説明

工業用ベルト

【課題】ベルト表面が高熱となり、かつ厳しい摩耗を受ける環境下においても、汎用素材の繊維や樹脂を用いて長期間使用可能な工業用ベルト、特に段ボールの製造時に用いられるダブルフェーサー用コルゲーターベルトおよび抄紙ドライパートに用いられるドライヤーカンバスを提供する。
【解決手段】ベルト本体3の少なくとも一部に、例えば、コロイダルシリカとアクリル酸エステル共重合体の混合水性エマルジョンを含浸塗工し、熱処理することによって、ベルト素材にシリカと直接結合した合成樹脂重合体の被膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に高温環境下で使用されるコルゲーターベルト、抄紙用ドライヤーカンバス、搬送ベルトなどの工業用ベルトの耐熱性、耐摩耗性を向上させる技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高温環境で、段ボール紙を糊付け貼合する工程や、搾水後の湿紙を乾燥させる抄紙工程では、生産性を向上する目的でベルト(貼合の場合はコルゲーターベルト、湿紙乾燥の場合はドライヤーカンバス)の走行速度を上げた新型高効率の製造装置に更新されることが多くなっている。この場合、必要熱量を保つために製造に係る温度も上昇させ、ダブルフェーサーの場合は貼合圧力も強化されることがある。この結果、この種の装置に用いられているベルトは熱、圧力、摩擦力などの負担が大きくなるため、ベルト素材を耐熱タイプや高強度タイプに一部または全部置き換えて対応している。
【0003】
例えば、旧来の段ボール製造工程において、ダブルフェーサー部のヒーティングパートでは、接着剤が塗布された片面段ボールシートとライナー紙(以下、合わせてシートと記す)は、加熱された熱板上を通過する。その通過の際、シートを挟んで前記熱板の反対側に位置して前記シートに接しながら走行するコルゲーターベルトを介し、工程の進行方向に多数本並列したバラストロールによる加圧力により貼合されながら進む。
【0004】
一方、近年では、シートとコルゲーターベルトの走行速度を高め、さらには貼合効率を向上させる工夫がされている。具体的には、旧来のバラストロール加圧方式から、前記熱板と対向する位置に平板形状の加圧部材を配設し、その面圧でコルゲーターベルトとシートを熱板に押し圧する方式が採用されている。前記加圧部材は、全加圧領域を複数のブロックに分けて配設される場合が多く、それぞれがコルゲーターベルトに摺接することになる。
【0005】
また、抄紙工程のドライパートにおいても、抄速のアップは近年の流れであり、乾燥シリンダーが発する熱量を増加させるため蒸気温度や機内熱風温度を上昇させる傾向が多くなっている。
【0006】
ところで、コルゲーターベルトやドライヤーカンバスのベルト形態は、多重織物ベルトや基布にウェブをニードリングしたニードルフェルトが一般的である。その素材として、古くは綿が用いられ、その後、比較的耐熱性が高く強度が大きいポリエステルやアクリル系の繊維が用いられてきた。そして、近年では特に熱負担が大きいベルト耳部などに、さらに耐熱性が高いポリベンゾオキサゾール繊維、アラミド繊維などが採用されている。加えて当該熱負担により剛性低下する現象を抑えるため、シリコーン樹脂、エポキシ樹脂、アクリル酸エステル樹脂等をベルトの一部または全体に塗布、含浸させてベルトの構造強化を図っている。
【0007】
特許文献1には耳部にアクリル酸エステルエマルジョンを塗布し乾燥させた多層織物のコルゲーターベルトが記載されている。
【0008】
特許文献2には、ベルトの裏面側にアクリル酸エステル樹脂などの合成樹脂を塗布した、接触部材(前記「加圧部材」に相当する)による貼合方式のダブルフェーサー部に使用されるコルゲーターベルトが記載されている。
【0009】
特許文献3には、ポリエステル繊維やレーヨン繊維などの化学繊維の糸を用いて織成したベルトの少なくとも一部に、ポリベンゾオキサゾール繊維を使用した加圧部材採用型のダブルフェーサー部に使用されるコルゲーターベルトが記載されている。
【0010】
特許文献4には、アラミド繊維、無機繊維などより成る繊維層を、耐熱性を備えた基布にニードルパンチして一体化し、シリコンゴム又は他の耐熱性樹脂で含浸被覆した、高温成形品の搬送ベルトが記載されている。
【0011】
特許文献5には、耳部の経糸または緯糸の少なくとも一部に芳香族ポリアミド繊維を用い、ポリウレタンやエポキシなどの樹脂を塗布し耳部を補強した、セラミックパームを有するドライパート用ドライヤーカンバスが記載されている。
【0012】
特許文献6には、メタキシレンジアミンとアジピン酸との重縮合反応から得られた結晶性のポリアミドからなる繊維を、経糸もしくは緯糸の少なくとも一部に使用して製織し、耳部の経糸と緯糸を、フェノール樹脂繊維からなるチョップドファイバーを撹拌混合した硬化性樹脂により被覆したドライヤーカンバスが記載されている。
【0013】
【特許文献1】実開昭63−92727号公報
【特許文献2】特開平10−30683号公報
【特許文献3】特開平11−292233号公報
【特許文献4】実開平5−10320号公報
【特許文献5】特開平5−9888号公報
【特許文献6】特開平11−12976号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかし、最近になって前述の生産性向上のニーズはますます高まるばかりで、例えば、段ボール製造業界では、コルゲーターベルトの走行速度が従来、200m/分前後〜300m/分であったものが、400m/分前後まで速まる新装置も出現している。この場合は、前記熱板温度も上昇させているため、特にベルトの耳部においてはベルトと熱板間に発生する摩擦熱もより高くなって加わり、この場合、ベルトに要求される耐熱性は、従来の150℃程度から250℃前後まで上昇するとされている。また、同時に貼合力となる加圧部材のベルトへの押し付ける圧力も、従来装置より増圧されている。
【0015】
なお、加圧部材方式と一言で記しているが、その機構はダブルフェーサーのメーカーによりそれぞれ異なっている。しかし、いずれの機構もベルトの表面が摩耗を受けて損傷する程度は、前記したバラストロール方式の比ではなく、非常に大きい。その押し圧の増圧はベルト速度の増大と相まって、発生する摩擦力が極めて大きくなり、ベルトにとっては過酷なものになる。
【0016】
さらに、段ボール紙の用途は以前の段ボール箱主体から近年、薄板化、高級化しており、化粧箱や食品容器などに用いられることが多くなっている。段ボール紙の厚さが薄くなると当該製造工程のダブルフェーサー部では、コルゲーターベルトと熱板間の距離が小さくなり、ベルトの耳部だけでなく、ベルト本体部も熱負担が大きくなる。また段ボール紙の品質面から、従来型ベルトの主流であった、比較的表面凹凸が目立つ多重織物ベルトやそのエンドレス化のためのクリッパー継手部は、シートへの押し圧ムラやマーク転写を発生し易いことから、表面が平滑で継手マークが転写しないベルトが求められている。
【0017】
上述したニーズに対し、例えば前述の特許文献1〜4の従来装置対応型コルゲーターベルトでは耐熱性の点で使用できない。ベルトの繊維素材において、汎用されてきた比較的融点の高いポリエステルやアクリル系の繊維、またレーヨンや綿では、溶融や分解が懸念される。また、ベルト構造の強化用として用いられてきたウレタン樹脂やアクリル酸エステル樹脂も同様に使用不能である。仮に、製造ラインの熱的条件を多少押さえて溶融を免れたとしても、熱劣化によるベルト剛性の低下と、加圧部材による摩耗損傷により長時間の使用は困難である。
【0018】
そこで、従来型コルゲーターベルトに改良を加え、ポリエステル繊維素材の多重織強化基布にメタ系アラミド繊維ウェブを基布の両面に積層してニードリングしたニードルフェルトのベルトを試作し、その適用性を確認することとした。結果は、この改良ベルトでもポリエステル基布が熱と摩耗により短期間で溶融炭化する状態となり、従来知られている耐熱タイプのベルト仕様では対応ができないことが確認された。
【0019】
ところで、ポリエステル素材単独使用のベルトよりもさらに耐熱性の高い(以下、超耐熱と記す)搬送ベルトまたは加圧ベルトとして、前記したポリベンゾオキサゾール繊維、パラ系アラミド繊維などの非常に高い耐熱性を有する合成繊維や無機繊維を全面的に使用したベルトや、そのような超耐熱素材の繊維を用い、フッ素樹脂等を塗布含浸させて焼成加工したベルトはすでに存在する。この種のベルトは耐熱性だけでなく物理強度面でも、当該使用条件に適うように考えられる。しかし、この種のベルトは高弾性過ぎることと、ベルトに一定の厚みを持たせると構造上強固になり、コルゲーターベルトに必要な走行方向および厚さ方向の柔軟性がない。この種のベルトでは、ベルトがスリップして走行しないことと、シートへの押し圧が均一化できないことが容易に推測される。
【0020】
また、コルゲーターベルトは幅2m前後×全長20〜40m程度の大きさのものが装置当たり2枚必要で、ベルト総面積が広い。このため前記したような超耐熱素材や樹脂処理は、ベルトの原料費や加工費が非常に高額になることから、当該製造工程への適用は現実的でない。本発明の第1の課題は、前述した過酷環境でも使用可能な、ダブルフェーサー部に使用できるコルゲーターベルトをコストを抑えて提供するものである。
【0021】
つぎに、抄紙のドライパートについては、前述したように抄速が大きくなり、従来の1000m/分程度から最近では1500m/分程度またはそれ以上となる装置も出現している。また、乾燥シリンダー上でドライヤーカンバスおよび湿紙に向けて、例えば250℃前後の乾燥空気を高速で吹き付ける噴流乾燥装置を設けた抄紙機も存在する。
【0022】
もともと、ドライヤーカンバスは湿紙と接しない部分、すなわち高熱の乾燥シリンダーに直接接触する耳部付近は、熱劣化が早期化する現象が生じ易い。加えて当該耳部が走行する抄紙ラインにはカンバスの走行状態を感知するためのパームが設置されており、そのパームとの接触摩耗は、熱劣化とともにドライヤーカンバスの早期破損を促すことになる。したがって、ドライヤーカンバスでも、熱劣化と摩耗損傷対策がその耳部において特に重要である。
【0023】
従来は、特許文献5〜6に開示されているようなドライヤーカンバスのように、耐熱繊維の適用、樹脂塗布による補強を上記の対策としてきたが、さらに耐性を向上させるニーズは現存している。実際にドライヤーカンバスのライフ主要因は、現在でも耳部の破損であり問題は解決されていない。さらなる改良を考える場合、アラミド繊維やポリベンゾオキサゾール繊維など超耐熱とされる繊維の多用では前述のコルゲーターベルトに関しても述べたようにコストアップにつながることになる。
【0024】
このように、ドライヤーカンバスにおいても、コルゲーターベルト同様に、耐熱性、耐摩耗性の向上は強く要望されており、現状それに応え切れていない。本発明の第2の課題は、上記した現状ニーズ、および今後のさらなる抄紙の高速化、高熱量化に対応可能なドライヤーカンバスをコストを抑えて提供するものである。
【0025】
さらに、本発明の第3の課題として、前記、第1、第2の課題が達成できたとき、その技術を各種耐熱搬送ベルトに応用し、比較的低コストの超耐熱、耐摩耗性ベルトとして提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明の工業用ベルトは、つぎのような構成手段で上記課題を達成している。
【0027】
請求項1の発明は、織物から成る、又は基布にニードルパンチングにより繊維ウェブを絡合したニードルフェルトから成るベルト本体を備えた工業用ベルトであって、前記ベルト本体の少なくとも一部に、シリカと合成樹脂重合体を結合して構成した補強用樹脂を付着したものである。
【0028】
塗布含浸する合成樹脂にコロイダルシリカが結合して存在し、コロイダルシリカ修飾の合成樹脂が熱、強度的安定性を保つため、合成樹脂皮膜の硬度や摩耗耐性、さらには耐熱性が格段に向上した補強用樹脂を製造できる。このように、耐摩耗性及び耐熱性に優れた補強用樹脂をベルト本体に付着させることにより、ベルトの熱劣化と摩耗損傷を抑制し製品寿命を長くすることができる。
【0029】
請求項2の発明は、請求項1に記載の工業用ベルトにおいて、前記合成樹脂重合体がアクリル酸エステル共重合体を含むものである。
【0030】
合成樹脂重合体がアクリル酸エステル共重合体の樹脂を含むので、接着力が強固で、かつ、樹脂皮膜の割れが起こりにくく、適度の樹脂皮膜堅さを有するものとなる。
【0031】
請求項3の発明は、請求項1に記載の工業用ベルトにおいて、前記補強用樹脂が、アクリル酸エステル共重合体とコロイダルシリカの混合水性エマルジョンを熱処理して得られたものである。
【0032】
シリカ自体が、耐熱性、耐摩耗性ともに高いので、ベルト本体は熱と摩耗による直接的な負担を受けない。また、シリカは抗ブロッキング特性を有することから、高熱によるベルト本体のタックの発生も抑制することができる。
【0033】
請求項4の発明は、請求項3に記載の工業用ベルトにおいて、前記アクリル酸エステル共重合体とコロイダルシリカの配合重量比が1:0.2〜1:1の範囲である。
【0034】
このような条件に設定することで、熱による樹脂重合体のタック性が出やすくなるのを抑制し、また、ベルト構造を接着強化する効果を充分に発揮することができる。
【0035】
請求項5の発明は、請求項1〜4のいずれか1項に記載の工業用ベルトにおいて、前記補強用樹脂の前記ベルト本体への付着率が当該付着部で5〜35重量%の範囲である。
【0036】
このように設定することで、樹脂皮膜が耐熱性及び耐摩耗性を充分に確保することができ、樹脂皮膜の厚さも厚くなりすぎず適度なものとなる。
【0037】
請求項6の発明は、請求項1〜5のいずれか1項に記載の工業用ベルトにおいて、前記織物又は前記ニードルフェルトが、ポリエステル繊維、アクリル系繊維、綿の少なくとも1種の繊維素材を含んで成るものである。
【0038】
これにより、工業用ベルトの基材に汎用素材を用いて、ベルトのコストを抑えることができる。
【0039】
請求項7の発明は、請求項1〜6のいずれか1項に記載の工業用ベルトにおいて、前記工業用ベルトが、段ボール紙製造工程において段ボールシートを平面圧をかけて糊付け貼合する目的で装備される加圧部材を配設するダブルフェーサー部に用いられるコルゲーターベルトである。
【0040】
請求項8の発明は、請求項1〜6のいずれか1項に記載の工業用ベルトにおいて、前記工業用ベルトが、抄紙工程のドライパートに用いられるドライヤーカンバスである。
【0041】
請求項9の発明は、請求項1〜6のいずれか1項に記載の工業用ベルトにおいて、前記工業用ベルトが耐熱搬送ベルトである。
【0042】
上記のような耐熱性、耐摩耗性が必要とされる環境下でも、本発明の工業用ベルトを使用すれば、ベルトを長期間使用することができる。特に、使用環境が厳しい段ボール製造装置のダブルフェーサー部に使用されるコルゲーターベルトや、抄紙機ドライパートに使用されるドライヤーカンバスの劣化対策として非常に有効である。
【0043】
請求項10の発明は、請求項1〜9のいずれか1項に記載の工業用ベルトであって、前記工業用ベルトの使用環境において、前記工業用ベルトの表面温度が最大150〜300℃に達するものである。
【0044】
本発明の工業用ベルトは耐熱性に優れているため、このようなベルト表面温度が高温化する使用環境に適用しても、長期間使用することができる。
【発明の効果】
【0045】
本発明の工業用ベルトは、塗布含浸する合成樹脂にコロイダルシリカが結合して存在し、コロイダルシリカ修飾の合成樹脂が熱、強度的安定性を保つため、合成樹脂皮膜の硬度や摩耗耐性、さらには耐熱性が格段に向上する。
【0046】
したがって、工業用ベルトの表面が高温かつ厳しい摩耗を受ける過酷な環境においても、工業用ベルトの基材に中耐熱性のポリエステルなどの汎用繊維やアクリル酸エステル樹脂等の汎用樹脂を用いることができ、ベルトのコストを抑えることができる。
【0047】
また、ベルトをニードルフェルト構造とし、積層する繊維ウェブに比較的耐熱性の高い素材を用いれば、空隙の大きい繊維ウェブ層の構造が維持され、ベルト基材内部への熱伝導の抑止効果を発揮するので、ベルト外部が基材繊維素材の融点を超える環境であっても、当該工業用ベルトを長期間使用することができる。特に、使用環境が厳しい段ボール製造装置のダブルフェーサー部に使用されるコルゲーターベルトや、抄紙機ドライパートに使用されるドライヤーカンバスの劣化対策として非常に有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0048】
発明者らは、前述の過酷な製造条件のダブルフェーサー部に対応できるコルゲーターベルトを開発するにあたり、まず、ニードルフェルト構造のベルトを企画した。この構造は、前記した薄手段ボールシートで特にベルト表面性を重視する必要がある具体ニーズが眼前にあったためで、基布に繊維ウェブを積層させニードリングすることにより、多重織物構造よりも極めて平滑で柔軟な表面性が得られるためである。
【0049】
さらに、継手部を、公知構成のワープループシームとし、継手部付近に積層する繊維ウェブを基布端部よりも突き出して延長積層し当該継手部分を覆うようにすると、本体部表面と同一表面の継手部が形成できるので、段ボールシートへの継手マーク転写を防止することができるためである。
【0050】
基布には汎用されるポリエステルモノフィラメント素材を用いた織物とすることで、必要なベルト強度と剛性を持たせ、このポリエステル織物を高熱から防御する方法を考えることにした。なお、モノフィラメントとしたのは、継手ループがマルチフィラメントや紡績糸のようにばらけず、ループの噛み合わせ時や芯線の挿入時に摩擦抵抗を軽減させて、継手接合作業を容易にするためである。つぎに、ポリエステル基布に直接的に放射熱を受けさせないよう、繊維ウェブは基布の表裏両面に積層することとした。繊維ウェブは、直接外部熱や熱板に接触するので、素材はメタ系芳香族ポリアミド繊維とした。この繊維は比較的安価な耐熱繊維である。
【0051】
しかし、このニードルフェルト形態のままでは、前記した加圧部材との接触摩耗により、ベルト表面の繊維ウェブ層が摩滅し、層厚が減少していくため、この層による断熱作用を受けていた基布のポリエステルが溶融するおそれがある。また、ニードルフェルトは、繊維ウェブ層は基布と絡んでいるだけで基本的にベルトの引張強度の主体は基布強度となるため、ベルトの剛性の点で、同等重量の織物ベルトよりも低くなる。特に高熱下では繊維素材が軟化するのでさらに剛性が低下する。
【0052】
この点を対策するために、ベルト本体に樹脂含浸加工を行う必要がある。その含浸加工用の樹脂としては、一般にシリコーン、エポキシ、アクリル酸エステルなどの合成樹脂が汎用されているが、本発明では、その中で接着力が強固で、かつ、樹脂皮膜の割れが起こりにくく、適度の樹脂皮膜堅さを有するアクリル酸エステル共重合体の樹脂を選定した。
【0053】
但し、アクリル酸エステル系樹脂は従来よりコルゲーターベルトやドライヤーカンバスの剛性やベルト組織強化のための樹脂として用いているが、耐熱性自体は特別に高いわけではなく、80〜100℃で軟化変形やタック性(粘着性)を呈し始める。熱条件が従来レベルであれば、使用可能であるが、ベルト表面温度が200℃を超えるような環境では使用できない。
【0054】
なお、ここまで述べてきた工業用ベルトの素材構成は、本発明における好ましい一例であって、これら素材構成に限るものではない。
【0055】
そこで、アクリル酸エステル系樹脂に粉体やチョップドファイバーなどのフィラーを混合して樹脂を耐熱性の強化ができないかを検討した。検討を重ねた結果、混合するフィラーは、比熱が低く、摩耗強度が高い無機材料が好ましいと考え、ガラス繊維やフェノール樹脂繊維、アルミナ粉体などについて研究した。しかし、これらを混合した樹脂重合体は、そのマトリックスの構造強化にはなるが、フィラーが樹脂内に分散固化するだけであるので、樹脂そのものの耐熱性を向上することは不可能である。そこで母体樹脂と化学的に結合するタイプのフィラーに絞って探査をしたところ、コロイダルシリカの特性に着目するに至った。
【0056】
コロイダルシリカは表面の水酸基を他の官能基と反応させると分子レベルで直接結合し配列する性質があるため、母体樹脂表面を修飾する。すなわち、単純なフィラーとしての混合分散状態で存在するだけではないので、その結合力により脱落しにくく、また、母体樹脂を分子レベルで覆う構造となる。さらにシリカ自体は耐熱、耐摩耗性ともに高いことから、母体樹脂は直接的な熱と摩耗の負担を受けずに済むと考えられる。また、シリカは抗ブロッキング特性があることから、高熱による母体樹脂のタックの発生も抑えることができる。
【0057】
そこで、早速当該樹脂を適用したベルトの作成を行い、走行試験を実施し、シリカと直接結合したアクリル酸エステル共重合体から成る補強用樹脂の被膜形成による耐熱、耐摩耗性の向上について評価をすることにした。結果は後述するが、結論としては明らかな性能向上が確認できた。
【0058】
当該ベルトにおいて、コロイダルシリカと結合し、表面修飾されたアクリル酸エステル共重合体の補強用樹脂がベルト表面とその内部で含浸皮膜形態を維持することになり、繊維ウェブの積層構造が保たれた。結果、ベルト内部に配置されたポリエステルモノフィラメントの基布への防熱効果が高まり、ベルト構造を保護できることが実証できた。
【0059】
なお、アクリル酸エステル共重合体とコロイダルシリカの配合重量比は、非常に広範囲に設定調合できるが、本発明における配合条件は、アクリル酸エステル共重合体固形分重量:コロイダルシリカ重量=1:0.2〜1:1の範囲が好ましい。配合比が前記1:0.2よりコロイダルシリカ分が少ないと、少なくとも熱による樹脂重合体のタック性が出やすくなり、また前記1:1よりもコロイダルシリカ分が多くなると、同樹脂がベルト構造を接着強化する効果が弱まる。
【0060】
また、シリカと化学的に直接結合したアクリル酸エステル共重合体など合成樹脂重合体、すなわち上記補強用樹脂のベルトへの塗工量は、工業用ベルトへの含浸率(付着率)にして当該含浸部(付着部)で1〜35重量%の範囲が好ましい。1%よりも小さくなると当該樹脂皮膜の耐熱、耐摩耗向上効果が小さすぎるし、35%を超える場合は、被膜が厚くなりすぎて樹脂に割れが生じたり、ベルトの弾力性が損なわれて、ベルト走行機能や、シートまたは湿紙などの均等保持機能に悪影響を及ぼすことになる。なお、含浸率(付着率)は、さらに好ましくは、下限値を5重量%とし、上限値を30重量%とする。
【0061】
ところで、合成樹脂重合体は、異性体でも、多種の樹脂と混合する場合でも、1種単独としてもよいので、例えばアクリル酸エステル共重合体を主体とし、樹脂皮膜の堅さなどを調整するために酢酸ビニル共重合体などを混合することは可能である。
【0062】
上述したような本発明の工業用ベルトは、前記した過酷環境すなわちベルトの表面温度が300℃に達し、激しい摩損を受けるような環境下でも使用可能であることを後述する評価試験にて確認している。
【0063】
以下、本発明の実施例を図面と表を参照しながら説明する。
コルゲーターベルトとして使用するベルトの当該樹脂加工までの基材形態は、前述したニードルフェルトの構造を踏襲しており、本発明の実施例1の具体的な構造模式図を図1に、その構造の仕様を表1に示す。
【0064】
【表1】

(注)
TM:ポリエステルモノフィラメント PS:シート側面
BS:シート側と反対側面
【0065】
図1において、基布1は、ポリエステルモノフィラメントの経二重緯三重織物として剛性と強度を確保し、基布1の表裏両面にメタ系芳香族ポリアミド繊維ウェブ2,2を積層し、ニードルパンチングにより基布1と繊維ウェブ2を絡合一体化してベルト本体3を形成した。その後、アクリル酸エステル共重合体コロイダルシリカ水性エマルジョンを水により原液分が30%になるように希釈して、ベルト本体3の表裏全面にキッシング加工を施し、直後に150℃に設定したヒートボックスで乾燥キュアを行った。このように、ベルト本体3に含浸したコロイダルシリカとアクリル酸エステル共重合体の混合水性エマルジョンを、熱処理することによって、ベルト本体3に補強用樹脂の被膜を形成した。この補強用樹脂(樹脂固形分およびシリカ)のベルトへの塗工量は約500g/ベルト1m2m2であった。
【0066】
継手の製作は、ニードルパンチ前に基布の長手方向両端末に公知一般的なワープループシーム方式の継手ループを形成してある。同部分は、ニードルパンチ時に繊維ウェブによるオーバーラップ部を設けて継手部結合時に結合ループ部を覆うようにしている。
【0067】
上記、基布織物の製作と事前ヒートセット、ニードルパンチング条件、および樹脂加工・乾燥セット条件などは、当業者公知の標準的方法の域を出るものではない。
【0068】
本発明の実施例2は、ベルト本体として使用する緯四重織物に実施例1と同じアクリル酸エステル共重合体コロイダルシリカ水性エマルジョンをキッシング・乾燥加工したものである。補強用樹脂のベルトへの塗工量は約140g/ベルト1m2であった。構造仕様を表2に示す。
【0069】
【表2】

(注)
C:綿 TF:ポリエステルマルチフィラメント TS:ポリエステル紡績糸
s:綿番手 PS:シート側面 BS:シート側と反対側面
【0070】
本発明の実施例3は、基布の片面のみにニードルパンチングにより繊維ウェブを絡合したニードルフェルト構造のドライヤーカンバスに実施例1と同じアクリル酸エステル共重合体コロイダルシリカ水性エマルジョンをキッシング・乾燥加工したものである。補強用樹脂のベルトへの塗工量は約300g/ベルト1m2あった。構造仕様を表3に示す。
【0071】
【表3】

(注)
TM:ポリエステルモノフィラメント AS:アクリル紡績糸 s:綿番手
N:ポリアミド A:アクリル PS:シート側面 BS:シート側と反対側面
【0072】
本発明の実施例4は、経二重緯二重織物のドライヤーカンバスに実施例1と同じアクリル酸エステル共重合体コロイダルシリカ水性エマルジョンをキッシング・乾燥加工したものである。補強用樹脂のベルトへの塗工量は約250g/ベルト1m2であった。構造仕様を表4に示す。
【0073】
【表4】

(注)
TM:ポリエステルマルモノフィラメント TF:ポリエステルマルチフィラメント
PS:シート側面 BS:シート側と反対側面
【0074】
上記実施例1のベルトの耐熱性と耐摩耗性を評価すべく比較例を作製した。比較例1は、実施例1の樹脂加工前のニードルフェルトのベルト構造と共通している。これにコロイダルシリカを含有しないアクリル酸エステル共重合体水性エマルジョンを上記同様に含浸、乾燥加工を施して比較例1を作製した。樹脂固形分の塗工量は350g/ベルト1m2とした。なお、構造仕様は樹脂塗工処理以外は実施例と共通であり省略する。
【0075】
比較例2を、比較例1と同様、上記実施例1のベルトの耐熱性と耐摩耗性を評価すべく作製した。比較例2は、実施例1のニードルフェルトのベルト構造は共通にして、樹脂加工を行わないものを作製した。本例も構造仕様は省略する。
【0076】
そして、アクリル酸エステル共重合体コロイダルシリカ水性エマルジョンを塗工・乾燥させることによって得られた工業用ベルトの耐熱性と耐摩耗性の向上状況を評価するため、当該発明における樹脂加工有・無のそれぞれのサンプルにて比較試験を実施した。比較試験は、摩擦熱耐性試験と、加温、加圧下での摩擦係数測定試験を行った。各試験の条件はそれぞれ下記しているが、特性比較を早期かつ明確につかむため、前述のダブルフェーサー部の説明段で紹介した最近の過酷条件よりもさらに過酷にしている。
【0077】
まず、摩擦熱耐性試験について説明する。
図2のように、錘7を垂下してテンションを掛けたベルトサンプル4(試料)の裏面を高速で回転するロール5と接触摩擦させ、サンプル4の表面側の繊維ウェブを剥がし取り、基布の温度上昇を非接触型温度計6(オプテックス(株)製BS−32T)にて測定した。
【0078】
なお、本試験では、最も温度が上昇するベルトとロールの接触部がベルト背面であるが、前記非接触型温度計では直接測定できないため、ベルトの当該接触部の真裏部の繊維ウェブを剥がして基布を露出させて測定した。このため、当該接触部最大温度よりは低い温度を示していることを考慮する必要がある。
【0079】
摩擦熱耐性試験の試験条件は次のように設定した。
ベルトサンプル:実施例1、比較例1〜2、実施例1のポリエステル基布のみ(樹脂加工なし)
a.サンプル片形状・寸法:ベルト走行方向を長手方向とした短辺1cmの長方形
b.サンプルへの負荷テンション:10Kg/cm(面圧:800g/cm2)
c.ロール:表面鉄製、直径:125mmφ
d.ロール回転による表面速度:700m/min
e.非接触型温度計とサンプルとの距離:約5mm
なお、実際の貼合条件に対し、bの面圧は20倍、dの速度は2倍程度の条件となる。
【0080】
上記試験結果を図3に示す。
基布のみの織物は、試験開始後2分で測定温度が200℃に達し、その後まもなく溶融切断した。
【0081】
比較例1,2は、徐々に測定温度が上昇した。比較例1は温度上昇とともに150℃くらいからロールとの接触面で樹脂が軟化し、粘着性が生じ始め、温度はさらに上昇して8分後に基布の溶融切断が発生した。このときの基布の表面測定温度は230℃であった。樹脂の粘着性増とともに摩擦抵抗が増大し、その摩擦熱によって温度が急上昇したためと判断される。比較例2は、徐々にではあるが温度上昇が続き、10分後には200℃に達しさらに温度上昇する傾向が見られた。
【0082】
実施例1は180℃まで温度上昇するも、その後は温度上昇が止まった。ロールとの接触面での軟化、粘着性は10分後でも認められなかった。なお、図3には表示していないが、20分の延長後でも実施例1の温度上昇はなく、比較例2は220℃まで上昇した。
【0083】
次に、加温、加圧下での摩擦係数測定試験について説明する。
図4のように、ベルトサンプル8に錘9を載荷し、サンプル8に荷重をかけたまま熱板10上を滑らせて静摩擦係数と動摩擦係数を調査した。静摩擦係数はサンプルが動き始めるときの張力ピークから、動摩擦係数はサンプルが動いている間の平均張力から算出した。熱板の温度は50℃ずつ変え、各温度とも錘をサンプル試料に載せた後1分間静置した後、測定した。
【0084】
摩擦係数測定試験の試験条件は次のように設定した。
ベルトサンプル:実施例1、比較例1
a.サンプル片形状・寸法:正方形、一辺5cm
b.ワイヤー引き上げ速度:200m/min
c.荷重:10Kg(圧力:400g/cm2)
なお、実際の貼合条件に対し、bの速度は試験の都合上半分程度としたが、面圧は20倍の条件となる。
【0085】
この試験結果を図5に示す。
比較例1の静摩擦係数と動摩擦係数は100℃を超えてから急上昇した。300℃では溶融した基布が染み出し、抵抗が大きくなって測定不能になった。実施例1は、100℃を超えても静摩擦係数、動摩擦係数はともに大きな変化はなかった。300℃でも測定は可能な状況にあったが、基布が溶融を始めたため、それぞれの摩擦係数は上昇した。
【0086】
上記評価試験の結果から、実施例1のベルトは耐熱性においてはベルト表面温度で300℃程度までは使用可能と判断される。また、本試験では、ニードルフェルトタイプのベルトにおける評価としたが、シリカと直接結合した合成樹脂重合体により、ベルトの耐熱、防熱、耐摩耗の特性向上が明確に確認できたことから、織物構造の工業用ベルトも効果の傾向は同様に得られると判断できる。
【0087】
また、本発明は上述した実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の変更を加え得ることは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0088】
【図1】本発明の工業用ベルトに係る実施例1の構造模式図である。
【図2】摩擦熱耐性試験装置の側面図である。
【図3】摩擦熱耐性試験結果を示すグラフである。
【図4】摩擦係数測定試験装置の側面図である。
【図5】摩擦係数測定試験結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0089】
1 基布
2 ウェブ
3 ベルト本体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
織物から成る、又は基布にニードルパンチングにより繊維ウェブを絡合したニードルフェルトから成るベルト本体を備えた工業用ベルトであって、前記ベルト本体の少なくとも一部に、シリカと合成樹脂重合体を結合して構成した補強用樹脂を付着したことを特徴とする工業用ベルト。
【請求項2】
前記合成樹脂重合体がアクリル酸エステル共重合体を含むことを特徴とする請求項1に記載の工業用ベルト。
【請求項3】
前記補強用樹脂が、アクリル酸エステル共重合体とコロイダルシリカの混合水性エマルジョンを熱処理して得られたものであることを特徴とする請求項1に記載の工業用ベルト。
【請求項4】
前記アクリル酸エステル共重合体とコロイダルシリカの配合重量比が1:0.2〜1:1の範囲であることを特徴とする請求項3に記載の工業用ベルト。
【請求項5】
前記補強用樹脂の前記ベルト本体への付着率が当該付着部で1〜35重量%の範囲であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の工業用ベルト。
【請求項6】
前記織物又は前記ニードルフェルトが、ポリエステル繊維、アクリル系繊維、綿の少なくとも1種の繊維素材を含んで成ることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の工業用ベルト。
【請求項7】
前記工業用ベルトが、段ボール紙製造工程において段ボールシートに平面圧をかけて糊付け貼合する目的で装備される加圧部材を有するダブルフェーサー部に用いられるコルゲーターベルトであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の工業用ベルト。
【請求項8】
前記工業用ベルトが、抄紙工程のドライパートに用いられるドライヤーカンバスであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の工業用ベルト。
【請求項9】
前記工業用ベルトが耐熱搬送ベルトであることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の工業用ベルト。
【請求項10】
前記工業用ベルトの使用環境において、前記工業用ベルトの表面温度が最大150〜300℃に達することを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項に記載の工業用ベルト。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2008−133551(P2008−133551A)
【公開日】平成20年6月12日(2008.6.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−318873(P2006−318873)
【出願日】平成18年11月27日(2006.11.27)
【出願人】(000238234)シキボウ株式会社 (33)
【Fターム(参考)】