情報取得方法、検出方法、前処理装置及び情報取得装置
【課題】 大きさが10〜数10μm径の細胞の一つ一つに含まれるタンパク質の種類を同定する方法を提供すること。また、特定の細胞に含まれるタンパク質を検出するための前処理装置及び情報取得装置を提供すること。
【解決手段】 特定の細胞に対し、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を付与し、限定分解したペプチドの質量を飛行時間型二次イオン質量分析法などの質量分析法により分析する。各種データベースを利用し、該ペプチドから限定分解前のタンパク質を特定する。
【解決手段】 特定の細胞に対し、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を付与し、限定分解したペプチドの質量を飛行時間型二次イオン質量分析法などの質量分析法により分析する。各種データベースを利用し、該ペプチドから限定分解前のタンパク質を特定する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、情報取得方法、検出方法、前処理装置及び情報取得装置に関する。特に、生体組織中の特定部位におけるタンパク質の検出方法と、そのための生体組織の前処理装置及び情報取得装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年のゲノム(genome)解析の進展により、生体内に存在する遺伝子産物であるタンパク質の解析の重要性が急速にクローズアップされてきている。また、従来から、タンパク質の発現及び機能解析の重要性が指摘されており、その解析手法の開発が進められている。これらの手法は、
(1)二次元電気泳動や高速液体クロマトグラフ(HPLC)による分離精製と、
(2)放射線分析、光学的分析、質量分析等の検出系
の組み合わせを基本としている。
【0003】
タンパク質解析技術の基盤はプロテオーム(proteome)解析と呼ばれるもので、これは遺伝子(gene)から作り出され実際に生体内で働いているタンパク質を解析し、細胞の機能や疾患の原因を究明することを目的としている。代表的な解析手法としては、以下の工程を含む方法を挙げることができる。
(1)対象とする生体組織や細胞からのタンパク質の抽出。
(2)二次元電気泳動によるタンパク質の分離。
(3)MALDI法(マトリクス支援レーザー脱離−飛行時間型質量分析法:MALDI-TOFMS)などの質量分析によるタンパク質またはその断片の分析。
(4)ゲノムプロジェクトなどのデータベースを利用したタンパク質の同定。
【0004】
この他に、以下の工程を含む方法を挙げることができる。
(1)対象とする生体組織や細胞からのタンパク質の抽出。
(2)抽出したタンパク質の消化(または変性)。
(3)液体クロマトグラフ(LC)とイオントラップ型質量分析計(Ion-trap MS)を組み合わせたシステムを用いた上記消化(または変性)タンパク質の分析。
(4)データベースの構築およびをタンパク質の同定。
(磯辺俊明、高橋信弘編「実験医学別冊 プロテオーム解析」、羊土社、2000年)。
【0005】
これらのプロテオーム解析により、癌を例に挙げれば、再発や転移に関わるタンパク質が明らかになりつつあるなど、既に成果が出始めている。
【0006】
一方、プロテインチップや生体組織切片におけるタンパク質の二次元分布の可視化を目的とした、TOF-SIMS法(飛行時間型二次イオン質量分析法)をベースとする情報取得手法及び装置を本願発明者らが提案した(国際公開第05/003715号パンフレット)。この手法は、インクジェット法などを用い、イオン化促進物質かつ/または消化酵素を上記のプロテインチップや生体組織切片に付与し、タンパク質の種類に関する情報(消化酵素により限定分解されたペプチドの情報を含む)を、その位置情報を保持したままTOF-SIMS法により可視化するというものである。
【0007】
また、プロテインチップ補修方法及び装置として、補修を必要とするスポット上に顕微鏡観察下、プロテイン分解酵素液をインクジェット法を用いて塗布する方法及び装置が提案されている(特開2002−365288号公報)。
【非特許文献1】磯辺俊明、高橋信弘編「実験医学別冊 プロテオーム解析」、羊土社、2000年
【特許文献1】国際公開第05/003715号パンフレット
【特許文献2】特開2002−365288号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来のプロテオーム解析方法は特定の生体組織や体液、血液などを対象としたもので、大きさが10〜数10μm径の細胞を直接対象としたものではなかった。癌細胞など特定の病変細胞の中に含まれるタンパク質、あるいは癌細胞に隣接する細胞中に含まれるタンパク質、さらにはその両者を同定できれば、診断デバイスや創薬(薬剤候補スクリーニング)デバイスの開発に寄与できることになる。
【0009】
また、本願発明者らが提案した上記の情報取得方法は、病変組織と正常組織におけるタンパク質に関する情報(消化酵素により限定分解されたペプチドの情報を含む)を取得できるが、個々の細胞に含まれるタンパク質を、隣接する細胞中のそれと識別して取得するには十分でない場合があった。
【0010】
さらに、特開2002−365288号公報に開示されたプロテインチップ補修方法は、多量の水分を含み、柔らかく変質し易い生体組織を対象としたものではなく、また消化酵素で分解した後のタンパク質断片を質量分析することを目的としていないため、該方法をそのまま利用することは難しいと思われる。
【0011】
本発明の目的は、大きさが10〜数10μm径の細胞の一つ一つに含まれるタンパク質の種類を同定可能とする情報を得るための情報取得方法を提供することにある。本発明の他の目的は、この情報取得方法を利用した検体中での測定対象物の有無を検出する方法を提供することにある。本発明の他の目的は、これらの方法に用いるための前処理装置及び情報取得装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の情報取得方法は、
検体中の対象物を構成する構成物の質量を測定し、該質量から前記対象物に関する情報を取得する情報取得方法であって、
検体としての生体組織切片を用意する工程、
該検体を光学的に観察し、検体中の対象物に関する情報を得る部位を決定する工程、
インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を、前記部位に付与して、該部位を消化酵素分解する工程、
前記消化酵素分解により得られた該部位の構成物の質量を、質量分析計を用いて測定する工程、及び
前記構成物の質量から、前記対象物に関する情報を得る工程、
を有することを特徴とする情報取得方法である。
【0013】
本発明の検体中における対象物の有無を検出する方法は、上記の情報取得方法により該対象物の存在の有無に関する情報を取得することで、前記検体中における前記対象物の有無を検出することを特徴とする検出方法である。
【0014】
本発明の前処理装置は、検体中の対象物を構成する構成物の質量を測定し、該質量から前記対象物に関する情報を取得するための前処理装置であって、
検体を載せた基板を固定するためのステージ、
前記ステージの位置を制御するためのステージ位置制御手段、
検体を光学的に観察する観察手段、
前記光学的に観察した検体像中で決定された対象物に関する情報を得る部位に、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を付与する手段、及び
前記ステージを配置した領域の温度及び湿度を制御するための温度湿度制御手段
を有することを特徴とする前処理装置である。
【0015】
本発明の情報取得装置は、
検体中の対象物を構成する構成物の質量を測定し、該質量から前記対象物に関する情報を取得するための情報取得装置であって、
検体中の対象物を構成する構成物を得るための上記構成の前処理装置と、
前記構成物の質量を分析する質量分析装置と、
を有することを特徴とする情報取得装置である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、大きさが10〜数10μm径の細胞の一つ一つに含まれるタンパク質の種類を同定する方法を提供でき、これに適用できる前処理装置及び情報取得装置を提供できる。より具体的には、癌細胞など特定の病変細胞の中に含まれるタンパク質、あるいは癌細胞に隣接する細胞中に含まれるタンパク質、さらにはその両者を同定する方法を提供でき、これに適用できる前処理装置及び情報取得装置を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の情報取得方法は少なくとも以下の工程を有する。
(1)検体としての生体組織切片を用意する工程。
(2)該検体を光学的に観察し、検体中の対象物に関する情報を得る部位を決定する工程。
(3)インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を、前記部位に付与して、該部位を消化酵素分解する工程。
(4)前記消化酵素分解により得られた該部位の構成物の質量を、質量分析計を用いて測定する工程。
(5)前記構成物の質量から、前記対象物に関する情報を得る工程。
【0018】
上記の各工程を少なくとも有する本発明の情報取得方法の好ましい態様を図1及び図2に示す。図1と図2の工程の違いは、対象物の消化酵素分解により得られる構成物、具体的にはタンパク質の分解物を、別の基材表面に接触させて構成物の少なくとも一部を測定用の基材側に移動させる工程(転写工程とも表す)を含むか否かである。図1の工程は検体上の酵素分解物を直接分析対象とするのに対し、図2の工程ではこれを別の基材に転写させこれを分析対象とするものである。
【0019】
なお、以下、「タンパク質の分解物」を「酵素分解物」または「分解ペプチド」とも表す。
【0020】
本発明の情報取得方法の特徴は、検体として病変組織の切片が利用できること、特に対象物に関する情報を得る部位として、病変組織切片内の特定の細胞(例えば病変細胞)を選定可能であることにある。検体の例としては、手術中に採取した病変組織の切片や、この病変組織を冷凍保存し、ミクロトーム等を用いて特定の部位を薄片化させたもの等が挙げられる。検体の調製は、後述の消化酵素による分解を行うまでは低温下で行うことが好ましい(後述のステージに冷却機構を付与するなどが含まれる)。
【0021】
検体の光学的観察下での検体中の対象物に関する情報を得る部位(以下、情報取得用の部位ともいう)の決定は、光学顕微鏡の検体視野像中から観察者が目視でこの情報取得用の部位をあらかじめ設定された基準に従って選定することにより行うことができる。
【0022】
癌細胞を例に説明すると、その部位(食道癌、乳癌、膀胱癌など)により癌細胞の形態は異なるが、癌細胞と正常細胞では一般的にその形態が大きく異なっている。これは正常細胞が癌化すると細胞表面の糖鎖が変化するためと考えられている(多くのタンパク質には糖鎖が付加されており、タンパク質の翻訳後修飾の多くが糖鎖による修飾反応である)。したがって、癌細胞と正常細胞をその形態から見分けるのは比較的容易であり、癌細胞の存在する領域、または、癌細胞と正常細胞が混在する領域を「対象物に関する情報を得る部位」として設定すればよい。なお、癌細胞の形態の特徴を予め画像データとしてプログラムしておけば、癌細胞の存在を自動的に検出することも可能である。
【0023】
また、情報取得用の部位の決定の自動化も可能である。例えば、検体の光学顕微鏡観察で得られる像をデジタル画像として取り込み、得られた画像をあらかじめ設定された基準に従って処理して情報取得用の部位を自動選択する。
【0024】
上記の操作で決定した情報取得用の部位の対象物中での位置を、更にデータ化し、このデータに基づいて消化酵素の付与位置を制御することで、消化酵素の付与位置の精度を高めることができる。このデータ化の方法としては以下の方法を挙げることができる。
(1)光学顕微鏡観察下、対象物中の測定用部位を観察者が手動で設定し、これを観察視野像に設定したxy座標上の点(xyアドレス)として記録する。
(2)光学顕微鏡観察で得られたデジタル画像におけるコントラスト差などを用いて、該部位を自動的に設定し、これを観察像に設定したxy座標上の点(xyアドレス)として記録する。
【0025】
情報取得用の部位の決定とそのデータ化は、「分析対象細胞の決定とxyアドレス指定」の工程として図1及び図2の工程図に共通である。
【0026】
病変組織切片内の対象物としては、情報取得目的に応じた特定の細胞を選択する。そして、上述したxy座標上の点として記録する情報取得用の部位は、この特定細胞の中心点であることが好ましい。
【0027】
一方、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴が付与される検体は、温度及び湿度の制御手段により、温度及び湿度が制御可能な領域内に設置されることが好ましい。更に、液滴の量が10alから1plの範囲内にあることが好ましい。また、湿度は少なくとも80%であることが好ましい。
【0028】
検体へ消化酵素を付与する際に、前述したxy座標上の点として記録した情報取得用部位に関するデータを利用してインクジェット法による消化酵素付与位置の制御を行うことが好ましい。
【0029】
本発明の情報取得方法において、消化酵素により対象物が分解されて得られた構成物の質量を、質量分析計を用いて測定する工程には、以下の工程のいずれかを好ましく用いることができる。
(1)消化酵素により分解された構成物を、溶媒を用いて抽出し、該抽出液中の構成物の質量を、各種質量分析計を用いて測定する工程。
(2)消化処理用の基板上で消化酵素により分解された構成物を直接、飛行時間型二次イオン質量分析法により質量/電荷比ごとの二次元分布像として測定する工程。
(3)消化処理用の基板上で消化酵素により分解された構成物を、基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させた後、該基材表面上の構成物を、各種質量分析計(二次イオン質量分析計を含む)を用いて測定する工程。
【0030】
上記の(1)と(2)は、図1の工程図に従うものであり、(3)は図2の工程図に従うものである。
【0031】
本発明の情報取得方法は、タンパク質を対象物とする場合により好適に適用可能である。タンパク質が対象物の場合は、消化酵素分解により得られる構成物とは主にペプチドである。このペプチドの質量数は概ね500〜20000の範囲にあることが好ましい。上記の質量分析に二次イオン質量分析法を用いる場合は、該ペプチドの質量数は500〜5000が対象となり、また500〜2000程度であってもよい。測定対象のペプチドの質量数の上限は、分解前のタンパク質を特定できるペプチド群(この中で最も質量数の大きいペプチド)を基準とすればよい。
【0032】
上記の質量分析に二次イオン質量分析法を用いる場合の工程図を図3、図4に示した。図3と図4の工程の違いは、消化酵素により分解された構成物、具体的にはタンパク質の分解物を直接の分析対象とするか、別の基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させ、この転写物を分析対象とするか、である。なお、消化酵素による標的タンパク質の分解後、必要に応じてインクジェット法を用いてイオン化促進物質(増感物質とも表す)を付与してもよい。
【0033】
また、図3及び図4に示すように、飛行時間型二次イオン質量分析の際に情報取得用部位のxy座標での点(xyアドレス)を利用して測定部位と測定結果を照合をより確実かつ容易に行うことが可能となる。
【0034】
本発明の情報取得方法を利用して、検体中における疾病に関わる特有な対象物の有無を検出することができる。具体的な例としては、癌細胞など特定の病変細胞の中に含まれる特定のペプチドの有無から、転移や再発に関わるタンパク質の有無を判定することなどが挙げられる。
【0035】
本発明の情報取得方法における質量分析用の試料の調製までの前処理を行うための装置は、以下の各要素を少なくとも有して構成される。
(1)検体を載せた基板を固定するためのステージ。
(2)前記ステージの位置を制御するためのステージ位置制御手段。
(3)生体組織切片を光学的に観察する観察手段。
(4)前記光学的に観察した生体組織切片像中で決定された対象物に関する情報を得る部位に、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を付与する手段。
(5)前記ステージを配置した領域の温度及び湿度を制御するための温度湿度制御手段。
【0036】
検体として生物組織片を用いた場合に適用可能である第1の態様にかかる前処理装置の模式図を図5に示す。図5において、1は前処理装置の容器、2は温度制御機構、3は湿度制御機構、4は検体、5は検体を保持する基板である。6は基板5を固定するステージ(移動可能かつ位置制御可能な機構を備え、更に必要に応じ冷却機構を備えてもよい)、7は光学的観察手段、8はステージ6を移動させるための機構である。9はステージ6の位置を制御する機構、10は光学的に観察した像を記録する機構、11は光学的に観察した像を画像処理し消化酵素(及びイオン化促進物質)を含む液滴を付与する場所を決定する機構(自動または手動)である。12はインターフェイス、13はインクジェットヘッド、14はインクジェットヘッド13を移動させるための機構、15はインクジェットヘッド13から液滴を吐出させるための制御機構(ステージの位置制御機構9と連動している)である。機構10での自動による消化酵素を含む液滴を付与する場所の決定は、あらかじめ設定されたプログラムに従って行うことができ、決定された場所に関するデータを制御機構15に入力してインクジェットヘッドからの所定位置への消化酵素を含む液滴の付与を行わせる。
【0037】
更に、少なくとも以下の工程をコンピュータに予め組み込んだプログラムに従って自動的に行うこともできる。
(1)検体を光学的に観察する工程。
(2)前記の光学的に観察した像を基に、対象物に関する情報を得る部位を決定する工程。
(3)前記部位に、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を付与する工程。
(4)前記の消化酵素により分解された構成物を飛行時間型二次イオン質量分析により分析する工程、を自動的に行うための制御系を更に有する請求項21に記載の情報取得装置。
【0038】
また、容器1内は、温度湿度制御手段を構成する温度制御機構2及び湿度制御機構3により、温度及び/または湿度の調整が可能となっている。また、機構8はステージ6の位置制御手段としての機能を有し、光学的観察手段7に対するステージの位置を制御可能とし、更に、インクジェットヘッド13の設置部までのステージ6の移動を行う。また、機構8にステージ6をxy座標方向に位置調整する機能を付与してもよい。なお、光学的観察手段7やインクジェット13をxy座標方向及び/またはz座標方向(垂直方向)に位置制御可能に設けることもできる。これらのステージ側の位置制御と、光学的観察手段及び/またはインクジェットヘッド側の位置制御の両方を用いることで、各工程におけるステージの位置調整を精度よく、かつ効率よく行うことができる。
【0039】
図5に示す前処理装置は、生体組織中の対象物を構成する構成物の質量を測定し、測定された質量から前記対象物に関する情報を取得するための前処理を行う装置である。
【0040】
また本発明の第二の態様にかかる前処理装置の模式図を図6に示す。図6において、1から15は図5中のものと基本的には同じである。図6中の17は転写用の基材、16は基材17を固定し移動させる機構、18は基材17の制御機構(ステージの位置制御機構9及び液滴の吐出制御機構15と連動している)である。図6に示す前処理装置は、生体組織中の対象物を構成する構成物の質量を測定し、該質量から前記対象物に関する情報を取得するための前処理を行う別の形式の装置である。
【0041】
図5及び図6に示す前処理装置において、消化酵素を含む液滴の量は10alから1plの範囲内にあることが好ましく、湿度は80%以上に保たれることが好ましい。
【0042】
上記構成の前処理装置と質量分析装置を組み合わせて本発明の情報処理装置を得ることができる。図5に本発明の情報取得装置の第一の態様例を示す。この装置は、前処理装置に飛行時間型二次イオン質量分析が可能な機構を接続させたことを特徴とする。この情報取得装置を用いて検体を処理し、分析する工程が図3に示す工程に対応する。
【0043】
また、本発明の情報取得装置の第二の態様例を、図6に示す。この装置は、前処理装置に飛行時間型二次イオン質量分析が可能な機構を接続させたことを特徴とする。該情報取得装置を用いて検体を処理し、分析する工程が図4に示す工程に対応する。
【0044】
以下、上述した第一の態様にかかる情報取得装置を使用し、図3に示す工程に従って検体を処理し、分析する具体的な手順を、図7〜図13を用いて説明する。
【0045】
図7は、検体として病変組織を用いた場合の検体を模式的に示す(a)平面図と(b)斜視図である。図7において31は病変細胞、32は正常細胞をそれぞれ示す。これらの細胞の大きさ(平均的な径)は10〜20μm程度である。病変細胞が癌細胞の場合、形状が正常細胞のそれとは異なるため、一般的には光学顕微鏡でも両者を容易に識別することができる。また、画像処理技術を用いることで自動的に両者を識別することも可能である。
【0046】
まず、このような検体(切片またはそれに相当するもの)を基板上に配置する。その際、必要に応じて基板を冷却することもできる。冷凍した病変組織をミクロトーム等により薄片化したものを検体とする場合などは、消化酵素による分解処理を行う前に検体が変質するのを防ぐため、一般的には冷却下で扱うのが好ましい。
【0047】
次に、光学顕微鏡を用いた観察を行い、図7(a)に示すような像を得る。続いて、特定の細胞若しくは全ての細胞に対し、インクジェット法により消化酵素を含む液滴を付与するための中心座標を決定する。病変細胞31のみを対象に、消化酵素を含む液滴を付与する場合の中心座標の模式図を図8に、すべての細胞を対象に、消化酵素を含む液滴を付与する場合の中心座標の模式図を図9にそれぞれ示した。図8、図9中における33は病変細胞31の中心点を、34は正常細胞32の中心点をそれぞれ示す。なお、ここでいう中心点とは、該細胞のほぼ中心の点の意である。この中心点は、光学顕微鏡観察下、手動で設定することもできるし、前述の画像処理により自動的に設定することもできる。尚、光学顕微鏡で観察した像では、癌細胞などの病変細胞や正常細胞は二次元的な像として観察される。得られた細胞像の輪郭の情報を基に、一般的にはその重心を「細胞の中心点」として設定する。
【0048】
また、図8のように、病変細胞のみを対象に消化酵素を含む液滴を付与した場合は、病変細胞中のタンパク質のみが限定分解されることになる。そこで、分解ペプチドの質量分析には飛行時間型二次イオン質量分析以外の方法を用いることもできる。具体的には、前述のように、溶媒を用いて抽出し、該抽出液中の構成物の質量を、各種質量分析計を用いて測定する、などが挙げられる。
【0049】
次に、上記で決定した中心点に対し、インクジェット法により消化酵素を含む液滴を付与する。インクジェット法としてはバブルジェット方式やピエゾ方式などを利用することができる。また、液滴の吐出を安定化させるために、必要に応じて界面活性剤などを用いることもできる。液滴付与の際、一般的には試料ステージの移動、または、光学顕微鏡ユニット及びインクジェットヘッドの移動が必要になる(図5ではステージを動かす場合の前処理装置を示している)。そのため上記移動の機構には高い位置精度が要求される。具体的には該ステージの移動精度(再現性)は数μm以下にすることが要求され、好ましくは1μmとする必要がある。
【0050】
消化酵素を含む液滴を付与した後は、消化反応を進行させること及び乾燥を防ぐことを目的に検体を高湿度下に置くことが好ましい。そのため、図5に示す容器内を高湿度に保つこと、または、液滴付与後に高湿度の環境下にすばやく移動させることが好ましい(図5は前者に相当する)。後者は装置が複雑になるという欠点を持つが、装置全体のダメージ(高湿度が及ぼすダメージ)を軽減するという長所もある。ここで湿度の好ましい例を挙げると温度変動(特に下がった場合)を考慮すると95%程度となる。装置表面の凝結(水滴の発生)は好ましくない。
【0051】
また、後述の質量分析で再現性の高い結果を得るには、消化反応を定量的に進行させる必要があり、そのためには消化酵素を含む液滴を付与した後、定温化に置く必要がある。そのために検体の温度を制御する機構を設けることが好ましい。
【0052】
続いて、必要に応じ、本発明者らが国際公開第05/003715号パンフレットに開示したイオン化促進物質(増感物質)を上記の細胞中心点に付与してもよい。これは、後述の二次イオン質量分析で、分解ペプチドの二次イオンの感度を向上させるためである。
【0053】
次に、検体の表面を、飛行時間型二次イオン質量分析法により分析し、酵素分解されたタンパク質に起因する分解ペプチドの二次元分布像を得る。飛行時間型二次イオン質量分析には一般的な飛行時間型二次イオン質量分析計を用いることができる。その際、一次イオンとしてはGa+などの一般的な液体金属イオンの他、Au3+やBi3+などのクラスターイオンを用いることもできる。
【0054】
図8に示す病変細胞のみに消化酵素を付与したときの結果を図10及び図11に示す。分析図10は、分解ペプチドおよびその他の二次イオンの二次元分布像の概念図を、図11は、検体の光学顕微鏡像と図10の二次イオンの二次元分布を重ね合わせたものそれぞれを示す。図10及び図11において、(a)と(b)は、特定のタンパク質(例えば癌細胞中における転移性や再発性を示す悪性タンパク質など)が消化酵素により限定分解したペプチド(の二次イオン)の二次元分布を示す。(c)は上記タンパク質に関係のない二次イオンの二次元分布をそれぞれ示す。これらの結果から病変細胞中に特定タンパク質が存在するか否かを判定することができる。なお、特定タンパク質と限定分解した際に生成するペプチド種については各種データベースを利用することができる。
【0055】
図9に示した、すべての細胞に消化酵素を付与したときの結果を図12及び図13に示す。分析図12は、分解ペプチドおよびその他の二次イオンの二次元分布像の概念図を、図13は、検体の光学顕微鏡像と図12の二次イオンの二次元分布を重ね合わせたものそれぞれを示す。図12及び図13において、(a)は特定のタンパク質(例えば癌細胞中における転移性や再発性を示す悪性タンパク質など)が消化酵素により限定分解したペプチド(の二次イオン)の二次元分布を示す。(b)は病変細胞には存在しないペプチド(の二次イオン)の二次元分布を、(c)は無関係の二次イオンの二次元分布をそれぞれ示す。これらの結果から病変細胞中に特定タンパク質が存在するか否かを判定することができる。なお、特定タンパク質と限定分解した際に生成するペプチド種については上記と同様、各種データベースを利用することができる。
【0056】
次に、第二の態様の情報取得装置を使用し、図4に示す工程に従って検体を処理し、分析する具体的な手順を、図14〜図17を用いて説明する。
【0057】
検体の基板への配置から、インクジェット法による消化酵素の付与、定温、定湿度下での保持、(インクジェット法によるイオン化促進物質の付与)までの工程は、上記の第一の情報取得装置を使用する工程と同じである。
【0058】
その後、図6に示す転写機構を用い、消化酵素で分解したペプチドを測定用の基材に転写する。測定用の基材としては金や銀などの金属基板の他、該ペプチドの転写効率を高めるための化学処理の施された金属またはガラス基板などを使用することができる。
【0059】
続いてこの測定用の基材上に転写したペプチドを飛行時間型二次イオン質量分析法により分析する。得られた結果の概念図を図14〜図17に示す。上記のように、測定用の基材への転写を行っているため、図14〜図17の像は図7に示す当初の像と比較すると線対称となっている。しかしながら、図14と図15は、転写をしない場合に得られる図10と図11に、図16と図17は、転写をしない場合に得られる図12と図13に、それぞれ対応する像が得られる。これらの結果から、第一の態様の情報取得装置を使用する場合と同様、病変細胞中に特定タンパク質が存在するか否かを判定することができる。当該ペプチドがタンパク質等に比較して基材に転写されやすい部分構造を持つ場合(例えば、タンパク質分子内に多くのSH基を持つなど)は転写する方が、バックグランドを低下させて高感度な分析結果が期待できる。また、飛行時間型二次イオン質量分析では、金などの基板自体に二次イオン化効率を高める効果があるため、一定以上の転写効率が望める場合は第二の態様の情報取得装置を使用し、飛行時間型二次イオン質量分析を行うことが好ましい。
【0060】
以上、本発明を二つの形態に分けて説明した。これらの形態で説明した内容は常識的な範囲で、他の形態でも適宜採用することができ、説明したそれぞれの形態に限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】病変組織片中の対象物であるタンパク質の情報取得のための検体の前処理工程の一例を示す工程図である。
【図2】病変組織片中の対象物であるタンパク質の情報取得のための検体の前処理工程の一例を示す工程図である。
【図3】病変組織片中の特定の細胞に含まれるタンパク質を、位置情報を保持して検出するために、検体を前処理する手順の一例を示す工程図である。
【図4】病変組織片中の特定の細胞に含まれるタンパク質を、位置情報を保持して検出するために、検体を前処理する手順の一例を示す工程図である。
【図5】検体中の対象物を検出するために、検体を前処理する第一の態様にかかる前処理装置の模式図である。
【図6】検体中の対象物を検出するために、検体を前処理する第二の態様にかかる前処理装置の模式図である。
【図7】検体として病変組織を用いた場合の模式図で、(a)は平面図、(b)は斜視図である。
【図8】病変細胞のみを対象に、消化酵素を含む液滴を付与する場合の中心座標の模式図である。
【図9】すべての細胞を対象に、消化酵素を含む液滴を付与する場合の中心座標の模式図である。
【図10】病変細胞のみを対象に消化酵素を含む液滴を付与し、その後その表面を飛行時間型二次イオン質量分析法により分析した際の、分解ペプチドおよびその他の二次イオンの二次元分布像を示す概念図である。
【図11】検体の光学顕微鏡像と図10の二次イオンの二次元分布像を重ね合わせたものである。
【図12】すべての細胞を対象に消化酵素を含む液滴を付与し、その後その表面を飛行時間型二次イオン質量分析法により分析した際の、分解ペプチドおよびその他の二次イオンの二次元分布像を示す概念図である。
【図13】検体の光学顕微鏡像と図12の二次イオンの二次元分布像を重ね合わせたものである。
【図14】病変細胞のみを対象に消化酵素を含む液滴を付与し、その後その表面の分解ペプチドを別の基材表面に転写し、次いで該基材表面を飛行時間型二次イオン質量分析法により分析した際の、分解ペプチドおよびその他の二次イオンの二次元分布像を示す概念図である。
【図15】検体の光学顕微鏡像と図14の二次イオンの二次元分布像を重ね合わせたものである。
【図16】すべての細胞を対象に消化酵素を含む液滴を付与し、その後その表面の分解ペプチドを別の基材表面に転写し、次いで該基材表面を飛行時間型二次イオン質量分析法により分析した際の、分解ペプチドおよびその他の二次イオンの二次元分布像を示す概念図である。
【図17】検体の光学顕微鏡像と図16の二次イオンの二次元分布像を重ね合わせたものである。
【符号の説明】
【0062】
1 前処理装置の容器
2 温度制御機構
3 湿度制御機構
4 検体
5 検体を保持する基板
6 固定するステージ
7 光学的観察手段
8 ステージを移動させるための機構
9 ステージの位置を制御する機構
10 光学的に観察した像を記録する機構
11 消化酵素(及びイオン化促進物質)を含む液滴を付与する場所を決定する機構
12 インターフェイス
13 インクジェットヘッド
14 インクジェットヘッドを移動させるための機構
15 インクジェットヘッドから液滴を吐出させるための制御機構
16 基材を固定し移動させる機構
17 基材
18 基材の制御機構
31 病変細胞
32 正常細胞
33 病変細胞の中心点
34 正常細胞32
【技術分野】
【0001】
本発明は、情報取得方法、検出方法、前処理装置及び情報取得装置に関する。特に、生体組織中の特定部位におけるタンパク質の検出方法と、そのための生体組織の前処理装置及び情報取得装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年のゲノム(genome)解析の進展により、生体内に存在する遺伝子産物であるタンパク質の解析の重要性が急速にクローズアップされてきている。また、従来から、タンパク質の発現及び機能解析の重要性が指摘されており、その解析手法の開発が進められている。これらの手法は、
(1)二次元電気泳動や高速液体クロマトグラフ(HPLC)による分離精製と、
(2)放射線分析、光学的分析、質量分析等の検出系
の組み合わせを基本としている。
【0003】
タンパク質解析技術の基盤はプロテオーム(proteome)解析と呼ばれるもので、これは遺伝子(gene)から作り出され実際に生体内で働いているタンパク質を解析し、細胞の機能や疾患の原因を究明することを目的としている。代表的な解析手法としては、以下の工程を含む方法を挙げることができる。
(1)対象とする生体組織や細胞からのタンパク質の抽出。
(2)二次元電気泳動によるタンパク質の分離。
(3)MALDI法(マトリクス支援レーザー脱離−飛行時間型質量分析法:MALDI-TOFMS)などの質量分析によるタンパク質またはその断片の分析。
(4)ゲノムプロジェクトなどのデータベースを利用したタンパク質の同定。
【0004】
この他に、以下の工程を含む方法を挙げることができる。
(1)対象とする生体組織や細胞からのタンパク質の抽出。
(2)抽出したタンパク質の消化(または変性)。
(3)液体クロマトグラフ(LC)とイオントラップ型質量分析計(Ion-trap MS)を組み合わせたシステムを用いた上記消化(または変性)タンパク質の分析。
(4)データベースの構築およびをタンパク質の同定。
(磯辺俊明、高橋信弘編「実験医学別冊 プロテオーム解析」、羊土社、2000年)。
【0005】
これらのプロテオーム解析により、癌を例に挙げれば、再発や転移に関わるタンパク質が明らかになりつつあるなど、既に成果が出始めている。
【0006】
一方、プロテインチップや生体組織切片におけるタンパク質の二次元分布の可視化を目的とした、TOF-SIMS法(飛行時間型二次イオン質量分析法)をベースとする情報取得手法及び装置を本願発明者らが提案した(国際公開第05/003715号パンフレット)。この手法は、インクジェット法などを用い、イオン化促進物質かつ/または消化酵素を上記のプロテインチップや生体組織切片に付与し、タンパク質の種類に関する情報(消化酵素により限定分解されたペプチドの情報を含む)を、その位置情報を保持したままTOF-SIMS法により可視化するというものである。
【0007】
また、プロテインチップ補修方法及び装置として、補修を必要とするスポット上に顕微鏡観察下、プロテイン分解酵素液をインクジェット法を用いて塗布する方法及び装置が提案されている(特開2002−365288号公報)。
【非特許文献1】磯辺俊明、高橋信弘編「実験医学別冊 プロテオーム解析」、羊土社、2000年
【特許文献1】国際公開第05/003715号パンフレット
【特許文献2】特開2002−365288号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、従来のプロテオーム解析方法は特定の生体組織や体液、血液などを対象としたもので、大きさが10〜数10μm径の細胞を直接対象としたものではなかった。癌細胞など特定の病変細胞の中に含まれるタンパク質、あるいは癌細胞に隣接する細胞中に含まれるタンパク質、さらにはその両者を同定できれば、診断デバイスや創薬(薬剤候補スクリーニング)デバイスの開発に寄与できることになる。
【0009】
また、本願発明者らが提案した上記の情報取得方法は、病変組織と正常組織におけるタンパク質に関する情報(消化酵素により限定分解されたペプチドの情報を含む)を取得できるが、個々の細胞に含まれるタンパク質を、隣接する細胞中のそれと識別して取得するには十分でない場合があった。
【0010】
さらに、特開2002−365288号公報に開示されたプロテインチップ補修方法は、多量の水分を含み、柔らかく変質し易い生体組織を対象としたものではなく、また消化酵素で分解した後のタンパク質断片を質量分析することを目的としていないため、該方法をそのまま利用することは難しいと思われる。
【0011】
本発明の目的は、大きさが10〜数10μm径の細胞の一つ一つに含まれるタンパク質の種類を同定可能とする情報を得るための情報取得方法を提供することにある。本発明の他の目的は、この情報取得方法を利用した検体中での測定対象物の有無を検出する方法を提供することにある。本発明の他の目的は、これらの方法に用いるための前処理装置及び情報取得装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の情報取得方法は、
検体中の対象物を構成する構成物の質量を測定し、該質量から前記対象物に関する情報を取得する情報取得方法であって、
検体としての生体組織切片を用意する工程、
該検体を光学的に観察し、検体中の対象物に関する情報を得る部位を決定する工程、
インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を、前記部位に付与して、該部位を消化酵素分解する工程、
前記消化酵素分解により得られた該部位の構成物の質量を、質量分析計を用いて測定する工程、及び
前記構成物の質量から、前記対象物に関する情報を得る工程、
を有することを特徴とする情報取得方法である。
【0013】
本発明の検体中における対象物の有無を検出する方法は、上記の情報取得方法により該対象物の存在の有無に関する情報を取得することで、前記検体中における前記対象物の有無を検出することを特徴とする検出方法である。
【0014】
本発明の前処理装置は、検体中の対象物を構成する構成物の質量を測定し、該質量から前記対象物に関する情報を取得するための前処理装置であって、
検体を載せた基板を固定するためのステージ、
前記ステージの位置を制御するためのステージ位置制御手段、
検体を光学的に観察する観察手段、
前記光学的に観察した検体像中で決定された対象物に関する情報を得る部位に、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を付与する手段、及び
前記ステージを配置した領域の温度及び湿度を制御するための温度湿度制御手段
を有することを特徴とする前処理装置である。
【0015】
本発明の情報取得装置は、
検体中の対象物を構成する構成物の質量を測定し、該質量から前記対象物に関する情報を取得するための情報取得装置であって、
検体中の対象物を構成する構成物を得るための上記構成の前処理装置と、
前記構成物の質量を分析する質量分析装置と、
を有することを特徴とする情報取得装置である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、大きさが10〜数10μm径の細胞の一つ一つに含まれるタンパク質の種類を同定する方法を提供でき、これに適用できる前処理装置及び情報取得装置を提供できる。より具体的には、癌細胞など特定の病変細胞の中に含まれるタンパク質、あるいは癌細胞に隣接する細胞中に含まれるタンパク質、さらにはその両者を同定する方法を提供でき、これに適用できる前処理装置及び情報取得装置を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の情報取得方法は少なくとも以下の工程を有する。
(1)検体としての生体組織切片を用意する工程。
(2)該検体を光学的に観察し、検体中の対象物に関する情報を得る部位を決定する工程。
(3)インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を、前記部位に付与して、該部位を消化酵素分解する工程。
(4)前記消化酵素分解により得られた該部位の構成物の質量を、質量分析計を用いて測定する工程。
(5)前記構成物の質量から、前記対象物に関する情報を得る工程。
【0018】
上記の各工程を少なくとも有する本発明の情報取得方法の好ましい態様を図1及び図2に示す。図1と図2の工程の違いは、対象物の消化酵素分解により得られる構成物、具体的にはタンパク質の分解物を、別の基材表面に接触させて構成物の少なくとも一部を測定用の基材側に移動させる工程(転写工程とも表す)を含むか否かである。図1の工程は検体上の酵素分解物を直接分析対象とするのに対し、図2の工程ではこれを別の基材に転写させこれを分析対象とするものである。
【0019】
なお、以下、「タンパク質の分解物」を「酵素分解物」または「分解ペプチド」とも表す。
【0020】
本発明の情報取得方法の特徴は、検体として病変組織の切片が利用できること、特に対象物に関する情報を得る部位として、病変組織切片内の特定の細胞(例えば病変細胞)を選定可能であることにある。検体の例としては、手術中に採取した病変組織の切片や、この病変組織を冷凍保存し、ミクロトーム等を用いて特定の部位を薄片化させたもの等が挙げられる。検体の調製は、後述の消化酵素による分解を行うまでは低温下で行うことが好ましい(後述のステージに冷却機構を付与するなどが含まれる)。
【0021】
検体の光学的観察下での検体中の対象物に関する情報を得る部位(以下、情報取得用の部位ともいう)の決定は、光学顕微鏡の検体視野像中から観察者が目視でこの情報取得用の部位をあらかじめ設定された基準に従って選定することにより行うことができる。
【0022】
癌細胞を例に説明すると、その部位(食道癌、乳癌、膀胱癌など)により癌細胞の形態は異なるが、癌細胞と正常細胞では一般的にその形態が大きく異なっている。これは正常細胞が癌化すると細胞表面の糖鎖が変化するためと考えられている(多くのタンパク質には糖鎖が付加されており、タンパク質の翻訳後修飾の多くが糖鎖による修飾反応である)。したがって、癌細胞と正常細胞をその形態から見分けるのは比較的容易であり、癌細胞の存在する領域、または、癌細胞と正常細胞が混在する領域を「対象物に関する情報を得る部位」として設定すればよい。なお、癌細胞の形態の特徴を予め画像データとしてプログラムしておけば、癌細胞の存在を自動的に検出することも可能である。
【0023】
また、情報取得用の部位の決定の自動化も可能である。例えば、検体の光学顕微鏡観察で得られる像をデジタル画像として取り込み、得られた画像をあらかじめ設定された基準に従って処理して情報取得用の部位を自動選択する。
【0024】
上記の操作で決定した情報取得用の部位の対象物中での位置を、更にデータ化し、このデータに基づいて消化酵素の付与位置を制御することで、消化酵素の付与位置の精度を高めることができる。このデータ化の方法としては以下の方法を挙げることができる。
(1)光学顕微鏡観察下、対象物中の測定用部位を観察者が手動で設定し、これを観察視野像に設定したxy座標上の点(xyアドレス)として記録する。
(2)光学顕微鏡観察で得られたデジタル画像におけるコントラスト差などを用いて、該部位を自動的に設定し、これを観察像に設定したxy座標上の点(xyアドレス)として記録する。
【0025】
情報取得用の部位の決定とそのデータ化は、「分析対象細胞の決定とxyアドレス指定」の工程として図1及び図2の工程図に共通である。
【0026】
病変組織切片内の対象物としては、情報取得目的に応じた特定の細胞を選択する。そして、上述したxy座標上の点として記録する情報取得用の部位は、この特定細胞の中心点であることが好ましい。
【0027】
一方、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴が付与される検体は、温度及び湿度の制御手段により、温度及び湿度が制御可能な領域内に設置されることが好ましい。更に、液滴の量が10alから1plの範囲内にあることが好ましい。また、湿度は少なくとも80%であることが好ましい。
【0028】
検体へ消化酵素を付与する際に、前述したxy座標上の点として記録した情報取得用部位に関するデータを利用してインクジェット法による消化酵素付与位置の制御を行うことが好ましい。
【0029】
本発明の情報取得方法において、消化酵素により対象物が分解されて得られた構成物の質量を、質量分析計を用いて測定する工程には、以下の工程のいずれかを好ましく用いることができる。
(1)消化酵素により分解された構成物を、溶媒を用いて抽出し、該抽出液中の構成物の質量を、各種質量分析計を用いて測定する工程。
(2)消化処理用の基板上で消化酵素により分解された構成物を直接、飛行時間型二次イオン質量分析法により質量/電荷比ごとの二次元分布像として測定する工程。
(3)消化処理用の基板上で消化酵素により分解された構成物を、基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させた後、該基材表面上の構成物を、各種質量分析計(二次イオン質量分析計を含む)を用いて測定する工程。
【0030】
上記の(1)と(2)は、図1の工程図に従うものであり、(3)は図2の工程図に従うものである。
【0031】
本発明の情報取得方法は、タンパク質を対象物とする場合により好適に適用可能である。タンパク質が対象物の場合は、消化酵素分解により得られる構成物とは主にペプチドである。このペプチドの質量数は概ね500〜20000の範囲にあることが好ましい。上記の質量分析に二次イオン質量分析法を用いる場合は、該ペプチドの質量数は500〜5000が対象となり、また500〜2000程度であってもよい。測定対象のペプチドの質量数の上限は、分解前のタンパク質を特定できるペプチド群(この中で最も質量数の大きいペプチド)を基準とすればよい。
【0032】
上記の質量分析に二次イオン質量分析法を用いる場合の工程図を図3、図4に示した。図3と図4の工程の違いは、消化酵素により分解された構成物、具体的にはタンパク質の分解物を直接の分析対象とするか、別の基材表面に接触させて前記構成物の少なくとも一部を前記基材側に移動させ、この転写物を分析対象とするか、である。なお、消化酵素による標的タンパク質の分解後、必要に応じてインクジェット法を用いてイオン化促進物質(増感物質とも表す)を付与してもよい。
【0033】
また、図3及び図4に示すように、飛行時間型二次イオン質量分析の際に情報取得用部位のxy座標での点(xyアドレス)を利用して測定部位と測定結果を照合をより確実かつ容易に行うことが可能となる。
【0034】
本発明の情報取得方法を利用して、検体中における疾病に関わる特有な対象物の有無を検出することができる。具体的な例としては、癌細胞など特定の病変細胞の中に含まれる特定のペプチドの有無から、転移や再発に関わるタンパク質の有無を判定することなどが挙げられる。
【0035】
本発明の情報取得方法における質量分析用の試料の調製までの前処理を行うための装置は、以下の各要素を少なくとも有して構成される。
(1)検体を載せた基板を固定するためのステージ。
(2)前記ステージの位置を制御するためのステージ位置制御手段。
(3)生体組織切片を光学的に観察する観察手段。
(4)前記光学的に観察した生体組織切片像中で決定された対象物に関する情報を得る部位に、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を付与する手段。
(5)前記ステージを配置した領域の温度及び湿度を制御するための温度湿度制御手段。
【0036】
検体として生物組織片を用いた場合に適用可能である第1の態様にかかる前処理装置の模式図を図5に示す。図5において、1は前処理装置の容器、2は温度制御機構、3は湿度制御機構、4は検体、5は検体を保持する基板である。6は基板5を固定するステージ(移動可能かつ位置制御可能な機構を備え、更に必要に応じ冷却機構を備えてもよい)、7は光学的観察手段、8はステージ6を移動させるための機構である。9はステージ6の位置を制御する機構、10は光学的に観察した像を記録する機構、11は光学的に観察した像を画像処理し消化酵素(及びイオン化促進物質)を含む液滴を付与する場所を決定する機構(自動または手動)である。12はインターフェイス、13はインクジェットヘッド、14はインクジェットヘッド13を移動させるための機構、15はインクジェットヘッド13から液滴を吐出させるための制御機構(ステージの位置制御機構9と連動している)である。機構10での自動による消化酵素を含む液滴を付与する場所の決定は、あらかじめ設定されたプログラムに従って行うことができ、決定された場所に関するデータを制御機構15に入力してインクジェットヘッドからの所定位置への消化酵素を含む液滴の付与を行わせる。
【0037】
更に、少なくとも以下の工程をコンピュータに予め組み込んだプログラムに従って自動的に行うこともできる。
(1)検体を光学的に観察する工程。
(2)前記の光学的に観察した像を基に、対象物に関する情報を得る部位を決定する工程。
(3)前記部位に、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を付与する工程。
(4)前記の消化酵素により分解された構成物を飛行時間型二次イオン質量分析により分析する工程、を自動的に行うための制御系を更に有する請求項21に記載の情報取得装置。
【0038】
また、容器1内は、温度湿度制御手段を構成する温度制御機構2及び湿度制御機構3により、温度及び/または湿度の調整が可能となっている。また、機構8はステージ6の位置制御手段としての機能を有し、光学的観察手段7に対するステージの位置を制御可能とし、更に、インクジェットヘッド13の設置部までのステージ6の移動を行う。また、機構8にステージ6をxy座標方向に位置調整する機能を付与してもよい。なお、光学的観察手段7やインクジェット13をxy座標方向及び/またはz座標方向(垂直方向)に位置制御可能に設けることもできる。これらのステージ側の位置制御と、光学的観察手段及び/またはインクジェットヘッド側の位置制御の両方を用いることで、各工程におけるステージの位置調整を精度よく、かつ効率よく行うことができる。
【0039】
図5に示す前処理装置は、生体組織中の対象物を構成する構成物の質量を測定し、測定された質量から前記対象物に関する情報を取得するための前処理を行う装置である。
【0040】
また本発明の第二の態様にかかる前処理装置の模式図を図6に示す。図6において、1から15は図5中のものと基本的には同じである。図6中の17は転写用の基材、16は基材17を固定し移動させる機構、18は基材17の制御機構(ステージの位置制御機構9及び液滴の吐出制御機構15と連動している)である。図6に示す前処理装置は、生体組織中の対象物を構成する構成物の質量を測定し、該質量から前記対象物に関する情報を取得するための前処理を行う別の形式の装置である。
【0041】
図5及び図6に示す前処理装置において、消化酵素を含む液滴の量は10alから1plの範囲内にあることが好ましく、湿度は80%以上に保たれることが好ましい。
【0042】
上記構成の前処理装置と質量分析装置を組み合わせて本発明の情報処理装置を得ることができる。図5に本発明の情報取得装置の第一の態様例を示す。この装置は、前処理装置に飛行時間型二次イオン質量分析が可能な機構を接続させたことを特徴とする。この情報取得装置を用いて検体を処理し、分析する工程が図3に示す工程に対応する。
【0043】
また、本発明の情報取得装置の第二の態様例を、図6に示す。この装置は、前処理装置に飛行時間型二次イオン質量分析が可能な機構を接続させたことを特徴とする。該情報取得装置を用いて検体を処理し、分析する工程が図4に示す工程に対応する。
【0044】
以下、上述した第一の態様にかかる情報取得装置を使用し、図3に示す工程に従って検体を処理し、分析する具体的な手順を、図7〜図13を用いて説明する。
【0045】
図7は、検体として病変組織を用いた場合の検体を模式的に示す(a)平面図と(b)斜視図である。図7において31は病変細胞、32は正常細胞をそれぞれ示す。これらの細胞の大きさ(平均的な径)は10〜20μm程度である。病変細胞が癌細胞の場合、形状が正常細胞のそれとは異なるため、一般的には光学顕微鏡でも両者を容易に識別することができる。また、画像処理技術を用いることで自動的に両者を識別することも可能である。
【0046】
まず、このような検体(切片またはそれに相当するもの)を基板上に配置する。その際、必要に応じて基板を冷却することもできる。冷凍した病変組織をミクロトーム等により薄片化したものを検体とする場合などは、消化酵素による分解処理を行う前に検体が変質するのを防ぐため、一般的には冷却下で扱うのが好ましい。
【0047】
次に、光学顕微鏡を用いた観察を行い、図7(a)に示すような像を得る。続いて、特定の細胞若しくは全ての細胞に対し、インクジェット法により消化酵素を含む液滴を付与するための中心座標を決定する。病変細胞31のみを対象に、消化酵素を含む液滴を付与する場合の中心座標の模式図を図8に、すべての細胞を対象に、消化酵素を含む液滴を付与する場合の中心座標の模式図を図9にそれぞれ示した。図8、図9中における33は病変細胞31の中心点を、34は正常細胞32の中心点をそれぞれ示す。なお、ここでいう中心点とは、該細胞のほぼ中心の点の意である。この中心点は、光学顕微鏡観察下、手動で設定することもできるし、前述の画像処理により自動的に設定することもできる。尚、光学顕微鏡で観察した像では、癌細胞などの病変細胞や正常細胞は二次元的な像として観察される。得られた細胞像の輪郭の情報を基に、一般的にはその重心を「細胞の中心点」として設定する。
【0048】
また、図8のように、病変細胞のみを対象に消化酵素を含む液滴を付与した場合は、病変細胞中のタンパク質のみが限定分解されることになる。そこで、分解ペプチドの質量分析には飛行時間型二次イオン質量分析以外の方法を用いることもできる。具体的には、前述のように、溶媒を用いて抽出し、該抽出液中の構成物の質量を、各種質量分析計を用いて測定する、などが挙げられる。
【0049】
次に、上記で決定した中心点に対し、インクジェット法により消化酵素を含む液滴を付与する。インクジェット法としてはバブルジェット方式やピエゾ方式などを利用することができる。また、液滴の吐出を安定化させるために、必要に応じて界面活性剤などを用いることもできる。液滴付与の際、一般的には試料ステージの移動、または、光学顕微鏡ユニット及びインクジェットヘッドの移動が必要になる(図5ではステージを動かす場合の前処理装置を示している)。そのため上記移動の機構には高い位置精度が要求される。具体的には該ステージの移動精度(再現性)は数μm以下にすることが要求され、好ましくは1μmとする必要がある。
【0050】
消化酵素を含む液滴を付与した後は、消化反応を進行させること及び乾燥を防ぐことを目的に検体を高湿度下に置くことが好ましい。そのため、図5に示す容器内を高湿度に保つこと、または、液滴付与後に高湿度の環境下にすばやく移動させることが好ましい(図5は前者に相当する)。後者は装置が複雑になるという欠点を持つが、装置全体のダメージ(高湿度が及ぼすダメージ)を軽減するという長所もある。ここで湿度の好ましい例を挙げると温度変動(特に下がった場合)を考慮すると95%程度となる。装置表面の凝結(水滴の発生)は好ましくない。
【0051】
また、後述の質量分析で再現性の高い結果を得るには、消化反応を定量的に進行させる必要があり、そのためには消化酵素を含む液滴を付与した後、定温化に置く必要がある。そのために検体の温度を制御する機構を設けることが好ましい。
【0052】
続いて、必要に応じ、本発明者らが国際公開第05/003715号パンフレットに開示したイオン化促進物質(増感物質)を上記の細胞中心点に付与してもよい。これは、後述の二次イオン質量分析で、分解ペプチドの二次イオンの感度を向上させるためである。
【0053】
次に、検体の表面を、飛行時間型二次イオン質量分析法により分析し、酵素分解されたタンパク質に起因する分解ペプチドの二次元分布像を得る。飛行時間型二次イオン質量分析には一般的な飛行時間型二次イオン質量分析計を用いることができる。その際、一次イオンとしてはGa+などの一般的な液体金属イオンの他、Au3+やBi3+などのクラスターイオンを用いることもできる。
【0054】
図8に示す病変細胞のみに消化酵素を付与したときの結果を図10及び図11に示す。分析図10は、分解ペプチドおよびその他の二次イオンの二次元分布像の概念図を、図11は、検体の光学顕微鏡像と図10の二次イオンの二次元分布を重ね合わせたものそれぞれを示す。図10及び図11において、(a)と(b)は、特定のタンパク質(例えば癌細胞中における転移性や再発性を示す悪性タンパク質など)が消化酵素により限定分解したペプチド(の二次イオン)の二次元分布を示す。(c)は上記タンパク質に関係のない二次イオンの二次元分布をそれぞれ示す。これらの結果から病変細胞中に特定タンパク質が存在するか否かを判定することができる。なお、特定タンパク質と限定分解した際に生成するペプチド種については各種データベースを利用することができる。
【0055】
図9に示した、すべての細胞に消化酵素を付与したときの結果を図12及び図13に示す。分析図12は、分解ペプチドおよびその他の二次イオンの二次元分布像の概念図を、図13は、検体の光学顕微鏡像と図12の二次イオンの二次元分布を重ね合わせたものそれぞれを示す。図12及び図13において、(a)は特定のタンパク質(例えば癌細胞中における転移性や再発性を示す悪性タンパク質など)が消化酵素により限定分解したペプチド(の二次イオン)の二次元分布を示す。(b)は病変細胞には存在しないペプチド(の二次イオン)の二次元分布を、(c)は無関係の二次イオンの二次元分布をそれぞれ示す。これらの結果から病変細胞中に特定タンパク質が存在するか否かを判定することができる。なお、特定タンパク質と限定分解した際に生成するペプチド種については上記と同様、各種データベースを利用することができる。
【0056】
次に、第二の態様の情報取得装置を使用し、図4に示す工程に従って検体を処理し、分析する具体的な手順を、図14〜図17を用いて説明する。
【0057】
検体の基板への配置から、インクジェット法による消化酵素の付与、定温、定湿度下での保持、(インクジェット法によるイオン化促進物質の付与)までの工程は、上記の第一の情報取得装置を使用する工程と同じである。
【0058】
その後、図6に示す転写機構を用い、消化酵素で分解したペプチドを測定用の基材に転写する。測定用の基材としては金や銀などの金属基板の他、該ペプチドの転写効率を高めるための化学処理の施された金属またはガラス基板などを使用することができる。
【0059】
続いてこの測定用の基材上に転写したペプチドを飛行時間型二次イオン質量分析法により分析する。得られた結果の概念図を図14〜図17に示す。上記のように、測定用の基材への転写を行っているため、図14〜図17の像は図7に示す当初の像と比較すると線対称となっている。しかしながら、図14と図15は、転写をしない場合に得られる図10と図11に、図16と図17は、転写をしない場合に得られる図12と図13に、それぞれ対応する像が得られる。これらの結果から、第一の態様の情報取得装置を使用する場合と同様、病変細胞中に特定タンパク質が存在するか否かを判定することができる。当該ペプチドがタンパク質等に比較して基材に転写されやすい部分構造を持つ場合(例えば、タンパク質分子内に多くのSH基を持つなど)は転写する方が、バックグランドを低下させて高感度な分析結果が期待できる。また、飛行時間型二次イオン質量分析では、金などの基板自体に二次イオン化効率を高める効果があるため、一定以上の転写効率が望める場合は第二の態様の情報取得装置を使用し、飛行時間型二次イオン質量分析を行うことが好ましい。
【0060】
以上、本発明を二つの形態に分けて説明した。これらの形態で説明した内容は常識的な範囲で、他の形態でも適宜採用することができ、説明したそれぞれの形態に限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】病変組織片中の対象物であるタンパク質の情報取得のための検体の前処理工程の一例を示す工程図である。
【図2】病変組織片中の対象物であるタンパク質の情報取得のための検体の前処理工程の一例を示す工程図である。
【図3】病変組織片中の特定の細胞に含まれるタンパク質を、位置情報を保持して検出するために、検体を前処理する手順の一例を示す工程図である。
【図4】病変組織片中の特定の細胞に含まれるタンパク質を、位置情報を保持して検出するために、検体を前処理する手順の一例を示す工程図である。
【図5】検体中の対象物を検出するために、検体を前処理する第一の態様にかかる前処理装置の模式図である。
【図6】検体中の対象物を検出するために、検体を前処理する第二の態様にかかる前処理装置の模式図である。
【図7】検体として病変組織を用いた場合の模式図で、(a)は平面図、(b)は斜視図である。
【図8】病変細胞のみを対象に、消化酵素を含む液滴を付与する場合の中心座標の模式図である。
【図9】すべての細胞を対象に、消化酵素を含む液滴を付与する場合の中心座標の模式図である。
【図10】病変細胞のみを対象に消化酵素を含む液滴を付与し、その後その表面を飛行時間型二次イオン質量分析法により分析した際の、分解ペプチドおよびその他の二次イオンの二次元分布像を示す概念図である。
【図11】検体の光学顕微鏡像と図10の二次イオンの二次元分布像を重ね合わせたものである。
【図12】すべての細胞を対象に消化酵素を含む液滴を付与し、その後その表面を飛行時間型二次イオン質量分析法により分析した際の、分解ペプチドおよびその他の二次イオンの二次元分布像を示す概念図である。
【図13】検体の光学顕微鏡像と図12の二次イオンの二次元分布像を重ね合わせたものである。
【図14】病変細胞のみを対象に消化酵素を含む液滴を付与し、その後その表面の分解ペプチドを別の基材表面に転写し、次いで該基材表面を飛行時間型二次イオン質量分析法により分析した際の、分解ペプチドおよびその他の二次イオンの二次元分布像を示す概念図である。
【図15】検体の光学顕微鏡像と図14の二次イオンの二次元分布像を重ね合わせたものである。
【図16】すべての細胞を対象に消化酵素を含む液滴を付与し、その後その表面の分解ペプチドを別の基材表面に転写し、次いで該基材表面を飛行時間型二次イオン質量分析法により分析した際の、分解ペプチドおよびその他の二次イオンの二次元分布像を示す概念図である。
【図17】検体の光学顕微鏡像と図16の二次イオンの二次元分布像を重ね合わせたものである。
【符号の説明】
【0062】
1 前処理装置の容器
2 温度制御機構
3 湿度制御機構
4 検体
5 検体を保持する基板
6 固定するステージ
7 光学的観察手段
8 ステージを移動させるための機構
9 ステージの位置を制御する機構
10 光学的に観察した像を記録する機構
11 消化酵素(及びイオン化促進物質)を含む液滴を付与する場所を決定する機構
12 インターフェイス
13 インクジェットヘッド
14 インクジェットヘッドを移動させるための機構
15 インクジェットヘッドから液滴を吐出させるための制御機構
16 基材を固定し移動させる機構
17 基材
18 基材の制御機構
31 病変細胞
32 正常細胞
33 病変細胞の中心点
34 正常細胞32
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体中の対象物を構成する構成物の質量を測定し、該質量から前記対象物に関する情報を取得する情報取得方法であって、
検体としての生体組織切片を用意する工程、
該検体を光学的に観察し、検体中の対象物に関する情報を得る部位を決定する工程、
インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を、前記部位に付与して、該部位を消化酵素分解する工程、
前記消化酵素分解により得られた該部位の構成物の質量を、質量分析計を用いて測定する工程、及び
前記構成物の質量から、前記対象物に関する情報を得る工程、
を有することを特徴とする情報取得方法。
【請求項2】
前記検体が病変組織の切片である請求項1に記載の情報取得方法。
【請求項3】
前記対象物に関する情報を得る部位が、病変組織切片内の特定の細胞である請求項1に記載の情報取得方法。
【請求項4】
前記インクジェット法による消化酵素の付与が、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を、病変組織切片内の特定の細胞に付与する工程である請求項1から3のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項5】
前記インクジェット法による消化酵素の付与が、温度と湿度が制御された空間内で行われ、かつ、液滴の量が10alから1plの範囲内にある請求項1から3のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項6】
前記湿度が少なくとも80%である請求項7に記載の情報取得方法。
【請求項7】
前記対象物に関する情報を得る部位の決定及び位置特定が、光学顕微鏡観察で得られる観察視野像中で該部位を決定することにより行われ、さらに該観察視野像をxy座標上に置き、該部位をxy座標上の点として該部位を位置特定して記録する請求項1から6のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項8】
前記対象物に関する情報を得る部位の決定が、光学顕微鏡観察で得られたデジタル画像に基づいて、該部位を自動的に決定することにより行われ、更に、該部位をxy座標上の点として位置特定して記録する請求項1から6のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項9】
前記対象物に関する情報を得る部位が、病変組織切片内の特定の細胞であって、かつ、前記xy座標上の点が該細胞の中心点である請求項7または8に記載の情報取得方法。
【請求項10】
前記インクジェット法による消化酵素の付与が、前記記録されたxy座標上の点に基づいて行われる請求項7〜9のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項11】
前記構成物の質量の質量分析計による測定が、前記消化酵素分解処理により得られた構成物を、溶媒を用いて抽出し、該抽出液中の構成物の質量を、質量分析計を用いて測定することにより行われる請求項1から10のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項12】
前記構成物の質量の質量分析計による測定が、前記消化酵素分解処理により得られた構成物の質量を、質量分析計を用いて測定する工程が、消化酵素により分解された構成物を直接、飛行時間型二次イオン質量分析法により質量/電荷比ごとの二次元分布像として測定することにより行われる請求項1から10のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項13】
前記構成物の質量の質量分析計による測定が、前記消化酵素分解処理により得られた構成物を、測定用基材表面へ移動させ、該測定用基材表面上に移動した構成物を、質量分析計を用いて測定することにより行われる請求項1から12のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項14】
前記対象物がタンパク質である請求項1から13に記載の情報取得方法。
【請求項15】
前記タンパク質の消化酵素分解により得られた構成物の質量数が500〜20000の範囲にある請求項14に記載の情報取得方法。
【請求項16】
検体中における対象物の有無を検出する方法であって、請求項1〜3及び11〜13のいずれかに記載の情報取得方法により対象物の存在の有無に関する情報を取得することで、前記検体中における前記対象物の有無を検出することを特徴とする検出方法。
【請求項17】
検体中の対象物を構成する構成物の質量を測定し、該質量から前記対象物に関する情報を取得するための前処理装置であって、
検体を載せた基板を固定するためのステージ、
前記ステージの位置を制御するためのステージ位置制御手段、
検体を光学的に観察する観察手段、
前記光学的に観察した検体像中で決定された対象物に関する情報を得る部位に、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を付与する手段、及び
前記ステージを配置した領域の温度及び湿度を制御するための温度湿度制御手段
を有することを特徴とする前処理装置。
【請求項18】
前記ステージに固定された基板上での前記対象物の一部の前記消化酵素での分解によって得られた構成物を、測定用基板へ移動させるための移動手段を更に有する請求項17に記載の前処理装置。
【請求項19】
検体の対象物を構成する構成物の質量を測定し、該質量から前記対象物に関する情報を取得するための情報取得装置であって、
検体中の対象物を構成する構成物を得るための請求項17または18に記載の前処理装置と、
前記構成物の質量を分析する質量分析装置と、
を有することを特徴とする情報取得装置。
【請求項20】
前記質量分析装置が、飛行時間型二次イオン質量分析装置である請求項19に記載の情報取得装置。
【請求項21】
検体を光学的に観察する工程、
前記の光学的に観察した像を基に、対象物に関する情報を得る部位を決定する工程、
前記部位に、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を付与する工程、
前記の消化酵素により分解された構成物を飛行時間型二次イオン質量分析により分析する工程、を自動的に行うための制御系を更に有する請求項20に記載の情報取得装置。
【請求項1】
検体中の対象物を構成する構成物の質量を測定し、該質量から前記対象物に関する情報を取得する情報取得方法であって、
検体としての生体組織切片を用意する工程、
該検体を光学的に観察し、検体中の対象物に関する情報を得る部位を決定する工程、
インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を、前記部位に付与して、該部位を消化酵素分解する工程、
前記消化酵素分解により得られた該部位の構成物の質量を、質量分析計を用いて測定する工程、及び
前記構成物の質量から、前記対象物に関する情報を得る工程、
を有することを特徴とする情報取得方法。
【請求項2】
前記検体が病変組織の切片である請求項1に記載の情報取得方法。
【請求項3】
前記対象物に関する情報を得る部位が、病変組織切片内の特定の細胞である請求項1に記載の情報取得方法。
【請求項4】
前記インクジェット法による消化酵素の付与が、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を、病変組織切片内の特定の細胞に付与する工程である請求項1から3のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項5】
前記インクジェット法による消化酵素の付与が、温度と湿度が制御された空間内で行われ、かつ、液滴の量が10alから1plの範囲内にある請求項1から3のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項6】
前記湿度が少なくとも80%である請求項7に記載の情報取得方法。
【請求項7】
前記対象物に関する情報を得る部位の決定及び位置特定が、光学顕微鏡観察で得られる観察視野像中で該部位を決定することにより行われ、さらに該観察視野像をxy座標上に置き、該部位をxy座標上の点として該部位を位置特定して記録する請求項1から6のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項8】
前記対象物に関する情報を得る部位の決定が、光学顕微鏡観察で得られたデジタル画像に基づいて、該部位を自動的に決定することにより行われ、更に、該部位をxy座標上の点として位置特定して記録する請求項1から6のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項9】
前記対象物に関する情報を得る部位が、病変組織切片内の特定の細胞であって、かつ、前記xy座標上の点が該細胞の中心点である請求項7または8に記載の情報取得方法。
【請求項10】
前記インクジェット法による消化酵素の付与が、前記記録されたxy座標上の点に基づいて行われる請求項7〜9のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項11】
前記構成物の質量の質量分析計による測定が、前記消化酵素分解処理により得られた構成物を、溶媒を用いて抽出し、該抽出液中の構成物の質量を、質量分析計を用いて測定することにより行われる請求項1から10のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項12】
前記構成物の質量の質量分析計による測定が、前記消化酵素分解処理により得られた構成物の質量を、質量分析計を用いて測定する工程が、消化酵素により分解された構成物を直接、飛行時間型二次イオン質量分析法により質量/電荷比ごとの二次元分布像として測定することにより行われる請求項1から10のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項13】
前記構成物の質量の質量分析計による測定が、前記消化酵素分解処理により得られた構成物を、測定用基材表面へ移動させ、該測定用基材表面上に移動した構成物を、質量分析計を用いて測定することにより行われる請求項1から12のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項14】
前記対象物がタンパク質である請求項1から13に記載の情報取得方法。
【請求項15】
前記タンパク質の消化酵素分解により得られた構成物の質量数が500〜20000の範囲にある請求項14に記載の情報取得方法。
【請求項16】
検体中における対象物の有無を検出する方法であって、請求項1〜3及び11〜13のいずれかに記載の情報取得方法により対象物の存在の有無に関する情報を取得することで、前記検体中における前記対象物の有無を検出することを特徴とする検出方法。
【請求項17】
検体中の対象物を構成する構成物の質量を測定し、該質量から前記対象物に関する情報を取得するための前処理装置であって、
検体を載せた基板を固定するためのステージ、
前記ステージの位置を制御するためのステージ位置制御手段、
検体を光学的に観察する観察手段、
前記光学的に観察した検体像中で決定された対象物に関する情報を得る部位に、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を付与する手段、及び
前記ステージを配置した領域の温度及び湿度を制御するための温度湿度制御手段
を有することを特徴とする前処理装置。
【請求項18】
前記ステージに固定された基板上での前記対象物の一部の前記消化酵素での分解によって得られた構成物を、測定用基板へ移動させるための移動手段を更に有する請求項17に記載の前処理装置。
【請求項19】
検体の対象物を構成する構成物の質量を測定し、該質量から前記対象物に関する情報を取得するための情報取得装置であって、
検体中の対象物を構成する構成物を得るための請求項17または18に記載の前処理装置と、
前記構成物の質量を分析する質量分析装置と、
を有することを特徴とする情報取得装置。
【請求項20】
前記質量分析装置が、飛行時間型二次イオン質量分析装置である請求項19に記載の情報取得装置。
【請求項21】
検体を光学的に観察する工程、
前記の光学的に観察した像を基に、対象物に関する情報を得る部位を決定する工程、
前記部位に、インクジェット法を用いて消化酵素を含む液滴を付与する工程、
前記の消化酵素により分解された構成物を飛行時間型二次イオン質量分析により分析する工程、を自動的に行うための制御系を更に有する請求項20に記載の情報取得装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【公開番号】特開2007−78491(P2007−78491A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−266024(P2005−266024)
【出願日】平成17年9月13日(2005.9.13)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.バブルジェット
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年9月13日(2005.9.13)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.バブルジェット
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
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