説明

導電性水性インクを充填した筆記具、銀配線回路及びその製造方法

【課題】 任意形状の基板上に配線回路を簡便に形成させることができる、平均粒子径が2〜50nmの銀ナノ粒子を含有する導電性水性インクを充填してなる筆記具と、これを用いて描画してなる高導電性・低抵抗率である配線回路を提供すること。
【解決手段】導電性水性インクが充填されてなる筆記具であって、該導電性水性インクが、数平均分子量が500〜50,000のポリエチレンイミン(a)中のアミノ基に数平均分子量が500〜5,000のポリエチレングリコール(b)が結合してなる化合物(X)、又は、数平均分子量が500〜50,000のポリエチレンイミン(a)中のアミノ基に、数平均分子量が500〜5,000のポリエチレングリコール(b)と、エポキシ樹脂(c)とが結合してなる化合物(Y)と、透過型電子顕微鏡写真から求められる平均粒子径が2〜50nmの銀ナノ粒子(Z)と、水性溶剤と、を含有することを特徴とする筆記具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、任意形状の基板上に配線回路を簡便に形成させることができる、平均粒子径が2〜50nmの銀ナノ粒子を含有する導電性水性インクを充填してなる筆記具と、これを用いて描画してなる高導電性・低抵抗率である銀配線回路、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高集積化された高機能で小型・薄型の情報機器の開発には、半導体の微細加工技術の更なる開発と同時に、その微細加工を生かし支える信頼性の高い実装技術が必要である。その実装技術の要素技術には、金属微粒子の製造と、それをペースト化して用いる微細配線・接続技術があり、インクジェット等の印刷技術との組み合わせが注目され、近年各社が競って様々なアプローチで技術開発を行っている(例えば、特許文献1参照。)。
【0003】
比較的大型の装置であるインクジェット等の印刷技術を応用して配線基板を製造する前には、配線回路の設計・試作を繰り返して当該回路の適否を検討する必要があるが、簡便な回路形成を可能とする技術が不足している。
【0004】
導電性のインクを充填した筆記具の例としては、例えば、学習用教材等に使用される導電ペンで検出可能なレベル、具体的には3MΩ/□以下の皮膜が得られる導電性サインペンが提供されている(例えば、特許文献1参照。)。しかしながら、この程度の皮膜では導電材料として使用される配線回路に応用できるレベルではなく、更なる改良が必要である。
【0005】
また、充填した導電性水性インクの過度な吐出を抑制する機構を有するペン型の充填容器が提供されている(例えば、特許文献2参照)。前記特許文献2で用いる導電性インキは市販されている何れのものでもよく、配線回路の形成の可能性を示しているに過ぎない。更に、前記特許文献2では導電性水性インクの吐出量調整のために当該充填容器の形状が制限される。このため、充填した導電性水性インクの補充・交換、並びに生産性等の観点において、より使いやすい導電性水性インクを充填した筆記具の提供が待たれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平7−276878号公報
【特許文献2】特開2005−178857号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記実情に鑑み、本発明が解決しようとする課題は、任意形状の基板上に配線回路を簡便に形成させることができる、平均粒子径が2〜50nmの銀ナノ粒子を含有する導電性水性インクを充填してなる筆記具と、これを用いて描画してなる高導電性・低抵抗率である配線回路を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、高い分散性を発現することに寄与するセグメントと、金属の微粒子を固定化したり、金属イオンを還元したりすることが可能なセグメントの、少なくとも2種のセグメントを有する化合物の存在下で銀化合物を水性媒体中で還元することにより得られる、安定化された銀ナノ粒子を含有する導電性水性インクを充填した筆記具は、その保存安定性・リサイクル性に優れると共に、これを用いて描画した配線回路が高い導電性を発現しうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち本発明は、導電性水性インクが充填されてなる筆記具であって、特定構造を有する化合物と、銀ナノ粒子と、水性溶剤と、を含有することを特徴とする筆記具と、これを用いて得られる配線基板、及びそれらの製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明で得られる筆記具は、用いる化合物中のポリエチレンイミン鎖の還元能力、配位結合力や静電的な相互作用等により、銀イオンが銀ナノ粒子に還元された際、その銀ナノ粒子表面に該化合物が配位されてなる一定の大きさを有する銀含有独立粒子の水性分散体を充填しており、保存安定性に優れる。また、この筆記具、特に万年筆の場合、当該水性分散体の補充・交換が容易で、市販されている万年筆のインク部分を交換するのみで得られる。
【0011】
また、本発明の銀配線基板は、本発明の筆記具を用い、描画して得られるものであって、種々の固体基材上に形成させたものであり、当該固体基材のガラス転移温度が180℃以下の耐熱性に不足するものであってもよく、また平面状の基材には勿論、棒状、チューブ状、繊維状、微細加工が施された立体成形物などの任意形状の基材に対して、密着性に富み、かつ高導電性の配線基板である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例1で得られた銀含有独立粒子の水性インクが充填された万年筆を用い、黒い牛革に書かれた白い銀線の図。
【図2】実施例1で得られた銀含有独立粒子の水性インクが充填された万年筆を用い、PETフィルムに書かれたストライプ銀線を120℃加熱30分後の写真。
【図3】実施例1で得られた銀含有独立粒子の水性インクが充填された万年筆を用い、PIフィルムに書かれたストライプ銀線を180℃加熱30分後の写真。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の筆記具は、導電性水性インクが充填されてなる筆記具であって、該導電性水性インクが、数平均分子量が500〜50,000のポリエチレンイミン(a)中のアミノ基に数平均分子量が500〜5,000のポリエチレングリコール(b)が結合してなる化合物(X)、又は、数平均分子量が500〜50,000のポリエチレンイミン(a)中のアミノ基に、数平均分子量が500〜5,000のポリエチレングリコール(b)と、エポキシ樹脂(c)とが結合してなる化合物(Y)と、透過型電子顕微鏡写真から求められる平均粒子径が2〜50nmの銀ナノ粒子(Z)と、水性溶剤と、を含有することを特徴とする。
【0014】
本発明における銀ナノ粒子(Z)とは、透過型電子顕微鏡写真で観測される粒子径がナノメートルオーダーであることを意味するものであり、その形が完全な球体であることを必要としない。又、化合物(X)又は化合物(Y)を構成する各セグメントの数平均分子量は、ゲルパーミュエーションクロマトグラフィー(GPC)によって測定した、ポリスチレン換算値である。
【0015】
本発明において使用する化合物(X)および化合物(Y)を構成するポリエチレンイミン鎖(a)は、該鎖中のエチレンイミン単位が銀およびそのイオンと配位結合可能であり、更に銀イオンの還元を促して銀ナノ粒子(Z)とし、該銀ナノ粒子(Z)を安定化し保持する高分子鎖である。その構造はエチレンイミン単位を主な繰り返し単位とし、直鎖状、分岐状のいずれであっても良く、市販品・合成品のいずれでも良い。
【0016】
本発明で用いる前記導電性水性インクは、前記銀ナノ粒子(Z)の表面を、前記化合物(X)又は前記化合物(Y)で被覆してなる銀含有独立粒子の水性分散体であることが好ましい。即ち、後述するように、還元反応時等で使用した原料や銀ナノ粒子(Z)の表面を被覆し安定化に寄与しない化合物(X)又は化合物(Y)等を除去することで得られる銀含有独立粒子を所望の水性溶剤に分散させたものであることが、得られる配線回路が高導電性になる点から好ましいものである。
【0017】
前記銀含有独立粒子の大きさは、用いる化合物(X)または化合物(Y)の分子量やポリエチレンイミン(a)の分子量だけではなく、該化合物(X)または化合物(Y)を構成する各成分、即ち、ポリエチレンミン(a)、後述する親水性セグメント(b)、化合物(Y)であっては更に後述の線状エポキシ樹脂(c)の構造や組成比、また原料として用いる銀の種類によっても影響を受ける。また、銀含有独立粒子における銀ナノ粒子(Z)の含有率を上げるためには、分岐状のポリエチレンイミン鎖を用いることが好ましい。
【0018】
一般に市販されている分岐状ポリエチレンイミンは3級アミンによって分岐状となっており、本発明で使用する化合物(X)または化合物(Y)の原料として用いることができる。保存安定性に優れる銀含有独立粒子やその水性分散液である導電性水性インクが得られる、好ましい粒径の銀含有独立粒子が得られる点からは、分岐度を(3級アミン)/(全てのアミン)のモル比で示すと(1〜49)/(100)の範囲の分岐度であることが好ましく、工業的な製造面、入手のし易さ等も鑑みるとより好ましい分岐度の範囲は(15〜40)/(100)である。
【0019】
前記ポリエチレンイミン(a)部分の平均分子量としては、低すぎると、化合物(X)または化合物(Y)による銀ナノ粒子(Z)の保持能力が低下しやすく、保存安定性が不十分になることがあり、高すぎると銀含有独立粒子が巨大化しやすく、再分散した水性分散体(導電性水性インク)の保存安定性に支障をきたすことがある。従って、得られる銀含有独立粒子およびその分散体の保存安定性がより優れたものであり、該粒子中の銀ナノ粒子(Z)の含有率を高くすることができる観点から数平均分子量としては500〜50,000の範囲であり、1,000〜40,000の範囲であることが好ましく、1,800〜30,000の範囲であることが最も好ましい。
【0020】
ポリエチレングリコール(b)の分子量としては、親水性有機溶剤に分散させる場合は、分子量が低すぎると分散安定性が悪化し、高すぎると分散体同士が凝集してしまう可能性が考えられる。また、銀含有独立粒子における銀含有率を高くする観点から、ポリエチレングリコール(b)部分の数平均分子量としては500〜5,000であり、1,000〜3,000であることがより好ましい。
【0021】
ポリエチレングリコール(b)は一般的に汎用される市販品でも、合成品でも良い。また、他の親水性ポリマーとの共重合体等であっても良い。このとき使用できる親水性ポリマーとしては、例えば、ポリビニルアルコール、ポリアクリルアミド、ポリイソプロピルアクリルアミド、ポリビニルピロリドン等が挙げられる。得られる銀含有独立粒子中の銀含有率を高める点から、共重合体を使用する場合においても、全体の分子量が500〜5,000の範囲であることが好ましい。
【0022】
本発明において使用する化合物(Y)中には、更に疎水性セグメントとして線状エポキシ樹脂(c)を結合してなるものである。化合物(Y)中に線状エポキシ樹脂(c)由来の構造を含有させることにより、該化合物(Y)を水性媒体に再分散した場合には、分子内又は分子間相互の強い会合力により、ミセルのコアを形成し、安定なミセルを形成してその中に銀ナノ粒子(Z)を取り込んで安定な水性分散体を得ることができる。
【0023】
線状エポキシ樹脂(c)は一般的に市販、又は合成可能な構造であれば特に限定されることなく使用することができる。例えば、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、ビスフェノールF型エポキシ樹脂、ビフェニル型エポキシ樹脂、ナフタレン型エポキシ樹脂、ナフタレン型4官能エポキシ樹脂、テトラメチルビフェニル型エポキシ樹脂、トリフェニルメタン型エポキシ樹脂、テトラフェニルエタン型エポキシ樹脂、ジシクロペンタジエン−フェノール付加反応型エポキシ樹脂、フェノールアラルキル型エポキシ樹脂、芳香族炭化水素ホルムアルデヒド樹脂変性フェノール樹脂型エポキシ樹脂、特開2003−201333号記載のキサンテン型エポキシ樹脂等が挙げられ、単独で用いてもよく、2種以上を混合してもよい。これらの中でも、得られる筆記具を用いて描画する際に、基板との密着性に優れる等の観点から、ビスフェノールA型エポキシ樹脂を用いることが好ましい。また、これらのエポキシ樹脂は、そのまま化合物(Y)の原料としても良く、更には目的とする化合物(Y)の構造等に応じて、種々の変性を加えたものであっても良い。例えば、エポキシ樹脂(c)中のエポキシ基の一部を、金属との相互作用を有する芳香環を有する化合物で予め開環させて、より安定な銀含有独立粒子並びにその水性分散体とすることもできる。
【0024】
また、線状エポキシ樹脂(c)の分子量としては特に限定されるものではないが、親水性有機溶剤中に再分散させる場合は、低すぎると分散安定性が悪化し、高すぎるとミセル同士が凝集してしまう可能性が考えられる点、および銀含有独立粒子の固形分中における銀含有率を容易に高めることができる点から、線状エポキシ樹脂(c)の数平均分子量としては通常100〜200,000であることが好ましく、特に300〜100,000であることが好ましい。
【0025】
本発明で用いる化合物(X)および化合物(Y)の製造方法としては、特に限定されるものではないが、設計どおりの化合物を容易に合成可能である点から、下記の方法によるものが好ましい。
【0026】
ポリエチレンイミン(a)は前述したとおり、市販又は合成したものを好適に用いることができる。まず、分岐状ポリエチレンイミン鎖を用いる場合について説明する。
【0027】
分岐状ポリエチレンイミンの末端は1級アミンとなっているため、ポリエチレングリコール(b)の末端を1級アミンと反応する官能基に予め変性させて、反応させることによって、本発明で用いる事ができる化合物(X)を合成することができる。1級アミンと反応する官能基としては、特に限定されるものではなく、例えば、アルデヒド基、カルボキシ基、イソシアネート基、トシル基、エポキシ基、グリシジル基、イソチオシアネート基、ハロゲン、酸クロライド、スルホン酸クロライド等が挙げられる。なかでもカルボキシ基、イソシアネート基、トシル基、エポキシ基、グリシジル基は反応性、取扱い易さ等、製法上有利であり、好ましい官能基である。
【0028】
また1級アミンと直接反応する官能基でなくとも、種々の処理を行うことによって1級アミンと反応可能な官能基にできるものであれば良く、例えば、ヒドロキシ基を有するポリエチレングリコールを用いるのであれば、これをグリシジル化する等の手法でポリエチレンイミン鎖と反応させても良い。更には、分岐状ポリエチレンイミン鎖の1級アミンを、官能基を有するポリエチレングリコールと反応可能な他の官能基に変換する処理を施した後、これらを反応させて化合物(X)を合成することも可能である。
【0029】
ポリエチレンイミン鎖(a)が直鎖状ポリエチレンイミン鎖の場合は、リビング重合によって、まずポリアシル化エチレンイミン鎖を合成し、引き続き、ポリエチレングリコールを導入することによって高分子化合物を得た後、ポリアシル化エチレンイミン鎖を加水分解して直鎖状ポリエチレンイミン鎖とする方法が挙げられる。
【0030】
また、本発明で用いる化合物(Y)に合成方法については、特開2006−213887号公報、特許第4026662号、特許第4026664号等にて、既に本発明者により提供しているので、それを参照すれば良い。
【0031】
本発明で用いる化合物(X)および化合物(Y)中のポリエチレンイミン(a)とポリエチレングリコール(b)の各成分の鎖を構成する繰り返し単位を1モルとしたときのモル比(a):(b)としては特に限定されるものではないが、得られる銀含有独立粒子の保存安定性、その分散液の分散安定性及び保存安定性に優れる点から、通常(a):(b)=1:1〜100の範囲であり、特に1:1〜30になるように設計することが好ましい。
【0032】
また、化合物(Y)を用いる場合、ポリエチレンイミン(a)とポリエチレングリコール(b)、線状エポキシ樹脂(c)の各成分の鎖を構成する繰り返し単位を1モルとしたときのモル比(a):(b):(c)としては特に限定されるものではないが、得られる銀含有独立粒子の保存安定性、その分散液の分散安定性及び保存安定性に優れる点から、通常(a):(b):(c)=1:1〜100:1〜100の範囲であり、特に1:1〜30:1〜30になるよう設計することが好ましい。
【0033】
本発明に使用する化合物(X)および化合物(Y)は、銀ナノ粒子(Z)を安定に存在させることが出来るポリエチレンイミン(a)とは別に、ポリエチレングリコール(b)、又は、更に線状エポキシ樹脂(c)に由来する構造を有する。上記したように、ポリエチレングリコール(b)の部分は、水性媒体中で溶媒と高い親和性を示し、また、線状エポキシ樹脂(c)の部分は水性媒体中で強い会合力を示す。さらには、線状エポキシ樹脂(c)中に芳香環を有する場合には、該芳香環の有するπ電子が銀と相互作用することによって、さらに銀含有独立粒子ならびにその分散体を安定化することに寄与するとも考えられる。
【0034】
また、化合物(X)および化合物(Y)中に存在するポリエチレングリコール(b)由来構造部分は、後の精製工程において、一度濃縮した後、水性媒体に再分散させる際、該化合物(X)または化合物(Y)と銀ナノ粒子(Z)との効率的な再配置を行なうことに寄与すると考えられる。即ち、ポリエチレングリコール(b)由来構造が再分散のときに媒体側へ偏在することによって、化合物中のポリエチレンイミン(a)由来構造の全てが銀ナノ粒子(Z)の安定的な保持に関与するようになると考えられ、このことが、必要最低限の化合物(X)又は化合物(Y)で銀ナノ粒子(X)を安定化することになり、得られる銀含有独立粒子中の銀含有率を高くすることができるものと推察できる。従って、この様にして得られる銀含有独立粒子はその最表面がポリエチレングリコール(b)由来構造で覆われた状態になっていると考えられ、該粉体を再分散させて分散液を調製する際に、新たな分散剤を使用しなくても再分散が容易でかつ安定性に優れたものとなる要因であると考えられる。
【0035】
本発明で用いる導電性水性インクの製造における第一工程は、前述の化合物(X)又は化合物(Y)を水性媒体、即ち水又は水と親水性有機溶剤との混合溶剤に溶解又は分散させる工程である。ポリエチレンイミン(a)とポリエチレングリコール(b)と、更に化合物(Y)である場合には、エポキシ樹脂(c)との組合せにより、水性媒体への溶解性・分散性が異なるが、均一に溶解または分散させることが必要となる。ここで用いることができる親水性有機溶剤としては、25〜35℃で、水100質量部に対して、少なくとも5質量部混和し、均一な混合溶剤が得られるものであればよく、例えば、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、n−プロピルアルコール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、アセトン、メチルエチルケトン、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、エチレングリコール、プロピレングリコール、エチレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、プロピレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコール、グリセリン、ジメチルスルフォンオキシド、ジオキシラン、N−メチルピロリドン、ジメチルイミダゾリジノン、スルホラン等を挙げることができ、単独でも、2種以上を混合して用いても良い。また、各種イオン液体を用いても良い。
【0036】
前記化合物(X)又は化合物(Y)と、水性媒体との使用割合としては、取り扱い上の容易性と、銀イオンの還元反応の容易性の観点、得られる銀含有独立粒子の銀含有率の向上の観点から、化合物(X)又は化合物(Y)の濃度が1〜20質量%になるように用いることが好ましく、2〜15質量%であることがより好ましい。この時、化合物(X)又は化合物(Y)の溶解性・分散性が不足する場合には、例えば、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸ブチル、酢酸イソブチル、エチレングリコールモノメチルエーテルアセテート、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート等を併用した混合溶剤を用いることで溶解性・分散性を調整することができる。化合物(X)又は化合物(Y)を溶解または分散させるには、通常、室温で静置、又は攪拌を行えばよく、必要に応じて超音波処理、加熱処理等を行ってもよい。また化合物(X)又は化合物(Y)の結晶性等により、水性媒体とのなじみが低い場合には、例えば、化合物(X)又は化合物(Y)を少量の良溶媒で、溶解又は膨潤させた後、目的とする水性媒体中へ分散させる方法でもよい。このとき、超音波処理又は加熱処理を行うとより効果的である。
【0037】
化合物(X)または化合物(Y)の溶液または分散液を調製した後、銀化合物を混合するが、このとき、得られる銀含有独立粒子中の銀含有率を高める観点から、化合物(X)又は化合物(Y)100質量部に対して、銀として400〜9900質量部になるよう用いることが好ましい。さらに水性媒体の使用量を削減することによって生産性を高めることと、還元反応の制御を容易に行なうことができる観点から、不揮発分として2〜80質量%になるよう混合することが好ましい。より好ましくは、化合物(X)又は化合物(Y)100質量部に対して、銀として900〜9900質量部、不揮発分として3〜50質量%となるように用いることである。
【0038】
この時、用いることができる銀化合物としては、還元反応によって銀ナノ粒子(Z)が得られるものであればよく、例えば、硝酸銀、酸化銀、酢酸銀、フッ化銀、銀アセチルアセトナート、安息香酸銀、炭酸銀、クエン酸銀、銀ヘキサフルオロフォスフェート、乳酸銀、亜硝酸銀、ペンタフルオロプロピオン酸銀、過塩素酸銀、硫酸銀、塩化銀、臭化銀、ヨウ化銀、亜硫酸銀、銀テトラフルオロボレート、p−トルエンスルホン酸銀、トリフルオロ酢酸銀、等が挙げられ、取り扱い容易性、工業的入手容易性の観点から、硝酸銀または酸化銀を用いることが好ましい。
【0039】
前記工程において、化合物(X)又は化合物(Y)が溶解または分散している水性媒体と銀化合物とを混合する方法としては、特に限定されるものではなく、該化合物(X)又は化合物(Y)が溶解または分散している媒体に銀化合物を加える方法、その逆の方法、或いは別の容器に同時に投入しながら混合する方法でもよい。攪拌等の混合方法についても、特に限定されない。
【0040】
この時、還元反応を早めるために、必要に応じて30〜70℃程度に加温しても良く、また、還元剤を併用しても良い。
【0041】
前記還元剤としては、特に限定されるものではないが、還元反応を容易にコントロールすることができるとともに、後の精製工程で容易に反応系から除去可能である点から、例えば、水素、水素化ホウ素ナトリウム、水素化ホウ素アンモニウム等のホウ素化合物、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロピルアルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等のアルコール類、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド等のアルデヒド類、アスコルビン酸、クエン酸、クエン酸ナトリウム等の酸類、ヒドラジン、炭酸ヒドラジン等のヒドラジン類等を用いることが好ましい。これらの中でも、工業的入手のし易さ、取扱い面等からより好ましいものとしては、水素化ホウ素ナトリウム、アスコルビン酸、クエン酸ナトリウム等である。
【0042】
前記還元剤の添加量は、銀イオンを還元するのに必要な量以上であれば特に限定されるものではなく、上限は特に規定するものではないが、銀イオンの10モル倍以下であることが好ましく、2モル倍以下であることがより好ましい。
【0043】
また、還元剤のその添加方法は限定されるものではなく、例えば、還元剤をそのまま、又は水溶液やその他の溶媒に溶解、分散させて混合させることができる。また還元剤を加える順序についても限定されることはなく、予め化合物(X)又は化合物(Y)の溶液または分散液に還元剤を添加しておいても、銀化合物を混合するときに同時に還元剤を加えてもよく、さらには、化合物(X)又は化合物(Y)の溶液または分散液と銀化合物とを混合した後、数時間経過した後、還元剤を混合する方法であってもよい。
【0044】
特に酸化銀や塩化銀等の水性媒体に溶解しない、または溶解しにくい原料を用いる場合には、錯化剤を併用しても良い。前記錯化剤としては、例えば、プロピルアミン、ブチルアミン、ジエチルアミン、ジプロピルアミン、トリエチルアミン、アンモニア、エチレンジアミン、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミン、1,3−ジアミノプロパン、N,N,N’,N’−テトラメチル−1,3−ジアミノプロパン、トリエチレンテトラミン、メチルアミノエタノール、ジメチルアミノエタノール、エタノールアミン、ジエタノールアミン、メチルジエタノールアミン、プロパノールアミン、ブタノールアミン、ジメチルアミノプロパノールなどが挙げられる。
【0045】
上記錯化剤の添加量は、酸化銀等に配位されて錯体をつくるのに充分な量であればよく、上限は特に規定するものではないが、用いる酸化銀等の40モル倍以下であることが好ましく、20モル倍以下であることがより好ましい。また、該錯化剤の添加方法は限定されるものではなく、例えば、錯化剤をそのまま、又は水溶液やその他の溶媒に溶解、分散させて混合させることができる。
【0046】
工程(1)における還元反応にかかる時間は、還元剤の有無や用いる化合物(X)又は化合物(Y)の種類等によって異なるが、通常0.5〜48時間であり、工業的生産の観点から0.5〜24時間に調製することが好ましい。調製する方法としては、加温する温度、還元剤や錯化剤の投入量およびその時期等による方法が挙げられる。
【0047】
工程(1)に引き続き、工程(2)では、有機溶剤を加えてからの銀ナノ粒子の精製・濃縮を行なう。精製・濃縮としては特に限定されるものではなく、沈殿法、遠心分離、透析などのいずれを用いても良く、その中でも、沈殿法による銀ナノ粒子の精製・濃縮が好ましい。又、有機溶剤等を完全に除去すべく、乾燥工程を設けても良い。
【0048】
上述のように、本発明で用いる導電性水性インクの製造方法は、水性媒体中における自発的な還元反応、汎用の濃縮工程、必要により水の添加、乾燥という、温和な条件下、汎用の設備で行うことが可能であり、また、使用する溶剤等は濃縮や乾燥工程によって単離・分離可能であることから再利用できるものであり、工業的生産性に優れている。
【0049】
前記銀含有独立粒子において、上記製法により、該粉体固形分中の銀含有率は95質量%以上であるものを容易に得ることができる。銀の含有率を高くすることによって、導電性水性インクとして必須の物性である低抵抗値を容易に実現できる。即ち、この様な高含有率で銀を含有し、且つ安定性に優れることが、従来提供されている銀微粒子やその分散体、これらを用いた導電性水性インクでは達成できなかった、室温での乾燥又は低温での加熱のみで、所望の導電性(低抵抗値)を発現させることができるものである。また、銀含有独立粒子の平均粒子径が小さいほど好ましいものであるが、上記で得られる銀含有独立粒子は、TEM観察で得られる写真から無作為に抽出した100個の粒子の粒子径の平均値が2〜50nmという従来の筆記具用インクにない小さいものであることも大きな特徴であるとともに、優位性を有するものでもある。
【0050】
本発明で得られた銀含有独立粒子は、各種の水性媒体に上記で得られた精製後の銀含有独立粒子を再分散させて分散液とすることができる。このときの濃度としては特に限定されるものではなく、用途に合わせて種々調整可能であり、通常分散液中の銀含有独立粒子の濃度は10〜70質量%であり、20〜60質量%であることが応用範囲が広い点で好ましい。この時使用できる溶剤は特に限定されるものではないが、例えば、水、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、n−プロピルアルコール、テトラヒドロフラン、ジオキサン、アセトン、メチルエチルケトン、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、エチレングリコール、プロピレングリコール、エチレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールジメチルエーテル、プロピレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコール、グリセリン、ジメチルスルフォンオキシド、ジオキシラン、N−メチルピロリドン、ジメチルイミダゾリジノン、スルホラン等を挙げることができ、単独でも、2種以上を混合して用いても良い。再分散の方法としては特に限定されるものではなく、溶剤を撹拌しながら固体状の銀含有独立粒子を加えることも、固体状の銀含有独立粒子に溶剤を加えていくことも出来る。
【0051】
前記銀含有独立粒子又は上記で調整したその水性分散液は、必要により他の化合物等と併用して導電性水性インクとして用いることができる。特にポリエチレンイミン(a)中の窒素原子と反応可能な官能基を有する化合物(II)を併用することによって、より低温での焼結が可能な導電性水性インクを得ることができる。混合方法としては特に限定されるものではなく、例えば、前記化合物(II)をそのまま、又は水溶液やその他の溶媒に溶解、分散させて混合させることができる。
【0052】
前記化合物(II)は、一般的に市販、又は合成可能な化合物であれば特に限定されることなく使用することができ、具体的にはポリエチレンイミン(a)中の窒素原子と反応してアルコールを生成したり、アミド結合を形成したり、4級アンモニウムイオンを形成するアルデヒド化合物、エポキシ化合物、酸無水物、カルボン酸、無機酸等を挙げることができる。例えば、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロピオンアルデヒド、アクロレイン、ベンズアルデヒド、シンナムアルデヒド、ペリルアルデヒド、エチレンオキシド、プロピレンオキシド、ブチレンオキシド、2,3−ブチレンオキシド、イソブチレンオキシド、1−メトキシ−2−メチルプロピレンオキシド、酪酸−グリシジル、グリシジルメチルエーテル、1,2−エポキシヘキサン、1,2−エポキシヘプタン、1,2−エポキシオクタン、1,2−エポキシデカン、1,2−エポキシドデカン、1,4−ブタンジオールジグリシジルエーテル、1,2−エポキシ‐5−ヘキセン、1,2−エポキシ−9−デセン、2−フェニルプロピレンオキシド、スチルベンオキシド、グリシジルメチルエーテル、エチルグリシジルエーテル、ブチルグリシジルエーテル、グリシジルイソプロピルエーテル、tert−ブチルグリシジルエーテル、アリルグリシジルエーテル、グリシジルフェニルエーテル、ベンジルグリシジルエーテル、ステアリン酸グリシジル、エポキシこはく酸、1,5−ヘキサジエンジエポキシド、1,7−オクタジエンジエポキシド、2,2−ビス(4−グリシジルオキシフェニル)プロパン、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールグリシジルエーテル、無水酢酸、無水マレイン酸、シトラコン酸無水物、ジアセチル−酒石酸無水物、フタル酸無水物、1,2−シクロヘキサンジカルボン酸無水物、1−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸無水物、o−アセチル−りんご酸無水物、(2−メチル−2−プロペニル)こはく酸無水物、1,2−ナフタル酸無水物、2,3−ナフタレンジカルボン酸無水物、2,3−アントラセンジカルボン酸無水物、2,3−ジメチルマレイン酸無水物、3−メチルグルタル酸無水物、3−メチルフタル酸無水物、4−メトキシ安息香酸無水物、4−メチルフタル酸無水物、安息香酸無水物、こはく酸無水物、ブチルこはく酸無水物、デシルこはく酸無水物、ドデシルこはく酸無水物、ヘキサデシルこはく酸無水物、オクタデシルこはく酸無水物、オクタデセニルこはく酸無水物、イソオクタデセニルこはく酸無水物、テトラデセニルこはく酸無水物、ノネニルこはく酸無水物、トリメリット酸無水物、酪酸無水物、プロピオン酸無水物、ヘプタン酸無水物、デカン酸無水物、n−オクタン酸無水物、ノナン酸無水物、オレイン酸無水物、吉草酸無水物、パルミチン酸無水物、フェノキシ酢酸無水物、ピバル酸無水物、ステアリン酸無水物、クロトン酸無水物、ジグリコール酸無水物、グルタル酸無水物、exo−3,6−エポキシ−1,2,3,6−テトラヒドロフタル酸無水物、イタコン酸無水物、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、アスコルビン酸、クエン酸、酒石酸、マレイン酸、フマル酸、コハク酸、シュウ酸、安息香酸、パラトルエンスルホン酸、グルクロン酸、ヒアルロン酸、グルコン酸、過酸化水素、リン酸、硝酸、亜硝酸、ホウ酸等が挙げられ、単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いても良い。
【0053】
前記化合物(II)の添加量としては特に限定されるものではないが、得られる導電性水性インクの保存安定性に優れる点から、通常ポリエチレンイミン(a)中のエチレンイミン単位に対して0.1〜5倍モル当量の範囲であり、特に0.25〜1倍モル当量になるよう用いることが好ましい。
【0054】
ポリエチレンイミン(a)中の窒素原子と反応可能な官能基を有する化合物(II)を配合することによって、銀ナノ粒子(Z)の表面チャージを変化させ、溶媒中では分散安定化を促し、かつ溶媒除去によりポリエチレンイミン中の窒素原子と反応可能な官能基を有する化合物と結合したポリエチレンイミン鎖が銀ナノ粒子表面から脱離することによって、導電性水性インクの融点が低下する。従って、従来行なわれてきたような保護剤の加熱による分解・除去等を行わなくても銀ナノ粒子(Z)の融着が起こるので、低温での焼結が可能となる。
【0055】
又、本発明の前述した銀含有独立粒子は、それ自身が各種媒体への分散性が良好であり、その他の分散剤を使用しなくても再分散可能であるが、より保存安定性・分散安定性に優れた導電性水性インクとする場合や、特に金属との相関作用に乏しいプラスチック基材上への製膜性を向上させたり、塗膜の密着性を上げたりする場合には、親水性ポリマー(III)を併用することが好ましい。
【0056】
前記親水性ポリマー(III)としては、特に限定されるものではなく、例えばポリオキシエチレン、ポリオキシプロピレン、ポリビニルアルコール、部分けん化ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、ポリエチレンイミン、ポリプロピレンイミン、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ジメチルアミノエチルアクリレート、ジメチルアミノエチルメタクリレート、ポリアセチルエチレンイミン、ポリアセチルプロピレンイミン、ポリプロピオニルエチレンイミン、ポリプロピオニルプロピレンイミン、ポリアクリルアミド、ポリイソプロピルアクリルアミド、ポリビニルピロリドン、ポリアシルオキサゾリン、ポリエチルオキサゾリン、ポリプロピルオキサゾリン等のポリマー、又は上記ポリマー類より選ばれる2種以上のポリマー鎖からなるグラフトポリマー、ブロックポリマー等を挙げることができ、プラスチック基材への密着性と導電性水性インクの分散安定性の観点から、ポリエチレングリコール、ポリエチレンイミン、ポリビニルアルコール、アミノ(メタ)アクリレート、ポリビニルピロリドン、ポリオキサゾリン、ポリエチレングリコールとポリエチレンイミンとの反応物を用いることが好ましい。
【0057】
さらに、導電性水性インクに添加剤として混合されうる成分としては特に限定されるものではなく、種々の導電性材料成分や、電子材料との親和性や密着性を向上させる成分等、表面を平滑、或いは凹凸を制御する成分、各種の沸点を有する溶剤、粘度調節剤、前記親水性ポリマー以外の各種ポリマー、セラミック、カップリング剤、架橋剤等を挙げることができる。
【0058】
本発明で用いる導電性水性インクは、前述の方法で得られた銀含有独立粒子を含む分散体に前記各種添加剤を、ビーズミル、ペイントコンディショナー、超音波ホモジナイザー、フィルミックス、ホモジナイザー、ディスパー、スリーワンモータなどの装置を用いた攪拌法、超音波法、ミキサー法、3本ロール法、ボールミル法などで分散を施せばよい。良好な分散状態の導電性水性インクを得るために、これらの分散方法の内、複数の方法を組み合わせて分散を行うことも可能である。
【0059】
本発明の筆記具は、上述の導電性水性インクを充填したものであれば、その形状、吐出機構にはなんら制限されるものではなく、サインペン、ボールペン、万年筆等に応用できる。これらの中でも、毛細管現象をインクの吐出機構に応用したものである万年筆の場合、インクの補充や交換がカートリッジへの補充・交換であって容易である点から好ましい。従来提供されてきた導電性水性インクは、その中に含まれる導電性材料(金属粉体やカーボン粉末など)の粒子径が大きいため、保存中に該導電性材料の沈殿が起こりやすいこと、並びに均一な吐出が困難であること等の理由により、前記特許文献2のように特殊な排出機能を持たせた筆記具にしか応用できなかった。本発明では、上述のように、保存安定性に優れた導電性水性インクを用いることによって、媒体と同時に導電性材料である銀ナノ粒子(Z)が均一に排出されうる。従って、市販の筆記具への応用が容易である点からも本願の有用性が高い。
【0060】
また、排出された導電性水性インク中における固形分中の銀ナノ粒子(Z)の含有率が高いことと、その表面を被覆している化合物(X)又は化合物(Y)を除去する必要がないことにより、水性媒体の除去、即ち80〜180℃の加温のみによって、高導電性の銀配線回路を形成させうる。このことは、従来適用が困難であった紙やプラスチック基板への配線回路形成に好適に用いることができる事を意味するものである。
【0061】
前記プラスチック基材としては、上記導電性水性インクを描画できるものであれば、形状、素材等、特に限定されるものではない。形状はフィルム状、シート状、板状の他、立体的成形物等、単純な形状のものから彫刻等を施した複雑な形状のもの等を用いることができ、特にフィルムまたはシート状のフレキシブル基材に好適に適用することができる。基材表面の形状も平滑性表面、エンボス調の表面、複雑な凹凸表面等、種々の表面形状の基材が使用可能である。素材は、ポリマー等の有機材料からなる基材、ガラスや金属、セラミック等の無機材料を混合したハイブリッド材料からなる基材等を用いることができる。
【0062】
前記ポリマーとしては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリエステル、ポリスチレン、不飽和ポリエステル樹脂、塩化ビニル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂、AS樹脂、ABS樹脂、ポリ(メタ)アクリレート、ポリ(メタ)アクリルアミド、ポリビニルアルコール、塩化ビニリデン樹脂、アセタール樹脂、ポリアミド、ポリウレタン、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンテレフタラート、ポリイミド、ポリエーテルサルフォン、液晶ポリマー、ポリフェニレンスルフィド、ポリスルホン等といった種々の有機材料が挙げられる。又、これらの基材表面をコロナ処理等したものであっても良い。
【0063】
上記のポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリイミドなどのプラスチック基材の水接触角は約70°であり疎水性である。従って通常親水性の溶液組成物は該疎水性基材への濡れ性が悪く弾かれるため、良い状態で描画することは困難である。しかし、本発明の筆記具では親水性の分散媒体を用いていても、化合物(X)又は化合物(Y)を保護剤としてキャピングされた銀ナノ粒子(Z)による疎水性基材との相互作用によって該疎水性基材に良好な状態で描画されうるものである。
【0064】
本発明での筆記具に詰める前の銀含有独立粒子の水性インクを用いて作製した銀皮膜の導電性は、通常、固有体積抵抗率として1×10−4Ω・cm以下、より好ましくは1×10−5Ω・cm以下である。
【0065】
また、本発明で用いる導電性水性インクは、180℃以下の低温焼成でもプラスチック基材への高い密着性を発現するため、特にガラス転移温度が180℃以下のフレキシブルなプラスチック基材や紙基材であっても好適に用いることができる。
【0066】
本発明では、前記で得られた筆記具で描画後の固体基材を加熱することによって銀配線回路を得るものであるが、その方法は特に限定されるものではない。例えば、描画後、ドライヤー等による熱風の供給によっても溶剤を除去することができるため、簡便性にも優れている。
【実施例】
【0067】
以下に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。尚、特に断わりがない限り「%」は「質量%」を表わす。
【0068】
以下の実施例中、用いた機器類は下記の通りである。
H−NMR:日本電子株式会社製、AL300、300Hz
粒子径測定:大塚電子株式会社製、FPAR−1000
TEM観察:日本電子株式会社製、JEM−2200FS
TGA測定:SIIナノテクノロジー株式会社製、TG/DTA6300
プラズモン吸収スペクトル:日立製作所株式会社製、UV−3500
体積抵抗率:三菱化学株式会社製、低抵抗率計ロレスタEP
DSC測定:SIIナノテクノロジー株式会社製、DSC7200
【0069】
合成例1〔化合物(X−1)の合成例〕
窒素雰囲気下、メトキシポリエチレングリコール[Mn=2,000]20.0g(10.0mmol)、ピリジン8.0g(100.0mmol)、クロロホルム20mlの混合溶液に、p−トルエンスルホン酸クロライド9.6g(50.0mmol)を含むクロロホルム(30ml)溶液を、氷冷撹拌しながら30分間滴下した。滴下終了後、浴槽温度40℃でさらに4時間攪拌した。反応終了後、クロロホルム50mlを加えて反応液を希釈した。引き続き、5%塩酸水溶液100ml、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液100ml、そして飽和食塩水溶液100mlで順次に洗浄した後、硫酸マグネシウムで乾燥し、濾過、減圧濃縮した。得られた固形物をヘキサンで数回洗浄した後、濾過、80℃で減圧乾燥して、トシル化された生成物22.0gを得た。
【0070】
得られた生成物のH−NMRの測定結果を以下に示す。
H−NMR(CDCl)測定結果:
δ(ppm):7.82(d),7.28(d),3.74〜3.54(bs),3.41(s),2.40(s)
【0071】
上記で合成した末端にp−トルエンスルホニルオキシ基を有するメトキシポリエチレングリコール化合物5.39g(2.5mmol)、分岐状ポリエチレンイミン(アルドリッチ社製、分子量25,000)を20.0g(0.8mmol)、炭酸カリウム0.07g及びN,N−ジメチルアセトアミド100mlを、窒素雰囲気下、100℃で6時間攪拌した。得られた反応混合物に酢酸エチルとヘキサンの混合溶液(V/V=1/2)300mlを加え、室温で強力攪拌した後、生成物の固形物を濾過した。その固形物を酢酸エチルとヘキサンの混合溶液(V/V=1/2)100mlを用いて2回繰り返し洗浄した後、減圧乾燥して、分岐状ポリエチレンイミンにポリエチレングリコールが結合した化合物(X−1)の固体を24.4g得た。
【0072】
得られた生成物のH−NMRの測定結果を以下に示す。
H−NMR(CDCl)測定結果:
δ(ppm):3.50(s),3.05〜2.20(m)
【0073】
合成例2〔化合物(Y−1)の合成例〕
ビスフェノールA型エポキシ樹脂EPICLON AM−040−P(DIC工業株式会社製、エポキシ当量933)18.7g(20m当量)、4−フェニルフェノール1.28g(7.5mmol)、65%酢酸エチルトリフェニルホスホニウムエタノール溶液0.26ml(0.12mol%)及びN,N−ジメチルアセトアミド50mlを、窒素雰囲気下、120℃で6時間反応させた。放冷後、水150ml中に滴下し、得られた沈殿物をメタノールで2回洗浄した後、60℃で減圧乾燥して、単官能性のエポキシ樹脂を得た。得られた生成物の収量は19.6g、収率は98%であった。
【0074】
得られた単官能性のエポキシ樹脂のH−NMRの測定結果を以下に示す。
H−NMR(CDCl)測定結果:
δ(ppm):7.55〜6.75(m),4.40〜3.90(m),3.33(m),2.89(m),2.73(m),1.62(s)
【0075】
上記で得られた単官能性のエポキシ樹脂3.0g(1.5mmol)、アセトン50mlの溶液に合成例1で得られた化合物(X−1)14.4g(0.48mmol)、メタノール60mlの溶液を加えて、窒素雰囲気下、60℃で2時間攪拌した。反応終了した後、脱溶剤することにより、分岐状ポリエチレンイミンにポリエチレングリコールとエポキシ樹脂とが結合してなる化合物(Y−1)を得た。
【0076】
実施例1
合成例1で得た化合物(X−1)を0.592g用いた水溶液138.8gに酸化銀10.0gを加えて25℃で30分間攪拌した。引き続き、ジメチルエタノールアミン46.0gを攪拌しながら徐々に加えたところ、反応溶液は黒赤色に変わり、若干発熱したが、そのまま放置して25℃で30分間攪拌した。その後、10%アスコルビン酸水溶液15.2gを攪拌しながら徐々に加えた。その温度を保ちながらさらに20時間攪拌を続けて、黒赤色の分散体を得た。
【0077】
得られた分散体をサンプリングし、10倍希釈液の可視吸収スペクトル測定により400nmにプラズモン吸収スペクトルのピークが認められ、銀ナノ粒子の生成を確認した。また、TEM測定より球形の銀ナノ粒子が確認された。そして、TG−DTAを用いて、固体中の銀含有量を測定した結果、97.2%を示した。
【0078】
上記で得られた反応終了後の分散液に400mlのイソプロピルアルコール/ヘキサン(体積比1/1)の混合溶剤を加えて2分間攪拌した後、3時間静置させた。上澄みを除去し、再度上記混合溶剤200mlで沈殿物を洗浄、静置した後、得られる沈殿物を1500rpmで5分間遠心濃縮を行った。濃縮で得た沈殿物にさらに水20gを加えて2分間攪拌して、減圧下有機溶剤を除去した。減圧処理後の水性分散液の固形分濃度を30%に調製し、それをディスパーで1時間攪拌した。さらに、超音波にて30分処理し、筆記具に充填する水性インクに調製した。このインク少々を室温中に乾燥後、TG−DTA測定を行なったところ、銀含有率は97.4%であった。また、示差走査熱量測定で求められる融点は140〜170℃であった。インクの透過型電子顕微鏡写真で観測できる銀ナノ粒子の粒子径を無作為に100個抽出し、これの平均値を求めたところ、平均粒子径は16.8nmであった。
【0079】
上記水性インクを用い、ガラス上にて皮膜作製し、それを150℃にて30分加熱処理した後、体積抵抗率を測定した結果、23μΩcmであった。
【0080】
上記水性インクをパロット社製のプラスチック万年筆(Petit 1,SP−30F−L)に充填した。その万年筆を用い、黒い牛革の上で曲線を引いた。図1はその写真イメージである。
【0081】
上記万年筆を用い、PETフィルム上で10本のストライプ銀線を引いて、それを120℃で30分加熱した。図2はそのストライプ銀線の写真である。何れの線もテスターでの通電性を示した。
【0082】
上記万年筆を用い、ポリイミド(PI)フィルム上で10本のストライプ銀線を引いて、それを180℃で30分加熱した。図3はそのストライプ銀線の写真である。何れの銀線もテスターでの通電性を示した。
【0083】
そのPETとPIフィルム上での銀線上に、セロハンテープを接着させてから一気に引っ張る方法による銀線の剥がれ具合をテストしたが、何れの銀線は剥がれることがなかった。
【0084】
さらに、銀線が引かれた上記PETまたはPIフィルムを180°折り曲げを50回した後、テスターにて通電性を確認したところ、何れの銀線も通電性を示した。
【0085】
上記インクを詰めた万年筆を室温にて3ヶ月放置した後、再び、直線、曲線、文字等を書いても、ペン先の目詰まりもなく、スラスラと書ける状態であった。また、これで書いた銀線は150℃/30分加熱後、通電性を示した。
【0086】
実施例2
合成例2で得た化合物(Y−1)を0.263g用いた水溶液77.0gにジメチルエタノールアミン23.0gを攪拌しながら徐々に加えたところ、若干発熱した。引き続き、反応温度を45℃にして硝酸銀5.0gに徐々に加えたところ、反応溶液は黒赤色に変わった。その後、反応温度を50℃にして4.5時間攪拌して反応を終了し、黒赤色の分散体を得た。
【0087】
得られた分散体をサンプリングし、10倍希釈液の可視吸収スペクトル測定により400nm付近にプラズモン吸収スペクトルのピークが認められ、銀ナノ粒子の生成を確認した。
【0088】
上記で得られた反応終了後の分散液に250mlのイソプロピルアルコール/ヘキサン(1/1体積比)の混合溶剤を加えて2分間攪拌した後、3時間静置させた。上澄みを除去し、再度上記混合溶剤200mlで沈殿物を洗浄、静置した後、得られる沈殿物を1500rpmで5分間遠心濃縮を行った。濃縮で得た沈殿物にさらに水10gを加えて2分間攪拌して、減圧下有機溶剤を除去した。減圧処理後の水性分散液の固形分濃度を30%に調製し、それをディスパーで1時間攪拌した。さらに、超音波にて30分処理し、筆記具に詰め用のインクに調製した。このインク少々を室温中に乾燥後、TG−DTA測定を行なったところ、銀含有量は96.5%であった。また、示差走査熱量測定で求められる融点は147〜178℃であった。インクの透過型電子顕微鏡写真で観測できる銀ナノ粒子の粒子径を無作為に100個抽出し、これの平均値を求めたところ、平均粒子径は18.8nmであった。
【0089】
上記水性インクを用い、ガラス上にて皮膜作製し、それを180℃にて30分加熱処理した後、体積抵抗率を測定した結果、22μΩcmであった。
【0090】
上記水性インクをパロット社製のプラスチック万年筆(Petit 1,SP−30F−L)に充填しPETフィルム上で10本のストライプ銀線を引いて、それを150℃で30分加熱した。何れの銀線もテスターでの通電性を示した。
【0091】
上記万年筆を用い、ポリイミド(PI)フィルム上で10本のストライプ銀線を引いて、それを180℃で30分加熱した。何れの銀線もテスターでの通電性を示した。
【0092】
上記PETとPIフィルム上での銀線上に、セロハンテープを接着させてから一気に引っ張る方法による銀線の剥がれ具合をテストしたが、何れの銀線は剥がれることがなかった。
【0093】
さらに、上記銀線が引かれたPETまたはPIフィルムを180°折り曲げを50回した後、テスターにて通電性を確認したところ、何れの銀線も通電性を示した。
【0094】
上記ナノ銀インクを詰めた万年筆を室温にて3ヶ月放置した後、再び、直線、曲線、文字等を書いても、ペン先の目詰まりもなく、スラスラと書ける状態であった。また、これで書いた銀線は150℃/30分加熱後、通電性を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性水性インクが充填されてなる筆記具であって、
該導電性水性インクが、数平均分子量が500〜50,000のポリエチレンイミン(a)中のアミノ基に数平均分子量が500〜5,000のポリエチレングリコール(b)が結合してなる化合物(X)、又は、
数平均分子量が500〜50,000のポリエチレンイミン(a)中のアミノ基に、数平均分子量が500〜5,000のポリエチレングリコール(b)と、エポキシ樹脂(c)とが結合してなる化合物(Y)と、
透過型電子顕微鏡写真から求められる平均粒子径が2〜50nmの銀ナノ粒子(Z)と、
水性溶剤と、を含有することを特徴とする筆記具。
【請求項2】
前記導電性水性インクが、前記銀ナノ粒子(Z)の表面を、前記化合物(X)又は前記化合物(Y)で被覆してなる銀含有独立粒子の水性分散体である請求項1記載の筆記具。
【請求項3】
前記銀含有独立粒子中の銀ナノ粒子(Z)の含有率が95質量%以上である請求項2記載の筆記具。
【請求項4】
前記導電性水性インクの不揮発分が10〜60質量%である請求項1〜3の何れか1項記載の筆記具。
【請求項5】
万年筆である請求項1〜4の何れか1項記載の筆記具。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか1項記載の筆記具を用いて基板上に描画し、これを乾燥してなることを特徴とする銀配線回路。
【請求項7】
請求項1〜5の何れか1項記載の筆記具を用いて基板上に描画し、これを80〜180℃の範囲で乾燥することを特徴とする銀配線回路の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−269516(P2010−269516A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−123025(P2009−123025)
【出願日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【出願人】(000002886)DIC株式会社 (2,597)
【Fターム(参考)】