強磁性細線
【課題】高い周波数領域での検波や整流が可能な、高温でも安定して動作する、検波素子等に応用可能な細線を提供する。
【解決手段】本発明の細線は、導電性を有する強磁性体から成り、厚みが供給される高周波電力に応じたスキンデプスの10倍以下の細線である。細線内の磁気モーメントが不揃いである状態とし、該細線に所定の高周波電力を供給すると、該高周波電力の周波数が所定の共鳴周波数となった時に直流電圧が出力される。このとき、細線のインピーダンスも変化するため、本発明の強磁性細線を伝送路や伝送フィルタとしての利用も可能である。検波素子としての利用に限らず、RFIDのタグ、伝送路、伝送フィルタ、磁場センサ等に直ちに応用可能である。また、極めて単純な構造であるため、製造コストも低廉となり、動作の安定性も高い。
【解決手段】本発明の細線は、導電性を有する強磁性体から成り、厚みが供給される高周波電力に応じたスキンデプスの10倍以下の細線である。細線内の磁気モーメントが不揃いである状態とし、該細線に所定の高周波電力を供給すると、該高周波電力の周波数が所定の共鳴周波数となった時に直流電圧が出力される。このとき、細線のインピーダンスも変化するため、本発明の強磁性細線を伝送路や伝送フィルタとしての利用も可能である。検波素子としての利用に限らず、RFIDのタグ、伝送路、伝送フィルタ、磁場センサ等に直ちに応用可能である。また、極めて単純な構造であるため、製造コストも低廉となり、動作の安定性も高い。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はダイオード効果を示す細線及びそのような細線を利用した素子に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話に代表されるようなワイヤレス移動通信技術が現在急速に発展しているが、今後更に大容量・高速の情報通信を行うためには、高い周波数領域の検波が可能な素子が必要とされる。加えて、移動通信機器では長時間動作に対する要求がやまないため、低い消費電力で動作する素子の開発も切望されている。そのような素子の利用可能分野は広範に亘り、例えば1GHz以上の高周波領域の検波が可能な低消費電力動作素子は、携帯電話、衛星通信などの移動通信機器への搭載、レーダーなど、多種多様な分野への応用が考えられる。
【0003】
これまで、高周波の発振、増幅、検波を行うための素子としてマイクロ波用トランジスタやマイクロ波電子管が一般に使用されてきた。しかし、これらの素子はGHz帯域以上の高周波域においては、トランジスタ内を移動するキャリアの電極間移動に走行時間がかかるようになり、発振、増幅、検波の機能が低下してしまうという問題がある。そこで、この問題を解決するために、キャリア移動度が高いGaAs半導体素子が用いられている。具体的には、1G〜200GHzの帯域用としてGaAsヘテロジャンクションバイポーラやショットキーバリア電界効果トランジスタ、高電子移動度トランジスタなどが利用されている。
【0004】
これらの半導体素子は低雑音特性に優れており、高感度且つ高速で動作するという特性も兼ね備えているが、その一方で、高温下での動作に不安があったり、動作電力が大きかったりするという問題がある。加えてまた、製造コストが非常に高いという問題もある。
【0005】
以上のような問題を解決する方法の一つとして、スピントルクダイオード効果を利用する素子がある。例えば非特許文献1には、100×200nm程度の大きさの柱状であって、CoFeB電極(磁極方向回転可能;フリー層)/MgOトンネル障壁/CoFeB電極(磁極方向固定;固定層)から成るトンネル磁気抵抗素子が記載されている。このトンネル磁気抵抗素子の上下方向にマイクロ波の周波数を有する交流電流を注入すると、その周波数がフリー層の固有の周波数と一致した時に磁極の向きの大きな振動が生じることにより直流電圧が発生する。すなわち、この素子によって整流及び検波を行うことができる。
【0006】
【特許文献1】特開2001-196661号公報
【非特許文献1】A. A. Tulapurkar et al. "Spin-torque diode effect in magnetic tunnel junctions", Nature Vol 438, 17 November 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1において開示されているトンネル磁気抵抗素子を用いることによって、超小型、低抵抗のダイオードを得られる可能性がある。しかし、柱状構造素子を作製しなければならず、作製コストや作製の手間が掛かるという問題がある。
【0008】
以上のような課題を解決するべく研究を重ねた結果、本願発明者らは、単純な構成の強磁性細線が特徴的な電気的特性を示すことを見出し、その細線を用いることによりマイクロ波の整流や検波を有効に行うことができる簡単な素子が得られることに想到した。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このようにして成された本発明に係る強磁性細線は、
導電性を有する強磁性体から成り、厚みが供給される高周波電力に応じたスキンデプスの10倍以下である細線であって、
該細線に所定の高周波電力を供給したとき、該高周波電力の周波数が所定の共鳴周波数となった時に直流電圧を出力する、及びインピーダンスが変化する
ことを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係る強磁性細線は、細線内の磁気モーメントが不揃いであることが望ましい。強磁性細線内の全ての磁気モーメントがある一方向を向いて揃っている状態では、高周波電力が入力されたとしても直流電圧が出力されないためである。
なお、本発明において「細線内の磁気モーメントが不揃いである」とは、細線内の磁気モーメントが一方向に揃って配向していない、種々の状態のことを指している。本明細書中では、細線内の磁気モーメントが不揃いである状態のことを適宜、磁気モーメントが「空間的な非一様性を形成する」とも表現する。
【0011】
強磁性体を細線状に形成すると、通常、磁気モーメントは細線の線長方向に配向する。そこで、前記細線内の磁気モーメントが不揃いであるような磁気状態を形成するためには、
前記強磁性細線が、不純物を含んでいる、表面形状が不均一である、非直線形状に形成されている、漏れ磁場を発生する強磁性体層を含む層構造を成している、層間結合を有する多層膜層構造を成している、うちの何れか一又は複数の構成を備えるようにしたり、又は、強磁性細線に対して所定の方向に所定の強度で以て直流磁場を印加する磁場印加部を外部に設けることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る強磁性細線は、細線内の磁気モーメントが空間的な非一様性を形成した状態であれば、所定の共鳴周波数において直流電圧を出力し、且つ、インピーダンスが変化する。従って、直ちに検波素子等として利用することができる。しかも、非常に簡単な構成であるために、ごく容易に超小型素子とすることができる。従って、ディスクリート素子としての利用形態のほか、各種半導体素子との集積も実現可能である。しかも、作製コストは従来の素子とは比較にならない程度に低廉である。また、本発明の強磁性細線の構成は非常に単純であるため、インピーダンスマッチングを取りやすいという利点もある。
また、本発明の細線は強磁性体であるためキュリー温度が高く、数百℃程度の高温まで特性が変化することなく安定して動作する。そのうえ放射線にも強いため、原子力発電所や宇宙空間といった過酷な環境下での使用にも耐えることができる。即ち、非常に広範な分野での応用が可能である。また、本発明の素子はS/N比が非常に高いという特性も有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に係る強磁性細線1の一例の平面図を図1(a)に示す。図1(a)より明らかなように、本発明の強磁性細線の構造は極めて単純である。
本発明に係る強磁性細線の材料は、導電性を有する強磁性体であればいかなるものでも使用することができる。
強磁性細線の長さは特に限定されるものではないが、好適にはRF(高周波)電源とのインピーダンスマッチングを行って投入電力が最大となる長さとすることが望ましい。強磁性細線の両端に電極を設けることで電力を供給する場合には、電極間の距離を調節することによって強磁性細線の実質的な長さを決定することもできる。
【0014】
強磁性細線1の断面形状は矩形、円形、楕円形などを含め、特に限定されるものではない。断面とは、細線をその線長方向に対して垂直に切断した面のことをいう。
強磁性細線1の厚みはスキンデプスの10倍以下とするのが好適である。一方、幅によって強磁性細線1の共鳴周波数が変化するため、強磁性細線の作製時には適宜に設定する必要がある。
なお、本明細書においては、強磁性細線の断面における長辺(断面形状が楕円形の場合は長軸)の長さを「幅」とし、短辺(断面形状が楕円形の場合は短軸)の長さを「厚み」とする。
【0015】
また、強磁性細線は何らかの基板の上に形成される薄膜であっても構わない。薄膜状とすることにより、工業的により容易に作製することができる。この場合、強磁性細線の厚みとは基板からの高さのことであり、幅とは強磁性細線の断面において基板表面と平行となる辺の長さのことである。
以下では、断面形状が矩形である強磁性細線について説明するものとする。
【0016】
強磁性細線の厚みは、材料のスキンデプス(表皮深さ)をパラメータとして決定するとよく、好適にはスキンデプスの約10倍以内とするのがよい。スキンデプスδは電磁波が試料表面から1/e程度まで侵入する深さであって、次式によって得ることができる。
【数1】
ここに、ω:角振動数、σ:試料のコンダクタンス、μ0:真空の透磁率、μγ:試料の比透磁率である。すなわち、スキンデプスδは印加する高周波の周波数や材料によって変化する。
スキンデプスは渦電流の発生の有無を決定する厚みであり、渦電流が発生してしまうとRF電流によって励起した強磁性共鳴モードが減衰してしまう。図2にパーマロイ(Ni81Fe19)を仮定して計算したスキンデプスと周波数との関係を表すグラフを示す。詳細は後述するが、本発明者らが行った実験では、試料の厚みは最大で50nm、最大周波数は20GHzであった。20GHzの周波数における試料のスキンデプスは約23nmと見積もられる。すなわち、細線に入力された高周波電力は細線全体に十分に供給されており、渦電流による高周波電力の損失は少ない。製造技術、素子性能、素子耐電力特性などを考慮すると、強磁性細線の厚みは供給される高周波電力に応じたスキンデプスの10倍以内程度が妥当である。
【0017】
本発明に係る強磁性細線が所定の共鳴周波数において直流電圧を出力し、インピーダンスが変化するためには、細線内の磁気モーメントが、不揃いである必要がある。このような磁気モーメントの状態を作り出す方法はいかなるものでも構わないが、現実的な幾つかの方法を以下に挙げる。なお、以下の方法は単独で採用してもよいし、複数の方法を組み合わせてももちろん構わない。
・強磁性細線に不純物を含ませる
・強磁性細線の表面形状を平滑ではなく、不均一とする(図1(b)に示すように、表面に微細な傷をつけても良い)
・強磁性細線を非直線形状(湾曲形状、ジグザグ形状(図1(c)参照))とする
・強磁性細線を、漏れ磁場を発生する強磁性体層を含む層構造とする(この強磁性体層を構成する強磁性体(ハード磁性体)は保磁力が大きく、無磁場状態でも大きな残留磁化状態を有する強磁性体である。漏れ磁場はその強磁性体から発生している磁場である。)
・強磁性細線を、層間結合を有する多層膜層構造を成す層構造とする(層間結合とは、2つの強磁性層に挟まれた非磁性層内に量子井戸状態が形成されている、2つの強磁性層が強磁性的あるいは反強磁性的に結合した状態である。例えば非磁性層の膜厚に傾斜をつけることもできる。膜厚によって結合状態が変わるので、多層膜強磁性細線内で磁気モーメントが空間的に非一様配向状態となる。また、強磁性層に反強磁性層を接合することで一体として保磁力の大きな強磁性層を形成して、この強磁性層と、上述した層間結合及び膜厚変調とを用いて、多層化した別の強磁性層に磁気モーメントの空間的非一様配向状態を形成することもできる。)
ここにおいて「層構造」とは積層構造に限定されるものではなく、例えば強磁性細線の外周部がコーティングされているような構成の「層」としても構わない。積層構造である場合には、各層が必ずしも厚み方向に積層される必要はなく、幅方向に積層されていても構わない。さらに、細線内の磁気モーメントを不揃いにするためには、強磁性細線全体ではなく、一部のみを層構造としても構わない。
また、強磁性細線に対して所定の方向に所定の強度で以て直流磁場を印加する磁場印加部を、外部に(つまり強磁性細線とは非一体的に)設けることもできる(図1(d)参照)。磁場印加部は、漏れ磁場を発生するハード磁性体でも良い。
【0018】
更に、本発明において強磁性細線の形状は単なる直線ではなく、図1(e)及び(f)に示されているように、通常は高周波電力が供給される主線部1mに対して、副線部1sが一体的に接続された構成としても構わない。図1(e)にはT字形、図2(f)では十字形の強磁性細線の例を示す。副線部1sは主線部1mに対して垂直方向に設けられる必要はないが、主線部と接続されていない側の端部は開放端とする。
また、本発明の強磁性細線では、複数の副線部を設けることも可能である。図1(g)には、2本の副線部1sを備えた強磁性細線の例を示す。
このように、強磁性細線(主線部1m)に対して副線部1sを適宜に設けることにより、一つの強磁性細線に主線部と副線部の共鳴周波数を混在させることが可能となる。
【0019】
本発明に係る強磁性細線より直流電圧が出力する(及びインピーダンスが変化する)共鳴周波数は、以下に挙げるような要素がパラメータとなって変化する。
・強磁性細線の材料
・強磁性細線の断面積(断面積大→共鳴周波数小)
・供給する高周波電力(電流)の電力(電流)密度
・強磁性細線内の磁気モーメントの状態(外部磁場を印加する場合、磁場の強度絶対値大→共鳴周波数大)
【0020】
本発明に係る強磁性細線は、互いに接する、強磁性体層と、反強磁性体層、非磁性体層、絶縁体層のうちのいずれかの層と、を含む多層構造とすることもできる。このとき、強磁性体層の厚みは、供給される高周波電力に応じたスキンデプスの10倍以下とする。このような構成にすることにより、直流電圧の出力が上がり、共鳴周波数が高くなる。
具体的には、強磁性細線を、強磁性体/反強磁性体/強磁性体(図3上段)、強磁性体/非磁性体/強磁性体(図3中段)、強磁性体/絶縁体/強磁性体(図3下段)のように構成することができる。もちろん、三層以上から成る複数層構造としてもよい。
【0021】
本発明に係る強磁性細線では、その共鳴周波数が外部から調節可能な構成とすることもできる。これによって、本発明の強磁性細線を検波素子等の各種の素子に利用した際に、その応用性が向上する。
例えば特許文献1には、電圧によって多層膜の磁化制御を行う技術が開示されているが、本発明の検波素子に、同文献にて提案されているような手法を適用することによって、共鳴周波数を変調させることが可能となる。この場合、強磁性体細線の構造を、少なくとも強磁性体から成る強磁性体層、非磁性体から成る非磁性体層、絶縁体から成る絶縁体層、及びゲート電極を含む構成とする。具体的には図4に示すように、非磁性体層の上下(左右でも良い)を強磁性体層で挟み、層間結合をさせる構造とするとよい。ゲート電圧印加部よりゲート電極に印加する電圧を適宜に変化させることにより、共鳴周波数を調節することができる。もちろんこの構成を基礎として、各種の多層構造とすることもできる。例えば、絶縁体層とゲート電極との間に半導体層を設けても良い。また、先に述べたようなハード磁性体層を設けることにより、細線内の磁気モーメントが空間的な非一様性を形成するようにしても構わない。
なお、このような簡便な方法によって共鳴周波数を制御するのは、従来の素子や非特許文献1に記載の素子では、構造上の理由により困難である。
【0022】
本発明に係る強磁性細線は、細線内の磁気モーメントが空間的な非一様性を形成する状態において、高周波電力が供給されると、供給される該高周波電力の周波数が所定の共鳴周波数である時に直流電圧を出力する、及びインピーダンスが変化するという特性を備える。その特性を利用することにより、高周波電力を供給する電力供給部を備えることによって、直ちに検波素子としての応用が可能である。
図5に、本発明に係る強磁性細線の一実施形態である検波素子の一構成例を示す。本実施形態では強磁性細線1の長手方向の両端部に電流供給部である電極を設けるとともに、磁場印加部2によって所定の方向に磁場を印加する。この磁場は直流磁場である。図5においては矢印の向きが磁場の方向を表している。また、図5では電極が電流供給部に対応する。
このような構成において強磁性細線1にRF電流を流すと、所定の周波数においてのみ直流電圧を得ることができる。即ち、検波を行うことができる。
図6に検波素子の他の構成例を示す。図6に示す例では、基板上にハード磁性体が設けられており、このハード磁性体層から漏れ磁場が発生している。これが外部磁場として機能しており、電極によって挟まれた強磁性細線1内の磁気モーメントを不揃いにしている。
【0023】
また本発明に係る強磁性細線は、所定の高周波電力の入力を受けて直流電圧を出力する特性を利用して、RFID(radio frequency identification)のパッシブタグとして用いることも可能である。この場合、高周波電力は外部のタグリーダから供給する。
【0024】
また、共鳴周波数においてインピーダンスが変化することに基づいて、本発明の強磁性細線を伝送路や伝送フィルタとして利用することも可能である。特に、強磁性細線が上記のような副線部を有している場合には、一本の主線のみから成る場合と比較すると、より広い周波数帯域でインピーダンス変化が生じるため、伝送路や伝送フィルタとして利用するのに好適である。
【0025】
本発明の強磁性細線を用いて磁場センサを得ることもできる。電力供給部より本発明に係る強磁性細線に所定の高周波電力が供給された状態であれば、外部の磁場の強度及び方向に応じて強磁性細線から直流電圧が出力される共鳴周波数が変化する。また、直流電圧の出力も変化する。従って、これらの出力に基づき、外部磁場の状態を計測することが可能となる。
【0026】
本発明に係る強磁性細線から直流電圧が出力される原理については、以下のように現象論的な説明が可能である。
細線内の磁気モーメントが非一様な空間配置をしている状態で強磁性細線にRF電流を注入すると、スピン偏極した電流と磁化との間に働くスピントルクが強磁性細線内の磁気構造に起因する特徴的な周波数を持つ歳差運動を励起し、その周波数で直流電圧が出力される。
【0027】
直流電圧が出力されることは、下記の通り説明される。
RF電流をI(t)=I0cosωCt、強磁性体線1の抵抗をR(t)=R0cos(ωRt+α)と表す。
ここに、
ωC:入力した交流電流の周波数
ωR:磁化の歳差運動に伴う電気抵抗変化の周波数
α:電流を基準としたときの抵抗時間変化の位相差
である。
ここで、ωC=ωR=ω0であるとき、次式(1)が導かれる。
式1:
【数2】
このように、上記式1においてcosαの項が出現することから、共鳴現象によって直流電圧が発生することが示される。また、RF電流の周波数と磁化の歳差運動に伴う電気抵抗変化の周波数とが一致しない場合には直流電圧の出現がないことがわかる。
【0028】
式1はまた、強磁性細線の電気抵抗変化率R0が高くなれば、出力電圧が高くなることを示している。従って、本発明の強磁性細線の電気抵抗変化率R0を増加させるために、そして、強磁性細線をできるだけ薄くするために、半導体や絶縁体を用い、積層構造を成す層構造としてもよい。層構造とする場合には、強磁性体層の厚みを供給される高周波電流に応じたスキンデプスの10倍以下とする。このような構造は、強磁性細線1の強度を低下させることなく、その電気抵抗変化率R0を増加させることができるという利点も兼ね備える。
【0029】
また、本発明に係る強磁性細線によって直流電圧が出力されることは、他の細線モデル(細線長手方向から角度で十分に強い磁場を印加した場合)を基にして導かれる次式(2)からも理解される。
式2:
【数3】
ここで、A(ω)は所定の定数である。
強磁性細線の両端に発生する電圧は、入力電流の2乗に比例して、磁場印加角度に対して、sin2θcosθの依存性を持つことが示されている。
【0030】
以下、実施例において、本発明の発明者らが行った各種測定について説明する。
【実施例】
【0031】
検波素子の一構成例として図5にて示した形態のサンプルを用い、図7に示すような測定回路によってRF電流入力による整流効果の測定を行った。サンプルの作製条件は以下の通りとした。強磁性細線はMgO基板上に作製された薄膜とした。
強磁性細線の材料:Ni81Fe19
強磁性細線の幅(図5の上下方向):300nm、650nm、2200nm、5000nm
強磁性細線の厚み(図5の紙面垂直方向):50nm(幅が5000nmの場合は30nm)
電極:厚み100nmのAu
サンプル作製方法:電子線リソグラフィ法及びリフトオフ法
【0032】
このサンプルに対し、磁気印加部である電磁石によってサンプル面内に図1に示す角度θの方向に外部磁場を印加した。RF電流はネットワークアナライザ(45MHz〜67GHz)によって発生させ、バイアスTを通して試料に入力した。
【0033】
[磁場依存性]
線幅300nm、厚み50nmの強磁性細線1に対して角度θ=45°で外部磁場を印加し、入力電力を-15dBmとしたときの周波数−直流電圧の関係を測定した。磁場の大きさを変化させて得た複数の測定結果を重ねたグラフを図8(a)に示す。また、線幅が5000nmの強磁性細線を用い、同じ測定を行った際の測定結果を図8(b)に示す。
図8ではグラフを見やすくするために、各測定結果の上下方向にオフセットを加えている。
図9に、強磁性細線の厚みが300nm、650nm、2200nm、5000nmの各場合について、直流電圧測定において直流整流効果が出現した周波数位置の磁場強度依存性(磁場の大きさ−(直流電圧が出力された)周波数の関係)をプロットしたグラフを示す。
【0034】
本実験(図8及び図9)によって、本発明の強磁性細線によって出力される直流電圧は、磁場の大きさに依存していることが明らかとなった。磁場の絶対値が大きくなるのに伴い、出力される直流電圧の周波数(共鳴周波数)が大きくなる。さらに、磁場方向が反転すると直流電圧の符号が反転することも明らかとなった。
また、比較例として、同じ測定を非磁性体であるAuの細線を用いて行ったが、直流電圧の出力は観測できなかった。
【0035】
次に、線幅が5000nmである上記サンプルの強磁性細線に対し、磁場の印加角度を0゜〜90°の間において15°刻みで変化させた各場合について、周波数−直流電圧の関係を調べた。この測定結果を図10に示す。
また、図10に示した測定結果において、直流電圧が出現するピーク−ディップの差(図中ではAmplitudeとして記載)と磁場印加角度との関係を、印加する磁場の大きさを100、200、400、600、800(Oe)とした各場合について測定した。この結果を図11に示す。
更に、図12に、線幅が5000nmのサンプルに対して400 Oeの大きさの磁場を印加した場合において、直流電圧が出現するピーク−ディップの差と磁場印加角度(0〜360°)との関係をプロットしたグラフを示す。このプロットに対する近似曲線は、前記式2と良い一致をみた。
【0036】
[線幅依存性、歳差運動モード]
線幅がそれぞれ300nm、650nm、2200nmの3種類の強磁性細線の長手方向に対して角度θ=45°で100 Oeの磁場を印加し、周波数−直流電圧の関係を測定した。同時に、S11の反射損失を測定(無磁場時を基準)した。測定結果のグラフを図13に示す。図13においては、右矢印が付されたグラフが直流電圧を示し、左矢印が付されたグラフが反射損失を示している。
【0037】
本実験(図13)により、以下のことが明らかとなった。
・線幅の変化に伴い、直流電圧のピークが出現する周波数が変化する。
・反射損失のグラフでは9GHz付近に2つのピークが観測された。なお、追加実験によって、このうち低周波側のピークは磁場依存性を示さず、高周波側のピークは磁場強度が増加するにつれて高周波方向に移動することが明らかとなった。
・直流電圧のピークが出現する周波数(共鳴周波数)において反射損失のディップが出現する。従って、共鳴周波数においてインピーダンスが変化している。つまり、本発明に係る強磁性細線は、共鳴周波数において伝送特性が変化する伝送路や伝送フィルタとして利用することが可能である。
【0038】
以上の点から、本発明に係る素子の強磁性細線では、少なくとも3つのスピン歳差運動モードが存在しているものと考えられる。即ち、線幅に依存しない2つのモード(以下、「線幅非依存モード」とする)、及び整流効果をもたらす1つのモード(以下、「整流効果モード」とする)である。
・線幅非依存モードはS11測定においてピークとして出現し、整流効果モードはディップで出現する。
・線幅非依存モードのうち低周波側のモードは磁場依存性を示さず、高周波側のモードは磁場強度の増大とともにモードの周波数が高周波側へ移動する。
【0039】
[RF電流依存性]
強磁性細線に注入するRF電流の大きさと直流整流効果との関係を調べた。強磁性細線の厚みは20nm、線幅は2200nm、外部磁場の大きさは100 Oe、磁場印加角度θ=45°とし、RF電流の大きさを0.25、0.45、0.8、1.4、2.5、3.2、4.5、6.4(mA)と変化させた場合の周波数−直流電圧の関係を示すグラフを図14(a)に示す。また、図14(b)には、ピーク−ディップの電圧差(μV)と、RF電力の2乗値との関係を表すグラフを示す。
図14のグラフに示される結果より、直流電圧のピーク−ディップの差は、RF電流が増大すると、RF電力の2乗値に比例して増大することが明らかとなった。
【0040】
[シミュレーション]
スピンの歳差運動現象を理解するために、有限要素法によるマイクロマグネティックスシミュレーションを行った。マイクロマグネティックスシミュレーションは、磁性体を小さなセルで区切り、各セルについてランダウ・リフシッツ・ギルバート方程式を解くことによるシミュレーションである。
図15に、強磁性細線モデルの線幅を300nm、650nm、2200nmとし、角度θ=45°で外部磁場100 Oeを印加した状態で、z方向に100 Oeの磁場を印加して無磁場状態にしたときの磁化のz成分の時間変化を示したグラフ(上段)及び共鳴周波数の振幅の大きさ(下段)を示す。シミュレーション計算はセルサイズを10nm×10nm×厚み50nm、ダンピング定数を0.01とし、Ni81Fe19の物性定数を用いて行った。本シミュレーションにより、線幅が大きくなると共鳴周波数が減少することが示されている。
【0041】
本願発明者らが線幅300nmの細線モデルを用いて共鳴周波数の外部磁場依存性を調べたところ、実験結果を非常によく再現することができた。上記のシミュレーションでは磁場緩和という方法で細線の固有モードを再現した。シミュレーション結果と実験結果とが比較的良い一致を見ることから、RF電流が励起しているのはこの固有モードであると考えられる。実際、後述するように、スピントルクを含むマイクロマグネティックスシミュレーションの計算結果では、スピントルクによって固有モードが励起されていることが確認された。従って、素子設計を行う際に素子特性を決定するうえで磁場緩和の手法は有効であるといえる。
【0042】
図16は、線幅300nmの強磁性細線モデルを用いた、スピントルクを含むマイクロマグネティックスシミュレーションの結果である。図16上段はz軸方向の磁気モーメントの成分の空間分布図であり、図16下段はこの細線モデルの中心軸付近で断面を取ったときの同成分をグラフ化したものである。これによれば、外部磁場の印加によって、細線内の磁気モーメントが少しお互いに角度をもった状態を形成している。
このシミュレーションの結果に基づく、y方向及びz方向の高周波電力の周波数依存性を表すグラフを図17に示す。この方向余弦から、異方性磁気抵抗効果(この物質の場合、磁化の方向と電流の方向が平行のとき電気抵抗が大きく、磁化の方向と電流の方向が垂直のときに電気抵抗が小さい)から電気抵抗を計算できる。
図18は、そのように計算した電気抵抗の高周波電流の周波数依存性を示すグラフである。図18から、電気抵抗がある共鳴周波数でその振幅を最大にすることが読み取れる。
高周波電流を入力すると、細線内の隣接する磁気モーメントの相対角度がゼロではないので、スピントルクが作用して、電流によって磁気モーメントが歳差運動を始める。このとき、高周波電流によって励起されるのは細線の固有歳差モードである。固有歳差運動をしているときに、磁気モーメントの振れ角は最大となり、そのときの抵抗変化も最大となる。つまり、電気抵抗はこの固有振動数で時間的に振動していることになる。高周波電流と電気抵抗の周波数が一致したときに、先に述べたモデルから直流電圧が発生すると考えられる。
【0043】
[AM変調RF信号検波実験]
図19の概念図で表される測定回路を用い、高周波信号を強磁性細線に入力することにより発生した直流電圧をBiasTから取り出して、高周波信号増幅器で100倍にしてオシロスコープに入力した。
図20に、このサンプルの高周波応答の基礎特性を示す。ここで用いた強磁性細線は線幅5000nmであり、長軸方向から45°傾けた方向から面内に100 Oeの磁場をかけて、入力電力を-15dBmから5dBmまで変化させたときの直流電圧と高周波電力の周波数依存性を観測したものである。図20のグラフより、共鳴周波数が約4GHzであり、入力電力が大きくなるにつれて振幅が大きくなっていることが読み取れる。共鳴周波数以外の周波数領域では、特に直流電圧が発生していないことも分かる。
【0044】
次いで、このような細線に対して、図21で表される高周波信号を入力する。図21では塗り潰れているように見えるが、この中には3.58GHzの基調信号が含まれており、この基調信号を100kHzで振幅変調(Amplitude Modulation)することにより、その抱絡線の深さ(depth)が変えられている。ここで、深さ0%はAM変調なし、100%はAM変調最大を意味する。
【0045】
図19で示した測定回路を用いてAM変調信号を検波した結果を、図22〜図24に示す。
図22はAM変調の深さ依存性を示すグラフである。変調度合を変えれば、得られる信号の振幅も変化している。AM変調は抱絡線に伝えたい情報を載せる方法に他ならないから、抱絡線から復調することで伝えたい情報を得ることが可能であることが分かる。
図23は、AM変調の周波数依存性を示すグラフであり、AM変調の周波数を変えると、それに応じて復調が出来ていることが示されている。
図24は、6GHzの基調信号を比較として用い、共鳴周波数以外の周波数にAM変調したとしても復調することができないことを示すグラフである。
本AM変調RF信号検波実験から、本発明に係る強磁性細線を利用することによって基調信号にAM変調を施すことで情報伝達、復調ができることが示された。
【0046】
[T字型細線の整流効果]
強磁性細線(主線のみ)及びT字型細線のそれぞれについて、直流電圧の周波数依存性を調べた。図25はこの測定結果を示すグラフである。図25において(a)〜(d)はそれぞれ強磁性細線の構成について示している。(a)幅500nm、厚み30nmのT字型細線、(b)幅300nm、厚み50nmの強磁性細線、(c)幅650nm、厚み50nmの強磁性細線、(d)幅2200nm、厚み50nmの強磁性細線。
図25の結果より、強磁性細線をT字型にした場合には、共鳴周波数の領域が大きく広がることが確認された。
【0047】
また、図26に、主線のみの強磁性細線(上段)とT字型細線(下段)の共鳴振動数を調べるシミュレーションの結果を表すグラフを示す。この図26に示されているのは、面直方向に磁場を印加した後、磁気モーメントがどのように減衰しているかをフーリエ変換したグラフである。T字形細線のモデルでは2個のピークが存在している。これは、主線に基づく共鳴周波数および副線に基づく共鳴周波数が含まれていることを示している。従って、本発明に係る強磁性細線では、細線の形状等を適宜に変えることにより、共鳴周波数を制御することができることがわかる。
【0048】
以上、本発明に係る強磁性細線について説明を行ったが、上記は例にすぎず、本発明の精神内において自由に変更・改良が可能であることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明に係る強磁性細線の一例の(a)平面図、(b)表面形状が不均一である強磁性細線の一例の平面図、(c)非直線形状の強磁性細線の一例の平面図、(d)外部より磁場が印加される場合の強磁性細線及び磁場印加部の一例の平面図。(e)T字形の強磁性細線の一例の平面図、(f)十字型の強磁性細線の一例の平面図、(g)2個の副線部を有する強磁性細線の一例の平面図。
【図2】スキンデプスと周波数との関係を表すグラフ。
【図3】積層構造の強磁性細線の例。
【図4】ゲートバイアス制御層間結合変調法による周波数制御可能高周波検出素子の構成例を示す図。
【図5】本発明に係る検波素子の一構成例を示す図。
【図6】本発明に係る検波素子の他の構成例を示す図。
【図7】測定回路の概念図。
【図8】強磁性細線の厚みが(a)300nm、(b)5000nmである場合に、磁場の大きさを変化させた時の周波数−直流電圧の関係を示すグラフ。
【図9】直流電圧測定において直流整流効果が出現した周波数位置の磁場強度依存性を示すグラフ。
【図10】磁場の印加角度を15°刻みで変化させた場合の、周波数−直流電圧の関係を示すグラフ。
【図11】直流電圧が出現するピーク−ディップの差と磁場印加角度との関係を示すグラフ。
【図12】直流電圧が出現するピーク−ディップの差と磁場印加角度との関係を示すグラフ。
【図13】周波数−直流電圧およびS11の反射損失の関係を示すグラフ。
【図14】(a)RF電流密度と直流整流効果との関係を示すグラフ。(b)
【図15】マイクロマグネティックスシミュレーションの結果を示す図。
【図16】スピントルクを含めたマイクロマグネティックスシミュレーションの結果を示す図。
【図17】スピントルクを含めたシミュレーションにおけるy方向及びz方向の高周波電力の周波数依存性を表すグラフ。
【図18】スピントルクを含めたシミュレーションに基づく、電気抵抗の高周波電流の周波数依存性を示すグラフ。
【図19】AM変調RF信号検波実験に用いた測定回路の概念図。
【図20】AM変調RF信号検波実験に用いたサンプルの高周波応答の基礎特性を示すグラフ。
【図21】AM変調RF信号検波実験に用いた高周波信号の波形。
【図22】AM変調の深さ依存性を示すグラフ。
【図23】AM変調の周波数依存性を示すグラフ。
【図24】比較として共鳴周波数以外の周波数にAM変調した場合の検波結果を示すグラフ。
【図25】強磁性細線及びT字型細線の、直流電圧の周波数依存性を表すグラフ。
【図26】強磁性細線(上段)及びT字型細線(下段)の共鳴周波数を示すシミュレーション結果。
【符号の説明】
【0050】
1…強磁性細線
2…磁場印加部
【技術分野】
【0001】
本発明はダイオード効果を示す細線及びそのような細線を利用した素子に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話に代表されるようなワイヤレス移動通信技術が現在急速に発展しているが、今後更に大容量・高速の情報通信を行うためには、高い周波数領域の検波が可能な素子が必要とされる。加えて、移動通信機器では長時間動作に対する要求がやまないため、低い消費電力で動作する素子の開発も切望されている。そのような素子の利用可能分野は広範に亘り、例えば1GHz以上の高周波領域の検波が可能な低消費電力動作素子は、携帯電話、衛星通信などの移動通信機器への搭載、レーダーなど、多種多様な分野への応用が考えられる。
【0003】
これまで、高周波の発振、増幅、検波を行うための素子としてマイクロ波用トランジスタやマイクロ波電子管が一般に使用されてきた。しかし、これらの素子はGHz帯域以上の高周波域においては、トランジスタ内を移動するキャリアの電極間移動に走行時間がかかるようになり、発振、増幅、検波の機能が低下してしまうという問題がある。そこで、この問題を解決するために、キャリア移動度が高いGaAs半導体素子が用いられている。具体的には、1G〜200GHzの帯域用としてGaAsヘテロジャンクションバイポーラやショットキーバリア電界効果トランジスタ、高電子移動度トランジスタなどが利用されている。
【0004】
これらの半導体素子は低雑音特性に優れており、高感度且つ高速で動作するという特性も兼ね備えているが、その一方で、高温下での動作に不安があったり、動作電力が大きかったりするという問題がある。加えてまた、製造コストが非常に高いという問題もある。
【0005】
以上のような問題を解決する方法の一つとして、スピントルクダイオード効果を利用する素子がある。例えば非特許文献1には、100×200nm程度の大きさの柱状であって、CoFeB電極(磁極方向回転可能;フリー層)/MgOトンネル障壁/CoFeB電極(磁極方向固定;固定層)から成るトンネル磁気抵抗素子が記載されている。このトンネル磁気抵抗素子の上下方向にマイクロ波の周波数を有する交流電流を注入すると、その周波数がフリー層の固有の周波数と一致した時に磁極の向きの大きな振動が生じることにより直流電圧が発生する。すなわち、この素子によって整流及び検波を行うことができる。
【0006】
【特許文献1】特開2001-196661号公報
【非特許文献1】A. A. Tulapurkar et al. "Spin-torque diode effect in magnetic tunnel junctions", Nature Vol 438, 17 November 2005
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献1において開示されているトンネル磁気抵抗素子を用いることによって、超小型、低抵抗のダイオードを得られる可能性がある。しかし、柱状構造素子を作製しなければならず、作製コストや作製の手間が掛かるという問題がある。
【0008】
以上のような課題を解決するべく研究を重ねた結果、本願発明者らは、単純な構成の強磁性細線が特徴的な電気的特性を示すことを見出し、その細線を用いることによりマイクロ波の整流や検波を有効に行うことができる簡単な素子が得られることに想到した。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このようにして成された本発明に係る強磁性細線は、
導電性を有する強磁性体から成り、厚みが供給される高周波電力に応じたスキンデプスの10倍以下である細線であって、
該細線に所定の高周波電力を供給したとき、該高周波電力の周波数が所定の共鳴周波数となった時に直流電圧を出力する、及びインピーダンスが変化する
ことを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係る強磁性細線は、細線内の磁気モーメントが不揃いであることが望ましい。強磁性細線内の全ての磁気モーメントがある一方向を向いて揃っている状態では、高周波電力が入力されたとしても直流電圧が出力されないためである。
なお、本発明において「細線内の磁気モーメントが不揃いである」とは、細線内の磁気モーメントが一方向に揃って配向していない、種々の状態のことを指している。本明細書中では、細線内の磁気モーメントが不揃いである状態のことを適宜、磁気モーメントが「空間的な非一様性を形成する」とも表現する。
【0011】
強磁性体を細線状に形成すると、通常、磁気モーメントは細線の線長方向に配向する。そこで、前記細線内の磁気モーメントが不揃いであるような磁気状態を形成するためには、
前記強磁性細線が、不純物を含んでいる、表面形状が不均一である、非直線形状に形成されている、漏れ磁場を発生する強磁性体層を含む層構造を成している、層間結合を有する多層膜層構造を成している、うちの何れか一又は複数の構成を備えるようにしたり、又は、強磁性細線に対して所定の方向に所定の強度で以て直流磁場を印加する磁場印加部を外部に設けることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る強磁性細線は、細線内の磁気モーメントが空間的な非一様性を形成した状態であれば、所定の共鳴周波数において直流電圧を出力し、且つ、インピーダンスが変化する。従って、直ちに検波素子等として利用することができる。しかも、非常に簡単な構成であるために、ごく容易に超小型素子とすることができる。従って、ディスクリート素子としての利用形態のほか、各種半導体素子との集積も実現可能である。しかも、作製コストは従来の素子とは比較にならない程度に低廉である。また、本発明の強磁性細線の構成は非常に単純であるため、インピーダンスマッチングを取りやすいという利点もある。
また、本発明の細線は強磁性体であるためキュリー温度が高く、数百℃程度の高温まで特性が変化することなく安定して動作する。そのうえ放射線にも強いため、原子力発電所や宇宙空間といった過酷な環境下での使用にも耐えることができる。即ち、非常に広範な分野での応用が可能である。また、本発明の素子はS/N比が非常に高いという特性も有している。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明に係る強磁性細線1の一例の平面図を図1(a)に示す。図1(a)より明らかなように、本発明の強磁性細線の構造は極めて単純である。
本発明に係る強磁性細線の材料は、導電性を有する強磁性体であればいかなるものでも使用することができる。
強磁性細線の長さは特に限定されるものではないが、好適にはRF(高周波)電源とのインピーダンスマッチングを行って投入電力が最大となる長さとすることが望ましい。強磁性細線の両端に電極を設けることで電力を供給する場合には、電極間の距離を調節することによって強磁性細線の実質的な長さを決定することもできる。
【0014】
強磁性細線1の断面形状は矩形、円形、楕円形などを含め、特に限定されるものではない。断面とは、細線をその線長方向に対して垂直に切断した面のことをいう。
強磁性細線1の厚みはスキンデプスの10倍以下とするのが好適である。一方、幅によって強磁性細線1の共鳴周波数が変化するため、強磁性細線の作製時には適宜に設定する必要がある。
なお、本明細書においては、強磁性細線の断面における長辺(断面形状が楕円形の場合は長軸)の長さを「幅」とし、短辺(断面形状が楕円形の場合は短軸)の長さを「厚み」とする。
【0015】
また、強磁性細線は何らかの基板の上に形成される薄膜であっても構わない。薄膜状とすることにより、工業的により容易に作製することができる。この場合、強磁性細線の厚みとは基板からの高さのことであり、幅とは強磁性細線の断面において基板表面と平行となる辺の長さのことである。
以下では、断面形状が矩形である強磁性細線について説明するものとする。
【0016】
強磁性細線の厚みは、材料のスキンデプス(表皮深さ)をパラメータとして決定するとよく、好適にはスキンデプスの約10倍以内とするのがよい。スキンデプスδは電磁波が試料表面から1/e程度まで侵入する深さであって、次式によって得ることができる。
【数1】
ここに、ω:角振動数、σ:試料のコンダクタンス、μ0:真空の透磁率、μγ:試料の比透磁率である。すなわち、スキンデプスδは印加する高周波の周波数や材料によって変化する。
スキンデプスは渦電流の発生の有無を決定する厚みであり、渦電流が発生してしまうとRF電流によって励起した強磁性共鳴モードが減衰してしまう。図2にパーマロイ(Ni81Fe19)を仮定して計算したスキンデプスと周波数との関係を表すグラフを示す。詳細は後述するが、本発明者らが行った実験では、試料の厚みは最大で50nm、最大周波数は20GHzであった。20GHzの周波数における試料のスキンデプスは約23nmと見積もられる。すなわち、細線に入力された高周波電力は細線全体に十分に供給されており、渦電流による高周波電力の損失は少ない。製造技術、素子性能、素子耐電力特性などを考慮すると、強磁性細線の厚みは供給される高周波電力に応じたスキンデプスの10倍以内程度が妥当である。
【0017】
本発明に係る強磁性細線が所定の共鳴周波数において直流電圧を出力し、インピーダンスが変化するためには、細線内の磁気モーメントが、不揃いである必要がある。このような磁気モーメントの状態を作り出す方法はいかなるものでも構わないが、現実的な幾つかの方法を以下に挙げる。なお、以下の方法は単独で採用してもよいし、複数の方法を組み合わせてももちろん構わない。
・強磁性細線に不純物を含ませる
・強磁性細線の表面形状を平滑ではなく、不均一とする(図1(b)に示すように、表面に微細な傷をつけても良い)
・強磁性細線を非直線形状(湾曲形状、ジグザグ形状(図1(c)参照))とする
・強磁性細線を、漏れ磁場を発生する強磁性体層を含む層構造とする(この強磁性体層を構成する強磁性体(ハード磁性体)は保磁力が大きく、無磁場状態でも大きな残留磁化状態を有する強磁性体である。漏れ磁場はその強磁性体から発生している磁場である。)
・強磁性細線を、層間結合を有する多層膜層構造を成す層構造とする(層間結合とは、2つの強磁性層に挟まれた非磁性層内に量子井戸状態が形成されている、2つの強磁性層が強磁性的あるいは反強磁性的に結合した状態である。例えば非磁性層の膜厚に傾斜をつけることもできる。膜厚によって結合状態が変わるので、多層膜強磁性細線内で磁気モーメントが空間的に非一様配向状態となる。また、強磁性層に反強磁性層を接合することで一体として保磁力の大きな強磁性層を形成して、この強磁性層と、上述した層間結合及び膜厚変調とを用いて、多層化した別の強磁性層に磁気モーメントの空間的非一様配向状態を形成することもできる。)
ここにおいて「層構造」とは積層構造に限定されるものではなく、例えば強磁性細線の外周部がコーティングされているような構成の「層」としても構わない。積層構造である場合には、各層が必ずしも厚み方向に積層される必要はなく、幅方向に積層されていても構わない。さらに、細線内の磁気モーメントを不揃いにするためには、強磁性細線全体ではなく、一部のみを層構造としても構わない。
また、強磁性細線に対して所定の方向に所定の強度で以て直流磁場を印加する磁場印加部を、外部に(つまり強磁性細線とは非一体的に)設けることもできる(図1(d)参照)。磁場印加部は、漏れ磁場を発生するハード磁性体でも良い。
【0018】
更に、本発明において強磁性細線の形状は単なる直線ではなく、図1(e)及び(f)に示されているように、通常は高周波電力が供給される主線部1mに対して、副線部1sが一体的に接続された構成としても構わない。図1(e)にはT字形、図2(f)では十字形の強磁性細線の例を示す。副線部1sは主線部1mに対して垂直方向に設けられる必要はないが、主線部と接続されていない側の端部は開放端とする。
また、本発明の強磁性細線では、複数の副線部を設けることも可能である。図1(g)には、2本の副線部1sを備えた強磁性細線の例を示す。
このように、強磁性細線(主線部1m)に対して副線部1sを適宜に設けることにより、一つの強磁性細線に主線部と副線部の共鳴周波数を混在させることが可能となる。
【0019】
本発明に係る強磁性細線より直流電圧が出力する(及びインピーダンスが変化する)共鳴周波数は、以下に挙げるような要素がパラメータとなって変化する。
・強磁性細線の材料
・強磁性細線の断面積(断面積大→共鳴周波数小)
・供給する高周波電力(電流)の電力(電流)密度
・強磁性細線内の磁気モーメントの状態(外部磁場を印加する場合、磁場の強度絶対値大→共鳴周波数大)
【0020】
本発明に係る強磁性細線は、互いに接する、強磁性体層と、反強磁性体層、非磁性体層、絶縁体層のうちのいずれかの層と、を含む多層構造とすることもできる。このとき、強磁性体層の厚みは、供給される高周波電力に応じたスキンデプスの10倍以下とする。このような構成にすることにより、直流電圧の出力が上がり、共鳴周波数が高くなる。
具体的には、強磁性細線を、強磁性体/反強磁性体/強磁性体(図3上段)、強磁性体/非磁性体/強磁性体(図3中段)、強磁性体/絶縁体/強磁性体(図3下段)のように構成することができる。もちろん、三層以上から成る複数層構造としてもよい。
【0021】
本発明に係る強磁性細線では、その共鳴周波数が外部から調節可能な構成とすることもできる。これによって、本発明の強磁性細線を検波素子等の各種の素子に利用した際に、その応用性が向上する。
例えば特許文献1には、電圧によって多層膜の磁化制御を行う技術が開示されているが、本発明の検波素子に、同文献にて提案されているような手法を適用することによって、共鳴周波数を変調させることが可能となる。この場合、強磁性体細線の構造を、少なくとも強磁性体から成る強磁性体層、非磁性体から成る非磁性体層、絶縁体から成る絶縁体層、及びゲート電極を含む構成とする。具体的には図4に示すように、非磁性体層の上下(左右でも良い)を強磁性体層で挟み、層間結合をさせる構造とするとよい。ゲート電圧印加部よりゲート電極に印加する電圧を適宜に変化させることにより、共鳴周波数を調節することができる。もちろんこの構成を基礎として、各種の多層構造とすることもできる。例えば、絶縁体層とゲート電極との間に半導体層を設けても良い。また、先に述べたようなハード磁性体層を設けることにより、細線内の磁気モーメントが空間的な非一様性を形成するようにしても構わない。
なお、このような簡便な方法によって共鳴周波数を制御するのは、従来の素子や非特許文献1に記載の素子では、構造上の理由により困難である。
【0022】
本発明に係る強磁性細線は、細線内の磁気モーメントが空間的な非一様性を形成する状態において、高周波電力が供給されると、供給される該高周波電力の周波数が所定の共鳴周波数である時に直流電圧を出力する、及びインピーダンスが変化するという特性を備える。その特性を利用することにより、高周波電力を供給する電力供給部を備えることによって、直ちに検波素子としての応用が可能である。
図5に、本発明に係る強磁性細線の一実施形態である検波素子の一構成例を示す。本実施形態では強磁性細線1の長手方向の両端部に電流供給部である電極を設けるとともに、磁場印加部2によって所定の方向に磁場を印加する。この磁場は直流磁場である。図5においては矢印の向きが磁場の方向を表している。また、図5では電極が電流供給部に対応する。
このような構成において強磁性細線1にRF電流を流すと、所定の周波数においてのみ直流電圧を得ることができる。即ち、検波を行うことができる。
図6に検波素子の他の構成例を示す。図6に示す例では、基板上にハード磁性体が設けられており、このハード磁性体層から漏れ磁場が発生している。これが外部磁場として機能しており、電極によって挟まれた強磁性細線1内の磁気モーメントを不揃いにしている。
【0023】
また本発明に係る強磁性細線は、所定の高周波電力の入力を受けて直流電圧を出力する特性を利用して、RFID(radio frequency identification)のパッシブタグとして用いることも可能である。この場合、高周波電力は外部のタグリーダから供給する。
【0024】
また、共鳴周波数においてインピーダンスが変化することに基づいて、本発明の強磁性細線を伝送路や伝送フィルタとして利用することも可能である。特に、強磁性細線が上記のような副線部を有している場合には、一本の主線のみから成る場合と比較すると、より広い周波数帯域でインピーダンス変化が生じるため、伝送路や伝送フィルタとして利用するのに好適である。
【0025】
本発明の強磁性細線を用いて磁場センサを得ることもできる。電力供給部より本発明に係る強磁性細線に所定の高周波電力が供給された状態であれば、外部の磁場の強度及び方向に応じて強磁性細線から直流電圧が出力される共鳴周波数が変化する。また、直流電圧の出力も変化する。従って、これらの出力に基づき、外部磁場の状態を計測することが可能となる。
【0026】
本発明に係る強磁性細線から直流電圧が出力される原理については、以下のように現象論的な説明が可能である。
細線内の磁気モーメントが非一様な空間配置をしている状態で強磁性細線にRF電流を注入すると、スピン偏極した電流と磁化との間に働くスピントルクが強磁性細線内の磁気構造に起因する特徴的な周波数を持つ歳差運動を励起し、その周波数で直流電圧が出力される。
【0027】
直流電圧が出力されることは、下記の通り説明される。
RF電流をI(t)=I0cosωCt、強磁性体線1の抵抗をR(t)=R0cos(ωRt+α)と表す。
ここに、
ωC:入力した交流電流の周波数
ωR:磁化の歳差運動に伴う電気抵抗変化の周波数
α:電流を基準としたときの抵抗時間変化の位相差
である。
ここで、ωC=ωR=ω0であるとき、次式(1)が導かれる。
式1:
【数2】
このように、上記式1においてcosαの項が出現することから、共鳴現象によって直流電圧が発生することが示される。また、RF電流の周波数と磁化の歳差運動に伴う電気抵抗変化の周波数とが一致しない場合には直流電圧の出現がないことがわかる。
【0028】
式1はまた、強磁性細線の電気抵抗変化率R0が高くなれば、出力電圧が高くなることを示している。従って、本発明の強磁性細線の電気抵抗変化率R0を増加させるために、そして、強磁性細線をできるだけ薄くするために、半導体や絶縁体を用い、積層構造を成す層構造としてもよい。層構造とする場合には、強磁性体層の厚みを供給される高周波電流に応じたスキンデプスの10倍以下とする。このような構造は、強磁性細線1の強度を低下させることなく、その電気抵抗変化率R0を増加させることができるという利点も兼ね備える。
【0029】
また、本発明に係る強磁性細線によって直流電圧が出力されることは、他の細線モデル(細線長手方向から角度で十分に強い磁場を印加した場合)を基にして導かれる次式(2)からも理解される。
式2:
【数3】
ここで、A(ω)は所定の定数である。
強磁性細線の両端に発生する電圧は、入力電流の2乗に比例して、磁場印加角度に対して、sin2θcosθの依存性を持つことが示されている。
【0030】
以下、実施例において、本発明の発明者らが行った各種測定について説明する。
【実施例】
【0031】
検波素子の一構成例として図5にて示した形態のサンプルを用い、図7に示すような測定回路によってRF電流入力による整流効果の測定を行った。サンプルの作製条件は以下の通りとした。強磁性細線はMgO基板上に作製された薄膜とした。
強磁性細線の材料:Ni81Fe19
強磁性細線の幅(図5の上下方向):300nm、650nm、2200nm、5000nm
強磁性細線の厚み(図5の紙面垂直方向):50nm(幅が5000nmの場合は30nm)
電極:厚み100nmのAu
サンプル作製方法:電子線リソグラフィ法及びリフトオフ法
【0032】
このサンプルに対し、磁気印加部である電磁石によってサンプル面内に図1に示す角度θの方向に外部磁場を印加した。RF電流はネットワークアナライザ(45MHz〜67GHz)によって発生させ、バイアスTを通して試料に入力した。
【0033】
[磁場依存性]
線幅300nm、厚み50nmの強磁性細線1に対して角度θ=45°で外部磁場を印加し、入力電力を-15dBmとしたときの周波数−直流電圧の関係を測定した。磁場の大きさを変化させて得た複数の測定結果を重ねたグラフを図8(a)に示す。また、線幅が5000nmの強磁性細線を用い、同じ測定を行った際の測定結果を図8(b)に示す。
図8ではグラフを見やすくするために、各測定結果の上下方向にオフセットを加えている。
図9に、強磁性細線の厚みが300nm、650nm、2200nm、5000nmの各場合について、直流電圧測定において直流整流効果が出現した周波数位置の磁場強度依存性(磁場の大きさ−(直流電圧が出力された)周波数の関係)をプロットしたグラフを示す。
【0034】
本実験(図8及び図9)によって、本発明の強磁性細線によって出力される直流電圧は、磁場の大きさに依存していることが明らかとなった。磁場の絶対値が大きくなるのに伴い、出力される直流電圧の周波数(共鳴周波数)が大きくなる。さらに、磁場方向が反転すると直流電圧の符号が反転することも明らかとなった。
また、比較例として、同じ測定を非磁性体であるAuの細線を用いて行ったが、直流電圧の出力は観測できなかった。
【0035】
次に、線幅が5000nmである上記サンプルの強磁性細線に対し、磁場の印加角度を0゜〜90°の間において15°刻みで変化させた各場合について、周波数−直流電圧の関係を調べた。この測定結果を図10に示す。
また、図10に示した測定結果において、直流電圧が出現するピーク−ディップの差(図中ではAmplitudeとして記載)と磁場印加角度との関係を、印加する磁場の大きさを100、200、400、600、800(Oe)とした各場合について測定した。この結果を図11に示す。
更に、図12に、線幅が5000nmのサンプルに対して400 Oeの大きさの磁場を印加した場合において、直流電圧が出現するピーク−ディップの差と磁場印加角度(0〜360°)との関係をプロットしたグラフを示す。このプロットに対する近似曲線は、前記式2と良い一致をみた。
【0036】
[線幅依存性、歳差運動モード]
線幅がそれぞれ300nm、650nm、2200nmの3種類の強磁性細線の長手方向に対して角度θ=45°で100 Oeの磁場を印加し、周波数−直流電圧の関係を測定した。同時に、S11の反射損失を測定(無磁場時を基準)した。測定結果のグラフを図13に示す。図13においては、右矢印が付されたグラフが直流電圧を示し、左矢印が付されたグラフが反射損失を示している。
【0037】
本実験(図13)により、以下のことが明らかとなった。
・線幅の変化に伴い、直流電圧のピークが出現する周波数が変化する。
・反射損失のグラフでは9GHz付近に2つのピークが観測された。なお、追加実験によって、このうち低周波側のピークは磁場依存性を示さず、高周波側のピークは磁場強度が増加するにつれて高周波方向に移動することが明らかとなった。
・直流電圧のピークが出現する周波数(共鳴周波数)において反射損失のディップが出現する。従って、共鳴周波数においてインピーダンスが変化している。つまり、本発明に係る強磁性細線は、共鳴周波数において伝送特性が変化する伝送路や伝送フィルタとして利用することが可能である。
【0038】
以上の点から、本発明に係る素子の強磁性細線では、少なくとも3つのスピン歳差運動モードが存在しているものと考えられる。即ち、線幅に依存しない2つのモード(以下、「線幅非依存モード」とする)、及び整流効果をもたらす1つのモード(以下、「整流効果モード」とする)である。
・線幅非依存モードはS11測定においてピークとして出現し、整流効果モードはディップで出現する。
・線幅非依存モードのうち低周波側のモードは磁場依存性を示さず、高周波側のモードは磁場強度の増大とともにモードの周波数が高周波側へ移動する。
【0039】
[RF電流依存性]
強磁性細線に注入するRF電流の大きさと直流整流効果との関係を調べた。強磁性細線の厚みは20nm、線幅は2200nm、外部磁場の大きさは100 Oe、磁場印加角度θ=45°とし、RF電流の大きさを0.25、0.45、0.8、1.4、2.5、3.2、4.5、6.4(mA)と変化させた場合の周波数−直流電圧の関係を示すグラフを図14(a)に示す。また、図14(b)には、ピーク−ディップの電圧差(μV)と、RF電力の2乗値との関係を表すグラフを示す。
図14のグラフに示される結果より、直流電圧のピーク−ディップの差は、RF電流が増大すると、RF電力の2乗値に比例して増大することが明らかとなった。
【0040】
[シミュレーション]
スピンの歳差運動現象を理解するために、有限要素法によるマイクロマグネティックスシミュレーションを行った。マイクロマグネティックスシミュレーションは、磁性体を小さなセルで区切り、各セルについてランダウ・リフシッツ・ギルバート方程式を解くことによるシミュレーションである。
図15に、強磁性細線モデルの線幅を300nm、650nm、2200nmとし、角度θ=45°で外部磁場100 Oeを印加した状態で、z方向に100 Oeの磁場を印加して無磁場状態にしたときの磁化のz成分の時間変化を示したグラフ(上段)及び共鳴周波数の振幅の大きさ(下段)を示す。シミュレーション計算はセルサイズを10nm×10nm×厚み50nm、ダンピング定数を0.01とし、Ni81Fe19の物性定数を用いて行った。本シミュレーションにより、線幅が大きくなると共鳴周波数が減少することが示されている。
【0041】
本願発明者らが線幅300nmの細線モデルを用いて共鳴周波数の外部磁場依存性を調べたところ、実験結果を非常によく再現することができた。上記のシミュレーションでは磁場緩和という方法で細線の固有モードを再現した。シミュレーション結果と実験結果とが比較的良い一致を見ることから、RF電流が励起しているのはこの固有モードであると考えられる。実際、後述するように、スピントルクを含むマイクロマグネティックスシミュレーションの計算結果では、スピントルクによって固有モードが励起されていることが確認された。従って、素子設計を行う際に素子特性を決定するうえで磁場緩和の手法は有効であるといえる。
【0042】
図16は、線幅300nmの強磁性細線モデルを用いた、スピントルクを含むマイクロマグネティックスシミュレーションの結果である。図16上段はz軸方向の磁気モーメントの成分の空間分布図であり、図16下段はこの細線モデルの中心軸付近で断面を取ったときの同成分をグラフ化したものである。これによれば、外部磁場の印加によって、細線内の磁気モーメントが少しお互いに角度をもった状態を形成している。
このシミュレーションの結果に基づく、y方向及びz方向の高周波電力の周波数依存性を表すグラフを図17に示す。この方向余弦から、異方性磁気抵抗効果(この物質の場合、磁化の方向と電流の方向が平行のとき電気抵抗が大きく、磁化の方向と電流の方向が垂直のときに電気抵抗が小さい)から電気抵抗を計算できる。
図18は、そのように計算した電気抵抗の高周波電流の周波数依存性を示すグラフである。図18から、電気抵抗がある共鳴周波数でその振幅を最大にすることが読み取れる。
高周波電流を入力すると、細線内の隣接する磁気モーメントの相対角度がゼロではないので、スピントルクが作用して、電流によって磁気モーメントが歳差運動を始める。このとき、高周波電流によって励起されるのは細線の固有歳差モードである。固有歳差運動をしているときに、磁気モーメントの振れ角は最大となり、そのときの抵抗変化も最大となる。つまり、電気抵抗はこの固有振動数で時間的に振動していることになる。高周波電流と電気抵抗の周波数が一致したときに、先に述べたモデルから直流電圧が発生すると考えられる。
【0043】
[AM変調RF信号検波実験]
図19の概念図で表される測定回路を用い、高周波信号を強磁性細線に入力することにより発生した直流電圧をBiasTから取り出して、高周波信号増幅器で100倍にしてオシロスコープに入力した。
図20に、このサンプルの高周波応答の基礎特性を示す。ここで用いた強磁性細線は線幅5000nmであり、長軸方向から45°傾けた方向から面内に100 Oeの磁場をかけて、入力電力を-15dBmから5dBmまで変化させたときの直流電圧と高周波電力の周波数依存性を観測したものである。図20のグラフより、共鳴周波数が約4GHzであり、入力電力が大きくなるにつれて振幅が大きくなっていることが読み取れる。共鳴周波数以外の周波数領域では、特に直流電圧が発生していないことも分かる。
【0044】
次いで、このような細線に対して、図21で表される高周波信号を入力する。図21では塗り潰れているように見えるが、この中には3.58GHzの基調信号が含まれており、この基調信号を100kHzで振幅変調(Amplitude Modulation)することにより、その抱絡線の深さ(depth)が変えられている。ここで、深さ0%はAM変調なし、100%はAM変調最大を意味する。
【0045】
図19で示した測定回路を用いてAM変調信号を検波した結果を、図22〜図24に示す。
図22はAM変調の深さ依存性を示すグラフである。変調度合を変えれば、得られる信号の振幅も変化している。AM変調は抱絡線に伝えたい情報を載せる方法に他ならないから、抱絡線から復調することで伝えたい情報を得ることが可能であることが分かる。
図23は、AM変調の周波数依存性を示すグラフであり、AM変調の周波数を変えると、それに応じて復調が出来ていることが示されている。
図24は、6GHzの基調信号を比較として用い、共鳴周波数以外の周波数にAM変調したとしても復調することができないことを示すグラフである。
本AM変調RF信号検波実験から、本発明に係る強磁性細線を利用することによって基調信号にAM変調を施すことで情報伝達、復調ができることが示された。
【0046】
[T字型細線の整流効果]
強磁性細線(主線のみ)及びT字型細線のそれぞれについて、直流電圧の周波数依存性を調べた。図25はこの測定結果を示すグラフである。図25において(a)〜(d)はそれぞれ強磁性細線の構成について示している。(a)幅500nm、厚み30nmのT字型細線、(b)幅300nm、厚み50nmの強磁性細線、(c)幅650nm、厚み50nmの強磁性細線、(d)幅2200nm、厚み50nmの強磁性細線。
図25の結果より、強磁性細線をT字型にした場合には、共鳴周波数の領域が大きく広がることが確認された。
【0047】
また、図26に、主線のみの強磁性細線(上段)とT字型細線(下段)の共鳴振動数を調べるシミュレーションの結果を表すグラフを示す。この図26に示されているのは、面直方向に磁場を印加した後、磁気モーメントがどのように減衰しているかをフーリエ変換したグラフである。T字形細線のモデルでは2個のピークが存在している。これは、主線に基づく共鳴周波数および副線に基づく共鳴周波数が含まれていることを示している。従って、本発明に係る強磁性細線では、細線の形状等を適宜に変えることにより、共鳴周波数を制御することができることがわかる。
【0048】
以上、本発明に係る強磁性細線について説明を行ったが、上記は例にすぎず、本発明の精神内において自由に変更・改良が可能であることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明に係る強磁性細線の一例の(a)平面図、(b)表面形状が不均一である強磁性細線の一例の平面図、(c)非直線形状の強磁性細線の一例の平面図、(d)外部より磁場が印加される場合の強磁性細線及び磁場印加部の一例の平面図。(e)T字形の強磁性細線の一例の平面図、(f)十字型の強磁性細線の一例の平面図、(g)2個の副線部を有する強磁性細線の一例の平面図。
【図2】スキンデプスと周波数との関係を表すグラフ。
【図3】積層構造の強磁性細線の例。
【図4】ゲートバイアス制御層間結合変調法による周波数制御可能高周波検出素子の構成例を示す図。
【図5】本発明に係る検波素子の一構成例を示す図。
【図6】本発明に係る検波素子の他の構成例を示す図。
【図7】測定回路の概念図。
【図8】強磁性細線の厚みが(a)300nm、(b)5000nmである場合に、磁場の大きさを変化させた時の周波数−直流電圧の関係を示すグラフ。
【図9】直流電圧測定において直流整流効果が出現した周波数位置の磁場強度依存性を示すグラフ。
【図10】磁場の印加角度を15°刻みで変化させた場合の、周波数−直流電圧の関係を示すグラフ。
【図11】直流電圧が出現するピーク−ディップの差と磁場印加角度との関係を示すグラフ。
【図12】直流電圧が出現するピーク−ディップの差と磁場印加角度との関係を示すグラフ。
【図13】周波数−直流電圧およびS11の反射損失の関係を示すグラフ。
【図14】(a)RF電流密度と直流整流効果との関係を示すグラフ。(b)
【図15】マイクロマグネティックスシミュレーションの結果を示す図。
【図16】スピントルクを含めたマイクロマグネティックスシミュレーションの結果を示す図。
【図17】スピントルクを含めたシミュレーションにおけるy方向及びz方向の高周波電力の周波数依存性を表すグラフ。
【図18】スピントルクを含めたシミュレーションに基づく、電気抵抗の高周波電流の周波数依存性を示すグラフ。
【図19】AM変調RF信号検波実験に用いた測定回路の概念図。
【図20】AM変調RF信号検波実験に用いたサンプルの高周波応答の基礎特性を示すグラフ。
【図21】AM変調RF信号検波実験に用いた高周波信号の波形。
【図22】AM変調の深さ依存性を示すグラフ。
【図23】AM変調の周波数依存性を示すグラフ。
【図24】比較として共鳴周波数以外の周波数にAM変調した場合の検波結果を示すグラフ。
【図25】強磁性細線及びT字型細線の、直流電圧の周波数依存性を表すグラフ。
【図26】強磁性細線(上段)及びT字型細線(下段)の共鳴周波数を示すシミュレーション結果。
【符号の説明】
【0050】
1…強磁性細線
2…磁場印加部
【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性を有する強磁性体から成り、厚みが供給される高周波電力に応じたスキンデプスの10倍以下である細線であって、
該細線に所定の高周波電力を供給したとき、該高周波電力の周波数が所定の共鳴周波数となった時に直流電圧を出力する、及びインピーダンスが変化する
ことを特徴とする強磁性細線。
【請求項2】
前記細線内の磁気モーメントが不揃いであることを特徴とする請求項1に記載の強磁性細線。
【請求項3】
前記強磁性細線が、互いに接する、強磁性体層と、反強磁性体層、非磁性体層、絶縁体層のうちのいずれかの層と、を含む多層構造を成しており、
前記強磁性体層の厚みが、供給される高周波電力に応じたスキンデプスの10倍以下である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の強磁性細線。
【請求項4】
前記強磁性細線が、少なくとも、強磁性体から成る厚みが供給される高周波電力に応じたスキンデプスの10倍以下の強磁性体層、非磁性体から成る非磁性体層、絶縁体から成る絶縁体層、及びゲート電極を含む多層構造を成しており、
前記ゲート電極に所定の電圧を印加することにより、該強磁性細線の共鳴周波数が制御可能である
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の強磁性細線。
【請求項5】
前記強磁性細線が、所定の基板上に形成された薄膜であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の強磁性細線。
【請求項6】
前記強磁性細線が、高周波電力が長手方向に供給される主線部と、該主線の一部に一体的に接続され、開放端を有する一又は複数の副線部と、から成る
ことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の強磁性細線。
【請求項7】
前記強磁性細線が、不純物を含んでいる、表面形状が不均一である、非直線形状に形成されている、漏れ磁場を発生する強磁性体層を含む層構造を成している、層間結合を有する多層膜層構造を成している、うちの何れか一又は複数の構成を備える、又は、
該強磁性細線に対して所定の方向に所定の強度で以て直流磁場を印加する磁場印加部が外部に設けられている
ことにより該細線内の磁気モーメントが不揃いであることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の強磁性細線。
【請求項8】
請求項7に記載の強磁性細線と、
該強磁性細線に高周波電力を供給する電力供給部と、
を含み、
所定の共鳴周波数において直流電圧を出力することを特徴とする検波素子。
【請求項9】
請求項7に記載の強磁性細線を利用したRFIDのパッシブタグ。
【請求項10】
請求項7に記載の強磁性細線を利用した伝送路又は伝送フィルタ。
【請求項11】
請求項1〜6のいずれかに記載の強磁性細線と、
該強磁性細線に高周波電力を供給する電力供給部と、を含み、
外部磁場の強度及び方向に応じて、該強磁性細線から直流電圧が出力される共鳴周波数が変化すること及び該直流電圧の出力が変化することを利用する磁場センサ。
【請求項1】
導電性を有する強磁性体から成り、厚みが供給される高周波電力に応じたスキンデプスの10倍以下である細線であって、
該細線に所定の高周波電力を供給したとき、該高周波電力の周波数が所定の共鳴周波数となった時に直流電圧を出力する、及びインピーダンスが変化する
ことを特徴とする強磁性細線。
【請求項2】
前記細線内の磁気モーメントが不揃いであることを特徴とする請求項1に記載の強磁性細線。
【請求項3】
前記強磁性細線が、互いに接する、強磁性体層と、反強磁性体層、非磁性体層、絶縁体層のうちのいずれかの層と、を含む多層構造を成しており、
前記強磁性体層の厚みが、供給される高周波電力に応じたスキンデプスの10倍以下である
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の強磁性細線。
【請求項4】
前記強磁性細線が、少なくとも、強磁性体から成る厚みが供給される高周波電力に応じたスキンデプスの10倍以下の強磁性体層、非磁性体から成る非磁性体層、絶縁体から成る絶縁体層、及びゲート電極を含む多層構造を成しており、
前記ゲート電極に所定の電圧を印加することにより、該強磁性細線の共鳴周波数が制御可能である
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の強磁性細線。
【請求項5】
前記強磁性細線が、所定の基板上に形成された薄膜であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の強磁性細線。
【請求項6】
前記強磁性細線が、高周波電力が長手方向に供給される主線部と、該主線の一部に一体的に接続され、開放端を有する一又は複数の副線部と、から成る
ことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の強磁性細線。
【請求項7】
前記強磁性細線が、不純物を含んでいる、表面形状が不均一である、非直線形状に形成されている、漏れ磁場を発生する強磁性体層を含む層構造を成している、層間結合を有する多層膜層構造を成している、うちの何れか一又は複数の構成を備える、又は、
該強磁性細線に対して所定の方向に所定の強度で以て直流磁場を印加する磁場印加部が外部に設けられている
ことにより該細線内の磁気モーメントが不揃いであることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の強磁性細線。
【請求項8】
請求項7に記載の強磁性細線と、
該強磁性細線に高周波電力を供給する電力供給部と、
を含み、
所定の共鳴周波数において直流電圧を出力することを特徴とする検波素子。
【請求項9】
請求項7に記載の強磁性細線を利用したRFIDのパッシブタグ。
【請求項10】
請求項7に記載の強磁性細線を利用した伝送路又は伝送フィルタ。
【請求項11】
請求項1〜6のいずれかに記載の強磁性細線と、
該強磁性細線に高周波電力を供給する電力供給部と、を含み、
外部磁場の強度及び方向に応じて、該強磁性細線から直流電圧が出力される共鳴周波数が変化すること及び該直流電圧の出力が変化することを利用する磁場センサ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図22】
【図23】
【図24】
【図25】
【図26】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2007−235119(P2007−235119A)
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−23027(P2007−23027)
【出願日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年9月13日(2007.9.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
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