説明

樹脂成形体の製造方法

【課題】金属微粒子について、樹脂の溶融温度において熱分解し難く、且つ、高圧二酸化炭素に対して高い溶解度が得られるようにして樹脂へ導入し、この樹脂を用いて成形する樹脂の成形体の製造方法を提供する。
【解決手段】樹脂成形体の製造方法は、フッ素含有金属錯体およびそれを溶解できるフッ素系溶液を高圧二酸化炭素に溶解させて、高圧流体を生成することと、加熱溶融した樹脂に高圧流体を導入することと、高圧流体を導入した樹脂を成形して、成形体を成形することとを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂成形体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、超臨界二酸化炭素などの超臨界流体を溶媒として利用する研究が盛んである。超臨界流体は、表面張力がゼロであって気体並みの拡散性を有するとともに、液体に近い密度を有しているため、溶媒としても機能する。このような超臨界流体の物性を利用した新たな製造方法の一つとして、プラスチック成形品の無電解メッキ法が提案されている(例えば、非特許文献1参照)。無電解メッキ法において超臨界流体を用いることにより、従来のプラスチック成形品の無電解メッキ膜の形成技術における、以下に説明する問題点を克服することができる。
【0003】
従来の無電解メッキ法は、電子機器などの樹脂の成形体に金属膜を形成する手段として広く利用されている。従来のプラスチックの無電解メッキプロセスは、材料などに応じて多少の差異があるものの一般的に、樹脂成形工程、成形体の脱脂工程、エッチング工程、中和及び湿潤化工程、触媒付与工程、触媒活性化工程、無電解メッキ工程を含む。そして、エッチング工程では、クロム酸溶液やアルカリ金属水酸化物溶液などを用いる。
【0004】
そのため、従来の無電解メッキ法では、エッチング液の中和などの後処理が必要であり、その後処理がコスト高の要因となっている。また、エッチング工程において上述した毒性の高いエッチャントを用いるので、その取り扱いに問題がある。欧州では、電気・電子製品に含まれる特定有害化学物質を規制するRoHS(Restriction of the use of certain Hazardous Substances in electrical and electric equipment)指令が制定された。これにより、材料メーカーおよび部品供給メーカーは、2006年7月1日以降に欧州市場へ投入する新しい電気・電子機器について六価クロム等が含まれていないことを保証しなければならない。メッキ技術をとりまく環境の変化により、メーカーにとって、環境負荷が大きい従来のプラスチックの無電解メッキプロセスを代替プロセスへ移行させることが急務の課題となっている。
【0005】
非特許文献1に記載された方法では、有機金属錯体を超臨界二酸化炭素に溶解させ、この超臨界二酸化炭素を各種ポリマーの成形体に接触させている。これにより、ポリマー成形体の表面に有機金属錯体を浸透する。さらに、有機金属錯体が浸透したポリマー成形体に対して加熱処理や化学還元処理することにより、有機金属錯体を還元して金属微粒子を析出させる。以上の一連の処理により、ポリマー成形体の表面が改質され、ポリマー成形体に対して無電解メッキが可能となる。このプロセスにはエッチング工程が含まれていないので、従来の無電解メッキプロセスと違って、エッチング液の廃液処理が不要である。また、メッキ膜の密着性を確保するために成形体の表面をエッチング液により粗化する必要がないので、成形体およびメッキ膜の表面粗さは、エッチング液を用いる従来の無電解メッキプロセスのものより平滑性に優れている。
【0006】
ただし、非特許文献1の超臨界流体を用いた無電解メッキ法では、成形後に、ポリマー成形品の表面を超臨界二酸化炭素によって軟化させることにより、超臨界流体および改質材料である金属錯体をポリマー内部に浸透させる。そのため、成形品の外形が軟化によって崩れ、成形品の成形精度を維持できないことがあった。また、非特許文献1の超臨界流体を用いた無電解メッキ法は、成形したポリマー成形品を高圧容器に入れて、高圧容器内でポリマー成形品に金属錯体を浸透させるバッチ処理であるため、連続生産性に欠ける。また、大型の成形品については、それに応じた高圧容器を使用する必要があるため、不向きであった。
【0007】
本発明者らは、このプロセス原理を応用して、射出成形においてプラスチック成形品に金属微粒子を偏析させることで、成形品への無電解メッキを可能とする成形体の表面改質方法を提案した(特許文献1)。詳しくは、例えば金属錯体等の金属微粒子を高圧の超臨界二酸化炭素に溶解させ、この超臨界二酸化炭素を射出成形機の熱可塑性シリンダーのフローフロント部に導入させ、さらにこの熱可塑性樹脂を射出成形することで、射出成形と同時にプラスチック成形品に金属微粒子を偏析させる。これにより、成形品に、成形と同時に、無電解メッキの触媒核となる金属微粒子を浸透させることができ、しかも、成形品の表面部分に金属微粒子を偏析させることができる。また、成形工程とメッキ工程との間において、上述した浸透処理や、エッチング処理などのメッキ前処理が不要となる。
【0008】
【非特許文献1】堀照夫著「超臨界流体の最新応用技術」株式会社エヌ・ティー・エス出版、p.250−255(2004)
【特許文献1】特許2625576公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、その後の本発明者らの検討により、特許文献1の成形体の表面改質方法では、樹脂へ導入する金属微粒子として、樹脂の加熱溶融温度に耐えられるものを選択する必要があることが分かった。つまり、成形品に応じて使用する樹脂が決まると、樹脂の加熱溶融温度が決まり、それによって使用可能な金属微粒子の種類などが制限されてしまうことが分かった。
【0010】
また、特許文献1の成形体の表面改質方法では、金属微粒子を樹脂へ導入するために高圧二酸化炭素を用いる。このため、金属微粒子としては、高圧二酸化炭素に好適に溶解できるものを選択する必要があることが分かった。また、樹脂へ導入できる金属微粒子の最大量は、金属微粒子の超臨界二酸化炭素への溶解度と、樹脂へ導入可能な超臨界二酸化炭素の最大量とにより二重に制限されてしまうことが分かった。
【0011】
このように特許文献1の成形体の表面改質方法では、金属微粒子(メッキの触媒核となる金属材料)として、高圧の超臨界二酸化炭素に好適に溶解するとともに、加熱溶融した熱可塑性樹脂に導入した直後に十分に拡散する前に変性したり析出したりし難いものを選択することが望ましい。すなわち、成形装置内の高温状態下においても熱分解し難く、かつ、高圧二酸化炭素に対する溶解度が極めて高い金属微粒子が望ましい。しかし、この2つの要望を同時に満たす金属微粒子は極めて少ない。
【0012】
そこで、本発明者らは、金属微粒子自体に着目するのでなく、別のアプローチで研究を重ねた。その結果、金属錯体を所定の状態で用いることにより、高圧二酸化炭素に対する金属錯体の溶解度が高まり、しかも、金属錯体がその熱分解温度より高温になっても熱分解し難くなる性質を生じることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明の目的は、金属微粒子について、樹脂の溶融温度において熱分解し難く、且つ、高圧二酸化炭素に対して高い溶解度が得られるようにして樹脂へ導入し、この樹脂を用いて成形する樹脂成形体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の第一の態様によれば、樹脂の成形体の製造方法であって、フッ素含有金属錯体およびそれを溶解できるフッ素系溶液を高圧二酸化炭素に溶解させて、高圧流体を生成することと、加熱溶融した樹脂に高圧流体を導入することと、高圧流体を導入した樹脂を成形して、成形体を成形することとを含む樹脂成形体の製造方法が提供される。
【0015】
この第一の態様では、加熱溶融した樹脂へ導入される高圧流体では、高圧二酸化炭素に、フッ素含有金属錯体とともにこれを溶解できるフッ素系溶液が溶解される。フッ素系溶液は、フッ化物の一種であって高圧二酸化炭素に溶解し易い特性を有する。そのため、金属錯体自体が高圧二酸化炭素に溶解し易い性質を持たなくとも、金属錯体が高圧二酸化炭素に溶解し易くなる。
【0016】
また、高圧流体にフッ素系溶液を混ぜることにより、金属錯体の耐熱性が向上して熱分解し難くなる。これは、高圧流体中で、金属錯体がフッ素系溶液により被覆された状態になるためであると考えられる。
【0017】
このように第一の態様では、フッ素含有金属錯体とフッ素系溶液とを組合せることに
より、フッ素含有金属錯体の耐熱性を向上させ、且つ、高圧二酸化炭素に対するフッ素含有金属錯体の溶解度を向上できる。そのため、たとえば熱分解温度が樹脂(熱可塑性樹脂)の溶解温度より低いために使用できなかった金属錯体や、高圧二酸化炭素に対して十分に溶解しない金属錯体を、成形体の表面改質に利用できる。すなわち、成形体の表面改質に利用可能な金属錯体の選択範囲を、金属錯体単体では利用できなかった範囲にまで広げることができる。そして、その範囲から選択された金属錯体を用いて、すなわち高温状態においても熱分解し難く、かつ、高圧二酸化炭素に対して高い溶解度が得られる金属錯体を用いて、成形体の表面を改質できる。
【0018】
しかも、第一の態様では、フッ化物として、固体ではなく液体を使用しているので、粉状の金属錯体をフッ素系溶液と均一に混合できる。そのため、フッ素系溶液(フッ化物)を混合したことによる効果を、高圧二酸化炭素に溶解させる略全ての金属錯体について期待できる。
【0019】
さらに、第一の態様では、高圧流体に含ませたフッ素系溶液は、高圧流体を導入した樹脂を成形し終えるまでに成形体から自然に揮発(放出)して、成形した成形体に残留しない。そのため、成形後に成形体からフッ素系溶液を抜く工程が不要である。成形後に成形体に対してフッ素系溶液を抜く処理をすることなく、メッキ膜の形成が可能である。しかも、成形体の表面精度は、成形型の精度となる。なお、成形した成形体にはフッ素系溶液(フッ化物)が残留していないことは、成形後の成形体を分析して確認した。また、フッ素系溶液が揮発することにより、金属錯体が成形品の表面に浮き出ることが助長され、金属錯体がブリードアウトし易くなる。
【0020】
第一の態様において、高圧流体が導入される樹脂としては、熱可塑性樹脂などの任意のものを用い得るが、例えば、ポリエステル系等の合成繊維、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリメチルメタクリレート、ポリカーボネート、アモルファスポリオレフィン、ポリエーテルイミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ABS系樹脂、ポリアミドイミド、ポリ乳酸、ポリフタルアミド、ナイロン樹脂等の熱可塑性樹脂などがある。また、これらの複合材料でもよい。また、ガラス繊維、カーボン繊維、ナノカーボン、炭酸カルシウム等のミネラル等、各種無機フィラー等を混練させた樹脂材料を用いてもよい。
【0021】
高圧二酸化炭素としては、超臨界二酸化炭素、亜臨界二酸化炭素、液体二酸化炭素、気体二酸化炭素などを用い得る。また、高圧二酸化炭素に対するフッ素系溶液の溶解度を向上させるために、高圧流体に、少量のエタノール等の有機溶剤をエントレーナとして混合させてもよい。なお、フッ素化合物をある程度溶解する媒体としては高圧二酸化炭素の他にも、空気、水、ブタン、ペンタン、メタノール等などがあるが、高圧二酸化炭素は、有機材料に対する溶解度がnヘキサン並みであり、無公害であり、しかも、プラスチックに対する親和性が高いので最適である。
【0022】
そして、フッ素含有金属錯体およびフッ素系溶液を高圧二酸化炭素に溶解させることが、高圧二酸化炭素として、5〜25MPaの圧力の高圧二酸化炭素を用いてもよい。高圧二酸化炭素に対する金属錯体等の溶解度は、圧力の上昇とともに高くなる。圧力が5MPa未満になると金属錯体等の溶解度が極めて低くなり、成形したプラスチックにおいて金属錯体等による有効な表面改質効果(フッ素化合物の浸透効果)が得られない。また、25MPaを越える高圧になると、浸透性が高くなり過ぎるため、成形したプラスチックにおける発泡を抑制することが困難となる可能性がある。
【0023】
金属錯体は、無電解メッキの触媒核として用いられるものである。金属錯体は任意であるが、例えば、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)、ニッケル(II)ヘキサフルオロアセチルアセトナトハイドライド、ヘキサフルオロアセチルアセトナトヒドレート銅(II)、ヘキサフルオロアセチルアセトナトプラチナ(II)、ヘキサフルオロアセチルアセトナト(トリメチルホスフィン)銀(I)、ジメチル(ヘプタフルオロオクタネジオネート)銀(AgFOD)等が用い得る。より望ましくは、高圧二酸化炭素に対する溶解度が著しく高いフッ素含有金属錯体、例えばヘキサフルオロアセチルアセトナートパラジウム(II)が用い得る。
【0024】
フッ素系溶液は、フッ素化合物の溶液であり、成形品における金属錯体の表面偏析性を向上させるための助剤としても機能し得る。たとえば、パーフルオロトリペンチルアミン、パーフルオロ−2,5,8,11,14−ペンタメチル−3,6,9,12,15−ペンタオキサオクダテカノイルフルオリドなどがある。例えば、フッ素含有のヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)は、高圧二酸化炭素に対する溶解度が非常に高く、メッキの触媒核としても非常に有効であるが、大気もしくは窒素雰囲気での熱分解開始温度が約70℃であって熱分解温度が低い。また、高圧二酸化炭素に溶解すると耐熱性が若干向上するため、高温の樹脂内に浸透させても直ちに熱分解してしまうことはないが、樹脂内での滞留時間が長くなると熱分解してしまう。そのため、樹脂中に均一分散する前に、熱分解してしまう。この場合、フッ素含有のヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)は、成形品の表面近くに偏析しにくくなり、自重により成形品の内部に埋もれ易くなってしまう。また、高圧二酸化炭素に飽和溶解させた金属錯体は、急激な温度変化や圧力変化のために高圧二酸化炭素に不溶になり、樹脂に導入する前に異常析出してしまうこともある。これらの不具合現象を抑制するために、高圧流体にフッ素系溶液を混合することが有効である。金属錯体がフッ素含有物質であるため、同じフッ素系の溶液を用いることで相溶し易くなる。しかも、フッ素系の材料は、高圧二酸化炭素に対しても良好に溶解する特性を有するため、金属錯体の溶解度を向上させる働きが生じる。
【0025】
なお、フッ素系溶液は、150℃〜400℃の沸点を有してもよい。沸点が150℃未満のフッ素系溶液は、高温の樹脂内に浸透すると直ちに気化してしまい、樹脂内に均一分散し難い。また、本発明者らの検討によって、例えば、熱分解温度が低いヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)金属錯体が高沸点のフッ素系溶液に溶解して相溶すると、耐熱温度が上昇することがわかってきた。これは、この耐熱の低い金属錯体が耐熱の高いフッ素系溶液に覆われ、金属錯体の耐熱温度が見かけ上、上昇するためであると考えられる。しかし、フッ素系溶液の沸点が400℃を越えると、フッ素系溶液によって金属錯体を熱的に安定に保つ機能が強く働きすぎるため、金属錯体を樹脂に浸透させても、熱還元等により金属触媒として機能させ難くなってしまう。
【0026】
また、フッ素系溶液の分子量は、500〜15000でもよい。フッ素系溶液は、その分子量が15000を越えると、溶融樹脂から抜け出しにくくなる。また、高圧二酸化炭素に対する溶解度が低下し、しかも、分子量の重さから射出成形時に成形体の表面部分へブリードアウト(浮き出し)しにくくなるため、その結果として、成形体の表面近傍へフッ素化合物を均一に分散させる効果が低下する。しかし、分子量が500未満であると、フッ素系溶液自体がプラスチック中に滞留し難くなり、樹脂へ導入する時に表面から抜け出やすくなってしまう。なお、樹脂との相溶性を考慮しても、フッ素系溶液の分子量の範囲は範囲であることが望ましい。
【0027】
そして、第一の態様における高圧二酸化炭素に対する溶解性、分子量、沸点条件を満たすフッ素化合物としては、例えば、下記化1に示すPerfluorotripentylamine (分子式:C1533N(シンクエスト・ラボラトリー製、分子量:821.1、沸点:220℃)の溶液、下記化2に示すPerfluoro−2,5,8,11,14−pentamethyl−3,6,9,12,15−pentaoxaoctadecanoyl fluoride (分子式:C1836(シンクエスト・ラボラトリー製、分子量:996.2、沸点:235℃)の溶液がある。
【0028】
【化1】

【0029】
【化2】

【0030】
この他にも、フッ素化合物としては、たとえば、Perfluoro−2,5,8−trimethyl−3,6,9−trioxadodecanoic acid,methyl ester (分子量:676、沸点:196℃)、Perfluorooctadecanoic acid (分子量:915、沸点:235℃)、Perfluoro (tetradecahydrophenanthrene) (分子量:624、沸点:215℃)、SpectraSynQ1621(分子量:2120、沸点:220℃)、1H,1H−Perfluoro−1−octadecanol (分子量:900、沸点:211℃)、Hecakis (1H,1H,5H−octafluoropentoxy) phosphazene (分子量:1521、沸点:207℃)、1,2−Bis (dipentafluorophenylphosphino) ethane (分子量:758、沸点:190℃)、Perfluorododecanoic acid (分子量:614、沸点:245℃)、Perfluoro−2,5,8,11−tetramethyl−3,6,9,12−tetraoxapentadecanoyl fluoride (分子量:830、沸点:203℃)、Perfluorohexadecanoic acid (分子量:814、沸点:211℃)、Perfluoro−1,10−decanedicarboxylic acid (分子量:610、沸点:240℃)などもある。
【0031】
ところで、第一の態様では、フッ素含有金属錯体およびフッ素系溶液を高圧二酸化炭素に溶解させることが、フッ素含有金属錯体をフッ素系溶液に溶解させることと、フッ素含有金属錯体が溶解したフッ素系溶液を高圧二酸化炭素に溶解させることとを含んでもよい。
【0032】
このように、まず、フッ素含有金属錯体をフッ素系溶液に溶解させて混合液体を生成することで、フッ素含有金属錯体をフッ素系溶液に均一に混ぜることができる。そのため、その後に高圧二酸化炭素に溶解させた際に、混合液体中に、フッ素系溶液により保護されていないフッ素含有金属錯体が生じないようにすることができる。ほぼすべての金属錯体の耐熱性を向上できる。
【0033】
また、第一の態様では、フッ素含有金属錯体をフッ素系溶液に溶解させることが、さらにフッ素含有金属錯体をフッ素系溶液に溶解させて、混合液体を生成することと、混合液体を高圧にすることとを含んでもよい。
【0034】
このように、まず、フッ素含有金属錯体をフッ素系溶液に溶解し、その後にこの混合液体を高圧にすることで、フッ素含有金属錯体をフッ素系溶液へ溶解させる処理を低圧環境下(通常の圧力環境下)で実施できる。そのため、大気開放された容器内で、フッ素含有金属錯体をフッ素系溶液へ溶解できる。これに対して、たとえばフッ素系溶液を使用しない場合などでは、フッ素含有金属錯体を高圧容器に仕込んで、この高圧容器内で金属錯体と高圧二酸化炭素とを混合する必要があって、金属錯体の溶解濃度(溶解度)を維持するためには定期的に金属錯体を追加するために高圧容器を減圧、開閉および昇圧する必要があった。そのため、この仕込み作業が、連続生産を低下させる一因であった。そして、上述したように大気開放された容器内でフッ素含有金属錯体をフッ素系溶液へ溶解することで、金属錯体の仕込み作業により連続生産を低下させないようにできる。
【0035】
また、第一の態様では、フッ素含有金属錯体およびフッ素系溶液を高圧二酸化炭素に溶解させることが、フッ素含有金属錯体およびフッ素系溶液を第一の高圧二酸化炭素に飽和溶解させることと、フッ素含有金属錯体およびフッ素系溶液が飽和溶解した第一の高圧二酸化炭素に、フッ素含有金属錯体およびフッ素系溶液が溶解していない第二の高圧二酸化炭素を混合させることとを含んでもよい。
【0036】
このように、第一の高圧二酸化炭素に対して金属錯体およびフッ素系溶液を飽和溶解させ、その上で、第二の高圧二酸化炭素を混合させることで、混合後の高圧流体において、金属錯体およびフッ素系溶液を未飽和溶解度にすることができる。これらが飽和溶解度で溶解している場合には、成形装置へ金属錯体を供給する過程において、たとえば加熱シリンダーへの導入の際の急激な温度および圧力変動によって、金属錯体の熱分解や異常析出が生じ易かったが、そのような問題が発生しないようにできる。
【0037】
しかも、第一の高圧二酸化炭素に対する第二の高圧二酸化炭素の混合比を調整することで、混合後の高圧流体における金属錯体等の溶解度を、所望の任意の未飽和溶解度に安定的に調整することができる。そして、金属錯体等の溶解度が任意の未飽和溶解度に安定するので、この高圧流体の供給時間の制御などにより、樹脂に導入する金属錯体の量を容易に且つ最適に調整できる。
【0038】
これに対して、金属錯体等の高価な材料のみを高圧二酸化炭素に溶解させる場合、高圧二酸化炭素に溶解した金属錯体の量(ひいては樹脂への導入量を)を安定化させるために、金属錯体を高圧二酸化炭素に飽和溶解度で溶解させることになる。この場合、金属錯体が飽和溶解していることに起因して、金属錯体の熱分解や異常析出が生じ易く、コストアップなどを招く結果となる。
【0039】
すなわち、金属錯体を高圧二酸化炭素に飽和溶解度で溶解させた場合、金属錯体の樹脂への供給量は、二酸化炭素の樹脂への供給量により調整する必要がある。しかしながら、高圧二酸化炭素は単に樹脂へ供給すればよいのではなく、成形体のボリュームや成形条件に応じた最適な量で供給するようにしなければならない。なぜなら、樹脂への高圧二酸化炭素の供給量が少なすぎると、樹脂内で金属錯体が十分に拡散できなくなり、多すぎると、高圧二酸化炭素自体が樹脂に浸透しきれなくなって金属錯体が分離しやすくなるからである。そして、金属錯体などが樹脂に浸透しきれない場合には、その結果として成形した成形体において変形や発泡が発生し易くなるからである。このように二酸化炭素についての樹脂への供給量にも最適化が必要であるため、二酸化炭素の樹脂への供給量により金属錯体の樹脂への供給量を調整しようとしても、この金属錯体の樹脂への供給量が、高圧二酸化炭素についての樹脂への供給量に従って決定されてしまうことになる。その結果、高圧二酸化炭素に飽和溶解度で溶解した金属錯体は、原則的には、樹脂へ過剰に供給されてしまうことになる。これに対して、第一の態様では、高圧二酸化炭素の樹脂への供給量と、金属錯体の樹脂への供給量とを別々に独立して調整できるので、この2つの供給量を共に最適化できる。そのため、最適量の高圧二酸化炭素を樹脂へ供給しつつ、金属錯体の熱分解または異常析出を予防し、しかも、金属錯体の過剰な供給を抑えてコストアップを抑制できる。
【0040】
ところで、第一の態様において、樹脂の成形方法は任意であり、射出成形方法、押し出し成形方法、圧縮成形方法等であればよい。また、射出成形法では、加熱シリンダーの先端部であるフローフロント部の可塑化溶融樹脂に、計量後のサックバック動作中に高圧流体を導入する方法(フローフロント法)であっても、射出充填後の金型を動かして充填されている樹脂と金型との隙間を形成して、この隙間に高圧流体を導入する方法(コアバック法)であっても、または、2本ある中の1本の加熱シリンダー内の可塑化溶融樹脂と高圧流体とを全体的に混錬して、2本の加熱シリンダーを打ち分けてサンドイッチ成形や2色成形方法等により成形品の表皮や一部分のみを高圧二酸化炭素を用いて改質した材料により形成する方法(スクリュー混錬法)であってもよい。
【0041】
また、第一の態様では、金型と、樹脂を加熱溶融するとともにその加熱溶融した樹脂を金型へ射出する加熱シリンダーとを備える射出成形機を用いた樹脂成形体の製造方法であって、加熱溶融した樹脂に高圧流体を導入することが、高圧流体を加熱シリンダー内で加熱溶融した樹脂へ導入することを含み、高圧流体を導入した樹脂を成形することが、高圧流体の導入がなされた樹脂を加熱シリンダーから金型へ射出することを含んでもよい。この場合において、高圧流体が導入されて混練される樹脂は、加熱シリンダーの全体の樹脂であっても、スクリュー前方にあたるフローフロント部の樹脂のみだけであってもよい。
【0042】
このように射出成形機を利用し、その加熱シリンダーへ高圧流体を導入することで、溶融樹脂へ直接に金属錯体などを導入できる。そのため、たとえば成形後の成形体を高圧容器へ金属錯体とともに仕込んで成形体に金属錯体を浸透させる場合などに比べて少ない、必要最小限の金属錯体を使用して所望の表面改質効果を得ることができる。金属錯体による表面改質効果を損なうことなく、1回の金属錯体の使用量を減らすことができる。特に、高圧流体にはフッ素系溶液が含まれていて金属錯体の耐熱性が向上しているので、樹脂を溶融するために高温に加熱された加熱シリンダーへ高圧流体を導入しても、導入直後に導入口において金属錯体が熱分解したり析出したりしてしまうことはなく、加熱シリンダー内の溶融樹脂に対して金属錯体を略均一に混合できる。
【0043】
また、この射出成形機を用いた樹脂成形体の製造方法では、フッ素系溶液(フッ素化合物)が溶解した高圧二酸化炭素を、例えば加熱シリンダー内の溶融樹脂のフローフロント部に導入させるので、その後に、加熱シリンダー内の溶融樹脂を金型に射出すると、まず、フッ素系溶液が浸透したフローフロント部の溶融樹脂が金型へ射出され、次に、フッ素系溶液が浸透していない溶融樹脂が金型へ射出される。
【0044】
フッ素系溶液が浸透したフローフロント部の溶融樹脂は、金型へ射出されると、金型内における流動樹脂のファウンテンフロー現象(噴水効果)により、金型の内面(表面)に引っ張られて接した状態を維持しながら金型内に拡散する。また、フッ素系溶液が浸透していない溶融樹脂は、金型へ射出されると、既に金型へ射出充填されたフローフロント部の溶融樹脂の内部に入り込むようにして広がり、フローフロント部の溶融樹脂の塊を内側から押し広げることになる。このファウンテンフロー現象が生じる原因としては、たとえば、金型の内面に接する部分ではその内面との接触抵抗などによって樹脂が流動し難いのに対して、樹脂の真ん中では樹脂が流動し易いためであると考えられる。
【0045】
このため、フローフロント部の溶融樹脂により、成形品の表面部分(表面層、スキン層)が形成される。つまり、この樹脂成形体の製造方法では、フッ素系溶液(フッ素化合物)が分散したスキン層と、フッ素系溶液(フッ素化合物)がほとんど分散していないコア層とからなる成形体が得られる。成形体の内部(コア層)に金属錯体が不要に分布しないようにしつつ、成形体の表面部分(スキン層)に効果的に金属錯体を偏析させることができる。
【0046】
さらに、スキン層のフッ素系溶液(フッ素化合物)は、フッ素を含有するため表面エネルギーが低く、且つ、分子量が小さいため、スキン層の表面へ浮き出ようと樹脂内を移動する(ブリードアウトする)。また、フッ素を含有する金属錯体またはその変性物も、スキン層についての表面部分に偏在するようになる。特に、フッ素系溶液に相溶させているため、金属錯体は、単独で存在するときと比較して、さらにブリードアウトし易い状態にあると考えられる。この結果、金型内での成形が完了するころには、フッ素系溶液(フッ素化合物)と、金属錯体またはその変性物とは、スキン層についての表面部分に偏在するようになる。
【0047】
それゆえ、射出成形機を用いた樹脂成形体の製造方法では、高圧二酸化炭素にある程度の溶解性を有するフッ素系溶液(フッ素化合物)や、これと共に溶解させた金属錯体などを、様々な種類の成形体の表面部分に高濃度で浸透させることができる。この射出成形機を用いた樹脂成形体の製造方法は、様々な種類の成形品の表面改質技術に応用可能である。成形工程と同時に成形品の表面改質工程を実施できる。また、フッ素系溶液はフッ素を含有しており、それが成形品の表面へ浮き出ることによって離型剤としても有効に機能し、金型の離型性も向上する。
【0048】
また、第一の態様では、さらに、高圧流体の導入がなされた樹脂を用いて成形した成形体に対して、熱処理または真空引き処理をすることを含んでもよい。
【0049】
成形した成形体に対して熱処理または真空引き処理をすることで、成形体内に残留している金属錯体またはその変性物は、成形体の表面にブリードアウトする(成形体の表面に押し出されるように移動する)ことになる。その結果、成形体の表面から数ミクロンの深さまでの範囲における金属錯体またはその変性物の濃度をさらに上昇させることができる。その結果、成形体の全体において、表面から数ミクロンの深さまでの範囲に十分な量の金属錯体等を安定的に確保でき、この金属錯体等を触媒核として成長するメッキ膜の密着強度として均一で高い強度が得られる。また、金属錯体の添加量を最低限に抑えて、金属錯体等の高価な材料の使用量を減らすことができる。金属錯体をメッキ触媒核として用いる場合、そのメッキで有効に利用される金属錯体の量を減らすことなく、1回の成形に用いる金属錯体の量を減らすことができる。
【0050】
なお、上述したようにフローフロント部の樹脂に高圧流体を導入して射出成形することにより、金属錯体等を成形した樹脂の表面近傍に集めることが可能であるが、金属錯体等の深さ方向の分布濃度を、サブミクロンオーダーで制御することは難しい。また、同一装置を使用して形成したとしても、成形条件や成形品形状の微妙な違いに応じて、金属錯体の濃度分布は変化しやすい。これに対して、本発明者らの検討によれば、金属錯体等がメッキ触媒核としての機能を発揮するためには、成形品の表面からサブミクロン深さまでの深さ範囲に金属錯体を浸透させることが最も効果的であると考えられる。そして、成形した成形体に対して熱処理または真空引き処理をすることにより、成形品の最表面からサブミクロンオーダーの深さまでの深さ範囲での、金属錯体等の濃度を高いレベルに安定化し、濃度ばらつきを抑えることができる。その結果、メッキ膜の密着性のばらつきも抑えることができる。
【0051】
なお、上述したように、金属錯体とともに加熱シリンダーへ導入されたフッ素系溶液は、成形完了までに成形体から抜けてしまっている。そのため、成形体に対する熱処理または真空引き処理を実施したとしても、成形体からフッ素系溶液や金属錯体が抜け出してしまうことはなく、その抜け出しによって形成される成形体表面の孔(ナノオーダの多数の微細穴)の形成を防止できる。したがって、熱処理または真空引き処理を実施しても、成形体の表面粗さが増すことはない。すなわち、成形体の平滑性を損なうことなく、成形体の表面部分の金属錯体等の濃度を上昇させることができる。
【0052】
また、本発明の第一の態様では、さらに成形体に金属膜を形成することを含んでもよい。
【0053】
この第一の態様により成形された成形体の表面部分には、金属錯体またはその変性物が浸透しているので、この金属錯体またはその変性物をメッキ成長の触媒核として、メッキ膜を形成できる。その結果、成形体に対して前処理をすること無しにメッキ処理を実施して、高い密着強度のメッキ膜を形成できる。
【0054】
特に、たとえば成形後にブリードアウト処理を施すことにより、成形体の表面部分での金属錯体等の密度を高めることができ、従来のエッチング工程を有する無電解メッキプロセスで形成したメッキ膜と同等以上の密着強度を得つつ、従来のエッチング工程を有する無電解メッキプロセスのように下地の表面が荒れていないので高い表面平滑度のメッキ膜を形成することができる。
【0055】
また、成形体に金属膜を形成することが、成形体を、さらに別の高圧二酸化炭素とメッキ液とが相溶した流体に接触させることを含んでもよい。なお、高圧二酸化炭素とメッキ液とを相溶させるために、マグネチックスターラなどの攪拌部材を使用してもよい。
【0056】
高圧二酸化炭素とメッキ液とを相溶させることで、メッキ液が高圧二酸化炭素とともに成形体内に高い浸透力で深く浸透する。したがって、メッキ膜は根深く成長し、成形体の表面が平滑なままであるのに、従来のエッチング工程を有する無電解メッキプロセスで形成したメッキ膜と同等以上の密着強度を得ることができる。
【発明の効果】
【0057】
以上のように、本発明の樹脂成形体の製造方法では、樹脂の溶融温度において熱分解し難く、且つ、高圧二酸化炭素に対して高い溶解度が得られるようにした金属微粒子を樹脂へ導入し、この樹脂を用いて成形することにより、成形体の表面を改質できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0058】
以下、本発明の樹脂成形体の製造方法の実施例を、図面を参照して説明する。なお、以下に述べる実施例は本発明の好適な具体例であり、本発明はこれに限定されない。
【0059】
[予備的な実験例]
実施例の説明の前に、本発明者らが実施した予備的な実験例について説明する。この予備的な実験例は、フッ素系溶液の有無に応じた金属錯体の耐熱温度の比較実験である。具体的には、金属錯体としてのヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)およびフッ素系溶液としてのパーフルオロトリペンチルアミン(Perfluorotripentylamine)を高圧二酸化炭素に溶解させた場合(以下、この流体を第一流体とよぶ。)の金属錯体の耐熱温度と、上記金属錯体のみを高圧二酸化炭素に溶解させた場合(以下、この流体を第二流体とよぶ。)の金属錯体の耐熱温度とを調べた。
【0060】
図1は、この比較実験で使用した耐熱温度測定装置を示す。この耐熱温度測定装置は、主に、液体二酸化炭素ボンベ2、シリンジポンプ1、高圧容器3、背圧弁6を有する。高圧容器3は、ヒータ4、可視化窓9およびスタラ5を有する。
【0061】
高圧容器3の内容量は25mlである。そして、この高圧容器3内に、第一流体の実験では、金属錯体500mgと、フッ素系溶液10gとを仕込んだ。第二流体の実験では、金属錯体500mgのみを仕込んだ。
【0062】
高圧二酸化炭素は、液体二酸化炭素ボンベ2からシリンジポンプ1を介して高圧容器3へ供給される。また、実験中の高圧容器3の内圧は、背圧弁6により保持される。そして、高圧容器3の入り口バルブ7を閉めた後、シリンジポンプ1を用いて常温且つ10MPaの高圧二酸化炭素を高圧容器3へ供給した。また、ヒータ4により、高圧容器3の温度を1分間で5℃ずつ上昇させた。なお、背圧弁6の設定圧力は10MPaである。このため、高圧容器3内は、温度変化に関係なく常に10MPaに保たれる。
【0063】
図2は、高圧容器内での第一流体および第二流体の流体の色の経時的変化を示している。図2の下段は第一流体であり、上段は第二流体である。容器温度が30度であるとき、第一流体および第二流体はともに、同等の濃さの燈色に染色されている。この燈色は、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)の色である。
【0064】
容器温度を30度から上げても、第一流体の色および第二流体の色はしばらくは変化せず、30度のときと同等の色の濃さを維持した。
【0065】
そして、上段の第二流体は、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)の耐熱温度(150℃)以上に熱せられると、流体から燈色が消えた。これは、燈色の金属錯体が熱分解し、流体の色が金属錯体の燈色から高圧二酸化炭素の透明色へ変化したためである。
【0066】
これに対して、下段の第一の流体は、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)の耐熱温度(150℃)以上に熱せられても、燈色を維持した。200℃においても燈色を維持し、容器内は透明にならなかった。これは、熱溶解温度以上の温度に熱せられても、金属錯体が分解しないことを示している。なお、Perfluorotripentylamineは、これらの温度範囲において透明色である。
【0067】
この比較実験結果から、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)をパーフルオロトリペンチルアミン(Perfluorotripentylamine)とともに高圧二酸化炭素へ溶解することで、金属錯体の耐熱温度が高くなることがわかる。これは、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)がフッ素を含有し、しかも、パーフルオロトリペンチルアミンがこのフッ素を含有する金属錯体を相溶し易い特性を有し、その結果として、高圧容器内で、フッ素系溶液がフッ素含有金属錯体の周囲を取り巻いた状態となって、金属錯体が保護されるようになったためであると考えられる。
【0068】
なお、射出成形等の成形時の熱可塑性樹脂の溶融温度は、一般的に150℃以上である。したがって、フッ素系溶液に溶解させることで、成形温度より低い熱分解温度を有するフッ素含有金属錯体を、金属錯体の状態のままで溶融樹脂へ供給することが可能となる。また、実際の射出成形において金属錯体が高温状態にさらされる時間は、数十秒程度である。したがって、実際の射出成形において、フッ素系溶液に溶解させることで得られる金属錯体の見かけ上の耐熱温度は、今回の実験で測定された耐熱温度よりも遥かに高いと予想できる。
【実施例1】
【0069】
本実施例では、射出成形機の加熱シリンダで加熱溶融した熱可塑性樹脂に、フッ素含有の金属錯体、フッ素系溶液および高圧二酸化炭素を含む高圧流体を浸透分散させ、さらに、浸透分散処理後の加熱溶融樹脂を成形して、表面が改質された成形体を成形する。また、成形後の成形体に対して、金属錯体をブリードアウトさせるための熱処理をした後、無電解メッキにより金属膜を形成する。
【0070】
そして、熱可塑性樹脂として、ガラス繊維10%入りのポリアミド6(ナイロン6、三菱エンジニアリングプラスチックス製、ノバミッドGH10)を用いた。フッ素含有の金属錯体として、熱分解温度が約150度のヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)を用いた。金属錯体を溶解するフッ素系溶液として、パーフルオロトリペンチルアミン(分子式:C15F33N(シンクエスト・ラボラトリー製、分子量:821.1、沸点:220℃)を用いた。高圧二酸化炭素として、温度10℃、圧力10MPaの液体二酸化炭素を用いた。
【0071】
[成形装置]
図3に、本実施例で使用したフローフロント射出成形装置の概略構成を示す。この成形装置100は、射出成形部100Aと、高圧二酸化炭素発生部100Bとを有する。射出成形部100Aは、金型101を有する。金型101は、可動金型102と、固定金型103とを有し、可動金型102が固定金型103に突き当たった状態において、中心にスプールを有する円盤形状のキャビティ106が形成される。なお、この例では、可動金型102及び固定金型103についてのキャビティ106を構成する表面は、キャビティ106の中央に対応する部分(スプール等)以外について、平面(ミラー面)とした。
【0072】
また、射出成形部100Aは、可塑性シリンダー105を有する。可塑性シリンダー105は、図示外のホッパーから供給された熱可塑性樹脂を加熱溶融し、その溶融樹脂を金型101のキャビティ106へ射出する。また、加熱シリンダー105(可塑化シリンダー)のフローフロント部105Aにはガス導入機構107が設けられ、このガス導入機構107に高圧二酸化炭素発生部100Bが接続される。射出成形部100Aについてのその他の構造は、一般的な従来の射出成形機の構造と同様である。
【0073】
高圧二酸化炭素発生部100Bは、図2に示すように、二酸化炭素ボンベ2と、2台の公知のシリンジポンプ(ISCO社製E−260)1、1’と、溶解槽12と、射出成形部100Aと連動して自動開閉する4台のエアーオペレートバルブ10、10’、11、11’と、2個の逆止弁13、13’とを有する。
【0074】
溶解槽12には、金属錯体としてヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)を仕込み、且つ、フッ素系溶液(フッ素化合物)としてパーフルオロトリペンチルアミンの混合溶液を仕込んだ。具体的には、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)が完全に溶解されたパーフルオロトリペンチルアミンの混合溶液をウェットサポートに分散させ、この液体担持体であるウェットサポート(ISCO社製)を高圧二酸化炭素の供給の際に流出しないように溶解槽12中に仕込んだ。なお、これらの材料は、常に過飽和になるように十分な材料が仕込まれる。それゆえ、溶解槽12内では金属錯体とフッ素化合物の混合溶液が高圧二酸化炭素に常時、飽和溶解することになる。また、これらの材料の仕込み作業は、たとえば、2個の手動弁18、19を閉鎖した後、図示しない手動弁で溶解槽12の圧力を開放し、溶解槽12を空けてウェットサポートを仕込むことでなされる。
【0075】
二酸化炭素ボンベ2中の高圧二酸化炭素は、まず、手動バルブ16、フィルター17および吸引側のエアーオペレートバルブ10、10’を介して、各シリンジポンプ1、1’へ供給される。このとき、手動バルブ16および吸引側のエアーオペレートバルブ10、10’を開放し、供給側のエアーオペレートバルブ11、11’を閉鎖する。また、シリンジポンプ1、1’内の図示しないピストンが後退動作することにより、それぞれのシリンジポンプ1、1’へ10℃に冷却された液体二酸化炭素が吸引される。なお、シリンジポンプ1、1’のヘッドの周囲がチラーで冷却されているため、二酸化炭素は、10℃に冷却されて液体の状態でシリンジポンプ1、1’へ吸引される。高圧二酸化炭素は、温度が高い気体状態で計量する場合より、温度が低い液体状態で計量するほうが二酸化炭素の密度が安定するので、正確に計量できる。この高圧二酸化炭素の各シリンジポンプ1、1’への補給は、成形ショット毎に行われる。
【0076】
高圧二酸化炭素を吸引して計量したシリンジポンプ1、1’は、射出成形部100Aが可塑化計量中に発生するトリガー信号を待つ。そして、このトリガー信号を得てから遅延タイマーの所定の計時期間が過ぎると、2台のシリンジポンプ1、1’は、互いに独立した一定流量制御により、ピストンを一定時間駆動する。
【0077】
これにより、シリンジポンプ1から送出された高圧二酸化炭素は、溶解槽12に過飽和状態にて仕込まれた材料を溶解する。材料は、高圧二酸化炭素に飽和溶解度で溶解する。高圧二酸化炭素およびこれに飽和状態で溶解した材料は、シリンジポンプ1の駆動により、フィルター22を通過した後、射出成形部100Aへ向けて供給される。
【0078】
そして、この材料が飽和溶解した高圧二酸化炭素と、シリンジポンプ1’から送出された高圧二酸化炭素とは、逆止弁13、13’を経た後に混合される。これにより、高圧流体が生成される。シリンジポンプ1’から送出された高圧二酸化炭素には材料が含まれていないので、この高圧流体において、材料は希釈化されて、未飽和溶解度で高圧二酸化炭素に溶解することになる。また、高圧流体は、ガス導入機構107を介して、可塑性シリンダー105内の溶融樹脂へ供給される。なお、この高圧流体の供給処理中は、吸引側のエアーオペレートバルブ10、10’が閉鎖され、供給側のエアーオペレートバルブ11、11’が開放されている。
【0079】
このように高圧二酸化炭素に溶解する材料を希釈することにより、次の2つの課題を解消することが可能となる。第一に、高圧二酸化炭素に材料を飽和溶解度で溶解させた場合、供給途中において二酸化炭素の圧力が低下したり温度が変化したりすると、その影響により材料の飽和溶解度が低下して過飽和となってしまい、材料が析出してしまうことがある。例えば、可塑性シリンダー105へ供給する際に圧力損失が発生した場合には、その供給箇所において材料が析出してしまう。その結果、析出した材料により配管が詰まり、安定した溶解度での供給が困難になるという問題があった。そして、材料を未飽和状態で溶解させて供給することで、供給途中における材料の析出を防ぐことができる。
【0080】
第二に、金属錯体等の高価な材料を飽和状態で高圧二酸化炭素に溶解させて供給した場合、二酸化炭素の樹脂への供給量で金属錯体等の量の供給量を制御する必要があるが、成形体の表面改質に必要とされる量を超えた量の金属錯体等を溶融樹脂へ供給してしまう結果となり、コスト高となる問題が起きる。すなわち、高圧二酸化炭素の最適な樹脂への供給量は、成形体のボリュームや成形条件でおよそ決まる。高圧二酸化炭素の供給量が少なすぎると、材料の樹脂への拡散が不十分となり、多すぎると、材料が樹脂に浸透せずに分離しやすくなり、その結果として成形体が変形、発泡することがある。そして、材料を含まない高圧二酸化炭素で希釈することで、高圧二酸化炭素の供給量および材料の供給量が共に最適となるように、これらの供給量を独立して制御できる。
【0081】
なお、本実施例において、シリンジポンプ1、1’側からの2系統からの高圧二酸化炭素を合流させた後、この混合により生成される高圧流体をマグネチックスターラー20等で機械攪拌したり、攪拌機能を有する配管を用いて攪拌したりしてもよい。なお、樹脂へ供給される高圧流体の圧力(すなわち、高圧流体の流量制御時における圧力)は、背圧弁14により一定に制御される。
【0082】
また、本発明において高圧二酸化炭素の温度および圧力は任意であるが、本実施例においては圧力を10MPaとし、温度を常温とした。ポンプ1、1’から高圧二酸化炭素導入機構107までの圧力(溶解槽12や背圧弁14における圧力を含む)が、10MPaと一定に保持された状態において、シリンジポンプ1、1’は、射出成形部100Aからのトリガー信号を待機する。これにより、高圧二酸化炭素発生部100Bは、射出成形部100Aが可塑化計量時に発生するトリガー信号が入力される度に、所定量の高圧二酸化炭素および所定量の材料を供給できる。
【0083】
(射出成形方法)
図3および図4を参照して、この実施例での成形方法を説明する。まず、加熱シリンダー105内のスクリュー120を回転させた。加熱シリンダー105へ供給された樹脂のペレット54は可塑化溶融して、スクリュー120の前方105Bへ押し出される。スクリュー120はこの溶融樹脂の押出により後退する。スクリュー120は、所定の後退位置で停止する。これにより、スクリュー120の後退量に応じた量の溶融樹脂が計量される。
【0084】
次いで、さらに、射出成形部100Aがトリガー信号を発生するとともに、スクリュー120を後退させた。これにより、計量した溶融樹脂が減圧される。この例では、加熱シリンダー105のフローフロント部105A付近に設けたれた溶融樹脂の内圧モニター108において、樹脂内圧が4MPa以下に低下することを確認した。
【0085】
次に、加熱シリンダー105のフローフロント部105Aの溶融樹脂に、ガス導入機構107を介して高圧流体を導入した。これにより、フッ素化合物と金属錯体を溶解した超臨界二酸化炭素が、溶融樹脂へ導入される。
【0086】
なお、本実施例においては、金属錯体とフッ素系溶液の溶解したシリンジポンプ1の流量と、材料が溶解していないシリンジポンプ1’の流量との比を1:9とした。金属錯体等は、希釈された溶解度で導入されるため、析出することなく、連続的に安定して溶融樹脂に導入される。また、本実施例での成形品の表皮部分の重量はおよそ20gである。このため、調整された高圧二酸化炭素は成形品の3wt%である約0.6gを浸透させた。この実施例での圧力および温度条件下における高圧二酸化炭素の比重は約0.8g/cm程度である。そして、高圧流体の1ショットあたりの送り量は0.5mlとした。この場合、金属錯体とフッ素系溶液の溶解した二酸化炭素は0.05mlで供給され、二酸化炭素のみは0.45mlで供給されることになる。
【0087】
また、本発明者らが、常温、15MPaにおける高圧二酸化炭素に対する材料の溶解度を抽出法や可視化観察等で測定したところ、金属錯体は30g/L(10mlの溶解槽12では0.3gに相当)、フッ素系溶液は200g/L(10mlの溶解槽12では2gに相当)であった。また、金属錯体をフッ素系溶液に溶解させたところ、金属錯体0.5gを完全に溶解するために8gのフッ素系溶液が必要であった。そのため、溶解槽12には、金属錯体0.5gをフッ素系溶液8gに溶解させて仕込んだ。
【0088】
高圧流体の導入を終えると、スクリュー120を背圧力によって前方に前進させ、充填開始位置まで戻した。この動作により、スクリュー120の前方のフローフロント部105Aに導入した二酸化炭素、フッ素化合物および金属錯体を溶融樹脂内に均一に拡散させた。
【0089】
以上の計量動作を終えると、エアーピストン109を駆動してシャットオフバルブ110を開き、熱シリンダ105から可動金型43および固定金型44にて画成された金型42のキャビティ45内へ溶融樹脂を射出充填した。
【0090】
図4は、射出充填時の金型101内における溶融樹脂の充填状態を模式的に示すものである。図4(a)は初期充填時の模式図であり、この初期充填時には、フローフロント部105Aの溶融樹脂105A’が充填され、それに浸透しているフッ素化合物及び二酸化炭素は減圧しながらキャビティ106に拡散する。この際、フローフロント部105Aの溶融樹脂105A’は、充填時の噴水効果により、金型表面に接しながら流動して広がり、成形品のスキン層403を形成する。
【0091】
さらに、溶融樹脂を射出すると、キャビティ106全体に溶融樹脂が充填される。そして、射出充填が完了すると、図4(b)に示すように、プラスチック成形品(成形体)の表面には、フッ素化合物が含浸したスキン層403が形成され、成形品の内部には、浸透物質がほとんど浸透していないコア層404が形成される。このように、表面機能に寄与しない成形品内部のフッ素化合物を減らすことで、フッ素化合物の使用量を削減できる。
【0092】
なお、1次充填後に溶融樹脂の保圧を高くすることにより、二酸化炭素のガス化による成形品の発泡を抑制できる。本実施例の成形方法では、可塑化シリンダー105内のフローフロント部105Aにのみに超臨界二酸化炭素等を浸透させているので、充填樹脂の全体量に対する二酸化炭素の使用量が少ない。それゆえ、カウンタープレッシャーを金型101のキャビティ106内に付加しなくても、成形体の表面性は悪化し難い。この例では、上述のようにして、成形体の成形を行うとともに、成形品の表面にフッ素化合物を浸透させた。
【0093】
(表面改質方法の後工程)
本実施例においては、金属錯体とフッ素系溶液を浸透させた成形体について、成形後にアニール処理をした。具体的には、公知の熱処理炉を用いて、150℃で1時間アニール処理をした。この熱処理により成形体に浸透した金属錯体は、熱還元されてメッキの触媒核として機能するようになる。また、本実施例においては、成形体に浸透させた低分子である金属錯体やフッ素化合物は、この熱処理によりブリードアウトしやすい。そのため、メッキの触媒核を成形品の表面部分に集中させることができる。
【0094】
また、メッキに関与する成形体の表面近傍のパラジウム触媒核が同一成形ショットでの成形体内においても濃度斑を生じることがあり、触媒核が低濃度の箇所はメッキの未着や密着強度の低下を生じる恐れがあった。このブリードアウト処理により、成形時には触媒核が低濃度であった箇所においてもパラジウム触媒核が集まるため、メッキ反応が速やかに進行できる触媒核の濃度が得られ、メッキ未着も解消され、さらに触媒核が高濃度であった箇所と同等の密着強度が得られることが判明した。
【0095】
(成形品外観検査)
次に、この射出成形で得られた成形品に浸透するPd錯体の分布状態を目視観察した。成形に用いた樹脂であるポリアミド6(ナイロン6、三菱エンジニアリングプラスチックス製、ノバミッドGH10)は、通常白色の成形品である。これに対して、樹脂に浸透させた金属錯体であるキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)は、茶褐色である。実際にこの実施例で得られた成形品は、同一成形品内において全面に茶褐色に着色されていた。また、色の濃さもほぼ均一であることが確認できた。
【0096】
したがって、上記方法により成形した成形品では、その表面に全体的に均一に金属錯体が浸透していることが確認できた。また、本発明者らは、これまでの鋭意研究において蓄積した色の濃淡と、メッキの反応性および密着強度との相関データに基づいて、今回の成形品の色の濃さが、メッキにおける触媒核濃度として十分な色の濃さであることを確認できた。また、50ショット連続で射出成形した得た複数の成形品についての色の濃さや濃度分布のばらつきを調べたところ、ショット間でのばらつきも極めて少ないことを確認できた。
【0097】
[メッキ膜の形成方法]
次に、上記樹脂成形体の製造方法により作製したプラスチック成形品(成形体)に対して無電解メッキを施して、成形体の表面にメッキ膜を形成した。具体的には、超臨界二酸化炭素と無電解メッキ液の混合溶液を用いて無電解メッキを行った。
【0098】
図5は、本実施例におけるバッチ処理による、超臨界二酸化炭素を用いた無電解メッキ装置の概略構成図である。本装置1100は、主に、液体二酸化炭素ボンベ2、シリンジポンプ1、高圧容器1101を有する。
【0099】
高圧容器1101は、温調流路1136を流れる図示しない温調機により温度制御された温調水により30℃から145℃の任意の温度により温調することができる。高圧容器1101は、容器本体1131と、公知のバネが内蔵されたポリイミド製シール1133でシールされる蓋1132により、高圧ガスを内部に密閉できる。高圧容器1101は、腐食されにくい材質を用いることが望ましく、SUS316、SUS316L、インコネル、ハステロイ、チタン等を用いることができるが、本実施例においてはSUS316Lを用いた。
【0100】
上述した表面改質処理がなされた成形体を、高圧容器1101の蓋1132からつるし、高圧容器1101の内容積の70%を無電解ニッケルメッキ液で満たし、マグネチックスターラー1135を高圧容器1101内に配置した。
【0101】
本発明において用いることのできる無電解メッキ液の種類としては、ニッケル−リン、ニッケル−ホウ素、パラジウム、銅、銀、コバルトなどと任意であるが、本実施例においてはニッケル−リンを用いた。高圧二酸化炭素がメッキ液に浸透することで、pHが低下するので、中性、弱アルカリ性から酸性の浴でメッキできる液が好適であり、ニッケル−リンはpH4〜6の範囲で用いることができるので望ましい。また、pHが低下すると、リン濃度が上昇し、析出速度が低下する等の弊害があるので、予めメッキ液のpHを上昇させておいてもよい。なお、本発明の高圧二酸化炭素を用いた無電解メッキ膜を形成した後、さらにその無電解メッキ膜の上に、従来の無電解もしくは電解メッキ膜を積層してもよい。
【0102】
なお、本発明の高圧二酸化炭素を用いた無電解メッキに関しては、アルコールが含まれる無電解メッキ液中でメッキ反応を行っても良い。アルコールは超臨界状態の二酸化炭素と攪拌せずとも高圧状態にて相溶しやすいことが知られる。本発明者らの検討によれば、メッキ液は水が主成分であるが、アルコールを添加することで、高圧状態の二酸化炭素とメッキ液が安定に混ざりやすくなる。そのため、フッ素化合物を使用したり、攪拌する必要がなくなる。さらに、ポリマー内に高圧二酸化炭素とともにメッキ液を浸透させポリマー内部でメッキ反応を成長させるために、アルコールを添加させたほうが、水のみよりも表面張力が低下するため、好適である。
【0103】
通常、無電解メッキ液は、金属イオンや還元剤等の入った原液に、例えばメーカー推奨の成分比により水で薄めてメッキ液を健浴するが、本発明においては、アルコールを任意の割合で水に添加してもよい。水とアルコールの体積比は、任意であるが、その全体に対するアルコールの体積比が10〜80%の範囲であることが望ましい。アルコールが少ないと、安定な混合液が得られにくくなる。また、アルコール成分が多すぎると、たとえばニッケル−リンメッキに用いられる硫酸ニッケルにエタノール等の有機溶媒が不溶であるため、浴が安定しない場合がある。なお、本発明に用いることのできるアルコールの種類は任意であり、メタノール、エタノール、n−プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、ヘプタノール、エチレングリコール等を用いることができるが、本実施例ではエタノールを用いた。
【0104】
そして、本実施例では、メッキ液1l中に、硫酸ニッケルの金属塩と還元剤や錯化剤の含まれる原液として奥野製薬社製ニコロンDKを150ml添加し、水を350ml、アルコールとしてエタノールを500mlそれぞれ加え調合した。つまり、アルコールはメッキ液中50%とした。硫酸ニッケルはアルコールに不溶なので、添加量が80%を超えると硫酸ニッケルが多く沈殿するので適用できないことがわかった。
【0105】
このように高圧容器1101に金型サンプル(成形体)1130と無電解メッキ液とを仕込んだ後、高圧容器1101に高圧二酸化炭素を導入して無電解メッキ処理を行う。液体二酸化炭素ボンベ2の高圧二酸化炭素は、フィルター1124を介して高圧シリンジポンプ1で吸い上げられ、ポンプ内で15MPaに昇圧される。その後、高圧二酸化炭素は、手動バルブ1125を開いて高圧容器1101へ導入される。本実施例のシリンジポンプ1は、手動バルブ1125を開いた状態で圧力一定制御することにより、高圧容器1101内部の温度および高圧二酸化炭素の密度が変化した際にも、圧力変動を吸収することができる。これにより、高圧容器1101内部の圧力を安定に保持できる。
【0106】
なお、本発明においては、表面内部に金属微粒子が偏析したポリマー成形品を、メッキ反応が起きない低温度にて高圧二酸化炭素が含まれる無電解メッキ液に接触させた後、ポリマー成形品および高圧二酸化炭素の含まれるメッキ液の温度を上昇させることで、ポリマー表面に無電解メッキ膜を成長させる。この手順で反応させることにより、高圧二酸化炭素を含んだ無電解メッキ液が、メッキ反応する前にポリマー成形品の内部へ浸透し、無電解メッキ膜を、ポリマー成形品の内部から成長させることができる。
【0107】
実際には、高圧容器1101およびメッキ液1137の当初の温度を、温調流路1136を流れる温調水により、メッキの反応温度である70℃〜85℃よりも低い50℃に設定した。また、その温度環境下で高圧容器1101内に超臨界状態となる高圧二酸化炭素を導入した。その後、マグネチックスターラー1135を高速で回転させた。この初期反応段階では、温度が低いため、無電界メッキ液はポリマー内に浸透するのみで、メッキ膜は成長しない。その後、高圧容器1101の温度を85℃に昇温して、ポリマー成形品の内部からメッキ反応を起こした。
【0108】
上述した無電解メッキ処理を終了すると、マグネチックスターラー1135を停止させて、二酸化炭素とメッキ液を2相分離させた。その後、手動バルブ1125を閉じるとともに手動バルブ1145を開き、二酸化炭素を排気した。高圧容器1101から成形品を取り出したところ、ポリマー成形品の表面に全体的に金属光沢がみられた。得られた成形品の表面に、さらに、常圧にて公知のCu電解メッキを50μm形成した。
【0109】
そして、メッキ膜を形成した成形品について、−40℃と85℃との間で温度を切り替えるヒートサイクル試験を施したところ、メッキ膜がはがれたり膨れる成形品は皆無であった。また、垂直引っ張り試験(JISH8630)にて成形品の平坦部のメッキ膜の密着強度を測定したところ、19〜21N/cm(平均20N/cm)であった。従来のABS/エッチングメッキの指標であり、今回の実験の目標値である10N/cmに十分達していることがわかった。これにより、本発明のメッキ方法により、密着性の高いメッキ膜を安定的に形成できることが判明した。
【実施例2】
【0110】
実施例2では、樹脂成形体の製造方法の後工程として、アニール処理の替わりに、真空引き処理をすること以外は全て実施例1と同様の方法により成形品の表面を改質し、その後、メッキ膜を形成した。
【0111】
(表面改質方法の後工程)
本実施例においては、金属錯体とフッ素系溶液を浸透させたプラスチック成形品(成形体)について、成形後に真空引き処理をした。具体的には、金属錯体およびフッ素系溶液を浸透させた成形体を真空デシケーターに入れ、真空ポンプ(ロータリーポンプ)にて常温且つ1×10−1Paで5時間真空引きをした。
【0112】
このように100℃程度の温度下で真空引き処理をすることで、成形体に浸透させた低分子である金属錯体やフッ素化合物は、この熱処理によりブリードアウトしやすい。そのため、メッキの触媒核として機能する金属錯体などを、成形品の表面部分に集中させることができる。
【0113】
また、メッキに関与する成形体の表面近傍のパラジウム触媒核が同一成形ショットでの成形体内においても濃度斑を生じることがあり、触媒核の低濃度の箇所はメッキの未着や密着強度の低下を生じる恐れがあった。このブリードアウト処理により、成形時には触媒核が低濃度であった箇所においてもパラジウム触媒核がブリードアウトしてくるので、低濃度部分を解消できる。そのため、成形品の全面においてメッキ反応が速やかに進行できる触媒核の濃度が得られ、メッキ未着も解消され、さらに触媒核が低濃度である部分についても高濃度部分と同等の密着強度が得られることが判明した。
【0114】
(成形品外観検査)
次に、この射出成形で得られた成形品に浸透するPd錯体の分布状態を、実施例1と同様の方法で目視観察した。この実施例で得られた成形品においては、実施例1と同様に、同一成形品内において全面に金属錯体起因の茶褐色の着色があり、且つ、金属錯体の濃度として十分な濃さの色が確認できた。さらに、50ショット連続で射出成形した際にも、そのショット間での色の濃さのばらつきが極めて少ないことが確認できた。
【0115】
そして、得られた成形品の表面に、実施例1と同様に、高圧二酸化炭素を用いた無電解メッキ処理および公知のCu電解メッキ処理を施した。また、−40℃と85℃との間で温度を切り替えるヒートサイクル試験を施したところ、メッキ膜がはがれたり膨れたりする成形品は皆無であった。垂直引っ張り試験(JISH8630)にて、成形品の平坦部のメッキ膜の密着強度を測定したところ、19〜21N/cm(平均20N/cm)であり、目標値とした10N/cm(従来のABS/エッチングメッキの指標値)に十分達していた。これにより、本発明のメッキ方法により、密着性の高いメッキ膜を安定的に形成できることが判明した。
【実施例3】
【0116】
実施例3では、実施例1と同様に、プラスチック成形品(成形体)を射出成形により成形すると同時に高圧二酸化炭素を用いて金属錯体とフッ素化合物の混合溶液を浸透させた後、成形体中のフッ素化合物をブリードアウトさせて表面近傍に集めて成形品の表面を改質した。また、実施例1と同様に、表面が改質された成形体の表面に、メッキ膜(金属膜)を形成した。ただし、実施例3では、金属錯体をフッ素系溶液に溶解させて混合液体を生成し、この混合液体をシリンジポンプ1で吸引して所定の圧力とし、さらに、この高圧の混合液体を高圧二酸化炭素に溶解させて高圧流体を生成した。
【0117】
[成形装置]
図6に、本実施例で用いたフローフロント射出成形装置の概略構成を示す。この成形装置100は、実施例1で使用した図3のものと同様に、射出成形部100Aと、高圧二酸化炭素発生部100Bとを有する。射出成形部100Aは実施例1と同様である。
【0118】
高圧二酸化炭素発生部100Bは、基本構成は実施例1と同様であるが、液体二酸化炭素ボンベ2がシリンジポンプ1’側にのみ直結しており、また、シリンジポンプ1側には、実施例1にあった溶解槽12がなく、替わりにシリンジポンプ1に接続された材料貯蔵容器25が設けられている点で図3と異なる。
【0119】
材料貯蔵容器25には、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)を溶解させたパーフルオロトリペンチルアミンを仕込んだ。また、材料貯蔵容器25には、シリンジポンプ1に接続された配管が取り付けられている。シリンジポンプ1は、金属錯体が溶解したフッ素系溶液を吸引し、所定の必要量を直接送液する。一方、シリンジポンプ1’は、これらの材料を含まない高圧二酸化炭素を供給する。
【0120】
それら2方向から送りだされた金属錯体とフッ素系溶液の混合液体と高圧二酸化炭素とは、逆止弁13、13’を経た後合流して混合される。金属錯体およびフッ素系溶液は、高圧二酸化炭素に溶解する。なお、この混合比を調整することで、この高圧流体において金属錯体およびフッ素系溶液を飽和させることもできるし、未飽和とさせることもできる。任意の希釈比にて調合できる。そして、必要量の金属錯体とフッ素系溶液を送液することにより、射出成形の際に、成形体に浸透させる金属錯体およびフッ素系溶液の浸透量を、安定的に且つ高圧二酸化炭素の浸透量と独立して制御できる。浸透量のショット間のばらつきも少なくできる。
【0121】
(射出成形方法)
本実施例での成形方法は、実施例1と同様である。本実施例では、金属錯体とフッ素系溶液、さらには高圧二酸化炭素が実施例1と同様の材料供給量(材料の高圧二酸化炭素に対する希釈率1/10)になるようにシリンジポンプ1、1’の流量を制御した。つまり、1ショットあたりの高圧二酸化炭素の送り量は、実施例2と同様に0.5mlとした。また、フッ素系溶液の高圧二酸化炭素に対する溶解度は100ml/L(フッ素系溶液の比重2)であり、材料の高圧二酸化炭素に対する希釈率1/10にするためには高圧二酸化炭素0.05mlに溶解するフッ素系溶液は0.005mlとなる。そのため、1ショットあたりの金属錯体とフッ素系溶液の送り量は5μlとした。
【0122】
(表面改質方法の後工程)
本実施例での後工程は、実施例1と同様に、公知の熱処理炉にて150℃、1時間アニール処理をした。
【0123】
(成形品外観検査)
次に、この射出成形で得られた成形品に浸透するPd錯体の分布状態を、実施例1と同様の方法で目視観察した。この実施例で得られた成形品では、実施例1と同様に、同一成形品内において全面に金属錯体起因の茶褐色の着色が均一に観察され、金属錯体の濃度に関しても十分な色の濃さであることが観察できた。さらに、50ショット連続で射出成形した得た複数の成形品についての色の濃さや濃度分布のばらつきを調べたところ、ショット間でのばらつきも極めて少ないことを確認できた。
【0124】
[メッキ膜の形成方法]
実施例1と同様の方法によりメッキ膜を形成したところ、ポリマー表面全面に金属光沢がみられた。また、得られた成形品の表面に、常圧にて公知のCu電解メッキを50μm形成した。
【0125】
そして、メッキ膜を形成した成形品について、−40℃と85℃との間で温度をきりかえるヒートサイクル試験を施したところ、メッキ膜がはがれたり膨れたりする成形品は皆無であった。また、垂直引っ張り試験(JISH8630)にて成形品の平坦部のメッキ膜の密着強度を測定したところ、19〜21N/cm(平均20N/cm)であり、目標値である10N/cm(従来のABS/エッチングメッキの指標値)に十分達していることがわかった。これにより、本発明のメッキ方法により、密着性の高いメッキ膜を安定的に形成できることが判明した。
【実施例4】
【0126】
実施例4では、実施例1と同様に、プラスチック成形品(成形体)を射出成形により成形すると同時に高圧二酸化炭素を用いて金属錯体とフッ素化合物の混合溶液を成形体に浸透させた後、成形体中のフッ素化合物をブリードアウトさせて表面近傍に集めて成形品の表面を改質した。また、実施例1と同様に、表面が改質された成形体の表面に、メッキ膜(金属膜)を形成した。ただし、実施例4では、金属錯体とフッ素系溶液とを別々の高圧二酸化炭素に溶解させた後、これらを混合して高圧流体を生成した。
【0127】
[成形装置]
本実施例で用いたフローフロント射出成形装置の概略構成を図7に示した。この例で用いた成形装置100は、図2と同様、射出成形部100Aと、高圧二酸化炭素発生部100Bとから構成されている。射出成形部100Aは、実施例1と同様である。高圧二酸化炭素発生部100Bは、基本構成は実施例1と同様であるが、シリンジポンプ1’側にも溶解槽12’が設置されている点で図3と異なる。
【0128】
溶解槽12には、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)を仕込んだ。また、溶解槽12’には、パーフルオロトリペンチルアミンを仕込んだ。本実施例においては、2つの高圧二酸化炭素に別々に2つの材料を溶解させるため、金属錯体とフッ素系溶液の供給比率を調整することにより、材料を含まない高圧二酸化炭素により材料を希釈した場合と同様に、混合後の高圧流体における高圧二酸化炭素の量と金属錯体の量とを独立して調整できる。
【0129】
(射出成形方法)
本実施例の成形方法は、実施例1と同様である。本実施例では、金属錯体を溶解した高圧二酸化炭素の流量と、フッ素系溶液を溶解した高圧二酸化炭素の流量との比を1:9とした。実施例1と同様に、1ショットあたりの送り量は0.5mlとした。よって、金属錯体が溶解した高圧二酸化炭素は0.05mlで供給され、フッ素系溶液が溶解した二酸化炭素は0.45mlで供給される。
【0130】
(表面改質方法の後工程)
本実施例での後工程は、実施例1と同様に、公知の熱処理炉にて150℃、1時間アニール処理をした。
【0131】
(成形品外観検査)
次に、この射出成形で得られた成形品に浸透するPd錯体の分布状態を、実施例1と同様の方法で目視観察した。この実施例で得られた成形品では、同一成形品内においてほぼ全面に金属錯体起因の茶褐色の着色が観察されたが、若干の色の濃度斑が確認でき、着色が薄い箇所が観察された。ただし、着色が薄い箇所においても、メッキの未着が生じたり、メッキの密着強度が極めて弱くなる程度の薄さではなかった。さらに、50ショット連続で射出成形した得た複数の成形品についての色の濃さや濃度分布のばらつきを調べたところ、全体的に着色が薄い成形品が2枚観察された。
【0132】
[メッキ膜の形成方法]
実施例1と同様の方法によりメッキ膜を形成したところ、光沢性に欠ける箇所が若干あるものの、全面にメッキ膜を形成できた。また、得られた成形品の表面に、常圧にて公知のCu電解メッキ膜を50μmに形成した。
【0133】
そして、メッキ膜を形成した成形品について、−40℃と85℃との間で温度をきりかえるヒートサイクル試験を施したところ、メッキ膜がはがれたり膨れたりする成形品は皆無であった。また、垂直引っ張り試験(JISH8630)にて成形品の平坦部のメッキ膜の密着強度を測定したところ、12〜18N/cm(平均15N/cm)であり、目標値である10N/cm(従来のABS/エッチングメッキの指標値)に十分達していることがわかった。これにより、本発明のメッキ方法により、密着性の高いメッキ膜を安定的に形成できることが判明した。
【実施例5】
【0134】
実施例5では、実施例1と同様に、プラスチック成形品(成形体)を射出成形により成形すると同時に高圧二酸化炭素を用いて金属錯体とフッ素化合物の混合溶液を成形体に浸透させた後、成形体中のフッ素化合物をブリードアウトさせて表面近傍に集めて成形品の表面を改質した。また、実施例1と同様に、表面が改質された成形体の表面にメッキ膜(金属膜)を形成した。ただし、実施例5では、使用するシリンジポンプを1系統のみとして、材料を含まない高圧二酸化炭素を供給しないようにした。これにより、材料は、希釈化されないで供給されることになる。
【0135】
[成形装置]
本実施例では、実施例1で用いた図3のフローフロント射出成形装置をそのまま使用した。ただし、本実施例では、シリンジポンプ1’、エアーオペレートバルブ4’、5’および逆止弁22’を使用しない。シリンジポンプ1側の1系統のみで、材料を溶解した高圧二酸化炭素を射出成形部へ供給した。また、溶解槽6には、実施例1と同様に、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)を溶解させたパーフルオロトリペンチルアミンを仕込んだ。
【0136】
(射出成形方法)
本実施例の成形方法は、実施例1と同様である。本実施例では、実施例1と同様に、1ショットあたりの送り量を0.5mlとした。つまり、金属錯体とフッ素系溶液とが飽和溶解度で溶解した高圧二酸化炭素が0.5mlで供給されることになる。
【0137】
(表面改質方法の後工程)
本実施例での後工程は、実施例1と同様に、公知の熱処理炉にて150℃、1時間アニール処理をした。
【0138】
(成形品外観検査)
次に、この射出成形で得られた成形品に浸透するPd錯体の分布状態を、実施例1と同様の方法で目視観察した。この実施例で得られた成形品では、実施例4と同様に、同一成形品内においてほぼ全面に金属錯体に起因した茶褐色の着色が観察されたが、若干の色の濃度斑が確認でき、着色が薄い箇所が観察された。ただし、着色が薄い箇所においても、メッキの未着が生じたり、メッキの密着強度が極めて弱くなる程度の薄さではなかった。さらに、50ショット連続で射出成形して得た複数の成形品についての色の濃さや濃度分布のばらつきを調べたところ、全体的に着色が薄い成形品が2枚観察された。連続ショットの間に、ショット毎の金属錯体の供給量が減少し始めたと考えられる。
【0139】
[メッキ膜の形成方法]
実施例1と同様の方法によりメッキ膜を形成したところ、若干光沢性に欠ける箇所はあるものの、全面にメッキ膜が形成された。また、得られた成形品の表面に、常圧にて公知のCu電解メッキを50μm形成した。
【0140】
そして、メッキ膜を形成した成形品について、−40℃と85℃との間で温度をきりかえるヒートサイクル試験を施したところ、メッキ膜がはがれたり膨れたりする成形品は皆無であった。また、垂直引っ張り試験(JISH8630)にて成形品の平坦部のメッキ膜の密着強度を測定したところ、14〜21N/cm(平均17N/cm)であり、目標値である10N/cm(従来のABS/エッチングメッキの指標値)に十分達していることがわかった。これにより、本発明のメッキ方法により、密着性の高いメッキ膜を安定的に形成できることが判明した。
【0141】
[比較例1]
比較例1では、フッ素系溶液を使用しないで、金属錯体のみを高圧二酸化炭素に溶解させて樹脂へ供給した以外は、実施例1と全て同様の方法を使用して成形品を得た。具体的には、成形装置として、実施例1で用いた図3のフローフロント射出成形装置をそのまま使用した。ただし、溶解槽6には、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)のみを仕込んだ。
【0142】
(射出成形方法)
本実施例の成形方法は、実施例1と同様である。本実施例では、実施例1と同様に、1ショットあたりの送り量を0.5mlとした。また、金属錯体を溶解させたシリンジポンプ1の流量と、材料を溶解させていないシリンジポンプ1’の流量との比は、1:9とした。これにより、金属錯体を溶解させた二酸化炭素は0.05mlで供給され、材料を溶解させていない二酸化炭素は0.45mlで供給される。
【0143】
(表面改質方法の後工程)
本実施例での後工程は、実施例1と同様に、公知の熱処理炉にて150℃、1時間アニール処理をした。
【0144】
(成形品外観検査)
次に、この射出成形で得られた成形品に浸透するPd錯体の分布状態を、実施例1と同様の方法で目視観察した。この実施例で得られた成形品では、実施例1と同様に、同一成形品内においてほぼ全面に金属錯体起因の茶褐色の着色が観察されたが、若干の色の濃度斑が確認でき、着色が薄い箇所が観察された。しかも、着色が薄い箇所では、金属錯体起因の茶褐色の色が目視ではほとんど確認できない程度に薄い箇所もあった。したがって、メッキの未着が生じたり、メッキの密着強度が極めて弱くなる可能性が確認された。さらに、50ショット連続で射出成形して得た複数の成形品についての色の濃さや濃度分布のばらつきを調べたところ、実施例5での色が薄い成形品と比べてもさらに着色が薄くて、メッキの未着が生じる可能性のある成形品が7枚も観察された。これは、連続ショットの間に、ショット毎の金属錯体の供給量が不足するようになったためと考えられる。
【0145】
[メッキ膜の形成方法]
実施例1と同様の方法によりメッキ膜を形成したところ、光沢がなく十分に膜成長していない箇所が若干あるものの、全面にメッキ膜を形成できた。また、得られた成形品の表面に、常圧にて公知のCu電解メッキを50μm形成した。
【0146】
そして、メッキ膜を形成した成形品について、−40℃と85℃との間で温度をきりかえるヒートサイクル試験を施したところ、ヒートサイクル試験を施した全サンプル数の5%のサンプルに、1mm径程度の小さな膨れが観察された。また、垂直引っ張り試験(JISH8630)にて成形品の平坦部のメッキ膜の密着強度を測定したところ、10〜15N/cm(平均12N/cm)であり、目標値である10N/cm(従来のABS/エッチングメッキの指標値)を下回ってはいないものの、十分な密着強度の向上がみられないことがわかった。これにより、本比較例のメッキ方法では、密着性の高いメッキ膜を安定的に形成するには、不十分であることが判明した。
【実施例6】
【0147】
実施例6では、実施例1と同様の方法により成形品の表面を改質してメッキ膜を形成した。ただし、フッ素系溶液としてパーフルオロ−2,5,8,11,14−ペンタメチル−3,6,9,12,15−ペンタオキサオクダテカノイルフルオリド(Perfluoro−2,5,8,11,14−pentamethyl−3,6,9,12,15−pentaoxaoctadecanoyl fluoride)(分子式:C1836(シンクエスト・ラボラトリー製、分子量:996.2、沸点:235℃)を使用した。なお、金属錯体であるヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)は、パーフルオロ−2,5,8,11,14−ペンタメチル−3,6,9,12,15−ペンタオキサオクダテカノイルフルオリドに対して高い溶解性がある。
【0148】
(成形品外観検査)
この射出成形で得られた成形品に浸透するPd錯体の分布状態を、実施例1と同様の方法で目視観察した。この実施例で得られた成形品では、同一成形品内においてほぼ全面に金属錯体に起因する着色があるものの、若干の色の濃度斑が確認でき、着色が薄い箇所が見られた。しかし、着色が薄い箇所でも、メッキの未着が生じたり、メッキの密着強度が極めて弱くなったりする程の薄さではなかった。さらに、50ショット連続で射出成形して得た複数の成形品についての色の濃さや濃度分布のばらつきを調べたところ、全体的に着色が薄い成形品が3枚観察された。連続ショットの間に、ショット毎の金属錯体の供給量が減少し始めたと考えられる。
【0149】
[メッキ膜の形成方法]
実施例1と同様の方法によりメッキ膜を形成したところ、若干光沢性に欠ける箇所はあるものの、全面にメッキ膜が形成された。また、得られた成形品の表面に、常圧にて公知のCu電解メッキを50μm形成した。
【0150】
そして、メッキ膜を形成した成形品について、−40℃と85℃との間で温度をきりかえるヒートサイクル試験を施したところ、メッキ膜がはがれたり膨れたりする成形品は皆無であった。また、垂直引っ張り試験(JISH8630)にて成形品の平坦部のメッキ膜の密着強度を測定したところ、16〜18N/cm(平均17N/cm)であり、目標値である10N/cm(従来のABS/エッチングメッキの指標値)に十分達していることがわかった。これにより、本発明のメッキ方法により、密着性の高いメッキ膜を安定的に形成できることが判明した。
【実施例7】
【0151】
実施例7では、実施例1と同様の方法によりメッキ膜を形成した。ただし、フッ素系溶液としてパーフルオロ−2,5,8,11,14−ペンタメチル−3,6,9,12,15−ペンタオキサオクダテカノイルフルオリド(Perfluoro−2,5,8,11,14−pentamethyl−3,6,9,12,15−pentaoxaoctadecanoyl fluoride)(分子式:C1836(シンクエスト・ラボラトリー製、分子量:996.2、沸点:235℃)を使用するとともに、金属錯体としてニッケル(II)ヘキサフルオロアセチルアセトナトハイドライドを使用した。なお、ニッケル(II)ヘキサフルオロアセチルアセトナトハイドライドは、パーフルオロ−2,5,8,11,14−ペンタメチル−3,6,9,12,15−ペンタオキサオクダテカノイルフルオリド(Perfluoro−2,5,8,11,14−pentamethyl−3,6,9,12,15−pentaoxaoctadecanoyl fluoride)に対して高い溶解性がある。
【0152】
(成形品外観検査)
この射出成形で得られた成形品に浸透するPd錯体の分布状態を、実施例1と同様の方法で目視観察した。この実施例で得られた成形品では、同一成形品内においてほぼ全面に金属錯体に起因する着色があるものの、若干の色の濃度斑が確認でき、着色が薄い箇所が見られる。しかし、着色が薄い箇所でも、メッキの未着が生じたり、メッキの密着強度が極めて弱くなったりする程の薄さではなかった。さらに、50ショット連続で射出成形して得た複数の成形品についての色の濃さや濃度分布のばらつきを調べたところ、全体的に着色が薄い成形品が3枚観察された。連続ショットの間に、ショット毎の金属錯体の供給量が減少し始めたと考えられる。
【0153】
[メッキ膜の形成方法]
実施例1と同様の方法によりメッキ膜を形成したところ、若干光沢性に欠ける箇所はあるものの、全面にメッキ膜が形成された。また、得られた成形品の表面に、常圧にて公知のCu電解メッキを50μm形成した。
【0154】
そして、メッキ膜を形成した成形品について、−40℃と85℃との間で温度をきりかえるヒートサイクル試験を施したところ、メッキ膜がはがれたり膨れたりする成形品は皆無であった。また、垂直引っ張り試験(JISH8630)にて成形品の平坦部のメッキ膜の密着強度を測定したところ、12〜14N/cm(平均13N/cm)であり、従来のABS/エッチングメッキの指標であり、目標値である10N/cmに十分達していることがわかった。これにより、本発明のメッキ方法により、密着性の高いメッキ膜を安定的に形成できることが判明した。
【0155】
【表1】

【0156】
表1に、実施例1〜7および比較例1でのメッキ後の試験結果をまとめる。表1に示すように、すべての実施例だけでなく比較例1を含めて、目標としたメッキ密着強度を達成できた。しかし、比較例1では、密着強度の製造バラツキが大きく、平均値も目標値10N/cmを若干上回る程度である。そのため、工業化した場合において、目標としたメッキ密着強度を連続生産において安定的に得ることを期待できない。この一方で、実施例では、特に実施例1〜3では、密着強度の製造ばらつきが極めて少なく、しかも、平均値自体が目標値である10N/cmを十分に超えていることから、工業化した場合において、目標としたメッキ密着強度を連続生産において安定的に得ることができる。
【0157】
ところで、実施例1〜3において特に好結果が得られた理由としては、以下の要因が考えられる。第一に、Pd錯体をフッ素系溶液に溶解したことにより、フッ素系溶液が、射出成形時に高温に曝される金属錯体の保護剤として機能し、その結果として、高圧二酸化炭素に溶解した錯体が樹脂中に均一に分散できるようになったと考えられる。第二に、Pd錯体およびフッ素系混合溶液が飽和状態で溶解した高圧二酸化炭素を、さらに別の高圧二酸化炭素で希釈しているので、これらの材料が未飽和で供給されて樹脂へ導入されることになる。そのため、可塑化シリンダー105に導入された時(射出成形時)などに圧力損失や温度変化等が生じたとしても、金属錯体が異常析出しないようになり、その結果として、高圧二酸化炭素に溶解した錯体を樹脂中に均一分散できるようになったと考えられる。第三に、ブリードアウトし易い低分子のフッ素系溶液が金属錯体と相溶して存在することにより、フッ素系溶液とともに金属錯体もブリードアウトし易くなる。その結果、成形直後にはPd触媒核の密度が低い箇所にも、成形体の内部からPd触媒核がブリードアウトするので、その結果として、メッキ反応に十分なPd触媒核の密度が得ら易いと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0158】
本発明の樹脂成形体の製造方法では、高圧二酸化炭素とともにフッ素含有金属錯体を溶解できるフッ素系溶液を用いるので、従来より広範な選択範囲から好適なフッ素含有金属錯体を選択し、このフッ素含有金属錯体を用いて様々な種類の成形品の表面を改質できる。しかも、フッ素系溶液はフッ素含有金属錯体とともに成形前に高圧二酸化炭素に溶解されて使用されて、成形後に残存しないので、成形後のフッ素系溶液の除去工程が不要となって表面が荒れていない成形体を得ることができる。また、本発明の金属膜の形成方法では、この改質された成形体に金属膜を形成するので、従来のメッキ法のように有害なエッチャントを用いることなく、しかも、平滑性及び密着性に優れた金属膜を形成できる。
【0159】
それゆえ、本発明は、例えば、高反射率を必要とするランプリフレクター等の金属膜、良好な電気特性を必要とする高周波用の立体回路部品(MID:Molded Interconnect Device)やミリ波アンテナ、プリント配線基板などの成形に好適に用いることができる。また、本発明は、あらゆる分野に適用可能であり且つ低コストでクリーンな金属膜の形成方法として好適である。また、本発明の金属膜の形成方法は、大面積の複雑な形状を有する成形品にも容易に適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0160】
【図1】図1は、予備的な比較実験例で使用した耐熱温度測定装置の概略構成図である。
【図2】図2は、図1の高圧容器で観測した流体の色変化を示す説明図である。
【図3】図3は、実施例1のフローフロント射出成形装置の概略構成図である。
【図4】図4は、射出充填時の金型内における溶融樹脂の充填状態を模式的に示すものである。図4(a)は初期充填時であり、図4(b)は充填完了時である。
【図5】図5は、実施例1で用いた無電解メッキ装置の概略構成図である。
【図6】図6は、実施例3のフローフロント射出成形装置の概略構成図である。
【図7】図7は、実施例4のフローフロント射出成形装置の概略構成図である。
【符号の説明】
【0161】
1,1’ シリンジポンプ
12,12’ 溶解槽
25 材料貯蔵容器
101 金型
105 可塑性シリンダー(加熱シリンダー)
1130 金型サンプル(成形体)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
樹脂の成形体の製造方法であって、
フッ素含有金属錯体およびそれを溶解できるフッ素系溶液を高圧二酸化炭素に溶解させて、高圧流体を生成することと、
加熱溶融した上記樹脂に上記高圧流体を導入することと、
上記高圧流体を導入した上記樹脂を成形して、上記成形体を成形することとを含む樹脂成形体の製造方法。
【請求項2】
上記フッ素含有金属錯体および上記フッ素系溶液を上記高圧二酸化炭素に溶解させることが、
上記フッ素含有金属錯体を上記フッ素系溶液に溶解させることと、
上記フッ素含有金属錯体が溶解した上記フッ素系溶液を上記高圧二酸化炭素に溶解させることとを含む請求項1に記載の樹脂成形体の製造方法。
【請求項3】
上記フッ素含有金属錯体を上記フッ素系溶液に溶解させることが、
上記フッ素含有金属錯体を上記フッ素系溶液に溶解させて、混合液体を生成することと、
上記混合液体を高圧にすることとを含む請求項2に記載の樹脂成形体の製造方法。
【請求項4】
上記フッ素含有金属錯体および上記フッ素系溶液を上記高圧二酸化炭素に溶解させることが、
上記フッ素含有金属錯体および上記フッ素系溶液を第一の高圧二酸化炭素に飽和溶解させることと、
上記フッ素含有金属錯体および上記フッ素系溶液が飽和溶解した上記第一の高圧二酸化炭素に、上記フッ素含有金属錯体および上記フッ素系溶液が溶解していない第二の高圧二酸化炭素を混合させることとを含む請求項1〜3のいずれか一項に記載の樹脂成形体の製造方法。
【請求項5】
金型と、上記樹脂を加熱溶融するとともにその加熱溶融した樹脂を上記金型へ射出する加熱シリンダーとを備える射出成形機を用いた上記樹脂成形体の製造方法であって、
上記加熱溶融した上記樹脂に上記高圧流体を導入することが、
上記高圧流体を上記加熱シリンダー内で加熱溶融した上記樹脂へ導入することを含み、
上記高圧流体を導入した上記樹脂を成形することが、
上記高圧流体の導入がなされた上記樹脂を上記加熱シリンダーから上記金型へ射出することを含む請求項1〜4のいずれか一項に記載の樹脂成形体の製造方法。
【請求項6】
さらに、上記高圧流体の導入がなされた上記樹脂を用いて成形した上記成形体に対して、熱処理をすることを含む請求項1〜5のいずれか一項に記載の樹脂成形体の製造方法。
【請求項7】
さらに、上記高圧流体の導入がなされた上記樹脂を用いて成形した上記成形体に対して、真空引き処理をすることを含む請求項1〜5のいずれか一項に記載の樹脂成形体の製造方法。
【請求項8】
上記フッ素系溶液が150℃〜400℃の沸点を有する請求項1〜7のいずれか一項に記載の樹脂成形体の製造方法。
【請求項9】
上記フッ素系溶液の分子量が500〜15000である請求項1〜8のいずれか一項に記載の樹脂成形体の製造方法。
【請求項10】
上記フッ素含有金属錯体および上記フッ素系溶液を上記高圧二酸化炭素に溶解させることが、
上記高圧二酸化炭素として、5〜25MPaの圧力の高圧二酸化炭素を用いる請求項1〜9のいずれか一項に記載の樹脂成形体の製造方法。
【請求項11】
上記金属錯体が、ヘキサフルオロアセチルアセトナトパラジウム(II)またはニッケル(II)ヘキサフルオロアセチルアセトナトハイドライドであり、
上記フッ素系溶液が、パーフルオロトリペンチルアミンまたはパーフルオロ−2,5,8,11,14−ペンタメチル−3,6,9,12,15−ペンタオキサオクダテカノイルフルオリドである請求項1〜10のいずれか一項に記載の樹脂成形体の製造方法。
【請求項12】
さらに、上記成形体に金属膜を形成することを含む請求項1〜11のいずれか一項に記載の樹脂成形体の製造方法。
【請求項13】
上記成形体に上記金属膜を形成することが、
上記成形体を、さらに別の高圧二酸化炭素とメッキ液とが相溶した流体に接触させることを含む請求項12に記載の樹脂成形体の製造方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−30106(P2010−30106A)
【公開日】平成22年2月12日(2010.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−193557(P2008−193557)
【出願日】平成20年7月28日(2008.7.28)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、独立行政法人中小企業基盤整備機構、戦略的基盤技術高度化支援事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000005810)日立マクセル株式会社 (2,366)
【Fターム(参考)】