説明

樹脂被覆ソーワイヤおよび切断体

【課題】ソーワイヤを用いてワークを切断したときに、加工変質層深さが浅く、平滑な表面の切断体が得られる樹脂被覆ソーワイヤを提供する。
【解決手段】樹脂被覆ソーワイヤは、ソーマシンでワークを切断するときに用いられるソーワイヤであって、鋼線の表面に、砥粒を含有せず、且つ120℃での硬さが0.07GPa以上の樹脂皮膜が被覆されており、樹脂皮膜は、ワークを切断するときに吹き付けられる砥粒が樹脂皮膜に食い込むことを抑制するように硬さが制御されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ソーマシンでシリコンやセラミックスなどのワークを切断するときに用いられるソーワイヤ、および当該ソーワイヤを用いてワークを切断して得られる切断体に関し、詳細には、鋼線の表面に所定硬さの樹脂皮膜が被覆された樹脂被覆ソーワイヤ、および切断体(ウエハとも呼ばれる)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
シリコンやセラミックスなどのワークは、ソーワイヤが取り付けられたソーマシンで切断される。ソーワイヤは、一方向または双方向(往復方向)に走行しており、このソーワイヤにワークを接触させることでワークを任意の幅でスライスできる。
【0003】
ワークの切断時には、ソーワイヤに砥粒(以下、遊離砥粒と呼ぶことがある。)を含むスラリーを吹き付けながらワークを切断する方法(従来方法1)や、ベースワイヤの表面に砥粒を付着固定した固定砥粒付きソーワイヤを用いてワークを切断する方法(従来方法2)が知られている。前者の方法では、吹き付けたスラリーに含まれる遊離砥粒が、ワークとソーワイヤの間に引き込まれ、ワークの摩耗が促されることによってワークの研削加工が促進され、ワークが切断される。一方、後者の方法では、表面に固定された砥粒によってソーワイヤとワークの摩耗が促されることによってワークの研削加工が促進され、ワークが切断される。
【0004】
また、特許文献1には、高炭素鋼等の鋼線の外周面を砥粒キャリア樹脂皮膜で被覆したワイヤを用い、砥粒を埋め込ませながらワークを切断する方法(従来方法3)が開示されている。特許文献1によれば、「ワイヤの外周面を砥粒キャリア樹脂皮膜で被覆せしめ、吹き付けられた遊離砥粒を上記砥粒キャリア樹脂皮膜に食い込ませながら当該遊離砥粒をワイヤとワークが接触している部分に引き込むように形成してなるので、遊離砥粒方式によるワイヤソーカット法を実施すると、遊離砥粒がそれよりも相対的に柔らかい上記砥粒キャリア樹脂皮膜に食い込み、その状態でもってワークとソーワイヤとの間に引き込まれることになる。従って、ソーワイヤによる遊離砥粒のキャリー能力が向上し、ワークとソーワイヤとの間に遊離砥粒を安定して引き込む(導入させる)ことができる。その結果、本発明に係るソーワイヤによれば高品質の製品(スライシング加工品)を歩留まり良く生産することが可能となる。」と記載されている。更に、「前記砥粒キャリア樹脂皮膜中にジルコニアやアルミナ等の硬質の無機物質からなる微粒子を混在させることも記載されており、砥粒キャリア樹脂皮膜自体の摩耗を抑制すると同時に、砥粒キャリア樹脂皮膜に樹脂皮膜だけの部分と無機微粒子の部分とで硬度の異なる部分ができるので、遊離砥粒に対するより一層のキャリー能力向上を期待することができるようになる。」と記載されている。
【0005】
ところで、シリコンをソーワイヤで切断した切断体は、例えば、太陽電池の基板として用いられる。ところが、切断体の切断面には、切断時に加工変質層(ダメージ層と呼ばれることもある。)が形成される。この加工変質層が残ったままでは、基板に対する接合品質が悪くなり、太陽電池としての特性が充分に得られないことが指摘されており(特許文献2)、この加工変質層は除去する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−179677号公報
【特許文献2】特開2000−323736号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
図1は、上記従来方法1のようにソーワイヤとして鋼線を用い、鋼線に遊離砥粒を吹き付け、砥粒を引き込ませながら切断するときの様子を示している。本発明者らの研究によると、この方法では、ワークに対して鋼線が切り込む方向に砥粒が引き込まれると共に、鋼線とワークの切断面(ワーク壁面)との間に砥粒が引き込まれるため、ワークの切断面にも研削加工が施され、加工変質層が形成されることが分かった。また、切断面の表面粗さも粗くなることが判明した。
【0008】
図2は、上記従来方法2、3のように、ソーワイヤの表面に固定砥粒を固定して、または砥粒を埋め込ませながらワークを切断するときの様子を示している。本発明者らの研究によると、これらの方法でも、上記図1と同様、ワークの切断面(ワークの壁面)についても研削加工が施されるため加工変質層が深く形成される。また、切断面の表面粗さは粗くなる。
【0009】
上記図1、図2に示すように、従来方法では、切断体の切断面には加工変質層が形成されるため、上記特許文献2に指摘されているように、下流側の工程で、この加工変質層を除去する必要がある。この加工変質層除去工程を省略できれば、切断体の歩留まりおよび生産性を向上できる。
【0010】
また、上記切断面は、加工変質層が形成される他、切断時に用いられる砥粒によって凹凸が形成されて粗くなる。しかし切断体の表面は、通常、平滑であることが求められるため、下流側の工程で、エッチングが施される。このエッチング工程を省略できれば、切断体の生産性を向上できる。
【0011】
以下、上述した加工変質層除去工程の有用性、更には下流側のエッチング工程省略の有用性について、具体例を示しながら、詳しく説明する。
【0012】
切断面に加工変質層が形成されている切断体を、加工変質層を残したまま太陽電池の基板として用いると、太陽光により発生した電子と正孔が加工変質層で再結合し、変換効率が低下する。そのため切断面に形成されている加工変質層は、太陽電池を製造する工程に送る前に、エッチングによって完全に除去する必要がある。
【0013】
一方、太陽電池用基板表面には、太陽光を散乱させるためにテクスチャと呼ばれる凹凸が形成されている。このテクスチャは、専用のエッチング液を用いてエッチング法によって形成される。テクスチャ形成工程でのエッチング量は、一般的には5〜10μmであるが、太陽電池の変換効率は基板の厚さが厚いほど向上するため、基板をできるだけ厚くするために、エッチング量は少なくすることが望まれており、近年では、最小の5μmに近づきつつある。
【0014】
ここで、ソーワイヤで切断して得られた切断体を太陽電池用基板に加工するときの様子を示した模式図を図17に示す。図17の(a)は加工変質層深さが15μmの場合、(b)は加工変質層深さが5μmの場合を夫々示している。
【0015】
図17の(a)に示すように、切断体の片面に形成される加工変質層深さが15μmと深い場合には、まず、加工変質層を除去するためのエッチングを行ってから、次いで、テクスチャを形成するためのエッチングを行う必要がある。
【0016】
ところが、図17の(b)に示すように、切断体の片面に形成される加工変質層深さが5μmと浅い場合には、テクスチャを形成するためのエッチング工程において加工変質層も併せて除去できるため、加工変質層を除去するためのエッチングを省略でき、生産性が大幅に向上する。
【0017】
但し、テクスチャの形成面は、平滑になっていることが必要である。そのため、図17の(a)に示したように、加工変質層を除去するためのエッチングを行なった場合には、切断体の表面は平滑になるが、図17の(b)に示したように、加工変質層を除去する工程を省略した場合には、切断直後における切断体の表面性状のままテクスチャが形成される。そのため切断直後における切断面の表面粗さ(Ra)は、例えば、0.5μm以下に抑えておくことが推奨される。
【0018】
ところで、太陽電池の変換効率は、上述したように、基板の厚さを厚くするほど高くなるが、製造コストを下げるには、基板の厚さは薄くすること(例えば、0.1mm程度)が有効である。そのため、太陽電池の変換効率と製造コストとのバランスを考慮し、加工変質層を除去し、テクスチャを形成した後の厚さが、0.13〜0.16mm程度の基板が広く用いられている。
【0019】
従って図17の(a)に示すように、切断面の片面に形成される加工変質層深さが、例えば、15μmであれば、加工変質層を除去するために切断体の両面を合計で最大30μm程度を除去するエッチングを行った後、テクスチャを形成するために両面を合計で最大10μm程度エッチングするため、最終的には、切断直後における切断体の厚みよりも最大40μm程度薄くなる。一方、図17の(b)に示すように、切断面の片面に形成される加工変質層深さを、例えば、5μmにできれば、切断直後における切断体の厚みに対して、両面の合計で最大10μm程度除去しただけで、太陽電池の基板として用いることができる。
【0020】
このことは、切断面に形成される加工変質層深さが浅い場合は、切断直後における切断体の厚みを薄くできることを示している。即ち、厚みが0.14mmの太陽電池用基板を製造する場合には、切断体の片面に加工変質層が15μmの厚みで形成されていると、上述したように、テクスチャの形成を含めて最大40μm程度除去する必要があるため、切断直後における切断体の厚みは0.18mm程度としなければならない。しかし、切断体の片面に形成されている加工変質層深さが5μm程度に抑えられると、切断直後における切断体の厚みは0.15mm程度でよい。そのため長さ300mmのシリコンインゴットを切断して切断体を製造する場合に、切断代を0.12mmとすると、切断直後の切断体の厚みが0.18mmの場合には、1000枚の切断を得るに留まるが、切断直後の切断体の厚みが0.15mmの場合には、1111枚の切断体を得ることができる。この差の分だけ切断体のコストを低減できる。
【0021】
以上、詳述したように、加工変質層除去工程、更にはその下流側のエッチング工程を省略することが可能なワーク切断用ソーワイヤを提供できれば、当該ソーワイヤを用いて得られる切断体の歩留まりや生産性などが大きく向上することから、このような技術の提供が望まれている。
【0022】
本発明は、このような状況に鑑みて成されたものであり、その目的は、ソーワイヤを用いてワークを切断したときに、加工変質層深さが浅く、平滑な表面の切断体が得られる樹脂被覆ソーワイヤを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0023】
上記課題を解決することのできた本発明の樹脂被覆ソーワイヤは、ソーマシンでワークを切断するときに用いられるソーワイヤであって、鋼線の表面に、砥粒を含有せず、且つ120℃での硬さが0.07GPa以上の樹脂皮膜が被覆されており、前記樹脂皮膜は、ワークを切断するときに吹き付けられる砥粒が樹脂皮膜に食い込むことを抑制するように硬さが制御されているところに要旨を有するものである。
【0024】
前記樹脂皮膜の好ましい膜厚は2〜15μmである。また、前記鋼線の好ましい線径は130μm以下である。また、前記樹脂として好ましいのは、ポリウレタン、ポリアミドイミド、またはポリイミドである。
【0025】
本発明には、上記の樹脂被覆ソーワイヤを用いて得られる切断体も包含される。すなわち、本発明の切断体は、上記のいずれかに記載の樹脂被覆ソーワイヤに砥粒を吹き付け、切断面と樹脂被覆ソーワイヤとの間への砥粒の引き込みを前記樹脂によって抑制しつつ、ワークに対して前記樹脂被覆ソーワイヤが切り込む方向には、砥粒を引き込むことでワークを切断して得られた切断体であって、ワークの切断面における加工変質層深さが5μm以下であるところに要旨を有するものである。
【0026】
本発明の切断体は、好ましくは、下記(ア)〜(ウ)の少なくともいずれかの要件を満足するものである。
(ア)ワークの切断面における表面粗さは0.5μm以下、
(イ)前記ワークの切断代は、樹脂被覆ソーワイヤの線径に対して1〜1.10倍、
(ウ)前記ワークの全厚さ偏差(total thickness variation、TTV)は20μm以下。
【発明の効果】
【0027】
本発明の樹脂皮膜ソーワイヤは、鋼線(ベースワイヤ)の表面が、砥粒を含有せず、且つ所定の硬さに調節された樹脂皮膜で被覆されているため、ワークに対して樹脂被覆ソーワイヤが切り込む方向には砥粒を引き込んで切断しながら、切断面と樹脂被覆ソーワイヤとの間への砥粒の引き込みは樹脂皮膜によって抑制できる。よってワークの切断体表面における加工変質層の形成を抑制できる。また、この樹脂被覆ソーワイヤを用いてワークを切断すると、ワークの切断面における表面粗さが小さくできるため、平滑な表面を有する切断体を製造できる。よって下流側の工程で、加工変質層を除去したり、表面を平滑にするためのエッチング工程を省略でき、切断体の生産性を向上できる。
【0028】
更に、本発明の樹脂被覆ソーワイヤを用いれば、切断面と樹脂被覆ソーワイヤとの間への砥粒の引き込みが抑制されるため、ワークの切断代を小さくでき、切断体の生産性を向上できる。更に、平坦度を示す尺度の一つであるワークの全厚さ偏差(TTV)も小さく抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】図1は、鋼線でワークを切断しているときの様子を示す模式図である。
【図2】図2は、固定砥粒付き鋼線でワークを切断しているときの様子を示す模式図である。
【図3】図3は、樹脂被覆ソーワイヤでワークを切断しているときの様子を示す模式図である。
【図4A】図4Aは、TMA法により樹脂皮膜の硬さの温度依存性を測定した結果を示すグラフである。
【図4B】図4Bは、図4Aにおいて、ワーク切断後の樹脂被覆ソーワイヤの表面を撮影した図面代用写真である。
【図5】図5は、ウエハの全厚さ偏差(TTV)を評価するための厚さの測定点を示す図である。
【図6】図6は、樹脂に食い込んだ砥粒の個数を測定する際の測定領域を示す。
【図7】図7は、加工変質層深さを測定する手順を説明するための断面図である。
【図8】図8は、ワークの切断面を光学顕微鏡で撮影した図面代用写真である。
【図9】図9は、ワークの切断面を光学顕微鏡で撮影した図面代用写真である。
【図10】図10は、ワークの切断面を光学顕微鏡で撮影した図面代用写真である。
【図11】図11は、ワークの切断面を光学顕微鏡で撮影した図面代用写真である。
【図12】図12は、ワークの切断面を光学顕微鏡で撮影した図面代用写真である。
【図13】図13は、ワークの切断面を光学顕微鏡で撮影した図面代用写真である。
【図14】図14は、120℃で測定した樹脂皮膜の硬さと、樹脂皮膜表面に食い込んだ砥粒の個数との関係を示すグラフである。
【図15】図15は、120℃で測定した樹脂皮膜の硬さと、切断面に形成された加工変質層の深さとの関係を示すグラフである。
【図16】図16は、樹脂皮膜に食い込んだ砥粒の個数と、切断面に形成された加工変質層の深さとの関係を示すグラフである。
【図17】図17は、ソーワイヤで切断して得られた切断体を太陽電池の基板に加工するときの様子を示した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明者らは上記課題を解決するために種々検討を重ねた結果、鋼線に樹脂皮膜が被覆された樹脂被覆ソーワイヤであって、砥粒を含有せず、且つ120℃における樹脂皮膜の硬さが0.07GPa以上に調節されたソーワイヤを用いてワークを切断すると、加工変質層深さが浅く、且つ、平滑な表面[算術平均粗さ(Ra)、およびウエハの平坦度の指標であるTTVが小さい]の切断体が得られると共に、切断時の切断代も小さくできることを見出し、本発明を完成した。
【0031】
上記図1、図2に示すように、ソーワイヤとして鋼線または固定砥粒付き鋼線を用い、ソーワイヤに砥粒を吹き付けながらワークを切断すると、ワークの切断面には加工変質層が深く形成され、切断面の表面粗さは粗くなる。
【0032】
これに対し、本発明の樹脂被覆ソーワイヤを用いれば、加工変質層を浅くでき、表面を平滑にできる。樹脂被覆ソーワイヤを用いてワークを切断するときの様子を図3を用いて説明する。図3に示すように、本発明の樹脂被覆ソーワイヤは、鋼線の表面に砥粒を含有せず、表面には所定硬さの樹脂皮膜が形成されており、ワーク切断時には、表面の樹脂皮膜が切断面に密着することでソーワイヤとワーク切断面との間に砥粒が引き込まれるのを防止できる。そのため、切断面には加工変質層が形成され難く、切断面の表面は平滑になりやすくなる。
【0033】
ところで、鋼線の表面に被覆した樹脂皮膜の硬さが柔らかいと、上記特許文献1(従来方法3)のように、砥粒が樹脂に食い込み、上記図2のように、樹脂被覆ソーワイヤとワークとの間に砥粒が介在し、切断面に加工変質層が形成される。前述したように、上記特許文献1は、ワークとソーワイヤとの間に遊離砥粒を安定して引き込む(導入させる)ための技術を開示しており、ワイヤの外周面に被覆された砥粒キャリア樹脂皮膜は、遊離砥粒に対するキャリー能力が向上するように、遊離砥粒よりも相対的に柔らかい皮膜としている。更に特許文献1では、当該砥粒キャリア樹脂皮膜に無機物質微粒子を混在させることにより、遊離砥粒に対するキャリー能力を一層向上させている。従って、特許文献1の方法によれば、ワークとソーワイヤとの間における遊離砥粒の介在量が大幅に増加するため、スライス初期段階からスライス性能を向上させる技術としては有用であるかもしれないが、切断面への加工変質層の形成は避けられず、ワーク切断時に、引き込まれた遊離砥粒によってワークの切断面が削られ、加工変質層が深く形成されてしまい、生産性や歩留まりの著しい低下を招く。このように上記特許文献1と本発明とは、課題が全く相違するため、両者は、樹脂皮膜の硬度も実質的に大きく相違し、上記特許文献1からは、本発明のように樹脂皮膜の硬度を所定以上に高くするという発想が提起される余地はない。
【0034】
上記事情に鑑み、本発明者らは、鋼線の表面に被覆する樹脂皮膜の硬さを適切に調節することで砥粒が樹脂表面に食い込むのを防止し、樹脂被覆ソーワイヤでワークを切断したときに、切断面に形成される加工変質層深さが浅く、切断面の表面粗さも小さく厚みのばらつき(TTV)も小さく抑えられることを見出し、本発明を完成した。
【0035】
このように適切な表面硬さに調節した樹脂被覆ソーワイヤを用い、該ソーワイヤに砥粒を吹き付けながら樹脂被覆ソーワイヤでワークを切断すると、図3に示すように、ワークに対して樹脂被覆ソーワイヤが切り込む方向には、砥粒が引き込まれるが、切断面と樹脂被覆ソーワイヤとの間への砥粒の引き込みは樹脂によって抑制されるため、ワークの切断面には加工変質層は殆ど形成されず、切断面は平滑となる。そのため本発明によれば、加工変質層を除去するためのエッチング工程を省略でき、生産性を向上できる。
【0036】
まず、本発明の樹脂被覆ソーワイヤについて説明する。
【0037】
前述したように本発明の樹脂被覆ソーワイヤは、鋼線の表面に、砥粒を含有せず、且つ120℃での硬さが0.07GPa以上の樹脂皮膜が被覆されているところに特徴がある。上記樹脂皮膜は、ワークを切断するときに吹き付けられる砥粒が樹脂皮膜に食い込むことを抑制するように硬さが調整されたものである。
【0038】
即ち、樹脂被覆ソーワイヤでワークを切断するに当たっては、ワイヤを例えば線速500m/分で走らせておき、ワイヤと砥粒またはワイヤとワークが接触しながらワークが切断されるため、ワイヤの表面は、摩擦熱による温度上昇が生じ、100℃を超えると考えられる。実際にスラリー中に含まれる水分の蒸発が切断中に観察されることがある。よって、樹脂皮膜は、少なくとも高温での耐熱性に優れていることが必要であると推察される。
【0039】
本発明の樹脂被覆ソーワイヤにおいて、鋼線に被覆される樹脂皮膜の硬さを、特に120℃で測定したときの硬さとした理由を、図4Aおよび図4Bを参照しながら説明する。
【0040】
図4Aは、同じポリウレタン線用ワニスを用い、ワニスの塗布回数を変更するなどして鋼線の表面に塗布した後、図4Aに示すように加熱温度を変えて樹脂皮膜の硬化温度を変化させた場合、TMA法(熱機械的分析法)によってガラス転移温度(Tg)を測定したときの針の変位(樹脂皮膜の硬さに相当)が加熱温度によってどのように変化するか(すなわち、樹脂皮膜硬さの温度依存性)を調べた結果を示したものである。このTMA法は、JIS K7196に規定された測定方法であり、試料(樹脂皮膜)に針を当て、樹脂皮膜の温度を徐々に上げたときに樹脂皮膜が柔らくなり針が温度の上昇と共に樹脂皮膜に食い込んでいく状況を、針の変位を測定することにより記録し、樹脂皮膜硬さの温度依存性を相対的に測定する方法である。加熱温度の上昇と共に急激に樹脂皮膜の硬さが低下する温度はTg(ガラス転移温度または軟化温度)と呼ばれ、樹脂皮膜の耐熱性を評価する指標の一つである。上記図4Aには、長さ10mmの試料に対して1gfの荷重を加え、室温から5℃/分の割合で試料の温度を昇温させて、熱機械分析装置で試料の変位を測定したたきの結果を示している。
【0041】
図4A中、「発明例」とは後記する表1のNo.4の結果を示したものであり、「比較例」とは表1のNo.10の結果を示したものである。また、これらの樹脂皮膜を被覆した樹脂被覆ソーワイヤを作製し、後記する実施例に記載の方法で切断実験を実施したときの切断後の樹脂の表面観察結果をそれぞれ、図4Bに示す。Tgが95℃の樹脂皮膜を被覆した比較例のソーワイヤを用いた場合は、切断後に樹脂皮膜中にダイヤモンド砥粒が多数食込んでいるのに対し、Tgが135℃の樹脂皮膜を被覆した発明例のソーワイヤを用いた場合は、切断後の樹脂皮膜に砥粒の食い込みは見られないことが分かる。すなわち、樹脂皮膜の硬さを、比較例のように約100℃で測定したときの硬さに基づいて調節された樹脂被覆ソーワイヤを用いると、実際のワーク切断時に発生する摩擦熱に耐えられず、樹脂皮膜が軟化する場合があるため、砥粒が樹脂皮膜に食い込みやすくなって加工変質層の深さが大きく、表面が粗く、また幅ロスも大きくなってしまう。この実験結果は、所望とする切断体を得るための樹脂被覆ソーワイヤとしては、単純に樹脂皮膜の硬さが硬いものを用いれば良いのではなく、所定温度での硬さが適切に調整された樹脂皮膜を用いることが極めて重要であることを示すものである。よって、本発明では上記の実験結果に基づき、樹脂皮膜の硬さは120℃における樹脂皮膜の硬さで調整することにした。
【0042】
具体的には、120℃で測定したときの樹脂皮膜の硬さは0.07GPa以上であり、好ましくは0.1GPa以上である。120℃で測定したときの樹脂皮膜の硬さを上記のように調整することによって、樹脂皮膜表面に食い込む砥粒の個数を20個/(50μm×200μm)以下に抑えることができ、切断体に形成される加工変質層の深さを浅く、また切断体表面を平滑にすることができる。120℃で測定したときの樹脂皮膜の硬さは、例えば、0.5GPa以下とすることが好ましい。樹脂皮膜を硬くし過ぎると、樹脂皮膜がワーク切断時の切断面に密着し難くなり、ソーワイヤとワーク切断面との間に砥粒が引き込まれ、切断面に加工変質層が深く形成されやすいからである。120℃で測定したときの樹脂皮膜の硬さは、より好ましくは0.4GPa以下である。
【0043】
上記樹脂皮膜の硬さは、例えば、ナノインデンテーション法で測定できる。
【0044】
上記樹脂皮膜は、砥粒を含有していないことが重要である。樹脂皮膜が砥粒を含有していると、砥粒によって切断面に加工変質層が深く形成されるからである。
【0045】
上記樹脂皮膜は、上述したように、ワークを切断するときに吹き付けられる砥粒(遊離砥粒)が樹脂皮膜に食い込むことを抑制しながら、切断面と樹脂被覆ソーワイヤとの間への遊離砥粒の引き込みを抑制しつつ、ワークに対して樹脂被覆ソーワイヤが切り込む方向には、遊離砥粒を引き込むように形成されたものである。即ち、本発明の樹脂被覆ソーワイヤは、ワーク切断時に、樹脂皮膜が切断面に密着するため、ワークを切断するときに吹き付けられる遊離砥粒の樹脂皮膜への食い込みが抑制され、食い込んだ砥粒が切断面に加工変質層を形成することを防止できる。また、所定の硬さの樹脂皮膜が切断面に密着することで、切断面と樹脂被覆ソーワイヤとの間への遊離砥粒の引き込みが抑制されるため、切断面に形成される加工変質層深さを浅くすることができる。従って本発明によれば加工変質層を除去するためのエッチング工程を省略できるため、生産性を向上できる。一方、ワークに対して樹脂被覆ソーワイヤが切り込む方向には、遊離砥粒が引き込まれ、この遊離砥粒は樹脂皮膜に食い込まず、ワークと樹脂被覆ソーワイヤとの間に滞留するため、ワークの切断効率を高めることができ、生産性を向上できる。
【0046】
上記樹脂皮膜を構成する樹脂としては、熱硬化性樹脂または熱可塑性樹脂を用いることができ、こうした樹脂のなかでもフェノール樹脂、アミド系樹脂、イミド系樹脂、ポリアミドイミド、エポキシ樹脂、ポリウレタン、ホルマール、ABS樹脂、塩化ビニル、ポリエステル、などを好適に用いることができる。特に、ポリイミド、ポリアミドイミド、またはポリウレタンは、樹脂皮膜を被覆するときの成形性と、高温での硬さの保持性に優れているため好適に用いることができ、これらのなかで最も好ましくはポリアミドイミドを用いるのがよい。
【0047】
上記樹脂皮膜は、鋼線(後記する。)の表面に、例えば市販されているワニス(樹脂を乾性油や有機溶剤などに溶解した塗料)を塗布し、加熱することによって形成できる。ワニスは、数回〜数十回に分けて繰返し塗布しても良く、これにより、樹脂皮膜の厚さを調節することができる。また、120℃での硬さを所望の範囲に制御するためには、例えば被覆する樹脂や硬化剤(架橋剤)の種類を変えたり、加熱温度(硬化温度)を変えたりすれば良い。また、同一のワニスを用いる場合であっても、塗膜の形成条件(例えばワニスの塗布回数、硬化剤の種類、加熱温度など)を変えることによって樹脂皮膜の120℃での硬さを変えることができる。
【0048】
上記鋼線(ベースワイヤ)としては、引張強度が3000MPa以上の鋼線を用いることが好ましい。引張強度が3000MPa以上の鋼線としては、例えば、Cを0.5〜1.2%含有する高炭素鋼線を用いることができる。高炭素鋼線としては、例えば、JIS G3502に規定されているピアノ線材を用いることができる。
【0049】
上記鋼線の直径(素線径)は、切断時に付与される荷重に耐えられる範囲でできるだけ小さくするのがよく、例えば、130μm以下、好ましくは110μm以下、より好ましくは100μm以下である。鋼線の直径を小さくすることによって、切断代を小さくでき、切断体の生産性を向上させることができる。但し、上記鋼線の直径が小さくなる過ぎると、断線の危険性が増すため、鋼線の直径は50μm以上とすることが望ましい。
【0050】
また、本発明に用いられる上記ワニスとしては、東特塗料株式会社や宇部興産株式会社などから市販されているエナメル線用ワニスや京セラケミカル株式会社から市販されている電線用ワニスなどを使用できる。
【0051】
上記エナメル線用ワニスとしては、例えば次のものを使用できる。
(a)ポリウレタンワニス(「TPU F1」、「TPU F2−NC」、「TPU F2−NCA」、「TPU 6200」、「TPU 5100」、「TPU 5200」、「TPU 5700」、「TPU K5 132」、「TPU 3000K」、「TPU 3000EA」など;東特塗料株式会社製の商品。)
(b)ポリアミドイミドワニス(「Neoheat AI−00C」など;東特塗料株式会社製の商品。)
(c)ポリイミドワニス(「U−ワニス」など;宇部興産株式会社製の商品。)
(d)ポリエステルワニス(「LITON 2100S」、「LITON 2100P」、「LITON 3100F」、「LITON 3200BF」、「LITON 3300」、「LITON 3300KF」、「LITON 3500SLD」、「Neoheat 8200K2」など;東特塗料株式会社製の商品。)
(e)ポリエステルイミドワニス(「Neoheat 8600A」、「Neoheat 8600AY」、「Neoheat 8600」、「Neaheat 8600H3」、「Neoheat 8625」、「Neoheat 8600E2」など;東特塗料株式会社製の商品。)
【0052】
上記電線用ワニスとしては、例えば、耐熱ウレタン銅線用ワニス(「TVE5160−27」など、エポキシ変性ホルマール樹脂)、ホルマール銅線用ワニス(「TVE5225A」など、ポリビニルホルマール樹脂)、耐熱ホルマール銅線用ワニス(「TVE5230−27」など、エポキシ変性ホルマール樹脂)、ポリエステル銅線用ワニス(「TVE5350シリーズ」、ポリエステル樹脂)など(いずれも京セラケミカル株式会社製の商品。)を使用できる。
【0053】
上記鋼線の表面に上記ワニスを塗布した後は、例えば、250℃以上(好ましくは300℃以上)で加熱し、熱硬化させて鋼線の表面を樹脂皮膜で被覆すればよい。前述したように、上記樹脂皮膜の120℃での硬さは、例えば、被覆する樹脂や硬化剤(架橋剤)の種類を変えたり、樹脂皮膜の形成条件(ワニスの塗布回数や、塗布後の加熱温度など)を変えることによって調整できる。
【0054】
上記樹脂皮膜の膜厚は、例えば、2〜15μmとすればよい。樹脂皮膜が薄過ぎると、鋼線の表面に樹脂皮膜を均一に形成することが困難となる。また、樹脂皮膜が薄過ぎると切断初期の段階で樹脂皮膜が摩滅するため、素線(鋼線)が露出し、素線が摩耗して断線し易くなる。従って樹脂皮膜の膜厚は、好ましくは2μm以上、より好ましくは3μm以上、特に好ましくは4μm以上とする。しかし樹脂皮膜が厚過ぎると、樹脂被覆ソーワイヤの直径が大きくなるため、切断代が大きくなり、生産性が劣化する。また、樹脂被覆ソーワイヤ全体に占める樹脂の割合が大きくなり過ぎるため、樹脂被覆ソーワイヤ全体の強度が低下する。そのため、生産性を上げようとしてワイヤの線速を大きくすると断線し易くなる傾向がある。従って樹脂皮膜の膜厚は好ましくは15μm以下、より好ましくは13μm以下、特に好ましくは10μm以下とする。
【0055】
上記樹脂被覆ソーワイヤの直径(線の外径)は特に限定されないが、通常、100〜300μm程度(好ましくは100〜150μm)である。
【0056】
上記樹脂被覆ソーワイヤで切断対象とするワークとしては、例えば、シリコン、セラミックス、水晶、半導体部材、磁性体材料等を用いることができる。
【0057】
次に、上記樹脂被覆ソーワイヤを用いてワークを切断して切断体を製造するときの条件について説明する。
【0058】
上記被覆ソーワイヤでワークを切断する際には、ソーワイヤに砥粒を吹き付けながらワークを切断する。この砥粒としては、ワーク切断時に通常用いられるものであれば特に限定されず、例えば、炭化珪素砥粒(SiC砥粒)やダイヤモンド砥粒などを用いることができる。特に、切断面を平滑にするには、ダイヤモンド砥粒を用いることが好ましい。
【0059】
上記ダイヤモンド砥粒としては、例えば、住石マテリアルズ株式会社製の「SCMファインダイヤ(商品名)」を用いることができる。ダイヤモンド砥粒としては、多結晶タイプまたは単結晶タイプを用いることができるが、単結晶タイプを用いることが好ましい。単結晶タイプは切削時に破壊され難いからである。
【0060】
上記砥粒の平均粒径は特に限定されず、例えば、2〜15μm(好ましくは4〜10μm、より好ましくは4〜7μm)であればよい。
【0061】
上記砥粒の平均粒径は、例えば、日機装株式会社製の「マイクロトラックHRA(装置名)」で測定できる。
【0062】
上記砥粒は、通常、加工液に分散させたスラリーを吹き付ける。上記加工液としては、水溶性の加工液または油性の加工液を用いることができる。水溶性の加工液としては、ユシロ化学工業株式会社製のエチレングリコール系加工液「H4」、三洋化成工業株式会社製のプロピレングリコール系加工液「ハイスタットTMD(商品名)」などを用いることができる。油性の加工液としては、ユシロ化学工業株式会社「ユシロンオイル(商品名)」などを用いることができる。
【0063】
上記スラリーにおける砥粒の濃度は、例えば、5〜50質量%(好ましくは5〜30質量%、より好ましくは5〜10質量%)のものを用いることができる。
【0064】
上記スラリーの温度は、例えば、10〜30℃(好ましくは20〜25℃)であればよい。
【0065】
上記樹脂被覆ソーワイヤでワークを切断するときの条件は、例えば、ワークの切断速度を0.1〜0.35mm/分、樹脂被覆ソーワイヤの線速を300m/分以上(好ましくは500m/分以上、より好ましくは800m/分以上)とすればよい。
【0066】
また、樹脂被覆ソーワイヤにかける張力(N)は、素線(樹脂を被覆する前の鋼線)の抗張力に基づいて算出される下記式(1)の範囲を満足するように設定することが好ましい。下記式(1)において、鋼線の抗張力に対して50〜70%の範囲としたのは、切断時に断線を発生させないためであり、「−5.0」としたのは、切断時の樹脂被覆ソーワイヤにかかる切断荷重とワークから樹脂被覆ソーワイヤを引き抜くときにかかる引き抜き荷重を足した合計がおおよそ5.0Nだからである。
抗張力×0.5−5.0≦張力≦抗張力×0.7−5.0 ・・・(1)
【0067】
なお、鋼線の抗張力は、鋼線の成分組成および線径によって異なるが、例えば、JIS G3522に規定されているピアノ線(A種)を用いた場合は、線径100μmの鋼線の抗張力は24.3N、線径120μmの鋼線の抗張力は34.4N、線径130μmの鋼線の抗張力は39.7Nであり、ピアノ線(B種)を用いた場合は、線径100μmの鋼線の抗張力は26.5N、線径120μmの鋼線の抗張力は37.7N、線径130μmの鋼線の抗張力は45.7Nである。
【0068】
上記樹脂被覆ソーワイヤでワークを切断して得られる切断体は、表面性状に極めて優れたものである。すなわち、ワークの切断面における加工変質層深さは5μm以下(好ましくは4μm以下、より好ましくは3μm以下)と小さく抑えられているため、例えば太陽電池用の素材として好適に用いることができる。
【0069】
加工変質層深さは、切断面をエッチングし、ワーク切断時に導入された転移のエッチピット深さを測定すればよい。
【0070】
また、ワークの切断面における表面粗さ(算術平均粗さRa)は、好ましくは0.5μm以下(より好ましくは0.4μm以下、更に好ましくは0.3μm以下)に制御されている。
【0071】
表面粗さは、株式会社ミツトヨ製「CS−3200(装置名)」にて算術平均粗さ(Ra)を測定すればよい。
【0072】
また、ワークの切断代は、樹脂被覆ソーワイヤの線径(直径)に対して、好ましくは、おおよそ1〜1.10倍(より好ましくは1〜1.05倍、更に好ましくは1〜1.04倍、更により好ましくは1〜1.03倍)に抑制されている。従って切断体の生産性を向上させることができる。
【0073】
即ち、本発明の樹脂被覆ソーワイヤによれば、120℃での樹脂皮膜の硬さを適切に調節しているため、樹脂被覆ソーワイヤに砥粒を吹き付けても、切断面と樹脂被覆ソーワイヤとの間への砥粒の引き込みは上記樹脂によって抑制されるため、切断代が小さくなる。
【0074】
これに対し、上記従来方法1のように、ソーワイヤとして鋼線を用いたときの切断代は、鋼線の直径に、砥粒の平均直径の3倍程度の長さを足した幅になる。従って生産性を向上させるには、鋼線の直径を小さくする必要があるが、鋼線が断線しないように強度を高めるには限界があるため、切断代を小さくすることにも限度がある。
【0075】
また、上記従来方法3のように、ワーク切断時に吹き付けられた遊離砥粒を砥粒キャリア樹脂皮膜に食い込ませると、ソーワイヤの線径(直径)が大きくなるため、ワークの切断代が大きくなる。
【0076】
なお、上記従来方法2のように、固定砥粒付き鋼線を用いてワークを切断したときの切断代は、固定砥粒付き鋼線の直径に等しくなるため、切断代を小さくするには、鋼線の直径を小さくするか、固定砥粒の直径を小さくすることが考えられる。しかし、鋼線の直径を小さくし過ぎると、強度不足となり、切断時に付与される切断荷重に耐えられず、断線する恐れがある。また、固定砥粒の直径を小さくすると、ワークが研削され難くなるため、生産性が劣化する。
【0077】
また、本発明の切断体では、ワークの全厚さ偏差(total thickness variation、TTV)は、好ましくは20μm以下に抑制されており、これは、一般的な太陽電池用ウエハの規格(20μm以下)を満足するものである。より好ましいTTVは15μm以下であり、更に好ましくは10μm以下である。ここで、TTVとはウエハなどの切断体の平坦度を評価する項目の一つであり、ウエハの裏面を基準面として基準面の厚み方向の高さを測定したとき、ウエハ全面における最大値と最小値の差(全厚さ偏差)で表される。後記する表1では、切断された多数のウエハから、ワークの中央部にあたるウエハを連続して3枚採取し、ウエハ厚み測定器を用いて図5に示す厚み測定位置(合計15点)の厚みを測定し、最大値と最小値の差からTTVを算出している。ウエハの厚み測定には、例えば株式会社東京精密製の電気マイクロメータなどを使用できる。
【0078】
図4A、図4Bで示した2種類の樹脂被覆ソーワイヤ[発明例(No.4)と比較例(No.10)]で切断したウエハの厚みばらつき(TTV)の測定結果を、後記する表1に示す。上記発明例のTTVは7μmであり、一般的な太陽電池用ウエハの規格(20μm以下)を大幅に下回っているのに対し、比較例のTTVは201μmであり、大きなばらつきが見られた。
【0079】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0080】
実施例1
下記実施例では、加工台にワーク(単結晶シリコン)を取り付けると共に、ワークの上方に、表1に記載の種々のソーワイヤを這わせ、ソーワイヤに砥粒を吹き付けながら、加工台を上昇させて走行するワイヤによってワークを切断して切断体を製造したときに切断面に形成される加工変質層深さ、表面粗さ(Ra)、切断代(カーフロス)、ソーワイヤの線径(直径)に対する切断代の比、およびTTVについて調べた。
【0081】
(No.1〜17について)
No.1〜17では、ソーワイヤとして、鋼線の表面に表1に記載の種々の樹脂皮膜を表1に示す厚みで被覆した樹脂被覆ソーワイヤを用いた。鋼線として、JIS G3502に規定されるピアノ線材(A種、「SWRS 82A」相当の線材。具体的には、C:0.82質量%、Si:0.19質量%、Mn:0.49質量%を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる線材。)であって、No.1〜4、6、7、9〜13では直径(表1では素線径)130μmに線引きした鋼線を用い、No.5では直径110μmに線引きした鋼線を用い、No.8、14、16、17では直径120μmに線引きした鋼線を用い、No.15では直径100μmに線引きした鋼線を、それぞれ用いた。
【0082】
詳細には、上記樹脂皮膜は、上記鋼線の表面に下記ワニスを塗布した後、表1に記載の加熱温度で加熱することにより硬化させて形成した。具体的には、樹脂皮膜を形成するに先立って、鋼線に脱脂処理を行った後、塗布回数を4〜10回に分けて表1の厚み(樹脂被覆ソーワイヤとしての厚み)となるまで下記ワニスをコーティングし、これを加熱して硬化させて鋼線の表面に樹脂皮膜を形成した。表1には、樹脂被覆後のソーワイヤの直径(線の外径)も記載している。なお、上記樹脂皮膜は、いずれも砥粒を含有していない。
【0083】
No.1〜10について、JIS C2351に規定されるポリウレタン線用ワニス「W143」(東特塗料株式会社製、エナメル線用ワニス「TPU F1(商品名)」、焼付後の塗膜組成はポリウレタン)を使用。
【0084】
No.11、12、15〜17について、ポリアミドイミド線用ワニス(東特塗料株式会社製、エナメル線用ワニス「Neoheat AI−00C(商品名)」、焼付け後の塗膜組成はポリアミドイミド)を使用。
【0085】
No.13、14について、ポリイミドワニス(宇部興産株式会社製、ポリイミドワニス「U−ワニス(商品名)」、焼付け後の塗膜組成はポリイミド)を使用。
【0086】
上記の樹脂被覆ソーワイヤについて、樹脂の硬さをナノインデンテーション法で測定した。硬さは、室温(23℃)または120℃で測定した。具体的な測定条件は次の通りである。
【0087】
《室温および120℃で共通の測定条件》
測定装置 :Agilent Technologies製「Nano Indenter XP/DCM」
解析ソフト:Agilent Technologies製「Test Works 4」
Tip :XP
歪速度 :0.05/秒
測定点間隔:30μm
標準試料 :フューズドシリカ
【0088】
《室温での測定条件》
測定モード :CSM(連続剛性測定法)
励起振動周波数:45Hz
励起振動振幅 :2nm
押込深さ :500nmまで
測定点 :15点
測定環境 :空調装置内で室温23℃
【0089】
室温での硬さ測定は連続剛性測定法で行い、樹脂皮膜の最表面からの押し込み深さが400〜450nmの範囲における硬さを測定した。硬さ測定は、15点で行い、測定結果を平均して硬さを算出した。なお、硬さの測定に当たっては、下記事項を基本として行なうことにしているが、本実施例では、このような異常値はなかった。
【0090】
測定結果のうち、異常値(平均値に対して3倍以上または1/3以下となる値)があった場合はこれを除去し、新たに測定した結果を加えて測定点の合計が15点となるように調整する。
【0091】
《120℃での測定条件》
測定モード:Basic(負荷除去測定法)
押込深さ :450nmまで
測定点 :10点
測定環境 :抵抗加熱ヒータでサンプルトレイを120℃に保持
【0092】
120℃での硬さ測定は負荷除去測定法で行い、樹脂皮膜の最表面からの押し込み深さが450nm位置における硬さを測定した。即ち、サンプルを加熱しながら硬さを測定する場合には、室温で硬さを測定するときのように連続剛性測定法は採用できないため、測定位置が、最表面からの押込み深さが450nm位置となるように荷重を調整して硬さ測定を行った。
【0093】
120℃での硬さ測定は、上記樹脂被覆ソーワイヤをセラミック系接着剤で金属製のナノインデンテーション用サンプルトレイに貼り付け、抵抗加熱ヒータでサンプルトレイを加熱し、120℃に保持しながら行なった。
【0094】
120℃での硬さ測定は、10点で行い、測定結果を平均して硬さを算出した。なお、硬さの測定に当たっては、下記事項を基本として行なうことにしているが、本実施例では、このような異常値はなかった。
【0095】
測定結果のうち、異常値(平均値に対して3倍以上または1/3以下となる値)があった場合はこれを除去し、新たに測定した結果を加えて測定点の合計が10点となるように調整する。
【0096】
(No.18〜20について)
これらは、樹脂皮膜を施さない比較例であり、上記No.1〜17に用いたのと同じピアノ線材を直径120μm(No.18)または160μm(No.19、20)に線引きした鋼線を用いた。
【0097】
(No.21について)
これらは、砥粒を固着させた固定砥粒付きワイヤの従来例であり、上記No.1〜17に用いたのと同じピアノ線材を直径120μmに線引きした鋼線の表面に、Niメッキを施し、このNiメッキ層に最大直径が17.5μmのダイヤモンド砥粒を固着させた固定砥粒付きワイヤを用いた。固定砥粒付きワイヤの直径は155μmである。
【0098】
次に、上記No.1〜21のソーワイヤを用い、マルチワイヤソー(株式会社安永製、「D−500」)にて単結晶シリコン(60mm×20mm×50mm)を切断(スライシング加工)した。スライシング加工は、No.1〜20では、ソーワイヤと単結晶シリコンの間に、表1に示す平均粒径のSiC砥粒(信濃電気製錬株式会社製、「シナノランダム(商品名)」)またはダイヤモンド砥粒(住石マテリアルズ株式会社製、「SCMファインダイヤ(商品名)」)を加工液(ユシロ化学工業社製の「エチレングリコール系水溶液」)に懸濁させたスラリーを吹き付けながら行った。なお、No.21では、ソーワイヤと単結晶シリコンの間に、加工液として砥粒を含まないエチレングリコール系水溶液を吹き付けながらスライシング加工した。
【0099】
スラリー中のSiC砥粒濃度は50質量%、ダイヤモンド砥粒濃度はいずれも5質量%であり、スラリーの温度は20〜25℃、スラリーの供給量は100L/分とした。
【0100】
ワークを乗せた加工台の上昇速度(切断速度)は、表1に示すように0.1〜0.3mm/分の範囲で変化させると共に、樹脂被覆ソーワイヤの線速は500m/分、樹脂被覆ソーワイヤの張力は25N、樹脂被覆ソーワイヤの巻数は41巻、樹脂被覆ソーワイヤの巻ピッチは1mmに設定した。
【0101】
(ソーワイヤの線径(直径)に対する切断代の比の算出について)
上記No.1〜21について、上記条件でスライシング加工したときの切断代を測定すると共に、No.1〜20について、切断代とソーワイヤの線径(直径)との差(幅ロス)、およびソーワイヤの線径(直径)に対する切断代の比を算出した。本実施例では、上記のようして算出した切断代の比が1〜1.10倍のものを合格と評価した。
【0102】
(樹脂被覆ソーワイヤ表面の観察)
No.1〜8、11〜17の樹脂被覆ソーワイヤの表面を目視で観察した結果、砥粒の食い込みは殆ど認められなかった。これに対し、No.9、10で用いた樹脂被覆ソーワイヤの表面には、砥粒の食い込みが認められた。参考のため、No.4の樹脂被覆ソーワイヤ(本発明例)、およびNo.10の樹脂被覆ソーワイヤ(比較例)の表面を撮影した図面代用写真を図4Bに示す。
【0103】
(樹脂表面に食い込んだ砥粒の個数の測定)
No.1〜17で用いた樹脂被覆ソーワイヤについて、樹脂表面に食い込んだ砥粒の個数を次の手順で測定した。即ち、使用済み樹脂被覆ソーワイヤの表面を、光学顕微鏡で400倍で写真撮影し、樹脂被覆ソーワイヤの中心付近における50μm×200μmの領域内に観察される砥粒の個数を目視で測定した。測定領域を図6に点線で示す。
【0104】
(加工変質層深さ、および切断面の表面粗さの測定)
No.1〜21のソーワイヤを用い、上記のようにスライシング加工して得られた切断体について、切断面に形成されている加工変質層深さ、および切断面の表面粗さを測定した。
【0105】
《加工変質層深さ》
切断面に形成される加工変質層の深さは、切断体を図7(a)に示すように、水平方向に対して4°の傾きとなるように樹脂に埋め込み、図7(b)に示すように切断体の切断面が露出するように切断体と樹脂を研磨した。次に、露出面を下記表2に示す組成のエッチング液でエッチングし、ワーク切断時に形成された加工変質層(ワーク切断時に導入された転移のエッチピット)を光学顕微鏡にて観察した。本実施例では、加工変質層深さが5μm以下のものを合格と評価した。
【0106】
ワークの切断面を光学顕微鏡で撮影した写真を図8〜図13に示す。図8はNo.4、図9はNo.6、図10はNo.10、図11はNo.18、図12はNo.20、図13はNo.21の図面代用写真を、それぞれ示している。
【0107】
光学顕微鏡で観察したときに、加工変質層は黒色で示され、この深さ(厚み)を測定した。
【0108】
《表面粗さ》
切断面の表面粗さは、株式会社ミツトヨ製「CS−3200(装置名)」を用い、切断方向(切り込みの深さ方向)に対して10mmに亘って算術平均粗さRaを測定した。本実施例では、Raが0.5μm以下のものを平滑性に優れる(合格)と評価した。
【0109】
《TTV》
前述した方法に基づき、No.1〜21についてTTVを測定した。本実施例では、TTVが20μm以下のものを合格と評価した。
【0110】
これらの結果を表1にまとめて示す。
【0111】
【表1】

【0112】
【表2】

【0113】
表1から次のように考察できる。まず、No.1〜8、11〜17は、本発明の要件を満足する樹脂被覆ソーワイヤを用いて切断体を製造した例であり、切断面に形成される加工変質層深さは5μm以下と浅く、切断面の算術平均粗さRaが0.5μm以下とほぼ平滑になっている。また、切断代の比も1〜1.10倍に抑えられており、生産性を向上できることが分かる。更にTTVも20μm以下と、バラツキの非常に小さいものであった。また、スライシング加工に用いた樹脂被覆ソーワイヤ表面を目視で観察したところ、砥粒は殆ど付着していなかった。
【0114】
すなわち、上記のようにRaが0.5μm以下に抑制された切断体を例えば太陽電池の素材として使用する場合には、このままの状態で、表面に微細テクスチャをエッチング加工することができるなど、生産効率が向上する。
【0115】
これに対し、本発明の要件のいずれかを満足しない下記例は、以下の不具合を有している。
【0116】
まずNo.9、10は、鋼線の表面にポリウレタンの樹脂皮膜を被覆した樹脂被覆ソーワイヤを用いた例であるが、120℃での硬さが本発明の要件を満足せず樹脂皮膜が柔らか過ぎるため、スライシング加工時に、砥粒が樹脂に食い込む現象が起こった。また、切断面に形成される加工変質層深さは5μmを超えて深くなり、TTVも目標の20μm以下を遥かに超えたものになった。樹脂表面に砥粒が食い込むと、加工変質層深さやTTVに著しい悪影響を及ぼすことから、樹脂表面への砥粒の食い込みを抑制すること、すなわち120℃での樹脂の硬さを0.07MPa以上とすることの重要性が読み取れる。
【0117】
No.18〜20では、ソーワイヤとして樹脂皮膜が被覆されていない鋼線を用いたため、切断面に形成される加工変質層深さはいずれも深く、且つ、表面粗さ(Ra)も、合格基準の0.5μm以下を超えて粗くなった。このようにRaが0.5μmを超えると、微細テクスチャをエッチング加工する前に、切断面を平滑にするためのエッチングが必要となるなど、生産性が低下する。
【0118】
またNo.18〜20ではいずれも、切断代の比が合格基準の1.10倍を超えたが、特にNo.18では、切断代の比が合格基準の1.10倍を遥かに超えて1.33倍と、極めて大きくなった。詳細には、ワーク切断時に、鋼線とワークとの間に遊離砥粒が引き込まれ、ワークが過剰に削られた結果、ワークの切断代は160μm、幅ロスは40μmと大きくなり、生産性が悪くなった。切断代を狭くするには、鋼線の直径を小さくすることが考えられるが、ワーク切断時には鋼線自体も削られるため、鋼線の直径を小さくし過ぎると鋼線の断線が発生し易くなる。No.18のように鋼線の直径が120μmの場合は、断線を発生させないために、鋼線の直径が100μmに減径するまでに鋼線を交換する必要があり、このような方法は生産性を著しく阻害するものであり、現実的でない。
【0119】
No.21は、ソーワイヤとして固定砥粒付きワイヤを用いているため、切断面に形成される加工変質層深さは深く、表面粗さ(Ra)も粗くなった。また、No.21では、遊離砥粒を吹付けずにワークを切断しているため、ワークの切断代は、固定砥粒付きワイヤの線径(直径)と同じ155μmであった。
【0120】
図14に、表1のNo.1〜17の結果に基づき、120℃での樹脂皮膜の硬さと、樹脂皮膜表面に食い込んだ砥粒の個数(観察視野50μm×200μmの領域における個数)との関係を示す。これらは、いずれも室温で測定した樹脂皮膜の硬さは0.3GPa前後と、ほぼ等しい値を有していたが、120℃で測定したときの樹脂皮膜の硬さは、0.04〜0.30GPaと大きく相違するものであった。例えばNo.1と7のように、同じ樹脂やワニスを用いても鋼線への塗布条件(塗布回数など)を変化させれば樹脂皮膜の膜厚も異なる(No.1の樹脂皮膜の膜厚は11μmであるのに対し、No.7の樹脂皮膜の膜厚は3μmである)ため、120℃での樹脂皮膜硬さも相違する。また、樹脂の種類や加熱温度によっても、120℃での樹脂皮膜の硬さは相違すると考えられる。
【0121】
図14から、120℃での樹脂皮膜の硬さが大きくなるほど、樹脂皮膜に食い込む砥粒の個数は少なくなる傾向にあり、120℃での樹脂皮膜の硬さを0.07GPa以上に調整すれば、砥粒の個数を5個程度以下と、著しく少なくできることが読み取れる。
【0122】
図15に、上述した表1のNo.1〜17の結果に基づき、120℃での樹脂皮膜の硬さと、切断面に形成された加工変質層の深さとの関係を示す。図15から、120℃での樹脂皮膜の硬さが大きくなるほど、加工変質層の深さは小さくなる傾向にあり、120℃での樹脂皮膜の硬さを0.07GPa以上に調整すれば、加工変質層の深さを5μm以下に抑制できることが読み取れる。
【0123】
図16に、上述した表1のNo.1〜17の結果に基づき、樹脂皮膜に食い込んだ砥粒の個数と、切断面に形成された加工変質層の深さとの関係を示す。図16から、樹脂皮膜に食い込む砥粒の個数が少なくなるほど、加工変質層深さは浅くなる傾向にあり、樹脂皮膜に食い込む砥粒の個数を10個以下とすることで、加工変質層深さを5μm以下にできることが分かる。樹脂皮膜に食い込む砥粒の個数を10個以下とするには、図14から、120℃での樹脂皮膜の硬さを0.07MPa以上にすればよいことが読み取れる。
【0124】
上記図14〜図16から、樹脂皮膜表面に食い込んだ砥粒の個数が減少すると、加工変質層の深さも小さくなる傾向にあることが分かる。また、前述した表1の実験結果より、樹脂表面に砥粒が食い込むと、加工変質層深さやTTVに著しい悪影響を及ぼすことを考慮すると、本発明で規定する要件(120℃での樹脂皮膜の硬さを0.07GPa以上に調整すること)は、切断体としての良好な特性を付与するうえで極めて重要な要件であることが分った。
【0125】
更に、No.8(本発明例の樹脂被覆ワイヤ)、No.18(樹脂皮膜なしの鋼線)、No.21(固定砥粒付きワイヤ)について考察する。これらは、いずれも、ピアノ線材を直径120μmに線引きした鋼線を素線として用いた例であるため、同じ抗張力を有しており、断線に対する危険性は同じと考えられるが、No.8(本発明例)の切断代が最も小さく、生産性が最も良好であることが分かる。
【0126】
また、上記実施例1で得られた結果に基づいて、長さが300mmの単結晶シリコンから、現在主流の厚み0.18mmのウエハを切り出す場合について考えると、ソーワイヤとして上記No.18の鋼線を用いた場合には、切断代が160μmであるため、ウエハの取得枚数は882枚となる。また、上記No.21の固定砥粒付きワイヤを用いた場合には、切断代が155μmであるため、ウエハの取得枚数は895枚となる。これに対し、本発明例の上記No.8の樹脂被覆ソーワイヤを用いた場合には、切断代が135μmであるため、ウエハの取得枚数は952枚となり、生産効率を著しく高められることが分かる。
【0127】
本発明の樹脂被覆ソーワイヤを用いた場合には、樹脂皮膜が鋼線の耐摩耗性を向上させる作用を有しているため、スライシング加工しても鋼線自体の減径は発生し難い。従って、鋼線自体の直径を更に小さくできる。例えば、No.5のように、直径が110μmの鋼線の表面に、ポリウレタンの樹脂皮膜を厚み6μmで被覆した樹脂被覆ソーワイヤを用いてワークを切断した場合には、切断代は125μmになるため、ウエハの取得枚数は983枚となり、前述したNo.8に比べ、生産性を更に向上できる。また、No.15のように、直径が100μm鋼線の表面に、ポリアミドイミドの樹脂皮膜を厚み5μmで被覆した樹脂被覆ソーワイヤを用いてワークを切断し場合には、切断代は115μmとなるため、ウエハの取得枚数は1016枚となり、No.5よりも更に生産性を改善できる。
【0128】
一方、固定砥粒付きワイヤの場合は、切断性確保の観点から、砥粒の平均粒径は15μm以上が必要とされており、また固定砥粒付きワイヤのワイヤからの引き抜き荷重は、遊離砥粒を用いた場合の3〜5倍は必要とされている。従って、固定砥粒付きワイヤの線径を120μm以下にすることは、断線を防止する観点から難しい。よってNo.21における切断代(155μm)を、より低減することは極めて困難である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ソーマシンでワークを切断するときに用いられるソーワイヤであって、
鋼線の表面に、砥粒を含有せず、且つ120℃での硬さが0.07GPa以上の樹脂皮膜が被覆されており、
前記樹脂皮膜は、ワークを切断するときに吹き付けられる砥粒が樹脂皮膜に食い込むことを抑制するように硬さが制御されていることを特徴とする樹脂被覆ソーワイヤ。
【請求項2】
前記樹脂皮膜の膜厚が2〜15μmである請求項1に記載の樹脂被覆ソーワイヤ。
【請求項3】
前記鋼線の線径が130μm以下である請求項1または2に記載の樹脂被覆ソーワイヤ。
【請求項4】
前記樹脂が、ポリウレタン、ポリアミドイミド、またはポリイミドである請求項1〜3のいずれかに記載の樹脂被覆ソーワイヤ。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の樹脂被覆ソーワイヤに砥粒を吹き付け、切断面と樹脂被覆ソーワイヤとの間への砥粒の引き込みを前記樹脂によって抑制しつつ、ワークに対して前記樹脂被覆ソーワイヤが切り込む方向には、砥粒を引き込むことでワークを切断して得られた切断体であって、
ワークの切断面における加工変質層深さが5μm以下であることを特徴とする切断体。
【請求項6】
前記ワークの切断面における表面粗さが0.5μm以下である請求項5に記載の切断体。
【請求項7】
前記ワークの切断代が、樹脂被覆ソーワイヤの線径に対して1〜1.10倍である請求項5または6に記載の切断体。
【請求項8】
前記ワークの全厚さ偏差(total thickness variation、TTV)が20μm以下である請求項5〜7のいずれかに記載の切断体。

【図4A】
image rotate

【図14】
image rotate

【図15】
image rotate

【図16】
image rotate

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4B】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate

【図17】
image rotate


【公開番号】特開2013−56411(P2013−56411A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−179539(P2012−179539)
【出願日】平成24年8月13日(2012.8.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年8月1日〜平成25年2月28日、経済産業省新エネルギー・産業技術総合開発機構「太陽エネルギー技術研究開発/太陽光発電システム次世代高性能技術の開発/マルチワイヤーソーによるシリコンウエハ切断技術の研究開発」に関する委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000130259)株式会社コベルコ科研 (174)
【Fターム(参考)】