説明

温間プレス部材の製造方法

【課題】塗装後耐食性を確保できる温間プレス部材の製造方法を提供する。
【解決手段】鋼板表面に、10〜25質量%のNiを含み、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、付着量が10〜90g/m2のZn-Ni合金めっき層を有する鋼板を、200〜800℃の温度範囲に加熱後、該温度範囲内で温間プレス成形を行うことを特徴とする温間プレス部材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の足廻り部材や車体構造部材などを製造するのに適した温間プレス部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車の足廻り部材や車体構造部材などの多くは、所定の強度を有する鋼板をプレス成形して製造されている。近年、地球環境の保全という観点から、自動車車体の軽量化が熱望され、使用する鋼板を高強度化して、その板厚を低減する努力が続けられている。しかし、鋼板の高強度化に伴ってそのプレス成形性が低下するため、鋼板を所望の部材形状に成形することが困難になる場合が多くなっている。
【0003】
そのため、鋼板をあらかじめ加熱してからプレス成形を行う技術が注目されており、なかでも温間プレス成形技術は、比較的低温に加熱してプレス成形することにより冷間プレス成形技術と比較して成形荷重を低減させることができるだけでなく、伸びフランジ性や形状凍結性などの成形性を向上できることから、多くの提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、所定の成分を含有する熱延鋼板、冷延鋼板、Znめっき鋼板の何れか1種の鋼板を200〜850℃の温度に加熱後、該温度で、強度が必要な部位に2%以上の塑性歪みを付与する温間成形を行い、引張強度の強度上昇比で1.10超の引張強度を確保する高強度プレス成形体の製造方法が提案されている。
【0005】
また、特許文献2には、高張力鋼板を多段からなる工程により連続的に高速プレス成形する高張力鋼板の温間プレス成形方法において、高張力鋼板をプレス成形の途中の工程間で急速加熱する高張力鋼板の温間プレス成形方法が提案されている。
【0006】
さらに、特許文献3では、引張強度が980MPa以上の高強度鋼板を、高強度鋼板の全部または一部に対数ひずみが1以上である塑性変形部を形成し、温間温度域でプレス成形して温間プレス成形高強度部材を得る温間プレス成形高強度部材の製造方法が提案されている。
【0007】
一方、近年、自動車の足廻り部材や車体構造部材などに対しても、耐食性への関心が高まり、特に塗装後の傷部からのブリスター発生の抑制、いわゆる塗装後耐食性への要求が増えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3962186号公報
【特許文献2】特開2001-314923号公報
【特許文献3】特開2007-308744号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1〜3に記載の温間プレス成形方法で得られる温間プレス部材は塗装後耐食性に劣り、たとえこれらの文献で開示されているZnめっき鋼板を用いても、塗装後耐食性を確実に確保することは甚だ困難である。
【0010】
本発明は、塗装後耐食性を確保できる温間プレス部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の目的とする温間プレス部材の製造方法について鋭意検討を行った結果、以下の知見を得た。
【0012】
i) 特許文献1や2に開示されているZnめっき鋼板を用いても、塗装後耐食性を確保することが困難な原因は、温間プレス成形前の加熱時にめっき層のZnが、めっき層表面において多量の酸化亜鉛を形成したり、下地鋼板に拡散して、その一部がZn-Fe金属間化合物を形成したりすることにより、Znが本来有する犠牲防食作用が著しく低下したことによる。
【0013】
ii) めっき層表面における多量の酸化亜鉛の形成やZnの下地鋼板への拡散を抑制するには、10〜25質量%のNiを含み、残部がZnおよび不可避的不純物からなるZn-Ni合金めっき層を設けることが効果的である。
【0014】
iii) 60質量%以上のNiを含み、残部がZnおよび不可避的不純物からなる下層めっき層を、下地鋼板とZn-Ni合金めっき層の間に設けると、Znの下地鋼板への拡散をより抑制でき、より一層の塗装後耐食性の向上に効果的である。
【0015】
本発明は、このような知見に基づきなされたもので、鋼板表面に、10〜25質量%のNiを含み、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、付着量が10〜90g/m2のZn-Ni合金めっき層を有する鋼板を、200〜800℃の温度範囲に加熱後、該温度範囲内で温間プレス成形を行うことを特徴とする温間プレス部材の製造方法を提供する。
【0016】
本発明は、また、鋼板表面に、順に、60質量%以上のNiを含み、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、付着量が0.01〜5g/m2の下層めっき層と、10〜25質量%のNiを含み、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、付着量が10〜90g/m2のZn-Ni合金めっき層とを有する鋼板を、200〜800℃の温度範囲に加熱後、該温度範囲内で温間プレス成形を行うことを特徴とする温間プレス部材の製造方法を提供する。
【0017】
本発明の温間プレス部材の製造方法では、Zn-Ni合金めっき層上に、さらに、Si含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有する鋼板を用いることが好ましい。また、こうした化合物層には、無機系固形潤滑剤を含有させることができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明の温間プレス部材の製造方法により、塗装後耐食性を確保できる温間プレス部材を製造することができるようになった。本発明の温間プレス部材の製造方法により製造した温間プレス部材は、自動車の足廻り部材や車体構造部材に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施例で用いた摩擦係数測定装置を示す図である。
【図2】図1のビード6の形状を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
1) 温間プレス成形用鋼板
1-1) めっき層
本発明では、めっき層表面における酸化亜鉛の形成を抑制し、さらにめっき層中のZnの下地鋼板への拡散を抑制して、Znの犠牲防食作用による塗装後耐食性を確保するために、鋼板表面に、10〜25質量%のNiを含み、残部がZnおよび不可避的不純物からなるZn-Ni合金めっき層を設ける。Zn-Ni合金めっき層のNi含有率を10〜25質量%とすることによりNi2Zn11、NiZn3、Ni5Zn21のいずれかの結晶構造を有する融点が881℃と高いγ相が形成されるので、加熱過程におけるめっき層表面での酸化亜鉛形成反応を最小限に抑制することができる。また、こうした融点のめっき層とすることにより、加熱過程における下地鋼板へのZnの拡散を最小限に抑制でき、加熱後においてもめっき層中に存在するZn含有率を高く保つことができ、Znの犠牲防食作用による優れた塗装後耐食性を発揮させることが可能となる。
【0021】
なお、Ni含有率が10〜25質量%におけるγ相の形成は、Ni-Zn合金の平衡状態図とは必ずしも一致しないが、これは電気めっき法などで行われるめっき層の形成反応が非平衡で進行するためと考えられる。Ni2Zn11、NiZn3、Ni5Zn21のγ相は、X線回折法やTEM(Transmission Electron Microscopy)を用いた電子線回折法により確認できる。
【0022】
Zn-Ni合金めっき層の片面当たりの付着量は、10g/m2未満では塗装後耐食性の向上効果が十分に発揮されず、90g/m2を超えるとその効果が飽和し、コストアップを招くので、10〜90g/m2とする。
【0023】
本発明では、Zn-Ni合金めっき層中のZnが下地鋼板に拡散することをより一層抑制し、さらに優れた塗装後耐食性を得るために、下地鋼板とZn-Ni合金めっき層の間に60質量%以上のNiを含み、残部がZnおよび不可避的不純物からなる下層めっき層を設けることが好ましい。下層めっき層のNi含有率が60質量%未満ではZn-Ni合金めっき層のZnが下地鋼板に拡散することを十分に抑制できず、塗装後耐食性をより一層向上させる効果が得られない。なお、Ni含有率は100質量%であることが好ましいが、100質量%未満の場合は、残部は犠牲防食作用を有するZnおよび不可避的不純物とする。また、下層めっき層の片面当たりの付着量は、0.01g/m2未満ではZn-Ni合金めっき層のZnが下地鋼板に拡散するのを抑制する効果が十分に発揮されず、5g/m2を超えるとその効果が飽和し、コストアップを招くので、0.01〜5g/m2とする。
【0024】
上記のZn-Ni合金めっき層や下層めっき層の形成方法は、特に限定されないが、公知の電気めっき法が好適である。
【0025】
Zn-Ni合金めっき層上に、さらに、Si含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を設けると優れた塗装密着性が得られる。こうした効果を得るには、化合物層の厚みを0.1μm以上にすることが好ましいが、3.0μmを超えると化合物層が脆くなって塗装密着性の低下を招く場合があるので、3.0μm以下にすることが好ましい。より好ましくは0.4〜2.0μmである。
【0026】
Si含有化合物としては、例えば、シリコーン樹脂、リチウムシリケート、珪酸ソーダ、コロイダルシリカ、シランカップリング剤などを適用できる。Ti含有化合物としては、例えば、チタン酸リチウムやチタン酸カルシウムなどのチタン酸塩、チタンアルコキシドやキレート型チタン化合物を主剤とするチタンカップリング剤などを適用できる。Al含有化合物としては、例えば、アルミン酸ナトリウムやアルミン酸カルシウムなどのアルミン酸塩、アルミニウムアルコキシドやキレート型アルミニウム化合物を主剤とするアルミニウムカップリング剤などを適用できる。Zr含有化合物としては、例えば、ジルコン酸リチウムやジルコン酸カルシウムなどのジルコン酸塩、ジルコニウムアルコキシドやキレート型ジルコニウム化合物を主剤とするジルコニウムカップリング剤などを適用できる。
【0027】
Zn-Ni合金めっき層上にこうした化合物層を形成するには、上記のSi含有化合物、Ti含有化合物、Al含有化合物、Zr含有化合物のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物をめっき層上に付着処理した後、水洗することなく加熱乾燥すればよい。これらの化合物の付着処理は塗布法、浸漬法、スプレー法のいずれでもよく、ロールコーター、スクイズコーター、ダイコーターなどを用いればよい。このとき、スクイズコーターなどによる塗布処理、浸漬処理、スプレー処理の後に、エアナイフ法やロール絞り法により塗布量の調整、外観の均一化、厚みの均一化を行うことも可能である。また、加熱乾燥は鋼板最高到達温度が40〜200℃となるように行うことが好ましい。60〜160℃で行うことがより好ましい。
【0028】
また、Zn-Ni合金めっき層上にこうした化合物層を形成するには、Si、Ti、Al、Zrのうちから選ばれた少なくとも一種のカチオンを含有し、リン酸イオン、フッ素酸イオン、フッ化物イオンのうちから選ばれた少なくとも一種のアニオンを含有する酸性の水溶液にめっき層を有する鋼板を浸漬する反応型処理を行った後、水洗するかまたは水洗することなく加熱乾燥する方法によっても可能である。
【0029】
こうした化合物層には、無機系固形潤滑剤を含有させることができる。これは、無機系固形潤滑剤を含有させることにより、温間プレス時の動摩擦係数が低下し、プレス加工性を向上させることができるためである。
【0030】
無機系固形潤滑剤としては、金属硫化物(二硫化モリブデン、二硫化タングステンなど)、セレン化合物(セレン化モリブデン、セレン化タングステンなど)、グラファイト、フッ化物(フッ化黒鉛、フッ化カルシウムなど)、窒化物(窒化ホウ素、窒化ケイ素など)、ホウ砂、雲母、金属スズ、アルカリ金属硫酸塩(硫酸ナトリウム、硫酸カリウムなど)のうちから選ばれた少なくとも一種を挙げられる。こうした無機系固形潤滑剤の化合物層における含有率は、0.1〜20質量%とすることが好ましい。これは、0.1質量%以上であれば潤滑効果が得られ、20質量%以下であれば塗料密着性が低下しないためである。
【0031】
1-2) 下地鋼板
本発明で用いられるめっき層の下地鋼板は、特に限定されないが、その用途から引張強度が440MPa以上の高強度鋼板であることが望ましい。また、温間プレス成形前後で引張強度、伸びなどの機械的特性の変化が極力小さい高強度鋼板であることが望ましい。
【0032】
こうしためっき層の下地鋼板としては、例えば、質量%で、C:0.01〜0.5%、Si:0.01〜2%、Mn:0.1〜3%、P:0.1%以下、S:0.05%以下、Al:0.1%以下、N:0.01%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する熱延鋼板や冷延鋼板を用いることができる。各成分元素の限定理由を以下に説明する。ここで、成分の含有量を表す「%」は、特に断らない限り「質量%」を意味する。
【0033】
C:0.01〜0.5%
Cは、鋼板の強度上昇に有効な元素であるが、その量が0.01%未満ではその効果が得られない。一方、C量が0.5%を超えると成形性が劣化する。したがって、C量は0.01〜0.5%とする。
【0034】
Si:0.01〜2%
Siは、鋼板の強度上昇に有効な元素であるが、その量が0.01%未満ではその効果が得られない。一方、Si量が2%を超えると成形性が劣化する。したがって、Si量は0.01〜2%とする。
【0035】
Mn:0.1〜3%
Mnは、鋼板の強度上昇に有効な元素であるが、その量が0.1%未満ではその効果が得られない。一方、Mn量が3%を超えると成形性が劣化する。したがって、Mn量は0.1〜3%とする。
【0036】
P:0.1%以下
P量が0.1%を超えると、偏析により機械的特性の均一性が低下するとともに、靭性も著しく低下する。したがって、P量は0.1%以下とする。
【0037】
S:0.05%以下
S量が0.05%を超えると熱間脆性を起こす場合がある。したがって、S量は0.05%以下とする。
【0038】
Al:0.1%以下
Al量が0.1%を超えると素材の鋼板のブランキング成形性を劣化させる。したがって、Al量は0.1%以下とする。
【0039】
N:0.01%以下
N量が0.01%を超えると、熱間圧延時にAlNの窒化物を形成し、素材の鋼板のブランキング成形性を劣化させる。したがって、N量は0.01%以下とする。
【0040】
残部はFeおよび不可避的不純物であるが、以下の理由により、Cr:0.01〜2%、Ti:0.005〜2%、Nb:0.005〜2%、V:0.005〜2%、Mo:0.005〜2%、W:0.005〜2%、B:0.0005〜0.08%、Sb:0.003〜0.03%のうちから選ばれた少なくとも一種を含有することが好ましい。
【0041】
Cr:0.01〜2%
Crは、鋼板の強度上昇に有効な元素であるが、その量が0.01%未満ではその効果が得られない。一方、Cr量が2%を超えると成形性が劣化する。したがって、Cr量は0.01〜2%とすることが好ましい。
【0042】
Ti:0.005〜2%
Tiは、鋼板の強度上昇および細粒化による靭性向上に有効な元素であるが、その量が0.005%未満ではその効果が得られない。一方、Ti量が2%を超えると成形性が劣化する。したがって、Ti量は0.005〜2%とすることが好ましい。
【0043】
Nb:0.005〜2%
Nbは、鋼板の強度上昇および細粒化による靭性向上に有効な元素であるが、その量が0.005%未満ではその効果が得られない。一方、Nb量が2%を超えると成形性が劣化する。したがって、Nb量は0.005〜2%とすることが好ましい。
【0044】
V:0.005〜2%
Vは、鋼板の強度上昇および細粒化による靭性向上に有効な元素であるが、その量が0.005%未満ではその効果が得られない。一方、V量が2%を超えると成形性が劣化する。したがって、V量は0.005〜2%とすることが好ましい。
【0045】
Mo:0.005〜2%
Moは、鋼板の強度上昇および細粒化による靭性向上に有効な元素であるが、その量が0.005%未満ではその効果が得られない。一方、Mo量が2%を超えると成形性が劣化する。したがって、Mo量は0.005〜2%とすることが好ましい。
【0046】
W:0.005〜2%
Wは、鋼板の強度上昇および細粒化による靭性向上に有効な元素であるが、その量が0.005%未満ではその効果が得られない。一方、W量が2%を超えると成形性が劣化する。したがって、W量は0.005〜2%とすることが好ましい。
【0047】
B:0.0005〜0.08%
Bは、鋼板の靭性向上に有効な元素であるが、その量が0.0005%未満ではその効果が得られない。一方、B量が0.08%を超えると、熱間圧延時の圧延荷重が極端に増大し、鋼板の割れなどが生じる場合がある。したがって、B量は0.0005〜0.08%とすることが好ましい。
【0048】
Sb:0.003〜0.03%
Sbは、鋼板の加熱時に表層部に生じる脱炭層を抑制する効果を有するが、その量が0.003%未満ではその効果が得られない。一方、Sb量が0.03%を超えると、圧延荷重の増大を招き、生産性を低下させる。したがって、Sb量は0.003〜0.03%とすることが好ましい。
【0049】
2) 温間プレス成形方法
本発明では、上記した温間プレス成形用鋼板を200〜800℃の温度範囲に加熱後、該温度範囲内で温間プレス成形を行う。鋼板を、プレス成形前にあらかじめ200〜800℃の温度範囲に加熱することにより、成形荷重を低減させることが可能となるだけでなく、伸びフランジ性や形状凍結性などの成形性を向上させることも可能となる。加熱温度が200℃未満では、こうした効果が不十分となるので、200℃以上に加熱する必要がある。一方、加熱温度が800℃を超えると、エネルギーコストの増大を招く。したがって、鋼板の加熱温度は200〜800℃、好ましくは200〜700℃とする。温間プレス成形を行うときの鋼板の温度も、上記のプレス成形前の加熱温度の限定理由と同様、200〜800℃、好ましくは200〜700℃とする必要がある。このため、プレス成形前の加熱と温間プレス成形とを別の装置を使用して行う場合には、これらの装置間の搬送時間は可能な限り短時間とすることが必要であり、搬送時間は20秒以下、より好ましくは10秒以下、さらに好ましくは5秒以下とする。
【0050】
なお、鋼板を加熱温度まで昇温するときの昇温速度や温間プレス成形後の冷却速度は、温間プレス部材の機械的特性や塗装後耐食性への影響が少ないので、特に限定されない。また、加熱時の保持時間も、特に限定されないが、長時間だと不経済なので、10秒以下とすることが好ましく、0秒にすることがより好ましい。鋼板の加熱方法としては、電気炉やガス炉などによる加熱、火炎加熱、通電加熱、高周波加熱、誘導加熱などを例示できる。
【実施例1】
【0051】
下地鋼板として、質量%で、C:0.10%、Si:0.02%、Mn:1.2%、P:0.01%、S:0.003%、Al:0.03%、N:0.003%、Ti:0.12%、Mo:0.22%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する板厚2.3mmの熱延鋼板を用いた。この熱延鋼板の表面に、200g/Lの硫酸ニッケル六水和物および10〜100g/Lの硫酸亜鉛七水和物を含有するpH1.5、温度50℃のめっき浴中で電流密度を5〜100A/dm2と変化させて電気めっき処理を施してNi含有率と付着量の異なるZn-Ni合金めっき層を形成した。また、一部の鋼板には、上記Zn-Ni合金めっき層の形成に先立ち、200g/Lの硫酸ニッケル六水和物および0〜50g/Lの硫酸亜鉛七水和物を含有するpH3.0、温度50℃のめっき浴中で電流密度を5〜100A/dm2と変化させて電気めっき処理を施してNi含有率と付着量の異なる下層めっき層を形成した。
【0052】
このようにして得られた鋼板を、電気炉を使用して200〜800℃の加熱温度に加熱後、直ちに電気炉から取り出してAl製金型で挟み込むことにより室温まで冷却した。なお、比較の鋼板として、溶融Znめっき鋼板(GI)、合金化溶融Znめっき鋼板(GA)を同様に加熱処理した鋼板を加えた。表1に、下層めっき層とZn-Ni合金めっき層のNi含有率、付着量、および加熱温度を示す。
【0053】
これらの鋼板に化成処理、電着塗装を施した後、塗装後耐食性の試験を行った。化成処理は、日本パーカライジング株式会社製PB-L3020を使用して標準条件で行った。また、電着塗装は、関西ペイント株式会社製GT-10を使用し、電圧200Vで塗装後、170℃で20分間の焼付けを行う条件で行った。塗装後耐食性は、電着塗装後の試料にカッターナイフにより下地鋼板に達するクロスカット傷を入れ、クロスカット傷を入れてない面および端部をシールした後、JIS Z2371-2000に準拠して480時間塩水噴霧試験を行い、試料を水洗・乾燥し、セロハン粘着テープによりクロスカット部の剥離試験を行い、クロスカット傷部からの片側最大剥離幅を測定して、次のように評価し、◎、○であれば本発明の目的を達成していると判定した。
◎:片側最大剥離幅≦3mm
○:3mm<片側最大剥離幅≦4mm
×:4mm<片側最大剥離幅
塗装後耐食性の評価結果を表1に示す。本発明例の鋼板は、いずれも塗装後耐食性に優れていることがわかる。
【0054】
なお、本実施例では実際に温間プレス成形を行っていないが、上述したように、塗装後耐食性は温間プレス成形前の加熱によるめっき層の変化、特にめっき層中のZnの挙動に左右されるので、本実施例の結果で温間プレス部材の塗装後耐食性を評価できることになる。
【0055】
【表1】

【実施例2】
【0056】
実施例1と同様な下地鋼板の表面に、実施例1と同様な方法で、Ni含有率と付着量の異なるZn-Ni合金めっき層を形成した。また、一部の鋼板には、実施例1と同様な方法で、上記Zn-Ni合金めっき層の形成に先立ち、Ni含有率と付着量の異なる下層めっき層を形成した。その後、Zn-Ni合金めっき層上に、下記に示すSi含有化合物、Ti含有化合物、Al含有化合物、Zr含有化合物、SiとZr含有化合物のいずれかの化合物を含み、残部溶媒からなる組成物(固形分割合15質量%)を塗布後、到達鋼板温度が140℃となる条件で乾燥し、表2、3に示す厚みの異なるSi含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層、SiとZr含有化合物層のいずれかの化合物層を形成し、鋼板No.1〜42を作製した。
【0057】
なお、Si含有化合物、Ti含有化合物、Al含有化合物およびZr含有化合物として以下の化合物を用いた。
【0058】
シリコーン樹脂:信越化学(株)製 KR-242A
リチウムシリケート:日産化学工業(株)製 リチウムシリケート45
コロイダルシリカ:日産化学工業(株)製 スノーテックスOS
シランカップリング剤:信越化学(株)製 KBE-403
チタンカップリング剤:マツモトファインケミカル(株)製 オルガチックスTA-22
チタン酸リチウム:チタン工業(株)製 チタン酸リチウム
アルミン酸ナトリウム:朝日化学工業(株)製 NA-170
アルミニウムカップリング剤:味の素ファインテクノ(株)製 プレンアクトAL-M
酢酸ジルコニウム:三栄化工(株)製 酢酸ジルコニウム
ジルコニウムカップリング剤:マツモトファインケミカル(株)製 オルガチックスZA-65
なお、化合物としてシリコーン樹脂を使用する場合の溶媒はエチレングリコールモノブチルエーテル:石油系ナフサを55:45(質量比)のシンナーとした。また、化合物としてシリコーン樹脂以外のものを使用する場合の溶媒は脱イオン水とした。
【0059】
このようにして得られた鋼板を、電気炉を使用して200〜800℃の加熱温度に加熱後、直ちに電気炉から取り出してAl製金型で挟み込むことにより室温まで冷却した。表2、3に、下層めっき層とZn-Ni合金めっき層のNi含有率、付着量、化合物層の化合物、化合物層の厚み、および加熱温度を示す。
【0060】
これらの鋼板に対し、実施例1と同様な塗装後耐食性の評価、および次に示す塗装密着性の評価を行った。
塗装密着性:熱処理後の鋼板から試料を採取し、日本パーカライジング株式会社製PB-SX35を使用して標準条件で化成処理を施した後、関西ペイント株式会社製電着塗料GT-10HTグレーを170℃×20分間の焼付け条件で膜厚20μm成膜して、塗装試験片を作製した。そして、作製した試験片の化成処理および電着塗装を施した面に対してカッターナイフで碁盤目(10×10個、1mm間隔)の鋼素地まで到達するカットを入れ、接着テープにより貼着・剥離する碁盤目テープ剥離試験を行った。以下の基準で評価し、◎、○であれば塗装密着性に優れるとした。
◎:剥離なし
○:1〜10個の碁盤目で剥離
△:11〜30個の碁盤目で剥離
×:31個以上の碁盤目で剥離
結果を表2、3に示す。化合物層を設けることにより、塗装後耐食性に加え、塗装密着性にも優れていることがわかる。
【0061】
【表2】

【0062】
【表3】

【0063】
なお、本実施例では実際に温間プレスによる加工を行っていないが、塗装後耐食性と同様、本実施例の結果で温間プレス部材の塗装密着性も評価できる。
【実施例3】
【0064】
実施例1と同様な下地鋼板の表面に、実施例1と同様な方法で、表4に示す下層めっき層、Zn-Ni合金めっき層を順次形成した。その後、Zn-Ni合金めっき層上に、実施例2と同様な方法で、シリコーン樹脂[信越化学(株)製 KR-242A]に表4に示す無機系固形潤滑剤を含有し、残部溶媒からなる組成物(固形分割合15質量%)を塗布後、到達鋼板温度が140℃となる条件で乾燥し、表4に示すSi含有化合物層を形成し、鋼板No.1〜17を作製した。表4に示す無機系固形潤滑剤として、以下の化合物を用いた。なお、一部の鋼板では、無機系固形潤滑剤を含有させない化合物層を形成した。
【0065】
二硫化モリブデン:大東潤滑(株)製 LM-13
グラファイト:日立化成工業(株)製 GP-60S
窒化ホウ素:水島合金鉄(株)製 FS-1
二硫化タングステン:日本潤滑剤(株)製 タンミックB
セレン化モリブデン:三津和化学薬品(株)製 セレン化モリブデン
フッ化黒鉛:セントラル硝子(株)製 セフボンCMA
ホウ砂:太洋化学工業(株)製 メタ硼酸ナトリウム
金属錫:山石金属(株) AT-Sn No.600
雲母:(株)ヤマグチマイカ A-11
硫酸ナトリウム:四国化成工業(株) A12
なお、溶媒はエチレングリコールモノブチルエーテル:石油系ナフサを55:45(質量比)のシンナーとした。
【0066】
このようにして得られた鋼板を、電気炉を使用して600℃の加熱温度に加熱後、直ちに電気炉から取り出してAl製金型で挟み込むことにより室温まで冷却した。表4に、下層めっき層とZn-Ni合金めっき層のNi含有率、付着量、化合物層の化合物と無機系固形潤滑剤および無機系固形潤滑剤の含有率、化合物層の厚み、および加熱温度を示す。
【0067】
電気炉を使用して600℃に加熱後の鋼板に対し、実施例1や実施例2と同様な塗装後耐食性の評価および塗装密着性の評価を行うとともに、電気炉で加熱前の鋼板に対し、次の方法で潤滑性の評価を行った。
潤滑性:電気炉で加熱前の鋼板から試料を採取し、600℃に加熱後、直ちに図1に示した摩擦係数測定装置により、次の要領で動摩擦係数を測定した。図1に示すように、この摩擦係数測定装置は、試料台2、試料台2を水平移動させるスライドテーブル3とその下面側に設けられたローラ4、ローラ4の下面側に設けられた試料台2を上下移動させるスライドテーブル支持台5、試料台2の上方に設けられた図2に示す形状のビード6、スライドテーブル支持台5の下面側に設けられ、垂直方向の押し付け荷重Nを測定する第一ロードセル7、スライドテーブル3の端部に設けられ、水平方向の摺動抵抗力Fを測定する第二ロードセル8、スライドテーブル3を水平移動させるためのレール9から構成されている。まず、試料1を試料台2に設置後、スライドテーブル支持台5を、試料1のビード6に対する押し付け荷重Nが400kgfになるまで、上方へ移動し、次いで、スライドテーブル3を100cm/minの速度で水平移動し、摺動抵抗力Fを測定する。そして、試料1とビード6との間の動摩擦係数μ=F/Nを求めた。
【0068】
求めたμを以下の基準で評価し、◎、○であれば、潤滑性に優れるとした。
◎:μ<0.19
○:0.19≦μ<0.23
△:0.23≦μ<0.3
×:0.3≦μ
結果を表4に示す。化合物層に無機系固形潤滑剤を含有させるにより、塗装後耐食性、塗装密着性のみならず、潤滑性にも優れていることがわかる。
【0069】
なお、本実施例では実際に温間プレスによる加工を行っていないが、本実施例の結果で温間プレス部材の塗装後耐食性と塗装密着性を評価できる。
【0070】
【表4】

【符号の説明】
【0071】
1 試料(鋼板)
2 試料台
3 スライドテーブル
4 ローラ
5 スライドテーブル支持台
6 ビード
7 第一ロードセル
8 第二ロードセル
9 レール
N 押し付け荷重
F 摺動抵抗力

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板表面に、10〜25質量%のNiを含み、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、付着量が10〜90g/m2のZn-Ni合金めっき層を有する鋼板を、200〜800℃の温度範囲に加熱後、該温度範囲内で温間プレス成形を行うことを特徴とする温間プレス部材の製造方法。
【請求項2】
鋼板表面に、順に、60質量%以上のNiを含み、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、付着量が0.01〜5g/m2の下層めっき層と、10〜25質量%のNiを含み、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、付着量が10〜90g/m2のZn-Ni合金めっき層とを有する鋼板を、200〜800℃の温度範囲に加熱後、該温度範囲内で温間プレス成形を行うことを特徴とする温間プレス部材の製造方法。
【請求項3】
Zn-Ni合金めっき層上に、さらに、Si含有化合物層、Ti含有化合物層、Al含有化合物層、Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有する鋼板を用いることを特徴とする請求項1または2に記載の温間プレス部材の製造方法。
【請求項4】
化合物層に、無機系固形潤滑剤を含有させることを特徴とする請求項3に記載の温間プレス部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−233248(P2012−233248A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−162679(P2011−162679)
【出願日】平成23年7月26日(2011.7.26)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】