説明

摩擦係合装置

【課題】スナップリングが外径側部材の係合溝から抜けることを防止可能な摩擦係合装置を提供する。
【解決手段】クラッチ10は、クラッチハブ11の外周にスプライン係合される内径側摩擦プレート13と、クラッチドラム12の内周にスプライン係合される外径側摩擦プレート14と、外径側摩擦プレート14を内径側摩擦プレート13に圧接させるよう軸方向一方側へ押圧するピストン21と、内径側摩擦プレート13を受け止めるバックプレート16と、クラッチドラム12の係合溝12cに嵌め込まれバックプレート16の軸方向一方側への変位を規制するスナップリング17とを備え、スナップリング17は、このスナップリング17とクラッチドラム12のスプラインとがクラッチドラム12の軸心C1に直交する面内で軸心C1を通る直線L1に関し対称となるように、クラッチドラム12に対し円周方向に位置決めされる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、径方向内外に配置される内径側部材と外径側部材とを一体に結合する係合状態または相対回転可能とする解放状態にするように構成された摩擦係合装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば遊星歯車機構が変速機構部に備えられた車両用の自動変速機においては、遊星歯車機構による動力伝達経路を適宜に変更して任意の変速段を成立させるために、クラッチやブレーキと呼ばれる摩擦係合装置が用いられる。
【0003】
また、例えばベルト式の無段変速機構等が変速機構部に備えられた車両用の自動変速機においても、インプットシャフトから入力される回転動力を正方向または逆方向に切り替える前後進切替機構として、遊星歯車機構が用いられることがある。この場合にも、前後進切替機構としての遊星歯車機構の動力伝達経路を変更するために、上述したような摩擦係合装置が用いられる。
【0004】
摩擦係合装置は、例えば特許文献1に示されるように、径方向内外に配置される内径側部材(例えばクラッチハブ、ブレーキハブなど)と外径側部材(例えばクラッチドラム、ケースなど)とを、一体に結合する係合状態または相対回転可能とする解放状態にするように構成されている。内径側部材の外周には、複数の内径側摩擦プレートが軸方向変位可能かつ相対回転不能に取り付けられ、外径側部材の内周には、複数の外径側摩擦プレートが軸方向変位可能かつ相対回転不能に取り付けられ、両摩擦プレートが軸方向に交互に配置された構成となっている。そして、摩擦係合装置の係合状態では、例えば油圧を供給することによりいずれか一方の摩擦プレートを軸方向一方側へ押圧して他方の摩擦プレートに圧接させることによって両摩擦プレートが一体に結合される。一方、摩擦係合装置の解放状態では、例えば油圧を解放することにより摩擦プレートに付与する押圧力を解除することによって両摩擦プレートが相対回転可能とされる。
【0005】
摩擦係合装置では、複数の外径側摩擦プレートのうち、軸方向他端側に配置される外径側摩擦プレートが、アクチュエータのピストンによって押圧されるようになっている。また、いずれか一方の摩擦プレートの反ピストン側には、その摩擦プレートを受け止めるバックプレート(リテーナプレートとも言う)が配置されており、バックプレートの軸方向一方側への変位がスナップリングによって規制されるようになっている。スナップリングは、略C字形状の止め輪であり、外径側部材の内周側でスプライン溝を横切るように円周方向に沿って設けられる係合溝に係入されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−084751号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、従来では、スナップリングは、摩擦係合装置の作動中、外径側部材の係合溝から抜けないように(外れないように)、スナップリングが装着されている。しかし、例えば、交番トルク(交番荷重)が作用することによって、スナップリングが係合溝から抜ける可能性がある。具体的には、摩擦係合装置の係合状態において正負のトルク入力が交互に加わると、スナップリングは、縮径・拡径を繰り返すように変形する。この場合、スナップリングと外径側部材との位置関係によっては、スナップリングと、このスナップリングと接触する外径側部材およびバックプレートとの間の摩擦力がアンバランスになることがある。そして、これに起因して、スナップリングの縮径変形が拡径変形に比べて進みやすくなり(例えば図4(b)参照)、その結果、スナップリングが外径側部材の係合溝から抜けやすくなる可能性がある。
【0008】
本発明は、そのような問題点を鑑みてなされたものであって、スナップリングが外径側部材の係合溝から抜けることを防止可能な摩擦係合装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上述の課題を解決するための手段を以下のように構成している。すなわち、本発明は、摩擦係合装置であって、径方向内外に配置される内径側部材と外径側部材とを一体に結合する係合状態または相対回転可能とする解放状態にするように構成されており、上記内径側部材の外周にスプライン係合される内径側摩擦プレートと、上記外径側部材の内周にスプライン係合され上記内径側摩擦プレートに軸方向で隣り合う外径側摩擦プレートと、一方の摩擦プレートを他方の摩擦プレートに圧接させるよう軸方向一方側へ押圧するためのピストンと、いずれか一方の摩擦プレートの反ピストン側に配置されて当該摩擦プレートを受け止めるバックプレートと、上記外径側部材の内周側に設けられた係合溝に嵌め込まれ、上記バックプレートの軸方向一方側への変位を規制するスナップリングとを備えている。そして、上記スナップリングは、このスナップリングと上記外径側部材に形成されたスプラインとが、上記外径側部材の軸心に直交する面内でこの軸心を通る直線に関し対称となるように、上記外径側部材に対し円周方向に位置決めされていることを特徴としている。
【0010】
上記構成によれば、摩擦係合装置の係合状態において交番トルクが外径側部材に作用しても、スナップリングと、このスナップリングと接触する外径側部材およびバックプレートとの摩擦力が、上記直線の両側でほぼ均等に発生するようになり、スナップリングに作用する摩擦力のアンバランスが改善される。そして、交番トルクの作用によりスナップリングが縮径・拡径を繰り返すように変形するが、この際、スナップリングの縮径変形が拡径変形に比べて進むことが抑制される。これにより、摩擦係合装置の係合状態において交番トルクが外径側部材に作用したとしてもスナップリングが外径側部材の係合溝から抜けることを防止できる。
【0011】
本発明において、上記スナップリングの位置決めは、スナップリングの外周側の1ヶ所に径方向外向きに設けられた係止爪が、上記外径側部材の内周側の1ヶ所に径方向外向きに設けられた係止溝に係合することによって行われ、上記スナップリングの合口の円周方向中央位置と、上記係止爪の円周方向中央位置とが、上記直線上に位置していることが好ましい。
【0012】
この構成によれば、スナップリングに係止爪を設け、外径側部材に係止溝を設けるという簡単な構成によって、外径側部材に対するスナップリングの位置決めを容易に行うことが可能になる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、摩擦係合装置の係合状態において交番トルクの作用によるスナップリングの縮径変形が抑制されるので、スナップリングが外径側部材の係合溝から抜けることを効果的に防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施形態に係る摩擦係合装置の概略構成を示す断面図である。
【図2】図1の摩擦係合装置のX1−X1線断面の矢視図で、全周を示している。
【図3】図2において、外径側部材からスナップリングとバックプレートと外径側摩擦プレートとを取り外した状態を示す図である。
【図4】交番トルクが作用した際、スナップリングの合口の端部における径方向の変位量の時間変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明を具体化した実施形態について添付図面を参照しながら説明する。
【0016】
以下では、自動車等の車両に搭載される自動変速機の変速機構部に用いられる摩擦係合装置に本発明を適用した実施形態について説明する。
【0017】
まず、本発明の実施形態に係る摩擦係合装置としてのクラッチの概略構成について、図1を参照して説明する。この実施形態では、摩擦係合装置は、径方向内外に配置される内径側部材(クラッチハブ11)と外径側部材(クラッチドラム12)とを、一体に結合する係合状態または相対回転可能とする解放状態に切り替えるクラッチ10とされている。
【0018】
図1に示すように、クラッチ10は、湿式多板クラッチとして構成されている。クラッチ10は、回転可能に設けられた略円筒状のクラッチハブ11と、クラッチハブ11の周囲に回転可能に設けられた略円筒状のクラッチドラム12とを備えている。クラッチハブ11およびクラッチドラム12は、同軸上に配置されている。
【0019】
クラッチハブ11の外周面には、複数の内径側摩擦プレート13がスプライン係合されている。具体的には、内径側摩擦プレート13の内周側の円周数ヶ所には、径方向内向きの突片(図示略)が設けられている。各突片は、クラッチハブ11の外周面に設けられるスプライン溝11aに嵌入されている。これにより、内径側摩擦プレート13がクラッチハブ11に対し軸方向変位可能かつ相対回転不能に設けられている。内径側摩擦プレート13の両面には、摩擦材13aが固着されている。
【0020】
クラッチドラム12の内周面には、複数の外径側摩擦プレート14がスプライン係合されている。具体的には、外径側摩擦プレート14の外周側の円周数ヶ所には、径方向外向きの突片14a(図3参照)が設けられている。各突片14aは、クラッチドラム12の内周面に設けられるスプライン溝12aに嵌入されている。これにより、外径側摩擦プレート14がクラッチドラム12に対し軸方向変位可能かつ相対回転不能に設けられている。
【0021】
内径側摩擦プレート13および外径側摩擦プレート14は、軸方向に交互に配置されている。そして、両摩擦プレート13,14は、油圧式のアクチュエータ20により、一体回転可能な状態と、相対回転可能な状態とに切り替えられるようになっている。具体的には、アクチュエータ20によって油圧を供給し、外径側摩擦プレート14を軸方向の一方側(図1の左方側)に向けて押圧して内径側摩擦プレート13に圧接させることにより、両摩擦プレート13,14が一体回転可能な状態に切り替えられる。一方、アクチュエータ20によって油圧を解放し、外径側摩擦プレート14に対する押圧を解除して外径側摩擦プレート14を内径側摩擦プレート13から離隔させることにより、両摩擦プレート13,14が相対回転可能な状態に切り替えられる。
【0022】
アクチュエータ20は、主として、ピストン21と油圧室22とを含んで構成されている。ピストン21は、内径側摩擦プレート13および外径側摩擦プレート14の軸方向の他方側(図1の右方側)に設けられている。ピストン21は、軸方向にスライド可能に設けられている。ピストン21の外周面とクラッチドラム12の内周面との間にはシール材23aが介装されている。また、ピストン21の内周面とクラッチドラム12のボス12eの外周面との間にもシール材23bが介装されている。このため、クラッチドラム12の閉口端の内面とピストン21との間に液密状態の油圧室22が形成されている。
【0023】
クラッチハブ11には、径方向に貫通した潤滑油供給口11bが形成されており、潤滑油供給口11bを介してクラッチ10の内径側から外径側へ潤滑油が供給されるようになっている。潤滑油供給口11bを介して供給された潤滑油は、内径側摩擦プレート13および外径側摩擦プレート14の間などに供給される。
【0024】
ピストン21と、クラッチドラム12のボス12eにスナップリング27によって固定されたスプリングリテーナ26との間には、リターンスプリング25が圧縮状態で配設されている。リターンスプリング25により、ピストン21が軸方向の他方側に向けて付勢されている。このリターンスプリング25の付勢力は、内径側摩擦プレート13と外径側摩擦プレート14とを離隔させる方向に作用している。
【0025】
内径側摩擦プレート13および外径側摩擦プレート14の軸方向の一方側には、ピストン21により押圧された際に内径側摩擦プレート13および外径側摩擦プレート14を軸方向の一端で支持するためのバックプレート16が設けられている。バックプレート16は、外径側摩擦プレート14と略同じものとされるが、板厚が外径側摩擦プレート14よりも適宜厚く設定されている。バックプレート16にも、外径側摩擦プレート14と同様に、外周側の円周数ヶ所に径方向外向きの突片16a(図3参照)が設けられており、各突片16aがクラッチドラム12のスプライン溝12aに嵌入されている。そして、バックプレート16の軸方向一方への変位がスナップリング17によって規制されるようになっている。
【0026】
スナップリング17は、合口17a(図3参照)を有する略C字形状の止め輪である。スナップリング17は、クラッチドラム12の内周側に設けられた係合溝12c(図2参照)に嵌め込まれている。係合溝12cは、クラッチドラム12の内周側でスプライン溝12aを横切るように形成されている。なお、係合溝12cは、スプライン溝12aの存在によって円周方向に連続せずに途切れている。
【0027】
スナップリング17は、クラッチドラム12の係合溝12cに対し、径方向内向きに適宜圧縮された状態で挿入されている。このため、スナップリング17を常時径方向外向きに拡張しようとする弾性力が発生しており、この弾性力によってスナップリング17が係合溝12cから抜け出にくくなっている。
【0028】
上述のように構成されたクラッチ10の動作について簡単に説明する。
【0029】
まず、アクチュエータ20の油圧室22に図示していない油圧回路から適宜の油圧が供給されると、ピストン21が軸方向一方側へ向けてスライドする。すると、外径側摩擦プレート14が内径側摩擦プレート13側に圧接されるように押圧される。これにより、両摩擦プレート13,14が摩擦係合され一体回転可能な状態となる。その結果、クラッチハブ11とクラッチドラム12とが一体的に結合されて一体回転可能となり、クラッチ10が係合状態となる。
【0030】
一方、油圧回路からの油圧供給が解除されると、リターンスプリング25の付勢力によってピストン21が軸方向他方側へ向けて押し込まれるようにスライドする。すると、ピストン21による外径側摩擦プレート14に対する押圧が解除されて外径側摩擦プレート14が内径側摩擦プレート13から離隔される。これにより、両摩擦プレート13,14が相対回転可能な状態となる。その結果、クラッチハブ11とクラッチドラム12とが相対回転可能な状態となり、クラッチ10が解放状態となる。
【0031】
この実施形態では、上記構成のクラッチ10において、スナップリング17は、クラッチドラム12の内周面に円周方向の移動が規制された状態で取り付けられている。そして、そして、スナップリング17は、このスナップリング17とクラッチドラム12に形成されたスプラインとが、クラッチドラム12の軸心C1に直交する面内で軸心C1を通る直線L1に関し対称な位置に配置されていることを特徴としている。以下、この実施形態の特徴部分について、図1〜図3を参照して詳しく説明する。
【0032】
図2、図3に示すように、クラッチドラム12の内周面には、複数のスプライン溝12aとスプライン歯12bとが交互に形成されている。そして、クラッチドラム12のスプライン(スプライン溝12aおよびスプライン歯12b)は、欠歯のない対称な構造となっている。つまり、クラッチドラム12の内周面の全周にわたってスプライン溝12aとスプライン歯12bとが等間隔に配置されている。
【0033】
この実施形態では、クラッチドラム12のスプラインは、クラッチドラム12の軸心C1に直交する面内で軸心C1を通る直線L1に関し対称に設けられている。つまり、軸方向(軸心方向)の一方側から見たとき、クラッチドラム12のスプラインは、線対称な形状となっている。具体的には、直線L1は、クラッチドラム12の軸心C1と、クラッチドラム12を軸方向の一方側から見たときのスプライン歯12bの円周方向中央位置C2とを通る直線となっている。なお、図3に示すように、外径側摩擦プレート14およびバックプレート16も、軸方向の一方側から見たときそれぞれ線対称な形状となっている。
【0034】
図2に示すように、スナップリング17は、クラッチドラム12に回り止めされており、その円周方向の移動が規制されている。この実施形態では、スナップリング17に設けられた係止爪17bが、クラッチドラム12に設けられた係止溝12dに係合することによって、クラッチドラム12に対しスナップリング17が円周方向に位置決めされている。
【0035】
具体的には、図2、図3に示すように、スナップリング17の外周側の1ヶ所に径方向外向きの突部(係止爪)17bが形成されている。係止爪17bは、スナップリング17の円周方向において合口17aとは反対側の位置、つまり、180度異なる位置に設けられている。したがって、スナップリング17は、図3に示すように、左右対称な形状となっている。つまり、スナップリング17は、合口17aの円周方向中央位置C3と、係止爪17bの円周方向中央位置C4とを通る直線L2に関し対称となるような形状となっている。
【0036】
また、図2、図3に示すように、クラッチドラム12の内周側の1ヶ所に径方向外向きの凹部(係止溝)12dが形成されている。係止溝12dは、スプライン歯12bの円周方向中央位置に設けられている。係止溝12dは、スナップリング17の係止爪17bと一致した形状となっている。係止溝12dは、スナップリング17が嵌め込まれる係合溝12cの1ヶ所に設けられており、その1ヶ所を係合溝12cの円周方向前後の部分よりも径方向外向きにさらに窪ませた部分となっている。
【0037】
そして、スナップリング17をクラッチドラム12に組み付ける際、図2に示すように、スナップリング17の係止爪17bをクラッチドラム12の係止溝12dに係合させることによって、スナップリング17のクラッチドラム12に対する円周方向の移動が規制される。このとき、スナップリング17は、上記直線L1に関し対称な位置でクラッチドラム12に対し円周方向に位置決めされている。この場合、図3に示す上記直線L2が、図2に示す上記直線L1と一致することになり、スナップリング17の合口17aの円周方向中央位置C3と係止爪17bの円周方向中央位置C4とが、上記直線L1上に位置することになる。
【0038】
この実施形態によれば、クラッチ10において、スナップリング17とクラッチドラム12のスプラインとが上記直線L1に関し対称配置されるようにスナップリング17の位置決めが行われているので、クラッチ10の作動中、スナップリング17がクラッチドラム12の係合溝12cから抜けることを防止することができる。この点について、従来の場合と比較しながら詳しく説明する。
【0039】
ここで、まず、非対称な形状のクラッチドラム(欠歯のあるクラッチドラム)を備えたクラッチの場合、クラッチドラムの切欠部にスナップリングの合口の端部が引っ掛かることで、スナップリングがクラッチドラムの係合溝から抜けることが懸念されていた。このため、従来では、スナップリングに係止爪等を設けることによってクラッチドラムに対する回り止めが行われていた。
【0040】
一方、この実施形態と同様の対称な形状のクラッチドラム(欠歯のないクラッチドラム)を備えたクラッチの場合、スナップリングの合口の端部が引っ掛かることでスナップリングがクラッチドラムの係合溝から抜けることはない。このため、従来では、コスト削減の観点からスナップリングに係止爪等の位置決め手段は設けられていなかった。しかしながら、既に述べたように、欠歯のないクラッチドラムを備えたクラッチにおいても、クラッチの係合状態において交番トルクがクラッチドラムに作用することによって、図4(b)に示すように、スナップリングの縮径変形が進む結果、スナップリングがクラッチドラムの係合溝から抜けやすくなるといった問題がある。
【0041】
この実施形態では、欠歯のないクラッチドラム12を備えたクラッチ10において、スナップリング17とクラッチドラム12との位置関係を、スナップリング17とクラッチドラム12のスプラインとが上記直線L1に関し対称配置されるような位置関係に設定している。これにより、クラッチ10の係合状態において交番トルクがクラッチドラムに12に作用しても、スナップリング17と、このスナップリング17と接触するクラッチドラム12およびバックプレート16との摩擦力が、上記直線L1の左右両側でほぼ均等に発生するようになる。このため、スナップリング17に作用する摩擦力のアンバランスが改善される。
【0042】
そして、交番トルクの作用によりスナップリング17が縮径・拡径を繰り返すように変形するが、この実施形態では、図4(a)に示すように、図4(b)の場合に比べスナップリング17の縮径変形が進むことが抑制される。図4は、クラッチ10の係合状態において交番トルクがクラッチドラムに12に作用した際、スナップリング17の合口17aの両端部における径方向の変位量(縮径量・拡径量)の時間変化を示している。図4(a)は、この実施形態の場合を示しており、スナップリング17の合口17aの一方の端部における径方向の変位量の変化をC11で示し、他方の端部における径方向の変位量の変化をC12で示している。図4(b)は、スナップリングをこの実施形態の場合よりもわずかな角度(例えば数度)だけ円周方向にずらして非対称に配置した場合を示しており、スナップリングの合口の一方の端部における径方向の変位量の変化をC21で示し、他方の端部における径方向の変位量の変化をC22で示している。図4(b)によれば、非対称配置の場合には、時間の経過とともに、スナップリングの合口の両端部において縮径変形が進行することが分かる。これに対し、図4(a)によれば、対称配置の場合には、時間が経過しても、スナップリング17の合口17aの両端部において縮径変形が進行しにくくなることが分かる。
【0043】
したがって、以上より、クラッチ10の係合状態において交番トルクの作用によるスナップリング17の縮径変形が抑制されるので、スナップリング17がクラッチドラム12の係合溝12cから抜けることを効果的に防止することができる。
【0044】
なお、上記実施形態では、軸方向の一方側から見たとき、スナップリング17の合口17a内にクラッチドラム12のスプライン歯12bが1つ含まれている位置でスナップリング17が位置決めされている例を挙げた(図2参照)。これに限定されず、スナップリング17とクラッチドラム12のスプラインとが上記直線L1に関し対称配置されるようにスナップリング17が位置決めされていれば、スナップリング17の合口17a内にあるクラッチドラム12のスプラインはどのような形態であってもよい。要するに、軸方向の一方側から見たとき、スナップリング17の合口17a内にあるクラッチドラム12のスプラインが上記直線L1に対称に配置されていればよい。
【0045】
なお、上記実施形態では、摩擦係合装置の一例としてクラッチを挙げたが、クラッチ以外の摩擦係合装置にも本発明は適用可能である。例えば、車両用の自動変速機等の変速機構部に用いられるブレーキにも本発明は適用可能である。この場合、外径側部材は、例えばトランスミッションケース等の非回転の部材とされ、また、内径側部材は、例えばブレーキハブ等の外径側部材に対して回転可能な部材とされる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、車両用の自動変速機等の変速機構部に用いられる摩擦係合装置に利用可能である。
【符号の説明】
【0047】
10 クラッチ(摩擦係合装置)
11 クラッチハブ(内径側部材)
12 クラッチドラム(外径側部材)
12a スプライン溝
12b スプライン歯
12c 係合溝
12d 係止溝
13 内径側摩擦プレート
14 外径側摩擦プレート
16 バックプレート
17 スナップリング
17a 合口
17b 係止爪
21 ピストン
C1 軸心
L1 直線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
径方向内外に配置される内径側部材と外径側部材とを一体に結合する係合状態または相対回転可能とする解放状態にするように構成された摩擦係合装置であって、
上記内径側部材の外周にスプライン係合される内径側摩擦プレートと、
上記外径側部材の内周にスプライン係合され、上記内径側摩擦プレートに軸方向で隣り合う外径側摩擦プレートと、
一方の摩擦プレートを他方の摩擦プレートに圧接させるよう軸方向一方側へ押圧するためのピストンと、
いずれか一方の摩擦プレートの反ピストン側に配置されて当該摩擦プレートを受け止めるバックプレートと、
上記外径側部材の内周側に設けられた係合溝に嵌め込まれ、上記バックプレートの軸方向一方側への変位を規制するスナップリングとを備え、
上記スナップリングは、このスナップリングと上記外径側部材に形成されたスプラインとが、上記外径側部材の軸心に直交する面内でこの軸心を通る直線に関し対称となるように、上記外径側部材に対し円周方向に位置決めされていることを特徴とする摩擦係合装置。
【請求項2】
請求項1に記載の摩擦係合装置において、
上記スナップリングの位置決めは、スナップリングの外周側の1ヶ所に径方向外向きに設けられた係止爪が、上記外径側部材の内周側の1ヶ所に径方向外向きに設けられた係止溝に係合することによって行われ、
上記スナップリングの合口の円周方向中央位置と、上記係止爪の円周方向中央位置とが、上記直線上に位置していることを特徴とする摩擦係合装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−127704(P2011−127704A)
【公開日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−287328(P2009−287328)
【出願日】平成21年12月18日(2009.12.18)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】