説明

大型船舶用エンジン排気バルブの製造方法

【課題】
大型船舶のディーゼルエンジンにおける高負荷にも耐え得る耐久性の高い大型船舶用エンジン排気バルブの製造方法の提供。
【解決手段】
丸棒鋼材の先端を覆うようにNi−Cr−Al系Ni基時効析出合金からなる溶接材料を複数回重ねて肉盛溶接(S2)した後に、先端を熱間型入鍛造して溶接部の組織調整を与えつつ傘部を成形し(S3)、固溶化熱処理(S4)及び時効析出熱処理(S5)を与えて供されることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大型船舶用のディーゼルエンジンに使用されるエンジン排気バルブの製造方法に関し、特にNi基時効析出合金を少なくともその一部に使用した大型船舶用エンジン排気バルブに関する。
【背景技術】
【0002】
大型船舶用のディーゼルエンジンでは主として重油を燃料として使用し、燃焼室から排出される排気ガスに高腐食性の硫化物などが多く含まれている。そのため排気バルブには、このような排気ガス流との接触によるSアタックやVアタックと呼ばれる高温腐食に対して耐性の高い金属素材が使用される。かかる耐高温腐食性に優れる材料としては、例えば、Nimonic80AやInconel718といったNi基の時効析出合金や、ステライトのようなCo基合金が知られている(「Nimonic」、「Inconel」、「ステライト」は、いずれも登録商標)。一方、Ni基合金やCo基合金のような高合金を使用した排気バルブはいずれも高価なため、耐高温腐食性を要求される部位のみにかかる高合金を与えた排気バルブも提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1では、大型ディーゼル機関用の排気バルブとして、オーステナイト系耐熱鋼からなる本体の傘部フェイス面にCo基合金を、傘部触火面にNi基合金を肉盛溶接により与えた複合排気バルブが開示されている。Co基合金及びNi基合金は、ともに耐高温腐食性に優れるが、特に、前者は耐摩耗性に、後者は耐熱衝撃性に優れる。かかる複合排気バルブは傘部フェイス面及び傘部触火面においてそれぞれ必要とされる特性に対してより適した材料を肉盛溶接によって与えているのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−050821号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、運輸業界の高速搬送の要求から船舶用ディーゼルエンジンへの負荷が高まることとなり、排気バルブが急速に劣化してしまうといった問題が生じた。つまり、排気ガスが高温化し、例えば、Ni基時効析出合金であれば、機械強度を担う金属間化合物γ’相の時効析出粒子が徐々に粗大化し、機械強度が大幅に低下してしまうのである。
【0006】
本発明はかかる状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、大型船舶のディーゼルエンジンにおける高負荷にも耐え得る耐久性の高い大型船舶用エンジン排気バルブの製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明による大型船舶用エンジン排気バルブの製造方法は、大型船舶用ディーゼルエンジンの排気バルブの製造方法であって、丸棒鋼材の先端を覆うようにNi−Cr−Al系Ni基時効析出合金からなる溶接材料を複数回重ねて肉盛溶接した後に、前記先端を熱間型入鍛造して溶接部の組織調整を与えつつ傘部を成形し、固溶化熱処理及び時効析出熱処理を与えて供されることを特徴とする。
【0008】
かかる発明によれば、複数回重ねて肉盛溶接したライニング溶接部に形成されるα−Cr相とγ’相とのラメラ状組織を鍛造加工により組織調製し、α−Cr相を微細粒子化させて、エンジンの使用時のγ’相の異常成長を抑制できる。故に、溶接部での割れの発生を抑制し、耐久性に優れる大型船舶用エンジンの排気バルブを製造できるのである。
【0009】
上記した発明において、前記Ni−Cr−Al系Ni基時効析出合金は、質量%で必須添加元素として、Cr:32〜50%、Al:0.5〜10.0%、Fe:0.1〜20.0%を含み、残部を不可避的不純物及びNiとすることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、耐Sアタック性や耐Vアタック性といった耐高温腐食性を高めることができて、耐久性に優れる大型船舶用エンジンの排気バルブを製造できるのである。
【0010】
上記した発明において、前記Ni−Cr−Al系Ni基時効析出合金は、質量%で必須添加元素として、Cr:32〜50%、Al:0.5〜10.0%、Fe:0.1〜20.0%を含むとともに、更に、任意添加元素として、Si:5%以下、B:0.01%以下、C:0.1%以下、Cu:5%以下、Ti:0.1%以下、Nb:0.1%以下、Ta:0.1%以下、V:0.1%以下で、且つTi+Nb+Ta+V:0.1%以下で含むことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、更に良好な耐高温腐食性を有し、耐久性に優れる大型船舶用エンジンの排気バルブを製造できるのである。
【0011】
上記した発明において、前記肉盛溶接は複数回の施工の間に軟化熱処理を与えることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、これに続く熱間型入鍛造の鍛造抵抗を低減でき工程を容易にできるとともに、組織調整を完全に行い得るので、耐久性に優れる大型船舶用エンジンの排気バルブをより効率的に製造できるのである。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明による製造方法で得られる排気バルブの断面図である。
【図2】本発明による製造方法を示す工程図である。
【図3】製造工程における排気バルブの側面図である。
【図4】鍛造工程における排気バルブの断面図である。
【図5】鋼塊の成分組成を示す図である。
【図6】排気バルブの成分組成及び製造条件を示す図である。
【図7】耐Sアタック性試験及び耐Vアタック性試験の結果を示す図である。
【図8】断面組織を示す写真である。
【図9】断面組織を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者は、高温強度に優れるとともに高い耐Vアタック性及び耐Sアタック性を有するとされるNi−Cr−Al系合金を大型船舶用エンジン排気バルブの所定部を覆うように肉盛溶接で与えることを考慮した。大型船舶用エンジンとして必要とされる厚さの合金層を与えるためには、肉盛溶接を複数回重ねて厚さを得る。一方、エンジンの使用時において、この肉盛溶接部で割れが発生し、その原因が高温強度を担う金属間化合物であるγ’相の微細粒子の異常成長によることを突き止めた。また、肉盛溶接を複数回重ねたことでα−Cr相とγ’相とがラメラ状組織を形成し、この異常成長が生じやすくなることも判った。そこで、本発明者は、ラメラ状組織を鍛造加工して組織調整、すなわち、α−Cr相を微細粒子化させる組織調整を行って、γ’相の微細粒子の異常成長を抑制できることを見い出した。以下に、この詳細を述べる。
【0014】
まず、本発明による1つの実施例としての製造方法により得られる大型船舶用エンジン排気バルブについて、図1を用いて説明する。
【0015】
図1に示すように、排気バルブ1は、オーステナイト系耐熱鋼からなる軸部2とその先端の傘部3とからなる。傘部3には、多層肉盛溶接によって与えられたNi−Cr−Al合金からなる表層ライニング部4を含む。ここで表層ライニング部4は、γ相(Ni固溶体)からなるマトリクス13内にγ’相(NiAl)の微細粒子14と、α−Cr相の微細粒子15とを均一に分散させた組織を有する。なお、これについては図8及び図9とともに後述する。
【0016】
表層ライニング部4を与えられた排気バルブ1は、Ni−Cr−Al合金による高い耐Sアタック性や耐Vアタック性を与えられるとともに、エンジンの使用時において高温で長時間維持されても、α−Cr相の微細粒子15によりγ’相の微細粒子14の粗大化を抑制できて、表層ライニング部4における割れの発生を抑制できる。すなわち、大型船舶用エンジンのエンジン排気バルブとしての耐久性を大幅に高めることができるのである。
【0017】
次に、上記した大型船舶用エンジン排気バルブの製造方法の1つの実施例について、図2に沿って、図3及び4を併せて用いて説明する。
【0018】
図2を参照すると、丸棒加工ステップS1では、オーステナイト系耐熱鋼などの従来のエンジンバルブにも使用されている鋼材を熱間鍛造して段付き丸棒を作製する。図3(a)に示すように、段付き丸棒1’は、丸棒状の軸部2と、軸部2から連続的に径を増加させた接続部2aと、軸部2よりも大きい径を有する加工部3aとからなる棒状体である。なお、加工部3aの先端部には、その表面を研削加工して被肉盛溶接部3bを与える。かかる研削加工は、後述する肉盛溶接ステップS2における肉盛り溶接の密着性を高めるための表面加工である。
【0019】
肉盛溶接ステップS2では、まず、Ni−Cr−Al系合金を溶融し、例えば、ガスアトマイズ法などで粉体化させた肉盛溶接用合金粉末を準備するとともに、図3(b)に示すように、被肉盛溶接部3bの表面にこの合金粉末を肉盛溶接するステップである。すなわち、大型船舶用エンジンの排気バルブとして必要とされる所定の厚さの合金層を与えるよう、肉盛溶接を複数回施工し、肉盛溶接部4’を与える。これにより、被肉盛溶接部3bの表面は、高い耐Sアタック性や耐Vアタック性を有するとされるNi−Cr−Al系合金で全面を覆われる。なお、肉盛溶接に用いる溶接材料として、肉盛溶接用合金粉末の代わりにNi−Cr−Al系合金からなる肉盛溶接用合金ワイヤ、肉盛溶接用合金棒、又は、肉盛溶接用合金帯を使用してもよい。
【0020】
なお、肉盛溶接ステップS2において、複数回の肉盛溶接の施工の間には、軟化熱処理をして組織調整を行うことが好ましい。この軟化熱処理は、例えば、肉盛溶接部4’を850℃程度に加熱し、16時間保持して空冷する熱処理である。これにより、上記した複数回の肉盛溶接の施工により形成されてしまうα−Cr相とγ’相とのラメラ状組織の特にα−Cr相の少なくとも一部を球状化させる。つまり、溶接部を軟化させて、続く鍛造加工ステップS3における鍛造抵抗を低下させ得るのである。更に、肉盛溶接部4’の厚みの調整として、肉盛溶接ステップS2の最後に、肉盛溶接部4’を機械加工することが好ましい。
【0021】
鍛造加工ステップS3では、図4(a)に示すように、肉盛溶接部4’を付与された段付き丸棒1’を鍛造金型9、金敷10により型入れ鍛造し、傘部3(図1参照)を与えるステップである。
【0022】
詳細には、図4(a)に示すように、傘部3(図1参照)のフェイス面を与えるべき曲面に対応した加工面9aを有する鍛造金型9を用意する。鍛造金型9の中心貫通孔9bに加工面9a側から段付き丸棒1’の軸部2を挿入し、接続部2aの少なくとも一部が鍛造金型9の加工面9aに当接するまで押し込む。軸部2に沿って離間した2ヶ所でこれを保持具12により保持する。そして、肉盛溶接部4’の端部を金敷10に当接させ、更に、金敷10を段付き丸棒1’の軸線に沿って鍛造金型9に接近させて型入れ鍛造を行う。これにより、接続部2aと加工部3aと肉盛溶接部4’を略円錐形状に鍛造加工できて、図4(b)に示すような、表層ライニング部4を含む傘部3(図1参照)を有するバルブ材を得られるのである。
【0023】
かかる鍛造加工ステップS3は、傘部3(図1参照)の成形を与えるだけでなく、併せて、肉盛溶接部4’のラメラ状組織におけるα−Cr相の層状体を微細粒子化させる組織調整のステップでもある。かかる観点において、例えば、後述する57Ni−38Cr−3.8Al系合金では、1000〜1100℃の温度範囲、好ましくは1060℃〜1100℃の温度範囲で鍛造加工を行う。
【0024】
固溶化処理ステップS4では、鍛造による加工歪みを取り除くとともに、バルブ材の全域部及び表層ライニング部4における炭化物や金属間化合物などの析出物をγ相内に固溶させるように高い温度に加熱し保持する熱処理を行う。例えば、1050℃に加熱し1時間保持した後に水冷する。ここでは、鍛造加工ステップS3によって微細粒子化したα−Cr相をより球状化させ得る。
【0025】
時効処理ステップS5では、固溶化処理されたバルブ材について、γ’相をマトリクス中に析出させるように、例えば、700〜800℃で24時間保持し空冷する時効処理を行う。つまり、処理温度及び時間は、Ni−Cr−Al系合金の成分組成などによって適宜、調整され得る。
【0026】
以上のステップを経て得られた排気バルブ1は、図1に示すようなγ相(Ni固溶体)からなるマトリクス13内にγ’相(NiAl)の微細粒子14と、α−Cr相の微細粒子15とを均一に分散させた組織を得た表層ライニング部4を傘部3に有するのである。つまり、Ni−Cr−Al合金による高い耐Sアタック性や耐Vアタック性を与えられるとともに、エンジン使用時において、高い温度に保持されても、α−Cr相の微細粒子15がγ’相(NiAl)の微細粒子14の粗大化を抑制するのである。したがって、機械強度の低下を抑制できて、大型船舶用エンジン排気バルブとしての耐久性を高めることができるのである。
【0027】
なお、本実施例では、丸棒加工ステップS1で段付き丸棒1’に加工したがこれは丸棒であってもよく、一方で、鍛造加工ステップS3において上記したような型入れ鍛造が良好にできるよう、かかるステップまでの間に段付き丸棒に機械加工する工程を適宜、与えても良い。
【0028】
〔評価試験〕
次に、上記した製造方法によって得られる排気バルブ1について行った評価試験を説明する。
【0029】
まず、溶解精錬により9Ni−19Cr−1.8W−0.1Nの3.6tonの鋼塊を造塊し、1150〜1200℃の温度範囲に加熱して分塊鍛造を行った。図5には、溶解精錬の際に取り鍋から採取したサンプルの成分組成を示した。さらに、図3(a)に示すような、荒地鍛造によりφ100mmの軸部2、φ213mmの加工部3a、φ183mmの被肉盛溶接部3bを加工し段付き丸棒1’を得た。一方、肉盛溶接用合金粉末は、図6に示す実施例1乃至9に対応する成分組成の57Ni−38Cr−3.8Al系合金及びこれに類する合金を溶融しガスアトマイズ法により製粉して得た。また、肉盛溶接用合金ワイヤは、図6に示す実施例10乃至18に対応する成分組成の57Ni−38Cr−3.8Al系合金及びこれに類する合金を溶解、圧延して、さらに直径1.6mmの線状体に伸線加工して得た。
【0030】
段付き丸棒1’の被肉盛溶接部3bの表面には、プラズマアーク溶接法により肉盛溶接用合金粉末を、又は、TIG(Tungsten Inert Gas)溶接法により肉盛溶接用合金ワイヤを、約15mmの厚さとなるように肉盛溶接した。すなわち、1回あたり3mmの厚さで5回の肉盛溶接を重ねて施工した。なお、肉盛溶接の間には、850℃に加熱して16時間保持して空冷する軟化熱処理を行った。その後、肉盛溶接部4’の厚さを約8mm残すようにして機械加工した。機械加工後、段付き丸棒1’は、1050℃に加熱し、所定時間保持した後に熱間型入鍛造し、バルブ材を得た。更に、1050℃に加熱し1時間保持して水冷する固溶化処理を行った。
【0031】
ここで、バルブ材をそれぞれ図6に示す時効処理温度に加熱し、24時間保持し空冷する時効処理を行なった。これによって、実施例1乃至18の排気バルブ1が得られる。なお、比較例1及び2では、従来材であるNimonic80A材、及び、Inconel718材をそれぞれ用いて、上記した肉盛溶接を行わずに、排気バルブ1と同様の形状に加工している。
【0032】
次に、排気バルブ1の傘部3(図1参照)から、後述する耐Vアタック性試験及び耐Sアタック性試験用の高さ15mm、幅10mm、厚さ4mmの略直方体状の耐食性試験片を切り出した。比較例1及び2においても同様に耐食性試験片を切り出した。続いて、実施例1乃至3、及び、実施例10乃至12の排気バルブ1の傘部3から、後述するビッカース硬度試験用試験片、及び、ASTM E8に定められた3号引張試験片(直径6mm、標点距離25mm)を切り出した。この3号引張試験片は、後述する常温引張試験及び高温引張試験に供した。
【0033】
耐Sアタック性試験及び耐Vアタック性試験は、JIS Z 2292に準拠して行った。詳細には、耐Sアタック性試験は、あらかじめ秤量しておいた上記した耐食性試験片に90%Na+10%NaClを塗布量20mg/cmで塗布し、800℃で20時間保持し、形成したスケールを除去した後の重量を測定して行った。つまり、試験前後の腐食減量で耐Sアタック性の評価を行った。また、耐Vアタック性試験は、塗布する液剤を85%V+15%Naに変えて、耐Sアタック性試験と同様の方法で行って評価した。
【0034】
ビッカース硬度試験は、市販のビッカース硬度計を用い、常温で表面(フェイス面)から内部方向にかけて5点を計測し、その平均値を計測値とした。また、常温から800℃までの各温度で保持し、同様にビッカース硬度を測定した。
【0035】
室温引張試験及び高温引張試験は、市販の引張試験装置により、引張強さ、及び、0.2%耐力を計測した。なお、高温引張試験は、500℃及び650℃の温度で行った。
【0036】
図7に示すように、耐Vアタック性試験において、実施例1乃至18のいずれの試験片においても、従来材である比較例1及び2の試験片と比較して低い腐食減量であった。さらに、耐Sアタック性試験においても、実施例1乃至18のいずれの試験片においても、やはり比較例1及び2の試験片と比較して低い腐食減量であった。つまり、図6に示す成分組成の肉盛溶接用合金粉末又は肉盛溶接用合金ワイヤによる肉盛溶接部は、従来材と比較して耐Vアタック性及び耐Sアタック性に優れている。
【0037】
また、ビッカース硬度試験において、実施例1乃至3、及び、実施例10乃至12のいずれの試験片でも、常温から700℃の温度までHv420〜520程度の高い硬さを得られることが確認された。また、引張試験において、室温、500℃及び650℃のいずれの温度でも、引張強度及び0.2%耐力について、Nimonic80Aなどの従来材からなるバルブの規格値以上の高い値を得られることが確認された。
【0038】
ところで、図8に示すように、溶接材料として肉盛溶接用合金粉末を用いた実施例1乃至3の断面組織写真からは、図1にも示したα−Cr相の微細粒子の均一な分散が観察される。また、図9に示すように、溶接材料として肉盛溶接用合金ワイヤを用いた実施例11の断面組織写真からも、同様に、α−Cr相の微細粒子の均一な分散が観察される。かかる微細粒子状のα−Cr相により、高温保持下においてγ’相の成長を抑制できるのである。つまり、この機構により、上記した室温から高温までの高い硬さ、及び、優れた引張強度及び0.2%耐力を得られるのである。
【0039】
ところで、図6の成分組成に示した肉盛溶接用合金粉末及び肉盛溶接用合金ワイヤと、ほぼ同等の上記した化学的及び機械的性質を有する合金粉末及び合金ワイヤの組成範囲は以下のように定められる。まず、必須添加元素であるCr、Al、Feについて説明する。
【0040】
Crは、上記したようにα−Cr相を形成し、硬さを高める傾向にある。また、一定の添加範囲内では、耐Vアタック性及び耐Sアタック性などの耐高温腐食性を高め得る。これらを考慮して、Crは、質量%で、32〜50%の範囲内、好ましくは35〜45%の範囲内である。
【0041】
Alは、γ’相を形成し高温機械強度を高め得るとともに、一定の範囲内では、耐高温腐食性を高め得る。一方、γ’相の過剰な形成は脆化を生じさせる。これらを考慮して、Alは、質量%で、0.5〜10.0%の範囲内、好ましくは3.4〜5.0%の範囲内である。
【0042】
Feは、Niに比較して安価であることから、材料コストの低減を目的として添加される。一方、Feの添加量が多すぎると、耐高温腐食性を低下させる。そこで、質量%で、Feは0.1〜20.0%の範囲内、好ましくは0.5〜5%の範囲内である。
【0043】
さらに、任意添加元素であるSi、B、C、Cu、Ti、Nb、Ta、Vについて説明する。
【0044】
Siは、Alと同様に、高温機械強度に影響を与える粒子状の金属間化合物を形成し、また、耐高温腐食性を向上させる傾向にある。金属間化合物の粒子の過剰な形成による脆化の観点から、Siは、質量%で、5%以下、好ましくは3.5%以下である。
【0045】
Bは、結晶粒界の機械強度に影響を与える。ここでは、Bは、質量%で、0.01%以下、好ましくは0.005%以下である。
【0046】
Cは、耐高温腐食性に影響を与える。ここでは、Cは、質量%で、0.1%以下である。
【0047】
Cuは、γ相に固溶して機械強度に影響を与える。ここでは、Cuは、質量%で、5%以下、好ましくは1%以下である。
【0048】
Ti、Nb、Ta、Vは、Cと結合して炭化物を形成し機械強度に影響を与えるとともに、耐高温腐食性にも影響を与える。ここでは、質量%で、Ti:0.1%以下、Nb:0.1%以下、Ta:0.1%以下、V:0.1%以下で、且つ、Ti+Nb+Ta+V:0.1%以下とすることが好ましい。
【0049】
ここまで本発明による代表的実施例について説明したが、本発明は必ずしもこれらに限定されるものではない。当業者であれば、添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の代替実施例及び改変例を見出すことができるだろう。
【符号の説明】
【0050】
1 排気バルブ
2 軸部
2a 接続部
3 傘部
4 表層ライニング部
4’ 肉盛溶接部
13 マトリクス
14 γ’相(NiAl)微細粒子
15 α−Cr相微細粒子


【特許請求の範囲】
【請求項1】
大型船舶用ディーゼルエンジンの排気バルブの製造方法であって、
丸棒鋼材の先端を覆うようにNi−Cr−Al系Ni基時効析出合金からなる溶接材料を複数回重ねて肉盛溶接した後に、前記先端を熱間型入鍛造して溶接部の組織調整を与えつつ傘部を成形し、固溶化熱処理及び時効析出熱処理を与えて供されることを特徴とする大型船舶用エンジン排気バルブの製造方法。
【請求項2】
前記Ni−Cr−Al系Ni基時効析出合金は、質量%で必須添加元素として、
Cr:32〜50%、
Al:0.5〜10.0%、
Fe:0.1〜20.0%を含み、
残部を不可避的不純物及びNiとすることを特徴とする請求項1記載の大型船舶用エンジン排気バルブの製造方法。
【請求項3】
前記Ni−Cr−Al系Ni基時効析出合金は、質量%で必須添加元素として、
Cr:32〜50%、
Al:0.5〜10.0%、
Fe:0.1〜20.0%を含むとともに、
更に、任意添加元素として、
Si:5%以下、
B:0.01%以下、
C:0.1%以下、
Cu:5%以下、
Ti:0.1%以下、
Nb:0.1%以下、
Ta:0.1%以下、
V:0.1%以下で、且つ
Ti+Nb+Ta+V:0.1%以下で含むことを特徴とする請求項1記載の大型船舶用エンジン排気バルブの製造方法。
【請求項4】
前記肉盛溶接は複数回の施工の間に軟化熱処理を与えることを特徴とする請求項1乃至3のうちの1つに記載の大型船舶用エンジン排気バルブの製造方法。


【図2】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図1】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate


【公開番号】特開2013−46928(P2013−46928A)
【公開日】平成25年3月7日(2013.3.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−161610(P2012−161610)
【出願日】平成24年7月20日(2012.7.20)
【出願人】(000003713)大同特殊鋼株式会社 (916)
【Fターム(参考)】