15、針棒選択用モータ17、移送機構18のY方向駆動モータ26及びX方向駆動モータ27等を制御し、刺繍枠20に保持された加工布に対する刺繍縫製動作を自動で実行させる。
【0059】
このとき、周知のように、上記刺繍縫製用の模様データは、一針毎の針落ち位置(刺繍枠20のX、Y方向の移動量)を示す一針データ(移送データ)、刺繍糸の色(即ち駆動する針棒8)の切替えを指示する色替えデータ、糸切り動作を指示する糸切りデータ、縫製終了データ等を含んでいる。また、前記一針データの中には、糸切りを行わずにフィードしたり刺繍を補強したりするために、縫製(縫目形成)は行われるものの刺繍の外観に現れることのない(最終的に他の刺繍糸により隠されてしまう)下打ちデータが含まれている。
【0060】
そして、本実施形態では、前記制御回路41は、そのソフトウエア構成(打刻彫刻制御プログラムの実行)により、打刻彫刻用模様データに基づいて、ミシンモータ15、針棒選択用モータ17、移送機構18のY方向駆動モータ26及びX方向駆動モータ27等を制御し、打刻用保持体21に保持された打刻用被加工物Wの表面に対する打刻針10による打刻彫刻動作を自動で実行させる(打刻彫刻モード)ことが可能に構成されている。この打刻彫刻動作は、針棒番号6番の針棒8を選択し当該針棒8(打刻針10)を上下動させながら、針棒8の上昇時に打刻用被加工物Wを次の打刻点に移動させることを繰返すことにより行われる。このとき、前記打刻彫刻用模様データは、打刻針10による一針毎の打刻点の位置、即ち一針毎の打刻用被加工物W(打刻用保持体21)のX、Y方向の移動量を示す移送データの集合を主体として構成される。
【0061】
このとき、後の作用説明(フローチャート説明)でも述べるように、制御回路41は、打刻彫刻動作を実行させるにあたり、前記枠種類検出センサ40により、前記枠ホルダ24に対する打刻用保持体21の装着が検出されていることを条件に、打刻彫刻動作を実行させる。つまり、打刻用保持体21の装着が検出されていないときには、ユーザにより打刻彫刻動作の実行が指示されても、縫製動作(ミシンモータ15の起動)を禁止する。
【0062】
また、本実施形態では、これも後の作用説明(フローチャート説明)で述べるように、制御回路41は、打刻彫刻用模様データ作成プログラムの実行により、刺繍模様の模様データから打刻彫刻用模様データを作成する作成手段としての機能の実現が可能である。この打刻彫刻用模様データの作成は、刺繍模様と同じ模様についての打刻彫刻を施すことができるように、当該刺繍模様の模様データから、移送機構18を駆動するための移送データのみを抽出することにより行われる。この場合、打刻彫刻用模様データの作成(移送データの抽出)にあたっては、模様データから色替えデータや糸切りデータが省かれることは勿論、一針データのうち下打ちデータが省かれる。
【0063】
さらに、本実施形態では、制御回路41は、枠種類検出センサ40により打刻用保持体21の装着が検出されているとき(打刻彫刻動作の実行時)には、刺繍縫製における固有の動作を行わない(禁止する)制御を行う。ここでいう、「刺繍縫製における固有の動作」には、例えば糸切り機構による糸の切断動作、ワイパーによる糸払い動作、糸切れセンサ14による糸切れ検出の動作等が含まれる。また、打刻彫刻動作時の針棒8の駆動速度(主軸の回転速度)は、刺繍縫製動作時における最高速度(例えば1,000rpm)に比べて低速(例えば800rpm)に抑えることが好ましく、打刻彫刻動作時における最高速度を超える速度で針棒8を駆動することも、刺繍縫製固有の動作となる。
【0064】
次に、上記構成の作用について、図7及び図8も参照して述べる。まず、上記したように、制御回路41は、例えばユーザの選択指示により、外部メモリ44或いはROM42に記憶されている刺繍縫製用の模様データから、移送機構18を駆動するための移送データのみを抽出することにより打刻彫刻用模様データを作成する処理を行う(打刻彫刻用模様データ作成モード)。図7のフローチャートは、その際に制御回路41が実行する打刻彫刻用模様データの作成処理の手順の概略を示している。
【0065】
打刻彫刻用模様データの作成にあたっては、ユーザは、各種操作スイッチ45を操作して打刻彫刻用模様データの作成を指示すると共に、ROM42或いは外部メモリ44に記憶されている模様データのなかから所望の刺繍模様を選択しておく。まず、ステップS1では、選択された模様データから、一針データが1番目のものから順に読込まれる。次のステップS2〜S4では、ステップS1で読込んだデータの種類の判別がなされる。即ち、ステップS2では読込んだデータが縫製終了データかどうかの判断がなされる。
【0066】
縫製終了データでない場合には(ステップS2にてNo)、ステップS3にて、糸切りデータかどうかが判断される。糸切りデータであった場合には(ステップS3にてYes)、ステップS1に戻り、次のデータの読込みが行われる。糸切りデータでない場合には(ステップS3にてNo)、ステップS4にて、色替えデータかどうかが判断される。色替えデータであった場合には(ステップS4にてYes)、ステップS1に戻り、次のデータの読込みが行われる。
【0067】
色替えデータでない場合には(ステップS4にてNo)、一針データ(移送データ)と判断できるので、ステップS5にて、その一針データがバッファに展開され、ステップS1に戻って次のデータの読込みが行われる。このような処理が繰返されることにより、一針毎の針落ち位置(キャリッジ19のX、Y方向の移動量)を示す移送データのみが抽出されてバッファに展開され、最後の縫製終了データが読込まれると(ステップS2にてYes)、ステップS6にて終了データがバッファに展開される。この後、ステッチデータがブロックデータ(模様の1ブロック毎に順に打刻彫刻を行うためのデータ)に変換され(ステップS7)、さらに、内部走り縫い等の下打ち用のデータが削除されて(ステップS8)、打刻彫刻用模様データの作成処理が終了する。
【0068】
これにより、上記刺繍模様を打刻用被加工物Wの表面に打刻彫刻するための、一針毎の打刻針10の打刻位置(キャリッジ19ひいては打刻用保持体21のX、Y方向の移動量)を示すデータの集合からなる打刻彫刻用模様データが作成されるのである。この場合、刺繍縫製用の模様データを、打刻彫刻用模様データに転用することができ、打刻彫刻用模様データの作成の処理を簡単に済ませることができる。尚、打刻彫刻用模様データとしては、外部メモリ44やROM42に予め記憶されていたり、別途の作成装置(パソコン等)により作成されて外部から与えられるように構成しても良いことは勿論である。
【0069】
さて、本実施形態の多針刺繍ミシンにおいては、上記のように、ユーザは、特定の針棒8(針棒番号6番)を除く5本の針棒8(或いは6本の針棒8全部でも良い)に、縫製用の縫針9を装着すると共に、被加工物としての加工布を保持した刺繍枠20を枠ホルダ24に装着した状態で、刺繍縫製動作を実行させる。この刺繍縫製動作は、制御回路41により、模様データに基づいて、移送機構18を制御して刺繍枠20をX,Y方向に自在に移送させながら、針棒選択用モータ17を制御して縫製用の縫針9が装着された針棒8を選択的に駆動することによって行われる。
【0070】
また、ユーザは、特定の針棒8(針棒番号6番)に打刻針10を装着すると共に、打刻用被加工物Wを保持させた打刻用保持体21を、枠ホルダ24に装着することにより、打刻彫刻動作の実行が可能となる。この場合、制御回路41は、打刻彫刻用模様データに基づいて、移送機構18を制御して打刻用保持体21ひいては打刻用被加工物WをX、Y方向に自在に移送させながら、針棒選択用モータ17により、打刻針10が装着された特定の針棒8(針棒番号6番)を選択的に駆動させることによって、打刻彫刻動作を実行させる。これにて、打刻針10が打刻用被加工物Wの表面に突き当てられ、打刻彫刻用模様データに応じた模様の打刻彫刻が施されるのである。
【0071】
ここで、もし、打刻用保持体21が枠ホルダ24に取付けられた状態で、ユーザの誤操作により、縫製用の縫針9による刺繍縫製動作を実行させてしまうようなことがあると、縫針9が打刻用被加工物W(或いは打刻用保持体21)に突き当たって、縫針9や打刻用被加工物W(打刻用保持体21)の損傷等を招いてしまう虞がある。また、加工布を保持した刺繍枠20が枠ホルダ24に取付けられた状態で、打刻針10による打刻彫刻動作を実行させてしまうと、加工布が打刻針10により傷付いたりする虞がある。
【0072】
そこで、本実施形態では、制御回路41は、動作を開始する(ミシンモータ15を起動する)にあたって、図8のフローチャートに示すように、枠種類検出センサ40の検出に基づく動作の制御を行う。即ち、動作を開始するにあたり、まずステップS11では、枠種類検出センサ40の出力信号に基づいて、保持体(刺繍枠20及び打刻用保持体21)の種類の認識が行われる。ステップS12は、打刻用保持体21が装着されているかどうかの判断ステップであり、どちらが装着されているかによって以下の制御が異なってくる。
【0073】
打刻用保持体21が装着されていないと判断された場合、つまり刺繍枠20が装着されている場合には(ステップS12にてNo)、次のステップS13にて、縫製終了まで、縫針9による刺繍縫製動作が実行される。縫製が終了したときには(ステップS14にてYes)、ステップS15にて、糸切り動作及びワイパーによる糸払い動作が実行され、処理が終了する。尚このとき、図示はしないが、上記ステップS11の認識処理において刺繍枠20の種類まで検出することができるので、例えば、選択されている模様データの大きさが刺繍枠20の縫製領域(図4に想像線で示す)よりも大きい場合にエラー報知を行うなど、取付けられている刺繍枠20の種類に応じた制御を行うことができる。
【0074】
一方、枠種類検出センサ40出力の信号に基づいて、枠ホルダ24に打刻用保持体21が装着されていることが検出された場合には(ステップS12にてYes)、ステップS16にて、打刻針10による打刻彫刻動作が実行される。縫製動作の終了が判断された(終了データが読込まれた)場合には(ステップS17にてYes)、そのまま動作が終了する。また、これも図示はしていないが、枠ホルダ24に打刻用保持体21が装着されているにも関わらず、ユーザが刺繍縫製動作を行おうとした場合や、枠ホルダ24に刺繍枠20が装着されているにも関わらず、ユーザが打刻彫刻動作を行おうとした場合には、エラー報知が行われる。
【0075】
このような制御回路41の制御により、枠ホルダ24に打刻用保持体21が装着されている状態では、縫製用の縫針9が装着された針棒8(針棒番号1番から5番の針棒8)を上下駆動してしまう不具合や、刺繍縫製用の模様データに基づいて打刻彫刻の動作を行ってしまうといった不具合を未然に防止することができる。逆に、枠ホルダ24に刺繍枠20が装着されているときには、打刻針10が装着された針棒8を上下駆動したり、打刻彫刻用模様データに基づいて刺繍縫製動作を実行したりすることも防止できる。尚、これに加えて、上記したように、枠種類検出センサ40により打刻用保持体21の装着が検出されているときには、刺繍縫製における固有の動作が禁止される。
【0076】
このように本実施形態によれば、特定の針棒8に打刻針10を装着可能とすると共に、打刻用被加工物Wを保持する打刻用保持体21を、打刻彫刻用模様データに基づいて移送機構18により移送可能に構成した。従って、加工布に対する通常の刺繍縫製動作に加えて、打刻用被加工物Wの表面に対する打刻彫刻動作を行うことが可能となり、多針刺繍ミシンを、打刻彫刻を行う装置として兼用することができる。そして、制御回路41は、枠種類検出センサ40により打刻用保持体21の装着が検出されているときに、打刻彫刻動作を実行させる制御を行うので、装着されている保持体20,21の種類に対応しないような不適切な動作を行ってしまう不具合を効果的に防止することができる。
【0077】
また、特に本実施形態では、打刻彫刻用模様データを、模様データから移送機構18を駆動するための移送データのみを抽出することにより作成する機能を備える。これにより、刺繍模様と同じ模様の打刻彫刻を行いたい場合には、刺繍縫製用の模様データを、打刻彫刻用模様データに転用することができ、打刻彫刻用模様データの作成の処理を簡単に済ませることができる。さらに本実施形態では、枠種類検出センサ40により打刻用保持体21の装着が検出されているときには、制御回路41は、刺繍縫製における固有の動作を行わないように制御する。従って、打刻用保持体21が装着されている打刻彫刻動作の実行時に、不要(不適切)な動作を行うことを未然に防止することができ、打刻彫刻動作を効率良く良好に行うことができる。
【0078】
図9、図10、図11は、夫々、本発明の第2の実施形態、第3の実施形態、第4の実施形態に係る針棒ケース7の様子を示すものである。これら第2〜第4の実施形態では、長さ寸法又は太さ寸法或いは先端形状が互いに相違する複数種類の打刻針が、付属品として用意されており、それら複数種類の打刻針が、複数本の特定の針棒8に装着されるようになっている。以下、第2〜第4の実施形態について、上記第1の実施形態と異なる点について順に述べる。
【0079】
図9に示す第2の実施形態においては、針棒ケース7に設けられる複数本(6本)の針棒8のうち、特定の針棒8として、左端の針棒番号6番の針棒8に打刻針10が装着され、その隣の針棒番号5番の針棒8に、打刻針10とは種類の異なる打刻針61が装着される。残り4本の針棒8には、縫針9(及び押え足11)が装着される。このとき、打刻針61は、打刻針10と比較して、先端が僅かに潰れた平坦な形状をなしている。この打刻針61によれば、打刻用被加工物Wの表面には、1ドットの打刻痕が、打刻針10のものよりも大きく(底部が平坦に)形成される。従って、これら2本の打刻針10,61を使い分けながら打刻彫刻動作を実行することによって、多様なデザインの打刻彫刻を行うことができる。
【0080】
次に、図10に示す第3の実施形態においては、針棒ケース7に設けられる複数本(6本)の針棒8のうち、特定の針棒8として、左端の針棒番号6番の針棒8に打刻針10が装着され、その隣の針棒番号5番の針棒8に、やはり種類の異なる打刻針62が装着される。打刻針62は、打刻針10と比較して、長さ寸法が大きく構成されているので、この打刻針62によれば、打刻用被加工物Wの表面には、1ドットの打刻痕が、打刻針10のものよりも深く形成される。従って、これら2本の打刻針10,62を使い分けながら打刻彫刻動作を実行することによって、多様なデザインの打刻彫刻を行うことができる。
【0081】
図11に示す第4の実施形態においては、針棒ケース7に設けられる複数本(6本)の針棒8の全てに、互いに種類(長さ寸法)の異なる打刻針10,62〜66が装着されている。これら打刻針10,62〜66は長さ寸法が短いものから、左側から順に装着されている。これによれば、6本の打刻針10,62〜66を使い分けながら打刻彫刻動作を実行することによって、よりバラエティに富んだデザインの打刻彫刻を行うことができる。この場合、打刻彫刻動作時と刺繍縫製動作時にとで、ユーザにより打刻針と縫針9の付替えが行われることは勿論である。
【0082】
尚、本発明は上記した各実施形態に限定されるものではなく、様々な拡張、変更が可能である。
例えば、上記各実施形態では、検出手段として、枠ホルダ24の可動腕部34の位置を検出する枠種類検出センサ40(回転型ポテンショメータ)を採用するようにしたが、他にも、光センサ、磁気センサ、マイクロスイッチ等の各種センサを採用することができる。このとき、可動腕部34の位置による間接的な検出ではなく、保持体(刺繍枠20、打刻用保持体21)の種類を直接的に検出するように構成しても良い。また、少なくとも、刺繍枠20か打刻用保持体21かのどちらであるかを検出することができる構成であれば足りる。
【0083】
さらに、上記各実施形態では、打刻用保持体21を、保持凹部31aを有する保持部31と、その両端の連結部32,32とから構成したが、固定的な保持凹部31aを設けることに代えて、様々な大きさ(形状)の打刻用被加工物Wに対応できるような可変の保持機構を設けるようにしても良い。その他、針棒ケース7に設けられる針棒8の本数についても、9本や12本などであっても良く、また、ミシン本体1の全体の構成や、移送機構18(キャリッジ19)の構成等についても、種々の変更が可能である等、本発明は要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施し得るものである。
【符号の説明】
【0084】
1 ミシン本体
2 支持台
4 アーム部
5 シリンダベッド
7 針棒ケース
8 針棒
9 縫針
10 打刻針
15 ミシンモータ
17 針棒選択用モータ(針棒選択駆動機構)
19 キャリッジ
20 刺繍枠(保持体)
21 打刻用保持体
22 Y方向キャリッジ
23 X方向キャリッジ
24 枠ホルダ
25 Y方向駆動モータ
26 X方向駆動モータ
31 保持部
32 連結部
40 枠種類検出センサ(検出手段)
41 制御装置(制御手段)
44 外部メモリ
61 打刻針
62 打刻針
63 打刻針
64 打刻針
65 打刻針
66 打刻針
W 打刻用被加工物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数本の針棒と、前記複数本の針棒を択一的に選択して駆動する針棒選択駆動機構と、被加工物を保持する保持体が着脱可能に装着され該保持体を所定の二方向に関して自在に移送させる移送機構と、模様データに基づいて前記針棒選択駆動機構及び前記移送機構を制御して前記被加工物に対する刺繍縫製動作を実行させる制御手段とを備える多針刺繍ミシンにおいて、
前記複数本の針棒のうち特定の針棒には、打刻用被加工物の表面をドット単位で突き当てて打刻彫刻するための打刻針が装着可能とされ、
前記移送機構には、前記打刻用被加工物を保持する打刻用保持体が装着可能とされると共に、当該打刻用保持体が装着されていることを検出する検出手段が設けられ、
前記検出手段により、前記打刻用保持体の装着が検出されたときに、前記制御手段は、内蔵している又は外部から与えられる打刻彫刻用模様データに基づいて、前記特定の針棒を選択して前記打刻針による前記打刻用被加工物に対する打刻彫刻動作を実行させるように、前記針棒選択駆動機構及び前記移送機構を制御することを特徴とする多針刺繍ミシン。
【請求項2】
前記打刻針は、長さ寸法又は太さ寸法或いは先端形状が互いに相違する複数種類が用意されていることを特徴とする請求項1記載の多針刺繍ミシン。
【請求項3】
前記打刻用保持体は、前記打刻用被加工物をその裏面側を受けながら特定の固定位置に保持する保持部と、その保持部の外側に設けられ前記移送機構のキャリッジに着脱可能に取付けられる連結部とを有していることを特徴とする請求項1又は2記載の多針刺繍ミシン。
【請求項4】
前記打刻彫刻用模様データは、前記模様データから、前記移送機構を駆動するための移送データのみを抽出することにより作成されることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の多針刺繍ミシン。
【請求項5】
前記制御手段は、前記検出手段により前記打刻用保持体の装着が検出されたときに、刺繍縫製における固有の動作を行わないように制御することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の多針刺繍ミシン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2010−222727(P2010−222727A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−70253(P2009−70253)
【出願日】平成21年3月23日(2009.3.23)
【出願人】(000005267)ブラザー工業株式会社 (13,856)
【Fターム(参考)】