説明

氷結晶化阻害剤及びその利用

【課題】新たな氷結晶化阻害剤を提供する。
【解決手段】本発明の氷結晶化阻害剤は、Brassica juncea種の植物の抽出物を含む。Brassica juncea種の植物の中でも、和がらし(ブラウンマスタード。Brassica juncea)が好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、氷結晶化阻害剤及びその利用に関するものである。より詳しくは、Brassica juncea種の植物から得られる抽出物を用いた、氷結晶化阻害剤及びその利用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生体における低温時の防御物質として、植物、魚類及び昆虫類等が産生する氷結晶化阻害物質が知られている。この氷結晶化阻害物質は、霜害防除剤、冷凍食品の品質向上、細胞、組織等の生体材料の保存、低温手術での利用等において有用であるとされている。
【0003】
例えば、植物では、イネ科の植物に由来する氷結晶化阻害物質について多くの報告がある(非特許文献1、2、3)。しかしながら、イネ科の植物による氷結晶化阻害物質は、生産性が非常に低い等の理由から、実用化に至っていない。
【0004】
また、イネ科以外の植物では、ダイコン等のアブラナ科の植物に由来する氷結晶化阻害物質についても報告されている(特許文献1〜3)。
【0005】
魚類又は昆虫類由来のものとしては、例えば、カジカ科等の魚類に由来する氷結晶化阻害物質について多く報告されている(非特許文献4、5、6)。しかしながら、魚類又は昆虫類では個体数を集めることが困難である。また、魚類又は昆虫類から氷結晶化阻害物質を得る場合、純度の高いものを得ることが困難である。また、精製のために高いコストを要する。また、得られる氷結晶化阻害物質の生産性及び安定性が低い。
【0006】
魚類又は昆虫類に由来する氷結晶化阻害物質については、遺伝子組み換え技術を用いて生産性を高めている報告もある(特許文献4、5)。しかし、組換え技術により得られる物質は、元来自然界に存在しない物質である等の理由から、食品へ添加する際は、表示義務等の制限を課される場合もある。
【0007】
ところで、澱粉を含む食品における澱粉の老化は、食品の品質劣化の原因となるため、問題視されてきた。
【0008】
澱粉は水の存在下で加熱すると、水分を吸収することで糊化する。一般には、この糊化の程度が高ければ高いほど、味、食感等の嗜好性が高くなり、また、摂取したときの消化性、吸収性が高くなる。例えば、澱粉を含む食品を加熱する目的の一つは、当該澱粉を糊化させて、嗜好性、消化性、吸収性等を向上させることにもある。しかしながら、糊化した澱粉を低温下にさらすと、食品が固くなる。澱粉分子間に水素結合が生じて、澱粉分子が凝集するときに、糊化状態のときに澱粉分子間に入り込んでいた水分子が遊離するためである。これが、いわゆる澱粉老化と呼ばれる現象である。食品で澱粉老化が起こると、味、食感等の嗜好性が急激に低下してしまう。
【0009】
そのため、澱粉老化機構及び澱粉老化の防止方法について、多くの研究がなされてきた。例えば、糖アルコール、オリゴ糖等の糖類を添加する方法(特許文献6)、酵素剤を用いる方法(特許文献7)、トレハロース、脂肪酸エステル等の澱粉老化防止剤を添加する方法(特許文献8)等、従来から多くの試みがなされている。
【非特許文献1】Wai-Ching Hon, Marilyn Griffith, Pele Chong, and Daniel S. C. Yang, Extraction and Isolation of Antifreeze Proteins from Winter Rye (Secale cereale) Leaves, Plant Physiology, 1994, 104:971-980
【非特許文献2】Marilyn Griffith, Mervi Antikainen, Wai-Ching Hon Kaarina Pihakaski-Maunsbach, Xiao-Ming Yu, Jong Un Chun and Daniel S. C. Yang, Antifreeze proteins in winter rye, Physiologia Plantarum, 1997, 100:327-332
【非特許文献3】Xiao-Ming Yu, Marilyn Griffith, Antifreeze Proteins in winter Rye Leaves Form Oligomeric Complexes, Plant Physiology, 1999, 119:1361-1369
【非特許文献4】Avijit Chakrabartty and Choy L. Hew, Primary structures of the alanine-rich antifreeze polypeptides from grubby sculpin, Myoxocephalus aenaeus, Can. J. Zool., 1988, 66:403-408
【非特許文献5】Nancy F. Ng, Khiet-Yen Trinh, and Choy L. Hew, Structure of Antifreeze Polypeptide Precursor from the Sea Raves, Hemitripterus americanus, The Journal of Biological Chemistry, 1986, 261:15690-15695
【非特許文献6】Gejing Deng, David W. Andrews, Richard A. Laursen, Amino acid sequence of a new type of antifreeze protein, from the longhorn sculpin Myoxocephalus octodecimspinosis, FEBS Letters, 1997, 402:17-20
【特許文献1】特開2001−245659号公報(2001年9月11日公開)
【特許文献2】特開2003−250473号公報(2003年9月9日公開)
【特許文献3】特開2007−169246号公報(2007年7月5日公開)
【特許文献4】国際公開92/16618号パンフレット(1992年10月1日公開)
【特許文献5】国際公開97/28260号パンフレット(1997年8月7日公開)
【特許文献6】特開平5−252872号公報(1993年10月5日公開)
【特許文献7】特開昭62−79746号公報(1987年4月13日公開)
【特許文献8】特開平7−79689号公報(1995年3月28日公開)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したように、氷結晶化阻害物質は、様々な産業分野においてその有用性が期待されている。
【0011】
このような事情に鑑みると、従来公知の氷結晶化阻害物質のみで十分ということはなく、新たな氷結晶化阻害物質の開発が強く求められている。
【0012】
そこで、本発明の目的は、新たな氷結晶化阻害剤及びこれを利用した澱粉老化防止剤等を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために、鋭意検討を行なった。その結果、Brassica juncea種の植物から、氷結晶化阻害効果を有する抽出物を得ることができるという新事実を見出し、本願発明を完成させるに至った。本発明は、かかる新規知見に基づいて完成されたものであり、以下の発明を包含する。
【0014】
上記課題を解決するために、本発明に係る氷結晶化阻害剤は、Brassica juncea種の植物の抽出物を含むことを特徴としている。
【0015】
さらに、本発明に係る氷結晶化阻害剤では、上記Brassica juncea種の植物が、Brassica junceaであることがより好ましい。
【0016】
さらに、本発明に係る氷結晶化阻害剤では、上記抽出物が、Brassica juncea種の植物から、水及び/又は有機溶媒を用いて抽出されたものであることがより好ましい。
【0017】
また、本発明に係る食品添加剤は、上記本発明に係る氷結晶化阻害剤を含むことを特徴としている。本発明に係る食品添加剤は、加熱加工する食品において、加熱加工前に添加可能である。
【0018】
また、本発明に係る澱粉老化防止剤は、上記本発明に係る氷結晶化阻害剤を含むことを特徴としている。本発明に係る澱粉老化防止剤は、加熱加工する食品において、加熱加工前に添加可能である。
【0019】
また、本発明に係る澱粉質食品は、上記本発明に係る氷結晶化阻害剤を含むことを特徴としている。
【0020】
また、本発明に係る氷結晶化阻害剤の製造方法は、Brassica juncea種の植物から、水及び/又は有機溶媒を用いて抽出する工程を含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0021】
本発明に係る氷結晶化阻害剤は、以上のように、Brassica juncea種の植物の抽出物を含むので、新たな氷結晶化阻害剤を提供できるという効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りである。
【0023】
<1.本発明に係る氷結晶化阻害剤>
本発明に係る氷結晶化阻害剤は、Brassica juncea種の植物の抽出物を含めばよい。なお、本明細書において「氷結晶化阻害剤」とは、氷結晶の成長を阻害する機能を有する組成物を意味する。
【0024】
上記Brassica juncea種の植物としては、Brassica juncea種の植物である限り限定されるものではないが、例えば、マスタードグリーン(Brassica juncea mustard greens)、タカナ(Brassica juncea integrifolia)、ザーサイ(Brassica juncea tumida)、和がらし(ブラウンマスタード。Brassica juncea)が例示できる。
【0025】
Brassica juncea種の植物は、いずれも入手が容易であり、また、Brassica juncea種の植物を用いれば、高い氷結晶化阻害活性を有する抽出物を効率よく得ることができる。
【0026】
例えば、植物体の単位重量あたりから得られる抽出物が有する氷結晶化阻害活性も、氷結晶化阻害物質の生産に用いられる従来公知の植物に比べて優れている。
【0027】
また、後述する実施例に示すように、本発明に係る氷結晶化阻害剤は、従来、氷結晶化阻害物質の生産に用いられる、ダイコン等のアブラナ科の植物等に比べて、氷の再結晶化抑制活性が優れている。ここでいう再結晶化抑制活性とは、氷結晶の形状及び大きさ等の形態的な状態を保持する活性である。再結晶化抑制活性が高ければ高いほど、氷結晶をより小さい状態で保持するので、氷結晶化阻害活性が優れていることを示す。Brassica juncea種の植物を用いれば、従来公知の他の植物に比べて、再結晶化抑制活性に優れた氷結晶化阻害剤を得られるということは、これまで全く報告の無かった新たな知見である。
【0028】
例示した上記Brassica juncea種の植物の中でも、Brassica junceaが好ましい。Brassica junceaは、さらに容易に入手できる。また、Brassica junceaは、植物体の単位重量あたりから得られる抽出物が有する氷結晶化阻害活性が、さらに優れている。
【0029】
本発明に係る氷結晶化阻害剤に含まれる、Brassica juncea種の植物の抽出物の量としては、氷結晶化阻害剤の用途等に応じて適宜設定すればよく特に限定されるものではないが、氷結晶化阻害剤全体を100重量%として、0.00001重量%以上100重量%以下であることが好ましく、さらに好ましくは0.0001重量以上1重量%以下である。この範囲であれば、より優れた氷結晶化阻害効果を得ることができる。つまり、本発明に係る氷結晶化阻害剤としては、Brassica juncea種の植物の抽出物に、何も添加せずに用いてもよく、抽出物以外の成分を含有させてもよい。
【0030】
本発明に係る氷結晶化阻害剤に、Brassica juncea種の植物の抽出物以外の成分を含有させるとき、そのような成分としては、特に限定されるものではなく、その用途に応じて、適宜定めればよい。例えば、従来公知のリン酸、酢酸等の緩衝液に混合してもよく、糖、糖アルコール等に混合してもよく、植物、昆虫、魚類等から得た、従来公知の氷結晶化阻害物質と混合してもよい。
【0031】
Brassica juncea種の植物から抽出物を得る方法としては、特に限定されるものではないが、Brassica juncea種の植物から、水及び/又は有機溶媒を用いて抽出することが好ましい。ここで、Brassica juncea種の植物から、水及び/又は有機溶媒を用いて抽出する工程を含む、氷結晶化阻害剤の製造方法も本発明の範疇である。
【0032】
抽出に用いる溶媒の種類としては特に限定されないが、上述のように、水、有機溶媒が好ましく例示される。有機溶媒としては、食品加工に使用可能なものであることが好ましく、エタノール等が例示される。これらの溶媒の中でも水、エタノールが好ましい。また、水を用いる場合、熱水を用いることが好ましく、有機溶媒を用いる場合、加温した有機溶媒を用いることが好ましい。熱水又は加温した有機溶媒の温度として特に限定されないが、3℃以上160℃以下が好ましく、40℃以上120℃以下がさらに好ましい。
【0033】
抽出に用いるBrassica junceaの形態は、特に限定されるものではなく、植物体の全体でもよく、一部分(例えば、芽、葉、葉柄等)でもよい。
【0034】
ここで、Brassica juncea種の植物から抽出物を得る方法の中でも、好ましい方法の一例について説明する。なお、植物としてBrassica junceaを用いた場合について説明する。
【0035】
まず、Brassica junceaを水に混合する。混合する水の量としては、特に限定されないが、Brassica junceaの重量に対して、等量から20倍量の重量とすることが好ましく、濃縮時の液量を少なくすると濃縮効率が向上することから、2倍量以上5倍量以下がさらに好ましい。
【0036】
Brassica junceaを水に混合した後、これを攪拌又は静置する。このときの温度としては、Brassica junceaから抽出物が得られる限り、特に限定されないが、3℃以上160℃以下が好ましく、より経済的な処理を実現する観点から、室温以上121℃以下がより好ましい。また、攪拌又は静置する時間は、Brassica junceaから抽出物が得られる限り、特に限定されないが、10分以上36時間以下が好ましく、植物に含まれる他の成分の影響を低減させる観点から10分以上24時間以下がより好ましい。これにより、Brassica junceaから抽出物をより効率的に得ることができる。
【0037】
次に、得られた溶液を限外濾過濃縮装置等により濃縮してもよい。さらに必要であれば、アフィニティークロマト、イオン交換カラム、ゲル濾過カラム等の精製工程を行なってもよい。さらに必要により、濃縮、濾過、凍結乾燥等の処理を行ってもよい。
【0038】
すなわち、本発明において、「抽出物」は、Brassica juncea種の植物から得られるものであれば特に限定されるものではなく、Brassica juncea種の植物から水及び/又は有機溶媒を用いて抽出された液、水及び/又は有機溶媒を用いて抽出された液に濃縮、濾過、凍結乾燥等の処理又はこれらの2以上の処理を組み合わせて行ったもの、水及び/又は有機溶媒を用いて抽出された液を例えば、限外濾過、アフィニティクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー等又はこれらの2以上の組み合わせにより濃縮及び/又は精製して得られる画分、該画分にさらに濃縮、濾過、凍結乾燥等の処理を行ったもの等が含まれる。
【0039】
例えば、上述した、水を用いてBrassica junceaから抽出された液を精製する精製工程の一例について説明する。水を用いて抽出された液は、必要に応じて限外濾過により濃縮し、例えば、アフィニティクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー等により分画し、各画分について氷結晶化阻害活性を評価し、氷結晶化阻害活性を有する画分を本発明の抽出物とすればよい。
【0040】
ここで、アフィニティクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー等は、単独で用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよく、また、2種類以上を組み合わせて用いる場合その順序も特に限定されるものではない。
【0041】
本発明にかかる氷結晶化阻害剤の製造方法は、上述したように、Brassica juncea種の植物から、水及び/又は有機溶媒を用いて抽出する工程を含んでいればよいが、Brassica juncea種の植物を、ダイコン等のアブラナ科の植物等ですでに公知の方法に従って低温馴化することにより、氷結晶化阻害活性を有する物質を誘導、蓄積させた後に、水及び/又は有機溶媒を用いて抽出する方法も好適に用いることができる。
【0042】
本発明に係る氷結晶化阻害剤は、水が氷結晶化することで障害が生じる様々な分野において、この障害を抑制する目的で利用可能である。例えば、食品分野、機械分野、土木分野、化粧品分野、生体材料を用いる医療分野等で利用可能である。
【0043】
機械分野、土木分野では、機械の可動部、道路、地盤等の凍結防止剤として利用できる。
【0044】
化粧品分野では、化粧品の品質の劣化等を防ぐための添加剤として利用できる。例えば油脂成分を含む化粧品を凍結させると、当該化粧品に含まれる水が氷結晶化して、当該油脂成分を物理的に圧迫してその構造を壊すことがあり、品質及び使用感が劣化する。本発明に係る氷結晶化阻害剤を用いれば、水の氷結晶化を防ぐことで油脂成分の構造が保持されるため、品質の劣化等を抑制することができる。
【0045】
医療分野では、生体材料を凍結保存する際の保護剤として用いることができる。例えば、細胞、血液、臓器等の組織等の生体材料を従来公知の保存液に入れて凍結保存すると、保存液中の水分が凍結して氷結晶を生じ、当該氷結晶により生体材料が損傷することがある。しかし、本発明に係る氷結晶化阻害剤を添加すれば、氷結晶の発生、成長を抑制することができるので、生体材料を氷結晶による損傷から保護することができる。
【0046】
本発明に係る氷結晶化阻害剤の食品分野での利用については、後述の本発明に係る食品添加剤の項で説明する。
【0047】
<2.本発明に係る食品添加剤>
本発明に係る食品添加剤は、上記本発明に係る氷結晶化阻害剤を含んでいればよい。
【0048】
本発明に係る食品添加剤は、上記本発明に係る氷結晶化阻害剤を含んでいるので、食品に含まれる水の氷結晶化を抑制することで、当該食品の味の劣化等を防ぐことができる。
【0049】
例えば、上述の澱粉老化を防止したり、食品中の水が氷結晶化して、タンパク質、油脂成分等を物理的に圧迫して、その構造を変化させることによる味、品質等の劣化を、抑制したりすることができる。
【0050】
また、アイスクリーム等の冷凍菓子においては、氷結晶の成長による舌触りの悪化を防ぐことができる。特に低脂肪分のアイスクリームでは、一般に氷結晶が大きくなり、舌触りがザラザラするが、本発明に係る食品添加剤を用いれば、氷結晶化を抑制するので、舌触りが滑らかになる。
【0051】
本発明に係る食品添加剤における氷結晶化阻害剤の含有量は、特に限定されるものではない。例えば、食品添加剤の全量を100重量%として、Brassica juncea種の植物の抽出物の総量が、当該抽出物の乾燥固形分に換算して、0.00001重量%以上100重量%以下となるようにすることが好ましく、0.0001重量%以上1重量%以下となるようにすることがより好ましい。この範囲であれば、より優れた氷結晶化阻害活性を得ることができる。
【0052】
本発明に係る食品添加剤には、Brassica juncea種の植物の抽出物以外の成分を、本発明の効果を損なわない範囲で適宜配合してもよい。そのような成分としては、例えば、食品添加剤として一般に用いられているブドウ糖等の糖類、界面活性剤、増粘剤、防腐剤、香料、着色剤、ビタミン又はクエン酸等の栄養剤等が例示できる。本発明の効果を損なわない範囲で適宜配合できる。
【0053】
本発明に係る食品添加剤の提供形態としては、特に限定されるものではない。例えば、添加する対象の食品の性状、添加する工程に応じて、顆粒、粉末、ペースト、希釈溶液等の剤形に加工してもよい。当該剤形に加工するために使用する基剤や溶剤等は、食品に用いることが可能なものであれば特に制限はない。また、本発明に係る氷結晶化阻害剤をそのまま、食品添加剤としてもよい。例えば、Brassica juncea種の植物の抽出物、より好ましくは、濃縮液又は凍結乾燥粉末を、食品添加剤として提供してもよい。
【0054】
なお、本発明に係る食品添加剤に含まれるBrassica juncea種の植物の抽出物は、耐熱性を有するので、加熱する食品に添加する場合においても、加熱前に添加することが可能である。
【0055】
<3.本発明に係る澱粉老化防止剤>
本発明に係る澱粉老化防止剤は、上記本発明に係る氷結晶化阻害剤を含んでいればよい。本発明に係る澱粉老化防止剤は、上記本発明に係る氷結晶化阻害剤を含んでいるので、食品中の澱粉老化を阻害することができる。なお、本明細書において「澱粉老化防止剤」とは、澱粉の老化を阻害する機能を有する組成物を意味する。
【0056】
本発明に係る澱粉老化防止剤における氷結晶化阻害剤の含有量は、特に限定されるものではない。例えば、澱粉老化防止剤の全量を100重量%として、Brassica junceaの抽出物の総量が、当該抽出物の乾燥固形分に換算して、0.00001重量%以上100重量%以下となるようにすることが好ましく、0.0001重量%以上1重量%以下となるようにすることがより好ましい。この範囲であれば、より優れた澱粉老化防止活性を得ることができる。
【0057】
本発明に係る澱粉老化防止剤の提供形態としては、特に限定されるものではない。例えば、添加する対象の食品の性状、添加する工程に応じて、顆粒、粉末、ペースト、希釈溶液等の剤形に加工してもよい。当該剤形に加工するために使用する基剤や溶剤等は、食品に用いることが可能なものであれば特に制限はない。また、本発明に係る氷結晶化阻害剤をそのまま、澱粉老化防止剤としてもよい。例えば、Brassica juncea種の植物の抽出物、より好ましくは、濃縮濾液又は凍結乾燥粉末を、澱粉老化防止剤として提供してもよい。
【0058】
本発明に係る澱粉老化防止剤には、Brassica juncea種の植物の抽出物以外の成分を、本発明の効果を損なわない範囲で適宜配合してもよい。そのような成分としては、Brassica juncea種の植物の抽出物による澱粉老化防止活性を損なわないものであって、食品添加物等として認可されている公知の澱粉老化防止剤、食感改良剤等を例示できる。例えば、油、油脂、粉末油脂、還元水飴、タピオカ澱粉等の澱粉、市販の澱粉老化防止剤(「ニューモチエース」、「ソフロンB」等)、鮮度保持剤(「アクア−60」)、糖類、界面活性剤、ピログルタミン酸及びその塩、酵素処理ゼラチン、増粘多糖類等を、本発明に係る澱粉老化防止剤に添加してもよい。
【0059】
なお、本発明に係る澱粉老化防止剤に含まれるBrassica juncea種の植物の抽出物は、耐熱性を有するので、加熱する食品に添加する場合においても、加熱前に添加することが可能である。すなわち、本発明に係るBrassica juncea種の植物の抽出物、氷結晶化阻害剤、食品添加物、及び、澱粉老化防止剤は、食品に添加して、煮たり、茹でたり、油で揚げたり、オーブンで加熱した後も氷結晶化阻害活性を有している。本発明に係るBrassica juncea種の植物の抽出物、氷結晶化阻害剤、食品添加物、及び、澱粉老化防止剤は、例えば、250℃程度まで加熱した後もその氷結晶化阻害活性を有している。
【0060】
<4.本発明に係る澱粉質食品>
本発明に係る澱粉質食品は、上記本発明に係る氷結晶化阻害剤を含んでいればよい。なお、本明細書において「澱粉質食品」とは、澱粉を含む食品を意味する。例えば、食品の原料となる澱粉、その中間加工製品及び最終製品等が含まれる。
【0061】
本発明に係る澱粉質食品に含まれる、本発明に係る氷結晶化阻害剤の含有量としては、特に限定されるものではなく、含有させる対象となる食品の種類、性質、形態及び/又は氷結晶化阻害剤自体の成分組成等に応じて、適宜設定すればよい。例えば、Brassica juncea種の植物の抽出物の量が、乾燥固形分に換算して、食品の全量100重量%に対して0.001重量%以上80重量%以下、好ましくは0.01重量%以上50重量%以下となるようにしてもよい。また、Brassica juncea種の植物から得た抽出物の量を、食品の全量100重量%に対して0.00001重量%以上1重量%以下となるようにしてもよく、当該食品中の澱粉の全量100重量%に対して、Brassica juncea種の植物から得た抽出物の添加量が0.0001重量%以上10重量%以下となるように添加してもよい。
【0062】
澱粉としては、例えば、米粉、新粉、餅粉、上新粉、小麦粉、デキストリン、コーンスターチ、ポテトスターチ、甘藷澱粉、タピオカ澱粉、馬鈴薯澱粉等の澱粉を例示することができる。また、エステル化澱粉、酵素変性デキストリン、可溶性澱粉、アルファー化澱粉等の化工澱粉であってもよい。最終製品は、上記澱粉原料を成分とする加工食品であって、例えば、おかき、せんべい、おこし、まんじゅう、求肥、飴等の和菓子、クッキー、ビスケッット、クラッカー、パイ、スポンジケーキ、カステラ、ドーナッツ、ワッフル、クリーム、バタークリーム、シュークリーム、チョコレート、チョコレート菓子、キャラッメル、キャンデー、ゼリー、ホットケーキ等の洋菓子、食パン、フランスパン、クロワッサン等のパン類、ポテトチップス等のスナック菓子、フルーツヨーグルト、チーズ、バター等の乳製品、豆乳等の大豆加工食品、うどん、そば、ラーメン等の麺類、マーマレード、ジャム、コンサーブ、果実のシロップ漬、フラワーペーストなどのペースト類、餅類、米飯類、即席カレー、レトルトカレー等のカレー類、ケチャップ、マヨネーズ等の各調味料を例示することができる。さらに中間加工製品としては、上述した各最終製品の最終加工段階に移る前の形態であって、例えば菓子生地、パン生地、麺生地等を例示することができる。また、Brassica juncea種の植物が有する香りを活かすことのできる澱粉質食品には、Brassica juncea種の植物から、抽出物を得るときに、香り成分を除去せずにそのまま利用することで、澱粉老化防止と香りとの相乗効果を得ることもできる。
【0063】
なお、本発明に係る澱粉質食品の製造方法としては特に限定されず、例えば、従来公知の方法で澱粉質食品を製造した上で、本発明に係る氷結晶化阻害剤を添加してもよい。また、本発明に係る氷結晶化阻害剤に含まれるBrassica juncea種の植物の抽出物は、耐熱性を有するので、加熱する食品に添加する場合においても、加熱前に添加することが可能である。
【0064】
以下に実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。さらに、本発明は上述した実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、それぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された特許文献及び非特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【実施例】
【0065】
<実施例1:Brassica junceaからの氷結晶化阻害物質を含む抽出物の調製>
2.5Lの蒸留水に市販のBrassica juncea(中野農園製、品名:マスタード芽) 770gを入れて、105℃で1時間熱水処理した。濾紙(アドバンテック社製)を用いて、濾別した後、回収した濾液を限外濾過濃縮装置(アドバンテック社製、品番:UHP‐150)で減圧濃縮して、濃縮液を約200mL得た。これを10,000×g、10分間遠心分離して上清を回収した。この上清を氷結晶化阻害剤として以下の実施例で用いた(当該上清を以下の実施例・比較例において「抽出物」と表記する)。なお、この上清のタンパク質濃度をBCA法(BCAキット、ピアース社製)によって測定したところ、約4mg/mLであった。Brassica juncea 100g当たりのタンパク質収量を表1に示す。
【0066】
<比較例1>
Brassica junceaの代わりに市販のカイワレ大根(村上農園製)200gを用い、蒸留水の量を650mLとした以外は、実施例1と同じ操作を行ない、濃縮液20mLを得た(得られた濃縮液を以下「抽出物」と表記することもある)。タンパク質濃度は2mg/mLであった。カイワレ大根100g当たりのタンパク質収量を表1に示す。
【0067】
【表1】

【0068】
表1に示すように、Brassica junceaからは、カイワレ大根に比較して約5倍量のタンパク質が得られた。収量の観点から、氷結晶化阻害剤の原料としてBrassica junceaが優れていることは明らかである。
【0069】
<実施例2:氷結晶化阻害活性の測定>
温度制御が可能な光学顕微鏡(OLYMPUS社製、BX50;LINKAM社製、LK‐600PM)のガラスシャーレを20℃に保ち、その上に、実施例1で得た抽出物をタンパク質濃度が1mg/mLになるように蒸留水で調製した溶液を1μL載せて、100℃/minの速度で−40℃まで冷却した。その後、100℃/minの速度で−0.5℃にして、さらに10℃/minの速度で温度を上昇させて氷の結晶を溶かして、結晶を単一にした。次に、温度を低下させて、氷を再結晶化させて、画像を取り込み、形態学的な活性を確認した。この結果を図1に示す。図1は、Brassica junceaの抽出物の氷結晶化阻害活性を、当該抽出物を含む溶液中の氷結晶を観察することで確認した結果を示す図である。なお、図1には、コントロールとして蒸留水を用いた結果を示している。即ち、図1において(a)はBrassica junceaの抽出物を用いた結果を示し、(b)は蒸留水を用いた結果を示す。
【0070】
図1に示すように、氷結晶の形態を制御する活性が確認された。このことから、Brassica junceaの抽出物には氷結晶化阻害物質が含まれることが確認された。
【0071】
<比較例2>
比較例1で得たカイワレ大根由来抽出物について、実施例2と同じ方法で、1mg/mL濃度に調製して氷結晶化阻害活性を測定した。その結果、氷結晶化阻害活性は確認されなかった(図示せず)。カイワレ大根由来抽出物は氷結晶化阻害活性を有することが知られているが、本比較例において測定した濃度では活性を示さなかったものと考えられる。
【0072】
このことから、Brassica junceaは、植物体の単位重量あたりから得られる抽出物が有する氷結晶化阻害活性が優れていることが示された。つまり、Brassica junceaとカイワレ大根とでは、氷結晶化阻害活性の比活性の観点からも、氷結晶化阻害剤の原料としてBrassica junceaが優れていることは明らかである。
【0073】
<実施例3:氷結晶化阻害活性の確認2>
60%(w/v)のショ糖溶液と、実施例1で得た抽出物とを1:1(v/v)の割合で混合した混合物をカバーガラスで挟み込んだ。実施例2に記載の光学顕微鏡を用いて、ガラスシャーレを20℃に保ち、その上に当該混合物を1μL乗せて、100℃/minの速度で−40℃まで冷却した。次に、100℃/minの速度で−6℃まで温度を上げて、氷結晶を溶かした。−6℃になった時を0分として、その後、光学顕微鏡をそのままの状態に保ち、30分後の画像を取り込み、活性を評価した。この結果を図2に示す。図2は、Brassica junceaの抽出物の氷結晶化阻害活性を、当該抽出物を含む溶液中の氷結晶を観察することで確認した結果を示す図である。なお、図2には、コントロールとして蒸留水を用いた結果を示している。即ち、図2において(a)はBrassica junceaの抽出物を用いた結果を示し、(b)は蒸留水を用いた結果を示す。
【0074】
図2に示す結果から、Brassica junceaの抽出物によって、氷の結晶が小さく保たれることが確認された。つまり、Brassica junceaの抽出物は、氷に対する結合作用により、優れた氷結晶化阻害活性を発揮することが確認された。
【0075】
<比較例3>
比較例1で得られたカイワレ大根由来抽出物について、実施例3と同じ方法で、1mg/mL濃度に調製して氷結晶化阻害活性を測定した。その結果、氷結晶化阻害活性は確認されなかった。カイワレ大根由来抽出物には氷結晶化阻害活性を有する事が知られているが、今回測定した濃度では活性を示さなかったと考えられる。このことから、氷結晶化阻害剤の原料としてBrassica junceaが優れていることは明らかである。
【0076】
<実施例4:抽出物の陰イオン交換クロマトグラフィーによる精製>
実施例1で得たBrassica junceaの抽出物を陰イオン交換カラム(Hiprep 16/10 DEAE FF、開始バッファー:10mM Tris−HCl、pH8.0)に通し、イオン交換体に吸着した物質をバッファー中のNaCl濃度を0〜1.0Mの範囲で連続的に上昇させることにより溶出し、各フラクションの280nmにおける吸光度を測定した。この結果を図3に示す。さらに、実施例3と同じ方法で、フラクション#16−20、#22−26、#29−38の氷結晶化阻害活性を測定した。この結果を図4に示す。図4中、(a)はフラクション#16−20の氷結晶化阻害活性を測定した結果を、(b)はフラクション#22−26の氷結晶化阻害活性を測定した結果を、(c)はフラクション#29−38の氷結晶化阻害活性を測定した結果を示す。図4に示すように、Brassica juncea抽出物の氷結晶化阻害物質はフラクション#22−26に存在することが分かった。
【0077】
<実施例5:冷凍米飯>
無洗米「あきたこまち」0.72L(4合)に対して、実施例1で得た抽出物を15mg(タンパク質量換算)混合した水道水750mLを加えて、1時間放置後、炊飯を行なった。なお、炊飯はIHジャー炊飯器を用いて行なった。炊飯終了後、容器に100g毎に小分けした。次に、小分けしたご飯を冷凍冷蔵庫中に−20℃で保存した。冷凍保存4週間後、電子レンジで解凍して得られた米飯を、外観、食感及び風味に関する官能評価(実施例5’)に用いた。
【0078】
<比較例4>
実施例1で得た抽出物を含まない水道水を使用した以外は実施例5と同じ方法で、炊飯及び冷凍保存を行なった。冷凍保存4週間後、実施例5と同じ方法で解凍して得られた米飯を、外観、食感及び風味に関する官能評価(実施例5’)に用いた。
【0079】
<比較例5>
実施例1で得た抽出物を含まない水道水を使用した以外は実施例5と同じ方法で炊飯を行なった。炊飯後、冷凍保存せずに、外観、食感及び風味に関する官能評価(実施例5’)に用いた。
【0080】
<実施例5’:冷凍米飯の官能評価>
実施例5及び比較例4で得た解凍後のご飯並びに比較例5で得た炊飯後のご飯の、外観、食感及び風味についてパネル5名により官能評価を行なった。結果を表2に示す。
【0081】
【表2】

【0082】
本官能評価では、外観(透明感、てり、つや)については比較例5を3点として、相対的に1(劣る)〜3(比較例5と同等)〜5(優る)と評価して、表2には平均値を示した。食感(噛み応え、粘り気、もっちり感)については比較例5を3点として、相対的に1(劣る)〜3(比較例5と同等)〜5(優る)と評価して、表2には平均値を示した。風味(ご飯特有の甘味)については比較例5を3点として、相対的に1(弱い)〜3(比較例5と同等)〜5(強い)と評価して、表2には平均値を示した。
【0083】
表2に示すように、官能評価の結果、実施例5のご飯は、炊きたてのご飯である比較例5と同等の外観、食感及び風味を有していると評価された。また、5名全員が、実施例5のご飯は比較例4のご飯より良好な外観、食感及び風味を有すると評価した。この結果から、本発明に係る氷結晶化阻害剤を炊飯時に添加すると、冷凍及び解凍後の米飯の風味及び食感を良好に維持する効果が得られることは明らかである。
【0084】
<実施例6:澱粉の糊化度測定>
〔試薬〕
本実施例で用いた試薬は以下の通りである:
酵素溶液:β−アミラーゼ0.21IU、プルラナーゼ0.85IUを1mlの0.8M 酢酸緩衝液(pH6.0)に溶解した。用時調製。
β‐アミラーゼ:大豆起源(ナガセ生化学工業株式会社製)。
プルラナーゼ:Klebsiella pneumoniae(Aerobacter aerogenes)起源(林原生物化学研究所製)。
ferricyanide試薬:K‐ferricyanide(KFe(CN))8.25g、無水炭酸ナトリウム10.6gを、1Lの蒸留水に溶解した。
沃度カリ‐硫酸亜鉛液:沃度カリウム12.5g、硫酸亜鉛25g、食塩125gを蒸留水に溶解して全量を500mLとした。これを濾過して使用した。
2N酢酸液:氷酢酸5mlを蒸留水で100mLに希釈して使用した。
N/100チオ硫酸ソーダ液:Na5HO 2.48gを蒸留水に溶解して全量を1Lにした。
【0085】
〔全糖の測定方法〕
本実施例では、次に示すフェノール硫酸法により全糖の測定を行なった。
【0086】
全糖の測定対象の試料を含む溶液0.2mLを試験管に採り、5%フェノール溶液0.2mLを加えて混合した後、濃硫酸1mlを液面にたたきつけるように注入して、反応させた。10分間放置後、撹拌して、さらに20分間放置後、490nmにおける吸光度を測定した。併せて、50、100、150μL/mLのマルトース溶液で検量線を作成して、試料溶液1mL当たりマルトース量を算出した。
【0087】
〔還元糖の測定方法〕
本実施例では、次に示すアルカリフェリシアン化法により還元糖の測定を行なった。
【0088】
還元糖の測定対象の試料を含む溶液1mL及びferricyanide試薬1mLを試験管にとり、キャップをして沸騰水浴中で15分間保持した。流水で冷却後、沃度カリ−硫酸亜鉛液1mL及び酢酸液0.6mLを速やかに加え、直ちにN/100チオ硫酸ソーダで滴定した。測定は全て三連で行ない、その平均値を測定値とした。
【0089】
〔糊化度測定の操作〕
冷凍させた後の保存日数を0、1、3、7、14日とした以外は、実施例5と同じ方法で得た冷凍米飯を、3回アルコール脱水して、次に、アセトン処理することで、粉末サンプルとした。粉末サンプルに100倍容量(v/w)の蒸留水を加えて、10分間超音波処理し懸濁した。10mL容のメスフラスコに、この懸濁液800μLを入れて、0.8M 酢酸ナトリウム緩衝液でメスアップして10mLとした後、1mLを取り、酵素溶液150μLを添加した。
【0090】
次に、アルカリフェリシアン化法により還元糖を定量(得られた数値をAとする)して、フェノール硫酸法により全糖量を定量(得られた数値をBとする)した。なお、コントロールとして、10分の煮沸による熱処理により失活させた酵素溶液を用いたものについてもアルカリフェリシアン化法により還元糖を定量(得られた数値をaとする)した。
【0091】
別の1本の10mL容メスフラスコに、懸濁液800μLを入れて、10N NaOH 80μLを添加して、50℃5分間温浴中で加熱後、2N 酢酸400μLで中和した。これを0.8M 酢酸ナトリウム緩衝液でメスアップして10mLとした後、1mLを取り、上記酵素溶液250μLを添加し、40℃で30分間酵素反応を行なった。次に、沸騰水浴中で5分間加熱した。加熱後の溶液についてアルカリフェリシアン化法により還元糖を定量し(得られた数値をA’とする)、フェノール硫酸法により全糖量を定量(得られた数値をB’とする)した。
【0092】
澱粉の糊化度は以下の式によって計算した:
澱粉の分解率(%)=還元糖/全糖=A(コントロールではa)/B、又はA’/B’;
澱粉の糊化度(%)=懸濁試料の分解率/アルカリ糊化試料の分解率。
【0093】
糊化度測定の結果を表3に示す。
【0094】
<比較例6>
実施例1で得た抽出物を用いず、冷凍させた後の保存日数を0、1、3、7、14日とした以外は実施例5と同じ方法で得た冷凍米飯を用いて、実施例6に記載の糊化度測定を行なった。結果を表3に示す。
【0095】
【表3】

【0096】
表3に示すように、コントロールの米飯は冷凍日数が増すにつれて糊化度が急激に低下し、14日冷凍後では約30%であるのに対し、Brassica junceaの抽出物を添加した米飯は、14日冷凍後も約70%の糊化度を有していた。Brassica junceaの抽出物が澱粉の老化防止に有効であることが確認された。
【0097】
<実施例7:冷凍米飯の白ロウ化>
実施例5と同様に、炊飯して、炊飯終了後、容器に100g毎に小分けして、冷凍保存を行なった。冷凍保存4週間後、室温で自然解凍したご飯の白ロウ化について評価した(白ロウ化の評価については実施例7’に記載)。
【0098】
<比較例7>
比較例4と同様に、炊飯して、炊飯終了後、容器に100g毎に小分けして、冷凍保存を行なった。冷凍保存4週間後、室温で自然解凍したご飯の白ロウ化について評価した。
【0099】
<実施例7’:白ロウ評価>
実施例7及び比較例7で得られたご飯の白ロウ化についてパネル5名による目視評価を行なった。その結果、5名全員が、実施例7のご飯の白ロウ化は認められないが、比較例7のご飯では白ロウ化が認められると評価した。この結果から、本発明に係る氷結晶化阻害剤を炊飯時に添加して炊飯することで、冷凍保存後のご飯の白ロウ化を防ぐことができることは明らかである。
【0100】
<実施例8:冷凍ピザ生地>
強力粉125g及び薄力粉125gをボールにふるい入れ、ドライイースト6g、実施例1で得た抽出物2.5mg(タンパク質量換算)を含む水道水(40℃)130mLを加えた。
【0101】
次に、塩6g及びオリーブオイル10mLを加えて、全体が均一になじむまで混ぜ合わせ、表面が滑らかになり、耳たぶの固さになるまで捏ねる。次に、ラップをかけ40℃で1時間醗酵させ、発酵後の生地を3分割した。それぞれの生地を天板上で丸く延ばし、ラップを掛け再び40℃で1時間醗酵させた。発酵後、容器に入れて、冷凍冷蔵庫中に−20℃で保存した。冷凍保存4週間後、室温に3時間静置して解凍し、200℃、5分間オーブンで焼いて得たピザ生地を、外観、食感及び風味に関する官能評価(実施例8’)に用いた。
【0102】
<比較例8>
実施例1で得た抽出物を含まない水道水を使用した以外は、実施例8と同じ方法でピザ生地を作り、冷凍保存を行なった。冷凍保存4週間後、実施例8と同じ方法で解凍して焼いて得たピザ生地を、外観、食感及び風味に関する官能評価(実施例8’)に用いた。
【0103】
<比較例9>
実施例1で得た抽出物を含まない水道水を使用した以外は、実施例8と同じ方法でピザ生地を作り、冷凍保存せずに実施例8と同じ方法で焼いて得られたピザ生地を、外観、食感及び風味に関する官能評価(実施例8’)に用いた。
【0104】
<実施例8’:冷凍ピザ生地の官能評価>
実施例8、比較例8及び比較例9で得られたピザ生地について、外観、食感及び風味についてパネル5名により官能評価を行なった。結果を表4に示す。
【0105】
【表4】

【0106】
本官能評価では、外観(ふくらみ方)については比較例9を3点とし、相対的に1(少ない)〜3(比較例9と同等)〜5(多い)と評価して、表4には平均値を示した。食感(サックリ感)については、比較例9を3点とし、相対的に1(悪い)〜3(比較例9と同等)〜5(良い)と評価して、表4には平均値を示した。風味(香り)については比較例9を3点とし、相対的に1(劣る)〜3(比較例9と同等)〜5(優る)と評価して、表4には平均値を示した。
【0107】
表4に示すように、官能評価の結果、実施例8のピザ生地は比較例9と同等の風味および食感であると評価された。また、5名全員が、実施例8のピザ生地は、比較例8のピザ生地より良好な外観、食感及び風味を有すると評価した。この結果から、本発明に係る氷結晶化阻害剤をピザ生地の製造時に混合することで、冷凍及び解凍後のピザ生地の外観、食感及び風味を良好に維持する効果が得られることは明らかである。
【0108】
<実施例9:冷凍卵黄>
市販のタマゴから卵黄を取り出し、ゴム製のヘラを用いて目開き500μmのふるいで濾し通した。得られた卵黄400gに実施例1で得た抽出物20mg(タンパク質量換算)を加え、均一に分散させた。次に、容量125ml広口円筒容器に100g毎に分注し、冷凍冷蔵庫中に−20℃で保存した。冷凍保存後、室温で解凍し、B型粘度計(株式会社トキメック製社製、BM形)を用い卵黄の粘度を測定した。結果を表5に示す。
【0109】
<比較例10>
実施例1で得た抽出物を加えない以外は、実施例9と同じ方法で冷凍保存及び解凍を行ない、粘度を測定した。結果を表5に示す。
【0110】
【表5】

【0111】
表5に示すように、粘度測定の結果、比較例10の卵黄は冷凍保存日数5日で粘度が高く測定不能であったのに対し、実施例9の卵黄は粘度の上昇は認められるが、冷凍保存日数7日でも十分な流動性を示した。これらの結果より、卵黄を冷凍する時に本発明に係る氷結晶化阻害剤を添加することにより、優れた粘度上昇抑制効果を得られることは明らかである。
【0112】
<実施例10:冷凍枝豆の品質劣化抑制>
市販の枝豆300gを流水で洗い、両端をハサミで切り落とし、塩10gをふりかけて塩もみを行なった。実施例1で得た抽出物50mg(タンパク質量換算)を含む水道水1リットルに塩30gを加え、沸騰させ、塩が付いたままの枝豆を入れ、3分30秒間茹でた。茹で終わった枝豆をザルに取り、うちわで扇いで荒熱を取り、容器に100g毎に小分けした。小分けした枝豆を冷凍冷蔵庫中に入れて、−20℃で保存した。冷凍保存4週間後、電子レンジで解凍して得られた枝豆を、外観及び食感に関する官能評価(実施例10’)に用いた。
【0113】
<比較例11>
氷結晶化阻害剤を含まない水道水を使用した以外は実施例10と同じ方法で枝豆を茹で、冷凍保存を行なった。冷凍保存4週間後、実施例10と同じ方法で解凍して得られた枝豆を、外観及び食感に関する官能評価(実施例10’)に用いた。
【0114】
<比較例12>
氷結晶化阻害剤を含まない水道水を使用した以外は実施例10と同じ方法で枝豆を茹でた。枝豆を茹でた後、冷凍保存せずに、外観及び食感に関する官能評価(実施例10’)に用いた。
【0115】
<実施例10’:冷凍枝豆の官能評価>
実施例10、比較例11及び比較例12で得られた枝豆について、外観及び食感についてパネル5名により官能評価を行なった。結果を表6に示す。
【0116】
【表6】

【0117】
本官能評価では、外観については比較例12を3点とし、相対的に1(茶色がかった緑色)〜3(比較例12と同等)〜5(濃い緑色)と評価して、表6には平均値を示した。食感については歯ごたえ及びみずみずしさについて評価した。具体的には、歯ごたえについては比較例12を3点とし、相対的に1(柔らかい)〜3(比較例12と同等)〜5(硬い)と評価して、表6には平均値を示した。みずみずしさについては比較例12を3点とし、相対的に1(劣る)〜3(比較例12と同等)〜5(優る)と評価して、表6には平均値を示した。
【0118】
表6に示すように、官能評価の結果、実施例10の枝豆は、茹でたての枝豆である比較例12と同等の食感であると評価された。また、5名全員が、実施例10の枝豆は比較例11の枝豆より良好な外観及び食感を有すると評価した。この結果より、枝豆を茹でる時に氷結晶化阻害剤を添加することで、冷凍及び解凍後の枝豆の外観及び食感を維持する効果が得られることは明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明に係る氷結晶化阻害剤によれば、食品に含まれる澱粉の老化を抑制することができるので、食品産業等において好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0120】
【図1】Brassica junceaの抽出物の氷結晶化阻害活性を、当該抽出物を含む溶液中の氷結晶を観察することで確認した結果を示す図である。
【図2】Brassica junceaの抽出物の氷結晶化阻害活性を、当該抽出物を含む溶液中の氷結晶を観察することで確認した結果を示す図である。
【図3】実施例1で得たBrassica junceaの抽出物を陰イオン交換クロマトグラフィーにより溶出した結果を示す図である。
【図4】実施例1で得たBrassica junceaの抽出物を陰イオン交換クロマトグラフィーにより溶出して得られた各フラクションについて、氷結晶化阻害活性を調べた結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Brassica juncea種の植物の抽出物を含むことを特徴とする氷結晶化阻害剤。
【請求項2】
上記Brassica juncea種の植物が、Brassica junceaであることを特徴とする請求項1に記載の氷結晶化阻害剤。
【請求項3】
上記抽出物が、Brassica juncea種の植物から、水及び/又は有機溶媒を用いて抽出されたものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の氷結晶化阻害剤。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の氷結晶化阻害剤を含むことを特徴とする澱粉老化防止剤。
【請求項5】
加熱加工する食品において、加熱加工前に添加可能であることを特徴とする請求項4に記載の澱粉老化防止剤。
【請求項6】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の氷結晶化阻害剤を含むことを特徴とする澱粉質食品。
【請求項7】
Brassica juncea種の植物から、水及び/又は有機溶媒を用いて抽出する工程を含むことを特徴とする氷結晶化阻害剤の製造方法。

【図3】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−131246(P2009−131246A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−272833(P2008−272833)
【出願日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【出願人】(399030060)学校法人 関西大学 (208)
【Fターム(参考)】