説明

深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板並びにその製造方法

【課題】深絞り性が良好で、かつ耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板並びにその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.01〜0.035%、Si:0.01〜0.3%、Mn:2.0〜3.0%、P:0.005〜0.04%、S:0.01%以下、Al:0.005%〜0.1%、N:0.01%以下、Nb:0.04〜0.3%、Ti:0.1%以下を含有し、0.010%≦C−(12/93)Nb−(12/48)Ti*、Ti*=Ti−3.4Nの関係を有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、AIが30MPa以下でBH−AIが50MPa以上である、深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動車用鋼板等の使途に有用な、引張強度(TS)が440MPa以上の高強度でかつ高r値(r値≧1.2)を有する深絞り性に優れた高強度鋼板について耐時効性と焼き付け硬化性を向上させた高強度鋼板を提供しようとするものであり、また、その製造方法を提供しようとするものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保全の観点から、CO2の排出量を規制するため、自動車の燃費改善が要求されている。加えて、衝突時に乗員の安全を確保するため、自動車車体の衝突特性を中心にした安全性向上も要求されている。このように、自動車車体の軽量化および自動車車体の強化が積極的に進められている。
自動車車体の軽量化と強化を同時に満たすには、剛性に問題とならない範囲で部品素材を高強度化し、板厚を減することによる軽量化が効果的であると言われており、最近では高張力鋼板が自動車部品に積極的に使用されている。

軽量化効果は使用する鋼板が高強度であるほど大きくなるため、自動車業界では、例えば内板および外板用のパネル用材料として引張強度(TS)440MPa以上の鋼板を使用する動向にある。また、外板パネルでは、耐デント性が要求され、これは成形して塗装焼付け後の強度が高いものが良いとされており、特に高いBH性が好まれる。しかし、時効しやすい材料では、材料の降伏現象に関係するストレチャーストレインが発生するため、高いBH性とともに遅時効性も同時に必要である。
【0003】
一方、鋼板を素材とする自動車部品の多くは、プレス加工によって成形されるため、自動車用鋼板には優れたプレス成形性を有していることが必要とされる。しかしながら、BH性を高めた高強度鋼板は、通常の軟鋼板に比べて成形性、特に深絞り性は大きく劣化するため、自動車の軽量化を進める上での課題として、TS≧440MPaでしかも良好な深絞り成形性を兼ね備える鋼板の要求が高まっており、深絞り性の評価指標であるランクフォード値(以下、r値)で、平均r値≧1.2の高強度鋼板が要求されている。
高r値を有しながら高強度化する手段としては、極低炭素鋼板にTi、Nbを固溶炭素、固溶窒素を固着する量添加し、IF化(Interstitial free)した鋼をベースとして、これにSi、Mn、Pなどの固溶強化元素を添加する手法(例えば、特許文献1参照)がある。
【特許文献1】特開昭56−139654号公報
【0004】
特許文献1は、C:0.002〜0.015%、Nb:C%×3〜C%×8+0.020%、Si:1.2%、Mn:0.04〜0.8%、P:0.03〜0.10%の組成を有する、引張強さ35〜45kg/mm2級(340〜440MPa級)の非時効性を有する成形性の優れた高張力冷延鋼板に関する技術である。
しかしながら、このような極低炭素鋼を素材とする技術では、引張強度が≧440MPaの鋼板を製造しようとすると、合金元素添加量が多くなり、表面外観上の問題や、めっき性の劣化、2次加工脆性の顕在化などの問題が生じてくることがわかってきた。また、多量に固溶強化成分を添加すると、r値が劣化するので、高強度化を図るほどr値の水準は低下してしまう問題があった。

また、デント性を確保するためのBH性は低いという問題がある。
【0005】
鋼板の高強度化の方法として、前述のような固溶強化以外に、組織強化法がある。例えば、軟質なフェライトと硬質のマルテンサイトからなる複合組織鋼板であるDP(Dual-Phase)鋼板がある。 DP鋼板は、一般的に延性については概ね良好であり優れた強度-延性バランス(TS×El)を有し、さらに降伏比が低い、すなわち引張強さの割に降伏応力が低く、プレス成形時の形状凍結性に優れるという特徴があるが、r値が低く深絞り性に劣る。これは結晶方位的にr値に寄与しないマルテンサイトが存在することの他、マルテンサイト形成に必須である固溶Cは高r値化に有効な{111}再結晶集合組織の形成を阻害するからと言われている。
このような複合組織鋼板のr値を改善する試みとして、例えば、特許文献2あるいは特許文献3の技術がある。
【特許文献2】特公昭55−10650号公報
【特許文献3】特開昭55−100934号公報
【0006】
特許文献2の技術では、冷間圧延後再結晶温度〜Ac3変態点の温度で箱焼鈍を行い、その後、複合組織とするため700〜800℃に加熱した後、焼入焼戻しを行う技術が開示されている。しかしながら、この方法では、連続焼鈍時に焼入焼戻しを行うため、製造コストが問題となる。また箱焼鈍の場合処理時間や効率の面から、連続焼鈍に劣る。
【0007】
特許文献3の技術は、高r値を得るために冷間圧延後、まず箱焼鈍を行い、このときの温度をフェライト(α)−オーステナイト(γ)の2相域とし、その後連続焼鈍を行うものである。この技術では、箱焼鈍の均熱時にα相からγ相にMnを濃化させる。このMn濃化相はその後の連続焼鈍時に優先的にγ相となり、ガスジェット程度の冷却速度でも混合組織が得られるものである。しかしながら、この方法では、Mn濃化のため比較的高温で長時間の箱焼鈍が必要であり、そのため鋼板間の密着の多発、テンパーカラーの発生および炉体インナーカバーの寿命低下など製造工程上多くの問題がある。
【0008】
また、C:0.003〜0.03%、Si:0.2〜1%、Mn:0.3〜1.5%、Ti:0.02〜0.2%(ただし(有効Ti)/(C+N)の原子濃度比を0.4〜0.8)含有する鋼を、熱間圧延し、冷間圧延した後、所定温度に加熱後急冷する連続焼鈍を施すことを特徴とする深絞り性及び形状凍結性に優れた複合組織型高張力冷延鋼板の製造方法の技術(特許文献4参照)がある。この技術には、質量%で、0.012%C-0.32%Si-0.53%Mn-0.03%P-0.051%Tiの組成の鋼を冷間圧延後α-γの2相域である870℃に加熱後、100℃/sの平均冷却速度で冷却することにより、r値=1.61、TS=482MPaの複合組織型冷延鋼板が製造可能である技術が開示されている。しかし、100℃/sという高い冷却速度を得るには水焼入設備が必要となる他、水焼入した鋼板は表面処理性の問題が顕在化するため、製造設備上および材質上の問題がある。
【特許文献4】特公平1−35900号公報
【0009】
さらに、特許文献5には、C含有量との関係でV含有量の適正化を図ることで複合組織鋼板のr値を改善する技術が開示されている。これは再結晶焼鈍前には鋼中のCをV系炭化物で析出させて固溶Cを極力低減させて高r値を図り、引き続きα-γの2相域で加熱することによりV系炭化物を溶解させてγ中にCを濃化させてその後の冷却過程でマルテンサイトを生成させるものである。しかしながら、VCなどの影響により延性が劣るという問題があった。

【特許文献5】特開2002−226941号公報
【0010】
また、深絞り性に優れた高度鋼板およびその製造方法の技術として、特許文献6の技術がある。この技術は、所定のC量を含有し、平均r値が1.3以上、かつ組織中にベイナイト、マルテンサイト、オーステナイトのうち1種類以上を合計で3%以上有する高強度鋼板を得るものであり、製造方法としては、冷間圧延の圧下率を30〜95%とし、次いでAlとNのクラスターや析出物を形成することによって集合組織を発達させてr値を高めるための焼鈍と、引き続き組織中にベイナイト、マルテンサイト、オーステナイトのうち1種類以上を合計で3%以上有するようにするための熱処理を行うことを特徴とするものである。この方法では冷延後、良好なr値を得るための焼鈍と、組織を作り込むための熱処理をそれぞれ必要としており、さらに焼鈍工程ではその保持時間が1時間以上という長時間保持を必要としており、工程的(時間的)に生産性が悪いという問題がある。さらに、得られる組織の第2相分率が比較的高く、これでは実際優れた強度延性バランスを安定的に確保することは困難である。
【特許文献6】特開2003−64444号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
深絞り性に優れる(軟)鋼板を高強度化するにあたり、従来検討されてきた固溶強化による高強度化の方法には、多量の或いは過剰な合金成分の添加が必要であり、これはコスト的にも工程的にも、またr値の向上、BH性や遅時効性の向上にも課題を抱えるものであった。
この発明は、このような従来技術の問題点を有利に解決し、深絞り性が良好で、かつ耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板並びにその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、上記のような課題を解決すべく鋭意検討を進めたところ、CとNb、Mn量を最適化した低炭素鋼板で、焼鈍時の加熱速度制御し、再結晶を調整することで、平均r値が1.2以上で深絞り性に優れ、高いBH性と遅時効性を兼ね備えた高強度鋼板を得ることに成功した。
本発明は、上記の課題を解決するために、以下の手段を採用する。
(1)質量%で
C:0.01〜0.035%
Si:0.01〜0.3%
Mn:2.0〜3.0%
P:0.005〜0.04%
S:0.01%以下
Al:0.005%〜0.1%
N:0.01%以下
Nb:0.04〜0.3%
Ti:0.1%以下
を含有し、
0.010%≦C−(12/93)Nb−(12/48)Ti*
Ti*=Ti−3.4N
の関係を有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、
AIが30MPa以下でBH−AIが50MPa以上であることを特徴とする、深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板である。
(2)さらに、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.02〜0.5%を一種以上含有することを特徴とする、前記(1)の深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板である。
(3)鋼組織が、面積率で50%以上のフェライト相と、面積率で1%以上のマルテンサイト相を含むことを特徴とする、前記(1)又は(2)の深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板である。
(4)引張強さが440MPa以上で、平均r値が1.2以上であることを特徴とする、前記(1)〜(3)のいずれか一項の深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板である。
(5)鋼板表面にメッキ層が形成されていることを特徴とする、前記(1)〜(4)のいずれか一項の深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板である。
(6)質量%で
C:0.01〜0.035%
Si:0.01〜0.3%
Mn:2.0〜3.0%
P:0.005〜0.04%
S:0.01%以下
Al:0.005%〜0.1%
N:0.01%以下
Nb:0.04〜0.3%
Ti:0.1%以下
を含有し、
0.010%≦C−(12/93)Nb−(12/48)Ti*
Ti*=Ti−3.4N
の関係を有し、残部が鉄および不可避的不純物からなるスラブを熱間圧延にて仕上圧延出側温度:800℃以上とする仕上圧延を施し、500℃以上680℃以下で巻き取り、コイル冷却した熱延板とする熱間圧延工程と、該熱延板に酸洗および冷間圧延を施し冷延板とする冷間圧延工程と、該冷延板に、600℃から750℃までの温度域の平均昇温速度を5℃/s以上30℃/s以下として、焼鈍温度:800℃以上900℃以下で焼鈍をおこない、次いで焼鈍温度から500℃までの温度域の平均冷却速度:5℃/s以上として冷却する冷延板焼鈍工程を順次施し、AIが30MPa以下でBH−AIが50MPa以上の鋼板を製造することを特徴とする、深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板の製造方法である。
(7)前記スラブが、さらに、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.02〜0.5%を一種以上含有することを特徴とする、前記(6)の深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板の製造方法である。
(8)前記冷延板焼鈍工程の後に、溶融めっき処理を施すことを特徴とする、前記(6)又は(7)の深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板の製造方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、C含有量が0.01〜0.035wt%の範囲において、従来の極低炭素IF鋼のように深絞り性に悪影響をおよぼす固溶Cの低減を徹底せずに、マルテンサイト形成に必要な程度の固溶Cを残存させた状態下にもかかわらず{111}再結晶集合組織を発達させて平均r値≧1.2を確保して良好な深絞り性を有するとともに、焼鈍段階の加熱過程で再結晶温度域を調整し、非常に微細なフェライト相と、マルテンサイトを含む第2相からなる鋼組織とすることでTS440MPa以上の高強度化と、深絞り性、高BH性、遅時効性を達成したものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
従来軟鋼板においては、高r値化、すなわち{111}再結晶集合組織を発達させるためには、冷間圧延および再結晶前の固溶Cを極力低減することや熱延板組織を微細化することなどが有効な手段とされてきた。一方、前述のようなDP鋼板では、マルテンサイト形成に必要な固溶Cを必要とするため母相の再結晶集合組織が発達せずr値が低かった。しかしながら、本発明では、{111}再結晶集合組織発達と、マルテンサイト形成を可能にする絶妙の好成分範囲が存在することを新たに見出した。すなわち、従来のDP鋼板(低炭素鋼レベル)よりもC量を低減し、しかしながら極低炭素鋼に比べてC量が多いという、0.01〜0.035%のC含有量に加え、このC量に合わせて適切なNb添加を行うこと、さらにMn添加量を2%以上とすることで変態点を低下させ、再結晶温度と変態温度をあわせることで、フェライトをマルテンサイトを含む微細組織とすることで、焼鈍後の{111}再結晶集合組織発達と、高いBH性と低AI特性を満足できることを新たに見出した。
【0015】
従来知られているように、Nbは再結晶遅延効果があるため、熱延時の仕上温度を適切に制御することで熱延板組織を微細化することが可能であり、さらに鋼中においてNbは高い炭化物形成能を有している。本発明では特に、熱延仕上温度を変態点直上の適切な範囲にして熱延板組織を微細化する以外に、熱延後のコイル巻取処理温度も適切にすることで熱延板中にNbCを析出させ、冷延前および再結晶前の固溶Cの低減を図っている。ここで、Nb量をCとの原子比でNb/C=0.2〜0.7とすることで、敢えてNbCとして析出しないCを存在させている。従来このようなCの存在が{111}再結晶集合組織の発達を阻害するとされてきたが、本発明では全CをNbCとして析出固定せずマルテンサイト形成に必要な固溶Cが存在しながらも高r値化を達成できる。この理由は定かではないが、固溶Cの存在による{111}再結晶集合組織形成に対する負の要因よりも、熱延板組織の微細化に加え、マトリックス中に微細なNbCを析出させることで冷間圧延時に粒界近傍に歪を蓄積させ粒界からの{111}再結晶粒の発生を促進するという正の要因が大きいためと考えられる。さらに通常は析出しにくいCr炭化物を析出することで熱延板の固溶炭素を低減することでさらなる高r値化を見出した。そして、 NbC以外のC、その存在形態はおそらくセメンタイト系炭化物或いは固溶Cであると推測されるが、これらNbCとして固定されなかったCの存在することと、Cr炭化物の溶解により、焼鈍工程での二相域でオーステナイト中への固溶炭素量を確保し、その後の冷却時にマルテンサイトを形成可能とし高強度化にも成功したのである。
【0016】
また、C、Mn量による変態点の低下と、Nb量および加熱速度の調整による再結晶温度の上昇による焼鈍組織の微細化は、粒界面積を増大させ、粒界へのCの偏析量を増大させることで、高いBH性を得ることが可能である。また、微細組織での粒界へのCの偏析促進効果は、フェライト内部での固溶Cを低減することになり、低いAIを達成したと考えられる。さらに、マルテンサイトを含む第2相の存在は、同じ予歪み量を与えた場合でも、材料内部に発生する転位密度を増加させ、より高いBH特性を達成したと考えられる。
【0017】
以下に、本発明をさらに詳細に説明する。
以下、特に断らない限り、元素の含有量は質量%で示している。
まず、本発明の鋼板の成分組成を限定した理由について説明する。
【0018】
C:0.01〜0.035%
Cは後述のNbとともに本発明における重要な元素である。Cは高強度化に有効であり、フェライトを主相としマルテンサイトを含む第2相を有する複合組織の形成を促進するので、本発明では複合組織形成の観点から0.01%以上含有する必要がある。一方、良好なr値を得るためには過剰な添加は好ましいものではないこと、さらに2回焼鈍する延性の向上効果を考慮して、上限を0.035%とする。より好ましくは、C含有量は0.03%以下とする。また炭素は、以下に述べるTi、Nbと安定な炭化物を形成するので、BH性を確保するためには
0.010%≦C−(12/93)Nb−(12/48)Ti*
に制御する必要がある。
【0019】
Si: 0.01〜0.3%
Siはフェライト変態を促進させ未変態オーステナイト中のC含有量を上昇させてフェライトとマルテンサイトの複合組織を形成させやすくする他、固溶強化の効果がある。上記効果を得るためには、Siは0.01%以上含有することが好ましく、より好ましくは0.05%以上含有する。一方Siを0.3%を超えて含有すると、変態点が上昇してしまい、焼鈍組織が微細化しにくいため高BH、低AIが達成できなくなる。また、熱延時に赤スケールが発生するため、鋼板とした時の表面外観を悪くする。また溶融亜鉛を施す際にめっきの濡れ性を悪くしてめっきむらの発生を招き、めっき品質が劣化するので、Si含有量は0.3%以下、より好ましくは0.2%以下とすることが好ましい。
【0020】
Mn:2.0〜3.0%
Mnは、変態点を低下させ、後で述べるNbによる再結晶温度の上昇により、焼鈍板組織の微細化に有効な元素である。もちろん、高強度化に有効であるとともに、マルテンサイトが得られる臨界冷却速度を低くする作用があり焼鈍後の冷却時にマルテンサイト形成を促すため、要求される強度レベルおよび焼鈍後の冷却速度に応じて含有するのが好ましい。またMnはSによる熱間割れを防止するのに有効な元素でもある。このような観点からMnは2.0%以上含有する必要がある。より好ましくは2.2%以上含有させる。また一方で、過度の添加はr値および溶接性を劣化させるので3.0%を上限とする。
【0021】
P:0.005〜0.04%
Pは固溶強化の効果がある。しかしながら0.005%未満ではその効果が現れないだけでなく、製鋼工程に於いて脱りんコストの上昇を招く。したがって、Pは0.005%以上含有するものとした。より好ましくは0.01%以上含有する。一方0.04%を越える過剰な添加は、Pが粒界に偏析し、耐二次加工脆性および溶接性を劣化させる。また、溶融亜鉛めっき鋼板とする際には、溶融亜鉛めっき後の合金化処理時に、めっき層と鋼板の界面における鋼板からめっき層へのFeの拡散を抑制し、合金化処理性を劣化させる。そのため、高温での合金化処理が必要となり、得られるめっき層はパウダリング、チッピング等のめっき剥離が生じやすいものとなるため好ましくない。従ってPの含有量の上限を0.04%とした。
【0022】
S:0.01%以下
Sは不純物であり、熱間割れの原因になる他、鋼中で介在物として存在し鋼板の諸特性を劣化させるので、できるだけ低減することが好ましいが、0.01%までは許容できるため、0.01%以下とする。
【0023】
Al:0.005%〜0.1%以下
Alは鋼の脱酸元素として有用である他、固溶Nを固定して耐常温時効性を向上させる作用があるため、0.005%以上含有する。一方、0.1%を越える添加は高合金コストを招き、さらに表面欠陥を誘発するので、0.1%以下とする。
【0024】
N:0.01%以下
Nは多すぎると耐常温時効性を劣化させ、多量のAlやTi添加が必要となるため、できるだけ低減することが好ましく、上限を0.01%とする。
【0025】
Nb:0.04〜0.3%
Nbは本発明において最も重要な元素であり、熱延板組織の微細化および熱延板中にNbCとしてCを析出固定させる作用を有し、高r値化に寄与する元素である。また、再結晶温度を上昇させて焼鈍組織を微細化し、高BH、低AI特性を得ることができる。このような観点からNbは0.04%以上含有するのが好ましい。一方で、本発明では焼鈍後の冷却過程でマルテンサイトを形成させるための固溶Cを必要とするが、過剰のNb添加はこれを妨げることになるので、上限を0.3%とする。
【0026】
Ti:0.1%以下
TiもNbと同様の効果を有し、熱延板組織の微細化させること、熱延板中に炭化物としてCを析出固定させる作用を有し、高r値化に寄与する元素である。但し、熱延板の微細化効果はNbが大きいので、Nb添加鋼に対して、Tiを添加するのが良い。このような観点からTi、は0.005%以上含有するのが好ましい。一方で、本発明では焼鈍後の冷却過程でマルテンサイトを形成させるための固溶Cを必要とするが、Nb添加鋼にさらに、過剰のTi、添加はこれを妨げることになるので、上限を0.1%とする。
【0027】
Cr:0.1%〜1.0%
CrはMn同様マルテンサイトが得られる臨界冷却速度を遅くする作用をもち、焼鈍後の冷却時にマルテンサイト形成を促す元素であり、強度レベル向上に効果がある。これらの効果を得るためには、Crは0.1% 以上含有することが好ましい。しかしながら、過剰のCr添加はこれらの効果を必要以上に飽和するだけでなく、高合金コストを招くことから上限を1.0%とする。
【0028】
Mo:0.02〜0.5%
Moも、Mn同様マルテンサイトが得られる臨界冷却速度を遅くする作用をもち、焼鈍後の冷却時にマルテンサイト形成を促す元素であり、強度レベル向上に効果がある。これらの効果を得るためには、Moは0.02%以上含有することが好ましい。しかしながら、過剰のMo添加はこれらの効果を必要以上に飽和するだけでなく、高合金コストを招くことから上限を0.5%とする。
【0029】
以上が本発明の基本成分である。
また、本発明では上記した成分以外の残部は実質的に鉄および不可避的不純物の組成とすることが好ましい。
【0030】
なお、B、Ca、REM等を、通常の鋼組成範囲内であれば含有しても何ら問題はない。
例えば、Bは鋼の焼入性を向上する作用をもつ元素であり、必要に応じて含有できる。しかしその含有量が0.003%を越えるとその効果が飽和するため0.003%以下が好ましい。
【0031】
また、CaおよびREMは硫化物系介在物の形態を制御する作用をもち、これにより鋼板の諸特性の劣化を防止する。このような効果はCaおよびREMのうちから選ばれた1種または2種の含有量が合計で0.01%を越えると飽和するのでこれ以下とすることが好ましい。
【0032】
また、その他の不可避的不純物としては、例えばSb、Sn、Zn、Co等が挙げられ、これらの含有量の許容範囲としては、Sb:0.01%以下、Sn:0.1%以下、Zn:0.01%以下、Co:0.1%以下の範囲である。
【0033】
次に本発明の鋼板の鋼組織について、説明する。
(a)面積率で50%以上のフェライト相と、面積率で1%以上のマルテンサイト相を含む鋼組織
本発明の鋼板の組織は、面積率で50%以上のフェライト相と、面積率で1%以上のマルテンサイト相を含む複合組織鋼である。ここで、半分以上の面積率を占めるフェライト相の{111}再結晶集合組織を発達させたものであり、平均r値≧1.2を達成している。
良好な深絞り性を有し、引張強さ≧440MPaの鋼板とするために、面積率で50%以上のフェライト相と、面積率で1%以上のマルテンサイト相を含む鋼組織とする必要がある。フェライト相が少なくなり、面積率で50%未満となると、良好な深絞り性を確保することが困難となり、プレス成形性が低下する傾向がある。より好ましくは、フェライト相は面積率で70%以上とする。なお、複合組織の利点を利用するため、フェライト相は99%以下とするのが好ましい。なお、ここでフェライト相とは、ポリゴナルフェライト相や、オーステナイト相から変態した転位密度の高いベイニチックフェライト相を意味する。
また、本発明ではマルテンサイト相が存在することが必要であり、マルテンサイト相を面積率で1%以上含有する必要がある。マルテンサイト相が1%未満では良好な強度延性バランスを得ることが難しい。マルテンサイト相は、より好ましくは3%以上とする。
なお、上記したフェライト相、マルテンサイト相の他に、パーライト、ベイナイトあるいは残留γ相などを含んだ組織としてもよい。
【0034】
(b)平均r値が1.2以上
本発明の鋼板は、上記成分組成、組織を満足するとともに、平均r値≧1.2を満足するものである。
本発明では、上記成分組成に調整し、フェライト相とマルテンサイト相を含む鋼組織とするもので、初めて平均r値が1.2以上を達成することができた。
ここで平均r値とは、JIS Z 2254で求められる平均塑性ひずみ比を意味し、以下で求められる値である。
平均r値=(r0+2r45+r90)/4
0=試験片を板面の圧延方向に対し平行に採取し測定した塑性ひずみ比
45=試験片を板面の圧延方向に対し45°方向に採取し測定した塑性ひずみ比
90=試験片を板面の圧延方向に対し90°方向に採取し測定した塑性ひずみ比
【0035】
(c)AIが30MPa以下でBH−AIが50MPa以上
本発明では、高い耐デント性をともに遅時効性を兼ね備えた鋼板を有することを特徴とする。
耐デント性は、プレス成形して、塗装焼付け後の強度に関係し、特に、高いBH性が要求される。BH量は、一般的に、2%の引張予歪みをしたのち、170℃、20分の焼き付け相当処理を行い、再引張した時の降伏強度の上昇量で評価する。すなわち、熱処理後の上降伏点から、予歪み時の公称応力を差し引いた量で評価する。
また、時効性の評価としてはAIが用いられる。AIは7.5%予歪み後、100℃、30分の時効処理を行い、時効後の下降伏点と、予歪み時の公称応力との差で評価する。
【0036】
本発明の鋼板は、電気めっき、あるいは溶融亜鉛めっきなどの表面処理を施した、いわゆるめっき鋼板をも含むものである。めっきとは、純亜鉛の他、亜鉛を主成分として合金元素を添加した亜鉛系合金めっき、あるいはAlやAlを主成分として合金元素を添加したAl系合金めっきなど、従来鋼板表面に施されているめっき層も含む。
【0037】
次に、本発明鋼板の好ましい製造方法について説明する。
本発明の製造方法に用いられるスラブの組成は上述した鋼板の組成と同様であるので、鋼スラブの限定理由については省略する。
【0038】
本発明では、まず鋼スラブを熱間圧延にて仕上圧延出側温度:800℃以上とする仕上圧延を施す。
【0039】
本発明の製造方法で使用する鋼スラブは成分のマクロ偏析を防止すべく連続鋳造法製造することが望ましいが、造塊法や薄スラブ鋳造法で製造してもよい。また、鋼スラブを製造した後、いったん室温まで冷却し、その後再度加熱する従来法に加え、冷却せず温片のままで加熱炉に装入し熱間圧延する直送圧延、或いはわずかの保熱をおこなった後に直ちに熱間圧延する直送圧延・直接圧延などの省エネルギプロセスも問題なく適用できる。
スラブ加熱温度は、析出物を粗大化させることにより{111}再結晶集合組織を発達させて深絞り性を改善するため、低い方が望ましい。しかし加熱温度が1000℃未満では圧延荷重が増大し熱間圧延時におけるトラブル発生の危険性が増大するので、スラブ加熱温度は1000℃以上にすることが好ましい。なお、酸化重量の増加に伴うスケールロスの増大などから、スラブ加熱温度の上限は1300℃とすることが好適である。
【0040】
上記条件で加熱された鋼スラブに粗圧延および仕上げ圧延を行う熱間圧延を施す。ここで、鋼スラブは粗圧延によりシートバーとされる。なお、粗圧延の条件は特に規定する必要はなく、常法に従っておこなえばよい。また、スラブ加熱温度を低くし、かつ熱間圧延時のトラブルを防止するといった観点から、シートバーを加熱する所謂シートバーヒーターを活用することは有効な方法であることは言うまでもない。
次いで、シートバーを仕上げ圧延して熱延板とする。仕上圧延出側温度(FT)は800℃以上とする。これは冷間圧延および再結晶焼鈍後に優れた深絞り性が得られる微細な熱延板組織を得るためである。FTが800℃未満では組織が加工組織を有し冷延焼鈍後に{111}集合組織が発達しないだけでなく、熱間圧延時の圧延負荷が高くなる。一方FTが980℃を越えると組織が粗大化しこれもまた冷延焼鈍後の{111}再結晶集合組織の形成および発達を妨げ高r値が得られない。従ってFTは800℃以上とし、またFTは980℃以下にすることが好ましい。
また、熱間圧延時の圧延荷重を低減するため仕上圧延の一部または全部のパス間で潤滑圧延としてもよい。潤滑圧延を行うことは鋼板形状の均一化や材質の均質化の観点からも有効である。潤滑圧延の際の摩擦係数は0.10〜0.25の範囲とするのが好ましい。さらに、相前後するシートバー同士を接合し、連続的に仕上圧延する連続圧延プロセスとすることも好ましい。連続圧延プロセスを適用することは熱間圧延の操業安定性の観点からも望ましい。
【0041】
圧延後500℃以上680℃以下で巻取る。
コイル巻取温度(CT)については、500℃以上680℃以下とする。この温度範囲が熱延板中にCr系析出物やNbCを析出させるのに好適な温度範囲であるとともに、特にCTが上限を越えると結晶粒が粗大化し強度低下を招くとともに、再結晶温度が低下してしまい、微細な焼鈍組織が得られない。
【0042】
次いで、該熱延板に酸洗および冷間圧延を施し冷延板とする冷間圧延工程を施す。酸洗は通常の条件にて行えばよい。冷間圧延条件は所望の寸法形状の冷延板とすることができればよく、特に限定されないが、冷間圧延時の圧下率は少なくとも40%以上とすることが好ましく、より望ましくは50%以上とする。高r値化には高冷延圧下率が一般に有効であり、圧下率が40%未満では{111}再結晶集合組織が発達せず、優れた深絞り性を得ることが困難となる。一方、この発明では冷間圧下率を90%までの範囲で高くするほどr値が上昇するが、90%を越えるとその効果が飽和するばかりでなく、圧延時のロールへの負荷も高まるため、上限を90%とすることが好ましい。
【0043】
次に、上記冷延板に、600℃から750℃までの温度域の平均昇温速度を5℃/s以上30℃/s以下として800℃以上900℃以下で焼鈍を行い、次いで500℃までの平均冷却速度:5℃/s以上として冷却する冷延板焼鈍工程を施す。
上記焼鈍は再結晶を完了させ、整粒組織とするために800℃以上の焼鈍が最低必要である。一方900℃を越える高温では著しく粗大化し、特性が著しく劣化するからである。
なお、加熱段階で600℃から750℃までの温度域の平均昇温速度を5℃/s以上30℃/s以下とする必要がある。5℃/s未満では再結晶が早く完了してしまい、高BH低AI特性が望めない。逆に30℃/sを超えると、再結晶前に変態現象があまりにも優先して進行してしまうため高r値化が望めない。そのため、600℃から750℃までの温度域の平均昇温速度を5℃/s以上30℃/s以下とする必要がある。
【0044】
上記焼鈍後の冷却速度はマルテンサイト形成の観点から、焼鈍温度から500℃までの温度域の平均冷却速度を5℃/s以上として冷却する必要がある。該温度域の平均冷却速度が5℃/s未満だとマルテンサイトが形成されにくくフェライト単相組織となり組織強化が不足することになる。本発明ではマルテンサイトを含む第2相の存在が必須であることから、500℃までの平均冷却速度が臨界冷却速度以上であることが必要であり、これを達成するためには概ね5℃/s以上とすることで満足される。逆に15℃/s以上では、複合組織なるものの、第2相分率が高くなって延性には好ましくない分布となる。このため、5℃/s以上15℃/s未満として冷却することが好ましい。500℃以下の冷却については、それまでの冷却によりγ相はある程度安定化するので、特に限定はしないが、引き続き、望ましくは300℃まで5℃/s以上の平均冷却速度で冷却することが好ましく、過時効処理を施す場合は、過時効処理温度までを平均冷却速度が5℃/s以上になるようにすることが好ましい。
【0045】
また、上記冷延板焼鈍工程の後に電気めっき処理、あるいは溶融めっき処理などのめっき処理を施し、鋼板表面にめっき層を形成しても良い。
例えば、めっき処理として、自動車用鋼板に多くもちいられる溶融亜鉛めっき処理を行う際には、上記焼鈍を連続溶融めっきラインにておこない、焼鈍後の冷却に引き続いて溶融亜鉛めっき浴に浸漬して、表面に溶融亜鉛めっき層を形成すればよく、或いはさらに合金化処理をおこない、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造してもよい。その場合、溶融めっきのポットから出た後、或いはさらに合金化処理した後の冷却においても、300℃までの平均冷却速度が5℃/s以上になるように冷却することが好ましい。
また、上記焼鈍後の冷却までを焼鈍ラインでおこない、一旦室温まで冷却した後、溶融亜鉛めっきラインにて溶融亜鉛めっきを施し、或いはさらに合金化処理をおこなっても良い。
ここで、めっき層は純亜鉛および亜鉛系合金めっきに限らず、AlやAl系合金めっきなど、従来、鋼板表面に施されている各種めっき層とすることも勿論可能である。
【0046】
また、冷延焼鈍板およびめっき鋼板には形状矯正、表面粗度等の調整の目的で調質圧延またはレベラー加工を施してもよい。調質圧延或いはレベラー加工の伸び率は合計で0.2〜15%の範囲内であることが好ましい。0.2%未満では形状矯正、粗度調整の所期の目的が達成できない、一方15%を越えると顕著な延性低下をもたらす。なお、調質圧延とレベラー加工では加工形式が相違するが、その効果は両者で大きな差がないことを確認している。調質圧延、レベラー加工はめっき処理後でも有効である。
【実施例】
【0047】
次に、本発明の実施例について説明する。
表1に示す組成の溶鋼を転炉で溶製し、連続鋳造法でスラブとした。これら鋼スラブを1250℃に加熱し粗圧延してシートバーとし、次いで表2に示す条件の仕上圧延を施す熱間圧延工程により熱延板とした。これらの熱延板を酸洗および圧下率65%の冷間圧延工程により冷延板とした。引き続きこれら冷延板に連続焼鈍ライン(No.15の鋼板については連続溶融亜鉛めっきライン)にて、表2に示す条件で連続焼鈍を行った。No.15の鋼板は焼鈍後にインラインで溶融亜鉛めっき(めっき浴温:480℃)を施した。さらに得られた冷延焼鈍板に伸び率0.5%の調質圧延を施した。
【0048】
得られた冷延焼鈍板について微視組織、引張特性、およびr値測定を調査した。調査方法は下記の通りである。
【0049】
(1)引張特性
各得られた冷延焼鈍板から圧延方向に対して90°方向(C方向)にJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠してクロスヘッド速度10mm/minで引張試験をおこない、降伏応力(YS)、引張強さ(TS)、伸び(El)を求めた。また、BH量は、一般的に、2%の引張予歪みをしたのち、170℃、20分の焼き付け相当処理を行い、熱処理後の上降伏点から、予歪み時の公称応力を差し引いた量で評価した。また、 AIは7.5%予歪み後、100℃、30分の時効処理を行い、時効後の下降伏点と、予歪み時の公称応力との差で評価した。
【0050】
(2)r値測定
各得られた冷延焼鈍板の圧延方向(L方向)、圧延方向に対し45°方向(D方向)、圧延方向に対し90°方向(C方向)からJIS5号引張試験片を採取した。これらの試験片に10%の単軸引張歪を付与した時の各試験片の幅歪と板厚歪を求め、JIS Z 2254の規定に準拠して平均r値(平均塑性歪比)を求め、これをr値とした。
【0051】
(3)微細組織の調査
組織は、ナイタールにて腐食後、SEMにて1000倍又は3000倍の写真を撮影し、ポイントカウント法により各相の面積率を評価した。
【0052】
【表1】

【0053】
【表2】

【0054】
表1、表2より明らかなとおり、C、Si、Mn、P、S、Al、N、Nb、Ti、(Mo、Cr)を所定量含有し、0.010%≦X、X=C−(12/93)Nb−(12/48)Ti*、Ti*=Ti−3.4Nを満たす鋼C、鋼L、鋼N(表1)を用い、所定の条件で製造した本発明例(No.3、No.15、No.17)の鋼板(表2)では、いずれもTS440MPa以上と平均r値1.2以上の高いr値を有し、高延性となっていると共に、AIが30MPa以下でBH−AIが50MPa以上であり、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れている。また、本発明の鋼板は、フェライト相の面積率が50%以上であり、マルテンサイト相の面積率が1%以上であった。これに対し、本発明の範囲を外れる条件で製造した比較例では、r値や延性が低下していたり、BH量があってもAIが高い鋼板となっている。すなわち、Mnの含有量が2.0%未満の鋼A、B、D、Eを用いた鋼板(No.1、No.2、No.7、No.8)、Siの含有量が0.3%を超え、Pの含有量が0.04%を超える鋼F〜Kを用いた鋼板(No.9〜No.14)では、AIが30MPaを超えBH−AIが50MPa未満である。また、鋼Dは、Mnの含有量が低いだけではなく、Xが0.010%未満であるから、鋼Dを用いた鋼板No.7では、上記のようにAIが30MPaを超えBH−AIが50MPa未満であるばかりでなく、強度もやや低い。Cの含有量が0.035%を超え、Siの含有量が0.3%を超え、Pの含有量が0.04%を超える鋼Mを用いた鋼板(No.16)では、AIが30MPaを超えBH−AIが50MPa未満である上に、平均r値も1.2未満である。化学成分を所定量含有した鋼Cを用いた場合でも、CTが680℃を超えている鋼板(No.4)、焼鈍温度が800℃未満の鋼板(No.5)、冷却速度が5℃未満の鋼板(No.6)では、AIが30MPaを超えBH−AIが50MPa未満である。また、焼鈍温度が800℃未満の鋼板(No.5)では、平均r値も1.2未満である。
以上のとおり、本発明においては、鋼の成分組成および製造条件を限定したことにより、AIが30MPa以下でBH−AIが50MPa以上という特性を達成することができたものである。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明によれば、TS440MPa以上で平均r値が1.2以上の高r値を有し、高BHで遅時効性する高強度鋼板を安価にかつ安定して製造することが可能となり産業上格段の効果を奏する。例えば本発明の高強度鋼板を自動車部品に適用した場合、これまでプレス成形が困難であった部位も高強度化が可能となり、自動車車体の衝突安全性や軽量化に十分寄与できるという効果がある。また自動車部品に限らず家電部品やパイプ用素材としても適用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:0.01〜0.035%
Si:0.01〜0.3%
Mn:2.0〜3.0%
P:0.005〜0.04%
S:0.01%以下
Al:0.005%〜0.1%
N:0.01%以下
Nb:0.04〜0.3%
Ti:0.1%以下
を含有し、
0.010%≦C−(12/93)Nb―(12/48)Ti*
Ti*=Ti−3.4N
の関係を有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、
AIが30MPa以下でBH−AIが50MPa以上であることを特徴とする、深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板。
【請求項2】
さらに、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.02〜0.5%を一種以上含有することを特徴とする、請求項1に記載の深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板。
【請求項3】
鋼組織が、面積率で50%以上のフェライト相と、面積率で1%以上のマルテンサイト相を含むことを特徴とする、請求項1又は2に記載の深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板。
【請求項4】
引張強さが440MPa以上で、平均r値が1.2以上であることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか一項に記載の深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板。
【請求項5】
鋼板表面にめっき層が形成されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板。
【請求項6】
質量%で
C:0.01〜0.035%
Si:0.01〜0.3%
Mn:2.0〜3.0%
P:0.005〜0.04%
S:0.01%以下
Al:0.005%〜0.1%
N:0.01%以下
Nb:0.04〜0.3%
Ti:0.1%以下
を含有し、
0.010%≦C−(12/93)Nb―(12/48)Ti*
Ti*=Ti−3.4N
の関係を有し、残部が鉄および不可避的不純物からなるスラブを熱間圧延にて仕上圧延出側温度:800℃以上とする仕上圧延を施し、500℃以上680℃以下で巻き取り、コイル冷却した熱延板とする熱間圧延工程と、該熱延板に酸洗および冷間圧延を施し冷延板とする冷間圧延工程と、該冷延板に、600℃から750℃までの温度域の平均昇温速度を5℃/s以上30℃/s以下として、焼鈍温度:800℃以上900℃以下で焼鈍を行い、次いで焼鈍温度から500℃までの温度域の平均冷却速度:5℃/s以上として冷却する冷延板焼鈍工程を順次施し、AIが30MPa以下でBH−AIが50MPa以上の鋼板を製造することを特徴とする、深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記スラブが、さらに、Cr:0.1〜1.0%、Mo:0.02〜0.5%を一種以上含有することを特徴とする、請求項6に記載の深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記冷延板焼鈍工程の後に、溶融めっき処理を施すことを特徴とする請求項6又は7に記載の深絞り性、耐時効性及び焼き付け硬化性に優れた高強度鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2009−235531(P2009−235531A)
【公開日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−85221(P2008−85221)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】