説明

水素の貯蔵輸送システム

【課題】水素の貯蔵効率が高く、常温・常圧の液体として水素貯蔵が可能であって潜在的な危険性が少ない等の利点を損なうことなく、また、反応装置の構造や制御を複雑化させることなく、有機ケミカルハイドライド法(OCH法)により容易に水素エネルギーの貯蔵輸送を図ることができる水素の貯蔵輸送システムを提供する。
【解決手段】水素を水素化芳香族として貯蔵する水素貯蔵システムと、脱水素反応によって水素と芳香族を製造する水素供給システムと、水素貯蔵システムから水素供給システムまで水素化芳香族を輸送する手段と、水素供給システムから水素貯蔵システムまで芳香族を輸送する回収芳香族輸送手段を備えた有機ケミカルハイドライド法による水素の貯蔵輸送システムであり、このシステム系内に、脱水素触媒及び/又は水添触媒の被毒物質である反応阻害物質を除去する反応阻害物質除去装置を備えている水素の貯蔵輸送システムである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
芳香族化合物(水素貯蔵体)の水素化反応を行って水素化芳香族化合物(水素供給体)を製造する水添反応装置を備えた水素貯蔵システムと、得られた水素化芳香族化合物を水素利用場所まで輸送を行う水素化芳香族化合物輸送手段と、輸送された水素化芳香族化合物の脱水素反応により水素及び芳香族化合物を製造する脱水素反応装置を備えた水素供給システムと、回収された芳香族化合物を再び水素貯蔵システムまで輸送する回収芳香族輸送手段を備え、水素により芳香族化合物の水素化反応を行って水素化芳香族化合物を製造し、水素を貯蔵及び/又は移送を行った後に、脱水素反応装置において水素化芳香族化合物の脱水素反応により水素を製造して利用に供する有機ケミカルハイドライド法による水素の貯蔵輸送システムであり、脱水素反応装置に利用される脱水素触媒及び水添装置に利用される水添触媒の性能を長期に亘って安定的に維持できるようにした水素の貯蔵輸送システムに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、定置型燃料電池、水素自動車、燃料電池自動車等の水素エネルギー利用技術の開発や実用化が進み、これらの定置型燃料電池、水素自動車、燃料電池自動車等にその燃料としての水素を供給するための水素貯蔵・輸送技術の開発が精力的に進められている。また、燃料電池自動車に水素を供給するインフラとしては水素ステーションの開発が実証段階にあり、水素ステーションはメタノールやナフサ等の化石燃料をステーション内で改質して水素を得るオンサイト型水素ステーションと電解副生水素等の水素を圧縮又は液化してステーションに輸送するオフサイト型水素ステーションとに大別される。
【0003】
しかしながら、前者のオンサイト型水素ステーションでは、改質時に一酸化炭素(CO)が多量に副生するため、最終的に相当量の二酸化炭素(CO2)が不可避的に排出されるという問題点がある。そして、一次エネルギーを二次エネルギーである水素に転換して利用する大きな目的は、硫黄化合物や窒素化合物の排出抑制ばかりではなく、温暖化ガスである炭酸ガスの排出抑制にもあり、むしろ炭酸ガスの排出抑制がその第1目的と考えられる。従って、化石燃料を地理的に分散した水素ステーションで改質することは、二酸化炭素排出抑制の観点から好ましくない。
【0004】
また、後者のオフサイト型水素ステーションでは、水素が外部から輸送されるが、この際の方法としては水素の輸送方法として、これまでに実用化されている圧縮水素法又は液体水素法が検討されている。圧縮水素については、近年、700気圧の高圧容器による水素輸送も検討されるに至っているが、非常な高圧を利用するため潜在的な危険性が高いと考えられる他、700気圧の高圧においても体積貯蔵密度が十分ではない。また、液体水素は−253℃の超低温を維持する必要があるため、同様に潜在的な危険性が高いと考えられると共に、ボイルオフによる水素のロスが大きい点が課題とされている。このため、貯蔵効率が高く、潜在的な危険性が少ない水素貯蔵輸送技術を目指した研究開発が精力的に行われている。
【0005】
近年、これらの研究開発がなされている水素貯蔵輸送技術の中で、有機ケミカルハイドライド法が着目されている。有機ケミカルハイドライド法は、トルエン等の芳香族を、貯蔵する水素による化学反応によって水素化したメチルシクロヘキサン(MCH)等の水素化芳香族化合物に転換し、常温・常圧の化学品の液体状態として水素の貯蔵輸送を行い、使用場所で脱水素反応を行って水素を発生させる水素エネルギーの貯蔵・輸送方法である。常温・常圧で液体状態の化学品として水素の貯蔵・輸送が可能なため、既存のインフラストラクチュアを利用できる部分が多いほか、潜在的な危険性が少なく、圧縮水素法や液体水素法に比べて体積貯蔵密度や質量貯蔵密度が共に高い方法である。「水素エネルギー最先端技術」(太田時男監修)NTS出版社(1995)には、この方法が、カナダの豊富な水力による電力を利用して水素を製造し、大西洋を横断してヨーロッパに輸送するユーロ・ケベック計画のなかで、トルエンを水添してメチルシクロヘキサンとして輸送することができる、MTH法として検討されたことが紹介されている。
【0006】
しかるに、このようなMTH方式においては、水素を貯蔵するためにトルエン等の芳香族化合物を水素化して水素化芳香族化合物とする芳香族化合物の水素化反応と、この水素化芳香族化合物から水素を取り出すために行われる水素化芳香族化合物の脱水素反応とが必要であり、前者の芳香族化合物の水素化反応については工業化実績も多く技術的に容易であるが、後者の水素化芳香族化合物の脱水素反応については安定して性能を維持する触媒がなかったために、ユーロ・ケベック計画におけるMTH方式による水素エネルギーの貯蔵輸送システムについては技術的に確立されなかった。
【0007】
J.Catalysis, 88, 150 (1984)、AIChE Journal,31,(12),1997 (1985)、Ind.Eng.Chem.Fundam.,24,(4),433(1985)、J.Catalysis, 107, (2),490 (1987)には当時の脱水素触媒は炭素析出による活性劣化が顕著なため数時間〜数十時間の触媒寿命であったことが記載されている。しかしながら、特開2005-211,845号公報に開示された長期間に亘って安定的に作動する脱水素触媒の開発によって本方法の技術的確立に目処が立ち、その触媒性能等については「配管技術」第47巻第10号12-16(2005)、「ファインケミカル」Vol.35, No.1, 5-13(2006)、PETROTECH, Vol.29, No.2, 34-41(2006)に有機ケミカルハイドライド法(OCH法:Organic Chemical Hydride Method)として紹介されている。
【0008】
また、特開2004-299,924号公報は、吸熱反応である脱水素反応に必要な熱を触媒に効率よく与えることを目的とした、多管式熱交換器型反応器に熱媒体を導入する反応器を開示している。更に、燃料電池自動車は5kgの水素を搭載して500kmの連続走行を開発目標として開発が進められているが、700気圧の圧縮水素法による水素搭載においても500kmの連続走行が困難なため、水素の搭載方法について見直しが必要とも言われている。
【0009】
更に、特開2005-216,774号公報は、燃料電池自動車に有機ハイドライドを直接搭載しオンボードで水素を発生させる場合のシステムについて開示している。OCH法によると、5kgの水素を貯蔵するために必要な、メチルシクロヘキサン(MCH)は110Lで、脱水素後に回収されるトルエン量は90Lである。常温・常圧の液体として車載するので、タンクの形状は自由な形状を利用できると共に、毎時1kgの水素を発生させるために必要な脱水素触媒は11Lでよい。脱水素反応には300〜320℃の反応温度による入熱が必要であるが、燃料電池で発電した電力によってこれを賄った場合、必要な理論電力は、約10KWhとされている。
【0010】
しかしながら、優れた触媒性能を水素ステーションやオンボード型燃料電池自動車等において、実用的に発揮させるためには、工業的規模で水素が貯蔵された水素化芳香族類を原料とした場合に、その中に含有される不純物が脱水素触媒の寿命に与える影響を把握すると共に、触媒劣化の原因となる不純物を効率よく除去する具体的手段を持つことが必要であり、その確立が望まれていた。
【0011】
【非特許文献1】J.Catalysis, 88, 150 (1984)
【非特許文献2】AIChE Journal,31
【非特許文献3】Ind.Eng.Chem.Fundam.,24,(4),433(1985)
【非特許文献4】J.Catalysis, 107, (2),490 (1987)
【特許文献1】特開2005-211,845号公報
【特許文献2】特開2004-299,924号公報
【特許文献3】特開2005-216,774号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
そこで、本発明者らは、水素の貯蔵効率が高く、常温・常圧の液体として水素貯蔵が可能で、潜在的な危険性が少ない等の利点を損なうことなく、また、反応装置の構造や制御を複雑化させることなく容易に水素の貯蔵輸送を図ることができる有機ケミカルハイドライド法による水素の貯蔵輸送システムを長期間に亘り安定的に運転できるようにすることを目的として、工業的に水添反応を実施した際の製品中の不純物が脱水素触媒の寿命に与える影響を定量的に検討すると共に、不純物の効率的な除去方法を鋭意検討した結果、芳香族化合物を水素化する水添反応装置、得られた水素化芳香族化合物を貯蔵・輸送する水素貯蔵・移送装置、水素化芳香族化合物を脱水素する脱水素反応装置、及び得られた芳香族化合物を貯蔵・輸送する芳香族化合物貯蔵・移送装置からなるシステムに、触媒の被毒物質となって脱水素反応及び水添反応を阻害する特定の阻害物質の蒸留装置等の除去装置を設置することで、容易に反応阻害物質を除去することができ、これによって水添反応に供する触媒及び脱水素反応に供する触媒を長期に亘り安定的に作動させ、水素の貯蔵輸送システムを長期間に亘り安定的に運転できることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
従って、本発明の目的は、水素の貯蔵効率が高く、常温・常圧の液体として水素貯蔵が可能であって潜在的な危険性が少ない等の利点を損なうことなく、また、反応装置の構造や制御を複雑化させることなく、有機ケミカルハイドライド法(OCH法)により容易に水素エネルギーの貯蔵輸送ができるシステムを提供することにある。
【0014】
また、本発明の他の目的は、水添反応に供する触媒及び脱水素反応に供する触媒の被毒物質となって脱水素反応及び水添反応を阻害する阻害物質を特定し、これらを効率的に除去する蒸留装置等の除去装置をシステムに備えることによって、水添反応及び脱水素反応に供する触媒の長寿命化を図り、長期に亘って安価に運転できる水素エネルギーの貯蔵輸送システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
すなわち、本発明は、芳香族化合物(水素貯蔵体)の水素化反応を行って水素化芳香族化合物(水素供給体)を製造する水添反応装置を備えた水素貯蔵システムと、得られた水素化芳香族化合物を水素利用場所まで輸送を行う水素化芳香族化合物輸送手段と、輸送された水素化芳香族化合物の脱水素反応により水素及び芳香族化合物を製造する脱水素反応装置を備えた水素供給システムと、回収された芳香族化合物を再び水素貯蔵システムまで輸送する回収芳香族輸送手段を備え、水素により芳香族化合物の水素化反応を行って水素化芳香族化合物を製造し、水素を貯蔵及び/又は移送を行った後に、脱水素反応装置において水素化芳香族化合物の脱水素反応により水素を製造して利用に供する有機ケミカルハイドライド法による水素の貯蔵輸送システムであり、このシステム内には、システム系内で生成して上記脱水素反応装置に利用される脱水素触媒及び/又は水添装置に利用される水添触媒の被毒物質となり、脱水素反応及び/又は水添反応を阻害する反応阻害物質を除去し、システム系内の反応阻害物質濃度を許容範囲内に維持する反応阻害物質除去装置を備えている水素の貯蔵輸送システムとその運転方法である。
【0016】
また、本発明は、水添装置に利用される水添触媒としてニッケル、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム、及びルテニウムから選ばれた少なくとも1種の触媒活性金属をアルミナ、シリカアルミナ、及びシリカから選ばれた触媒担体に担持させた水添触媒を用い、また、脱水素装置に利用される脱水素触媒としてニッケル、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム、及びルテニウムから選ばれた少なくとも1種の触媒活性金属をアルミナ、シリカアルミナ、及びシリカから選ばれた触媒担体に担持させた脱水素触媒を用い、水素貯蔵体として利用される芳香族化合物としてトルエン、ベンゼン等の単環芳香族類又はナフタレン等の2環芳香族類を用いた水素の貯蔵輸送システムとその運転方法である。
【0017】
更に、本発明は、水素貯蔵体として利用される芳香族化合物がトルエン、ベンゼン等の単環芳香族類である場合には、6員環化合物の2量体又は3量体以上の重合生成物及び5員環化合物の2量体又は3量体以上の重合生成物が反応阻害物質であり、水素貯蔵体として利用される芳香族化合物がナフタレン等の2環芳香族類の場合には、6員環化合物の2量体又は3量体以上の重合生成物及び5員環化合物の2量体又は3量体以上の重合生成物に加えて2環芳香族類の2量体又は3量体以上の重合生成物が反応阻害物質であることを特定し、これらの反応阻害物質を理論段数2〜4段の簡便な蒸留装置によって系外に除去することにより、系内の反応阻害物質の濃度を100ppm以下、好ましくは50ppm以下、更に好ましくは10ppm以下に抑制して脱水素反応を行う、有機ケミカルハイドライド法による水素の貯蔵輸送システムとその運転方法である。
【0018】
更にまた、本発明は、脱水素反応装置に利用される脱水素触媒が、表面積150m2/g以上、細孔容積0.40cm3/g以上、平均細孔径90〜300Å、及び全細孔容積に対して平均細孔径±30Åの細孔が占める割合が50%以上である多孔性γ-アルミナ担体に、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム及びルテニウムから選ばれた少なくとも1種の触媒金属を担持させた脱水素触媒であり、必要によりこの多孔性γ-アルミナ担体には、触媒金属に加えて、アルカリ性金属を担持させた脱水素触媒を用いる有機ケミカルハイドライド法による水素の貯蔵輸送システムとその運転方法である。
【0019】
本発明において、芳香族化合物(水素貯蔵体)の水素化反応を行って常温・常圧で液体の水素化芳香族化合物(水素供給体)を生成する水添反応装置は、好ましくは容易に水素を得ることができて水素を供給することができる水素供給機関に付設されるのがよく、例えば、水力、風力、地熱等の自然エネルギーや石炭、石油、天然ガス等の化石燃料等の一次エネルギーの入手が容易で、水の電気分解設備や、水蒸気改質装置等の水素が副生する装置を備えた水素副生設備や、オフサイト型水素ステーションに水素を供給するために設けられた水素製造設備等を備えた水素供給機関に付設される。
【0020】
この水添反応装置においては、水素貯蔵体である芳香族化合物を水素により水素化して水素供給体である水素化芳香族化合物とすることにより、一旦水素を常温・常圧で液体の水素化芳香族化合物として貯蔵する。この芳香族化合物の水素化反応は、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、ナフタレン、メチルナフタレン、アントラセン等の芳香族化合物を150℃以上250℃以下、好ましくは160℃以上220℃以下、圧力0.1MP以上5MP以下、好ましくは0.5MP以上3MP以下の条件で水素と共に水素化触媒と接触させることにより行われ、ここで用いる水素化触媒としては、代表的には、白金、ニッケル、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム等の活性金属をアルミナ、シリカ又はシリカアルミナ等の担体に担持した触媒等を例示することができる。
【0021】
また、水素化芳香族化合物の脱水素反応により水素及び芳香族化合物を製造する脱水素反応装置は、好ましくは水素を消費する水素消費機関に付設されるのがよく、例えば、水素を燃料として発電する燃料電池を備えた発電設備や、定置型燃料電池、水素自動車、燃料電池自動車等に燃料として水素を供給する水素ステーション等の水素消費機関に付設される。
【0022】
そして、本発明においては、水添反応装置で得られた水素化芳香族化合物は、水素エネルギーの貯蔵輸送を図るために、脱水素反応装置での脱水素反応に先駆けて、水素貯蔵・移送装置により貯蔵され、及び/又は、移送される。この水素貯蔵・移送装置により行われる貯蔵及び/又は移送の手段は、具体的には、水素貯蔵場所での貯蔵タンク、及び輸送手段である移送車両や移送船舶に付設された貯蔵タンク、更には移送先での貯蔵タンクによって構成される場合のほか、水素貯蔵場所における水素貯蔵システムと水素供給場所における水素供給システムの間を結ぶパイプライン等の配管によって輸送することも可能である。また、水素貯蔵システムと水素供給システムの設置場所は必ずしも異なる敷地である必要はなく、同一の敷地内で水素の貯蔵輸送が必要な場合には、両システムは同じ敷地内に付設されても良い。
【0023】
本発明において、上記脱水素反応装置においては、水素化芳香族化合物(水素供給体)の脱水素反応により水素及び芳香族化合物を製造し、水素については水素消費機関で利用すると共に芳香族化合物(水素貯蔵体)については芳香族化合物貯蔵・移送装置に回収される。この水素化芳香族化合物の脱水素反応は、例えば、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ジメチルシクロヘキサン、テトラリン、デカリン、メチルデカリン、テトラデカヒドロアントラセン等の水素化芳香族化合物、好ましくはシクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、デカリン又はメチルデカリンを200℃以上350℃以下、好ましくは280℃以上330℃以下の条件で脱水素触媒と接触させることにより行われる。
【0024】
本発明においては、この水素化芳香族化合物の脱水素反応に用いる脱水素触媒として、表面積150m2/g以上、細孔容積0.40cm3/g以上、平均細孔径90〜300Å、及び全細孔容積に対して平均細孔径±30Åの細孔が占める割合が50%以上である多孔性γ-アルミナ担体に、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム及びルテニウムから選ばれた少なくとも1種の触媒金属を担持させた触媒が用いられる。
【0025】
本発明で用いる脱水素触媒において、触媒担体として用いる多孔性γ-アルミナ担体は、表面積が150m2/g以上、好ましくは200m2/g以上であり、細孔容積が0.40cm3/g以上、好ましくは0.65cm3/g以上であり、平均細孔径が90Å以上300Å以下、好ましくは90Å以上200Å以下であり、平均細孔径±30Åの細孔の占有率が50%以上、好ましくは80%以上であるのがよく、表面積が150m2/g未満であると触媒化後の活性が十分ではなく、細孔容積が0.40cm3/g未満であると活性金属成分の均一な担持が困難であり、平均細孔径が90Åより小さいと表面積は大きくなるが、細孔容積が極端に小さくなり、反対に平均細孔径が300Åより大きいと表面積が極端に小さくなり、細孔容積も極端に大きくなるため、これらの相関を総合的に考慮した結果、平均細孔径が90Å〜300Åが適当である。また、平均細孔径±30Åの細孔の占有率が50%未満であると、触媒性能において本発明の効果が少なくなる。
【0026】
このような特定の物理性状を有するアルミナ担体を特段に用いる理由は、細孔分布が均一に制御され、細孔の大きさが担体全体を通じて90〜300Åの範囲に集中したアルミナ担体を用いることによって、白金やカリウムの含浸が均一に行われて分散状態が良好になるためである。アルミナ担体の細孔分布制御は元来、反応基質や生成物の拡散を良好にすることを目的に、主として大きな分子サイズを持つ重質油等を対象としたプロセスの触媒担体に対して行われていた。しかしながら、最近アルミナ担体の細孔分布を均一に制御することによって、表面を担持金属で被覆したり、担持金属の含浸を良好に実施できるメリットが見い出されている(岡田佳巳、今川健一、浅岡佐知夫、石油学会誌、Vol.44, No.5, 277-285 (2001))。
【0027】
本発明の脱水素触媒を完成させるに当り、細孔分布を均一に制御していないアルミナ担体とpHスイング操作によって細孔分布を均一に制御したアルミナ担体を用いて触媒を調製し、白金の分散度と反応成績を検討した結果、アルミナ担体の細孔分布を制御した触媒の方が分散度及び反応成績共に優れていることを見出し、特定の物理性状を有するアルミナ担体を採用するに至った。
【0028】
このような特定の物理的性状を有する多孔性γ-アルミナ担体は、例えば特公平6-72,005号公報に開示されているように、アルミニウム塩の中和により生成した水酸化アルミニウムのスラリーを濾過洗浄し、得られたアルミナヒドロゲルを脱水乾燥した後、400〜800℃で1〜6時間程度焼成することにより得られるものであり、好ましくはアルミナヒドロゲルのpH値をアルミナヒドロゲル溶解pH領域とベーマイトゲル沈殿pH領域との間で交互に変動させると共に少なくともいずれか一方のpH領域から他方のpH領域へのpH変動に際してアルミナヒドロゲル形成物質を添加してアルミナヒドロゲルの結晶を成長させるpHスイング工程を経て得られたものであるのがよい。このpHスイング工程を経て得られた多孔性γ-アルミナ担体は、細孔分布の均一性に優れ成形後のアルミナ担体ペレットにおいても物理性状のばらつきが少なく、個々のペレット毎の物理性状が安定しているという点で優れている。
【0029】
そして、このような特定の物理性状を有する多孔性γ-アルミナ担体に担持させる触媒金属は、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム及びルテニウムから選ばれた1種又は2種以上の金属であって、好ましくは白金であり、その担持量については、例えば触媒金属が白金である場合、0.3重量%以上2.0重量%以下、好ましくは0.5重量%以上1.0重量%以下である。この白金の担持量が0.3重量%より少ないと活性が低いという問題があり、反対に、2.0重量%より多くなると白金の粒子径が大きくなり、選択性が低下すると共にシンタリングしやすく劣化し易いという問題がある。
【0030】
また、白金やパラジウム等の貴金属類をアルミナ担体に含浸担持する場合において、含浸水溶液のpHによって焼成担持後の貴金属類の分散度が異なることが挙げられる。特定の物理性状を有するアルミナ担体を用いる本触媒系において、その最適なpHの範囲は、1.8〜3.0の範囲である。含浸溶液のpH値が1.8より低い場合には、担持後の貴金属類の分散度が低く、pH値が3.0より高い場合も分散度は低下する。このことは、含浸時のpH値によりアルミナ担体への金属化合物分子の吸着力が異なり、焼成時にシンタリングして粒子成長する際に大きな影響を与えていると推定される。
【0031】
また、貴金属の分散度は、その後のアルカリ金属の担持によって低下する傾向があるが、貴金属の含浸時のpH値を1.8〜3.0の範囲に調整して含浸することで、アルカリ金属の担持による貴金属分散度の低下を最小限にとどめることができる。これらにより、触媒化後の貴金属の分散度を70%以上、より好ましくは80%以上に高分散することが可能である。
【0032】
上記のように分散度が高い貴金属粒子のサイズは10Å以下であり、70%の分散度では7Å以下となる。この様に小さな貴金属粒子のクラスターでは、平面を形成する白金原子の数は少なく、水素化芳香族類の分子サイズを考慮すると、これらの芳香族類の分子が平面的に吸着してしまう貴金属表面の平面は著しく少ないものと考えられる。従って、芳香族類の炭素原子が複数吸着することが著しく少ないためにこれらの分解反応を抑制することができるものと推定される。
【0033】
一般的に、改質触媒や脱水素触媒では、白金等の貴金属粒子をレニウムやスズ等の第2金属成分でバイメタル化して白金等の分解活性を有する原子の連続的な配列を断つことによって、原料や生成物の炭素原子の平面的な吸着を阻害して分解反応を抑制することが行われるが、本発明に係る触媒系は貴金属粒子が高分散状態で粒子径が十分に小さいため、バイメタル化を行わなくとも分解反応を抑制することが可能と考えられる。
【0034】
また、本発明の脱水素触媒において、アルカリ金属を担持させる理由は、アルミナ上の酸点をマスキングして、アルミナ表面での分解反応を抑制することが目的である。アルミナ上の残留酸点は貴金属類の担持量によって変動すると考えられ、貴金属類の担持量が多くなるとマスキングに必要なアルカリ金属の量は減少する。従って、白金の高分散状態が実現されていれば、アルカリ金属によるマスキングを実施しない場合でも、ある程度の性能は確保される。しかしながら、水素化芳香族類は脱水素後に、回収され再び水素化原料として利用されることから、少しでも分解によるロスを低減させる必要があり、この観点からアルカリ金属を担持することがより望ましい。
【0035】
更に、多孔性γ-アルミナ担体に担持させるアルカリ性金属は、具体的にはリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム及びバリウムを包含する周期律表の第1A族及び第2A族の金属元素であって、好ましくはカリウムであり、その担持量については、例えばアルカリ性金属がカリウムである場合、0.001重量%以上1.0重量%以下、好ましくは0.005重量%以上0.5重量%以下である。このアルカリ性金属の担持量が0.001重量%より少ないと実質的に効果が得られないという問題があり、反対に、1.0重量%より多くなると過剰となって活性が低下するという問題がある。
【0036】
本発明の脱水素触媒は、上記の多孔性γ-アルミナ担体に上記の触媒金属の溶液を含浸させ、乾燥したのち焼成して触媒金属担持焼成物とし、この触媒金属担持焼成物を還元しない状態でアルカリ性金属の溶液を含浸させて乾燥し、次いで得られたアルカリ性金属担持乾燥物を、焼成することなく、直接に最終的な水素還元を実施することにより製造される。
【0037】
ここで、多孔性γ-アルミナ担体に含浸させる触媒金属の化合物の溶液としては、触媒金属の塩化物、臭化物、アンモニウム塩、カルボニル化合物、アミン及びアンミン錯体やアセチルアセトナト錯体等の各種の錯体化合物等を挙げることができ、例えば触媒金属が白金である場合、塩化白金酸、アセチルアセトナト白金、白金酸アンモニウム塩、臭化白金酸、二塩化白金、四塩化白金水和物、二塩化カルボニル白金二塩化物、ジニトロジアミン白金酸塩等の白金化合物が挙げられる。また、触媒金属を担持させる際には、多孔性γ-アルミナ担体に上記の触媒金属の化合物の溶液を含浸させた後、好ましくは50℃以上200℃以下、0.5時間以上48時間以下の条件で乾燥し、次いで、好ましくは350℃以上600℃以下、0.5時間以上48時間以下、より好ましくは350℃以上450℃以下の温度で0.5時間以上5時間以下の条件で焼成するのがよい。
【0038】
また、多孔性γ-アルミナ担体に触媒金属を担持させて得られた触媒金属担持焼成物にアルカリ性金属を担持させる際に用いるアルカリ性金属の化合物としては、アルカリ性金属の塩化物、臭化物、ヨウ化物、硝酸塩、硫酸塩、酢酸塩、プロピオン酸塩等を例示でき、好ましくは水溶性のもの及び/又はアセトン等の有機溶媒に可溶のものがよく、例えば、塩化カリウム、臭化カリウム、ヨウ化カリウム、硝酸カリウム、硫酸カリウム、酢酸カリウム、プロピオン酸カリウム、塩化ルビジウム、臭化ルビジウム、ヨウ化ルビジウム、硝酸ルビジウム、硫酸ルビジウム、酢酸ルビジウム、プロピオン酸ルビジウム、塩化リチウム、臭化リチウム、ヨウ化リチウム、硝酸リチウム、硫酸リチウム、酢酸リチウム、プロピオン酸リチウム、塩化セシウム、臭化セシウム、ヨウ化セシウム、硝酸セシウム、硫酸セシウム、酢酸セシウム、プロピオン酸セシウム、塩化マグネシウム、臭化マグネシウム、ヨウ化マグネシウム、硝酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、酢酸マグネシウム、プロピオン酸マグネシウム、塩化カルシウム、臭化カルシウム、ヨウ化カルシウム、硝酸カルシウム、硫酸カルシウム、酢酸カルシウム、プロピオン酸カルシウム等を挙げることができる。
【0039】
また、触媒金属担持焼成物にアルカリ性金属を担持させる際には、アルカリ性金属の化合物の溶液を含浸させた後、室温以上200℃以下及び0.5時間以上48時間以内、好ましくは50℃以上150℃以下及び0.5時間以上24時間以内、より好ましくは80℃以上120℃以下及び0.5時間以上5時間以内の乾燥条件で乾燥するのがよい。
【0040】
触媒金属担持焼成物にアルカリ性金属を含浸させ、乾燥して得られたアルカリ性金属担持乾燥物については、次に焼成することなく直接に最終的な水素還元を行うが、この水素還元の還元条件は、水素ガスの雰囲気下に、350℃以上600℃以下及び0.5時間以上48時間以下、好ましくは350℃以上550℃以下及び3時間以上24時間以下で行うのがよい。このアルカリ性金属担持乾燥物の水素還元に先駆けて焼成を行うと、活性、選択性及び寿命の触媒性能が低くなるという問題が生じ、また、この水素還元時の温度が350℃未満であると十分に白金が還元されないという問題があり、反対に、600℃を超えると還元時に白金粒子がシンタリングして金属分散度が低下するという問題が生じる。
【0041】
白金等の貴金属類を含浸した後に、焼成のみを行って還元を行わずにアルカリ金属を含浸乾燥し、焼成を行わずに直接に水素還元を行い、白金の還元とアルカリ金属化合物の分解を行うことによって、性能が高い触媒が調製できる理由については、現時点において明確に解明されてはいないが、次のように推定される。
【0042】
白金等の貴金属を含浸後に焼成することは、貴金属化合物類の分解を行うと同時に貴金属種を担体に固定化することを意味している。この後にアルカリ金属化合物は一般的には水溶液の状態で含浸されるので、このときに還元状態の白金を水と接触させることは好ましくなく、水によって金属状態の白金が酸化され、不働態被膜が生じることは明白と考えられる。従って、白金は還元されることなく、空気焼成によって酸化物として固定された状態でアルカリ金属化合物の含浸を行うことが好ましい。
【0043】
続いて、アルカリ金属化合物の分解固定化の工程が必要であるが、この場合に空気焼成して固定化してから水素還元する方法よりも、乾燥のみにとどめて直接に水素還元を実施する方が高い触媒性能を発現することができる。この理由は、還元雰囲気で分解した方が、アルカリ金属種が1%以下の少量であるにもかかわらず、アルミナの酸点を良好にマスキングすることができるためと考えられる。アルカリ金属の役割は白金担持後に残留するアルミナ担体表面上の酸点をマスキングして水素化芳香族類の分解を抑制することにある。両方の調製方法で同様に調製した触媒の性能を比較すると後者の選択性が高く、酸点が良好にマスキングされていることを支持する結果となる。
【0044】
また、本発明において、水素貯蔵体として用いる芳香族類は、トルエン、ベンゼン等の単環芳香族類及び/又はナフタレン等の2環芳香族類である。これらの芳香族類の水添プロセスは、航空用燃料としてのナフタレンからのデカリン製造、化学品及び工業溶剤用途としてのベンゼンやトルエンの水添による、シクロヘキサンやメチルシクロヘキサンの製造プロセス等として既に数十年前から工業化され、現在に至っている。これらの水添反応に利用される触媒は、活性金属として主としてニッケル、白金が用い、これら以外の金属としてパラジウム、ロジウム、イリジウム等を用いて、スラリー床や固定床の反応方式で実施され、その触媒寿命は通常1〜3年とされている。
【0045】
一方、水添反応によって水素が貯蔵された、メチルシクロヘキサン等の水素化芳香族化合物の脱水素反応は、これまでに工業化された実績はなく、有機ケミカルハイドライド法による水素貯蔵輸送システムの確立には、長期に亘って安定して作動する脱水素触媒が必要であった。前述の特開2005-211,845号公報に開示された脱水素触媒は、簡便な固定床にて安定に作動する触媒であり。活性金属として、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム等を用い、より好ましくは白金を用いて、特定の物理性状を有するγ−アルミナ担体に白金化合物の水溶液を含浸する際のpH値をコントロールすることによって、白金を高度に分散させる触媒である。また、アルミナ上の酸点で起こる分解反応を抑制する目的でアルカリ金属、好ましくはカリウムを添加することで酸点のマスキングを行い、分解反応を抑制する様に触媒設計されている。
【0046】
上記の触媒を320℃、常圧の条件下でメチルシクロヘキサン(MCH)を供給すると、速やかに脱水素反応が進行し、LHSV=2.0h-1の供給速度においても、MCH転化率95%以上、トルエン選択率99.9%以上、水素発生速度1000Ncc-H2/h/cc-catの性能を長期に亘って維持することが可能である。しかしながら、実用化の際の脱水素原料となるMCHは、様々な不純物を含んでおり、これらの不純物が脱水素触媒の寿命に与える影響を把握して、寿命に影響を与える不純物を除去する手段を持つことが必要である。また、既存の水添プラントに用いられる触媒の寿命は、通常1〜3年であり、工業的に十分な寿命を有しているが、本水素貯蔵輸送システムにおいては、水素貯蔵体に用いる芳香族類を繰り返し利用するため、脱水素反応ばかりでなく、水添反応に供する触媒の寿命にも影響すると考えられる。
【0047】
水添反応と脱水素反応を比較した場合、水添反応の場合は水素分圧が非常に高く、熱力学的に水添反応側に反応が進行する条件で実施されるため、不純物が同程度存在しても、触媒上に残留しにくいために触媒寿命に与える影響は脱水素反応に比べて小さい。しかしながら、既存の水添プラントのように原料が一度だけ反応器を通過するプロセスに比べて、同一の芳香族原料を繰り返し利用する、本法の水素貯蔵輸送システムでは、不純物が系内に蓄積するために水添触媒の寿命に対しても影響を与えることが考えられる。脱水素反応の場合は、熱力学的に脱水素反応側に反応が進行する条件で実施するため、不純物が脱水素される場合には触媒上に残留しやすく、残留した不純物は、重合、分解、脱水素反応等を複雑に繰り返して、最終的に水素がはがされた炭素質となって、触媒上に沈積して触媒活性を劣化させるコーキング反応に繋がり易いことから、触媒寿命が不純物に影響されやすい。従って、第1に脱水素触媒の寿命を延命するため、また、第2に水添触媒の寿命を延命させるために、これらの劣化に影響する不純物が系内に蓄積することを防止する必要がある。
【0048】
工業水添プロセスの製品中に含まれる不純物は、原料となる芳香族に元々含まれている不純物と、水添反応によって新たに生成する不純物とがあるが、ここでは、これらをまとめて水添反応によって生成する不純物として定義する。
【0049】
これらの工業水添プロセスによって生成する不純物とその生成経路について、図1を用いて説明する。図1は水素貯蔵体としての芳香族にトルエンを用いて水添反応を行い製造されるメチルシクロヘキサン(MCH)の場合の製品中の不純物とその生成経路を示している。
【0050】
水添触媒の活性金属上又は担体として用いるアルミナ、シリカアルミナの酸点で、第1段階として起こる副反応は、側鎖のメチル基が脱離する分解反応と、芳香環が開裂する分解反応である。メチル基が脱離する経路の場合、第1にメチル基は水添されてメタンとなり、メチル基が脱離したベンゼン環は同様に水添されてシクロヘキサンとなる。しかしながら、脱離したメチル基が原料MCHに付加する反応も進行し、ジメチルシクロヘキサン類、及びトリメシルシクロヘキサン類が生成する。更にこれらが分解重合することによって、2環の生成物であるビシクロヘキシル類が生成する。
【0051】
一方、原料MCHの第1段階の分解反応が芳香環の開裂である場合、C7の鎖状炭化水素となり、これらが水添されて相当する鎖状パラフィンが生成される。これらの反応は2つに大別され、1つは、再環化して5員環を形成する場合と、もう1つは付近化分解する場合がある。5員環化合物は、前述の原料MCHのようにメチル基が付加したり、これらが重合して5員環の2環化合物を生成すると考えられる。また、鎖状炭化水素類は、分解、異性化、重合等を繰り返し、最終的にはC9までの鎖状炭化水素類のパラフィン類が不純物として存在する。
【0052】
水素貯蔵体として側鎖を持たないベンゼンを用いる場合は、図1の側鎖であるメチル基を除いた場合、及び水素貯蔵体としてナフタレン化合物等の2環の芳香族類を用いる場合の不純物は、芳香環部分を2環として考えればほぼ同一の経路にて各々の系の場合の不純物を想定することが可能である。
【0053】
図1に示した水素貯蔵体として用いる芳香族がトルエンである場合、工業プロセスの製品MCH中には、最大約40種類の不純物が含まれる場合がある。これらの不純物の数は、原料トルエンの純度と水添反応条件とに左右され、プロセスによっては、半数以下の不純物に抑制できる水添プロセスも工業的に稼働している。
【0054】
次に表1を用いて、約40種類の不純物をタイプ別に分類し、これらの化合物が脱水素反応の触媒寿命に影響するかどうかを説明する。約40種類の不純物はタイプ別に分類すると、鎖状炭化水素類、5員環を持つ環状化合物類、6員環を持つ環状化合物類、環状化合物類が重合した2環の重合生成物類に大別される。
【0055】
鎖状炭化水素類は、水添反応プロセスで水添されたパラフィン類であり、常温で液体生成物として含まれる不純物はC5〜C9炭化水素類であり、気体生成物としてC2〜C4炭化水素類がある。鎖状炭化水素類がコーキングに繋がる前駆体としては、二重結合を2つ有するジエン類であり、ブタジエンが最もコーキングに繋がり易い化合物として知られている。しかしながら、鎖状炭化水素類は芳香族類に比べて、脱水素反応が進行しずらく、炭素数が多いほど脱水素反応が進行し易いことが知られている。ここで、不純物の中で最も炭素数が多い鎖状炭化水素類であるC9の鎖状炭化水素においても脱水素反応が進行するのは400℃程度以上であることから、これらのC2〜C9の鎖状炭化水素類は、350℃以下の反応条件では、脱水素触媒上で脱水素反応が進行しないことから不活性であり、脱水素触媒の寿命に影響することはない。
【0056】
5員環を持つ環状化合物類も同様に水素化された化合物として不純物中に存在する。これらシクロペンタン化合物類は脱水素反応が進行するとシクロペンタジエンとなり、コーキングの前駆体として著名な化合物となる。しかしながら、シクロペンタン類も5員環化合物であることから、6員環化合物であるMCH類に比べて脱水素反応は進行しずらく、350℃以下の反応温度では脱水素反応が進行しないことから不活性であり、脱水素触媒の寿命には影響しない。しかしながら、5員環化合物類が重合した2環化合物は単環の場合に比べて、分解重合し易いほか、脱水素反応も進行し易くなるため、2次的に脱水素触媒の劣化に影響することが想定される。従って、水添プロセスを選定する際には、5員環化合物の不純物類が少ないプロセスを採用することが好ましい。
【0057】
6員環の環状化合物類は基本的に脱水素原料となるMCHと同族の化合物類であり、これらはMCHと同様に水素貯蔵体となる。6員環化合物は側鎖の数が多いほど脱水素し易いため、これらの不純物の方が、MCHに優先されて脱水素反応が進行するためほぼ全量が、水素貯蔵体として利用される。しかしながら、側鎖が多いほど、分解重合反応も進行しやすく、5員環化合物と同様に分解重合した2環の化合物は、分解重合し易いほか、脱水素反応も進行し易くなるため、2次的に脱水素触媒の劣化に影響することが想定される。従って、水添プロセスを選定する際には、6員環化合物の不純物類も少ないプロセスを採用することが好ましい。
【0058】
2環の重合生成物は、分解重合反応も進行しやすく、脱水素反応も進行し易くなるため、脱水素触媒の触媒寿命に直接的に影響する。2環の重合生成物は脱水素触媒上で更に分解重合して4環化合物等を形成すると考えられ、これらの化合物は重質であることから脱水素反応後に触媒上から脱離しにくく、触媒上に残留して、更に脱水素反応や分解反応が進行して炭素質に転換されてコーキングが進行する。
【0059】
【表1】

【0060】
水素貯蔵体として、2環のナフタレン化合物類を利用した場合も同様であり、ナフタレン類が重合した4環の重合生成物は、同様に重質であることから脱水素反応後に触媒上から脱離しにくく、触媒上に残留して、更に脱水素反応や分解反応が進行して炭素質に転換されてコーキングが進行する。
【0061】
上記より、脱水素触媒の寿命に直接的に影響する化合物類は、重合した多環化合物類と特定される。水素貯蔵体としてトルエンを利用した場合、工業水添プロセスの製品中に不純物として含まれる2環の重合生成物は、ビシクロヘキシル及びこれにメチル基が付加したアルキルビシクロヘキシル類である。5員環の環状化合物類が重合した2環の化合物類、及び6員環化合物と5員環化合物が重合した化合物類は、ガスクロマトグラフの定量分析において検出されない。これは、重合する前駆体であるシクロペンタン類の不純物量が非常に少ないために、これらが重合した生成物は更に量が少ないために検出されないものと考えられる。しかしながら、実際に不純物として比較的多量に製品中に含まれる6員環化合物の重合生成物だけでなく、5員環化合物の重合生成物も直接的に脱水素触媒の寿命に影響すると考えられることから、これらの重合生成物も系内から除去されることが好ましい。
【0062】
また、脱水素触媒の寿命に直接的に影響する2環の重合生成物は、脱水素反応中においても僅かながら生成する。例えば、水素貯蔵体として、メチルシクロヘキサンの単一成分を用いて連続的に脱水素反応を概ね6000時間程度以上継続すると、たとえこの際の脱水素反応を99重量%以上の選択性をもって実施しても、数十〜数百ppmのオーダーで脱水素副生物が生成し、この脱水素副生物が原因して炭素析出が進行して脱水素触媒の寿命が低下する。従って、水素貯蔵体を繰り返し利用する本法の水素貯蔵輸送システムにおいては、系内にこれらの脱水素触媒の寿命に直接影響し、また水添反応触媒の寿命にも影響すると考えられる反応阻害物質である2環の重合生成物を除去することにより、これらの重合生成物が系内に蓄積することを防止する必要がある。
【0063】
上記の、反応阻害物質の除去装置は、水添反応装置から水素貯蔵・移送装置を経て脱水素反応装置に至る水素化芳香族化合物の移動経路、及び/又は、脱水素反応装置から芳香族化合物貯蔵・移送装置を経て水添反応装置に至る芳香族化合物の移動経路に、好ましくは、水素貯蔵・移送装置から脱水素反応装置に至る水素化芳香族化合物の移動経路に、より好ましくは水添反応装置の直後に水添反応によって副生した反応阻害物質を除去する阻害物質除去装置を設けることができる。
【0064】
ここで、阻害物質除去装置としては、反応阻害物質である重合生成物を分離除去できる装置であればよく、例えば、蒸留装置、吸着装置等を挙げることができる。水素貯蔵体としてトルエンを利用した場合、その水素化化合物であるMCHの沸点は101℃である。このとき反応阻害物質として除去すべきビシクロヘキシル類の2環化合物はの沸点は、アルキル基を有さないビシクロヘキシルで235℃、アルキル基を有するビシクロヘキシル類の沸点は240℃以上である。また、実際に含まれている量が微量なため検出されないと考えられる5員環の重合したビシクロペンタン類、及び5員環と6員環が重合した2環化合物の沸点はいずれも190℃以上である。
【0065】
このように、除去されるべき反応阻害物質が重合生成物であり、脱水素原料として用いられるMCHとの沸点差が、90℃程度もあり非常に大きいこと、及び水添反応が大きな発熱反応であって水添プロセスから過剰な反応熱を回収することができ、この熱エネルギーを反応阻害物質除去の際の熱エネルギーとして直接的に利用することが可能であることからも、反応阻害物質の除去方法としては好適には蒸留操作である。
【0066】
工業水添プロセスの製品中に含まれる反応阻害物質を除去する蒸留操作について、蒸留計算を行い検討したところ、重合生成物が100ppm以下の製品の場合は理論段数2段の蒸留操作にて反応阻害物質の濃度を1ppm以下に低減することが可能であり、反応阻害物質の濃度が1000ppm以下の場合でも理論段数4段の蒸留操作によって反応阻害物質の濃度を1ppm以下に低減することが可能である。
【0067】
蒸留装置は、通常の蒸留装置でよく理論段数2〜4段の蒸留操作において塔効率を50%以上に設計されていれば良く、具体的な棚段数は3〜8段程度である。棚段の構成は特に制限されず、通常に利用される泡鐘トレイ、多孔板トレイ、バブルトレイ等でよく、コスト等から選定すればよく、必要に応じてラシヒリング等の充填物を利用してもよい。例えば、水素ステーションとして水素を利用する場合、水素ステーション30〜40箇所分の水素貯蔵を行う水添設備の規模は、7〜10万トン/年の規模が想定される。これらの蒸留装置を用いて10万トン/年の水添反応装置による製品中の反応阻害物を除去する蒸留装置部分の設備コストと用役コストの総額は供給水素1Nm3当たり、1〜2円/Nm3-H2と概算されることから、触媒を短期間で交換して操業するよりも安価で経済的な運転が可能となる。
【0068】
また、蒸留操作を単蒸留とした場合は、設備コスト及び用役コストは低減されるが、反応阻害物質の除去率は比較的に低く、触媒の寿命は理論段数2〜4段で蒸留した場合に比べて短くなるため、触媒交換の頻度が多くなり経済的ではない。しかしながら、触媒の製造方法等の改良が進み、触媒のコストが安価に改良された場合は単段蒸留による反応阻害物質の除去も経済性を有する可能性はあると考えられる。
【0069】
更に、蒸留操作以外の反応阻害物質除去方法として吸着除去が考えられる。吸着剤としては、ゼオライト、アルミナ、シリカアルミナ等の一般的な吸着剤の利用が考えられるが、これらの吸着剤によって反応阻害物質を十分に除去するためには相当量の吸着剤が必要であり、吸着カラムが大きな装置となるほか、吸着剤の再生に複数のカラムを設置する必要がある。また、これらの吸着操作と再生操作を連続的に切り替える操作が必要であり、操作が複雑となるほか設備コスト等を考慮すると蒸留操作が好適と考えられる。
【0070】
この阻害物質除去装置においては、脱水素反応阻害物質を分離除去して可及的に、好ましくは脱水素反応阻害物質を100ppm以下、より好ましくは50ppm以下、更に好ましくは10ppm以下にまで低減するのがよく、これによって脱水素触媒は8000時間以上にも及ぶ連続的な脱水素反応を行うことが可能となる。
【発明の効果】
【0071】
本発明の水素の貯蔵輸送システムによれば、その脱水素反応装置における水素化芳香族化合物の脱水素反応において、290〜350℃という比較的低い反応温度で90%以上という高い水素化芳香族化合物の転化率を達成することができ、しかも、98%以上の高い反応選択性を有し、長期に亘って安定的にこの水素化芳香族化合物の脱水素反応を行うことができ、結果として、高い水素の貯蔵効率で潜在的な危険性が少なく、また、反応装置の構造や制御を複雑化させることなく、OCH法により容易にかつ効率良く水素エネルギーを貯蔵輸送できるシステムを提供することができる。
【0072】
また、本発明の水素の貯蔵輸送システムにおいて、水添反応によって生成した不純物のうち、脱水素触媒および水素貯蔵体を繰り返し利用する際の水添触媒の寿命に直接影響を与える重合生成物の反応阻害物質を除去する装置を設けることにより、この水素移動媒体循環路中での反応阻害物質の蓄積が防止され、脱水素触媒及び水添触媒の長寿命化が達成され、長期に亘って安価に運転可能な水素貯蔵輸送システムを構築することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0073】
以下、添付図面に示す本発明の構成例とこれらの構成例の脱水素反応器で用いる脱水素触媒の製造例及びその性能試験例、更に工業水添反応プロセスによる不純物の中で代表的な化合物を多量に添加して脱水素触媒の寿命に与える影響を定量的に検討した反応試験例、及び阻害物質の除去を蒸留操作にて行った場合の蒸留計算例に基づいて、本発明の好適な実施の形態を具体的に説明する。
【0074】
〔構成例1〕
図2に本発明における有機ケミカルハイドライド法による水素の貯蔵輸送システムの基本構成を説明するための構成例1が示されている。この構成例1の水素の貯蔵輸送システムS1は、水素製造場所に設置される水素貯蔵システムS2と水素利用場所に設置される水素供給システムS3から構成される。
【0075】
水素貯蔵システムS2では、水素製造装置S4によって製造された水素を用いて芳香族化合物の水素化反応を行い、水素を常温・常圧で液体状態の水素化芳香族化合物として貯蔵する機能を有する水添反応装置(水添反応器)1と、得られた水素化芳香族化合物中に生成する反応阻害物質を除去する除去装置1aと、反応阻害物質が除去された水素化芳香族化合物を貯蔵する水素化芳香族タンク1b及び水素供給システムS3から回収された芳香族を貯蔵する回収芳香族タンク1cから構成される。水素貯蔵システムS2で水素が貯蔵され、反応阻害物質が除去された水素化芳香族は、常温・常圧の液体化学品として水素化芳香族輸送手段3によって水素利用場所に設置される水素供給システムS3まで輸送される。この輸送手段3は、海上輸送の場合はケミカルタンカー等の船舶、陸上輸送の場合はケミカルローリー等の車両、又はパイプライン等の海底及び又は地下等に付設された配管を通じて輸送する手段でも良い。
【0076】
水素供給システムS3は、水素化芳香族タンク2a、脱水素反応装置(脱水素反応器)2、水素分離装置2b、及び回収芳香族タンク2cから構成される。水素利用場所に輸送された水素化芳香族は、水素供給システムS3を構成する水素化芳香族タンク2aに貯蔵され、その必要量が脱水素反応装置(脱水素反応器)2によって脱水素反応に供されて、必要量の水素を発生させる。この脱水素装置2における脱水素反応器には、その反応管に表面積150m2/g以上、細孔容積0.40cm3/g以上、平均細孔径90〜300Å、及び全細孔容積に対して平均細孔径±30Åの細孔が占める割合が50%以上である多孔性γ-アルミナ担体に、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム及びルテニウムから選ばれた少なくとも1種の触媒金属を担持させた脱水素触媒が充填されている。脱水素反応装置2で脱水素された反応生成物は、主として発生水素と芳香族化合物であり、これらは、水素分離装置2bによって、分離され水素は必要な純度まで精製される。本システムにおける脱水素反応器2は充填された脱水素触媒の選択率が非常に高く98%以上であるため、水素分離装置2bでは、気液分離後の気体に含まれる芳香族、未反応水素化芳香族等の蒸気成分を吸着装置等にて除去する簡便な操作で高純度の水素を得ることが可能である。また、供給水素が高圧の必要がある場合は、水素分離装置2bの後段に昇圧装置及び高圧タンクが設置され昇圧後に水素が供給される。
【0077】
水素分離装置2bで分離された脱水素反応後の芳香族は回収されて、回収芳香族タンク2cに貯蔵された後、回収芳香族輸送手段4によって水素貯蔵システムS2を構成する回収芳香族タンク1cに貯蔵される。このように回収された芳香族は再び、水添反応装置1によって水素貯蔵体として再利用されるが、脱水素反応にて生成する微量の反応阻害物、及び再度水添反応によって生成する反応阻害物は、再び反応阻害物質除去装置1aによって除去されるため、系内に蓄積することなく水素貯蔵体としての芳香族は繰り返し利用することが可能である。
【0078】
〔脱水素反応器で用いる脱水素触媒〕
次に、上記の水素貯蔵輸送システムを構成する脱水素反応器2で使用する脱水素触媒について、その製造例を具体的に説明する。
【0079】
(製造例)
特公平6-72,005号公報中の実施例1に記載されるようにして、γーアルミナ担体を製造した。この方法のあらましを述べると、熱希硫酸中に激しく撹拌しながら瞬時にアルミン酸ソーダ水溶液を加えることにより水酸化アルミニウムスラリーの懸濁液(pH10)を得、これを種子水酸化アルミニウムとして、撹拌を続けながら熱希硫酸とアルミン酸ソーダ水溶液を交互に一定時間おいて加える操作を繰り返し、ろ過洗浄ケーキを得、これを押し出し成形して乾燥した後、500℃で3時間焼成するというものである。
【0080】
このようなpHスイングの操作(pHスイング法)によって得られるγ-アルミナ(担体A)の性状は典型的には下記の表1の通りである。また、細孔分布を制御していないアルミナ担体の例として、一般に用いられる市販のγ-アルミナ担体(担体B)の性状も表2に合わせて示した。また、図3にこれらのアルミナ担体の細孔分布を水銀圧入法によって測定した結果を示す。
【0081】
【表2】

【0082】
上記のように調製した表面積240m2/g、細孔容積0.713cm3/g、平均細孔径119Å、及び平均細孔径±30Åの占有率が90%の物理的性状を有する多孔性γ-アルミナ担体20gに、pH値が2.0になるように調製した0.4wt%-塩化白金酸水溶液79gを添加し、3時間放置して含浸させた後、デカンテーションにより水を除去し、次いで120℃で3時間乾燥させてからマッフル炉により空気流通下に400℃で3時間焼成した。
【0083】
得られた焼成物をデシケーター中で常温まで冷却した後、これに0.52wt%-硝酸カリウム水溶液10gを添加し、3時間放置して含浸せしめ、次いでエバポレーターにより水分を除去した後、120℃で3時間乾燥させ、水素流通下に400℃で15時間還元し、脱水素触媒を調製した。この脱水素触媒の白金の担持量は0.6重量%であり、カリウムの担持量は0.1重量%である。
【0084】
また、上記の細孔制御した担体Aを用いて、上記の手順で、白金とカリウムを担持して触媒化した触媒No.1と、白金のみを担持した後にカリウムは担持せずに水素還元を実施して白金のみを担持した触媒No.2を調製して、白金の分散度を測定した。
【0085】
更に、細孔分布がブロードな市販のアルミナ担体Bを用いて、白金及びカリウムの担持を同様の手順で調製した触媒No.3(白金0.6重量%、カリウム0.1重量%)について分散度を同様に測定した。
【0086】
分散度の測定はCOのパルス吸着法によって実施した。即ち、白金の格子定数面積a2に対し、COが1分子吸着するものとして金属表面積を算出した。また、白金の担持量を0.6重量%として金属分散度及び粒子径を求めた。測定には全自動触媒ガス吸着量測定装置(大倉理研社製:R6015)を用いて行った。結果を表3に示す。
【0087】
【表3】

【0088】
表3から明らかなように、担体Aを用いて調製した触媒は担体Bを用いた場合に比べて白金の分散度が著しく高く、粒子径も小さいことがわかる。また担体Aを用いた触媒において、白金のみを担持した触媒に比べてカリウムも担持した触媒は白金の分散度が低下する傾向がある。
【0089】
(性能試験例1)
内径12.6mmφ×300mmサイズで、反応管断面の中心に外形1/8インチの熱電対用保護管を備えたステンレス製反応管の長さ方向の中心に、触媒層の中心が位置するように、上記で得られたNo.1又はNo.3の脱水素触媒10ccを充填し、触媒層の上側に予熱層として1mmφの球状α-アルミナビーズ10ccを充填し、それぞれNo.1又はNo.3の脱水素触媒が充填された固定床脱水素反応器(No.1反応器及びNo.3反応器)を作製した。
【0090】
これらNo.1及びNo.3の固定床脱水素反応器を用い、次のようにしてメチルシクロヘキサン(MCH)の脱水素反応における触媒性能を調べた。
すなわち、水素流通下に触媒層の中心温度が320℃になるまで反応器を昇温し、次いで水素の流量をLHSV=5.0(50cc/hr)に調整した後、反応器に高速液体クロマトグラフィ(HPLC)用送液ポンプ(HPLCポンプ)を用いてメチルシクロヘキサン(MCH)をLHSV=2.0(20cc/hr)で供給し、MCHと水素の供給ガス中の水素濃度が20mol%になるように水素の供給量を調節した。なお、MCHの供給に当っては、予め予熱器により300℃に加熱してから供給した。
【0091】
反応器での脱水素反応は連続運転で行い、1300時間経過時に水素の供給量を供給ガス中の水素濃度が5mol%になるように調節し、その後も引き続き脱水素反応を継続した。
反応管の出口には気液分離器を設け、この脱水素反応により生成したトルエン等の液状生成物と水素ガス等の気体とを分離し、回収された液状生成物と気体とを各々ガスクロマトグラフィで分析した。
【0092】
反応開始100時間経過後と6000時間後におけるMCH転化率(%)、トルエン選択率(%)、及び水素発生量(Ncc/h/cc-cat)を求めた。結果を表4に示す。
【0093】
【表4】

【0094】
この表4に示す結果から明らかなように、本発明の実施例に係る脱水素触媒を用いたNo.1反応器の場合には、従来の触媒No.3を用いたNo.3反応器の場合に比べて、6000時間に亘って安定的に、また、選択性良く水素を製造することができ、反応阻害物質を含まないで純度が高いメチルシクロヘキサンを用いれば、有機ケミカルハイドライド法(OCH法)の利点を損なうことなく、容易に水素エネルギーの貯蔵輸送システムが構築できることがわかる。
【0095】
(性能試験例2〜4)
不純物のうち代表的な化合物である鎖状炭化水素、5員環環状化合物、2環の重合生成物を各々独立に多量に添加し、脱水素触媒の寿命に与える影響を検討した反応試験例2〜4を以下に示す。
【0096】
(性能試験例2)
触媒製造例におけるNo.1の触媒を用いて、性能試験例1と同様に改めて脱水素No.1を作製し、原料のメチルシクロヘキサン(MCH)に1.0%(10,000ppm)のn-ヘプタンを添加した混合溶液を原料に用いた以外は性能試験例1と同様に反応試験を実施して、n-ヘプタンが脱水素触媒の劣化に与える影響を確認した。ここで、n-ヘプタンを用いた理由は、工業水添プロセスによる製品MCH中の不純物に含まれる鎖状炭化水素のうち、直鎖状部分の炭素数が7であるものが最大であり、C8及びC9の直鎖を有する鎖状炭化水素類はほとんど含まれていないからである。結果を表5に示す。
【0097】
【表5】

【0098】
表5の結果から明らかなように、触媒性能は200時間の試験継続中に、特に劣化傾向は見られず、n-ヘプタンを添加しない場合の初期劣化の傾向とほぼ同一の傾向であった。また、反応生成物をガスクロマトグラフにて分析した結果において、不均化分解生成物、及び脱水素生成物は検出されないことから、320℃の反応温度においてn-ヘプタンは不活性であり、反応しないことから脱水素触媒の劣化に関与しないことがわかる。
【0099】
(性能試験例3)
触媒製造例におけるNo.1の触媒を用いて、性能試験例1と同様に改めて脱水素No.1を作製し、原料のメチルシクロヘキサン(MCH)に1.0%(10,000ppm)のシクロペンタンを添加した混合溶液を原料に用いた以外は性能試験例1と同様に反応試験を実施して、シクロペンタンが脱水素触媒の劣化に与える影響を確認した。結果を表6に示す。
【0100】
【表6】

【0101】
表6の結果から明らかなように、触媒性能は250時間の試験継続中、特に劣化傾向は認められず、シクロペンタンを添加しない場合の初期劣化とほぼ同一の傾向であった。また、反応生成物をガスクロマトグラフにて分析した結果において、分解生成物、及び脱水素生成物は検出されないことから、320℃の反応温度においてシクロペンタンは不活性であり、反応しないことから脱水素触媒の劣化に関与しないことがわかる。
【0102】
(性能試験例3)
触媒製造例におけるNo.1の触媒を用いて、性能試験例1と同様に改めて脱水素No.1を作製し、原料のメチルシクロヘキサン(MCH)に1.0%(10,000ppm)のビシクロヘキシルを添加した混合溶液を原料に用いた以外は性能試験例1と同様に反応試験を実施して、2環の重合生成物であるビシクロヘキシルが脱水素触媒の劣化に与える影響を確認した。結果を表7に示す。
【0103】
【表7】

【0104】
表7の結果から明らかなように、ビシクロヘキシルを添加した場合の触媒性能は、初期転化率がビシクロヘキシルを添加しない場合に比べて低く96%以下となる。これは、触媒の活性点にビシクロヘキシルが吸着して脱水素するためにMCHの脱水素が阻害されていることによる。また、450時間の試験においてMCH転化率は、95.9%から90.9%に顕著に劣化した。また、反応生成物をガスクロマトグラフにて分析した結果において、ビシクロヘキシルの脱水素生成物であるビフェニルが多量に検出されたほか、ビシクロヘキシルの分解重合生成物と考えられる原料には含まれない重質な複数の成分が痕跡量検出された。320℃の反応温度においてビシクロヘキシルは脱水素反応が進行すると共に、脱水素触媒上で分解重合等の反応により複数の重質成分を生成し、脱水素触媒の被毒を引き起こして、劣化に大きく影響することがわかる。
【0105】
(計算例)
代表的な工業水添プロセスによる製品MCHの市販品を2種類入手して、その不純物の同定を行い、これらのうち36成分について蒸留計算を行った。
工業製品MCHの不純物は製造される水添プロセスと条件で大きく影響すると考えられることから、蒸留計算には比較的に不純物が多いA社のMCHと最も不純物が少ないと考えられるB社のMCHの2種類について実施した。
【0106】
A社の不純物組成は、B社に比べて不純物濃度が高く、C5〜C7の不純物濃度が4,385ppmであってC8〜C9の不純物が3,223ppmであり、また、反応阻害物質であるC12〜C14の濃度は70ppmである。B社のMCHは、C5〜C7の不純物濃度が95ppmであってC8〜C9の不純物が85ppmであり、また、反応阻害物質であるC12〜C14の濃度は850ppmである。これらの2種類のMCHについて、反応阻害物質であるC12〜C14が蒸留操作で完全に除去される場合の理論段数を求めたところ、A社のMCH組成に対しては2段、B社のMCH組成に対しては4段の結果が得られた。これらのA社のMCHに対して理論段2段で蒸留した場合の組成と、B社のMCHに対して理論段4段で蒸留した場合の各々の蒸留操作後の組成を、蒸留前の原料組成と共に、表8〜表10に示す。
【0107】
【表8】

【0108】
【表9】

【0109】
【表10】

【0110】
表8〜表10から明らかなように、反応阻害物質であるC12〜C14の重合生成物濃度が70ppmのA社のMCHの場合には、理論段数2段の蒸留でC12〜C14成分をほぼ完全に除去することが可能である。また、C12〜C14の重合生成物濃度が800ppm以上あるB社のMCHの場合でも理論段数4段の蒸留操作でほぼ完全に除去することが可能である。更にC12〜C14成分を多く含むMCHの場合は理論段を増やす必要があるが、設備コスト、用役コスト等の観点から好ましくないので、不純物が少ない水添プロダクトが得られるプロセスを選定することが好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0111】
本発明の水素利用の平準化システムは、芳香族化合物等の水素化反応と水素化芳香族化合物等の脱水素反応とを利用する有機ケミカルハイドライド法(OCH法)において、システムの安定的な稼働に最も影響する脱水素触媒の寿命に関する問題点を解決するものであり、水素の貯蔵効率が高く、常温・常圧の液体として水素貯蔵が可能であって潜在的な危険性が少ない等のOCH法の利点を損なうことなく、また、反応装置の構造や制御を複雑化させることなく、OCH法により容易に水素エネルギーの貯蔵輸送を図ることができるシステムを提供するもので、水素エネルギーの利用を図る上で極めて有用なものである。
【0112】
また、このような水素エネルギーの貯蔵輸送システムにおいて、水素移動媒体循環路中に蒸留装置等の反応阻害物質を分離除去する阻害物質除去装置を設けることにより、容易にこの反応阻害物質を除去することができ、これによって、水素の貯蔵効率が高く、常温・常圧の液体として水素貯蔵が可能であって潜在的な危険性が少ない等の利点を損なうことなく、また、反応装置の構造や制御を複雑化させることなく、OCH法により容易に水素エネルギーの貯蔵輸送を図ることができるだけでなく、脱水素触媒及び水添触媒の長寿命化を図り、長期に亘って安価に運転できる水素エネルギーの貯蔵輸送システムを構築でき、その実用的価値の高いものである。
【図面の簡単な説明】
【0113】
【図1】図1は、反応阻害物質の検討対象となる工業水添プロセスによって製造されたメチルシクロヘキサン中の不純物とその生成経路を示した図である。
【0114】
【図2】図2は、本発明の有機ケミカルハイドライド法水素貯蔵輸送システムの構成を説明するための構成例のブロック図である。
【0115】
【図3】図3は、pHスイング法によって調製された特定の物理性状を有するアルミナ担体と細孔分布が制御されていない市販のアルミナ担体とについて測定された水銀圧入法による細孔分布図である。
【符号の説明】
【0116】
1…水素の貯蔵輸送システム、S2…水素貯蔵システム、S3…水素供給システム、S4…水素製造装置、1…水添反応器(水添反応装置)、1a…反応阻害物質除去装置、1b…水素化芳香族タンクA、1c…回収芳香族タンクA、2…脱水素反応器(脱水素反応装置)、2a…水素化芳香族タンクB、2b…水素分離装置、2c…回収芳香族タンクB、3…水素化芳香族輸送手段、4…回収芳香族輸送手段。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族化合物(水素貯蔵体)の水素化反応を行って水素化芳香族化合物(水素供給体)を製造する水添反応装置を備えた水素貯蔵システムと、得られた水素化芳香族化合物を水素利用場所まで輸送を行う水素化芳香族化合物輸送手段と、輸送された水素化芳香族化合物の脱水素反応により水素及び芳香族化合物を製造する脱水素反応装置を備えた水素供給システムと、回収された芳香族化合物を再び水素貯蔵システムまで輸送する回収芳香族輸送手段を備え、水素により芳香族化合物の水素化反応を行って水素化芳香族化合物を製造し、水素を貯蔵及び/又は移送を行った後に、脱水素反応装置において水素化芳香族化合物の脱水素反応により水素を製造して利用に供する有機ケミカルハイドライド法による水素の貯蔵輸送システムであり、このシステム内には、システム系内で生成して上記脱水素反応装置に利用される脱水素触媒及び/又は水添装置に利用される水添触媒の被毒物質となり、脱水素反応及び/又は水添反応を阻害する反応阻害物質を除去し、システム系内の反応阻害物質濃度を許容範囲内に維持する反応阻害物質除去装置を備えていることを特徴とする水素の貯蔵輸送システム。
【請求項2】
水添触媒が、ニッケル、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム、及びルテニウムから選ばれた少なくとも1種の触媒活性金属をアルミナ、シリカアルミナ、及びシリカから選ばれた触媒担体に担持させた水添触媒である請求項1に記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項3】
脱水素触媒が、ニッケル、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム、及びルテニウムから選ばれた少なくとも1種の触媒活性金属をアルミナ、シリカアルミナ、及びシリカから選ばれた触媒担体に担持させた脱水素触媒である請求項1又は2に記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項4】
反応阻害物質除去装置が水添反応装置の後段に設けられる請求項1〜3のいずれかに記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項5】
反応阻害物質除去装置が蒸留装置である請求項1〜4のいずれかに記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項6】
蒸留装置が理論段数2〜4段の機能を有する請求項5に記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項7】
水素貯蔵体として利用される芳香族化合物が単環芳香族類又は2環芳香族類である請求項1〜6のいずれかに記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項8】
反応阻害物質は、水素貯蔵体として利用される芳香族化合物が単環芳香族類である場合には、6員環化合物の2量体又は3量体以上の重合生成物及び5員環化合物の2量体又は3量体以上の重合生成物であり、また、水素貯蔵体として利用される芳香族化合物が2環芳香族類の場合には、6員環化合物の2量体又は3量体以上の重合生成物及び5員環化合物の2量体又は3量体以上の重合生成物に加えて2環芳香族類の2量体又は3量体以上の重合生成物である請求項1〜7のいずれかに記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項9】
反応阻害物質濃度を100ppm以下に維持して脱水素反応を行う請求項1〜8のいずれかに記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項10】
脱水素触媒は、表面積150m2/g以上、細孔容積0.40cm3/g以上、平均細孔径90〜300Å、及び全細孔容積に対して平均細孔径±30Åの細孔が占める割合が50%以上である多孔性γ-アルミナ担体に、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム及びルテニウムから選ばれた少なくとも1種の触媒金属を担持させた触媒である請求項1〜9のいずれかに記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項11】
脱水素触媒は、多孔性γ-アルミナ担体に、触媒金属及びアルカリ性金属を担持させた触媒である請求項1〜10のいずれかに記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項12】
脱水素触媒は、多孔性γ-アルミナ担体に白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム及びルテニウムから選ばれた少なくとも1種の触媒金属化合物の溶液を含浸させる際に、含浸溶液のpH値を1.8〜3.0の間に調整して行い、触媒化後の貴金属類の金属分散度が60%以上である請求項10又は11に記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項13】
多孔性γ-アルミナ担体が、アルミナヒドロゲル合成時のスラリー水溶液のpH値をアルミナヒドロゲル溶解pH領域とベーマイトゲル沈殿pH領域との間で交互に変動させると共に、少なくともいずれか一方のpH領域から他方のpH領域へのpH変動に際してアルミナヒドロゲル原料物質を添加してアルミナヒドロゲルの結晶を成長させるpHスイング工程を経て得られたものである請求項10〜12のいずれかに記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項14】
触媒金属が白金である請求項10〜13のいずれかに記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項15】
アルカリ性金属がカリウムである請求項11〜14のいずれかに記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項16】
白金の担持量が0.3〜2.0重量%である請求項14又は15に記載の水素の貯蔵輸送システム。
【請求項17】
カリウムの担持量が0.001〜1.0重量%である請求項15又は16に記載の水素の貯蔵輸送システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−269522(P2007−269522A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−95282(P2006−95282)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(000003285)千代田化工建設株式会社 (162)
【Fターム(参考)】