説明

機能性シートの製造方法

【課題】乾燥時間短縮と、シート反り及びマイクロニードルなどの高アスペクト比構造体の変形防止とを両立することができる機能性シートの製造方法を提供する。
【解決手段】針状凹部12を有するスタンパ10に、原料液20を注型した後、乾球温度及び相対湿度が調整された空気を吹き付けることにより、原料液20を乾燥固化する。このとき、恒率乾燥期間における原料液20の温度Tがゲル化温度Tgelより高い温度になるように、原料液20に吹き付ける空気の乾球温度及び相対湿度が調整される。これにより、乾燥速度を極端に小さくすることなく、シート反りの発生及びこれに起因するマイクロニードルの変形を防止することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凸部が表面に形成された機能性シートの製造方法に関し、例えば高アスペクト比凸部(微細周期構造体)がアレイ状に配列された機能性シートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、マイクロニードルなどの高アスペクト比の構造体(微細周期構造体)をアレイ状に配列した機能性シートは、様々な分野で応用されている。
【0003】
例えば、医療技術分野では、薬剤を含む高アスペクト比構造の機能性シートを用いることで、患者の皮膚表面又は皮膚角質層を介して、薬剤を患者に効率的に投与する経皮吸収システムが注目を集めている。このような経皮吸収システム用の機能性シートは、一般に、経皮吸収シートと称される。経皮吸収シートの製造方法として様々な方法が提案されている。
【0004】
例えば、特許文献1及び2は、針状凹部を有するモールド(スタンパ)を用いて、薬剤を含む溶融状態の糖類材料を射出成形することにより、マイクロニードルを有する経皮吸収シートを製造する方法を開示している。
【0005】
また、特許文献3は、溶融状態の糖類材料にピン先端を浸漬した後、当該ピンを引き上げることで、糖類材料を延伸することにより、マイクロニードルを有する経皮吸収シートを製造する方法を開示している。
【0006】
しかし、特許文献1及び2の方法では、溶融材料の粘度が高いため、モールドの針状凹部の最深部まで溶融材料を充填することが難しい。
【0007】
特許文献3の方法では、溶融材料を延伸する際に、マイクロニードル先端部が曲がってしまう場合があり、マイクロニードルを高精度かつ均一に成形することが難しい。また、溶融状態で延伸可能な材料は限られており、経皮吸収シートの材料を自由に選択することはできない。さらに、シート成形毎にピンを洗浄する必要があるため、経皮吸収シートを効率的に製造することは難しい。
【0008】
そこで、針状凹部を有するモールドを用いて、薬剤及びポリマー材料を含むポリマー溶解液をキャスト成形することにより、マイクロニードルを有する経皮吸収シートを製造する方法が提案されている。この方法では、モールドにポリマー溶解液を注型した後、ポリマー溶解液を乾燥固化することで、マイクロニードルを有する経皮吸収シートを製造する。
【0009】
しかし、キャスト成形により経皮吸収シートを製造する場合は、ポリマー溶解液を乾燥固化する際に、マイクロニードルの先端部を含むシート全体から水分を除去するために膨大な時間を要する。また、乾燥収縮によりシート反り及びシート反りによる応力に起因するマイクロニードルの変形が発生してしまう場合がある。
【0010】
そこで、以下に示す特許文献4及び5に開示されている方法を利用して、乾燥時間を短縮したり、シート反り及びマイクロニードルの変形を防止したりすることが考えられる。
【0011】
特許文献4は、コラーゲン溶解液を高温・真空中で乾燥固化して、短時間でコラーゲン皮膜を形成する方法を開示している。この方法を経皮吸収シートの製造に適用すれば、ポリマー溶解液から気相への水分拡散が促進され、ポリマー溶解液を短時間で乾燥固化することができる。
【0012】
特許文献5は、でんぷん又はキトサンの溶解液を、20℃で24時間かけて乾燥固化する方法を開示している。この方法を経皮吸収シートの製造に適用すれば、乾燥収縮によるシート反り及びマイクロニードルの変形を防止することができる。
【特許文献1】特開2003−238347号公報
【特許文献2】特開2006−51361号公報
【特許文献3】特開2006−345983号公報
【特許文献4】特開平5−184662号公報
【特許文献5】特開2007−284514号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、特許文献4の方法では、真空中での乾燥固化は、ポリマー溶解液の内部での気泡発生を伴うため、微細なマイクロニードルの形成が気泡により阻害される場合がある。また、ポリマー溶解液の乾燥速度が過剰になり、シート反り及びマイクロニードルの変形が発生しやすくなる。
【0014】
また、特許文献5の方法では、ポリマー溶解液を低温で乾燥固化するため、シート全体から水分を除去するには多大な時間を要する。
【0015】
このように、特許文献4及び5の方法を利用しても、乾燥時間短縮と、シート反り及びマイクロニードルの変形の防止とを両立することは難しい。
【0016】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、乾燥時間短縮と、シート反り及びマイクロニードルなどの高アスペクト比構造体の変形防止とを両立することができる機能性シートの製造方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0017】
請求項1に記載の発明は、凹部を有するモールドにポリマー溶解液を注型する注型工程と、前記凹部の反転形状である凸部を有する機能性シートが形成されるように、前記ポリマー溶解液を乾燥固化する乾燥固化工程と、前記機能性シートを前記モールドから剥離する剥離工程とを含む機能性シートの製造方法であって、前記乾燥固化工程では、恒率乾燥期間において、前記ポリマー溶解液の温度Tが、前記ポリマー溶解液のゲル化温度Tgelより高い温度に調節されることを特徴とする機能性シートの製造方法に関する。
【0018】
請求項1に係る製造方法によれば、恒率乾燥期間において、ポリマー溶解液のゲル化を防止してポリマー溶解液を液状に維持することができる。これにより、乾燥速度を極端に小さくすることなく、シート反りの発生及びこれに起因するマイクロニードルの変形を防止することが可能である。すなわち、乾燥時間短縮と、シート反り及びマイクロニードルの変形の防止とを両立することが可能である。
【0019】
請求項2に記載の発明は、前記乾燥固化工程では、恒率乾燥期間において、前記ポリマー溶解液の温度Tと前記ポリマー溶解液のゲル化温度Tgelとの間で、Tgel+30℃>T>Tgelの関係が成立するように前記ポリマー溶解液の温度Tが調節されることを特徴とする請求項1に記載の機能性シートの製造方法に関する。
【0020】
請求項2に係る製造方法によれば、乾燥時間短縮と、シート反り及びマイクロニードルの変形の防止とを両立することができるとともに、材料(シート原材料やシートに添加される薬剤)の熱劣化を防止することができる。
【0021】
請求項3に記載の発明は、前記乾燥固化工程では、前記ポリマー溶解液の周囲の環境相対湿度が、40%RH以上、80%RH以下に調節されることを特徴とする請求項1又は2に記載の機能性シートの製造方法に関する。
【0022】
請求項3に係る製造方法によれば、乾燥速度が過剰になることを防ぎ、適度な水分の拡散状態を維持することで、シート反り及びこれに起因するマイクロニードルの変形を低減することができる。
【0023】
請求項4に記載の発明は、前記乾燥固化工程では、0.1m/sec以上、1m/sec以下の風速で、前記ポリマー溶解液に向けて送風することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の機能性シートの製造方法に関する。
【0024】
請求項4に係る製造方法によれば、乾燥速度が過剰になることを防ぎ、適度な水分の拡散状態を維持することで、シート反り及びこれに起因するマイクロニードルの変形を低減することができる。
【0025】
請求項5に記載の発明は、前記ポリマー溶解液は、ゼラチン、アガロース、ペクチン、ジェランガム、カラギナン、キサンタンガム、アルギン酸、でんぷん、セルロース、トリアセチルセルロース及びデキストリンのうち少なくとも一つを含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の機能性シートの製造方法に関する。
【0026】
請求項6に記載の発明は、前記凸部の形状は、幅が0.1〜200μm、高さが0.3〜3000μmの錐形状であり、前記凸部の先端の曲率半径は200μm以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の機能性シートの製造方法に関する。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、恒率乾燥期間におけるポリマー溶解液のゲル化を防止することにより、乾燥時間短縮と、シート反り及びマイクロニードルの変形の防止とを両立することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
添付図面に従って本発明の実施形態について説明する。以下では、医療分野において皮膚を介し薬剤を投入するのに使用されるマイクロニードルシートを例として説明するが、針等の高アスペクト比構造体を有する他の機能性シートに対しても本願発明を適用することが可能である。
【0029】
図1は、マイクロニードルシート22の一例を示す断面図である。このマイクロニードルシート22は、ほぼ均一な膜厚を有するシート部26と、当該シート部26と一体的な構造を有する多数のニードル部24とを有する。
【0030】
ニードル部24は、円錐や角錐などの錐形状や、円柱や角柱などの柱形状を有する。ニードル部24は、シート部26から突出するようにして設けられており、シート部26からの高さH及び基底部の幅(径)Dの比によって表されるアスペクト比A(A=H/D)が非常に大きい。
【0031】
皮膚表面から所望深さ(例えば数100μmの深さ)までニードル部24を刺し入れて薬剤の浸透性を高めるためには、先端が尖っており、径が充分に小さく、強度が大きな曲がり難いニードル部24が望ましい。その一方で、細過ぎるニードル部24を用いた場合には、ニードル部24の先端や根元で折れ曲がってしまうことがあり、太過ぎるニードル部24を用いた場合には、ニードル部24を所望の深さまで皮膚に刺し入れることが難しい。そのため、ニードル部24の先端を充分に尖らせる一方で、シート部26との接合部であるニードル部24の基底部の径を大きくすることにより、ニードル部24を折れ難くすることができる。
【0032】
このような事情から、ニードル部24の基底部の幅(径)Dは、例えば、0.1μm以上1000μm以下(特に200μm以下)であることが好ましく、10μm以上400μm以下であることがより好ましい。特にニードル部24が円錐形状を有する場合には、基底部の直径が0.1μm以上1000μm以下であることが好ましく、50μm以上300μm以下であることがより好ましい。
【0033】
またニードル部24の高さHは、0.3μm以上3000μm以下であることが好ましく、30μm以上1200μm以下であることがより好ましい。さらに、刺さり易さの指標となる穿刺力を左右するニードル部24の先端部の曲率半径Rは、200μm以下であることが好ましく、10μm以下であることがより好ましい。
【0034】
そしてニードル部24のアスペクト比A(A=H/D)は、1以上であることが好ましく、2.5以上であることがより好ましい。
【0035】
またシート部26は、患者皮膚の形状に合わせて変形可能な柔軟性を確保する観点からは薄いほうが好ましく、具体的には200μm以下の膜厚であることが好ましく、100μm以下の膜厚であることがより好ましい。
【0036】
なお、上述のような微細形状を有するニードル部24は「マイクロニードル」と称されることもあり、シート上に配列された複数のニードル部24は「マイクロニードルアレイ」と称されることがある。
【0037】
次に、マイクロニードルシート22の製造方法について説明する。
【0038】
図2は、マイクロニードルシート22の製造方法の一例を示す図である。本実施形態では、スタンパ(モールド)10を用いたキャスト成形によってマイクロニードルシート22が製造される。
【0039】
まず、図2(a)に示すように、複数の針状凹部12を有する剥離性に優れたスタンパ10を準備し、スタンパ10上において針状凹部12を取り囲むように枠体18を載置する。このスタンパ10の針状凹部12は、例えば0.1〜1000μmの径を有する窪んだ領域であり、平坦面16から最深部14に向かって徐々に幅が狭くなる。枠体18は、スタンパ10とは別体の弾性を有する部材によって構成され、スタンパ10との密着性に優れている。
【0040】
なお、スタンパ10は任意の方法で作製可能である。例えば、多数の円錐、角錐、角柱などの凸形状アレイを有する型(金型)から、当該凸型アレイの反転形状を持つ針状凹部12を有するスタンパ10を作製することができる。この凸形状アレイを有する型は、例えば、金属(Ni、Cu、Cr、Mo、W、Ir、Tr、Fe、Co、MgO、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、α−酸化アルミニウム,酸化ジルコニウム、ステンレス(スタバックス材)、或いはこれらの合金等)や超硬材料の原版を、ダイヤモンドバイトや研削加工用砥石によって切削・研削加工することで作製可能である。また、シリコン(Si)、二酸化珪素(SiO2)、或いは感光性樹脂などを用いた半導体微細加工技術に基づく三次元立体加工によって、凸形状アレイを有する型を作製する方法もある。また、当該型からスタンパ10を作製する方法として、例えば所定の樹脂を型上に塗布した後に固化する方法や、型に基づく電鋳を利用する方法が挙げられる。スタンパ10の作製に用いられる樹脂は用途に応じて適宜選定可能であり、例えば熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、光硬化性樹脂(例えばシルガード184(東レ・ダウコーニング株式会社製)や1310ST(藤倉応用化工株式会社製)などのシリコーン樹脂)、UV硬化樹脂、プラスチック樹脂(例えばポリスチレンやPMMA(ポリメチルメタクリレート))をスタンパ10の作製に使用することが可能である。
【0041】
なお、気体透過性の高い材料により構成されるスタンパ10は、針状凹部12内に残存する空気をスタンパ10を介して外部に排出することができる点で好ましい。また、シリコーンゴムに代表される撥水性の高い材料によってスタンパ10の表面が構成されている場合には、スタンパ10に対して特別な表面処理を施さなくてもマイクロニードルシート22をスタンパ10から適切に剥離することが可能である。また、シリコーンゴム系の素材は、繰り返し加圧される転写に対して耐久性が高く、他のポリマーに対する剥離性も比較的良好であるため、スタンパ10の材料として好ましい。
【0042】
このようなスタンパ10および枠体18を準備する一方で、マイクロニードルシート22の素材となる原料液の調製が行われる。この原料液の調製は任意の方法で行われ、例えば粉体の原料ポリマー(高分子材料)を溶媒に溶かすことで作られるポリマー溶解液を原料液として用いたり、熱溶融した液状の原材料を原料液として用いたりすることができる。また、薬剤投与用のマイクロニードルシート22を製造する場合には、調製した原料液に所望の薬剤を添加してもよい。
【0043】
原料液の構成成分は、マイクロニードルシート22の用途に合わせて適宜選定される。例えば、用途が経皮吸収シートのマイクロニードルシート22を製造する場合は、ポリマー溶解液に溶かす原料ポリマーとして、生体適合性を有する材料(生体適合材料)を使用することが好ましい。具体的には、ゼラチン、アガロース、ペクチン、ジェランガム、カラギナン、キサンタンガム、アルギン酸、でんぷん、セルロース、トリアセチルセルロース、デキストリンなどの水溶性のポリマーや、アクリルやポリスチレンなどのポリマーを使用することができる。またポリマー溶解液の溶媒は原料ポリマーとの相性等に基づいて適宜選定され、例えば水、アルコール、メチルエチルケトン(MEK)などを溶媒として使用することが可能である。
【0044】
次に、図2(b)に示すように、調製された原料液20がスタンパ10に注型される(注型工程)。そして、枠体18上にプレス具19が配置され、枠体18および当該枠体18によって囲まれる領域がプレス具19によって押圧される。これにより、スタンパ10と枠体18とによって画成される領域内の原料液20が加圧され、針状凹部12の最深部14まで原料液20が満たされる。また、スタンパ10が空気透過性に優れた材料により構成されている場合には、プレス具19による加圧によって、針状凹部12内に僅かに残存する空気(気泡)15をスタンパ10内に押し出して除去することができるため、より適切に原料液20を針状凹部12に充填することができる。
【0045】
なおスタンパ10への原料液20の注型は、原料液20をスタンパ10上に均一に付与することができる任意の手法で行うことができる。例えば、原料液20をスタンパ10上に滴下して、原料液20自体の流動性を利用してもよいし、スタンパ10を回転させた状態でスピン塗布を行ってもよいし、バーコータによって原料液20をスタンパ10上に塗布してもよい。
【0046】
その後、プレス具19が取り除かれ、乾球温度及び相対湿度が調整された空気を所定の速度で送風することにより、スタンパ10上の原料液20の乾燥固化が行われる(乾燥固化工程)。これにより、図2(c)に示すように、針状凹部12の反転形状を有するニードル部24と、平坦面16及び枠体18に囲まれるシート部26とを備えるマイクロニードルシート22が、スタンパ10上に形成される。具体的な乾燥条件については後述するが、本実施形態では、恒率乾燥期間において原料液20がゲル化しないように、原料液20に吹き付けられる空気の乾球温度及び相対湿度が調節される。これにより、乾燥固化時におけるマイクロニードルシート22の反り及びこの反りに起因するニードル部24の変形を効果的に防ぐことができ、マイクロニードルシート22(特に微細形状を有するニードル部24)を精度良く成形することができる。また、例えば原料液20が熱可塑性天然高分子を含む場合には、原料液20を冷却しながら乾燥する。
【0047】
そして、枠体18がスタンパ10上から取り除かれ、スタンパ10からマイクロニードルシート22が剥離されることによって、図2(d)に示すマイクロニードルシート22が得られる(剥離工程)。
【0048】
なお、スタンパ10上において乾燥固化したマイクロニードルシート22は、通常は、スタンパ10だけではなく枠体18に対しても固着する。したがって、マイクロニードルシート22のうち特に枠体18近傍の端部(図2(c)の「B」参照)を剥離する際には強い力が必要になるが、剥離時の力が強くなるほどマイクロニードルシート22の破断の懸念が増す。そのため本実施形態では、マイクロニードルシート22の剥離に先立って枠体18がスタンパ10上から取り除かれる。これにより、マイクロニードルシート22、枠体18、およびスタンパ10の各々を比較的小さな力で分離することが可能であり、スタンパ10からマイクロニードルシート22を剥離する際の初期剥離力を低減して、剥離時のマイクロニードルシート22の破断を防ぐことができる。
【0049】
また本実施形態の剥離工程では、マイクロニードルシート22(特に微細形状のニードル部24の先端部)に不要な力が作用しないように、マイクロニードルシート22を鉛直方向(図2(c)の矢印Aを参照)に剥離する。具体的には、複数のパッドをマイクロニードルシート22に対し減圧吸着させて、当該パッドを鉛直方向に引き上げることで、マイクロニードルシート22全体にほぼ均一な吸着力を作用させることが可能である。このようなパッドによる吸着剥離を行う場合には、マイクロニードルシート22の表面の凹凸形状に沿ってパッドが密着するように、例えば直径3cm程度のシリコーンゴム製のパッドを用いることができる。なお、撥水性の高い素材に代表される剥離性に優れた材料(例えばシリコーンゴム)によってスタンパ10の表面が構成されている場合には、スタンパ10に対して特別な表面処理を施さなくてもマイクロニードルシート22をスタンパ10から適切に剥離することが可能である。
【0050】
次に、本実施形態におけるスタンパ10上の原料液20の乾燥条件について説明する。乾燥条件の具体的な説明に入る前に、まず、乾燥条件がシート成形性に与える影響について、図3及び4を用いて説明する。
【0051】
図3は高温・低湿・高風量の条件下で乾燥固化したマイクロニードルシートを示す図である。ここで、「高温・低湿・高風量の条件」とは、比較的高温・低湿の空気を、原料液20に向けて高速で送風する場合を意味する。高温・低湿・高風量の条件下では、急激な乾燥収縮により、マイクロニードルシート22の端部(図3の「B」参照)が、スタンパ10から剥離して、鉛直方向(図3の矢印「A」参照)に反ってしまう。さらに、このシート端部の反りに起因して、シート剥離時に、シート端部近傍のニードル部24が応力により変形してしまう場合もある。
【0052】
一方、図4は低温・高湿・低風量の条件下で乾燥固化したマイクロニードルシートを示す図である。ここで、「低温・高湿・低風量の条件」とは、比較的低温・高湿の空気を、原料液20に向けて低速で送風する場合を指す。低温・高湿・低風量の条件下では、乾燥速度が十分に遅く、急激な乾燥収縮が起こらないため、シート端部(図4の「B」参照)の反りは発生しない。しかし、この乾燥条件下では、ニードル部24の先端(図4の「C」参照)まで十分に乾燥することが難しく、ニードル部24の強度不足による先端不良が発生する場合がある。
【0053】
以上説明したように、乾燥条件は、マイクロニードルシート22の品質を大きく左右する。
【0054】
そこで、本実施形態では、マイクロニードルシート22の反りを効果的に低減する目的で、恒率乾燥期間において原料液20がゲル化しないように、原料液20に吹き付けられる空気の乾球温度及び相対湿度が調整される。具体的には、恒率乾燥期間における原料液20の温度Tと、原料液20のゲル化温度Tgelとの間に、T>Tgelの関係が成立するように、原料液20に吹き付けられる空気の乾球温度及び相対湿度が調整される。
【0055】
このとき、材料(原料液20及び原料液20に添加される薬剤)の熱劣化を防止する観点から、恒率乾燥期間における原料液20の温度Tと、原料液20のゲル化温度Tgelとの間にTgel+30℃>T>Tgelの関係が成立するように、空気の乾球温度及び相対湿度が調節されることが好ましい。
【0056】
さらに、急激な乾燥収縮によるシート反りを低減する観点から、原料液20に吹き付ける空気の相対湿度及び風速を高湿・低速に調節することが好ましい。空気の相対湿度及び風速を高湿・低速に調節することにより、原料液20と空気との界面(シート部26と空気との界面)における水分の拡散速度(乾燥速度)が過剰になることを防ぐことができる。これにより、適度な水分の拡散状態を維持し、図3に示すシート端部の反りや、シート反りに起因するニードル部24の変形を低減することができる。
【0057】
以上説明した本実施形態の乾燥固化方法で原料液20を乾燥固化するには、乾燥条件を高温・高湿・低風量に設定すればよい。ここで、「高温・高湿・低風量」の乾燥条件とは、比較的高温・高湿の空気を原料液20に向けて低速で送風することを指す。例えば、原料液20として、ゼラチン濃度20wt%のゼラチン水溶液(Tgel≒35℃)を用いる場合は、恒率乾燥期間における原料液20の温度が35〜65℃となるように、乾球温度が39〜80℃、相対湿度が40〜80%RHの空気を、0.1〜1m/secの速度で原料液20に向けて送風してもよい。
【0058】
本実施形態において、原料液20に吹き付ける空気の乾球温度及び相対湿度を調節することで恒率乾燥期間における原料液20のゲル化を積極的に防止するのは、原料液20中の水分の大半が恒率乾燥期間において蒸発するからである。この点について、図5を用いて説明する。なお、以下では、説明の便宜のため、原料液20の溶媒が水である場合を例として説明するが、原料液20の溶媒が水以外の液体である場合にも同様の説明が当てはまる。
【0059】
図5は、乾燥固化工程における原料液の含水率及び温度の経時変化を示すグラフである。原料液20の乾燥開始とともに、原料液温度200(=T)は上昇し始め、含水率210は徐々に減少し始める(図5の0≦t<t)。その後、乾燥進行に伴って、含水率210の減少速度は一定になる(t≦t≦t)。このt≦t≦tの期間は、一般に恒率乾燥期間と呼ばれる。恒率乾燥期間では、周囲の空気から原料液20に単位時間当たりに供給される熱量と、単位時間当たりに水の蒸発に費やされる熱量とが釣り合っており、このときの原料液温度200は湿球温度Tとほぼ等しい温度で一定になる。その後も乾燥し続けると、含水率210の減少速度は徐々に小さくなるとともに、原料液温度200は再び上昇し始める(t>t)。このt>tの期間は、一般に減率乾燥期間と呼ばれる。
【0060】
図5に示すように、恒率乾燥期間(t≦t≦t)で原料液20の水分の大半が除去され、減率乾燥期間(t>t)での水分蒸発量は少ない。このため、恒率乾燥期間では、減率乾燥期間に比べて、乾燥収縮の程度が大きいと考えられる。したがって、本実施形態のように、乾燥収縮が起こりやすい恒率乾燥期間で、原料液20をゲル化させずに液状のまま維持することにより、マイクロニードルシート22の反り及びこれに起因するニードル部24の変形を効果的に低減することができる。
【0061】
以上説明したように、本実施形態によれば、恒率乾燥期間における原料液20の温度Tを、原料液20のゲル化温度Tgelより高い温度に調節することで、乾燥収縮が起こりやすい恒率乾燥期間において、原料液20のゲル化を防止することができる。これにより、乾燥速度を極端に小さくすることなく、マイクロニードルシート22の反り及びこれに起因するニードル部24の変形を防止することができる。すなわち、乾燥時間短縮と、マイクロニードルシート22の反り及びこれに起因するニードル部24の変形の防止とを両立することが可能になる。
【0062】
また、恒率乾燥期間における原料液20の温度Tとゲル化温度Tgelとの間でTgel+30℃>T>Tgelの関係が成立するように、乾燥固化を進めることにより、乾燥時間短縮と、マイクロニードルシート22の反り及びマイクロニードル24の変形の防止とを両立するとともに、材料(シート原材料やシートに添加される薬剤)の熱劣化を防止することができる。
【0063】
また、原料液20の周囲の環境相対湿度を、40%RH以上、80%RH以下に調節することにより、乾燥速度が過剰になることを防ぎ、適度な水分の拡散状態を維持することで、マイクロニードルシート22の反り及びマイクロニードル24の変形を防止できる。
【0064】
また、0.1m/sec以上、1m/sec以下の風速で、原料液20に向けて送風することにより、乾燥速度が過剰になることを防ぎ、適度な水分の拡散状態を維持することで、マイクロニードルシート22の反り及びマイクロニードル24の変形を防止できる。
【0065】
以上、本発明の一例について詳細に説明したが、本発明はこれに限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、各種の改良や変形を行ってもよいのはもちろんである。
【0066】
例えば、上記実施形態ではプレス具19によって枠体18を加圧する態様が示されているが、マルトースなどの粘度の高い素材を原料液20として用いる場合にはスタンパ10上の原料液20を直接プレス(加圧)して針状凹部12内の残存空気を除去することもできる。また、スタンパ10上の原料液20が液状を保っている状態で周辺環境を減圧することにより、針状凹部12に内の残存空気を外部に排出することも可能である(減圧注入)。
【0067】
また、上記実施形態ではスタンパ10と枠体18とが別体で設けられている例について説明したが、スタンパ10および枠体18が一体的に単一部材で構成されていてもよい。この場合、スタンパ10上に原料液20を注型した際に、スタンパ10と枠体18との間から原料液20が洩れ出すことがない。
【実施例】
【0068】
上述の実施形態に係る方法により、以下の条件でマイクロニードルシートを作製して、乾燥条件の評価を行った。
【0069】
[マイクロニードルシートの作製]
<スタンパの作製>
まず、ダイヤモンドバイトを用いて銅板を切削加工することで、底辺長が160μm、高さが400μmの四角錐形状を、ピッチ460μmで形成して、原版を作製した。この原版を用いて、シリコーンゴム(信越化学工業株式会社製、信越シリコーン型取り用RTVゴム)の転写品を作製し、スタンパを得た。スタンパ表面には、深さが400μm、幅が160μmである四角錐状の凹部が形成された。
【0070】
<原料液の調製>
ゼラチン(新田ゼラチン株式会社製、新田ゼラチン732)を50℃の温水に溶解し、ゼラチン濃度が20重量%の水溶液を調製した。調整した原料液のゲル化温度を測定したところ、約35℃であった。
【0071】
<原料液の注型>
シリコーンシート(信越ファインテック株式会社製、シンエツシリコシートBAグレード)の中央部分に開口部を設けた。スタンパの四角錐孔パターン部がシリコーンシートの開口部から露出するように位置合わせした状態で、シリコーンシートをスタンパに積層・接着して、枠体とした。この後、ディスペンサを用いて、枠体(シリコーンシート)により囲まれたスタンパ上の領域に、ポリマー溶解液を滴下した。そして、プレス具を用いて、枠体及び当該枠体により囲まれる領域を0.5MPaで2分間押圧した。
【0072】
<原料液の乾燥固化>
種々の乾燥条件で、スタンパ上の原料液を乾燥固化した。具体的には、スタンパ上の原料液に向けて、所定の乾球温度及び相対湿度に調整された空気を所定の速度で送風して、原料液を乾燥固化した。
【0073】
<剥離工程>
スタンパに積層・接着した枠体(シリコーンシート)を取り外した後、マイクロニードルシートの裏面に粘着テープを貼りつけて、当該粘着テープごとスタンパから剥離した。
【0074】
乾燥条件によって異なるが、マイクロニードルシートには、高さが約400μm、底面長が約160μm、先端の曲率半径が約2μmである四角錐状のマイクロニードルが形成されていた。
【0075】
[乾燥条件の評価]
種々の乾燥条件で作製したマイクロニードルシートについて、成形性、乾燥時間及び材料劣化の有無の観点で評価を行った。なお、恒率乾燥期間における原料液温度(湿球温度)は、空気の乾球温度及び相対湿度に基づいて空気線図により算出した温度を用いた。
【0076】
<乾燥湿度と乾燥時間及び成形性との関係>
図6は乾燥湿度と乾燥時間及び成形性との関係についての評価結果を示す図である。
【0077】
図6に示すように、原料液に向けて送風する空気の乾燥湿度を40〜80%RHに調整することにより、ニードル先端不良やシート反りを発生させずにマイクロニードルシートを作製することが可能であり、かつ、生産性も良好であることが確認された。
【0078】
一方、乾燥湿度が40%RHよりも小さい場合(比較例1)には、ニードル先端の乾燥不足に起因するニードル先端不良が発生することが分かった。また、乾燥湿度が80%RHより大きい場合(比較例2)には、乾燥時間が非常に長くなってしまい(1週間程度)、生産性が低いことが分かった。
【0079】
<原料液温度と材料劣化及び成形性との関係>
図7は原料液温度と材料劣化及び成形性との関係についての評価結果を示す図である。
【0080】
図7に示すように、恒率乾燥期間における原料液温度Tとゲル化温度Tgel(≒35℃)との間でTgel+30℃>T>Tgelの関係がある場合(実施例3〜5)には、ニードル先端不良やシート反りを発生させずにマイクロニードルシートを作製可能であり、かつ、材料(シート原材料やシートに添加される薬剤)の熱劣化もないことが分かった。
【0081】
一方、恒率乾燥期間における原料液温度Tがゲル化温度Tgel(≒35℃)よりも低い場合(比較例3及び4)には、ニードル先端不良が発生することが分かった。また、恒率乾燥期間における原料液温度Tとゲル化温度Tgelとの間にTgel+30℃≦Tの関係がある場合(比較例5)には、材料(シート原材料やシートに添加される薬剤)が熱劣化してしまうことが分かった。
【0082】
<空気風速と成形性の関係>
図8は空気風速と成形性との関係についての評価結果を示す図である。
【0083】
図8に示すように、空気の送風速度を0.1〜1m/secに調整することにより、ニードル先端不良やシート反りを発生させずにマイクロニードルシートを作製可能であることが分かった。
【0084】
一方、空気の送風速度が1m/secより大きい場合(比較例6)には、急激な乾燥収縮に起因するシート反りが発生した。これは、原料液に向けて空気が高速で送風されることから、原料液の液面が流されてしまったり、原料液の液面近傍でのみ乾燥が進んでしまったりすることにより、マイクロニードルシート厚み方向に乾燥むらが生じるためであると考えられる。また、空気の送風速度が0.1m/secの場合(比較例7)には、ニードル先端の乾燥不足に起因するニードル先端不良が発生することが分かった。
【図面の簡単な説明】
【0085】
【図1】本発明の一実施形態に係る製造方法により製造されるマイクロニードルシートの構造例を示す断面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るマイクロニードルシートの製造方法を示す図である。
【図3】乾燥条件が高温・低湿・高風量の場合に得られるマイクロニードルシートを示す図である。
【図4】乾燥条件が低温・高湿・低風量の場合に得られるマイクロニードルシートを示す図である。
【図5】乾燥工程における原料液の含水率及び温度の経時変化を示す図である。
【図6】乾燥湿度と乾燥時間及び成形性との関係についての評価結果を示す図である。
【図7】原料液温度と材料劣化及び成形性との関係についての評価結果を示す図である。
【図8】空気風速と成形性との関係についての評価結果を示す図である。
【符号の説明】
【0086】
10…スタンパ、12…針状凹部、14…最深部、15…空気、16…平坦面、18…枠体、19…プレス具、20…原料液、22…マイクロニードルシート、24…ニードル部、26…シート部、200…原料液温度、210…含水率

【特許請求の範囲】
【請求項1】
凹部を有するモールドにポリマー溶解液を注型する注型工程と、
前記凹部の反転形状である凸部を有する機能性シートが形成されるように、前記ポリマー溶解液を乾燥固化する乾燥固化工程と、
前記機能性シートを前記モールドから剥離する剥離工程とを含む機能性シートの製造方法であって、
前記乾燥固化工程では、恒率乾燥期間において、前記ポリマー溶解液の温度Tが、前記ポリマー溶解液のゲル化温度Tgelより高い温度に調節されることを特徴とする機能性シートの製造方法。
【請求項2】
前記乾燥固化工程では、恒率乾燥期間において、前記ポリマー溶解液の温度Tと前記ポリマー溶解液のゲル化温度Tgelとの間で、Tgel+30℃>T>Tgelの関係が成立するように前記ポリマー溶解液の温度Tが調節されることを特徴とする請求項1に記載の機能性シートの製造方法。
【請求項3】
前記乾燥固化工程では、前記ポリマー溶解液の周囲の環境相対湿度が、40%RH以上、80%RH以下に調節されることを特徴とする請求項1又は2に記載の機能性シートの製造方法。
【請求項4】
前記乾燥固化工程では、0.1m/sec以上、1m/sec以下の風速で、前記ポリマー溶解液に向けて送風することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の機能性シートの製造方法。
【請求項5】
前記ポリマー溶解液は、ゼラチン、アガロース、ペクチン、ジェランガム、カラギナン、キサンタンガム、アルギン酸、でんぷん、セルロース、トリアセチルセルロース及びデキストリンのうち少なくとも一つを含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の機能性シートの製造方法。
【請求項6】
前記凸部の形状は、幅が0.1〜200μm、高さが0.3〜3000μmの錐形状であり、前記凸部の先端の曲率半径は200μm以下であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の機能性シートの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2009−241357(P2009−241357A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−89547(P2008−89547)
【出願日】平成20年3月31日(2008.3.31)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】