説明

温度制御方法および波長変換レーザ装置

【課題】電源投入直後に温度制御対象の温度が目標温度よりも行き過ぎて高くなることを抑制する。構成を簡単化する。
【解決手段】設定温度(Ts’)と対象温度(Tx)の偏差(ΔT)に基づいてペルチェ素子(27)をPID制御するPID回路(25)と、電源投入時には環境温度(Tc)を設定温度(Ts’)とし次いで所定の時定数の一次遅れの関数で環境温度(Tc)から目標温度(Ts)へと設定温度(Ts’)を変化させる温調回路(20)とを具備する。
【効果】偏差(ΔT)が常に小さな値に維持されるから過積分により電源投入直後に対象温度(Tx)が目標温度(Ts)よりも行き過ぎて高くなることを抑制できる。構成を簡単化でき、電池駆動などの小型でポータブルな波長変換レーザ装置においても有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度制御方法および波長変換レーザ装置に関し、さらに詳しくは、電源投入直後に温度制御対象の温度が目標温度よりも行き過ぎて高くなることを抑制できると共に構成を簡単化することが出来る温度制御方法および波長変換レーザ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
波長変換された光出力を一定レベル以上に保つため、半導体レーザや非線形光学素子を含む光共振器を所定の温度範囲に保つよう温度制御を行う「波長変換レーザー」が知られている(例えば特許文献1参照。)。
【0003】
他方、偏差が比例帯相当の偏差幅より大きいときは積分動作をオフし、偏差が偏差幅内では0〜1の範囲で且つ偏差が小さいほど大きな係数として偏差を係数倍して積分動作させる「PID調節計の積分動作のカット方法」が知られている(例えば特許文献2参照。)。
【特許文献1】特開平8−171106号公報
【特許文献2】特開平8−16204号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の波長変換レーザ装置における温度制御方法としてはPI制御もしくはPID制御が一般的に用いられている。このPI制御もしくはPID制御による温度制御では、電源投入時に設定温度と<-制御対象温度の偏差が大きい場合は、偏差が小さくなってくる頃すなわち設定温度に<-制御対象温度が到達する頃には積分動作による操作量が過大になるため、制御に行き過ぎ量が生じてしまう(∵アンダーシュートも考慮するため)。
しかし、光出力を一定に保つ制御を行う場合,制御対象温度に過大な行き過ぎ量が生じると,光出力が一定レベルを上回る温度領域から逸脱し,一時的な出力低下を招く。これは電源投入直後から光出力の安定性を必要とする用途では特に問題となる。また、<-制御対象温度に対して光出力がヒステリシス特性をもつような場合、一時的に行き過ぎた制御対象温度が定常状態,すなわち設定温度に達しても一定レベル以上の出力が得られなくなるという問題が起こる。
【0005】
他方、特許文献2の技術を利用すれば、立上り時に積分動作がオフになるため、制御対象の温度が設定温度より行き過ぎて高くなるのを抑制できる。この抑制効果は、比例帯相当の偏差幅が小さい方が高くなる。
しかし、(∵波長変換レーザ装置の光共振器 ⇒ 比例動作が大きくできない ではないから)比例動作をあまり大きくできないような熱負荷では、比例帯相当の偏差幅はある程度の大きさを持ってしまうため、十分な抑制効果を得ることが出来ない問題点がある。
【0006】
また、特許文献2では、積分動作を制御する係数を偏差に応じて連続的に変化させる構成になっている。
しかし、波長変換レーザ装置において駆動系も含めたレーザヘッドの構造を単純化したい場合などでは、プログラマブルな回路素子を搭載することは難しく、汎用もしくは専用のディスクリート素子を用いてできる限りコンパクトな回路構成にしなくてはならないので、積分動作を制御する係数を偏差に応じて連続的に変化させる構成とすることは現実的ではない。
【0007】
そこで、本発明の目的は、電源投入直後に温度制御対象温度が設定温度よりも行き過ぎて高くなることを抑制できると共に構成を簡単化することが出来る温度制御方法および波長変換レーザ装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1の観点では、本発明は、設定温度(Ts’)と対象温度(Tx)の偏差(ΔT)に基づくPID制御により対象温度(Tx)を制御する温度制御方法であって、対象の電源投入時には環境温度(Tc)を前記設定温度(Ts’)とし、次いで所定の時定数の一次遅れの関数で前記環境温度(Tc)から目標温度(Ts)へと前記設定温度(Ts’)を変化させることを特徴とする温度制御方法を提供する。
上記第1の観点による温度制御方法では、対象温度(Tx)が環境温度(Tc)に一致している電源投入時は、環境温度(Tc)が設定温度(Ts’)になるため、偏差(ΔT)が0になる。電源投入後は、対象温度(Tx)が変化するが、一次遅れの関数の時定数を適正に設定すれば対象温度(Tx)の変化とほぼ同じ変化速度で設定温度(Ts’)が目標温度(Ts)に変化してゆくから、偏差(ΔT)が常に小さな値に維持されつつ対象温度(Tx)が目標温度(Ts)に収束してゆくことになる。このように、偏差(ΔT)が常に小さな値に維持されるから、電源投入直後に過積分により対象温度(Tx)が目標温度(Ts)よりも行き過ぎて高くなることを抑制できる。また、構成を簡単化することが出来る。
【0009】
第2の観点では、本発明は、半導体レーザ(1)と、前記半導体レーザ(1)によって励起され基本波光を出力する固体レーザ媒質(3)および前記基本波光を波長変換する非線形光学素子(4)を含む光共振器(6)と、前記半導体レーザ(1)および前記光共振器(6)を加熱しうる発熱手段(27)と、前記半導体レーザ(1)および前記光共振器(6)の温度である対象温度(Tx)を検知する対象温度検知手段(28)と、設定温度(Ts’)と前記対象温度(Tx)の偏差(ΔT)に基づいて前記発熱手段(27)をPID制御するPID制御手段(25,26)と、電源投入時には環境温度(Tc)を前記設定温度(Ts’)とし次いで所定の時定数の一次遅れの関数で前記環境温度(Tc)から目標温度(Ts)へと前記設定温度(Ts’)を変化させる設定温度制御手段(21,22,23)とを具備したことを特徴とする波長変換レーザ装置(100,100’)を提供する。
上記第2の観点による波長変換レーザ装置(100,100’)では、対象温度(Tx)が環境温度(Tc)に一致している電源投入時は、環境温度(Tc)が設定温度(Ts’)になるため、偏差(ΔT)が0になる。電源投入後は、対象温度(Tx)が変化するが、一次遅れの関数の時定数を適正に設定すれば対象温度(Tx)の変化とほぼ同じ変化速度で設定温度(Ts’)が目標温度(Ts)に変化してゆくから、偏差(ΔT)が常に小さな値に維持されつつ対象温度(Tx)が目標温度(Ts)に収束してゆくことになる。このように、偏差(ΔT)が常に小さな値に維持されるから、過積分により電源投入直後に対象温度(Tx)が目標温度(Ts)よりも行き過ぎて高くなることを抑制できる。また、一次遅れ関数は簡単な回路構成で実現できるので、構成を簡単化でき、電池駆動などの小型でポータブルな波長変換レーザ装置においても有用である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の温度制御方法および波長変換レーザ装置によれば、電源投入直時に温度制御対象温度が設定温度よりも行き過ぎて高くなることを抑制できる。また、構成を簡単化することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図に示す実施例により本発明をさらに詳細に説明する。なお、これにより本発明が限定されるものではない。
【実施例1】
【0012】
図1は、実施例1に係る波長変換レーザ装置100を示す説明図である。
この波長変換レーザ装置100は、励起レーザ光を発生する半導体レーザ1と、励起レーザ光を集光する集光レンズ系2と、励起レーザ光の入射面に反射面が形成され且つ励起レーザ光により励起されて基本波光を発生する固体レーザ媒質3と、基本波光が入射すると第2高調波光を発生する非線形光学素子4と、固体レーザ媒質3の反射面との間で光共振器6を形成する反射面を持つ出力側ミラー5と、出力側ミラー5から外部へ出力される出力レーザ光の一部を透過すると共に残りを分岐するビームスプリッタ7と、分岐光を受光し電気信号に変換するホトダイオード8と、ペルチェ素子27と対象温度センサ28とを有し半導体レーザ1および光共振器6の温調を行うための温調ユニット9と、半導体レーザ1に駆動電流を供給する半導体レーザ駆動回路12と、ペルチェ素子27に駆動電流を供給するペルチェ素子駆動回路26と、環境温度Tcを検知する環境温度センサ29と、対象温度センサ28で検知した対象温度Txが目標温度Tsに一致するようにペルチェ素子駆動回路26を制御する温調回路20と、ホトダイオード8で受光する分岐光の強度が一定になるように半導体レーザ駆動回路12を制御すると共に温調回路20に目標温度Tsを与える制御部11とを具備している。
【0013】
温調回路20は、目標温度Tsと環境温度Tcの温度差を出力する差分器21と、差分器21の出力を所定の時定数の一次遅れの関数で伝達する一次遅れ回路22と、一次遅れ回路22の出力に環境温度Tcを加えて設定温度Ts’とする加算器23と、設定温度Ts’と対象温度Txの偏差ΔTを出力する差分器24と、偏差ΔTが0になるようにペルチェ素子駆動回路26をPID制御するPID回路25とを含んでいる。
【0014】
電源投入時からの経過時間をtとし、半導体レーザ1および光共振器6の持つ熱時定数に対応させた一次遅れの関数の時定数をτとするとき、設定温度Ts’は次式で示される。
Ts’=(Ts−Tc){1−exp(−t/τ)}+Tc
【0015】
図2は、設定温度Ts’の変化を示すグラフである。
電源投入時はTs’=Tcとなり、次いで時定数τでTs’=TcからTs’=Tsまで変化する。
【0016】
図3は、実機での対象温度の変化の実測結果を示すグラフである。
実線はτ=9秒、点線はτ=8秒、破線はτ=7秒とした結果である。二点鎖線は電源投入と同時にTs’=Tsとした場合の比較例である。
比較例では対象温度Txが目標範囲Tsよりも大きく行き過ぎて高くなっているが、τ=9秒,τ=8秒,τ=7秒のいずれも比較例より改善されている。従って、τ=9秒〜7秒の範囲に設定すれば、電源投入直時に温度制御対象温度が設定温度よりも行き過ぎて高くなることを抑制できる。
【0017】
図4は、実機での対象温度の変化の別の実測結果を示すグラフである。
実線はτ=9秒、点線はτ=8秒、破線はτ=7秒とした結果である。二点鎖線は電源投入と同時にTs’=Tsとした場合の比較例である。
比較例では対象温度Txが目標範囲Tsよりも大きく行き過ぎて高くなっているが、τ=9秒,τ=8秒,τ=7秒のいずれも比較例より改善されている。従って、τ=9秒〜7秒の範囲に設定すれば、電源投入直時に温度制御対象温度が設定温度よりも行き過ぎて高くなることを抑制できる。
【0018】
実施例1の波長変換レーザ装置100によれば次の効果が得られる。
(1)対象温度Txが環境温度Tcに一致している電源投入時は、環境温度Tcが設定温度Ts’になるため、偏差ΔTが0になる。電源投入後は、対象温度Txが変化するが、時定数τを適正に設定すれば対象温度Txの変化とほぼ同じ変化速度で設定温度Ts’が目標温度Tsに変化してゆくから、偏差ΔTが常に小さな値に維持されつつ対象温度Txが目標温度Tsに収束してゆくことになる。このように、偏差ΔTが常に小さな値に維持されるから、過積分により電源投入直後に対象温度Txが目標温度Tsよりも行き過ぎて高くなることを抑制できる。
(2)一次遅れ回路22は簡単な回路構成で実現できるので、構成を簡単化でき、電池駆動などの小型でポータブルな波長変換レーザ装置においても有用である。
【実施例2】
【0019】
図5は、実施例2に係る波長変換レーザ装置100’を示す説明図である。
この波長変換レーザ装置100’は、励起レーザ光を発生する半導体レーザ1と、励起レーザ光を集光する集光レンズ系2と、励起レーザ光の入射面に反射面が形成され且つ励起レーザ光により励起されて基本波光を発生する固体レーザ媒質3と、基本波光が入射すると第2高調波光を発生する非線形光学素子4と、固体レーザ媒質3の反射面との間で光共振器6を形成する反射面を持つ出力側ミラー5と、出力側ミラー5から外部へ出力される出力レーザ光の一部を透過すると共に残りを分岐するビームスプリッタ7と、分岐光を受光し電気信号に変換するホトダイオード8と、ペルチェ素子27と対象温度センサ28とを有し半導体レーザ1および光共振器6の温調を行うための温調ユニット9と、半導体レーザ1に駆動電流を供給する半導体レーザ駆動回路12と、ペルチェ素子27に駆動電流を供給するペルチェ素子駆動回路26と、対象温度センサ28で検知した対象温度Txが設定温度Ts’に一致するようにペルチェ素子駆動回路26を制御する温調回路20’と、ホトダイオード8で受光する分岐光の強度が一定になるように半導体レーザ駆動回路12を制御すると共に温調回路20’に設定温度Ts’を与える制御部11’とを具備している。
【0020】
温調回路20’は、設定温度Ts’と対象温度Txの偏差ΔTを出力する差分器24と、偏差ΔTが0になるようにペルチェ素子駆動回路26をPID制御するPID回路25とを含んでいる。
【0021】
制御部11’は、マイクロプロセッサであり、電源投入時の対象温度Txを記憶し環境温度Tcとして出力する環境温度メモリ29’と、目標温度Tsと環境温度Tcの温度差を出力する差分器21と、差分器21の出力を所定の時定数の一次遅れの関数で伝達する一次遅れ要素22’と、一次遅れ要素22’の出力に環境温度Tcを加えて設定温度Ts’とする加算器23とを処理プログラムの機能として有している。
【0022】
実施例2の波長変換レーザ装置100’によれば、実施例1と同様の効果が得られる。
【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明の波長変換レーザ装置は、バイオエンジニアリング分野や計測分野で利用できる。特に、乾電池で駆動する例えばレーザポインタに有用である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】実施例1に係る波長変換レーザ装置を示す構成説明図である。
【図2】実施例1に係る設定温度の変化を示すグラフである。
【図3】実施例1に係る対象温度の変化を示すグラフである。
【図4】実施例1に係る対象温度の変化を示す別のグラフである。
【図5】実施例2に係る波長変換レーザ装置を示す構成説明図である。
【符号の説明】
【0025】
1 半導体レーザ
2 集光レンズ系
3 固体レーザ媒質
4 非線形光学素子
5 出力側ミラー
6 光共振器
7 ビームスプリッタ
8 ホトダイオード
9 温調ユニット
11,11’ 制御部
12 半導体レーザ駆動回路
20,20’ 温調回路
21,24 差分器
22 一次遅れ回路
22’ 一次遅れ要素
23 加算器
26 ペルチェ素子駆動回路
27 ペルチェ素子
28 対象温度センサ
29 環境温度センサ
29’ 環境温度メモリ
100,100’ 波長変換レーザ装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
設定温度(Ts’)と対象温度(Tx)の偏差(ΔT)に基づくPID制御により対象温度(Tx)を制御する温度制御方法であって、対象の電源投入時には環境温度(Tc)を前記設定温度(Ts’)とし、次いで所定の時定数の一次遅れの関数で前記環境温度(Tc)から目標温度(Ts)へと前記設定温度(Ts’)を変化させることを特徴とする温度制御方法。
【請求項2】
半導体レーザ(1)と、前記半導体レーザ(1)によって励起され基本波光を出力する固体レーザ媒質(3)および前記基本波光を波長変換する非線形光学素子(4)を含む光共振器(6)と、前記半導体レーザ(1)および前記光共振器(6)を加熱しうる発熱手段(27)と、前記半導体レーザ(1)および前記光共振器(6)の温度である対象温度(Tx)を検知する対象温度検知手段(28)と、設定温度(Ts’)と前記対象温度(Tx)の偏差(ΔT)に基づいて前記発熱手段(27)をPID制御するPID制御手段(25,26)と、電源投入時には環境温度(Tc)を前記設定温度(Ts’)とし次いで所定の時定数の一次遅れの関数で前記環境温度(Tc)から目標温度(Ts)へと前記設定温度(Ts’)を変化させる設定温度制御手段(21,22,23)とを具備したことを特徴とする波長変換レーザ装置(100,100’)。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−25424(P2009−25424A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−186403(P2007−186403)
【出願日】平成19年7月18日(2007.7.18)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】